【役員報酬】これだけ押さえれば大丈夫。役員退職慰労金の基本ルールを簡単解説

書いてあること

  • 主な読者:一般常識として役員退職金の基礎を知っておきたい経営者など
  • 課題:役員退職金は、法務、会計、税務などいろいろと取り決めが複雑
  • 解決策:法務、会計、税務の視点で整理すると分かりやすい

1 役員退職金とは

役員退職金とは、

退任した役員に対し、在任中の会社への功労に報いることや、勤続に対する報奨として支給されるもの

です。役員退職金の基本的なルールを法務、会計、税務に分けて整理します。大切なポイントは次の通りです。

  • 法務:支給には株主総会の決議などが必要
  • 会計:支給時に一括で費用処理するか、有税積立(引当金)をして支給時に充当する
  • 税務:基本的に損金となるが、代表取締役の功績倍率の目安は「3倍」

2 役員退職金の法務

1)基本的な考え方

一定の権限を持つ役員が自身の役員退職金を自由に決めると、いわゆる「お手盛り」の懸念があります。そこで役員退職金の支給については、

役員退職金を含む役員報酬等について定款に定めるか、株主総会の決議が必要

です。ただし、定款に定めると金額を変更する際などの手続きが煩雑になるのでこうする会社は少なく、多くは株主総会の決議で役員退職金を支給しています。その際、株主総会では

支給対象者だけを開示し、支給額などは取締役会に一任する旨を決議

するのが一般的です。この決議を受け、取締役会で役員退職金規程に基づいて金額、支給の方法、時期などを決定します。こうした方法を「内規一任型」などと呼びます。

当然ですが、株主総会で否決されれば、役員退職金は支給されません。株主にとっては、役員退職金も役員報酬の一部であり、株主の利益と相反する部分があるのです。株主総会の招集通知の記載例や、その後の取締役会での決議は以下の通りです。

2)「定時株主総会招集通知」の記載例

決議事項

第○号議案 退任取締役に対し退職慰労金贈呈の件

3)「議決権の行使についての参考書類」への記載例

第○号議案 退任取締役に対し退職慰労金贈呈の件

本総会終結の時をもって退任されます取締役 日本太郎氏に対し、その在任中の功労に報いるため、当社所定の内規に従い、相当額の範囲内で退職慰労金を贈呈することとし、その具体的金額、支給の方法、時期などは取締役会にご一任願いたいと存じます。退任取締役の略歴は、次の通りです。

画像1

4)取締役会決議

役員退職金規程に基づき、役員退職金の金額、支給の方法、時期などを決定します。

3 役員退職金の会計と税務

まず会計についてです。役員退職金は支給時に一括して費用処理する場合もありますが、

役員退職金規程があり、支給実績がある場合、役員退職金引当金として有税積立(いわゆる「一時差異」で、後に損金となる)をしておき、支給時に充当するのが通常

です。

次に税務についてです。役員退職金は損金に算入できます。そのタイミングは次の2つです。

  • 株主総会において役員退職金の支給を決議し、金額が確定した事業年度
  • 実際に役員退職金を支給した事業年度

役員退職金を年金として支給する場合もありますが、その場合も支給した事業年度に支給した額を損金算入します。

なお、役員退職金の全額が無条件で損金に算入できるわけではありません。「役員退職金が高額過ぎる!」と判断されてしまうと、高額とされた部分(適正額を超える部分の金額)は損金に算入できません。

そこで、多くの会社は「功績倍率法」を採用しています。功績倍率法とは、

役員退職金を「退任時月額報酬×在任年数×功績倍率」によって算出し、それを税務上の上限とみなす方法

です。功績倍率によって金額が大きく変わりますが、この点については、

代表取締役の功績倍率は「3倍」が一般的で、これを超えると過大となる恐れがある

ことを覚えておいてください。

4 役員退職金の問題点

役員退職金は株主の利益と相反する部分があります。「退任時月額報酬×在任年数×功績倍率」で役員退職金を算出する場合、

勤続年数が長い役員の役員退職金は高額ですが、その者が本当に会社に貢献したかは疑問

です。さらに、その役員が会社に貢献して業績が良くなったとしても、その時期と役員が退任する時期にはズレが生じることもあります。現在の業績が低迷しているのに、過去の栄光で多額の役員退職金を支給することについて、意見が分かれるわけです。

このような理由から、株主総会における「退職慰労金贈呈の議案」に反対票を投じる株主もいますし、役員退職金を廃止する会社も少なくありません。

以上(2024年2月更新)
(監修 税理士 谷澤佳彦)

pj30117
画像:photo-ac

【役員報酬】役員報酬の決定手続きと損金算入するための要件

書いてあること

  • 主な読者:役員報酬の決定・変更について、基本的な留意点が知りたい経営者
  • 課題:役員報酬を決定するための手続きや、損金に算入するための要件が知りたい
  • 解決策:収支シミュレーションを行い、税務と資金繰りの両面で検討する

1 役員報酬は重要な経営判断

「役員報酬」は一般的な呼称で、

  • 会社法では「取締役(会計参与、監査役)の報酬等」
  • 法人税法では「役員給与」

と定義されます。この記事では、役員報酬と記述します。役員報酬は会計上の損益に与える影響が大きく、また所定の期限までに決定しなければなりません。そのため、

役員報酬を決定する際は、なるべく正確に損益予測をした上で、税務と資金繰りの両面から自社に合った方法・金額を決定すること

が大切です。中小企業の場合は、

役員報酬の総枠は株主総会、具体的な支給額は取締役会で決議し、定期同額給与を採用する

ことが多いでしょう。これらの点も踏まえ、この記事では、中小企業の経営者が知っておきたい役員報酬を決定するための手続きと損金に算入するための要件を紹介します。

2 役員報酬を決定するための手続き

一定の権限を持つ役員が自身の役員報酬を自由に決めると、いわゆる「お手盛り」の懸念があります。そこで報酬の支給については、

定款に定めるか、株主総会の決議が必要

です。

ただし、金額などを変更する際の手続きが煩雑なので定款に定める会社は少なく、多くは株主総会の決議を採用しています。この場合、単年度ごとに支給額を決定する方法の他、

役員報酬の総額の上限を決め(取締役報酬と監査役等報酬は別々)、個別の支給額は取締役会等の決定に委ねる

こともできます。さらに、取締役会の決議により、各取締役の報酬の配分を社長に一任することも可能です。

役員報酬の総額の上限を株主総会決議で決定した場合、上限額に変更がない限り翌年度以降の株主総会決議は不要です。上限額を変更する場合は、取締役会での決議を経て、株主総会でも決議します。なお、定時株主総会における議案例は次の通りです。

