よくある契約書の構成、「条・項・号」、用語の使い分け/弁護士が教える契約・契約書の基礎知識(2)

1 パターンが決まっている「契約書の基本的な構成」

契約書で定める事項に決まった作り方があるわけではありません。しかし、契約書の基本的な構成はおおむねパターンが決まっていて、

タイトル、前文、本文、後文、契約締結日、署名(記名押印)

となっています。

早速、業務委託基本契約書のイメージを確認してみましょう。

(図表)業務委託基本契約書のイメージ

業務委託基本契約書のイメージ

(出所:弁護士監修のもと、日本情報マート作成)

1)タイトル

タイトルとは、「業務委託基本契約書」「売買契約書」「秘密保持契約書」などの表題のことです。タイトル自体に契約の法的効力への影響はなく、自由に付けることができます。ただし、実務上は、契約内容が一目で分かるようなものにします。

また、契約書を「契約書」「契約証書」「覚書」などとすることもあります。こちらもタイトルによって法的効力が変わることはありませんが、実務上は次のように使い分けられることが多いです。

  • 契約書、契約証書:契約当事者双方が権利・義務関係を明確にして、両者が連名で調印する場合
  • 念書、誓約書:一方の契約当事者だけが自分の義務履行を承認して、相手方に差し入れる場合
  • 覚書、協定書:契約条項の解釈や前提事実を明確にするために、主たる契約に付随して作成する場合

2)前文

前文とは、「○○(以下「甲」という)と、□□(以下「乙」という)は、△△について次の通り契約を締結する」といった文言です。契約当事者は誰なのか、契約の目的は何であるのかなどを明らかにします。

3)本文

本文は、一般条項と主要条項に大別されます。

一般条項とは、契約内容にかかわらず、共通して定められることの多い条項です。「解除条項」「損害賠償条項」などがあります。

主要条項とは、一般条項以外の条項です。個々の契約書で大きな違いが生じます。

契約書に記載する順番は、言葉の定義など以降の内容に関わってくる条項や、基本的なもの(売買契約であれば、甲が乙に◇◇を販売するなど)から記載していくのが一般的です。また、一般条項の一部は、契約書の後半にまとめて記載することが多いです。

4)後文

後文とは、「上記合意成立の証しとして、本契約書2通を作成し、甲乙各々署名捺印の上、甲乙各1通を保有する」といった文言です。契約書原本の作成通数、保有する者などを定めます。

5)契約締結日

いつ契約を締結したかが分かるように、契約締結日を記載します。契約書に特別な定めをしていなければ、当該日付が契約の効力発生日と推定されます。なお、本来的にはこのようなことは望ましくありませんが、交渉や手続きの遅れなどからバックデート(日付の遡及)をせざるを得ないことがあります。この場合、契約書に特別な定めをしていなければ、過去に遡って契約に基づく履行義務が生じることになるため注意が必要です。

6)署名(記名押印)

契約当事者(または、その代理人)の署名または記名押印がある契約書は、契約当事者の意思に基づいて成立したものであると推定されます。署名がされておらず、記名だけの場合は、押印もすることで署名と同じ効力があるとされています。また、日本においては、実務上、署名だけではなく、併せて印鑑も押すのが通常です(署名捺印)。

  • 署名:本人が自筆で自分の名前を記すこと
  • 記名:パソコンの印字など、署名以外の方法で自分の名前を記すこと
  • 押印:紙での契約の場合は印鑑を押すこと、電子契約の場合は電子署名または電子押印すること

なお、最近は電子契約システムを利用した契約締結方式も多くなっています。このシステムを利用する場合、署名や記名押印も全て電子で行われます。この点については、以下のコンテンツで解説しています。

2 条・項・号の違い

契約書の内容を確認する際は、「第○条第○項第○号で定めてあります」「第○条の前段と第○条の但書は矛盾していませんか?」といったように、該当箇所を特定して協議をします。

しかし、条・項・号、柱書(はしらがき)、但書、前段、後段の違いを正確に理解していないと、契約内容の確認などの際に、契約当事者間で認識に相違が生じる恐れがあります。そうしたことがないように、以下で基本的な構成を理解しましょう。

1)基本的な構成

1.条・項・号

基本的な構成は条・項・号となります。項は条を細かくしたもの、号は項を細かくしたものです。条の内容が比較的シンプルで、条件などを列挙する場合は、項を飛ばして号が定められることもあります。

なお、契約書によっては条の数が多くなり、内容が分かりにくくなるケースがあります。このような場合は、条の上位の階層に「章」を置いて整理します。

2.項と号の番号に注意

項と号には「1」「(1)」「一」などの番号を付けます。項と号の番号の付け方が同じだと紛らわしくなるので使い分けましょう。

第1項には「1」「(1)」「一」の項番号を付けず、第2項から「2」「(2)」「二」などと付け始めるのが基本です。契約書のひな型などを見ると、第1項から項番号を表示しているものが少なくありませんが、これは分かりやすく表記しているためです。

また、書き方として、号は体言止めにするのが基本です。

2)柱書

柱書とは、条項の中に、号によって項目が箇条書きにされている場合、その号を除いた部分を指します。

3)但書

但書とは、文字通り「但し」という記述から始まり、前文や本文に補足などを加えている部分を指します。

4)前段、後段

前段とは、条項の文章が句点で2つの文に分かれている場合の前半の文、後段とは、同じく後半の文を指します。しかし、後半の文が「但し」で始まる場合は、後段ではなく但書と呼びます。

ちなみに、条項の文章が3つの文に分かれている場合、真ん中の文を中段と呼びます。

第1条(条・項・号など基本的な構造)

これが第1条第1項である。但し、第1項には項番号を付けないのが基本であり、この文は但書である。

2 これが第1条第2項の前段である。これが第1条第2項の後段であり、ここまでを柱書という。

一 これが第1条第2項第1号。

二 これが第1条第2項第2号。

3 契約書でよく見かける、紛らわしい用語の使い方

1)正しい使い分けは意外と難しい?

契約書の作成や確認の際に困るのは、契約書でよく見かける独特の表現です。例えば、「又は」と「若しくは」はどのように使い分ければよいのか、「直ちに」と「速やかに」にはどのような違いがあるのかといったことで、迷ったことはないでしょうか。

ここでは、契約書でよく見かける表現ではあるものの、使い方や解釈に迷ってしまう契約書独特の表現について整理してみましょう。

2)契約書でよく使われる接続詞

1.「又は」「若しくは」

「又は」と「若しくは」は、いずれも「or」を意味する接続詞です。接続する内容が同一グループの場合、最後だけ「又は」を使います。

例)リンゴ又はバナナ
例)リンゴ、バナナ又はイチゴ

以上は全て「果物」という同一グループ内の接続ですが、ここにタコという「魚介」のグループが加わったらどうでしょうか。大きなグループ(果物と魚介)と、小さなグループ(果物グループの中のリンゴとバナナなど)がある場合は、大きなグループは「又は」、小さなグループは「若しくは」でつなげます。

例)リンゴ若しくはバナナ又はタコ
例)リンゴ、バナナ若しくはイチゴ又はタコ

イメージ

2.「及び」「並びに」

「及び」と「並びに」は、いずれも「and」を意味する接続詞で、基本的な使い方は「又は」と「若しくは」と同じです。接続する内容が同一グループの場合、最後だけ「及び」を使います。

例)リンゴ及びバナナ
例)リンゴ、バナナ及びイチゴ

また、大きなグループ(果物と魚介)と、小さなグループ(果物グループの中のリンゴとバナナなど)がある場合は、大きなグループは「並びに」、小さなグループは「及び」でつなげます。

例)リンゴ及びバナナ並びにタコ
例)リンゴ、バナナ及びイチゴ並びにタコ

3)ややこしい表現を正しく理解する

1.「することができる」「するものとする」「しなければならない」

契約書にありがちな文末の表現には、次のような意味があります。

  • することができる:するか否かを選択できる
  • するものとする:することが義務である
  • しなければならない:することが義務である

「するものとする」という表現には、「しなければならない」ほどの言い回しの強さはありませんが、意味は同じと考えてよく、義務であることに変わりありません。

2.「推定する」「みなす」

「推定する」と「みなす」には、次のような意味があります。

  • 推定する:反証を許す
  • みなす:反証を許さない

「推定する」ことと「みなす」ことの違いは、反証があるときの考え方です。例えば、「冬に収穫した赤い果物はリンゴと推定する」場合は、冬に収穫された果物が実はイチゴであるという明確な証拠があれば覆る可能性があります。しかし、「冬に収穫された赤い果物はリンゴとみなす」場合は、事実とは関係なく、冬に収穫された赤い果物をリンゴと捉えるため、たとえ赤い果物がイチゴであったとしても、それはリンゴとして取り扱うことになります。

3.「直ちに」「速やかに」「遅滞なく」

スピードを示す表現には、次のような意味があります。

  • 直ちに:一切の間を置かず、即時に
  • 速やかに:できるだけ早く
  • 遅滞なく:事情が許す限り、最も早く

速い順に表すと「直ちに > 速やかに > 遅滞なく」となります。ただ、いずれも「○日以内」といった具体的な基準にはなりません。そのため、契約書には必要に応じて「3営業日以内」などと定めたほうがよいでしょう。

