書いてあること
- 主な読者:改めて適正人件費を検討したい経営者
- 課題:働き方の多様化で適正人件費の基準が会社などによって異なり、比較できない
- 解決策:同業他社がどうかではなく、自社の今までと、これからの「人材」「業務」「投資」に着目して基準を設定する
1 適正人件費を考えるための3つの線引き
人件費を適正な水準にしたいというのは経営者共通の思いでしょうが、「では、人件費がどういう状態なら適正といえるの?」と聞かれると、答えに困る人が多いかもしれません。例えば、
自社の労働分配率(人件費÷付加価値×100)を算出し、同業他社の平均などと比較
して、人件費が適正かどうかを判断するという考え方は広く知られていますが、こうした考え方が通用していたのは、労働者全体がある程度均一的な働き方をしていた頃の話です。
年功序列型の雇用システムの崩壊、ジョブ型雇用、外部への業務委託などで働き方が多様化している中、従来の人件費の考え方を今もそのまま当てはめるのは難しくなってきていますし、そもそも当てはめること自体がナンセンスといえます。
これからの適正人件費は、
同業他社がどうかではなく、会社の現状とこれからを考えて、自社だけの基準を設定
しなければなりません。考え方はさまざまありますが、この記事で紹介するのは、次の3つの線引きによって人件費の適正化を図る方法です。
- 人材の線引き(「中核人材」と「作業者」)
- 業務の線引き(「自社で必ずやるべき業務」と「外部に出してもいい業務」)
- 投資の線引き(「これからの注力事業」と「その他の事業」)
2 人材の線引き
1)「中核人材」と「作業者」
同じ仕事を担当する社員でも、「能力」や「経営方針に対する共感度」などは大きく異なります。将来の会社を担ってくれそうな社員は「中核人材」として位置付け、人件費を手厚くします。一方、そうでない社員は「作業者」として位置付け、ある程度割り切って対応します。
能力も経営方針に対する共感度も評価がブレやすいので、経営者が評価基準を決めます。能力については、営業部門であれば商品・サービスの成約件数や商談件数などを評価基準にするといった具合です。また、経営方針に対する共感度については、社員が自社の経営方針を理解しているか、理解した上でその方針についていく意思があるか、経営方針について自分なりのビジョンがあるかなどを評価基準にします。
2)限定正社員制度を設けると、人件費を管理しやすくなる
中核人材と作業者について、それぞれ別々の雇用区分を設定すると、人件費を管理しやすくなります。例えば、「限定正社員制度」を設け、中核人材は正社員、作業者は限定正社員とすることを検討します。
限定正社員とは、
職務内容、勤務地、労働時間などのいずれかが限定される正社員
のことです。例えば、職務内容が限定される限定正社員は、決められた職務以外のことをする必要がありませんが、その代わり割り当てられる人件費は、職務内容が限定されない正社員よりも少なくなります。
図表1は、正社員と限定正社員の1カ月当たりの人件費のイメージです。正社員の人件費は厚生労働省「平成28年就労条件総合調査」の労働費用(調査産業計)を基に設定し、限定正社員の人件費は正社員の9割としています。
図表1の場合、作業者の雇用区分を「正社員→限定正社員」に変更することで、総額人件費を1カ月当たり4万1682円削減できます。削減できた金額は、中核人材の現金給与額や教育訓練費などに充てます。なお、雇用区分の変更に当たって、人件費の引き下げがどの程度まで認められるかは労働条件などによって異なりますので、実務では社会保険労務士などに相談してください。
3 業務の線引き
1)「自社で必ずやるべき業務」と「外部に出してもいい業務」
業務の一部を外部に委託すれば、社員の作業時間が減り、不要な人件費(残業代など)を削減できます。昨今は、さまざまな業務のプロ人材が外部にいるので、次のように社内業務の多くが業務委託で行えます。
- 営業関連:見積書・営業資料などの作成、受発注業務、営業戦略の立案、営業データの集計・分析、顧客からの問い合わせ対応、ECサイトの構築・保守運用など
