1 法改正の動向を押さえつつ、自社の方針を決めよう

日本の65歳以上人口は、1950年には総人口の5%にも満たなかったものの、その後はどんどん増加し、2024年10月時点では29.3%に達しています。一方で総人口は減少局面に入り、2056年には1億人を下回ると予測されています(内閣府「令和7年版高齢社会白書」)。

こうした少子高齢化の進行により、多くの会社が深刻な人手不足に直面しています。実際、製造業や建設業、運輸業などではその傾向が顕著で、長年の経験や技術を持つベテラン人材は、単なる「戦力の穴埋め」ではなく、若手の育成や品質の安定に欠かせない存在になっています。

会社にとって「高齢社員をどのように雇用し続けるか」は、今や避けて通れない経営課題。特に2025年・2026年は高年齢者雇用・給付制度において重要な節目を迎えています。すでに施行済の内容も含め、押さえておきたいものは次の3つです。

  • 1.高年齢者雇用確保措置の経過措置が終了(2025年3月31日)
  • 2.高年齢雇用継続給付の縮小(2025年4月1日)
  • 3.在職老齢年金の支給停止調整額の見直し(2026年4月1日)

これらの制度改正は相互に影響し合うため、就業規則・処遇制度の見直しや社員への説明を怠ると、誤解や不満がトラブルに直結するリスクがあります。まずは3つの改正点について、詳しく見ていきましょう。

2 高年齢者雇用確保措置の経過措置が終了(2025年3月31日)

会社は高年齢者雇用安定法により、社員を65歳まで雇用するために

  • 定年の引き上げ(65歳まで)
  • 定年制の廃止
  • 継続雇用制度(65歳まで)の導入

のいずれかの措置を実施する義務があります。このうち、継続雇用制度(65歳まで)については、以前は労使協定(2012年度以前に締結されたものに限る)により、例えば、「希望者のうち62歳以上のみを継続雇用の対象とする」といった基準を設けることが認められていました。

しかし、2025年3月31日をもってこの経過措置は終了し、

定年後も働くことを希望する社員は全員、継続雇用(65歳まで)の対象

になりました

経過措置の流れ

3 高年齢雇用継続給付の縮小(2025年4月1日)

高年齢雇用継続給付とは、

賃金が「60歳時点の75%未満」に低下した状態で働く場合に支給される雇用保険給付

です。雇用保険の被保険者であった期間が5年以上ある、60歳以上65歳未満の社員が対象です。

社員を定年後に再雇用すると、定年前と比べ賃金がガクッと下がることがあります。こうした場合に、社員の仕事へのモチベーションが下がらないよう、高年齢雇用継続給付が減った分の賃金を補填するわけです。

この高年齢雇用継続給付は、以前は賃金低下率に応じて最大15%が支給されていましたが、

2025年4月1日以降に60歳になった新規受給者からは、最大給付率が「10%」に引き下げ

られています(2025年3月31日以前に60歳になった人の給付率は最大15%のまま)。

高年齢雇用継続給付

例えば、60歳時点の賃金が月額40万円、再雇用後が月額24万円(60歳時点の60%)の場合、

  • 改正前の給付額:3.6万円給付(24万円×15%)
  • 改正後の給付額:2.4万円給付(24万円×10%)

となり、月額1.2万円、年額14.4万円もの差が出てしまいます。

高年齢雇用継続給付の縮小により、60歳以降の社員は従来よりも実質収入が下がる可能性があります。社員のモチベーション低下を防ぐためには、会社としては「給付ありき」の賃金設計を避け、職務給・役割給の導入や評価制度の見直しなどを検討する必要があります。

4 在職老齢年金の支給停止調整額の見直し(2026年4月1日)