第●号議案 取締役の報酬等の額改定の件

現在の取締役の報酬額は、20XX年6月20日開催の第▲期定時株主総会において年額8000万円以内とご承認いただき今日に至っておりますが、役員報酬体系を見直し、取締役の報酬額を年額1億2000万円以内、監査役の報酬額を年額1500万円以内に改定させていただきたいと存じます。また、現在の取締役の員数は4名、監査役の員数は1名です。

3 役員報酬を損金算入するための要件

1)基本的な考え方

役員報酬を支払えば会社の利益は減少するので、法人税法で経費として認められる範囲で役員報酬を増やせば、法人税等の負担を抑えられます。一方、役員報酬には所得税等が課税されるため、役員報酬を増やせば役員の所得税等は増加します。また、税金ではありませんが、役員報酬に応じて社会保険料(健康保険料や厚生年金保険料)が発生します。社会保険料は労使折半です。

さて、税法上、損金に算入できる役員報酬は次の3種類だけです。

  • 定期同額給与
  • 事前確定届出給与
  • 業績連動給与

ただし、「3.業績連動給与」は適用規定が複雑で、同族会社には適用が認められていないことから、実質的に上場企業等だけ認められている制度です。また、「1.定期同額給与」「2.事前確定届出給与」であっても、役員の職務などに照らして不相当に高額であると判断された場合、高額とされた部分(適正額を超える部分の金額)は損金に算入できません。

2)定期同額給与

定期同額給与とは、

支給時期が1カ月以下の一定の期間ごとの給与で、その事業年度の支給額が同額のもの

です。一度決定したら、原則として事業年度内に変更できません。そのため、利益が予想より多く出そうなので事業年度内に役員報酬を増額した場合、当初決定した月額報酬のみが損金として認められ、増額部分は損金に算入できません。

なお、新型コロナウイルス感染症の影響で損益が急激に悪化した場合などは、事業年度の途中であっても、役員報酬の支給額を変更することができます。

3)事前確定届出給与

事前確定届出給与とは、

「いつ、誰に、いくら」支給するかを事前に所轄税務署長に届け出て、その通りに支給するもの

です。いわゆる「役員賞与」も、事前に届け出ていれば損金に算入できます。ただし、支給日や支給額が届け出の通りでなければ、全額が損金に算入できません。

なお、届け出の期限は、原則として以下のいずれか早いほうです。

  • 株主総会等で支給の決議をした場合、決議をした日から1カ月を経過する日
  • 事業年度の開始日から4カ月を経過する日

4 (参考)代表的な役員報酬の種類・スキーム

コーポレートガバナンス・コードの適用もあり、上場企業を中心にさまざまな種類の役員報酬が導入されているので、参考として紹介します。

  • 金銭報酬:基本報酬、賞与、退職慰労金、業績連動報酬、株価連動型報酬
  • 株式報酬:ストック・オプション、リストリクテッド・ストック、パフォーマンス・シェア

金銭報酬としては、

  • 業績連動報酬:業績指標に連動して金額が変わる報酬
  • 株価連動型報酬:会社の株価に連動して金額が決定される報酬

の導入が見られます。また、株式報酬を導入する企業も増えています。ストック・オプションに加え、

  • リストリクテッド・ストック:譲渡制限付株式。金銭報酬債権を役員に付与し、本債権による現物出資で譲渡制限付株式を取得させるスキーム
  • パフォーマンス・シェア:業績連動型株式報酬。目標の達成度合いに連動した自社株を付与するスキーム

といった、自社株を報酬とする制度が広まりつつあります。

これらは上場企業ないし上場準備企業でなければ現実的ではありませんが、最近の動向として押さえておくとよいでしょう。

以上(2024年2月更新)
(監修 税理士 石田和也)

pj30077
画像:Jacob Lund-Adobe Stock

【役員報酬】 役員報酬を損金算入するための「定期同額給与」と「事前確定届出給与」

書いてあること

  • 主な読者:役員報酬を損金に算入するための要件が知りたい経営者
  • 課題:役員報酬の支給方式による取り扱いの違いが分からない
  • 解決策:「定期同額給与」か「事前確定届出給与」を導入する

1 役員報酬の額を決める際の視点

役員報酬の額を考える際、多くの会社は「企業業績」「従業員賃金とのバランス」「世間相場」の3つの要素を重視します。従業員賃金とのバランスが重視されるのは、中小企業の場合、多くの役員が従業員から出世するので、従業員賃金の延長線上に役員報酬があるためです。

一方、別の視点から考えた場合、

役員報酬の損金への算入

も非常に重要です。役員報酬は高額なので、損金に算入できるか否かで法人税等の負担が大きく変わってきます。この記事で、役員報酬を損金に算入するために導入する「定期同額給与」と「事前確定届出給与」の仕組みを紹介します。

2 定期同額給与とは

定期同額給与とは、

支給時期が1カ月以下の一定の期間ごとである給与で、その事業年度の各支給時期における支給額が同額であるもの(以下「定期同額給与」)。その他これに準ずるものとして政令で定める給与

です。定期同額給与は、役員報酬として支給する際の基本形で、後述する事前確定届出給与のような届け出は不要です。

3月決算の場合、当事業年度4月から翌事業年度3月までの12カ月の支給時期における支給額が同額である役員報酬が該当します。例えば、当事業年度4月から翌事業年度3月までの12カ月において毎月100万円支給するイメージです。

また、これに準ずるものとして政令で定める役員報酬とは、3月決算の場合、6月30日までに改定されて支給される役員報酬です。役員の報酬等は株主総会の決議事項であり、株主総会で役員報酬の支給枠が変更される場合に対応したルールです。3月決算の場合、定期同額給与の基本形と定期同額給与に準ずるものは次の通りです。

