【中堅社員のスピーチ例】前に出て空を飛び続けよう!

【ポイント】

  • 雁(がん)は群れで長距離を飛ぶ際、先頭の鳥の後ろに「V字」を作るように列を組む
  • 仲間は先頭の鳥の気流に乗って飛べるが、飛び続けるには先頭を交代し回す必要がある
  • 部下や後輩が「前に出る意識」を持たないと、やがて組織が成り立たなくなってしまう

おはようございます。突然ですが、皆さんは「雁行(がんこう)」というのをご存じでしょうか。これは雁という渡り鳥が、群れで長距離を旅する際に見せる飛び方です。雁の群れは一列に並んで飛ぶのではなく、先頭の鳥の後ろから左右に広がり、アルファベットの「V」の形になるように列を組んで飛びます。このことを雁行、V字飛行などと呼ぶのです。

なぜ、V字に列を組むのかと思うでしょうが、これにはちゃんとした理由があります。雁が羽ばたくと、その後ろには体が浮きやすい気流ができます。だから、列の後ろを飛ぶ鳥は、仲間が作った気流に乗って、疲れずに飛び続けることができるのです。ただ、この飛び方だと、仲間の力を借りられない先頭の鳥には負担が集中します。そのまま放っておけば先頭の鳥は疲弊して羽ばたけなくなり、そうなると仲間も気流に乗って飛べなくなります。だから、雁たちは長距離を旅する際、先頭の役割を交代しながら順番に回し、ローテーションしながら飛行するのです。

私はこの雁行のシステムを初めて知ったとき、「雁ってとても賢い鳥なんだな」と感心すると同時に、ふと「自分の会社が雁の群れだとしたら、どんな状態だろう」と考えてみました。私たちの会社では、上司や先輩が、私のような若手の進むべき方向を照らして引っ張ってくれています。ですが、私自身はどうなのかというと、正直なところ、上司や先輩の指示にただ従うだけで、自分が皆を引っ張るという経験をあまりして来なかったように思います。雁の群れでいうなら、「先頭の役割を1人だけ交代せず、楽をし続けている状態」といえるかもしれません。

もちろん、会社の指揮系統に従うことは大切なのですが、いつまでも上司や先輩に引っ張ってもらっていては、その人たちに負担が集中します。そんな状態が続けば、やがて組織は成り立たなくなってしまうでしょう。だから、私たち若手は、ただ誰かに任せきりにするのではなく、定期的に「自分がやります!」と手を挙げて、チームを引っ張る意識を持たなければなりません。

もうすぐ新年度が始まりますが、新年度の私のテーマは「前に出る」です。チーム全体が空を飛び続けられるよう、積極的に手を挙げていきたいと思います。

以上(2025年3月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

【規程・文例集】「役員報酬規程」のひな型

1 役員報酬規程作成時の留意点

1)役員報酬決定の手続き

「役員報酬」は一般的な呼称であり、会社法では「取締役(会計参与、監査役)の報酬等」、法人税法では「役員給与」とされています。この記事では役員報酬と記述しています。

役員報酬決定の手続きは会社法に定められています。具体的には、定款に役員報酬の額または具体的な算定方法を定める場合は、その定めに従って役員報酬の額を決定します。しかし、定款に定めを置く例はほとんどなく、多くは株主総会の決議によって決めることとしています。株主総会で個々の取締役の報酬の確定額を決議することもできますが、実務上は、株主総会では取締役全員の報酬総額の最高限度のみを決議し、取締役会に個々の取締役の報酬額の決定を委任するケースが多いです。

2)役員報酬の支給方法・支給額を決定する際の留意点

役員報酬は税務上の扱いにも注意が必要です。法人税法では、一定の要件を満たす役員報酬についてのみ損金算入を認めています。具体的には「定期同額給与」「事前確定届出給与」「一定の業績連動給与」などを定めています(法人税法第34条第1項)。ただし、一定の業績連動給与を損金算入できるのは、有価証券報告書提出会社に限られるので、多くの企業では定期同額給与や事前確定届出給与とする必要があります。

詳細は省略しますが、定期同額給与は、支給時期が1カ月以内の一定期間ごとであり、支給時期ごとの支給額が同額であるもの、および継続的に供与される経済的な利益のうち、その供与される利益の額が毎月おおむね一定であるもの(法人税法施行令第69条第1項)などをいいます。

また、事前確定届出給与は、事前に支給時期と支給額を確定させて、納税地の所轄税務署長に届け出を行ったものをいいます(同族会社に該当しない国内の会社では、定期給与を支給しない役員(非常勤役員等)に対し支払う年俸等の臨時給与は、届け出を行わなくとも、事前確定届出給与に当たるものとして損金算入できます(法人税法第34条第1項第2号))。

支給額に関しては、不相応に高額な役員報酬(過大役員給与)は、高額に当たるとされる部分は損金算入できません(法人税法第34条第2項)。不相応に高額な部分は、当該役員の職務内容、会社の収益、会社の使用人に対する給与の支給状況、同業種・類似規模の他社の役員に対する給与の支給の状況などと比較して判断されます(法人税法施行令第70条)。

役員報酬規程は、役員に対して役員報酬額の算定基準や支給時期などを明確にするという役割を持つと同時に、会社法や法人税法などの関連法令に関する遵守事項を明文化する意味でも重要な規程です。

2 役員報酬規程のひな型

以降で紹介するひな型は、一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容は異なってきます。実際にこうした規程を作成する際には、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【役員報酬規程のひな型】

第1章 総則

第1条(目的)

本規程は、株式会社○○の役員の報酬および賞与の支給基準などについて定めるものである。

第2条(役員の定義)

本規程における役員とは、株主総会で選任された取締役および監査役のことをいう。

第2章 報酬

第3条(報酬の体系)

役員報酬は、月額報酬および役員賞与として支給する。

第4条(月額報酬の決定方法)

1)取締役の月額報酬は、株主総会で決議された報酬総額の範囲内において、取締役会が本規程に従ってこれを決定する。

2)監査役の月額報酬は、株主総会で決議された報酬総額の範囲内において、監査役の協議で本規程に従ってこれを決定する。

第5条(月額報酬の支給基準)

役員の月額報酬は、次の事項を参考にしながら、役員の職位ごとにこれを決定する。

  1. 従業員の給与の最高額
  2. 役員報酬の世間一般的な水準
  3. 会社の業績

第6条(常勤役員の支給基準)

常勤役員の月額報酬は、原則として従業員の給与の最高額を基準(1.0)とし、次の各号に掲げる区分により、職位別にこれを決定する。

  1. 取締役会長:○.○程度
  2. 取締役社長:○.○程度
  3. 取締役副社長:○.○程度
  4. 専務取締役:○.○程度
  5. 常務取締役:○.○程度
  6. 取締役:○.○程度
  7. 監査役:○.○程度

第7条(非常勤役員の支給基準)

非常勤役員の月額報酬は、当該役員の会社への貢献度、社会的地位などを総合的に勘案した上、第5条所掲の事項も参考にして決定する。

第8条(報酬の改定)

役員報酬は、当該役員の職務内容、職務遂行状況、成果などを総合的に勘案して、原則として毎年度見直しを行うものとする。

第9条(報酬の減額措置)

役員報酬は、会社の業績その他必要に応じて、臨時に減額することができる。この場合、取締役の役員報酬については取締役会の協議により、監査役の役員報酬については監査役の協議によりそれぞれ決定した内容に従い役員報酬を減額する。

第10条(通勤手当)

通勤手当は、役員報酬とは別に、別途定める「賃金規程」(省略)第○条~第○条の定めに準じて支給する。ただし、役員のうち、社有車で送迎を行う者については、通勤手当は支給しない。