在職老齢年金とは、

年金を受け取りながら働くと、賃金が一定以上の場合、年金の一部がカットされる制度

です。厚生年金保険に加入しながら年金をもらう60歳以上の社員が対象で、賃金(ボーナスを含む)と年金の合計額が「支給停止調整額」というボーダーラインを超えると、十分な収入があるとみなされ、老齢年金の一部または全額が支給停止となる仕組みです。

ただ、「せっかく働いても年金が減ってしまうのは困る」という声が多く寄せられているのに加え、近年の賃金上昇の影響もあって、支給停止調整額は段階的に引き上げられています。

2026年4月1日からは、支給停止調整額は「51万円→62万円」になる予定

です。簡単に言うと、

  • 賃金(ボーナスを含む年収の1/12)と、老齢厚生年金の合計額が月62万円以下の場合、年金は全額支給される
  • 合計額が月62万円を超える場合、超えた分の1/2の額が年金から差し引かれる

という仕組みになります。なお、支給停止を受けるのは年金のうち老齢厚生年金(厚生年金保険)だけで、老齢基礎年金(国民年金)は対象になりません。具体的には次のようなイメージです(図表3の「50万円」は2024年度の金額です)。

在職老齢年金

5 これからの高齢者雇用をどう考える?

制度改正の内容を踏まえた上で、企業は「高齢社員をどのような形で雇い続けるか」という方針を検討する必要があります。代表的な視点をいくつか紹介します。

1)70歳までの雇用機会をどう確保するか

高年齢者雇用安定法では、65歳までの雇用確保は義務ですが、70歳までは「努力義務」とされています。とはいえ、単なる「努力」ではなく、実際に具体的な措置を検討・導入することが求められています。例えば、

  • 定年を70歳に延長する
  • 継続雇用制度の対象を70歳まで広げる
  • グループ会社や他社での再就職を支援する
  • フリーランスや業務委託での就業機会を設ける

などの方法が考えられます。70歳までの就業機会をどう設計するかは、今後の人材戦略に直結する大きなテーマです。

高齢者雇用の基本的な考え方については、次の記事をご確認ください。

2)高齢社員の待遇はこのままでよいか

定年後の社員を再雇用する場合、賃金は定年前よりも下がるのが一般的ですが、

「パートや嘱託だから」というだけで賃金を下げるのは、同一労働同一賃金違反

です。仕事内容や役職、労働時間、責任、ノルマなどが定年前とどう変わるのかを考慮した上で、待遇を決めるようにしないといけません。

特に、2025年4月1日以降は高年齢雇用継続給付が新規受給者から縮小されているため、「給付で差額を補う」従来型の設計では社員の不満が残りやすくなります。今後は、職務や責任に応じた合理的な賃金制度へ移行し、処遇に納得感を持たせる人事制度を整えることが重要です。

在職老齢年金にも注意しましょう。法改正でボーダーライン(支給停止調整額)が段階的に引き上げられているとはいえ、高所得であればあるほど老齢年金のカット幅が大きくなるのは変わりません。カットされた分の年金は退職後も戻ってきませんから、賃金設計を考える際は確認が必要です。

高齢社員の待遇については、次の記事をご確認ください。

3)シニア労災をどう防ぐか?

厚生労働省「令和6年 労働災害発生状況について」によると、労働災害による休業4日以上の死傷者のうち、60歳以上の割合は30.0%に上ります。いわゆる「シニア労災」が深刻化しており、とくに転倒や骨折といった事故が増加傾向にあります。

シニア労災

高齢社員の多くは、「自分はまだ若い」と思っているケースが少なくないので、健康診断や体力テストで自分の体の状態を正しく理解してもらうことが大切です。また、時短勤務やフレックスタイム制、在宅勤務制度、あるいは労働時間の枠にとらわれないフリーランスなど、加齢に合わせて自分のペースで稼働できる働き方を提案してみるのもよいでしょう。

高齢社員の健康を考慮した働き方については、次の記事をご確認ください。

以上(2025年10月更新)

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画像:folyphoto-Adobe Stock

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