書いてあること
- 主な読者:経理人材の育成や、経理部全体の効率化に悩む中小企業のマネジメント職
- 課題:テクノロジーを活用した新しい道具が次から次にでてくるので、どのように対応すればよいのか悩んでしまう
- 解決策:新しいものには一先ず手触りだけ知るようにする。ただ、道具はあくまで解決策の一つであり、課題を解決するための手段でしかない。大切なのは、優先順位を間違えないこと。
1 話題のChatGPT、経理管理職としてどう捉える?
皆さんは、ChatGPTは使ってみましたか。新聞などでChatGPTをはじめとした生成AIに関する記事を目にしない日はないほどに、急速に話題になっています。この生成AI、経理の「新しい道具」に近い将来なるのではないかと私は考えています。
実際に、経理で使ってみた方の意見を聞くと特に評価が高いのが、
エクセルVBA(エクセルの機能を拡張するプログラム言語)などプログラミングへの利用
です。従来、マクロなどの機能を使いたくても、プログラムが書けないという悩みがよくありました。しかし、ChatGPTを使ってうまく指示できれば、プログラムを自動で書いてもらえ、望む機能をすぐに実現できるといいます。つまり、ChatGPAの「プログラム翻訳」機能は、高く評価できるようです。
それ以外にも、メンバーと1対1で行う面談(1 on 1)において、
論点の抜け漏れがないよう、項目出しをしてもらうという使い方
をしているという話を聞きました。例えば、ChatGPTに「あなたは小売業の経理部門担当者です。小売業の事業をより理解した上で経理業務を行うためには、どのような項目の学習をしたらいいでしょうか?」といった質問をします(よければ、実際にこの質問をChatGPTで試してみてください。実際にわたしも試して、重要な論点が網羅的にカバーされている結果だという印象を受けました)。
このように、実際に業務への導入をすぐにと考えずに、気軽に「手触り」だけでも知ることが大事です。どんな風に使うのか、その使い勝手や癖も含めていったん体験しておくと、今後、他社で活用事例が増えていった際に、自分のアンテナに役立つ情報が引っ掛かりやすくなります。
また、メンバーと一緒に試してみるのもいいと思います。ひょっとしたら、デジタルネイティブと呼ばれる若手メンバーは、乗り気で試し、今後の活用も色々考えてくれるかもしれません。メンバーの強みを伸ばし、同時に経理業務の改善にもつながれば、まさに一石二鳥といえます。
2 新しい「道具」とどのように接するか
ChatGPTに限らず、この10年の間に、テクノロジーを活用した新しい「道具」が経理の世界には多数登場してきました。例えば、OCR、RPA、BIツールなどです。これだけたくさんあると、それぞれの役割やメリットを自分自身の言葉で説明できないものや、実際に見たことがないものがあると思います。
現実問題として、「電卓と会計システムとエクセルだけが経理の道具」という時代は終わりを迎えようとしています。ただし、これは悲観すべきことではなく、劇的に便利な選択肢が増えるというだけの話です。「ドラえもん」に描かれた世界が暗いわけではないことを考えても想像いただけるのではないでしょうか。
次から次に登場する新たな道具も、先ほどのChatGPT同様に、まずは軽く「手触り」してみましょう。例えば、無料版が提供されているものであれば、それを試すのもいいでしょう。他には、「経理Expo」といった見本市に出かけてデモンストレーションを見たり、実際に触って担当者に質問したりするのもいいと思います。
ただ、闇雲に選択肢を増やせば良いというわけでもありません。このような状況下で、容易に優先順位を付けたいのであれば、
取引先など身近な会社がすでに導入したもの
から始めるのがいいでしょう。例えば、最近はインボイス制度対応により請求書管理の仕組みを変えるために、登録などの依頼が来ていると思います。身近な道具であれば、
- 利用場面やメリットを想像しやすい
- 自社に導入した場合の効果が見えやすい
- 導入例が身近ゆえ、現場でも受け入れられやすい
- 安全性が確保されやすい
などの利点があるからです。
3 道具の前に、必ず押さえるべき2つのこと
ここまでテクノロジーを使った「道具」の話をしてきましたが、これはあくまでも解決策の一つにすぎません。本当に大事なのは、
