流通王・鈴木敏文。コンビニを生活に欠かせないインフラにまで育てた彼の、経営指針がよく分かる一言とは?

他の企業がどうであろうと、自分のお客様のニーズを満たせば自分たちの存在意義はある

鈴木敏文氏は、1970年代から2016年に名誉顧問に退くまで、現在のセブン&アイ・ホールディングスを率いて、日本を代表する流通グループに成長させました。その優れた経営手腕と実績から、「流通王」などとも称されています。

数ある鈴木氏の功績の中でも最大のものは、今から50年前の1973年に、日本のコンビニエンスストア(以下「コンビニ」)の草分けであるセブン-イレブン・ジャパンを創設したことでしょう。

鈴木氏はコンビニを創設した後、精緻な商品管理システムの開発、独自の商品開発や物流体制の構築、公共料金の収納代行など公共サービスの提供、新銀行の設立を通じたコンビニ内へのATM設置など、常にコンビニを進化させ続けていきました。その結果、今やコンビニは、災害時に優先的な復旧が望まれるほど、私たちの生活に欠かせないインフラ基盤になっています。

冒頭の言葉は、鈴木氏がなぜコンビニを日本に導入し、本家の米国とは違う「日本式」のコンビニスタイルを発展させていったかを理解する上で、象徴的な言葉といえます。鈴木氏は冒頭の言葉の前後に、自らの経営指針に関して、「(同業)他社さんとの競争における勝者と敗者というのではなく、お客様のニーズをどうつかめるかだけが勝負」「お客様を喜ばせなければならないというより、そうしないと自分たちの存在価値がない」と語っています。

自社の存在意義を重視する鈴木氏の言葉は、決して人ごとではないはずです。

足元の経営環境が厳しく、目先の業績改善と会社の生き残りに汲々(きゅうきゅう)とするあまり、ついつい同業他社との勝ち負けに目がいってしまうことは、どの会社も陥りがちな“わな”といえます。それは経営者のみならず、現場の社員にも当てはまります。会社のためには、自社の商品・サービスを、同業他社のものより多く売り込むことこそ最重要だと考えてしまうものです。

本来、会社の存在意義と、顧客のニーズをつかむこと、同業他社との競争に勝つことは、三位一体のものです。ただ、同業他社を意識しすぎて、同じフィールドでの競争に一喜一憂するだけになってしまえば、その会社は「同業他社でも代わりがきく会社」ということになってしまいます。顧客が喜ぶ商品・サービスを生み出そうという気概を失えば、やがては顧客のニーズをつかめなくなり、結局は同業他社に負けてしまうでしょう。

社員にとっても、「同業他社に勝ちたいだけの会社」と、「顧客が喜ぶ商品・サービスを生み出そうとしている会社」とでは、仕事のやりがい、会社に対する思い入れが違ってくるはずです。こうした会社の姿勢は、採用活動などで求職者に「この会社に入りたい」と思ってもらえる分かれ目になる可能性もあります。進化し続ける「50歳」のコンビニを参考に、もう一度、自社の存在意義を問い直してみるのはいかがでしょうか。

出典:「鈴木敏文経営を語る」(鈴木敏文述、江口克彦著、PHP研究所、2003年4月)

以上(2023年7月)

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経営者の離婚で生じる「お金」のリスク ~注意すべきポイントを分かりやすく解説

書いてあること

  • 主な読者:離婚リスクに備えておきたい、離婚問題を身近に感じることがある経営者
  • 課題:経営者特有のリスクにはどのようなものがあり、どう備えればいいのか分からない
  • 解決策:財産分与などで揉め、状況によっては、離婚までに5~6年以上を要する。円満のうちに、弁護士に相談しつつ財産分与の対象となりうる財産について整理、対策しておくことが早期解決に有効。結婚する前なら夫婦財産契約を結んでおくのも一策

1 何も知らないと大ごとになるのが経営者の離婚

「結婚した3組に1組が離婚する」と言われる今、知り合いや家族から離婚をした、もしくは離婚の危機にあるという話を聞く機会もあるでしょう。

経営者の離婚の場合、

離婚に際して夫婦間で決めるべき条件(別居中の婚姻費用、財産分与の対象や割合、親権者の指定、養育費など)をめぐり、長期間にわたってこじれがち

です。これは経営者の離婚特有の「お金」に関する問題を知らないがゆえに、その都度、大ごとになってしまうためです。

例えば、財産分与は夫婦の資産を合算して(基本的に)互いに2分の1ずつ分け合うのですが、

婚姻後に築いた個人名義の資産はすべて財産分与の対象となる

のです。婚姻後に購入した個人名義の土地に自社ビルなどが建っている場合などは、その評価額は高くなり、財産分与で支払う額も莫大なものになってしまいます。一方、会社名義の資産は財産分与の対象にならないので、このことを知っていれば事前に対策を講じることができます。

離婚は、経営者にとっても身近なリスクです。たとえ夫婦関係が円満であったとしても、先々のリスク管理の一つとしてこうした情報を知っておくに越したことはないでしょう。

この記事では、経営者の離婚問題に詳しい、Authense(オーセンス)法律事務所の白谷英恵(しらたにはなえ)弁護士監修の下、特にこじれがちな

別居中の婚姻費用、財産分与、親権者の指定、養育費

について分かりやすく解説し、どうすればリスクを抑えられるかも紹介します。

この記事を読むことで、自身のリスクに備えるだけでなく、離婚のリスクを抱えている経営者仲間や親しい取引先に対して、有用なアドバイスをしたり、理解ある相談者になったりすることもできるでしょう。

2 財産分与……の前に別居の問題が立ちはだかる

1)別居期間中に相手の生活費を支払わなければならない

経営者の離婚で大きな問題として取り上げられるのは財産分与なのですが、これはあくまで法的に婚姻関係を解消するに至った段階の問題です。実はその前、離婚に至るまでの段階で大きな問題となるのが、

別居期間中の婚姻費用の支払い

です。婚姻費用とは夫婦がお互いに分担し合うべき生活費のことです。民法では「夫婦はお互いに扶助し合わなければならない」と定めており、それは別居期間中にも適用されます。

具体的な金額はお互いの合意の上で決められるのですが、裁判所が相場を発表しています。

■裁判所「養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究 標準算定方式・算定表(令和元年版)」■
https://www.courts.go.jp/toukei_siryou/siryo/H30shihou_houkoku/

例えば、子どもがいない夫婦で妻が専業主婦などで収入はゼロ、夫が役員報酬として2000万円もらっているケースだと、妻には月30万円程度の婚姻費用を支払うことになります。年間にすると360万円、別居期間が3年以上になれば1000万円を超えます。

離婚におけるお金の問題というと財産分与を真っ先にイメージしがちですが、その前に、長い別居期間中の経済的負担も大きいことを知っておく必要があります。

2)経営者は別居期間が長くなりがち

白谷弁護士によると、

「お互いが話し合いによって離婚に合意する協議離婚でない場合、調停離婚、裁判離婚となります。調停離婚では一般的には半年から1年程度で離婚が成立することも多いですが、経営者の場合は、調停では解決せずに、離婚が成立するまで5~6年かかることも珍しいことではなくて、それ以上かかるケースもある」

とのことです。

ここまで長引く理由は、後述する財産分与の手続きに時間が掛かるというのもあるのですが、一番は別居期間が長くなることです。

白谷弁護士によると、

「相手側からすれば、離婚時の財産分与に加え、別居期間が長ければ長いほど婚姻費用を多く受け取れる。経営者が男性の場合、妻は専業主婦であるケースが多く、また婚姻費用も多額になることが多いので、妻は別居して生活費をもらい続けるほうが有利と判断し、離婚をせずに別居期間を長引かせる選択をすることが多い」

とのことです。

この場合、夫側が早く離婚したいと思っても、

簡単には離婚できない(妻が協議離婚に応じてくれない)

ことを知っておく必要があります。

基本的に、離婚はお互いの合意がないとできません。一方が離婚に応じない場合、「調停」や、それでも合意に至らない場合に「裁判」をすることになりますが、裁判となっても法律上に定められている離婚事由がないと認められません。

また、もし不貞を働いたり暴力を働いたりした場合、「有責配偶者」とみなされます。そうすると、有責配偶者からの離婚申し立ては基本的に認められません。

そのため、夫側に有責の疑いがある場合、探偵を雇って不貞の証拠を集めて夫を有責配偶者であることを明白にすることで夫側からの離婚申し立てをできなくさせ、別居期間を長引かせるケースも多いようです。

白谷弁護士によると、

「経営者側も『離婚による財産分与で現状の資産を減少することは避けたい』『持ち株などがあり、財産分与することによって会社の経営に影響が出ることを避けたい』『別居して婚姻費用を払い続けるほうが離婚するよりは世間体的にもいい』『長くて面倒な調停、裁判をするよりは、現状維持でもいい』という消極的な理由で、気がついたら結果的に長い別居を選択していたという方も一定数いる」

とのことです。

3)婚姻費用を低く抑えようとする際には注意が必要

別居期間中の婚姻費用は、経営者側の収入に左右されます。そのため婚姻費用を抑えようと自身の役員報酬を下げようと考えるケースがあります。しかし、そういった、婚姻費用を下げる目的での収入の操作は裁判所では認められないことがあるようです。

一方、会社の資産状況などでやむを得ない場合だと認められることもあり、ここは一概にはいえない複雑な問題があります。そのため、一度税理士や弁護士に相談するのがいいでしょう。

3 財産分与で揉めないための注意点

1)会社名義の資産は財産分与の対象外

別居期間を経て、離婚の条件を詰める段階になっていよいよ財産分与の問題が浮き彫りになります。

財産分与は、

夫婦どちらの名義の資産であっても、婚姻後に築いた個人の名義のものは合算して対象になるが、会社名義のものは対象外になる

というのが基本です。

会社名義の資産は経営者個人のものとは別で会社のもの、とみなされますが、

会社名義の資産ではあるが、実質は家族のために使うなどして個人と会社の区別が曖昧

といった場合には、夫婦の共有財産であるとして財産分与の対象になる場合もあるので、迷ったらその都度弁護士に相談したほうがいいでしょう。

2)揉めがちなのは財産分与の対象の特定と評価額

財産分与の対象になるのは、預貯金や不動産(自宅の土地・建物など)の他、株、保険といった資産、自動車・家具・貴金属類・絵画といった動産についても婚姻中に築いたものは共有資産としてみなされるので、多岐にわたります。

これらの時価などを評価した上で分与することになるのですが、この財産分与の対象物を特定し、評価するのがまず一苦労で、かなりの時間を要します。

その上で、

特に評価で時間を要するのが非上場株式

です。

上場企業の株式であれば離婚時の時価を評価額にすることができますが、非上場会社の株式の場合は市場で取引されていないので、評価自体が難航したり、評価方法をめぐって揉めたりするケースもあります。

3)自社株も2分の1を渡さないといけない?

