【中小企業の予算(6)】月次決算の基本 ~まずは足元の把握から~

書いてあること

  • 主な読者:予算管理を自社に取り入れたい、あるいはしっかり取り組みたい経営者
  • 課題:予算管理は将来のことであるが故に、月次決算を軽く見がちになりやすい
  • 解決策:予算管理をより正確に行うには、月次決算に発生主義を取り入れ、かつスピードをもって仕上げる。ただし、発生主義を取り入れる科目は、重要度に応じて臨機応変に

1 予算管理も月次決算から

前回までで解説してきた予算管理をする上で、重要なのが月次決算です。

月次決算の最大の目的は、数字の正確さも気を付けつつ、なるべく早いタイミングで足元の業績を把握すること

です。

過去の結果である月次決算を軽く見がちな人もいますが、月次決算がうまく回っていない状況で予算を策定しようとしても、不安定な土台の上に建物を建てるようなものです。正確でない予算で予算管理をされてしまうと、営業や製造といった現場はむしろ混乱してしまいます。実績の数字を通じて現在の状況を把握することが、予算管理を始める上で重要になります。

では、具体的に何をしたらいいのでしょうか。まずは月次決算の精度を上げるために、

月次決算に発生主義を取り入れること

です。小規模企業では、現金主義を用いて記帳していくのが一般的です。現金主義は、入金時に売上を計上し、支払時に費用を計上する会計処理です。一方、発生主義は、商品やサービスを引き渡した時に売上を計上し、商品やサービスを使った時に費用を計上する会計処理です。

重要なところから発生主義を月次で取り入れていくことをお勧めします。例えば、売上であれば入金ベースではなく、業務の完了や請求書を発行したところで記帳しましょう。恐らく、これは日頃、会計事務所などからアドバイスを受けていることと同じだと思います。

もう1つ重要なのがスピードです。期中での予測をするのにも月次の数字が必要になるので、

とにかく早く月次決算を締めること

が求められます。つまり、月次決算を締めるのに1カ月以上もかかるのでは遅すぎて、あまり役に立ちません。やはり翌月2、3週目、遅くても翌月末までには数値を確定させましょう。

しかし、重要な項目に発生主義を取り入れる点と、早く月次決算を締めるという点に、少し矛盾を感じる人がいるかもしれません。発生主義で実務をこなすのは現金主義に比べ手数がかかりますから、スピードが出にくくなるのも確かです。

そこで、勘定科目ごとに月次決算を組み立てることがポイントとなります。月次決算でやるべきことと、やるべきでないことを明確に分けていくとよいでしょう。

2 勘定科目ごとに「経営に役立つか」を考える

下の表は、月次決算で科目ごとに発生主義にするかどうかを整理したものです。金額的な重要性や、固定費か変動費かなど、他の要素もあるので一概には言えない場合もありますが、1つの目安として参考にしてみてください。

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まず、左側の「①必ず」の欄。売上高、仕入高や外注費などは、会社の事業の根幹に関わるもので、最初に、発生主義にしてほしい科目です。

逆に手を抜けるところもあります。重要でないものは現金主義のままとします。この発生主義にする、しないの区分けをする時に重要になるのが管理会計の目的です。この目的とは、

経営者の経営意思決定に役立つかどうか

です。経営者にとって意味のある情報でなければ、やらないという判断をすることが肝になります。

例えば、支払保険料を発生主義で処理するケースで考えてみましょう。年間12万円の保険料がかかる時に、その支払いが年1回なので、支払いのない月次決算においても、未払費用や前払費用を立てることになります(年間12万円なので毎月1万円の保険料を計上)。確かに正確性は高まりますが、経営判断をする上での重要度は高くないでしょう。その上、年間契約であれば、月単位で把握しても削減できるものではありません。

次に、真ん中にある「②実情に応じて」の欄。賞与というのは判断が少し難しいかもしれません。賞与引当金(将来に支払う概算の額を引当金として負債に、繰入額として費用に計上するもの)を計上して月次決算で費用とすることで、月次決算の数字を正確にし、同じ期のどの月が儲かっているかの判断に役立てることができます。ただし、賞与は売上と連動するものではなく、人事考課などに基づき、大体毎年同じ時期に支払われるものです。このため、支払った時に費用としても、前期比較や予算比較で判断を誤るということは少ないと考えられます。つまり、会社の求めるものに応じて手間をかけるかどうか決める項目といえます。

たな卸資産も、在庫の金額が大きくて、月ごとの変動が大きければ、ぜひ月次決算で正確に把握したい項目になります。例えば、コンビニエンスストアのフランチャイズオーナーの場合だと、在庫戦略が重要なので、月々のたな卸資産でかなり営業利益が変わってしまいます。ですので、たな卸資産を毎月きっちり計上していくわけです。一方で、在庫が少額であったり、たとえ金額が大きくても、ほぼ毎月一定であったりすれば、月次決算では無視しても問題ないと判断できます。

そして、減価償却費です。毎月年間の12分の1を計上するのも当然ありですが、ここでは違った見方で考えてみましょう。減価償却費は結局、過去に支払った金額を按分した費用になります。なので、月ごとに分けたとしても減るものではありません。例えば、決算の期末に一括して計上するのでも、予算と比較したり、前期実績と比較したりする時に、毎回決算時に計上すると分かっていれば、判断を誤ることもありません。そこで②に分類してあります。「実情に応じて」ということです。

正直なところ、月次決算で正確性を追い求めると切りがありません。年度の決算を12回作業するような水準になると、時間がなくなってしまいます。それで数値が出てくるのが遅くなり、経営判断の役に立たないのでは意味がありません。

経営の役に立つかどうかという判断基準を持って、適度なところで正確性を諦める

というところが、時間をかけないで役立つ月次決算を行うコツなのです。

まずは、重要性の高いものから取り組んでください。月次決算も予算管理も、法律やルールで強制されてやるものではなく、役に立つからこそやるものなので、役に立つために必要な正確性というのを一番の肝として考えていただけたらと思います。

以上(2024年12月作成)

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【かんたん消費税(8)】課税売上高5000万円以下なら利用できる楽々な「簡易課税制度」

書いてあること

  • 主な読者:仕入税額控除の事務負担を軽減したい、課税売上高が5000万円以下の経営者
  • 課題:簡易課税を適用できるかもしれないが、詳細が分からない
  • 解決策:簡易課税を検討する。設備投資の予定があるときなどは損をすることもあるので要注意

1 簡易課税制度で面倒な事務負担を軽減!

消費税は、「預かった消費税(仮受消費税)」から「支払った消費税(仮払消費税)」を差し引いて計算され、これを「仕入税額控除」と呼びます。原則通りにやると、仕入税額控除の計算はとても複雑ですが、

小規模事業者だけは、仕入税額控除を簡単に計算する「簡易課税制度(以下「簡易課税」)」

が認められています。ここでいう小規模事業者とは、以下のいずれの要件を満たす会社です。

  1. 基準期間の課税売上高が5000万円以下
  2. 期日までに簡易課税を適用する旨の届出書を提出している

簡易課税では、

預かった消費税(仮受消費税)だけを把握すればよい

ので楽です。原則通りの計算を「原則課税」と呼びますが、これと比較すると簡易課税のシンプルさが分かります。原則課税の詳細は、以下のコンテンツでご確認ください。

簡易課税の注意点は期間です。簡易課税を適用したら最低2年間は原則課税に変更できず、仮に変更する場合は、変更のために所定の届出を期限(簡易課税をやめようとする事業年度の前事業年度末日)までに提出する必要があります。また、例外的なケースではありますが、簡易課税で納税額が増えることもあります。

この記事では、簡易課税の計算方法や簡易課税を適用したほうがよい会社を紹介しますので、参考にしてください。

2 5ステップで終わる簡易課税の計算

1)計算方法の概略

簡易課税は、実際に支払った仮払消費税の額に関係なく、

仮受消費税に一定割合を掛けたもの

を仮払消費税とみなして、仕入税額控除を計算します。

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一定割合を「みなし仕入率」と呼びます。みなし仕入率は事業区分ごとに決まっています。

