書いてあること
- 主な読者:執行役員制度を導入したい経営者
- 課題:執行役員の契約形態や選任方法、任期などが分からない
- 解決策:何を定めるのかを洗い出し、導入メリットを得られるようにする
1 執行役員制度とは
1)執行役員の位置付け
会社の取締役会においては、取締役が重要な経営事項を議論して決定します。しかし、取締役会を中心とした経営体制だけで全ての問題に適切に対応するには限界があります。
そこで、「経営の意思決定機能および管理監督機能」と「業務を執行する機能」を分離し、前者を取締役(取締役会)の職務、後者を執行役員の職務にするという執行役員制度が登場しました。
執行役員制度が導入された背景として、次が挙げられます。
- 大企業において取締役の人数が多くなり過ぎたこと
- 使用人兼務取締役(注)の比率が高いことが原因で、取締役会の形骸化という問題が生じたこと
(注)使用人兼務取締役とは、取締役のうち部長などのように法人の使用人としての職制上の地位を有し、かつ、使用人としての職務に従事する人をいいます。具体的には、「取締役営業部長」や「取締役経理部長」などといった肩書を持っている人のことです。
執行役員は「会社の業務を執行する役員」という意味の役職ですが、会社法上の取締役、あるいは会社法第402条で規定されている「指名委員会等設置会社」における「執行役」とは異なります。執行役員は、会社の業務執行に関しては相当の裁量権限を持ち、職務の執行に関しては従業員とは異なりますが、立場としては従業員のままであることが一般的です。
なお、国税庁法人課税課「所得税基本通達30-2の2及びその解説」では、執行役員制度について次のように述べられています。
執行役員制度とは、取締役会の担う①業務執行の意思決定と②取締役の職務執行の監督、及び代表取締役等の担う③業務の執行のうち、この③業務の執行を「執行役員」が担当するというものである。導入の趣旨は、取締役会の活性化と意思決定の迅速化という経営の効率化、あるいは監督機能の強化を図るというもので、取締役会の改革の一環とされている。もっとも、この「執行役員制度」あるいは「執行役員」については、法令上にその設置の根拠がなく導入企業によって任意に制度設計ができることから、当該執行役員の位置付けは、役員に準じたものとされているものや使用人の最上級職とされるものなど区々となっている。
このような「執行役員」を制度として導入するか否か、また、導入する場合でも、それが法律上の制度でないため、執行役員の地位と権限、会社との契約形態(雇用契約にするか委任契約にするか)といった点などについては、導入する企業によって内容が異なります。
2)執行役員制度導入のメリット
執行役員制度は任意の制度であるため、制度設計は会社の自由です。例えば、執行役員になる者については基本的に制限がなく、その任期についても自由な設定が可能です。
執行役員制度を導入するメリットとしては、一般に次に挙げるものが考えられます。
- ・取締役会による経営の監督機能と、執行役員による業務執行機能とを分離することで、それぞれの機能強化を図ることができる。取締役会の監督機能の強化は、経営の効率性を向上させるとともに、内部統制システムの改善にも寄与する。
- ・形骸化した取締役会の構成員を見直すことによって、取締役会は本来の機能を果たすことができるようになり、人件費などの経費削減が可能となる。
- ・業務執行について執行役員に大幅に権限委譲することにより、取締役は戦略決定などの本来の職務に集中でき、取締役会においても大局的な観点から企業戦略を練るための議論をする余裕が持てる。また、業務執行のチェックがより適正にできるようになる。
- ・取締役の人数を減らす代わりに、従業員の昇進目標として「執行役員」という地位を設けることにより、取締役の減員がもたらす影響を最小限度に抑えることが期待できる。また、従業員の昇進目標が執行役員となれば、取締役を社外から招きやすくなり、「社外取締役」を採用するための布石にもなる。
- ・執行役員には人数や選任基準に制約がないため、社外から執行役員を登用することも可能となる。従って、必要に応じて、特定の分野に強い人材を活用するなどして組織の活性化を図ることもできる。
3)執行役員の契約形態
1.雇用契約型
会社との雇用契約の締結により、執行役員に就任するケースです。例えば、従業員が就任するなど、使用人としての色合いが強くなります。
2.委任契約型
会社の業務に関し、委任契約により執行役員に就任するケースです。雇用契約型に比べて付与される執行権限が広く、取締役に近いものと考えられます。
4)執行役員の選任
取締役は、会社法により株主総会での選任が義務付けられています。他方、執行役員の選任については会社法上明示的な規定はありません。
そのため、執行役員の選任方法については、議論があるところですが、一般的には、取締役会を設置する会社においては取締役会(取締役会を設置しない会社においては株主総会)で選任すべきものとされています。
5)執行役員の任期
取締役の任期は、会社法により原則として2年以内と定められています。他方、執行役員の任期は、一般的に、雇用契約期間ではなく職務担当期間にすぎず、取締役会で自由に設定することができると考えられています。ただし、一般的には、2年の任期を設定している企業が多いようです。
6)執行役員の役位
執行役員には、常務・専務などの役職名称付与に関しても法的な規定はなく、自由に使用することができます。常務執行役員・専務執行役員など、執行役員の前に役位を付ける場合が多いようです。貢献に応じた待遇という観点から、役位は執行部門の規模や責任の重大性、これまでの実績に応じて付与するのが望ましいでしょう。
