治療と仕事を両立させるカギは「会社」「社員」「主治医」「産業医等」の4者連携

書いてあること

  • 主な読者:病気になってしまった社員の、治療と仕事の両立支援について知りたい経営者
  • 課題:「会社」は治療のことが、「社員の主治医」は仕事のことがよく分からない
  • 解決策:「会社」「社員」「主治医」「産業医等」の4者が密に連携する

1 治療と仕事の両立で大切な関係者の連携

医療技術が進歩した現代、大抵の病気であれば社員は一定期間の休職を経た後、通院しながら働き続けることができます。ただ、実際に治療と仕事を両立させること(以下「両立支援」)は大変です。なぜなら、

  • 仕事のことは分かるが、治療のことはよく分からない「会社」
  • 治療のことは分かるが、仕事のことはよく分からない「社員の主治医」

の間で、両立支援の方針(休職の要否、復職の可否、就業上必要な措置など)が食い違うことがあるからです。最悪の場合、社員に適切な支援が行えないまま、退職に至ってしまうケースだってあります。

これを防ぐために重要なのは、

「会社」「社員」「主治医」「産業医等」の4者が連携すること

です。「産業医等」とは、産業医または社員数が50人未満の会社で社員の健康管理を行う医師のことです。なお、両立支援については、厚生労働省が運営する情報ポータルサイト「治療と仕事の両立支援ナビ」に参考情報が多く掲載されていますので、こちらも参考にしてください。

■治療と仕事の両立支援ナビ■

https://chiryoutoshigoto.mhlw.go.jp/

2 両立支援を実現する「4者連携」

両立支援のための4者連携は、次の流れで行います。

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1)両立支援の検討に必要な情報の収集

体調が優れなかったり、健康診断の結果に異常があったりした場合、その社員はできるだけ早く医師の診察を受けます。主治医から両立支援が必要と判断されたら、主治医から治療と仕事を両立させる上で必要なことを教えてもらいます。具体的には次の4つですが、主治医がこれらを書き込める書式を用意するのが望ましいです。

  1. 症状、治療の状況(現在の症状、入院や通院治療の要否・期間、治療の内容・スケジュール、通勤や業務に影響し得る症状や副作用の有無・内容)
  2. 退院後または通院治療中の就業継続の可否に関する意見
  3. 望ましい就業上の措置に関する意見(避けるべき作業、時間外労働や出張の可否等)
  4. その他配慮が必要な事項に関する意見(通院時間や休憩場所の確保等)

2)両立支援の申し出、情報の提供

両立支援が必要と判断された社員は、その旨を会社に申し出て、1)で主治医に教えてもらった情報を会社に提供します。ただ、「周囲に心配を掛けたくない」という理由で、両立支援の申し出をしない社員もいるので注意が必要です。

3)治療の状況等に関する情報の収集(産業医等を経由)

社員が主治医に教えてもらった情報だけでは、両立支援を行うのに不十分な場合があります。

主治医の意見書に「一定の配慮の下、就業が可能」という記載があるものの、会社からすると、具体的にどんな配慮が必要なのか分からないケースなど

がそうです。こうした場合、会社は社員本人の同意を得た上で、治療の状況などの情報を主治医から収集します。医学の専門的な知識が必要となるケースも多いので、産業医等が主治医の話を聞くとよいでしょう。

4)就業継続の可否、就業上の措置、治療への配慮に関する意見聴取

会社は、就業継続ができるか、どのような就業上の措置や治療への配慮が必要かなどを産業医等に聴きます。産業医等は、社員の仕事に関する事情に精通しており、労働安全衛生法でも産業医等の健康管理に関する勧告は尊重しなければならないとされています。ですから、

主治医と産業医等の意見が異なる場合、基本的には産業医等の意見を尊重

します。ただし、病気の内容が産業医等の専門外である場合などは慎重な判断が必要です。

5)休業措置、就業上の措置、治療への配慮の検討と実施

会社は、就業を継続させるか否かを決めます。就業を継続させる場合、具体的な就業上の措置、治療への配慮の内容、実施時期などについて検討します。その際、

社員本人からも就業の継続や就業上の措置、治療への配慮などについて要望を聴取

します。一方、就業を継続するのが難しく、休業措置を講じる(休職させる)場合、

休職期間の上限や休職中の賃金などの扱い、職場復帰の手順等について情報を提供

した上で、休職に入ってもらいます。休職に関する基本的な対応(休職発令や職場復帰の可否の判断など)については、次の記事をご確認ください。

以上(2024年4月更新)

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画像:pixabay

【かんたん法人税(6)】経営者に係る税務

書いてあること

  • 主な読者:税務調査などで指摘されないよう、税金対策を適切に行いたい経営者
  • 課題:法人税は税金の中でもボリュームが多く、一つの論点でも色々な角度から対策を検討しないと税務調査で指摘されることがある
  • 解決策:税務調査で重点的に調べられる論点ごとに、会社が注意すべきポイントを押さえる。経営者に関しては、役員給与、役員退職金、使用人兼務役員や役員と会社間の取引がポイントになる

1 経営者に係る税務上の重要なポイント

シリーズ第6回では、経営者(役員)に係る税務上の取り扱いに注目します。最も注意が必要なのは役員に対する給与や退職金(以下「役員給与等」)です。役員給与等は、

一定のルールに基づかないと損金算入できず、また損金算入できる金額にも限度がある

からです。

また、中小企業のうち、とりわけ同族会社では、

業務上の費用と私的な費用の区別が曖昧となりがちで、税務調査で指摘される

ことも多いです。私的な費用と判断された場合、その費用は役員給与等として取り扱われ、一定のルールに沿ったものでなければ損金算入できません。こうした区別をきちんとすることはもちろん、業務上の費用でも私的な費用と誤解を受けることがないように、所定の書類などをそろえておきましょう。

役員に係る税務上の重要ポイントは次の通りです。

  • 損金算入ができる3種類の役員給与
  • 過大役員給与
  • 役員退職金
  • 使用人兼務役員
  • 役員と会社の取引
  • 私的な費用

2 損金算入が認められる3種類の役員給与

1)定期同額給与

定期同額給与とは、「定期的(=毎月)」に「同額で支給される給与」です。一般的に毎月支給される役員給与がこれに当てはまり、事業年度を通じて毎月同額で支給されている場合に限り、損金算入できます。

税務調査では、総勘定元帳などによって毎月の役員給与が同額で計上されているかチェックされるので注意しましょう。なお、どんなことがあっても金額の変更が認められないというわけではなく、次のような場合などに役員給与の金額の変更が認められます。

1.期首から3カ月以内の変更

通常、期首から3カ月以内に定時株主総会が実施されます。この株主総会の決議により役員給与の変更がされたなら、金額の変更が認められます。この場合、税務調査において金額の変更理由を聞かれたときに備え、株主総会の議事録を作成・保管しておくことが重要です。

2.職務の内容に変更があった場合

通常の取締役が代表取締役に就任するなど、事業年度中において職務の内容に変更があった場合は、その職務内容に応じた役員給与の金額の変更が認められます。この場合、職務内容がどのように変わったのかなどについて、税務調査において具体的な説明を求められることが多いため、議事録などの関係書類を事前に準備しておくことが重要です。

2)事前確定届出給与

事前確定届出給与とは、役員に対する給与の「支給金額」や「支給日」などをあらかじめ決めておき、税務署に「届出書」を提出することで損金算入が認められる役員給与です。定期同額給与以外で、例えば夏と冬に賞与の形で役員給与を支払いたい場合などに利用されます。

なお、届出書の提出期限は次の通りです。ただし、その届出書に記載した支給金額と実際の支給金額が異なっていたり、支給日が異なっていたりする場合には、支給金額の全額が損金に算入できなくなる恐れもあるため注意が必要です。

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3)業績連動給与

業績連動給与とは、会社の売上や利益に連動させて支給額が決められる役員給与です。なお、この業績連動給与は、同族会社には原則として適用できないなど、適用要件が主に上場企業を対象としたものになっているため、この記事では詳細な説明を省略します。

3 過大役員給与の取り扱い

役員給与は、「定期同額給与」「事前確定届出給与」「業績連動給与」のいずれかに該当すれば、原則として損金に算入できます。しかし、役員給与の支給を受ける役員の職務内容などに照らし、「役員給与の水準が高額過ぎる」と判断された場合は、その高額とみなされた部分の金額(適正額を超える部分の金額)については損金に算入できません。役員給与の金額が適正額かどうかについては単に金額のみで判断されるのではなく、次の2つの基準に従って総合的に判断されます。

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税務調査では、売上や利益が横ばいにもかかわらず役員給与の金額が増加していたり、従業員の給与を上げていないにもかかわらず、役員給与のみ多額に増加していたりする場合などは、その理由の説明を求められる場合があります。従って、役員給与については、金額の決定過程を詳細に説明できるよう、議事録などの関係書類を事前に準備しておくことが重要です。

4 役員退職金

原則として役員退職金は損金算入されますが、「損金に算入する時期」と「過大役員退職金」に注意しましょう。

役員退職金が損金算入される時期は、原則として「株主総会の決議等によって退職金の額が具体的に確定した日の属する事業年度」です。ただし、「会社が退職金を実際に支払った事業年度において損金経理(経理上、費用として処理すること)をした場合」は、その支払った事業年度において損金算入することも認められています。

注意が必要なのは、「支給した役員退職金が高額過ぎる(過大役員退職金)」と判断された場合、その高額とみなされた部分の金額(適正額を超える部分の金額)は損金算入できないことです。役員退職金の金額が適正額かどうかの判断基準は会社の状況によってさまざまですが、一般的に次の基準に従って総合的に判断されます。

  • 会社の業務に従事した期間
  • 退職の事情
  • 類似する会社の役員退職金の支給状況等

役員退職金は金額が大きくなることもあり、税務調査においては、金額の算定根拠についてよく説明を求められます。従って、役員給与と同様に、金額の決定過程について詳細に説明できるよう、議事録や算定根拠資料などを事前に準備しておくことが重要です。

