孤高の天才ドライバー、アイルトン・セナ。彼が言う「集中」の意味、そして勝利への覚悟が分かる一言とは?

結局、自分や他人の失敗から学んでいくしかないんだ。それが僕のいう、『コンセントレーション(集中)』の意味だ

アイルトン・セナは、F1世界選手権において、1988年、1990年、1991年と計3度のチャンピオンを獲得した、ブラジルのレーシングドライバーです。彼がレース中の事故でこの世を去ってからちょうど30年。今なお世界中のレーシングファンの憧れであるセナは、1988年からの約6年間、イギリスのレーシング・チームであるマクラーレンに所属していました。当時、マクラーレンとタッグを組んでいたのは日本企業のホンダです。

冒頭の言葉は、当時ホンダのF1総監督だった桜井淑敏(さくらい よしとし)氏が、セナに「F1のドライビングの難しさは?」と聞いた際の返答の一部です。セナが口にした「集中」という言葉を、私たちは「余計なことを考えず、一点だけを見据える」という意味で捉えがちですが、彼の場合はその逆でした。セナの考える集中とは、「自分を取り囲むあらゆる要素、つまりレースにおけるその時々の状況、サーキットやマシンのコンディション、天候などを完全に理解すること」でした。要するに、ゴールの一点だけを見据えて走るのではなく、視野を広く持って周囲を冷静に観察しながら走るというアプローチです。

デビューして間もない頃のセナは、速く走りたいと気が急くあまり、マシントラブルやアクシデントを起こすことが度々ありました。ただ速く走るだけではトップに立てないと気付いたセナは、「自分の感情をコントロールし、置かれているシチュエーションを完璧に読み解くこと」を信条とします。何度も失敗を繰り返しますが、その失敗の繰り返しこそが彼の集中力を研ぎ澄ましていったのです。その先に3度のチャンピオン獲得という栄光があったことは言うまでもありません。

社員の人生や会社の未来を一身に背負う経営者もまた、並大抵ではない集中力が求められますが、「成功したい」と気が急くあまり、周りが見えなくなっているときはないでしょうか。そんなときこそセナの言葉を思い出し、「自分や会社の置かれているシチュエーションを読み解くこと」に集中してみてください。

そして、もう1つ忘れてはならないのが、集中を支える「原点」です。誰しも集中力を維持することは簡単ではありません。なぜ、セナは維持できたのか。それは、一選手としての重圧だけでなく、故郷の未来も背負って戦っていたからです。

セナは生前、獲得した多額の賞金を匿名で、故郷・サンパウロ(ブラジル)の病院や施設に寄付していました。レースを終えるたびに貧富の差が激しい故郷へと戻り、その現状を見て「故郷のために負けられない」と気持ちを新たにし、次のレースに向かう。それが彼の原動力だったのです。

自分の原点は何か。自分は今どこに立っているのか。冷静に考えていけば、視界はクリアーになり、進むべき道が自然と明らかになります。その先にはきっと、「成功」という勝利のチェッカーフラッグが見えてくるはずです。

出典:『セナ(RiversidePress)』(桜井淑敏、谷口江里也(著)、早川書房、1996年12月)

以上(2024年6月作成)

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2024年6月から始まる「定額減税」の内容とやるべきことを整理

書いてあること

  • 主な読者:社員の給与計算を担当している給与計算担当者
  • 課題:イレギュラーな手続きであるため、減税の処理の漏れも心配だが、そもそも現場では何をすればよいのか把握できていない
  • 解決策:2024年6月以降に支払う給与等の源泉徴収税額から定額減税額を控除し、年末調整時も定額減税を反映させた精算が必要になる

1 2024年6月から始まる「定額減税」とは?

昨今の物価上昇を上回る賃上げを実現するために、令和6年度税制改正で決まった所得税と住民税の定額減税。定額減税とは、

2024年6月以降、会社から支給される従業員の給与、賞与から所得税と個人の住民税に一定額の減税(税額控除)が行われる制度

です。

定額減税の処理の一部は、社内の給与計算担当者が一定の調整を行わなければなりません。もし、その調整を忘れてしまうと、社員が受けられるはずの減税の恩恵を受けられず、損をしてしまいます。定額減税のようなイレギュラーな対応を漏れなく行うために、事前に何をすべきなのか、制度の概要とともに何をすべきかを把握しておきましょう。

1)定額減税の対象者

定額減税の対象者は、以下のすべての要件を満たす人です。

  • 2024年1月1日時点で日本国内に住所を有する個人、または現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人であること
  • 2024年分の所得金額が1805万円以下であること
  • 給与収入のみの場合は年収2000万円以下であること
  • 子ども、特別障害者等を有する者等の所得金額調整控除の適用を受ける場合、2015万円以下であること

2)定額減税の減税額

実際の減税額は次の通りです。

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2 【所得税】定額減税で新たに生じる実務

所得税については、

  • 給与計算:2024年6月以降に支払う給与などの源泉徴収税額から定額減税額を控除(月次減税事務という)
  • 年末調整:2024年10月~12月の年末調整作業時に定額減税額に基づいた精算を行う(年調減税事務という)

の2つの実務が生じます。

1)給与計算

2024年6月1日以降に支払う給与について、月次減税額(2024年6月以降に支払う給与などの源泉徴収税額から控除する3万円の定額減税額)を源泉徴収額から、できる限り控除します。

賞与支給月は、同月に給与と賞与の支給が発生すると思います。まず先に支給される給与もしくは賞与から月次減税額を控除します。控除しきれない場合、その後に発生する給与もしくは賞与から残額を控除します。

もし、従業員の収入額や扶養家族の人数などにより、6月中の給与や賞与だけで月次減税額の上限に達せず、控除しきれない場合は7月以降の給与や賞与に繰り越して残額を控除していきます。

なお、これらの処理は、2024年6月1日時点で勤めている従業員(定額減税対象者で、扶養控除等申告書を提出している人に限る)に対して行います。6月2日以降に入社した従業員については月次減税事務ではなく、年末調整減税事務で対応します。

また、2024年6月時点では、合計所得金額が1805万円を超えると見込まれる役員や従業員に対しても月次減税処理を行う必要がある点には注意が必要です(年末調整時において精算)。

