書いてあること

  • 主な読者:経理人材の育成や、経理部全体の効率化に悩む中小企業のマネジメント職
  • 課題:経理人材の育成に取り組んでいるものの、最終的なゴールがどこにあるか分からない
  • 解決策:会計知識、自社知識、業務設計力、コミュニケーション力の4つのスキルを身につけることが、経理人材育成のゴールといえる

1 会計知識

実際に経理実務を進めたり、経理人材の育成を行ったりするためには、漠然と会計知識を捉えるだけでは不十分です。具体的にその中身を理解しておく必要があります。

経理の仕事の中心はやはり決算です。月次でも年次でも決算を締めるために必要になる実務のための会計知識は、

  • 会計基準
  • 財務諸表論
  • 会計技術

の3つに分類できます。

「会計基準」は、仕訳を切るときの拠り所になる会計ルールのことで、税法も含まれます。この知識が必要なことを疑う方はいないでしょう。しかし、経理パーソンとして活躍するには、これだけでは不十分です。というのも、新しい取引や事柄などが出てきたときに、中身を理解して判断するには、もととなる考え方も押さえておかなければならないからです。

「財務諸表論(会計基準の体系や内容、その考え方を学ぶ学問)」がこれに該当します。財務諸表論はいわば、会計の憲法のような存在であるため、財務諸表論を理解することが会計上の判断をする際に非常に重要になってきます。経理パーソンは、簿記の勉強経験や資格をお持ちの方が非常に多いので、会計処理について問題になることは少ないようです。その一方で、財務諸表論を勉強する機会はほとんどないため、ベテランでも弱い方が多い印象があります。財務諸表論が分かると、会計の本質(なぜその処理が必要なのかといった理由付け)が分かり、実務に役立つ経理のセンスが身につきます。管理職の皆さんが財務諸表論も絡めて会計基準の説明をすることができれば、メンバーにとっても財務諸表論を学ぶきっかけになるかもしれません。なお、財務諸表論といっても、簡単な本を一冊読むだけでも違います。財務諸表論を押さえると、会計専門家の質問が予想でき、決算や監査時に振り回されることが減ります。

実務を回すには、上記のような理論だけではできません。会計システムやエクセルを皆さんの業務でも多用しているはずですので、これらのテクニックも身につけておく必要があります。例えば、何か数字を調べたいときにどのくらい時間がかかるかは、これらのテクニックの習得具合によって大きく変わります。これらテクニックに代表される「会計技術」は、実務の作業効率を大きく左右するのです。

なお、ある程度の規模の会社でもし監査を受けている場合には、「開示作成」や「監査対応」も、それぞれ独立した別のスキルです。少し応用的な内容になるので、まずは、決算を締めるための前述の3つのスキルに集中すると、効率的な人材育成となるでしょう。

2 自社知識

経理部門の育成というと、とかく会計面に目が行きがちです。しかし、日常の実務を回すためにより必要なのは、自社に関する知識だと断言できます。そもそも会計は自社の取引を記録するものですので、取引自体の情報をちゃんと入手できないと始まらないのです。

自社知識といっても、はじめは、経理に近いところからスタートさせるといいでしょう。例えば、事業ごとのおおよその売上金額やこの3年の推移を、メンバーの方はそらで言えますでしょうか? 損益計算書の売上は最も大事な勘定科目ですが、実際に質問すると答えられないことが多いものです。このようにして、決算書の主な勘定科目ごとに、大まかに説明ができることを最初の目標にするといいでしょう。

自社の次は、顧客です。例えば、顧客得意先トップ5の社名と年間の取引額は先ほどの決算書周りの理解と同様です。さらに、その得意先の顧客は誰なのかまで理解すると、商流が分かります。

最後は、業界や競合企業について把握しましょう。ここでも、自社の売上シェア、他社との利益額・利益率比較などの方法を通じると、経理パーソンの方にはなじみやすいでしょう。

経営学では、経営戦略を考える際に、3C(自社、顧客、競合)という枠組みを用います。会計が経営者に役立つ情報になるためには、会計だけでなく経営も最低限理解した経理パーソンを育てることが必須なのです。

会社全体に加えて、業務を行っている各部門についての理解は、日常業務の進捗に大きな差を生みます。私自身も経験がありますが、正しい部門や担当者にコンタクトしないと、いつまでたっても情報が出てこないため、業務が進みません。特に、経理は決算という期限がある場合が多いので、他の部門以上に社内の情報入手先がどこかということに敏感になる必要があるのです。

具体的には、各部門の業務内容をまず押さえましょう。その上で、経理と関係が深い部門については、各人の担当範囲をおおよそでいいので知っておくといいでしょう。あるいは、各人の担当範囲に詳しい各部門のキーパーソンを知っておくのも非常に有用です。経理実務には膨大な知識が必要になるので、情報の内容を押さえる代わりに、

「情報のありか」を知っておく

ことも手です。管理職の方であれば、ご自身の経験から身につけたこのような経験則を、言葉にして伝えることもポイントです。

担当者を知るだけでなく、関係性を深めることができれば、情報の入手はさらに容易になります。そのためには、各部門の繁忙時期を知り、それを避けて連絡するようにしましょう。また、同じ会社でも、実は部門によって、メール、チャット、電話、対面と日常よく使うコミュニケーション手段はさまざまです。できる限り相手に合わせた手段を用いたほうが、早く連絡が取れます。さらに、接している中で、その部門独自の用語が出てきたら、意味を理解して、説明に使えるようにすると、印象がかなり良くなります。経理は情報や書類が出てきてはじめて業務が進む仕事ですので、工夫すべきポイントだといえます。