経営者が保有する自社株も、個人名義のものであれば財産分与の対象となります。そうなると財産分与によって2分の1の株式を譲渡してしまっては会社の経営権に影響が出てしまいます。

そのため、現実には、

経営者が自社株を100%保有する代わりに、自社株の評価額の2分の1に相当する金銭を支払う

という合意をする場合がほとんどです。

中小企業は基本的に非上場会社なので、相手側としても、買い主を見つけるのも大変な株式よりも、現金でもらったほうがいいという判断になるからです。

相手が役員などで自社株を保有している場合も、それをすべてこちらがもらう代わりに対価を支払うということになります。

白谷弁護士によると、

「相手が妻の場合、例えば子どもが小さければ離婚後もずっと養育費をもらっていかなければならないので、夫の会社には安泰でいてほしい。また、妻自身が、離婚後に夫の会社と関わることも望まない。そのため夫の株主比率が下がることを望む人はほとんどおらず、株式の譲渡自体で揉めることはほぼない」

とのことです。

仮に自社株の評価額が高くなり、その他の資産の評価額以上になって2分の1を現金で工面するのが難しい場合は、足りない分を分割で支払うことになります。

なお、財産分与における株式の評価額は、

別居開始日の保有株数×離婚成立日の評価額

となるので注意が必要です。

4)財産分与の割合でも揉めがち

基本的に財産分与の割合は「夫婦で2分の1ずつ」が妥当というのが原則です。

しかし、相手が専業主婦(主夫)の場合、「妻(夫)は家にいるだけで資産形成に貢献していない」といった理由で、経営者が財産分与の割合を修正することを求めるケースがあります。

確かに、例えばスポーツ選手や特殊技能を持った職人など、本人の特殊な資質によって高額な所得を得て資産を築いた場合などは、相手方への財産分与の割合が減らされる場合もあります。

ただし、この寄与度(貢献度)については双方で揉め、調停・裁判が長引くことが多く、また「夫婦で2分の1ずつ」の原則により認められないケースも多々あることを念頭に置く必要があります。この点も、迷ったら弁護士に相談するようにしましょう。

5)財産分与の対象から外すのは円満なときに

財産分与の対象となる資産を減らそうと、別居前に慌てて個人名義の資産を売却したり、会社の名義にしたりしても、その資産が財産分与の対象とされてしまうことがあります。

白谷弁護士によると、

「裁判になると、別居と財産分与を見越し、財産分与の対象となる財産から外すために財産を隠したり名義を変更したりするなどしたと評価されるものは、対象内に戻されるという例外が起こる場合がある。経営者の場合、財産分与によって会社経営に影響を与えることを避ける方法を日ごろから検討、対策しておくのがベスト」

とのことです。

4 配偶者が会社で働いている場合、離婚で解雇はできない

配偶者を役員にして役員報酬を払っていたり、事務員として雇用したりしているケースは多いでしょう。その場合、離婚を理由に解任・解雇はできません。

役員の場合、別居した時点で実質その役割を果たさないという理由で解任したいと考えても、基本的には任期があるので、任期満了を待ってそこで解任することになります。

雇用している場合でも、解雇するには会社に多大な損害を与えたり、長期にわたる無断欠勤をしたりなど、合理的な理由が必要です。どうしても解雇したい場合は、退職金を提示するなどして、合意の上で退職してもらうことになります。

5 親権問題で揉めがちなのは子どもとの面会交流

1)親権問題は妻側が有利になりやすい

夫が経営者の場合、経済力の高さから子どもの親権獲得に有利に思われがちですが、実際は妻側が有利になりやすいといわれます。

裁判所は、次の点を重視してどちらが親権者にふさわしいかを判断するからです。

  • これまで(同居中)どちらが主に子どもの面倒を見ていたか
  • 現在(別居時)どちらが子どもの面倒を見ているか

多忙な経営者は、あまり家におらず、帰りが遅いことも多いため、子と関わる時間が持てず、親権問題だと一般社員よりも認められない可能性が高いといわれます。

2)面会交流は相手が合意すれば自由にできるが……

親権者の指定については、双方で合意ができ、あまり揉めることはないようです。一方で揉めやすいのが、離婚後に子どもと非親権者が会う面会交流についてです。

離婚裁判まで進んだ場合、一般的に裁判所は「月1回数時間」程度の面会交流しか認めないといわれます。しかし、経営者の場合、

  • 家族での会合が多く、そこに子どもを連れて行きたい
  • 海外や国内への数泊の旅行へ一緒に行きたい

といった要望がかなり多いそうです。この場合、

親権者と子どもが合意すれば面会交流は自由

にできます。

ただし、離婚に至るほど夫婦関係が悪化し、また調停や裁判を経てさらに険悪になっている場合、親権者側が面会交流を認めなかったり、慎重になったりするケースがほとんどです。

こうしたとき、面会交流で揉めないためのポイントの一つが、養育費です。詳しくは次の章で解説します。

6 養育費は子どもの学費問題

養育費の金額は、第2章で紹介した算定表が目安になります。例えば0歳~14歳の子どもが1人いて妻の収入はゼロ、夫が役員報酬として2000万円もらっているケースだと、妻には月25万円程度の養育費を支払うことになります。

ここで揉めがちなのが、妻側がこれでは足りないと要望するケースです。主な理由として多いのが、子どもの学費です。

算定表はもともと公立学校に通わせることを念頭に算出されていますが、夫が経営者の場合、妻は私学や習い事、海外留学などに年間数百万円超を掛けることも少なくありません。

白谷弁護士によると、経営者の離婚ではこの学費問題で揉めるケースがかなり多いようです。

「経営者が、自力でここまで来たという感覚があり、ある程度の学費は出すが後は子どもの自己判断でというマインドを持っている場合、習い事や留学など、際限なく良い教育を受けさせたいという妻側との教育観の違いが浮き彫りになり揉めてしまいます」

現実としてこの養育費で揉めてしまうと、その後の面会交流の交渉で妻側が慎重になってしまう場合があります。

白谷弁護士によると、

「最終的には学費を含めて算定表よりも多めに養育費を払うというところに落ち着くことが多い」

とのことです。

学費の心配がなくなることで子どもとの関係が円満になったり、成長したときに非親権者の家から学校に通ったり、面会交流も制限なく自由にできるようになったりするケースも多いようです。

7 結婚する前なら夫婦財産契約という選択肢も

こうした経営者特有の離婚リスクに備え、これから結婚する若い経営者の中には夫婦財産契約(婚前契約、プレナップとも)を結ぶ人が増えています。

夫婦財産契約とは、

離婚時の財産分与で揉めることがないように資産の帰属などを決めておく契約書

です。

この契約は、「婚姻後に取得した株式も財産分与の対象外とする」といった内容を定めることもできます。

ただし、夫婦財産契約は当然、お互いの合意が必要になります。婚姻前に離婚を前提とした取り決めをするというのは、感情的に受け入れられないかもしれません。

実際に契約を結んでいるケースでは、

経営者の結婚は家族だけでなく会社経営にも大きく関わる出来事なので、会社のリスク管理のためにも結んでおきたい

と切り出すことが多いようです。

なお、夫婦財産契約は婚姻後に結ぶことはできません。

また、結んだ後に契約内容を変更することも基本的にはできないので、その点は留意しておきましょう。また、夫婦財産契約は会社の規模や目的によって内容も大きく変わってくるので、結ぶ際は弁護士に相談するのがいいでしょう。

白谷 英恵(しらたに はなえ)

https://www.authense.jp/lawyers/lawyer_shiratani/

弁護士法人Authense法律事務所 弁護士。神奈川県弁護士会所属。同志社大学商学部卒業、創価大学法科大学院法学研究科修了。

不動産法務およびスタートアップ支援を中心とした企業法務分野の実績を豊富に有する。所内では離婚分野のマネージャーを務め、離婚や相続といった家事案件の実績も多数。特に経営者の離婚や熟年離婚を数多く取り

扱う。離婚や相続に関するセミナーの講師などにも積極的に取り組む。

以上(2023年7月)

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労働災害リスクとその対応

1 労働災害と労働保険について

労働災害とは、業務が原因で労働者が負傷したり病気になることを言いますが、労働保険には労働者の業務災害や通勤災害などによる疾病や障害などに対して保険給付を行う労働者災害補償保険(以下「労災保険」)と雇用の継続が困難になった被保険者(労働者)に対して保険給付を行うことを目的とする雇用保険が含まれます。また、労災保険は労働者に対する補償の公平性を保つため一人でも労働者を雇用する事業主は加入が義務付けられ、保険料は全額事業主が負担する必要があるため、殆どの事業所で毎年6月1日から7月10日までの間に年度更新の手続きを行うことになります。尚、年度更新とは1年間の保険料を計算して、毎年6月1日から7月10日の間に保険料算定のために行う手続きのことを言います。