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2)具体的な計算方法

具体的な計算方法を確認していきましょう。

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3)ステップ1:事業区分別の課税売上高の整理

みなし仕入率は、事業区分ごとに決まっています。そのため、複数事業を行っている場合は、事業区分ごとに課税売上高(税込金額)を集計します。

4)ステップ2:課税標準額および消費税額(仮受消費税額)の計算

ステップ1で集計した課税売上高(税込金額)を税抜金額にします。具体的には、

「課税売上高」の税込金額×100/110

と計算します。税抜きにした後の金額を「課税標準額」と呼びます。課税標準額の1000円未満は切り捨てた上で、

課税標準額(端数切り捨て後)に消費税率を掛ける

ことで、課税標準額に対する消費税額(仮受消費税額)が計算できます。

なお、原則として消費税率は10%ですが、軽減税率(飲食料品などに適用される税率)が適用される取引は8%です(説明の便宜上、税率は国税と地方消費税の合計としています)。

5)ステップ3:みなし仕入率の確定

ステップ2で計算した「課税標準額に対する消費税額」に掛けるみなし仕入率の割合を確定します。

1.単一事業の場合

単一事業の場合は、その事業の区分に応じたみなし仕入率をそのまま使用します。

2.複数事業の場合

複数事業の場合は、みなし仕入率を少し調整します。具体的には、

事業区分ごとに計算した仮受消費税額に、各事業区分ごとに決まっているみなし仕入率を掛けたものを加重平均

して、みなし仕入率を計算します。これを算式で表すと次の通りになります。

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ところで、複数事業を行っている会社がこのような調整を行うのは煩雑です。そこで、

1つの事業で売上の75%以上を占める場合などは、その大きな事業のみなし仕入率を他の事業にも適用できる

といった特例が設けられています。

なお、複数事業を行っているのに課税売上高を事業ごとに区分していない場合、

行っている事業に対応するみなし仕入率のうち、一番低いもの

が適用されてしまうので注意しましょう。

6)ステップ4:仕入税額控除額(仮払消費税とみなす金額)の計算

ステップ2で「課税標準額に対する消費税額」を計算し、ステップ3で「みなし仕入率」が確定すれば、

課税標準額に対する消費税額×みなし仕入率

によって、仕入税額控除額(仮払消費税とみなす金額)が計算できます。

7)ステップ5:納付する消費税額の計算

ステップ2で計算した「課税標準額に対する消費税額」から、ステップ4で計算した「仕入税額控除額(仮払消費税とみなす金額)」を差し引くことによって、納付する消費税額が計算されます。なお、計算した消費税額は100円未満を切り捨てます。

3 簡易課税を適用したほうがよい会社とは?

簡易課税で事務負担は軽減されるのですが、それによって税金が増えては本末転倒です。簡易課税は仮受消費税にみなし仕入率を掛けて仕入税額控除額を計算するので、「多額の経費の支払いが発生し、仮払消費税が多額になるようなケース」だと損をすることがあります。例えば、次のようなケースは要注意です。各会社の事業の種類や特性に応じ、シミュレーションをして判断しましょう。

1)仕入原価率の高い会社・課税取引となる経費の多い会社

仕入原価率(売上に対する仕入費用の割合)が高かったり、課税取引となる経費が多かったりして、仮払消費税が多額でも簡易課税では関係なく、

あくまでも仮受消費税を基準に計算

されます。原則課税では「預かった消費税(仮受消費税)」から「支払った消費税(仮払消費税)」を引くので、仮払消費税が大きいと納税額が減りますが、簡易課税では仮受消費税しか注目しないので損をすることがあるのです。

2)設備投資の予定がある

多額の設備投資をした事業年度については、簡易課税だと損をすることがあります。なぜなら、原則課税なら還付(仮払消費税が仮受消費税を上回る場合に生じる)を受けられるケースでも、簡易課税では還付を受けられないからです。

前述した通り、簡易課税を適用したら最低2年間は原則課税に変更できないので、

2年後までの設備投資計画を見据えて判断する

ことが重要です。

以上(2024年11月更新)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)

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欠員分の業務をチーム内で振り分けたら若手Eさんは拒否、どう声をかけますか?/武田斉紀の『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』【実践編】(6)

書いてあること

  • 主な読者:会社経営者・役員、管理職、一般社員の皆さん
  • 課題:コミュニケーションに関わる知識やノウハウは、頭では理解できても、実際の場面で使いこなせるようになるまでには高いハードルがあるものです。
  • 解決策:前回シリーズ『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』での知識やノウハウを聞いただけではまだ一歩を踏み出せない、あるいはトライしてみたがうまくいかないという方のために、新シリーズでは【実践編】として社内の“あるある”場面を想定した質問に対して一緒に考えながら、実践イメージを膨らませていただきます。またリーダー側の視点とは別に、若手社員側の視点による上司世代との上手な付き合い方のヒントも紹介していきます。リーダー世代と若手社員とのコミュニケーションギャップを埋めることは、世界を舞台にスピーディな成長をめざす日本企業にとっても喫緊の課題だからです。

1 欠員分の業務をチーム内で振り分けたら若手Eさんは拒否、どう声をかけますか?

今シリーズは、前シリーズ『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』の実践編です。

知識やノウハウは分かったけれど、「現場で実践するにはまだハードルが高い」「うまく一歩を踏み出せない」という方のために、毎回実際にありそうなさまざまなシチュエーションを想定して、どんなコミュニケーションを取るのが望ましいかを一緒に考えていきます。

第5回では皆さんの身近な話題として、会議をテーマに取り上げてみました。いかがだったでしょうか。今回は課題[事例5]です。再掲しますので、考えた解答を思い出してみてください。まだ考えていなかった方もぜひ考えてみてください。自ら考えないで、解説だけを読んでいても力はつきませんよ。

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Q.部下のEさんに対して、あなたはこの後、最初にどんな声をかけますか? また、それを考える際に注意するべきポイントを3つほど挙げてください。書かれているさまざまな要素を考慮してみましょう。

[事例5]

〇上長や人事部からは「働き方改革の一環として残業はなるべくしないように」と要求される中、部署に欠員があり、その業務の穴をみんなで埋めなくてはなりません。上司であるあなたは、ベテラン社員に手分けしてもらいながら、若手のEさんにも一部を振ることにしました。まだ一人前とはいえませんが、本人にとっても成長の“チャンス”だろうと考えたのです。

〇Eさんを呼んで「欠員もあったので、この仕事を新たに担当してほしい」と伝えました。するとEさんから「この仕事の意味って何ですか? 私が担当する意味がありますか?」と返されたのです。

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テーマは「新たな仕事の依頼」です。これまでの事例と同様に起こっている事象を整理することから始め、現場で起こっていることの可能性を探ってみましょう。

2 部署の「欠員」をどう捉えるべきか

部署に「欠員」が出ることは珍しくないでしょう。本人の意思による退職もあれば、会社の意向による組織再編に基づく異動もありますね。

急な欠員を会社や上から告げられた際は、上司としては焦るでしょう。日常業務が目の前にあるわけで、事例のように欠員となる人が抱えていた業務を、他の人に振らなければなりません。

そこで「じゃあ、欠員補充があるまでは私がやろう。久々に現場を味わってみるか」と発想する上司は根本的に間違っています。最後の最後の選択肢としてはあるかもしれませんが、基本的に上司が現場に戻ってはいけません。

なぜなら、上司としての仕事、例えばマネジメントや組織づくり、今後に向けたビジョンを提示するといった、本来やるべき仕事が疎かになるからです。「だったら私が犠牲になって徹夜をすればいい」というのは昭和の考え方、美談でも何でもありません。それで体を壊したらもっと困るのは部下と会社です。

組織再編による欠員は、会社から「残った人数で今までかそれ以上の成果を上げて、生産性を上げてくれ」というメッセージです。本人の意思による退職の場合も、会社から補充の計画がなければ同じ意味だと捉えるべきでしょう。

今後、伸び盛りの部署や新規の部署は別として、多くの部署では「増員」よりも「欠員」を期待されるケースが多くなります。背景には日本企業の世界的に見た生産性の低さが挙げられます。現状の生産性では、世界はおろか、国内との大手競合とも戦えず、生き残っていけないからです。