3 業務設計力

前述の知識をもとに、実際に経理業務を行うには、業務設計力が必要になります。直近ではインボイス制度もそうでしたが、新たに仕組みを整えるなど、対応しなくてはいけない変化が経理周りにはしばしば発生します。そのときに、実際の仕組みや業務の流れに落とし込める能力が、業務設計力といえます。

業務設計力は、

  • 業務の把握
  • 問題の発見
  • 方法の提案

の3つのステップから構成されます。

業務の把握というのは、求められていることを適切に理解し、影響範囲を特定することです。インボイス制度であれば、消費税の税率ごとの集計と記載という趣旨を理解して、得意先への請求書の書式や、仕入先の登録状況、会計システムなどの経理の業務手順、社内への説明など、自社への影響の範囲を特定します。

次に、問題の発見は、特定された影響範囲の中で、どのような問題が起こりそうかを想像し、それを踏まえたスケジュールや進め方を考えます。

その後、具体的な方法を考えるのが、方法の提案です。ここでは、自社の実態に合った現実的な方法を考える必要があります。そのためには、他社事例などの情報収集も欠かせません。

皆さんがご存じの通り、税法や会計基準など従わざるを得ない変化が起こるのは経理の世界では珍しいことではありません。さらに、最近ではテクノロジーの変化と人材不足が相まって、業務の見直しが求められる会社も多いことでしょう。そう考えると、業務を設計から見直す機会というのはますます増えていくはずです。

このような変化に対応するには、前述の3つのステップを全うする力に加えて、変化を恐れないマインドもとても重要だと感じます。「経理部門の生産性を上げたいが、管理職が業務の見直しを嫌がっている。なぜこれほど保守的なのか」と、経営者から質問されたことが何度かあります。確かに、この一連の流れは正直なところ、骨が折れます。しかしながら、管理職自身も、経理を取り巻く状況を今一度理解して、スキルのみならずマインドを変える必要があるのかもしれません。

4 コミュニケーション力

どのような職種にも、コミュニケーション力は不可欠ですが、経理の場合、その必要性はさらに高いものです。なぜなら、経理業務には守らなくてはいけないルールがあるため、どうしても各部門などと意見の相違が起こりやすいからです。例えば、売上を上げるために取引をしたい営業部門と、ルールを守りリスクを避け期日どおり決算を締めたい経理部門とが対立しやすいのは、それぞれの役割を考えると仕方がない側面もあります。

経理部門にとって大事なことは、この立ち位置の難しさを理解した上で、場面や事柄に応じたコミュニケーションを取ることです。つまり、

言うべきときは言い、引くときは引く。

それには、経理業務の中で起きるトラブルや取り組みに関して、ことの重大さを正しく測ることが必要になります。私自身が管理職だった際に痛感したのは、ことの重大さを正しく測るのは、メンバーにとっては難易度が高いということでした。皆さんも、大したことはないと判断したメンバーからの報告が遅れ、事後の対処が大変になった経験をお持ちかもしれません。このことは、裏を返せば、ことの重大さの認識をメンバーとすり合わせることができれば、大きな問題が生じにくいともいえます。管理職の皆さんは、メンバーに対して、業務内で発生する事例を通じ、どのようなことが重大なのか判断してコミュニケーションを取る一連の過程を見せつつ、必要に応じて説明するとよいと思います。

さらに、対立した場合には、相手がなぜそのように主張するのかなど、相手のニーズを把握して、お互いの妥協点を見つけるのも、経理に求められるコミュニケ―ションの1つです。まず、相手のニーズをつかむには、前述のように各部門の業務を理解し、ある程度の関係性を作ることは欠かせないでしょう。また、妥協点を見つけるのが苦手という声を経理部門の管理職の方からもよく聞きますが、これは前述の会計技術同様、テクニックと割り切るといいと思います。初歩的なもので構いませんので、交渉術の本を一冊読んで自分にできそうな技を実践するだけでも、少しは話し合いが進めやすくなります。

今回ご紹介したこれら4つのスキルをバランスよく身につけることができれば、経理パーソンとして十分独り立ちして成果を出し会社に貢献することができるはずです。このゴールを達成するまでのルートは1つではありません。これまでの回で紹介してきた色々な事例や方法は、そのルートに当たるものでした。方法は、どの会社にも合った最適解というのはありません。管理職の皆さん自身やチームメンバー、会社や経理部の置かれた環境に合った方法を見つけることが最大のポイントです。

例えば、私の場合は、チームが若いメンバーの場合にはハレ感を大事に、月次決算の大事な日には部内全員で同じ色の服を着てくる、数字が無事に締まったら打ち上げをするなど、お祭り的な取り組みをしていたこともありました。また、キャリアを大事にするメンバーが多いときには、新しく取り組んでもらった業務は、職務経歴書上でどのように表現することができ、市場価値がどう変わるのかを1on1で助言しました。さらに、次の管理職のステップにつながるよう本質を捉えるスキルを身につけるべく、付箋と模造紙を使ったオフサイトミーティングを半日かけてやっていたこともあります。このような経験を通じて、やはり、メンバーの希望を最大限踏まえつつ、管理職である私自身の強みを生かせたときに、最も効果が出やすかったと感じます。

メンバーの人材育成のためには、まずは、ご自身の得意なことは何かを棚卸してみるのもとてもおすすめです。それを拠り所にして、会社とメンバーに合った人材育成を考えてみてください。つまり、ご自身のキャリア形成、メンバーの人材育成、会社の業務改善は、三位一体で進めることも十分可能なのです。

経理管理職の皆さんにとって、この連載が人材育成のヒントに少しでもなればこんなにうれしいことはありません。

以上(2023年12月作成)

pj35157
画像:Kittiphan-Adobe Stock

Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です