書いてあること
- 主な読者:現状の組織に課題を感じ、再編などを検討している経営者
- 課題:同調圧力が生じたり、集団思考(グループ・シンク)に陥ったりして、マンネリ化や誤った意思決定が行われるため、組織変革がうまくいかない
- 解決策:意思決定に携わる参加者を変える、あえて反対意見を出させるなど、組織を硬直化させない工夫が必要
1 組織変革がうまくいかない原因
企業における組織上の問題というと、どのようなものを想像するでしょうか? 例えば、「従業員のモチベーション低下」や「コミュニケーション不足」は組織の規模や形態を問わず取り上げられがちな課題かもしれません。
こうした足元の課題解決も大切ですが、その一方で、より根本的な対策を講じるためには、もう一歩踏み込んで「組織」のあり方を考える必要があります。
この記事では、組織上の問題を検討する上で参考となる経営組織論の視点から、次の問題を取り上げ、解決策の一例を提案します。
- 誤った意思決定が行われる
- 組織変革がうまくいかない
- 働き方が多様化している
2 組織による誤った意思決定が行われる要因は?
1)集団における意思決定の落とし穴
一見、組織内での集団による意思決定は、個人による意思決定よりも合理的で、より成果の上がる決定ができると考えられがちです。しかし、常に正しい判断や質の高い意思決定が行われるわけではありません。組織内での集団による意思決定は、個人であれば恐らく行わないような誤った判断をしてしまうときがあります。
2)同調圧力と集団思考
個人の場合における意思決定と組織における意思決定が大きく異なる要因の1つに「同調圧力」があります。同調圧力が組織内に見られる場合、ある参加者が正しい意見を出したとしても、「多数の参加者の意見と異なる」と感じて自己の意見の正当性を否定し、他の参加者の意見に従ってしまうことがあります。
もう1つ、集団での意思決定において注意しなければならないのは「集団思考(グループ・シンク)」です。集団思考とは、集団での意思決定を行う場合、集団としての合意を優先するあまり、「集団構成員への批判抑制」「自集団の過大評価」「外部集団の過小評価」など誤った情報処理をしてしまい、結果として不適切な決定が下されることをいいます。
集団思考が発生する要因はさまざまですが、例えば、
- 意思決定を行う集団の結び付きが強い場合
- 外部から隔離されるなどして、情報収集が困難な状況である場合
- 優秀で強いリーダーシップを発揮するリーダーが存在する場合
に発生しやすいといわれています。こうした集団内では、絶対的なリーダーの意見に従う傾向が強まります。その上、情報収集ができないために、意見の妥当性を慎重に検討することなく意思決定が行われてしまうこととなります。その結果として不適切な意思決定を生んでしまうのです。
3)集団における誤った意思決定を避けるには
1.誰かが集団とは異なる意見を述べる
同調圧力の発生は心理学的観点から見ると、「他の参加者と違う意見を述べることで、集団内での自己の評価が下がるのではないか」という恐怖感が影響しているといわれます。この同調圧力を緩和するには、集団とは異なる意見が言いやすい状況をつくり出すことが最も基本的な対策となります。集団と異なる意見を言う参加者がいれば、他の参加者も「自分だけが違う意見を持っているわけではない」と考え、集団内であっても自分の意見が言いやすくなるからです。
2.意思決定の場の参加者を変える
いつも同じメンバーで意思決定を行っていると、集団の凝集性が高まり、集団思考が発生しやすくなります。組織における集団思考を回避するためには、意思決定を行うメンバーを変えることですが、メンバー全員を毎回変更するのは難しいかもしれません。
そこで、経営者の目から見て、意思決定やアイデアがマンネリ化しているなど集団思考の兆候が見られる場合は、若手従業員などを会議に参加させるなど、経験や役職にとらわれずメンバーを同じ人で固定しないことで、意思決定の過程に多様性を持たせることも重要なポイントです。
3 組織の永遠の課題である組織変革を実現する
1)組織が変わることの難しさ
組織変革は、企業が生きながらえるためには常に直面する課題です。コロナ禍など企業を取り巻く外部環境や企業自身の内部環境の変化、あるいは新規事業進出・既存事業撤退などさまざまな要因により、企業は常に新しい組織像を求められます。
