書いてあること
- 主な読者:現業職が多い職場(製造業の工場、小売業の実店舗など)の管理者
- 課題:紙ベースでのやり取りが当たり前。業務が属人化しており、DXが進まない
- 解決策:外部ツールの使用に限らず、自社開発も視野に入れてDXを進めていく
1 「現場」にこそDXによる業務効率化が必要
突然ですが、御社の現場では次のような課題はないでしょうか?
- 紙によるアナログな管理で、情報の閲覧や検索が困難になっている
- 社員各々の経験に業務を頼っていて、ノウハウが共有されていない
- 社員が現場に1人で出ており、情報共有や社員間の連携がうまくいかない
こうした課題を解決できるのが、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」です。例えば、紙による資料管理をデジタル化するだけでも記録ミスの削減や社員の作業負担が軽減され、残業時間の削減が期待できます。ただ、DXを進めるために市販の外部システムを使おうとすると、中小企業の規模では必要のない機能が含まれていたり、コスト面の負担が大きかったりして、一歩を踏み出せないケースもあります。
そこで、この記事では、システムを自社開発することでDXを実現した企業の事例を中心に、具体的にDXを進めていく際の参考事例を紹介します。
2 自社開発による「現場改善テック」事例
1)作業日報をアプリで見える化:サンコー技研(大阪府東大阪市)
1.取り組み内容
プリント基板や光学部品、フィルム部材製作などを手掛ける同社では、日報・生産管理アプリの「スマファク!」を自社開発し、販売もしています。利用者は、個人別に作成されたQRコードをスマートフォンのアプリで撮影することで、その日の作業記録を入力できるだけでなく、1日の時間や案件ごとにグラフ形式で作業時間を確認できます。
2.取り組みのきっかけ
これまで同社では、生産実績やトラブルなどの記録を手書きの日報で作成しており、その作業自体に負担がかかることや、過去の情報を見直しづらいことが課題でした。そのため、作業日報のデジタル化を検討したものの、既存のシステムでは必要のない機能も含まれている上、ライセンスコストの負担が大きかったことから自社開発に至ったといいます。開発に当たっては、大阪府IoT推進ラボが運営する「IoTマッチング」を使ってサン・エンジニアリング(大阪府大阪市)と協働し、アプリ開発に取り組みました。
3.取り組みの成果など
日報が手書きからモバイル端末での入力に変わったことで、記録業務の手間や記録ミスの削減、工程ごとの正確な時間管理ができるようになったといいます。
また、2020年4月から「スマファク!」の外販を始め、中小規模の町工場に限らず、大手企業からの引き合いもあるといいます。
2)納期管理や進捗管理を見える化:日本ツクリダス(大阪府堺市)
1.取り組み内容
金属加工、システム開発・販売などを手掛ける同社では、納期管理・進捗管理システムの「エムネットくらうど」を自社開発し、販売もしています。仕事の優先順位や進み具合を知るための納期管理・進捗管理を重視したシステムで、紙の図面の情報をシステムに入力し、発行したバーコードを図面に貼り付け管理する仕組みとなっています。
2.取り組みのきっかけ
町工場での納期管理・進捗管理はホワイトボードや経営者の頭の中だけで把握していることが多く、情報共有が難しいという課題がありました。
また、既存の製造業向けの生産管理システムは、町工場で使うには複雑で必要のない機能も入っており、導入コストも高いことから、必要な機能だけをそろえたシステムを自社開発することに至ったといいます。
3.取り組みの成果など
工程の進捗状況が誰でも見られるようになったことで、クライアントからの進捗確認の問い合わせに対して、作業現場まで聞きに行かずとも素早く回答できるようになり、クライアントからの信頼度が向上したそうです。また、作業効率が上がったことで完全週休2日制も実現できたといいます。
なお、外販した「エムネットくらうど」は現在100社以上の導入実績があり、導入企業の約8割が従業員30人以下の町工場としています。
3) 顧客管理ツール開発でDX化を実現:三和鍍金(群馬県高崎市)
1.取り組み内容
