書いてあること
- 主な読者:高齢の親が認知症になった場合の、親の財産管理が心配な人
- 課題:家族信託を利用したいけれど、内容がよく分からない
- 解決策:財産を信託する(管理や処分を任せる)「委託者」、信託される「受託者」、信託の利益を受け取る「受益者」の関係に注目し、3種類の信託方法を押さえる
1 もはや他人事ではない認知症。親がなっても大丈夫?
いまや日本は、65歳以上の高齢者が全人口の約3割を占める超高齢社会。そして、2025年には高齢者の約5人に1人(約700万人)が認知症を発症するとの推計もあります(厚生労働省「認知症の人の将来推計について」)。
仮に何の対策もしていない状況で自分の親が認知症になってしまった場合、特に困るのは親の財産の管理です。認知症で記憶力や判断能力が低下してしまうと、次のような状況に陥ってしまうリスクがあります。
- どのような財産があるのか誰も分からなくなってしまう
- 預貯金が引き出せず、生活や医療・介護の費用を親族が立て替えざるを得なくなる
- 所有する不動産の売却や活用ができない状態になる
- 遺言などによる相続対策が困難になる
- 詐欺や悪徳商法に引っかかりやすくなり、財産を失う恐れがある
こうしたリスクに備える上で知っておきたいのが「家族信託」です。家族信託とは、
親(委託者)が認知症の発症などのリスクが高まる老後に備え、あらかじめ信頼できる家族(受託者)に、財産を信託する(管理や処分を任せる)制度
です。これにより、親(委託者)は、元気なうちは自身の指示に基づく財産管理を、たとえ認知症になって判断能力が低下しても、自らの意向に沿った財産管理をしてもらえます。以降で基本的なルールを確認していきましょう。
2 「家族信託」のポイント
1)家族信託の方法は3種類
家族信託は、信託法に基づく財産管理のスキームで、財産を信託する「委託者」、信託された財産の管理や処分を行う「受託者」、財産の管理や処分によって生じる利益を受け取る「受益者」の三者によって構成されます。信託の方法には次の3種類があります。
1.契約による信託
委託者と受託者の間で、
委託者が受託者に対し財産の処分(財産の譲渡や担保権の設定)を行う、受託者が一定の目的(委託者の意向)に従い財産の管理や処分を行うという契約を交わす方法
です。これを「信託契約」といい、契約を締結することで信託の効力が生じます。
信託契約の期間終了を「委託者(親)が死亡するまで」とし、契約終了後の残余財産の帰属先を「受託者(家族)」に指定しておくことで、遺言を残すのと同様の効果を得られます。
2.遺言による信託
委託者が、
自分が死亡したら全財産(または特定の財産)を信託財産に入れ、その管理を受託者に任せるという遺言を残す方法
です。遺言の効力が生じることで信託の効力も生じます。
遺言ですから、委託者(親)の意向だけで成立します。死亡するまでは発動しないので何度も書き換えることが可能です。受託者(家族)に「後のことは任せる」ということを事前に伝えておくのが通常ですが、別に受託者(家族)の了解を得る必要はありません。
ただし、受託者となる者の知らないうちに、遺言によって受託者とされることがあり得ますので、受託者による信託の引受け(受託者への就任承諾) が必要になります。また、遺言による信託の場合、民法で定められた方式(自筆証書、公正証書、秘密証書)で手続きを進めなければなりません。
3.信託宣言による信託
委託者が、
自分の財産を信託財産に入れ、所有者としてではなく受託者として管理するという意思表示(信託宣言)をする方法
です。信託宣言は、書面または電磁的記録(以下「書面等」)で行いますが、書面等をどのように作成するかによって、いつ効力が生じるかが変わります。
- 公正証書または公証人の認証を受けた書面等(以下「公正証書等」)による場合
公正証書等を作成することで信託の効力が生じます。
- 公正証書等以外の書面等による場合
「受益者」になるべき第三者を指定し、その第三者(複数いる場合はうち1人)に対し、確定日付のある証書(内容証明郵便など)により、信託がなされた旨とその内容を通知することで信託の効力が生じます。
契約による信託や遺言による信託の場合、「委託者=受益者」となるのが一般的ですが、信託宣言による信託では「委託者=受託者≠受益者」となるのが特徴です。
