書いてあること

  • 主な読者:自社の製品やサービスをブランド化したい中小企業の経営者
  • 課題:限られたリソースの中で、ブランド化のために何をすればいいかわからない
  • 解決策:ブランド構築のための基本的な考え方を整理する

1 身近なことからブランドを考える

多くの経営者がブランドの重要性を認識しています。にもかかわらず、ブランドをしっかり意識しながら経営している中小企業はそれほど多くないようです。

これは、ブランドというと、製品に凝ったネーミングを付けたり、マスメディアやインターネットなどを駆使して大規模なプロモーションを展開したりというイメージがあるからかもしれません。また、ブランド構築に関する手法や考え方は、複雑な理論やフレームワークを用いて説明されることが多いことも、「ブランドは中小企業にとって縁遠いもの」という印象を与えているのかもしれません。

しかし、ブランドは日常的な企業活動と密接に関連しており、中小企業にとっても無関係ではありません。例えば、次に紹介する居酒屋の例も、ブランドを考える上でのヒントが隠れています。

Aさんの話

私には、週に数回、仕事帰りに立ち寄る「○○」という名前の居酒屋があります。その居酒屋は、店頭に赤ちょうちんが飾られ、店内は十数人入れば満席になるレトロなたたずまいです。

私がその居酒屋で気に入っているのは料理です。目新しいメニューはこれといってありませんが、全て手作りで、「家庭の味」といった料理を手ごろな値段で楽しめるのです。そうそう、その居酒屋は60歳代くらいの女性が1人で切り盛りしているのですが、その人と会えることもその居酒屋が好きな理由です。少しうるさいくらいおしゃべり好きな人ですが、いつも笑顔が絶えず、店内は明るい雰囲気で満ちあふれています。

また、お店に行くと「いらっしゃい」ではなく「お帰りなさい」と声を掛けてくれたり、「今日は忙しくて昼食抜きだった」なんて愚痴ったら、「お酒を飲む前に、ちゃんと食べないと悪酔いするわよ」と言って、注文した料理の量をいつもより多くしてくれたりします。そんなこともあって、「今日は真っすぐ家に帰るぞ」と思っていても、お店の近くに来ると、つい立ち寄ってしまうんですよね。

一見、どこにでもありそうな小さな居酒屋ですが、Aさんにとっては、自分の家のような特別な店です。消費者が企業に対して持つこうしたイメージが、ブランドの源泉となるのです。

本稿では、中小企業がブランドという視点から経営を考える際に留意すべき事項を紹介します。ブランドには、企業レベルのブランドである「企業ブランド」と、製品・サービスレベルのブランドである「製品ブランド」がありますが、本稿では企業ブランドを中心に紹介します。

2 ブランドを理解する

1)ブランドとは

一口にブランドといってもその定義はさまざまです。アメリカマーケティング協会(AMA)では、ブランドを次のように定義しています。

ある売り手あるいは売り手の集団の製品およびサービスを識別し、競合他社の製品およびサービスと差別化することを意図した名称、言葉、シンボル、デザイン、あるいはその組み合わせ

ブランドとは、製品・サービスに付加された名前やロゴ、パッケージだけではなく、企業名や店舗名といった名前までも含む概念であり、ブランドと無関係な企業はないということになります。

また、AMAの定義よりも、ブランドをさらに広い概念として捉えることもできます。AMAでは、ブランドの対象を名称やシンボル、デザインなどに限定していますが、消費者の立場に立って、自分の好きな企業や店舗、あるいは製品のブランドを思い浮かべてみてください。CMに出演している俳優、心のこもった温かい接客など、名前、シンボル、デザインなど以外にもそのブランドに関連するさまざまなことが思い浮かんだ人もいるでしょう。こうして考えると、ブランドとはAMAの定義だけではなく、消費者の持つイメージや具体的な経験も含まれるようです。

2)ブランド構築のメリットは

ブランドは消費者の心の中にあり、直接コントロールできないため、ブランドを構築する場合に「こうすればよい」という明確な答えはありません。

しかし、それでもブランドの構築に取り組むのは、消費者の目に留まりやすくなったり、ブランドとしての価値によって、競合他社と差異化ができ、価格競争に巻き込まれにくくなったりするなど、さまざまなメリットがあるからです。大企業に比べて価格競争力の弱い中小企業こそ、消費者に選ばれるブランドをつくることが重要だと言えるかもしれません。

以降では、ブランドを構築する際に知っておきたい、基本的な考え方を紹介します。

3 ブランド構築に際しての基本的な考え方

ブランド構築において重要なことは次の通りです。

  • 企業活動をブランドコンセプトに沿ったものにする(企業活動における意思決定の基準をブランドコンセプトに置く)
  • ブランドコンセプトの下に統一された企業活動に取り組み続ける

ブランドは消費者の心の中にあると前述しましたが、消費者の心の中につくられるイメージの多くは、製品、価格、プロモーション、人的サービスといった、いわば通常の企業活動を通じて形成されます。

冒頭の例を思い出してください。Aさんが居酒屋に対して抱いているイメージに影響を与えているのは、「家庭的な料理」「手ごろな価格」「温かい接客・サービス」など、特に目新しいことではありません。

また、消費者の心の中のイメージは、一朝一夕に形成されるものではありません。何度もその企業の製品・サービスなどを利用したり、プロモーションやインターネットなどを通じて得た情報などを参照したりすることによって、徐々に形成されます。そのため、ブランド構築は長期・継続的に取り組み続ける必要があるのです。

