書いてあること
- 主な読者:経理人材の育成や、経理部全体の効率化に悩む中小企業のマネジメント職
- 課題:人材育成に外部のツール(セミナーや書籍)を使っているが、成果が出る使い方を知りたい
- 解決策:セミナーは講師のプロフィール、目次、対象者に着目し、レベルのあったものを選び、事前の準備や事後の共有方法を明確にする。書籍は実際の業務への関連性が高い部分を指定してあげる
1 外部のツールを活用して管理職本来の業務に集中しよう
今回は、
外部のツールを活用した人材育成
についてお話しします。人材育成というと、管理職の皆さんにとっては、膨大な時間と労力がかかり、負担に感じがちです。しかし、外部のツールを使うことで、皆さんの負担は軽減されますし、より有用な知識を身につけてもらうことができます。分かることをすべて自分で教える必要はなく、一般的な内容であれば外部のツールを、社内特有の内容であれば他のメンバーをというように、内容に応じた伝達方法を適切に設計することの方が、管理職には求められます。
そこで、今回は外部のツールの中でもよく利用されているセミナーと書籍について、人材育成につながる使い方を紹介します。
2 いいセミナーの見分け方
多くの場合、知識を習得するためにセミナーを受講すると思います。セミナーの効果を上げるために大事なのは、自社や受講される方に合ったセミナーを選ぶことです。
例えば、「この先生は有名だから」といった理由でセミナーを選ぶ方がいますが、実際に受講される方のニーズや習熟レベル次第では無意味になってしまう場合があるのです。私自身もセミナー講師をしているため、受講者と講義内容のミスマッチが生じるケースを目にして、時間と費用がもったいないと感じることもしばしばです。
セミナー受講を決める際には、パンフレットを見るはずです。書かれている内容を見て、受講者に合ったものかどうかを確認しましょう。具体的には、次の3点を確認することで、セミナーの成果は大きく上がります。講師の立場からすると、セミナー内容に適した方に来ていただくために、工夫して書くことが多いのもこの3点といえます。
- プロフィール
- 目次
- 対象者
プロフィールを通じて、その講師がその内容を語るにふさわしいかどうかが分かります。公認会計士や税理士だからといってすべての分野に精通しているわけではなく、得意分野は人それぞれです。また、得意分野というからには、これまでの経歴の中でその分野の経験を積んでおり、その旨がプロフィールに書かれているはずです。つまり、プロフィールを通じて、そのセミナーのテーマを解説する資格があるのかどうかを判断できるのです。
また、なぜ得意分野とする講師のほうがいいかといえば、そうでない講師に比べて、分かりやすい説明や実務のコツなどを聞くことができるからです。特に、詳しく理解したい場合にはこだわった方がいい点といえます。
さらに、目次に目を向けて、自分が知りたい内容がそのセミナーに含まれていることを確認することも大事です。例えば、インボイスをテーマにしたセミナーといっても、制度や仕組みの概要、会社での取り組み方とスケジュール、システムでの対応など人により聞きたいことはさまざまです。セミナーの限られた時間の中ですべてを網羅するのは現実的ではないため、セミナーの中で特に力を入れている項目を見つけることができます。
また、セミナーによっては対象者を明示してくれる場合もあります。同じ経理職といっても、経験や知識はさまざまです。多くの場合、講師は受講者の経験や知識に関して、特定のレベルを想定して話すため、あまりにレベルが合わないと、講師が使う用語が分からないという場合もあるでしょう。パンフレットに表示されている対象者に合致しない場合は参加を見送る方がいいかもしれません。習熟レベルは、メンバー自身よりも、経験豊富な管理職の皆さんの方が客観的に判断できると思いますので、助言するのもよいでしょう。
3 セミナーは、事前事後こそが大事
メンバーと相談の上、受講してもらうセミナーが決まったら、事前の準備も重要です。セミナーに誰かを参加させるのは、会社に不足している知識を得ることが目的の1つです。たとえ、新任経理向けの基礎研修だったとしてもそうです。むしろ、基礎的な知識ほどベテランの皆さんにとってはどこからどう説明したらいいのか分からないという面もあります。
加えて、セミナー参加には人材育成の側面もあります。1つのセミナーには、会社から1名だけが参加するケースが多いものです。ですから、
セミナーの前後を通じて、会社にとって必要な情報は何なのかを理解し、セミナーで得た情報を会社に持ち帰って共有する