2)2024年末の年末調整ですべきこと

従業員本人およびその家族の12月31日時点の状況を確認し、

  • 所得税の定額減税対象者であること
  • 定額減税対象者の場合の減税額

を確認した上で年末調整により年間の所得税額の調整を行います。

また、6月2日以降に入社した従業員や役員(前職で定額減税の処理が終わっている人は除く)に対しては、ここで定額減税額を控除します。なお、年末調整時に合計所得金額が1805万円を超えると分かっている役員や従業員については、この制度の対象外であるため、定額減税額を控除しないで年末調整を行います。

3 【住民税】定額減税で新たに生じる実務

1)住民税の処理の基本

住民税の実務はシンプルです。具体的には、

各市区町村から、定額減税を反映した特別徴収税額決定通知書が送付されてくるので(各従業員分)、そこに記載されている金額を法定控除する

ことになります。

注意すべきは特別徴収です。従来、ほとんどの給与所得者は前年度の所得に基づいて当年6月から翌年5月にかけて給与から住民税を特別徴収します。しかし、定額減税の対象者については、

2024年6月の特別徴収額を0円

とします。その上で、以下の計算式で計算した金額を11で割った金額を年間の住民税として、2024年7月の給与から2025年5月の給与にかけて特別徴収します。

所得割―定額減税額+均等割+森林環境税

2)源泉徴収票への記載

定額減税の対象者については、源泉徴収票の摘要欄に以下の通り記載する必要があります。

「源泉徴収所得税減税控除済額〇〇円」

「控除外額〇〇円」

ちなみに、年末時点で控除外額がある場合の調整給付に関しては、各市区町村により実施されるため企業側の対応は不要です。

以上(2024年6月)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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Z世代のトリセツ イマドキの若手社員を指導する際に知っておくべき3つのポイント

書いてあること

  • 主な読者:入社1~3年目のZ世代の若手社員を指導する上司
  • 課題:Z世代には、これまでの指導法が通用しない……
  • 解決策:「対面の指導を望む」など、Z世代の特徴を踏まえた指導をする

1 Z世代の若手社員向けに指導をアップデート

入社1~3年目の若手社員は、いわゆる“Z世代”(1990年代半ば~2010年代初頭生まれ)と呼ばれ、ようやく戦力になった“ミレニアル世代”(1980年代~1990年代半ば生まれ)とは違う価値観を持っています。

日本能率協会マネジメントセンター「イマドキ新入社員の仕事に対する意識調査2023」(以下「調査」)によると、Z世代の若手社員は、上司の指導に関して次のニーズを持っています。

  • デジタルネイティブだけど対面での指導を望んでいる(社内の人間関係が大切で、自分のことを認めてほしい)
  • 自分が納得のいく方法で指導してほしい(自分らしく、自分のペースで取り組みたい)
  • うまくいかなかった経験から学びたいが、失敗はしたくない(無理のない範囲で成長したい)
  • 時には厳しい指導も望むが、理由や目的を明確に伝えてほしい(きちんと納得した上で、指導を受け入れて成長したい)

この記事では、Z世代の若手社員(以下「Z世代 」)の特徴を捉えた指導法を紹介します。

2 指導で押さえておくべき3つのポイント

1)遠慮せずに対面でコミュニケーションを取る

Z世代は、対面での指導を望む傾向があります。調査でも「報告・連絡・相談をするのに、有効と感じるのは対面とチャットツールのどちらか」という質問に対し、74.4% が「対面」を望んでいます。この点を踏まえると、リモートワークをしている会社でも、上司は伝えるべきことは対面で伝えることが大切です。

また、「これくらいは分かっているだろう」と放置せず、「ここは理解している?」と細かく確認しながら、必要な指示を出すようにします。さらに、Z世代が理解した指示の内容を言葉で表現してもらうと、確認できるので確実です。

「任せた」「やっておいて」という言葉にも注意しましょう。上司からすれば期待を表現した言葉であり、Z世代にとってもやりがいがあるはずです。しかし、共有すべきことが共有されていないと、互いにイメージと違ったアウトプットになり、ストレスが高まります。もしもZ世代からアウトプットされた仕事が上司のイメージと違った場合は、きちんと認識に齟齬(そご)があったことを認め、丁寧に説明した上で修正を依頼することが必要です。

2)無理をさせず、じっくりと育てる

Z世代は、まずは自分の能力の範囲で仕事をしたいと考えています。調査でも「自分自身が成長することについて、どのように考えるか」という質問に対し、53.9%が「無理のない範囲で業務に取り組みたい」と回答しています。この点を踏まえると、上司は大きく構えてZ世代と接する必要があります。

例えば、Z世代から「ちょっと難しいです」「期限に間に合いそうにないです」と言われると、上司はむっとしてしまいますが、Z世代は「今の実力ではまだ難しい」ということを真剣に上司に訴えているだけです。部下の成長を望むのが上司ですが、そこは焦らず、少しずつ難しい仕事や、量の多い仕事を任せるようにしてみましょう。

また、調査では「新しい知識やスキルを身につけることは重要か」という質問に対し、「YES」と答えたZ世代が86.0%います。これは、ミレニアル世代(80.7%)よりも高い数値です。無理をしたくないだけで、「学びたい、成長したい」という意欲自体はZ世代は十分に持っているので、働きぶりを見ながらゆっくりと業務の幅を広げていくとよいでしょう。

3)いつの時代も? 褒めると伸びるタイプ

Z世代は、褒められながら成長したいという傾向があります。調査でも「自分はどのように指導されることで、成長していけると考えるか」という質問に対し、65.7% が「できている点に目を向け、褒めてもらう」ことを望んでいます。この点を踏まえると、上司は、ささいなことでも、きちんと褒める配慮が必要です。

Z世代は、まだ自分の仕事に自信が持てていません。Z世代が1つの仕事を終えても、上司から何も言われずにすぐに次の仕事を振られてしまうと、「本当にこれでよかったのか」という不安が生じます。この気持ちが続くと、Z世代は「自分はあまり期待されていない」と思うようになり、上司の言葉も次第に響かなくなってしまいます。そこで上司は、

