書いてあること
- 主な読者:2024年10月1日から「社会保険の適用拡大」の対象になる会社の経営者、人事労務担当者
- 課題:シフト制パートが被保険者になるのか判断しにくいし、本人の意向もある
- 解決策:被保険者になるかは、一定期間の労働時間を週単位に換算した上で判断する。それぞれのパートの希望する働き方をヒアリングした上で、シフトを調整する
1 労働時間が読めない「シフト制パート」の社会保険加入
「社会保険の適用拡大」とは、2024年10月1日から、社会保険(健康保険と厚生年金保険)の被保険者となるパートの範囲が拡大されることです。ここでいう「パート」とは、
週の所定労働時間または月の所定労働日数が、正社員の4分の3未満の短時間労働者
のことです。本来、パートは社会保険の適用対象外ですが、会社が厚生年金の被保険者数について一定の要件を満たし、さらにパートが労働時間や賃金について一定の要件を満たすと、社会保険に強制加入となります。2024年10月1日からは、この会社が満たすべき
厚生年金の被保険者数の要件が、「常時100人超→常時50人超」へと拡大
されます(図表1)。パートを雇用する多くの中小企業が対象になるわけです。
難しいのは、社会保険の適用拡大の対象となる会社が、
労働日や労働時間が流動的な「シフト制パート」を雇用している場合
です。シフト制パートは、週や月ごとに作成されるシフト表などに基づいて、「1日4~6時間×週2~3日」など流動的に働くので、被保険者になるかが分かりにくくなっています。一方で、社会保険の適用拡大によって、被扶養者であるパートが被保険者になると、
家族の扶養から外れ、これまで負担義務のなかった社会保険料が賃金から天引きされる
ようになります。「社会保険料の負担義務がない」という理由でパート勤務を希望している人もいるでしょうから、トラブルがないようにするには、
- シフト制パート特有の労働時間のルールを押さえること
- どのシフト制パートが被保険者になるのかシミュレートすること
- 2024年10月1日以降の働き方をシフト制パートと協議すること
が大切です。以降で詳しく見ていきましょう。
2 シフト制パート特有の労働時間のルールを押さえる
1)被保険者になるか否かは、労働時間を「週単位に換算」して判断する
パートが社会保険に加入する要件の1つは、「週の所定労働時間が20時間以上であること」ですが、シフト制パートは労働時間が流動的なため、日本年金機構では、
一定期間内の労働時間を週単位に換算した場合、20時間以上になるかどうか
で判断するとしています。具体的な計算方法は図表2の通りです。
1日の所定労働時間は労働日ごとに異なるが、休日などの周期は一定である場合(例:月に10日の休日を確保する場合)は、図表2の1.の計算式を使います。
また、就業規則や個別の労働契約に「所定労働時間は月◯時間(年◯時間)」といった定めがある場合、2.または3.の計算式を使います。なお、2.の計算式については次のように、繁閑期(繁忙期や閑散期)などがある場合に適用される特別ルールがあります。
繁閑期などで特定の月の所定労働時間が「例外的に長く(短く)なる」場合、その特定の月を除く月の所定労働時間を、「月の所定労働時間×12カ月÷52週」で週単位に換算する
2)労働時間は、労働契約ではなく実態で判断する
もう1つ押さえておくべきなのが、
労働契約上の所定労働時間が「週20時間未満」でも、実労働時間が2カ月連続「週20時間以上」で、今後も同じ状況が続くと見込まれる場合、3カ月目から社会保険に加入する
というルールです(日本年金機構「短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用拡大Q&A集」)。つまり労働時間は、労働契約ではなく実態(実労働時間)で判断します。
逆に言うと、次のようなケースでは社会保険に加入しないことになります。
- 所定労働時間は「週20時間以上」だが、実労働時間が毎月「週20時間未満」である場合
- 実労働時間が2カ月連続で「週20時間以上」になったが、3カ月目は「週20時間未満」で、今後も同じ状況が続くと見込まれる場合
3 どのシフト制パートが被保険者になるのかシミュレートする
1)毎月89時間以上働くなら、確実に労働時間の要件を満たす
