建設業の労災防止! 注文者や事業者それぞれの義務と、建設業特有の安全衛生管理体制をチェック

書いてあること

  • 主な読者:建設現場での安全管理を徹底したい建設業の経営者、労務担当者
  • 課題:多くの事業者が同じ場所で作業をする関係で、労働災害が起きやすい
  • 解決策:建設業特有の「労働災害防止対策」「安全衛生管理体制」のルールを再確認する

1 安全管理が大変だからこそ、ルールが重要な建設業

建設業は、墜落・転落などの労働災害(以下「労災」)が特に起きやすい業種です。危険な作業が多いのもそうですが、もう1つ大きな理由として、多くの事業者が同じ場所で作業をする「重層下請構造」のため、安全管理が難しいということが挙げられます。

画像1

労働安全衛生法(以下「安衛法」)では、こうした建設業特有の事情に合わせた労災防止のルールを定めています。取り急ぎ押さえておくべきルールは、

  1. 注文者や事業者など、立場に応じて変わる労災防止対策の義務
  2. 統括安全衛生責任者など、建設業特有の安全衛生管理体制

です。以降で詳しく紹介しますので、不安がある場合はご一読ください。

2 立場に応じて変わる労災防止対策の義務

1)注文者、事業者、特定元方事業者それぞれの義務を整理

建設業の労災防止対策を考える上で、まず押さえておきたいのが安衛法の「注文者」「事業者」というワードです。簡単に言うと、

  • 注文者:仕事の全部または一部を他者に依頼する者
  • 事業者:自社の雇用する労働者に作業をさせる者

という意味で、それぞれに異なる労災防止対策が義務付けられています。言葉の意味は単純ですが、建設業の場合、前述した重層下請構造の関係で、誰が注文者で、誰が事業者かが分かりにくいので、念のため図で整理してみましょう。図表2の赤囲みの部分が該当者です。

画像2

図表2の場合、注文者は「発注者、元請、一次下請」になります。二次下請は自分たちの仕事の一部を請け負わせる相手がいないため、注文者にはなりません。一方、事業者は「元請、一次下請、二次下請」になります。発注者は自社の雇用する労働者を現場で働かせるわけではないため、事業者(正確には建設現場の労災防止対策を実施すべき事業者)にはなりません。

さて、注文者と事業者には、それぞれ図表3の労災防止対策が義務付けられています。なお、事業者のうち、建設業・造船業の場合については、

発注者から直接建設等の仕事の依頼を受ける元請は、安衛法の「特定元方事業者」

に当たり、通常の事業者の義務に加えて、特定元方事業者の義務も果たさなければなりません。

画像3

どれも大切な義務ですが、図表3の赤字の「健康障害防止措置」については、2023年4月1日に「一人親方等の安全衛生対策」に関する法改正がありましたので、事業者は義務の内容について認識の誤りがないか、いま一度確認しておきましょう。それ以外の各義務の詳細については、次のページなどを参考にしてください。

■厚生労働省「建設業における総合的労働災害防止対策の推進について」■

https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei15/

2)健康障害防止措置は、労働者だけでなく「一人親方等」も対象

健康障害防止措置とは、安衛法第22条で列挙されている「危険有害な作業」に従事する労働者が健康障害になるのを防ぐため、事業者が実施しなければならないとされる措置のことです。具体的には、

  1. 原材料、ガス、蒸気、粉じん、酸素欠乏空気、病原体等による健康障害
  2. 放射線、高温、低温、超音波、騒音、振動、異常気圧等による健康障害
  3. 計器監視、精密工作等の作業による健康障害
  4. 排気、排液または残さい物による健康障害

を防止するための措置を実施する義務があります。

建設業の場合、例えば、ずい道(トンネル)の掘削作業や金属の溶接作業などで、労働者が粉じんにさらされることがありますが、こうした場合は「粉じんを防ぐための保護具を労働者に着用させる」などの措置を実施する必要があります。また、

2023年4月1日からは、労働者に加えて「作業を請け負わせる一人親方等」「同じ場所で作業を行う労働者以外の人」についても、健康障害防止措置が義務付けられる

ようになっています。具体的な法改正の内容は、図表4の通りです。

画像4

一人親方等や労働者以外の人に対して健康障害防止措置を実施する義務を負うのは、「その人たちに仕事を請け負わせる事業者」です。イメージは図表5の通りです。

画像5

なお、元請(特定元方事業者)の場合、自ら仕事を請け負わせる一次下請や一人親方等に対して健康障害防止措置の実施義務を負うだけでなく、

下請(一次下請だけでなく全ての下請)が健康障害防止措置の実施義務に反している場合、その下請に対して必要な指示を行う義務

も負います。

3 建設業特有の安全衛生管理体制

前章で紹介した義務を確実に履行するため、各事業者には安全衛生管理体制の構築が義務付けられています。建設業の場合、図表6の通り、建設業特有の担当者の選任が必要となります。なお、労働者数は同じ場所で作業をする労働者(自社が雇用する者以外も含む)の人数です。

画像6

以降で各担当者の概要、選任に必要な手続きを紹介します。なお、図表6は建設業特有の内容ですが、この他に通常の安全衛生管理体制(建設業以外の業種にも広く適用されるもの)の構築も必要となるため、注意してください。詳細は、次の記事をご確認ください。

1)統括安全衛生責任者

1.主な職務

元方安全衛生管理者などを指揮し、次の6つの事項を統括管理します。

  1. 協議組織の設置・運営
  2. 作業間の連絡・調整
  3. 作業場所の巡視(巡視の頻度については特に定めなし)
  4. 下請(関係請負人)が行う労働者の安全衛生教育に対する指導・援助
  5. 仕事の工程に関する計画、作業場所における機械、設備等の配置計画の作成、当該機械、設備等を使用する作業に関し下請(関係請負人)が安衛法等に基づき講ずべき措置についての指導
  6. その他労働災害防止のために必要な事項

2.担当者になれる者、選任時に必要な手続き

建設現場において、事業を実質的に統括管理する者が担当します。元請(特定元方事業者)は事業の開始後、担当者の氏名等を、遅滞なく現場を管轄する労働基準監督署に報告します。

2)元方安全衛生管理者

1.主な職務

統括安全衛生責任者が統括管理する事項のうち、技術的事項(安全・衛生に関する部分)の管理を担当します。

2.担当者になれる者、選任時に必要な手続き

大学または高等専門学校における理科系統の正規課程修了者で、3年以上建設工事の施工における安全衛生の実務に従事した経験がある者など一定の資格を有する者でなければなりません。元請(特定元方事業者)は事業の開始後、担当者の氏名等を、遅滞なく現場を管轄する労働基準監督署に報告します。

3)店社安全衛生管理者

1.主な職務

統括安全衛生責任者・元方安全衛生管理者の選任義務がない建設現場にて、主に次の5つの職務を担当します。

  1. 建設現場における、統括安全衛生管理を担当する者(現場代理人等)に対する指導
  2. 作業場所の巡視(毎月1回以上)
  3. 労働者の作業の種類その他作業の実施状況の把握
  4. 協議組織の会議への参加
  5. 仕事の工程に関する計画、作業場所における機械、設備等の配置計画の作成、当該機械、設備等を使用する作業に関し下請(関係請負人)が安衛法等に基づき講ずべき措置が講じられているかの確認

2.担当者になれる者、選任時に必要な手続き

大学または高等専門学校の卒業者等で、3年以上建設工事の施工における安全衛生の実務に従事した経験がある者など一定の資格を有する者でなければなりません。元請(特定元方事業者)は事業の開始後、担当者の氏名等を、遅滞なく現場を管轄する労働基準監督署に報告します。

4)安全衛生責任者

1.主な職務

建設業特有の安全衛生管理体制の中で、唯一下請(関係請負人)が選任する担当者で、次の6つの職務を担当します。

  1. 統括安全衛生責任者との連絡
  2. 統括安全衛生責任者から連絡を受けた事項の関係者への連絡
  3. 2.の事項のうち、下請(関係請負人)に関するものの実施についての管理
  4. 下請(関係請負人)がその労働者の作業の実施に関し計画を作成する場合における当該計画と元請(特定元方事業者)が作成する仕事の工程に関する計画等との整合性の確保を図るための統括安全衛生責任者との調整
  5. 労働者の混在作業に起因する労働災害に関する危険の有無の確認
  6. 下請(関係請負人)がその仕事の一部を他の請負人に請け負わせている場合における、その請負人の安全衛生責任者との作業間の連絡調整

2.担当者になれる者、選任時に必要な手続き

担当者になるための要件については特に定めがありませんが、職長が選任されることが多いようです。なお、選任に当たり、現場を管轄する労働基準監督署などへの報告は不要です。ただし、選任した場合はその旨を元請(特定元方事業者)に遅滞なく通報する必要があります。

以上(2024年3月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

pj00247
画像:unsplash

108人の経営者に聞きました 社員に「転勤」を拒まれたことがある企業が過半数。転勤はオワコンか?