7)執行役員の権限
執行役員は、基本的に、取締役会の決議により決められた業務執行の方針に従って、特定の事業部門に関して、代表取締役の指揮および命令の下、具体的な業務執行に専念します。
なお、執行役員は会社法上の機関ではないため、基本的には株主代表訴訟の被告とはなりません。
8)執行役員の報酬
報酬額の決定についても、取締役については株主総会の決議が必要です。他方、「使用人」である執行役員の場合には、株主総会の決議は必要ありません。とりわけ、雇用契約型の執行役員の場合には、報酬の決定を株主総会の決議にかからしめるべきではない、という考えもあります。
9)執行役員規程の制定
執行役員制度は、会社法上の制度ではないため、直接的な法律の定めはありません。また、執行役員は「使用人」として、従業員の一人と解釈されるのが一般的ですが、取締役会で選任され、任期を設けられることが多くあります。
このように、執行役員には広い裁量権が与えられ、重要な業務執行を担当することがあり、通常の従業員の就業規則の規程に服させることが妥当でない場合があるので、執行役員用の就業規則の規程を設けることが望ましいでしょう。
その内容としては、次のようなものが考えられます。
- 執行役員制度導入の趣旨
- 執行役員の意義
- 選任の際の手続き
- 退任
- 職務分掌の定め
- 処遇(給与、任期、通常の従業員と同一の就業規則適用の有無、退職金など)
- コンプライアンス(法令遵守)の徹底
2 中小企業における執行役員制度
1)執行役員制度は中小企業でも導入可能か
執行役員制度は、事業の規模が大きくかつ多角化した大企業を念頭に置いた制度であるといわれます。規模が大きく、事なかれ主義や官僚的な発想で従業員が動き、責任関係が不明確になっているような企業においては、従来とは異なる経営体制へと変革することが求められます。こうした企業においては、執行役員制度が適しているかもしれません。
また、同族経営企業やベンチャー企業など、あまり規模の大きくない企業であっても、幹部従業員と他の従業員との権限や待遇面の差異化策として、執行役員の肩書を付与することが行われているようです。例えば、執行役員に選任し、経営会議へ参加する権利を与えたり、決裁権限を大幅に委譲したりするとともに、それに見合った待遇としてのインセンティブ報酬を与える一方、厳格な守秘義務や競業避止義務を課すなどの処遇をする方法です。取締役に向いていない者を無理に取締役にすることは適切ではないものの、役員待遇とすることで企業をリードしてもらうことには意味があります。そうした場合には、取締役ではなく、執行役員にすることで機能の分離を図ることが望ましいでしょう。
こうした観点から見ると、複数の事業を経営し、かつある程度の数の人材がいて、従業員の中に「この事業を任せたい」という人材がいるのであれば、中小企業であっても、執行役員制度を活用することは有効です。ただし、ここでいう「事業」には、損益計算書や貸借対照表を作成するなど独立採算性を持たせることができる程度の実質が必要です。そうした事業があることを前提とするならば、取締役会とは別に執行役員制度を新たに導入することは有意義でしょう。
2)中小企業における執行役員制度導入のメリットとデメリット
中小企業においては、「経営の意思決定機能および管理監督機能」と「業務を執行する機能」を分離するためというよりも、むしろ、執行役員制度を「人材」の登用および活用の方策の一つとして検討するほうが現実的かもしれません。
中小企業における「人材」の問題には、採用・教育・定着・ポスト・モチベーション・給与・経営への参画など、さまざまな要素があります。このうち、ポスト・モチベーション・給与・経営への参画などに関しては、執行役員制度を活用することが可能であり、次のメリットが挙げられます。
- 執行役員は、幹部従業員の新たなポストになる
- 執行役員への権限委譲を明確にすることで、幹部従業員としての自覚と責任感が生まれるなどモチベーションが向上する
- 執行役員に対する給与については、原則として税法上の制限はなく、会社の裁量(執行役員給与規程など)によることになり、会社の業績に貢献した執行役員に対して柔軟な報酬制度を構築できる
- 執行役員の参加する会議は、取締役会の意思決定の場でないものの、経営に関する情報交換の場であり、事実上の会社の経営に参画することになる
また、執行役員は基本的に株主代表訴訟の対象とならないため、執行役員に就任する従業員にとっては、就任に際しての負担が少なく、業務執行に注力できることも中小企業においても制度を導入しやすい要因といえます。
一方、執行役員は基本的には「使用人」であるため、会社法では執行役員についての規定はありません。従って、各企業は、自社に適した執行役員制度の仕組みを自前で最初から設計しなければならないため、形式的な導入にとどまってしまう可能性があることがデメリットとして挙げられるでしょう。
執行役員制度は、会社法の枠組みを前提としつつも、それに制限されない執行役員という新たな役職を設置するものです。大企業のみならず、中小企業でもこうした制度設計の柔軟性を活用することには一考の余地があります。
例えば、工場・物流・経理・販売といった各部署別に責任者がいる企業では、その責任者を執行役員として処遇することで、執行役員制度を人材活用のための有意義な制度として導入することができるでしょう。
以上(2019年11月)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)
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