画像1

画像2

これ以外にも、定期同額給与の額の改定は臨時改定事由や業績悪化改定事由により認定されます。例えば、業績悪化改定事由に該当するのは次の通りです。

  • 株主との関係上、業績や財務状況の悪化についての役員としての経営上の責任から、役員給与の額を減額せざるを得ない場合
  • 取引銀行との間で行われる借入金返済のリスケジュールの協議において、役員給与の額を減額せざるを得ない場合
  • 業績や財務状況または資金繰りが悪化したため、取引先等の利害関係者からの信用を維持・確保する必要性から、経営状況の改善を図るための計画が策定され、これに役員給与の額の減額が盛り込まれた場合

3 事前確定届出給与とは

事前確定届出給与とは

その役員の職務につき所定の時期に確定した額の金銭等を交付する旨の定めに基づいて支給する給与(定期同額給与および一定の業績連動給与を除く)で、決められた日までに納税地の所轄税務署長にその定めの内容に関する届け出をしているもの

です。

事前確定届出給与には役員賞与のイメージがあります。かつて、会計上の役員賞与の取り扱いが、利益処分から費用処理に変更されたことを受けて、事前確定届出給与が認められた経緯があるためです。

ここで、賞与について「従業員」と「役員」とに分けて確認してみましょう。従業員賞与の場合、前事業年度下期の業績を反映した賞与が翌事業年度6月に支給されるのが一般的です。従来の役員賞与も従業員賞与と同様、前事業年度の業績を反映して、翌事業年度に支給されていました。両者の違いは、従業員賞与が経費処理、役員賞与は利益処分である点でした。

そこで、事前確定届出給与を活用して、役員賞与を従業員賞与のように「課税所得の計算上、損金の額に算入できるようにしよう」という考えが出てきました。しかし、前事業年度の業績を反映した従来の役員賞与の考えの場合は通用しません。なぜなら、事前確定届出給与の位置付けは、従来の役員賞与というよりも従来の役員報酬に近いものだからです。分かりやすく説明すると、事前確定届出給与は役員報酬を12等分して毎月同額支給するのではなく、役員報酬を14等分して6月と12月に14分の2を支給するといったものです。

こうした考えは、事前確定届出給与は要件を満たせば、課税所得の計算上、損金の額に算入できることが前提にあるためです。

事前確定届出給与が従来の役員報酬に近いものだと分かるのが、「四半期支給など定時同額に支給する額」を納税地の所轄税務署長に届け出る場合です。定期同額給与を支給している役員には「定期同額給与に加えて支給する額」を、定期同額給与を支給していない役員に対しては、「四半期支給など定時同額に支給する額」を納税地の所轄税務署長に届け出ます。なお、「四半期支給など定時同額に支給する額」について、非同族会社の場合には届け出は不要です。

次の「定期同額給与+事前確定届出給与」と「事前確定届出給与のみ(四半期支給)」の図表を見れば、「四半期支給など定時同額に支給する額」は従来の役員賞与ではなく、役員報酬であることが分かるでしょう。

画像3

画像4

事前確定届出給与について次のことを覚えておきましょう。

  • 前事業年度の業績を反映し支給するものではないこと
  • 当該事業年度の課税所得の計算上、損金算入できること
  • 損金に算入するためには支給額や支給時期などを、事前に納税地の所轄税務署長に届け出なければならないこと
  • 税務上の運用は厳格で、支給額が異なるなどの際には、その全額が損金不算入になること(ただし、全く支給されない(ゼロの)場合で一定のものを除く)

なお、事前確定届出給与において、企業(法人)の利益調整などは可能な限り排除される傾向にあるため、事前確定届出給与の運用には留意が必要です。事前確定届出給与を導入する際は、税理士などの専門家の意見を聞くか、納税地の所轄税務署に問い合わせましょう。

以上(2024年2月更新)
(監修 税理士 石田和也)

pj30100
画像:pixabay

17次公募は令和6年2月13日から申請受付開始!ものづくり補助金のご紹介

中小企業等を支援する国や自治体の補助金・助成金事業では、雇用・人材開発・IT補助・コロナ支援など幅広いジャンルの支援があります。
本レポートでは、おすすめの補助金・助成金について支援の内容や対象条件、申請方法等についてわかりやすく紹介します。

この記事は、こちらからお読みいただけます。pdf


なぜ、解雇した社員の賃金を支払わなければならないのか? 不当解雇で発生する「バックペイ」のリスク

書いてあること

  • 主な読者:解雇が無効となった場合に発生する「バックペイ」について知りたい経営者、人事労務担当者
  • 課題:いつからいつまでの賃金なのか、金額はどれくらいなのか?
  • 解決策:解雇が無効となった場合、「解雇してから、その社員が職場に復帰するまで」の賃金が発生。裁判が長引きそうなら和解などでの解決も検討

1 解雇が無効になった場合に発生する「バックペイ」

解雇に関するトラブルは多く、裁判で解雇が無効(不当解雇)となるケースも少なくありません。その場合、

会社は社員に対し、解雇期間中の賃金(バックペイ)を支払う義務

を負います。通常、会社が社員を解雇した時点で労働契約は終了するので、賃金を支払い義務はなくなります。しかし、解雇が無効になると、労働契約は終了しなかったことになるため、解雇期間中(会社が社員を解雇してから、社員が職場に復帰するまで)の賃金を支払う必要が出てくるのです。解雇した時点に遡って賃金を支払うことから、「バックペイ」と呼ばれます。

画像1

解雇期間中、社員は働きません。そのため、会社は社員が働いていないのに賃金を支払わなければならず、裁判が長引けば金額も大きくなってしまいます。

逆に、バックペイのルールをしっかり理解しておけば、

「解雇が無効になったら、どのぐらいの額の支払いが必要になるのか」をシミュレートし、裁判が長引きそうな場合、和解などで解決を図る

といった対策を講じることができます。以降でポイントを確認していきましょう。

2 バックペイの根拠は民法にあり

前述した通り、解雇が無効になると、会社は働いていない社員に賃金を支払う必要があります。それは、民法第536条第2項に、

債権者の責めに帰すべき事由により、債務者が債務を履行できなくなった場合、債権者は反対給付(債務者に対する給付)を拒めない

という旨の定めがあるからです。バックペイの場合、次のような関係になります。

  • 債権者=会社
  • 債務者=社員
  • 債権者の責めに帰すべき事由=不当解雇
  • 債務の履行=労務の提供
  • 反対給付=賃金の支払い

つまり、会社が社員を不当解雇したせいで、社員が労務を提供できなくなった場合、会社は賃金の支払いを拒めないとなるわけです。ただし、社員が会社に対し、労務を提供する(債務を履行する)意思があることがこのルールの前提なので、例えば、