上司は「欠員」を前向きに捉えるべきです。これぞ、“部下の育成”と“生産性向上”を図るチャンスだと。1人減っても残ったメンバーで、以前と変わらぬ、あるいはそれ以上の売上や利益を上げられる方法を考えて必ず実現しようと。

むしろ部署のほうから「部下の育成と生産性向上のためにも、1人減らしてほしい」と会社に提案してほしいくらいです。会社はそういう上司を求めています。

「そんなことしたら、誰かを他の部署へ異動させるか、辞めさせなければならなくなる」。そうでしょうか。メンバーの中には、今の仕事にマンネリを感じている人や、違う仕事もしてみたいという人もいるはずです。自ら手を挙げた人を優先してあげてください。そうすれば無駄な退職も減らせます。

本人に「異動」という発想がないケースもあります。私なら「今後のあなたの成長を考えれば、早い内に異なる部署を経験した方がいいよ」と説得して背中を押します。部下を新たな業務や環境に置いて成長させるのは、上司の重要な仕事の一つです。

「欠員」になるのにどうやって日常業務を回すのでしょうか? まずは今の業務を整理し見直して、無駄を徹底的に省くことが先決です。身近なところではAIやロボットが強力な助っ人になるでしょう。「まだChatGPTを使ったことがない」という人は、私が社長なら「時代についていけていませんね、上司失格ですよ」とお話しします。

オープンAIが2022年の11月にChatGPTをリリースし、早々に無料サービスを(またハイエンドの有料サービスも)提供してから、ずいぶん時間がたっています。生産性を常に意識できている上司ならとっくに使いこなしているはずだからです。ChatGPTの驚きの能力と、ハルシネーションなどの課題についてはここでは詳しく触れませんが。

3 若手Eさんは、なぜ新たな仕事を拒否したのか

ここまで読まれて、「欠員」に対する考え方について「なるほど」と思われた方。皆さんの部下は、あなた以上に「欠員」に対する認識がないと思います。だとすれば、彼らは今回欠員分の業務を振り分けられたことを、本音ではどのように捉えているでしょうか。

「欠員があったのに補充がない、残業規制もあるのにどうしろっていうんだ」

「現状でも日々の仕事を回すのでパンパンなのに、新しい仕事など受けられるはずがない。うちの上司は何も分かっていない。上司や会社に掛け合って一日も早く増員してくれ」

メンバーは心の中ではそんなふうに思っていることでしょう。仕事を振って受けてくれたベテラン社員ですらも、心の中では憤慨しているかもしれません。

若手Eさんは、なぜ新たな仕事を拒否したのか想像してみましょう。恐らく本音はすぐ上の会話文(「 」部分)の通りで、若いがゆえに心の声が思わず出てしまったのでしょう。

さらに想定できるのは、Eさんがまだ一人前に育っていない可能性です。だとすれば、「自分の担当業務ですらまだおぼつかないのに、さらに他の人が担当していた業務などできるはずがない」と感じているでしょう。

結果として、Eさんが「この仕事の意味って何ですか? 私が担当する意味がありますか?」という表現で悲鳴を上げたのかもしれません。また、次のような前向きな気持ちからの可能性もあります。

「自分は戦力にすらなれていなくてみんなに申し訳ない。担当業務を一人前にできるように日々必死に努力しているけど、それでいっぱいいっぱい……。新しい業務を受けたら全てがうまくいかなくなってみんなにも会社にも迷惑をかけてしまう」

Eさんに断られたあなたは、じゃあベテラン社員に振るしかないかと、頭を下げてさらなる負担を強いるでしょうか。彼らはベテランがゆえに表向きは「大変ですよね、分かりました」と平穏を装って受け入れるふりをするかもしれません。

でもベテラン社員にも限界はあるし、心の中ではEさんが発したのと同じ気持ちなのであれば、いっせいに退職してしまう可能性もあります。そんな状況を招いたのはだれでしょう。そう、上司であるあなたです。

4 上司は常に「部下の育成と、部署の生産性向上を担う」立場

私は欠員者の業務を快く受け入れてくれたベテラン社員にも感謝しますが、若手のEさんにも感謝したいです。結果として現場の状況を教えてくれたのですから。

私がEさんに最初にかける言葉は次のようなイメージです。

「今回の欠員でEさんが戸惑っている状況は分かりました。そうやって本音を言ってくれたことに私はとても感謝しています。ありがとう。仕事の現状を詳しく聞かせてください」

『新たな3つのコミュニケーション習慣』の「褒める=感謝の言葉」を伝える、です。Eさんが心を開いてくれたら、現状を知るべく「傾聴」してみましょう。

同じようにベテラン社員も、個別に面談の場に呼んで本音を引き出しましょう。例えばこんな感じです。

「今回は突然の欠員で部署が厳しい状況の中、文句も言わず新たな業務を引き受けてくれて、すごくありがたかったです。ありがとう!」

「欠員が出たこととその対処について本音ではどう思っているのか聞かせてもらえますか。併せて今後この部署がどうなっていくべきかを一緒に考えてください」

それで相手が心を開いてくれたら、「前向き発想」の期待の言葉も忘れずに添えましょう。

同時にEさんにもベテラン社員にも、上に書いた『2 部署の「欠員」をどう捉えるべきか』の内容を語っていきましょう。

欠員が出たままになるのはなぜか、補充しない意図とは。業務改善やAI、ロボット導入による効率化は、本人の仕事を奪うのではなく成長のチャンスであること。こうした点が理解されれば、現場からの生産性向上は一気に進みます。

ただし一度や二度話しただけでは、十分に伝わらないと思います。上司が何度も覚悟をもって説明し、現場の意見も聞きましょう。

なぜ今、生産性向上が必要なのか。それは部下にとってどんなメリットがあるのか。欠員によって人減らしをしようとしているのではないこと。異動して新天地で活躍できれば本人の成長となり、会社にとっても欠員と増員で二重に生産性向上となることを共有しましょう。

上司は常に「部下の育成と、部署の生産性向上を担う」立場と認識してください。そして繰り返しになりますが、そのことを日ごろから上司がメンバーに何度も話して、理解しておいてもらうことが肝要です。

【今回の3つのポイント】

1 今回の「欠員」の意図をはっきりさせて、部下と共有する

2 上司は「部下の育成と、部署の生産性向上を担う」立場と認識し、日頃より部下とも共有しておく

3 Eさん、ベテラン社員それぞれに感謝を伝え、現状を「傾聴」した上で、みんなで対応策を考える

最後に、部下の皆さんの立場でできることを考えてみましょう。上司が語ろうが語らなかろうが、認識できていようがいなかろうが、会社は「部下の育成と、部署の生産性向上」を期待しています。

一人ひとりがふだんから、「自分は1年後、3年後、5年後にどんな姿になっていたいか」を描いてみる。部署内での仕事の任され方、いつごろには〇〇に異動したいと上司に伝えましょう。無責任だと思われないよう、自分がいなくなっても業務が回る方法を上司に提案してみましょう。予定よりも早く希望の未来が実現できるかもしれません。

日本企業の生産性は岐路に立たされています。現場からすれば、現状でも厳しいのに欠員があれば破綻してしまうと訴えたい気持ちは分かります。でもそれでは今後、国内の競合、世界の競合と戦って生き残ってはいけないのです。

もっとラクして稼げる仕事を探しますか? 残念ながらそんな仕事も会社もありません。今よりラクな仕事に移れば待遇が下がるか、AIに取って代わられる可能性が高くなるだけです。覚悟を決めて前向きに取り組む道を選んだほうが、未来は開けますよ。

ものは廃止し、AIやロボットも駆使して効率化を図り、今より人が減っても負担なく回せる環境をイメージしていきましょう。そうすればあなたの実力も上がり、生産性が向上して待遇も上がっていくことでしょう。

5 年上の部下Fさんに指示していい? “ため口”でいい? どう声をかけますか?

