雨天時の運転中の歩行者見落としを防ごう(2024/6号)【交通安全ニュース】

活用する機会の例

  • 月次や週次などの定例ミーティング時の事故防止勉強会
  • 毎日の朝礼や点呼の際の安全運転意識向上のためのスピーチ
  • マイカー通勤者、新入社員、事故発生者への安全運転指導 など

雨の降る中で運転する機会が増える梅雨の季節。車の窓やサイドミラーに雨粒が付着したり、窓が曇ったりすると周囲の状況が見えにくくなることがあります。そのような中、歩行者の存在を見落としてしまうと、重大な事故を招くリスクが高まります。

今月は、視界が悪くなる雨天時の運転において、歩行者の見落としを防ぐにはどうすればよいかを考えます。

雨天時の運転

1.雨天時の事故発生傾向とその要因

統計によると、晴天時と雨天時の死亡事故件数を類型別割合で比べた場合、雨天時のほうが「人対車両」の割合が大きくなっていることがわかります。

事故類型別死亡事故割合

出典:公益財団法人交通事故総合分析センター令和5年版統計データより当社作成

なぜ雨天時に「人対車両」の事故が発生しやすくなるのでしょうか。車両の走行環境と歩行者の行動特性に分けて考えると、それぞれ以下のような要因が挙げられます。

【車両の走行環境】

  • 路面が濡れてスリップする
  • 視界不良になる
  • 特に豪雨時などは雨音で周りの音が遮られる

【歩行者の行動特性】

  • 傘で視界が遮られ、車の接近に気づきにくくなる
  • 水たまりを避けたり、傘を広げた歩行者どうしがすれ違ったりするとき、車道にはみ出ることがある

雨天時の事故発生

歩行者の行動が不安全になるのであれば、車両の運転者は歩行者をより確実に認知しなければなりません。次項では雨天時の視界不良と歩行者の見落としについて掘り下げて考えます。

2.雨天時の視界不良と歩行者の見落としについて

雨天時の直接的な視界不良要因として、フロントガラスやサイドミラーなどに付着した雨粒が挙げられます。

また眼の特性により、雨天時は以下のような見え方にも影響します。

雨天時の視界不良

  • 暗い色の傘やレインコートが目立たなくなる(晴天時より暗いため、眼の色を感じる細胞の働きが低下し、色の違いを識別しづらくします)
  • 暗い環境ではピントが合わせにくくなる
  • 夜間時、ライトの光や濡れた路面による光の反射のまぶしさが視界不良につながる

これら悪条件が重なると歩行者を見落とすリスクが高まることになります。

3.雨天時の歩行者見落としを防ぐには

【良好な視界を確保する】

運行前にワイパーゴムの切れ・ひび割れを点検し、デフロスタやデフォッガ(曇り除去装置)の正常動作も確認しましょう。窓についた油膜やミラーの水垢も除去しておくとよいでしょう。

【眼の特性を理解する】

周囲が暗いときは歩行者が見えにくくなります。よく見えるようにライトを点灯しましょう。歩行者からみても、ライト点灯により車の接近に気付きやすくなります。

ライト点灯なし

ライト点灯あり

写真資料:Ⓒ企業開発センター 安全運転フォトニュース2018年6月号より

【雨の日の歩行者の行動に注意する】

雨天時に不安全になりがちな歩行者の行動に留意し、危険予測運転を心がけましょう。

以上(2024年6月)

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画像:amanaimages

【自社を強くする管理会計(1)】管理会計は気負わずに

書いてあること

  • 主な読者:管理会計を取り入れたい中小企業の経営者、経理担当者
  • 課題:自社にとって効果的な理論や手法が分からない
  • 解決策:管理会計で大事なのは、経営者が知りたいことを数字で表現すること

1 管理会計とは一体何か?

管理会計には、予算管理や部門別損益といったイメージがあります。管理会計の勉強をしたことがある方は、CVP分析(Cost-Volume-Profit Analysis)やABC(Activity Based Costing)についても知っているかもしれません。しかし、これらの理論はよく知られていますが、会社の中では実際に目にすることが少ないものです。

そこで、本連載では、実務で本当に「使われている」と同時に「使える」(=役に立つ)管理会計のやり方を、特に中小・中堅企業を想定しながら解説していきます。

管理会計の定義を正確に覚えたり、管理会計の全体像を網羅的に説明したりはしません。なぜなら、皆さんのゴールは、自社に管理会計を取り入れることですので、それに直接役に立つ方法を中心に紹介します。

2 経営者が欲しい数字を届けよう

管理会計で最も大事なことは、経営者が欲しい数字を届けることです。分かりやすくいえば、管理会計というのは「経営者のための数字の見える化」です。管理会計が成功しているかどうかは、数字の提供状況について、自社の経営者が満足しているかどうかで判断できます。

経営者は日々多くの意思決定を行います。その際、判断を誤らないために役に立つのが、状況を客観的に教えてくれる数字です。

どのような数字を出したらいいかは、経営者や現場のトップがその答えを持っています。例えば製造業においては、業績不振の典型的な原因に「稼働率が低いライン」があります。そして、多くの場合、経営者や製造部門のトップはそのことにすでに気付いているものです。このとき、稼働率をラインごとに集計してみたり、業績が良かった過去も含めて5年間の稼働率の推移をグラフにしてみたりするといいでしょう。そうすることで、肌感覚だけに頼らず、正しく状況を把握することが可能になります。

例えば、プロ経営者として有名な松本晃さんがカルビーの立て直しを行ったときに、稼働率に注目し、徹底して改善に取り組んだというのは有名な話です。何に取り組んだら最も効果が高いのかを数字を使って検討する。これも立派な管理会計の取り組みの1つです。

3 正しさ以上に、スピードが大事

経営者に数字を提供するときに、大事なのはスピードです。前述のように、経営者が数字を欲しがるのは、これからのことを考えるのに使いたいからです。とすると、必要な数字をタイムリーに届けることが重要です。

もしあなたが経理畑で、経験も長いとすると、スピード以上に、正しさが気になるかもしれません。通常の経理では伝票を一枚一枚円単位で切るため、正しさが大事というのは当然の感覚です。しかし、管理会計の情報の使い手は、経営者です。多くの場合、1円単位はもちろん、会社の規模にもよりますが、数万円であっても経営者の意思決定においては誤差の範囲ということもあり得ます。正しさにこだわって、経営者が必要とするタイミングに数字が出せないとすれば、その方が問題なのです。

ぜひ経営者にとって、どのくらいの桁までは許容できるのか、そしていつまでに数字が欲しいのかを明確に把握しておきましょう。

4 予算管理から始めてはいけない

冒頭にも挙げた予算管理は、管理会計の代表例です。予算管理は、中小企業の管理会計で最も普及しているものだと思います。しかし、皆さんの会社が現在予算管理を行っていないのであれば、予算管理から管理会計の取り組みを始める必要はありません。

予算管理とは、年度初めに目標となる予算を作り、その通りに実績が推移するかを月次決算の都度確認していく手法のことをいいます。2~3カ月をかけて予算を作るという会社も多くあり、問題点の1つ目はまさにそこです。予算を作るのにあまりに時間がかかりすぎるのです。また、予算を作るには、会社全体の協力は必須であり、必要とする情報も膨大です。予算作りは、あまりに大がかりな取り組みといえます。

その結果、多くの会社では、年度初めの予算作りに疲弊してしまい、その後の進捗管理がおざなりになっている光景を見ます。しかし、これでは本末転倒です。予算という目標を立てるからには、本来達成に向けて期間中に頑張らなくては意味がないのです。

このような現状を踏まえると、時間も労力も多大に必要とする予算管理は、必ずしも取り組むべき管理会計とは言えません。むしろ、予算管理は、管理会計にある程度習熟した会社にとってこそ、効果的な管理会計の最高峰なのです。

もし、自社が予算管理をやっていない、またはうまくいっていない場合には、予算管理にとらわれずに、数字のPDCAを小さく回すことから始めてみてください。その題材は何でも構いませんので、前述の通り経営者が見たい数字から始めるといいでしょう。

予算管理もそうですが、世の中で管理会計として紹介されている取り組み全てを自社に取り入れる必要はありません。それよりは、経営者や部門のトップの声に耳を傾け、ヒントを得てください。それこそが、自社に合ったものであり、効果が期待できるものといえます。

5 「天気予報」のイメージを忘れない

管理会計を、皆さんのなじみのあるものに例えるなら、天気予報といえます。天気予報を皆さんが見るのは、これからの天気を知ることで、必要な準備をし、より快適に過ごすためでしょう。管理会計も同様です。得られた情報をもとに、会社のこれからをより良くできるからこそ、価値があるのです。管理会計は難しそうと気負わずに、経営者の声に耳を傾け、取り組めるところから小さく始めていきましょう。

以上(2024年6月更新)
(執筆 管理会計ラボ株式会社 代表取締役・公認会計士 梅澤真由美)

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画像:pixabay

定年再雇用で基本給を下げたら違法? 合理的な賃金設計をシミュレート!