社員が「会社に戻るつもりはないが、解雇自体は不服だ!」といって訴訟を起こした場合などは、バックペイの支払いは不要(不当解雇に関する損害賠償などは別)

です。ちなみに、社員が解雇期間中、別の仕事に就いていた場合に、会社に復帰する意思があるといえるのかどうかがよく問題になりますが、この点については第5章で説明します。

3 解雇期間中の全期間で賃金が発生するのが原則

バックペイの対象となる期間を、日給月給制(1カ月単位で賃金を計算し、働いていない時間分は控除する)の場合で考えてみます。会社が社員を解雇し、その後裁判で解雇が無効になった場合、その社員は、

  • 原則:解雇期間中の全労働日を出勤したとみなし、賃金の支払いが必要
  • 例外:解雇されなくても就労できなかったであろう期間は、賃金の支払いは不要

となります。就労できなかったであろう期間とは、

  • 私傷病により療養していた期間
  • 産後8週間の期間(母体保護のため、労働が原則として禁止されている期間)

などです。

画像2

4 通勤手当や賞与など、一部は支払わなくてもよい

バックペイとして支払う賃金は、原則として

社員が解雇されなかった場合、確実に支払われたであろう賃金

です。ですから、毎月、固定給として支給される基本給はもちろん、諸手当(役職手当、家族手当、住宅手当など)についても確実に支払わなければなりません。一方、過去の裁判例の中には、

賃金の一部(通勤手当、残業代、賞与など)は、バックペイに含まなくてもよい

と判断したものがあります。

1.通勤手当

通勤時の交通費を補てんするために支給される通勤手当については、

交通費の実費弁償的な性質があるので、実際に就労していなければ請求できない

と判断した裁判例(名古屋高裁昭和56年4月30日判決など)があります。

2.残業代

時間外勤務の実績に応じて支払われる残業代については、

時間外勤務を命じられて現実に勤務をして初めて発生するため、実際に時間外勤務をしていなければ請求できない

と判断した裁判例(東京地裁平成7年12月25日判決など)があります。ただし、固定残業代のように、残業時間に関係なく定額で支給する残業代については、バックペイの対象になります。

3.賞与

半年に1回など、通常の賃金とは別に支給される賞与については、

業務成績等を個別に査定した上で賞与を支給する場合、実際に査定を受けていなければ請求できない

と判断した裁判例があります(東京地裁平成18年1月23日判決)。逆に、個別の査定を行わずに賞与を支給する場合、バックペイの対象になると判断した裁判例もあります(福岡地裁平成21年6月18日判決)。

このように賃金の一部はバックペイから除外できる可能性がありますが、注意が必要なのが

バックペイの総額は、「平均賃金×60%以上×解雇期間中の所定労働日数(解雇されなかった場合、就労できたであろう日数)」を下回ってはならない

という点です。これは、労働基準法第26条の「休業手当(会社都合で社員を休業させる場合に支払う手当)」のルールをバックペイに適用したものです。平均賃金は、

解雇期間初日の直前3カ月間の賃金総額÷直前3カ月間の総日数

で計算しますが、この場合の賃金総額には、通勤手当や残業代も含まれるので要注意です(3カ月を超える期間ごとに支給する賞与は賃金総額に含めない)。

5 解雇期間中に他社で働いていたらどうなるの?

第2章で、バックペイの前提は、その社員が会社に復帰する意思があることだと説明しました。では、解雇期間中に社員が他の仕事に就いていたらどうなるのでしょうか。これについては、

解雇期間中の収入が解雇前に比べて低く、また他の仕事に就く前から一貫して解雇の無効を訴えていることなどから、復帰の意思がある

と判断した裁判例(東京高裁平成31年3月14日判決)や、

他社に就職しつつも、解雇前の会社に復帰できるよう住所を維持していたり、再就職した会社をすぐに退職することが可能と証言していたりすることから、復帰の意思がある

と判断した裁判例(東京地裁令和4年3月16日判決)などがあります。つまり、解雇期間中に他の仕事に就いていても、会社への復帰の意思が即座に否定されるわけではないとうことです。ただし、社員が

解雇期間中に収入を得ていた場合、その額をバックペイの額から控除することは可能

です。もっとも、前述した通り、バックペイの総額は「平均賃金×60%以上×解雇期間中の所定労働日数」を下回ってはいけないので、控除額には限界があります。また、仕事による収入の控除は認められますが、社員が在職中、雇用保険に加入していた場合、

雇用保険の「失業手当」などの給付額は、バックペイの額から控除できない

ので注意が必要です。

以上(2024年2月作成)
(監修 弁護士 田島直明)

pj00694
画像:taa22-Adobe Stock

【健康経営】男性も注意の「更年期障害」。産業医が教える中高年世代へのアプローチ法

書いてあること

  • 主な読者:中高年世代の社員の「更年期障害」が気になっている経営者・労務担当者
  • 課題:更年期障害になるとどうなる? 会社としてどう対応すればいい?
  • 解決策:加齢により性ホルモンの分泌量が減り、体やメンタルに不調を来す。更年期障害の正しい知識を社内に周知しつつ、産業保健や福利厚生などのサポート体制を整える

1 温厚だった社員が突然、感情的に?

