書いてあること
- 主な読者:企業のライフサイクルに応じた人材配置をしたい経営者
- 課題:適任者がいない。あるいは、同じようなタイプの人材が登用される
- ポイント:既存の枠にとらわれないチャレンジングな登用が奏功することもある
1 企業の「ライフサイクル」とは
1)商品のライフサイクルの考え方
ヒットした商品もいずれは衰退期を迎え、市場から姿を消していきます。商品が市場に出てから姿を消すまでを「商品のライフサイクル」といい、次の4段階で進んでいきます。
導入期や成長期では、市場に参入する負荷が高いので、宣伝広告や営業活動などの販促活動を総動員して「市場づくり」「顧客づくり」に力を注ぎます。
成熟期では、需要をできる限り継続させてシェアの維持を図ります。このため、ユーザーへのアフターケアを強化するとともに、生産や供給コストの合理化を図って商品力を強化していきます。
衰退期は、商品が徐々に衰退しながら新しい商品へと交替していく時期です。従来の商品に替えて、次の商品を導入するタイミングが重要な意味を持ってきます。早過ぎると在庫過剰や自社ブランドの共食い現象が発生し、遅過ぎると旧商品によって形成された市場に競合が割り込んでしまいます。
2)企業にもある「ライフサイクル」
企業(組織)においても商品と同様に「ライフサイクル」が存在します。ライフサイクルを企業に当てはめてみましょう。企業のライフサイクルの4段階は次の通りです。
企業の人材活用に必要な視点は、自社がこれらのライフサイクルのどの段階にあるかによって異なります。本稿では、身近な例を挙げながら、企業のライフサイクルと人材活用の関係について紹介します。
2 企業のライフサイクルと人材戦略の関係
1)企業のライフサイクルと「適材」「適所」の関係
企業のライフサイクルが進むごとに、企業の組織構成も新しくなります。新しい組織に人材を配置するセオリーが「適材」「適所」であることは言うまでもありません。「適材」とは、適切な能力を持った人材であり、「適所」とは、人材が適切な機能を果たす部門ということです。例えば、会計部門であれば会計業務に長じた人材を配置することになります。
しかし、もう少し戦略的な見方で「配置」を考えると、いくつかの問題点が浮上してきます。例えば次のような問題点が挙げられるでしょう。
- 適任者がいなければ、機能すべき部門が十分に機能しない可能性がある
- 適任者といえども、あくまで業務に対する能力であって、「新組織」という不確定要素の多い環境に適応しているとは限らない
- 逆に、安定して機能している組織に「新組織」を得意とする人を配置してしまうケースもある
2)「適材」「適所」の考え方
こんな例があります。ある広告代理店で、クライアントの増加により営業社員の担当エリアが拡大したため、営業部が本社とは別に支社を設置することになりました。しかし、新しい支社の責任者選びになかなか結論が出ません。人事部長はどうにか候補者を2名に絞り込んだところで会議を招集し、「新しい支社の責任者にA君とB君を候補として考えています。意見を聞かせてください」と伝えました。
A君は、社内状況をしっかりと把握し、営業面でもそつなくこなしており、現場での人望も厚いようです。しかも生え抜きで、下馬評では最有力です。B君は、実績面でこそ合格ラインとなっているものの、ルール違反や社内の他部門に対する配慮に欠けた営業活動で、他の部門からは非難を浴びているとのことです。
結果、会議で出された意見ではA君の支持が圧倒的となりました。しかし、そこで人事部長は「皆さんの意見は分かりました。私の意見はB君です。会議結果をまとめて社長に報告します。従って、最終的な辞令は後日、社長から発表していただきます」と伝えました。そして数日後、大方の予想を裏切ってB君が責任者として任命されました。
半年後、新支社は見事に大きな実績を上げることができたのです。当初の立ち上げ計画を大幅に上回り、新規のクライアントが数多く含まれていました。
実は、人事部長は社長にこんな提言をしていました。「普通に考えれば、A君で決まりです。しかし、これでは支社の立ち上げ目標をクリアするのは困難で、本社から相当の支援を必要とします。ですから、今回はあえてB君に白羽の矢を立てたのです。彼は、どうも本社内で勝手な動きをしているのが気になるのですが、原因は本社の業務システムと彼の活動システムが根本的に違うことにあるのではないかと思うのです。責任者としての適性に疑問は残りますが、新規の土俵をつくり上げる役割という視点で見れば彼の発想は注目すべきです」。
新しい部門は、ルールづくりから始めなければなりません。新しい関係先や取引先も、一からの関係づくりが必要です。その半面、コストパフォーマンスや合理性の追求は後回しになりがちで、既存の「やり方」と摩擦を起こすこともしばしばあるものです。責任者がこうした摩擦を負担に感じてしまうようでは推進力が鈍ります。負担には違いないけれども、これらを解決することに焦点を定めて果敢にトライするエネルギーが貴重な戦力になるのです。
今回のケースは、企業のライフサイクルにおける「拡大期」の人材配置の例です。企業が飛躍を始める拡大期においては、業務をそつなくこなすことよりも、新しいことに次々と取り組んでいける人材が必要になります。
平時において治めることに力を発揮する者もいれば、混乱の中でその力を発揮する者もいます。B君の特質はまさに後者であったということです。支店の営業が安定した後にはA君に責任者の地位を譲り渡すこともあり得るでしょうが、少なくとも支店の立ち上げという「拡大期」においてはB君の起用がより効果的だったわけです。一見、不適切に思える人材配置も、その「時期」を見極めれば適切なものになり得るのです。
3 「適材」「適所」に「適時」の視点を加える
企業経営はよりスピードを増し、経営者にとっても、企業にとっても過酷な要求が次々と投げかけられます。例えば、社内の情報化を例に挙げると、「組織として対応せざるを得ないのは分かっているが、組織を動かす『人』がいない」といった悩みを抱えている経営者は数多くいるのではないでしょうか。企業では既に分社化や事業部ごとの独立採算制が進み、組織はどんどんコンパクトになり、それに伴い意思決定のスピードも速くなっています。意思決定スピードの上昇に対応するため、従来のタテ割りの組織形態を変更し、よりフラットな組織形態を選択する企業も出てきています。そのような組織形態では、タテ割り型の組織よりもリーダーになる人材が限られることが多く、組織のリーダーとなる人材を選択することの重大さはますます大きくなるでしょう。
そんな変革の時代の人材配置の考え方として、「適材」「適所」という選択基準に「適時」という考え方を取り入れてみてはいかがでしょうか。A君とB君の例では、事業が拡大期にあり、新しいことを次々とこなしていける人材が求められていたからこそB君の力が生きたわけです。逆に、衰退期にある事業部を統合するといった状況であれば、A君やその他の人材の能力が活かされることでしょう。
人材は見方を変えれば、異なった特性を発見することができます。変革の時代においては、従来の人材配置手法である、業務の達人が昇進してリーダーになるだけのシステムでは、真に優秀な人材を活かすことはできなくなるかもしれません。
これからの人材配置は、次のような点をより重視して、「適切な人材」を「適切な部門」へ「適切な時期」に配置することが重要となるでしょう。
- 今、その事業がライフサイクル上のどのような位置にあるのか
- 今、求められているのはどのような能力なのか
以上(2019年10月)
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