書いてあること

  • 主な読者:転勤制度の見直しを検討している経営者や労務担当者
  • 課題:転勤があると人材採用で不利になるし、社員が離職するきっかけにもなる
  • 解決策:社員が転勤を拒んだときは、転勤者を変更したり、手当を支給したりして対応するケースもある。足元では、労働条件通知書に「転勤の有無」などを記載することも忘れずに

1 サラリーマンの悲哀だった「転勤」も今は昔?

単身赴任は嫌だけど、会社の命令だから仕方ない……。

こんな時代は終わりを告げるかもしれません。なぜなら、社員の負担になる「不本意な転勤」を見直す動きが広まりつつあるからです。実際、

  • 社員が望まない転勤を廃止する
  • 転勤手当を引き上げる
  • 転勤がないことを採用時のアピールポイントにする

などの動きがあります。こうした背景には、リモートワークの浸透などによって社員が働く場所にとらわれなくなってきたことのほか、特に若い世代にある「できる限り転勤を避けたい」という意識の存在があります。

もちろん、転勤には「さまざまな地域・職場で経験を積むことができる」という良い面がありますし、そもそも現地でないとできない仕事もあるわけですが、このあたりを経営者はどのように考えているのでしょうか。

独自アンケートから見えてきたのは、

転勤を維持する意向の企業は多いが、社員から転勤を拒まれた経験のある企業が過半数であり、今後、何らかの対応が必要になるだろう

という結果でした。詳しくは以下をご確認ください。

2 【経営者アンケート】転勤制度を見直しますか?

ここでは、転勤制度がある企業の経営者108人に対して、転勤制度の見直し予定や、社員から転勤を拒まれたときの対応などについて聞いたアンケートの結果を紹介します(実施期間は2023年12月6日から12月12日まで)。

1)転勤制度の有無について

転勤制度について、「就業規則」などに定めている企業が全体の85.2%と大多数になっています。転勤命令は就業規則に基づくことが通常であり、定めていないのは問題といえます。

画像1

2)転勤制度を維持する企業が約9割

転勤制度の「見直しをする予定はない」企業が68.5%と最も多く、「縮小を検討している」企業と合わせると、95.4%に達します。転勤制度を廃止するところまで踏み込む企業はほとんどいません。

画像2

3)転勤制度を維持する理由について

転勤制度を維持する理由としては、「適材適所な人材配置ができるから」の50.0%、「現地でないとできない業務があるから」の47.3%、「社員が様々な経験を積み、成長につながるから」の44.6%が拮抗しています。1つ目の適材適所と3つ目の社員の成長は人材登用や社員教育に関する企業の方針です。一方、2つ目の現地でないとできない業務については、現地採用などを進めなければ、転勤が避けがたい状況を示しています。

画像3

4)転勤制度を縮小、もしくは廃止する理由について

対して、転勤制度を縮小、もしくは廃止する理由としては、「転勤制度で人材採用が不利になっている、あるいは今後不利になる懸念があるから」が64.7%、「育児、介護などの家庭の事情で、転勤が難しい社員が増えているから」が47.1%と多数になっています。これらの問題は、今後ますます深刻化するかもしれません。

画像4

5)単身赴任のある企業が多く、支援の中心は家賃補助など

「単身赴任がある」企業は全体の76.9%と、高い割合を占めています。

画像5

単身赴任者への支援としては、「家賃を補助している」の65.1%、「引っ越し費用や、新たに購入する生活用品の購入代金を補助している」の61.4%が上位となっています。単身赴任は何かと費用がかかるので、金銭的な支援が中心になっているのでしょう。また、一部の企業では今後、単身赴任者への支援を拡充する方針もあるようです。

画像6

6)社員から転勤を拒まれた経験と対策

社員から「転勤を拒まれたことがある」企業が全体の54.6%と、過半数となっています。

画像7

では、社員に転勤を拒まれたときに、どのように対応しているのでしょうか?

最も多いのは「他の候補者を探した」の39.0%、次いで「業務命令なので、そのまま転勤を受け入れてもらった」と「昇給、昇進や手当の支給など社員のメリットになる条件を付けて受け入れてもらった」が同率の30.5%となっています。他の候補者を選べる状況であればよいですが、これができない場合、業務命令として押し切るか、条件面で譲歩する対応が取られているようです。

画像8

3 今後、転勤制度の見直しは必須になる?

いかがでしたでしょうか。就業規則で定めていれば転勤命令は正式な業務命令となり、基本的に社員はそれを拒むことはできません。にもかかわらず、企業が譲歩しなければならないという実態から、転勤制度の難しさが分かります。今回のアンケートでは転勤制度を現状維持するという企業が大半でしたが、今後は何らかの見直しが進むかもしれません。

また、2024年4月からは、労働基準法施行規則などの改定に伴い、社員が就職する時点で転勤の有無や、転勤がある場合は異動する可能性のある勤務地を示すことが求められますので、この点への対応も忘れずに済ませましょう。

以上(2024年3月作成)

pj00698
画像:takasu-Adobe Stock

自社に必要な「安全衛生管理体制」が一目で分かる! ホワイトカラーも要チェックの担当者・委員会一覧表

書いてあること

  • 主な読者:安全衛生管理体制について知りたい経営者、人事労務担当者
  • 課題:総括安全衛生管理者や安全委員会……名前は聞いたことがあるが、自社では選任・設置しなければならないのか分からない。ホワイトカラーの会社にも必要なの?
  • 解決策:社員数や業種を基準に、自社に必要な担当者・委員会を確認する。一部業種を問わず選任・設置が必要なものがあるので、ホワイトカラーの会社も要チェック

1 あなたの会社に必要な担当者・委員会は?

労働安全衛生法により、会社には安全(事故防止等)と衛生(病気の予防・治療等)に関する施策を効果的に実施するための、「安全衛生管理体制」の構築が義務付けられています。必要な担当者・委員会は次の通りです。なお、社員数は支店など事業場単位で常時雇用する人数です。

画像1

赤字の「化学物質管理者」「保護具着用管理責任者」は、2024年4月1日から選任が義務付けられます。この2つは、厳密に言うと法律上の安全衛生管理体制には含まれないのですが、他の担当者や委員会と連携して安全衛生管理の職務に当たるので、併せて押さえておきましょう。

以降で、各担当者・委員会の役割、選任・設置に必要な手続きなどを紹介します。なお、建設業については、図表の内容以外に特有の安全衛生管理体制のルールがありますので、次の記事でご確認ください。

2 安全衛生管理体制に関する担当者など

1)総括安全衛生管理者

1.主な職務

安全管理者、衛生管理者などを指揮し、次の7つの事項を統括管理します。

  1. 社員の危険・健康障害を防止するための措置に関すること
  2. 社員の安全衛生教育の実施に関すること
  3. 健康診断の実施等、健康の保持増進のための措置に関すること
  4. 労働災害の原因の調査、再発防止対策に関すること
  5. 安全衛生に関する方針の表明に関すること
  6. 危険性・有害性等の調査、その結果に基づき講ずる措置に関すること
  7. 安全衛生に関する計画の作成、実施、評価、改善に関すること

2.担当者になれる者、選任時に必要な手続き

工場長や作業所長など、事業を実質的に統括管理する者が担当します。選任が必要な事由が発生(第1章の図表の要件に該当した場合、以下同じ)してから14日以内に選任し、遅滞なく所轄労働基準監督署に届け出ます。

2)安全管理者

1.主な職務

総括安全衛生管理者が統括管理する事項のうち、安全に関する部分の管理を担当します。また、作業場等を巡視し(巡視の頻度については特に定めなし)、設備、作業方法等に問題があるときは、危険を防止するために必要な措置を講じます。

2.担当者になれる者、選任時に必要な手続き

法が定める要件に該当する者で安全管理者選任時研修の修了者または労働安全コンサルタントのいずれかが担当します。選任が必要な事由が発生してから14日以内に選任し、遅滞なく所轄労働基準監督署に届け出ます。

3)衛生管理者

1.主な職務

総括安全衛生管理者が統括管理する事項のうち、衛生に関する部分の管理を担当します。また、作業場等を巡視し(毎週1回以上)、設備、作業方法、衛生状態に問題があるときは、社員の健康障害を防止するために必要な措置を講じます。

2.担当者になれる者、選任時に必要な手続き

第一種衛生管理者免許、第二種衛生管理者免許、衛生工学衛生管理者免許の保有者、医師、歯科医師、労働衛生コンサルタントなどが担当します。選任が必要な事由が発生してから14日以内に選任し、遅滞なく所轄労働基準監督署に届け出ます。

4)安全衛生推進者(衛生推進者)

1.主な職務

安全管理者・衛生管理者の選任義務がない会社にて、主に次の4つの職務を担当します。

  1. 社員の危険・健康障害を防止するための措置に関すること
  2. 社員の安全衛生教育の実施に関すること
  3. 健康診断の実施等、健康の保持増進のための措置に関すること
  4. 労働災害の原因の調査、再発防止対策に関すること