Z世代の仕事や仕事ぶりに良い点を見つけたら、積極的に褒める

ようにします。その際、褒める基準を明確にします。特に、Z世代は失敗を恐れる傾向が強いので、成否を問わず挑戦に対して褒めるようにします。

一方、重大な過失に関しては、50.8%のZ世代が「二度と同じ失敗をしないためにも、本気で厳しく叱ってもらいたい」と回答しており、必要に応じて厳しい指導も望んでいます。しかしその際、Z世代が厳しく指導される理由を納得できるように説明する必要があります。例えば、「悪かった点とその理由を具体的に伝える」「不明な点は確認する(決め付けない)」「過去のミスや人格などに話を発展させない」「人前で叱らない」などを踏まえた上で指導すれば、Z世代は成長のために不可欠なものとして受け入れてくれることでしょう。

以上(2024年6月更新)

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画像:unsplash

事業再構築補助金の採択事例から見る、新規事業開発のヒント

書いてあること

  • 主な読者:新分野展開、業態転換、業種転換などのヒントをつかみたい経営者
  • 課題:ちまたに情報があふれていて、どれが自社に合っているか分からず、コストも心配
  • 解決策:「事業再構築補助金」の採択事例に注目し、補助金をもらいながら事業を見直す

1 事業再構築補助金はビジネスヒントの宝庫?

経営者は、会社を成長させるために、常に新しい事業の可能性を模索しています。ただ、ビジネスが複雑化し、目まぐるしいスピードで変化し続ける昨今は、会社の方向性を見定めるのも一苦労です。そんなときにヒントとなるのが、

中小企業が思い切った事業再構築(新分野展開、業態転換、業種転換など)に取り組むことを支援する「事業再構築補助金」

です。

本来は、コロナ禍で商品・サービスの需要や売り上げが減退した中小企業を救済するための補助金ですが、その採択事例の中には、今の時代に新たな取り組みにかじを切ろうとする経営者にこそ見てほしいものがあります。

国が、今後どのような中小企業の取り組みを支援し、どのような産業や業種・業態を後押ししようとしているのかを測る指標にもなるので、事例を知っておいて損はありません。

この記事では、事業再構築補助金の今後の動きを紹介しつつ、これまで採択された数多くの事例のうち、いくつか汎用性のありそうなものをピックアップして紹介します。

2 国が「成長を見込む」業種・業態とは

事業再構築補助金について今押さえておきたいトレンドが、

第12回公募における類型の見直しから生まれた「成長分野進出枠」

です。これはさらに「通常類型」と「GX進出類型」に分かれています。

まず、

通常類型は、過去~今後のいずれか10年間で、市場規模(製造品出荷額や売上高など)が10%以上拡大する業種・業態への新規参入などを支援するもの

です。

具体的には、国が経済産業省の統計データを基に選出した109種の他、各業界団体から客観的なデータを募って選出した38種が対象です(2024年5月7日時点)。38種には宇宙機器産業やリチウムイオン蓄電池の製造関連、キャンプ場・グランピング施設宿泊業、eスポーツ興行などがあり、こうした対象業種・業態のリストを見るだけでも、今後新規事業や参入を考える際の参考になります。

また、

GX進出類型は、「2050年カーボンニュートラル(2050年までに二酸化炭素の排出を実質ゼロとする取り組み)」の実現に当たり、成長が期待される産業(14分野)について、研究・技術開発や人材育成を行う中小企業を支援するもの

です。

14分野は洋上風力・太陽光・地熱産業や水素・燃料アンモニア産業といった次世代エネルギーの開発から、自動車・蓄電池産業といった製造分野、住宅・建築物・次世代電力マネジメントなど多岐にわたります。

成長分野進出枠は、国が今後成長を見込み、後押ししていこうと考えている業種・業態が対象となっています。事業再構築補助金ウェブサイトでチェックしておくとよいでしょう。

■事業再構築補助金ウェブサイト■
https://jigyou-saikouchiku.go.jp

上のURLをクリック後、

  • 「通常類型」については、「2023.09.13 第11回公募以降の成長枠対象業種・業態リストの公開について」
  • 「GX進出類型」については、「2022.04.19 グリーン成長枠の想定事例集について」

に進むと、それぞれの対象となる業種・業態を確認できます。

3 採択事例から見る新規事業開発のヒント

1)自社の遊休地を活用してドッグラン・グランピング複合施設をオープン

自社のリソースをそのまま活用して、新しい分野での事業展開に成功した会社の事例です。

この会社は、建設会社向けの機械のリースなどを手掛けてきましたが、コロナ禍の影響に加え、大手レンタル会社が業界に参入してきたことなどで、営業赤字が続いていました。そこで

事業再構築補助金を活用し、機械のストックヤード用の遊休地に全天候型のドッグランコートを備えたグランピング施設をオープン

しました。

既存の事業の資産、人材、ノウハウなどをそのまま活用することで、施設内の機器の導入費やメンテナンス費用が抑えられ、低価格でサービスを提供できています。しかも、元々首都圏とつながる高速道路のインターチェンジより数分という好立地にあるため、競合他社との差異化も図れています。

コロナ禍以前からあったグランピングの需要と、コロナ禍で高まったペットという孤独を癒やしてくれる存在の需要、その両方を取り込んだ事例といえます。

2)鉄工職人の技術を活かしてアウトドア製品を開発

これまで培ってきた専門技術を活かして、新しい分野に挑戦した会社の事例です。

この会社は、水門などの水利設備を製造してきましたが、コロナ禍の影響に加え、水利設備工事自体が、新しいものを建造するより既存のものを長寿化させる方向へとシフトしてきたこともあって、売り上げの確保が厳しくなっていました。そこで、

事業再構築補助金を活用し、在籍する鉄工職人の技術を生かしたアウトドア製品を開発

しました。

2年以上の歳月を費やして開発したのは、アウトドア用の窯・コンロ一体型グリル。オーブン調理とバーベキューを一度に楽しめるようにした製品です。水門設備にも使っているステンレス素材を採用して、耐久性が高くて熱効率の良い設計、組み立ての必要がない手軽さなど、鉄工職人の熟練技術を活かした製品となっています。

