書いてあること

  • 主な読者:新分野展開、業態転換、業種転換などのヒントをつかみたい経営者
  • 課題:ちまたに情報があふれていて、どれが自社に合っているか分からず、コストも心配
  • 解決策:「事業再構築補助金」の採択事例に注目し、補助金をもらいながら事業を見直す

1 事業再構築補助金はビジネスヒントの宝庫?

経営者は、会社を成長させるために、常に新しい事業の可能性を模索しています。ただ、ビジネスが複雑化し、目まぐるしいスピードで変化し続ける昨今は、会社の方向性を見定めるのも一苦労です。そんなときにヒントとなるのが、

中小企業が思い切った事業再構築(新分野展開、業態転換、業種転換など)に取り組むことを支援する「事業再構築補助金」

です。

本来は、コロナ禍で商品・サービスの需要や売り上げが減退した中小企業を救済するための補助金ですが、その採択事例の中には、今の時代に新たな取り組みにかじを切ろうとする経営者にこそ見てほしいものがあります。

国が、今後どのような中小企業の取り組みを支援し、どのような産業や業種・業態を後押ししようとしているのかを測る指標にもなるので、事例を知っておいて損はありません。

この記事では、事業再構築補助金の今後の動きを紹介しつつ、これまで採択された数多くの事例のうち、いくつか汎用性のありそうなものをピックアップして紹介します。

2 国が「成長を見込む」業種・業態とは

事業再構築補助金について今押さえておきたいトレンドが、

第12回公募における類型の見直しから生まれた「成長分野進出枠」

です。これはさらに「通常類型」と「GX進出類型」に分かれています。

まず、

通常類型は、過去~今後のいずれか10年間で、市場規模(製造品出荷額や売上高など)が10%以上拡大する業種・業態への新規参入などを支援するもの

です。

具体的には、国が経済産業省の統計データを基に選出した109種の他、各業界団体から客観的なデータを募って選出した38種が対象です(2024年5月7日時点)。38種には宇宙機器産業やリチウムイオン蓄電池の製造関連、キャンプ場・グランピング施設宿泊業、eスポーツ興行などがあり、こうした対象業種・業態のリストを見るだけでも、今後新規事業や参入を考える際の参考になります。

また、

GX進出類型は、「2050年カーボンニュートラル(2050年までに二酸化炭素の排出を実質ゼロとする取り組み)」の実現に当たり、成長が期待される産業(14分野)について、研究・技術開発や人材育成を行う中小企業を支援するもの

です。

14分野は洋上風力・太陽光・地熱産業や水素・燃料アンモニア産業といった次世代エネルギーの開発から、自動車・蓄電池産業といった製造分野、住宅・建築物・次世代電力マネジメントなど多岐にわたります。

成長分野進出枠は、国が今後成長を見込み、後押ししていこうと考えている業種・業態が対象となっています。事業再構築補助金ウェブサイトでチェックしておくとよいでしょう。

■事業再構築補助金ウェブサイト■
https://jigyou-saikouchiku.go.jp

上のURLをクリック後、

  • 「通常類型」については、「2023.09.13 第11回公募以降の成長枠対象業種・業態リストの公開について」
  • 「GX進出類型」については、「2022.04.19 グリーン成長枠の想定事例集について」

に進むと、それぞれの対象となる業種・業態を確認できます。

3 採択事例から見る新規事業開発のヒント

1)自社の遊休地を活用してドッグラン・グランピング複合施設をオープン

自社のリソースをそのまま活用して、新しい分野での事業展開に成功した会社の事例です。

この会社は、建設会社向けの機械のリースなどを手掛けてきましたが、コロナ禍の影響に加え、大手レンタル会社が業界に参入してきたことなどで、営業赤字が続いていました。そこで

事業再構築補助金を活用し、機械のストックヤード用の遊休地に全天候型のドッグランコートを備えたグランピング施設をオープン

しました。

既存の事業の資産、人材、ノウハウなどをそのまま活用することで、施設内の機器の導入費やメンテナンス費用が抑えられ、低価格でサービスを提供できています。しかも、元々首都圏とつながる高速道路のインターチェンジより数分という好立地にあるため、競合他社との差異化も図れています。

コロナ禍以前からあったグランピングの需要と、コロナ禍で高まったペットという孤独を癒やしてくれる存在の需要、その両方を取り込んだ事例といえます。

2)鉄工職人の技術を活かしてアウトドア製品を開発

これまで培ってきた専門技術を活かして、新しい分野に挑戦した会社の事例です。

この会社は、水門などの水利設備を製造してきましたが、コロナ禍の影響に加え、水利設備工事自体が、新しいものを建造するより既存のものを長寿化させる方向へとシフトしてきたこともあって、売り上げの確保が厳しくなっていました。そこで、

