1 待遇格差の内容や理由、あなたは説明できますか?
「私の給料が同期入社の〇〇さんよりも低いです! 同じ仕事をしているのになぜですか?」
こんな質問を社員からされたらどう説明しますか? 通常、会社は社員1人1人の給料を公にしませんし、社員もあからさまに「私の給料は30万円!」「えっ、私は28万円……」なんて会話はしないでしょう。しかし、仲の良い社員同士が飲み会などの場で給料を話題にすることはありますし、上司がうっかり「もっと頑張らないと、〇〇さんとの給料に差がついてしまうぞ!」などと、口を滑らせてしまうケースもあるかもしれません。
これは、いわゆる「同一労働同一賃金」の問題(注)ですが、きちんと準備をしておかないと、社員から冒頭の質問をされたときに説明できず、会社への不信感がさらに大きくなってしまう恐れがあります。そこで、この記事では待遇格差の説明のパターンを、「ケーススタディー+社労士からのアドバイス付き」で3つ紹介します。
(注)同一労働同一賃金のルール上、非正規社員から「正社員」との待遇格差(給料の他、福利厚生など全ての待遇が対象)について説明を求められたら、会社はその内容や理由を説明する義務があります。「正社員同士」「非正規社員同士」の待遇格差については説明義務の対象外ですが、放置すると職場の雰囲気の悪化や離職などにつながりかねないので、説明したほうが無難です。
2 テレワーク組は楽だから出社組より給料が低いの?
1)ケーススタディー
IT会社で働くAさんは、テレワーク勤務です。地方在住も実現し、テレワーカーとしての働き方に満足しています。しかし、あるときオフィス勤務のBさんとオンラインで雑談をしていて、オフィスワーカーには「出社手当」が支給されていることを知りました。
Bさんいわく、「1日出社するたび、2000円とランチ代が支給される」そうです。一方、テレワーカーのAさんがもらっているのは、月5000円の在宅勤務手当だけ……。不満に思ったAさんは、上司に面談を申し込みました。
「オフィスワーカーには、出社手当が支給されていると聞きました。テレワーカーも同じ仕事をしているのに、なぜ給料に差があるんですか?」
上司は、画面越しに丁寧に説明を始めました。
「まず、テレワーカーもオフィスワーカーも、基本給や評価制度の違いは一切ない」
「その上で説明するけど……」と、上司は話を続けます。
「出社手当の額は、オフィス勤務に伴うコストと負担を考慮して設定されている。通勤に加え、急な対面会議への対応、新入社員のメンタリング、設備管理など、物理的な出社によって発生する苦労はいろいろあるからね。それをねぎらう意味もある。それに、社員が対面で会うことで生まれる新しいアイデアにも期待しているんだ」
2)社労士からのアドバイス
コロナ禍を機に多くの会社で導入されたテレワークですが、状況が落ち着いてくると「皆がオフィスにいたほうが意思の疎通を図りやすい」ということで「オフィス回帰」の動きが強まり、最近はその落としどころとして「ハイブリッド型」が広まっています。
このケースでの説明のポイントは、
給料の格差が「差別」でなく、労力やコストに応じた「区別」であると明確に伝えること
です。Aさんの上司は、出社手当を高く支給する理由として、オフィス勤務に伴うコストと負担の内容を列挙し、それがテレワークとの違いであることを明確にしています。最初に「基本給や評価制度に差はない」と前置きした上で説明している点も重要です。
とはいえ、テレワーカーであるAさんからすれば、オフィスワーカーばかり優遇されている印象は拭えません。このケースでは、出社手当を支給する理由の1つとして「社員が対面で会うことで生まれる新しいアイデアへの期待」を挙げていますが、この視点に立つなら、例えば
地方在住を実現しているAさんに、居住地域を拠点にした新事業のアイデアを出してもらい、会社にとって利益が見込めるなら、必要なポジションに就けて給料にも反映する
といった、テレワークならではの役割設定についても検討してみるとよいかもしれません。
3 先輩よりも新人の給料が高いのは専門性?
