書いてあること
- 主な読者:自身や親族の相続の話が出始めている人
- 課題:相続はいつ発生するか分からない。相続税の申告・納税だけでなく、財産の名義変更や各種サービスの停止手続きなど多くの作業が必要になる
- 解決策:財産一覧表を作成する、正確な家系図を作成する、遺言書を残しておく
1 慣れない作業が次から次へ。生前にできる相続準備とは
あなたが亡くなったら……。相続人となる遺族は、葬儀だけでなく、相続人の確認と遺産の洗い出し、遺産分割協議、遺産の名義変更、税務申告・納税などの慣れない作業をしなければなりません。しかも、
相続税の申告・納税は原則として10カ月以内
です。遺族にとって、10カ月はあっという間に過ぎていきます。四十九日の法要を目安に遺産の話し合いを切り出すことも多いですし、年金や社会保険の手続き、各種サービスの利用停止・解約の手続き、遺産の名義変更の手続きなど必要書類を集めるだけでもひと苦労だからです。
また、2024年4月1日からは、不動産を相続で取得したことを知った日(遺産分割協議が成立した日)から3年以内に相続登記申請することが義務化されるため、遺産に不動産がある場合は、相続登記申請のための話し合いも必要になります。
こうした相続に関する負担を軽減するため、生前に相続対応の工夫をしておくのが理想的です。また、本人の意向を明確にしておくことで、遺産をめぐる相続人間の対立を回避できる場合があります。
そこで、この記事では、生前にできる相続対応としてどのようなことがあるのか、項目を列挙して、ポイントを解説します。
2 生前にできる相続手続きの準備とポイント解説
1)財産を確認する(財産一覧表の作成)
相続対策は、ご自身の財産を把握すること(財産の洗い出し)から始まります。一般的に、
- 相続財産
- 生命保険等(みなし相続財産)
- 祭祀(さいし)財産
の3種類の財産について遺族に分かるようにしておきましょう。
1.相続財産
相続の対象となる財産(相続財産)には、不動産や預貯金などの「プラスの財産」だけでなく、住宅ローンや借入金などの「マイナスの財産」も含まれます。
相続財産について、それぞれ、本人名義となっているかを確認して、
「財産一覧表」などの形にまとめる
ことをお勧めします。
相続手続きで相続人が困るのは、届出や名義変更をどこにすればよいのか、どのような書類が必要なのかということですから、財産一覧表には、財産を特定できる情報(所在地、口座番号、登録番号など)だけでなく、届出等の請求先や、請求に際して必要な書類を記載しておくとよいでしょう。契約書類や証書類があれば、その写しも揃えておくと、相続人の負担が軽減されます。
この記事の末尾に財産一覧表の例を掲載しておりますので、ご参考ください。
2.生命保険など(みなし相続財産)
生命保険金や死亡退職金などは、亡くなってはじめて受取人が取得する財産なので、受取人が相続人であっても、原則として、相続人固有の財産となります。そのため、相続財産には含まれず、遺産分割協議の対象から除外されます。
ただし、不動産を相続する相続人を生命保険金の受取人に指定して、代償金(不動産を特定の相続人が相続する代わりに、他の相続人に法定相続分に相当する額として支払う金銭)の資金にすることで、遺産分割の話し合いがまとまりやすくなる場合があります。
ですので、生命保険などの受取人について確認・再検討するとともに、保険契約などに関する情報(契約者番号など)や死亡した際の連絡先などの情報を財産一覧表や生命保険一覧表に記載しておくとよいでしょう。
なお、生命保険などは、相続税の計算上「みなし相続財産」として課税対象になっていますが、非課税枠が設けられています。「相続税」対策を考える場合には、金融機関や専門家に相談するようにしましょう。
3.祭祀財産
家系図や仏壇・位牌、墓地・墓石などの先祖を祀り、供養するための財産は、不動産や預貯金などの財産とは区別した「祭祀財産」として、「祭祀主宰者」が管理・承継することになります。