温厚だった社員が急に怒りやすくなったり、強い口調になったりして、びっくりしたことはありませんか? なかには、他の社員に暴言を吐いてパワハラになりかけたなんて事例も……。こうした事態の原因の1つかもしれないのが「更年期障害」です。

更年期障害とは、簡単に言うと

加齢により性ホルモンの分泌量が減ることで起きる、体やメンタルの不調のこと

です。症状はさまざまですが、ささいなことで反射的に怒ったり、唐突に感情が昂ぶって涙を流したりするなど、精神が不安定になるというものがあります。更年期障害の症状は、

早ければ40歳を過ぎたころから顕在化し、女性だけではなく男性もなり得る

もので、女性のピークが50代前半、男性のピークは50代後半といわれています。会社は社内の男女比率に関係なく、対策を講じる必要があるでしょう。

具体的には、

  • 更年期障害の正しい知識を社内に周知すること
  • 産業保健や福利厚生などのサポート体制を整えること

が大切です。更年期障害に詳しい現職の産業医がポイントを解説します。

2 更年期障害の正しい知識を社内に周知する

1)更年期障害の原因と主な症状

前述した通り、更年期障害は加齢により性ホルモンの分泌量が減少することで発症します。女性の場合、「エストロゲン」という女性ホルモンが、閉経の前後数年間(40代~50代ごろ)に急激に減ることで症状が表れます。一方、男性の場合、「テストステロン」という男性ホルモンが、30代ごろから緩やかに減ることで症状が表れます。

性ホルモンが減少すると、「幸せホルモン」といわれるセロトニンなども不足し、精神の安定が崩れてイライラするようになります。また、メンタルだけでなく、体温が上がりやすくなり、だるさも強くなるなど、体にも不調を来します。主な症状は図表1の通りです。

画像1

性機能障害(ED)、生理不順以外の症状は男性・女性で共通する症状が多いですが、

  • 女性の場合、「のぼせや顔の火照り」「異常な発汗」などに悩まされやすい
  • 男性の場合、「抑うつ」「性欲の低下」などに悩まされやすい

という傾向があります。

2)更年期障害の治療法の例

更年期障害の疑いがあって医療機関を受診する場合、女性の場合は「婦人科」の更年期外来、男性の場合は「内科」や「泌尿器科」の男性更年期外来などが窓口になるでしょう。また、メンタルの不調が主な悩みであれば、「心療内科」や「精神科」も選択肢となり得ます。

更年期障害の治療法は、症状に応じた薬剤の投与や生活習慣の改善指導など、さまざまあります。薬物療法の場合、代表的な治療法が「ホルモン補充療法」です。女性の場合はエストロゲン、男性の場合はテストステロンを補充するというもので、通常、

  • 問診(困っている症状、嗜好品などの生活習慣、女性の場合は月経の有無なども)
  • 検査(血圧・身長・体重測定、血液検査、症状に応じた検査なども)
  • 薬剤の投与(女性の場合、内服薬・貼り薬・塗り薬など。男性の場合、筋肉注射など)

という流れで治療が進みます。

個人の状況によって異なりますが、通常、検査を含む診察にかかる時間は1回の受診につき1~2時間ほど、通院頻度は月に1~2回ほどでしょう。また、治療期間については、薬剤投与を開始してから最低数カ月経過してから効果が見られ始めますが、その後も経過を見つつ、何年もかけて治療するケースがあります。

ホルモン補充療法以外には、例えば、抑うつや不眠などの症状が見られる場合に「向精神薬」や「睡眠薬」を投与する、のぼせや顔の火照り、異常な発汗などの症状が見られる場合に「漢方薬」を投与するといった対応が考えられます。個人の症状や環境に応じて最適な治療法が選ばれ、その内容に応じて通院頻度や治療期間も変わってきます。

3)更年期障害の状況(年代別)

厚生労働省が、2022年に全国の20~64歳の男女(計5000人)に対して実施したアンケート調査では、更年期障害の状況(年代別)について図表2のような結果が出ています。

画像2

女性の場合、40~49歳の3.6%、50~59歳の9.1%が「医療機関への受診により、更年期障害と診断されたことがある/診断されている」ことが分かります。また、40歳~49歳の28.3%、50~59歳の38.3%が「更年期障害の可能性があると考えている」となっています。更年期障害と診断されずとも、その可能性に悩まされている人はかなり多いようです。

男性の場合、「医療機関への受診により、更年期障害と診断されたことがある/診断されている」「更年期障害の可能性があると考えている」割合は、女性に比べると全体的に低めです。しかし、実は

男性は女性に比べ、性ホルモンの減少スピードが緩やかで、更年期障害に気付きにくい

という傾向があります。本人が自覚していないだけで、実際は男性更年期障害である可能性が残されている点に留意する必要があります。

3 産業保健や福利厚生などのサポート体制を整える

更年期障害やその疑いがある社員に対応する際、必要となる心構えやサポート体制の内容について紹介します。

1)みんなが「誰もが更年期障害になり得る」という意識を持つ

社員の誰かが急に怒りやすくなったり、強い口調になったりすると、周囲はネガティブに受け取ってしまいます。しかし、こうした変化を短絡的に性格の問題にしたり、無遠慮に「更年期障害なんじゃない?」とからかったりすると、本人をさらに傷つけ、問題が複雑化します。

更年期障害になった本人は、心のゆとりを失い、人に相談できずに自分を責めるなどとてもつらい状態にありますから、社員1人1人が

「誰もが更年期障害になり得る」という意識を持ち、思いやりを持って接すること

が大切です。ただ、社員の自助努力に期待するだけでは、こうした意識はなかなか育ちません。そのため、例えば、

専門家を講師に招いて「更年期障害に関する社内セミナー」を開催し、加齢によって体やメンタルに起きる変化、更年期障害の人との向き合い方などを丁寧に指導してもらう

のがよいと思います。講師は産業医や保健師、あるいは健康経営や女性活躍の支援をしている会社などに依頼するとよいでしょう。なお、前述した通り、特に男性は「自分が更年期障害である」ということに気付きにくい傾向がありますが、こうしたセミナーはそんな社員に気付きを促し、医療機関の受診につなげる良いきっかけにもなります。

2)更年期障害に関する相談窓口を設置する

図表2で、「自分が更年期障害かもしれない」と悩んでいる人は、女性を中心に相当数いるというデータを紹介しました。こうした人たちのために、

更年期障害について相談できる窓口を設置すると、症状が軽いうちに対処できる可能性

があります。

大企業では社内に産業医が常駐しており、保健師の相談窓口も設置されているケースも多いのですが、社内にそうした医療専門職がいない中小企業でも、外部の産業医や保健師に委託し、月に数回会社に来てもらって、社員の健康相談に乗ってもらうことが可能です。

なお、社員が「自分は更年期障害である」と気付いていない場合については、経営者や上司が本人の状況(症状の内容など)を見て、相談窓口や医療機関の情報提供をすることも効果的でしょう。その際は、「君は更年期障害だろうから、相談(受診)しなよ」などと決め付けるのではなく、「もしも、この先つらい状況が続くなら、一度、相談(受診)してみてもいいかもしれないね」など、本人の意思を尊重した言い方を心掛けることが大切です。

