書いてあること

  • 主な読者:経営者、その他、ビジネスで交渉する機会のある全ての人。特に交渉初心者
  • 課題:交渉がうまく進められない。交渉にもならない。やるべき用意も分からない
  • 解決策:交渉に臨む際には、事前に「交渉シナリオ」を作ってみよう

1 交渉シナリオを作るべき7つの理由

皆さんは、交渉上手と呼ばれる人の多くが、「交渉シナリオ」を作っていることをご存じですか。交渉シナリオとは、

交渉の流れを想定し、実際に自分が話す予定の言葉を、そのときに込める感情についてまでまとめたもの

です。リアルの交渉では、冷静を保っているつもりでも怒りや落胆など様々な感情が入り交じります。また、相手のリアクションをうまくかわすことができないと、想定外の方向に議論を展開されてしまいます。想定外の議論は、相手が意図的に仕掛けてきていることが多く、そこから脱しないと、相手のペースになってしまいます。

こうした事態を防ぐために作るのが交渉シナリオです。交渉上手の人が、タフな交渉でも動じることなく交渉できるのは、この交渉シナリオを持っているからなのです。交渉シナリオを作る理由は以下の7つです。

  • 交渉の前提としている事項に無理がないか、抜け漏れがないかを確認できる
  • 「話し言葉」で交渉シナリオを作ることで、交渉シーンがイメージしやすくなる
  • 交渉シナリオから逸脱したら、軌道修正が図れる
  • 大事なことを言い損ねることがなくなる
  • 交渉シナリオに無理があると分かったら、交渉を打ち切って出直せる
  • 相手のリアクションに応じて交渉を展開できる。相手が高圧的でも動じずに済む
  • 後から交渉を評価できる。交渉シナリオを部下と共有すれば育成にもなる

交渉シナリオには、相手のリアクションに応じて分岐となる質問も設けます。とても大切なポイントは、何だかんだといっても、相手の主張は、

  • YES
  • NO
  • 決められない(権限がない)

の3つしかないことです。相手は色々と理由を付けてきたり、はっきりと言わなかったりするので分かりにくいですが、結局はこの3つだけです。どうしてもはっきりしなければ、こちらから

これでいいですか(YESですか)? それもと何か違いますか(NOですか)?

と聞けば明らかになります。また、「決められない(権限がない)」という場合、

  • 相手が迷っているなら、こちらの都合のよいほうにする
  • 相手に権限がないなら、交渉を打ち切って、権限者に確認してもらう

という対応を取ります。こうして整理すれば、ある程度、交渉はパターン化できるのです。

2 交渉シナリオの作り方

1)「前提」を確認する

交渉シナリオには「前提」が必要です。それは、

  • 自社はどうしたいか?
  • それを相手に受け入れてもらうには何が必要か?
  • どうなったら交渉は成立するか、または決裂するか?

につきます。「自社はどうしたいか?」と「どうなったら交渉は決裂するか?」の間が交渉余地であり、交渉当事者の選択が生じる部分です。これらを明らかにした上で、交渉を進めるためのシナリオを作成します。

2)分岐となる質問を想定する

仮に最高がプランA、真ん中がプランB、最低がプランCとします。この場合、どういう条件が満たされたらプランAになり、満たされなければプランB以下になるのかをイメージします。分かりやすい例としては、

それは、どなたの意思ですか?

と意思決定権者を確認する質問があります。その結果としては、

  • 事業本部長の決定であれば覆しにくい
  • 担当者の考えであれば覆しやすい

となります。自社にとって好ましくないことでも、それが事業本部長の決定となると覆しにくいので、別の論点で譲歩を引き出します。「値下げは受け入れる代わりに、納期は延ばす」といった具合です。

3)「話し言葉」でシナリオを作る

こうして分岐となる質問と落としどころを決めたら、そこに至るまでの流れを、実際の会話のように書き進めていきます。そうすると、細かな言葉遣いも確認できるようになるので、相手を怒らせないようにしたり、逆に怒らせたりすることが可能になります。

このとき、「和やかに」とか「日頃の感謝を込めて」といったように、こちらの感情もシナリオに加えておくと、実際の交渉のときにこちら側の意図が伝わりやすくなります。チームで交渉に臨むときは、パートナーに、

ここで自分が感謝の気持ちを示すから、一緒に頭を下げるように

と伝えておきます。

なお、こちらの感情を示すのは、相手との不要な衝突を避けたり、想定通りに交渉を進めたりするためです。こちらが感情を込めたからといって、それだけで局面が変わることはありません。いわゆる「泣き落とし」が通じるケースは、本当に限られます。

3 交渉シナリオの例

最後に、交渉シナリオの例をご紹介します。交渉の内容は一つひとつ違います。ご紹介するのはあくまで一例であり、シナリオを分かりやすくするために、前提となる事項などもかなり簡略化している点にご留意ください。この例でイメージをつかみ、自分で交渉シナリオを作ってみましょう!

【交渉シナリオの例】

本交渉の目的(自社はどうしたいか)

相手からの値下げ要請に対して、「値下げを回避する」、もしくは「値下げ幅をこちら側の希望通りにする」こと

今回の交渉相手

担当課長、担当窓口(△△さま、◇◇さま)

交渉プラン

プランA(最高) :相手からの値下げ要請の撤回

プランB(真ん中):相手からの値下げ要請は受けるが、値下げ幅は要請の50%

プランC(最低) :相手からの値下げ要請を、値下げ幅も含めて受ける

ここから交渉シナリオ:感情は緑色ライン、分岐点は黄色ライン

(まずはアイスブレークで和やかに。相手のニュースリリースの話、新社屋の話)

先般、お話しいただいた内容について社内検討をさせていただきました。

基本的な方針は、これからも一緒に協力して法人向けの会員サービスを開発・提供し、お客さまのお役に立っていく、ということで承知しております。とても光栄に思っております。

(ここでしっかり感謝を込める)

今回の主な論点は、

「弊社から御社へのサービスご提供金額について」

だと思っていますが、これは合っていますか?