事業再構築補助金を活用し、在籍する鉄工職人の技術を生かしたアウトドア製品を開発

しました。

2年以上の歳月を費やして開発したのは、アウトドア用の窯・コンロ一体型グリル。オーブン調理とバーベキューを一度に楽しめるようにした製品です。水門設備にも使っているステンレス素材を採用して、耐久性が高くて熱効率の良い設計、組み立ての必要がない手軽さなど、鉄工職人の熟練技術を活かした製品となっています。

従来のビジネスのノウハウをコロナ禍でも好況だったアウトドア市場に横展開し、注目を集めた事例といえます。

3)高度な技術力で別分野に進出

これまで特殊分野で培ってきた高い技術力を活かして、対面で調整する必要が少ない部品の受注生産への新規参入に挑戦した会社の事例です。

この会社は、ミクロン単位の超高精度の切削加工技術を持ち、航空・宇宙、自動車、半導体、建設機械などさまざまな分野で、小ロットの特注品や、産業機器の試作開発を得意としてきました。しかし、コロナ禍では対面での細かな調整や確認が難しくなったことで多くのプロジェクトが停滞、新規案件も激減してしまいました。そこで、

事業再構築補助金を活用して、対面のやり取りが発生しづらい超高速鉄道用の部品製造事業にも参入

することにしました。

超高速鉄道用の部品は、あらかじめ指定されたスペックに基づいて製造するので、試作品を作るときのように何度も現場でやり取りする必要がありません。さらに、品質が顧客から認められれば、長期にわたって安定した取引ができます。

自社の強みを活かせる事業として、コロナ禍の状況でも対応できる堅実な成長産業に新規参入した事例といえます。

4)発泡プラスチック成形機の製造から電気自動車分野に参入

自社の強みとする素材の加工技術を活かして新規の事業分野に参入し、さらに参入市場にそれまでなかった新しいニーズをもたらした会社の事例です。

この会社は、発泡樹脂成形品の成形機や金型の設計・製造、発泡樹脂製品の断熱材や家電の部品、自動車の内装部材などを手掛けてきました。ですが、これらの商材は、プラスチック使用量の削減や、新築住宅戸数の減少などで需要が減ってきていました。そこで、

事業再構築補助金を活用して、これまでの成形加工技術と金型設計ノウハウを生かせる電気自動車向けバッテリーケースの製造分野に参入

することにしました。

電気自動車向けバッテリーケースは、円筒型やパウチ状などさまざまな形状があるため、高精密の特殊な金型や、機械制御の技術が要求されます。これまで多様な高機能発泡製品を原料の性質に合わせて製造してきた技術を活かし、この課題に対応した成形機を設計・導入します。また、従来のバッテリーケースはスチール製のため、重量や電池安定性の問題、漏電・発火事故などのリスクがありましたが、発泡樹脂製品に置き換えればそれらの課題も解消できます。

電気自動車分野と一口に言っても関連部品は多く、市場の要求に耳を傾けることで新規事業につながった事例といえます。

5)化石燃料と新エネルギーの両方を取引先にして経営を安定化

従来の事業分野が縮小していくのに伴い、その代替として成長している事業分野にも参入した事例です。

この会社は、国内の火力発電所を中心とするプラントに工業用弁やバルブを提供してきました。バルブメーカーにとって、近年の化石燃料依存から脱却していく方針や、再生可能エネルギー推進の動きは、ビジネス上の脅威といえます。そこで、

事業再構築補助金を活用して、エネルギー産業機械部品などの加工分野に参入

することにしました。

新規事業として考えられたのは、火力発電の代替となる新エネルギー分野の部品です。原子力発電所の弁遠隔操作装置の微細加工や、水素関連設備用機器の製作などです。これまで高く評価されてきた製造技術と品質管理能力を活かし、迅速さと低コストを武器に勝負を懸けました。

同一市場の中でも、縮小傾向の事業と拡大傾向の事業を両立させると、バランスのいい事業ポートフォリオを構築できるかもしれないというヒントを与えてくれる事例です。

6)工具メーカーが医療機器産業へ参入

異業種同士の連携コーディネーターとの出会いから、従来の製品と全く違うジャンルの製品の開発・製造に取り組んだ事例です。

この会社は、製鉄工具や土木工具の独自開発・製造・販売を手掛けてきました。ですが、国内の製鉄産業は高炉数がどんどん減っており、成長が見込めないという状況でした。そこで、

事業再構築補助金を活用して、医療機器産業へ参入

することになりました。

意外な業界へ参入することとなったきっかけは、医工連携コーディネーター(注)との出会いです。これまで培ってきた技術力を活かし、外科手術に使う内視鏡スコープレンズの洗浄装置の開発に挑戦することを決めました。さらに、販売代理店や行政との連携によって販売を推進していきます。

