書いてあること
- 主な読者:経理人材の育成や、経理部全体の効率化に悩む中小企業のマネジメント職
- 課題:「属人化の排除」や「作業の標準化」といった本来は改善活動の手段(通過点)にすぎないことが、目的にすり替わってしまうケースがよく見られる
- 解決策:経理の「実務3種の神器」であるフォーマット、分担表、スケジュール表を改善し、活用することで効率的な改善活動を行うことができる
1 改善のための「手段」が「目的」になっていないか
業務改善と人材育成を両立させることが経理管理職にとって大変重要です。具体的には、実務で使うことが多いフォーマットやスケジュール表などを用いて、どのように業務改善しながら、人材育成につなげるのかが肝になってきます。まず業務改善に取り組む際は、
手段と目的を取り違えない
ことです。
よく、「属人化の排除」とか「作業の標準化」といったキーワードが、経理部内で業務改善に取り組む際に聞かれます。しかし、これらはあくまでも、通過点にすぎないということを常に覚えておいてください。これらを通じて本来達成したいことは、
効率化や正確性の向上
ではないでしょうか。手段であるはずの「属人化の排除」や「作業の標準化」が目的にすり替わってしまったケースを実際に見かけます。例えば、年に1回しか発生しない年度決算の作業について、完璧なマニュアルを1週間かけて作成したメンバーに皆さんはなんと声を掛けますか?
このような事態に気がつき止めることができるのは、管理職の皆さんだけです。自分のチームが、効率化のために「非効率」な改善活動を行うことがないよう、豊富な経験と部全体を見渡せる広い視野を使って、正しい方向に導いていきましょう。
2 経理部門の「実務3種の神器」とは
それでは、効率的な改善活動とは、どんなことを行えばよいのでしょうか。
おすすめは、経理の「実務3種の神器」と私が呼んでいる3種類の資料を中心に、見直すことです。その3つとは、
- フォーマット(経理作業の過程や結果を記録したエクセルなどのワークシート)
- 業務分担表
- スケジュール表
です。フォーマットはもちろん、残り2つも皆さんの会社でも使われているのではないでしょうか。
改善に失敗しないポイントはここにあります。
新しいものを作らず、「ありもの」を手直し
します。多忙な中で業務改善を進めるには、ハードルを下げすぎるくらいに下げたほうがよいのです。そうでないと途中で挫折してしまいます。まじめな方ほど、「せっかくの機会だから、今使っているスケジュール表をゼロから見直したい」と思うかもしれません。その気持ちはよく分かります。しかし、私たちには十分な時間はないのです。そのために改善に取り組んでいるのですから。特に管理職の皆さんは、そのことを常に頭に入れて、自分もチームも「完璧主義」を目指さずに、代わりに「効率化」や「正確性向上」という本来の目的からブレないよう取り組んでいきましょう。
3つの資料のうち、とくにフォーマットはメンバーの業務の内容や方法を改善するのに直接効果があります。具体的には、
作業時間の短縮やミスの再発防止
につながります。なぜなら、フォーマットは、何を(WHAT)どう(HOW)やるかが記録された資料だからです。
一方、業務分担表とスケジュール表は、皆さん管理職にとって非常に役立つ資料です。これらを使えば、
チーム全体について客観的かつ網羅的に把握する
ことができます。
業務分担表は誰が(WHO)やるかを示し、スケジュール表はいつ(WHEN)やるか、を表します。このように、人手と時間という私たちに圧倒的に足りない2大資源を活用するには、まずは現状を捉えることが必要です。そのためにはこの2つが羅針盤として役立つことは想像できると思います。
3 神器その1:フォーマット
フォーマットは、経理作業の過程や結果を記録した資料です。会社ごと、ときには個人ごとに異なるものをお持ちだと思います。そこで、フォーマットについて、シンプルで実践しやすい改善ポイントをお伝えします。皆さん自身がフォーマットを作成するときはもちろん、メンバーにOJT(On the Job Trainingの略で、実際の仕事を通じて、業務上の知識やスキルなどを身に付けさせる育成方法)で指導するときの参考にしてください。
まず、
フォーマットの上で、出力箇所と入力箇所をはっきり分かる見た目に整えること
です。例えば、エクセルシートでどのセルが最終結果なのか、そしてそのためにデータを入力したのはどのセルか、一目で分かるよう、セルの色を使って色分けするのもいいでしょう。
この方法は、セルだけでなく、シートに対しても使えます。経理が作成するフォーマットは複数枚のシートにわたることも多いため、シートタブの色分けをすることで、シート間の流れが分かりやすくなります。
まさに、作業の流れが分かるようにすることが目的なのです。その結果、管理職である皆さんがフォーマットの中身を確認しやすくなり、ミスの発見につながります。さらに、担当を変更する際の引き継ぎもスムーズになりますので、属人性をなくす効果もあります。