5 使用人兼務役員

使用人兼務役員とは、

「部長」や「課長」など使用人としての地位を有し、かつ、部長職や課長職に日々従事している役員

をいいます。具体的には、「取締役経理部長」などの肩書となります。

使用人兼務役員の給与については、役員として支給された給与に該当する部分と、使用人として支給された部分とで、損金の取り扱いが異なります。

「役員として支給された給与」は、「定期同額給与、事前確定届出給与、業績連動給与」(以下「定期同額給与等」)のいずれかに該当する場合に、原則として損金算入できます。また、「使用人として支給された給与」は、通常の使用人給与と同様に、原則として全額が損金算入できます。

ただし、経営者の親族については、「使用人兼務役員」としての肩書であっても、税務上は「役員」として取り扱われる場合があるので注意が必要です。具体的には株式の持株割合によって判断され、次の全てに該当する場合、税務上は「役員」とされます。

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従って、使用人兼務役員の「使用人」としての職位に対して支給した賞与でも、税務上は役員に対する賞与とされるため、「事前確定届出給与」の届出書を提出していなければ、支給額の全額が損金に算入できないので注意しましょう。

6 役員と会社の取引

税務上、役員と会社との間の取引は、「第三者(外部)と同等の条件で行うべき」とするのが原則的な考え方です。例えば、会社の所有している不動産を時価よりも低い価額で役員に譲渡(低額譲渡)した場合、不動産の時価と譲渡価額の差額は、役員に対する一定の利益供与とみなされます。その結果、税務上「役員給与」扱いになり、所得税の源泉徴収が必要になるとともに、定期同額給与等にも該当しないため、損金算入もできません。

会社から役員に対して無利息で資金の貸し付けを行った場合も同様に、適正利率相当が役員給与として取り扱われます。役員との取引だからといって、自分たちの都合で安易に価格を決定した場合などには、税務調査において価格の算定方法について指摘され、想定外の納税を伴うことがあります。役員と会社との取引に係る金額の決定過程については税務調査時に詳細に説明できるよう、議事録や契約書などの関係書類を事前に準備しておくことが重要です。

7 私的な費用

本来は経営者個人が自分で支払うべき私的な費用を会社の費用として経理処理した場合、その費用については、税務上「役員給与」として取り扱われます。例えば、経営者1人の飲食代は税務上の交際費や会議費ではなく、役員給与とされます。

また、ゴルフクラブの入会金を法人会員として支払った場合、その入会金は会社の資産として計上しなければなりません。プレー代などは交際費等として一定の限度額の範囲内で損金に算入できますが、ゴルフクラブに入会した事実を経営者以外の従業員などに知らせていなかったため、税務調査において「業務に不要なもの=実質的に経営者が個人で負担すべきもの」と判断され、役員給与として取り扱われたケースもあります。

このように、業務に関連しない私的な費用については役員給与とされ、所得税の源泉徴収を要するとともに、定期同額給与等に該当しない場合には損金にも算入できません。

税務調査では、単に領収証の有無などを確認するだけではなく、「業務に必要なものか」といった視点からも調べられますので、関係書類などを事前に準備しておき、業務上必要な経費であることを説明できるようにしておくことが重要です。

以上(2024年3月更新)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)

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経済評論家、徒然なるままに語る 「2024年度の経済展望はどうなる?」

書いてあること

  • 主な読者:会社の今後を見据えるにあたり、2024年度の経済展望について知りたい経営者
  • 課題:専門的なことを勉強するのも大事だが、まずは大まかに全体的な情報が知りたい
  • 解決策:景気は緩やかに回復しつつ、物価と賃金の好循環が見られると予想される。その他、金融政策や株、ドルの動きなどについてざっくりとイメージをつかむ

1 2024年度の経済展望を“ざっくり”知りたい方へ

春闘で注目される物価高と賃金の動向、それらを踏まえた今後の日銀の金融施策など、2024年度の経済展望が気になっている経営者の方も多いと思います。

政府、日銀、経済研究機関、金融機関など、経済動向に関する情報を届けてくれる先は色々ありますが、多忙な経営者の中には、「数字や専門用語が多い。データが大事なのは分かるが、もう少し端的にイメージがつかめるものはないだろうか」と思っているかもしれません。

そこで、この記事では「経済評論家、徒然なるままに語る」と題して、2024年度の経済展望について“ざっくり”としたイメージがつかめるよう、経済評論家の塚崎公義氏が分かりやすくお伝えします。

2 景気は緩やかに回復

景気は、概ね横ばいながら、方向としては緩やかに回復しつつある、といったところでしょう。日本国内には、景気に影響しそうな要因が見当たりません。財政政策は見込まれませんし、金融政策変更の影響も小さそうです(後述)。

米国経済は、金利高にもかかわらず比較的好調で、「ソフトランディング」しそうですから、日本経済への影響は小さいでしょう。

問題は中国経済です。中国経済は不動産バブル崩壊で相当大きく落ち込んでいるようですが、それ以上に筆者が気になっているのは中国政府が経済よりも政治の安定を志向して企業への統制を強めていることです。そうした中国政府の姿勢を嫌い、海外からの投資が激減するかもしれません。中国人経営者も萎縮して投資を減らすかもしれません。

それにより、中国経済の落ち込みは一層大きくなるでしょうから、中国向けの輸出が減ったり中国進出企業が困ったりしかねません。もっとも、日本にとっては「中国に投資するより日本に投資しよう」という動きがプラスに働く可能性もあります。最大の資源消費国である中国の不況は、世界の資源価格を下落させ、日本経済への恩恵となることも期待されます。

日本の景気に関しては、「少子高齢化で景気の波が小さくなる」ということも重要です。高齢者の消費は安定しているので、高齢者向けの仕事をしている現役の所得も消費も安定しているのです。極端な話、現役全員が介護をしている国では景気変動は無いはずですから。

3 物価と賃金の好循環

少子高齢化は労働力希少を加速します。ちなみに労働力不足という言葉は否定的な語感があるので、この記事では「労働力希少」という表現を用います。労働力希少は経営者にとっては困ったことでも、労働者にとっては良いことですし、省力化投資を促して日本経済を効率化させるという点でも良いことなので。

労働力希少になると、正社員の給料が上がりますが、それ以上に非正規労働者の賃金が上がります。非正規労働者は賃金を上げないと逃げてしまうからです。

これまでは、「値上げをすると客が逃げるから値上げできない。だから賃上げもできない。だから働き手が集まらない」という企業が多かったようですが、どこの企業も同じ悩みを持っているのであれば、皆で値上げをすれば良いのです。

最近になって値上げをする企業が増え、消費者が「値上げ慣れ」し、「値上げしても客が逃げない」と考えた企業が値上げと賃上げに踏み切る例が増えてきました。そうなると、値上げして客に逃げられる企業、賃上げできない企業から賃上げできる企業に労働者が移っていくことになるでしょう。企業経営者にとっては辛いかもしれませんが、日本経済にとっては良いことだと思います。

4 金融政策の影響は小

値上げと賃上げの好循環が定着すると、日銀は金融政策を変更するでしょう。マイナス金利の廃止、長期金利抑え込みの終了、短期金利のプラス化といった順で金融政策が「危機時の緊急避難的政策」から正常化していくのです。

もっとも、その影響は小さいと思われます。景気への影響が小さい理由は、(1)小幅な金利上昇があったとしても、それを理由に設備投資をあきらめる企業は少ないから、(2)景気への悪影響が大きそうなら日銀は金融政策の正常化を急がないはずだから、といったところです。

金融政策の影響は小さいですが、視点を変えて、日銀が金融政策を変更できる程度にまで経済が健全化した、ということは素直に喜んでよいと思います。長い間デフレに苦しんできた日本経済がインフレの時代を迎えたのですから。

一般論としては、金融政策変更は景気より株価や為替レートに大きく影響するのですが、今回は植田日銀総裁が慎重に時間をかけて市場関係者に利上げを織り込ませてきましたから、実際の利上げの時に株価や為替レートが大きく動くという可能性は大きくないでしょう。

5 株高はバブルにあらず

日経平均株価がバブル期の最高値を抜いたことが話題となっていますが、これは現在の株価がバブルであるということではありません。長い時間をかけて日本企業は稼ぐ力を付けてきましたから、企業の利益と株価を比較した「PER」という指標を見ると、当時とは全く異なっていて正常な値になっているのです。

利益の増加に加えて、日本企業の姿勢の変化も株高の要因となっているようです。東証が企業に対して「株価が安すぎる企業は、もっと株主のことを考えて努力してほしい」という趣旨の依頼をしたのを契機として、「企業が株価引き上げ策を講じるだろう」との期待が膨らみ、日本株への投資が活発になっているのです。

もっとも、「だから株価は下がらない」などと言うつもりは毛頭ありません。現在の株価は株価上昇を予想して買い注文を出しているプロと株価下落を予想して売り注文を出しているプロが同数いるから成立しているわけで、筆者ごときが予想できるものではありませんから。

6 ドル高は続くかも

株価は概ね適正なレベルですが、ドルは適正とは言い難いレベルにあります。適正な為替レートというのは、両国の物価水準を概ね等しくするようなレベルのことですが、現在は米国の方が日本よりはるかに物価が高いからです。

本来であれば、日本の輸出企業が大いに輸出を増やして大いに儲ける一方、彼らが持ち帰ったドルを売るのでドルの値段が下がるはずなのですが、最近の日本の輸出企業は「輸出せずに売れる所で作る」ことに熱心なのです。

「今の為替レートが永続すると分かっているなら、日本に工場を建てて大いに輸出するだろう。しかし、仮に数年後に円高になって輸出が困難になったら建てた工場が無駄になってしまう。そんなリスクを冒すくらいなら、売れる場所に工場を建てた方が安心だ」ということのようです。

そこで、近年の貿易サービス収支の基調は概ねゼロ(原油価格次第で黒字になったり赤字になったりする)となっています。貿易等によるドル買いとドル売りが概ね同額なのです。そうなると、「ドルの値段が高すぎるから下がるだろう」と考えるわけには行きません。