今回は、労災保険の給付対象となる労働災害について解説をさせて頂きますが、近年は労働者の高齢化による労災の増加や、パワハラやセクハラに伴う精神疾患等が増加しており、会社側に安全配慮義務違反等の過失がある場合は、巨額の賠償請求を受ける可能性もあるため注意が必要です。

労働保険は労災保険と雇用保険の総称です

出典:厚生労働省ホームページ 埼玉労働局 労働保険制度について

https://jsite.mhlw.go.jp/saitama-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/roudou_hoken/seido.html

2 災害補償責任と労災保険

労働基準法第8章には「使用者の災害補償責任」が定められており、労働災害については、企業側が労働者に災害補償をしなければなりません。しかし、企業側が労働者に対して支払う災害補償は、経営状況によって支給できない可能性があるため、労災保険法は企業側による災害補償の実施を確実にするために、労働基準法による企業の個別責任を代行する役割があります。そのため、労災保険の給付内容は労働基準法の第8章をカバーする内容となっており、労働基準法第84条には、「労働基準法で規定している災害補償について、労災保険法に基づいた給付が行われるときは、使用者は災害補償責任を免れる」と定められています。尚、労災保険の補償内容としては、治療費関連の療養補償給付、休業中に支給される休業補償給付や傷病補償年金、後遺障害が残った時に支給される障害補償給付や介護状態となった場合の介護補償給付、死亡時に支給される遺族補償給付や葬祭料等があります。

しかし、事業所によって労災リスクは異なるため、保険料負担の公平性の確保と、労働災害防止努力の一層の促進を目的として、労災保険率または労災保険料額を一定の範囲内(基本:±40%)で増減させるメリット制が設けられており、保険給付が多い事業所は保険料が高くなる可能性があります。

使用者の災害補償責任と労災保険給付の関係

出典:厚生労働省ホームページ 福井労働局 使用者の災害補償責任と労災保険給付の関係

https://jsite.mhlw.go.jp/fukui-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/rousai_hoken/hourei_seido/hosyousekinin.html

3 労働災害による影響について

労働災害が発生すると、企業は様々な法的責任や社会的責任を負う事なります。法的責任には刑事責任、民事責任、行政責任等があり、刑事責任を問われるケースとしては、労働安全衛生法違反や業務上過失致死傷がありますが、それぞれ労働基準監督署や警察の調査に基づいて、懲役や禁固刑や罰金等が科せられる可能性があります。

民事責任は大きく3つに分けられますが、1つ目が労働基準法に基づく災害補償責任であり、2つ目が故意・過失に基づく不法行為責任や安全配慮義務違反等の債務不履行による民事上の損害賠償責任、最後の3つ目は上乗せ労災規程や退職金規程等の社内規程に基づく労働契約責任になります。そして、行政責任としては、労働基準監督署の調査に基づく、作業停止命令や設備等の使用停止命令、是正勧告等が考えられます。また、それ以外にも取引先や関与先からの取引停止や指名停止、風評被害による売上減少、従業員の勤労意欲の減退や設備等の破損等による生産性の低下や財産損失リスクが生じる可能性があります。また、優秀な人材を労災で失うと、同様の人材の採用・育成が困難となり、致命的な影響を受ける可能性もあります。これらの影響の大きさから、労災事故はとにかく起こさない事が求められますが、労災事故をゼロにすることは出来ないため、巨額の賠償請求などに備えた財務対策も検討が必要です。

4 リスクコントロール対策

労働災害のリスクコントロール対策は大きく労働安全衛生関係法令の順守と自主的な安全衛生活動に分けられますが、労働安全衛生関係法令で事業者に義務づけられている措置としては、危険な状況が想定される場合の危険防止措置、従業員に対して定期健康診断等を実施する健康管理の措置、安全衛生推進者や衛生推進者、作業主任者の選任、従業員の意見を聴取する等の安全衛生管理体制の整備、従業員を雇い入れた場合の安全衛生教育の実施等があります。自主的な安全衛生活動としては、作業中にヒヤリとした、ハッとしたが幸い災害にならなかった事例を報告・提案して災害の発生前に対策を打つヒヤリ・ハット活動や、作業前に現場や作業に潜む危険要因や発生する可能性のある災害を共有し、作業者の危険に対する意識を高めて災害を防止する危険予知活動(KY活動)、職場の安全パトロール員や安全ミーティングの進行役を、当番制で全従業員に担当させて従業員の安全意識を高める安全当番制度などがあります。その他に、安全提案制度、4S(整理、整頓、清潔、清掃)活動、職場安全ミーティング等がありますが、事業場の実態に即して、ふさわしい活動に取り組むことが重要です。

労災事故の発生に伴うリスク

参考:厚生労働省 労働災害防止のために(厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署)

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/anzen/dl/110222-1_001.pdf

5 リスクファイナンシング対策

近年の傾向として、労災にあった労働者が会社を安全配慮義務違反等で訴えるケースが増加していることから、政府労災とは別に民事上の賠償責任をカバーする使用者賠償責任保険の必要性が高まっています。また、福利厚生規程に基づいて発生する費用をカバーするために上乗せ労災保険や傷害保険、医療保険や生命保険を活用するケースもありますが、それらは自社のルールにより生じるリスクですので、死亡や後遺障害等の大きな費用となるもの以外は基本的に財務力の中で保有することが多いと考えられます。

一方で、健康経営に取り組む企業や人材不足に備える企業においては、治療と勤務を両立させるための福利厚生制度の重要度が非常に増しており、業務上外に関係なく、自宅療養でも補償され、長期に渡る所得が補償されるGLTD(長期障害所得補償保険)を活用した福利厚生制度を整える事で、心身の不調を抱える社員の自己申告を促し、早期の対応を行うことで、優秀な人材の採用や確保を行っています。

労災保険給付の概要

出典:厚生労働省 労災保険給付の概要 P.11

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/040325-12.html

以上(2023年7月)

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提供:ARICEホールディングスグループ( HP:https://www.ariceservice.co.jp/
ARICEホールディングス株式会社(グループ会社の管理・マーケティング・戦略立案等)
株式会社A.I.P(損保13社、生保15社、少額短期3社を扱う全国展開型乗合代理店)
株式会社日本リスク総研(リスクマネジメントコンサルティング、教育・研修等)
トラスト社会保険労務士法人(社会保険労務士業、人事労務リスクマネジメント等)
株式会社アリスヘルプライン(内部通報制度構築支援・ガバナンス態勢の構築支援等)

業務用と私用で併用している資産がある場合に、オーナー経営者が注意すべきこととは?

書いてあること

  • 主な読者:業務用と私用で併用している車や不動産を所有するオーナー経営者
  • 課題:業務用と私用の区別を明確にしていない場合、税務調査で指摘される可能性が高い
  • 解決策:社用車であれば法人名義にして、利用規程も作成する。不動産は、契約書を作成し、賃料も設定する

1 勤務日と休日の境界線なく働くからこそ要注意!

オーナー経営者の場合、車や不動産などの固定資産を私用と業務用で併用しているケースがよくあります。すぐに税務上の問題になるわけではありませんが、業務用と私用の区別がきちんとできていない場合は要注意です。なぜなら、

  • 会社で計上した経費が損金(税務上の費用)として認められない
  • 役員給与と指摘され、源泉徴収が必要

ため、思わぬ追加納付が必要になる恐れがあるからです。

重要なのは「業務用」と「私用」の区別です。この違いを簡単に言うならば、

会社が売上を上げるために必要なものかどうか

です。例えば、

  • 業務用:車を自社商品の運搬や得意先回りに使用する
  • 私用:車を家族旅行に使用する

といったケースは分かりやすいですが、オーナー経営者は勤務日と休日の境界線が曖昧なのでこのような単純な線引きが難しく、税務調査で詳細に調べられる可能性も高くなります。

この記事では、業務用と私用の両方に使われやすい社用車とオフィス兼住宅などの不動産に着目し、取るべき対応と迷いやすい事例をまとめました。「あれ、自分は大丈夫かな?」と思い当たるオーナー経営者やその下で働く経理担当者の方は、今一度御社での取り扱いと照らし合わせてみてください。

なお、これから紹介する事例は、各会社の実態(業種業態や会社規模など)によって税務上の取り扱いが変わる可能性があるため、実際の判断については、顧問税理士などの専門家にご相談ください。

2 税務リスクを避けるためにすべきことは?

1)社用車で税務リスクを避けるためには

1.会社側で準備すべきこと

オーナー経営者も使用する社用車は、

  1. 法人名義で購入すること
  2. 利用規程を作成すること

が税務リスクを避けるポイントです。

個人名義がダメというわけではありませんが、税務調査で「私的なもの」と見られる可能性が高くなります。業務で使用していることを明確にするためにも、社用車は法人名義にしておくとよいでしょう。また、社用車は法人名義で購入することにより、購入費用は減価償却費として損金にできる上、ガソリン代や自動車税、車検費用なども全て会社の損金にできるというメリットもあります。

利用規程については、オーナー経営者の私用としても使われる可能性がある場合は、必ず作成しましょう。具体的には、

  • 「私用での利用も一定程度認める」ことを決めておく
  • 私的利用時の利用料を定めておく

とよいでしょう。

利用料は1日単位で定めたり、1カ月単位で定めたりします。金額の決め方に税務上の明確なルールはありませんが、社用車の減価償却費や自動車税その他の諸経費を加味し、1日単位(あるいは1カ月単位)で合理的な金額を決めましょう。

2.経営者個人が注意すべきこと

経営者個人の立場で注意すべきことは、

  1. 駐車場の場所
  2. (既に個人名義で所有している場合のみ)個人名義の車両を法人名義に変更する際の金銭のやり取り

の2点です。

社用車の駐車場所に決まりはないものの、いつも社長宅に保管されていたり、社用車としては不自然な場所(会社から相当離れた場所など)に駐車場を借りていたりすると、本当に社用車として使用されているのか疑われかねません。会社に駐車場を確保する、もしくは常識の範囲内の距離にある駐車場を借りるようにしましょう。

