いよいよ12月になりました。今日は飛行機の発明で知られる、米国のライト兄弟の話をします。なぜ12月にライト兄弟なのかというと、今から120年前の1903年12月17日、この2人が世界初とされる、動力飛行機による飛行を成功させたからです。実は「世界初」という部分については諸説あるようですが、いずれにせよ「空気よりも重い機械を空に飛ばす」という、当時としては考えられないレベルの偉業を成し遂げた兄弟です。
ライト兄弟の本業は自転車屋で、元々は飛行機とは特に縁のない人たちでした。ですが、自転車の小売りや修理を請け負う傍ら、自分たちのオリジナル製品を作って成功を収めるなど、乗り物への造詣が深かった彼らは、あるときドイツの航空研究家オットー・リリエンタールがグライダーによる飛行を成功させたニュースを耳にし、空の世界に興味を持ちます。その後、リリエンタールが実験中に墜落死したことを知ると、「高い所から風に乗るグライダーではなく、平地から自力で飛び上がれる乗り物を作れないか」と考え、飛行機の発明に本格的に乗り出したのです。
まずはリリエンタールをはじめとする先駆者たちの航空資料などを基に飛行の基本を勉強するところから始め、さらに自分たちの本分である自転車を改良した装置を使って空気の抵抗を測定したり、自転車の部品を使って数百種類の翼の模型を作ったりと、飛行機を飛ばすための研究を地道に続けました。
そして、何百回にも及ぶ飛行実験のデータを蓄積し続け、とうとう1903年12月17日、ライト兄弟は12馬力のエンジンを搭載した飛行機「ライト・フライヤー」を空に飛ばすことに成功します。彼らが飛行機の発明に乗り出してから、約7年の歳月が過ぎていました。なぜ、彼らは最後まで諦めなかったのか。色々な考え方があるでしょうが、私はライト兄弟にとって負けたくない「ライバル」がいたからだと思っています。
それは、先ほどの話にもあったリリエンタールです。彼は、墜落による非業の死を遂げながらも、亡くなる直前に「成功のためには、犠牲を払わなければならない」という趣旨の言葉を残しています。リリエンタールは自分の死を悲観せず、最後まで人類が空を飛ぶ未来に思いを馳せていたのです。ライト兄弟は彼の死をきっかけに飛行機の発明に本格的に乗り出していますから、もしかしたら失敗でくじけそうになったとき、「リリエンタールだったらここで弱音は吐かない。我々も負けてたまるか」と、自分たちを奮い立たせていたのかもしれません。
誰かは内緒ですが、私にもこの会社に負けたくないライバルがいます。自分がくじけそうになったとき、「あの人だったらここで弱音は吐かない」と自分を奮い立たせるようにしています。もし皆さんの中に、私のことをそのように思っている人がいてくれたらうれしい限りです。これからもいい仲間、いいライバルでいてください。
以上(2023年12月)
pj17164
画像:Mariko Mitsuda