書いてあること

  • 主な読者:まもなく定年を迎える社員を嘱託などとして再雇用する予定の経営者
  • 課題:再雇用後の賃金設計で社員とトラブルにならないか不安
  • 解決策:「いくらまでなら減額してよい?」ではなく「この人の仕事の価値はいくら?」という視点を持つ

1 「この人の仕事の価値はいくら?」という視点が大切

日本の会社では、社員の定年退職時に退職金を支払った後、「嘱託」などとして再雇用する「定年再雇用」が広く浸透しています。ただ、定年再雇用は再雇用時に労働契約を締結し直す働き方なので、定年後の労働条件をめぐって会社と社員の間でトラブルが起きるケースが少なくありません。

トラブルになりがちなのは「賃金」です。直近では2023年7月に、定年再雇用で嘱託になった職員の基本給を、正職員の頃の60%未満まで引き下げたことでトラブルが起き、最高裁判決までもつれこんだ事案がありました。詳細は後述しますが、その際、

高裁が「60%を下回るのは違法」と判断したのに対し、最高裁が「単純な額の問題ではなく、基本給の性質や支給目的を精査すべき」として、高裁に判決を差し戻した

ことが話題になりました(最高裁第一小法廷令和5年7月20日判決)。

この判決はいわゆる「同一労働同一賃金」、簡単に言うと「同じ働き方をしている人には、同じ賃金を支払いなさい」というルールを、最高裁が改めて明確に示したものです。「生涯現役社会」ともいわれる時代、定年再雇用はもはや当たり前の働き方になりつつありますが、

会社が再雇用後の賃金を決める際は、「いくらまでなら減額してよい?」ではなく「この人の仕事の価値はいくら?」という視点を持つ

ようにしないとトラブルになりかねません。

そこで、この記事では最高裁判決の内容に触れつつ同一労働同一賃金の基本をおさらいした後に、社員の働き方に応じた再雇用後の賃金設定のシミュレーション(社会保険労務士監修)を紹介します。

「同一労働同一賃金については大体分かっているから大丈夫」という人は、先に第3章(定年前後の働き方と賃金をシミュレートしてみよう)をご確認ください。

2 同一労働同一賃金の視点で、最高裁判決をひもといてみよう

同一労働同一賃金は、パートタイム・有期雇用労働法などを根拠とするルールで、その根幹にあるのは「均等待遇」「均衡待遇」という考え方です。

  • 仕事の内容などが同じなのに、非正規雇用であるという理由だけで正社員よりも低い労働条件にすることはできない(均等待遇)
  • ただし、能力や成果に基づく待遇格差は、合理的なものであれば問題ない(均衡待遇)

具体的には、図表1の3つの考慮要素をもとに判断します。「1.職務の内容」「2.職務の内容・配置の変更範囲」が同じなのに待遇格差を設けることはできません。ですが、「3.その他の事情」に該当する、個人の能力や成果に基づく格差は、合理的なものであれば認められます。

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さて、前述した最高裁判決の事案は、嘱託として再雇用された自動車学校の教習指導員2名が、

定年前後で「1.職務の内容」「2.職務の内容・配置の変更範囲」が同じなのに、再雇用後の基本給が定年前の40%台(月額7~8万円台)まで引き下げられたのは不合理だ

と訴え、これが同一労働同一賃金に違反しないか争われたものです。高裁と最高裁は、それぞれ図表2のように判断しました(基本給以外にも争点はありましたが、ここでは割愛します)。

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同一労働同一賃金の考え方に照らせば、本来「1.職務の内容」「2.職務の内容・配置の変更範囲」が同じなのに基本給を引き下げるのは不合理といえますが、最高裁の判断に基づくと、

能力や貢献度、健康状態、将来的なポテンシャルなどを考慮して、あえて定年前後で支給基準を変えているのなら、「3.その他の事情」に照らして必ずしも不合理とはいえない

と考えることができます。

以上、最高裁判決の内容に触れつつ同一労働同一賃金の基本をおさらいしましたが、そうは言っても、いざ再雇用後の賃金を決めるとなると、「本当にこの賃金設計で大丈夫か?」と不安になってしまう経営者もいるはずです。次章からは、社員の働き方に応じた定年再雇用の賃金設定のシミュレーションを紹介します。

3 定年前後の働き方と賃金をシミュレートしてみよう

冒頭で「この人の仕事の価値はいくら?」という視点で賃金設計をすることが大切とお話ししましたが、当然ながら「何となくこのぐらいの額」というような曖昧な決め方ではトラブルになるので、次のようなことを考慮しながら明確な基準に基づいて額を定める必要があります。

  • 仕事内容や役職は定年前から変わるか
  • 労働時間や、社会保険・雇用保険の適用(労働時間に応じる)は変わるか
  • 責任はどうなるか(仕事のノルマはあるか) など

図表3は、正社員(役職者、転勤あり、1日8時間×週5日勤務、社会保険あり、雇用保険あり、仕事のノルマあり、賞与支給あり)が定年後に再雇用される場合の働き方を、A~Dの4種類にパターン分けしたものです。赤字は、正社員時と働き方が変わる部分です。

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パターンA

能力も意欲も十分で、定年後も会社の戦力となる社員を想定しています。仕事の内容や労働時間に変更はありませんが、定年後なので今まで以上にプライベートも大事にしてほしいという意図から、役職、転勤、残業、ノルマはなしとしています。一方、仕事へのモチベーションはある程度維持したいので、「嘱託用評価制度」により正社員時の最大50%の賞与を支給します。

パターンB

パターンAと同じく能力も意欲も十分ではあるものの、自身の体調や家族の介護などの関係で、フルタイムでの勤務は難しい社員を想定しています。基本的な労働条件はパターンAと同じですが、労働時間(労働日数)を減らしています。

パターンC

能力はそれなりですが、意欲については「定年後なのでゆったり働きたい」というレベルの社員を想定しています。労働時間は1日6時間×週5日、社会保険と雇用保険の適用はありますが、仕事内容は正社員時よりも簡易な業務に変え、賞与の支給はなしとしています。

パターンD

副業や起業など新しいキャリアを模索しており、他の人ほど長く働けない社員を想定しています。労働時間は1日6時間×週4日、雇用保険の適用はありますが、社会保険の適用はなくなります。仕事内容は正社員時よりも簡易な業務に変え、賞与の支給はなしとしています。

これをベースに、パターンA~Dの月例賃金の賃金設計をシミュレートしたものが図表4です。

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図表4の中で押さえておきたい主なポイントは次の通りです。

1.正社員時を100%とした場合の総支給額の比率

パターンB~Dは、賃金の総支給額が正社員時の60%を下回っています。この「60%」というのは前述した最高裁判決の事案で、高裁が「生活保障の観点から看過し難い水準」と判断したパーセンテージでした。ただ、最高裁が判断している通り、賃金は「その性質や支給目的に照らして合理的といえるか」が重要なので、2.以降で紹介するように、まずは再雇用後の賃金支給について、明確な基準があるかどうかを確認しましょう。

なお、賃金が60歳到達時の75%未満に低下する社員については、一定の要件を満たすことで、雇用保険から「高年齢雇用継続給付」が支給されるので、制度を利用できる場合はその旨を社員に伝えておくとよいでしょう(ただし、2025年4月1日から最大支給率が15%から10%に引き下げられるので注意が必要です)。

2.基本給

基本給は、パターンA~Dの労働時間(図表3を参照)をベースにした額になっています。定年前(正社員時)に比べて労働時間が減った分だけ、支給額も減っているので、ある程度合理的な賃金設計といえるでしょう。なお、実際は職務の内容、職務の内容・配置の変更範囲など(図表1を参照)や会社の財務状況など、複数の要因を考慮して決定する必要があります。