第3章 報酬の支給方法など

第11条(支給方法)

役員の月額報酬(使用人兼務役員の使用人部分給与を含む)および通勤手当は、毎月○日に役員本人の指定する金融機関の口座に振り込むことで支給する。

第12条(控除)

役員報酬を支給するに際しては、次の各号に掲げるものを控除する。

  1. 所得税その他の源泉徴収税
  2. 住民税
  3. 社会保険料
  4. その他、本人からの申し出があった立て替え金、貸付金、前払い金等

第4章 報酬に関するその他の事項

第13条(長期欠勤者の報酬)

病気療養など、やむを得ない事情により長期欠勤者の役員報酬は、原則として、任期中の減額は行わない。

第14条(就任・退任または解任時の報酬の取り扱い)

1)月の途中に就任・退任し、または解任された場合の役員報酬は、月額報酬を基に日割り計算を行う。

2)月額報酬の支給計算の期間は当月1日から末日までとする。

第5章 賞与

第15条(賞与の決定方法)

会社の業績が良好なときは、株主総会による決議を得て、役員に賞与を支給することができる。ただし、賞与の金額は、月額報酬と合計して、株主総会で決議された報酬総額の範囲内で決定しなければならない。

第16条(賞与の配分)

各役員への賞与の配分は、各役員の職務内容、職務遂行状況、成果などを総合的に勘案して、取締役の賞与は取締役会で、監査役の賞与は監査役の協議でそれぞれ決定する。

第17条(賞与の支給方法)

役員賞与は、取締役会がその都度決定した支給日において、役員本人の指定する金融機関の口座に振り込むことで支給する。

第6章 雑則

第18条(改廃)

本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則

本規程は、○年○月○日より実施する。

以上(2025年2月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 栗原功佑)

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画像:ESB Professional-shutterstock

【役員報酬】役員報酬を損金算入するための「定期同額給与」と「事前確定届出給与」

1 役員報酬の額を決める際の視点

役員報酬の額を考える際、多くの会社は「企業業績」「従業員賃金とのバランス」「世間相場」の3つの要素を重視します。従業員賃金とのバランスが重視されるのは、中小企業の場合、多くの役員が従業員から出世するので、従業員賃金の延長線上に役員報酬があるためです。

一方、別の視点から考えた場合、

役員報酬の損金への算入

も非常に重要です。役員報酬は高額なので、損金に算入できるか否かで法人税等の負担が大きく変わってきます。この記事で、役員報酬を損金に算入するために導入する「定期同額給与」と「事前確定届出給与」の仕組みを紹介します。

2 定期同額給与とは

定期同額給与とは、

支給時期が1カ月以下の一定の期間ごとである給与で、その事業年度の各支給時期における支給額が同額であるもの(以下「定期同額給与」)。その他これに準ずるものとして政令で定める給与

です。定期同額給与は、役員報酬として支給する際の基本形で、後述する事前確定届出給与のような届け出は不要です。

3月決算の場合、当事業年度4月から翌事業年度3月までの12カ月の支給時期における支給額が同額である役員報酬が該当します。例えば、当事業年度4月から翌事業年度3月までの12カ月において毎月100万円支給するイメージです。

また、これに準ずるものとして政令で定める役員報酬とは、3月決算の場合、6月30日までに改定されて支給される役員報酬です。役員の報酬等は株主総会の決議事項であり、株主総会で役員報酬の支給枠が変更される場合に対応したルールです。

3月決算の場合、定期同額給与の基本形と定期同額給与に準ずるものは次の通りです。

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これ以外にも、定期同額給与の額の改定は臨時改定事由や業績悪化改定事由により認定されます。例えば、業績悪化改定事由に該当するのは次の通りです。

  1. 株主との関係上、業績や財務状況の悪化についての役員としての経営上の責任から、役員給与の額を減額せざるを得ない場合
  2. 取引銀行との間で行われる借入金返済のリスケジュールの協議において、役員給与の額を減額せざるを得ない場合
  3. 業績や財務状況または資金繰りが悪化したため、取引先等の利害関係者からの信用を維持・確保する必要性から、経営状況の改善を図るための計画が策定され、これに役員給与の額の減額が盛り込まれた場合

3 事前確定届出給与とは

事前確定届出給与とは

その役員の職務につき所定の時期に確定した額の金銭等を交付する旨の定めに基づいて支給する給与(定期同額給与および一定の業績連動給与を除く)で、決められた日までに納税地の所轄税務署長にその定めの内容に関する届け出をしているもの

です。

事前確定届出給与には役員賞与のイメージがあります。かつて、会計上の役員賞与の取り扱いが、利益処分から費用処理に変更されたことを受けて、事前確定届出給与が認められた経緯があるためです。

ここで、賞与について「従業員」と「役員」とに分けて確認してみましょう。従業員賞与の場合、前事業年度下期の業績を反映した賞与が翌事業年度6月に支給されるのが一般的です。従来の役員賞与も従業員賞与と同様、前事業年度の業績を反映して、翌事業年度に支給されていました。両者の違いは、従業員賞与が経費処理、役員賞与は利益処分である点でした。

そこで、事前確定届出給与を活用して、役員賞与を従業員賞与のように「課税所得の計算上、損金の額に算入できるようにしよう」という考えが出てきました。しかし、前事業年度の業績を反映した従来の役員賞与の考えの場合は通用しません。なぜなら、事前確定届出給与の位置付けは、従来の役員賞与というよりも従来の役員報酬に近いものだからです。分かりやすく説明すると、事前確定届出給与は役員報酬を12等分して毎月同額支給するのではなく、役員報酬を14等分して6月と12月に14分の2を支給するといったものです。

こうした考えは、事前確定届出給与は要件を満たせば、課税所得の計算上、損金の額に算入できることが前提にあるためです。

事前確定届出給与が従来の役員報酬に近いものだと分かるのが、「四半期支給など定時同額に支給する額」を納税地の所轄税務署長に届け出る場合です。定期同額給与を支給している役員には「定期同額給与に加えて支給する額」を、定期同額給与を支給していない役員に対しては、「四半期支給など定時同額に支給する額」を納税地の所轄税務署長に届け出ます。なお、「四半期支給など定時同額に支給する額」について、非同族会社の場合には届け出は不要です。

次の「定期同額給与+事前確定届出給与」と「事前確定届出給与のみ(四半期支給)」の図表を見れば、「四半期支給など定時同額に支給する額」は従来の役員賞与ではなく、役員報酬であることが分かるでしょう。

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事前確定届出給与について次のことを覚えておきましょう。

  1. 前事業年度の業績を反映し支給するものではないこと
  2. 当該事業年度の課税所得の計算上、損金算入できること
  3. 損金に算入するためには支給額や支給時期などを、事前に納税地の所轄税務署長に届け出なければならないこと
  4. 税務上の運用は厳格で、支給額が異なるなどの際には、その全額が損金不算入になること(ただし、全く支給されない(ゼロの)場合で一定のものを除く)

なお、事前確定届出給与において、企業(法人)の利益調整などは可能な限り排除される傾向にあるため、事前確定届出給与の運用には留意が必要です。事前確定届出給与を導入する際は、税理士などの専門家の意見を聞くか、納税地の所轄税務署に問い合わせましょう。

以上(2025年2月更新)
(監修 税理士 石田和也)