次の業種に該当する会社は「安全衛生推進者」を、該当しない会社は「衛生推進者」を選任します。衛生推進者は、上の1.から4.のうち衛生に関する事項を担当します。

林業、鉱業、建設業、運送業、清掃業、製造業(物の加工業を含む)、電気業、ガス業、熱供給業、水道業、通信業、自動車整備業、機械修理業、各種商品卸売業、家具・建具・じゅう器等卸売業、各種商品小売業、家具・建具・じゅう器小売業、燃料小売業、旅館業、ゴルフ場業

2.担当者になれる者、選任時に必要な手続き

安全衛生推進者(衛生推進者)養成講習の修了者、大学または高等専門学校卒業後に1年以上安全衛生の実務に従事している者などが担当します。選任が必要な事由が発生してから14日以内に選任しますが、所轄労働基準監督署への届け出は不要です。ただし、安全衛生推進者(衛生推進者)の氏名を、事業場の掲示板等に掲示して社員に周知する必要があります。

5)産業医

1.主な職務

社員の健康管理等について、主に次の4つの職務を担当します。

  1. 社員の健康管理(健康診断、面接指導等の実施、その結果に基づく社員の健康保持のための措置、作業環境の維持管理、作業の管理等)に関すること
  2. 社員の健康の保持増進(健康教育、健康相談等)に関すること
  3. 労働衛生教育に関すること
  4. 社員の健康障害の原因の調査および再発防止のための措置に関すること

また、作業場等を巡視し(原則として毎月1回以上(注))、作業方法または衛生状態に問題があるときは、社員の健康障害を防止するために必要な措置を講じます。この他、会社に対し、社員の健康管理等について必要なことがあれば勧告等を行います。

(注)事業者から産業医に所定の情報が毎月提供される場合に限り、2カ月に1回以上実施します。ただし、巡視の頻度を変更する場合は事業者の同意が必要となります。

2.担当者になれる者、選任時に必要な手続き

医師であって、日本医師会の産業医学基礎研修や産業医科大学等の正規課程の修了者である者などが担当します。選任が必要な事由が発生してから14日以内に選任し、遅滞なく所轄労働基準監督署に届け出ます。

6)作業主任者

1.主な職務

高圧室内作業など、労働災害を防止するための管理を必要とする危険・有害な作業に従事する社員を指揮等します。作業は31種類あり、下記URLから確認できます。

■厚生労働省「職場のあんぜんサイト(安全衛生キーワード(作業主任者))」■

https://anzeninfo.mhlw.go.jp/yougo/yougo34_1.html

2.担当者になれる者、選任時に必要な手続き

対象となる作業ごとに、担当者になるために必要な免許や修了すべき講習などが決まっています。例えば、高圧室内作業の場合、高圧室内作業主任者免許の保有者が担当します。選任の時期については特に定めがなく、所轄労働基準監督署への届け出も不要です。ただし、作業主任者の氏名と職務の内容を、事業場の掲示板等に掲示して社員に周知する必要があります。

7)化学物質管理者(2024年4月1日から選任が義務化)

1.主な職務

リスクアセスメント対象物の製造、取り扱い、譲渡提供を行う事業場(社員数、業種を問わない)において、事業場の化学物質の管理を行います。

リスクアセスメント対象物とは、「ラベル表示、SDS等による通知」「職場における危険性・有害性の特定・リスク低減等」が義務付けられている危険・有害物質のこと

で、化学物質管理者はこれを管理するために次の職務を担当します。

  1. ラベル・SDS等の確認
  2. 化学物質に関わるリスクアセスメントの実施管理
  3. リスクアセスメント結果に基づくばく露防止措置の選択、実施の管理
  4. 化学物質の自律的な管理に関わる各種記録の作成・保存
  5. 化学物質の自律的な管理に関わる労働者への周知、教育
  6. ラベル・SDSの作成(リスクアセスメント対象物の製造を行う事業場の場合)
  7. リスクアセスメント対象物による労働災害が発生した場合の対応

なお、リスクアセスメント対象物の一覧は下記URLから確認できます。

■厚生労働省「職場のあんぜんサイト(表示・通知対象物質の一覧・検索)」■

https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/gmsds640.html

2.担当者になれる者、選任時に必要な手続き

リスクアセスメント対象物の製造を行う事業場の場合、化学物質管理者講習の修了者が担当します。製造を行わない事業場の場合、特に資格要件はありません。選任の時期については、選任すべき事由が発生した日から14日以内ですが、所轄労働基準監督署への届け出は不要です。ただし、化学物質管理者の氏名を事業場等に掲示して社員に周知する必要があります。

8)保護具着用管理責任者(2024年4月1日から選任が義務化)

1.主な職務

リスクアセスメント対象物の製造、取り扱い、譲渡提供を行う事業場(社員数、業種を問わない)において、社員に保護具(保護眼鏡、防じんマスク、手袋など)を使用させる場合、有効な保護具の選択、社員の使用状況の管理その他保護具の管理に関わる業務を担当します。

2.担当者になれる者、選任時に必要な手続き

化学物質の管理に関わる業務を適切に実施できる能力を有する者が担当します。選任の時期については、選任すべき事由が発生した日から14日以内ですが、所轄労働基準監督署への届け出は不要です。ただし、保護具着用管理責任者の氏名を事業場等に掲示して社員に周知する必要があります。

3 安全衛生管理体制に関する委員会

1)安全委員会

1.主な役割

次の事項について調査審議し、会社に対して意見を述べます。

  1. 社員の危険防止のための基本対策に関すること
  2. 労働災害の原因・再発防止対策で、安全に関すること
  3. 安全に関する規程の作成に関すること
  4. 危険性・有害性等の調査、その結果に基づき講ずる措置で、安全に関すること
  5. 安全衛生に関する計画(安全に関する部分)の作成、実施、評価、改善に関すること
  6. 安全教育の実施計画の作成に関すること
  7. 行政から受けた命令、指示、勧告、指導のうち、社員の危険防止に関すること

委員会は毎月1回以上開催し、開催の都度、委員会における議事の概要を社員に周知します。なお、委員会の開催や社員への通知は、オンラインで実施することも可能です。

2.委員になれる者、選任時に必要な手続き

委員会は、次の1.から3.に該当する委員で構成し、1.の委員が議長を務めます。なお、委員の合計人数については特に定めがなく、会社が任意に決定できます。

  1. 総括安全衛生管理者、事業の実施を統括管理する者等(1名)
  2. 安全管理者
  3. 安全に関し経験を有する社員

また、1.以外の委員については会社が選任しますが、そのうち半数については過半数労働組合(ない場合は過半数代表者)の推薦に基づいて選任しなければなりません。なお、委員の選任に当たり、所轄労働基準監督署などへの届け出は不要です。

2)衛生委員会

1.主な役割

次の事項について調査審議し、会社に対して意見を述べます。なお、委員会の開催、社員への周知に関するルールは、安全委員会の場合と同じです。

  1. 社員の健康障害防止のための基本対策に関すること
  2. 社員の健康の保持増進のための基本対策に関すること
  3. 労働災害の原因・再発防止対策で、衛生に関すること
  4. 衛生に関する規程の作成に関すること
  5. 危険性・有害性等の調査、その結果に基づき講ずる措置で、衛生に関すること
  6. 安全衛生に関する計画(衛生に関する部分)の作成、実施、評価、改善に関すること
  7. 衛生教育の実施計画の作成に関すること
  8. 化学物質の有害性の調査、その結果に対する対策の樹立に関すること
  9. 作業環境測定の結果、その結果の評価に基づく対策の樹立に関すること
  10. 定期健康診断等の結果、その結果に対する対策の樹立に関すること
  11. 社員の健康の保持増進を図るために必要な措置の実施計画の作成に関すること
  12. 長時間労働による社員の健康障害の防止を図るための対策の樹立に関すること
  13. 社員の精神的健康の保持増進を図るための対策の樹立に関すること
  14. リスクアセスメント対象物のばく露の程度を低減するための措置に関すること
  15. リスクアセスメント対象物のうち濃度基準値設定物質に当たる物質について、社員がばく露される程度を濃度基準値以下とするために講ずる措置に関すること
  16. リスクアセスメント対象物について、リスクアセスメントの結果に基づき実施する健康診断の結果と、結果に基づく就業上の措置に関すること
  17. 濃度基準値設定物質について、濃度基準値設定物質が濃度基準値を超え、社員がばく露した恐れがある場合に実施する健康診断の結果と、結果に基づく就業上の措置に関すること
  18. 行政から受けた命令、指示、勧告、指導のうち、社員の健康障害防止に関すること

15.から17.(赤字)が2024年4月から新たに調査審議事項に加わります。対象は、リスクアセスメント対象物の製造、取り扱い、譲渡提供を行う事業場(社員数、業種を問わない)に限られますが、該当する会社は押さえておきましょう。なお、15.と17.に出てくる

