書いてあること
- 主な読者:物価高騰で苦戦し、自社も値上げをしようと決意している経営者
- 課題:相手がとても強引で交渉にならず、圧力に屈しそうになってしまう
- 解決策:「交渉依存度が低く、ハード型の交渉を展開してくる相手」との交渉は避ける
1 交渉はセオリー通りに進まない
前回の「交渉の構造を知って冷静に対処する」では、交渉の構造を明らかにしながら、大切なポイントとして、
- ふっかけられても冷静でいること(相手のアンカーには付き合わない)
- 絶対に譲らない基準(留保価値)を明確にし、覚悟を決めて交渉すること
- 事前準備をしっかりとして、代替案(BATNA)を用意しておくこと
を確認しました。これらをやっておくだけでも、冷静に双方のメリットを考えられるようになるはずです。
ところで、このシリーズで紹介してきたことを、交渉当事者の双方が理解していれば、おかしな結果にはならず、わりと和やかに交渉が進みそうなものです。しかし、実際はそうはならず、全く理屈が通じない強引な交渉相手と対峙することがよくあります。一方的で強引な交渉はセオリーと反するはずなのに、なぜ、このようなことをするのでしょうか。
交渉に対する知識や経験の違いもありますが、それ以上に、
その交渉に対する価値基準や、交渉依存度が違う
ことに起因しています。こちらがプラスサム型の交渉を目指しても、相手が「値上げなんてけしからん!」と、ゼロサム型の交渉を展開してくると、全く話がかみ合いません。加えて相手が強引だと、いいようにやられてしまうことがあります。
このようなとき、どうしたらよいのでしょうか。詳しく見ていきましょう。
2 「ハード型」と「ソフト型」の交渉スタイル
1)ハード型とソフト型とが対峙したらどうなる?
交渉にはハード型とソフト型とがあります。文字通りの交渉スタイルで、
- ハード型:自分の条件に固執して敵対的に接し、自分の勝利のために相手に譲歩を迫る
- ソフト型:状況に応じて自身の条件を見直して友好的に接し、双方の利益を目指す
といった具合です。ハード型とソフト型とが対峙した場合、ソフト型はハード型の攻撃を受け続けて圧力に屈してしまうか、交渉そのものが決裂しまうことが多いです。ハード型の交渉担当者は、ただ自分の条件を実現したいだけなので、交渉の局面も作れません。
このシリーズの1回目「交渉の本質を知り、交渉に対する恐れをなくす」で、オレンジの交渉を紹介しました。その内容は次の通りですが、この姉妹がハード型とソフト型の交渉を行ったらどのようになるでしょうか。
1つのオレンジを取り合っている姉妹がいます。姉も妹も、「自分がオレンジを丸ごともらう!」と言って一歩も譲りません。姉妹がけんかせずにオレンジを分け合うには、どうしたらよいでしょうか?
一例として示すと、次のようになります。
妹のハード型は強烈で、これをやられると姉としては譲歩せざるを得ません。言い争っている最中に母親を呼ばれたら、「お姉ちゃんなのだから我慢しなさい!」と一蹴されるか、「けんかするならおやつはなし!」と、オレンジを取り上げられてしまうことが明らかだからです。
2)ハード型への対策
リアルのビジネスで、相手がハード型の交渉を展開してくることは珍しくありません。実際は、言動は穏やかでも、取引関係の優位性を押し出すなどして、一向に条件を変えない「隠れハード型」が多いでしょう。相手がハード型の交渉を展開できるのは、例えば、
- 自社:相手は大切なクライアントであり、何とか良い結果を導きたい
- 相手:相手は単なる業者であり、交渉が決裂しても他に依頼すればよい
などというほど、根本的な違いがあるからです。こうなってしまうと対策は難しいですが、方法としては、
- 双方の上司の同席を求めて、交渉当事者をけん制する
- 力のある第三者に仲裁を依頼する
- 客観的な基準を提示して交渉の論点を広げる
- アンオフィシャルな場も利用して、相手とコミュニケーションを取る
- 交渉を長引かせて、相手の交渉担当者の態度が変わるのを待つ
などがあります。
いずれにしても、
交渉依存度が低く、しかもハード型で臨んできそうな相手とは交渉しない
というのが正解かもしれません。
3 なぜ、ソフト型が存在するのか
ここまで読み進めてくれた方は、「そのような状況ならばハード型で交渉すればよい」と思うかもしれません。しかし実際は、ソフト型の交渉を展開する人も数多くいます。なぜなら、
- 交渉で勝ち過ぎると(自分の条件を通し過ぎると)、後に悪影響が出る
- 交渉に至る前から良好な関係が築かれている
があります。
1)勝ち過ぎると恨まれる?
企業間取引は継続が前提です。いかに交渉とはいえ、取引相手を完膚なきまでにたたきのめしてしまったら、やられたほうは嫌な気分となり、その後の関係に支障が出るのは当然です。もちろん「コレはコレ、アレはアレ」と区別するのが大人ですが、人の感情はそう簡単ではないのです。
そして、完膚なきまでにやられたほうは、そのことを同業他社などに話すでしょう。「こちらは誠意を見せたのに、全く聞いてもらえず、高圧的に打ち切られた」といったようにですが、こうした話は尾ひれが付いて広まっていきます。ハード型とは、ある意味で相手にけんかを売るようなものですが、
交渉が終わってもけんかは終わらない
ということです。
ですから、賢い交渉担当者がハード型の交渉を展開することは少なく、むしろ相手に花を持たせながら、こちらの条件を上手に通していきます。これはつまり、
- 相手にとって悪くなく、自分にとって願ってもないほどの交渉結果を引き出す(*)
- 交渉では、相手に「勝った」気分になってもらうことが大切だ(**)
ということを実践しているということです。
2)日ごろの関係性は交渉を超える?
長年の取引があって相手のことをよく知っており、互いに成果を上げてきているような場合、
交渉以前の問題で、相手のために何とかしてあげたい
という気持ちが働くものです。これは、
交渉が始まる前から、良い結果が出ることがほぼ決まっているケース
です。もちろん、ビジネスですから、相手に値上げを受け入れてもらったら、次にこちらが何かを返さなければなりませんが、ここで分かるのは、
日ごろの関係づくりが自社のピンチを救う
ということです。効率化ばかりを考えていると、コミュニケーションの手数を減らすことを目指したくなりますが、一定の「ムダ」は必要ということです。
4 次回予告:交渉に臨む準備事項と交渉中の心構え
いかがでしょうか。今回の記事で、ハード型とソフト型の交渉スタイルがイメージできたと思います。相手の交渉スタイルについては、事前調査で十分に検討しておく必要があります。また、いざというときのために、日ごろの良好な関係も不可欠です。
続く次回では、実際に交渉に臨む際の具体的な準備事項と交渉中の心構えを紹介します。特に交渉中の心構えについては、いわゆる「バイアス」について触れ、気付かないうちにバランスを欠いた決断をしたり、思い込みで相手を恐れたり、嫌ったりすることがないようにするための注意点を紹介します。
【参考文献】
(*)「ハーバード×MIT流 世界最強の交渉術?信頼関係を壊さずに最大の成果を得る6原則」(ローレンス・サスキンド(著)、 有賀裕子(翻訳)、ダイヤモンド社、2015年1月)
(**)「負けない交渉術―アメリカで百戦錬磨の日本人弁護士が教える」(大橋弘昌(著) 、ダイヤモンド社、2007年1月)
以上(2023年1月)
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画像:Mariko Mitsuda