書いてあること
- 主な読者:農業ビジネスへの参入を考えている経営者
- 課題:需要の高い農作物を探している
- 解決策:国産コーヒーの現状やビジネス環境を押さえ、参入を検討する
1 コーヒー2050年問題に見るビジネスチャンス
日本では、コーヒー豆のほとんどをブラジル、ベトナム、コロンビアといった温暖な国々からの輸入に頼っています。ですが今、気候変動の影響で、こうした国々でのコーヒー豆の収穫量が減り続けています。2050年にはコーヒー栽培に適した土地が今の半分に減るという予測もあり、これを「コーヒー2050年問題」と呼びます。
遠くない未来、気軽にコーヒーを飲めなくなるかもしれない……。そんな状況の中、
ゆっくりと広まりつつあるのが、輸入に頼らない、日本独自の「国産コーヒー」の栽培
です。中心産地の沖縄本島と奄美群島(鹿児島県)では、コーヒー栽培に参入する事業者が増え、大手食品メーカーがその支援に乗り出しています。また、コーヒーの販売だけでなく、観光農園によるコーヒーツーリズムや、コーヒー苗を観葉植物として販売するなど幅広く活用されています。
エスプレッソマシンやカプチーノマシンなどを展開するデロンギ・ジャパンが2023年に行った調査によると、日本のコーヒー飲用量は全国平均で1日1人当たり2.04杯。旺盛な需要があるにもかかわらず、供給を輸入に依存しているコーヒーが、国産に切り替わっていくとすれば大きなビジネスチャンスです。
ただ、国産コーヒーについては、表に出ている情報がまだまだ少なく、参入したくてもポイントが分かりにくいのが悩みどころ。そこで、この記事では、
国内最大のコーヒー栽培地である沖縄県において、コーヒー栽培や6次産業化の支援をしている「沖縄コーヒー協会」へのヒアリング
などを基に、主に沖縄県の国産コーヒー市場について、市場の動向や国産コーヒーの活用事例、参入上の規制・制度などをまとめました。
2 国産コーヒー市場の動向。日本でコーヒーの木は育つのか?
1)コーヒー豆の栽培事業に成功するためのポイント
まずは、コーヒー豆栽培への参入に成功するためのポイントを紹介します。沖縄コーヒー協会の事務局長・田﨑さゆり氏によると、ポイントは次の2つだそうです。
- 人を巻き込むこと
- 資金計画を練ること
人を巻き込むことの重要性については、次のようにコメントをいただきました。
「コーヒーの木は、秋から春にかけて赤い実をつけて、4日ほどで黒く熟します。これを放置してしまうと、翌年の実がなりません。収益化するためには、木の栽培は400本くらいから始める必要があり、これを収穫するための人手が不足していると、失敗の原因になります。収穫時期だけでも手伝ってもらえるような人手を確保することが、何より重要です」(田﨑氏)
資金計画を練ることの重要性については、次のようにコメントをいただきました。
「台風被害を防ぐためのビニールハウスを建設するなど、コーヒー栽培は多額の初期投資が必要ですが、収穫できるようになるまでに最低でも3年はかかりますから、十分な資金計画を持って挑むことが重要です。まだまだ実績が少ないこともあって、運転資金を理由とした融資がなかなか通らないので、新規で始める方は、本業のある会社か、いわゆる半農半Xのような別に収入源がある方、定年退職後の方であることが多いです」(田﨑氏)
2)コーヒーの木が育つ条件
コーヒーの木を生育するのに最適な環境とされる地域が「コーヒーベルト」。コーヒーベルトは、北緯25度から南緯25度のエリアを意味する言葉で、日本でいうと石垣島や宮古島など、沖縄本島よりもさらに南にある小さな島々が当てはまります。ですが、コーヒーベルトの外側でコーヒーの木が育たないわけではありません。生育条件さえ満たせれば、栽培は十分に可能です。
その条件とは、
- 平均20度ほどの気温
- 強すぎず弱すぎない日当たり
- 恵まれた雨量(水量)
- 水はけのいい土壌
です。ちょっと意外だったでしょうか? コーヒーといえば、南国の灼熱の大地で育つイメージを持たれる人も多いと思います。しかし実際は、直射日光に弱い繊細な植物で、日差しの強すぎる地域では、そばに背の高い木(シェードツリー)を植えて日陰を作ってあげる必要などがあります。たしかに有名な産地にも、ブルーマウンテンやキリマンジャロといった涼しい高地が多く含まれています。