濃度基準値設定物質とは、リスクアセスメント対象物のうち、ばく露量が濃度基準値(厚生労働省が定める濃度の基準値)以下なら健康障害を生じないとされている物質のこと

です。濃度基準値設定物質の基本的な考え方については、下記URLから確認できます。

■厚生労働省「労働者の健康障害を防止するため化学物質の濃度基準値とその適用方法などを定めました」■

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_32871.html

2.委員になれる者、選任時に必要な手続き

委員会は、次の1.から4.に該当する委員で構成し、1.の委員が議長を務めます。なお、委員の合計人数については特に定めがなく、会社が任意に決定できます。なお、委員の選任に関するルールは、安全委員会の場合と同じです。また、安全委員会と衛生委員会の両方の設置義務がある会社は、2つの委員会をまとめて「安全衛生委員会」として設置することも可能です。

  1. 総括安全衛生管理者、事業の実施を統括管理する者等(1名)
  2. 衛生管理者
  3. 産業医
  4. 衛生に関し経験を有する社員

以上(2024年3月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

pj00610
画像:boonchok-Adobe Stock

もう食べられなくなってしまう? ふるさとの味「お漬物」がピンチ

書いてあること

  • 主な読者:「漬物」の製造販売を行うためには、HACCPに沿った衛生管理を行い、営業許可を得ることが必要になったことを知らない人
  • 課題:ユネスコ無形文化遺産「和食;日本人の伝統的な食文化」を支えてきた「漬物」をいかに継承していくか
  • 解決策:伝統的な「漬物づくり」を巡る状況、現在に至る背景を押さえる。塩分に気をつけながら、野菜の摂取量を増やす一策として漬物を上手に取り入れる

1 あの「漬物」が二度と食べられなくなる!?

「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に選定されてから10年余り。世界的にも関心を集める和食の基本は「一汁三菜」と呼ばれ、「ご飯」と「汁」「香の物(漬物)」に、いくつかの「菜(おかず)」を添えたものです。そんな日本の食文化を支えてきた「漬物」が、いま危機を迎えているのをご存じでしょうか?

その大きな要因は2018年6月の食品衛生法改正です(施行は2021年6月)。それまで、多くの都道府県では、条例に従って届け出をすれば漬物を販売することができました。しかし、改正法施行後、漬物の製造販売を行うには、加工所などの施設を整備し、食品衛生管理の国際基準「HACCP(ハサップ)」に沿った衛生管理を行い、営業許可を得なければならなくなりました(経過措置が終わる2024年5月末までに、新たに許可申請が必要)。

野菜漬物製造業は2022年6月時点で全国に931事業所ありますが、うち607事業所(65.2%)が従業者規模20人未満の小規模・零細事業所です(総務省・経済産業省「2022年経済構造実態調査(製造業事業所調査)」)。また、この統計調査では、個人経営の事業所は対象外です。

収穫した野菜を自宅の台所や作業場で漬物にして、道の駅などの直売所で販売してきたような家族経営の農家も少なくありません。そうしたケースでも、新たにHACCP(ハサップ)に沿った衛生管理が求められます。漬物づくりの担い手の高齢化、後継者不足もさることながら、加工所などの施設の整備や衛生管理に掛かる費用がネックとなり、世代を超えて受け継がれてきた伝統的な「漬物」が姿を消してしまうかもしれないのです。

2 漬物製造を巡る特徴的な動き

1)秋田名産「いぶりがっこ」の生産者の約3割が事業継続を諦める意向

食品衛生法の改正の影響が大きく報じられたのが、たくあん漬けの一種「いぶりがっこ」の発祥地、秋田県です。いぶりがっこは、大根を干して水分を抜きながら燻煙(くんえん)し、強力な殺菌・抗菌効果のある成分でコーティングした後に漬けるという伝統的な工程を経てつくられます。後述する浅漬とは製造工程からして根本的に異なる食品です。

いぶりがっこ

もともと秋田県内では漬物による食中毒の発生はなく、漬物製造業は許可や届出の対象ではありませんでした。しかし、食品衛生法が改正されたことに伴い、従前から漬物を製造販売している場合でも、経過措置期限である2024年5月末までに、

  • 製品の製造場所や保管場所を仕切りなどで物理的に区画する
  • 手洗い設備は手指が蛇口に触れないセンサー式などの構造にする
  • 原材料の洗浄設備(シンク)と器具等の洗浄設備をそれぞれ有する(計2槽)

などの基準を満たした施設を整備し、営業許可を得る必要が生じました。規模によって異なりますが、こうした施設を整備するには数百万円の費用が掛かります。

2021年7~8月、県内の直売所で漬物を販売する636人を対象に秋田県が行ったアンケートでは、回答者306人のうち175人が営業許可を取得する意向を示した一方で、108人が高齢化や資金不足などを理由に営業許可を取得しないと答えました。この結果を受け、秋田県は2022年度から漬物製造に必要な機械・施設の導入に要する経費を助成する事業を実施しています。

また、県内でも「いぶりがっこ」づくりが盛んな横手市では、県の助成事業に独自の追加補助を行うとともに、2023年度には、よこて農業創生大学校の農業技術研修に、原料となる大根の畑づくりから、いぶりがっこの製造までの過程を2年間で学ぶことができる「いぶりがっこコース」を新設し、就農者を募集しています。

2)クラウドファンディングで漬物加工所の整備資金を調達

クラウドファンディングを活用し、漬物の加工所を地域の生産農家が共同で整備するプロジェクトも見られます。

秋田県北秋田市の大阿仁地域の住民らでつくる「大阿仁ワーキング」が募集した「【消滅の危機?】里山秘伝の漬物を未来に残したい」では、2023年9月25日に募集を開始し、324人の支援により312万9750円の資金を集め、同年10月31日に募集を終了しました。

大阿仁ワーキングでは、食品衛生法の改正が成立した2018年から検討を始め、秋田内陸縦貫鉄道(秋田内陸線)比立内駅の空きスペースを、県や北秋田市の補助を得て加工・販売施設に全面改修。広さ約120平方メートルに食品加工や加工品保管、交流の各スペースを備えた「がっこステーション」として再生させました。改修費の自己負担分や設備費などに充てるため、クラウドファンディングで資金を募り、目標額の300万円を上回る資金調達に成功したといいます。

3)「冬は農業、夏はライフセイバー」で雇用を創出

後継者不足を、地域の特色を活かして解決しようとする動きもあります。

野崎漬物(宮崎県宮崎市)は、地元の「やぐら干し大根」を使った、たくあん漬け「千本漬」を中心に浅漬やキムチなどの製造販売を行っています。宮崎県田野・清武地域に見られる伝統的な「やぐら干し大根」は、「日本一の干し大根と大根やぐら」として2020年度のグッドデザイン賞を受賞、2021年度には日本農業遺産にも認定されました。一方、大根の生産者の高齢化、これを受け継ぐ後継者不足が課題となっています。

やぐら干し大根

同社は、冬場にピークを迎え、夏場には作業がほとんどない農業(干し大根の生産)の現状と、サーフィン愛好家(サーファー)が宮崎県に移住するケースが少なくないことに着目し、うまくマッチングさせることで雇用創出を図ることを構想。海の家やプールの運営会社と提携し、「ファーム&マリン」という働き方を提唱する農業法人野崎ファームを2021年に設立しました。

「ファーム&マリン」は、3年間の有期雇用契約で、9月から4月は農業、5月は漬物製造に従事し、6月から8月はライフセイバーやプールの監視員として勤務するというもので、契約期間終了後は、独立就農/正社員登用/再契約(2期目)が選択できます(独立就農の場合、祝い金60万円を支給)。

サーファーは、もともと土や砂、日焼けを苦にせず、そうした意味で農作業にもあまり抵抗感がないといいます。本社から車で20分ほどの距離にはワールドサーフィンゲームスの会場となった「木崎浜」があるなど、サーフィンができる環境が整っており、契約期間終了時にハワイ旅行がプレゼントされ、憧れのノースショアでサーフィンができる点も魅力となっています。

3 減塩志向が規制強化に影響?