4.「その他」「その他の」

「その他」と「その他の」には、次のような意味があります。

  • その他:並列関係 例)リンゴ、バナナ、イチゴその他果物
  • その他の:包含関係 例)リンゴ、タコその他の食材

「その他」は並列なので、果物は全て横に並ぶイメージです。一方、「その他の」は包含関係なので、食材という大きな概念の中に、リンゴ、タコが含まれているイメージです。

5.「時」「とき」

「時」と「とき」には、次のような意味があります。

  • 時:時点を指す
  • とき:仮定的条件を指す

例えば、「契約締結の時」とあれば、契約を締結した時点となります。また、「疑義が生じたとき」とあれば、疑義が生じた場合となります。「とき」については、「場合」と読み替えてほぼ問題ありませんが、仮定的条件が2つ以上重なる場合は、大きい条件に「場合」を使い、小さい条件に「とき」を使います。具体的には次の通りです。

第○条

次の各号に該当する場合は、速やかに相手方に報告するものとする。

一 相手方に不利益を与えるおそれがあるとき。

二 ……。

いかがだったでしょうか? 契約は非常に身近な法律行為なので、プライベートではいちいち契約書を作成しないことが多い一方、ビジネスでは契約書を作成することが基本となっている理由をご理解いただけたと思います。

この「弁護士が教える契約・契約書の基礎知識」シリーズでは、以下のコンテンツを取りそろえていますので、併せてご確認ください。

以上(2024年3月更新)

(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

画像:Andrey Popov-Adobe Stock

【かんたん会社法(6)】株主の権利と株式の種類

書いてあること

  • 主な読者:株主の権利や株式の種類について知りたい人
  • 課題:経営方針の決定や資本政策などに株主の権利がどう影響するかが分からない
  • 解決策:株式には3種類の制約を付けられる。また、9種類の種類株式がある

1 株主の権利と株主平等の原則

1)株主の権利は自益権と共益権

株主は、株式会社(以下「会社」)会社に資本を提供する出資者であり、会社が倒産すれば、出資を失うリスクを負っている実質的な会社の所有者です。そのため、会社が儲かった場合、配当(剰余金)を受け取ったり、経営者を選ぶ権利を持っています。これらを自益権と共益権といいます。

1.自益権

自益権とは、株主が会社から直接経済的な利益を受ける権利です。「剰余金の配当を受ける権利」「残余財産(会社が解散し、清算される際に残っている会社の財産)の分配を受ける権利」などがあります。

2.共益権

共益権とは、株主が会社の経営に参加する権利で、「株主総会における議決権」などがあります。上記の通り、経営者である取締役を選任する決議権が典型です。

2)株主平等の原則

株主としての権利義務は、持っている株式の内容と数に応じて平等でなければなりません。そこで、会社は株主名簿を作成し、次の内容を記載・記録することになっています。

  1. 株主の氏名または名称および住所
  2. 株主が持っている株式の数(種類株式の場合、株式の種類と種類ごとの数)
  3. 株主が株式を取得した日
  4. 会社が株券発行会社である場合は株式の株券番号

会社は、一定の日を定めて、その日に株主名簿に記載・記録されている株主を権利者と定めます。

2 株式の内容

会社の設立や新株発行は、株主を募ることでもあり、同時に出資金を募ることでもあります。様々なタイプの会社や株主の要望に応じられるように、株式の内容を自由に設計できれば、それだけ、資金調達がしやすくなります。それゆえに、会社法では多様な株式を認めています。

1)全ての株式の内容を異なる株式にする

定款で一定の事項を定めることで、全ての株式について普通株式とは異なる取り扱いにすることができます。具体的に次の通りです。

  • 譲渡制限株式:株式を譲渡する際に会社の承認が必要な株式
  • 取得条項付株式:一定の事由が発生した場合、会社が強制的に取得できる株式
  • 取得請求権付株式:株主が会社に対して取得を請求できる株式

2)株主によって株式の権利内容を変える

株主は、原則として、株式の内容と数に応じて平等に扱われなければなりません。しかし、非公開会社(全ての株式について譲渡制限(譲渡にあたり会社の承認が必要)がある旨を定款に定めている会社)の場合、定款に定めることで、剰余金の配当、残余財産の分配、議決権行使について株主ごとに異なる定めができます。例えば、

  • 特定の株主にのみ複数の議決権を与える
  • 保有株式数にかかわらず、頭割りで議決権を与える
  • 特定の株主にのみ保有株式数に応じた金額以上(または以下)の剰余金の配当等を行う
  • 保有株式数にかかわらず、頭割りで剰余金の配当等を行う

といった具合です。

3 9つの種類株式

定款で一定の事項を定めることで、次の9つの種類株式を発行できます。

1)剰余金の配当額が異なる株式

優先株式と劣後株式の両方があります。他の株主の先だって、剰余金の配当を受けられる権利があるのが優先株で、この反対の他の株式より遅れてしか配当を受けられないのが劣後株です。業績が悪いときに等に出資を募りたい場合は、優先株を発行するでしょうし、また、会社に資金援助の必要がある場合に親会社や企業が劣後株を引き受けることがあります。

2)残余財産の分配額が異なる株式

優先株式と劣後株式の両方があります。優先、劣後の関係が、上記の剰余金の配当ではなく、会社解散の際の残余財産の配分において認められる株式です。

3)議決権が制限される株式

株主総会の全部または一部の事項について議決権を行使することができない株式を、議決権制限株式といいます。議決権の制限のない一定の株主が会社支配権を持つことになりますが、一定のベンチャー企業等にニーズがあると考えられています。必ずしも健全な姿とは言えないため、公開会社の場合、議決権のない株式が発行済み株式の1/2を超える場合、これ以下にするための必要な措置を講じなければなりません。

4)株式を譲渡する際に会社の承認が必要な株式

一部の種類の株式についてのみ譲渡制限がある会社は、会社法上の公開会社に該当します。公開会社は、非公開会社に比べて定款で会社の基本的な規則を定める自由度が低く、より厳格な会社法上の規律に従うことになります。

従前からある小規模閉鎖会社を念頭にした制度で、仲間以外の人間の会社参入を防ぐことができましたが、一部の株式だけに譲渡制限も付けられるようになっており、より多様な目的にかないます。

5)株主が会社に取得を請求できる株式

株主は、定款に定められた期間内に請求することで、定款の定めに従い、対価を得ることができます。一定の期間、会社の資金需要を賄いつつ、一定の期間後、会社の配当の負担を減らすことが可能になります。

6)一定の事由が発生した場合、会社が強制的に株式を取得できる株式

会社は、定款に定められた事項が生じたことを株主等に通知・公告し、定款の定めに従い対価を支払うことによって、会社が株主から株式を取得することができる株式です。

7)株主総会の特別決議により、他の株式などと引き換えに会社が取得できる株式

株主総会の特別決議によりその種類の株式の全部を取得することができる株式です。

8)一定の事項につき、株主総会の決議に加え、その種類株主総会の決議が必要な株式

いわゆる黄金株や、拒否権付き株式といわれるものです。その種類株主総会で会社の合併などの総会決議事項を否決することできます。合弁会社やベンチャー企業においてニーズがあるといわれてはいますが、特異な制度ではあります。

9)当該株式の種類株主総会の決議だけで取締役または監査役を選任・解任する株式

ある種類株式の種類株式総会だけで、取締役又は監査役を選任できる株式です。その種類株式総会で選任できる取締役、監査役の人数は、定款で定めなければなりません。これらも合弁会社やベンチャー企業において、ニューズがあるといわれています。なお、委員会設置会社および公開会社はこの株式を発行することはできません。

4 発行済株式の内容を変更する手続き

1)既存の全ての株式の内容を変更する手続き

1.譲渡制限

定款を変更して普通株式に譲渡制限を付ける場合、株主総会の特殊決議が必要です。特殊決議には、議決権を行使できる株主の半数以上であって、当該株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要です。また、反対株主には買取請求権が与えられます。

2.取得条項

定款を変更して普通株式に取得条項を付ける場合、全ての株主の同意が必要です。反対株主に株式買取請求権は与えられません。

3.取得請求権

定款を変更して普通株式に取得請求権を付ける場合、株主総会の特別決議が必要です。特別決議には、議決権を行使できる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要です。反対株主に株式買取請求権は与えられません。

2)既存の一部の種類株式の内容を変更する手続き

1.譲渡制限

定款を変更して種類株式に譲渡制限を付ける場合、その種類株式を持つ株主が参加する種類株主総会の特殊決議が必要です。特殊決議の内容や株式買取請求権については、前述した「既存の全ての株式の内容を変更する手続き」と同じです。

2.取得条項

定款を変更して種類株式に取得条項を付ける場合、全ての種類株主の同意が必要です。反対株主がいても、株式買取請求権は与えられません。

3.全部取得条項

全部取得条項付種類株式とは、「7.株主総会の特別決議により、他の株式などと引き換えに会社が取得できる株式」(前述した「2)権利の異なる複数の種類の株式を発行する」を参照)のことです。特別決議には、議決権を行使できる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要です。

定款を変更して、ある種類株式に全部取得条項を付ける場合、その種類株式を持つ株主が参加する種類株主総会の特別決議が必要です。また、反対株主には買取請求権が与えられます。

5 譲渡制限株式を譲渡するための手続き

1)株主からの承認の請求

譲渡制限株式の譲渡人は、譲渡制限株式を発行した会社に対して、譲受人への譲渡を承認するか否かを決定するよう請求します。

2)譲渡の承認の決定など

譲渡人から譲渡承認の請求を受けた会社は、承認するか否かを決定し、その内容を譲渡人に通知します。この通知は、譲渡承認の請求から2週間以内にしなければならず、これを超えると譲渡を承認したものと見なされます。なお、定款に定めることで2週間を短縮できます。