しかし、既存事業を行うために完成された組織を変えることは、非常に困難を伴う取り組みです。これには、「組織には変わることを拒むという性質がある」ためです。組織変革について考える際には、まずこの性質について「組織全体のレベルでの問題」と「個人レベルでの問題」に分けて理解する必要があります。
1.組織全体のレベルでの問題
組織変革を強く意識せずに、特段の取り組みを行わない場合、組織は既存事業の強化など「現在の組織構造を強化する」傾向があります。
例えば、設備投資は、その事業をより効率的に行うことのできる設備などが対象になります。人事面では、その事業に対する高い能力を有する人材を採用したり、そうした能力を少しでも高めることができるように教育・訓練をしたりするはずです。
また、指揮命令系統や部課などの組織構造も、既存の事業などに最適なものに形成されていきます。さらに、従業員の行動様式に影響を与える組織文化も、事業遂行に適したように形成されていきます。
このような「現在の組織構造を強化する」という流れは、今の組織構造を変化させる組織変革にとっての大きな障害となります。
2.個人レベルでの問題
組織全体のレベルとは別に、実際に組織を動かす従業員などの中にも変わることを拒む性質があります。これは、組織にいる従業員の特徴というよりは、むしろ人が本質的に持つ特性といったほうがいいかもしれません。
人が変化を好まない理由の大きな要因に、「先が分からないという不安感」があります。例えば「変革に伴って業務内容が変わるが、私にできるだろうか?」「今までの業務では高い評価を得られたが、新しい業務でも同様に高い評価を得ることができるのか?」「業務量が増えるのではないか?」など、新しいことに対してはさまざまな不安がつきものです。その結果、「先の分からない『変化』よりも、現状のままがいい」という気持ちが強くなってしまうのです。
組織変革の難しさは、組織全体のレベルでの変革と個人レベルでの変革を、バランス良く行わなければならない点にあります。しかし、実際の組織変革への取り組みを見ると、制度面の変更など、比較的容易に取り組むことができる組織全体のレベルでの変革には注意が払われているものの、個人レベルでの変革については、十分な注意が払われていないことが多いようです。
2)個人レベルでの変革を行う際の基本的な考え方
個人レベルでの変革を行う際の基本的なポイントは次の通りです。
- 組織変革の必要性(現状のままでいることは許されない理由など)を理解させる
- 組織変革を通じて実現する新たな組織像や、そのためにどのように変わる必要があるかという具体的な方向性を示す
- 組織変革の成果を実感させる
- 1.~3.の取り組みを継続する
1.で「現状のままがいい」という甘えを絶ち、真剣に組織変革に取り組まなければならないという事実をしっかりと認識させます。2.で「先がどうなるか分からない」という不安感を払拭するとともに、自身が組織変革のためにすべきことを具体的に示すことで、組織変革に取り組みやすい状況をつくります。3.で具体的な成果を通じて組織変革の正しさなどを実感させ、組織変革に取り組もうというモチベーションを高揚・維持させます。そして、4.で従業員の心の中に時折頭をもたげてくる「以前の状況に戻りたい」という気持ちを抑え、継続的に組織変革に取り組んでもらうようにします。
個人レベルでの変革において、経営者が注意しなければならないのは、「分かっている『はずだ』」という思い込みです。規模が小さな企業では日常のコミュニケーションを図りやすいこともあり、経営者は「何度も言わなくても、従業員は分かってくれているはずだ」と思いがちです。しかし、これでは個人レベルでの変革は実現できません。「常に、組織変革の必要性や、熱意を持って新たな組織像を語り続ける」といった姿勢が必要なのです。
4 多様化する働き方に対応する組織づくり
1)多様化する働き方
コロナ禍を経て「従前と同じやり方では、業務をスムーズに進められなくなった」など、組織上の問題を感じる経営者は少なくありません。その背景には、リモートワークやオンラインミーティングが普及し、「お互いの顔が見えない離れた場所で働いているため、コミュニケーションが取りにくくなった」といった要因が挙げられます。
こうした環境の変化に対応しながら、組織運営をスムーズに行っていくためには、さまざまな対策を講じることが求められます。ここでは「組織のライフサイクル」という考え方を基に、多様化する従業員に対応するための問題を考えてみます。