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画像:pixabay

(記載例付き)最新法令に対応した「パート等の労働条件通知書」

1 トラブル防止の肝は「労働条件通知書」の確認

近年、同一労働同一賃金に代表されるように、「パート等」の労働条件の改善が進められています。パート等とは、この記事で便宜上使っている言葉で、

  • 短時間労働者:正社員よりも1週間の所定労働時間が短い社員
  • 有期雇用労働者:雇用期間に定めがある社員

の総称です。詳しくは、いわゆる「パートタイム・有期雇用労働法」で定められているので確認してみてください。

さて、法令改正などに合わせて労働条件を見直していかなければトラブルのもとになります。差し当たり、今、皆さんがすべきことは、

パート等と労働契約を締結する際(雇入時、定年後の再雇用時、契約の更新時など)に、会社が交付する「労働条件通知書」の内容を精査すること

です。直近では、2024年4月1日から労働基準法施行規則が改正され、パート等に労働条件通知書を交付する際、次の3つを新たに明示することが義務付けられています。

  1. 「契約更新に関する事項」を記載する際、「更新上限」についても明示する
  2. 「無期転換に関する事項(新設)」を記載する際、無期転換の「申込機会」「転換後の労働条件」について明示する(通算契約期間が5年超のパート等が対象)
  3. 「就業場所」「業務内容」を記載する際、契約締結時の内容だけでなく、配置転換等の際の「変更範囲」も明示する

この記事では、最新法令に対応した「パート等の労働条件通知書」のポイントと記載例を紹介します。「ここしばらくパート等の採用がなく、労働条件通知書のひな型を更新していない」という人や、「すでにひな型は見直したが、ヌケモレがないか不安」という人は、自社の労働条件通知書と照らし合わせながらご確認ください。

2 正社員の労働条件通知書を流用したら法令違反?

まず、とても大切なポイントをお伝えします。それは、

正社員とパート等では、雇入時に明示すべき労働条件の項目が違う

ということです。図表1の「必ず書面で明示」の赤字部分がパート等特有の項目です。

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「2.契約更新に関する事項」は、契約更新があるか否か、更新する場合は何を基準に判断するのか具体的な内容を記載します。2024年4月1日からは、通算契約期間または更新回数の「更新上限」についても記載が必要になっています(詳細は後述)。

「3.無期転換に関する事項」は、2024年4月1日から明示が義務付けられている項目です。

無期転換とは、パート等の通算契約期間(同じ会社でのもの)が5年を超えて更新された場合、本人が会社に申し込めば契約期間の定めのない「無期契約」に転換できる制度

です。雇用形態はパート等のまま変わらず契約期間のみ無期契約に切り替わります。

なお、無期転換権が発生する(または発生している)パート等に対しては、無期転換の申込機会、転換後の労働条件について記載します(詳細は後述)。

「10.昇給の有無、11.退職金の有無、12.賞与の有無」は、これらの制度があるか否か(原則書面で明示)、また、それらの計算方法や支給・実施時期(口頭でも可能)を記載します。

「14.雇用管理に関する相談窓口」は、正社員との待遇の違いなどについて、パート等から相談された場合の窓口を記載します。ちなみに、この相談窓口は「ハラスメント相談窓口」と一体的に運用しても問題ありません。

3 パート等特有の労働条件通知書のポイント

図表2は、最新法令に対応したパート等の労働条件通知書のイメージです。赤字部分は、前述した法令改正やトラブル防止の観点から注意が必要な内容です(それぞれのポイントは後述)。

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1)契約期間

契約期間の始まりと終わりを「○年○月○日~○年○月○日」などの形で記載します。

無期転換権の行使により無期契約に切り替わった場合、契約更新の開始日を記載し、「〇年〇月〇日(期間の定めなし)」など、無期契約であることが分かるよう注釈を併記します。

2)契約更新に関する事項

次の1.から4.について記載します。3.は2024年4月1日から明示が義務付けられています。

  1. 更新の有無(例:更新しない、自動的に更新する、更新する場合がある)
  2. 更新の判断基準(例:業務の進捗状況、勤務成績、能力、態度、期間満了時の業務量、会社の経営状況)
  3. 更新上限の有無とその内容(通算契約期間または更新回数に上限があるかないか、上限がある場合はその内容(例:通算契約期間:○年まで、更新回数:○回まで))
  4. その他の留意事項(例:契約更新の際に労働条件が変更になる可能性がある)

なお、図表2の例では更新上限を「通算契約期間:10年まで、更新回数:10回まで」としていますが、前述した通り、通算契約期間が5年を超えると、そのパート等は無期転換を会社に申し込めるようになります。無期転換の申込みは原則拒否できないので、長期雇用を想定していないなら、通算契約期間の上限は5年未満に設定しておいたほうが無難です。

また、無期転換権を行使により無期契約に切り替わった場合、更新自体がなくなるので明示は不要になります。ただし、定年等の定めをする場合は別途明示が必要です(詳細は後述)。

3)無期転換に関する事項

次の2点について記載します。どちらも2024年4月1日から新たに明示が義務付けられている項目です。ただし、無期転換申込権がない場合(通算契約期間が5年以内)、明示は不要です。

  1. 申込機会:無期転換の申込みができること(例:本契約期間中に会社に対して無期労働契約の締結の申込みをすることにより、本契約期間の末日の翌日から無期労働契約での雇用に転換することができる)
  2. 転換後の労働条件:労働条件の変更の有無、転換後の労働条件の一覧または変更箇所(例:契約期間以外の労働条件についても、転換前の内容から変更することがある。変更する場合の労働条件は別紙)

なお、現在の通算契約期間が5年以内であったとしても、新たな契約を更新した結果、契約期間の途中で5年を超える場合(例:3年契約を繰り返すなど)については、新たな契約更新をする際に、あらかじめ無期転換に関する事項を明示しておく必要があります。

4)就業場所

パート等特有の項目ではありませんが、テレワークでオフィス以外の場所でも勤務することがある場合は、その旨を記載します。また、2024年4月1日からは契約締結時の就業場所だけでなく、配置転換等の際の「変更範囲」の記載も義務付けられています。変更範囲については、想定される就業場所を1つずつ記載する必要はなく、

  • 会社が定める場所
  • 東京都内事業所(別紙)

などの書き方も認められます。また、出向の可能性がある場合はその旨の記載も必要です。

ちなみに、変更範囲は未来永劫についての可能性ではなく、あくまで当該契約期間内における可能性を明示すればよいとされています。

5)業務内容

よく見かける「○○業務その他会社が指示するあらゆる業務」といった記載だと、正社員と同じ働き方をしているとみなされ、同一労働同一賃金の観点から賃金などに差をつけにくくなります。書き方が難しいですが、

本業を逸脱しすぎないよう、「○○の業務その他これに付帯する業務」といった程度の記載にとどめるのが無難

です。なお、2024年4月1日からは就業場所と同じく、業務内容についても「変更範囲」の記載が義務付けられています。こちらについても

  • 会社が指示する業務
  • 会社の各部署(別紙)における業務

などの書き方が認められますが、実際に業務内容を変更する場合、変更後の業務について正社員との不合理な待遇差が生じていないかを都度チェックする必要があります。

こちらも、変更範囲については未来永劫についての可能性ではなく、あくまで当該契約期間内における可能性を明示すればよいとされています。

6)始業・終業時刻、所定外労働など

シフト制の場合の始業・終業時刻に注意が必要です。労働条件通知書に「シフトによる」と記載するだけでは不十分で、

労働日ごとの始業・終業時刻を明示するか、原則的な始業・終業時刻を記載した上で、一定期間分のシフト表などと併せて交付する必要

があります。

7)休日

休日についても、シフト制で働く場合の記載に注意しましょう。具体的な曜日などが確定していなくても、

休日の基本的な考え方として、「週○日以上の休日が確保できるようシフトを組む」

といったように記載する必要があります。

8)休暇

パート等も、6カ月以上勤務し、その全労働日の8割以上出勤すると、年次有給休暇(年休)が付与されます。付与日数は、所定労働時間と所定労働日数によって変わります。

9)賃金の金額、支払いの方法・時期など

パート等の賃金の金額は、同一労働同一賃金で示されている均等待遇と均衡待遇に違反しないようにします。

  • 均等待遇:職務の内容とその変更範囲が同じ場合、待遇も同じにする
  • 均衡待遇:職務の内容とその変更範囲等が違う場合は、違いを考慮してバランスの取れた待遇を実現する