3)会社または指定買取人による買取請求

会社が譲渡を拒否すれば、譲渡人は株式に投資した資本を回収できません。そこで、譲渡人は、譲渡承認の請求に際して、譲渡を承認しない場合は会社または指定買取人が譲渡制限株式を買取るように請求できます。

4)会社または指定買取人による買取り

3)の請求がなされ、会社が株式譲渡を承認しない場合、会社は、会社が買取るか、別の買取人を指定するかを決定します。

会社が買取る場合、会社は2)の通知をしたときから40日以内(これを超えた場合、譲渡を承認したと見なされる)に、1株当たり純資産額に買取る対象株式数を乗じて得た額を供託します。そして、当該供託を証する書面を譲渡人に交付し、譲渡人に株式を買取る旨および買取る株式の種類および数を通知します。

別の買取人を指定する場合、指定買取人は2)の通知をしたときから10日以内(これを超えた場合、譲渡を承認したと見なされる)に、指定買取人が1株当たり純資産額に買取る対象株式数を乗じて得た額の供託を証明する書面を譲渡人に交付します。そして、指定買取人として指定された旨および買取る株式の種類および数を通知します。

5)売買価格の協議

会社または指定買取人から譲渡人に4)の通知があったら、売買価格を協議します。協議が調えば、それが売買価格となります。

6)裁判所による売買価格の決定

4)の通知があった日から20日以内に、裁判所に売買価格決定の申し立てがあれば、裁判所が定めた額が売買価格となります。一方、20日以内に申し立てがない場合は、4)で供託した金額が売買価格となります。

7)留意点

以上は、譲渡人が承認を求める流れです。反対に譲受人から承認を求めることもでき、基本的な手続きの流れは同じです。譲受人が承認を求める場合、「取得した株式の株主名簿上の株主またはその一般承継人と共同で請求」をするか、「確定判決、裁判上の和解、競売、株式移転などで株式を取得したことを示す資料を提供して請求」します。

6 株式に係るその他の制度について

1)単元株制度

単元株制度とは、

定款で一定数の株式を「1単元」と定め、単元株式数(1単元の株式)につき1個の議決権を認める一方、単元株式数に未たなければ議決権を認めない

というものです。単元株制度の目的は、少額出資者の権利(特に「共益権」)を限定し、会社の株主管理コストを削減することです。つまり、一定の株式数を持つ株主だけを対象に議決権行使に関する手続きをすればよいので、業務が効率化できるのです。

一方、単元株制度は、単元未満株主の権利を制限するため、会社法ではこの点に配慮しています。例えば、

  • 単元株式数の上限を1000および発行済株式の総数の200分の1
  • 単元未満株主は会社に株式の買取請求ができる
  • 単元株式数となるように、単元未満株主が会社に株式を売り渡すよう請求できる

ことなどを定めています。

2)株式の分割・併合

株式の分割とは、発行済株式を細分化することです。例えば、1株を10株に分割すると、会社財産は変わらないまま株式総数が増えます。その結果、1株当たりの株価が下がり、株式の流動性が向上します。株式分割は既存株主にはあまり影響がないため、取締役会設置会社は取締役会の決議、その他の会社は株主総会の普通決議で決められます。

株式の併合とは、数個の株式を合わせることです。例えば、2株を1株に合わせると、会社財産は変わらないまま株式総数が減ります。その結果、1株当たりの株価が上がり、株式の流動性が低下します。また、株主管理コストを削減したり、合併や株式交換などに先立って株式の割当比率を調整したりすることができます。

株式の併合によって1株に満たない端数が生ずる場合、会社は端数の合計数に相当する株式を競売などで売却し、売却金を従前の株主に分配することになるので、既存株主にとっては影響が大きい手続きといえます。そこで、株式の併合を行うためには、原則として、株主総会の特別決議が必要です。また、取締役はその株主総会において、株式併合の必要性を説明しなければなりません。

以上(2024年7月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 有村佳人)

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画像:Mariko Mitsuda

「契約」とは何か? 身近だからこそ正しく知ろう/弁護士が教える契約・契約書の基礎知識(1)

1 実はとても身近な「契約」

契約とは、一方の「申し込み」と、もう一方の「承諾」によって成立する法律行為です。

契約はとても身近なものですが、いざ「契約を締結しましょう」と言われたら、ちょっと身構えてしまいます。しかしご安心を。実は私たちの生活は契約だらけなのです。

例えば、仕事では会社と社員は「労働契約」を交わしています。これにより、あらかじめ約束した仕事を社員は行い、その対価として会社は給料を支払います。もっと身近な例では、皆さんがコンビニエンスストア(以下「コンビニ」)でコーヒーやお菓子を買うときなどは、「売買契約」を交わしています。ただ、コンビニの店員が、「今から、このコーヒーについて、売買契約を交わしましょう」などと言っていないだけで、れっきとした法律行為がなされているわけです。

いかがでしょうか。コンビニで買い物をする(売買契約)、レストランで食事をする(役務提供契約)など、これら全てが契約なので、皆さんは、毎日多くの契約を交わしながら生活しているわけです。

この記事では、契約と法律の関係を整理した上で、契約書を作成する理由や、実際に契約を締結できる人は誰なのかについて弁護士が解説します。

2 最初に確認。「契約と法律」の関係

1)「契約自由の原則」とは

契約と法律の関係に関する重要な考え方に、「契約自由の原則」があります。

「契約自由の原則」とは、契約に関する事項は、契約当事者が自由に決めることができ、国家はこれに干渉しないというものです。

「契約自由の原則」は、具体的に次の4つの自由から成り立っています。

  • 相手方選択の自由:契約を締結する相手方を決める自由
  • 内容の自由:契約内容を決める自由
  • 方式の自由:書面か口頭かなど、契約の方式を決める自由
  • 締結の自由:契約を締結するか否かを決める自由

契約は「誰と」「どのような内容で」「どのような方式で」締結してもよく、また「契約を締結するか否か」についても自由に決めることができます。そして、契約で決めたことが法律に優先するのが原則です。

2)公序良俗に反するものはダメ

ただし、契約自由の原則があるとはいえ、何でも契約できるわけではなく、

公序良俗・強行規定 > 契約自由の原則 > 任意規定

といった関係があります。強行規定はおかしな契約を認めないもの、任意規定は契約で不明瞭な部分を補足するものといったイメージですので、以下で確認してみましょう。

まず、「強行規定」についてです。

強行規定とは、「公序良俗」を具体的に定めたものであり、契約当事者の意思にかかわらず適用されます。

強行規定について、民法で「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする」と定められています。具体的には、建物の賃貸借契約において、「物件が天災、火災、地変その他の災害によって使用できなくなったときには敷金を返還しない」というように、借主の責任ではなく、貸主の責任や不可抗力による場合に敷金を返還しないとすることは、公序良俗に反するとして、裁判で無効とされたケースがあります。

次に、「任意規定」についてです。

任意規定とは、契約当事者の意思が不明確であるときに、不明確な部分を補充するための規定です。契約当事者間の合意があれば、その合意が任意規定よりも優先されます。

任意規定の例には、民法の「典型契約」があります。

民法の典型契約とは、「代表的な契約の種類を定めたものである」と説明されるように、日々の生活に密接に関係するものが多く含まれています。例えば、消費者がお店で買い物をする売買契約や、友人と洋服を貸し借りする使用貸借契約などがあります。

これらは日常の行為であるが故に、細かな条件を契約書で定めることはほとんどありません。こうした、ある意味曖昧な権利・義務関係において何らかのトラブルが生じた場合、判断のよりどころとなるのが典型契約なのです。

実際は、「どれが強行規定で、どれが任意規定なのか」といった判断が難しいことがあります。そのようなときは、弁護士などの専門家に相談しましょう。

3 口約束でも成立するのに、契約書を作成する理由とは?

さて、冒頭の説明でもお分かりいただけたように、コンビニで買い物をするときに、いちいち契約書を作成しません。実際、口約束だけでも「申し込み」と「承諾」があれば契約は成立します(「保証契約」「定期借地権契約」など、一部の契約は書面がなければ成立しないので注意が必要です)。

しかし、ビジネスは必ずといってよいほど契約書を作成するのは、後のトラブルを防ぐためです。以下に具体的な効果を示すので、確認してみてください。

1)契約内容を明確にできる

人の記憶は曖昧ですし、自分にとって都合の良い解釈をしがちです。そのため、口約束だけで契約を締結すると、後になって「言った、言わない」のトラブルになるリスクが高まります。

この点、契約書を作成しておけば、こうした問題が回避されます。互いの曖昧な記憶ではなく、契約書の記載内容に基づいて判断することができます。

2)トラブル発生時に自社を守る

口約束だけだと、大枠では合意しているものの、細かな取引条件まではきちんと合意できておらず、後々、トラブルになるリスクがあります。実際、「納品日・数量・料金の支払日」といった基本的なところが漏れているケースもありますし、目的物が契約に適合しているか否かを判断するよりどころもありません。

受注側は仕事欲しさに「きちんと対応しますよ!」などと安請け合いしますが、目的物が契約に適合しない不備があると、場合によってはいつまでもその対応に追われて、適正な収益が得られなくなります。他方、発注側も契約書に記載がないと、目的物に不備があった場合に、取引相手にどのようなことが主張できるかが明確ではなく、想定外の不利益を被る恐れがあります。こうしたことがないように、契約書で目的物が契約に適合しない不備があるときの補正内容や、その期間を定めておけば、自社を守ることができます。