基本的なルールが分かったら、自社のどのシフト制パートが被保険者になるのか、シミュレートしてみましょう。まずは労働時間の確認です。
労働時間を週単位に換算する方法は前述した通りですが、それだけだと分かりにくいので、図表3のように、週単位に換算した労働時間が20時間以上となるボーダーラインを出してみます。
20時間以上かどうかは、前述した通り労働契約ではなく実態で判断します。仮に各月の実労働時間が図表4の通りであれば、1.から3.のボーダーラインを全て超えるので、週単位に換算した労働時間は確実に20時間以上になります。
分かりにくければ、ざっくり
毎月89時間以上働くなら、確実に労働時間の要件を満たす
と覚えておくとよいでしょう。
2)1カ月当たりの賃金やその他の要件も確認する
次に「1カ月当たりの賃金が8万8000円以上か」を確認します。
仮に時給が1113円(東京都の地域別最低賃金、2023年10月~)のシフト制パートが、前述した図表4と同じ時間だけ働いた場合、1カ月当たりの賃金は図表5のようになります。全ての月で1カ月当たりの賃金が8万8000円以上になるので、賃金の要件も満たします。
あとは、「継続して2カ月を超えて使用される見込み」「学生でない」という要件を満たせば、そのシフト制パートは社会保険に加入することになります。
なお、ここまで被保険者要件を確実に満たす働き方を紹介してきましたが、実際は
- 週単位に換算した労働時間が、20時間以上の月もあれば、20時間未満の月もある
- 1カ月当たりの賃金が、8万8000円以上の月もあれば、8万8000円未満の月もある
など、働き方が一定ではなく、被保険者になるかの判断がつきにくい場合があります。このあたりについては個別・具体的な判断になる可能性があるため、所轄の年金事務所に確認するようにしてください。
4 2024年10月1日以降の働き方をパートと協議する
1)社会保険に加入することのメリットとデメリットを伝える
どのシフト制パートが被保険者になるのかが分かったら、対象となるパートに、2024年10月1日から社会保険に加入する旨を伝えた上で、今後の働き方について協議します。まずは社会保険に加入するメリットとデメリットを伝えましょう。
現状、被扶養者であるシフト制パートが社会保険に加入すると、
家族の扶養から外れ、これまで負担義務のなかった社会保険料が賃金から天引きされるようになり、賃金の手取り額が減る可能性
があります。ただ、その代わり、
- 傷病手当金や出産手当金などの保険給付を受けられるようになり、保障が手厚くなる
- 国民年金に加えて厚生年金保険の給付も受けられることになり、将来の年金が増える
- 今までのように扶養の範囲(労働時間や賃金など)を気にせず、思い切り働ける
といったメリットがあります。加えて、産前・産後休業や育児休業を取得する際、社会保険料が免除されることなども教えてあげるとよいでしょう。
2)社会保険加入前後の労働条件を明らかにする
シフト制パートが一番気にするのは、「社会保険に加入した場合、手取り額がいくら減るのか」でしょう。こうした場合、図表6のように「社会保険加入前」と「社会保険加入後」の労働条件が分かる比較表を作って説明すると、本人も働き方をイメージしやすくなります。なお、基本給(9万8130円)は、前述した図表5における1カ月当たりの賃金の平均額です。
3)働き方の希望を聞き、必要に応じて労働条件を調整する
労働条件の比較表を渡す際は、併せて図表7のような「社会保険の加入に関する意向確認書」も交付しましょう。これは、2024年10月1日以降、社会保険への加入を希望するかどうかの、本人の希望を確認するための書面です。
「社会保険に加入したくない」と回答したシフト制パートについては、今後の労働時間など、労働条件の変更について話し合う必要があります。なお、その際は
仮にシフト制パートの労働時間を減らした場合、2024年10月1日以降、業務を回していけるか
に注意しなければなりません。場合によっては、シフト制パートの労働時間を減らした分、「他のパートに仕事を割り当てる」「新たにパートを雇用する」などの対応が必要になる可能性があります。
以上(2024年4月作成)
(監修 ひらの社会保険労務士事務所)
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