経常収支は黒字ですが、その主因は利子配当の受け取りです。受け取った利子配当は現地で再投資される場合も多いので、ドルを安くする要因とは考えない方が良さそうです。

株と同様、プロ同士が売り買いして成立している現在の為替レートですから、筆者ごときが予想をするのは僭越だ、ということで、ドル高は続くかもしれないし続かないかもしれない、とだけ記しておきましょう。

7 倒産は増加するかも

倒産件数は、増加しています。ゼロゼロ融資が返済できない、という例も多いようですが、これは「本来ならばコロナ禍の最中に倒産しているはずだった企業が生き延びていた」というケースも多いでしょうから、均してみる必要があるでしょう。

注目すべきは、賃上げできずに労働者が引き抜かれて倒産する、という事例が増えていきそうなことです。日本経済全体としては、高い賃金を払える効率的な企業に労働者が移るのは良いこととも言えますし、企業に省力化投資を促す要因となれば喜ばしいことなのですが、企業経営者にとっては困難な時期を迎えるということなのでしょう。

読者の中には経営者も多いと思われます。経営努力で労働力を引き抜かれる方ではなく引き抜く方になれば、ライバルが倒産して客が流れてくることも期待できるわけですので、頑張っていただきたいと思います。

以上(2024年3月作成)
(執筆 前久留米大学商学部教授、経済評論家 塚崎公義)

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画像:yoshitaka-Adobe Stock

【かんたん法人税(4)】人材(従業員)に係る税務

書いてあること

  • 主な読者:税務調査などで指摘されないよう、税金対策を適切に行いたい経営者
  • 課題:法人税は税金の中でもボリュームが多く、1つの論点でも色々な角度から対策を検討しないと税務調査で指摘されることがある
  • 解決策:税務調査で重点的に調べられる論点ごとに、会社が注意すべきポイントを押さえる。人材(従業員)に関しては、決算賞与、退職金、ストック・オプション、過大な使用人がポイントになる

1 従業員に係る税務上の重要なポイント

シリーズ第4回では、従業員に係る税務の取り扱いに注目します。従業員に支給する給料や賞与、退職金などは、法人税の課税所得を計算する上では、原則として支給額の全額が損金算入されますが、重要なのは損金算入のタイミングです。

税務調査において、従業員に関する税務で重要視されるポイントは、

  1. 従業員に対する給料等の損金算入のタイミングが適切であるか否か
  2. 損金算入をする上での書類が適切に保管されているか

といった点です。損金に算入するタイミングを誤った場合、一時的に想定外の税金を追加納税しなければならないケースもあり得るので注意しましょう。

また、同族会社においては、従業員に対する給料であっても、場合によっては支給額の全額が損金算入されないケースもあるので、併せて注意する必要があります。

従業員に係る税務上の重要ポイントは次の通りです。

  • 決算賞与の未払計上の損金算入
  • 従業員の退職金関連(一時金、各種年金制度の拠出金、退職給付引当金)の取り扱い
  • ストック・オプションの取り扱い
  • 過大な使用人給与の損金不算入

2 従業員に係る税務上の取り扱いと留意点

1)決算賞与の未払計上の損金算入

1.従業員に対する賞与の損金算入時期の原則

従業員に対する賞与の損金算入時期の原則的取り扱いは次の通りです。

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図表1の通り、あらかじめ定められている支給予定日(支給予定日が定められていない場合は実際に支給された日)に損金算入されることとなり、支給予定日前に未払計上して損金に算入することは、原則として認められていません。

2.決算賞与の未払計上の損金算入の特例

1.の原則的な取り扱いに対し、決算賞与(夏季・冬季賞与のように定期的に支払われる賞与ではなく、決算上の利益に基づき支払われる賞与)については、未払計上し、支給予定日前に損金算入できる特例があります。この特例を適用するには、次の要件の全てを満たす必要があります。

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(要件1)の通知については、書面か口頭かについてまでの規定はありません。しかし、税務調査においては適正に通知を行っていることを証明するためにも、書面にて作成し、かつ、各従業員に署名してもらうのが賢明です。

また、(要件2)については、通知をした従業員の全員に対して決算賞与を支払う必要があります。例えば、通知をした日から支給日までの間に退職した人について支給しないケースは、この要件を満たさないこととなるため注意が必要です。

この特例を適用することで、未払計上した分、課税を繰り延べること(本来なら当事業年度に係る法人税を、翌事業年度以降に持ち越すこと)ができます。ただし、要件を1つでも満たさない場合は、原則通り、「支給した日」に損金算入されます。この点は税務調査でも重点的にチェックされる可能性が高いので、注意しましょう。

2)従業員の退職金関連の取り扱い

1.退職一時金の取り扱い

従業員に支給する退職一時金については、「退職日」「退職金支給日」「就業規則に明記されている支給日(退職日から〇カ月以内など)」のいずれかのタイミングを選択して損金算入できます。

例えば3月決算法人で、従業員が3月末日に退職し、かつ退職金を4月末に支給した場合、3月末日あるいは4月末日のいずれでも損金算入が可能となるため、当事業年度の損益状況に応じて選択できます。

2.各種年金制度の拠出金

中小企業が従業員の退職金を積み立てることを目的として、中小企業退職金共済などの制度に加入し、掛金を支払うケースがあります。この掛金については「実際に払い込みをした日」に損金算入されます。

従って、期末において当月分を未払計上したとしても、実際の払い込みがなされていないことから、未払計上分については損金に算入されません。税務調査においては、特に決算前後に計上された掛金の払込時期についてチェックされるので注意しましょう。

3.退職給付引当金

従業員の退職に伴う退職金の支給に備えて退職給付引当金を設定し、退職金相当額を社内に留保するケースがあると思います。ただし、税務上、この退職給付引当金の繰入額についての損金算入は認められていません。

従って、従業員の退職金に係る費用については、実際に従業員が退職し、退職金を支給した場合において、上記1.の退職一時金支給に係る損金算入時期に従って損金算入されることになります。

3)ストック・オプションの取り扱い

ストック・オプション制度とは、法人が従業員の労働の見返りとして、一定の期間(権利行使期間)中に、あらかじめ定められた価額(権利行使価額)で自社の株式を取得できる権利を、従業員に付与する制度です。

ストック・オプションを付与された従業員は、自社株式の株価が上昇した場合でも、権利行使価額にて株式を取得することができるため、その値上がり分について利益が得られます(その従業員が得た利益は、原則として権利行使をした際に「給与所得」になるので所得税が課されます)。

一方、会社側では、ストック・オプションを従業員に対する給与(ストック・オプション費用)として費用計上します。ストック・オプション費用については、従業員が付与されたストック・オプションにつき、権利行使をして株式を取得し、従業員に対し所得税が課されるとき(給与等課税事由が生じたときといいます)に損金算入されます。従って、ストック・オプションを従業員に付与した時点では、このストック・オプション費用は損金算入できません。

なお、ストック・オプションについては、権利行使価額や権利行使期間において一定の要件を満たす「税制適格ストック・オプション」があります。詳細な説明は省略しますが、税制適格ストック・オプションである場合、従業員が権利行使したときに、従業員に対して所得税(給与所得として)が課されません。

会社でストック・オプション費用を損金算入するのは、給与等課税事由が生じたときと決められているため、税制適格ストック・オプションの場合、ストック・オプション費用を損金に算入できない点に留意しましょう。

4)過大な使用人給与の損金不算入

従業員に対する給与は、原則として全額損金に算入されます。ただし、同族会社の場合、法人の役員と特殊関係にある従業員(以下「特殊関係使用人」)に対する給与については、支給された給与のうち、不相当に高額と判断される部分の金額については損金不算入として取り扱われます。

これは、一般の従業員については雇用契約に基づき、双方の合意のもとで給与が決定されるのに対し、特殊関係使用人に対しては手続きが不透明で、かつ不相当に高額な給与となる可能性があるからです。給与額を調整して、法人税を不当に減少させることを防ぐため、このような取り扱いとなっています。特殊関係使用人とは次の者をいいます。

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支給した給与が不相当に高額か否かの判断は難しいですが、通常は特殊関係使用人の職務内容や、一般の従業員に対する給与の支給状況等を考慮して判断されます。

例えば、一般の従業員と同年齢・同職務にもかかわらず、特殊関係使用人の給与が著しく高い場合には、差額部分について損金不算入とされる可能性があります。特殊関係使用人に対する給与の決定過程については、税務調査時に詳細に説明できるよう、関係書類などを事前に準備しておくことが重要です。

以上(2024年3月更新)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 富永慎也)

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繁忙期にアイドルの握手会に行く部下の年休取得は認めるべき?

書いてあること

  • 主な読者:“労務の勘所”が分からず、判断に迷うことが多い新任管理職
  • 課題:労務管理は幅広く、1つ1つを学んでいる時間はない
  • 解決策:トラブルになりがちな「残業」「年次有給休暇」「労働災害」「ハラスメント」の4つの基本を押さえる

1 申請がなくても残業になる

1)Aさんの場合

Aさんが勤める会社の就業時間は9時~18時です。ある日、Aさんは私用で定時退社するため、朝礼で「今日、残業する人は17時までに申請するように」と部下に伝えました。17時になっても残業申請はなく、Aさんは定時で退社しました。

翌日Aさんが出社すると、顔をしかめた社長がAさんに話し掛けてきました。

社長:昨夜、Aさんの部下が遅くまで残って仕事をしていたぞ。君が残業を命じたの?