3)契約内容を慎重に検討できる

その場の雰囲気や会話の流れに影響されて、契約内容を慎重に検討しないまま不利な口約束をしてしまうことがあります。

しかし、契約書を作成するということになれば、事前に何度も契約内容を確認します。社内確認はもちろん、ときには弁護士のリーガルチェックも受けるので、自社にとって不利な条件で契約を締結するリスクは低減されます。

4)後任の担当者が確認できる

ビジネスで、何かのプロジェクトについて契約書を作成する場合、最初の担当者はプロジェクトの内容や契約の経緯を十分に理解しています。しかし、異動によって担当者が代わると、当時の状況は十分に引き継がれなくなり、何かの確認があった際に、「なぜ、このような取り決めをしているのか?」と混乱することがあります。

この点、きちんと契約書を作成していれば、ひとまずそれに基づいて判断することができます。また、契約の背景について社内のメモや、相手とのメールなどを残しておくと理想的です。

5)裁判時の証拠書類になる

相手とトラブルになってしまい、しかも当事者で解決できない場合、裁判で争うことになります。その際、契約書は裁判において有力な証拠書類になり、契約書で合意していた内容やその妥当性が争点となります。

契約書に定めていれば何でも大丈夫というわけではありませんが、契約書は自社の主張の正当性を示す、とても重要な証拠書類となります。

契約書を作成することの効果が大きいと、お分かりいただけたと思います。ですから、

先代から続く長年の取引先やスピード重視で即決したい相手であっても、契約書を締結することが重要

になります。

4 契約を締結できる人、できない人

1)法人と契約をする場合

法人と契約を締結する場合、誰でも契約ができるわけではなく、ふさわしい権限を有していなければなりません。具体的には次の通りです。

(図表1)【法人と契約をする場合に、契約を締結できる人】

相手の状況 法的な問題点 ポイント
代表者 法人の代表者は法人を代表する法的権限を有しているので、契約を締結することができる。株式会社の場合、代表取締役が代表者であるのが一般的。 法人によって代表者の肩書はさまざまなので、法的な権限があるかについては、登記事項証明書で確認する。
支配人 支配人とは、会社から本店または支店の主任者として選任された商業使用人のこと。商法において、その営業に関して会社を代表して契約を締結する権限が与えられているので、契約を締結することができる。 ホテルやレストランなどの責任者を「支配人」と呼ぶことがあるが、商法上の支配人とは必ずしも同じではない。法的な権限があるかについては、登記事項証明書で確認する。
事業責任者 代表権はないため、実際の権限を確認する必要がある。実際に、その契約内容の範囲において事業に関する権限を有していれば契約を締結できる(実際は契約を締結する権限がなく、相手方がそのことを知っていた、または知らないということにつき重大な過失がある場合は除く)。 事業責任者の権限は登記事項証明書では確認できないため、相手に確認する必要がある。

(出所:弁護士監修のもと、日本情報マート作成)

2)個人と契約をする場合

個人と契約を締結する場合、誰でも契約ができるわけではなく、ふさわしい権限を有していなければなりません。具体的には次の通りです。

(図表2)【個人と契約をする場合に、契約を締結できる人】

相手の状況 法的な問題点 ポイント
未成年 結婚している場合などの例外を除き、法定代理人(親権者や未成年後見人)の同意を得ていない場合は、法定代理人や未成年者本人に契約を取り消される恐れあり。
親権者などその未成年者に代わって契約を締結できる人(法定代理人)などと契約を締結するか、法定代理人などの同意(親権者が婚姻中の場合は父母両方の同意)が必要。
本人確認として、運転免許証、パスポート、個人番号カード(マイナンバーカード)などで、住所・氏名・生年月日などを確認する。
契約を取り消されると、遡って契約はなかったものとなる。
成年被後見人 成年後見人や成年被後見人本人から契約を取り消される恐れあり(成年被後見人は、成年後見人の同意を得ていても、自ら有効な契約を締結できないため、事前に成年後見人の同意を得ていたとしても、成年後見人から契約を取消されるおそれあり。)。 本人確認として、運転免許証、パスポート、個人番号カード(マイナンバーカード)などで、住所・氏名・生年月日などを確認する。
日用品の購入その他日常生活に関する行為は取消不可。
被保佐人 不動産売買などの重要な契約について、保佐人の同意なく契約した場合は、保佐人や被保佐人本人から契約を取り消される恐れあり。 本人確認として、運転免許証、パスポート、個人番号カード(マイナンバーカード)などで、住所・氏名・生年月日などを確認する。
保佐人の同意が必要な行為は、民法13条第1項で列挙されている。例えば、預貯金の払い戻し、お金の貸し借り、不動産の売却や賃貸借契約の締結などがある。
被補助人 不動産売買などの重要な契約を、家庭裁判所が「補助人の同意が必要な重要な行為」と定めた場合、補助人の同意なく契約した場合は、補助人や被補助人本人から契約を取り消される恐れあり。 本人確認として、運転免許証、パスポート、個人番号カード(マイナンバーカード)などで、住所・氏名・生年月日などを確認する。
補助人の同意が必要な行為は、家庭裁判所が定めたもののみ。

(出所:弁護士監修のもと、日本情報マート作成)

3)契約当事者に代わって契約を締結できる代理人

代理人は、契約当事者に代わって契約を締結できる人で、「法定代理人」と「任意代理人」がいます。

法定代理人とは、法律によって代理権があることが定められた人です。一方、任意代理人とは、法定代理人以外の代理人で、契約当事者から権限の委任を受けた人です。

任意代理人と契約を締結するときは、「一定の代理権はあるが、実は契約締結については代理権の範囲外だった(代理権がなかった)」ということがないように注意しましょう。こうしたリスクを避けるためには、できるだけ契約当事者と手続きをする必要があります。

また、どうしても任意代理人と手続きをしなければならない場合は、

  • 委任状に記載する委任事項について、「○○との間で締結する『売買契約』に係る一切の権限」といったように、代理権を有する範囲を厳格に定める
  • 不明な点はすぐに契約当事者に確認する

などの対応をしましょう。

いかがだったでしょうか? 契約は非常に身近な法律行為なので、プライベートではいちいち契約書を作成しないことが多い一方、ビジネスでは契約書を作成することが基本となっている理由をご理解いただけたと思います。

この「弁護士が教える契約・契約書の基礎知識」シリーズでは、以下のコンテンツを取りそろえていますので、併せてご確認ください。


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契約書作成・チェックのポイント

以上(2024年3月更新)

(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

画像:LIGHTFIELD STUDIOS-Adobe Stock

夏のオフィス内ガチンコ対決 「暑い派」VS「寒い派」平和的な解決の方法とは?

書いてあること

  • 主な読者:オフィス出社を原則としている経営者
  • 課題:猛暑のオフィスでも快適に働ける職場環境にしたい、室内の温度によって社員の体調不良や生産性の低下を防ぎたい
  • 解決策:室温だけでなくPMV(快適さの指標)に注目し、暑い派・寒い派どちらかに合わせるときは、もう一方のケアを忘れずに

1「暑い派」VS「寒い派」

暑くなってきたこの時期、オフィスではいつもの問題が勃発します。それは、

エアコン温度の「暑い」vs「寒い」バトル

です。2024年は猛暑と予報されていますが、一人ひとりの好みに合わせた室温の調整はできないので、会社としては何とか対策を講じたいところです。

また、快適に働くための環境づくりは、業務の効率上昇という面でもとても大切です。暖冷房・換気、給水・排水、衛生設備など生活と密着した設備を主に研究している空気調和・衛生工学会の研究によると、室温の変化がオフィスでの生産性に影響をもたらすことも明らかになっているそうです。

同学会の西原 直枝氏(日本女子大学家政学部准教授)、2020年まで会長を務めた田辺 新一氏(早稲田大学創造理工学部教授)などが発表した論文「コールセンターにおける中程度の高温環境が作業効率に与える影響の評価-2004年と2012年の比較-(空気調和・衛生工学会大会 学術講演論文集{2014.9.3~5 秋田}29-32)」によると、空気温度が26.5℃を超えると生産性が大きく低下するという結果も実証されています。こうしてみると、オフィスでの快適な環境を用意することは、会社の業績や仕事の生産性の上昇にもつながるといえます。

そこでこの記事では、オフィスにおける適温や、「暑い派」「寒い派」それぞれへのケア方法など、猛暑の中でも社員が快適に働けるようにするポイントを紹介していきます。

ちょっとした工夫や心掛けで快適さは一気に変わりますので、今一度オフィス環境について振り返り、改善することをご提案します。

2 「快適さ」は多角的に捉えるべし

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1)バトルの原因は「PMV」だった

まずは、快適なオフィス環境を整えるために知っておくと良い知識、「PMV(Predicted Mean Vote)、予測平均温冷感申告」についてご紹介します。

大前提としてオフィスにいる社員たちは、室温だけで「暑さ」「寒さ」を感じているのではありません。体感温度は、室温や湿度、着衣量はもちろん、放射(日当たりや熱からの距離)、気流(直接エアコンの風が当たるかどうか)、活動量(体を動かしているか)などによっても左右されます。

これらの指標を全て合わせて導き出される「PMV」が、快適さを表す国際規格です。

つまり、快適なオフィス環境を整えるためにはエアコンの温度設定だけでなく、「PMV」の多角的な要素を捉える必要があるということです。

画像2

「PMV」では、暑さ・寒さの度合いを-3~+3の値で示します。そしてISO(国際標準化機構)が定めた基準によると、約9割の人にとって「快適」な数値は、上図のように「-0.5~+0.5」と、かなり狭い範囲なのです。