基本的に、業務の内容などが明らかに違うのであれば、正社員と差を設けても問題ありませんが、逆に言うと、

通勤手当などのように業務の内容と関係がない手当は、パート等にも支給

しなければならないでしょう。

また、時間外労働、休日労働、深夜労働に対する手当(割増賃金)は、パート等の労働時間の実態に応じて支払います。なお、この記事で対象としているパート等は、所定労働時間が法定労働時間(原則として1日8時間、1週40時間)より短いので、

所定労働時間を超え、法定労働時間に満たない時間の割増賃金率を記載

しておく必要があります。これは0%にすることも可能です。

10)昇給の有無

昇給があるか否かを記載します。昇給がある場合、可能であれば昇給の条件などを記載するほうが望ましいでしょう。

11)退職金の有無

退職金があるか否かを記載します。退職金がある場合、可能であれば支給要件などを記載するほうが望ましいでしょう。

12)賞与の有無

賞与があるか否かを記載します。賞与がある場合、可能であれば支給要件などを記載する方が望ましいでしょう。

13)退職に関する事項(解雇の事由を含む)

パート等は契約期間が満了し、更新されない場合に退職となります。この他、本人の希望による退職や、就業規則の解雇事由に該当したことによる解雇があります。これに対応し、

  • パート等が契約期間満了前に自己都合退職する場合の手続き(いつまでに会社に退職を申し出るのかなど)
  • 解雇の事由・手続き(どのような行為が解雇事由となるのか、会社はいつまでにパート等に解雇を通知するのかなど)

を記載します。

また、無期転換権の行使により無期契約に切り替わった場合、契約期間が青天井になることを避けるため、正社員と同じように定年を設定する対応が考えられます。その場合は定年後の継続雇用についても併記して明示します。

14)雇用管理に関する相談窓口

相談窓口の担当部署、連絡先(電話番号、メールアドレス)などを記載します。

以上(2025年2月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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画像:ChatGPT

【入社1年目の教科書】仕事の情報は慎重に取り扱う。迷ったら言わないのが正解!

書いてあること

  • 主な読者:情報の取り扱いで注意すべきルールについて知りたい新入社員
  • 課題:情報の取り扱いが重要なのは理解しているが、具体的に何をすべきか分からない
  • 解決策:チャットなどの使い方に注意し、取り扱いのルールを確認しておく

今日の商談は大成功。うれしい私は先輩とのランチで商談のことを話しすぎちゃった。「今訪問した○○社はいい感じですね。部長のAさんも乗り気だし、1000万円の商談が成立するかも!」って。そうしたら、それを聞いた先輩が大慌てで、「しぃ〜〜! そんなことを声に出したらダメでしょ!!」と私の話を遮ったんだよな……。あれって、何がまずかったんだろう?

1 情報の取り扱いには細心の注意が必要

電車やカフェなどで、隣の人が会社名や個人名、取引条件などを出しながら仕事の話をしていることがありますが、これはやってはいけません。仕事をしているとたくさんの情報を取り扱いますが、

どんな情報も慎重に取り扱い、相手の会社や個人、取引内容を特定できるような情報は話さない

というのが基本です。「これは話しても大丈夫か?」と迷ったら、話さないほうが正解です。情報が漏洩してしまう原因の多くはヒューマンエラーですが、電車やカフェなどのちょっとした会話もその一つなのです。

ですから、皆さんは、日々、次の6つに注意して行動してください。

  • 電車やカフェでの会話に注意する
  • チャットやSNSでの発言に注意する
  • 会社の許可を得ずに個人名義のファイル共有サービスなどを利用しない
  • 一斉メールの送り先に注意する
  • クラウドサービスの共有範囲に注意する
  • デスクの整理・施錠を徹底する

関係者と「隠語」を決めておくのもよいです。例えば、相手が東京都中央区日本橋にある会社なら、会社名ではなく「日本橋」と言う感じです。

2 個人情報は特に慎重に取り扱う

特に慎重な取り扱いが求められるのが個人情報です。個人情報は「個人情報保護法」で定義されていて、具体的には次のような情報が該当します。

  • 本人の氏名
  • 生年月日、連絡先(住所・居所・電話番号・メールアドレス)、会社における職位または所属に関する情報について、それらと本人の氏名を組み合わせた情報
  • 防犯カメラに記録された情報など本人が判別できる映像情報
  • 本人の氏名が含まれるなどの理由により、特定の個人を識別できる音声録音情報
  • 特定の個人を識別できるメールアドレス
  • 特定の個人の身体の一部の特徴を電子計算機のために変換した符号(顔、指紋・掌紋、虹彩、手指の静脈、声紋、DNAなど)
  • 対象者ごとに異なるものとなるように役務の利用、商品の購入または書類に付される符号(マイナンバー、旅券番号、運転免許証番号、基礎年金番号、健康保険証番号など)

相手が個人の場合はもちろん、法人の場合もその窓口担当者の名刺に記載の情報、会社の連絡網に記載の同僚の情報などは個人情報となります。会社では、個人情報を記載した書類は施錠できるキャビネットで保管するなど、取り扱いのルールを決めているはずですから、必ず守ってください。

3 個人情報以外にも注意すべき情報

個人情報以外にも、次のような情報は会社の営業上重要で、社外には公開したくない情報なので注意が必要です。

  • 研究開発情報(実験データ、試作品情報など)
  • 製造関連情報(製品図面、テストデータ、製造プロセス、工場設備・レイアウトなど)
  • 顧客情報(顧客リスト、クレーム情報、顧客別製品情報など)
  • 取引先情報
  • 市場関連情報(市場分析情報、競合先分析情報など)
  • 価格情報(仕入れ値、製品価格、利益率など)

上記の情報以外にも、会社独自で慎重な取り扱いを求める情報があると思います。上司や先輩に確認しておきましょう。

以上(2025年1月更新)

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画像:Mariko Mitsuda

【役員報酬】相談役や顧問の給与を損金算入するためのポイント

1 「みなし役員」に注意

経営者の皆さんは、退任後、相談役や顧問として会社に残る予定はありますか?

世間的には社長が相談役などとして残ることは珍しくなく、社会貢献、業界団体での活動、顧客や取引先との関係維持などを行います。培ったノウハウやネットワークを活かして後任の経営者をサポートすることは、会社にとっても社会にとっても良いことです。

一方、相談役や顧問になった後の給与には注意が必要です。役員としての地位を維持するか否かが一つの別れ道ですが、退任する場合でも税法には「みなし役員」という特有の判断基準があります。

地位や職務などから、他の役員と同様に会社の経営に従事している

などの要件を満たした場合、税法上、みなし役員になります。そして、みなし役員になると、税法の取り扱いは役員と同じになります。この点を踏まえて、以降を読み進めてください。

2 役員給与と役員退職金の注意点

1)役員給与

役員としての地位を維持したまま相談役や顧問になる場合、役員給与については、

  • 定期同額給与
  • 事前確定届出給与
  • 業績連動給与

のいずれかを採用しないと、法人税法上は損金に算入できません。

2)役員退職金

相談役や顧問になるに当たって役員を退任し、その際に役員退職金を打ち切り支給した場合、税法上は原則として「賞与」となります。打ち切り支給とは、

「それまでの在任年数など」に応じて役員退職金を支払い、その後の役員退職金の計算では、「それまでの在任年数など」は加味しない

ということです。つまり、一旦、過去の分は支給し、そこから新たにカウントするという考え方です。

ただし、損金に算入できるケースもあります。それは、

役員としての地位や職務内容が激変し、実質的に退職したのと同様と認められるケース

です。この場合、法人税法上は過大部分を除いて損金に算入できます。所得税法上も退職所得として取り扱われます。こうした意味では、

相談役や顧問の役割などはガラッと変えたほうがいい

わけです。

以上(2025年2月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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画像:ohayou!-Adobe Stock