Aさん:いいえ、私は命じていませんし、部下からの申請も受けていません。部下が勝手に残業したのですね。困ったものだ……。

社長:確かに困った部下だ。しかし、君も「困ったものだ」で済ませてはダメだよ。残業申請がなくても労働時間に当たるケースがあるのだから。

2)業務量が多過ぎる場合や残業を黙認している場合は、労働時間に当たる恐れがある

「残業」とは、一般的に、

労働基準法(以下「労基法」)の法定労働時間を超える労働のことで、「時間外労働」と定義されているもの

です。法定労働時間とは、労基法で定められている労働時間の上限のことで、原則として1日8時間、週40時間(休憩時間を除く)です。

会社は本来、この法定労働時間を超えて社員を働かせることはできないのですが、

通称「36(さぶろく)協定」と呼ばれる労使協定の締結・届け出をすることで、36協定に定めた時間数の範囲内で、社員に残業を命じられる

ようになります。実際は、社員が手書きの申請書や勤怠管理システムで残業申請を行い、管理職が内容を確認して残業を命じる(承認する)のが一般的です。

ここまでを聞いて、「社員から残業申請がなく、管理職も残業を命じていなければ残業(労働時間)にならないのでは?」と思った人がいるかもしれませんが、それは誤りです。実は、

残業しないと終わらない量の業務を与えたり、社員が残業をしていることを知りながら放置したりすると、明確に残業を命じていなくても、命じたものとみなされる

というルールがあるのです。これを「黙示の指示」といいます。

3)未申請の残業がまかり通らないよう、管理職から社員に働き掛ける

社員が管理職に黙って残業をするようでは、過重労働を助長しかねません。特にリモートワークでは、社員の状況が分かりにくくなります。もし「残業申請が形骸化し、未申請の残業がまかり通っている」のであれば、いま一度、残業申請を徹底しなければなりません。

また、「自分の業務が滞っていることを管理職に知られたくない」ので残業申請をしない社員もいます。こうした社員には、管理職が定期的に業務の進捗を確認し、「今日は◯時間残業してくれ」「今日は定時で上がってくれ」などと指示をするとよいでしょう。

2 年次有給休暇は社員が求める時季に与えるのが基本

1)Bさんの場合

Bさんの部下が、「今週の金曜日に年休を取得したい」と言ってきました。推しのアイドルの握手会に行くようです。Bさんが「この忙しいときに、そんな理由は認められない!」と叱ると、部下は落ち込みながら席に戻りました。

その日の昼、Bさんが休憩を取っていると社長が話し掛けてきました。

社長:アイドルの握手会に行くために年休を申請した部下を叱ったそうだね。なぜかな?

Bさん:私の部署は今が一番忙しくて、1人でも欠けると業務に支障が出ます。それなのに、アイドルだなんて……。

社長:気持ちは分かるが、年休は取得理由に関係なく与えるものだ。業務に支障が出るのなら、部下には違う対応をすべきだったね。

2)業務に支障が出る場合は、その旨を部下に伝えて年休の取得時季を変更する

年休は、入社後6カ月以上勤務し、なおかつ全労働日の8割以上出勤した社員に与えられます。

正社員の場合、年休の付与日数は次の通りです。

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注意しなければならないのは、年休をどのように利用するかは社員の自由であり、

原則として取得理由によって年休取得の可否を決めることはできない

ということです。休暇申請書に休暇の取得理由を記入する欄を設けているケースでも、年休の場合は取得理由の記載は任意であり「私用のため」といった程度で有効です。なお、「私用のため」などの抽象的な理由が記載されていた場合に、上司が部下に有給取得の具体的な理由を口頭で尋ねることは、場合によってはハラスメントに該当し得るので注意が必要です。

また、原則として、社員は申請した時季に年休を取得できます。ただし、例外として、

社員が申請した時季に年休を与えると会社の事業運営に支障が出る場合に限り、年休の取得時季を変更することができる

というルールがあります。これを「時季変更権の行使」といいます。

3)時季変更権の行使は慎重に判断し、確実に年休を取得させる

過去の裁判では、「1人の欠務者も許容できないほど員数の余裕がなかったわけではない」ことなどから、時季変更権の行使が無効となった例もあるため注意が必要です(横手郵便局事件 秋田地裁昭和61年1月31日判決)。

また、会社は

年10日以上の年休が付与される社員(正社員など)について、年5日の年休を時季を指定して取得させる義務

があります。会社の方針などを確認しながら、「1日単位の年休に比べて取得がしやすい半日単位の年休の取得を勧める」「年度初めなどに各社員に年休を取得する日を決めさせる」など、年休の取得が滞らないよう注意しましょう。

3 通勤途中のけがでも労災になるとは限らない

1)Cさんの場合

Cさんの部下が顔に絆創膏(ばんそうこう)を貼っていました。理由を聞くと、昨日、会社から帰宅する途中に転倒したとのこと。「労災になりますよね?」と部下に聞かれましたが、Cさんは確信が持てません。

周囲に労務に詳しい人がいないため、Cさんは思い切って社長に尋ねました。

Cさん:社長、私の部下が会社からの帰宅途中に軽いけがをしました。これは労災ですか?

社長:その部下がけがをした状況によるな。寄り道をせず直接自宅に帰ったのかな?

Cさん:いえ。映画館に立ち寄り、劇場内でステップにつまずいて転倒したそうです。映画館は通勤経路の途中にあるのですが……。

2)「合理的な経路の逸脱」「移動の中断」があると、労災に当たらない可能性が高い

「労災」(労働災害)とは、「業務上の事由または通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等」のことです。労災のうち、

  • 業務上の事由による労災を「業務災害」
  • 通勤による労災を「通勤災害」

といいます。

社員が労災に遭った場合、所定の手続きを行うと、労災保険の給付を受けられます。例えば、「療養(補償)給付たる療養の給付請求書(下記URLからダウンロード可能)」を、労災保険の治療に対応した「労災指定医療機関経由」で所轄労働基準監督署に提出すると、無料で治療や薬剤の支給を受けられます(通勤災害の場合は、一部負担金として原則200円が徴収されます)。

■厚生労働省「労災保険給付関係請求書等ダウンロード」■

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/rousaihoken.html

さて、帰宅途中に被災したCさんの部下の事案が、通勤災害に当たるか否かを見ていきます。まず、通勤災害が成立するのは、

「1.自宅と就業場所との間」「2.就業場所と他の就業場所との間」「3.帰省先と単身赴任先との間」のいずれかを、合理的な経路・方法で移動していて被災した場合

です。ただし、

  • 合理的な経路を逸脱する(通勤上、不要な遠回りなどをする)
  • 移動を中断する(通勤と関係ない行為をする)

といった場合、逸脱・中断の間とその後の移動は、原則として通勤とはみなされず、その間に被災しても通勤災害には当たりません。映画館が通勤経路上にあったとしても、映画を観るために通勤を中断しているため、労災認定されない可能性が高いです。

3)逸脱・中断があっても労災として認められる例外がある

逸脱・中断の間とその後の移動は、原則として通勤とみなされません。ただし、次のいずれかに該当する場合は、逸脱・中断の後の移動については通勤とみなされます。

  • 日用品の購入等(惣菜等の購入、クリーニング店への立ち寄りなど)
  • 公共職業能力開発施設での職業訓練等
  • 選挙権の行使等
  • 病院・診療所での診察・治療等要介護状態にある配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹、配偶者の父母の介護(継続的にまたは反復して行われるものに限る)

労災に当たるか否かの判断は複雑な面があるため、自身の判断に不安がある場合は、所轄労働基準監督署に確認するようにしたほうがよいでしょう。

4 パワハラの境界線として「業務上適正な範囲」を知る

1)Dさんの場合

Dさんとその部下は商品パンフレットの制作担当です。部下は誤字・脱字などのミスが多く、配属から1年たっても改善しません。耐えかねたDさんが「同じミスを繰り返すな!」と叱ると、部下は「一方的に怒るのはパワハラだ!」と、出ていってしまいました。

Dさんは、思い切ってこのことを社長に相談してみました。

Dさん:社長、部下の仕事ぶりを注意したら、パワハラと言われてしまいました……。

社長:業務上適正な範囲なら、本人が不満に感じてもパワハラにはならないよ。君はその部下を他の社員の前で、長時間叱ったかい?

Dさん:いえ、私の部署は私と部下の2人だけです。それに一言注意しただけです。

2)業務上必要な指導であれば、パワハラにはなりにくい

「パワハラ」(パワーハラスメント)とは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる行為です。厚生労働省では、パワハラの類型として次の「パワハラの6類型」を示しています。

  1. 精神的な攻撃:侮辱、暴言など精神的な攻撃を加える
  2. 過大な要求:遂行不可能な業務を押し付ける
  3. 人間関係からの切り離し:仲間外れや無視など個人を疎外する
  4. 個の侵害:個人のプライバシーを侵害する
  5. 過小な要求:本来の仕事を取り上げる
  6. 身体的な攻撃:蹴ったり、殴ったり、体に危害を加える

「業務の適正な範囲」とは、管理職などが、職位・職能に応じて、業務上必要な指揮監督や教育指導を行うことです。会社の商品パンフレットの品質を損なわないための指導は、管理職がその職責を果たすための行為といえます。

ただし、そのやり方(言動)には注意が必要です。例えば、

部下を指導する過程で管理職の感情がヒートアップして、「こんな仕事なら新入社員でもできる」と暴言を浴びせてしまう

といったケースです。こうした場合、管理職に悪意がなくても、その言動は「精神的な攻撃」などに該当し、パワハラとなる恐れがあります。

3)部下が萎縮し過ぎないよう、コミュニケーションにも配慮する

管理職が特に注意すべきなのは、

部下からパワハラと言われることを恐れて、本来すべき指導ができなくなってしまうこと

です。そのため、日頃から部下に対して「業務上必要があれば指導を行う」という姿勢を徹底することが大切です。

一方、管理職の「自分の指導は正しい」という思いが強過ぎると、部下は萎縮して本音を話しにくくなってしまいます。厚生労働省ウェブサイトでは、上司が部下との相互尊重を実践するためのスキルとして、

  1. 事実ベースで100%褒めて、一緒に喜ぶ(できたことはできたと褒める)
  2. 事実で叱り、解決策は情報共有(何が問題かを事実で指摘し、解決策を社内共有する)
  3. メンツを気にせず部下に謝る(上司がミスをした場合は、取り繕わずに謝る)
  4. 権限委譲する(一度部下に仕事を任せたら、途中で口出ししない)
  5. 逆「ホウレンソウ」する(上司が部下に対して報告や相談をする)