3.諸手当

図表4に記載している諸手当の概要は次の通りです。

  • 役職手当:正社員の中から指定された役職者に対して支給
  • 資格手当:職務遂行に特定の資格が必要で、その資格を有している場合に支給
  • 精皆勤手当:欠勤せずに出勤することの奨励として支給
  • 交代勤務手当:交代制勤務がある場合に支給
  • 住宅手当:住宅費の負担を補助するために支給
  • 通勤手当:通勤費の負担を補助するために支給

今回、パターンA~Dの全てのケースで支給しているのは、精皆勤手当と通勤手当です。通勤したり、欠勤せずに出勤したりすることは、働き方の違いには直接関係がないので、再雇用後の社員にも支給すべきものです。

その他の手当については、支給対象としませんでした。役職手当などは役職者にのみ支給するものですし、その他の手当も、再雇用後の働き方が手当の支給要件にマッチしないのであれば支給は不要です。

やや判断が難しいのが住宅手当ですが、今回は「正社員は転勤があるのに対し、再雇用後は転勤がなく、正社員に比べ住宅費の負担が抑えられる」という理由から、支給しない設計にしてみました。

4.賞与

パターンAとBの社員には、前述した通り、賞与が支給されます。これはモチベーション維持のためでもありますし、同一労働同一賃金のルールに照らした際、「仕事内容が正社員時と変わらないのに、賞与は支給しないのは不合理」という考え方ができるためです。

一方、額については前述した通り、正社員時の最大50%としています。これは、パターンAとBがともに、仕事の責任が正社員よりも軽い(ノルマがない)ことを考慮したものです。50%は上限ですので、実際は評価制度に基づき、社員の成果と貢献を公正に評価して支給額を決めることになります。

以上(2024年6月作成)
(監修 ひらの社会保険労務士事務所)

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画像:VectorMine-Adobe Stock

【事業承継】「財産の承継」は合わせ技。基本的な方法を押さえよう

書いてあること

  • 主な読者:最も有利な方法で後継者に自社株式を集中させたい経営者
  • 課題:さまざまな方法があり、それぞれが専門的でよく分からない……
  • 解決策:財産の承継は合わせ技。後継者や経営者の年齢、経営見通しなどから判断する

1 事業承継で重要となる自社株式の評価

オーナー企業の事業承継では、自社株式の評価額が非常に重要になります。業績好調で利益を積み重ねれば自社株式の評価は上がりますが、事業承継に限っていえば、評価が上がるのは好ましいことばかりではありません。なぜなら、

親族内承継であれば評価額を下げたいですし、M&Aによる第三者への承継であれば評価額を上げたい

からです。実際、親族内承継の場合、後継者に株式の買い取り資金がないこと、譲渡の際の贈与税・相続税が高いということが課題となっています。

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自社株式を後継者に「安く」引き継ぐことが事業承継を成功させるポイントですが、

  • さまざまな方法があり、それぞれ専門的である
  • 専門家や支援機関によって指摘するポイントが違う

といった課題があり、とっつきにくい分野です。そこで、この記事では、親族内承継を中心に財産の承継において、これくらいは知っておきたいというポイントをまとめます。実際に取り組む際は、必ず専門家などにご相談ください。

2 後継者に「3分の2以上」の株式を集中させる

後継者に自社株式を集中させる必要がありますが、具体的な割合を意識していますか? 過半数あれば大丈夫と考えているかもしれませんが、これは「普通決議」ができる水準にとどまります。より安定的な経営をするためには、「特別決議」ができる3分の2以上を後継者に集中させなければなりません。「特別決議」で決められることには「定款の変更や組織再編など」があり、より積極的な経営がしやすくなります。

一方、長く続いている会社ほど株式が分散する傾向があります。そこで、

会社や後継者が自社株式を買い取り、後継者を対象にした新株発行などを通じて、後継者の持株比率を高めること

を検討する必要があるでしょう。

さらに、事業承継をした後の株式分散を防止するために、定款に株式譲渡制限や株式の買い取り請求に関する事項を定めることも検討しましょう。

3 自社株式の評価を引き下げる、引き継ぐ数を減らす

1)自社株式の評価を引き下げる方法

自社株式の評価方法はさまざまです。中小企業の場合、

  • 類似業種比準価額方式:事業内容が類似する上場会社の平均株価を参考に計算する
  • 純資産価額方式:評価時点で資産や負債を時価評価した場合の純資産価額を、自社株式の数で除して計算する
  • 両方を併用

が用いられますが、いずれも純資産価額を引き下げれば自社株式の評価は下がります。純資産価額を引き下げる方法には、

  1. 役員退職慰労金を支払う
  2. 不動産を購入する

などがあります。特に役員退職慰労金は、経営者と後継者が話し合ってしっかりと決めるべきです。経営者は「勇退時にいくら欲しいのか」を明確に告げ、時期を決めて支給すれば自社株式の評価を引き下げられます。とはいえ、いくらでもよいというわけではなく、過大であれば税務上否認される恐れがあります。また、不動産の購入についても相続時の評価などに注意する必要があります。

2)引き継ぐ自社株式の数を減らす方法

全株式を引き継ぐと後継者の負担が重くなります。「3分の2」の株式を後継者に集中させれば、残りの3分の1は別の株主でもよいわけです。それも、

会社の方針に賛成し、長期に保有してくれる安定株主が好ましい

ということであり、ここで検討されるのが「従業員持株会」の設立です。従業員に株式を保有してもらえば、経営の安定と事業承継時の後継者の負担軽減が実現します。

4 「相続」の負担を軽減する

高齢の経営者が親族内承継をする場合、「相続」が事業承継の中心的な話題となります。負担軽減にどのような方法があるのか、ポイントを簡単に紹介します。

1)相続時精算課税:イメージは2500万円+110万円

「相続時精算課税」とは、贈与税の先送りのような制度です。具体的には、生前贈与が2500万円まで贈与税が非課税となり、これを超える部分には一律20%の贈与税がかかります。実際に相続が発生した場合、生前贈与した部分も含めて相続財産を評価し、相続税を計算します(2024年1月1日以降の改正については後述)。

ポイントは、

生前贈与した時点と、相続した時点の財産の価値の違い

です。価値が小さいうちに生前贈与し、価値が大きくなったときに相続が発生すると、生前贈与時の小さい価値により相続財産とされるため、後継者の負担は軽減されることになります。つまり、将来、業績が向上して自社株式の評価が高まると考えるなら、相続時精算課税は有効ということです。

なお、相続時精算課税は後述する「暦年贈与」とは別の仕組みなので、110万円より少ない贈与でも申告が必要であり、ここが面倒な点でもありました。これの制度が改正され、2024年1月1日以降の贈与については、相続時精算課税に110万円の基礎控除の枠が設定されます。この110万円には贈与税も相続税もかからないため(相続財産にも加わりません)、申告も不要となります。

2)暦年贈与:イメージは毎年110万円

「暦年贈与」という制度もあります。これは、毎年110万円までの贈与が非課税となる制度です。非課税はうれしいところですが、毎年110万円までしか非課税枠がなく、10年間にわたって利用しても贈与できるのは1100万円です。経営者が若く、よほど計画的に事業承継を検討していない限り、メリットは小さいかもしれません。また、前述した相続時精算課税と併用することもできません。

なお、暦年贈与も2024年1月1日以降に変わります。これまで、たとえ暦年贈与でも死亡日以前3年間の分については、相続財産に加えることになっています。つまり、相続税がかかるということです。この取り扱いが変わり、

  • 死亡日以前3年間:これまで同様に全て相続財産に加える
  • 死亡日以前4~7年間:100万円を差し引いた額を相続財産に加える

といった取り扱いになります。

3)事業承継税制

事業承継税制とは、

一定の要件を満たし続ければ、承継した自社株式にかかる相続税・贈与税が猶予・免除される制度

です。一定の要件についての詳細は割愛しますが、簡単にいうとある程度の規模を継続しながら会社経営を続け、事業承継のたびにこの制度を使えば、相続税と贈与税が猶予・免除され続けるというものです。

4)持ち株会社(ホールディングス)

厳密には相続と違いますが、事業承継の通過点として持ち株会社(ホールディングス)が設立されることもあります。株式移転などの組織再編の手法を用いるのですが、

持ち株会社に会社の株式を移転。事業会社(元の会社)は、持ち株会社の100%子会社

とします。経営者は持ち株会社の代表、後継者は元の事業会社の代表になり、経営者は持ち株会社の代表の立場から後継者の経営をサポートします。ある意味で「院政」のような体制となりますが、後継者がまだ若い場合など、事業承継前のワンステップとして有効です。