次回に向けた課題[事例6]を紹介します。

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Q.年上の部下Fさんに対して、あなたはこの後、最初にどんな声をかけますか? また、それを考える際に注意するべきポイントを3つほど挙げてください。書かれているさまざまな要素を考慮してみましょう。

[事例6]

〇あなたの部下として、年上のFさんが配属されました。他の部下と同じように指示命令を出したところ、「はいはい、分かりました」といった返事のし方で、素直に受け入れてくれている感じがしません。上司と部下の関係なのに、正直そうした態度は気になります。

〇これからも普通に指示命令を出していいものか、また話し方は他の部下に対するのと同じような“ため口”でいいのか、どう話すべきか迷っています。

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テーマは「年上の部下との付き合い方」です。これまでの事例と同様に起こっている事象を整理することから始め、現場で起こっていることの可能性を探ってみましょう。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。もし日常で近いシーンに出会うことがあれば、ご自身で考えて『新たな3つのコミュニケーション習慣』の実践にトライしてみてください。

次回もお楽しみに。

<ご質問を承ります>

ご質問や疑問点などあれば以下までメールください。※個別のお問合せもこちらまで

Mail to: brightinfo@brightside.co.jp

※武田が以前上梓した書籍『新スペシャリストになろう!』および『なぜ社長の話はわかりにくいのか』(いずれもPHP研究所)が、ディスカヴァー・トゥエンティワンより電子書籍として復刻出版されました。前者はキャリア選択でお悩みの方に、後者はリーダーやトップをめざしている方にお薦めです。

『新スペシャリストになろう!』 https://amzn.asia/d/e8GZwTB

『なぜ社長の話はわかりにくいのか』 https://amzn.asia/d/8YUKdlx

以上(2024年12月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
https://www.brightside.co.jp/

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経営者3人にインタビュー! あなたにとって「価値ある情報」とは?

1 「情報過多」の現代社会を生き残るためには?

経営者は、会社にいる誰よりも「情報収集」に熱心です。会社の進むべき道を決める責任があるからこそ、判断を誤らないよう、もうかる(損をしない)情報、新しいテクノロジー、業界の将来予測など、あらゆる分野に目を光らせ、より「価値ある情報」を手に入れようとします。

とはいえ、インターネットやSNSを介して大量の情報が行き交い、「情報過多」になっている現代、情報の取捨選択は容易ではありません。多くの経営者が、

  • 自社にとって、本当に「価値ある情報」とは何なのか?
  • 信頼できる情報とそうでない情報を、どのように見分ければいいのか?

など、日々疑問を抱えながら仕事をしているはずです。このあたり、経営者はどのように考えているのでしょうか? そこで経営者3人にご協力いただき、インタビューを実施しました。

2 「耳の痛い情報が大事」アルテナ代表 古田聡さん

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アルテナ代表 古田聡(ふるたそう)さん

https://altenas.jp/

アルテナ(愛知県名古屋市)は、マーケティング支援のプロフェッショナルです。自社の商品・サービスをもっと広めたいという会社向けに、マーケティングに必要な調査・分析から、戦略立案・各種施策の実行支援など、幅広いサポートを行っています。

「顧客の状況を丁寧にヒアリングし、情報を精査すること」に重きを置く、代表の古田聡さん。緻密なマーケティング戦略により、ニッチな商品の売り上げを2倍以上にアップさせたこともあるそうです。情報の大切さを知る古田さんの「価値ある情報」について話を聞きました。

1)あなたにとっての「価値ある情報」とは?

古田さんは、まず「自分に足りないところを認識できる情報」が大切だと言います。

「耳の痛い情報にこそ、価値があると思っています。現在の課題を知り、向き合うことにつながるからです。商品開発に課題があると感じたなら、商品開発の本を読んでみたり、商品開発に関して厳しい意見を言ってくれそうな人と付き合ったりすることが重要だと思っています」

また、直接経営に役立たなくても、「心が豊かになる、QOL(クオリティー・オブ・ライフ)が上がる情報」であれば、価値があると考えているそうです。

「例えば、心地よい家作りのための建築本や子育てに関する本など。それ自体が経営に直接生きるわけではないですが、知ることで人生が豊かになりますよね。そして生活が豊かになり、間接的に、良い経営判断ができ、良い会社作りにつながると思っています」

2)「この情報がビジネスで役に立った」という経験はありますか?

古田さんは、ある書籍との出合いが印象に残っているそうです。

「私は代表という立場上、時間や人脈、お金などをある程度自由に使いながら事業を展開できます。だからこそ、『やれることは全部やってみたい、挑戦したい』と思っていた時期もありました。そんなときに読んだのが『エッセンシャル思考』に関する書籍です」

エッセンシャル思考とは、「目の前にあることを全てやるのではなく、本当に重要なことを選択して実行する」という考え方です。古田さんは書籍を読むことで、自分は全てをうまくやろうと頑張りすぎて、大切なことに時間とエネルギーを注げていないと気付けたそうです。

「尊敬している先輩に、『本当にやるべきことを知るためには、いろいろ試す時期があってもいいけれど、どこかのタイミングで1つにフォーカスして集中しないと伸びないよ』と助言されたことが大きかったです。当社の強みであるマーケティングの知識や経験と、良質なコンテンツ作りを軸にやっていこうと心が定まりました」

マーケティングの一環としてコンテンツ作りに力を入れるようになってからは、集中的に行うことができてPDCAが回しやすくなり、結果的に受注も増えたそうです。

3)どこから情報を得ることが多いですか?

古田さんは、「人からの情報をはじめ、本、メールマガジン(以下「メルマガ」)などで情報を得ることがほとんど」と言います。それぞれに情報収集のポイントがあるそうです。

1.人からの情報の場合

「SNSや紹介などで知り合い、興味を持った人には損得など考えず、たとえ遠方でも会いに行くこともあります」

2.本の場合

「本は年間100冊を目標に掲げて、ジャンルは問わず読んでいます。本を購入する際は、1つのジャンルの本をまとめて10冊ほど購入して読むので、専門書の場合、重複する項目も多くなります。そのため目次を確認して、内容が分かる箇所は飛ばし読みをします。気に入ったフレーズなどはラインを引き、Notionに書き起こしています」

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古田さんのNotion

3.メルマガの場合

「マーケティング分野に関しては深く、その他の分野は広く浅く知識が得られるよう、合計10社ほどのメルマガを読んでいます。『なぜ、あなたの仕事は終わらないのか』の著者の中島聡さんや、実業家の堀江貴文さんのメルマガは、長く読んでいますね。いずれも面白く学びがあります。ちなみに、販売促進やセミナー案内ばかりのものは解約しがちです」

4)どこから得られる情報を特に重視しますか?

古田さんにとっての情報源の重要度は、「人→本→メルマガ」という順番になるそうです。

「人からの情報は、話し手が聞き手に分かりやすく伝えてくれるので、パーソナライズされています。本も、自分の好みに合うものなどを選択できるので、ある程度パーソナライズされています。メルマガは、複数の読者にまとめて送られるので、自分向けでないこともありますよね。だから重要度は、『人→本→メルマガ』の順番になると思っています」

5)信頼できる情報とそうでない情報を、どのように見分けていますか?

古田さんは、「ただ目立つため」に発信された情報はあまり信頼が置けないと言います。

「以前、弊社メンバーのnoteを勝手に盗用し、X(旧Twitter)で発信してバズった方がいました。目立つためにやっていることは、専門家が見ればすぐに分かります。そのような方や情報とは距離を置くようにしています」

3 「身の丈に合った情報が大事」一新堂代表 本土大智さん

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一新堂代表 本土大智(ほんどだいち)さん

https://isshindo1956.com/

一新堂(佐賀県西松浦郡有田町)は、贈答品の購入時に使用する「貼り箱」などの企画や販売を行っています。1956年の創業以来、約70年にわたってものづくりを続けてきた老舗の会社です。

代表(3代目)の本土大智さんは、価格競争で売り上げが低迷していく中、外部のデザイナーと組んでオリジナル製品を作り、ブランディング化に成功しました。経営の挽回を図るための情報収集に苦労したという、本土さんの「価値ある情報」について話を聞きました。

1)あなたにとっての「価値ある情報」とは?