オフィスでは、全員が同じ服で・同じ代謝量で・同じ席で・同じ仕事をしているわけではありません。何か対策をしない限りは、全ての社員のPMV数値が「快適だと感じる範囲」におさまることはおそらくありません。単純なエアコンの温度設定だけで「全員が快適な環境」を整えることは、まず不可能と言ってよいでしょう。

2)段階を踏んでバトルの鎮火を目指そう

では、経営者が社員のためにできることは何でしょうか? 以下に、対・全体→対・「暑い」「寒い」の陣営ごと→対・個人という段階に分けて、ポイントを紹介します。

  • 【対・全体】まずは部屋全体で「室温」や「湿度」という最低限の環境を整える
  • 【対・陣営ごと】次に社員の「暑い」「寒い」という体感に合わせて席の移動を許可することで、「気流」「放射」を調整する
  • 【対・個人】最後に個人の「着衣量」に柔軟に対応することで、「活動量」や個人の代謝の差に対して微調整をかける

この3段階でオフィス環境を調整することをお勧めします。以降では、各要素をコントロールする方法を解説していきます。

3 推奨室温は28℃! でも……

1)まずは部屋全体。エアコンでできる最低限の対策を

一番に整えておかなければいけないのが、対・全体の環境。PMVの中で、確実に操作できる「温度」と「湿度」がこれに当てはまります。

オフィスの衛生管理に関する法令「事務所衛生基準規則」では、室内にエアコンなどの空調設備がある場合「室の気温が18℃以上28℃以下、相対湿度が40%以上70%以下になるよう努めなければならない」と定められています。これが、最低限用意しなくてはいけないオフィスの環境です。

留意しておきたい点は、これはエアコンの設定温度の話ではなく、オフィスの「室温」や「湿度」の基準

だということ。

たとえエアコンの設定温度が28℃でも、実際の体感温度は、湿度やオフィスにいる社員の人数などによっても大きく左右されます。温度計や湿度計を用意し、エアコン設定の調整や除湿機の活用を検討してみるのもよいでしょう。

また、環境省はクールビズ下で28℃の室温を推奨していますが、これはいまから20年近く前に設定された指標です。それを考えると、

室温28℃、湿度70%以下を基準にしつつも、近年記録的な猛暑が確認されていることも鑑みて、柔軟な対応を心がける

ことがお勧めです。

2)「暑い」「寒い」の陣営にはフリーアドレスで「放射」「気流」を味方につける

一旦の目標点としてオフィス全体の温度・湿度を設定できたとしても、「暑い派」vs「寒い派」バトルの根本的な解決には至りません。そこで、

この夏は、フリーアドレスで放射・気流を調整

してみましょう。フリーアドレスとは、「職場で従業員の席を固定せず、空いている席を自由に使う制度」(小学館 デジタル大辞林より引用)のこと。

例えば、「寒い派」陣営が窓の近くのデスクに、「暑い派」陣営が日陰のデスクに移動することで、2つの陣営に「放射」の差をもたらすことができます。紫外線の問題もあるので、基本的には夏場のブラインドは下げておくのがベターですが、直接太陽の光が入らずとも、窓の近くは放射で他の場所より暖かくなります。

また、「暑い派」陣営はエアコンの風が当たる場所に、「寒い派」陣営はエアコンの風が当たらない場所に移動することで、「気流」の数値も調節することが可能です。気流などは普段なかなか気にすることはないですが、改めて天井を見上げ、エアコンの位置や風がよく当たる席を確認してみるのもよいでしょう。

業務上の都合でフリーアドレスを取り入れることができない場合は、エアコンにアクリル板を取り付けて「寒い派」の社員に直接風が当たらないようにするなどの対策もできます。

3)最後は「着衣量」で個々へのケアも忘れずに

単なる「暑い派」vs「寒い派」の戦いで終わってくれないのが、夏場のエアコン調節問題の怖いところです。「暑い」「寒い」陣営のみに着目し、個々へのケアを怠ってしまうと、暑い派陣営の中でも一番の暑がりは熱中症に、寒い派陣営の中でも一番の寒がりは”冷房病(クーラー病、体が急激な温度差についていけず、自律神経に異常をきたす症状)”に……と、体調不良につながる恐れもあると言われています。

また、個人が「暑い」か「寒い」かは、そもそもその時にどれだけ体を動かしているかという「活動量」の違いや、PMVを構成する要素以外でも、外的調整ができない代謝の影響が大きいことも覚えておきたいポイント。

それをカバーするために活躍するのが、「着衣量」で個々のPMVを調整する

という方法です。

身近なものでは、ネクタイを外すと体感温度が2℃下がる「クールビズ」が分かりやすい例ですね。

「全員が快適」をかなえることが難しくても、個人個人ができる限り快適さと健康をかなえられるよう、ネッククーラーを許可する・ブランケットを羽織るのを許可するなど、柔軟な対応を心掛けましょう。

4 快適なオフィスで猛暑を乗り切ろう

上記のように、フリーアドレスや自由な服装などを取り入れるだけでも、社員が快適に仕事をする環境を整えることが可能です。オフィスで働く社員の健康を保つためにも、また気温差による生産性の低下を防ぐためにも、今夏は快適な環境維持に努め、猛暑を乗り切りましょう!

以上(2024年7月作成)

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画像:illustAC

【朝礼】そうだ、旅に行こう

おはようございます。今日は「休暇」に関する話をします。適度に休み、心身のコンディションを整えて仕事のパフォーマンスを上げるのは、ビジネスパーソンの大事な心得の1つです。もちろん、皆さんの多くが休暇をちゃんと取っているのは知っていますが、なかには「仕事が忙しいから」といって休みたがらない人もいます。

今日は、改めて私から言わせていただきます。休暇は皆さんに与えられた権利ですから、ちゃんと取ってください。そして、もう1つ。休暇を取ったら、ぜひ「旅行」に行くことをおすすめします。

なぜ、旅行に行ってほしいのか。最近の私の経験からお話しします。私は先日、家族と一緒に伊豆に行ってきました。温泉に入るのが目的でしたが、そこに向かうまでの道中からして、とても楽しいものだったのです。

今回、熱海からローカル線に乗って伊豆に向かったのですが、行く先々の駅の造りが昭和チックで、子どもの頃を思い出してノスタルジーに浸れましたし、晴天の中、緑豊かな山々や美しい駿河湾が見られて、とても心が癒されました。

また、普段はビジネス関係の書籍ばかり読んでいるのですが、今回はせっかく伊豆に向かうのだからと、久しぶりに小説を読んでみました。皆さんもご存じ、川端康成(かわばたやすなり)氏の「伊豆の踊子(いずのおどりこ)」です。一人の青年と旅芸人一座の踊子の淡い恋愛を描いた小説ですが、誰かと旅をしながら孤独だった青年の心が解きほぐされていくストーリーが胸を打ちましたし、ちょうど電車のルートが小説に出てきた場所を通るので、主人公の旅を追体験しているようで楽しめました。

ここまでは、「癒された」「楽しかった」という話ですが、ビジネスパーソンとして心を揺さぶられる体験もありました。私が泊まった宿の温泉は大正時代に採掘されたものなのですが、今のように採掘の技術も優れていなかった当時の人々が、いかに苦労して温泉を掘り当てたかが記されていました。当時の様子をうかがい知れる写真や建物も残っていて、「仮に恵まれない環境にいたとしても、簡単にチャレンジを諦めてはいけない」と身が引き締まる思いでした。

ひたすら私の旅行話になってしまいましたが、私が伝えたいのは「旅に出て、いつもと違う環境に身を置いてみると、得るものがたくさんある」ということです。

もちろん、休暇の使い方は各々の自由ですから自宅で休むのも結構ですし、「旅行はお金も体力もいるからちょっと……」という人もいるでしょう。ただ、一度旅に出てみて、さまざまな面から刺激を受けると、自分の中の「あれをやってみたい」「これをやってみたい」という気持ちが揺り動かされ、休みが明けたとき、元気良く仕事に臨めるのです。月並みな話ではありますが、ぜひ皆さんも旅に出てみてください。

以上(2024年7月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

なぜ、「損金」を知れば決算対策の方向性が見えてくるのか?

1 決算対策の第一歩は税金計算の仕組みを知ること

創業して間もないなど、まだもうけ(利益)が出ていないときは気にならない税金(法人税)。しかし、もうけが出てくると一転して経営者は税金を意識し、いわゆる「税金対策」を講じることもあります。

対策の対象は「法人税」ですが、これは益金から損金を差し引いた所得に対して課されます。そのため、税金対策の基本は、いかにして所得を減らすか、つまり益金から差し引ける損金の取り扱いがとても重要になってくるのです。

詳細は「「経費」「費用」「損金」とは? 似ているけど決定的に違う意味」で説明しているので、ここでは簡単に示しますが、財務会計と税務会計で儲けを計算する仕組みは次のように違います。

財務会計と税務会計で儲けを計算する仕組み

肝となるのは、ずばり「税務調整」ですので、以降でその基本を紹介します。

2 4種類の税務調整

税務調整には次の4種類があります。

税務調整の種類

税金計算の基本的な流れは次の通りです。税務調整によって、所得が増えることも減ることもあるわけですが、ここがとても重要になるわけです。

  • 財務会計の収益・費用に、税務調整を加減算して、税務会計の益金・損金とし、所得を算出する
  • 上で算出した所得に税率を乗じて、税額を算出する

3 決算対策の基本的な考え方

税金計算の仕組みが分かれば、「税金対策とは何か?」が分かってきます。そう、決算対策の基本は損金を増やして、所得を減らすことなのです。

決算対策の基本的な考え方

  • 所得が低ければ低いほど、税額は少なくなる
  • 所得を減らすために、損金を増やす

利益を増やすことが会社経営の基本ですが、決算対策など納税額を減らすためには、所得(利益)を減らすという逆の考え方が必要です。なお、所得を減らすために、益金を減らすという考え方もできますが、税務上、益金を減らす対策(売上の計上基準を変更するなど)は一般的には行われません。

それでは、税金対策のために重要な「損金」について、詳しく確認していきましょう。

4 損金とは?