フォーマットについては、「マニュアルを作った方がいいか」という質問もよくいただきます。わたしは、必ずしも必須ではないと考えています。確かに属人性をなくす効果は高いのですが、作成にかかる工数が多いため、前述の「非効率な効率化」になりがちだからです。
立派なマニュアルを作る代わりに、フォーマットに直接書き込むこと
をおすすめします。例えば、入力箇所のそばのセルに直接書き込んだり、メモ機能を使ったりするのもよいでしょう。このとき、必ず書いてほしいのは、
「どの資料から」「どの数字を」持ってくるか
の2点です。わたしたちの仕事は数字を扱うため、どこかから数字を入手して、それを加工する作業が非常に多いのです。
完璧を目指さずに、メリハリつけてこれらの点を押さえるだけでも、6~7割程度の課題は改善されると私の経験上感じます。つまり、フォーマット次第で、業務の正確さと効率は大きく変わるのです。皆さんも、口頭だけでは引き継ぎを受けた内容を記憶して実践するのは難しいという経験をお持ちではないでしょうか。「目に見える」フォーマットというのは、後から誰が見ても、理解し実践することができるのです。
目に見えるものが残り、引き継がれていく。
業務の属人性や正確さを改善したい管理職の方は、この大原則をぜひ覚えておいてください。
4 神器その2:分担表
分担表は、誰がどのような業務を担当しているかを一覧にした資料です。なかには作っていないというケースもあるかもしれません。その場合には、とりあえず6割のものを作ることから始めてみてください。気付いたときに内容を更新して、精度を上げていけば十分です。
分担表の目的は、
業務の全体を俯瞰(ふかん)すること
にあります。例えば、特定のAさんに作業の遅れが目立つ場合、分担表でAさんの業務を確認することで、業務の量や質がすぐに分かります。管理職であれば、誰がどのような業務をしているかは、頭の中に入っているという方もいるでしょう。しかし、私自身の管理職経験を考えても、目立つ業務は覚えているものの、すべての業務を把握するのは難しいと感じます。何か問題が生じたときには、もれなく状況を把握する必要がありますので、自分の勘や記憶に頼るべきではありません。
さらに、私自身が役に立ったと感じたのは、実は業務量が少ないメンバーを見つけることができた点です。日頃とても忙しそうにしていたので当初は気が付かなかったのですが、分担表を改めて確認したところ実はそれほど業務が割り当てられていなかったという経験があります。業務負荷が大きい場合には減らし、逆に小さい場合には能力なども見つつ増やすという、まさにチーム運営のツールに使えます。
また、ある人が同じ業務を長い期間やっていることに気が付く場合もあるでしょう。その場合には分担を替えるなど、人材育成の観点でも活用できます。特に若い方はキャリアアップに熱心ですので、上司として、各人の成長をサポートする方法を考える必要性を強く感じます。キャリアの話から入るのはハードルが高いと思いますので、ぜひ馴染みのある分担表をきっかけに会話を重ねてみてはいかがでしょうか。
5 神器その3:スケジュール表
スケジュール表は、いつどの業務が予定されているかが一覧できる資料です。会社によっては、分担表とまとめて1枚のこともあります。
スケジュール表の目的は、
作業間の関連を明確にしたり、ボトルネックを特定したりすること
です。経理の仕事は、期限が決まっていることが多いため、もし特定の作業が遅れた場合にどのような影響があるのかを把握し、対処するのに役立ちます。
同時に、メンバーのマネジメントの観点からも意味が大きいものです。業務量が多くなる時期がいつなのかがあらかじめ分かれば、メンバーに労働時間を増やしてもらったり、可能であれば臨時の人手を入れたりすることもできるかもしれません。メンバーにとって不満要因になりやすいのは、想定外に負荷がかかることです。あらかじめ時期や忙しさが見通せて、実際にその範囲でおおむね収まれば、繁忙期であっても意外に不平不満にはつながらないと、経験から感じます。そこで、計画としてスケジュール表を作るのも大事ですが、実績を記録して、計画との違いを把握し、対処をすることで改善しましょう。決算数値に対して行う予算実績比較と同じです。
管理職の皆さんにとって分担表とスケジュール表は、業務の改善と人材育成の両面から、大きな武器になります。とくに、分担表はメンバーの満足度を上げるために、スケジュール表は不満要因を減らすのにつながります。現状に何か課題を感じている場合には、これらのありもののツールをまずは眺めてみるところから、ぜひ始めてみてください。
以上(2023年6月作成)
(執筆 管理会計ラボ株式会社 代表取締役・公認会計士 梅澤真由美)
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画像:Kittiphan-shutterstock