5 遺言書の作成、家族信託の利用

1)遺言書の作成

ここまで後継者の負担軽減を前提に説明してきましたが、それ以外の親族への配慮も必要です。例えば、経営者に長男と次男がいて、後継者である長男にだけ遺産を集中させると次男が不満を覚え、兄弟げんかになって会社経営に悪影響を及ぼしかねません。そこで、経営者は「遺言書」を作成し、

遺産の配分や、配分した意図(法的拘束力はない)

を残しておくことが大事です。

なお、相続には「法定相続分」があります。例えば相続人が「配偶者や子」の場合、それぞれ2分の1ずつ相続できることになっています。しかし、遺言書を書くとこれを変えることができます。とはいえ、遺言書に書いたからといって法定相続分がゼロになることは問題なので、「遺留分」が定められています。相続人が「配偶者や子」の場合、それぞれ4分の1ずつ相続できることになっています。まとめると、

遺留分>遺言書>法定相続分

ということになります。

2)家族信託の利用

ちょっと視点は変わりますが、財産の承継を間違いなく行うために、「家族信託」を利用することもあります。家族信託とは、

経営者が家族に財産(自社株式も含む)の管理を託すこと

であり、経営者が認知症になった際の対策として利用されるのが一般的です。高齢な経営者は認知症のリスクがあり、万一の場合は冷静な判断ができません。そうなると事業承継どころか会社経営が立ち行かなくなってしまうため、家族信託を利用し、長男が「議決権」を行使できるようにするなどします。

6 M&Aを検討する際の主なポイント

1)M&Aの目的と課題

ここまで親族内承継を中心に考えてきましたが、最後にM&Aについても簡単に触れておきます。アンケートなどを見るとM&Aに対する悪いイメージは根強いようですが、一方で近年は後継者不足からM&Aによる第三者への承継が増えているのも事実です。M&Aによって想定されている効果と課題は次の通りです。

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2)M&Aの種類

M&Aにはさまざまな種類があり、代表的な方法およびそれぞれの特徴は次の通りです(中小企業庁「事業引継ぎハンドブック(2015年9月)」)。

1.株式譲渡

譲渡する側の会社のオーナー(経営者)が所有している発行済株式を、譲り受ける側の会社に売却し、子会社になることです。株主および経営者が交代するだけで、社員や社外の関係は変わりません。会社をそのまま存続させたいときや、オーナー(経営者)の持つ株式を現金化したいときに向いています。

2.事業譲渡

譲渡する側の会社が、その事業部門の全部または一部を譲り受ける側の会社に売却します。債権や債務、契約関係、雇用関係などについて、それぞれ同意を取り付けてなければいけないため手続きは煩雑です。

また、複数の事業のうちの一部だけを売却し、その他の事業は残したい場合には有効な方法です。

3.吸収合併・吸収分割

吸収合併は、譲渡する側の会社の全ての資産や負債、社員などを譲り受ける側の会社が吸収し、譲渡する側の会社は消滅します。雇用条件の調整や事務処理手続きの合意の形成が難航する恐れがあります。

吸収分割は、譲渡する側の会社が、その事業部門の全部または一部を分割した後、譲り受ける側の会社に承継させる方法です。労働契約承継法によって、社員の現在の雇用がそのまま確保されます。

3)M&Aに向けた事前準備と支援機関への相談

M&Aで会社を売却する場合、相手先との交渉に入る前に、仲介機関の選定や会社の実態把握、企業の「磨き上げ」などさまざまなことをしなければなりません。最も注意すべきなのは、

いかにして秘密を守り、外部への漏洩を防ぐか

です。第三者はもちろん、親族や友人、役員・社員に至るまで十分に注意しましょう。

また、こうした一連の手続きを自社だけで行うことは困難なので、専門的なノウハウを有する支援機関に相談しましょう。具体的には、事業引継ぎ相談窓口、事業引継ぎ支援センター、商工会議所、金融機関(銀行、生命保険会社、損害保険会社)、税理士、弁護士、M&A仲介業者などがあります。それぞれ得意分野や業務の範囲、報酬体系などが異なるため、実績や利用者の声などを十分調査して選択しましょう。その際、複数の機関から話を聞いて比較することを忘れないでください。

以上(2024年5月更新)
(監修 税理士 石田和也)

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画像:Mariko Mitsuda

自社は優遇措置を受けられる「中小企業」に該当するのか?

書いてあること

  • 主な読者:税制優遇の制度や補助金、助成金を利用したい経営者
  • 課題:一言に中小企業といっても、法律に示された定義の違いで自社が中小企業に該当せず、優遇制度を利用できないことがある
  • 解決策:どの法律なら、自社が中小企業基本法、法人税法などに定められた中小企業の要件を満たすのかを確認する

1 「中小企業」の定義をご存じですか?

税制優遇や補助金、助成金を受けるための要件の1つに、

「中小企業」であること

と示されていることがあります。この「中小企業」という言葉は、法律によって定義が違うことをご存じでしょうか。ある法律では中小企業の要件に該当していても、別の法律では該当しないため、補助金や助成金、税制優遇を受けられないことがあります。

そこで、この記事では、中小企業基本法、産業競争力強化法、法人税法、租税特別措置法、会社法で示されている中小企業の定義を整理します。自社がどの法律なら「中小企業」に該当するのか確認してみましょう。

なお、法律ごとに「会社」「法人」「企業」のように用語が異なるため、この記事でもそれぞれの法律に合わせて表記します。

2 法律ごとに違う中小企業の定義

1)まずは全体像を把握しよう

まずは、中小企業基本法、産業競争力強化法、法人税法、租税特別措置法、会社法で示されている中小企業の定義の全体像を把握してみましょう。資本金、従業員数、業種等によって中小企業の要件が異なることがよく分かります。

なお、産業競争力強化法の法改正については、2024年5月9日時点で国会の審議中となっています。それに伴い、下記の図表もこの時点での法律案を基に作成しています。

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2)中小企業基本法

中小企業基本法では、業種によって中小企業の定義が違います。まず、中小企業の要件を満たすかどうかの基準は次の2点です。

  • 資本金の額または出資の総額
  • 常時使用する従業員の数

次に、下記の図表で「資本金の額または出資の総額」「常時使用する従業員の数」のいずれかを満たしていれば、中小企業基本法における中小企業に該当するといえます。

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なお、別の業種に属する複数の事業を行っている場合は、「主たる事業」が属する業種で判断します。主たる事業は、直近1事業年度の決算書において、売上高などが最も大きい事業になります。

3)産業競争力強化法

政府は、従業員数が2000人以下で、中小企業に該当しない企業を「中堅企業者」と定義し、支援を強化することを柱とした「産業競争力強化法」の一部を改正する法律案などを閣議決定しています。

特に賃金水準が高く、国内投資に積極的な企業を「特定中堅企業者」と定義して、成長を伴う事業再編の計画を主務大臣が認定した場合、税制・金融面で支援する方針です。

2024年5月時点で国会審議中となっていますが、正式に施行された場合は、例えば製造業において常時雇用する従業員数が300人を超え、2000人以下かつ、資本金が3億円超の企業が中堅企業者と定義されます。

4)法人税法

法人税法では、中小企業に該当する法人を中小法人等と規定しています。中小法人等に該当するためには、次のいずれかの要件を満たす必要があります。

  • 普通法人のうち、資本金の額もしくは出資金の額が1億円以下であること
  • 資本または出資を有しないもの
  • 公益法人等または協同組合等
  • 人格のない社団

ただし、次の要件に該当する法人を除きます。

  • 資本金の額または出資金の額が5億円以上の法人等による完全支配関係(簡単に言うと、100%の支配)があること
  • 複数の大法人(資本金の額または出資金の額が5億円以上の法人等)に発行済株式の全部を直接、もしくは間接的に保有されていること

5)租税特別措置

法租税特別措置法では、中小企業に該当する法人を中小企業者と規定しています。中小企業者に該当するためには、次のいずれかの要件を満たす必要があります。

  • 資本金の額もしくは出資金の額が1億円以下であること
  • 資本または出資を有しない法人(公益財団等)については、常時使用する従業員数が1000人以下であること

ただし、次の要件に該当する法人等を除きます。

  • 発行済株式の総数または出資の総額の2分の1以上を同一の大規模法人に所有されていること(発行済株式は、自社の株式または出資を除いた分が対象)
  • 発行済株式の総数または出資の総額の3分の2以上を複数の大規模法人に所有されていること(発行済株式は、自社の株式または出資を除いた分が対象)