本土さんは、「身の丈に合った情報」、つまり「そのときに欲しいと思っている情報」を重要視しているそうです。

「必要な情報は、その時々の経営指標によって変わります。だから、今、自分が立っているステージを確認することが大切だと思っていますし、その時点での身の丈に合った情報が『価値ある情報』になると感じています」

2)「この情報がビジネスで役に立った」という経験はありますか?

本土さんは、ある1人のデザイナーが「価値ある情報」を提供してくれたと言います。

一新堂が組み立て式収納ボックス「ISSHINDO FOLDING BOX」を製作した際、自社の課題を踏まえてデザインを提案してくれるデザイナーを探すのが大変だったそうです。大手デザイン事務所から個人まで複数のメールを送付し、その中ですぐに返事をくれたのが、デザイナーの古賀正裕さんでした。

「他にもすてきなデザイナーさんはいたのですが、古賀さんはメールをした翌朝に連絡がありました。迅速な対応が好印象でしたし、提示してくれる価格も当社の身の丈に合ったものでした。また、古賀さんが返事をくれた同日、デザインのセミナーに登壇すると知り、足を運ぶことにしたのですが、そのセミナーでは『具体的なデザインの事例』についても話を聞くことができ、頭の中が整理されました」

その後も対話を重ね、古賀さんとの共創で新製品の製作が始動。誕生した製品は、2018年のグッドデザイン賞を受賞しました。付加価値の高い製品を作る会社と認知されたことで、新たな受注獲得につながったそうです。

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ISSHINDO FOLDING BOX

3)どこから情報を得ることが多いですか?

本土さんは、「以前は、ひたすらインターネットや本、新聞、SNSなどあらゆるメディアで情報をインプットしていた」そうです。ただ、それについては反省があるとも語ってくれました。

「情報過多となり、『あれもこれもやりたい』となってしまいました。ビジネス本や自己啓発本を読んでいても、理解した気になっているだけで『読んでいる自分』に酔い、それによってモチベーションを上げているところがありました。ハイブランドの新作デザインやプレスリリース、海外のメディア情報、SNSもよく見ていました。バズることに興味を持った時期もありましたが、当社がやることではないと思い直しました」

たくさんの情報に触れる日々を送る中で、「情報を咀嚼(そしゃく)できていない自分」に気付いたそうです。

「自分の主軸がなくなっているなと思いました。一見うまくいっているように見える会社に対して『うらやましい』と感じて、まねをしたくなっていましたね。しかし今は、やるべき主軸が定まったので、必要な情報を先に精査できるようになりました」

4)どこから得られる情報を特に重視しますか?

本土さんは、「信頼できる専門家が大事ですね。自分で調べるのには限界がありますから」と言います。そう強く感じたのは、ギフトショーに参加するため、プロダクトデザイナーの小嶋健一さん(福岡生活道具店)と、包丁のパッケージを作ったときだそうです。

「前情報として、日本の包丁が海外で人気ということは知っていました。ただ、実際どうなのか、私はインターネットを使ってもうまく調べられず……。その点、小嶋さんは、プロダクトデザイナーとしての知見から、マーケットの状況を正確に把握し、情報量も豊富に持っていると痛感しました」

専門家の持つ情報を重要視したことが、製品開発の成功につながったそうです。

「小嶋さんと情報を精査していたところ、良い包丁でも、パッケージがモダンデザインに変換されていないケースが多いと分かりました。包丁を保護し、美しく見せるパッケージを提案したら需要があると感じ、『京都式貼箱 京刃物型』を開発しました」

開発した貼り箱は「鞘(さや)のような箱」をイメージしたデザインで、マグネットの仕様で開閉しやすく、さびにくい工夫を施すなどが評価され、2020年の京都デザイン賞に入選したそうです。

5)信頼できる情報とそうでない情報を、どのように見分けていますか?

本土さんは、「課題解決をするための手段としてデザインがある。その本質を忘れてしまっているデザイナーの情報は信頼できない」と言います。

「人からの情報を大切にしているので、直接会ってお話しすることを大事にしています。共創しているデザイナーさんは全てそうでした。逆に信頼できないのは、全て自分の手柄のように情報発信をされている方です。ご一緒したくないなと感じてしまいます」

4 「行動したくなる情報が大事」笏本縫製代表 笏本達宏さん

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笏本縫製代表 笏本達宏(しゃくもとたつひろ)さん

https://shakumoto.co.jp/

笏本縫製(岡山県津山市)は、専門の職人によるネクタイの縫製で知られる会社です。2015年にオリジナルの高級ファクトリーブランド・ネクタイ「SHAKUNONE(笏の音)」を立ち上げ、2024年に「つやまスーツ」の販売を開始しました。

代表の笏本達宏さんは日々、SNSで発信を続けています。情報を発信する側の立場から、笏本さんの「価値ある情報」について話を聞きました。

1)あなたにとっての『価値ある情報』とは?

笏本さんは、情報の受け手のアクションを重要視しているそうです。

「『価値ある情報』は、受け取った側が行動したくなる情報だと思います。我々のように発信している側としては、思いを持って動いてくださることはとてもうれしいです」

2)「この情報がビジネスで役に立った」という経験はありますか?

笏本さんが、「受け取った側が行動したくなる情報」が大事だと強く感じたのは、2017年10月にクラウドファンディングを行ったときだそうです。

当時、会社の経営難に悩んでいた笏本さんは、たまたま参加していた交流会で、登壇されていた方から、「地方創生をしていく中で、銀行や行政からの支援が得られない場合、クラウドファンディングという手法があります」という話をチラッと耳にしたそうです。

「当時のクラウドファンディングは、今ほどメジャーではありませんでしたが、興味を覚えた私は、登壇者に直接話を聞き、他にもさまざまな人に意見をもらいました。そして、1年で100万円も売れなかったネクタイを、1カ月で100万円販売するチャレンジをしました。すると予想を超えて170%達成。170万円以上の支援が集まりました」

3)どこから情報を得ることが多いですか?

SNSで情報発信を行う笏本さんは、情報を収集する際もSNSをよく活用しているそうです。

「SNSは最新情報が流れてくるので、頻繁にチェックしています。ただ信ぴょう性に乏しいものもあるので、自分の中でフィルターをかけるようにはしていますね。商工会や商工会議所、県などがやっているセミナー、勉強会などは、情報の信用性が担保されていますが、SNSは誰でも発信できるので、疑う気持ちは持っておく必要があると思っています」

4)どこから得られる情報を特に重視しますか?

笏本さんは、「勉強会やSNSで得る情報も大切ですが、人との雑談からビジネスにつながるヒントが生まれることもある」と言います。

「先日、旅行に行った方との雑談で、新しいビジネスモデルのヒントをもらいました。情報は鮮度が命です。すぐに事業計画書作りに取り組みました。やはり、どんなに良い情報も、受け手次第で先ほどもお伝えした通り『単なる情報』のまま終わってしまいます。動くことで、『価値ある情報』として活きてくると思いますね」

また、お客さまからの声が、新しいビジネスのきっかけになったケースもあるそうです。

「SHAKUNONE(笏の音)のお客さまから、『このネクタイに似合うスーツは、何ですか?』とよく質問されることがありました。お客さまのニーズを私の中でかみ砕いて、自分たちにできることは何かを考えた末、オリジナルスーツを作ることにしました。しかし、我々はネクタイ屋でありスーツは作れません。だから、パートナー選びから始めました」

笏本さんは、インターネットで調べても地元でスーツが作れる縫製工場が見つからなかったため、2023年の春ごろ、津山市役所に相談したと言います。すると、市内でスーツ作りをしている縫製工場を紹介してもらうことができ、さらに津山市出身の専門フィッターの方の協力も得られました。こうした積み重ねの結果、2024年3月に「つやまスーツ」が生まれたそうです。

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つやまスーツ

5)信頼できる情報とそうでない情報を、どのように見分けていますか?