例えば、居酒屋の例でいえば、店主が機嫌の良いときは笑顔でいるものの、機嫌の悪いときは怒ったような顔つきで、会話もほとんどないお店では、Aさんは「温かいお店」というイメージを連想しないでしょう。

従って、ブランド構築に際しては、ブランドコンセプトの下に統一された企業活動に取り組み続けることが重要です。

4 ブランドコンセプト構築のポイント

ブランドコンセプトとは、「誰に対して、何を約束するのか(どのような価値を提供できるのか)」ということです。端的にいうと「自社はどのようになりたいのか」と、ほぼ同じ意味となるでしょう。

それは、経営理念や社是・社訓などのように明文化されたものではないかもしれませんが、「自社はどのようになりたいのか」という明確な思いは経営者の中にあるはずです。

ブランドコンセプトを決めるときには、市場環境など自社の現状を踏まえながら検討するのが望ましいものの、「誰に」「何を」「どのように」提供するのかを示す企業(事業)ドメインも、ブランドコンセプトを検討する際のヒントになります。

ブランドコンセプトの構築において重要なのは、ブランドコンセプトの構築自体ではなく、むしろ、作成したブランドコンセプトを明文化することにあるかもしれません。明文化することの重要性については後述します。

5 消費者にブランドメッセージを伝える2つのルート

実際に、顧客に対してメッセージを発信する前に、企業がブランドメッセージを発信できるルートを理解しておく必要があります。

  • 広告などを中心とした企業の「プロモーション活動」
  • 消費者が製品・サービスの購入や、購入した製品・サービスから得る「経験」

これが、企業がブランドメッセージを発信できる2つのルートです。消費者の視点から見ると、インターネットに流通している消費者の意見、口コミから得た情報、新聞・雑誌の記事など多様なルートがありますが、ここでは「企業が主体的にメッセージの内容をコントロールできるもの」という視点から2つに区分しています。

中小企業は、資本力のある大企業と異なり、テレビCMなどに多額の広告宣伝費を掛けられません。しかし近年、SNSなどのメディアによって、中小企業もプロモーション活動に取り組みやすくなりました。写真や言葉を用いながら、自社の商品の魅力やこだわりを発信することで、店舗に来たことのない消費者にも、自社のブランドメッセージを伝えることができます。

また、消費者が実際に店舗に訪れ、製品・サービスを購入して得た実体験は、ブランドイメージを育成する上で重要です。

6 ブランドメッセージを正しく発信するには

1)経営者と従業員が一丸となって取り組む

多額の広告宣伝費を掛けられる大手企業と異なり、中小企業は、時間を掛けて少しずつブランドを育成することが一般的です。そのため、経営者と従業員が一丸となって取り組む必要があります。

前述の通り、ブランド育成には、ブランドコンセプトの下に統一された企業活動に取り組み続けることが重要です。経営者だけでなく、ブランド育成の責任者を指名して、企業全体でブランド育成に取り組みましょう。

2)ブランドコンセプトを浸透させる

従業員の対策では、従業員教育を通じて能力の維持・向上を図ることが重要ですが、まず行うべきはブランドコンセプトの明文化です。

誰もが誤解することなく共感できるブランドコンセプトをつくりましょう。ブランドコンセプトを浸透させるために、経営理念や社是・社訓などを活用してもよいでしょう。

3)マニュアルとして落とし込む

ブランドコンセプトや伝えたいメッセージに合致した行動を取れるように、マニュアルとして具体的な形に落とし込むことも検討しましょう。誰が見ても理解できるマニュアルがあれば、サービス品質の安定化も見込めます。

とはいえ、マニュアルをつくるだけでなく、教育や日ごろのコミュニケーションなどももちろん大切です。マニュアルにない対応を迫られたときでも、従業員がブランドコンセプトに沿った対処ができるように、日ごろから「ブランドコンセプトに合った行動」を、従業員と一緒に考える必要があります。

4)やる気のない従業員への対処を忘れない

ブランドコンセプトの周知徹底のために必要な従業員教育などを行えば、従業員の多くは適切な行動を取るようになるはずです。しかし、そのような努力をしても、中には真剣に取り組まない従業員が出てくることがあります。

やる気のない従業員の存在は、その従業員だけの問題にとどまらずに、他の従業員に悪影響を及ぼす可能性があります。最悪の場合、ブランド構築に関する企業全体の取り組みが失敗に終わりかねません。

こうした状況に陥らないように、従業員に対して日ごろから十分なコミュニケーションを取り、教育や意識付けなどをしておくこと、そしてやる気のない従業員がいたら再教育を行うなど早期の対策を講じるようにすることが大切です。

5)社内体制の確認

ブランドコンセプトの下に統一された企業活動に取り組み続けるには、ブランドコンセプトを実行・管理するための社内体制を整備することが欠かせません。

しかし、人材に限りのある中小企業の場合、属人的に行われている業務が多く、安定した品質で長期的に製品・サービスを提供するには問題がある場合もあります。

このような場合、「他の従業員も対応できるように能力を引き上げる」「作業の標準化やシステム化を図るなどして、誰でも対応できる業務水準にする」「ブランドコンセプト自体を見直す」などによって、社内体制の整備を図ります。

中小企業だからブランドに無関係ということはありません。ブランドという視点から経営についてこれまで検討したことのない経営者は、本稿を参考に、ブランド構築に取り組むための第一歩を踏み出すとよいでしょう。

以上(2019年10月)

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画像:photo-ac

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