1 意外に重要! 「地理」と経済の関係

高校の授業で習った地理……。もう記憶のかなたという人も多いでしょうが、社会人になってから学び直してみると、意外と高校生だったあの頃より面白く感じるものです。なぜなら、

地理を知れば知るほど、経済活動との関係の深さが見えてくる

からです。となれば、身近な食べ物の値段の付け方や販売戦略にも、「地理」が密接に関わっているはず……。

例えば、お酒のおつまみの定番「チーズ」。お酒を楽しんでいるときは意識しないかもしれませんが、実はこのチーズの生産と流通の裏側にも、地形や気候といった地理条件が深く関わっています。むしろ、

地理が分からないとチーズの価値は語れない

と言っても過言ではないのです。

今回取り上げるのは、世界中で高級品として扱われるヨーロッパのナチュラルチーズ。

実はその多くが、「特定の土地で、ほんの小規模でしか作ることができない」

という、とてもユニークな生産背景を持っています。

地理が経済を形づくり、ブランドを生み、そして価格を決める―その過程について、楽しく解説します。

(注)この記事は複数のウェブサイトの情報を基に作成していますが、生産上の背景・歴史などについて諸説ある内容が含まれます。あらかじめご了承ください。

2 「高級チーズ」はどうやって生まれた?

日本のスーパーで欧州産のチーズを手に取ると、思わず値段に目を見張ってしまいます。味は確かにおいしい。ただ、高い! ですが、それにはちゃんと理由があります。

ヨーロッパの高級チーズは、土地そのものの価値を背負っている

のです。

例えば、世界三大ブルーチーズの1つであり、「チーズの王様」との呼び声が高い、フランスの「ロックフォールチーズ」。真っ白なチーズに青カビの模様が入った、クリーミーな食感とピリッとした辛みが特徴のブルーチーズです。

ロックフォールチーズ

このチーズは、「ロックフォールという名前がついている、ただの青カビチーズ」ではありません。実は、

フランスの南部にあるロックフォール村に存在する「特定の洞窟」から流れ込む、冷たい空気にさらして熟成しなければ、独特の青カビが育たない

のです。つまり、同じ配合で青カビチーズを作っても、場所が変われば「ロックフォールチーズ」にはなりません。

他にも、湿度や標高、風の通り道、牛が食べる牧草の種類、などなど……。ヨーロッパのチーズの風味は、土地に刻まれた“地理の偶然”の産物です。つまり、

そもそも、大量生産することができないので、価格を下げることは不可能

なわけです。だからこそ希少で、だからこそ価値が生まれるのです。

3 短所を武器に変える戦略

1)「生産しにくい」を強みに変える「テロワール」という概念!

では、1つの村でしか生産できないチーズは、どのようにして世界三大ブルーチーズにまで上り詰めたのでしょうか? ここにも「地理」的な理由が隠されていました。

土地が違えば味が変わる。ということは、「本物」を名乗るためには厳しい基準が必要になります。その基準となる考え方が、

フランスのワイン文化から広まった「テロワール」という概念

です。テロワールとは、

土壌・気候・地形・そばで育っている植物など、その土地が本来持つ「環境の個性」が食品の品質に影響を与える

という考え方。つまり、「この土地だからこそ、この味が生まれる」といった意味合いの、ワインやコーヒー、チーズなど、ブランド価値のある生産物を語る際によく見聞きする概念です。

2)15世紀、フランス国王の保護がブランド価値を生んだ!