従来のビジネスのノウハウをコロナ禍でも好況だったアウトドア市場に横展開し、注目を集めた事例といえます。

3)高度な技術力で別分野に進出

これまで特殊分野で培ってきた高い技術力を活かして、対面で調整する必要が少ない部品の受注生産への新規参入に挑戦した会社の事例です。

この会社は、ミクロン単位の超高精度の切削加工技術を持ち、航空・宇宙、自動車、半導体、建設機械などさまざまな分野で、小ロットの特注品や、産業機器の試作開発を得意としてきました。しかし、コロナ禍では対面での細かな調整や確認が難しくなったことで多くのプロジェクトが停滞、新規案件も激減してしまいました。そこで、

事業再構築補助金を活用して、対面のやり取りが発生しづらい超高速鉄道用の部品製造事業にも参入

することにしました。

超高速鉄道用の部品は、あらかじめ指定されたスペックに基づいて製造するので、試作品を作るときのように何度も現場でやり取りする必要がありません。さらに、品質が顧客から認められれば、長期にわたって安定した取引ができます。

自社の強みを活かせる事業として、コロナ禍の状況でも対応できる堅実な成長産業に新規参入した事例といえます。

4)発泡プラスチック成形機の製造から電気自動車分野に参入

自社の強みとする素材の加工技術を活かして新規の事業分野に参入し、さらに参入市場にそれまでなかった新しいニーズをもたらした会社の事例です。

この会社は、発泡樹脂成形品の成形機や金型の設計・製造、発泡樹脂製品の断熱材や家電の部品、自動車の内装部材などを手掛けてきました。ですが、これらの商材は、プラスチック使用量の削減や、新築住宅戸数の減少などで需要が減ってきていました。そこで、

事業再構築補助金を活用して、これまでの成形加工技術と金型設計ノウハウを生かせる電気自動車向けバッテリーケースの製造分野に参入

することにしました。

電気自動車向けバッテリーケースは、円筒型やパウチ状などさまざまな形状があるため、高精密の特殊な金型や、機械制御の技術が要求されます。これまで多様な高機能発泡製品を原料の性質に合わせて製造してきた技術を活かし、この課題に対応した成形機を設計・導入します。また、従来のバッテリーケースはスチール製のため、重量や電池安定性の問題、漏電・発火事故などのリスクがありましたが、発泡樹脂製品に置き換えればそれらの課題も解消できます。

電気自動車分野と一口に言っても関連部品は多く、市場の要求に耳を傾けることで新規事業につながった事例といえます。

5)化石燃料と新エネルギーの両方を取引先にして経営を安定化

従来の事業分野が縮小していくのに伴い、その代替として成長している事業分野にも参入した事例です。

この会社は、国内の火力発電所を中心とするプラントに工業用弁やバルブを提供してきました。バルブメーカーにとって、近年の化石燃料依存から脱却していく方針や、再生可能エネルギー推進の動きは、ビジネス上の脅威といえます。そこで、

事業再構築補助金を活用して、エネルギー産業機械部品などの加工分野に参入

することにしました。

新規事業として考えられたのは、火力発電の代替となる新エネルギー分野の部品です。原子力発電所の弁遠隔操作装置の微細加工や、水素関連設備用機器の製作などです。これまで高く評価されてきた製造技術と品質管理能力を活かし、迅速さと低コストを武器に勝負を懸けました。

同一市場の中でも、縮小傾向の事業と拡大傾向の事業を両立させると、バランスのいい事業ポートフォリオを構築できるかもしれないというヒントを与えてくれる事例です。

6)工具メーカーが医療機器産業へ参入

異業種同士の連携コーディネーターとの出会いから、従来の製品と全く違うジャンルの製品の開発・製造に取り組んだ事例です。

この会社は、製鉄工具や土木工具の独自開発・製造・販売を手掛けてきました。ですが、国内の製鉄産業は高炉数がどんどん減っており、成長が見込めないという状況でした。そこで、

事業再構築補助金を活用して、医療機器産業へ参入

することになりました。

意外な業界へ参入することとなったきっかけは、医工連携コーディネーター(注)との出会いです。これまで培ってきた技術力を活かし、外科手術に使う内視鏡スコープレンズの洗浄装置の開発に挑戦することを決めました。さらに、販売代理店や行政との連携によって販売を推進していきます。

異業種の方や業界をまたぐ人材との出会いは、ときに思いがけない事業転換のきっかけになるということが再確認できる事例といえます。

(注)優れた技術を持ち、医療機器産業への参入意欲のある企業と、医療機器の製造販売企業や臨床機関とのマッチングを支援できる人材のこと

7)ワーケーションのためのテレワーク対応ホテルを整備

コロナ禍によって需要が高まったワーケーション(リゾート地などに滞在しながらテレワークをすること)に対応した会社の事例です。

この会社は、自然豊かな土地でホテル業を営み、宿泊のみならず結婚式や宴会も手掛けていました。ですが、コロナ禍による影響で予約キャンセルが相次ぎ、売り上げの6割を占める結婚・宴会部門が特に甚大な影響を受けます。そこで、

事業再構築補助金を活用し、コロナ禍で需要が増えたワーケーション対応の宿泊施設を新たに整備する

ことを決めました。

施設の共有スペースには、モニター用の50型テレビや、FAX・コピー機などのオフィス機器を配置。ミーティングスペースも用意するなど、コワーキングに十分な設備をそろえています。さらに、共用のキッチンや大型冷蔵庫、コインランドリーも設置しており、長期の宿泊でも対応できるようにしました。

もともと取り組みたいと考えていたワーケーション事業の需要がコロナ禍で高まったタイミングをとらえ、うまく取り込んだ事例といえます。

8)とび職人たちがオリンピック競技BMXのパークを自社建設&自社運営

これまで受注施工してきた施設を、自社で企画から設置まですべて作って運営することで収益を上げている事例です。

この会社は鉄骨工事(とび・土工工事、鉄骨組み立て工事)を専門として、工事のプランニングから設計、施工までを一貫して受注しています。ですが、冬には閑散期となるため、どうしても経営が不安定な状況でした。さらに、コロナ禍による建設需要の低下も重なったころ、競技者との個人的な交流から生まれた構想を実現させる予定でした。そこで

事業再構築補助金を活用し、BMXパークの施工・運営に挑戦

しました。

BMXとはバイシクルモトクロス(Bicycle Motocross)の略で、2021年の東京五輪からは正式種目にも選ばれている自転車競技です。同社のある九州では雪が降らず、BMX競技が盛り上がれば冬場の安定収入となります。自社の名前でパークを運営しているため、公園などの施工を新たに受注・請負する上での宣伝効果も期待できます。