笏本さんは、情報を受け取る立場と発信する立場の両方から、情報の信頼性について話してくれました。

「セミナーで聞いたことを、さも自分の考えのように伝えている人の情報は信用できませんね。逆に、ご自身の経験に熱量を乗せて語れるような方の話は聞きたいと思います。一方で私は、10年間1日も休まずにSNSでの発信を続けています。情報を発信する責任として、数字などは国土交通省などのしっかりとしたデータを調べ、精査・整理してから発信するようにしています」

以上(2024年12月作成)

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画像:アルテナ・一新堂・笏本縫製提供

教育訓練給付金の拡充

2024年10月から、雇用保険の「教育訓練給付金」が拡充されました。教育訓練給付金は、厚生労働大臣指定の教育訓練を受講、修了した労働者に、受講費用の一部が雇用保険から支給される制度です。厚生労働省は、拡充により、労働者の主体的なスキルアップやリスキリングにつながることを期待しています。本稿では、教育訓練給付金の基本的なしくみと、今回の拡充のポイントについてお伝えします。

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【中堅社員のスピーチ例】目標管理は手書きの手帳で!

【ポイント】

  • 目標を立てても、予想以上の忙しさのせいで、“三日坊主”で終わってしまうことがある
  • 目標や計画をなかなか達成できないのは、掲げた当初の「思い」を忘れてしまうから
  • 手書きの手帳には、筆跡の力強さなどが表れ、目標を掲げたときの自分に向き合える

おはようございます。まもなく今年も終わり、もう少しで2025年がやって来ます。まとまった時間が取れる年末年始は、新年の目標を立てるのにうってつけです。ただ、せっかく目標を立てても、年明けからの予想以上の忙しさのせいで、いわゆる“三日坊主”で終わってしまうという話もよく聞きます。そこで、皆さんにおすすめしたいのが、「手書きの手帳」を使った目標管理です。私自身が実際にやってみて、目標達成にとても役立ったので皆さんに共有したいと思います。

昨年末、私は小さな目標を10個立て、それらの実行計画を手帳に書いておきました。ちなみに、内容は「春になったらスポーツジムに通う」などプライベートなものから、「今年こそ資格を取得する」など仕事に関わるものまでさまざまです。しかし、いざ新年が始まると、目標のことは頭の片隅にありつつも、予想外の忙しさになかなか着手できずにいました。

そんな状態が続いていたとき、ふとした瞬間に、手帳を見直し、力強い筆跡で書かれた目標を見ました。すると、目標を掲げた当時の「今年こそは絶対にやり抜きたい」という、強い思いがよみがえってきたのです。私は「どれだけ忙しくても着実に取り組もうと決めたじゃないか」と反省し、まずは1つ、簡単なものから着手することができました。

また、目標の1つだった資格取得のための勉強を仕事と両立させることが難しく、挫折しかけていたときも、手帳の目標が書かれたページを開くたび、過去の自分が「絶対達成しろよ」と背中を押してくれているような気になり、試験日まで勉強を続けることができました。おかげで今年は、10個の目標のうちのほとんどを達成し、念願だった資格も無事に取得でき、大きな自信となりました。

目標を“三日坊主”で終わらせないためのポイントは、目標を掲げたときの「意気込み」を忘れないことだと思います。目標を立てたときの「やるぞ」という気持ちが筆跡に現れるのが、手書きの手帳ならではのメリットといえます。
ちなみに、12月1日は手帳の日だそうです。少し過ぎてしまいましたが、今年が終わる前にアナログの手帳を1冊購入し、新しい気持ちで新年を迎えてみてはいかがでしょうか。

以上(2024年12月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

政治・経済・スポーツ……2024年の主な出来事を振り返ろう

2024年を振り返って

早いもので、2024年も終わりが近づいてきました。今年はどのような出来事があったのでしょうか? 次の図表を見ながら1年を振り返ってみましょう。なお、12月の出来事は、2024年11月22日時点で予定されている内容です。

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2024年は、元日から「令和6年能登半島地震」が発生し、8月8日にも日向灘を震源とする地震発生に伴い、南海トラフ地震臨時情報が発表されるなど、大きな災害がありました。また、政治面では日本・米国それぞれのリーダーが交代となり、経済面では、記録的な株価の変動や、マイナス金利解除に伴う17年ぶりの利上げ実施などが、世間を騒がせました。

一方で明るいニュースも多く、スポーツ面では、大谷翔平選手が大リーグ史上初となる50本塁打50盗塁の快挙を達成し、ナ・リーグMVPを受賞するという大記録を打ち立てました。佐渡島の金山が登録に向けた運動開始から27年越しの世界文化遺産登録となるという出来事もありました。12月には、日本原水爆被害者団体協議会のノーベル平和賞受賞が控えています。

2025年の干支は巳(み)です。巳、つまり蛇は、脱皮を繰り返すことから「変化と再生」の象徴とされています。先行きが不透明な時期が続きそうですが、どんなことが起こっても、蛇のようなしなやかさと賢さをもって対応できるように準備をしておきましょう。

以上(2024年12月作成)

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画像:Joao-Adobe Stock

【ハラスメント対策】社員が取引先にハラスメントをしたらどうする?

書いてあること

  • 主な読者:取引先から「ハラスメント」を指摘された場合の対応を知りたい人
  • 課題:社内のハラスメントは対策していたが、社外については対応が漏れていた
  • 解決策:社内のハラスメントと基本は同じ。ただし、取引先との丁寧な連携を忘れない

1 対策が漏れがちな取引先へのハラスメント

ハラスメントは社内だけの問題ではないし、こちらが被害者になるとも限りません。例えば、自社の社員が取引先の社員などにハラスメントをしてしまったら、その相手との取引が停止する恐れがあることはもちろん、噂が広がることで、業界内での会社の信用も地に落ちます。

にもかかわらず、多くの会社では、社外のハラスメントへの対策が漏れがちです。そこで、この記事では、社外のハラスメントへの対応について紹介します。基本は社内の場合と同じですが、社外の場合、

取引先と丁寧に連携を取りながら対応を進める必要

があります。例えば、取引先の社員を事情聴取する場合、必ず取引先の担当部署の承諾を得なければなりません。基本的な対応の流れは次の通りです。

  1. 事実確認:ハラスメントの事実があったか否かを確認する
  2. 取引先へのフォロー:事実があった場合、謝罪など必要なフォローをする
  3. 行為者に対する措置:必要に応じて配置転換や懲戒処分などの措置を講じる
  4. 再発防止に向けた措置:ハラスメント研修などの再発防止措置を講じる

また、法令上、セクハラ(セクシュアルハラスメント)については、自社の社員が取引先の社員に対してハラスメントを行った疑いがあって、これについて取引先から事実確認や再発防止などに関する必要な協力を求められた場合、これに応じる努力義務があります。

加えて、セクハラとパワハラ(パワーハラスメント)については、自社の社員と役員が取引先の社員に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施など必要な配慮をする努力義務があります。

2 事実確認

1)事情聴取

事実確認では、関係者(被害者・行為者・目撃者など)への事情聴取を行います。社外のハラスメントの場合、被害者と目撃者は基本的に社外の人間ですから、聴取を行うには取引先の担当部署の承諾が必要です。また、取引先の担当部署が立ち会いを希望する場合は応じます。

事情聴取の内容は、録音するのがベストですが、難しい場合は聴取の内容を書面(供述録取書)にまとめ、その内容を供述者に確認してもらい、内容に間違いがなければ署名をしてもらうことが大切です。そうすることで「言った、言わない」の問題を回避できます。

行為者の当時の言動(実際に何と言ったかなど)は、できるだけ具体的に聞き取ります。実際に体験した者でなければ語れない内容ほど、信用できるからです。

行為者に事情聴取をする場合、「言い訳は聞きたくない」などと対応せず、本人の言い分も十分に聴くことが大切です。弁明の機会を与えないと、手続きが不適切として行為者を処分できなくなる恐れがあるからです。

ハラスメントに関する事情を知っている行為者以外の社員が自社にいる場合、行為者や被害者が接触する前にできるだけ早く事情を聴取します。ただし、プライバシーにも配慮が必要(特にセクハラ事案)ですので、事情聴取のために必要な範囲を超えて、行為者や被害者の情報(ハラスメントの詳細な状況、行為者や被害者の性的嗜好など)を開示することは控えるべきです。