また、「適用除外事業者(前3事業年度の平均所得金額が15億円超の中小企業者)」に該当する場合も、優遇措置の対象から除かれます。

なお、大規模法人とは、中小企業者の要件に該当しない法人または大法人(資本金の額または出資金の額が5億円以上の法人)による完全支配関係がある法人等をいいます。

6)会社法

会社法では、中小企業の定義がなく、大会社のみが規定されています。次のいずれかの要件を満たせば大会社に該当します。逆に言えば、次のいずれの要件も満たさない場合は、便宜上、中小企業(大会社以外の会社)といえます。

  • 最終事業年度に係る貸借対照表に資本金として計上した額が5億円以上
  • 最終事業年度に係る貸借対照表の負債の部に計上した額の合計額が200億円以上

また、会社法における大会社は、決算公告や内部の組織について規定があります。会社法における大会社と非大会社(中小企業)の分類は次の通りです。

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大会社では、取締役会の内部統制義務(注)がある、会計監査人を置かなければならない、決算公告は、貸借対照表と損益計算書の開示が必要といった規定があります。

これに対して、非大会社では、監査役会と会計監査人の設置は任意、決算公告は貸借対照表のみとしていますが、自社が発行する株式の一部または全部を自由に譲渡可能な公開会社(定款で株式の譲渡制限を設けていない会社をいいます)の場合は、3人以上で構成する取締役会を設置する必要があります。

(注)株主から経営を委ねられた取締役会が主体となり、取締役の業務が会社法や自社の定款にのっとり、適切に行われているかどうかチェックするための体制をいいます。大会社かつ取締役会設置会社の要件に該当する場合に内部統制義務があります。

以上(2024年6月更新)
(監修 税理士 石田和也)
(監修 弁護士 坂東利国)

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画像:pixabay

自社の成長に役立つ「補助金選び」と採択される事業計画づくりのポイント

書いてあること

  • 主な読者:補助金を自社の成長に役立てたい経営者、事業部長
  • 課題:補助金選びや、採択されるための事業計画づくりのポイントを知りたい
  • 解決策:補助金の目的・対象者・要件に合致しているか確認して申請する。事業計画は、審査項目を明記し、補助金が必要な理由を分かりやすく記載する

1 補助金は申請すれば必ずもらえるとは限りません

お得な資金調達と考えられている補助金や助成金。実は次のような違いがあります。

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助成金は受給要件を満たすことと書類に不備がなければ受給できますが、補助金は申請時に事業計画の提出を求められ、事業計画の内容が審査されて採択・不採択が決まります。ハードルが高いといえますが、

補助金は、原則として返金不要(事業で利益が出た際に一部納付する収益納付の場合もあります)

であることが大きな特徴です。

うまく補助金や助成金を使いたいところですが、国や地方自治体などがさまざまな事業を行っているので、どのように選び、どのように活用したらよいのか迷う方も多いようです。また、近年は補助金も助成金も受給要件について、細目が追加や変更され複雑化しています。

この記事では、数ある補助金の中で、主に企業の成長に活用される補助金の選び方と、事業計画が採択され補助金を得るためのポイントをご紹介します。

2 目的・対象者・要件に合致したものを選ぶ

補助金の目的と内容はさまざまです。さらに最近の傾向として、1つの補助事業の中に「成長分野進出枠」「コロナ回復加速化枠」「サプライチェーン強靱化枠」など、多数の枠が設けられているケースもあります。また、その枠の中に、「通常類型」「GX進出類型」と細分化されていることもあります。枠や型というのは、「申し込むコース」と考えると分かりやすいでしょう。それぞれの枠や型に要件が定められていることもあります。

補助金は、補助事業ごと、枠・型ごとの、目的・対象者・要件に合致しているものを選びましょう。

補助事業の目的(何のための補助金なのか)・対象者・要件は、補助金の“ルールブック”である公募要領に記載されています。

補助金の申請を検討する際は、公募要領を読み込まなければなりませんので、時間がかかります。そのような場合は、専門家(中小企業診断士など)に相談することをお勧めします。また、各補助金には概要版やガイドブックが作成されていることもありますので、制度の概要を確認したい場合はそちらを参照されるとよいでしょう。ただし、公募要領と違って、あくまで概要版ですので、要件について細部まで記載されているわけではありませんので注意が必要です。

1)目的を確認する

まず、補助事業の目的を確認しましょう。自社が補助金を得て取り組みたい事業が、補助事業の目的に沿うかをチェックします。目的に沿わない申請は、審査で対象外と判断されてしまいます。

例えば、コロナ後に新設された事業再構築補助金の場合、目的は次のように書かれています。

「新型コロナウイルス感染症の影響が長期化し、当面の需要や売上の回復が期待し難い中、ポストコロナの時代の経済社会の変化に対応するために新市場進出(新分野展開、業態転換)、事業・業種転換、事業再編、国内回帰、地域サプライチェーン維持・強靱化又はこれらの取組を通じた規模の拡大等、思い切った事業再構築に意欲を有する中小企業等の挑戦を支援することで、日本経済の構造転換を促すことを目的とします」

既存店舗を増やしたり休眠会社を復活させたりというのは、そもそも目的から外れているわけです。また、補助対象経費に関して、建物の新築もしくは改修、機械装置、システム構築のどれか1つ以上を計上することが求められているため、「実質的には中小企業への設備投資などが目的になっている」ことを読み解く必要があります。

2)対象者を確認する

次に、対象者を確認しましょう。公募要領では補助金の対象者を明記しており、表でまとめている場合が多いです。また、多くのケースでは、対象者は従業員数や資本金の額によって決められています。

補助金は基本的には経済産業省の管轄の中小企業(商業、工業)が対象ですが、補助金によっては、学校法人や医療法人が対象の場合もあります。ただし、大企業の関連会社は対象外のことが多いので注意しましょう。また、

幾つも会社を経営している場合(会社の株の過半数を持つ場合)は、1つの会社で交付決定(補助予定金額の決定通知)を受けると、同じ補助金については、他の会社で申請できなくなることもあります

ので、公募要領で確認してください。

3)要件を確認する

目的、対象者の確認が済んだら、要件を確認しましょう。補助金には複数の要件を課しているものが多いので、

全ての要件を満たす必要があるのか、一部でよいのかを確認します。

また、対象の事業終了後(申請した経費を使い、実績報告書を提出し終えた後)に、賃上げなどの要件が課されている場合がありますので要注意です。

要件を満たさない場合は、補助金の一部(もしくは全額)を返還することを義務付けられていることがあります

ので、しっかりと公募要領を確認してください。

4)補助対象経費の内容、補助率、補助金額の上限にも要注意

目的、対象者、要件に合致しても、

必ずしも事業に関する全ての経費が補助されるわけではありません。

公募要領には補助対象経費についても詳しく記載されていますので、内容、補助率、補助金額の上限などを確認しましょう。補助対象外の例も挙げられています。

補助対象経費の説明書きに記載されていない場合は、補助の対象外の可能性があると考えることがベターです。

補助の対象かどうか迷うときには、事務局やコールセンターに連絡して確認しましょう。また、たとえ補助の対象となっていたとしても、

原則、補助金は精算払い(後払い)なので、補助対象経費を自社で立て替えることが必要

です。融資等を検討する場合は、金融機関等との相談も行いましょう。

5)参考:国の4大補助金と新たな補助金

ここで、参考として、国が幅広く行っている「4大補助金」とも呼ばれる補助金の概要を紹介します。補助金選びにお役立てください。多様な枠や型がありますので、必ず補助金の公募要領で細目をご確認ください。

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新たに2024年に新設された補助金があります。令和5年度補正予算「中堅・中小企業の賃上げに向けた省力化等の大規模成長投資補助金」です。

  • 補助上限が50億円(最低投資額10億円以上)、補助率1/3
  • 工場等の建物費や製造機械等の機械装置費等が補助対象
  • 一定以上の賃上げが要件

中堅企業も対象になるのが珍しいですね。今年(2024年)に第2回公募が予定されています。次年度以降も公募があるかは不明ですが、今後、中堅企業への補助金も活性化するかもしれません。

