書いてあること
- 主な読者:最も有利な方法で後継者に自社株式を集中させたい経営者
- 課題:さまざまな方法があり、それぞれが専門的でよく分からない……
- 解決策:財産の承継は合わせ技。後継者や経営者の年齢、経営見通しなどから判断する
1 事業承継で重要となる自社株式の評価
オーナー企業の事業承継では、自社株式の評価額が非常に重要になります。業績好調で利益を積み重ねれば自社株式の評価は上がりますが、事業承継に限っていえば、評価が上がるのは好ましいことばかりではありません。なぜなら、
親族内承継であれば評価額を下げたいですし、M&Aによる第三者への承継であれば評価額を上げたい
からです。実際、親族内承継の場合、後継者に株式の買い取り資金がないこと、譲渡の際の贈与税・相続税が高いということが課題となっています。
自社株式を後継者に「安く」引き継ぐことが事業承継を成功させるポイントですが、
- さまざまな方法があり、それぞれ専門的である
- 専門家や支援機関によって指摘するポイントが違う
といった課題があり、とっつきにくい分野です。そこで、この記事では、親族内承継を中心に財産の承継において、これくらいは知っておきたいというポイントをまとめます。実際に取り組む際は、必ず専門家などにご相談ください。
2 後継者に「3分の2以上」の株式を集中させる
後継者に自社株式を集中させる必要がありますが、具体的な割合を意識していますか? 過半数あれば大丈夫と考えているかもしれませんが、これは「普通決議」ができる水準にとどまります。より安定的な経営をするためには、「特別決議」ができる3分の2以上を後継者に集中させなければなりません。「特別決議」で決められることには「定款の変更や組織再編など」があり、より積極的な経営がしやすくなります。
一方、長く続いている会社ほど株式が分散する傾向があります。そこで、
会社や後継者が自社株式を買い取り、後継者を対象にした新株発行などを通じて、後継者の持株比率を高めること
を検討する必要があるでしょう。
さらに、事業承継をした後の株式分散を防止するために、定款に株式譲渡制限や株式の買い取り請求に関する事項を定めることも検討しましょう。
3 自社株式の評価を引き下げる、引き継ぐ数を減らす
1)自社株式の評価を引き下げる方法
自社株式の評価方法はさまざまです。中小企業の場合、
- 類似業種比準価額方式:事業内容が類似する上場会社の平均株価を参考に計算する
- 純資産価額方式:評価時点で資産や負債を時価評価した場合の純資産価額を、自社株式の数で除して計算する
- 両方を併用
が用いられますが、いずれも純資産価額を引き下げれば自社株式の評価は下がります。純資産価額を引き下げる方法には、
- 役員退職慰労金を支払う
- 不動産を購入する
などがあります。特に役員退職慰労金は、経営者と後継者が話し合ってしっかりと決めるべきです。経営者は「勇退時にいくら欲しいのか」を明確に告げ、時期を決めて支給すれば自社株式の評価を引き下げられます。とはいえ、いくらでもよいというわけではなく、過大であれば税務上否認される恐れがあります。また、不動産の購入についても相続時の評価などに注意する必要があります。
2)引き継ぐ自社株式の数を減らす方法
全株式を引き継ぐと後継者の負担が重くなります。「3分の2」の株式を後継者に集中させれば、残りの3分の1は別の株主でもよいわけです。それも、
会社の方針に賛成し、長期に保有してくれる安定株主が好ましい
ということであり、ここで検討されるのが「従業員持株会」の設立です。従業員に株式を保有してもらえば、経営の安定と事業承継時の後継者の負担軽減が実現します。
4 「相続」の負担を軽減する
高齢の経営者が親族内承継をする場合、「相続」が事業承継の中心的な話題となります。負担軽減にどのような方法があるのか、ポイントを簡単に紹介します。
1)相続時精算課税:イメージは2500万円+110万円
「相続時精算課税」とは、贈与税の先送りのような制度です。具体的には、生前贈与が2500万円まで贈与税が非課税となり、これを超える部分には一律20%の贈与税がかかります。実際に相続が発生した場合、生前贈与した部分も含めて相続財産を評価し、相続税を計算します(2024年1月1日以降の改正については後述)。
ポイントは、
生前贈与した時点と、相続した時点の財産の価値の違い
です。価値が小さいうちに生前贈与し、価値が大きくなったときに相続が発生すると、生前贈与時の小さい価値により相続財産とされるため、後継者の負担は軽減されることになります。つまり、将来、業績が向上して自社株式の評価が高まると考えるなら、相続時精算課税は有効ということです。
なお、相続時精算課税は後述する「暦年贈与」とは別の仕組みなので、110万円より少ない贈与でも申告が必要であり、ここが面倒な点でもありました。これの制度が改正され、2024年1月1日以降の贈与については、相続時精算課税に110万円の基礎控除の枠が設定されます。この110万円には贈与税も相続税もかからないため(相続財産にも加わりません)、申告も不要となります。
2)暦年贈与:イメージは毎年110万円
「暦年贈与」という制度もあります。これは、毎年110万円までの贈与が非課税となる制度です。非課税はうれしいところですが、毎年110万円までしか非課税枠がなく、10年間にわたって利用しても贈与できるのは1100万円です。経営者が若く、よほど計画的に事業承継を検討していない限り、メリットは小さいかもしれません。また、前述した相続時精算課税と併用することもできません。