3)特別休暇やオンライン診療などの福利厚生を検討する

可能な範囲で、更年期障害の社員向けの福利厚生を検討するのもよいでしょう。

例えば、分かりやすいのは、

医療機関を受診する際などに利用できる、会社独自の「特別休暇」を導入

することです。ホルモン補充療法の場合であれば、時間単位や半日単位の休暇を複数回取得できるような制度設計にしておくとよいでしょう。休暇を有給にしたり、受診費用の一部を会社が負担したりすることも併せて検討すれば、社員が更年期障害の治療により前向きになってくれる可能性もあります。

この他、

社員が福利厚生でオンライン診察を受けられる「オンライン社内診療所」を導入

するという方法もあります。サービスごとに異なりますが、症状の悩み、病歴や薬剤の服用歴歴、アレルギーの有無などを事前問診で確認し、チャットやビデオ診察の後、処方・送薬までが可能です。当社でも企業の福利厚生プランとして、更年期障害に対する漢方の処方を含むオンライン診療サービスを提供しています。

社員の中には、自分が更年期障害かもしれないと思っても「医療機関に行く時間がない」「年単位で治療を継続することに気が進まない」などと考え、通院をためらってしまう人がいますが、「いつでも・どこでも」のオンライン診療であれば、こういった課題は解決されるため、必要な医療へつながる第一歩となることを期待します。

以上(2024年2月作成)
(執筆 株式会社フェアワーク 吉田健一)

pj00693
画像:maroke-Adobe Stock

リファラル採用の概要と留意点

人手不足の問題は、年々深刻化しています。株式会社帝国データバンクの「人手不足に対する企業の動向調査(2023年10月)」によると、正社員の人手不足を感じている企業の割合は52.1%となっており、コロナ禍以前の高水準に戻っています。

今後も労働力人口の減少が見込まれる中でいかに優秀な人材を確保するかは、企業にとって大きな課題と言えます。

本稿では、会社を存続させていく上で、とても重要な「優秀な人材の確保」について、その具体策の一つである「リファラル採用」についてご紹介してまいります。

この記事は、こちらからお読みいただけます。pdf

リファラル採用の概要と留意点

人手不足の問題は、年々深刻化しています。株式会社帝国データバンクの「人手不足に対する企業の動向調査(2023年10月)」によると、正社員の人手不足を感じている企業の割合は52.1%となっており、コロナ禍以前の高水準に戻っています。

今後も労働力人口の減少が見込まれる中でいかに優秀な人材を確保するかは、企業にとって大きな課題と言えます。

本稿では、会社を存続させていく上で、とても重要な「優秀な人材の確保」について、その具体策の一つである「リファラル採用」についてご紹介してまいります。

1 リファラル採用のメリット

リファラル採用とは、従業員から知人や友人の求職者を紹介してもらう採用手法のことで、多くのメリットがあります。

【リファラル採用の主なメリット】

リファラル採用の主なメリット

求人広告の掲載費や転職エージェントへの報酬は社外に出ていくコストとなりますが、従業員(紹介者)にリファラル採用によるインセンティブを与える仕組みを構築すれば、そのコストが、従業員の会社への忠誠心や帰属意識の向上を生む効果をもたらします。

2 リファラル採用の実施状況と注意点

「就職白書2023」(株式会社リクルートの研究機関・就職みらい研究所)によると、2024年卒の採用方法・形態において、全体の18%の企業がリファラル採用を実施しており、前年より3.0%伸びています。

また、従業員規模別では、次の通りの結果となっています。

【2024年卒の採用方法・形態の予定~リファラル採用~】

~リファラル採用~

((株)リクルート:就職みらい研究所「就職白書2023」)

上記のように採用手法として浸透しつつあるリファラル採用ですが、「紹介料(報酬)」を従業員に支払う場合には、注意が必要です。

法律では、報酬に関するルールが決められています。職業安定法30条では「有料での職業紹介」が規制されており、この法律に抵触しないようにしなければなりません。

法律に抵触しないためには、リファラル採用を社内制度として確立し、その報酬が、職業紹介における報酬とみなされないように「賃金・給与」として支払う仕組みを構築する必要があります。

賃金・給与として支払う場合は、労働基準法の定めに基づいて、就業規則にリファラル採用を業務として記載することも忘れてはいけません。

また、報酬額をあまりに高く設定してしまうと「職業紹介の報酬」とみなされるリスクが生じますので、適切な金額に設定することもポイントとなります。

3 さいごに

今後も労働力人口が減少していくことにより、企業の人材獲得競争はより激しさを増します。近年はさまざまな新しい採用手法が登場し、会社の規模を問わず各社がその新しい採用手法を検討・導入しています。その一つであるリファラル採用は、高効率、低コスト、ミスマッチの回避等のメリットがある一方で、留意しなければならない点も多くあります。

曖昧なルールのもとで行うのではなく、法律違反等のリスクを回避し、従業員の会社への帰属意識が向上するような制度を構築することで、優秀な人材が確保でき、また定着へとつなげていけるのではないでしょうか。

※本内容は2024年1月16日時点での内容です。

(監修 社会保険労務士法人 中企団総研)

sj09105
画像:photo-ac

年収2000万円を超えたら確定申告。 はじめての確定申告で大切なこと

書いてあること

  • 主な読者:年収が2000万円を超えそうな経営者や社員など
  • 課題:年末調整の対象外となり、自分で確定申告をしなければならない
  • 解決策:自分の所得を確認し、各種の控除が受けられるかを確認する

1 年収が2000万円を超えたら確定申告!