また、実質的に業務で使っている個人名義の車を会社名義に変更する場合には要注意です。名義変更という書面上の手続きだけで済む話ではありません。税務上は、

経営者個人から会社に自動車を売却する取引

とみなされます。必ず売買契約書を作成し、中古車市場などを参考にした時価で売却(金銭のやり取り)をするようにしましょう。

2)オフィス兼住宅で税務リスクを避けるためには

1.会社側で準備すべきこと

オーナー経営者が所有しているオフィス兼住宅は、

  1. 契約書を作成すること
  2. 賃料を設定すること

がポイントです。

業務用と私用を明確に区別するため、オーナー経営者と会社間の賃貸であっても契約書を作成しましょう。契約書には賃料や契約期間の他、図面などを利用し、どの部分をオフィスとして利用するのか明確にしておくとともに、光熱費などの取り扱いについても決めておきます。

また、個人所有の物件の一部をオフィスとして貸す場合は、会社からオーナー経営者へ支払う賃料を決めます。賃料の決め方に一律的な決まりはありませんが、相場とかけ離れた高額な賃料に設定すると、会社としての支払賃借料ではなく、役員給与と指摘されることがあります。そのため、不動産会社などで近隣の相場を確認し、その賃料に利用割合(オフィスで使用する床面積の割合など)を掛けて算出することをお勧めします。

逆に法人名義の物件の一部を個人(オーナー経営者)に貸し出す場合は、「会社が用意した物件の一部を社宅として利用する」形態になります。会社がオーナー経営者に社宅を貸す場合の賃料の計算方法は税法で決まっています。社宅の規模ごとに定められた計算式に当てはめて賃料を設定しましょう。

2.経営者個人が注意すべきこと

経営者個人が所有する物件の一部をオフィスとして会社に貸す場合、経営者は会社から賃料を受け取ることになるため、所得税の「不動産所得」が生じることになります。そのため、所得税の確定申告を行うようにしましょう。

3 こんな時はどうする? 迷いやすい事例の境界線は

1)社用車で事故を起こした場合

もし社用車で事故を起こし、会社が被害者に損害賠償金を支払った場合、この損害賠償金が会社の損金になるかどうかは、

  1. 業務遂行上の事故かどうか
  2. 故意・重過失が認められるかどうか

の2点で取り扱いが変わってきます。

業務遂行上の事故であるものの、故意・重過失が認められない場合、会社が支払った損害賠償金は、そのまま会社の損金として認められます。

ただし、業務遂行外の事故である場合と、業務遂行上の事故であっても、故意・重過失が認められる場合は会社の損金にはなりません。このケースでは、オーナー経営者が負担すべき損害賠償金を会社が立て替えて支払ったと考え、会社からオーナー経営者への債権として取り扱われます。

2)高級車は社用車として認められないというのは本当か?

よく高級車は社用車として税務署が認めないと言われます。しかし、税務に「社用車の範囲」の決まりはなく、スーパーカーであっても、「法人名義で購入」し、「業務として使用している」のであれば社用車として認められます。よって、その車に係る減価償却費の他、自動車税その他の諸経費も全て法人の損金とすることができます。

「業務として使用している」ことを証明するためにも、少々面倒でも運行記録などは残しておくとよいでしょう。また、私的利用がある場合には、すでに紹介した利用規程を準備しておき、利用に応じた利用料を会社に支払うようにしましょう。

3)住宅用マンションの一室は支社として認められるのか?

例えば、地方企業の都心支社としてマンションの一室を購入または賃借し、オフィス登録をしたものの、実際にはオーナー経営者の親族(学生である子供など)が住んでいるようなケースです。このケースにおいて、会社が購入した不動産の減価償却費や賃借した場合の賃料は損金として認められるでしょうか。

ケースバイケースですが、「事業活動としての実体」が存在し、かつ「親族(あるいはオーナー経営者)から会社が賃料を受け取っている場合」に限り、会社が支払った賃料から受け取った賃料の差額相当部分については損金として取り扱われると考えられます。ただし、事業活動の実体は存在しても、メーンは親族などの住居として使用している場合には、それに比例して会社が受け取るべき賃料も高額となるため、結果として所得を減らす効果は少なくなる可能性があります。「事業活動としての実体」を証明するための書類として、営業活動報告書等を準備しておくとよいでしょう。

以上(2023年7月作成)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)

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モヤっとした経営理念を数値化すれば、自社の魅力を採用でもアピールできる!

書いてあること

  • 主な読者:経営理念を活用して企業をイメージアップし、採用などにつなげたい経営者
  • 課題:経営理念の理想は高いけれど、抽象的なので自社の魅力や特徴を伝えにくい
  • 解決策:経営理念に合致したデータを選んで数値で示す。経年の変化や今後の目標も示せると説得力が増す。対外的には分かりやすいなどの“見せ方”の工夫も重要

1 抽象的な経営理念を数値化して武器にする

「経営理念」のない企業はほとんどないですが、経営理念を社内外にきちんとPRできている企業は少ないです。それは、

経営理念は素晴らしい理想を掲げる一方、抽象的で伝えにくい面があるから

です。そこで、この記事でご提案するのが、

モヤっとした経営理念を数値化して、自社の魅力や特徴の具体的なイメージをつかみやすくする

ことです。そうすれば、

  • 経営理念の対外的なPRに説得力が増し、採用活動などで成果につながる可能性がある
  • 従業員に対して、経営理念に基づいた具体的な行動を促すことができる

ことが期待できるでしょう。

今回は、次の4つのテーマに関する経営理念の数値化の方法と、その数値の“見せ方”の工夫の一例を紹介します。

  1. 地域・社会貢献
  2. 環境保全への貢献
  3. 従業員の幸福
  4. 三方よし

2 地域・社会貢献に関する経営理念の数値化

1)社会貢献活動費

ボランティア活動やNPO法人への寄付など、社会貢献に関する支出額を示すことができます。

1.数値化の方法

経済団体連合会(経団連)は1990年に、経常利益や可処分所得の1%相当額以上を目安に社会貢献活動に支出することを目指した任意団体「1%(ワンパーセント)クラブ」を設立し、2017年度まで調査結果を公表していました(2019年からは「経団連1%クラブ」として経団連の下部組織の位置付け)。調査では、社会貢献活動支出額を、次の2つの合計額としていました。社会貢献活動費を数値化する際の参考にしてくだい。

  1. 各種寄付(金銭寄付(政治寄付を含む)、現物寄付、施設開放や従業員派遣などを金額換算したものの合計)
  2. 自主プログラム(各社が独自またはNPOなどとの協働などにより実施した社会貢献プログラム)に関する支出

2.“見せ方”の工夫

主な活動費はどのような使途で、どのように貢献したかを併せて公表すると、体外的なPR効果が高まるでしょう。くどくならない程度に、支援先の人の感想なども添えると、よりPR効果を発揮するかもしれません。

2)地域内の雇用貢献度

自社の企業活動によって、雇用面で地域にどの程度貢献しているかを示すことができます。

1.数値化の方法

計算式は、

自社の従業員数 / 地域内の総従業員数 × 100

で求められますが、業種を絞って

自社の従業員数 / 地域内の該当業種の従業員数 × 100

で求めることもできます。

地域内の従業員数は、5年ごとに行われる経済センサス-活動調査から引用できます。調査では、市町村別、業種別の従業員数も公表しています。直近の調査は2021年に行われており、2023年3月までに都道府県別、業種別(一部)の従業員数が公表されています。

■経済産業省「経済センサス-活動調査」■

https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/census/index.html

2.“見せ方”の工夫

単純に地域内に占める比率を「%」だけで数値化すると、1%にも満たず、数値に迫力が出ないことも想定されます。例えば、対外的なPRの場合は、「市内の0.67%に当たる労働者を雇用」とするよりも、「市内の労働者の150人に1人が当社の従業員」のほうが印象に残りやすいかもしれません。

3)地域内での購買・調達比率

自社の購買額や調達額のうち、地域内の取引先から購買・調達した割合を数値化することで、地域への貢献度を示すことができます。近年は「地産地消」が注目され、地域経済の活性化が重視されているため、PR効果も高いとみられます。

1.数値化の方法

計算式は、

自社の地域内の取引先からの購買額・調達額 / 自社の購買額・調達額の総額 × 100

で求められます。

2.“見せ方”の工夫

自社の地域の定義を同一市町村に限定すると、どうしても比率が低くなってしまいます。同一都道府県にまで地域を広げて数値化するとよいでしょう。

4)地域に対する納税額

都道府県や市町村への納税額を公表することで、地域の住民サービスの向上への貢献を示すことができます。

1.数値化の方法

企業は、資本金や従業員数、法人税額や所得額などに応じて、都道府県や市町村に法人住民税や法人事業税を納税しています。納税額そのものの公表が難しければ、納税額の伸び率を示してもよいでしょう。

2.“見せ方”の工夫

納税額を、地元の市町村での特定の支出額と比較してみるのも一策です。例えば、子育て支援に力を入れている企業であれば、自社の納税額が、地元の市町村の小学校の「就学援助制度の○人分に相当する額」といった表現を加えると、地域への貢献度を実感してもらいやすくなるかもしれません。

3 環境保全への貢献に関する経営理念の数値化

1)二酸化炭素(CO2)・温室効果ガス排出削減量

地球温暖化や気候変動問題の要因とされているCO2・温室効果ガス排出の経年の削減量を数値化することで、環境保全への貢献度を示すことができます。

1.数値化の方法

CO2や温室効果ガスの排出量の算出方法は環境省が公表していますが、やや複雑ですので、まずは電力使用量からCO2排出量を算出して、経年の変化を数値化することをお勧めします。計算式は、