1)ケーススタディー
製造会社で正社員として働くCさんは入社3年目です。今年から新入社員Dさんの教育係となり、熱心に指導をしています。ある日、CさんがDさんと飲みに行った際、酔ったDさんは無邪気に「前職よりも給料が上がってうれしいです!」と言い、ついつい支給額もしゃべってしまいました。それを聞いたCさんはがくぜん。なんと教育係である自分より高い金額だったのです。
納得いかないCさんは、上司に「同じ正社員なのに、後から入ったDさんのほうが先輩の私より給料が高いのはおかしいです!」と直談判。上司は、率直に理由を説明しました。
「Dさんは、最新のRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の技術者なんだ。今、この会社において非常に重要なスキルを持って入社してきた。だから、相応の初任給を設定したんだ」
Cさんは、今年の仕事始めに社長が「RPAの導入で生産性を上げる」と言っていたことを思い出し、うなだれました。そんなCさんに上司は優しく声をかけました。
「Cさんの指導力は高く評価している。今年から『教育担当手当』が新設されるが、Cさんも対象になるからね。あと、希望すればRPAに関する研修を受けることもできるよ。会社が重視するスキルを身に付ければ、それは当然給料にも返ってくるよ」
2)社労士からのアドバイス
BX(ビジネストランスフォーメーション)を進める会社では、特定のスキルを持つ社員の市場価値が急激に高まり、給料相場も上昇しています。当然、CさんとDさんのような、給料の逆転現象も発生するわけです。
このケースでの説明のポイントは、
市場価値の変化が給料にどう影響しているのかを明確に説明すること
です。Cさんの上司は、市場価値の変動を具体的なスキル(RPA)と結びつけて説明し、会社の経営方針との整合性も示しています。
また、
今よりも給料をアップさせるための改善策を併せて提示すること
も重要です。Cさんの場合、上司はその指導力を評価し、教育担当手当という形で具体的な処遇改善を提示しています。また、RPAに関する研修を受け、知見を深めれば給料アップが見込めることを伝えています。キャリアアップの道筋も示唆しているので、聞いている側も向上心を刺激されます。
4 パートが正社員より給料が低いのは当然?
1)ケーススタディー
小売店で4年間パートとして働くEさんは、あるとき上司との面談を申し込み、以前から気になっていたことを聞きました。
「私は、正社員のFさんと同じように接客や商品管理をしています。ですが、時給に換算すると、私のほうが給料が低いです。同じ仕事をしているのに、おかしくないですか?」
上司は棚から就業規則を取り出し、Eさんに見せながら言いました。
「Eさんの気持ちは分かる。確かに日々の業務ではFさんと重なる部分も多いね。ただ、パートであるEさんと、正社員であるFさんとの間には、いくつか重要な違いがあるんだよ」
上司は、正社員の職務内容が記載された箇所を指しながら説明を続けます。
「正社員には売上目標などのノルマがあり、その達成に向けて残業や休日出勤もこなしている。繁忙期には他店舗への応援出向もある。この違いを待遇に反映させているんだよ」
2)社労士からのアドバイス
同一労働同一賃金の基本は、「均等待遇」「均衡待遇」という考え方です。
- 「1.職務の内容」「2.職務の内容・配置の変更の範囲」が同じ場合、非正規社員であるという理由だけでは、正社員よりも低い待遇にできない(均等待遇)
- 「1.職務の内容」「2.職務の内容・配置の変更の範囲」「3.その他の事情」が異なる場合、その違いに応じて合理的な待遇格差を設けるのは問題ない(均衡待遇)
「1.職務の内容」には業務内容や責任の程度、「2.職務の内容・配置の変更の範囲」には人事異動などの有無やその範囲、「3.その他の事情」には成果・能力・経験などが該当します。
このケースでの説明のポイントは、
均等待遇・均衡待遇に照らして、どこが正社員との違いなのかを明確にすること
です。今回は、ノルマ(責任)が「1.職務の内容」、他店舗への応援出向が「2.職務の内容・配置の変更の範囲」に当たり、この部分がEさん(パート)とFさん(正社員)とで異なるため、給料に差が生じています。格差があまりに大きすぎる場合などは別ですが、そうでなければ合理的な待遇格差であり、均等待遇・均衡待遇にかなっているということになります。
なお、このケースでは上司が就業規則を使ってEさんに説明をしていますが、実際の説明でも、
就業規則や給料規程など、正社員の待遇の内容が明記された資料を用いるのが基本
です。また、都道府県労働局では、待遇格差の内容や理由を書き込んで社員に渡せる「説明書モデル様式」などを公表しているので、必要に応じてご活用ください。
■厚生労働省奈良労働局「(待遇差の内容や理由)説明書モデル様式」■
以上(2025年2月作成)
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画像:ChatGPT