新規事業の成功が、新規受注にもつながる好循環を生み出せるという事例です。パーク運営となればチャレンジ性は高いですが、製品サンプルを作るという観点で考えてみると、応用できそうな企業は多いのではないでしょうか。

9)ゲストハウスが離婚家庭の親子の面会交流を支援

従来の稼働外時間を活用して、社会ビジネスを展開している事例です。

この会社は、元民家をリノベーションしてゲストハウスを運営していました。しかし、コロナ禍で宿泊客が激減してしまいます。そこで、

事業再構築補助金を活用し、アイドルタイム(宿泊客のいない時間)を活用する新しい取り組みとして「ペアレンティングハウス事業」を実施

しました。

ペアレンティングハウス事業とは、両親の離婚や別居によって離れ離れで暮らす親子の面会交流を支援するというものです。面会の承認・調整がアプリ上でできるシステムを構築して、親同士が直接連絡を取り合わなくても親子が会えるという環境を提供しています。また、全国のゲストハウスにも参加を呼びかけているようです。

社会問題に切り込んだビジネスは多くありますが、まだまだ新しい切り口が見つかるかもしれないと思わせてくれる事例です。

4 採択事例は今後も要チェック

事業再構築補助金では、その時々のビジネス環境の変化や、それに応じた応募枠の趣旨に合致した事業が採択されます。中小企業庁の技術・経営革新課にヒアリングしたところ、次の回答が得られました。

「事業再構築補助金は、コロナ禍における補助事業として始まりました。しかし、アフターコロナを迎え、今後は企業の成長支援に軸足をシフトし、ビジネスにおける新しい挑戦を応援するような採択事例がますます増えていくと考えられます。

 

なお、2023年11月までの調査において、採択された事業の13%が収益化に成功していることが分かっています。BtoBビジネスは収益化まで時間が掛かる傾向にありますが、それでも全体の56%が1回以上の販売実績を得ており、順調に効果が出ているといえます。

また、事業計画の達成率については、計画を上回っている事業者が多いのが、基礎素材型産業と加?組?型産業における製造業で、計画を下回っている事業者が多いのは飲食業となっています」(中小企業庁技術・経営革新課)

なお、これまで採択された事業のその後の展開については、経済産業省が次のウェブサイトで公表しています。

■経済産業省「事業再構築補助金」■
https://www.meti.go.jp/covid-19/jigyo_saikoutiku/index.html

以上(2024年6月更新)

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画像:Nuthawut-Adobe Stock

【中堅社員のスピーチ例】初めて意識するようになった“機会損失”

私が昨年課長を拝命してから、約1年が経ちました。以前は自分1人で仕事をこなすだけでよかったのが、自分以外の誰かに仕事を振って部署を回していかなければならない立場になりました。誰かに指示をする管理職の仕事には、正直いまだに慣れません。ですが、自分なりに1年間課長を務めてみて、前より少しだけ成長したと思っている点もあります。それは会社に入って初めて“機会損失”を意識するようになったという点です。

例えば、フリーランスに仕事を頼む場合がそうです。コンテンツ制作会社である当社は、フリーランスのライターに、記事の作成やリライトを業務委託で依頼しています。フリーランスには「何時から何時まで働く」という就業時間のルールはなく、各々が1日の中で働く時間を決めて自由に働きます。一方、「1カ月に何時間まで稼働できる」という枠は決まっていて、この枠をしっかり有効活用するのが私の仕事です。

当社は小さな会社ですから、仮に1カ月に20時間まで稼働できるフリーランスに、10時間分しか仕事を頼まなかったら、残り10時間分の仕事は、社員が引き受けなければいけません。本来であれば他の仕事に割けたはずの10時間を失えば、それは“機会損失”です。だから、私はフリーランスが1つの仕事を完了させたら、間髪を入れずに次の仕事を依頼し、1カ月の稼働時間の枠を目一杯使うようにしています。もちろん、相手に負担をかけすぎないよう、配慮をした上でです。

今度は社内の話になりますが、部下に仕事を任せる際も“機会損失”に気を付けます。私が初めて持った部下は新入社員で、仕事にはまだ不慣れです。もちろん、1つの仕事をこなすのには時間がかかりますし、こちらで引き取ったほうが早く終わる可能性はあります。

ですが、それをやると、私が本来、他の仕事に割けるはずだった時間を失うことになります。だから多少時間がかかっても、部下に与えた仕事は信頼して任せます。ただし、部下が何かに困っていたら、その課題を解決するための指導の時間はしっかり確保します。これは“機会損失”ではなく、部下の成長のために必要な“投資”です。

と、ここまで偉そうに言ってきましたが、実は私の管理職としての仕事には甘いところが多々あります。フリーランスとの連携や、部下への指示など自分の目の届く範囲での“機会損失”には注意していますが、そもそも目の届く範囲が狭すぎるからです。私が気づかないうちに、誰かが私をフォローしてくれて、その人の“機会損失”が発生しているというケースはたくさんあるでしょうし、他にも多くの人の時間をムダにしていないかと心配しています。

今年度の私の目標は、「社内の皆の時間を大切にすること」です。そのためには、もっと視野を広くする必要があります。ですから皆さん、私が「全然周りを見られてないよ!」と思ったら、そのときは遠慮せずに言ってくださいね。

以上(2024年6月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

<新推計>2040年に584万人 経営者が考えておきたい「認知症対策」

書いてあること

  • 主な読者:認知症対策と併せて、会社の今後を考えておきたい経営者や経営者の親族
  • 課題:認知症になった場合には「成年後見制度」があるが、経営者の場合は株式の売買や贈与などの課題もある
  • 解決策:認知症になる前に「株式の信託」を行うのが有効。認知症は誰にでも起こりえる可能性があるので、早めに専門家に相談して準備を進めることが大切

1 2040年に認知症患者は584万人と推計

政府は2024年5月8日、65歳以上の高齢者の人口がピークを迎える2040年に、認知症患者が約584万人、認知症の前段階とされる軽度認知障害(MCI)の患者が約613万人に上るとの推計結果を公表しました(九州大学などの研究チームによる将来推計)。