損金とは、法人税を計算する際に益金から差し引くことを税法で認められているもので、「1.売上原価」「2.販売費及び一般管理費その他の費用」「3.損失」の3つに分類されます。なお、税法上で取り扱いが定められている項目以外は、財務上の費用と同じ取り扱いになります。

1)売上原価

売上原価とは、その事業年度の売上に対応する売上原価、完成工事原価その他の原価です。損金に算入できるのは、その事業年度に計上された売上に直接対応しているものです。この考え方は財務会計でも同じです。

また、「売上原価=仕入高」とはならないことを覚えておきましょう。仕入高は、商品の仕入れ時には費用として計上されますが、事業年度末に棚卸しを行い、その事業年度の売上に対応する部分(売上原価)と在庫となる部分(資産)に区分されるからです。そして、事業年度末の在庫に係る仕入高は、費用(財務会計)にも損金(税務会計)にもなりません。

2)販売費及び一般管理費その他の費用

販売費及び一般管理費その他の費用(以下「販管費等」)とは、償却費以外の費用で、その事業年度末までに債務が確定しているものです。具体的には、次の3つの要件を満たしている費用です。

  • 事業年度末までに債務が成立していること
  • 事業年度末までに支払い原因となる事実が発生していること
  • 事業年度末までにその金額が合理的に算定できること

また、役員報酬や交際費など一部の販管費等については、上記の3つの要件とは別のルールが定められているものもあります。

販管費等や交際費、役員報酬については、次の記事で詳しく説明しています。

3)損失

損失には棚卸資産の評価損や、災害等により生じた損失、金銭債権などの貸倒損失などがあり、それらの事実が生じた事業年度に損金に算入されます。そのため、損失に基づく事実の発生の有無やその発生時期の判断が重要になります。税法上では、損金に算入できる主な損失については、個別に通達が設けられています。

5 専門家に相談する

損金に算入できるか否かによって納税額が変わるため、会社のキャッシュフローに影響を及ぼします。また、損金を気にするということは、所得が出ている(利益が出ている)ということです。

経営者は、攻めの経営で設備投資や人材採用を加速させるのか、はたまた守りの経営で内部留保を厚くするのかなど、所得(利益)をどのように使うのかを考えなければなりません。その一環として、経営者は決算対策の正しい知識を持っておく必要があります。

なお、実際に税金対策に取り組む際は、資金繰りや会社の資産状況などの幅広い視点が必要なので、税理士などの専門家と相談しながら進めるのがよいでしょう。

以上(2024年3月更新)

(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

画像:Rawpixel.com-Shutterstock

損金の計算で重要な「減価償却」の肝は取得価額と使用可能期間

1 固定資産を取得などした場合に有利な選択をする

企業の成長過程では、さまざまな設備投資が必要です。例えば、取引が大きくなると製造機械や装置の刷新・増設、人材が増えるとオフィスの拡大、さらにオフィス機能を充実化するための備品調達などです。

設備投資に要した支出は、損金(税務上の費用)に算入できますが、そのルールは複雑で次のような分岐があります。

固定資産を取得した場合の基本的な処理の流れ

また、固定資産は取得だけではなく、修理・改良や廃棄・売却をした際の取り扱いにも注意が必要です。さらに、一定の設備投資をした際は、投資額の一部について税額控除などの優遇を受けられる優遇税制もあるので、検討したいところです。

この記事では、有形固定資産を「取得、修理・改良や廃棄・売却」した場合の損金算入に関する基本的なルールと、中小企業の設備投資に係る主な優遇税制を紹介します。

2 「少額減価償却資産」は支出した年に全額を損金に算入できる

1)「少額減価償却資産」とは

「10万円までなら一括で落とせるよね?」。経営者同士でこんな会話がされることがあります。これは「少額減価償却資産」の話題です。

少額減価償却資産とは、「使用可能期間が1年未満」または「取得価額が10万円未満」のいずれかに該当する固定資産です。そして、少額減価償却資産の取得価額は、事業のために使い始めた年に全額を損金に算入できるので、「一括で消耗品費などの経費として落とせる」ということです。

この場合、固定資産として計上しないので減価償却は不要です。また、少額減価償却資産は、取得価額の全額を損金として処理しなければならず、一部だけを資産計上することはできません。

2)1事業年度で総額300万円まで使える「少額減価償却資産の特例」とは

少額減価償却資産は取得価額が10万円未満までですが、青色申告を行う中小企業者等(資本金の額などが1億円以下で一定の法人)には特例があります。少額減価償却資産の特例と呼ばれるもので、「取得価額が30万円未満」の固定資産を少額減価償却資産として処理し、事業のために使い始めた年に、全額を損金に算入できます。これにより、その事業年度の課税所得を減らすことができるのがメリットです。

少額減価償却資産の特例の限度は、1事業年度で総額300万円までです。総額ですから、30万円未満のパソコンを10台調達した場合に全額を損金の額に算入することができます。

3 取得後、数年間にわたって損金に算入する減価償却

1)通常の減価償却資産

少額減価償却資産に該当しない固定資産については、減価償却が必要です。減価償却とは、取得価額を耐用年数にわたって適正に配分(減価償却費として計上)することであり、これにより正しく期間損益計算を行うことが会計上の目的です。ただし、土地のように使用や時間の経過で価値が減少しないと考えられているものは、減価償却の対象にはなりません。

経営者から見ると、減価償却費はキャッシュアウトを伴わない費用であり、タックスプランニングを含めた損益計算において無視できない重要な制度です。前述した「少額減価償却資産の特例」を使うことで、その事業年度の法人税の支払いを抑えることができるでしょう。

では、具体的に減価償却はいつから、どれくらいの期間行うのでしょうか。

まず、減価償却は事業のために使い始めた日から計算するため、基本的には取得時に減価償却方法や耐用年数を判断しなければなりません。この耐用年数が減価償却の期間であり、税務上の耐用年数は法令で定められています。固定資産の種類・仕様・用途などさまざまな要素ごとに細かく規定されており、それぞれの固定資産の特徴を踏まえて決定します。実務上は、国税庁のホームページなどで確認し、対応する耐用年数を決定することになります。

国税庁「主な減価償却資産の耐用年数表」

https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/pdf/2100_01.pdf

2)定額法と定率法の違い

主な減価償却方法には定額法、定率法、生産高比例法がありますが、生産高比例法は対象資産が限定されているため、説明を省略します。

定額法と定率法の比較は次の通りです。

定額法と定率法の比較

なお、定額法と定率法のどちらを選択した場合でも、耐用年数を通して見れば減価償却費の合計額は同じです。例として、期首に車両(500万円、耐用年数5年)を取得した場合の定額法と定率法の減価償却費の推移を紹介します。

定額法と定率法の減価償却費の推移

3)一括償却資産

一括償却資産とは、取得価額が20万円未満の減価償却資産のことで、3年間の均等償却ができます。つまり、

機械装置や工具器具備品などについて、個々の耐用年数を把握し、固定資産として計上して通常の減価償却をするのではなく、一括償却資産として計上し、3年間の均等償却をする

という選択肢があるわけです。通常の減価償却の耐用年数は3年を超えるものが多く、一括償却資産を選択すれば短期間で損金に算入できます。

4 まとめ:固定資産を取得した場合の取り扱い

ここまで、固定資産の取り扱いとして「少額減価償却資産」「少額減価償却資産の特例」「通常の減価償却資産」「一括償却資産」について説明してきました。改めてそれぞれの特徴を整理すると次のようになります。

固定資産を取得した場合の取り扱い

5 固定資産を修理・改良した際の支出は損金に算入できるか?

長年使用してきた固定資産が故障してしまった場合、修理・改良(以下「修理等」)が必要です。この場合の選択は、修理等のための支出を、

修繕費などとして損金に算入するか、新たな固定資産の取得とみなして資産計上するか

となります。固定資産として計上しなければならない修繕費を、税務上「資本的支出」と呼びます。

まとめると、固定資産の修理等のうち、「通常の維持管理または原状回復のための支出」は修繕費、「固定資産の価値や耐久性を高めたと認められる支出」は資本的支出として処理することになり、資本的支出の場合は減価償却が必要となります。

例えば、資本的支出に該当するのは、次のようなものです。

  • 建物の避難階段の取り付けなど、物理的に付加した部分に係る費用の額
  • 用途変更のための模様替えなど、改造または改装に直接要した費用の額
  • 機械の部品を特に品質または性能の高いものに取り替えた場合のその取り替えに要した費用の額のうち、通常の取り替えの場合にその取り替えに要すると認められる費用の額を超える部分の金額

ただし、これだけでは判断できないことがほとんどなので、実際は図表5で示した修繕費と資本的支出の判定フローチャートを参考にしながら検討することになります。

修繕費と資本的支出の判定フローチャート

6 固定資産を廃棄や売却したら損金に算入できるか?

