書いてあること
- 主な読者:事業承継の具体的な効果や手続きを知りたい経営者
- 課題:事業承継対策として、従業員持株会の作ることのメリットを知りたい
- 解決策:従業員持株会に社長が保有する自社株式を売り渡せば、事業承継コスト(贈与税)などを減らすことができる
1 事業承継に従業員持株会を活用する4つのメリット
従業員持株会を作ると、事業承継対策として次の4つのメリットがあります。
- 事業承継コスト(贈与税など)を減らすことができる
- 従業員の愛社精神や業績貢献意欲を向上させられる
- 株主権の管理が効率的にできる
- 株式の分散防止ができる
1)事業承継コスト(贈与税など)を減らすことができる
社長が保有している自社株式を従業員持株会に売り渡せば、事業承継コスト(贈与税など)を減らすことができます。
例えば、株式の相続税評価額が1億円のX社の株式を社長が100%保有しているとします。これを後継者である長男に、相続時精算課税(相続資産から控除できる金額が最大2500万円、かつ税率が一律20%となる相続税の前払いのような制度)を活用して贈与する場合、
1500万円(=(1億円-2500万円)×20%)の贈与税の負担
となります。
これが従業員持株会を活用し、社長の株式を従業員持株会に30%を売り渡すと、社長の保有割合は70%、相続税評価にして7000万円(1億円×70%)となります。従って、相続時精算課税を活用して贈与する場合、
900万円(=(7000万円-2500万円)×20%)の贈与税の負担
となり、
贈与税負担が40%軽減
されます。
社長が保有する自社株式を従業員持株会へ売り渡す場合、類似業種比準価額などで計算した場合よりも価額が安い、配当還元価額(自社の配当金額と資本金を基に算出する方法)を採用できます。
従って、従業員持株会を利用すると、社長は有利な譲渡対価で保有株式の割合を減らすことができるのです。
2)従業員の愛社精神や業績貢献意欲を向上させる
従業員持株会を通じて自社株式を保有する従業員に、業績に応じた配当を出すことで、愛社精神を高めたり、業績に対する意欲を向上させたりすることができるでしょう。
従業員持株会が保有する株式について、優先配当を行う仕組みを導入することもできます。具体的には、種類株式を設定するか、株式の属人的定めという制度(株主ごとに異なる取り扱いができる株式)を活用します。
3)株主権の管理が効率的にできる
従業員持株会は、従業員持株会規約などで株式の所有権を理事長に信託しているケースがあります。従業員持株会は民法上の組合なので、組合財産である株式は組合員の共有となりますが、株主名簿に組合員全員の名前を記載するのは事務作業的な負担が大きいです。そこで、形式的な所有権は従業員持株会の代表者である理事長にあるとするために、株式を理事長に信託譲渡する仕組みを取ります。
株式の所有権が理事長にある場合、他の組合員は理事長を通じて議決権を行使したり、閲覧権を行使したりすることになるので、不適切な株主権の行使を防げます。
4)株式の分散防止ができる
従業員持株会規約で、
会員(従業員)が会社を退職する際は、出資持分の払い戻しを受けてから退職し、株式を組合外に持ち出すことを禁止する
ことを定めれば、従業員の退職による株式の分散を防止できます。
2 従業員持株会を発足させるための手続き
1)従業員持株会の発足
従業員持株会は民法上の組合契約です。組合契約は、一定の事業を複数の者が共同で行うことを合意することで成立します。従業員持株会は株式を共同保有するものなので、そのルールとして従業員持株会規約を定めます。規約の主な内容は次の通りです。
- 出資単位:従業員が持株会に金銭を出資する際の単位で、通常は額面金額とする
- 参加資格:勤続5年以上や課長職以上など、各企業の事情に応じて設定する
- 組合組織:理事や監事などの役員の選出方法、任期、理事会の運営方法などを定める
- 退職時のルール:退社する際は出資持分が払い戻され、株式の持ち出しを禁止する
従業員持株会規約ができたら、このルールに従って株式を共同保有することを合意して従業員持株会が発足します。最初は少人数で合意して従業員持株会を発足させ、その後に参加資格がある従業員に持株会への出資を募集します。
2)奨励金の支給
従業員持株会は社長(会社)にもメリットが大きいため、従業員による出資金の一部を会社が奨励金として支援することがあります。出資金の10~30%程度の奨励金を支給するケースが多いです。
3)株式譲受け
こうして従業員持株会の実体ができると社長から株式の譲渡を受け、以後、共同で株式を保有していきます。
3 作る前に再確認。従業員持株会の3つのポイント
1)経営権の弱体化の懸念
たとえ少数でも、株式を従業員に保有させることは経営権の弱体化につながります。1株でも保有すれば、株主総会議事録、取締役会議事録、株主名簿を見ることができますし、取締役に違法行為があれば、株主代表訴訟(株主が会社に代わって取締役などの責任を追及する訴訟)を提起して、会社の損害を回復するよう求めることができます。また、保有株式が3%を超えると会計帳簿を見ることができますし、取締役の解任訴訟を起こすこともできます。
こうしたデメリットを避けるには、従業員持株会の保有株式を議決権のない株式などに転換することが考えられます。とはいえ、全ての株主に与えられる権利を封じることはできません。
2)形骸化の懸念
従業員持株会を作ったけれども、従業員側のメリットが少なく、参加する従業員が減ってしまい、従業員持株会が形骸化してしまうことがあります。株主名簿上は従業員持株会が株式を保有しているにもかかわらず、従業員持株会の組合員が存在しないケースもあります。
このような状態となると従業員持株会は名義株とみなされ、実体は経営者がそれらの株式を保有しているとみなされる危険性もあります。その場合、メリットを受けることはできないので注意が必要です。
3)M&Aの対価により生まれる従業員間の不満
従業員持株会を作った後にM&Aが行われる場合、株式譲渡対価の何割かを従業員に交付することになります。従業員には雇用契約によって賃金や賞与が支給されていますが、偶然、M&Aが行われると、想定外の株式譲渡対価を得ることがあるのです。従業員持株会は、そもそも配当還元価額という非常に安い値段で株式を取得したにもかかわらず、その何十倍もの株式譲渡代金を受領してしまうと、不公平感を抱く従業員が出ることも懸念されます。
以上(2023年6月更新)
(執筆:日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 福崎剛志)
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画像:Mariko Mitsuda