書いてあること
- 主な読者:事業承継を意識しているが、やるべきことが整理できていない経営者
- 課題:後継者選び、社内外への通知、自社株評価など、とにかくやることが多そう……
- 解決策:「人(経営)」「資産」「知的資産」の3つの承継分野を整理する
1 なぜ、事業承継が必要なのか?
事業承継とは、
事業を後継者に承継して会社を存続させること
です。日本ではかつてないほど事業承継の話題が盛んですが、それは、
経営者の高齢化と後継者不足が進んでいるから
に他なりません。帝国データバンクが毎年公表している「全国社長年齢分析」によると、2022年時点の社長の平均年齢は60.4歳となりました。人は必ず年をとるので、平均年齢が上がるのは当然です。
となると、事業承継で社長の若返りを図るしかありません。しかし、社長の交代率は3.82%にとどまります。この主要な要因は後継者不足です。
統計によって異なりますが、日本にあるとされる約380万社の会社のうち99%以上は中小企業です。日本経済を支える中小企業が、経営者の高齢化と後継者不足で廃業を余儀なくされれば、日本経済に与える影響は計り知れません。
今、一社一社の取り組みが重要な局面にきています。「事業承継」という多分野の取り組みで、経営者は何を意識すればよいのかをご紹介します。
2 事業承継するものは3つ
事業承継するものは「人(経営)、資産、知的資産」の3つです。
1)人(経営)の承継
後継者を決定し、教育して経営権を承継します。誰を後継者にするかについては、「1.子どもなどへの親族内承継」「2.役員や従業員への親族外承継」「3.M&Aによる第三者への親族外承継」があります。これらは次章で紹介します。
2)資産の承継
自社株、土地などの不動産、設備などの動産などを後継者に引き継ぎます。このうち、自社株については評価が重要です。事業承継時は評価を下げたいはずですから、そうした方法を専門家に相談します。ここでは後継者の資力も問題になります。後継者に自社株の買い取り資金がないケースや、贈与や相続の問題が出てくることもあります。とはいえ、後継者の持株比率を薄めることは得策ではありません。この点は十分に認識すべきです。
詳細は割愛しますが、事業承継を資金面でサポートするものとして、「事業承継税制」「事業承継特別保証」もあるので、ぜひ確認してみてください。
また、承継されるのは資産だけではないことにも注意が必要です。例えば、会社が金融機関などからの借り入れ、つまり借金をしていれば、それも承継されます。つまり、貸借対照表(BS。Balance Sheet)が承継されるイメージを持っておくとよいでしょう。
3)知的資産の承継
知的資産は、自社の価値の源泉を承継することです。最上位の概念としては経営理念を承継することになります。経営者の中には「経営理念の承継こそが事業承継である」という人がいるくらい重要なものです。また事業承継を手伝う支援機関も、現経営者へのインタビューを通じて「思い」を言語化し、後継者候補などに伝えたりします。
この他、取引先、さまざまな人脈、技能、知的財産権、許認可など会社経営をするために不可欠なものを承継します。
3 後継者選びの選択肢
事業承継において、最も重要なのは「人(経営)の承継」だといえるでしょう。前述した通り、誰に承継するかの選択肢は、
- 子供などへの親族内承継
- 役員や従業員への親族外承継
- M&Aによる第三者への親族外承継
の3つに大別されます。子供などへの親族内承継が圧倒的に多いものの、最近は親族外承継が増えています。
子どもなどに承継する親族内承継でも、これまでの事業をそのまま続けるのではなく、後継者の新しい発想でベンチャー企業のように新規事業にチャレンジするケースも増えています。
また、親族外承継では第三者への承継が増えていますが、これは親族や従業員に適した後継者候補がいないからです。「会社は家族で継いでいくもの」という意識が薄らいでいることも、親族外承継を後押ししています。ここ数年で、「後継者を求める会社」と「経営者になりたい人」をマッチングさせるサービスも多く、多様な候補の中から後継者を選べることができます。とはいえ、実際に事業承継をした経営者の中には、「安易なM&Aをすべきではない」と警鐘を鳴らす人もいます。特にオーナー企業の経営者にとって、会社は自分自身と一体であり、さまざまな思いが込められています。第三者に承継する場合は、本当に慎重な判断が必要です。
4 事業承継を誰に相談するか?