3)日本の栽培適地と、沖縄県における国産コーヒーの動向
国内でコーヒーの栽培に適している地域は、沖縄本島と奄美群島(鹿児島県)です。この地域では、100年以上前からコーヒー豆が個人栽培されていたそうで、近年、本格的な農業としての栽培が始まりました。
沖縄コーヒー協会・田﨑氏へのヒアリングによると、同県における栽培農家は70軒以上で、2023年度(収穫時期:2022年11月~2023年5月)の出荷量は約7トンでした。
近年は、栽培と販売において実績が生まれ、栽培したい人、購入したい人からの問い合わせが急激に増えているそうです。しかし、コーヒーの木は苗を植えてから収穫できるようになるまで3年、本格的な量を収穫できるようになるまで4~5年はかかり、需要の増加に対して供給が全く追いついていないというのが現状です。
4)国内のコーヒー栽培を取り巻く投資
コーヒー2050年問題に対処しようとする大手コーヒーメーカーの支援プロジェクトも進んでいます。
例えば、ネスレ日本(兵庫県神戸市)は、沖縄県名護市や琉球大学と連携、元サッカー日本代表の髙原直泰氏が代表を務める地元サッカークラブの沖縄SV(エス・ファウ)と協業して、「ネスカフェ 沖縄コーヒープロジェクト」を発足(2019年)させました。耕作放棄地の活用支援や、沖縄出身のバンド・HYのオフィシャルサポーター就任(2024年)などを通じた認知度向上にも貢献しています。
味の素AGF(東京都渋谷区)は、2017年、徳之島コーヒー生産支援プロジェクトを始動させました。奄美群島の徳之島のコーヒー農家を支援すべく、コロンビアから農業技師を招いて技術指導を実施したり、収穫祭を主催して島内産コーヒーを身近に感じてもらう取り組みをしたりしています。
5)九州以北でのコーヒー栽培
栽培適地外のはずの本州においても、和歌山県、岡山県、広島県、京都府、千葉県、長野県を始め、なんと山形県や秋田県でも栽培に挑戦している事業者や個人がいます。
大きな課題は生育環境の温度ですが、温室(ビニールハウスやガラスハウスなど)やIT技術をうまく組み合わせたり、ビニールハウス隣接の工場から出た排熱を利用したりと、工夫を凝らして栽培に取り組んでいます。
「凍結解凍覚醒法」という種子をマイナス60度まで半年もの長い時間をかけて凍結・解凍することで、15度程度の気温でも育つようにさせる方法を確立している事例もあり、地域の制限を受けない栽培方法が普及していくことが期待できます。
3 コーヒー栽培に参入するときの規制や制度
法人が農業ビジネスに参入するとき、必要とされる要件は基本的に個人と共通しています。また、コーヒー栽培特有の規制・制度はありません。ただし、農地を所有したい場合は、農地所有適格法人になる必要があります。これらの要件は、以下の通りです。
これに加えて、農地を売買もしくは賃借する場合は、市区町村ごとに設置された農業委員会の許可を受ける必要があります。農地中間管理機構(いわゆる農地バンク)から農地を借り受ける場合は、同機構が作成する「農用地利用集積等促進計画」に必要な書類などを提出し、都道府県知事の認可を受ける必要があります。
さらに、観光農園を始める場合は、観光・体験用の設備、例えば併設カフェ・焙煎体験スペース・トイレ・駐車場などを農地に設置するとき、農地転用の手続きをして、都道府県知事もしくは指定市町村長の許可を得る必要があります。なお、市民農園整備促進法による農園開設の場合には手続きは不要です。詳しくは管轄の市区町村の農業委員会にお問い合わせください。
4 沖縄県における国産コーヒーの活用事例
1)コーヒー豆の卸先は高級サービス店
沖縄コーヒー協会の田﨑氏によると、「高級豆のブルーマウンテンが生豆1万円/キログラムのところ、沖縄県産コーヒーは生豆2~4万円/キログラムが取引相場」とのことで、一般的な飲食店やコーヒーショップにおいて取り扱われることは、今のところめったにないそうです。
購入者の一例として挙げられるのは、着物店のような高級品を取り扱っている会社です。長時間の商談になることが多く、お客様へのおもてなしとして提供する飲み物を少しでも良いものにしたいという思いから、国産で安心できる沖縄県産コーヒーを購入されるといいます。
2)菓子・ジャム・紅茶・ビールの原料に