1)保存食のはずの漬物に規制強化のわけ

そもそも、なぜ古くから保存食として受け継がれてきた漬物に対して、規制強化が図られることになったのでしょうか。

そのきっかけは、2012年8月に北海道札幌市などで発生した集団食中毒事件です。この事件は、岩井食品(同年10月廃業)が製造した浅漬(白菜きりづけ)により、高齢者施設の入所者などを中心に169人が腸管出血性大腸菌O157に感染、うち8人が死亡する痛ましいものでした。

厚生労働省は、同様の食中毒の再発防止に向け、同年12月、浅漬の衛生管理強化のために「漬物の衛生規範(通知)」を改正し、一度に大量の野菜を取り扱うような工場や大きな調理施設では、原材料を水で洗うだけでなく、殺菌することが決められました。

その後、食を取り巻く環境変化や国際化等に対応するために食品衛生法の改正が行われ、政府は、

製造工程が長期間になるほど、製造中の食品に含まれる細菌等が繁殖するおそれがあり、食中毒のリスクが高くなること等を踏まえ、許可営業に漬物製造業を追加し、漬物の製造に係る食品衛生の確保を図ることとした

のです。

主に浅漬の製造を念頭に置いた衛生管理のルールであった「漬物の衛生規範(通知)」は廃止され、浅漬も伝統的な漬物も一律に「HACCPに沿った衛生管理」が求められるようになりました。

2)実は漬物による食中毒の発生は「浅漬」か「キムチ」のみ

漬物は製造法の違いによって、「新漬(浅漬)」「調味漬」「発酵漬物」に分けられます。

  • 新漬(浅漬):塩分濃度1~3%で漬けたもの。白菜やキュウリの浅漬など
  • 調味漬:15%前後の食塩で原料野菜を漬け込み、必要なときに脱塩、圧搾し、調味液に漬けて製造するもの。福神漬など
  • 発酵漬物:塩分濃度3~10%で漬け込み、主に乳酸菌による発酵を促したもの。すぐき漬、しば漬、赤かぶ漬、高菜漬など

厚生労働省「食中毒統計資料」では、2000年以降に発生が報告された各都道府県の食中毒事件の発生場所や原因食品などが確認できます。植物性の自然毒による食中毒を除くと、野菜の漬物が原因食品となっているのは「浅漬」か「キムチ」に限られます。

調味漬や発酵漬物は、比較的濃い塩分や乳酸菌等による発酵の関係で腐敗が抑えられ、食中毒は起きにくいようです。一方、「浅漬」や「キムチ」は、非加熱殺菌で低塩であるため、原料野菜の洗浄や保存状態によって大きく影響を受け、短期間のうちに品質低下を招く恐れがあります。

塩分の過剰摂取は高血圧や脳疾患、腎臓疾患などの原因になるとされ、健康を意識した減塩志向により、漬物も、塩分の少ない浅漬が好まれるようになっています。一方、皮肉なことにそれがかえって食中毒の原因となり、ひいては規制強化につながったともいえます。

伝統的な漬物づくりに「HACCPに沿った衛生管理」を求めるのは酷だという意見もありますが、漬物製造の方法は漬物の種類により非常に多岐にわたるため、線引き・切り分けが難しいのが実状です。

4 参考:農林水産省が呼びかける「漬物で野菜を食べよう!」

成人1人1日当たりの野菜摂取量の目標は、カリウム、食物繊維、抗酸化ビタミン等の適量摂取が期待される量として350グラムとされています(厚生労働省「健康日本21(第二次)」の目標値)。しかし、現状は平均280グラム程度と約7割の人が目標量に達していません(厚生労働省「国民健康・栄養調査」)。

農林水産省は、1日当たりの野菜摂取量を350グラムに近づけるために「野菜を食べようプロジェクト」を推進しています。2023年には、その一環として、「漬物で野菜を食べよう!」という取り組みを進めました。

野菜の摂取量を増やすのに果たして漬物が良いのか、塩分摂取量の増加につながるのではないかという議論もありますが、現在の漬物製造では減塩化が進んでおり、上手に取り入れることが大切と考えられています。

日本高血圧学会の減塩・栄養委員会では、2013年以降「JSH減塩食品リスト」を公表し、食塩含有量の少ない食品の紹介を行っています。同リストには、さまざまな漬物も掲載されています。
なお、ここ数年、漬物の生産量は、コロナ禍の巣ごもり需要などもあり、増加しています。

漬物の生産量の推移

以上(2024年2月)

pj50536
画像:norikko-Adobe Stock

【分かりやすい原価計算(6)】設備などの初期投資は、超・固定費~投資の判断を左右する「回収期間」~

書いてあること

  • 主な読者:これから原価計算を勉強する中小企業の経営者や従業員
  • 課題:設備などへの初期投資は支払ったら最後、取り戻すことはできない
  • 解決策:投資リスクは、回収期間を予測して客観的に判断する

1 設備などの初期投資は、超・固定費

「設備投資がなかったら、どんなに楽だっただろう」という嘆きを聞くことがあります。この設備投資というものが、どうしてその後の状況の変化で大きな問題になるのか、投資するときにはどのようなことに気を付ければよいかを一緒に考えていきましょう。これも原価計算が解決する課題です。

費用をかけるときはそれが変動費であるか固定費であるかを理解しておく必要があります。そして、今回は固定費の中の固定費ともいえる「初期投資」について説明したいと思います。

固定費は、売上の増減によらず一定額発生する費用であり、何か手を打たなければ将来にわたり発生し続けるものです。これに対して、初期投資は、

設備や新規事業など多額のお金がいっぺんに出ていってしまうもの

です。支払ったら最後、もう取り返すことはできません。実は、この特徴が通常の固定費(基本的に将来にわたって発生が続く費用)以上にやっかいなのです。

どういうことかというと、初期投資を支払った後で、状況が想定と違ってしまうケースがあります。例えば、海外から観光客が増えているからとホテルを建設中にコロナ禍に見舞われた会社は、既に建設に要した初期投資を取り戻すことはできません。また、仮にホテルはなんとか開業できたとしても、人の動きが抑制され宿泊客が激減している状況では、建設にかかった初期投資をすぐに取り戻すことは不可能です。このように、過去に支払ってしまったものというのは、当たり前の話ではありますが、どうにもできないのです。

初期投資のために銀行から借入をする場合も、考え方は同じです。なぜなら、自社から実際にお金が出ていくタイミングが銀行からの借入によって後ろ倒しになるだけで、結局自社で負担せざるを得ないのは同じだからです。

そうは言っても、経営をする以上は投資をしないというわけにはいきません。では、どうすればよいでしょうか。それは、初期投資が必要になった場合には、その案件の自社にとっての負担の大きさ、つまりリスクの大きさを客観的に理解しておくと判断がしやすくなります。

2 リスクは「回収期間」でつかもう

初期投資のリスクの大きさを測る指標として「回収期間」を使います。ざっくり言えば、回収期間とは「投資後、何年たったら収支がトントンになる予想なのか」を示しています。

例えば、新工場建設にかかる投資の回収期間が2年という場合には、新工場が予定どおりに操業し売上につながれば、投資で出ていった金額と同じ金額が入ってきて元がとれるのが、2年後ということです。

「回収」という言葉の意味は、かけたお金が回収できる、つまり、収支がトントンになることを意味します。ちなみに、有名な「損益分岐点売上高」は、損益計算書上の収支がトントン、つまり利益がゼロになる売上高のことです。回収期間というのは、「投資版の損益分岐点売上高」と考えると分かりやすいかもしれません。

次に、判断の仕方です。回収期間が2年と4年であればどちらがいいでしょうか。答えは2年です。

この数年の間で痛感した方も多いと思いますが、遠い将来ほど予測することは難しいものです。回収期間においても、先は分からないので、長くないほうが安全という考え方がベースにあります。回収期間は簡単に計算できますので、ぜひ勘を鍛えるために次の数値例を参考にしてください。

3 事例で確認。回収期間で見る投資リスク判断

機械の購入代金が100万円であり、手元に残るお金が年30万円という投資案件があったとします。まず、投資のマイナスと投資してからの収支のプラスを前から足していき、プラスになるところを見つけます。

画像1

この場合、

-100万円(機械の購入代金。つまり初期投資額)に30万円+30万円+30万円+30万円で4年目でプラス

になります。プラスになる年数が同じであれば、その中でも小数点以下がどれくらいになるかの端数を見て判断します。

最初の3年と、4年目は10万円だけあればよいので、10万円を1年分の30万円で割って0.33…、3.33年となります。

この投資の回収期間は、3.33年と評価します。

4 実務の手順の肝は、予測数値の洗い出し

実際の実務の手順は、

  • 投資額を見積もる
  • 変化する収入と費用の金額を洗い出す
  • 「回収期間」を計算
  • 計算結果をもとに経営者と検討

となります。上記で見たように計算自体は簡単ですが、肝となるのは1.と2.の手順です。

1.については、業者に設備の見積もりを依頼するなどして投資額を見積もります。

2.については、製品の増産や新製品の販売によって売上が増える場合はその金額を変化する収入として予測します。また、それにともなって増加する仕入などが変化する費用です。あるいは、人を増やさないといけないのであれば、人件費の増加も変化する費用になります。ここでポイントとなるのは投資によって変化するものを考えるということです。投資してもしなくてもかかる費用は、考える必要がありません。なぜなら、投資してもしなくても変わらないので、投資の判断には影響がないからです。このように数値を予測するところが大事になります。

5 回収期間は何年がベスト!?