(電気使用量 - 比較年の電気使用量) × 契約している電力事業者の排出係数

で求められます。電力事業者ごとの排出係数は以下のウェブサイトに掲載されていますので、ご参照ください。

■環境省「温室効果ガス排出量 確定・報告・公表制度 電気事業者別排出係数一覧」■

https://ghg-santeikohyo.env.go.jp/calc

なお、企業活動による全てのCO2・温室効果ガス排出削減量を数値化したい場合は、環境省の以下のウェブサイトをご参照ください。

■環境省「温室効果ガス総排出量 算定方法ガイドライン」■

https://www.env.go.jp/policy/local_keikaku/data/guideline.pdf

■環境省「温室効果ガス排出量 確定・報告・公表制度 算定方法・排出係数一覧」■

https://ghg-santeikohyo.env.go.jp/calc

2.“見せ方”の工夫

林野庁のウェブサイトによると、36~40年生のスギ1本あたり(1ヘクタールの森林に1000本のスギがあると想定)、年間約8.8キログラムのCO2を吸収すると推定されています。CO2削減量を「スギ○本分に相当」などと表現すれば、削減効果をイメージしやすくなるでしょう。

2)再生可能エネルギー利用比率

太陽光・風力・地熱・中小水力・バイオマスといった再生可能エネルギー(以下「再エネ」)をどの程度使用しているのかを数値化することで、環境保全への貢献度を示すことができます。

1.数値化の方法

再エネを利用するには、自社で再エネの発電施設を設置する方法もありますが、小売り電力事業者との契約について、再エネを電源としたプランに切り替える方法もあります。電力事業者によっては、プランの選択によって再エネの割合を決めることも可能です。無理のない範囲で、どれだけ再エネに切り替えるかを決めましょう。

再エネを提供している事業者(再エネを導入している自治体や事業者も含む)は、環境省の次のウェブサイトで紹介しています。

■環境省「再エネスタート 自治体・事業者等の取組み一覧」■

https://ondankataisaku.env.go.jp/re-start/list/?utm_source=re-start&utm_medium=howto05&utm_campaign=2022cc&utm_term=re-start&utm_content=howto05

2.“見せ方”の工夫

前述のCO2削減量と同様に、再生エネの利用に伴うCO2の削減効果を、スギの本数などで示すことができます。

3)環境保全のための投資額

環境保全のための投資額を数値化することで、環境保全への貢献度を示すことができます。

1.数値化の方法

環境省の「環境会計ガイドライン2005年版」では、「環境保全コスト」について、「環境負荷の発生の防止、抑制又は回避、影響の除去、発生した被害の回復又はこれらに資する取組のための投資額及び費用額」と定義しています。

具体的には、自社の事業領域では、

  • 地球温暖化防止や省エネ
  • 資源循環(産業廃棄物処分も含む)
  • 環境保全につながる製品などの研究開発コスト
  • 通常の財やサービスの購買・調達額と、環境保全機能を付加した財・サービスの差額

などが該当します。また、自社の事業領域の他にも、

  • 社外での環境美化や環境保全に取り組む団体や地域住民などへの寄付・支援

なども含まれます。

■環境省「環境会計ガイドライン2005年版」■

https://www.env.go.jp/policy/kaikei/guide2005/guide2005.pdf

2.“見せ方”の工夫

前述の社会貢献活動費と同様に、主な投資額はどのような使途で、どのように貢献したかを併せて公表すると、対外的なPR効果が高まるでしょう。

4 従業員の幸福に関する経営理念の数値化

ここで示す数値化の例は、いずれも経理や労務などの担当者が把握できる数値ですので、項目だけを紹介します。

1)従業員への待遇

福利厚生費、平均給与水準(業界平均との比較など)、年間休日数

2)従業員の働きがい

従業員1人当たり生産性、離職率、平均勤続年数

3)従業員の成長への貢献

従業員の教育費(従業員の自己啓発活動への補助も含む)

4)従業員の多様性

男女比率、各年代の比率、最年少から最高齢の従業員の年齢差

5 三方よしに関する経営理念の数値化

社会への貢献と自社(従業員)への貢献はすでに紹介しましたので、ここでは顧客や取引先への貢献に絞って紹介します。

1)顧客満足度、再購入意向度

消費者向けの商品・サービスの広告でもよく示されている数値です。顧客や取引先からの、企業や商品・サービスに対する依存度、信頼度の高さから、自社の存在価値を示すことができます。

1.数値化の方法

一般的に、顧客や取引先にアンケートをする方法が使われています。

2.“見せ方”の工夫

前述したように、消費者向けの広告でも使用されている手法ですので、一般にもなじみのある数値といえます。それだけに、数値を「見る目」も養われていますので、数値だけでなく、調査方法などにまで留意すべきでしょう。調査を行うのは自社ではなく、多少コストがかかっても外部機関に依頼し、数値の信用力を高めるべきかもしれません。

2)平均取引継続年数

付き合いの長い取引先が数多くいるということは、自社が、取引先にとってなくてはならない存在であり続けているということを意味しますので、自社の存在価値を示すことができます。

1.数値化の方法

計算式は、

各取引先との取引継続年数 / 取引先の社数

で求められます。

2.“見せ方”の工夫

商品・サービスによって寿命が異なりますので、自社で最もロングセラーとなっている商品・サービスに限って、取引継続年数を数値化するのも一策です。この場合は、数値を示す際に、商品・サービスを限定していることの断り書きが必要になります。

以上(2023年7月作成)

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超高齢社会の今、親が認知症になる前に押さえておきたい「成年後見制度」の実際のところ

書いてあること

  • 主な読者:高齢の親が認知症になった場合の、親の財産管理が心配な人
  • 課題:成年後見制度を利用したいけれど、内容がよく分からない
  • 解決策:「任意後見」「成年後見」の違いを押さえる。後見人になるための手続きや、与えられる権限の違いに注意

1 高齢者5人に1人が認知症に!? 親がなったらどうなる?

65歳以上の高齢者の数は、2022年9月時点で3627万人(全人口の29.1%)になっています(総務省統計局)。そんな超高齢社会の日本と切り離すことのできないテーマの1つが認知症です。高齢化の進行とともに65歳以上の認知症患者は年々増えており、2025年には約700万人(高齢者の約5人に1人)になるといわれています(厚生労働省「成年後見制度の現状(2023年5月)」)。

もし、仮に自分の親が認知症になるとどうなってしまうのでしょうか? 認知症になる前に何の対策もしていないと、特に困るのが親の財産の管理です。認知症で記憶力や判断能力が低下してしまった場合、財産面では次のようなリスクが生じます。

  • どのような財産があるのか誰も分からなくなってしまう
  • 預貯金が引き出せず、生活や医療・介護の費用を親族が立て替えざるを得なくなる
  • 所有する不動産の売却や活用ができない状態になる
  • 遺言などによる相続対策が困難になる
  • 詐欺や悪徳商法に引っかかりやすくなり、財産を失う恐れがある

こうしたリスクに備える上で知っておきたいのが「成年後見制度」です。成年後見制度とは、

大人(成年者)が、認知症、知的障害、精神障害などによって判断能力が低下してしまい、自分のことをちゃんと管理できなくなった場合、「後見人」と呼ばれる人が本人に代わって財産の管理などを行う制度

です。これにより、仮に親の認知症が進んで自分で物事を決められなくなっても、前述したようなリスクを回避することができます。ただ、成年後見制度には複数の種類があり、それぞれ後見人になるための手続きや、与えられる権限などが異なるので、基本的な内容を押さえておかないと「親の万が一」に対応できません。以降で確認していきましょう。

2 「成年後見制度」は2種類ある

1)成年後見制度には「任意後見」と「法定後見」がある

1.任意後見

任意後見とは、

本人(親)の判断能力が不十分になったときに備え、本人が所有する財産の管理などを、あらかじめ契約によって定めた将来の後見人(任意後見人)に委託する

というものです。

本人に判断能力があるうちに、信頼できる人(任意後見人になる人)に「自分が認知症になったらこうしてほしい」という希望を伝え、任意後見契約を結びます(公正証書で締結する必要があります)。

その後、本人の判断能力が低下したら、任意後見人になる人や親族などが家庭裁判所に任意後見人監督人選任の申立てを行い、家庭裁判所が任意後見監督人を選任します。任意後見監督人が選任されると、任意後見契約の効力が生じ、任意後見人が本人から委託されたことを行えるようになります。また、任意後見監督人は、任意後見人が委託されたことを適正に行っているかを監督します。

2.法定後見

法定後見とは、

本人(親)の判断能力が低下してしまった後に、本人が所有する財産の管理などをサポートする後見人(法定後見人)を、家庭裁判所の審判によって選任する

というものです。

法定後見開始審判の申し立てができるのは、本人や4親等内の親族、市区町村長などで、家庭裁判所が申立てを審理した後、法定後見人を選任します。なお、家庭裁判所は、本人の判断能力の低下の程度に応じて次のいずれかの人を選任します(以下「成年後見人等」)。

  • 成年後見人:本人の判断能力がいつも欠けている場合
  • 保佐人:本人の判断能力が著しく不十分な場合
  • 補助人:本人の判断能力が不十分な場合

2)「任意後見」と「法定後見」の違いを整理

任意後見と法定後見の主な違いをまとめてみました。

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任意後見の場合、本人が完全に判断能力がある状態で、信頼できる人を任意後見人として自由に選ぶことができます。

任意後見人の権限内容は、任意後見契約を締結する際、本人の意思に従って自由に決められます。例えば、財産管理や介護に必要な身上保護などの具体的な依頼内容を、本人と任意後見人との協議で自由に決めることが可能です。また、任意後見人の報酬も、事前に協議で決めることができます。

一方、法定後見の場合、申立人の推薦を踏まえて、家庭裁判所が成年後見人等を選任します。実際には、申立ての時点で本人の判断能力は低下してしまっているので、本人の意思で誰かを推薦することは困難です。また、推薦した人が必ずしも選任されるとは限りません。