の5つを紹介しているので、コミュニケーションの参考にするとよいでしょう。

■厚生労働省あかるい職場応援団「言い方ひとつで変わる会話術(第5回)」■

https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/manager/conversation-technique/c5

以上(2024年4月更新)
(監修 弁護士 田島直明)

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画像:unsplash

【かんたん法人税(3)】固定資産に係る税務

書いてあること

  • 主な読者:税務調査などで指摘されないよう、税金対策を適切に行いたい経営者
  • 課題:法人税は税金の中でもボリュームが多く、一つの論点でも色々な角度から対策を検討しないと税務調査で指摘されることがある
  • 解決策:税務調査で重点的に調べられる論点ごとに、会社が注意すべきポイントを押さえる。固定資産に関しては、取得、減価償却等、修繕、評価、売却、リースがポイントになる

1 固定資産に係る税務上の重要ポイント

シリーズ第3回では、固定資産のうち有形減価償却資産に係る税務上の取り扱いに注目します。固定資産とは、

長期に保有する資産の総称で、有形固定資産、無形固定資産、投資その他の資産に区分

されます。「長期に保有」は、ワンイヤールール(1年以内の売却や処分を予定していない)で判断します。また、有形固定資産および無形固定資産のうち、減価償却の対象となる資産は、減価償却資産と呼ばれます。固定資産の分類は次の通りです。

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固定資産に係る税務上の取り扱いは、取得時の処理、減価償却、修繕をした場合など、詳細に定められています。

固定資産に係る税務上の重要ポイントは次の通りです。

  • 取得価額の判定
  • 減価償却費を損金算入するための要件
  • 一括償却資産と中小企業者における減価償却の特例
  • 特別償却制度
  • 資本的支出と修繕費
  • 評価損・耐用年数の短縮
  • 売却時・除却時の税務

2 減価償却の概要と減価償却資産の分類

1)基本的な考え方

建物や機械などの有形固定資産、鉱業権や特許権などの無形固定資産は、取得後、使用することで時間の経過とともに経済価値が消耗・損耗していきます。この資産の経済価値の消耗・損耗分を減価(価値の減少)と見なし、その金額を一定の方法により、資産の使用可能期間にわたって、各期の費用として配分する会計処理を「減価償却」といいます。

前述の通り、減価償却の対象となる資産は減価償却資産として区分され、次のように分類されます。なお、減価償却資産には、建物、車両、器具備品、機械装置、ソフトウエア、営業権などの他、家畜や果樹などの生物も含まれます。

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固定資産の分類は、税務調査で指摘されやすいポイントなので、資産取得の際に適切に区分しておく必要があります。

2)減価償却方法

減価償却の方法にはいくつかがありますが、一般的なものは定額法と定率法です。

  • 定額法:耐用年数にわたり、毎期均等の金額を減価償却費として計上
  • 定率法:耐用年数にわたり、未償却残高を毎期同じ割合を減価償却費として計上

耐用年数とは、固定資産を事業に利用できる年数のことで、税法上、業種や資産ごとに決められています。会計上は、企業が任意に合理的な耐用年数を決めて償却することができますが、その場合は税法基準での処理との二重管理が生じ煩雑になるため、多くの中小企業では税法基準で償却計算が行われています。

耐用年数も税務調査で指摘されやすいポイントです。税務調査では、資産の耐用年数が法定耐用年数にのっとったものかどうか確認されます。また、その資産が実際に事業で使用されているかも確認されます。原則として、使用されていない資産の減価償却は損金算入が認められません。

定額法と定率法の仕組みは次の通りです(取得価額100万円、耐用年数5年の資産を例示)。なお、この記事では、旧定額法・旧定率法についての説明を省略します。

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定額法、定率法ともに、償却終了時に備忘価額(保有していることを忘れないように財務諸表に表示する価額)として帳簿価額1円を計上します(図表3-定額法および定率法の「5年目の期末帳簿価額」)。

また、現行の定率法において、償却当初の償却率(0.4)は定額法の償却率(0.2)の2倍となっています。ただし、当初の償却率(0.4)のままでは耐用年数内に、備忘価額1円まで減価償却することができません。そこで、帳簿価額が取得価額に一定の率を乗じた金額(改定取得価額、図表3-定率法の「3年目の期末帳簿価額」)まで到達した後は、新たな償却率(0.5。改定償却率)により償却を行うこととなります。

なお、改定取得価額とは、当初の償却率による償却額が初めて償却保証額(資産の取得価額に当該資産の耐用年数に応じた保証率を乗じて計算した金額)に満たないこととなる年の期首における未償却残高のことをいいます。また、改定償却率とは、改定取得価額に対しその償却費の額が、その後毎期均等になるように当該資産の耐用年数に応じた償却率をいいます。

3)固定資産を処分した場合の会計処理

ここでは、図表3の事例を使って、固定資産を処分するときの会計処理を説明します。

例えば、定額法により償却していた資産が、3年間使用した時点で壊れてしまったため処分したとします。この場合、処分時(3年経過時)のこの資産の帳簿価額40万円(=取得価額100万円-減価償却累計額60万円)を、会計上、固定資産(資産科目)から費用科目に一度に振り替える必要があります。本ケースでは、40万円の固定資産除却損を損益計算書に計上し、固定資産の帳簿価額をゼロにします(税務上の詳細な取り扱いは後述)。このように、固定資産を処分した場合には、期中に予定していなかった費用が発生し、利益に大きく影響するため注意が必要です。

3 固定資産に係る税務上の取り扱いと留意点

1)取得価額の判定

固定資産の取得価額の判定は、通常その単位ごとに行います。単位といっても、全ての資産が1個の資産で成り立つわけではありません。例えば、「応接セット」として資産計上することがあります。この場合は、一式そろって初めて機能するものなので、取得価額も一式分(テーブル、椅子、ソファなどの合計)の価額となります。また、資産の取得に際し、付随して生じる費用(設置費用など)も、取得価額に含めなければなりません。取得価額とすべき付随費用が費用(支払手数料など)として処理されていないかどうかは、税務調査でも指摘の多いポイントの1つです。

また、税務上は取得価額が10万円未満のもの(または使用可能期間が1年未満のもの)については、固定資産として資産に計上せず、消耗品費などとして一括で費用にすることができます(詳細は後述)。

2)減価償却費を損金算入するための要件

有形減価償却資産については耐用年数経過時に1円まで償却することが可能ですが、減価償却費を損金算入するためには、次の要件を満たす必要があります。

  • 法人税法施行令で定められている償却限度額以内であること
  • 損金経理を行っていること
  • 別表明細書(別表16)を確定申告書に添付すること

3)一括償却資産と中小企業者における減価償却の特例

税務上、10万円以上の固定資産を購入した場合には、減価償却資産として資産に計上するのが原則ですが、取得価額が30万円未満のものについては、次のような処理方法が認められています。

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取得価額が10万円未満(または使用可能期間が1年未満のもの)のものについては前述した通り、固定資産とせず費用に計上できます。

取得価額が10万円以上20万円未満のものについては、一括償却資産として資産計上し、3年間で償却することが認められています。固定資産の多くは、耐用年数が3年を超えるものが多いため、通常より早期に償却(費用計上)することができます。

また、中小企業者等(資本金の額等が1億円以下の一定の法人)においては、「少額減価償却資産の特例」という、30万円未満の固定資産を費用に計上できる制度(年間の総額が300万円に達するまで)が利用できます。適用を受ける場合には、適用額明細書を法人税の確定申告書に添付する必要があります。

4)特別償却制度

特定産業の保護・育成や特定の投資の促進などを目的として、租税特別措置法に規定されているのが、特別償却制度です。この制度を利用することで、償却限度額が増加し、税負担を減少させられます。

税法上の早期償却の方法には、初年度特別償却と割増償却とがあります。

  • 初年度特別償却:資産を取得した最初の期のみ、償却限度額を増加させるため特別償却率を乗じることを認める制度
  • 割増償却:数年間にわたり普通償却限度額(通常の減価償却に係る償却限度額)とは別に、特別償却限度額を認める制度

特別償却は、対象資産ごとに対象事業者が設定されており、ほとんどの場合、青色申告法人であることが要件になります。また、申告時には特別償却についての付表の添付が求められます。これらの適用要件を満たしているかどうかも、税務調査で指摘の多いポイントの1つです。また、租税特別措置法の適用を受ける場合には、適用額明細書を法人税の確定申告書に添付する必要があります。

5)資本的支出と修繕費

資本的支出と修繕費の取り扱いは、現場担当者の判断にミスが生じやすい項目の1つです。

資本的支出とは、すでに保有している固定資産の修理、改良などのために支出した金額のうち、その固定資産を使うことのできる期間(使用可能期間)を延長させる部分または価値を増大させる部分をいいます。資本的支出に該当する場合は、費用ではなく、新たな固定資産を購入したものとして資産計上し、耐用年数にわたり減価償却を行っていかなければなりません。

一方、修繕費とは、固定資産の維持管理または原状回復のための支出をいいます。修繕費に該当する場合は、費用として処理されます。

資本的支出か修繕費かを判断するためのフロー図は次の通りです。

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修繕費と減価償却資産が適切に区分されているかどうかは、税務調査において指摘の多いポイントですので、留意する必要があります。

6)評価損、耐用年数の短縮

1.固定資産の評価損について

固定資産の価格の下落による損失は、会計上で評価損として費用計上することがありますが、税務上は原則として評価損の損金算入は認められません。ただし、例外として、固定資産について、一定の事実があった場合には、損金経理により帳簿価額を減額することを条件に、評価損の損金算入が認められています。税務上、固定資産の評価損を計上できるケースとできないケースは次の通りです。

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2.固定資産の耐用年数の短縮について

固定資産の耐用年数は、耐用年数表により画一的に定められています(法定耐用年数)。ただし、一定の理由により、使用可能期間が法定耐用年数と比較しておよそ10%以上短くなったと判断される場合には、所轄税務署長の承認を受けることで、法定耐用年数を使用可能期間に短縮できます。