投資の検討をする際、回収期間は短いほうが安全でよいのは分かると思います。では、実際の判断に用いるときには、具体的に何年までならよいのでしょうか。実は、この点については、各社の資金状況や事業の種類によって大きく異なります。そのため、個別に判断していくしかないのです。そして、同じ業種でも扱うジャンルによっては、回収期間の目安は異なるべきです。

飲食業で考えてみましょう。飲食業は、出店のために6カ月分の敷金や什器備品を必要とするなど初期投資が多い業種の1つです。そのため、回収期間が指標として重視される傾向にあります。

例えば、タピオカ屋を出店するとしましょう。数年前に流行したのはまだ記憶に新しいですが、タピオカのような新メニューを主に扱う場合には、その流行が数年、数十年にわたって続くかどうかはその時点では分かりません。とすると、回収期間としてはできるだけ早く、数カ月から1年程度、長くても2年以内を目指したほうが安全でしょう。

一方、出す店がラーメン屋だった場合は話が変わります。ラーメンは、人気が安定しているジャンルといえるため、タピオカに比べれば、長い期間需要が見込めるでしょう。もちろん、回収期間は短いほうがいいものの、3~5年程度の回収期間であれば、許容できることも多いといえます。

このように、同じ飲食業でも主力のメニューが違えば、顧客や市場の状況はまったく異なります。その結果、回収期間の目安にも大きな影響を与えるのです。そこで、自社が取り組む事業の性質を十分理解した上で、目安は各自が設定するしかありません。逆に、目安がイメージできないようであれば、その事業や業種に関する情報収集が十分ではない可能性がありますので、再考したほうがいいかもしれません。

いかがでしょうか。固定費の中の固定費である「初期投資」の判断に役立つ手法として、回収期間を押さえて、次の一手につなげてほしいと思います。

以上(2024年2月更新)

pj35145
画像:Shutter z-shutterstock

【分かりやすい原価計算(5)】在庫と資金繰りの関係 ~在庫はまさにお金そのもの~

書いてあること

  • 主な読者:これから原価計算を勉強する中小企業の経営者や従業員
  • 課題:利益が出ているのに、資金が増えないことがある
  • 解決策:資金繰りを考える上で、在庫=資金という捉え方が必要で、日々の在庫の残高管理が重要になる

1 利益は出ているのに資金が増えない原因は?

原価は月末や決算期末に残っていると、在庫として貸借対照表に載ってきます。今回はこの在庫と資金繰りの関係を見ていきます。

経営者は、売上や利益と同じように、またはそれ以上に資金繰り、つまりお金が足りているかどうかについて気にするものです。利益が増えて、資金も増えていれば分かりやすいのですが、現実にはその逆であるケースが多く起こります。例えば、決算のときに、今期は売上が好調で利益も増え、その結果、税金もこれだけかかりますとなったとします。でも、「そんな状況なのに資金は全然ない。税金の支払いのために銀行借入などの資金繰りを考えなければいけないなんて。本当に利益は出ているのだろうか……」と、経営者が疑問や不安に思うこともあるようです。

このような状況になる原因として、1つは、

大きな機械を導入して資金を使ってしまっていること

があります。また、

従来、運転資金・設備投資などの借入金があり、その返済をしているため利益のわりに資金が少なくなっていること

もあります。借入金の返済は資金が出ていきますが、借りたものを返すだけなので、費用にはならないのです。

このように大きめの話が原因であると気付きやすいですが、もっと日常的に潜んでいる原因があります。それが、

在庫の残高が資金繰りに影響していること

です。この記事では、在庫の残高管理について、資金繰りとの関係も含めて見ていきたいと思います。

2 在庫と資金の奇妙な関係

卸売業、小売業や製造業では、通常在庫を抱えています。仕入れてすぐに売れたり、作ってすぐに売れたりすればよいのですが、

現実には売れるまでのタイムラグが発生

します。その間は在庫として会社に保管しなければなりません。

建設業にも未成工事支出金(仕掛中の工事にかかった決算時点の費用総額で、貸借対照表に資産として計上)という在庫があります。期末の仕掛中の工事については、売上は翌期になりますが、それにかかった費用も売上に合わせて翌期に計上します。このため、期末までにかかった費用は未成工事支出金として、翌期に持ち越されます。

在庫には仕入高に加え、材料費、外注費、人件費、経費、作るのにかかった費用を漏れなく含めます。材料費や外注費といった社外に支払ったものは分かりやすいのですが、人件費は忘れがちです。この人件費を漏らしてしまうと、利益がゆがんでしまって経営の判断材料として使えなくなりますし、税務調査などでも指摘されてしまうことになります。

この在庫は貸借対照表の資産の科目になり、現預金(資金)とはトレードオフの関係になります。つまり、

在庫が増えれば、資金はその分減ってしまうのです。逆に、在庫が減れば、資金はその分余裕が出てきます。

このことは、在庫を買う(=増やす)と資金が減り、在庫を売る(=減らす)と資金が増えることからも分かると思います。

そのため、在庫は資金そのものであり、日々の残高管理が必要になります。在庫の残高分析として、まずは、前期末(または、前月や前年同月)との比較をしましょう。また、異常を感じたときや年に1回くらいは、在庫を月次の売上原価で割ることで、月の売上原価の何カ月分、在庫が残っているのか(在庫の回転期間)を見ておくことも意味があります。

画像1

なお、製造業では製造原価を計算する必要があります。実務では、分母を求めやすい1カ月の売上高の金額にしておくこともあります。簡便的な方法ですが、継続すれば異常値の発見をするのには役立つはずです。

3 在庫の残高分析のコツ。滞留分は勘定科目を分ける

在庫の残高分析をするにあたって、実務でのコツを1つ紹介します。長年たまってしまっているものや、

特別な事情のものは別の勘定科目に振り替えておく

ということです。

例えば、昔の規格だけど、修理などのために、どうしても持っておかないといけないような部品や材料がある場合は、「長期保有在庫」などの名称で固定資産に振り替えておきます。そもそも、すぐに使ったり売れたりしないのですから、回転期間に含めるのは違和感がありますよね。特殊な科目だけ分けて管理すればよいわけです。

4 在庫と同じくらい重要な減価償却費

せっかくなので、資金繰りの話で在庫と同じくらい重要なものとして、減価償却費の考え方を紹介します。減価償却費は、機械などの将来にわたって使い続けられる一定額以上のものを、固定資産として資産に計上し、毎年費用化していく会計処理の方法です。つまり、過去に支払った金額を按分した費用です。これは、損益計算書に費用として計上され、製造現場にあるものであれば原価を構成します。しかし、費用としてあげたタイミングでは支払いがないため、非資金費用と呼ばれます。

このため、減価償却費の金額だけ損益計算書の利益に足すことで、簡便的な資金繰りを示す材料として使えます。つまり、手元に残る資金をおおむね把握することができるのです。資金繰りが気になる場合には、このような調整後利益というのがあるのを覚えておいてください。

画像2

以上(2024年2月更新)

pj35144
画像:Shutter z-shutterstock

指揮者・小澤征爾氏。「世界のオザワ」が音楽で探求し続けたものが分かる一言とは?

でも僕はね、音楽っていうのはそういうものだけじゃないんじゃないかと、ずっとそう思ってやってきたんです

小澤征爾(おざわせいじ)氏は、長年にわたり世界中の主要なオーケストラを指揮した、日本を代表する指揮者です。幼い頃からピアノを、やがて指揮を学び、1959年にフランスのブザンソン指揮者コンクールで第1位を獲得。1973年からは米国のボストン交響楽団で29年という長期にわたって音楽監督を務めた他、国内でも新日本フィルハーモニー交響楽団の創立に携わるなど、まさに世界を股に掛けて活躍しました。残念ながら2024年2月6日に88年の生涯を終えられましたが、「世界のオザワ」とたたえられたその姿は、多くの人の目に焼き付いています。

冒頭の言葉は、小澤氏が2010年ごろに作家の村上春樹(むらかみはるき)氏と対談した際、音楽の指導者としての方針を問われ、口にしたものです。小澤氏はまず、自分が若い頃に師事していた指揮者の先生を引き合いに出し、「自分の先生は、いつもはっきりしたメソッドを持って、音楽の指導に当たっていた。言うことが決まっていたし、できあがっていた」と述べました。その上で「でも、それが全てではない」として、冒頭の言葉を言ったのです。

小澤氏は、指導者としても指揮者としても、「こうあるべき」という型を用意せず、演奏者を見て、その都度対応を変えていたそうです。すでに形があるものの通りに演奏させるのではなく、演奏者と一緒に、その場に適した音楽の形を探っていく。文字通り「音を楽しむ」という音楽を長年にわたり、ずっと続けてきたのです。

一方で、相手によって言うことが違う指導者だけだと演奏者が混乱すると考え、自分の他にも、はっきりしたメソッドを持つ指導者を置いていたそうです。「相手によって言うことが違ってくる人」と「ぴしっと揺らがない哲学を持つ人」がいて、そういうコンビネーションできっと物事がうまく運んでいくのだと、小澤氏は言っています。

指揮者は、楽団の演奏を統率するのが役割ですが、一方で演奏者一人一人に、音楽における強み・弱みや、本人が大事にするこだわりがあります。どうすれば、演奏者一人一人の持つ力を最大限に引き出しつつ、楽団としての統率が取れた音楽にできるのか、小澤氏はそれをずっと探求し続けてきたのでしょう。

経営者も、リーダーとして会社を統率しつつ、社員一人一人の持つ力を最大限に引き出して、会社を未来につなげていかなければなりません。リーダーシップを発揮して「自分に付いて来い」と組織を引っ張るのも、社員一人一人に目線を合わせて個性を伸ばすのも、どちらも大切ですが、両方を同時に行うのは、簡単なことではありません。そこで大事になってくるのが、自分以外で指導者になれる人、つまり幹部社員や管理職です。自分とは違う形で社員を引っ張れる存在がいてこそ、会社は回っていくのです。

