書いてあること

  • 主な読者:退職した社員が、会社の備品を返さなくて困っている経営者、人事労務担当者
  • 課題:本人の同意なく、備品代を賃金や退職金から控除すると違法になる恐れがある
  • 解決策:社員と連絡が取れるなら、「相殺合意書」などで本人の同意を得てから控除する。連絡が取れないなら、本人宛てに内容証明郵便を送り、損害賠償を請求する

1 賃金や退職金から一方的に備品代を控除するのは違法

社員が退職した際、会社から貸与している備品のやり取りに困ったことはないでしょうか。

例えば、ノートPCやタブレット、会社携帯、制服、オフィスのカードキー。これらは退職時に会社に返却するのがルールですが、社員の中には、退職後もこれらの備品をなかなか返却しない人がいます。単にずぼらだったり、備品を紛失してしまったのを言い出せなかったり、新しい会社への入社準備で忙しかったりと理由はさまざまでしょうが、困ったものです。

会社としては、「備品が返せないなら、せめて代金を支払ってほしい」ということになるでしょうが、その方法には注意が必要です。手続きが簡単という理由で、「これから支払う予定の賃金や退職金から備品代を控除する」ことを考えるかもしれませんが、

本人の同意なく、賃金や退職金から一方的に備品代を控除すると違法になる恐れ

があるからです。詳細は後述しますが、これは労働基準法(以下「労基法」)に定められたルールで、違反すると30万円以下の罰金という罰則の対象になります。

とはいえ、泣き寝入りはしたくありません。実はこうした場合の対応として、

「相殺合意書」などで本人の同意を得た上で、備品代を控除する方法

があります。まずは賃金や退職金からの控除のルールをおさらいしてから、同意のポイントや相殺合意書のひな型を紹介するので、確認していきましょう。

2 なぜ、賃金や退職金から一方的に控除できない?

労基法第24条では、賃金は全額払いが原則です。ただし、法令や労使協定で別段の定めがあれば例外で、控除して支払うことができます。なお、退職金も、就業規則(退職金規程など)でルールを定めて支払っている場合などは、賃金と同じ扱いになります。

  • 法令:所得税、住民税、社会保険料など
  • 労使協定:組合費、レクリエーション費など

備品代は法令に定められているものではなく、本来は賃金から控除できません。では、労使協定の控除項目に「備品代(退職時に備品を返却しない場合)」などと定めれば控除できるのかというと、実はこれも認められません。労基法第17条により、

会社の持つ債権(この場合は損害賠償請求権)と賃金を相殺することはできない

とされているからです。法律上、退職時に社員に備品代を請求するのは、社員の不法行為(退職したのに備品を返却しない)に対する「損害賠償請求」に当たりますが、会社の持つ損害賠償請求権と賃金を相殺することは、労使協定に定めていたとしても認められないのです。

ただし、社員があらかじめ同意していた場合は別で、過去に最高裁が、

客観的に見て「社員の自由意思に基づいて同意がなされた」ものといえる合理的な理由がある場合、賃金から控除しても労基法第24条の全額払いの原則には反しない

と判断した裁判例があります(最高裁平成2年11月26日判決)。ですから、賃金や退職金から備品代を控除したいのであれば、まずは本人の同意を得るのが鉄則です。

3 「相殺合意書」などで本人の同意を得てから控除する

1)本人の同意の証拠を書面に残す

本人の同意を得て賃金や退職金から備品代を控除する場合、口約束だけでは後々「言った、言わない」の問題になりかねません。また、同意については「社員の自由意思に基づいてなされた」と客観的に判断できることが重要ですから、

「相殺合意書」などの書面を作成し、本人の同意を得た証拠を残す

ことが大事です。

2)相殺合意書とは?

相殺合意書とは、会社の持つ債権(この場合は損害賠償請求権)と賃金を相殺することについて、会社と社員が合意したことを証明する書面です。決まった書式はありませんが、

  • 損害賠償額とその決定根拠
  • これから支払う予定の賃金や退職金の額
  • 損害賠償額と賃金や退職金を「対当額(釣り合いが取れる額)で相殺」する旨

などを定めるのが一般的です。

注意しなければならないのは、

損害賠償額といっても、「新品の購入費用」などを全額請求できるとは限らない

という点です。例えば、社員が備品を紛失し返却できなくなっても、それが災害などやむを得ない事情によるものの場合、損害賠償請求自体が認められない可能性があります。社員の過失による紛失であっても、「備品の購入時期はいつか」「社員の過失はどの程度か」などによって請求できる額は変わってくるので、専門家に相談するなどして慎重に検討してください。なお、

あらかじめ損害賠償額を就業規則に定めるのは、労基法第16条で禁止

されています。あくまで実際に発生した損害額がベースなので注意しなければなりません。

3)相殺合意書のひな型

次の相殺合意書は、社員が過失により備品を紛失した場合を想定した書面のイメージです。

【相殺合意書】

株式会社○○(以下「甲」)と、従業員○○(以下「乙」)は、別紙記載(省略)の甲が乙に貸与している備品(以下「本件貸与品」)の損害賠償について、下記の通り合意する。

第1条(損害賠償額とその決定根拠)

乙は、甲に対し、本件貸与品に関する損害賠償として金○○円の支払い義務があることを認める。なお、損害賠償額の根拠は次の各号の通りである。

  1. 乙が本人の重大な過失(業務と直接関係のない外出中に、本件貸与品を持ち出し紛失した)により本件貸与品を紛失したこと
  2. 乙が過去にも貸与品を紛失し会社から指導を受けていること

第2条(賃金および退職金の額)

甲は乙に対し、乙が○年○月○日付で退職したことに伴い、賃金○○円、退職金◯○円の支払い義務があることを認める。

第3条(相殺の内容)

1)甲と乙は、第1条の損害賠償額〇〇円と第2条の賃金○○円のうち第1条の損害賠償額に相当する部分の額とを、○年○月○日の賃金支払時に対当額で相殺することに合意する。

2)第2条の退職金〇〇円については、相殺の対象としない。ただし、本件貸与品以外について、甲から乙に対して損害賠償を請求すべき事由が発生したときは、この限りでない。

上記内容を証するために本合意書2通を作成し、甲、乙、立会人が記名捺印の上、甲乙が各々1通を所持する。

○年○月○日

 

             甲

 

             乙

 

             立会人

 

4 社員と連絡が取れなければ内容証明郵便を送る

ここまで、本人の同意を得て賃金や退職金から備品代を控除する場合のポイントを紹介してきましたが、そもそも社員と連絡が取れなければ、同意が得られません。その場合、「内容証明郵便」を使って損害賠償を請求するのも1つの手です。

内容証明郵便とは、郵便を出した内容や発送日、相手が受け取った日付などを郵便局が証明するサービスです。社員の自宅に損害賠償を請求する書面などを内容証明郵便で送れば、

社員が受け取った時点で、会社の意思表示が到達したものとみなされる

ことになっています。

損害賠償額とその決定根拠と併せて、「期日までに請求に応じない場合に法的な措置を取ること」などを書面に記載し、内容証明郵便で送付

すれば、社員にプレッシャーを与えて支払いを促したり、訴訟トラブルに発展した際などに会社の立場を明らかにする証拠になったりします。社員に貸与している備品に高価なものが含まれる場合などに、内容証明郵便を検討してみるとよいでしょう。

以上(2024年3月作成)
(監修 弁護士 田島直明)

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画像:metamorworks-Adobe Stock

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