———-(認識は合っているとして)

まず、これまでの経緯からもお分かりいただけますように、当方も相当な値下げをしてきています。さらなる値下げということになりますが、これは部長さまのご意向でしょうか?(誰の意思なのかを確認)

(相手が)YES:なるほど。承知しました。→シナリオ1へ

(相手が)NO:なるほど。では、△△さま、◇◇さま(担当課長、担当窓口)のお考えということですね。→シナリオ4へ

シナリオ1:部長のご意向の場合

そうですか、分かりました。ところで、部長さまはこれまでの経緯をご存じなのでしょうか?

YES:なるほど。承知しました。→シナリオ2へ

NO:なるほど。ご存じないということですね、承知しました。→シナリオ3へ

シナリオ2:部長のご意向で、部長がこれまでの経緯をご存じの場合(今回はこれが濃厚)

部長さまはこれまでの経緯をご存じの上で、さらに値下げが必要だとお考えなのですね。

ところで部長さまをはじめ皆さまは、現在、このサービスが過去、具体的にはスタート当初の2018年に比べて、どのくらいユーザーが増えたかご存じでしょうか?

YES:そうですよね、当然、ご存じですよね→プランBを提案

御社からは今、値下げ要請をいただいていますが、実際にユーザーがスタートの2018年当時に比べて100倍に増えて、認知度も上がっていることを考えると、むしろ値上げ、増額させていただきたいくらいのお話かと思ったりもします。

(ここは嫌みにならないようにサラリと話す))

ただ、御社内でのご予算というお話も先日ご説明いただきました。致し方のないことで、値下げについてはお受けせざるを得ないと思いますが、その場合、2つお願いがございます。

  • 1つ目は、値下げ幅がご要請の通りでは、かなりきついです……(ここは感情を込めてツラいことを強く訴える)。そこで値下げ幅はご要請の50%くらいでお考えいただけないでしょうか。
  • 2つ目ですが、ユーザー数が増えていて、お客さまからも喜んでいただいているにもかかわらず、当方への値下げ要請となると、御社内での今後のこのサービス自体の立ち位置が心配になります。今まで通り、さらにユーザー数を増やす「攻めの体制」を、しっかりと御社内で改めて確立するお約束をいただけないでしょうか。そのために、私たちも機能や性能を磨くよう一層頑張ります。このサービスそのものが、私たちの誇りでもあるんです!(力強く)

NO:なるほど。それは当方のご説明不足でした。失礼いたしました。→プランAを提案

改めて皆さまにお伝えしますと、2018年からユーザー数は100倍に増えています。100倍です!アンケート結果から、認知度も向上していますし、喜んでいただいていることもよく分かります。これはひとえに皆さまのおかげと感謝しております。ありがとうございます!

(感謝を込めて改めて一礼)

このユーザー数が100倍になっているうれしい状況を、改めて部長さまをはじめ、御社内でご共有いただき、当方へのお支払いもこれまで通り、現状維持ということで、再度ご調整いただけないでしょうか。

その代わり、現状維持というお話をお受けいただきましたら、もっとユーザー数を増やすための企画を一つご提案させていただきます。これでユーザー数を増やして、もっともっと認知度を上げていきましょう!

(力強く)

メモ:部長のご意向なので、相手(今回話しをする窓口担当など)がかなり難色を示すようであれば、プランBも匂わせる。

シナリオ3:部長のご意向で、かつ、部長がこれまでの経緯を知らない場合

→プランAを提案

なるほど。分かりました。それではまず、部長さまにこれまでの経緯(相当値下げしてきている件)をご説明いただき、その上で本当に今、当方の値下げが必要かどうか、改めて御社内でお話ししていただけないでしょうか。

その際は、△△さま、◇◇さまが部長さまにお話ししやすいように、ご協力させていただきます。これまでの経緯と、加えて、ユーザー数が100倍に増えている現状も資料におまとめします。

△△さま、◇◇さまと一緒に頑張ってきたこのサービスを、部長さまはじめ御社内で改めて認めていただいて、盛り上げていきたいです、これからも一緒に頑張りたいです!

(力強く、明るい笑顔で)

シナリオ4:担当課長、担当窓口(△△さま、◇◇さま)のご意向の場合

→さらに話を掘り下げる

そうなのですね。ユーザー数が100倍に増えているこの状況で、お二方から当方に値下げ要請……。

(少し沈黙。考えている間を取る)

この状況ですと、なぜ値下げしなければならないのか分からない、というのが率直なところです。

何か、今まで明らかにしていただいていない理由、ご事情がありますでしょうか? そうしたことも含めて、一度、部長さまも交えてお話させていただけないでしょうか?

メモ:部長と直接話しをすることに相手が難色を示すようだったら、なぜ難しいかを掘り下げる。その上で、こちら側としてはプランAの意向であると伝える。

 ご紹介した【交渉シナリオの例の分岐点】をまとめると下記のようになります。

画像1

以上(2024年4月作成)

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画像:Nuthawut-Adobe Stock

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