【役員報酬】役員報酬の決定手続きと損金算入するための要件

1 役員報酬は重要な経営判断

「役員報酬」は一般的な呼称で、

  • 会社法では「取締役(会計参与、監査役)の報酬等」
  • 法人税法では「役員給与」

と定義されます。この記事では、役員報酬と記述します。

役員報酬は会計上の損益に与える影響が大きく、また所定の期限までに決定しなければなりません。そのため、

役員報酬を決定する際は、なるべく正確に損益予測をした上で、税務と資金繰りの両面から自社に合った方法・金額を決定すること

が大切です。中小企業の場合は、

役員報酬の総枠は株主総会、具体的な支給額は取締役会で決議し、定期同額給与を採用する

ことが多いでしょう。これらの点も踏まえ、この記事では、中小企業の経営者が知っておきたい役員報酬を決定するための手続きと損金に算入するための要件を紹介します。

2 役員報酬を決定するための手続き

一定の権限を持つ役員が自身の役員報酬を自由に決めると、いわゆる「お手盛り」の懸念があります。そこで報酬の支給については、

定款に定めるか、株主総会の決議が必要

です。

ただし、金額などを変更する際の手続きが煩雑なので定款に定める会社は少なく、多くは株主総会の決議を採用しています。この場合、単年度ごとに支給額を決定する方法の他、

役員報酬の総額の上限を決め(取締役報酬と監査役等報酬は別々)、個別の支給額は取締役会等の決定に委ねる

こともできます。さらに、取締役会の決議により、各取締役の報酬の配分を社長に一任することも可能です。

役員報酬の総額の上限を株主総会決議で決定した場合、上限額に変更がない限り翌年度以降の株主総会決議は不要です。上限額を変更する場合は、取締役会での決議を経て、株主総会でも決議します。

なお、定時株主総会における議案例は次の通りです。

第●号議案 取締役の報酬等の額改定の件

現在の取締役の報酬額は、20XX年6月20日開催の第▲期定時株主総会において年額8000万円以内とご承認いただき今日に至っておりますが、役員報酬体系を見直し、取締役の報酬額を年額1億2000万円以内、監査役の報酬額を年額1500万円以内に改定させていただきたいと存じます。また、現在の取締役の員数は4名、監査役の員数は1名です。

3 役員報酬を損金算入するための要件

1)基本的な考え方

役員報酬を支払えば会社の利益は減少するので、法人税法で経費として認められる範囲で役員報酬を増やせば、法人税等の負担を抑えられます。一方、役員報酬には所得税等が課税されるため、役員報酬を増やせば役員の所得税等は増加します。また、税金ではありませんが、役員報酬に応じて社会保険料(健康保険料や厚生年金保険料)が発生します。社会保険料は労使折半です。

さて、税法上、損金に算入できる役員報酬は次の3種類だけです。

  1. 定期同額給与
  2. 事前確定届出給与
  3. 業績連動給与

ただし、「3.業績連動給与」は適用規定が複雑で、同族会社には適用が認められていないことから、実質的に上場企業等だけ認められている制度です。また、「1.定期同額給与」「2.事前確定届出給与」であっても、役員の職務などに照らして不相当に高額であると判断された場合、高額とされた部分(適正額を超える部分の金額)は損金に算入できません。

2)定期同額給与

定期同額給与とは、

支給時期が1カ月以下の一定の期間ごとの給与で、その事業年度の支給額が同額のもの

です。一度決定したら、原則として事業年度内に変更できません。そのため、利益が予想より多く出そうなので事業年度内に役員報酬を増額した場合、当初決定した月額報酬のみが損金として認められ、増額部分は損金に算入できません。

なお、新型コロナウイルス感染症の影響で損益が急激に悪化した場合などは、事業年度の途中であっても、役員報酬の支給額を変更することができます。

3)事前確定届出給与

事前確定届出給与とは、

「いつ、誰に、いくら」支給するかを事前に所轄税務署長に届け出て、その通りに支給するもの

です。いわゆる「役員賞与」も、事前に届け出ていれば損金に算入できます。ただし、支給日や支給額が届け出の通りでなければ、全額が損金に算入できません。

なお、届け出の期限は、原則として以下のいずれか早いほうです。

  • 株主総会等で支給の決議をした場合、決議をした日から1カ月を経過する日
  • 事業年度の開始日から4カ月を経過する日

4 (参考)代表的な役員報酬の種類・スキーム

コーポレートガバナンス・コードの適用もあり、上場企業を中心にさまざまな種類の役員報酬が導入されているので、参考として紹介します。

  • 金銭報酬:基本報酬、賞与、退職慰労金、業績連動報酬、株価連動型報酬
  • 株式報酬:ストック・オプション、リストリクテッド・ストック、パフォーマンス・シェア

金銭報酬としては、

  • 業績連動報酬:業績指標に連動して金額が変わる報酬
  • 株価連動型報酬:会社の株価に連動して金額が決定される報酬

の導入が見られます。

また、株式報酬を導入する企業も増えています。ストック・オプションに加え、

  • リストリクテッド・ストック:譲渡制限付株式。金銭報酬債権を役員に付与し、本債権による現物出資で譲渡制限付株式を取得させるスキーム
  • パフォーマンス・シェア:業績連動型株式報酬。目標の達成度合いに連動した自社株を付与するスキーム

といった、自社株を報酬とする制度が広まりつつあります。

これらは上場企業ないし上場準備企業でなければ現実的ではありませんが、最近の動向として押さえておくとよいでしょう。

以上(2025年2月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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部下のHさんが「金曜日だけ1時間早く退勤したい」、どう声をかけますか?/ 武田斉紀の『次世代リーダーに必須の コミュニケーション習慣』【実践編】(9)

書いてあること

  • 主な読者:会社経営者・役員、管理職、一般社員の皆さん
  • 課題:コミュニケーションに関わる知識やノウハウは、頭では理解できても、実際の場面で使いこなせるようになるまでには高いハードルがあるものです。
  • 解決策:前回シリーズ『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』での知識やノウハウを聞いただけではまだ一歩を踏み出せない、あるいはトライしてみたがうまくいかないという方のために、新シリーズでは【実践編】として社内の“あるある”場面を想定した質問に対して一緒に考えながら、実践イメージを膨らませていただきます。またリーダー側の視点とは別に、若手社員側の視点による上司世代との上手な付き合い方のヒントも紹介していきます。リーダー世代と若手社員とのコミュニケーションギャップを埋めることは、世界を舞台にスピーディな成長をめざす日本企業にとっても喫緊の課題だからです。

1 部下のHさんが「金曜日だけ1時間早く退勤したい」、どう声をかけますか?