毎年恒例の年末調整。これによって会社で働く多くの人は所得税の申告が不要となり、納税も会社経由で行うことができます。しかし、

給与所得が2000万円を超えたり、副業の収入が20万円を超えたりすると確定申告が必要になる

ことをご存じですか?「あっ、自分は確定申告が必要だ」と思った方は、この記事を読み進めてください。確定申告をする場合、自分が各種の控除の対象になるか否かを確認しなければなりなせん。比較的なじみが深い以下の控除も高収入の人は対象になりません。

  • 基礎控除:2500万円超の所得で対象外
  • 配偶者控除・配偶者特別控除:1000万円超の所得で対象外
  • 住宅ローン控除:2000万円超の所得で対象外(2022年1月以降にマイホームの購入な等した場合)

まずは、自分の「所得」がいくらなのか、国税庁のウェブサイトなどでチェックしてみてください。その上で、自分が対象となる控除を確認することが大切です。以降で、上の3つの控除を受けられる所得の上限と、はじめて確定申告する際の注意点を紹介するので参考にしてください。

2 高額所得者だと受けられない主な控除

1)基礎控除:2500万円超の所得で対象外

基礎控除は、納税者が一律で差し引かれる所得控除の1つです。しかし、

納税者本人の合計所得金額が2400万円を超えたら段階的に控除額が減り、2500万円を超えると控除の対象外

となります。なお、基礎控除額は納税者本人の合計所得金額に応じて、次のようになります。

画像1

2)配偶者控除・配偶者特別控除:1000万円超の所得で対象外

配偶者控除・配偶者特別控除は、いずれも配偶者の収入などによって控除額が変わりますが、前提として、

  • 配偶者控除は配偶者の合計所得金額が48万円以下
  • 配偶者特別控除は配偶者の合計所得金額が48万円超133万円以下

の場合に対象になります。しかし、いずれの控除も

納税者本人の合計所得金額が1000万円を超えると控除の対象外

となります。

3)住宅ローン控除(住宅借入金等特別控除):2000万円超の所得で対象外(2022年1月以降の購入等)

住宅ローン控除は、住宅ローンを組んで、マイホームを購入したり、増改築したりした場合などに受けられる税額控除の1つです。しかし、

  • 2022年1月1日以降にマイホームを購入等した場合、納税者本人の合計所得金額が2000万円を超えると控除の対象外
  • 2021年12月31日以前にマイホームを購入等した場合、納税者本人の合計所得金額が3000万円を超えると控除の対象外

となります。

3 はじめての確定申告。準備するものと申告方法

確定申告作業前に準備するものは、

  • 本人確認書類(マイナンバーカードや免許証など)
  • 所得金額が分かるもの(源泉徴収票など)
  • 各種控除証明書
  • 確定申告書(郵送の場合)

です。確定申告は、国税庁のウェブサイト「確定申告書等作成コーナー」 の流れに沿って上記で準備した資料などを基に作成していきます。なお、作成した確定申告書の提出方法には、「紙で郵送」と「電子申告(e-Tax)」の2つがあります。

画像2

マイナンバーカードを持っている場合は、スマートフォン(マイナンバーカードの読み取り対応のもの)からウェブに接続して、またはパソコンにICカードリーダライタでマイナンバーカードを読み取って、e-Taxを利用します。マイナンバーカードを持っていないけれど電子申告がしたい場合は、事前に税務署からIDとパスワードを取得して準備します。取得するためには顔写真付きの本人確認書類が必要です。

確定申告は、例年2月16日~3月15日までの間に行わなければなりません。ただし、還付申告(納付ではなく還付となる申告)については、年明け1月1日から提出することができます。還付の場合は、通常申告後3週間~1カ月程度で、指定した口座に還付金が振り込まれます。

4 所得税の確定申告Q&A

1)確定申告と納付はいつまで?

納付は、申告期限と同様で3月15日までにしなければなりません。納付が遅れると(口座の残高不足により振替できなかった場合も含む)、延滞税がかかります。延滞税は

納付すべき金額に延滞税率を乗じて、日数換算(延滞日数/365日)

で計算します。延滞税率は、

  • 法定納期限までおよび納付期限翌日から2カ月を経過する日まで:原則、年7.3%
  • 2カ月を経過する日の翌日以降:原則、年14.6%

です。

2)提出した申告書が間違っていたらどうなる?

申告期限内に誤りに気付いた場合、作成し直したものを期限内に提出すればおとがめなしです。しかし、申告期限を過ぎてしまうと次のようなペナルティがあります。

  • すでに提出した申告書の所得税が少なかった:修正申告をし、差額を納税する
  • それ以外の場合(納付すべき税額が過大、純損失の金額が過少、還付される金額が過少など):更正の請求が必要で、「更正の請求書」を税務署長に提出する

なお、更正の請求ができる期間は、申告期限から5年以内です。

3)申告期限を過ぎたら確定申告を受け付けてもらえない?

申告期限を過ぎて行った確定申告は、期限後申告として取り扱われます。期限後申告のペナルティは、納付すべき税額に対して無申告加算税が課されることです。無申告加算税は

原則、50万円までの部分は15パーセント、50万円を超え300万円までの部分は20パーセント、300万円を超える部分は30パーセントの割合を乗じて計算

します。なお、税務署の調査を受ける前に自主的に期限後申告をした場合には、この無申告加算税が5パーセントの割合を乗じて計算した金額に軽減されます。また、確定申告の期限後、1カ月以内に自主的に確定申告をしているなど一定の場合には、無申告加算税が免除されます。

ちなみに、会社員で医療費控除がある人など、もともと確定申告の必要のない人が確定申告をして税金の還付を受ける申告を「還付申告」といいますが、この場合はその年の翌年1月1日から5年間まで提出することができます。

4)税理士に依頼した方がいい?

税理士に確定申告を依頼するメリットの1つは、手間と時間が削減できることです。また、適切な処理により節税に関するアドバイスを受けることで、必要以上に税金を支払うリスクを少なくし、合理的な税金対策が可能になります。

5)自分の所得税で税務調査の連絡がきたらどうする?

顧問税理士がいる場合、税務署から顧問税理士に連絡がきます。

顧問税理士がいない場合、直接納税者に連絡があります。税務調査だけでも対応してくれる税理士もいるので、税務署から連絡がきたら、できるだけ早く税理士に相談しましょう。

税務調査で必ず必要になるのは、税務署に指定された年度の確定申告書、会計帳簿(決算書や元帳)です。また確定申告書を作成する際に必要となる金額の根拠資料や、会計帳簿を作成時に作成した各種計算表や書類なども用意しておきましょう。

以上(2024年2月作成)
(執筆 南青山税理士法人 税理士 窪田博行)

pj30206
画像:wooca-Adobe Stock

株式、FX、暗号資産、不動産で儲けた人も損した人も必読。確定申告が必須な人としたほうが得な人

書いてあること

  • 主な読者:給与以外の所得がある会社員
  • 課題:年末調整だけでは、所得税の確定申告に関する手続きが不十分と聞いたが、どんなケースが該当するのかよく分からない
  • 解決策:まずはそれぞれの利益が20万円以上あるかが、確定申告をしなければならない主な基準となる。損失がある場合は、他に利益が出ている所得があるか確認する

1 申告しなければならない人、したほうがよい人

将来のための資産形成、または副業による給与以外の所得がある人は、所得税の確定申告や納税に気を付けないといけません。確定申告をすべき人が申告・納税をしていないと、いずれ税務署から調査を受けて多額の納税資金が必要になります。しかも、本来の納税額に罰金の性格を持つ税金(無申告加算税など)が追加されてしまいます。

この記事では申告をしなければならない、またはしたほうがよい主なケースを紹介しますので、まずは、自身の所得の状況(利益か損失か)を確認し、確定申告が必要なのかどうかを把握するようにしましょう。

なお、所得税の基本については、下記の記事で紹介しています。

2 株や投資信託で利益または損失が出ていませんか?