メッキ、塗装、研磨などの金属表面処理を手掛ける同社では、顧客管理ツールの「見積り案件管理表」を自社開発し、運用しています。
2.取り組みのきっかけ
紙ベースでの管理方法では、必要なデータをすぐに引き出せない、資料を保管するスペースが圧迫される、火災などが起きたときに紛失する危険があるなどの課題がありました。
一度は有料の販売管理システムを導入したものの、社員数などの会社全体の規模感が見合わなかったり、管理項目が難解だったりすることを理由に数カ月で利用を取りやめ、自社開発に至ったといいます。
3.取り組みの成果など
身の丈に合った丁度いいシステムになっているので、何よりも継続的に使用するにあたってストレスが限りなくゼロに近いというメリットがあります。これは自社開発だからこそ実現できたと考えています。
システムを導入することによって、月あたりおよそ40~50件の新規お問い合わせに対して営業2人で管理ができる体制が構築されました。案件の共有も即座にでき、また過去データ(図面・処理内容・見積り単価等)を確認することも容易であるため、営業と事務間のコミュニケーションが円滑化され、生産管理の効率が飛躍的に上昇したといいます。
4)顧客管理などの業務プロセスをデジタル化:サーフエンジニアリング(神奈川県綾瀬市)
1.取り組み内容
旋盤による機械加工、ガス事業者向け特殊機械製造などを手掛ける同社では、町工場でも使える案件管理アプリを開発、導入したことで、見積もり作成、顧客管理、納期管理、図面管理などの業務プロセスのデジタル化を実現しています。
2.取り組みのきっかけ
同社では、これまで図面をアナログ管理しており、顧客から問い合わせが入ると、過去の類似案件を探したり、熟練者の記憶に頼ったりして見積もりを作成していたこと、納期も受注メールを遡って確認するといった手間が課題になっていました。
また、市販の業務管理ソフトを試したものの、自社のニーズと合わず、価格も高額になることから、同社のウェブサイトを作成したジェイネクスト(神奈川県横浜市)と共同での開発に至ったといいます。
3.取り組みの成果など
アプリの導入前と比較して、見積もり作成時間が45%、顧客への納期回答時間が90%短くなったほか、納期遅れが95%削減できたとしています。
5)社内向けポータルサイトでDXを実現:NISSYO(東京都羽村市)
1.取り組み内容
業務用トランス・リアクトル・制御盤の設計・製造などを手掛ける同社では、自社制作したクラウド型のポータルサイトの「アスヨクDX」を用いたデータドリブン経営(データを活用してビジネス上の意思決定を行う経営手法)に取り組んでいます。全社員にiPadを配布し、残業時間の確認、社内規定、Q&Aなどのデータを集め、Looker Studio(GoogleのBIサービス)でデータの見える化を図っています。
2.取り組みのきっかけ
2017年に発表した経営計画の社長コメントで、バックヤードをデジタル化で簡素化していくことを宣言したこと、売り上げの増加に伴い、業務量が増えたことで慢性的な人材不足になっていたことをきっかけに、iPadを正社員全員に配布し、ペーパーレス化やクラウド上に社内のデータを集める取り組みを始めました。
3.取り組みの成果など
クラウド上に図面データをアップロードし、各自が持っているiPadで見るという取り組みによって、年間約60万枚のペーパーレスを実現しているといいます。
また、同社はDX推進の準備が整っていることを国が認定する「DX認定事業者」に認定されている他、日本の中小企業の規範となるDX推進態勢を構築したとして、2022年のITコーディネータ協会表彰で優秀賞(独立行政法人情報処理推進機構理事長賞)を受賞した実績があります。
3 外部サービスの導入による「現場改善テック」事例
1)音声認識で安全な接客サービスの提供を実現:BONX(東京都渋谷区)
音声コミュニケーションプラットフォーム・ヒアラブルデバイスの企画開発などを手掛ける同社では、音声通信・音声認識ツールの「BONX WORK」を提供しています。スマートフォンアプリと専用のワイヤレスイヤホンを使うことで通信距離の制限や混線の心配がなく、ハンズフリーでの会話が可能です。
