近年、Sales Enablement(以下、セールス・イネーブルメント)というアプローチが注目されています。セールス・イネーブルメントとは、「営業成果を出し続ける営業パーソンを育成する仕組み」のことで、「営業の成果起点の人材育成」という考え方です。
「育成自体が目的」ではなく、「営業成果のための育成」というのが一般的な育成の考え方と異なるところです。育成の結果、営業成果に繋がっているかどうかを検証します。育成の投資対効果を見に行きます。
今回の取材では、成果を創出し続ける育成に仕組み作りとそのポイントについて、山下貴宏氏に教えていただきました。前後編の2回に分けてお届けします。前編では「営業が抱える課題の解決にセールス・イネーブルメントがどう役立つのか」、後編では「実際にセールス・イネーブルメントの仕組みをどのように整備し、動かしていくのか」を解説しています。皆さまの営業組織作りのご参考になれば幸いです。
山下さん、貴重な学びのシェア、愛りがとうございます!(愛+ありがとう)
山下貴宏
株式会社R-Square & Company 代表取締役社長/共同創業者
著書「セールス・イネーブルメント 世界最先端の営業組織の作り方」(かんき出版)
1 営業とは
営業の役割とは何でしょうか? それは、「顧客に自社の製品・サービスの価値を理解して購入」いただき、「自社の営業目標を達成」することです。「顧客への価値提供」が先にあり、その結果として「自社の売上があがる」という順番です。営業の役割は、「顧客との自社製品・サービスの価値交換を通じた売上の最大化」です。
値引きをしすぎて製品提供をしてはダメですし(顧客はWinだが、自社がLose)、ゴリ押しで売れたとしても商売が続きません(顧客がLoseで、自社がWin)。
言われてみれば当たり前のことです。しかし、「売り物が複雑で専門性が高く難しい」場合や、「売り先である顧客の登場人物(ステークホルダー)が多かったり、組織が複雑で意思決定までに時間がかったりする」場合、この営業活動が途端に難しくなります。いわゆる「B2B(法人営業)」はこの部類にはいります。金融サービス、医療、IT、専門コンサルティングなど、専門性が高い法人向けの営業が典型的な例です。
そして、この難しい「B2B営業パーソンの育成」ということが更に難しいのです。
売れる営業は、どのようにして育成可能なのか? 組織としては一部の営業パーソンに依存しないよう極力「属人化」を排除し、多くの営業が「標準的に」売れる仕組みを構築する必要があります。これが、セールス・イネーブルメントのテーマです。
1)「営業目標」を明確にする
「成果起点の育成」がセールス・イネーブルメントである、とお伝えしました。逆にいうと、セールス・イネーブルメントに取り組むためには、「目指す成果・目標」が定義されている必要があります。端的にいうと、数値目標です。
目標がないところに、育成テーマはありません。
実は営業目標が明確に設定されていない企業が少なからずあり、その数は結構多い印象です。
- 「営業一人当たりの今期の数値目標はいくらいですか?」
- 「実は弊社のビジネスは営業一人で完結できる仕事ではないので一人当たりの目標が設定されていないのです」
- 「わかりました。では、どのようにして個人の成果を評価していますか? 給与は何によって差がつくのでしょうか?」
- 「……。実は、3倍多く売っても営業同士ではあまり給与は変わりません」
これはこれで1つの組織運営のあり方ですが、少なくとも育成のインセンティブ(動機付け)は働きません。「設定された目標の難易度と個人のスキルギャップが育成テーマ」になってきますが、まずは個々に追うべき目標を設定する必要があります。
2)営業目標は「既知のマーケットポテンシャル」を考慮する
営業目標を組織が設定する上で、「あいつは担当顧客が良かったから目標を大幅達成できたんだ」という声はよく聞かれます。「ノルマ不公平論」です。
多くの場合、担当顧客の割り振りとそのロジックが不明瞭です。もしくはちゃんと説明されていない。これは営業目標を設定する組織サイドの問題です。
例えば、考慮すべき論点は以下のようなものがあります。
1.新規既存
新規顧客だけを担当する営業と既存顧客を担当する営業とでは、その難易度が異なります。受注までの時間や、定常的に発生する引き合いも違ってきます。
2.エリア特性
東京と地方とでは、マーケットサイズが大きく異なります。東京エリアを担当する営業と地方を担当する営業では、当然数値目標が異なります。
3.業界特性
小売業界とIT業界。同じ小売業界でもスーパーや百貨店など、担当する顧客企業の業界によってもマーケットサイズが大きく異なります。つまり、売上獲得の分母が異なるわけで、マーケットサイズが大きな業界は営業目標も大きくなり、小さい業界はそれ相応に設定すべき、となります。
4.企業規模
大手企業と中小企業では出せる予算が当然異なります。同じ製品・サービスを売るのであれば、大手の方が目標値は大きくなります。
5.パイプライン
すでに去年から見込み商談(パイプライン)が大幅に積み上がっている場合、受注率や単価が一定であれば、パイプラインを潤沢に持っている営業パーソンの目標達成難易度は低くなります。逆に言えば余力があるわけで、他の営業と目標設定を変える論点になります。
上記は、営業目標を設定する際の観点の一部ですが、「ノルマ不公平論」を出さないためには、一定のルールや基準に基づいて極力公平に目標設定していることをコミュニケーションしていく必要があります。
3)「今売れている営業は、本当にハイパフォーマーなのか?」
ここで目標設定の公平性と重要性を述べたのには理由があります。
育成の観点からみると、
