書いてあること

  • 主な読者:理路整然と伝えているつもりなのに、交渉がうまくいかない担当者
  • 課題:誠実に接しているのに、なぜか相手に嫌われてしまう
  • 解決策:相手の自由は奪わない。情報は提供するが、判断は交渉相手がする局面をつくる

1 交渉に勝つ秘訣は相手に選ばせること

ビジネスに交渉はつきものですが、なかなかうまくいかないことが多いです。冷静に双方の利益を考えられたらいいのですが、なぜか相手の意見には反発したくなります。心理学では、これを「心理的リアクタンス(抵抗)」と呼びます。厄介なのは、心理的リアクタンスは相手が自分と同じ意見を言っていても生じることです。「わざわざあなたに言われなくても分かっているよ」といった具合ですが、皆さんも心当たりはありませんか。

とにかく、この心理的リアクタンスを突破することが交渉に勝つためには必要です。そのために大切なポイントは、

相手に自己の自由が脅かされていると感じさせないように、自らの意思で意見を選択できる環境をつくること

です。以降で具体的に説明しますので、参考にしてみてください。

2 交渉相手の心理的な抵抗を和らげる方法

1)こちらが情報提供して、交渉相手が結論を出す

1つのケーキを争うことなく2人で分ける方法に、1人が半分にカットし、もう1人が選ぶというものがあります。これと同じ考え方は交渉にも応用できます。

当社が交渉相手に情報(選択肢など)を提示し、交渉相手が自ら選択できるように導きます。交渉相手は「提示された情報を基に、自らの意思で選択した」と感じるため、心理的リアクタンスが発生しにくくなります。

交渉に慣れていないと、「早くまとめよう」と思うあまり結論を急ぎがちです。しかし、こちらが落としどころを提示していくと、交渉相手は結論を押し付けられたと感じます。あくまでも結論は交渉相手が導いたという状況が必要なので、例えば、

御社の競合はこのサービスを導入して成果を上げていますが、御社は導入しないですか?

などと言って交渉相手に考えてもらい、実際に選択してもらいます。

2)ネガティブ情報をうまく伝える

問題はどのような情報を提示するかですが、具体的な方法には、

  • 一面提示:自社の主張に合うこと(または合わないこと)だけを伝える
  • 両面提示:自社の主張に合うことも、合わないことも伝える

があります。先の例で示すと次のようになります。

  • 一面提示:御社の競合はこのサービスを導入していますが、御社は導入しないのですか? 競合は大きな成果を上げていますよ
  • 両面提示:御社の競合はこのサービスを導入していますが、御社は導入しないのですか? 競合は大きな成果を上げていますよ。ただし、年間コストが高いですが……

一面提示は論点を絞り込みやすいので、交渉がシンプルになるメリットがあります。ただ、交渉相手もネガティブ情報をある程度は知っているはずですから、実際は両面提示をすることになるでしょう。ここで大切になるのが、

ネガティブ情報を提示する順番とタイミング

です。

例えば、最初にネガティブ情報を提示する場合、直後に「今、お話ししたデメリットをカバーする十分なメリットがあるので、お伝えします」といったように話を進めます。先にネガティブ情報を提示して誠実さをアピールしつつ、デメリットを打ち消していきます。

逆に、最後にネガティブ情報を提示する場合、「ここまでは良い話ばかりしてきましたが、実は、○○というデメリットもあります」といったような話の進め方です。交渉相手がこちらの提案に十分なメリットを感じている場合、「デメリットよりもメリットのほうが大きい」など、前向きな姿勢で検討してもらえるでしょう。

3)ユーモアを交える、同調する

多くの心理学者によって、

ユーモアには心理的リアクタンスの発生を抑制する効果がある

と認められています。交渉だからといっていきなり堅苦しい話をせずに、雑談から入ることも無駄ではないのです。

また、

交渉相手の意見を否定せずに、同調すること

も有効です。人は自分の意見を肯定してくれる相手には好意を抱きやすく、反対もしかりです。とはいえ、交渉相手の主張と反対の方向に導きたいシーンだと交渉相手に同調できません。このような場合は、趣味やファッションなど交渉とは関係のない別の部分で同調します。

3 自社の製品を売り込む際の話法

ここまでの流れを踏まえ、交渉の流れをシミュレーションしてみましょう。ここでは、自社の「ペーパーレス化の支援サービス」を取引先の社長にお勧めするシーンを想定します。

  • 自社:御社のDX(デジタルトランスフォーメーション)は進んでいますか?
  • 相手:いや、どこから手をつけるべきか悩んでいるよ。
  • 自社:中小企業はペーパーレス化から始めるケースが多いですよ(情報提示)。
  • 相手:ペーパーレス化ね~。それはDXといえるの?
  • 自社:確かに、そういう意見も多いです(同調)。ペーパーレス化は昭和な感じで、我々世代にはなじみ深いですが(笑)(ユーモア)。
  • 相手:ははは。そうだね、イメージが湧きやすい。
  • 自社:実際、多くの中小企業がペーパーレス化をDXの足掛かりにしています。この動きはますます活発になるでしょう。
  • 相手:うちの同業も始めたらしい。古臭い会社と思われるのも心外だし。
  • 自社:会議の議事録のデータ化や電子契約から始めるケースが多いです(情報提示)。
  • 相手:なるほど。確かにうちも会議は多いな。
  • 自社:当社の取引先は、この取り組みで80%も紙を削減しました(情報提示)。
  • 相手:80%も削減したのか。すごいな!
  • 自社:当社のサービスをご利用いただければ、セキュアに議事録を保管できます。そこから始めて、少しずつペーパーレス化の範囲を広げ、DXにつなげていくのはどうでしょうか?
  • 相手:まずは始めてみることが大切ということだね。
  • 自社:はい。ペーパーレス化自体にそれほど大きな効果はないかもしれませんが、DXの一歩を踏み出すという意味ではとても有意義です(両面提示)。
  • 相手:そうだな。よし、やってみよう!

以上(2023年5月)

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画像:photo-ac

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