成年後見人の権限内容は民法で定められています。保佐人や補助人の権限内容については、本人の状態に応じて一部個別に設定できますが、家庭裁判所の審判による必要があります。成年後見人等の報酬は、報酬付与の申し立てを受けて家庭裁判所が報酬額を決定する審判をします。

このように違いはさまざまありますが、留意しておきたいのは後見人等の権限です。後見人等の権限は、

  • 代理権:財産に関する法律行為を本人に代わって行う権利
  • 取消権:本人が行った法律行為が本人に不利益を与える場合に、これを取消す権利
  • 同意権:本人が行う法律行為について同意を与え、法律上の効果を生じさせる権利

に大別できます。

任意後見の場合、任意後見契約によって代理権の範囲が決まるので、任意後見人は契約次第で幅広い法律行為を行うことができますが、一方で取消権が認められていないため、認知症の本人が任意後見人の見ていないところで契約などをしてしまったときなどには対応できない場合があります。

一方、法定後見の場合、取消権(保佐と補助の場合は同意権も)が認められているので、本人が成年後見人等の見ていないところで法律行為をした場合にもある程度対応できます。ただし、代理権などの範囲は法律で細かく決められています。 

親族(子)の立場からすると、高齢の親が認知症になって判断能力が低下してしまう前に、親が蓄えてきた財産の管理についてしっかり話し合う機会をつくり、必要に応じて「遺言書を書いておいてもらう」「任意後見契約を結ぶ」などの対策をしておきたいところです。

認知症になって判断能力が低下してしまうことも念頭に、いかにトラブルなく生活していくかがポイントです。成年後見制度の趣旨を理解し、本人(高齢の親)の意志を尊重しつつ、大切な権利や財産をどのように守っていくかを考えてみましょう。

3 知っておきたい「成年後見制度」の実際のところ

1)制度の利用は「法定後見」が圧倒的。成年後見人がつくケースが特に多い

成年後見制度の利用者数は増加傾向にあり、2022年12月末時点で24万5087人となっています(最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況」2023年3月)。

利用者数の内訳を見ると、任意後見が2739人、法定後見が24万2348人(成年後見:17万8316人、保佐:4万9134人、補助:1万4898人)と、法定後見が圧倒的に多いです。本人が認知症を発症し十分な判断能力がなくなってしまい、預貯金等の管理・解約などのため、法定後見(成年後見人等)に頼らざるを得なくなるケースが多いようです。

2)親族以外の専門職(司法書士や弁護士)が成年後見人等になっている

2022年に後見開始、保佐開始、補助開始の審判が申し立てられ、成年後見人等が選任された3万9564件を見ると、成年後見人等として「親族(配偶者、親、子、兄弟姉妹およびその他親族)」が選任されたものが7560件(19.1%)、「親族以外」が選任されたものが3万2004件(80.9%)となっています。

また、親族以外での内訳を見ると、司法書士が1万1764件(36.8%)、弁護士が8682件(27.1%)、社会福祉士が5849件(18.3%)などとなっています。親族が関与しない本人による申立てや市区町村長による申立てによって、司法書士や弁護士などの専門職が成年後見人等として選任されるケースが増えているようです。

なお、2022年3月に閣議決定された「第二期成年後見制度利用促進基本計画」では、家庭裁判所による適切な後見人等の選任・交代の推進が掲げられ、次のような内容が示されています。

市民後見人・親族後見人等の候補者がいる場合は、その選任の適否を検討し、本人のニーズ・課題に対応できると考えられるときは、その候補者を選任する。親族後見人から相談を受けるしくみが地域で十分に整備されていない場合は、専門職監督人による支援を検討する

3)専門職は報酬目当て? トラブルになる例も

成年後見人等の報酬については、法令上特段の定めはありませんが、例えば、東京家庭裁判所/東京家庭裁判所立川支部は「成年後見人等の報酬額のめやす」(2013年1月)として、

通常の後見事務を行った場合の基本報酬は月額2万円、ただし管理財産額が1000万円超~5000万円の場合は月額3万~4万円、管理財産額が5000万円超の場合は5万~6万円

などと示しています。例えば、所有する財産が1000万円超~5000万円の認知症の高齢者が、市区町村長による申し立てにより、司法書士や弁護士などの専門職の成年後見人等をつけられたとすると、年間36万~48万円を基本報酬として支払うことになります。

司法書士や弁護士などの専門職が成年後見人等に選任された場合、中には、

  • 後見事務に差し障ることを理由に認知症の高齢者を介護施設に入居させて、身近な親族と連絡や面会をさせないようにする
  • 権限があるとはいえ、法定相続人である親族にも黙って、危篤状態となった認知症の高齢者の所有する不動産を売却する

などしてトラブルになるケースもあるようです。最高裁判所の調査によると、2022年には専門職による不正事案として20件、約2億1000万円の被害額が報告されています。

4 もっと詳しく知りたい方へ(参考URL)

1)成年後見制度について

■厚生労働省「成年後見はやわかり」■

https://guardianship.mhlw.go.jp/

■法務省「成年後見制度・成年後見登記制度 Q&A」■

https://www.moj.go.jp/MINJI/minji17.html

■東京家庭裁判所後見センター「後見サイト」■

https://www.courts.go.jp/tokyo-f/saiban/kokensite/

■日本司法支援センター 法テラス「成年後見」■

https://www.houterasu.or.jp/service/kouken/

2)主な相談窓口

■東京家庭裁判所後見センター「成年後見制度についての相談窓口」■

https://www.courts.go.jp/tokyo-f/saiban/kokensite/madoguchi/

■日本弁護士連合会「高齢者・障害者に関する法律相談窓口」■

https://www.nichibenren.or.jp/legal_advice/search/other/guardian.html

■成年後見センター・リーガルサポート■

https://legal-support.or.jp/

以上(2023年9月更新)
(監修 弁護士 田島直明)

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スタートアップ企業関連税制まとめ(2023年度税制改正対応)

ここ数年、スタートアップに関連する税制は毎年のように改正されています。スタートアップの成長を促すために研究開発、人材確保、資金調達といったさまざまな方面で複数の制度が創設されており、ぜひ最新の内容(2024年.3月期に使える内容)をキャッチアップしておきたいところです。
そこで、この記事では制度の適用を受ける主体ごとに知っておきたい内容を解説します。自社に関連のありそうな税制についてピックアップし、その内容を確認してみましょう。なお、この記事で紹介する内容は2023年7月時点のものとなります。

  • 研究開発税制:スタートアップ企業が適用
  • ストックオプション税制:スタートアップ企業の従業員らが適用
  • オープンイノベーション促進税制:スタートアップ企業へ出資する企業が適用
  • エンジェル税制:スタートアップ企業へ出資する個人投資家が適用

1 研究開発税制:スタートアップ企業が適用

研究開発税制は、研究開発費用を支払った企業自身が適用できる優遇税制です。この制度はスタートアップ企業が支払った試験研究費用の一部を法人税額から控除できるというものです。研究開発税制は

  • 一般試験研究費の額に係る税額控除制度(総額型)
  • 特別試験研究費の額に係る税額控除制度(オープンイノベーション型)
  • 中小企業技術基盤強化税制

の3つの制度で構成されています。ただし、1.と3.を同時に選択することはできません。

1)一般試験研究費の額に係る税額控除制度(総額型)

スタートアップ企業が支払った試験研究費の額に一定割合(1%~14%)を乗じた金額を、法人税額から控除できます。ただし、控除できるのは法人税額の25%相当額が上限です。

2)特別試験研究費の額に係る税額控除制度(オープンイノベーション型)

特別試験研究費とは、

大学、国の研究機関や他の企業との共同研究や委託研究などのために支払った試験研究費

です。
試験研究費の中に特別試験研究費がある場合に、上記1)に加えて、スタートアップ企業が支払った特別試験研究費の額に一定割合(20%、25%または30%)を乗じた金額を、法人税額から控除できます。ただし、この制度により控除できるのは、1)および3)とは別枠で、法人税額の10%相当額が上限となります。

なお、税額控除ができる割合は、

  • 大学、国の試験研究機関などとの共同研究費用や委託研究費用の場合:30%
  • 国公立大学などの外部化法人などとの共同研究費用や委託研究費用の場合:25%
  • 上記以外の場合:20%

になります。

3)中小企業技術基盤強化税制

資本金の額が1億円以下など中小企業である場合には、法人税額が控除できる割合が上記1)より優遇されています。
企業が支払った試験研究費の額に一定割合(12~17%)を乗じた金額を法人税額から控除できます。ただし、上記1)制度との併用はできません。ただし控除できるのは法人税額の25%相当額が上限となります。

2 ストックオプション税制:スタートアップ企業の従業員らが適用

ストックオプション税制は、スタートアップ企業の従業員らが適用できる優遇税制です。ストックオプションとは、

従業員や取締役(以下「従業員ら」)に対して付与する自社株式を一定の期間内にあらかじめ定められた価格(権利行使価格)で取得できる権利

をいいます。
例えば、自社株式の株価が100円のときに、「今後3年間は自社株式を100円で取得できる」ストックオプションを従業員らに付与します。もし、3年後株価が500円に上昇したときに、従業員らがストックオプションの権利を使った場合、500円の自社株式を100円で取得することができます。取得した直後にその株式を売却すると、400円の利益が従業員らにもたらされます。
この例では、ストックオプションを行使して自社株式を取得した直後に売却し現金化していますが、成長の著しい会社(株価が上昇している会社)の場合、自社株式を取得した後、しばらく保有し続ける従業員らもいます。そのような従業員らが適用できる優遇税制がストックオプション税制です。
ストックオプション税制は、通常だと権利行使時(自社株式を取得しただけで、まだ現金として利益を得ていないとき)に時価と権利行使価格の差額に所得税が課税される(通常ストックオプション)ところ、

株式売却時まで繰り延べ、株式売却時に売却価格と権利行使価格との差額を譲渡益課税とする制度(税制適格ストックオプション)