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約10年前の同研究班による将来推計では、2025年に高齢者の約5人に1人(約700万人)が認知症を発症するという結果が出ていましたが、医療技術の発展や健康志向の高まりなどで過去の研究よりも推計値が下回っています。

それでも、経営者にとって認知症は他人事ではありません。2022年版「中小企業白書」によると、経営者の年齢が65歳以上(2020年時点)の企業が41.5%を占めており、司法書士である私たちの現場でも、日々寄せられる相談の中に、「認知症対策」に関わるものが多くなっていることを実感しています。

この記事では、経営者の認知症対策に関わるものとして「成年後見制度」の課題を整理した上で、「信託」について説明していきます。

2 認知症が会社経営に与える影響

経営者が認知症になってしまったら、会社経営にはどのような支障が出てくるのでしょうか。具体的には、次のような困難が生じます。

  • 経営者個人として、売買や贈与などの契約を締結することが難しくなる
  • 株主総会での議決権の行使など、株主としての権利を行使することができなくなる

こうした契約や権利行使など、いわゆる法律行為を行う場合には、

自分(ここでは経営者)自身の行為の結果が判断できる能力(意思能力)

が大前提として必要とされます。認知症になると、この能力を欠いた状態になってしまい、意思能力が十分でない者の法律行為は無効とされるのです。

3 経営者と成年後見制度の課題1:株式の自由な売買・贈与ができない

認知症になった方に対応する制度として、「成年後見制度」というものが設けられています。

成年後見制度とは、認知症などで判断能力が低下した本人に代わって、法律行為を行うことができる代理人(成年後見人)を選定するというもの

です。

成年後見人は、本人の財産について包括的な管理権・代理権を持っており、「本人のために」、本人に代わって法律行為を行うことになります。本人の利益を守るために有効な側面がありますが、経営者の方、もしくはその親族の方や会社にとっては、さまざまな課題がある仕組みともいえるのが実情です。ここでは、その課題を整理してみましょう。

よく相談を受けるのは、事業承継対策、相続対策のタイミングです。こうした局面でしばしば行われるのが、

コンプライアンスに沿いながら自社の株式の価額をなるべく下げて、その上で株式の譲渡を行ったり、贈与を行ったりしやすくする

という対策です。しかし、成年後見制度には

本人の保有する株式の譲渡などに制限がかかるというルール

があります。成年後見人は、あくまで「本人のため」に法律行為を行うため、安価で株式の譲渡を行ったり、贈与を行ったりすることは、本人にとって不利益となり、成年後見人の職務に反することになってしまうのです。特に、株式の贈与については無償での譲り渡しとなり、本人にとって損失でしかないと見なされてしまうことがほとんどで、法令上、まず認められません。

株式の自由な売買や贈与ができなければ、事業承継対策や相続対策が行えなくなってしまい、親族、会社に負担になるのではないか……というご意見もよくあります。しかし、成年後見制度の趣旨はあくまで「本人のため」であり、「親族のため」「会社のため」ではないのです。

4 経営者と成年後見制度の課題2:第三者が後見人となる

さらに、別の課題もあります。成年後見人は家庭裁判所で選ばれますが、裁判所の最新の統計によれば、選任される成年後見人のうち81.9%が親族ではない第三者(司法書士、弁護士、社会福祉士など)から選任されています(最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況―令和5年1月~12月―」)。逆に言うと、親族が成年後見人になるケースは18.1%であり

たとえ経営者本人の親族であっても、当たり前のように後見人に選任されるわけではない

ということです。司法書士や弁護士といった専門家が後見人に選ばれ、株式の権利について第三者であるその後見人が行使していくことになる場合のほうが多いのです。

ここで選ばれる司法書士や弁護士、社会福祉士などはおのおのの分野の専門家ではありますが、必ずしも会社経営のプロではありません。むしろ、

個別具体的な会社の経営事情について、何も分からないということも少なくない

でしょう。こうした第三者が株主として権利を行使する可能性があることを、経営者として見過ごせないという方も多いはずです(なお、株主間で会社の運営方針に対立があるような場合には、成年後見人は議決権を行使しないという選択を行うこともあり得ます)。

5 経営者の認知症対策:信託

経営者が認知症になった場合、現行の成年後見制度に沿って手続きが進んでいきますが、そこには幾つかの課題があるということを見てきました。こうした課題への対策の一つとして、株式の「信託」という手法があります。

信託とは、自分の大切な財産を信頼できる人に託し、自分が決めた目的に沿って、大切な人や自分のために運用・管理してもらうという仕組み

です。自分の財産を託す側の人を「委託者」、財産を託される側の人を「受託者」、財産から利益を受ける人を「受益者」と呼びます。

一般的な信託の仕組みは次の通りです。

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経営者の方(委託者)は、自分自身の保有する会社の株式を信託財産にして、信頼できる方を「受託者」とし、自らを「委託者」兼「受益者」として信託します。このように株式を信託すると、株式の管理権限は受託者に移るため、議決権は受託者が行使することになります。

なお、信託財産(この場合は自社の株式)に関して、受託者が行う管理・処分などについての指図をする「指図権者」を定めることができます。そこで、経営者の方は、自分自身を議決権行使の指図権者としておくことで、例えば次のようなことが可能になります。

  • 元気なうち:自分の指図によって受託者に議決権を行使させる
  • 認知症になった場合:受託者の判断によって議決権を行使してもらう

株式の信託後の権利関係は次の通りです。

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株式の信託後、委託者が認知症となった場合の権利関係は次の通りです。

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さらに、一連の信託契約の中で、経営者の方が認知症になった場合や亡くなった場合などの株式の承継方法、処分方法を定めることも可能です。

6 おわりに

以上、経営者の方が認知症になった場合に利用が可能な制度をご紹介させていただきましたが、判断能力を失う可能性があるケースというのは、何も認知症に限ったことではありません。年齢を問わず、不慮の事故や、大病を患うことで判断能力を失う場合もあります。

実際に周囲の経営者の方でも、不慮の事故によって意識不明の状態となってしまい、完全に会社の機能がストップしてしまったところや、30代でくも膜下出血により倒れた方もいらっしゃいます。

認知症や不慮の事故などで経営者が判断能力を失うことは、会社の機能を完全にストップさせてしまいかねません。そして、これは、どの経営者の方にも起こり得る問題なのです。