3 採択される事業計画づくりのポイント

申請した事業計画が採択されなければ補助金は受給されません。採択される事業計画づくりにはポイントがありますので紹介します。

1)様式と枚数制限を守る

補助事業によっては、

事業計画の様式を指定していたり、計画書の枚数制限をしていたりする場合があります。

必ず公式のウェブサイトで様式や枚数制限の有無を確認しましょう。様式を指定していない場合でも、参考様式を公開しているケースがあります。必ずしも参考様式を使用することはありませんが、事業計画に盛り込むべき必要項目が記載されている場合がありますので、確認しておきましょう。

枚数に関して、「〇〇枚以内」と書かれている場合は、必ず規定枚数以内に収めてください。

審査が厳しい場合は、枚数を超過すると「不備」として不採択になることがあります。

2)審査員への説得文のつもりで合理的に分かりやすく

事業計画には、自社の現状を踏まえ、「なぜ補助金の活用が必要なのか」「補助金を活用することで自社の業績にどう効果が出るのか」というストーリーを、合理的に一貫性を持たせて記載しましょう。事業計画を「審査員への説得文」と捉えるとよいでしょう。

審査員が審査にかけられる時間は、1つの事業計画につき短いものは15分ほどといわれています。短時間で事業計画を確認し採点しますので、分かりやすさも重要です。

ストーリーの分かりやすさはもちろん、図やイラストなどを用いるとより効果的になります。

事業計画に記載する内容は補助金によって細目が異なりますが、大まかには次のようなものになります。

  • 現在の自社の事業の概要、財務状況、内部環境分析と外部環境分析
  • 補助金を活用して実施する新規事業の必要性
  • 新規事業の具体的な内容
  • 新規事業の市場分析、競合分析、自社の優位性や差別化要素
  • 新規事業の課題やリスクと解決方法
  • 実現可能性の高いマーケティング戦略
  • 実施体制、スケジュール、資金調達計画
  • 収益計画

3)審査基準を押さえる

事業計画の審査では、複数の審査員が、主観や事業計画の印象ではなく、審査基準に従って点数を付けているといわれています。補助金の公募要領には審査基準が記載されています。

例えば、ものづくり補助金(ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金)では、次のような審査項目例があります。

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審査項目(1)には、「要件を満たすか」が書かれていることが分かります。審査項目に入っているものですので、事業計画にも「この要件を満たしている」旨の記載が必要になります。

電子申請の場合、申請画面に入力するだけでなく、事業計画にも記載してください。

また、(2)のそれぞれの質問に対する回答も事業計画に明記しましょう。前述したように、審査員は短時間しか審査にかけられません。そのため、

ニュアンスで分かるというレベルではなく、明記されていることが重要です。

4)加点項目を押さえる

審査員が事業計画を審査する際、

多くの場合は「加点審査」であり、減点はないといわれています。加点項目は公募要領に記載されていることがありますので、必ず確認しましょう。

補助金を支援するコンサルタントなどからすると、加点項目は単なる「付け足し」ではなく、「該当項目は必ず盛り込む項目」です。

「加点項目があって当然、なければ他社と比べて弱い」といえるくらい、加点項目を盛り込むことは重要です。

また、場合によっては減点項目が設定されていることもあります。例えば、

過去に類似の補助金を受給している場合に減点されることがあります

ので、減点項目が設定されているかどうか、忘れずに確認しておきましょう。

4 こんな事業計画は採択されにくい!

最後に、採択されにくい事業計画について解説します。「採択されない」と悩む経営者の事業計画には、大きく分けると次の3つの傾向が見られます。

1)ストーリーが分かりにくい/一貫性がない、専門用語の解説がない

自社の業務や研究開発の説明に大半を使ってしまい、自社の現状を踏まえての「なぜ補助金の活用が必要なのか」「補助金を活用することで自社の業績にどう効果が出るのか」という、ストーリーの説明が不足している事業計画は採択されにくいです。

加えて、専門用語の解説がないものも多く見られます。審査員は、必ずしも各業界の業務内容まで理解しているわけではありません。過去の業務経験で知っている場合がありますが、審査員は業界を知らないものとして記載しましょう。ポイントは、

中学生が読んでも理解できる内容を目指す

ことです。

2)審査項目の記載漏れがある

不採択の事業計画の特徴の1つに、審査項目の記載漏れが散見されます。審査項目は、必ず分かりやすく記載してください。

審査項目を審査員に見落とされないようにする

ことも大切です。

3)根拠がない、もしくは弱い

「なぜ機械を導入する必要があるのか」「なぜ新規事業で売り上げが立つのか」という説明に対して、その根拠がない、もしくは根拠が弱いものがよくあります。

特に採択か否かの差がつくのは、事業化の箇所です。

不採択になる事業計画には、「なぜ新規事業として成り立つのか」が分かりにくい、もしくはその記載がほとんどない場合が多いです。事業化した後の想定までしっかりと検討した上で、事業計画に落とし込んでください。

昨今、補助金の制度自体が複雑化しており、募集時期が変わるたびに枠や要件が変更されることもあります。申請を検討する際は、必ず最新の情報をご確認ください。補助金をうまく活用して、自社の成長に結び付けましょう。

以上(2024年6月更新)
(執筆 川崎朋子)

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画像:shutterstock-bleakstar

孤高の天才ドライバー、アイルトン・セナ。彼が言う「集中」の意味、そして勝利への覚悟が分かる一言とは?

結局、自分や他人の失敗から学んでいくしかないんだ。それが僕のいう、『コンセントレーション(集中)』の意味だ

アイルトン・セナは、F1世界選手権において、1988年、1990年、1991年と計3度のチャンピオンを獲得した、ブラジルのレーシングドライバーです。彼がレース中の事故でこの世を去ってからちょうど30年。今なお世界中のレーシングファンの憧れであるセナは、1988年からの約6年間、イギリスのレーシング・チームであるマクラーレンに所属していました。当時、マクラーレンとタッグを組んでいたのは日本企業のホンダです。

冒頭の言葉は、当時ホンダのF1総監督だった桜井淑敏(さくらい よしとし)氏が、セナに「F1のドライビングの難しさは?」と聞いた際の返答の一部です。セナが口にした「集中」という言葉を、私たちは「余計なことを考えず、一点だけを見据える」という意味で捉えがちですが、彼の場合はその逆でした。セナの考える集中とは、「自分を取り囲むあらゆる要素、つまりレースにおけるその時々の状況、サーキットやマシンのコンディション、天候などを完全に理解すること」でした。要するに、ゴールの一点だけを見据えて走るのではなく、視野を広く持って周囲を冷静に観察しながら走るというアプローチです。

デビューして間もない頃のセナは、速く走りたいと気が急くあまり、マシントラブルやアクシデントを起こすことが度々ありました。ただ速く走るだけではトップに立てないと気付いたセナは、「自分の感情をコントロールし、置かれているシチュエーションを完璧に読み解くこと」を信条とします。何度も失敗を繰り返しますが、その失敗の繰り返しこそが彼の集中力を研ぎ澄ましていったのです。その先に3度のチャンピオン獲得という栄光があったことは言うまでもありません。

社員の人生や会社の未来を一身に背負う経営者もまた、並大抵ではない集中力が求められますが、「成功したい」と気が急くあまり、周りが見えなくなっているときはないでしょうか。そんなときこそセナの言葉を思い出し、「自分や会社の置かれているシチュエーションを読み解くこと」に集中してみてください。

そして、もう1つ忘れてはならないのが、集中を支える「原点」です。誰しも集中力を維持することは簡単ではありません。なぜ、セナは維持できたのか。それは、一選手としての重圧だけでなく、故郷の未来も背負って戦っていたからです。

セナは生前、獲得した多額の賞金を匿名で、故郷・サンパウロ(ブラジル)の病院や施設に寄付していました。レースを終えるたびに貧富の差が激しい故郷へと戻り、その現状を見て「故郷のために負けられない」と気持ちを新たにし、次のレースに向かう。それが彼の原動力だったのです。

自分の原点は何か。自分は今どこに立っているのか。冷静に考えていけば、視界はクリアーになり、進むべき道が自然と明らかになります。その先にはきっと、「成功」という勝利のチェッカーフラッグが見えてくるはずです。

出典:『セナ(RiversidePress)』(桜井淑敏、谷口江里也(著)、早川書房、1996年12月)

以上(2024年6月作成)

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【事業承継】後継者に読んでほしい。自信を持って理想を追求しよう