7)売却時・除却時の税務

有形固定資産を売却した場合、売却時点の帳簿価額と売却価額との差額を固定資産売却損益として処理します。固定資産売却損益は、臨時的に発生した損益として特別損益に表示されます。また、売却に際して手数料などの付随費用が生じた場合は、売却損益に反映します。

なお、固定資産を除却する場合、税務においては固定資産を実際に廃棄するまでは除却損を損金に算入できません。従って、実務上は廃棄を証明する資料、例えば産業廃棄物管理票(マニフェスト)などを適切に保存・管理する必要があります。

ただし、次のような場合には、実際に廃棄せずとも、帳簿価額から処分見込額を控除した金額の損金に算入できます。これを有姿除却(有姿=姿を残したままの意)といいます。

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図表7の(1)は、税務調査で指摘の多いポイントの1つです。固定資産を再使用しないことを明らかにするため、当該固定資産の現況、使用中止に至った経緯、転用等の再使用の可能性を検討した資料を残しておく必要があります。

4 リース取引

リースとは、企業が設備を導入する場合に、自社で購入(所有)するのではなく、リース会社が購入した物件を賃借し使用する取引のことです。リース取引は、中途解約ができず、その資産の購入代金のほぼ全額をリース料という形で支払う賃貸借取引である「ファイナンス・リース」と、それ以外のリース取引である「オペレーティング・リース」とに分類されます。

税務上では、ファイナンス・リースのみが「リース取引」に該当し、原則として売買したものとして取り扱われます。従って、固定資産を購入した場合と同じく、リース期間にわたり減価償却をしていかなければなりません。

一方、オペレーティング・リースは、税務上は賃貸借取引とされるため、賃借料、レンタル料などの費目で処理されることになります。

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また、ファイナンス・リース取引(税務上の「リース取引」)は、リース期間の中途または終了後に所有権が移転するかしないかという観点で、さらに「所有権移転ファイナンス・リース」と「所有権移転外ファイナンス・リース」とに分類することができます。ファイナンス・リースでは減価償却費を費用計上することとなりますが、取引内容により減価償却方法が変わりますのでご留意ください(詳細は図表9の通りです)。

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以上(2024年3月更新)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 富永慎也)

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画像:pixabay

本当につらい「休職者とのトラブル」を回避するために不可欠な就業規則の6つの規定

書いてあること

  • 主な読者:これまで社員の「休職」に直面した経験がない、または経験が少ない経営者
  • 課題:法令上、休職に関する明確なルールがないため、社員とトラブルにならないか心配
  • 解決策:トラブル回避の肝は、就業規則に明確に定めて疑義をなくすこと

1 休職をめぐるトラブルは就業規則で回避する

社員が「休職(私傷病休職)」するのは、仕事以外の理由でケガや病気になったり、うつ病などになったりした場合です。経営者としては、休職している社員をできるだけサポートしてあげたいところですが、

他の社員との兼ね合いもあり、休職期間などについて一定の基準を設けざるを得ない

のです。一方、

休職中の社員は心身ともに不安で、復職時期についても心配

しています。

このように、経営者と社員がお互いにつらい状態に置かれがちだからこそ、休職期間や復職の可否などをめぐってトラブルが生じます。こうしたトラブルを避けるために重要なのは、就業規則に、

  1. 休職の対象
  2. 休職発令のタイミング
  3. 休職期間
  4. 休職期間中の賃金
  5. 休職期間中の勤続年数の算定
  6. 復職の可否の判断

の6つについて定めることです。

休職制度は、法律(労働基準法や労働契約法など)で実施が義務付けられているわけではなく、各社で任意に定めますが、どのような点がポイントになるか、以降で具体的な内容を確認していきましょう。

2 休職の対象

休職は社員の長期雇用を前提とするため、

対象は契約期間に定めのない社員に限定

されることが多いです。一般的には正社員(試用期間中の社員を除く)を指しますが、

パート等でも無期雇用の場合は、正社員と同様、休職制度を適用するのが合理的

とされています(同一労働同一賃金ガイドライン)。

なお、有期雇用の場合は、一般的に対象に含めませんが、労働契約期間の満了までという条件で休職を認めるケースもあるようです。最近の同一労働同一賃金に関する裁判の傾向として、

長期間雇用されているパート等に関しては、同じく休職制度の対象としなければ、待遇差が不合理であると判断される可能性

もあるので、休職の対象については、よく検討する必要があります。

3 休職発令のタイミング

通常、休職は、

  1. 欠勤が一定期間(1カ月など)続き、その後も療養のため働くことができない場合
  2. その他休職を命じる必要があると会社が認めた場合

に発令します。

1.の場合には、メンタル不調の社員のように、断続的に欠勤が続くこともあるため、休職発令前においても、欠勤期間を通算することができるようにしておくのがよいでしょう。

また、2.のタイミングで発令するのは、主に早期に社員を休職させなければならない事情がある場合(重大な傷病など)です。

休職発令は、事前に社員から主治医の診断書を提出してもらうなどして、休職が必要かを判断した上で行います。主治医の診断書だけでは不安な場合、産業医などにも意見を聴きます。

なお、休職期間の起算点をめぐって、社員とトラブルにならないよう、

いつ休職を発令したかは、書面やメールなどで必ず記録に残す

ようにしましょう。

休職規定の中には、「休職事由が生じた場合には休職とする」といった記載、つまり休職事由が発生した場合には、命令を待つことなく当然に休職となると読める記載も見受けられます。

しかし、休職制度は解雇の猶予期間なので、およそ回復の見込みがないような場合にまで、休職制度を適用して解雇ができなくなるというのは妥当ではありません。ですから、「休職を命じる場合がある」というように、会社に一定の裁量を持たせる記載にするのがよいでしょう。

4 休職期間

休職を開始した社員が、一定の休職期間を経過しても復職できない場合、原則として休職期間満了時に退職となります。休職期間は会社によって異なり、3カ月から6カ月程度のところもあれば、2年から3年程度と長期に設定しているところもあります。

休職期間を考える際は「通算規定制度」も検討します。通算規定制度とは、

復職後、一定期間内に同じまたは類似の傷病で再び休職したら、休職期間を通算する制度

です。次のような規定を設けると、長期休職が何度も発生するのを防ぐことができます。

復職した社員が、その後○カ月以内に、同じまたは類似の傷病により再度欠勤をした場合、もしくは通常の労務提供ができなくなった場合は復職を取り消し直ちに再休職とする。この場合の休職期間は復職前の休職期間の残期間とする

なお、この通算規定を新設して従前よりも休職できる期間が実質短縮される場合、労働条件の不利益変更に当たるため、変更の手続には注意しましょう。

5 休職期間中の賃金

通常、休職期間中の賃金は、

ノーワーク・ノーペイの原則に従い無給

とします。無給とする場合、その旨を就業規則に定めます。ちなみに休職期間中、賃金の支払いがない場合、社員は一定の条件を満たすことで健康保険の傷病手当金をもらえます。

なお、社会保険料と住民税は休職期間中も発生しますが、無給だと控除できません。こうした場合、次の1.から3.のいずれかの方法で対応します。

  1. 社会保険料と住民税の額を社員に伝え、会社指定の口座に入金してもらう
  2. 会社が立て替えておき、復職後の賃金からまとめて控除する(労使協定の締結が必要)
  3. 傷病手当金の受取先を会社にして、社会保険料や住民税を控除した上で社員に支払う

6 休職期間中の勤続年数の算定

社員が休職する場合、

休職期間は勤続年数に含めない

のが一般的です。表彰、賞与、退職金など、会社が勤続年数を基準に評価する制度については、就業規則の規定に矛盾がないかを確認しましょう。また、年次有給休暇の付与日数を計算する際も、休職期間は勤続年数に含めないのが一般的です。

7 復職の可否の判断

復職の可否の判断はデリケートな問題です。通常、休職期間が満了する前に、社員から主治医の診断書を提出してもらって復職の可否を判断しますが、社員の主治医が仕事内容を詳しく把握しているとは限りません。また、うつ病のようなメンタルヘルス疾患の場合、症状が一進一退を繰り返し、判断が難しくなるケースがあります。

そのため、社員の主治医だけでなく、必要に応じて会社指定の医療機関にも協力を仰ぎ、復職の可否を慎重に判断できるようにします。具体的には、次のような規定を設けます。

  1. 社員は復職に当たり、所定の復職願に社員の主治医による診断書を添えて提出する
  2. 会社は復職の可否を判断するため、社員に会社指定の医療機関での受診を命じることがある
  3. 最終的な復職の可否は会社が判断する

特に2.については、会社指定の医療機関として産業医の意見を聴くことが重要です。社員の主治医の意見は、会社の業務に精通していない関係で、業務との関係性があまり考慮されないケースが多いのに対し、産業医の場合、「社員の病状に照らして会社の業務に就くことができるか」など、実務的な観点から意見を聴けるからです。

上記のように就業規則上のルールを定めていても、社員が主治医や会社指定の医療機関の診断を受けてくれないというケースがあります。そうした場合、会社としては主治医や会社指定の医療機関の診断を抜きに復職判断をせざるを得ませんが、既に休職中であることから、「回復」が明らかではない以上、復職不可という判断となることが多いと思われます。

なお、社員が復職直後から休職前と同じように働こうとして再び体調を崩し、そのまま退職してしまうケースが少なくないため、

復職してから当面の間、労働時間の短縮(時短勤務)などを適用し、経過を見ながら徐々に従前の働き方に戻していくのが無難

です。主治医や産業医の意見を聴かずに従前の働き方に戻してしまい、その結果、社員の体調が再び悪化したような場合、会社の安全配慮義務違反があるとして、損害賠償請求がされる恐れがあります。

そのため、

復職後、会社が必要と認める場合、社員との協議の上、労働条件を変更することがある旨

を就業規則に定めておくとよいでしょう。

以上(2024年4月更新)
(監修 日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 堀田陽平)

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画像:unsplash

2024年「賃上げ」に対する経営者317人の本音。あそこの企業は賃上げするのか?