出典:「小澤征爾さんと、音楽について話をする」(小澤征爾(著)、村上春樹(著)、新潮社、2011年11月)

以上(2024年3月作成)

pj17618
kpg_ivary-Adobe Stock

【朝礼】「量質転化」で毎日が変わります

皆さんは、「量質転化(りょうしつてんか)」という言葉を知っていますか。これは、「量を積み重ねていくと質的な変化が起こる」ということを表しています。質を上げたかったら、とにかく量を積み重ねる。これは、仕事や勉強などにおいて、よく言われることです。

例えば、営業で考えると分かりやすいでしょう。営業活動の中でお客さまと信頼関係を築き、成果を上げたかったら、ひたすら毎日、愚直にアプローチする量を積み重ねる。連絡し続ける。勉強も同じです。練習問題を何問も何問も解くと、理解が深まり、資格試験に合格するなど成果が上がる。

このように、「量質転化」は定義としては非常にシンプルで、誰もが「そりゃそうだ」と思うようなことです。しかし、実現するのは簡単ではありません。

まず、「量を積み重ねる」ということ自体が、なかなか難しいのです。「質」を変化させるくらいの「量」なので、生半可な量ではありません。以前、あるコピーライターの方に聞いたのですが、その方は若い頃、キャッチコピーの案を毎日100個考えた時期があるそうです。毎日です。100個。気が遠くなります。1カ月間だけだったとしても、キャッチコピーの案は3000個になります。

また、別のある方は、毎日10人の社長に会い話を聞く、ということを10年間続けています。ざっと1カ月で延べ200回、10年で延べ2万4000回以上、毎日社長に会い、話を聞き続けています。

質を変化させるくらいの量とは、こうした「圧倒的な量」を言うのだと思います。そして、この圧倒的な量を積み重ねることで、初めて気付くこと、見えてくるものがあり、それが「質的な変化」につながっていくのでしょう。

毎日100個のキャッチコピーの案を考えていたコピーライターの方は、「売れるコピーには法則がある」などの気付きを得て、トップレベルの世界で活躍されています。毎日10人の社長に10年間会い続けている方は、人と人をつなぎ新しいビジネスを創り出して非常に多くの社長から頼られ、日々東奔西走、大活躍されています。

先ほど、営業活動を例に挙げましたが、「量質転化」は営業だけの話ではありません。企画案を1日100本出してみる。商品のユーザーヒアリングを1000人にやってみる。チームメンバー全員との1on1を、1週間に一度、年間約50回やり続けるということでもいいでしょう。

量を積み重ねると、脳が、「それに特化した脳」になっていきます。私は、商品の企画案を1週間で100本考えることにしています。常に頭の片隅には「企画」のことがあり、何を見ても聞いても「これは企画にしたら面白いか?」と考えます。360度、「企画脳」になっているイメージです。おかげで、毎日が楽しく感じられるのです。

「量質転化」は、「量」のために行動することがまず大事です。皆さんも、「量質転化」を実践してみてください。きっと毎日が変わります。

以上(2024年2月作成)

pj17172
画像:Mariko Mitsuda

【分かりやすい原価計算(4)】 固定費の配賦と直接原価計算~固定費を製品に割り当てるのは難しい~

書いてあること

  • 主な読者:これから原価計算を勉強する中小企業の経営者や従業員
  • 課題:製品と直接紐づけできない固定費の配賦は難しく、また製造数量が変化すると1個当たりの製造原価が変わってしまう
  • 解決策:価格を決めるときは、製造原価のうちの変動費だけを集計して、製品の原価を計算する「直接原価計算」を活用する

1 変動費は製品に紐づけできるけど、固定費は紐づけできない

今回は、

固定費の配賦:製品との紐づきが明らかではない費用を、何らかの基準で割り当てること

における実務の難しさを見ていきます。なお、本シリーズでは「変動費と直接費」「固定費と間接費」を、それぞれ同じものとして扱います。

変動費/固定費、直接費/間接費の分け方については、次の記事をご確認ください。

画像1

このケースのPLを作成すると、前回紹介した財務会計PLと管理会計PLになります。

画像2

ここで、1箱当たりの製造原価を考えてみましょう。

1箱当たりの変動費は、製品に紐づけできます。直接材料費が1500円、外注費が500円となり、変動製造原価は2000円となります。

次に固定費を考えてみます。工場の従業員の給料、工場の地代家賃や機械の減価償却費などの固定製造原価が年間1200万円かかります。これらは、製品との関係が明らかではなく、紐づきが間接的にしか分からないような費用です。このため、利用度に応じた配賦基準が必要となります。ここでは、

製造数量を配賦基準

に考えてみましょう。5000箱を製造したので、

1200万円÷5000箱=2400円

となります。1箱当たりの製造原価は、変動製造原価+固定製造原価なので、

2000円+2400円=4400円

となります。

2 1箱当たりの製造固定費は製造数量で変わる

次に、8000箱を製造して販売した場合を考えてみましょう。損益計算書はこのようになります。

画像3

そして、1箱当たりの変動費は5000箱を製造して販売した場合と同じで、変動製造原価は2000円となります。

次に固定費です。先ほどと同様、製造数量を基準に配賦すると、

1200万円÷8000箱=1500円

となります。1箱当たりの製造原価は、変動製造原価+固定製造原価なので、

2000円+1500円=3500円

となります。

このように固定費を製造数量で割り当てると、製造数量が増えるほどに1箱に割り当てられる固定費が減って、原価が安くなります。これが、経済学の「規模の経済」につながります。図にすると、このようになります。数量が増えれば1箱に割り当てられる固定費の金額が下がるのをイメージしてください。

画像4

増産すれば「規模の経済」が働くというのは、感覚的に分かりやすいかなと思います。ただ、1箱当たりの製造原価が、製造数量によってころころ変わってしまうと困るのではないかと考えられた方もいるかもしれません。

その通りで、1箱当たりの製造原価から販売価格を決めようとする場合には、使い物にならない、また、使っても毎年変わってしまうのではないか心配になってしまいます。そんな状況では、価格なんか決められないですよね。

ここで、製品の販売価格の決め方について見ておきます。販売価格の決め方には、マーケット・アプローチとコスト・アプローチとがあります。マーケット・アプローチは、顧客が自社製品に対してどれだけの価値を認めて、どれだけの金銭を払ってくれるかという視点から価格を決める方法です。

一方、コスト・アプローチは、経費を積み上げて製造原価を計算して、そこに儲けたい利益を上乗せして価格を決める方法です。いずれの方法もどちらか一方というわけではなく、両方の視点から考えるのが経営者の見方ではないでしょうか。

具体的には、マーケット・アプローチによって価格を決めたとしても、そこで出てきた価格が自社の製造原価で適正な利益を出せるかどうか検討する必要があります。利益が出ないのであれば、製造・販売するわけにはいきません。このため、製造原価が製造数量によって変わってしまうことは、やはり問題となります。それではどうすればいいのでしょうか。経営では、

目標となる製造数量をイメージしておく

必要があります。そこで、会社としての通常の製造数量で固定費を配賦したケースを考えながら、価格を決めていくなどの工夫をしていくというのが実務といえます。

製造原価を正しく計算することの難しさを感じていただけたでしょうか。

そして、右肩上がりの時代であれば、増産により「規模の経済」が働き製造原価が下がるため、固定費はあまり意識する必要なく過ごせます。しかし、これからの低成長時代や、新型コロナウイルス感染症の拡大などのように、製造数量が減少する局面で利益を見誤ったり、価格設定を間違えたりしないためにも、固定費の配賦が大事ということを押さえておいてください。

3 固定費の配賦をしない原価計算「直接原価計算」

このように固定費を製品に配賦することには難しさがあります。そこで、固定費の配賦をやめてしまおうと考えたのが「直接原価計算」と呼ばれるものです。ここでは、直接原価計算の概念を見ていきましょう。

今まで見てきた

変動費だけでなく固定費も製品に配賦し、全ての製造原価を集計して、製品の原価を計算する方法を「全部原価計算」

と呼びます。一方、

製造原価のうちの変動費だけを集計して、製品の原価を計算する方法を直接原価計算

と呼びます。全部原価計算による損益計算書と直接原価計算による損益計算書を見てみましょう。

画像5

そうです。全部原価計算による損益計算書は財務会計の損益計算書、直接原価計算の損益計算書は管理会計の損益計算書と同じになります。

先ほどの例で考えると、5000箱製造しても、8000箱製造しても変動製造原価は、直接材料費が1500円、外注費が500円の2000円です。これを製品の原価とするということです。製品と紐づけができない固定費は計算に含めないため、とてもシンプルな計算になります。

ただ、税務申告や外部報告のために決算書を作成する場合には、全部原価計算が前提とされています。このため、直接原価計算で計算をした場合は、製品の原価が少なく計算され、その金額をそのまま使うわけにはいきません。