長年使用して老朽化したり、新モデルが開発されて陳腐化したりした固定資産を廃棄・売却した場合、その時点における固定資産の帳簿価額と売却価額の差額を、固定資産除却(売却)損益として損金(または益金)に算入します。

このあたりは簿記の話となりますが、要するに売却価額が帳簿価額を下回れば損金、上回れば益金となります。なお、廃棄・売却の際に、運送費や廃棄手数料などの付随費用が生じたときは、その金額は固定資産除却(売却)損益に含めて処理します。

以上が基本ですが、一括償却資産の場合は異なります。

3年間の償却期間中に一括償却資産を廃棄(売却)した場合、その除却(売却)損に相当する額は損金に算入できない

というルールがあります。そのため、廃棄(売却)した年も、引き続き3年均等償却をしなければなりません。実務上は、一度、固定資産除却(売却)損を計上し、税務申告書上で調整をするという、少々面倒な手続きをすることになります。

また、廃棄せずに保有している固定資産であっても、次の場合は固定資産除却損として損金に算入できます。

  • その使用を廃止し、今後通常の方法により事業の用に供する可能性がないと認められる固定資産
  • 特定の製品の生産のために専用されていた金型等で、当該製品の生産を中止したことにより将来使用される可能性のほとんどないことがその後の状況等から見て明らかなもの

7 中小企業が設備投資で使える有利な優遇税制

ここまで、固定資産について取得、修理・改良、廃棄・売却した場合の取り扱いについて紹介してきました。いずれも中小企業が有利な選択をするための一助となる情報です。最後に紹介する優遇税制も、大切な内容ですので、ぜひ、ご確認ください。

1) 中小企業投資促進税制

中小企業投資促進税制とは、生産性の向上を目的に一定の設備投資やソフトウエアを購入した場合に、その投資額の一部を税額控除か、特別償却(通常の減価償却費のかさ増し)のいずれかを選択して適用(資本金3000万円超の中小企業については特別償却のみ)できる制度です。

中小企業投資促進税制の概要

例えば、生産性向上を目的に300万円の機械装置を購入して、税額控除を選択した場合、21万円(300万円×7%)を法人税額から控除できます(法人税額の20%限度内である場合)。

なお、購入する設備ごとに購入金額や重量などに下限が決められているため、注意が必要です。また、一部の業種(電気業、水道業、鉄道業、航空運輸業、銀行業、映画業を除く娯楽業など)は対象外とされているため、自社の業種が指定事業に含まれているか確認するようにしましょう。

この税制を受けるためには、事前の申請などは必要なく、法人税の申告の際に、確定申告書に一定の書類を添付することで適用を受けることができます。

中小企業投資促進税制を利用する際に必要な書類

2)中小企業経営強化税制

中小企業経営強化税制とは、中小企業等経営強化法の認定を受けた経営力向上計画に基づいて新たな設備投資をした場合に、税額控除か即時償却(購入時に全額を損金に算入)のいずれかを選択して適用できる制度です。

要件は4つのタイプに分かれており、それぞれに定められた要件を満たす必要があります。また、法人税の申告の際に、確定申告書に一定の書類(別表や適用額明細書)を添付することで適用を受けられます。

中小企業経営強化税制の概要

例えば、100万円のシステム投資を行って税額控除を選択した場合、10万円(100万円×10%)を法人税額から控除できます(法人税額の20%限度内である場合)。

なお、中小企業投資促進税制と同様、購入した設備ごとに購入金額の下限が決められているため、注意が必要です。また、一部の業種(電気業、水道業、鉄道業、航空運輸業、銀行業、映画業を除く娯楽業など)は、対象外とされているため、自社の業種が指定事業に含まれているか確認するようにしましょう。

この税制を受けるためには、事前に経営力向上計画を作成し、国から認定を受けなければなりません。申請準備から認定までおおよそ3カ月はかかるといわれているので、早めの相談が必要です。また、法人税の申告の際に、確定申告書に一定の書類(認定計画の申請書および認定書の写しや、別表、適用額明細書)を添付しなければなりません。

以上(2024年3月更新)

(監修 税理士法人アイ・タックス 税理士 山田誠一朗)

画像:pixta

営業活動に係る交通費や広告宣伝費は損金に算入できるか?

1 日々の営業活動で生じる費用のルール

営業活動では、さまざまな費用がかかります。例えば、取引先を訪問する際の旅費交通費、試供品などを提供する際の販売促進費、取引先を接待する際の交際費などです。

これらの費用は「販売費及び一般管理費」(以下「販管費」)と呼ばれ、基本的に、一部を除いて損金(税務上の費用)に算入できます。問題は、営業活動の範囲に関する明確な定義がなく、場合によっては損金に算入できないケースもあることです。

また、営業活動に係る費用は、交際費として処理すべきものか否か迷う項目が多くあります。基本的に交際費は損金に算入できないため、注意が必要です。

この記事では、営業担当者の日々の活動で発生することが多い費用について、損金算入に関する基本的なルールを紹介していきます。

2 損金に算入できる販管費(営業活動に係るもの)とは?

販管費とは、営業(販売)業務に係る費用と管理業務に係る費用の総称で、具体的には次のようなものがあります。

販売費及び一般管理費(販管費)の例

これらの費用は、税務上、次の要件を満たした場合に損金に算入できます。

販管費の損金算入要件と判断フロー

3月末決算の企業において、20X1年3月に発生した旅費交通費(出張費用)を当てはめてみると、次のようになります。

出張のために予約した航空券の対価として、航空会社に料金を支払わなければなりません(債務が成立)。

その後、飛行機に搭乗したことにより、輸送というサービスを受けます(支払い原因となる事実の発生)。

かつ、その料金は航空会社が提示する合理的な金額です(金額の合理的な算定)。

注意が必要なのは「期ズレ」です。仮にこの出張が4月のもので、3月中に航空券を購入した場合、その費用は20X1年3月期の損金には算入できません。なぜなら、支払い原因となる事実(この場合は、出張先に向かうための飛行機に搭乗)が発生していないからです。この場合の支出については旅費交通費(費用)ではなく、前払費用(資産)に計上します。

期ズレは、決算日をはさんで生じるものです。決算月と決算月の翌月(3月末決算の場合は、3月と4月)の取引については、慎重に処理するようにしましょう。

3 交際費と迷いやすい主な項目

多くの販管費は前述の要件で、その事業年度の損金に算入するか否かを判断します。しかし、一部の販管費については、前述した要件とは別にルールが設けられているので、以下に紹介します。

なお、交際費も別にルールが設けられている費用ですが、こちらは以下の記事で詳しく解説しているので、ご確認ください。

1)広告宣伝費

広告宣伝費とは、商品やサービスの宣伝効果を期待して、不特定多数の一般消費者に対して行われる支出です。広告の掲載料などの他にも、キャンペーン賞品などで提供される旅行・観劇への招待費用、アンケートの謝礼などが含まれます。

広告宣伝費は損金に算入できますが、注意点もあります。

具体的には、同じ内容の支出であっても、特定の得意先を対象にしたものは広告宣伝費ではなく交際費になります。特に、業界の専門家や専門業者は不特定多数の一般消費者ではなく、特定の得意先等に該当するので注意しましょう。例えば、医薬品業者が医師や病院を対象にする場合や、化粧品業者が美容・理容業者を対象にする場合などが、このケースに該当します。

2)販売関連費

自社の商品を紹介するイベントに得意先を招待するなどの場合、その交通費や昼食代、宿泊費を負担することがあります。このような支出のうち、次のものは交際費には該当せず、損金に算入できます。

  • 自社の商品を詳しく説明するために、得意先などに自社の製造工場などを見学させる場合の交通費や食事代、宿泊費として通常要する費用
  • 不動産販売業者が、土地の販売に当たり一般の顧客を現地に案内する場合の交通費や食事代、宿泊費として通常要する費用
  • 旅行あっせん業者が、団体旅行のあっせんをするに当たって、旅行やスケジュールを決めるために、事前にその団体の責任者を旅行予定地に案内する場合の交通費や食事代、宿泊費として通常要する費用

ただし、イベントへの招待と併せて飲み会を行った場合、その飲食費は交際費として処理をしなければならないので、損金には算入できないのが原則です(中小企業は「交際費課税の特例措置」があるので、結果的に損金に算入できるケースが多いです)。

3)情報提供料

情報提供や、取引の仲介・あっせんなどのサービス(以下「情報提供等」)を本業としていない相手に、情報提供等の対価として金品を交付する場合があります。分かりやすくいうと「営業先の紹介」などのことで、新規に営業先を紹介してくれた相手に謝礼として金品を贈るケースなどです。このような支出のうち、次のものは交際費に該当せず、損金に算入できます。

  • その金品の交付があらかじめ締結された契約に基づくものであること
  • 提供を受けるサービス内容が契約において具体的に明らかにされており、かつ、これに基づいて実際にサービスを受けていること
  • その交付した金品の価額が、その提供を受けた役務の内容に照らし相当と認められること

4 交通反則金や海外視察の費用は損金に参入できるか?

前述した費用の他にも、注意が必要な営業活動に関する費用があります。ここでは、交通反則金と海外視察の費用を紹介します。

1)交通反則金

営業に社用車を使っている場合、駐車違反などの交通違反による罰金(以下「交通反則金」)が生じることがあります。交通反則金は、会計上は租税公課などの費用科目で処理されますが、税務上は損金に算入できません。法律違反による罰金が、税負担を減少させる要因になることはありません。

2)海外視察などに係る渡航費(一部観光した場合にも言及)

海外取引先の開拓や現地支社の設置などのために、海外視察をすることがあります。基本的に、海外視察に要した航空費や宿泊費などは全て損金に算入できますが、金額が高額すぎるとみなされた場合、その部分は役員であれば役員報酬として、社員であれば給与として取り扱われます。

役員の場合、損金に算入できる役員報酬は定期同額給与など一定の方法で支給されたものに限られます。そのため、金額が高額すぎるとみなされた部分は損金に算入できない役員報酬となります。

社員の場合、給与は損金に算入できるものの、従業員本人に対して所得税が課されます。高額すぎるかどうかの明確な基準はありませんが、通常の出張に比べて豪華すぎたり、業務上必要性の低いオプションなどを付けたりしないようにしましょう。

この他、視察と併せて、一部観光や個人的なゴルフなど業務以外の日程を組み入れた場合も注意が必要です。この場合の海外視察に要した支出は、期間ベースで、業務に関連する部分と関連しない部分に按分します。業務に関連する部分は旅費交通費として損金に算入できますが、業務に関連しない部分は役員報酬または給与となります。

5 使途が明らかでない費用は要注意!

