書いてあること

  • 主な読者:水素ビジネスや脱炭素、クリーンエネルギーに関心のある経営者
  • 課題:中小企業が水素ビジネスに参入できるのか、できるならどの分野が有力なのかを知りたい
  • 解決策:水素ビジネスは、「つくる」「はこぶ」「ためる」「つかう」の4分野に分かれる。これらの分野のうち、「ためる」「つかう」分野に期待できそう

1 なぜ今、水素なのか?

2023年6月6日、政府の関係閣僚会議が、

今後15年で官民合わせて15兆円を超える投資を行うという「水素基本戦略」

を公表しました。これは、水素社会を実現するため、2017年に世界に先駆けて策定した国家戦略の改定版です。

なぜ今、水素なのか? 大きな理由は、気候変動対策とエネルギー安全保障です。

水素は燃料として燃やしてもCO2を出さないので「脱炭素」につながります。また、水を電気分解することで水素と酸素をつくり(水電解)、酸素と水素の化学反応で電気エネルギーを生み出すことができます。太陽光発電や風力発電などで生み出した電気を使って水を分解し、水素として貯蔵し、電力が足りないときは水素で発電することも可能なのです。

ロシアによるウクライナ侵攻に伴うエネルギー安全保障の面でも、水素の重要性が増しています。産出する地域が限られる原油・天然ガス・石炭などの化石燃料と違い、水素は、水と電気があればどの国でも生産できるため、世界的にも水素への期待が高まっているのです。

この記事では、水素基本戦略(改定版)のポイントを押さえた上で、

  • 中小企業の参入が期待できる分野
  • 自治体の補助金

について紹介していきます。

■水素基本戦略■

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/saisei_energy/pdf/hydrogen_basic_strategy_kaitei.pdf

2 押さえておきたい水素基本戦略(改定版)のポイント

1)今後15年で15兆円を超える投資を行う9分野

改定版では、「水素産業戦略」と「産業安保戦略」が新しく策定され、

国内外のあらゆる水素ビジネスで、我が国の水素コア技術(燃料電池・水電解・発電・輸送・部素材等)が活用される世界を目指す

という目標を掲げました。そして、「市場規模」「日本企業の技術的優位性」の2つの観点から次の9分野を重点的に支援するとしています。

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2)将来目標

改定版では、新たに次の取り組みが将来目標として設定されました。

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3 中小企業の参入が期待できる分野

1)今は水素ビジネスの情報収集とパートナーづくりをする段階

近畿経済産業局は、2022年から「水素産業ニーズ・ウォンツ発表会~中小企業の参入に向けたマッチング~」を開催しています。同局のカーボンニュートラル推進室へのヒアリングによると、水素ビジネスに中小企業が参入しているケースはまだ少ないそうです。

「水素関連ですでに事業化しているものもありますが、産業としては未成熟な状況であると言えます。国のロードマップでは、2030年ごろには水素サプライチェーンが構築され需要が拡大するとしていますが、今、中小企業はその未来に向けての情報収集や、大手企業の事業化が進んだ際のパートナーとして、スムーズにビジネス参入ができるよう準備をする時期だと思っています」

と言います。2030年は前述した水素基本戦略の将来目標としても掲げられている時期であり、2019年に発表された「水素・燃料電池戦略ロードマップ」でも2030年前後に多くの目標が設定されています。

例えば、燃料電池車は2030年までに80万台程度(7735台/23年4月末現在)、バスは1200台程度(134台/23年4月末現在)、水素ステーションの設置数は2030年度までに900か所(170基181か所/23年5月末現在)にするなどです。近畿経済産業局へのヒアリングによると、規模の大きい分野として、

「モビリティ分野では、燃料電池トラックやバスなどが水素利用のボリュームゾーンとして期待できるかもしれません。中小企業がこれらの分野にビジネス参入するためには、各車両や水素ステーションの部品製造等に必要な高度な生産・加工技術などを身につける必要があります。また、利活用側として水素モビリティを自社で導入するといった動きも進んでいくでしょう」

とのことです。

2)水素ビジネスの4分野

水素ビジネスは、「つくる」「はこぶ」「ためる」「つかう」の4分野に分けられます。それぞれの分野における日本の取り組みや課題、すでに参入している中小企業の事例などを紹介します。

1.「つくる」分野の取り組みや課題

水素を製造するには、水を電気分解したり、天然ガスから取り出したりするなど、さまざまな方法があります。日本は10メガワット級の水電解装置の実証を世界に先駆けて行うなど、次世代水電解装置の開発などを行っていますが、国内外の大規模プロジェクトは海外に比べて遅れているとされています。

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参入企業としては、現在のところ、旭化成、岩谷産業、川崎重工業、東芝、東洋エンジニアリング、三菱重工業などの大手企業が目立っています。

