書いてあること
- 主な読者:今年度賃上げを実施した中小企業の経営者・経理担当者
- 課題:賃上げ促進税制は適用要件の計算や税額控除額の計算に必要な資料収集などの事務負担が多い
- 解決策:人事労務関連の資料(賃金や役員の離就任)や、助成金情報、教育訓練費関連の情報など必要なデータを事前に集め、決算期前に計算の下地を作っておく
1 税負担の軽減効果は大だが、データ収集など実務負担も大
前年度より一定の割合以上の賃上げをした場合に適用できる賃上げ促進税制。今年度は、賃上げが中小企業にも広がり、賃上げ促進税制の適用をはじめて検討するという会社もあるのではないでしょうか。
賃上げ促進税制は、前事業年度からの人件費増加額の15%(諸条件を満たすと最大45%)が税額控除でき、
税負担を軽減させる効果が大きい税優遇の1つ
です。その反面、
適用要件や税額控除額の計算に必要な資料やデータ収集といった実務負担が大きい
という特徴もあります。
資料やデータ収集は、決算申告作業時に行わなければならない作業ではありますが、人事(役員変更、入退職、教育訓練費関連)や給与関連のデータも含まれるため、担当者間のやり取りも必要になります。まだゆとりのある時期に、データ収集の下地作りを始めておきましょう。
この記事では、中小企業の賃上げ促進税制の検討から適用に際して、経理の現場でどのような作業が必要で、どのようなデータを収集しなければならないのかをまとめます。
制度の概要や、専門用語の解説については最後にまとめていますので、併せて確認したい場合は一読ください。
2 検討から適用に際して必要なデータ収集の作業フロー
1)集計の対象となる「国内雇用者」の範囲を確定させる
国内雇用者とは、国内の事務所に勤務し、会社が賃金を支払っているすべての使用人をいいます。正社員に限らず、嘱託社員、パートタイマー、アルバイトなど雇用形態に関係なく賃金台帳に載っている人全員が対象です。
ただし、雇用者であることから分かるように、
- 役員(取締役〇〇部長のような使用人兼務役員を含む)
- 役員の親族(6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族までが該当)
- 役員と婚姻届けは提出していないものの、事実上婚姻関係にあるとみられる人
- 上記以外で、役員から生計のサポートを受けている人(当人と生計を一にする親族を含む)
は、集計する対象から除かれます。つまり、役員報酬や、役員の親族に対する賃金も対象外となります。また、年の中途で役員になった人がいる場合には、役員に就任する前後の賃金・報酬で取り扱い(対象/対象外)が異なりますので、注意しましょう。
2)該当者の前年度と今年度の給与等支給額の一覧を作成し、集計する
ここで集計する給与等支給額は、給与、俸給、賃金、賞与など、原則、給与課税の対象となるものが含まれます。集計時の主な注意点を次のとおりです。
- 通勤手当の取り扱いについては、原則除いて集計する。ただし例外的に、毎年継続することを要件に、通勤手当を含めて支給額ベースで集計してもよい。
- 決算賞与(当事業年度末時点では未払いの賞与)においては、損金算入の3つの条件を満たしている場合には、当事業年度の雇用者給与等支給額に含めて集計できる
- 支給者全員に対して、個別に支給額を通知していること
- 決算日の翌日から1カ月以内に支給すること
- 損金経理していること
- 退職金は給与課税ではなく、退職金別個での課税(退職金課税)となるため対象外
上記を踏まえ、賃金台帳(前事業年度と当事業年度分)から、下記のように各人別の社員番号、氏名、各月の支給額を一覧にまとめます。なお、役員の就退任や役員との親族関係、入退職情報を記載しておくと、集計時に対象となる国内雇用者の選別(ソート)がしやすくなるため有用です。
上記の事例では、役員であるA、B、C(役員就任後の前事業年度7月以降)、役員と親族関係にあるEへの給与等支給額は、集計の対象外となります。なお、以前の制度(令和3年度税制改正前)では中途入社した社員の給与は対象から除くなどの調整が必要でしたが、現在の制度では中途入社の社員分も含めて集計します。
3)給与等に充てるために他の者から支給を受けた金額がある場合には、その金額を集計する
給与等に充てるために他の者から支給を受けた金額については、この制度の適用要件を満たすかどうかの判断時や税額控除額の計算時の都合から、
- 雇用安定助成金額(雇用調整助成金などの助成金)
- 雇用安定助成金額以外で、他の者から支給を受けた金額
の2つに区分して集計します。
雇用安定助成金額は、国や地方公共団体から受ける助成金で、主なものには、
雇用調整助成金、緊急雇用安定助成金、産業雇用安定助成金、労働移動支援助成金(早期雇い入れコース)、キャリアアップ助成金(正社員化コース)、特定求職者雇用開発助成金(就職氷河期盛大安定協実現コース)、特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)
などがあります。前事業年度と当事業年度に該当する助成金を受け取っている場合には、リスト化してまとめておきましょう。
雇用安定助成金以外で、他の者から支給を受けた金額の代表例には、出向社員がいる場合における出向元または出向先から支払わられる出向負担金があります。
4)教育訓練費がある場合には、前年度分と今年度分の関連支出を集計する