です。

ストックオプション税制の概要の画像です

税制適格ストックオプションの主な要件は、次の通りです。

  • 付与の対象:企業およびその子会社の取締役・執行役・使用人
  • 発行価格:無償発行
  • 権利行使期間:付与決議日後2年を経過した日から10年(設立5年未満の未上場企業は15年)を経過する日まで
  • 権利行使限度額:年間の合計額が1200万円以下
  • 権利行使価額:ストックオプションに係る契約締結時の時価以上の金額
  • 譲渡制限:新株予約権は他者への譲渡が禁止
  • 保管委託:行使後は証券会社または金融機関などによる保管・管理等信託が必要

3 オープンイノベーション促進税制:スタートアップ企業へ出資する企業が適用

オープンイノベーション促進税制は、スタートアップ企業に出資した企業が受けられる優遇税制です。企業がオープンイノベーションを目的にスタートアップ企業に出資すると、その出資により取得した株式の取得価額の25%を所得から控除できる制度です。
 出資する株式が新規で発行される株式の場合(新規出資型)と、すでに発行されている株式を取得した場合(M&A型)でそれぞれ要件が異なります。

オープンイノベーション促進税制の主な要件の画像です

なお、所得の控除を受けた事業年度以降(新規出資型は3年以内、M&A型は5年以内)に一定の事由が生じた場合、控除を受けた額を益金(税務上の収益)に算入しなければなりません。主なケースには、

  • 対象企業が青色申告書の提出の承認が取り消された
  • 対象企業が解散した
  • 対象株式の取得から5年を経過した場合(5年以内に一定成長要件を満たす場合を除く。M&A型のみの要件)

などがあります。

4 エンジェル税制:スタートアップ企業へ出資する個人投資家が適用

エンジェル税制は、スタートアップ企業への投資を行った個人投資家が受けられる優遇税制です。個人投資家がスタートアップ企業に投資を行った際に、

  • 優遇措置A:「対象企業への投資額-2000円」をその年の総所得金額から控除できる(総所得金額×40%もしくは800万円のいずれか低い方の金額が上限)措置
  • 優遇措置B:対象企業への投資額全額をその年の他の株式譲渡益から控除できる措置

のいずれかを受けられます。それぞれ適用を受けるためには一定の要件を満たす必要があります。また、株式売却時において損失が生じた場合は、

その損失をその年の他の株式譲渡益と通算(相殺)できる

だけではなく、

その年に通算(相殺)しきれなかった損失については、翌年以降3年にわたって、順次株式譲渡益と通算(相殺)ができる

ことになっています。

1)優遇措置Aの主な適用要件

設立5年未満のスタートアップ企業のうち、設立経過年数に応じた規定を満たす企業を対象とした投資が要件となります。

優遇措置Aの設立経過年数ごとの要件の画像です

2)優遇措置Bの主な適用要件

設立10年未満のスタートアップ企業のうち、設立経過年数に応じた規定を満たす企業を対象とした投資が要件となります。

優遇措置Bの設立経過年数ごとの要件の画像です

以上
(執筆 南青山税理士法人 税理士 窪田博行)

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2023年7月11日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
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(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

【業務効率化】誤変換や誤字脱字を減らそう

書いてあること

  • 主な読者:メールやテキストチャットでのやり取りが多い企業の経営者やビジネスパーソン
  • 課題:入力ミスに気が付かないまま送信。致命的なミスだけは避けたい
  • 解決策:基本はよく見直すこと。文章校正ツールの導入も検討する

1 誤変換や誤字脱字、恥をかいたことありませんか?

メールやテキストチャットで入力ミスに気が付かないまま送信してしまった……。誰もが経験したことがあるのではないでしょうか。ある人は、テキストチャットで「○○の資料作成、進捗どうなってますか?」と上司に尋ねられ、「すみません。すぐ角煮します」と返信してしまったそうです。

誤変換や誤字脱字は恥ずかしいもの。何度も繰り返すと、仕事の能力まで疑われてしまう恐れがあります。特に、社外の人とのやり取りの場合、自分自身だけでなく、会社の信用も落とすことにつながりかねません。

誤変換や誤字脱字を減らすにはどうすればよいのでしょうか? 基本はよく見直すことですが、

  • 誤変換の原因と対処法を押さえる
  • 文章校正ツール・サービスを利用する

ことで、致命的なミスは避けることができます。パソコンでの作業を想定して見ていきましょう。

2 誤変換の原因と対処法は?

1)原因1=タイプミス+予測変換

パソコンで日本語を書くとき、特別に意識することなく使っているのが「日本語入力ソフト」です。Windows標準搭載の「Microsoft IME」やMac標準搭載の「日本語IM」の他、Googleが提供する「Google日本語入力」やジャストシステムが提供する「ATOK」などが有名です。

これらの日本語入力ソフトは、普段から使う単語や文章を学習し、ユーザーに合わせて最適化されるようになっており、数文字を入力しただけでその続きまで予測変換する機能を備えています。

予測変換機能はとても便利ですが、

うっかり間違えて入力したものまで学習してしまい、不要な変換候補が上位に表示される

ことがあります。これがよくある誤変換の理由の1つです。

例えば、「よろしくお願いいたします」と入力しようとして、「よろしく尾根ギアいたします」とタイプミスをしてしまった場合、日本語入力ソフトの設定次第で、次に「よ」と1文字入力しただけで変換候補に「よろしく尾根ギアいたします」が表示されます。

2)原因2=文節を区切らないでローマ字入力

パソコンで日本語を書くとき、ローマ字入力するのが一般的です。そして、文節を区切らないで連続してローマ字入力して変換すると、ユーザーが意図した通りに正しく変換されないときがあります。これもよくある誤変換の理由の1つです。

例えば、「大阪の経済波及効果」と書くつもりで、“oosakanokeizaihakyuukouka”と入力して変換すると、「大阪の経済は急降下」となってしまうことがあります。変換候補を確定すると、その情報を日本語入力ソフトが学習するため、この手の誤変換は何度も繰り返しがちです。

3)対処法=日本語入力ソフトが学習した単語や文章を削除

表示される変換候補が何かおかしいと感じた場合、日本語入力ソフトの設定を確認してみましょう。日本語入力ソフトが学習した単語や文章は、個々に削除したり、全てを初期化したりできます。誤って学習した単語や文章を日本語入力ソフトから削除したり、学習データを初期化したりすることで、誤変換を減らすことができるでしょう。

詳しい操作方法については、提供元のサポート情報などで確認できます。

■Microsoft 日本語 IME■

https://support.microsoft.com/ja-jp/windows/da40471d-6b91-4042-ae8b-713a96476916

■Macの日本語入力ソース環境設定を変更する■

https://support.apple.com/ja-jp/guide/japanese-input-method/jpim662a12b9/mac

■Google日本語入力ヘルプ■

https://support.google.com/ime/japanese/#topic=25554

■ジャストシステム「サポート」■

https://support.justsystems.com/jp/

3 日本語の文章校正に便利なツールやサービスは?

日本語の文章校正ツール・サービスは、文章を解析し、誤字脱字や誤用、重複表現などを指摘してくれます。パソコンにソフトをインストールするタイプ以外に、オンラインで使えるクラウドタイプの文章校正ツール・サービスも登場しています。

例えば、次のようなツール・サービスがあります。

【インストールタイプ/有料】

■NTTデータ東北「Press Term」■

https://www.nttdata-tohoku.co.jp/solution/corporate/proofreading.html

■ジャストシステム「Just Right!」■

https://www.justsystems.com/jp/products/justright/

【クラウドタイプ/有料(一部無料で使えるツール・サービスもあります)】

■ウェブライダー「文賢」■

https://rider-store.jp/bun-ken/

■ジャストシステム「ATOKクラウド文章校正サービス」■

https://atok.com/useful/atokchecker/

■ゼンプロダクツ「Shodo」■

https://shodo.ink/

■LivesNet「MOJI-KA」■

https://www.moji-ka.com/

■Enno「Enno」■

https://enno.jp/

■バリュープレス「プレスリリース校正ツール」■

https://www.value-press.com/proofreader

■PRUV「PRUV」■

https://pruv.jp/

これらの他、ChatGPTやGoogle Bardといった対話型AIサービスも文章校正に利用できます。

4 便利なツール・サービス 比較のポイントは?

1)使いやすさ

本格導入した際に使いこなせるかどうかがポイントです。トライアル期間が設けられているツール・サービスも多いため、直感的に操作できるか、機能が多く複雑過ぎないかなど、使い勝手を確認しましょう。

2)セキュリティー

情報漏洩対策がしっかり取られているかどうかがポイントです。不正アクセスやマルウエアへの感染対策はもとより、クラウドタイプのツール・サービスであれば、入力した文章データが蓄積されて第三者に流出する可能性がないかなどを事前に確認しましょう。

以上(2023年7月更新)

pj40064
画像:Net Vector-shutterstock

【朝礼】大いに悩み、考えろ、そして集中を忘れるな

私の悪い癖の一つですが、仕事で気になることができると、会社を出てからも仕事が頭から離れないことがあります。食事をしながら、シャワーを浴びながら、ベッドで横になりながらも仕事のことが頭から離れず、人の話も右耳から左耳へ抜けていくという状態です。「ちゃんと話を聞いているの?」と言われて我に返ることもよくあるので、家族や友人たちにはよく呆れられています。

仕事を離れたところでも、仕事のことを考えているなんて、とても仕事熱心だと思うかもしれません。しかし、仕事は仕事、プライベートはプライベートです。当たり前のことですが、仕事をするのは自分や家族の生活のためであり、仕事に没頭しすぎてプライベートをないがしろにするべきではありません。

それに、仕事を離れたところで仕事について悩み、考えなければいけない状況とは、裏を返せば仕事がうまく進んでいないということでしょう。私の場合も、明日の業務の予定が気になるといった類の悩みではなく、大抵は、時間が迫っているのに、よい対応が思い当たらないなど、本来ならば事前に余裕を持って対処しておくべきだった仕事がうまく処理できず壁にぶつかり、家でも仕事のことを考えざるを得ないというのが実情です。