今シリーズは、前シリーズ『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』の実践編としてお送りしています。毎回実際にありそうなさまざまなシチュエーションを想定して、その際にどんなコミュニケーションを取るのが望ましいかを一緒に考えていきます。

前回第8回では、任された仕事に不満を覚えている部下とのコミュニケーションのあり方について、上司、部下、それぞれの立場から考えてみました。いかがだったでしょうか。

今回は課題[事例8]です。以下に再掲しますので、前回皆さんが考えてみた解答を思い出してみてください。まだ考えていなかった方もぜひ考えてみてください。自ら考えないで、解説だけを読んでいても身に付きませんよ。

—————————

Q.部下のHさんに対して、あなたはこの後、最初にどんな声をかけますか? また、それを考える際に注意するべきポイントを3つほど挙げてください。書かれているさまざまな要素を考慮してみましょう。

[事例8]

〇あなたの部下のHさんの職場での表情がさえないのが気になっています。昼休みになるとため息をつきながら、肩を揉むような姿を何度も見かけます。

〇ある日、Hさんが「ちょっといいですか?」とあなたに声をかけ「大変申し訳ないのですが、プライベートのことでしばらく金曜日だけ1時間早く退勤させていただくことは可能でしょうか。その分、朝1時間早く出社するようにしますので……」と相談がありました。

—————————

テーマは「部下のプライベートの問題」です。これまで同様、起こっている事象を整理することから始め、現場で起こっていることの可能性を探ってみましょう。

2 部署がどんなに忙しい状態でも、部下からの相談を面倒くさがらない

あなたの部署が人手不足で、かつ最も忙しい状態だったらどうでしょう。あなたは上司としてろくに話も聞かずに、「Hさん、今うちの部署がどういう状態なのか分かっていますよね。1人だけわがままを言わないでください」と、迷惑そうにぴしゃりと跳ね返すでしょうか。

いくら人手不足で多忙を極めていたとしても、さすがにそんな対応はしませんよね。

事例を使っての『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』の実践編も今回で8回目です。皆さんもそろそろ慣れてこられたのではないでしょうか。

最終的にHさんの希望をそのまま受け入れられるかどうかは別として、

部下から相談があった場合は“まず「傾聴」してみる”こと。

どんな状態にあろうと、あからさまに「面倒くさいな」という顔をしてはいけません。

Hさんは「その分、朝1時間早く出社するようにしますので」と添えています。職場の状況を理解し、申し訳ない気持ちで相談してきたのでしょう。

「傾聴」のための面談の10分や20分なら互いに確保できるはずです。本人が許せば休憩時間を利用してもいいでしょう。

冷静になって相談相手の話を「傾聴」してから対処を考えたほうが、すっきりと解決して近道となることが多いものです。

長い目で見ても、会社や部署、あなたとHさんとの関係構築においてもプラスに作用します。

Hさんの相談は退勤時間に関わること、つまり働き方です。

「働き方改革」が叫ばれて久しいですが、その趣旨は社員が日々健康に業務に集中できて成果を発揮できる環境を用意すること、会社としては人材を活かし結果として生産性と付加価値を高めることです。

社員が働く上でのプラスになるのであれば、会社や部署としてはできる限り善処するというのがあるべき基本スタンスといえるでしょう。

後はHさんの希望と背景を詳しく聞いた上で、部署の状況も勘案しながら上司としてどんな対応方法が用意できるかを考え、Hさんと話し合って判断するといいでしょう。

3 改めて、「傾聴」に当たって注意するべき点

いざHさんから話を聞くに当たって、先に伝えておきたいのは今挙げた基本方針、「社員が働く上でのプラスになるのであれば、会社や部署としてはできる限り善処する」という点です。

なるべく希望に沿うように善処したい旨を告げて、詳しい話を聞くための時間をHさんに取ってもらいましょう。本人が「プライベートのことで」と断っている以上、周囲に聞かれない環境を用意してあげるのが前提ですね。

本来、プライベートは仕事とは別と考えるべきですが、1人の人間が関わる以上、切り離せない状況は発生します。Hさんもそのはざまで悩んでいるのでしょう。上司としてはこれらの点にも配慮して、「傾聴」の前に一言、声をかけてあげたいところです。詳しくは、後ほど紹介します。

「傾聴」に当たっては、事前に予想や仮説を立ててみてもよいですが、本番では予断を持たずに臨みましょう。「傾聴」の基本は繰り返すまでもありませんが、「相手の話をよく聴き、共感を示す」ことです。

相手のほうに体を向けて適度に視線を合わせ、「うなずきや相槌(あいづち)」「承認(なるほど、そうですかなど)」「共感(それは大変でしたね、すごいですねなど)」といった言葉や表情、動きを交えながら行いましょう。「反応しているつもり」ではなく、少し大げさなくらいでいいのです。それでようやく他人に伝わります。

また「相手の話は最後まで聞く」こと。1)予め答えを用意したり誘導したりしない。2)途中でさえぎったり、決めつけたりしない。3)まとめたがらない、結論を急がない。普段、部下の話を聞く際に、当てはまる点はありませんか? メモを取りながら聞くと相手は安心できます。

より相手の状況を理解し、共感を示すためには、相槌をうちながら質問を挟んでみましょう。例えば、「それは大変ですね。あなたはどんな気持ちでしたか?」「それは良かったですね。あなたもうれしかったのではないですか?」といったように。

相手の話を受け止めて、その時の気持ちを聞いてあげるだけで、相手は心を開きやすくなります。相談の背景もより立体的に捉えられて、後で「これも話しておくべきだった(聞いておくべきだった)」と悔やむこともなくなり、より正しい判断ができるようになるでしょう。

4 上司が最初にかけるべき言葉とは?

部下のHさんに最初にかける言葉は次のようなイメージです。

「“しばらく金曜日だけ1時間早く退勤したい”という相談ですね。部署としても会社としても、Hさんが業務に集中できるよう、できる限り働きやすい環境を用意したいと考えていますので、詳しい話を聞かせてもらえますか? 時間を取って話しましょう」

“部署としても~考えていますので”までは、会社や部署としての基本方針を伝える大事なポイントです。社員が業務に集中できるようになるのであれば、できる限り善処したいという意向を示し安心してもらいましょう。

同時に今回、本人が「プライベートのことで」と断っているので、次の一言を添えたいところです。

「プライベートのこととはいえ、今回の希望に関わる部分についてはできれば詳しく聞かせてほしいし、そのほうが判断もしやすくなると思います。秘密にしておきたい部分は他言しませんので、可能な範囲で正直に教えてください」

他のメンバーに聞かれることのない、本人の話しやすい環境を用意してあげましょう。

ちなみに、私はあえてこの時点では、Hさんの「職場での表情がさえない、ため息をつきながら肩を揉んでいる」姿には触れません。今回早退を希望する理由とつながっているかもしれないし、つながっていないかもしれないからです。予断は禁物です。

「傾聴」した後に、つながっていればそこで触れればいいし、つながっていなければ本人の話とは別に、こちらから「実は最近少し気になっているのですが……」と話しかけてみるといいでしょう。

本人からは言い出しにくいけれど、早退理由より重大な話が隠れていることもあります。例えば、早退は一時的な家族に関わる問題で、それとは別に自身が大病を抱えていたといったケースです。

重大な体調の変化から来る表情や動作に本人さえ気付いていない場合もあります。上司は日ごろから部下の様子をよく観察しておくことが大切ですね。

5 上司は本人の希望そのままだけでなく、幅広い選択肢を用意しベストを探る

ポイントを整理しましょう。

【今回の3つのポイント】

1 部署としても会社としても、社員が業務に集中できるよう、できる限り働きやすい環境を用意したいと考えている旨の基本方針を伝え、詳しい話を聞ける時間を設定する(プライベートの理由であることに配慮しつつ、今回の希望に関わる部分については可能な範囲で詳しく聞かせてもらえるように依頼し、安心して話せる環境を用意する)

2 予断を持たず、「傾聴」して相談相手の詳しい現状や背景と、希望内容を確認する

3 他に気になっている点があれば触れて、総合的に本人にとってより良い選択肢を幅広く考えた上で、話し合って対処方法を決める

1、2、についてはすでに詳説しましたので、3について補足します。

Hさんの詳しい現状や背景と、希望内容を確認できたら、なるべく希望をかなえられるような方法を一緒に考えていきましょう。たとえ全ての希望をかなえるのが困難な場合でも、可能な範囲で最善の方法をぎりぎりまで考えてあげることは、本人のモチベーションや互いの信頼関係にもつながります。