書いてあること

  • 主な読者:2024年に賃上げをするか否かについて悩んでいる経営者
  • 課題:賃上げの判断が難しい。他の企業がどうするつもりなのかも知りたい
  • 解決策:重要な判断基準は自社の業績。賃上げで使える助成金なども検討

1 賃上げするか否かを判断するための情報

連日のように話題となっている賃上げ。2024年に経営者が最初に下す重要な経営判断は「賃上げ」かもしれません。そこで、経営者317人を対象に、賃上げに関する緊急アンケートを行いました。

最初の質問は、賃上げをするか否かを判断するために重視する情報についてです。これは「自社の業績」が圧倒的に多くなっています。

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2 2024年から賃上げする企業は31.9%

では、具体的にどれだけの企業が賃上げをするのでしょうか?

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2024年から賃上げするという企業は31.9%、2~3年以内に実施するという企業は16.1%となっています。賃上げする企業が求めている情報は、助成金などに関する情報、社会保険料への影響に関する情報でした。少しでも賃上げの負担を軽減したいというところでしょう。

また、経営者が賃上げについて相談する相手は、顧問の税理士が最も多く、自社の取締役がこれに続きます。

賃上げを検討する際に参考となるリポートは以下の通りです。

3 どうやって、どの程度の賃上げをする?

賃上げの手法や賃上げ率はどうでしょうか。

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賃金の範囲としては、基本給のみが最も多く、基本給の他に手当や賞与も上げるという企業が続きます。これまでは、基本給は上げず、手当や賞与を上げて対応する企業が多かったですが、2024年はそれよりも踏み込んだ賃上げを検討する企業が増えています。

具体的な賃上げ率は、2%以上と3%以上という回答が同率の首位でした。

賃上げの手法については、ベースアップで実施する企業が最も多く、定期昇給が続きます。両方を行うという企業も多く、やはり賃上げに本気で取り組む企業が増えている状況を垣間見ることができます。

賃上げをする際の参考や賃上げの方法に関するリポートは以下の通りです。

3 賃上げ「しない企業」の経営者が考えていること

これまでとは逆に、賃上げをしない企業の状況を紹介します。

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なぜ、賃上げをしないのかについては、「業績の先行きが不透明だから」が圧倒的に多くなっています。前述した通り、賃上げをするか否かを判断するために最も重視される情報は「自社の業績」でした、はやり、業績が伴わない賃上げは難しいということでしょう。

どうなったら賃上げをするのかについては、これまで同様に業績が重視されていて、「業績好調が続くと確信できたとき」が圧倒的に多くなっています。

なお、賃上げに関するその他のリポートは以下の通りです。

以上(2024年3月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

【かんたん法人税(2)】棚卸資産に係る税務

書いてあること

  • 主な読者:税務調査などで指摘されないよう、税金対策を適切に行いたい経営者
  • 課題:法人税は税金の中でもボリュームが多く、一つの論点でも色々な角度から対策を検討しないと税務調査で指摘されることがある
  • 解決策:税務調査で重点的に調べられる論点ごとに、会社が注意すべきポイントを押さえる。棚卸資産に関しては、仕入、売上、在庫計算がポイントになる

1 棚卸資産に係る税務上の重要ポイント

シリーズ第2回では、棚卸資産を取り上げます。棚卸資産とは、

商品、製品、半製品、仕掛品、原材料などの資産(不動産会社が販売目的で所有する不動産を含む)

をいいます。一般的に棚卸資産は次の流れで取引されます。

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棚卸資産に係る税務上の取り扱いは、取引の流れの中で「いつ」「いくら」で仕入・売上・売上原価を計上するかなどが明確に決められています。棚卸資産に係る税務上の重要ポイントは次の通りです。

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仕入・売上原価・評価損など損金の過大計上や、売上(益金)の過少計上は、所得を少なくする(=納税額が少なくなる)ことに直接影響するため、税務調査でも詳細にチェックされます。

2 取得価額の計算

購入した棚卸資産の取得価額は、原則として購入代金だけではなく、棚卸資産を購入・販売するために支払った費用(付随費用)も加えるので注意しましょう。

ただし、次の付随費用は、合計額が少額(商品そのものの購入代金のおおむね3%以内の金額)であれば、取得価額に算入せず(棚卸資産に計上せず)、支払手数料などの費用として計上できます。

  1. 買入事務、検収、整理、選別、手入れなどに要した費用
  2. 販売所から販売所へ棚卸資産を移動させるために要した運賃などの費用
  3. 特別な時期に販売するなどの理由から、長期にわたって保管するために要した費用

なお、次に掲げるような費用は棚卸資産を取得するための費用であっても、取得価額に算入しないことができます。

  1. 不動産取得税
  2. 固定資産税、都市計画税
  3. 登録免許税その他の登記・登録費用
  4. 借入金の利子

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3 仕入の計上時期

一般的に仕入の計上時期は、

  • 入荷基準:棚卸資産が入荷したときに仕入を計上する基準
  • 検収基準:入荷した棚卸資産を検収したときに仕入を計上する基準

のいずれかが採用されます。注意点は、

  • 仕入の計上時期は仕入代金を仕入先に支払ったときではない
  • 計上基準は、一度選択したら継続して適用しなければならない

ことです。

4 売上の計上時期

売上の計上時期は、

  • 引渡基準:棚卸資産を引渡したときに売上を計上する基準
  • 検収基準:引渡した棚卸資産を相手が検収したときに売上を計上する基準

のいずれかが採用されます。注意点は、

  • 売上の計上時期は売上代金が入金されたときではない
  • 計上基準は、一度選択したら継続して適用しなければならない

ことです。

5 締め後売上の計上

締め後売上とは、

決算月において請求書の発行締め日から決算日までの間に引渡し、または相手が検収(以下「引渡し等」)した場合の売上

をいいます。

前述の通り、売上は棚卸資産の引渡し等をしたときに計上する必要があります。つまり、決算日までに相手先に棚卸資産の引渡し等をしていれば、その引渡し等をした棚卸資産について相手先に請求書を発行していなくても、この売上を決算に含めなければなりません。

例えば、請求書の発行締め日が毎月20日である法人は、決算月の21日から決算月末までに引渡し等をした棚卸資産の売上を集計し、これを売上に計上して決算を行わなければなりません。決算のときに、この締め後売上の計上が漏れやすいため注意が必要です。

6 在庫の計上金額が適正か

1)基本的な考え方

決算を行うために、今期の売上に対応する売上原価を計算しなければなりません。売上原価は次の計算式により計算されます。

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期首在庫の金額は前期の決算で確定しているため、今期中に行った商品の仕入金額と、期末棚卸により把握した期末在庫の金額を上記計算式に当てはめて、売上原価が確定します。

期末在庫の金額が大きくなれば、売上原価(損金)は小さくなり、法人の利益は大きくなります。反対に期末在庫の金額が小さくなれば、売上原価は大きくなり、法人の利益は小さくなります。次の例1と例2で確認してみましょう。

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ミスが起こりやすいのが期末在庫の集計です。適正な在庫金額を計上するためには、次の点に注意する必要があります。

2)除外している棚卸資産はないか

期末在庫は漏れなく集計します。法人税を少なくするために、意図的に期末在庫の金額を小さくすることは不正です。経営者に悪気がなくても、現場担当者が記録不備などの発覚を恐れ、意図的に期末在庫から除外してしまうことも考えられます。経営者自身の意識はもちろん、現場担当者の教育も大切です。

3)棚卸資産の金額が過小ではないか

意図的に期末在庫の金額を小さくするつもりがなくても、期末在庫の金額を過小に計算してしまうケースがあります。例えば、以下のようなケースです。

1.単価を正しく評価できていないケース

棚卸資産の評価方法は原価法と低価法に分けられます。原価法はさらに6つの評価方法(最終仕入原価法、個別法、先入先出法、総平均法、移動平均法、売価還元法)に区分されます。

棚卸資産の評価方法については、税務署に自社が選択した評価方法を記載した届出書を提出します(変更する際には変更届の提出が必要)。ただし、その届出書を提出しなかった場合は、「最終仕入原価法」を採用したと見なされます。このように、

税務署への届出書の提出を必要としない点や、計算が簡便である点から、多くの中小企業が「最終仕入原価法」を採用

しています。ここでは、最終仕入原価法について紹介します。

最終仕入原価法では、期末に最も近い時点で取得したものの単価を1単位当たりの取得価額とする方法で、次のように期末在庫を評価します。

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最終仕入原価法を採用する場合には、図表6でいうところの110円や140円の金額を単価として選ぶなど、初歩的なミスが生じることがあります。チェック体制を整えたり、マニュアル化を徹底したりすることが大切です。

2.期末在庫の金額を算出した表計算ソフトの入力内容に誤りがあるケース

これは初歩的なミスであるものの、在庫を数える人、在庫表を作成する人、期末在庫の金額を会計処理する人がそれぞれ別の担当者であることも多いため、比較的頻発するミスです。期末在庫の合計額が正しく計算されているかをチェックするために、過去のミス事例を担当者に周知するなどの対策を取るようにしましょう。

3.普段使用していない倉庫の保管在庫を加え忘れるケース

保管倉庫を複数使用している会社においては、普段使用していない倉庫の保管在庫を計上し忘れるというケースがあります。税務調査では、所有・賃借している倉庫のそれぞれの使途を確認されることがあります。税務調査時に計上のし忘れがあったと気付くことがないよう、棚卸チェックシートなどは定期的に更新するなど注意が必要です。

4.預け在庫の金額を加え忘れるケース

会社の中には、商品が会社を経由せず、仕入先から直接得意先に納品されるような取引をしていることもあります。その場合、仕入先の倉庫に預けている販売前の商品(預け在庫)の計上漏れがないように注意が必要です。