例えば、委託者(親)が自分の財産を受益者(家族)のために、受託者として管理するという信託宣言を前述した所定の手続きによって行うと、財産権は移転しますが、財産の管理や処分は引き続き委託者=受託者(親)が行えます。ただし、税務上は「みなし贈与」として贈与税の課税対象となるので注意が必要です。
2)家族信託を行うメリット
家族信託にはさまざまなメリットがありますが、ここでは「契約による信託」を例に、次の2つを紹介します。
1.生前の財産管理から相続発生後の資産承継・財産管理まで賄える
親が元気で判断能力がある間、財産管理を誰かに任せる場合は、委任契約を結ぶのが一般的です。ただ、その後、認知症を発症してしまうと、財産管理を行えるのは後見人だけになるため、成年後見制度を利用することになります。さらに死亡して相続が開始されると、遺言があれば遺言執行者(遺言執行人)によって資産承継・財産管理の手続きが行われることになります。
この点、家族信託は、これらの一連の機能をワンストップで果たすことができます。さらに、遺言書とは違い、相続人が死亡したあとの2次相続、3次相続など数次相続について、どの財産を誰に承継させるか指定しておくことも可能です。相続人同士が遺産分割協議でもめて相続手続きが難航するのを防ぐことも期待できます。
2.財産管理が委託者の判断能力の低下に左右されない
親が認知症を発症してしまうと、預金口座が凍結され、お金を下ろすことができなくなります。また、自宅などの不動産(土地・建物)を売却することもできなくなります。そうなった場合に利用できるのが成年後見制度ですが、家族(親族)が成年後見人等に選ばれるとは限らず、親族以外の専門職(司法書士や弁護士)が成年後見人等になるケースが多いのが実情です。
この点、家族信託は、委託者(親)は信頼できる家族に財産管理を任せることができますし、受託者(家族)は委託者(親)の判断能力の低下に左右されず、不動産の売却や活用などを行うこともできます。また、成年後見制度では、毎年の家庭裁判所への報告が必要になり、財産の管理運用や処分が制限されることがありますが、家族信託の場合はこの報告も不要です。
3 主な相談窓口
家族信託について分からない点や具体的な手続きは、司法書士や弁護士などの専門家に相談するとよいでしょう。
家族信託普及協会のウェブサイトでは、同協会の研修を修了した「家族信託コーディネーター」や「家族信託専門士」を検索することができます(家族信託普及協会が直接の相談を受け付けているわけではないのでご注意ください)。
「家族信託コーディネーター」は、相談者と専門家との間に立って、相談者の要望を整理したり、信託スキームの提案をまとめたりするなど、橋渡し的な役割を担います。「家族信託専門士」は、家族信託の組成を具体的に進めたいという依頼を受け、専門士業として具体的な契約書作成等の実務を担います。
■家族信託普及協会■
4 信託銀行などの「遺言信託」と家族信託は全く別のもの
最後に、よく家族信託と混同されやすい、信託銀行などの「遺言信託」についても補足しておきます。「信託」という言葉の響きは同じでも、「家族信託」とは目的や内容が全く別のものです。
法律上の「遺言信託」は、第2章で紹介した「遺言による信託」、つまり遺言の中で信託を設定する家族信託のことを指します。
一方、信託銀行などが提供している「遺言信託」は、遺言書(公正証書遺言)作成の相談から、遺言書の保管、遺言者死亡後の財産目録の作成、遺言の執行まで相続に関する手続きをサポートするサービスです。家族信託とは違い、相続にまつわる一連のさまざまな手続きを信託銀行などに任せることになります。
「遺言信託」のサービスについて、詳細は信託協会のウェブサイトをご参照ください。
■信託協会「遺言信託」■
https://www.shintaku-kyokai.or.jp/products/individual/assetsuccession/testament_inheritance.html
以上(2023年9月作成)
(監修 弁護士 田島直明)
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