諸説ありますが、

フランスでは、およそ600年前から、ロックフォールチーズを取り巻く「テロワール」の概念が認知されていた

といわれています。1411年、当時のフランス国王・シャルル6世が、

「この村の村民だけが、この洞窟でチーズを熟成する権利を持っているぞ!」

というお触れを出したのです。そして、その後も、ロックフォールチーズは王室の保護下に置かれることになりました。ロックフォールチーズはチーズの王様と呼ばれていますが、歴史をたどってみれば、王様というよりはお姫様のようですね。

テロワール

当時からロックフォールチーズは大人気の特産品でした。しかし、なぜ王室は直々にお触れを出してまで、ロックフォールチーズを保護し続けたのでしょうか? それは、

ロックフォール村周辺の土地は痩せていて、小麦もブドウも育たない不毛の地だったから

といわれています。

小麦でパンも焼けず、ブドウでワインも造れない小さな村がうまくやっていくには、ブランド価値のある特産品が必要不可欠。これは「フランス王室が優しいから」というよりは、治めている地域の地理的特性をよく理解した上で、飢饉(ききん)による反乱などの危険性を回避するためです。つまり、帝王学の1つだったと考察されます。

ロックフォール

ちなみに、とある言い伝えでは、

「お触れを出したシャルル6世はロックフォールチーズが大好物だった」

ともいわれています。

「大好きだから保護したい!」

という理由でお触れを出していたと想像すると、栄華を極めたフランス・ヴァロワ朝の王様も、なんだか身近な存在であるかのように感じてくるのが不思議です。

いずれにせよ、王様の保護を取り付けたことで、1つの村でしか生産できないロックフォールチーズの評価は、

「生産性の低いチーズ」から「王様お墨付きの希少価値の高いチーズ」へと180度転換

したわけです。

3)20世紀のブランド管理システムが、ロックフォールチーズの価値を押し上げた!

現代でも、欧州では生産物の価値を守るため、AOP(原産地保護呼称)やAOC(原産地統制呼称)といった制度が整えられています。簡単に言えば、「ここで作られた、この製法の生産物だけを本物と認めます!」という“ブランド管理システム”です。

実は、ロックフォールチーズはチーズとしてのAOP認定第1号!

AOP認定

経緯は諸説ありますが、近代化が進みロックフォールチーズのおいしさが世界中に広まるにつれ、

テロワールに即さない“偽・ロックフォールチーズ”が市場に氾濫するようになってしまったことがきっかけで、地元の生産業者たちが声を上げた

のだそうです。

フランス王朝があった時代から革命を挟み、幾度も戦火の渦に巻き込まれてきたフランス。それでもロックフォールチーズは数世紀にわたり、「守られるべき存在」として、そのブランド価値を守り続けています。

AOP・AOCに登録されているブランドの中で他の例を挙げるとしたら、フランス・シャンパーニュ地方で、特有の方法で、認められた者によって生産された製品のみその名を冠することができる「シャンパン」でしょう。ロックフォールチーズと同じように、希少で価格が高くとも、そのブランド価値のおかげで人々の心をつかんで離しません。

4 「再現できない個性=唯一無二の価値」

まとめると、ヨーロッパの地理条件は複雑であり、それぞれの土地によって環境が大きく異なるため、生産者たちは「同じ生産物を大量生産することはなかなか難しい」という短所を抱えていました。しかし、

その短所を「ブランド価値」という武器に変えるために、「テロワール」という概念を基にした厳格な基準が作り出された

のです。つまり、

「再現できない個性=唯一無二の価値」

この構図を描くことによって、少量生産であるからこその強いブランド力が生まれ、高価格でも消費者は、「その価値がある」と納得して購入するようになるわけです。

ブランド力

大量生産や規模拡大だけが正解ではなく、限られた条件の中だからこそ生まれる価値もある。

そして、その価値をどう伝えるかが、企業の腕の見せどころ

です。

年末年始にはぜひ、「食材がどこから来たのか」「どんなふうに育ったのか」「どんな戦略で流通しているのか」など、身近なものに思いをはせてみてください。もしかしたら、バーやレストランのテーブルに置かれた一片のチーズや一杯のワインの中に、自社サービス・製品が発展する意外なヒントが隠されているかもしれません。

以上(2025年12月作成)

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画像:いらすとや