また、会話内容の文字起こしや、音声を認識し、データ化する機能もあります。導入事例として、松屋銀座では「音声採寸ソリューション」として、紳士服の採寸で「肩幅43センチ」などと声に出すと、そのまま顧客データベースに入力されるシステムが採用されています。
このシステムの導入によって、今まで2人1組でやっていた採寸を1人でできるようになり、フロア内の密を防いだり、スタッフの人数を減らしたりしつつも安全な接客サービスの提供につながったといいます。
このサービスは、接客・作業中でもハンズフリーで会話ができることや、事務所からフロアまで足を運ばずに情報共有ができることから、介護業、飲食業、宿泊業の現場でも導入実績があります。
2)デスクレスワーカーの情報共有を効率化:サイエンスアーツ(東京都新宿区)
同社では、ライブコミュニケーションプラットフォーム「Buddycom」を提供しています。スマートフォン、タブレット用のアプリと専用のイヤホン、ヘッドセットを使うことで、現場の状況をLIVE動画で共有しながらのグループ通話、通話内容の音声テキスト化などの機能を利用することができます。
導入事例として、GENDA GiGO Entertainment(東京都港区)が運営するゲームセンターでは、ワスド(東京都中野区)が提供するスタッフ呼び出しサービスの「デジちゃいむ」と機能を連携させ、接客業務の効率化を図っています。このシステムは、問い合わせをしたい利用客がゲームの筐体に設置された二次元コードをスマートフォンで読み取り、問い合わせ内容を送ると、問い合わせ内容がスタッフ全員に音声形式で通知され、そのままBuddycomを使ってスタッフ同士で会話をして、素早く対応方法を決められるという仕組みです。
この結果、利用客を待たせる時間が問い合わせ1件当たり10秒程度削減されたといいます。
3)社内文書をクラウド上で作成:クイックス(愛知県刈谷市)
マニュアル制作、システム・プログラム開発などを手掛ける同社では、業務手順書、社内規程書、業務マニュアルなどの社内文書作成を効率化できるツールの「i-ShareRDX」を提供しています。
社内文書の作成に必要なフォーマットがそろっており、クラウド上で文書が作成できます。そのため、人によって文書のレイアウトやデザインにバラツキが出ない、文章を見ているユーザーが文書の作成者や管理者にコメントを残してフィードバックできる、文書を管理する際のバージョンや改訂履歴が残るといった特徴があります。
また、パソコン、タブレット、スマートフォンから場所を選ばず社内文書を閲覧できるだけでなく、紙での出力も可能となっています。
4 参考:DX導入に役立つ情報
1)独立行政法人情報処理推進機構(IPA):DX SQUARE
DXに関する情報を発信するウェブサイトです。DXの基礎知識や用語集をはじめ、自社のDXレベルを測るための指標、業種ごとのDX推進事例などを紹介しています。
■DX SQUARE■
https://dx.ipa.go.jp/
2)IPA:マナビDX
デジタルスキルに関する学習コンテンツを紹介するウェブサイトです。DXの基礎的な講座をはじめ、社員のキャリアアップや企業研修に活用できる講座の情報をまとめています。
■マナビDX■
https://manabi-dx.ipa.go.jp/
3)中小企業基盤整備機構:ここからアプリ
中小企業がDX推進に関して、導入しやすい業務用アプリを紹介するウェブサイトです。アプリの概要だけでなく、実際の企業による導入事例なども紹介しています。
■ここからアプリ■
https://ittools.smrj.go.jp/
4)経済産業省:DXセレクション
中堅・中小企業などのモデルケースとなるような優良事例を「DXセレクション」として紹介する取り組みです。優良事例を選定・公表することで、地域内や業種内での横展開をはじめ、中堅・中小企業などにおけるDXの推進や取り組みの活性化につなげていくことを目的としています。
■DXセレクション■
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dx-selection/dx-selection.html
以上(2023年6月作成)
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画像:metamor works-Adobe Stock