本来、仕事は会社で済ませるというのが正しいあり方でしょうが、みなさんが日々対応しなければならない仕事は少なくありません。しかし、「多少予定に遅れが出るのは仕方がない」などと思って仕事を進めないようにしてください。仕事はできるだけ余裕をもって段取りし、それでも時間が足りないようならば、代わってもらえる仕事は人に頼み、一番頭を悩ませている難題に対してじっくり向き合って考えるべきです。そうすれば、家で仕事に頭を悩ませることもなくなるはずです。

仕事を離れているときに仕事のことを考えるのはよいことではありません。しかし「考えるな」と言っても、仕事が頭から離れないときがあるのも事実です。

そんなときは、思い切って悩み、考えることに集中するというのも一つの方法です。ただし、食事をしながら、ベッドで横になりながらなど、何かをしながらでは集中できずよい考えは浮かびません。考えるなら、起き上がっていすなどに座り、考えることだけに集中するほうが、それまでに気付かなかった点が明らかになり、なかなかまとまらなかった考えを整理することができるでしょう。

どうしても仕事が頭から離れないときには、自分が納得できるまで集中して悩み、考えてください。そして、その後はおいしい食事をとるなり、スポーツを楽しむなり、十分な睡眠をとるなり、積極的に休んでください。このメリハリがよい仕事生活を送るための秘訣だと思います。私もこれから、それを強く心がけたいと思います。

以上(2023年7月)

pj16569
画像:Mariko Mitsuda

【経理人材の育成(3)】ChatGPTなどの新しい「道具」との接し方と、業務改善の優先付け

書いてあること

  • 主な読者:経理人材の育成や、経理部全体の効率化に悩む中小企業のマネジメント職
  • 課題:テクノロジーを活用した新しい道具が次から次にでてくるので、どのように対応すればよいのか悩んでしまう
  • 解決策:新しいものには一先ず手触りだけ知るようにする。ただ、道具はあくまで解決策の一つであり、課題を解決するための手段でしかない。大切なのは、優先順位を間違えないこと。

1 話題のChatGPT、経理管理職としてどう捉える?

皆さんは、ChatGPTは使ってみましたか。新聞などでChatGPTをはじめとした生成AIに関する記事を目にしない日はないほどに、急速に話題になっています。この生成AI、経理の「新しい道具」に近い将来なるのではないかと私は考えています。

実際に、経理で使ってみた方の意見を聞くと特に評価が高いのが、

エクセルVBA(エクセルの機能を拡張するプログラム言語)などプログラミングへの利用

です。従来、マクロなどの機能を使いたくても、プログラムが書けないという悩みがよくありました。しかし、ChatGPTを使ってうまく指示できれば、プログラムを自動で書いてもらえ、望む機能をすぐに実現できるといいます。つまり、ChatGPAの「プログラム翻訳」機能は、高く評価できるようです。

それ以外にも、メンバーと1対1で行う面談(1 on 1)において、

論点の抜け漏れがないよう、項目出しをしてもらうという使い方

をしているという話を聞きました。例えば、ChatGPTに「あなたは小売業の経理部門担当者です。小売業の事業をより理解した上で経理業務を行うためには、どのような項目の学習をしたらいいでしょうか?」といった質問をします(よければ、実際にこの質問をChatGPTで試してみてください。実際にわたしも試して、重要な論点が網羅的にカバーされている結果だという印象を受けました)。

このように、実際に業務への導入をすぐにと考えずに、気軽に「手触り」だけでも知ることが大事です。どんな風に使うのか、その使い勝手や癖も含めていったん体験しておくと、今後、他社で活用事例が増えていった際に、自分のアンテナに役立つ情報が引っ掛かりやすくなります。

また、メンバーと一緒に試してみるのもいいと思います。ひょっとしたら、デジタルネイティブと呼ばれる若手メンバーは、乗り気で試し、今後の活用も色々考えてくれるかもしれません。メンバーの強みを伸ばし、同時に経理業務の改善にもつながれば、まさに一石二鳥といえます。

2 新しい「道具」とどのように接するか

ChatGPTに限らず、この10年の間に、テクノロジーを活用した新しい「道具」が経理の世界には多数登場してきました。例えば、OCR、RPA、BIツールなどです。これだけたくさんあると、それぞれの役割やメリットを自分自身の言葉で説明できないものや、実際に見たことがないものがあると思います。

現実問題として、「電卓と会計システムとエクセルだけが経理の道具」という時代は終わりを迎えようとしています。ただし、これは悲観すべきことではなく、劇的に便利な選択肢が増えるというだけの話です。「ドラえもん」に描かれた世界が暗いわけではないことを考えても想像いただけるのではないでしょうか。

次から次に登場する新たな道具も、先ほどのChatGPT同様に、まずは軽く「手触り」してみましょう。例えば、無料版が提供されているものであれば、それを試すのもいいでしょう。他には、「経理Expo」といった見本市に出かけてデモンストレーションを見たり、実際に触って担当者に質問したりするのもいいと思います。

ただ、闇雲に選択肢を増やせば良いというわけでもありません。このような状況下で、容易に優先順位を付けたいのであれば、

取引先など身近な会社がすでに導入したもの

から始めるのがいいでしょう。例えば、最近はインボイス制度対応により請求書管理の仕組みを変えるために、登録などの依頼が来ていると思います。身近な道具であれば、

  • 利用場面やメリットを想像しやすい
  • 自社に導入した場合の効果が見えやすい
  • 導入例が身近ゆえ、現場でも受け入れられやすい
  • 安全性が確保されやすい

などの利点があるからです。

3 道具の前に、必ず押さえるべき2つのこと

ここまでテクノロジーを使った「道具」の話をしてきましたが、これはあくまでも解決策の一つにすぎません。本当に大事なのは、

解決策をあれこれ探すことではなく、課題を解決すること

です。私たち経理にとって、解決すべき課題は正確さや効率の向上に関するものがほとんどです。だとすると、まずは、何が原因でこれらの課題が生じているのかを明らかにするのが最優先であるため、解決策としての道具の話は後から出てくるべきといえます。

とはいえ、どんな道具があるかを分かっていれば、問題解決も考えやすいという側面があるのも事実です。そこで、経理管理職にとっては、「課題」と「解決策」の両面を押さえておくと実務的には効率的です。

「課題」を解決するには、会社の業務自体や内容を把握し、何が問題かとおおよその解決の方向性までを考えなければなりません。「解決策」は、課題を解決するために出てくる多数の方法で、業務のやり方の場合もあれば、前述した道具の場合もあります。

「課題」が何かによって、その道具が解決策として合っているのかも変わる

ことをしっかり認識しましょう。

4 業務改善の優先順位の付け方

課題が多すぎて、どこから手をつけていいのか分からない場合もあるでしょう。このようなときは、優先順位付けをして、影響度合いが大きいものからやるべきです。多忙な中では、目がついた箇所から闇雲に改善に取り組むのは得策ではありません。つまり、最近よく言われる「タイパ」(タイムパフォーマンス)を考慮します。要点となるのが、

  • 頻度
  • 手作業
  • 2つの“ふく”(重複と反復)

の3点です。

経理における影響度合いには、まず頻度が大きな要素です。経理の業務には、日次、週次、月次、四半期次、年次と色々頻度のパターンがあります。年に1度の業務よりは、毎日行う業務を効率化した方がいいということは想像しやすいと思います。これは、業務改善の取り組み自体の効率の良し悪しにつながります。

別の観点でみると、システムをあまり活用せず、主に手作業で行っている業務も、優先的に業務改善をすべきです。手作業ではミスが生じやすく、また時間がかかることが多いからです。

つまり、頻度という観点は「効率的」な業務改善に結びつき、この手作業という観点は「効果的」な業務改善にひも付きます。

さらに、業務改善すべき箇所を見つけ出すコツは、「2つの“ふく”」に注目することです。2つの“ふく”とは、複数のメンバーが同じまたは似た業務を行う「重複」と、同じ人が何度も同じ業務を繰り返す「反復」のことです。

重複は担当者のあいだで問題が生じやすく、反復は本人から不満が生じやすい

という特徴があります。管理職にとってはいずれも頭の痛い問題です。しかし、裏を返せば、頻度が高く、作業の型が決まっていることが多いので、実は業務改善にはうってつけの対象です。

5 業務改善は、人材育成のチャンスの宝庫

おそらく、ここまで述べた業務改善に関するコツの話は、一定の経験ある管理職であれば、新しい学びは正直なところ多くないと思います。ここでむしろ押さえていただきたいのは、

業務改善の取り組みを活用することは人材育成にも大きくつながる点

です。業務改善のスキルというのは、皆さんも経験を通じて身につけたものであり、言語化されていないことが多く、だからこそ伝えていくことが大事なのです。どうやって問題点を見つけるのか、なぜその解決策を選ぶのかは、これからの時代の経理に求められるスキルになるはずです。業務改善というと、とかくやり方の変更や道具といった形式的なテクニックに目が行きがちですが、実は管理職の皆さんの思考過程こそに価値があります。

これまでの経理は、例えるなら、自分で作業する「大工」でしたが、これからは全体を設計する「建築士」になっていくことと思います。この非常に大きな変化のなかで、メンバーがより付加価値が高い業務を行えるようにすることが、そしてそのような人材を育てられることが管理職の皆さんにとって求められています。ChatGPTなどの新しい道具も解決策の一つにすぎません。すでにお持ちのご自身の業務改善スキルの枠組みの中で整理して、活用することは十分に可能です。人材育成の観点でも何重にも活用できる業務改善という機会を上手につかって、無理のないところから取り組みを始めてみましょう。

以上(2023年7月作成)

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画像:Shutter z-kittiphan-shutterstock