株や投資信託をしている人で確定申告をしなければならないのは、

  • 株や投資信託を売って20万円以上の利益が出ている人
  • 一般口座または、特定口座(源泉徴収なし)を口座開設時に選択している人

です。株や投資信託を売買するのに利用する口座は5種類あり、それぞれ

  • 一般口座:確定申告が必要
  • 特定口座(源泉徴収なし):確定申告が必要
  • 特定口座(源泉徴収あり):確定申告が不要
  • NISA口座:基本的には確定申告が不要
  • iDeCo口座:自身では申告不要

となります。自身が口座を開設したときにいずれの口座を選択したかを確認し、上記1.または2.に該当するかどうかを把握しておきましょう。

確定申告をしたほうがよいのは、

株や投資信託を売って損失が出ている人

です。株や投資信託にかかる損失に対しては税金がかかることはないため、確定申告は不要です。ただし、その年に他の株や投資信託で利益が出ている場合、確定申告をすることで、その損失を利益と相殺することができます。これを「損益通算」といいます。

一方、相殺するような利益がない場合でも、翌年以降に利益が出た場合に、繰り越して(最長3年間。2023年分については、2024~2026年まで)その損失と相殺することができます。

3 FX投資で利益が出ていませんか?

FX投資をしている人で確定申告をしなければならないのは、

会社員や年金受給者の場合には20万円超、専業主婦や学生の場合には48万円超の利益が出ている人

です。FX取引に関しては、株や投資信託の特定口座のように源泉徴収する制度がありません。そのため、FX取引によって一定の利益が出た場合(上記それぞれの金額を超える場合)には、必ず確定申告が必要です。

確定申告をしたほうがよいのは、

FX取引で損失が出ている人

です。FX取引についても、損失が出ている場合には確定申告は本来不要です。ただし、その年に他の先物取引に分類される取引(差金決済取引や商品先物など)で利益が出ている場合、確定申告をすることで損益通算ができます。なお、FX取引の損益と株や投資信託などの取引の損益を損益通算することはできません。

また、相殺するような利益がない場合(他の先物取引に分類される取引でも利益が出ていない場合)でも、翌年以降に利益が出た場合には、繰り越して(最長3年間。2023年分については、2024~2026年まで)その損失と相殺することができます。

4 暗号資産(仮想通貨)取引で利益が出ていませんか?

暗号資産(仮想通貨)取引をしている人で確定申告をしなければならないのは、

会社員や年金受給者の場合には20万円超、専業主婦や学生の場合には48万円超の利益が出ている人

です。暗号資産取引の利益の計算については、売却したときだけでなく、他の暗号資産と交換したとき、暗号資産を使って商品を購入したときにも必要になるのでご注意ください。

画像1

確定申告をしたほうがよいのは、

暗号資産取引で損失が出ている人

です。暗号資産取引についても、損失が出ている場合には確定申告は本来不要です。ただし、その年に雑所得に分類される取引(他の暗号資産取引やFX取引、副業などによる所得など)で利益が出ている場合、確定申告をすることで、その損失を利益と相殺する損益通算ができます。なお、株や投資信託などの取引とは損益通算ができないのでご注意ください。

また、暗号資産取引で出た損失については、3年間の繰越控除制度はありません。

5 マンションなどの貸付による収入はありませんか?

不動産オーナー人で確定申告をしなければならないのは、

マンションの一室やアパート、土地(以下「不動産」)の貸付により20万円超の利益が出ている人

です。不動産所得は、給与所得など他の種類の所得と合算した金額に税率をかける計算方式(総合課税)で所得税を計算します。そのため、後述する損失が出ている場合においても別の種類の所得と損益通算ができます(青色申告である場合に限ります)。

確定申告をしたほうがよいのは、

  • 不動産の貸付により損失が出ている人
  • 自身が持っている不動産で大きな修繕工事を行ったり、その不動産に係る固定資産税や損害保険料を支払ったりしている人

です。不動産所得においても、損失が出ている場合には確定申告は本来不要ですが、他の総合課税の対象である所得(給与所得や一時所得)がある場合に損益通算ができます。不動産については、定期的なメンテナンスや修理など一時的に多額の支払いが発生します。そのような年は損失も発生しやすいため、損益通算が活用できるかどうかチェックしましょう。

6 仕事に必要な資格取得などのための支払いはありませんか?

この項目については、給与所得から控除できる特定支出控除についての解説です。特定支出控除は、年末調整では受けることができない所得控除で、確定申告が必要になります。

確定申告をしたほうがよいのは、

業務に関連する資格の取得費や会社で補填されない通勤費など一定の支出(特定支出といいます)が、自身の給与所得控除額の50%を超えている人

です。特定通勤費は

  • 通勤費
  • 職務上の旅費
  • 転居費(転任に伴うもの)
  • 研修費
  • 資格取得費
  • 帰宅旅費
  • 図書費
  • 衣服費(制服や作業服など)
  • 交際費

の9種類に限定されており、会社で経費精算しているものは対象外です。また、業務を行う上で直接必要であることを会社側が認めているなどの一定の条件を満たすものに限られます。

なお、自身の給与所得控除額は源泉徴収票から簡単に計算できるので一度確認してみましょう。源泉徴収票の見方を確認したい場合は、下記のリポートをご参照ください。

以上(2024年2月作成)
(監修 税理士 石田和也)

pj30205
画像:ayakono-Adobe Stock