教育訓練費とは、従業員(国内雇用者に限る)の知識や技術などのスキルアップを目的に外部に対して支出する費用をいいます。具体的には、
外部のセミナー講師に対する謝金や、外部の施設使用料、外部セミナーの参加費用、国内外の大学院に通わせる場合などの授業料など
が該当します。
この項目で注意が必要なのが、集計時に含めてはいけない関連費用です。含めてはいけない主な費用は、
- 自社の社員や役員に支払う受講中の人件費や報奨金など
- 研修に関連する旅費交通費、食費、宿泊費、居住費(海外留学時の居住費など)
- 自社で保有する施設で研修を行った場合における諸費用(水道光熱費、維持管理費など)
- 外部に委託せず、自社で行う研修に使用する教材費の購入やコンテンツの製作にかかる費用
があります。
5)子育て支援や女性活躍支援企業として認定を受けている会社である場合には、認定情報を収集する
子育て支援や女性活躍支援企業として厚生労働省の認定を受けている会社については、税額控除の上乗せ措置があります。具体的には、
- くるみん認定:育児をしている社員らの雇用環境の整備や、インターンシップやトライアル雇用を通じた若年者の安定就労に向けた取り組みなど10項目の認定基準を満たすことで受けられる。さらに、すでにくるみん認定を受けている会社が、より高い水準で子育て支援の取り組みを行っていると認められる場合には、プラチナくるみん認定を受けられる
- えるぼし認定:女性の管理職の割合を一定以上とすることや、採用時の男女の競争倍率(応募者数/採用者数)が同程度であることなど5つの基準を満した数に応じて、1~3段目のえるぼし認定を受けられる。さらに、すでにえるぼし認定を受けている会社で、それらの取り組みの実施状況が特に優良であると認められる場合には、プラチナえるぼし認定が受けられる
の2つの認定があります。中小企業の場合、賃上げ促進税制の上乗せ要件として求められているのは、
- くるみん認定以上であること
- えるぼし認定の2段目以上であること
です。
3 必要なデータや資料の収集まとめ
上記を踏まえ、賃上げ促進税制の適用に際して、社内で集める必要のある主な資料や情報をまとめます。
- 賃金台帳(当事業年度と前事業年度分):給与システムから入手する
- 役員の就任・退任情報(当事業年度と前事業年度分):定款や株主総会、取締役会の議事録などを入手する
- 入退職者情報(当事業年度と前事業年度分):労務管理担当者などと連携して、関連情報を入手する
- 給与等に充てるために他の者から受けた金額の情報(当事業年度と前事業年度分):出向社員の有無、いる場合には出向元または出向先からの支払いを受ける出向負担金があるか確認する
- 雇用安定助成金の情報(当事業年度と前事業年度分):助成金受領の有無を確認し、ある場合には雑収入など、該当勘定科目からピックアップし、関連情報を入手する
- 教育訓練費関連の情報(当事業年度と前事業年度分):研修費や外部委託費など該当勘定科目からピックアップし、請求書や委託契約内容をもとに、該当する支出・そうでない支出を明確に抽出する
- 女性活躍関連の認定情報:関連部署や担当者に、認定の有無を確認する
4 参考:賃上げ促進税制(中小企業向け)の概要と用語解説
1)賃上げ促進税制(中小企業向け)の概要
賃上げ促進税制は、当事業年度の人件費(正確には雇用者給与等支給額という)が前事業年度比で1.5%以上増加しているという通常要件に加え、追加の要件を満たすことで、税額控除率を上乗せできる措置が3つ用意されています。前事業年度からの増加が要件であるため、新規設立で前事業年度がない会社については、適用対象外となります。
まずは通常要件を確認し、上乗せ措置1~3の要件と内容を確認しましょう。この表中で使われている専門用語については、次の「2)賃上げ促進税制で使われる専門用語の解説」で解説しています。
また、2024年4月1日以降に始まった事業年度より、
繰越税額控除(今回の申告で控除できない税額控除額は、翌事業年度以降の税額から控除できる)の仕組みが導入
されます。賃上げ促進税制は法人税額から直接控除する税額控除の制度であるため、赤字で法人税額が発生しない会社では、要件を満たしていてもメリットを受けられませんでした。繰越税額控除の導入により、当事業年度が赤字であっても、翌事業年度以降(5年間)黒字の事業年度で、使えなかった税額控除を繰り越して使うことができるようになっています。
2)現場担当者が押さえておきたい専門用語の解説
1.雇用者給与等支給額
雇用者給与等支給額は、通常要件や上乗せ措置要件の判定時と、控除税額の算定時に使用する金額で、次の算式で計算します。
当事業年度の国内雇用者に対する給与等支給額-当事業年度の給与等に充てるために他の者から支払を受ける金額(雇用安定助成金を除く)
2.比較雇用者給与等支給額
比較雇用者給与等支給額は、通常要件の判定時と、控除税額の算定時に使用する金額で、次の算式で計算します。
前事業年度の国内雇用者に対する給与等支給額-前事業年度の給与等に充てるために他の者から支払を受ける金額(雇用安定助成金を除く)
3.控除対象雇用者給与等支給額
控除対象雇用者給与等増加額は、税額控除額率(15~45%)を乗じる基となる金額で、次の算式で計算します。
雇用者給与等支給額-比較雇用者給与等支給額
以上(2024年7月作成)
(監修 南青山税理士法人 税理士 窪田博行)
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