- 総務・人事関連:電話応対、オフィスの備品管理、採用活動、研修の実施、給与支払い、社会保険手続き、マイナンバー管理、ハラスメントの相談対応など
- 経理関連:経費精算、請求書発行、月次・年次決算書の作成、年末調整、税務申告など
ただし、本業を外部に委託するのは考えものです。例えば、重要な商品・サービスの営業は、自社の社員のほうが熱を入れてPRできるはずですし、外部に委託すると社内にそのノウハウが蓄積されなくなるので、自社でやるべきです。業務の専門性などにもよりますが、外部に委託するのは、原則として本業との関連性が低い業務(付随業務)にしておきましょう。
2)業務委託で削減される人件費と、発生する外注費のバランスに注意する
業務を外部に委託した場合、委託先の事業者に支払う「外注費」が発生します。ですから会社は、業務委託で削減される人件費と、発生する外注費のバランスに注意する必要があります。
図表2は、業務委託前後における1カ月当たりの人件費のイメージです。業務委託前は所定外労働(時間外・休日労働など所定外の労働)が発生していましたが、業務委託によって所定外労働が発生しなくなったことで、所定外給与(所定外労働に対して支払う給与)と法定福利費(社会・労働保険料の会社負担分)が削減されたという想定です。
図表2の場合、総額人件費は1カ月当たり2万5064円削減されますので、外注費についても2万5064円を超えないように注意します。2万5064円を超えてしまう場合、より安価な事業者を探すか、委託する業務内容を見直すなどして外注費を調整します。
もっとも、仮に外注費が割高になってしまっても、社員が業務委託によって空いた時間で別の成果を挙げれば、業務委託は無駄になりません。この辺りはコストだけでなく、「空いた時間で、社員に何をさせるか」という点も考慮して、適正人件費を設定するようにしましょう。
4 投資の線引き
1)「これからの注力事業」と「その他の事業」
会社が複数の事業を行っている場合、経営戦略上重要となる「これからの注力事業」と「その他の事業」を線引きします。これからの注力事業に従事する社員には人件費を手厚くし、その他の事業に従事する社員には、その重要度や難易度に応じて人件費を割り当てます。
いわゆる「ジョブ型雇用」に通じる考え方であり、具体的には、
- 会社の事業と、それに関連する社員の職務をリストアップする
- 重要度や難易度に応じて事業内容と職務内容をグルーピングする
- グルーピングの内容を基に格付けを行い、その格付けに基づいて人件費を設定する
という流れで人件費の見直しを進めることになります。
2)年齢給など属人的な要素を、職務給などに振り替える
ジョブ型雇用では、仕事(ジョブ)に等級を設け、それに基づいて給与を支払いますので、現状その仕組みがない場合、給与制度の改定が必要になります。とはいえ、給与制度の改定によって総額人件費があまり大きく変動するのは、会社にとって困りものです。
そこで、ジョブ型雇用に移行する場合、まずは総額人件費を変更しないまま、現行の給与制度の内容をジョブ型雇用の考え方に合致したものに変えていきます。具体的には、「年齢給」などの属人的な要素を廃止し、「職務給」などに振り替えます。
図表3は、年齢給を廃止し、職務給を導入する場合のイメージです。A、B、C、Dの4人の社員について、給与の総額が職務給の導入前後で変更がないようにしつつ、年齢給を職務給に振り替えています。
BとCは、職務給導入前は年齢給の関係で支給額に差がありましたが、職務給導入後は等級が同じため、支給額も同額になっています。なお、図表3では、職務給導入前後で給与の総額は変わりませんが、年齢給の廃止に伴い、今後は年齢が上がることによる定期昇給がなくなりますので、長期的な視点で見た場合、人件費が抑制されることになります。
なお、このような変更は、労働条件の不利益変更となる場合がありますので、導入に当たっては社会保険労務士などの専門家に相談してください。
以上(2021年9月)
(監修 社会保険労務士 志賀碧)
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