実際に経営者が判断能力を失ってしまった後では、打つ手は限られてきます。一方で、事前に対策を行っていれば、経営者の希望に沿った対策を立てやすくなり、対応がスムーズに進む可能性が高まります。認知症などによる判断能力の喪失は、誰しも起こる恐れがあることを意識して、対策を打っておくことが望まれるでしょう。

以上(2024年5月更新)
(執筆 杠司法書士法人 副代表 西本拓司、
司法書士法人ゆずりは後見センター 副代表 坂西涼)

【著者紹介】
西本拓司

司法書士。西本拓司
企業の法務顧問としての実績を多数持つ。コンサルティングファームや金融機関と連携した事業承継、M&Aに伴う法務の実務に多く携わっている。

坂西涼

司法書士。坂西涼
後見人としての活動にキャリアの最初から取り組み続け、識者として行政機関や介護事業者向けの研修、セミナーなどに登壇することが多い。

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画像:LIGHTFIELD STUDIOS-Adobe Stock

【収支シミュレーション】 ケアハウスの開業収支モデル

書いてあること

  • 主な読者:ケアハウスの開設を検討している人
  • 課題:自社の所有地でケアハウスを新築する
  • 解決策:開業、運営に掛かる費用の目安を押さえ、収支計画をシミュレーションしてみる

1 軽費老人ホーム(ケアハウス)とは

軽費老人ホームとは、

老人福祉法で定義されている、無料または低額な料金で老人を入所させ、食事の提供、その他の日常生活上必要な便宜を供与することを目的とする施設

です。

軽費老人ホームはA型・B型・C型・都市型の4種類に分けられており、C型が「ケアハウス」に当たります。

また、ケアハウスは、60歳以上の高齢者が対象の「一般(自立)型ケアハウス」と、65歳以上で要介護度1以上の高齢者が対象で、生活支援サービスと併せて介助サービスを受けることができる「介護型ケアハウス」の2種類があります。

なお、2008年6月1日以降は、軽費老人ホームとして開設できるのはケアハウスだけとなりました。従来からの軽費老人ホームのうちA型・B型は経過的軽費老人ホームと位置づけられています。

ケアハウスを開設するには、

  • 法人格を取得する
  • 厚生労働省令で定められた事項を都道府県知事に届け出る
  • 厚生労働省が定める「軽費老人ホームの設備及び運営に関する基準」を満たす
  • 施設の所在地の都道府県知事(指定都市・中核市は各市長)から社会福祉法に基づく「軽費老人ホーム」の指定を受ける
  • 介護型ケアハウスは、施設の所在地の都道府県知事(指定都市・中核市は各市長)から介護保険法に基づく「特定施設入居者生活介護」の指定を受ける

必要があります。

なお、市区町村によって基準が異なる場合や、設置を計画していた施設の数を満たしているといった理由で申請を受け付けていない場合があるため、事前に市区町村の担当部署に確認しましょう。

また、市区町村によって施設整備費や設備整備費などに補助金を出していることもあるので、併せて確認するとよいでしょう。

2 開業収支を考える

1)前提条件

ここでは、前述の「介護型ケアハウス」を開設する想定でシミュレーションをします。

1.売上高

売上高は、施設定員を38人として年間1億3300万円とします。算出式は次の通りです。

(介護サービス費23万200円×12カ月+月額利用料金10万円×12カ月+入居一時金30万円)×定員38人×稼働率90%≒1億4578万円

ケアハウスの売上高は、介護サービス費と月額利用料、入居一時金等(注)から成ります。

厚生労働省「介護給付費実態調査月報(2024年1月審査分)第5表、介護サービス受給者1人当たり費用額、要介護状態区分・サービス種類別」によると、特定施設入居者生活介護(短期利用以外)受給者1人当たり費用の平均月額は23万200円となっています。

介護保険が適応されるので利用者の負担は1割(一定基準以上の所得がある場合は2割または3割)となります。

(注)シミュレーション上の売上高(2年度目以降)は、入居一時金1026万円(=30万円×定員38人×稼働率90%)を除きます。

2.原価率

原価率は、後掲の図表4 厚生労働省「特定施設入居者生活介護(予防を含む)の1施設1カ月当たり収支)」の介護事業費用のうち(4)その他を参考に42.6%とします。

3.人件費

人件費は同じく後掲の図表4「特定施設入居者生活介護(予防を含む)」の1施設1カ月当たり収支)の介護事業費用のうち(1)給与費43.3%を参考に5629万円(1億3300万円×43.3%)とします。

4.施設設備整備費

施設整備費は6億7200万円(延床面積2100平方メートル。1平方メートル当たり工事単価32万円)、建物附属設備(電気・給排水・消火設備など)は9450万円とします。

その他の諸条件は図表1の通りです。

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2)開業収支シミュレーション

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3 ケアハウスの1カ月当たり収支

厚生労働省「令和5年度介護事業経営実態調査」によると、ケアハウス(特定施設入居者生活介護(予防を含む))の1施設1カ月当たり収支は次の通りです。

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以上(2024年5月更新)

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画像:ケイーゴ・K-Adobe Stock

【朝礼】「逆張り」の反対は順張りではない

皆さん、おはようございます。今朝は「逆張り」思考の真実についてお話しします。

「逆張り」とは、他の多くの人とは違う行動をすることですが、日本人はこれが苦手です。各国の国民性を比較したジョークがあります。「どうしたら国民がマスクをしてくれるか」というものですが、アメリカ人には「マスクをつけるとヒーローになれる」、ドイツ人には「マスクをつけることはルールだ」、イタリア人には「マスクをつけるとモテる」と伝えると効果的だそうです。日本人にはどう伝えるのかというと、答えは、

「他の人はマスクをしている」

というのですから笑えます。

さて、「逆張り」の反対は「順張り」、つまり多くの人と同じ行動をすることになるのかというと、必ずしもそうではありません。逆張りも順張りも自分の意思で決めるものですが、そうではない人は「もどき」です。

私の知人であるA部長は、長い時間をかけて営業体制を整えました。しかし、社長の鶴の一声で方針が転換され、これまでの努力がほぼ無駄になってしまいました。A部長はそのことが不満で周りに愚痴を言いますが、社長に直談判することはしませんでした。