また、前回も説明したように、変動費と固定費の分け方に100点満点はあり得ません。このため、人によって変動費と固定費の区分が違ったり、準変動費と準固定費といったものが含まれたりすることによって、結局1箱当たりの製造原価には恣意的な部分が残ってしまいます。

このように原価計算には絶対的な正解がないということを理解しつつ、経営者の経営判断に役立つという大事な目的を第一に置いて、まずはやってみるという考えで取り組んでいただけたらと思います。

以上(2024年2月更新)

pj35143
画像:Shutter z-shutterstock

【分かりやすい原価計算(3)】管理会計PLとCVP分析~原価計算に特有の費用の分け方~

書いてあること

  • 主な読者:これから原価計算を勉強する中小企業の経営者や従業員
  • 課題:財務会計PLだけでは、自社の体質などは分析できない
  • 解決策:管理会計PLをもとに、CVP分析・損益分岐点分析を行い、自社の売上と利益の関係などを把握する

1 「変動費」と「固定費」を分ける管理会計PLのカタチ

今回は、管理会計の損益計算書(以下「管理会計PL」)を見ていきます。管理会計PLと聞いて身構える必要はありません。なぜなら、管理会計PLの話は前回から始まっています。変動費と固定費を分けた損益計算書のカタチが、管理会計PLです。

画像1

普段見慣れている財務会計の損益計算書(以下「財務会計PL」)からおさらいしていきましょう。まず、売上高、そこから製造活動の費用である売上原価を引いて、売上総利益を出します。この売上総利益は粗利(アラリ)とも呼ばれ、経営者が気にする代表的な利益の一つです。粗利から販売費及び一般管理費(以下「販管費」)を引いて、営業利益を出します。

次に、管理会計PLです。

管理会計PLでは、売上高から引く売上原価と販管費を変動費と固定費に分ける

というのが特徴です。そして最初に、売上高から変動製造原価と変動販管費といった変動費を引いて、限界利益を出します。

この限界利益から固定製造原価、固定販管費といった固定費を引いて、営業利益を出します。売上高と営業利益は財務会計PLと同じ金額になります。実務的なコツとして、

限界利益によって固定費を回収する感覚

を持っていただくと良いでしょう。固定費というのは売上高が増えても減っても変わらないので、決まった額が発生します。それを売上高に連動する限界利益で回収していきます。限界利益で固定費を全額回収すれば、その先の売上で利益が発生していくのです。

この管理会計PLの例で、変動費1500万円を売上高4000万円で割ると、0.375。この会社の売上に対する変動費の割合(変動費率)は37.5%となります。

また、限界利益2500万円を売上高4000万円で割ると、0.625。売上に対する限界利益の割合(限界利益率)は62.5%となります。

管理会計PLは、費用を変動費と固定費とに分けて、売上高から変動費を先に引いて、限界利益を出すというのが肝になってくるのですね。

上記のケースでは、次のことがいえます。

  • 「限界利益率が62.5%ということは、売れて手元に残るのは約6割だけ」
  • 「固定費が1700万円ということは、これを必ず回収しなくてはいけない」

自社の変動費と固定費を計算し、管理会計PLを作るだけではもったいないので、ぜひ、

その先にある数字の「意味合い」にまで落とし込むこと

が、会計の活用につながります。

2 CVP分析で売上高の変動に対する利益の変動が分かる

続いて、変動費と固定費を分けることによってできる「分析」について説明していきます。皆さんは、「CVP分析」や「損益分岐点分析」という言葉を聞いたことがあると思います。どちらもほぼ同じ意味であることが多く、ここでは「CVP分析」と呼ぶことにします。

CVP分析は自分の会社の「体質」を把握することに役立ちます。特に、会社の利益が出るか出ないかが容易に分かる損益分岐点売上高を求めることができます。損益分岐点売上高とは、

売上高と費用が一致して、利益がプラスマイナス0、トントンになる売上高

のことをいいます。さらには、売上が上がったり下がったりした場合に、利益への影響がどのくらいあるかということもCVP分析を通じて分かります。

例えば、A社とB社の売上が、ともに10%下がったにもかかわらず、A社の利益は25%も下がり、B社の利益は15%だけ落ちていました。なぜこのようなことが起こるのかを知るにも、CVP分析は役立つのです。

自分の会社はA社とB社のどちらに近いのかをあらかじめ把握しておくことはとても大事です。つまりは、売上高が減少した場合に、利益がどれだけ減ってしまうかを把握すると言い換えることもできます。

3 どっちが利益を出しやすい体質か?

CVP分析は、ざっくりいえば、

費用、売上高、利益の3つの関係を把握して、将来の予測をしましょう

ということです。費用、売上高(営業量)、利益を英語でいうとCost(コスト)、Volume(ボリューム)、Profit(プロフィット)となります。この頭文字を取って「CVP分析」と呼びます。まずは、前提知識のおさらいです。

  • 利益=売上高-費用 
  • 費用=変動費(※)+固定費 ※変動費は、変動費率×売上高

利益は、売上高から費用を引くことで求められます。この費用を売上高に連動する変動費と、売上高に連動しないで決まった額が発生する固定費とに分けます。そして、変動費は「変動費率×売上高」として表し、これに固定費を足すと費用になります。ここでいう変動費率とは、売上高に対する変動費の割合のことをいいます。

それでは、イメージ図を見てみましょう。

画像2

横軸を売上高、縦軸を金額とします。ここに、売上高と費用の線を引いています。これがCVP分析のイメージ図になります。

まず、斜め45度の線が、売上高線となります。横軸の売上高1に対して、縦軸の売上高の金額も1になるので、角度が45度の直線で表されます。

次に費用を見ていきます。売上高が0のところでも発生している部分が固定費になります。固定費は売上高0円でも1000万円でも、同じだけ発生します。これに対して、変動費は売上高が増えれば連動して増加します。このため、固定費の上に「売上高×変動費率」で計算される変動費が乗っかるように引かれた斜めの線が、費用線となります。

売上高が1増えるのに対して増加する変動費の割合が変動費率になり、費用線の傾きになります。例えば、売上高100に対して仕入などの変動費が35のときは、変動費率が35.0%となり、費用線の傾きは35度となります。

この売上高線と費用線が交わるところが損益分岐点売上高です。売上高と費用が同じ額になり、損益がトントンになる売上高を表します。

ここでポイントとなるのは、変動費は売上高との比率(%)で見るのですが、固定費は額でみるところです。変動費と固定費のバランスがどのように利益に影響するのか、次の2つの特徴を理解しておきましょう。

  • 変動費の割合が高い場合、固定費が少ない分、少ない売上でも利益が出ます。しかし、損益分岐点売上高を超えても、変動費が多くかかるので、売上が増加する割に、利益はあまり増えなくなります。
  • 固定費の割合が高い場合、固定費が多い分、多くの売上を上げないと利益が出ません。しかし、損益分岐点売上高を超えると、変動費が少ないので、利益が大きく増えていきます。

具体的に考えてみましょう。グラフのA社とB社は、現在、同じ売上高と同じ利益を出しています。

画像3

しかし、グラフの(1)を見ると、固定費の金額を表す切片(左側の縦軸と直線が交わる点)がA社の方が上にあることから、固定費はA社の方がB社よりも高いことが分かります。一方、2本の直線の傾き(グラフの(2))を見ると、A社の傾きの方が緩やかなので、傾きが示す変動費率は低いことが分かります。

このことが示す意味合いはとても大事ですので、ぜひ理解してください。

画像4

まず、固定費が高額で変動費率が低いA社は、売上が少ないうちは利益がなかなか出ません。グラフからも、売上を示す直線が下方向に遠く離れていることで、損失が多いことが分かります。一方、売上が増え、損益分岐点売上高を超えてからは逆です。今度はA社の直線よりも売上の直線は上方向に遠く離れますので、利益が多く上がるようになるのです。

つまり、A社は固定費が多い分、初めは利益を出しづらいのですが、売上が増えてくると一転して、利益が出やすい体質となります。

B社は逆です。固定費が少ないため、初めから利益が出やすいのはうれしいものの、売上が増えてくると、利益がA社に比べて伸びないのです。

4 固定費と変動費では同じ経費削減でも効果が違う?

ここで費用を削減した場合の、CVP分析のイメージ図を見てみましょう。

1)固定費を削減した場合

画像5

固定費を削減した場合は、費用線がその分だけ下に動きます。このため、損益分岐点売上高も下がり、縦軸で表される利益も、固定費の削減額だけ増えます。例えば、現状では、工場の敷地に余分なスペースがある場合に、適切な広さのところに引っ越すというようなことが考えられます。

2)変動費を削減した場合

画像6

変動費を削減した場合は、売上高に対する変動費の割合、変動費率が下がります。このため、費用線の傾きが緩やかになります。これにより、やはり損益分岐点売上高が下がります。そして、売上を増やすほどにその効果は上がっていきます。例えば、比較的安価な海外メーカーの材料に切り替えるなどが当てはまります。

このように、CVP分析のグラフを見ると、変動費の削減と固定費の削減はそれぞれ違った意味合いを持つことが分かります。

以上(2024年2月更新)

pj35142
画像:Shutter z-shutterstock