行為者の事情聴取の結果について、取引先が開示を求めてきた場合は応じます。これは、事実確認の他、被害者がメンタルヘルス不調になった場合の休職措置などにも利用されます。

2)客観的証拠の収集

メールやライン、録音、携帯電話の発着信履歴などの客観的な証拠(物証)を集めておくことは重要です。行為者や被害者の供述(人証)が信用できるか検討する上で、供述の内容と客観的な証拠が矛盾している場合、慎重な検討が必要になります。

客観的な証拠を集める際は、自社のサーバー内にある行為者のメールのデータは保存しておき、行為者にも当時の客観的な証拠があれば提出するよう求めます。また、取引先が客観的な証拠を持っている場合、開示してもらうよう依頼します。

証拠は事情聴取の前に収集するのが望ましいですが、事情聴取まで時間がない場合などは、事情聴取の後も(聴取内容を踏まえて)積極的に証拠の収集を続ける必要があります。

3)確認した事実関係の認定と評価

事情聴取が終わったら、「ハラスメントの事実があったか否か」を認定します。被害者と行為者の言い分が食い違ったり、客観的な証拠がなかったりして認定が難しい場合は、専門家(弁護士)に相談します。

事実関係の認定をしたら、認定した行為者の言動が、社内のハラスメントの基準などに照らして悪質なのか、それともそこまで悪質とは言えないのかを判断します。

3 取引先へのフォロー

悪質なハラスメントがあった場合、速やかに取引先に謝罪し、必要な措置を講じます。場合によっては訴訟などの法的な紛争に発展することもありますので、その準備も必要です。行為の内容が悪質とも適正とも言えない「グレーゾーン」のケースもあるでしょうが、その場合も謝罪はすべきでしょう。

また、行為者の処分についてですが、処分の内容や理由を取引先に伝える義務まではないと思われます。処分は自社の人事などに関することですし、関係者のプライバシー保護は加害者に対しても必要だからです。

なお、冒頭でもお話しした通り、セクハラについては、取引先から事実確認などについて必要な協力を求められた場合、これに応じる努力義務があります。当然ですが、協力を求められたことを理由に、取引先に対し契約解除などの不利益な取扱いをするのはNGです。

4 行為者に対する措置

悪質なハラスメントがあった場合、行為者に対する注意・指導、人事上の処分(配置転換など)、懲戒処分などを検討します。

グレーゾーンの行為の場合、懲戒処分は難しいかもしれませんが、注意・指導などの対応はすべきでしょう。そうしないと、グレーゾーンの行為者は「自分は正しい」と思い込み、同じような言動を繰り返す恐れがあります。ですから、「今回はハラスメントに当たらないと判断したけれど、次は違う判断になるかもしれないから、言動を改めたほうがいい」と伝えます。

なお、懲戒処分を行うためには、就業規則など社員の服務規律を定めた文書において、ハラスメントが懲戒事由に当たる旨の規定を整備しておく必要があります。

5 再発防止に向けた措置

社内だけでなく、取引先など社外の人に対するハラスメントもあってはならない旨を社内に周知します。ハラスメント防止規程や防止方針の該当条文をピックアップして説明したり、弁護士事務所などに依頼してハラスメントに関する研修を実施したりするとよいでしょう。

また、コンプライアンスに関するアンケートなどを実施し、「社外の人間への迷惑行為を見たことがあるか」「取引先から相談を受けたことがあるか」といった実態も調査するのもよいでしょう。

6 自社の社員がハラスメントを受けたら?

自社の社員が取引先からハラスメントを受けた場合の対応についても紹介します。自社の社員が取引先からハラスメントを受けたと相談してきた場合、基本的には、社内のハラスメント対応を参考にします。社内のハラスメントとの主な違いは、次の2点です。

  1. 社外の人間である行為者への事情聴取が難しい
  2. 自社が被害者の社員に対して安全配慮義務を負っている

1.については、ひとまずは相談者と目撃者に事情聴取を行い、違法な迷惑行為が確認できる場合、取引先に対応を求めるようにします。ただし、その後の取引の問題もあるので、取引先との連携は丁寧に行うようにします。

また、被害を訴える社員がメンタルヘルス不調で休職した場合は、その社員の申告が事実かを確認する必要があります。そのため、行為者の事情聴取の結果について、取引先に開示を求めることを検討します。

2.については、自社の社員が取引先からハラスメントを受けた場合、相談先や相談体制を定めてあらかじめ社員に周知しておくなど、ハラスメント被害に対応する体制を整備することが望ましいとされています(厚生労働省「職場におけるハラスメント関係指針」)。

なお、裁判例では、小売業の接客時の顧客からの苦情対応に対して相談体制を整えていたことを理由の1つとして会社の安全配慮義務違反を否定したもの(東京地裁平成30年11月2日判決)や、教諭が保護者から理不尽な言動を受けたことについて、校長が教諭に対して保護者に謝罪するよう求めたことを不法行為と判断したものがあります(甲府地裁平成30年11月13日判決)。

7 社員がフリーランスにハラスメントをしてしまったら?

最後に、社員がフリーランスにハラスメントをしてしまった場合の対応について紹介します。 2024年11月1日から、フリーランスに対しても、社員と同様のハラスメント防止措置を講じることが義務化されるからです。

フリーランスは社外の人間ですが、個人であるため、ここまで紹介したような「取引先との連携」は基本的に必要ありません(仲介事業者がいる場合などを除く)。通常のハラスメント防止措置(下記1.から5.)を、フリーランスにも適用すれば大丈夫です。

  1. ハラスメントの方針(ハラスメントを行ってはならない旨など。就業規則等の文書(例:ハラスメント防止規程)に規定)の明確化、周知・啓発
  2. ハラスメントに関する相談窓口の設置・運用
  3. 事実確認、被害者に対する配慮のための適正な措置、行為者への適正な措置と再発防止に向けた措置の実施
  4. 相談者や行為者のプライバシーを保護、相談したことや事実関係の確認に協力したこと等を理由として不利益な取扱いを行ってはならない旨の周知・啓発
  5. 業務体制の整備など、マタハラ等の原因や背景となる要因を解消するための措置の実施

ただし、自社が実施するハラスメント防止措置の内容については、フリーランスと契約を締結する際に、書面などで明確に本人に伝えておくようにしましょう。例えば、

相談窓口の担当者・連絡先などを明らかにしていない場合、ハラスメント事案が発生した際、フリーランスが外部のユニオンなどに駆け込んで、問題が大きくなること

などが予想されます。フリーランスは社員のように、社内規程などをいつでも確認できるわけではないので、こうした伝達については、ある意味社員以上に慎重になる必要があります。

以上(2024年11月更新)
(監修 弁護士 田島直明)

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画像:photo-ac

【管理会計】見えない人件費、役割に付随する仕事も想定して判断せよ!

書いてあること

  • 主な読者:感覚だけではなく、定量的な基準や根拠を持ってビジネスの判断をしたい人
  • 課題:認識できている「数字」や「役割」だけに基づいて判断してよいのか?
  • 解決策:会社が負担する総額人件費は年間給与の1.5〜2倍、担当外の仕事もたくさんある

1 質問:売上高より低い人件費なら“お得な採用”?

年間売上高が600万円の新規取引先を獲得しました!