菓子専門店の亀屋万年堂(神奈川県横浜市)は、自社の代名詞でもある商品「ナボナ」の数量限定フレーバーとして「沖縄ナボナ 珈琲とバター」を2023年5月に発売しました。この商品には、餡(あん)に沖縄県産コーヒー、生地に沖縄県産コーヒーのカスカラパウダー(乾燥させた果肉と皮をパウダー状にしたもの)を使用しています。
このように、コーヒーは豆以外の部分も利用できます。しかし、コーヒーチェリー(果肉部)は可食部が少ないことから食品として利用されることは少なく、海外では堆肥として二次利用される以外には大半が廃棄されることが多かったそうです。しかし近年は、食品ロスの観点から見直され始めており、シロップやお茶が作られています。
とはいえ、海外産は生豆になった状態のものを輸入しているため、コーヒーチェリーやコーヒーリーフ(葉)を利用した商品は、国産ならではと言えるでしょう。国内のコーヒー農園では、コーヒーチェリーのジャムや、リーフティーといった商品も作られ始めています。他にも、琉球大学発のスタートアップ企業・琉球コーヒーエナジー(沖縄県中頭郡西原町)がカスカラをブレンドした「コーヒーチェリービール」を開発するなど、さまざまな商品が生まれています。
3)収穫できる観葉植物としてオフィス導入。観光農園も人気
コーヒーの木は、観葉植物としても有名です。とある企業からは、国産であること、国内の農家から栽培のアドバイスをもらえることに着目して、オフィス勤務の社員全員のデスクにコーヒー苗の苔玉(こけだま)を設置したいという要望があったそうです。卓上の緑に癒やされ、自分で栽培したコーヒー豆を飲むこともできるという、ちょっと変わった福利厚生として企画されました。
体験の観点からは、沖縄コーヒー協会が中心となって、観光農園で豆の収穫・焙煎を体験した後、沖縄県産コーヒーを味わう「コーヒーツーリズム」を提唱しています。現在は、カフェ併設の観光農園で一連のサービスが提供されていますが、コーヒーの価格が安定すれば、地元のカフェや宿泊施設などでも提供されるといったように取り組みが広まっていくことが期待されます。
5 ゆるやかに成長してきたコーヒー市場の動向
コーヒーやコーヒー飲料の売上高の統計を取るのはとても難しいと考えられます。なぜなら、カフェにおけるコーヒーの売上高を調べるならば、飲食物とその他の飲料を分けて集計しなければならないからです。
そこで今回は、消費者の支出金額と豆の消費量の推移を調べることで、コーヒー市場の成長性を確認します。まずは、直近20年間におけるコーヒーの1世帯当たり年間支出金額の推移を見てみましょう。
コーヒーの1世帯当たり年間支出金額は、総務省統計局「家計調査」によると、
2004年がコーヒー3974円だったのが、2023年には6134円(1.54倍)に増加
していることが分かります。これだけでは物価の上昇による変化かもしれないので、コーヒー消費量のデータも見てみましょう。
日本のコーヒー消費量は、全日本コーヒー協会「日本のコーヒー需給表」によると、生豆換算で2004年に42万7949トンだったのに対して、
2023年には40万1627トン(0.94倍)に微減はしていますが、これほど大きな消費量が維持されている
ことが分かります。
最後に、(図表4)を参考にして、直近5年間(2019年~2023年)の動向を確認してみましょう。
2019年以降はコロナ禍の影響により一旦は消費量が減っていますが、1世帯当たりの年間支出金額はむしろ増加しました。自宅でコーヒーをいれる「おうちカフェ」が流行していたことが要因の一つだと考えられます。新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行した2022年には豆の消費量も回復し、コーヒーの根強い需要を示しています。
2023年は、豆の消費量が前年度比7.2%の減少となりました。原因を全日本コーヒー協会にヒアリングしたところ、「価格の高騰が一つの要因になっているのではないか」とのことでした。なお、2024年1月~5月の速報値では、前年度比7.0%の増加となっており、回復基調にあると考えられます。
以上(2024年8月作成)
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