書いてあること
- 主な読者:最新の税制改正の動向を正確に追いたい経営者・税務責任者
- 課題:退職金に関する税制は、退職金制度を採用している会社の役員・従業員の手取り額に大きな影響を及ぼす
- 解決策:現状の退職金の課税制度と改正の方向性をチェックして影響度合いをはかり、必要に応じて自社の退職金制度を見直す
1 【提案】増税前に検討したい退職金制度の見直し
2023年6月に閣議決定された骨太の方針に
退職所得課税の見直し
が盛り込まれました。どのような見直しが入るかは流動的ですが、報道などによると、
勤続年数が長くなればなるほど増加する退職所得控除が減額され、役員・従業員(以下「社員」)の退職金の手取りが少なくなる
方向で見直しがされる可能性がありそうです。
現状の退職金課税制度には、
- 退職所得控除
- 2分の1課税
- 分離課税
という税負担を軽くする3つの仕組みが設けられています。このうち、いずれかの仕組み(特に退職所得控除)に改正が入ると見込まれています。年末に向けて、来年度の税制改正の情報が耳に入ってくると思います。
現状の退職金の課税制度を知り、自社の社員にどのような影響があるのか正確に見極めることはもちろん、その先を見越して退職金制度の見直しを検討する
ことも必要かもしれません。
2 優遇されている現状の退職金課税
1)退職所得控除
退職所得控除とは、
勤続1年ごとに40万円が控除額として積みあがっていき、21年目以降は1年ごとに70万円が積み上がる
というものです。
- 勤続年数20年まで:40万円×勤続年数
- 勤続年数21年目以降:40万円×20年+70万円×(勤続年数-20年)
なお、退職金の支払形態は、退職金を一括で支払う「退職一時金」、年金形式で支払う「退職年金(企業年金)」に分けられますが、退職所得控除は退職一時金に適用されます。
例えば、勤続20年で退職した場合は800万円(40万円×20年)が非課税となりますが、勤続25年の場合には1150万円(40万円×20年+70万円×5年)が非課税となります。
現時点では改正方針は出てきていませんが、報道などでは
- 21年目以降に控除額を70万円に拡大する仕組みを改める
- 勤続1年ごとの控除額を、勤続年数で区切らず、1年目から一律にし、21年目以降拡大される控除額(70万円)を引き下げる
などの改正が入るのではないかとされています。
2)2分の1課税
2分の1課税とは、
受け取った退職金(退職一時金)のうち課税されるのは、上記の退職所得控除を超えた金額の2分の1だけ
というものです。
課税される退職金の額=(受け取った退職金-上記の退職所得控除額)÷2分の1
なお、勤続年数が5年以下の社員については適用されないといった例外があります。
3)分離課税
分離課税とは、
役員報酬や給与など他の所得とは合算せずに所得税を計算する
というものです。つまり、退職金(退職一時金)を支払った場合、その額だけを基に所得税が計算されます。
所得税は累進課税といって金額が大きくなればなるほど税率が高くなる仕組みなので、他の所得と合算して金額が大きくなると、その分高い税率が適用されてしまいます。そのため、高額になりやすい退職金については、他の所得と分離することで、退職した年に税率が急激に上がらないようになっています。
3 自社の退職金制度の見直しの検討も
長年自社のために働いていてくれた勤続年数の長い社員に不利な改正があった場合、どのような対応が考えられるのでしょうか。主な退職金制度の見直しとして、
- 退職金制度を廃止して賃金に上乗せする方法
- 支払形態を退職一時金から退職年金に変更する方法
があります。
1)退職金制度を廃止して賃金に上乗せする方法
退職金制度を廃止し、退職一時金として支払うはずだった分の額を毎月の賃金に上乗せすれば、退職所得控除に関する改正の影響を回避できる可能性があります。一方で、詳細は割愛しますが、毎月の社会保険料は増加する可能性があるので注意が必要です。
退職金制度を廃止して賃金に上乗せする場合、
各社員から合意を得た上で就業規則を変更し、退職金制度を廃止して、現時点の退職金相当額を支給(打切支給)
します。就業規則は本来、変更内容が合理的であれば社員の合意がなくても変更できます(社員の代表からの意見聴取は必要)が、退職金は社員の生活に関わる重要な問題なので、合意を得たほうが無難です。なお、合意を得るか否かにかかわらず、就業規則の変更内容(退職金制度の廃止時期、打切支給の内容、賃上げでの補填など)については、事前にしっかり社員に説明し、トラブルにならないよう注意する必要があります。
また、社員の理解を得ることに加え、打ち切り支給に伴う資金繰りへの影響の度合いもしっかり認識しなければなりません。制度廃止後には、退職給付にかかる費用(引当金繰入額や掛け金)を現金給与額に回すことで賃上げを行います。なお、現時点で退職が近い社員などがいる場合、退職金制度の廃止時期については慎重な判断が求められます。
2)支払形態を退職一時金から退職年金に変更する方法
退職一時金には退職所得控除が適用されますが、退職年金として年金形式で支払う場合、雑所得となり公的年金等控除が適用されます。
支払形態を退職一時金から退職年金に変更する場合、
各社員から合意を得た上で就業規則を変更し、現時点の退職金相当額を確定拠出年金などの退職年金制度に移行
します。就業規則の変更のポイントは、1)と同じです。なお、退職年金については、例えば「退職一時金は退職時に受け取れるが、確定拠出年金は原則60歳にならないと受け取れない」など、社員にとってのデメリットもあるので、制度の違いは事前に説明しておく必要があります。
この場合も、社員の理解に加え、移行に伴う現時点の退職金相当額の支払いがもたらす資金繰りへの影響度合いもしっかり認識しなければなりません。また、退職年金は年金形式で支払うのが一般的ですが、例えば確定拠出年金制度では、社員自身が資産の運用先を決めるとともに、受け取り方を次の3つから選択できます。
- 年金
- 一時金
- 年金と一時金の組み合わせ
一時金として受け取る場合には退職所得とみなされるため、退職所得控除の対象になります。制度移行の場合は、今回の改正動向も含めた投資・運用教育が必要になります。
以上(2023年10月作成)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)
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