商品管理の担当者と経理担当者間の意思疎通や、チェック環境を整備するなどの対策を取るようにしましょう。

7 評価損の計上は適正か

棚卸資産について、会計上は評価損を計上することがあります。しかし、税務上、原則として評価損は損金に算入できません。

ただし、次に該当するような事実が生じたことにより、棚卸資産の時価が帳簿価額を下回ることとなった場合に限り、帳簿価額と時価との差額を限度として評価損の損金算入が認められます。

  • 棚卸資産が災害により著しく損傷した場合
  • 棚卸資産が著しく陳腐化した場合

陳腐化とは、棚卸資産そのものに欠陥が生じたわけではないものの、経済的な環境の変化に伴ってその価値が著しく減少し、その価額が今後回復しないと認められる状態にあることをいいます。具体的には、商品について次のような事実が生じた場合がこれに該当します。

  • 季節商品で売れ残ったものについて、今後通常の価額では販売することができないことが、これまでの実績から明らかであること
  • その商品と用途の面でおおむね同様のものであるが、形式、性能、品質等が著しく異なる新商品が発表されたことにより、その商品につき今後通常の方法により販売することができないようになったこと

このように税務上、評価損に関する取り扱いは詳細に決められています。棚卸資産の時価が単に物価変動、過剰生産、建値の変更などの事情によって低下しただけでは、税務上は評価損の損金算入は認められないため注意が必要です。

8 廃棄損の計上は適正か

商品を廃棄した場合、会計上「商品廃棄損」を計上することになりますが、税務調査においては、実際に期末までに商品を廃棄したかどうか確認されることになります。廃棄業者から受領した廃棄完了報告書などから、計上の妥当性を確認されることになります。廃棄完了報告書の発行が受けられない場合などには、廃棄した商品の状態や廃棄したときの写真(日付あり)など、客観的に説明できる資料を残しておきましょう。

以上(2024年3月更新)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 富永慎也)

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画像:lenetstan-shutterstock

賃上げ時代に重要な「同一労働同一賃金」でビジネス的平等を実現

書いてあること

  • 主な読者:同一労働同一賃金について復習したい経営者
  • 課題:結局、正社員とパート等の待遇に差をつけるのは許されるの? 許されないの?
  • 解決策:「パート等だから」という理由でなく、能力や成果で差をつけるなら問題ない

1 2024年4月の法改正で重要となる同一労働同一賃金

パート等(パートやフルタイムの契約社員)の労働条件を考える上で、避けては通れないのが「同一労働同一賃金」です。簡単に言うと、

正社員でもパート等でも「同じ働き方をしているなら、同じ待遇にしなければならない」

というものです。施行は2020年4月1日(パートタイム・有期雇用労働法)と少し前ですが、実は2024年度こそ、自社が同一労働同一賃金に対応できているか、改めてチェックが必要です。

なぜなら、2024年4月1日から、

労働契約の締結時(雇入時や契約の更新時)に明示する事項が増え、社員ごとの労働条件の違いが、以前よりはっきりしやすくなったから

です(労働基準法施行規則、図表1の赤字が改正により追加された項目)。

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労働条件についてより詳細な明示が求められるということは、労働条件を曖昧な基準で運用している会社が浮き彫りになりやすいということです。特に同一労働同一賃金は、近年の最高裁判決などでも世間の注目を集めていますので、改めて基本を復習しておく必要があります。

さらに、2024年度はさらなる賃上げが進むと予想されています。誰かの賃金を上げたなら、同じ働きをする社員の賃金も上げなければならないということです。つまり、賃上げと同一労働同一賃金の組み合わせにより、企業はより慎重な賃金管理が求められているということです。

同一労働同一賃金の肝は、

「均等待遇・均衡待遇」を押さえること

です。さっそく確認していきましょう。

2 同一労働同一賃金の肝は「均等待遇・均衡待遇」

「均等待遇・均衡待遇」とは、

  • 仕事の内容などが同じなのに、パート等であるという理由だけで正社員よりも低い労働条件にすることはできない(均等待遇)
  • ただし、能力や成果に基づく待遇格差は、合理的なものであれば問題ない(均衡待遇)

というルールです。具体的には、「図表2の3つの事項を考慮して、社員ごとの待遇が不平等にならないようにしなさい」というものです。

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「1.職務の内容」「2.職務の内容・配置の変更範囲」が同じなのに待遇格差を設けることはできません。ですが、「3.その他の事情」に該当する、個人の能力や成果に基づく格差は、合理的なものであれば認められます。

なお、パート等から求められたら、会社は正社員との待遇格差の内容やその理由を説明しなければなりません。ですから、待遇格差の合理性を説明できるよう、あらかじめ準備しておく必要があります。

3 同一労働同一賃金に違反した場合のペナルティー

実は、同一労働同一賃金に違反しても法律上の罰則はありません。ですが、

都道府県労働局が、同一労働同一賃金に違反した会社に対して、報告徴収、助言、指導、勧告を行うこと

があります。当然、不合理な待遇格差・差別的な取扱いに当たる就業規則などは無効ですし、

都道府県労働局の勧告に従わない場合、厚生労働省ウェブサイトなどで会社名が公表

されることがあります。

また、各都道府県労働局には相談窓口が設置されています。正社員との待遇格差に不満を持つパート等がここに相談するかもしれません。さらに、パート等から損害賠償請求を受けたり、労働審判の申し立てを受けたりする恐れもあります。

4 均等待遇・均衡待遇を賃金に落とし込む際の考え方

1)正社員にパート等よりも基本給を高く支給するのは違法?

基本給は、「能力・経験」「業績・成果」「勤続年数」など複数の要素で決まります。もしも基本給の額が正社員とパート等とで異なるのであれば、その格差がどの要素に紐づくのかを確認しましょう。

例えば、「能力・経験」に基づいて支給される部分の額について、次のような運用をしている場合、違法になります。

正社員はパート等より多くの経験をしているので、パート等よりも基本給が高い。しかし、正社員の経験は現在の業務とは特に関連性がない

一方、次のような場合、違法になりにくいと考えられます。

正社員は会社が期待するだけの能力を持っているが、パート等は持っていない。だから、能力の違いを理由に、正社員の基本給はパート等よりも高く設定している

2)賞与をパート等にだけ支給しない、支給額を正社員より低くするなどの対応は違法?

賞与にもさまざまな趣旨・目的があります。「人材を確保する、定着させる」「業績に貢献した社員に報いる」などがそうです。もしも、賞与をパート等にだけ支給しない、支給額を正社員より低くするなどの対応をしているのであれば、その対応が賞与の趣旨・目的に照らして合理的といえるかを確認しましょう。

例えば、「業績に貢献した社員に報いる」ために賞与を支給している会社が、次のような運用をしている場合、違法になります。

パート等は正社員と同じぐらい業績に貢献しているが、正社員にだけ賞与を支給している

一方、次のような場合、違法になりにくいと考えられます。

正社員は業績目標について責任を負い、パート等は負わない。だから、正社員には貢献度に応じて賞与を支給し、パート等には貢献度に関係なく定額で賞与を支給している

3)支給する手当の種類や支給額が、正社員とパート等とで異なるのは違法?

一口に手当といっても、職務(役職や業務内容など)に関連するもの、生活(家族や住居など)に関連するもの、勤務(通勤や無遅刻・無欠勤など)に関連するものなど、さまざまです。もしも、手当の種類や支給額が、正社員とパート等とで異なるのであれば、賞与と同じように、1つ1つの手当の趣旨・目的に照らして考えましょう。

例えば、役職に応じて支給する「役職手当」を設けている会社が、次のような運用をしていると、違法になります。

「業務の難易度」を考慮して、役職手当を設けている。正社員には役職手当を支給しているが、同じ役職のパート等には役職手当を支給していない

一方、次のようなケースは違法になりにくいと考えられます。

「役職者の業務負担」を考慮して、役職手当を設けている。正社員には役職手当を支給し、パート等は所定労働時間が正社員の2分の1なので、役職手当も2分の1を支給している

5 参考:派遣社員の同一労働同一賃金

派遣社員についても、同一労働同一賃金が適用されます。実務は主に派遣元で発生しますが、派遣先がやるべきこともあります。興味がある方はお読みください。

1)派遣社員の待遇決定方式1「派遣先均等・均衡方式」

派遣先均等・均衡方式とは、
派遣元が派遣先から待遇情報を提供してもらい、派遣社員の待遇を決定する方式
です。派遣先は、派遣社員と同じ仕事をする通常の社員の待遇情報を、派遣元に提供します。派遣元はその情報を基に、派遣先の通常の社員と比較して均等待遇・均衡待遇になるよう、派遣社員の待遇を決定します。

2)派遣社員の待遇決定方式2「労使協定方式」

労使協定方式とは、

派遣元が労使協定で、派遣社員の待遇を決定する方式

です。派遣元は、対象となる派遣社員の範囲や賃金(賞与、手当、退職金などを含む)の決定方法などを労使協定に定め、自社の過半数労働組合(ない場合は過半数代表者)と締結します。

3)2つの待遇決定方式の比較

どちらの方式であっても、派遣先は派遣社員と同じ仕事をする「通常の社員」の待遇情報を、派遣元に提供します。通常の社員とは、次の1.から6.に該当し、かつその番号が最も若い社員です。例えば、1.と6.に該当する社員がいたら、1.に該当する社員の情報を派遣元に提供します。

  1. 職務の内容と職務の内容・配置の変更範囲が同じ通常の社員(正社員など)
  2. 職務の内容が同じ通常の社員
  3. 業務の内容または責任の程度が同じ通常の社員
  4. 職務の内容・配置の変更の範囲が同じ通常の社員
  5. 1.~4.に相当するパート等
  6. 派遣社員と同一の職務に従事させるため新たに通常の社員を雇い入れたと仮定した場合の当該社員

ただし、派遣先均等・均衡方式と、労使協定方式とで、派遣先が派遣元に提供すべき待遇情報が図表3のように異なります。

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なお、派遣社員が求めてきたら、派遣元は派遣社員と派遣先の通常の社員との待遇格差の内容やその理由を説明しなければなりません。

以上(2024年4月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 栗原功佑)

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画像:pixabay