祭祀主宰者は被相続人(死亡した方)が指定できるので、例えば、遺言で他の相続人より多くの財産を相続する者を祭祀主宰者に指定することがあります。また、墓地の管理者の連絡先などの情報があれば、財産一覧表などに記載しておくと、相続人は助かるでしょう。
2)相続人となる者を確認する
遺産分割協議は法定相続人間で行うので、死亡により相続が発生した場合は、遺族は法定相続人を確認・確定しなければなりません。また、各種の届出をする際に、被相続人や法定相続人が確認できる戸籍謄本等(またはそのコピー)の書類の提出を求められることもあります。
このため、遺族は、被相続人から法定相続人まで確認できる戸籍謄本(戸籍全部事項証明書)や除籍謄本(死亡などの場合に作成される戸籍の写し)を取得することになります。これらの書類は膨大な量になることもあり、親族が多かったり、転籍を繰り返したりしている人がいる場合には収集に数カ月かかることもあり、負担の大きい作業です。
戸籍謄本などは本籍地で発行されるため、被相続人の本籍地を知っておかなければなりません。本籍地がわからない場合は、本籍地が記載されている住民票(またはその除票)を取得して、確認する手間がかかります。ご自身の正確な本籍地が遺族に伝わるようにしておいたほうが、遺族の負担が軽減されます。
正確な家系図を作成しておくと遺族(またはその依頼を受けた税理士や弁護士など)が法定相続人を把握しやすくなり、非常に助かります。可能であれば、今のうちに戸籍謄本を取得しておいて、それぞれの親族の生年月日と本籍地、連絡先を記載した家系図にしておきたいところです。
3)遺言書の作成
相続人間でもめてしまう原因として、遺産の処分についての被相続人の意向がはっきりしないことが挙げられる場合が多くあります。
「長女である私がお母さんの面倒をみてきたし、お母さんは家を私に残したいと言っていた」「いや、お母さんはあなたの介護に不満を言っていた」といった主張が衝突し、「あいつは財産を多く取ろうとしている」などと疑心暗鬼になってしまったりして、遺族間の関係が壊れてしまうこともあります。
このような不幸なトラブルの可能性を小さくするために、生前、相続に関する自身の意向を紙に記載して残しておくことは重要です。内容は、
自分が死んだ後のことだけでなく、自分が重い病気になったり認知症になったりした場合や終末期医療などについての意向
も記載しておくとよいでしょう。
また、自分が死んだ後のことについても、相続財産のことだけでなく、
葬儀の方法や、誰を葬儀に呼ぶか、お墓をどうするかなどについての希望
があれば、具体的に(遺族が判断に困らないように)記載しておくと、遺族が助かる場合が多いと思います。
特に死後の財産の処分についての意向を有効にするためには、
「遺言書」の形で残しておく
必要があります。遺言書はただ自分の書きたいことを書けばよいわけではなく、民法が定める要件を満たさなければなりません。なお、遺言書の種類については、遺言者自らが手書きで書く「自筆証書遺言」と公証人が遺言者から聞いた内容を文章にまとめて公正証書とする「公正証書遺言」などがあります。
遺言書の書き方などの詳細については、下記のリポートをご参照ください。
▶ 60223 【相続】弁護士が解説する「遺言書」の種類と書き方
財産の処分に不安がある場合、遺言書の有無が相続手続きを滞りなく進めるための重要なポイントとなります。遺言書を作成すべき主なケースと作成時の留意点を次章以降で解説します。
3 遺言書を作成すべき主なケース
1)法定相続分よりも多い・少ない財産を相続させたい相続人がいる
法定相続分通りに相続してもらえばよいと考えている場合は、遺言書を作成する必要性はそれほど高くありません。しかし、
- 老後の面倒をみてくれた長女に多くの財産を相続させたい
- 夫婦の間に子がいないため法定相続では親または兄弟姉妹に一部の遺産が相続されてしまうので、長年連れ添った配偶者に財産を全て相続させたい
というような場合は、遺言書を作成すべきです。
2)事業承継が絡んでいる
会社を経営している場合には、相続人間で行われる遺産分割協議に任せると、事業に必要な資金や設備、株式などの財産を会社の後継者が承継できない可能性があります。事業に必要な財産を後継者に引き継がせるためには、遺言書を作成すべきです。
