例えば、友達がころぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、そのつど自分の中でつくりあげていきさえすればよい

司馬遼太郎氏は、戦後を代表する日本の作家で、「竜馬がゆく」「国盗り物語」「坂の上の雲」など、歴史を舞台にした小説やエッセイなど数多くの作品を残しています。1923年の生まれで、2023年に生誕100周年を迎えても今なお、司馬作品は多くのファンから愛され続けています。

司馬作品の根幹には、司馬氏が第二次世界大戦の際に従軍した経験から、戦争に対するアンチテーゼがあるといわれています。登場人物のいきいきとした描写や、文章の読みやすさはもちろんですが、根幹にある司馬氏の思いの「深さ」が、作品をより魅力的にしているのかもしれません。

冒頭の言葉は、1989年に司馬氏が小学校6年生の教科書のために書いたエッセイに記されている言葉です。司馬氏は、歴史上の数多くの人物を描いてきた経験などから、人間とは何かを突き詰め、未来を担う子供たちに、幾つかのメッセージを伝えました。そのメッセージの1つが、人間は助け合って生きているものだということです。そして、助け合いの基となる「根っこの感情」こそ、他人の痛みを感じることであり、子供たちがその訓練をするよう、冒頭の言葉を記したのです。

また、司馬氏は冒頭の言葉に続けて、「根っこの感情」がしっかりと根づいていけば、「多民族へのいたわりという気持ちもわき出てくる」「二十一世紀は人類が仲よしで暮らせる時代になるのにちがいない」と記しています。さて、21世紀に入って20年以上がたちましたが、私たちは司馬氏の言葉をどれだけ実践できているでしょうか。

1989年に司馬氏の言葉を教科書で読んだ小学6年生は、もう40代後半になっています。会社の中核を担う立派なビジネスパーソンに成長した人も多いでしょう。ですが、司馬氏の言う「根っこの感情」を、今もなお大事にしている人がどれだけいるかというと、残念ながら全員ではないでしょう。私たちは、自分がどれだけ他人を思って行動できているのか、もう一度問い直してみる必要があります。

転んだ友人の痛みを分かってあげられていると思えるのであれば、同じ会社の社員が困っているときに手を差し伸べられているでしょうか。自社の利益を重視するのはもちろんですが、自社の製品・サービスは本当にお客さまを幸せにしているのか、常に気にしているでしょうか。取引先とWIN-WINな関係が続けられるように、最善を尽くしているでしょうか。街で見かけた、困っていそうな人に声を掛けられているでしょうか。地域や社会のために、何か貢献できているでしょうか。世界各地の不幸なニュースに無関心になっていないでしょうか。後世の人たちが私たち以上の暮らしができるよう、「負の遺産」を残さないように心掛けているでしょうか。

もう一度原点に立ち返って、司馬氏の言う「根っこの感情」が根づくように、訓練し直してみませんか。

出典:「二十一世紀に生きる君たちへ」(司馬遼太郎、世界文化社、2001年2月)

以上(2023年6月)

pj17609
画像:Lighthouse17-Adobe Stock

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