もちろん、最終的には社長の方針に従わなければなりません。しかし、そうなる前にできることがたくさんあるはずなのに、具体的な行動を起こしません。これが「順張りもどき」の典型です。

皆さんに「順張りもどき」になってほしくはありません。きちんと自分の意見を言えるようになってください。とはいえ、考えなしに他人の反対をする「逆張りもどき」でも困ります。今は、自分の「考え(理想)」について改めて深く考えてみる時代なのです。

「逆張り」は投資の世界で使われる言葉ですが、その投資の世界に、

「他人を頼るべからず、自力を頼むべし」

という格言があります。他人が推奨する投資情報に頼ってばかりいないで、自分で決めなさいという意味では、「逆張り」を肯定しています。一方、

「落ちてくるナイフは拾うな」

という格言もあります。これは、下落している銘柄を買うなという意味で、皆に同じ行動を推奨するという点では、「順張り」の肯定といえます。

何だか矛盾しているように思えますが、どちらの格言も本質は同じです。要は「得をする(損をしない)選択をせよ」ということ。実は「逆張り」も「順張り」もなく、自分にとってベストなものを自分の「意思」で選択すればいいだけなのです。

私の知人に、誰もが「難しい」という領域でビジネスを始め、今も楽しそうにチャレンジを続けている人がいます。業績が芳しくないときに社員を採用し、育てた結果、その社員が原動力となり、数年後に業績を回復させた人もいます。全ては他人ではなく、自分がどう考えるか、その「意思」次第なのです。

以上(2024年6月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

【労基署の臨検】送検される会社は全体の何パーセント? 労働基準監督年報で確認してみた

書いてあること

  • 主な読者:労働基準監督署の臨検監督について知りたい経営者、人事労務担当者
  • 課題:自社に調査が入る可能性や、送検される可能性がどのぐらいあるのか分からない
  • 解決策:厚生労働省「労働基準監督年報」でおおよその傾向を理解する。2022年のデータによると、調査が入る可能性は4.49%、送検される可能性は0.02%

1 ウチの会社にも労働基準監督署がやって来る?

労働基準監督署(以下「労基署」)による臨検監督(以下「臨検」)とは、

労基署の労働基準監督官(以下「監督官」)が会社(事業場)を訪問するなどして、労働基準関係法令に違反していないかをチェックすること

です。厚生労働省「令和4年労働基準監督年報」によると、2022年中に実施された臨検の状況は次の通りです。

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適用事業場382万3470件のうち、実際に臨検が実施されたのは4.49%、違反があったのは2.93%、司法処分を受けた(経営者などが検察庁に送検された)のは0.02%です。このパーセンテージだけを見ると、自社に臨検が入ったり、送検されたりする可能性は低そうです。ただし、押さえておきたいのは、

2024年4月に「労働時間」「労働条件の明示」など、労働基準法関連の重要な法改正があった関係で、今後、労基署の動きが活発になる可能性がある

ことです。以降では、図表1の労働基準監督年報のデータをもう少し細かくひもといて、労基署の臨検に関する現在の状況を探っていきます。

2 流れをもう一度! 定期監督や申告監督の件数は?

現在の臨検の状況についてイメージがつかみやすいよう、定期監督等(定期監督+災害時監督)と申告監督のフローと件数を整理したのが図表2です。

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前述した通り、司法処分(送検)までいくケースはまれですが、ただ送検されるだけでなく、会社名や違反内容が厚生労働省ウェブサイトで公表されるという、会社にとっては無視できない事態も招きます。

ちなみに、2023年3月1日から2024年2月28日までの公表事案を見ると、

1年間で約400件の会社が、賃金不払いや安全衛生管理の不備などで送検

されています(厚生労働省「労働基準関係法令違反に係る公表事案(2024年3月31日掲載)」)。

■厚生労働省「労働基準関係法令違反に係る公表事案(下記URLのページ中段)」■
https://www.mhlw.go.jp/kinkyu/151106.html

3 どのような業種の会社が臨検の対象になりやすいのか?

臨検の種類ごとに、2022年の実施件数が最も多い業種を見ていくと、

  • 定期監督等(14万2611件) → 建設業(4万9284件)
  • 申告監督(1万6639件) → 商業(2641件)
  • 再監督(1万2278件) → 製造業(4546件)

となっています。重大な労働災害が起きやすい業種や、労働基準関係法令の違反が多い業種は、臨検の対象となりやすいようです。

なお、厚生労働省は各年度の労働に関する施策の方針を示した「地方労働行政運営方針」を公表していますが、2024年度については、

2024年4月より「時間外労働の上限規制」の適用対象となった建設業、自動車運転業務、医師、砂糖製造業(鹿児島県・沖縄県)についても監督指導を行っていく旨

が示されています。ただし、こうした事業・業務については、「取引慣行などの関係で個々の事業場だけでは長時間労働の是正が困難な場合がある」とも言っていて、指導については慎重を期して行っていく方針のようです。

業種以外では、会社のライフサイクルなども関係することがあります。例えば、成長期にあり、従業員数を大幅に増やしている企業などは、労務管理が煩雑になりやすく、申告監督などが入りやすい傾向にあるようです。

4 どんな法令違反が指摘されている?

ここまで、調査・臨検の種類やフローなどを中心に紹介してきましたが、

大切なのは、日ごろからきちんと労務管理を行い、調査・臨検を受けることになっても、法令違反なしで完結すること

です。定期監督等と申告監督で法令違反として指摘される項目の上位5つを確認してみましょう。

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定期監督等では幅広い分野で法令違反が指摘されているのに対し、申告監督では賃金不払いが圧倒的に多く指摘されています。定期監督は違反の対象が絞り込まれているわけではないため、全般的に調査され、その中で違反が見つかったりします。一方、申告監督は、

特に退職者から残業手当の不払いなどの申告があるので、賃金不払いに集中しやすい

のです。

以上(2024年6月更新)

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画像:pexels

労働条件明示のルール改正で知っておくべき事項

労働契約を締結する際、使用者は労働者に対し、労働条件を明示しなければなりません。有期労働契約の場合には、契約締結時だけでなく、更新のたびに明示が必要です。この労働条件明示のルールは、労働基準法第15条第1項に定められているもので、令和6年4月に改正されました。ここでは、新しく追加された明示事項や、正しく理解しておきたいことを、具体的にまとめます。

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