ここで上司であるあなたには、本人からの申し出に限定せずにより良い方法を考えて選択肢として提示してあげてほしいのです。どこまで選択肢を用意できるかが、上司の腕の見せ所です。

例えば、“しばらく金曜日だけ1時間早く退勤したい”と本人が言っているものの、事案を客観的に判断すれば1時間では足りない、金曜日だけでは足りないのではと感じたらどうでしょうか。もう少し踏み込んだ働き方の見直しを、あえて上司から提案するのです。

一方で早退は家族の送迎や介護のためで、「職場での表情がさえない、ため息をつきながら肩を揉んでいる」姿の裏で、本人がもっと重大な健康上の問題を抱えていることが分かったとしましょう。この場合、まとまった期間の休業をあなたから提案することも必要です。

その間の給与が心配なのであれば有休の消化や、社内や公的な制度の活用なども探りましょう。休業による業務の遅延が心配なら、他部署からの応援や外部ソースを一時的に活用するなど、いかようにも考えられます。その発想ができるのが上司の裁量です。

また、上司としては重大な問題と感じながら本人に自覚がないようなら、客観的な事実を伝えてすぐに専門家に相談するよう積極的に促すことも必要でしょう。

「傾聴」によって総合的な視点を持ち、本人と組織の双方にとってより良い選択肢を幅広く用意できる人こそが、優秀で部下も信頼できる上司になれるのです。

少なくとも今回のような“しばらく金曜日だけ1時間早く退勤したい”程度の条件が不可能などということはないですよね。問題は他の選択肢も含めて、忙しくしている職場の他のメンバーの理解を得られるかどうかでしょう。

たとえ1時間でも「どうしてHさんだけ特別扱いなのか」となれば、職場の士気や一体感が失われるかもしれません。Hさんもつらいでしょうし、本来目指すべきはずだった「社員が働きやすい環境」からは程遠くなってしまいます。

同じ職場で働く仲間として、可能な範囲でHさんからもメンバーに対して説明してもらいながら、上司としてはHさんと話し合った方向性でまとまるように全力で支援していきましょう。

できればHさん、そして職場のメンバーにも、「前向き発想」の言葉を添えるのを忘れずに。

例えば「皆さんも個人的なことで相談があれば、遠慮なく相談してくださいね。部署としても会社としても、皆さんが業務に集中できるよう、できる限り働きやすい環境を用意したいと考えていますので。困ったときはお互い様、全員で力を合わせてがんばっていきましょう!」

最後に、逆に皆さんがHさんの立場だとして、できることを考えてみましょう。

“しばらく金曜日だけ1時間早く退勤したい”程度のこととはいえ、イレギュラーな働き方をお願いする立場です。上司との日ごろの関係性もあるでしょうし、プライベートは仕事とは別という気持ちがあったとしても、できる限り詳しい説明をした上で相談するべきでしょう。

そのほうが上司だけでなく、メンバーからの理解も得やすいはずです。必要以上に気兼ねすることなく退勤できるでしょうし、むしろ応援してくれるかもしれません。また、優秀な上司であればあるほど、あなたの提示を超えるより良い提案を用意してくれるはずです。

6 目標未達の部下Iさんから、ある日思いつきのような企画提案が、どう声をかけますか?

次回に向けた課題[事例9]を紹介します。

—————————

Q.部下のIさんに対して、あなたはこの後、最初にどんな声をかけますか? また、それを考える際に注意するべきポイントを3つほど挙げてください。書かれているさまざまな要素を考慮してみましょう。

[事例9]

〇部下のIさんが、ある日の朝突然、「新しい企画を考えたんですけど、ぜひ聞いてください」と興奮気味に話しかけてきました。

〇課の目標達成の期限が間近に迫っていました。課の多くのメンバーは、すでに目標を達成したりほぼ確実にしたりしていますが、Iさんを含めた数人の達成がもう少しのところで見通せないため、課としての目標達成が不確実な状況です。

—————————

テーマは「モチベーションの育て方」です。これまで同様、起こっている事象を整理することから始め、現場で起こっていることの可能性を探ってみましょう。皆さんの職場でも似たようなケースはありませんか。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

すでにシリーズもあと数回を数えるところまできています。日常で事例と近いシーンがあれば、ぜひ『新たな3つのコミュニケーション習慣』の実践にトライしてみてください。

次回もお楽しみに。

<ご質問を承ります>

ご質問や疑問点などあれば以下までメールください。※個別のお問合せもこちらまで

Mail to: brightinfo@brightside.co.jp

※武田が以前上梓した書籍『新スペシャリストになろう!』および『なぜ社長の話はわかりにくいのか』(いずれもPHP研究所)が、ディスカヴァー・トゥエンティワンより電子書籍として復刻出版されました。前者はキャリア選択でお悩みの方に、後者はリーダーやトップをめざしている方にお薦めです。

『新スペシャリストになろう!』 https://amzn.asia/d/e8GZwTB

『なぜ社長の話はわかりにくいのか』 https://amzn.asia/d/8YUKdlx

以上(2025年3月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
https://www.brightside.co.jp/

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【入社1年目の教科書】ビジネス文書は誠実さの証し。何が必要か、ビジネスの流れで考えてみよう

書いてあること

  • 主な読者:ビジネス文書の種類が多すぎて混乱している新入社員
  • 課題:そもそもビジネス文書がなぜ必要なのか分からない
  • 解決策:ビジネス文書は、「なぜ、必要なのか?」を理解する

取引先との商談は順調で、何だかうまくいきそうだぞ。商談は先輩がやってくれているけど、私もオンラインミーティングの設定とか、議事録の作成とかで貢献している。ところで、今回のビジネスではうちも設備投資が必要で、「稟議(りんぎ)書」を書かないといけないそうだ。初めて聞く書類の名前だけど、何を書けばいいのかな……。

1 (質問)ビジネス文書の「並べ替え」ができますか?

ビジネスでは、さまざまな文書が登場します。ビジネス文書を作成したり、保管したりするのは面倒ですが、

ビジネス文書は、誠実にトラブルなくビジネスを進めるために必要なもの

です。例えば、「請求書」は法律で保管が義務付けられていますし、会社が架空請求などルール違反をしていないことを示します。また、設備投資などの場合は「稟議書」を作成して決裁者の承認を得ます。会社のお金を使う以上、しっかりと関係者の承認を得ないといけないわけで、それを稟議書で行っているのです。

となると、皆さんは代表的なビジネス文書を覚えなければなりません。以下は代表的なビジネス文書ですが、これらをビジネスの流れに沿って並べ替えることができるでしょうか? ビジネス文書が何のために必要なのかを意識していれば、すぐに並べ替えられるようになります(答えは最終章にあります)。

納品書、提案書、検収書、注文書(発注書)、支払通知書、注文請書(受注書)、領収書、請求書、見積書、契約書

2 何のために必要なのかを考える

ビジネス文書が面倒に感じるのは、フォーマットが分かりにくく、独特の言い回しがあるからでしょう。また、稟議書などは、「毎月、◯日が締め切りで、それまでに提出しなければ来月にならないと承認されない」といった不自由さもあります。

ただ、フォーマットや表現は慣れの問題ですし、スケジュールも先輩に質問すればよいだけです。それよりも皆さんは、

そのビジネス文書は、何のために作成されるのか?