人手が足りなくなるので、「年収480万円(月額給与30万円×12カ月+賞与60万円×2回)」で人材を採用しようと考えています。単純に、

600万円−480万円で120万円のプラスである

ということで、採用を進めてよいでしょうか。こうしたシーンに直面することはよくあるので、判断の基準をご紹介します。

2 「見えない人件費」とその正体

人件費には、社員が認識していない「見えない人件費」があります。例えば、法定福利費(健康保険料、厚生年金保険料、介護保険料、雇用保険料など)や、法定外福利費(通勤手当や住宅手当など)があります。これらをすべて合計した人件費を総額人件費と呼び、

総額人件費の目安は年間給与の1.5~2倍程度

といわれます。年収480万円の社員の総額人件費は720万円以上です。

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3 売上の全てが利益になるわけではない

利益にも注目しましょう。売上高から売上原価(仕入原価など)を差し引いたものが売上総利益、売上総利益から販売費及び一般管理費(以下「販管費」)を差し引いたものが営業利益です。多くの場合、人件費は販管費から支払われるので、

売上総利益が人件費よりも少なければ、営業利益は赤字

となります。仮に総額人件費を720万円、600万円の売上高の40%が仕入原価とした場合、

1200万円=720万円/0.6

の売上高がなければ総額人件費を賄うことはできません。上の数式の「0.6」は、本ケースの売上総利益率です(60%(1-0.4))。

4 ABCで人件費を配賦する

「配賦」についても知っておきましょう。例えば、製品Aの販売を担当する社員の人件費は、全額が製品Aの販売に振り向けられるわけではありません。通常、他の商品の販売や事務作業などもしているからです。

配賦とは、

複数の部門・製品・業務などにまたがって発生する費用を、各部門・製品・業務などに適正に費用配分すること

であり、原価計算ではある基準を持って行われます。いくつかの方法がありますが、知っておいてほしいのはABC(活動基準原価計算)です。

ABCとは、アクティビティ(活動)を基準として原価を計算する手法です。例えば、検品作業にかかる費用は次の算式で算出します。

検品作業の費用=1時間当たりの人件費×製品1個当たりの時間×出荷個数

1時間当たりの人件費を3000円、製品1個当たりの時間では検品作業が15分、その他作業が10分の場合、出荷個数が100個(例1)と50個(例2)の計算は次の通りです。

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ここでは話を単純にしていますが、人件費に限らず原価を配賦するためのイメージがつくかと思います。

5 練習問題

(問題1)

年間給与などが500万円の人の総額人件費を賄える売上はどのくらいですか?

なお、総額人件費は年間給与の1.5倍、売上高に対する仕入原価の割合が50%とします。

(問題1の回答)

総額人件費は「500万円×1.5」で計算します。また、総額人件費を賄うことができる売上は、「750万円/50%」で計算します。

問題1の答え:1500万円=750万円/0.5

上の数式の「0.5」は、本ケースの売上総利益率です(50%(1-0.5))。

(問題2)

製品Aの販売にかかる利益を算出するため、ABCに基づいて人件費の配賦を行います。どのような情報が必要ですか?

(問題2の回答)

この記事で紹介してきた内容に基づくと、

  • 販売に関するアクティビティ

と、各アクティビティに関する、

  • 1時間当たりの人件費
  • 製品1個当たりの時間
  • 出荷個数

となります。なお、この例では「製品1個当たり」を基準にしていますが、「製品10キログラム当たり」など、費用の発生実態に合わせて基準を変更しましょう。

以上(2024年11月更新)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 仁田順哉)

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画像:ESB Professional-shutterstock

【かんたん消費税(7)】インボイスの保存は絶対条件「仕入税額控除」の内容と計算方法

書いてあること

  • 主な読者:インボイス制度で大きな影響を受ける仕入税額控除について知りたい経営者
  • 課題:仕入税額(仮払消費税)がどのように算出されているのか分からない
  • 解決策:一定の要件を満たす会社は仕入税額が全額を控除できる。それ以外の会社は「個別対応方式」か「一括比例配分方式」のいずれかで仕入税額控除

1 インボイスでなければ消費税で損をする?

消費税は、「預かった消費税(仮受消費税)」から「支払った消費税(仮払消費税)」を差し引いて計算します。これを「仕入税額控除」といいますが、インボイス制度が導入されてから(2023年10月1日以後)は、

「適格請求書発行事業者」から発行してもらったインボイスを保存することが、仕入税額控除の条件

になっています。適格請求書発行事業者とは、国税庁に適格請求書発行事業者の登録をした事業者です。

相手が適格請求書発行事業者でも正確なインボイスをもらえなかったり、相手が適格請求書発行事業者の登録をしていなかったりする場合、仕入税額控除が受けられず、皆さんが損をすることがあるのです。

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インボイスは大事なものですから、紛失しないように保存方法も決めておきましょう。このタイミングで電子帳簿保存法にも対応し、インボイスの電子保存を検討してもよいかもしれません。

2 仕入税額控除が楽々な会社とは?

仕入税額控除には、「原則課税」と「簡易課税」とがありますが、ここでは原則課税に注目します。なお、簡易課税は課税売上高が5000万円以下など、一定の要件を満たす企業が採用できる、仕入税額控除の計算を簡単にした仕組みです。

さて、原則課税に話を戻します。【簡易】課税という制度があるくらいなので、仕入税額控除の計算は複雑なのですが、実は、次の2つのいずれの要件も満たす会社は全額控除が認められています。規模がそれほど大きくなく、厳密に計算しなくても影響は軽微と考えられているからです。

  1. 課税売上高が5億円以下
  2. 課税売上割合(売上高に対する課税売上高の占める割合)が95%以上

全額控除が認められてない場合、「個別対応方式」か「一括比例配分方式」で計算しなければなりません。このようにさまざまな計算方法のある仕入税額控除の全体像をまとめると次のようになります。

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3 「個別対応方式」と「一括比例配分方式」

1)個別対応方式とは

仕入税額控除の基本は次の通りで、これを最も厳密に行うのが個別対応方式です。

  • 課税売上に対応する仕入で発生した仮払消費税:全額控除する
  • 非課税売上に対応する仕入で発生した仮払消費税:控除できない
  • 課税売上と非課税売上に共通した仕入で発生した仮払消費税:一定割合だけ控除する

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2)一括比例配分方式とは?

一方、一括比例配分方式は個別対応方式よりは楽です。なぜなら、一括比例配分方式では仮払消費税を3つに区分することなく、

仮払消費税の全額に課税売上割合を掛けた金額を仕入税額控除額とする

ことができるからです。

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ただ、一括比例配分方式は、一度採用したら最低2年間は変更できないので注意してください。事務負担が楽だからといって安易に一括比例配分方式を採用すると、仮に翌期は個別対応方式のほうが納税額が減る場合でも、個別対応方式は採用できなくなってしまいます。

4 その他仕入税額控除の特例

仕入税額控除の計算にはさまざまな特例があり、これを見逃すと税務調査で指摘を受けることがあります。主な特例を紹介するので、ご確認ください。

1)課税売上割合の著しい変動(土地の売却など多額の非課税売上が発生したときなど)

高額で長い期間使い続ける固定資産は、取得した事業年度の状況(課税売上割合)だけで、仕入税額控除の金額を決定することが不合理なケースがあります。そのため、課税売上割合が直近3年間のもの(通算課税売上割合)と比べて、

  • 著しく増加した場合には、仕入税額控除額を加算する
  • 著しく減少した場合には、仕入税額控除額を減算する

という一定の調整をします。

例えば、普段は売上のほとんどが課税売上に該当する会社なのに、たまたま、ある事業年度に土地などを売却したために多額の非課税売上が生じて課税売上割合が著しく変動するケースなどが該当します。

この調整は、固定資産を取得した事業年度を含めて3年間のうちに行われる可能性があります。そのため、多額の設備投資をした場合は、その後の課税売上割合の推移に注意し、仕入税額控除の調整もれによって税務調査で指摘されないようにしましょう。

2)固定資産の転用(固定資産の取得から3年以内に、使用用途を変更したときなど)

課税業務用に使用する目的で固定資産を購入した場合、個別対応方式で仕入税額控除を計算すれば、仮払消費税は全額控除できます。逆に、非課税業務用に使用する目的で固定資産を購入した場合、個別対応方式で仕入税額控除を計算すれば、仮払消費税は一切控除できません。

しかし、固定資産は比較的長い間使い続けるにもかかわらず、取得した事業年度の用途だけで仕入税額控除の金額を決定するのは不合理なケースがあります。そのため、取得した固定資産を、3年以内に

  • 課税業務用から非課税業務用に用途変更した場合は、仕入税額控除額を減算する
  • 非課税業務用から課税業務用に用途変更した場合は、仕入税額控除額を加算する

という一定の調整をします。

多額の設備投資をした場合は、その後の用途変更の可能性に注意し、仕入税額控除の調整もれによって税務調査で指摘されないようにしましょう。

以上(2024年11月更新)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)

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