なお、暦年贈与も2024年1月1日以降に変わります。これまで、たとえ暦年贈与でも死亡日以前3年間の分については、相続財産に加えることになっています。つまり、相続税がかかるということです。この取り扱いが変わり、
- 死亡日以前3年間:これまで同様に全て相続財産に加える
- 死亡日以前4~7年間:100万円を差し引いた額を相続財産に加える
といった取り扱いになります。
3)事業承継税制
事業承継税制とは、
一定の要件を満たし続ければ、承継した自社株式にかかる相続税・贈与税が猶予・免除される制度
です。一定の要件についての詳細は割愛しますが、簡単にいうとある程度の規模を継続しながら会社経営を続け、事業承継のたびにこの制度を使えば、相続税と贈与税が猶予・免除され続けるというものです。
4)持ち株会社(ホールディングス)
厳密には相続と違いますが、事業承継の通過点として持ち株会社(ホールディングス)が設立されることもあります。株式移転などの組織再編の手法を用いるのですが、
持ち株会社に会社の株式を移転。事業会社(元の会社)は、持ち株会社の100%子会社
とします。経営者は持ち株会社の代表、後継者は元の事業会社の代表になり、経営者は持ち株会社の代表の立場から後継者の経営をサポートします。ある意味で「院政」のような体制となりますが、後継者がまだ若い場合など、事業承継前のワンステップとして有効です。
5 遺言書の作成、家族信託の利用
1)遺言書の作成
ここまで後継者の負担軽減を前提に説明してきましたが、それ以外の親族への配慮も必要です。例えば、経営者に長男と次男がいて、後継者である長男にだけ遺産を集中させると次男が不満を覚え、兄弟げんかになって会社経営に悪影響を及ぼしかねません。そこで、経営者は「遺言書」を作成し、
遺産の配分や、配分した意図(法的拘束力はない)
を残しておくことが大事です。
なお、相続には「法定相続分」があります。例えば相続人が「配偶者や子」の場合、それぞれ2分の1ずつ相続できることになっています。しかし、遺言書を書くとこれを変えることができます。とはいえ、遺言書に書いたからといって法定相続分がゼロになることは問題なので、「遺留分」が定められています。相続人が「配偶者や子」の場合、それぞれ4分の1ずつ相続できることになっています。まとめると、
遺留分>遺言書>法定相続分
ということになります。
2)家族信託の利用
ちょっと視点は変わりますが、財産の承継を間違いなく行うために、「家族信託」を利用することもあります。家族信託とは、
経営者が家族に財産(自社株式も含む)の管理を託すこと
であり、経営者が認知症になった際の対策として利用されるのが一般的です。高齢な経営者は認知症のリスクがあり、万一の場合は冷静な判断ができません。そうなると事業承継どころか会社経営が立ち行かなくなってしまうため、家族信託を利用し、長男が「議決権」を行使できるようにするなどします。
6 M&Aを検討する際の主なポイント
1)M&Aの目的と課題
ここまで親族内承継を中心に考えてきましたが、最後にM&Aについても簡単に触れておきます。アンケートなどを見るとM&Aに対する悪いイメージは根強いようですが、一方で近年は後継者不足からM&Aによる第三者への承継が増えているのも事実です。M&Aによって想定されている効果と課題は次の通りです。
2)M&Aの種類
M&Aにはさまざまな種類があり、代表的な方法およびそれぞれの特徴は次の通りです(中小企業庁「事業引継ぎハンドブック(2015年9月)」)。
1.株式譲渡
譲渡する側の会社のオーナー(経営者)が所有している発行済株式を、譲り受ける側の会社に売却し、子会社になることです。株主および経営者が交代するだけで、社員や社外の関係は変わりません。会社をそのまま存続させたいときや、オーナー(経営者)の持つ株式を現金化したいときに向いています。
2.事業譲渡
譲渡する側の会社が、その事業部門の全部または一部を譲り受ける側の会社に売却します。債権や債務、契約関係、雇用関係などについて、それぞれ同意を取り付けてなければいけないため手続きは煩雑です。
また、複数の事業のうちの一部だけを売却し、その他の事業は残したい場合には有効な方法です。
3.吸収合併・吸収分割
吸収合併は、譲渡する側の会社の全ての資産や負債、社員などを譲り受ける側の会社が吸収し、譲渡する側の会社は消滅します。雇用条件の調整や事務処理手続きの合意の形成が難航する恐れがあります。
吸収分割は、譲渡する側の会社が、その事業部門の全部または一部を分割した後、譲り受ける側の会社に承継させる方法です。労働契約承継法によって、社員の現在の雇用がそのまま確保されます。
3)M&Aに向けた事前準備と支援機関への相談
M&Aで会社を売却する場合、相手先との交渉に入る前に、仲介機関の選定や会社の実態把握、企業の「磨き上げ」などさまざまなことをしなければなりません。最も注意すべきなのは、
いかにして秘密を守り、外部への漏洩を防ぐか
です。第三者はもちろん、親族や友人、役員・社員に至るまで十分に注意しましょう。
また、こうした一連の手続きを自社だけで行うことは困難なので、専門的なノウハウを有する支援機関に相談しましょう。具体的には、事業引継ぎ相談窓口、事業引継ぎ支援センター、商工会議所、金融機関(銀行、生命保険会社、損害保険会社)、税理士、弁護士、M&A仲介業者などがあります。それぞれ得意分野や業務の範囲、報酬体系などが異なるため、実績や利用者の声などを十分調査して選択しましょう。その際、複数の機関から話を聞いて比較することを忘れないでください。
以上(2024年5月更新)
(監修 税理士 石田和也)
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画像:Mariko Mitsuda