いざ事業承継を進めるとして、誰に相談すればよいのか迷います。これには幾つかの候補があるので紹介します。
なお、中小企業庁では、中小企業が安心してM&Aに取り組める基盤を構築するために、2021年8月からM&A支援機関に係る登録制度を開始しました。M&A支援機関には、これから紹介するフィナンシャル・アドバイザー(FA)やM&A仲介会社などが該当します。中小企業にとってのメリットは、
登録を受けたM&A支援機関を利用すると、必要な手数料の一部が補助され、金銭的な負担が軽減される
ことです。
1)事業引継ぎ相談窓口、事業引継ぎ支援センター、商工会議所
中小企業庁が設置している事業承継を相談できる公的な窓口として、
- 事業引継ぎ相談窓口:全国の商工会議所などに設置
- 事業引継ぎ支援センター:事業承継に関する専門的なアドバイス。北海道、宮城、東京、静岡、愛知、大阪、福岡に設置
があります。
公的な窓口なので安心感があり、相談も無料です。ただし、具体的な取り組みを支援してくれるわけではなく、話が進むと弁護士などの専門家に有料で相談することになります。以上から、検討初期の相談に適しているといえるでしょう。
商工会議所でも、事業引継ぎ相談窓口など公的窓口の他に、独自に事業承継のサポートを行っています。商工会議所の会員になっていることが前提ですが、一度、相談してみるのもよいでしょう。
2)銀行、生命保険会社、損害保険会社など
取引のある銀行や生命保険会社、損害保険会社なども事業承継の相談先となります。特に銀行は経営計画などの提出を受けていることもあり、会社の状況をよく知っているはずなので、良い相談相手になってくれる可能性があります。また、事業承継をする場合は銀行に相談することになるので、この手間も省けます。
ただし、銀行が事業承継の全てに対応するわけではなく、話が進むと専門家に相談することになります。M&Aを検討している場合、銀行が提携するM&A仲介業者などを紹介してくれますが、客観的に自社に適しているM&A仲介業者かどうかは分かりません。そのため、独自に探してみるべきでしょう。
銀行ほど会社の経営に踏み入ってはいませんが、基本的な考え方は生命保険会社や損害保険会社についても同じです。生命保険会社は税制に強い(税理士などと連携している)ため、贈与や相続などについても相談できるでしょう。
銀行などの金融機関は、間接的なビジネスとして事業承継のサポートを行っており、最近は特に力を入れています。ただし、自ら事業承継に関わる各分野に専門的な知識を有しているとは限らず、どちらかといえば専門機関への引き継ぎを担うイメージかもしれません。
3)税理士、弁護士など
税理士は中小企業にとって最も身近な専門家です。日ごろの付き合いの中で会社のこともよく分かっています。税制に関する相談相手としては最適ですが、クオリティーのバラツキが大きいということと、自身の関与先の事例しか持ち合わせていないことが問題です。
弁護士は法的な見地からアドバイスを受けることができます。ただし、中小企業の事業承継で関わるのは税理士などが多く、弁護士の出番はあまりないのが実情ですが、資本政策が複雑になりそうなケースなどでは頼れる相談相手となります。
4)M&A仲介業者など
事業承継でM&Aを選択する場合に相談できます。M&A仲介業者やM&Aアドバイザー、M&Aコンサルティングなどの名称となりますが、基本的な違いはないでしょう。対象とするM&Aの規模によってはサポート対象外となることもあります。まずは銀行などからM&A仲介業者を紹介してもらい、そこで聞いた話を一つの基準に他の業者にも聞いてみるとよいかもしれません。
また最近は、
- 後継者を求める会社と経営者になりたい人のマッチングプラットフォームの登場
- 中小企業に幅広いネットワークを有する経営者が、知り合い同士をつなげる
- 元ベンチャーキャピタリストなどが、知り合い同士をつなげる
などの動きもあり、相談先は多様化しています。
以上(2024年5月更新)
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画像:Mariko Mitsuda