- 「本当はスキルが低いにもかかわらず、担当顧客が良いから目標が達成できていて、できる営業として見られている」
- 「本当は難易度の高い営業アプローチを仕掛けているにもかかわらず、今は成果が上がっていないというだけでローパフォーマーと見られている」
という事象が発生するからです。
後ほど解説しますが、セールス・イネーブルメントの取り組みの骨格は、
- 組織として取り組むべき育成テーマを見極めて(例えば、新規開拓の改善など)
- ハイパフォーマー(成果ができている人)のやり方を体系化し
- コンテンツとして提供し
- 育成テーマに連動する営業指標が改善したかどうかを、データを持って検証する
というサイクルを回します。
この時に、営業目標が適切に設定されていないと、目指すべきハイパフォーマーを見誤り、打ち手の精度が落ちてしまうことになります。
2 セールス・イネーブルメントとは
ここまで営業の役割と目標設定の重要性について述べてきました。それでは、実際にどのように育成を進めていくべきなのか、セールス・イネーブルメントの考え方を使って見ていきましょう。
冒頭でご紹介した通り、セールス・イネーブルメントは、「営業成果を出し続ける営業パーソンを育成する仕組み」のことで、「営業の成果起点の人材育成」という考え方です。
1)本来目指すべき「成果と育成」を繋げるサイクル
育成は、本来組織が目指す「成果」を起点にして設計される必要があります。イメージとしては以下の図にあるようなサイクルです。
しかし、実態を見ると、それぞれの階層で分断が起きています。
ミクロ視点、マクロ視点で育成が進まない要因があります。
●ミクロ視点
- そもそも成果起点で営業トレーニングが設計されていない
- トレーニングが一般的すぎる(特に外部研修)
- トレーニング後、放置プレー。マネージャーはトレーニングの内容すら知らないことも多い
- トレーニング結果の検証がない。トレーニングサーベイ(簡単な調査)程度
●マクロ視点
- 営業パーソン視点では、営業の成果も行動もそのための学習も繋がっているにもかかわらず、提供サイドの組織が別々で連携していない
- 人事部門は営業数値を把握していない、営業部門は人事が提供しているトレーニングを考慮していない
2)セールス・イネーブルメントは営業成果を一気通貫で支える仕組み
こうした育成にまつわる課題を解決するのに役立つのが、セールス・イネーブルメントの考え方です。
セールス・イネーブルメントは、営業成果に向けて行動、知識スキルを一気通貫で繋ぎ、必要なプログラムとシステムを提供する取り組みです。
欧米では、セールス・イネーブルメント組織が多くの企業で導入され、営業組織を支援しています。
3 営業プロセスの標準化
セールス・イネーブルメントに取り組む上で、最初に「営業目標」を明確にする必要があると述べました。
次に、重要なことは、その「営業目標」達成のために必要な「営業プロセス」が何かを標準化することです。
「どのような営業ステップを踏むことが望ましいのか?」を組織として定義することです。
「実態はいろいろな営業活動があって、行ったり来たりする」ということは百も承知で、それでも組織として望ましい「営業ステップ」を定義するのです。これがないと、営業活動が属人化します。そして、これをシステムで可視化できる状態にしておきます。
営業プロセスを定義する際にとても重要なことが1つあります。それは、「顧客の意思決定プロセスを軸に定義を設定する」ということです。
「自社(営業パーソン)が何をやったか」を軸に営業プロセスを定義しているケースがあります。これは見直した方が賢明です(上の図の上段)。
営業活動の大前提は、顧客の意思決定プロセスを前進させることです。例えば、「営業が見積もりを出した」からと言って顧客の意思決定プロセスが進むとは限りません。営業がやったことをもとに営業活動管理を定義すると、ほぼ間違いなく予算管理の精度が落ちます。
逆に、顧客の意思決定プロセスがどのように進むのか、そのために必要な活動は何かを定義すると、管理精度が上がります(上の図の下段)。
セールス・イネーブルメントは、この営業活動の進捗をみて、そこから育成テーマを抽出してプログラム化していきます。
4 インサイドセールスの役割
1)マーケティングと営業の溝
営業プロセスを明らかにする際に欠かせないのが「インサイドセールス」です。
営業活動を設計する上で、インサイドセールスの仕組みを導入する企業が増えています。
旧来、営業が新規案件の発掘からクローズまで全てを担ってきました。それが美徳と考えられてきました。
しかし、実態を見ると、マーケティングと営業の間で溝が発生しています。典型は、マーケティングが作った見込み客(リード)が適切に営業に引き継がれず、案件化されないまま受注に至らないという問題です。営業は受注すべき案件が増えると受注活動に専念するので、来期の案件の種まきは優先順位が下がります。優先度の問題に加えて、リード情報の引き継ぎプロセスがシステム化されてない場合、見込み客フォローは間違いなく後回しになります。
2)「案件創出」機能としてのインサイドセールス
インサイドセールス機能は、このような背景から案件創出を目的として導入されてきています。企業によってはMarketing Automationツールを活用して見込み客の発掘- 育成- 営業への引き継ぎを可視化/自動化しています。
今回お届けする営業育成のプロが教える「成果が上がる営業組織作りの8のポイント」の前編はここまでです。後編では、「実際にセールス・イネーブルメントの仕組みをどのように整備し、動かしていくのか」をお届けする予定です。楽しみにお待ちください。
以上
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