書いてあること
- 主な読者:社員の賃上げやボーナスのアップを考えている経営者、人事労務担当者
- 課題:ボーナスの額によっては社会保険料が増えて、社員の手取りが減少する
- 解決策:標準報酬月額、標準賞与額のルールを理解し、社会保険料をシミュレートする
1 ボーナスを上げると社員も会社も損をする?
ここ最近、賃上げに向けた動きが活発化しています。この賃上げを「ボーナス(賞与)の引き上げ」で検討する会社もあるでしょう。ただし、ご用心。なぜなら、
月給「65万円以上」の社員のボーナスを引き上げると、逆に社会保険料(その計算基礎となる標準報酬月額や標準賞与額)が増えて、月給を引き上げるより手取り額が減るケース
があるからです。これは、社会保険料の額に「上限」が設定されていることで起きる現象ですが、せっかく賃上げをするなら、より手取り額が増えたほうが喜んでもらえますよね。
年収が同じで月給で支払う場合とボーナスで支払う場合についてシミュレートするので、参考にしてください。なお、この記事では、健康保険の保険者は「協会けんぽ(全国健康保険協会)」とします。
2 社会保険料の額には「上限」がある
1)月給の場合
月給の社会保険料(健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料)は、「標準報酬月額×保険料率」で計算します(労使折半で負担)。
標準報酬月額とは、報酬(正確には所定の方法で計算した報酬月額)を一定の金額幅で等級別に区分したもの
です。報酬には、基本給、役付手当、勤務地手当、家族手当、通勤手当、住宅手当、残業代などが含まれます。一方、支給回数が年3回以下のボーナスや退職金などは含まれません。
標準報酬月額は、健康保険が50等級、厚生年金保険が32等級に分かれていて、
- 健康保険の場合、標準報酬月額の上限は139万円(50等級)
- 厚生年金保険の場合、標準報酬月額の上限は65万円(32等級)
となっています。
2)ボーナスの場合
ボーナスの社会保険料は、「標準賞与額×保険料率」で計算します(労使折半で負担)。
標準賞与額とは、ボーナスの総額から1000円未満を切り捨てた額
です。標準賞与額の対象となるのは、労働の対償として支払われる支給回数が年3回以下のボーナスです。夏季と年末にボーナスを支給している場合、標準賞与額も年2回計算します。
標準報酬月額のように等級はありませんが、金額の上限は決まっていて、
- 健康保険の場合、標準賞与額の上限は年度累計で573万円
- 厚生年金保険の場合、標準賞与額の上限は1カ月当たり150万円
となっています。
3 実際のところ、社会保険料はどのぐらい変わるのか?
月給が標準報酬月額の上限を、ボーナスが標準賞与額の上限を超える場合、上限を超える部分の額については社会保険料がかかりません。そのため、高収入の社員の場合、
月給とボーナスのウエイトを調整することで、社会保険料の負担を減らせるケース
があります。特に1番ハードルの低い上限である
厚生年金保険の標準報酬月額の上限「65万円」
に注目しておきましょう。
この上限がどう社会保険料に影響するのか、社員の収入のパターンを次の2種類に分けてシミュレートしてみます。どちらのパターンも年収は同じですが、Bパターンのほうは、月給を1年間で120万円(10万円×12カ月)多く支払う代わりに、ボーナスの支給を0円にしています。
【Aパターン】年収900万円(月給65万円、ボーナス120万円(60万円×年2回))
【Bパターン】年収900万円(月給75万円、ボーナス0円)
協会けんぽ「令和6年度保険料額表(東京都)」の場合、保険料率はそれぞれ
- 健康保険料率:9.98%
- 介護保険料率:1.6%(40歳から)
- 厚生年金保険料率:18.3%
です。社員を40歳以上と仮定して、この保険料率をベースに社会保険料を計算すると、次のようになります。
年収は同じなのに、ボーナスを支給しないBパターンのほうが、1年間で10万9800円(134万4600円-123万4800円)、社会保険料が低くなっています。
ポイントは、月給にかかってくる厚生年金保険料(図表の赤字部分)
です。厚生年金保険の場合、標準報酬月額の上限は65万円なので、月給が65万円から75万円になっても、厚生年金保険料は変わりません。加えてBパターンでは、ボーナスの支給がないことにより、ボーナス分の社会保険料が発生せず、負担が抑えられるわけです。このように
ボーナスを月給に付け替え、月給が標準報酬月額の上限を超えるように設定する
と、手取りが増えて喜ばれるかもしれません。
ただ、注意すべきなのは、社会保険料の負担が減ることにより、
社員が将来受給する老齢年金の支給額が目減りする可能性がある
という点です。次章で解説しますので、メリット・デメリットをよく考えながら、月給とボーナスのウエイトを決めていくようにしてください。
4 社会保険料を抑えると、老齢年金はどのぐらい減るのか?
老齢年金は「老齢基礎年金(国民年金)」と「老齢厚生年金(厚生年金保険)」の2階建てになっていて、一般的に支給額の多くを占めるのは、老齢厚生年金の「報酬比例部分」です。
報酬比例部分の額は、社員が厚生年金保険に加入したのが2003年度以降の場合、
平均標準報酬額×0.5481%×2003年度以降の厚生年金保険の被保険者期間(月)
で計算します(2002年度以前に加入した場合、計算方法が異なります)。なお、
平均標準報酬額とは、2003年度以降の「標準報酬月額+標準賞与額」の月平均のこと
です。
さて、第3章で「月給65万円、ボーナス120万円」の場合と「月給75万円、ボーナス0円」の場合の社会保険料を比較しましたが、今度は同じ条件で、報酬比例部分の額についてシミュレートしてみましょう。
赤字の部分に注目してください。今回は月給とボーナスの額が変動しない想定なので、平均標準報酬額と報酬比例部分の額は次のようになります。
【Aパターン】
- 平均標準報酬額:75万円((標準報酬月額65万円×12カ月+標準賞与額120万円)÷12カ月)
- 報酬比例部分の額:4万9329円(平均標準報酬額75万円×0.5481%×12カ月)
【Bパターン】
- 平均標準報酬額:65万円((標準報酬月額65万円×12カ月+標準賞与額0円)÷12カ月)
- 報酬比例部分の額:4万2752円(65万円×0.5481%×12カ月)
Bパターンではボーナスの支給がない上に、標準報酬月額も65万円が上限なので、Aパターンよりも平均標準報酬額が10万円低くなります。それに引っ張られ、報酬比例部分の額も、Bパターンのほうが1年当たり6577円低くなります。仮に20年間、同じ状況が続けば、支給額に約13万円の差が出ます。老後のことを考えると安い額ではありません。
現役時代の手取りを増やすか、将来の年金を増やすか、どちらが得かを慎重に考える必要
があるわけです。
なお、老齢年金は、住んでいるエリアによって(社会保険料等の控除額が異なるため)手取り額が変わったり、細かな改正が行われていたりする分野なので、シミュレーションをする際にはぜひ、お近くの年金事務所や社会保険労務士などの専門家にご相談ください。
以上(2024年5月作成)
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