3)法定相続人以外の人に相続させたい
内縁の妻や、長男の妻、再婚相手の連れ子(養子縁組していない)などの法定相続人でない人に財産を相続させるためには、遺言書を作成しなければなりません。
4)遺産分割協議が難航する可能性がある
遺言がないと、相続人全員で遺産分割協議を行う必要があります。相続人が不仲であったり、相続人が多数であったりする場合は、遺産分割協議に時間と手間がかかる可能性があります。遺言書があれば、相続人は、遺産分割協議によらずに遺言書に従って各種の手続きができます。
4 遺言書を作成する際の留意点
1)財産と相続人を明確にしておく
遺言書は、財産の確認(財産一覧表の作成)と相続人となる者の確認をして、その時点において、できるだけ漏れのない内容にしておくべきです。
財産の記載に漏れがあると、その財産については、遺言書の効力が及ばない場合がありますし、相続人間で争いになってしまう可能性があります。
2)遺留分に配慮する
遺留分は兄弟姉妹以外の法定相続人に認められる、遺言によって奪うことができない遺産の一定割合の留保分です。例えば、先妻の子(法定相続人)がいる場合に、後妻に財産を全て相続させる遺言書を作成しても、先妻の子は、遺産の4分の1(法定相続分の2分の1)に相当する額を遺留分として後妻に請求することができます。このため、遺言書を作成しても、後妻と先妻の子の間で遺留分侵害額請求の調停や訴訟になってしまう場合があります。
したがって、遺言書で一定の相続人に偏って財産を相続させる場合は、遺留分に配慮した内容にしたり、遺留分侵害額請求に対応して支払いができるように生命保険金が払われるように手当てしておいたりする必要があります。
3)特別受益に気をつける
特別受益とは、相続人の中に、被相続人から遺贈や多額の生前贈与を受けた人がいた場合に、その相続人が受けた利益をいいます。特定の相続人に特別受益がある場合には、他の相続人との間に不公平が生じるため、生前贈与分などを遺産に持ち戻して、各相続人への相続財産額を決めることになっています。
特別受益にあたるような多額の生前贈与をしている場合も、特別受益を考慮した遺言書の内容とするか、生命保険金での手当てを考慮する必要があります。
4)マイナスの財産に気をつける
債務などのマイナスの財産も相続の対象となるので、遺言書を作成する場合には、プラスの財産だけに目を奪われずにマイナスの財産についても内容を確認する必要があります。
5)理由を記載する
遺言書を作成する場合は、どうしてそのような内容の遺言にしたのかについての本人の考えを記載しておくと、相続人間のトラブルを防げる場合があります。
例えば、一部の相続人に多く相続させる内容にした理由は、○○で世話になったからであり、このような自分の気持ちを尊重してほしいというように記載しておくのです。このような記載に法的な拘束力はありませんが、一般的には、故人の意思に反することをしにくいため、理由が合理的であれば、争うことを諦める方は多いと思います。
6)作成した遺言書の所在を伝えておく
1.公正証書遺言の場合
相続人等の利害関係人であれば、被相続人の死亡後に公証役場で遺言検索を利用できるので、家族や信頼できる人に公正証書遺言をしていることや検索できることを伝えておくとよいでしょう。
2.自筆証書遺言の場合
自筆証書遺言は、法務局に遺言書の保管の申請をして預けることができます。その際に保管証を受け取ることができ、保管証に記載してある情報から、相続開始後に遺言書情報証明書の交付を受けられます。そこで、家族や信頼できる人に、遺言書の保管を利用していることを伝え、保管証のコピーを家族に渡しておくとよいでしょう。
5 相続開始から申告・納付までの一般的な流れ
被相続人が亡くなった場合に遺族が行うことになる主な手続きは、次の通りです。
6 財産一覧表(例)
以上(2023年10月作成)
(執筆 東京エクセル法律事務所 弁護士 坂東利国)
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