異業種の方や業界をまたぐ人材との出会いは、ときに思いがけない事業転換のきっかけになるということが再確認できる事例といえます。

(注)優れた技術を持ち、医療機器産業への参入意欲のある企業と、医療機器の製造販売企業や臨床機関とのマッチングを支援できる人材のこと

7)ワーケーションのためのテレワーク対応ホテルを整備

コロナ禍によって需要が高まったワーケーション(リゾート地などに滞在しながらテレワークをすること)に対応した会社の事例です。

この会社は、自然豊かな土地でホテル業を営み、宿泊のみならず結婚式や宴会も手掛けていました。ですが、コロナ禍による影響で予約キャンセルが相次ぎ、売り上げの6割を占める結婚・宴会部門が特に甚大な影響を受けます。そこで、

事業再構築補助金を活用し、コロナ禍で需要が増えたワーケーション対応の宿泊施設を新たに整備する

ことを決めました。

施設の共有スペースには、モニター用の50型テレビや、FAX・コピー機などのオフィス機器を配置。ミーティングスペースも用意するなど、コワーキングに十分な設備をそろえています。さらに、共用のキッチンや大型冷蔵庫、コインランドリーも設置しており、長期の宿泊でも対応できるようにしました。

もともと取り組みたいと考えていたワーケーション事業の需要がコロナ禍で高まったタイミングをとらえ、うまく取り込んだ事例といえます。

8)とび職人たちがオリンピック競技BMXのパークを自社建設&自社運営

これまで受注施工してきた施設を、自社で企画から設置まですべて作って運営することで収益を上げている事例です。

この会社は鉄骨工事(とび・土工工事、鉄骨組み立て工事)を専門として、工事のプランニングから設計、施工までを一貫して受注しています。ですが、冬には閑散期となるため、どうしても経営が不安定な状況でした。さらに、コロナ禍による建設需要の低下も重なったころ、競技者との個人的な交流から生まれた構想を実現させる予定でした。そこで

事業再構築補助金を活用し、BMXパークの施工・運営に挑戦

しました。

BMXとはバイシクルモトクロス(Bicycle Motocross)の略で、2021年の東京五輪からは正式種目にも選ばれている自転車競技です。同社のある九州では雪が降らず、BMX競技が盛り上がれば冬場の安定収入となります。自社の名前でパークを運営しているため、公園などの施工を新たに受注・請負する上での宣伝効果も期待できます。

新規事業の成功が、新規受注にもつながる好循環を生み出せるという事例です。パーク運営となればチャレンジ性は高いですが、製品サンプルを作るという観点で考えてみると、応用できそうな企業は多いのではないでしょうか。

9)ゲストハウスが離婚家庭の親子の面会交流を支援

従来の稼働外時間を活用して、社会ビジネスを展開している事例です。

この会社は、元民家をリノベーションしてゲストハウスを運営していました。しかし、コロナ禍で宿泊客が激減してしまいます。そこで、

事業再構築補助金を活用し、アイドルタイム(宿泊客のいない時間)を活用する新しい取り組みとして「ペアレンティングハウス事業」を実施

しました。

ペアレンティングハウス事業とは、両親の離婚や別居によって離れ離れで暮らす親子の面会交流を支援するというものです。面会の承認・調整がアプリ上でできるシステムを構築して、親同士が直接連絡を取り合わなくても親子が会えるという環境を提供しています。また、全国のゲストハウスにも参加を呼びかけているようです。

社会問題に切り込んだビジネスは多くありますが、まだまだ新しい切り口が見つかるかもしれないと思わせてくれる事例です。

4 採択事例は今後も要チェック

事業再構築補助金では、その時々のビジネス環境の変化や、それに応じた応募枠の趣旨に合致した事業が採択されます。中小企業庁の技術・経営革新課にヒアリングしたところ、次の回答が得られました。

「事業再構築補助金は、コロナ禍における補助事業として始まりました。しかし、アフターコロナを迎え、今後は企業の成長支援に軸足をシフトし、ビジネスにおける新しい挑戦を応援するような採択事例がますます増えていくと考えられます。

 

なお、2023年11月までの調査において、採択された事業の13%が収益化に成功していることが分かっています。BtoBビジネスは収益化まで時間が掛かる傾向にありますが、それでも全体の56%が1回以上の販売実績を得ており、順調に効果が出ているといえます。

また、事業計画の達成率については、計画を上回っている事業者が多いのが、基礎素材型産業と加?組?型産業における製造業で、計画を下回っている事業者が多いのは飲食業となっています」(中小企業庁技術・経営革新課)

なお、これまで採択された事業のその後の展開については、経済産業省が次のウェブサイトで公表しています。

■経済産業省「事業再構築補助金」■
https://www.meti.go.jp/covid-19/jigyo_saikoutiku/index.html

以上(2024年6月更新)

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画像:Nuthawut-Adobe Stock

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