書いてあること
- 主な読者:いわゆる「年収の壁」について正しく知りたい人
- 課題:年収の壁は複数の制度にまたがっており、いくつもあるので全体がつかみにくい
- 解決策:年収の壁は6枚。税制上の壁の「100万円、103万円、150万円、201万円」と、社会保険上の壁の「106万円、130万円」を覚えよう
1 年収によって生じる6枚の壁
年収の壁とは、
税金や社会保険料の負担が変わる境目の年収
です。具体的には次の6枚の壁があります。
年収の壁についてざっくりとしたイメージはあったかもしれませんが、このように表にすると、複数の制度にわたっていて複雑であることが分かります。また、近年は、共働き世帯の増加など家庭内の所得構成の変化を背景に、年収の壁に関係した制度改正や支援策導入が活発です。
年収の壁は、
- 従業員個人にとっては、本人、配偶者、子供の働き方次第で手取りが変わってくる要因
- 会社にとっては、パート等のシフト調整や勤怠管理をする際に考慮すべき一定の基準
になりますので、きちんと理解をしましょう。この記事を従業員に読んでもらうのも、有益な情報提供になるでしょう。
2 税制上の壁:100万円、103万円、150万円、201万円
1)100万円の壁
100万円の壁は、住民税が課税されるか、されないかの境目となる壁です。年収が100万円を超えると、住民税が課税されます。住民税は前年の所得を基に計算されるので、実際に納税(給与を受け取っている人は給与から徴収)するのは、100万円を超えた翌年6月以降です。
住民税は、都道府県民税と市町村民税に分かれ、それぞれ「均等割(均等に一定額が課される)」と「所得割(その人の所得を基に課される)」によって計算されます(東京23区内の法人都民税は、法人市町村民税分を分けず、合わせて計算されます)。標準税率は、
- 均等割:都道府県民税が1000円、市区町村民税が3000円の合計4000円(2024年度より森林環境税が1000円課税されます)
- 所得割:都道府県民税が4%、市町村民税が6%の合計10%
です。標準税率とは、地方税法で定められた税率のことです。各自治体が一定の範囲内で標準税率と異なる税率(制限税率)を定めることができるため、お住まいの自治体によって税率が異なる場合があります。
2)103万円の壁
103万円の壁は、所得税が課税されるか、されないかの境目となる壁です。年収が103万円を超えると、所得税が課税されます。実際は、月給が8万8000円を超えると、支給される給与から所得税が差し引かれます。もし、年収が103万円以下の年に、たまたま月給が8万8000円を超えた月があるときは、年末調整(年末時点の年収から正確な所得税を計算し、精算する処理)または確定申告をすることで、差し引かれる必要のない所得税を返してもらえます。
所得税の税率は所得額に応じて異なり、所得額(年収から控除額を控除した金額)の区分別に5~45%で、所得額が高くなるにつれて税率が上がります。最小の税率(5%)は、所得1000円~194万9000円までの区分に適用されます。
103万円という金額は給与を支給される人(一定の人を除く)が受けられる控除である、
- 基礎控除の48万円
- 給与所得控除の55万円(給与所得が180万円以下の場合受けられる控除の最低額)
の2つの控除の合計額(103万円=48万円+55万円)です。控除額の合計額が103万円以内の年収であれば、所得は0円扱いとなり所得税が掛からないというわけです。
年収 103万円-給与所得控除額 55万円-基礎控除額 48万円=所得額 0円
3)150万円の壁と201万円の壁
150万円の壁は、配偶者特別控除の満額である38万円を受けられるか、受けられないかの境目となる壁です。配偶者特別控除は、一定の所得範囲の配偶者がいる納税者が受けられる控除です。
納税者本人(扶養者)をA、その配偶者をBとします。配偶者Bの年収が150万円を超えると、控除額は段階的に減少し、納税者Aの税負担が増えていきます。また、納税者Aの収入金額によっても控除額が異なり、原則1195万円(所得金額が1000万円)を超えると、配偶者Bの所得に関係なく、配偶者特別控除は受けられません。
201万円の壁は、配偶者特別控除が受けられるか、受けられないかの境目となる壁です。配偶者Bの収入金額が201万円(正確には201.6万円)を超えると、配偶者特別控除が受けられず、納税者Aの税負担が増えます。
3 社会保険上の壁:106万円、130万円
1)106万円の壁
106万円の壁は、一定の規模以上の会社における社会保険(健康保険、厚生年金保険)への加入義務が発生するか、しないかの境目となる壁です。パート等(パート、アルバイト)は「週の所定労働時間または月の所定労働日数が、正社員の4分の3未満」であれば社会保険には加入しませんが、次の1.から5.を全て満たす場合については、被保険者(社会保険の加入者)になります。
- 会社規模:勤務先の従業員数(厚生年金保険の被保険者数)が常時100人超(2024年10月1日以降は50人超)
- 給与収入:所定内賃金が月額8万8000円以上(8万8000円×12カ月≒106万円)
- 労働時間:週の所定労働時間が20時間以上
- 雇用期間:継続して2カ月を超えて使用される見込み
- 適用除外:学生でない
これらの要件のうち、2.の給与収入が「106万円の壁」です。
社会保険料は、「標準報酬月額(月の収入を一定幅で区分したもの)×保険料率」で計算します。ここでは、健康保険の保険者が全国健康保険協会(協会けんぽ)である会社の場合を紹介します。協会けんぽでは健康保険料率が都道府県支部ごとに異なりますが、例えば東京支部では
- 健康保険料率:9.98%(40歳以上の場合、介護保険料分の負担が加わり11.58%)
- 厚生年金保険料率:18.3%
となっています(2024年度)。社会保険料は会社と従業員が半分ずつ負担するので、収入の14~15%程度が、従業員の自己負担分として給与から差し引かれます。
2)130万円の壁
130万円の壁は、社会保険の扶養に入れるか、入れないかの境目となる壁です。パート等の年収が130万円を超えると、そのパート等は配偶者らの扶養から外れ、勤務先の社会保険に加入しなければなりません(勤務先で加入しない場合、自分で国民健康保険料や国民年金に加入)。つまり、それまで負担しなくてよかった保険料を、負担しなければならなくなるということです。
106万円の壁には会社規模(従業員数)の要件がありますが、130万円の壁は全ての会社で働く人が対象です。ただし、国の施策により、一時的な増収により年収130万円を超えたと認められる場合、一定期間、配偶者らの扶養にとどまることができる措置が取られています(後述)。
4 政府による年収の壁への支援策
働く人にとって年収の壁は切実です。壁を越えないように働く時間を調整することが多く、これが人材不足に拍車をかけていると指摘されています。そこで、2023年10月から「年収の壁・支援強化パッケージ」と呼ばれる
年収の壁(106万円の壁・130万円の壁)に対する支援策が開始
されています。具体的には、
- 106万円の壁に対する支援:賃上げや労働時間(週所定労働時間)の延長などを取り組む会社に対して、1人当たり最大50万円(最長3年間)の助成金を支給
- 130万円の壁に対する支援:繁忙期に残業が増えるなどにより一時的な増収があった場合、連続2年間は扶養にとどまれる措置
です。なお、今のところは2023年10月から2年間だけの期間限定の支援策とされていますが、経済的な効果や反響によっては延長される可能性などもあるため、今後の動きにも注目しておきましょう。
以上(2024年8月作成)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ)
(監修 社会保険労務士法人AKJパートナーズ)
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画像:ChatGPT