書いてあること

  • 主な読者:事業承継したばかりで、プレッシャーを感じている経営者(後継者)
  • 課題:老舗のブランド、積み上げてきた利益など、これらを守るプレッシャーが……
  • 解決策:変化の激しい時代。守るだけではなく、新たに創る。後継者にはその権利がある

1 先代からの授かり物ではなく、未来からの預かり物

後継者は望むと望まざるとに関係なく、先代が築いたさまざまな経営の資産を引き継ぎます。収益や負債、それ以外にも会社の雰囲気のような無形のものまで引き継ぎます。先代が抜群のカリスマ性で組織を率いていたら、後継者は自分にもカリスマ性があるか悩みますし、周囲も先代と後継者を比較します。

そのようなとき、後継者の選択は、

  • 先代のまねをする
  • 自分を出す
  • 最初だけ先代のまねをする

といったものです。2つ目の「自分を出す」であれば、

「私は先代のようなカリスマ性はありませんので、全員で知恵を出し合いながら経営をしたいと思います。どうか力を貸してください」

などと宣言します。後継者は後継者であり、自由なのです。

ただし、一つだけ決して忘れてはならないことがあります。それは、

その経営の資産は、先代からの授かり物ではなく、未来からの預かり物である

ことです。先代が残してくれたものは、会社をさらに発展させて未来にバトンをつなぐために使うものなのです。

2 とはいえ、さまざまなプレッシャーが……

1)失敗をしてはいけない?

「自分は自分」と思っていても、会社が積み重ねてきた歴史はやはり重たいものです。老舗のブランド、積み上げてきた利益など、後継者はそれらを守らなければならないというプレッシャーを感じるでしょう。

厳しいようですが、これは後継者の宿命として受け入れるしかありません。また、新しいことにチャレンジしなければ老舗であっても潰れる時代ですから、「ブランドを守りつつ、新しいことにチャレンジする」という難しいかじ取りも求められます。これを実行した結果、一時、収益は落ち込むかもしれませんが、将来の飛躍のための通過点と割り切るくらいのハートの強さを持ってください。

2)この雰囲気を壊してはいけない?

特に中小企業の場合、社長の意向やキャラクターによって会社の雰囲気が決まります。今、先代の雰囲気で会社がうまく回っているとしたら、後継者はそれを壊したくないとプレッシャーを感じるでしょう。事業承継をきっかけに辞める社員が出ているようなら、なおさらです。

しかし、これは一過性のものなので安心してください。後継者は意識しなくても、後継者がそこにいるだけで、自然に後継者の雰囲気が会社になじんでいきます。また、ほんの一部の社員を除けば、社員は後継者が考えているほど過去の雰囲気に固執していませんし、深く考えてもいません。

3)取引を守らなければいけない?

当然ながら、これまでの取引を守らなければならないというプレッシャーを感じるでしょう。しかし、残念なことに、自社との取引を見直したいと考えていた先は、事業承継をきっかけに取引解消や値下げを申し出てくるかもしれません。いきなりタフな交渉となりますが、結果はどうあれ、やられっ放しは駄目なので、つらくても踏ん張って自身の存在感を示してください。

見方によっては、事業承継をしてすぐにタフな交渉に臨むことで、経営者としての胆力も鍛えられるでしょう。それに、事業承継を利用したいのはこちらも同じです。例えば、

先代の時代は紙でやりとりしていた請求書などを、代替わりでDXを推進することになったのでデータにするように依頼する

など、取引慣習を見直す絶好のチャンスです。

いずれにしても、最初のうちは取引先と交渉する内容について先代に相談するようにしましょう。どういった経緯で現在の取引になっているのかが分かれば交渉を有利に進められます。

3 後継者が自分のために取り組んだほうがよいこと

1)メンターや仲間を持つ

困ったことがあったときに限らず、定期的に話を聞いてくれるメンターを持ちたいものです。全く別の視点からのアドバイスは、後継者にとって厳しくもあり、優しくもあります。メンターはさまざまな出会いの中で見つけます。「この人だ!」という人がいたらメンターになってほしいとお願いすればよいですし、経営者仲間から紹介してもらうこともできるでしょう。

また、よくいわれることですが、経営者は孤独です。それは、経営者の気持ちは経営者しか分からないところがあるからです。そこで、ぜひとも、利害関係のない経営者仲間を持ちたいものです。後継者教育の一環として大学院に通ったのなら、その同窓生は仲間になりやすいです。異業種交流会に参加して、気の合う経営者と仲良くなることもできます。相手も経営者仲間を探しているので、ハードルは高くないです。

2)サボらず勉強する

経営者は多忙ですが、勉強しない人はいません。「本を読む」「人から話を聞く」など、どのような方法でもよいので、ぜひ、最新で多様な情報に触れる機会を必ず持ってください。これを怠ると、本当にあっという間に時代に取り残され、周囲の話についていけなくなります。

なお、勉強するというと専門家のような知識を身に付けることを考えるかもしれませんが、そこまでの必要はありません。肝となる部分さえ押さえておけば大丈夫です。ただし、念のためにお伝えしますと、

本業については他を寄せ付けないほどの専門家

でなければなりません。

以上(2024年5月更新)

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画像:Mariko Mitsuda

2024年6月から始まる「定額減税」の内容とやるべきことを整理

書いてあること

  • 主な読者:社員の給与計算を担当している給与計算担当者
  • 課題:イレギュラーな手続きであるため、減税の処理の漏れも心配だが、そもそも現場では何をすればよいのか把握できていない
  • 解決策:2024年6月以降に支払う給与等の源泉徴収税額から定額減税額を控除し、年末調整時も定額減税を反映させた精算が必要になる

1 2024年6月から始まる「定額減税」とは?

昨今の物価上昇を上回る賃上げを実現するために、令和6年度税制改正で決まった所得税と住民税の定額減税。定額減税とは、

2024年6月以降、会社から支給される従業員の給与、賞与から所得税と個人の住民税に一定額の減税(税額控除)が行われる制度

です。

定額減税の処理の一部は、社内の給与計算担当者が一定の調整を行わなければなりません。もし、その調整を忘れてしまうと、社員が受けられるはずの減税の恩恵を受けられず、損をしてしまいます。定額減税のようなイレギュラーな対応を漏れなく行うために、事前に何をすべきなのか、制度の概要とともに何をすべきかを把握しておきましょう。

1)定額減税の対象者

定額減税の対象者は、以下のすべての要件を満たす人です。

  • 2024年1月1日時点で日本国内に住所を有する個人、または現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人であること
  • 2024年分の所得金額が1805万円以下であること
  • 給与収入のみの場合は年収2000万円以下であること
  • 子ども、特別障害者等を有する者等の所得金額調整控除の適用を受ける場合、2015万円以下であること

2)定額減税の減税額

実際の減税額は次の通りです。

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2 【所得税】定額減税で新たに生じる実務

所得税については、

  • 給与計算:2024年6月以降に支払う給与などの源泉徴収税額から定額減税額を控除(月次減税事務という)
  • 年末調整:2024年10月~12月の年末調整作業時に定額減税額に基づいた精算を行う(年調減税事務という)

の2つの実務が生じます。

1)給与計算

2024年6月1日以降に支払う給与について、月次減税額(2024年6月以降に支払う給与などの源泉徴収税額から控除する3万円の定額減税額)を源泉徴収額から、できる限り控除します。

賞与支給月は、同月に給与と賞与の支給が発生すると思います。まず先に支給される給与もしくは賞与から月次減税額を控除します。控除しきれない場合、その後に発生する給与もしくは賞与から残額を控除します。

もし、従業員の収入額や扶養家族の人数などにより、6月中の給与や賞与だけで月次減税額の上限に達せず、控除しきれない場合は7月以降の給与や賞与に繰り越して残額を控除していきます。

なお、これらの処理は、2024年6月1日時点で勤めている従業員(定額減税対象者で、扶養控除等申告書を提出している人に限る)に対して行います。6月2日以降に入社した従業員については月次減税事務ではなく、年末調整減税事務で対応します。

また、2024年6月時点では、合計所得金額が1805万円を超えると見込まれる役員や従業員に対しても月次減税処理を行う必要がある点には注意が必要です(年末調整時において精算)。

2)2024年末の年末調整ですべきこと

従業員本人およびその家族の12月31日時点の状況を確認し、

  • 所得税の定額減税対象者であること
  • 定額減税対象者の場合の減税額

を確認した上で年末調整により年間の所得税額の調整を行います。

また、6月2日以降に入社した従業員や役員(前職で定額減税の処理が終わっている人は除く)に対しては、ここで定額減税額を控除します。なお、年末調整時に合計所得金額が1805万円を超えると分かっている役員や従業員については、この制度の対象外であるため、定額減税額を控除しないで年末調整を行います。