という、この一連の過程を自分の力で達成することができれば、セミナーで紹介された知識に加えて、「知識を習得する」スキルを同時に身につけることができるのです。
このスキルを身につけるには、人によっては管理職の皆さんの助けが要るでしょう。例えば、経験が浅いメンバーには、解決したい具体的な事項を事前に言葉にして3つほど伝えてみるのもいいでしょう。セミナー参加後には、部門の会議で、セミナーで新たに得た情報を共有してもらうのもおすすめです。本人にはプレゼンテーションの練習になりますし、残りのメンバーも知識を吸収できて、一石二鳥です。必要に応じて管理職の皆さんが説明をサポートしてももちろん構いません。
このように、事前と事後の取り組みを行うことで、メンバーはセミナー中も集中して聞くことができるはずです。
4 セミナー中のメモは最小限に、講師への質問は積極的に
セミナー中によく講師の発言を熱心にメモする方を見かけますが、議事録を作るようにメモしながら、頭の中で情報を咀嚼(そしゃく)するのはなかなか大変です。そこでおすすめなのは、自社あるいは自分でやってみたいと感じた情報だけを中心にメモをとるというやり方です。そうすることで、セミナーが終わったあとには、自社オリジナルのアクションリストが出来上がります。
また、あらかじめ知りたいと思っていたことが講義内で触れられなかった場合には、遠慮なく質問しましょう。多くの講師は、熱心に聞いてもらったからこそ質問が出ると感じ、歓迎します。セミナーは会社の問題解決手段の1つなのですから、専門家から直接助言を受けられる機会を有効活用しましょう。同時に、専門家との対話スキルを身につけるきっかけにもなるはずです。経理の世界では、皆さんご存じのように、専門家に支援をしてもらう機会が多くありますので、そのスキルの練習にもなります。
5 書籍の選び方と活かし方
経理の仕事は、簿記に始まり、会計基準や税法など理論を理解することが必要なので、勉強は不可欠です。管理職の皆さんがすべて説明しようとすると、時間がいくらあっても足りません。助けとなるツールを使うのが現実的でしょう。
セミナーに比べて書籍特有のメリットもいくつかあります。
- セミナー以上に体系立って理解ができること
- いつでも再確認できること
です。特に、経理の現場で作業をしながら、どういうことだったかなとすぐに書籍を確認できるのは、書籍ならではです。ちなみに、調べるという点では、ネット検索が楽ですが、その情報が正しいかどうかの確認をしなければならず、結局手間がかかってしまうケースも多いです。
新しい業務を割り当てた場合に、ぜひ参考になる書籍も合わせて提供するのもいいと思います。私も管理職時代には、メンバーには、読むべき章を指定して書籍を渡すようにしていました。書籍1冊丸ごとだと、初めてその業務を担当する人には負担が大きいものです。そこで、実際の業務への関連性が高い部分を中心に、一、二章だけ指定すれば、積極的に読んでくれました。
さらに、書籍の中から適切な章を選ぶのも大事ですが、それ以前に適切な書籍を選ぶことはもっと大事です。これもセミナー選びと共通しますが、自分に合った書籍を選ぶには、自分の知識レベルを客観的に把握する必要があるため、結構難しいものなのです。そこで、メンバーには、なぜこの本を選んだかという理由を丁寧に説明しつつ、適切な書籍を紹介するといいでしょう。
なお、経理分野の書籍は種類によって使い方が異なることも、メンバーには注意を促したほうがいいかもしれません。例えば、税法や会計基準を網羅的に載せた辞書のような本もありますが、これらは前から読むのはお勧めしません。何か調べものがあるときに、まさしく辞書のように「引く」本といえます。経験を積んだ皆さんであれば、当たり前のことかもしれませんが、メンバーにとってはまだ気がつかない場合もあります。
業務自体を身につけてもらうものもちろん大事なことですが、業務を身につけるための学び方をスキルとして身につけることは、さらに大事です。とくに、経理の分野は、新制度や改正などの動きも多く、常に勉強が必要です。学ぶスキルの重要性は他の職種に比べても高く、業務の成否に直結するといっても過言ではありません。管理職の皆さんにとって、メンバーが学ぶスキルを身につける支援をすることは、経理人材としての大きな成長につながります。まずは、書籍やセミナーといった身近な手段から、うまく活用いただけたら幸いです。
以上(2023年11月作成)
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