を把握するようにしましょう。ビジネス文書がなぜ必要なのかが理解できれば、訳も分からず作成することはなくなります。一般的なビジネス文書は次の通りです。会社によって名称などは異なりますが、まずは「何のために」をざっくりと把握しておけば十分です。

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3 紙からデータへ、フォーマットから平文へ

今どきは、ビジネスを支援するさまざまなツールが登場していて、契約書や領収書などのビジネス文書もデータでやりとりされるようになってきています。紙の場合と勝手が違うところもあるので、先輩に教えてもらいながら、きちんとツールを使えるようになりましょう。

また、リモートワークをしている会社の場合や注文金額が小さい場合などは、正式なフォーマットではなくメールの平文で発注をもらい、その返信で受注の意思表示をすることもあります。後々トラブルにならないように、形の残る方法でやりとりすることが不可欠です。

4 (答え)ビジネスの流れと必要なビジネス文書

冒頭で示した質問の答えは次の通りです。もうお分かりですよね。

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以上(2025年1月更新)

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画像:Mariko Mitsuda

採用活動で応募者のSNS調査を行うことは是か非か?

1 SNS調査をこっそりと行うのはNG

社員がSNSに投稿した不適切な内容で「炎上」や「情報漏洩」が起きてしまったら、会社にもダメージが及ぶかもしれません。採用内定を会社都合で取り消したり、社員を解雇したりするのは容易ではないため、リスクをなるべく減らす目的で行われるのが

SNS調査やリファレンスチェック(以下「SNS調査など」)

です。

  • SNS調査
    履歴書や面接の情報を基に、応募者のSNSの実名アカウントを調べて、投稿内容を確認すること。そこから出身地や誕生日などが一致する匿名アカウントを探し、プロフィール情報やフォローしている友人などから応募者本人かどうかを判別し、投稿内容を確認することを「裏アカ調査」という

  • リファレンスチェック
    履歴書や面接の情報を基に、応募者の前職の勤務状況や人物像について関係者に問い合わせること(中途採用の場合)

SNS調査などをすれば、履歴書や面接からは分からない応募者の「素の人柄」を知ることができるかもしれません。とはいえ、SNSは私生活の投稿です。勝手にSNS調査などを行っていいのかという疑問も残ります。

実際のところは、

SNS調査などは非常にグレーであり、こっそりと行うのはまずNG

です。この記事では、その理由を紹介します。

2 SNS調査などがグレーな理由

1)「SNS調査などに利用します」と通知する?

履歴書や面接を通じて得られる応募者の情報は「個人情報」です。個人情報の取得には、利用目的を特定の上、その目的の通知または公表しなければなりません。本人から直接書面で取得するなら、あらかじめ利用目的を明示します。

ですから、応募者の個人情報をSNS調査などのために利用するのであれば、その旨を、通知または公表する必要があります。ただし、個人情報をSNS調査などのために利用することを通知または公表すると、応募者の反感を買う恐れがあるので、あまり現実的とはいえません。

2)実名アカウントの閲覧まではOK。でもそれ以上はNG

厚生労働省職業安定局「募集・求人業務取扱要領(令和6年10月)」では、会社や会社から委託を受けた採用募集代行業者が応募者の個人情報を収集する場合、次のような適法かつ公正な手段を取らなければならないとされています。

  • 本人から直接収集する
  • 本人の同意の下で本人以外の者から収集する
  • 本人により公開されている個人情報を収集する など

応募者が実名アカウントで、公開範囲を限定せずにSNSに投稿している内容を確認することは問題ないでしょう。ただし、それ以上進めて、「裏アカ調査」やリファレンスチェックをするには、応募者の同意を得る必要があると考えられます。

3)採用活動で利用するなら、利用目的の通知または公表が必要

個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」では、

個人情報を含む情報がインターネット等に公開されている場合、単にこれを閲覧するだけで、転記等を行わないのであれば、個人情報を取得しているとはいえない

とされています。

SNSの投稿は、不特定多数の人に見られることを前提としているので、応募者が公開アカウントでSNSに投稿している内容を確認するだけなら、個人情報の取得には当たりません。しかし、採用の検討材料にするなら、個人情報の取得に当たると考えられ、利用目的を特定の上、その目的を通知または公表することが必要です。

例えば、ディー・エヌ・エーグループの採用活動におけるプライバシーポリシーでは、利用目的の1つとして、

当社グループの採用選考に際し、候補者の適格性を評価するため(これには、バックグラウンドチェック、リファレンスチェック、その他の確認手続を含みます)

と記されています。「バックグラウンドチェック」と表記するなどの工夫もされています。

4)収集してはならない情報がある?

職業安定法では、事業主が求職者から情報を取得する場合につき、取得目的を制限しています。また、職業安定法に基づく指針(平成11年労働省告示第141号、最終改正令和6年厚生労働省告示第318号)では、以下の情報を、原則として収集してはならない情報として定めています。

  1. 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となる恐れのある事項(家族の職業、収入、本人の資産などの情報、容姿、スリーサイズなど)
  2. 思想および信条(人生観、生活信条、支持政党、購読新聞・雑誌、愛読書など)
  3. 労働組合への加入状況

例外的に、これらの情報であっても収集目的を示した上で本人から収集することができるケースもありますが、特別な職業上の必要性がある場合などに限定されています。不用意に収集すると職業安定法に基づく改善命令が発出される場合があり、この命令に違反すると、罰則(6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金)の対象になります。

なお、これらの情報は、個人情報保護法の「要配慮個人情報」と一部重複しますが、

要配慮個人情報は本人の同意があれば収集できるのに対し、職業安定法に基づく指針の「収集してはならない情報」は、文字通り、原則として収集不可

となっている点に注意が必要です。

SNSには個人の考えなどを投稿することもあり、そこに「収集してはならない情報」が含まれる可能性は十分にあります。

5)調査代行業者への依頼やリファレンスチェックは個人情報の「第三者提供」

SNS調査などを代行する専門業者(以下「調査代行業者」)もいますが、調査代行業者への依頼は個人情報の「第三者提供」に当たると考えられます。調査代行業者が独自に調査した結果と、応募者の個人情報の突合は、企業の「委託」では不可能だからです。同様に、調査代行業者が依頼元の企業に個人情報を含む調査結果を渡すことも第三者提供に当たると考えられます。

個人情報の第三者提供を行う場合、あらかじめ本人の同意を得る必要があります。2022年4月に改正個人情報保護法が施行されたため、第三者提供に係る記録の開示請求手続に対応する必要があります。

同様に、リファレンスチェックも、履歴書や面接の個人情報を前職の企業に渡すことになるため、第三者提供に当たると考えられます。

3 SNS調査などがはらむリスク

このように、利用目的を明らかにして本人の同意を得られれば、SNS調査などを実施できることになりますが、懸念は残ります。例えば、「バックグラウンドチェックをします」と説明されても、応募者は「裏アカ調査」をされると認識できないでしょう。また、志望先の企業からSNS調査などの同意を求められたとき、それを拒否するのは難しいかもしれません。

この他、同姓同名の他人の情報との取り違いや、悪意の第三者によるなりすましが起こらないかといったことも危惧されます。

日本労働組合総連合会「就職差別に関する調査2023」によると、採用試験を3年以内に受けた15~29歳の男女計1000人のうち、

  • 「採用選考過程において、企業からSNSアカウントを調査する旨の通知を受けたことがある」という回答が11.7%
  • 「採用選考過程において、企業からSNSアカウントを調査されたことがある」という回答が10.7%

となりました。また、それぞれ「わからない」という回答が25.0%、29.3%を占めており、 さらに多くの調査が行われている可能性もあるといいます。

さらに、SNS調査などは「身元調査」にもなり得ます。このような調査の結果、目にしてしまった情報をもとに無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)が生じ、新たな就職差別につながる恐れもありますので、注意が必要です。

以上(2025年2月更新)
(監修 Earth&法律事務所 弁護士 岡部健一)

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