3 【住民税】定額減税で新たに生じる実務

1)住民税の処理の基本

住民税の実務はシンプルです。具体的には、

各市区町村から、定額減税を反映した特別徴収税額決定通知書が送付されてくるので(各従業員分)、そこに記載されている金額を法定控除する

ことになります。

注意すべきは特別徴収です。従来、ほとんどの給与所得者は前年度の所得に基づいて当年6月から翌年5月にかけて給与から住民税を特別徴収します。しかし、定額減税の対象者については、

2024年6月の特別徴収額を0円

とします。その上で、以下の計算式で計算した金額を11で割った金額を年間の住民税として、2024年7月の給与から2025年5月の給与にかけて特別徴収します。

所得割―定額減税額+均等割+森林環境税

2)源泉徴収票への記載

定額減税の対象者については、源泉徴収票の摘要欄に以下の通り記載する必要があります。

「源泉徴収所得税減税控除済額〇〇円」

「控除外額〇〇円」

ちなみに、年末時点で控除外額がある場合の調整給付に関しては、各市区町村により実施されるため企業側の対応は不要です。

以上(2024年6月)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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【事業承継】後継者を信じて教育し、見込みがなければ厳しくても引導を渡す

書いてあること

  • 主な読者:具体的に後継者教育を進めていこうとしている経営者
  • 課題:多くの社員を教育してきたが、「後継者」の教育となると重みが違う……
  • 解決策:主役は後継者。つらさよりも楽しさを伝え、一緒に中期経営計画を策定する

1 信じて教育する

事業承継で大切なのは後継者選びですが、その後の後継者教育は大変です。なぜなら、後継者教育には、

  • 長い取り組みとなる(3~5年程度が多い)
  • 後継者の覚えが悪くても、信じて教育し続けなければならない
  • それでも見込みがなければ、後継者候補を変えなければならない
  • 自身の経営哲学を押し付けるわけにはいかない

といった特徴があるからです。長期の取り組みの中で経営者と後継者が衝突することは避けられないでしょうし、後継者が経営者には不向きであることが分かれば、そのことを後継者に伝えて引導を渡さなければなりません。相手が自身の子供であっても例外はありません。

後継者教育は覚悟を決めた経営者でなければできない最後の人材育成です。それも、

後継者は「もう私には無理です」と辞退することができます。しかし、経営者に代わりはおらず、逃げることができない

ということです。実際、半数近い会社では経営者(社長)が直接教育をしています。

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教育方針は経営者の考え方次第であり、それが尊重されるべきです。この記事では、後継者教育をする経営者のお手伝いとして、重要となるポイントを紹介しています。「それはやめたほうがいいですよ」と、経営者には耳の痛いこともあるかもしれませんがお付き合いください。

2 経営者は、まずこの3つを理解する

1)経営感覚は少しずつ養われる

経営者の皆さんが若手だった頃は、「石にかじりついてでも3年」と、どんなにつらくても自分のためになると踏ん張ってきたことでしょう。今でこそ「あのときの経験があるから今がある」と迷わずに言えるでしょうが、若かった頃は「何でこんなに苦労しなければならないんだ」と思っていませんでしたか。経営者が長い時間をかけて培ってきた考え方は、やはり一定の時間をかけてゆっくりと伝えていかないと後継者がついてこられません。

2)主役は後継者である

後継者教育の主役はあくまでも後継者です。よく指摘されるポイントですが、多くの経営者は「取引先に後継者を連れて行ったときは、後継者にしゃべらせているから大丈夫」などと言います。これはこれでよいのですが、もっと大切なのは、目に見える言動というよりも、後継者の「考え方」を尊重することなのです。日ごろ「君の考えは甘い」と後継者を認めていないのに、訪問先に行ったときだけ引き立てられたら、後継者は余計に嫌になります。

3)つらさよりも楽しさを

経営者は幾多の困難を乗り越えてきており、そうした話をすることが後継者のためになると考えます。しかし、経営の厳しさやリスク、そして経営者の孤独などつらさばかり伝えられたらどうでしょうか。もともと「経営者になりたい!」と志していた後継者ならいざ知らず、迷いがある後継者にとっては、「やっぱり自分には無理かも……」となってしまいます。経営の楽しさや、やりがいを伝えなければなりません。

3 経営者にしかできない地ならし

1)事業承継の告知と反対者への対応

前章の3つをご理解いただいた上で後継者教育を進めていくのですが、まずは社内の地ならしをしましょう。事業承継や後継者のことを理解してもらうには長い時間がかかります。そのため、経営者は後継者と事業承継の時期を早い段階で告知したほうがよいでしょう。できれば、事業承継の2年ほど前に告知するのがよいと考えられます。

そうすると、残念なことに「退職する社員」が出てきます。また、特に幹部社員の中には、「若い後継者を下に見る者」「自分が後継者になれなかったことを妬む者」がいるかもしれません。そうした幹部社員は経営者が直接説得しますが、改善しないようなら処遇を考えざるを得ません。事業承継後に後継者に反旗を翻すようなことがあっては困るからです。ただし、処遇をする際は、その幹部社員がそれまで会社を支えてくれたことをくれぐれも忘れてはなりません。

2)社外の関係者に後継者をアピール

社内と同様に、社外の地ならしもします。金融機関などについては、事業承継計画書を提出しながら説明します。また、取引先や顧客については、できれば訪問して挨拶したいところですが、時節柄、オンラインでもよいでしょう。

こちらも残念なことに、相手から見ると、事業承継は取引終了や値下げを申し入れる絶好のタイミングになります。これを防ぐためには、挨拶などの際に後継者が頑張らなければなりません。経営者の横に置物のように座っているだけでは駄目で、後継者にきちんと自己主張をさせましょう。

3)後継者のための経営チームを組成

後継者と同年代などの社員も交えた経営チームを組成します。最初、後継者は自分だけで物事を決めることが難しいので、経営チームで議論し、最後は後継者が決めるようにして訓練していきます。経営チームの人選は後継者に一任しますが、経営者もサポートします。また、後継者を十分にサポートできる人材がいない状況はつらいので、後継者と同年代の社員の教育も行う必要があります。

また、経営者も経営チームに参加しますが、あくまでも主役は後継者です。後継者が筋の悪い意見を言うこともあるでしょうが、その場できつく指摘せず、肯定的に接します。そして、会議が終わった後に1on1で意見を擦り合わせるようにします。後継者が自分の子供であれば、一緒にお酒でも飲みながら話をすることも大事な教育です。

4 どこで育成・修業させるか

具体的な後継者教育の方法には、

  1. 他社に勤務させる(社外教育)
  2. 自社内の最前線で「現場の仕事」を経験させる(社内教育)
  3. 各部門の管理職や新規部門の立ち上げなどを経験させる(社内教育)
  4. 経営者の側近として傍らに置き、経営者としての「帝王学」を学ばせる(社内教育)
  5. 経営大学院や研修機関など外部の機関で学ばせる(社外教育)

があります。社外教育については、「他社で修業する機会」を提供するサービスが数多くあるので、そうしたものを利用するのもよいでしょう。社内ではどうしても甘やかされてしまうので、先に外に出て、ビジネスの厳しさを知った上で自社に戻ってくれば、後継者の姿勢も違ってくるはずです。

また、国内外の大学院で学ばせ、経営の知識を一通り身に付けさせることも有効です。一定期間、業務と離れて勉強すれば集中できますし、通常の業務では得られない人脈も築けます。それに経営の知識を身に付ければ、幹部社員と同じ言語で話せるようになります。

5 アウトプットは中期経営計画の策定と実行

後継者教育の方法はさまざまあるわけですが、より実践的な方法は、

中期経営計画の策定と実行

です。中期経営計画には、「収益、予算、人員」などさまざまな要素が含まれます。当然、事業承継計画もその中に含まれるわけで、そうした計画を経営者と後継者が一緒に策定し、実行していくことほど、現場に根付いたアウトプットはありません。

後継者が社外で修業した経験があるのであれば、自社と他社の違いを踏まえつつ考え抜いた中期経営計画になりますし、自身が考えた新規事業を実行することで、経験しなければ分からない事業推進から多くを学ぶことができます。

以上(2024年5月更新)

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画像:Mariko Mitsuda