何のための支出なのかが明らかになっていない費用は、税務上、「使途秘匿金」と呼ばれます。具体的には、相当の理由がなく、その相手方の氏名・名称・住所・支出の理由などが帳簿書類に記載のない支出です(資産やサービスの購入対価として明らかであると税務署が認めた場合など、一定の要件を満たしたものは除く)。

使途秘匿金は、損金に算入できないだけでなく、別途その支出額自体に40%の法人税が課されます。例えば、50万円の使途秘匿金がある場合、その50万円は損金に算入できず、さらに20万円(50万円×40%)の法人税が課されます。

また、通常の法人税は黒字(所得がプラス)の企業にのみ課されるのに対し、使途秘匿金に関する法人税は赤字(所得がマイナス)の企業にも課される厳しいものです。

以上(2024年3月更新)

(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

画像:Kaspars Grinvalds-Adobe Stock

忘れがちな「労働者死傷病報告」

雇用している労働者が仕事中のけがで休業した場合、会社は所轄の労働基準監督署に「労働者死傷病報告」を提出しなくてはなりません。しかし、労災保険の給付申請は行っても、労働者死傷病報告の提出を忘れる中小・零細企業が少なくありません。本稿では、労働者死傷病報告について詳しくお伝えします。

この記事は、こちらからお読みいただけます。pdf

「経費」「費用」「損金」とは? 似ているけど決定的に違う意味

1 理解していますか? 「経費」で落とすことの大切な意味

「この支払いは経費で落ちる?」

経営者や社員が経理・会計担当者によく聞く内容ですが、この質問の意図は立場によって大きく違います。

社員がこの質問をするのは、「会社のお金で経費を精算できるか」、つまり自腹を切らずに済むかを確かめたいからでしょう。一方、経営者の場合は、社員と同じように経費精算できるかを聞く意味合いもありますが、それ以上に「1円でも多くのお金を設備投資や人材採用に使いたい」という思いがあります。

では、なぜ支払いが経費で落ちると事業のために使える資金が増えるのでしょう?

経費で落ちるということは、会社のお金で支払うということですから、逆に事業で使えるお金は減りそうなものです。

このカラクリは会計制度の違いからきていて、経営者は「税務会計」を意識して質問をしています。

一体、どういうことなのか。詳しく見ていきましょう。

2 中小企業の会計は税務会計が基準

会計には「財務会計」「税務会計」「管理会計」の3つがあり、目的や作成される書類などが違います。

3つの会計の比較表

3つの会計の関係性を示すと、次のようになります。

3つの会計の目的や関係(イメージ図)

一般的な中小企業には、上場会社のように財務諸表を広く外部に公表する義務がありません。一方、納税の義務は会社の規模に関係なく生じます。そのため、

中小企業の会計は税務会計が中心になる

ことになります。

なお、管理会計は社内の意思決定のために行うものなので、実施するか否かは任意ですし、納税額の計算にも直接的な影響はありません。

会計の種類とそれぞれの役割がお分かりいただけたと思います。ここからは、財務会計と税務会計という、2つの制度会計を中心に説明していきます。

3 「経費」「費用」「損金」の正しい定義とは?

早速、財務会計と税務会計でもうけを計算する仕組みを確認してみましょう。

財務会計と税務会計で儲けを計算する仕組み

財務会計では「利益」「収益」「費用」、税務会計では「所得」「益金」「損金」の関係になります。これは言葉の違いだけではありません。多くの項目はほぼ同じ取り扱いではあるものの、一部、取り扱いが違うものがあり、それこそが「税務調整」の対象となります。

具体的には、税務計算では財務会計上の収益・費用に一定の調整(税務調整)を加えて、益金・損金とし、所得を計算する流れになります。

このあたりの詳細は、以下の記事で紹介しているので、ご確認ください。

ところで、皆さんは疑問に感じませんか?

財務会計にも税務会計にも「経費」という言葉が出てきません。実は、

経費とは、財務会計上の費用の一部を指す会計用語

なので、先のもうけの計算では登場しなかったのです。ただし、個人の場合は所得税法上の用語として経費という言葉が使われます。確定申告をしたことがある方にはなじみが深いでしょう。

経費と費用と損金の関係を示すと、次のようになります。

経費と費用と損金の関係(イメージ図)

まとめると、次のようになります。

「経費」「費用」「損金」の違い
経費とは、一般的に財務会計上の費用の一部を指す会計用語で、費用のうち販売や管理目的で支払われる支出を指すことが多い。

費用とは、財務会計上の利益を計算する上で、マイナス項目となる支出のこと。

損金とは、税務会計上の所得を計算する上で、マイナス項目となる支出のこと。

ここで冒頭の質問に戻ります。経営者は税務会計を意識して、「この支払いは経費で落ちる?」と聞いているわけですが、その真意は次の通りです。

税務会計を意識した経営者の意図
経費が増えると費用が大きくなる。その中で損金に算入できるものがあれば、税務会計上の損金も大きくなって所得が小さくなり、税金負担が軽減される。その分、会社により多くのお金が残るので事業に使える。

法人税は、前述した「所得」に税率を乗じて計算するので、所得が小さければ税額は減少するのです。ただし、経費が増えれば「必ず」税負担が減少するわけではなく、損金になるものは限られています。

次章で、損金に算入できるか否かの判断に迷いやすい代表的な費用として、福利厚生費、交際費、備品などの購入費、減価償却を取り上げます。

3 福利厚生費、交際費、備品などの購入費、減価償却の損金算入

1)福利厚生費

福利厚生費とは、社内のコミュニケーションの円滑化や社員のモチベーション向上のために行われるイベント開催費や物品購入費などです。

基本的に、福利厚生費は全額を損金に算入できます。ただし、支出の目的が曖昧だったり、金額が一般的に見て高額すぎたりする場合、福利厚生費とは認められず、損金に算入できません。福利厚生費の詳細は、次の記事を参照ください。

2)交際費

交際費とは、取引先など社外の人との飲食費や、贈り物をした場合の物品購入代などです。

交際費は、原則として損金に算入できません。ただし、飲食費については、参加者1人当たりの代金が1万円以下(2024年3月31日以前のものは5000円以下)であれば、交際費ではなく、会議費などとして損金に算入できます。

また、資本金が1億円以下である中小企業の場合、社外の人との飲食費の50%までの金額(飲食費の金額を問わない。社内飲食費は除く)、もしくは飲食費に限らず年間800万円までの交際費のどちらか一方を選択し、損金に算入できる特例があります。交際費と会議費の詳細は、次の記事を参照ください。

3)備品などの購入費

備品などの購入費は、金額の大小や、どのくらいの期間使い続けられるものかなどによって考え方が変わってきます。

例えば、使用可能期間が1年未満、または取得価額が10万円未満のものであれば、消耗品費として、全額をその物品を使い始めた日に損金に算入でます。この他にもさまざまなルールがあるので、備品などの購入費の詳細については、次の記事を参照ください。

4)減価償却

減価償却とは、資産計上される備品など(以下「固定資産」)の損金処理の方法です。

会社の成長・発展のためには設備投資が欠かせず、数千万や数億円を使うこともあります。このように高額な固定資産については、使用の実態に合わせて、少しずつ損金処理していくルールがあり、それが減価償却です。

固定資産の減価償却は、種類・仕様・用途など、さまざまな要素ごとに細かく減価償却方法や償却期間(耐用年数)が決まっていて、その通りに計算しなければなりません。

ややこしいのは、財務会計では認められるが、税務会計では認められない方法などがあるため、税務会計の限度額を超えて減価償却費を計上してしまうことがあります。しかし、税務会計の限度額を超えた部分については損金に算入できないので注意が必要です。減価償却の詳細については、次の記事を参照ください(備品などの購入費のところで紹介しているのと同じ記事です)。

4 「経費・費用」と「損金」と経営者に必要な視点

いかがでしたか。普段何気なく使っている「経費」「費用」「損金」という言葉には、明確な違いがあることをお分かりいただけたと思います。

そして、「この支払いは経費で落ちる?」という質問には、単に会社から経費分のお金が戻ってくるということだけではなく、「それが損金に算入できたら税務会計上の所得が減り、税負担の減少につながる」という意味もありました。

一方、税負担を減らすという点だけに重きを置きすぎことは危険です。確かに損金に算入できれば税負担は減少します。しかし、そもそも備品などを購入するために支払った費用が会社に戻ってくるわけではないので、当たり前のことですが、会社の成長に効果のないお金の使い方、つまり無駄遣いはしてはいけません。

事業に必要な費用は使わなければなりませんが、何が必要で、何が不要なのかを判断するのは経営者です。しかも、その基準は会社の経営ステージによって変わります。経営者の計数感覚が試されるところです。

以上(2024年3月更新)

(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

画像:Wizatnicko-Adobe Stock