2.「はこぶ」分野の取り組みや課題

水素は常温圧では気体で1キロ当たり約11立方メートルと非常にかさばります。運搬や貯蔵を効率化するには、極低温で液化させる、超高圧で圧縮させる必要があります。また、メチルシクロヘキサンやアンモニアなどの物質との化学反応により液化させる方法もあります。水素と化学反応し液化する物質は「水素キャリア」と呼ばれ、極低温や高圧縮をかけるより安全に圧縮できるとされています。

可燃性の水素を運搬するには安全面の技術課題が多くあります。課題解決に向けて、川崎重工業が世界初の液化水素の運搬船を就航させるなどの成果を上げていますが、今後は海上輸送供給網の整備や運搬船の国内生産設備の増強が課題とされています。

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参入企業としては、現在のところ、ENEOS、川崎重工業、昭和電工などの大手企業が目立っています。

3.「ためる」分野の取り組みや課題

政府は水素ステーションの設置を2030年度までに1000基程度の整備目標の確実な実現を目指す目標を立て、1か所当たり3億~4億円とされる建設費を2億円まで引き下げる方針です。水素ステーションの設置には、自治体の補助金などもありますが、燃料電池車の普及が少ないため、水素を充?する利用者も少なく、開店休業状態のところもあるそうです。

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参入企業としては、現在のところ、ENEOS、岩谷産業などがほとんどの水素ステーションの運営をしています。

一方で、その他部品では中小企業の参入もあり、

髙石工業(大阪府茨木市)の水素ステーション用Oリングはマイナス40度の環境でも使用できる緊急離脱カップリングとして多くの水素ステーションで利用されている

そうです。また、

矢部川電気工業(福岡県大牟田市)は、水素燃料中の一酸化炭素濃度をリアルタイムで連続計測する水素燃料ガス検査システムを販売し、大手都市ガスが水素ガスを販売する際の品質管理装置として活用されている

そうです。

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4.「つかう」分野の取り組みや課題

燃料電池車(FCV)については、どの国でも目標台数に大きく届かないのが現状です。政府はバスやトラックなどの商用車の普及を支援する方針です。普及に当たり、業務・産業用燃料電池の性能向上や低コスト化、メンテナンス体制の構築が課題となっています。

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参入企業としては、現在のところ、国産FCVではトヨタ自動車の乗用車MIRAIとバスSORAが販売されています。燃料電池では家庭用にパナソニック、産業用にAGC、東レ、旭化成などの大手化学メーカーが参入しています。水素交通については、試作機の開発や実証運行が行われている段階です。

一方、FCVを使ったモビリティサービスは自治体を中心に徐々に広がっています。民間では自治体の補助金を活用して、

神姫バス(兵庫県姫路市)がFCバスの定期路線運行を西日本で初めて開始(2021年4月)

徳島バス(徳島県徳島市)がFCバスの定期路線運行を中四国で初めて開始(2021年12月)

するなど路線バスの運行に利用されるようになってきています。また、

日の丸交通(東京都文京区)や仙台タクシー(宮城県仙台市)、神戸エムケイ(兵庫県神戸市)を始めとして、タクシー業界ではFCVのタクシー利用

も始まっています。他に、

バリオスター(香川県高松市)はメタノール燃料電池・移動電源車を開発し停電時や野外イベントの電源用として販売

を行っています。メタノールは高圧水素に比べて取り扱いが易しく、劣化しないため、一斗缶やドラム缶などの標準的な容器で長期保管が可能だそうです。同社では、車体を除いたメタノール燃料電池と小型蓄電池システムのセットだけの販売も行っています。

4 行政による支援例 東京都の補助金・助成金

1)環境省の事業化支援ツール

環境省は水素関連事業に関するお役立ち情報をウェブサイト「脱炭素化にむけた水素サプライチェーン・プラットフォーム」で提供しています。同サイトには水素の基礎知識や官公庁の取り組み、事業化支援ツールなどがまとめられているので、参考にしてください。

■脱炭素化にむけた水素サプライチェーン・プラットフォームについて■

https://www.env.go.jp/seisaku/list/ondanka_saisei/lowcarbon-h2-sc/

2)東京都の補助金・助成金

都道府県などの自治体では、水素の導入や利用に関わる補助を行っている地域もあります。多くが燃料電池車や水素ステーションの整備などです。ここでは一例として、メニューが豊富な東京都を見てみましょう。

東京都による水素ビジネスに対する支援は省エネに関する各種の補助金や助成金に含まれています。また、大企業よりも中小企業への補助額が高く設定されているものもあります。

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再生エネルギーに関わる東京都の補助金・助成金はクール・ネット東京のウェブサイトで確認できます。

■クール・ネット東京 補助金・助成金■

https://www.tokyo-co2down.jp/subsidy

以上(2023年9月作成)

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画像:Deemerwha studio-Adobe Stock

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