解決策をあれこれ探すことではなく、課題を解決すること
です。私たち経理にとって、解決すべき課題は正確さや効率の向上に関するものがほとんどです。だとすると、まずは、何が原因でこれらの課題が生じているのかを明らかにするのが最優先であるため、解決策としての道具の話は後から出てくるべきといえます。
とはいえ、どんな道具があるかを分かっていれば、問題解決も考えやすいという側面があるのも事実です。そこで、経理管理職にとっては、「課題」と「解決策」の両面を押さえておくと実務的には効率的です。
「課題」を解決するには、会社の業務自体や内容を把握し、何が問題かとおおよその解決の方向性までを考えなければなりません。「解決策」は、課題を解決するために出てくる多数の方法で、業務のやり方の場合もあれば、前述した道具の場合もあります。
「課題」が何かによって、その道具が解決策として合っているのかも変わる
ことをしっかり認識しましょう。
4 業務改善の優先順位の付け方
課題が多すぎて、どこから手をつけていいのか分からない場合もあるでしょう。このようなときは、優先順位付けをして、影響度合いが大きいものからやるべきです。多忙な中では、目がついた箇所から闇雲に改善に取り組むのは得策ではありません。つまり、最近よく言われる「タイパ」(タイムパフォーマンス)を考慮します。要点となるのが、
- 頻度
- 手作業
- 2つの“ふく”(重複と反復)
の3点です。
経理における影響度合いには、まず頻度が大きな要素です。経理の業務には、日次、週次、月次、四半期次、年次と色々頻度のパターンがあります。年に1度の業務よりは、毎日行う業務を効率化した方がいいということは想像しやすいと思います。これは、業務改善の取り組み自体の効率の良し悪しにつながります。
別の観点でみると、システムをあまり活用せず、主に手作業で行っている業務も、優先的に業務改善をすべきです。手作業ではミスが生じやすく、また時間がかかることが多いからです。
つまり、頻度という観点は「効率的」な業務改善に結びつき、この手作業という観点は「効果的」な業務改善にひも付きます。
さらに、業務改善すべき箇所を見つけ出すコツは、「2つの“ふく”」に注目することです。2つの“ふく”とは、複数のメンバーが同じまたは似た業務を行う「重複」と、同じ人が何度も同じ業務を繰り返す「反復」のことです。
重複は担当者のあいだで問題が生じやすく、反復は本人から不満が生じやすい
という特徴があります。管理職にとってはいずれも頭の痛い問題です。しかし、裏を返せば、頻度が高く、作業の型が決まっていることが多いので、実は業務改善にはうってつけの対象です。
5 業務改善は、人材育成のチャンスの宝庫
おそらく、ここまで述べた業務改善に関するコツの話は、一定の経験ある管理職であれば、新しい学びは正直なところ多くないと思います。ここでむしろ押さえていただきたいのは、
業務改善の取り組みを活用することは人材育成にも大きくつながる点
です。業務改善のスキルというのは、皆さんも経験を通じて身につけたものであり、言語化されていないことが多く、だからこそ伝えていくことが大事なのです。どうやって問題点を見つけるのか、なぜその解決策を選ぶのかは、これからの時代の経理に求められるスキルになるはずです。業務改善というと、とかくやり方の変更や道具といった形式的なテクニックに目が行きがちですが、実は管理職の皆さんの思考過程こそに価値があります。
これまでの経理は、例えるなら、自分で作業する「大工」でしたが、これからは全体を設計する「建築士」になっていくことと思います。この非常に大きな変化のなかで、メンバーがより付加価値が高い業務を行えるようにすることが、そしてそのような人材を育てられることが管理職の皆さんにとって求められています。ChatGPTなどの新しい道具も解決策の一つにすぎません。すでにお持ちのご自身の業務改善スキルの枠組みの中で整理して、活用することは十分に可能です。人材育成の観点でも何重にも活用できる業務改善という機会を上手につかって、無理のないところから取り組みを始めてみましょう。
以上(2023年7月作成)
pj35152
画像:Shutter z-kittiphan-shutterstock