2)組織のライフサイクル
組織の変遷は、「誕生・成長・衰退」といったライフサイクルで表すことができます。ライフサイクルの段階区分はさまざまな定義がありますが、ここでは「1.起業段階→2.共同化段階→3.公式化段階→4.精巧化段階」と仮定して話を進めていきます。また、段階ごとに、戦略・マネジメントスタイル・リーダーシップの在り方などさまざまな特徴が見られますが、組織という視点から簡単にその特徴を紹介します。
1.起業段階
組織が誕生したばかりであり、規模が小さいことから組織の柔軟性は高く、組織的な活動というよりは、むしろ個々の従業員、特に経営者(この時点では創業者である場合が多い)の個人的な資質や魅力に強く依存しながら事業が展開されます。また、創業者の理念や夢(それを形にした企業理念など)に対する熱い思いが従業員の間で自然に共有されており、従業員はそうした要因に強く動機付けられながら業務に携わります。
2.共同化段階
組織の規模が大きくなってくるため、次第に経営者の個人的な資質や魅力に依存した組織運営が難しくなっていきます。また、人材も多様化してくるため、創業者の理念や夢を自然と共有することも難しくなってきます。そのため、経営者に求められる能力としては、組織を運営していく上で不可欠なマネジメント能力の重要性が増してきます。
3.公式化段階
組織の規模が拡大していくとともに組織内での活動が幅広くなり、経営者がマネジメントできる範囲も限られるようになってきます。組織内において経営者からの権限委譲が進み、それに伴って組織は部門ごとに分割されるなどして、組織区分の明確化や組織の階層化が図られ、官僚的組織が形成されていきます。また、経営者の役割は、マネジメント業務から戦略の策定など、組織活動の方向付けを行う役割が中心になってきます。
4.精巧化段階
官僚的組織が定着するに従って、セクショナリズムや責任回避といった官僚的組織のデメリットが顕在化し、組織の硬直化が進みます。こうした問題を解決するためには、プロジェクトチームやタスクフォースなどの横断的な組織制度を導入するなど、組織の柔軟化・活性化が重要な課題となります。
3)組織のライフサイクルから問題を考える
一般的に、組織の成長は「従業員数の増加」を1つの基準として語られます。しかし、これは単に従業員数の増加という視点だけではなく、それに伴う「従業員の多様化」という問題を考える際にも参考にすることができます。例えば、規模は決して大きくない中小企業においても、従業員の多様化などが原因で組織のライフサイクルと同様の特徴(問題点)が見られるケースは少なくありません。
組織のライフサイクルに準じて考えると、中小企業が特に注意しなければならないのは、起業段階から共同化段階に至る過程かもしれません。中小企業の中には、企業経営の大部分を経営者の個人的な資質や魅力に依存しているといった、起業段階が未成熟な組織のままでとどまってしまっている場合が少なくないからです。
しかし、起業段階の未成熟な組織が成り立つのは、従業員の多くが創業当時のメンバーであり、創業者の理念や夢に対する熱い思いを共有できているといった要素に負うところが大きいのです。創業当時から苦楽を共にしている従業員の間には親密なコミュニケーションが図られています。そのため、例えば「自身の担当業務ではなくとも、他の従業員が困っていたら協力を惜しまない」というように、指示がなくても相互補完的に業務を遂行するなどしているため、未成熟な組織であっても組織として成立し得るのです。創業者の理念や夢を共有できているからこそ、従業員は「それを実現したい」という思いから、未成熟な組織の中でも高い貢献意欲を持って進んで業務に取り組むことができます。
規模自体はそれほど大きくなくとも、従業員や働き方の多様化が進めば、その中で創業者の理念や夢を自然と共有することは難しくなってきます。従って、組織運営をスムーズに行っていくためには、何らかの施策を講じる必要が出てきます。
例えば、「創業時の理念や夢を共有できるように、従業員に熱意を持って説き続ける」といった対策を再強化することも有効かもしれません。その一方で、自社の状況を勘案しながら組織のライフサイクルを参考に、新たな組織づくりに取り組むことも有効な対策の1つとして検討することができるでしょう。
以上(2024年1月更新)
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