【事業承継】社長の退職金を活用するメリットと実務

書いてあること

  • 主な読者:事業承継の具体的な効果や手続きを知りたい経営者
  • 課題:社長に退職金を支給することのメリットを知りたい
  • 解決策:受領する社長、支給する会社、株価の3点で税務メリットがある

1 事業承継に社長の退職金を活用する3つのメリット

社長に退職金を支給すると、事業承継で次の3つのメリットがあります。

  1. 社長:有利な所得税率が適用される
  2. 会社:退職金を損金算入できる
  3. 株価:株価が下がり、株式承継の絶好機となる

1)社長:有利な所得税率が適用される

社長は有利な所得税率で退職金を受領できます。なぜなら、

  • 取締役の在任年数に応じて退職所得控除が受けられる
  • 退職所得控除を超える部分は、所得の額を2分の1にした上で所得税・住民税が計算される

からです。

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退職金は、通常の役員報酬に比べて半額以下の税負担で済みます。実際、億単位の退職金でも所得税はプラス20%程度というケース(所得税の最高税率は55%)が少なくありません。

2)会社:退職金を損金算入できる

退職金は損金算入できるので、34%程度の法人税のメリットがあります。社長の所得税はプラス20%程度、損金算入できる法人税はマイナス34%程度であり、両者を比較すれば、

社長の退職金は、支給できる範囲いっぱいに支給した方が有利

ということが分かります。

3)株価:株価が下がり、株式承継の絶好機となる

社長の退職金には株価を押し下げる効果もあります。中小企業の株価算定に使われる主な評価方法である類似業種比準方式で考えてみます。なお、ここでいう中小企業は財産評価基本通達に基づく会社の区分で、

  • 大会社(従業員数70人超などの要件を満たした会社)
  • 中会社(従業員数5~35人超などの要件を満たした会社)
  • 小会社(従業員数5人以下などの要件を満たした会社)

の規模である非上場企業を指しています。

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退職金の支給によって、その事業年度の課税所得と、株価を算定する一株当たりの利益金額をゼロにできる可能性があります。また、事業承継を控えて配当金の支払を抑制している会社も多いですが、その場合、1株当たりの利益金額と配当金額がいずれもゼロとなります。

2 退職金を支給するための手続きと留意点

1)支払原資の確保

先立つものとして、通常の運転資金とは別に退職金の原資を確保しなければなりません。小規模企業共済などの積立制度を利用するとよいでしょう。

2)「退任の事実」をつくる

税務メリットがある退職金の支給は税務調査でも注目されます。税務署に指摘されないように、しっかりと社長の「退任の事実」をつくりましょう。具体的には、出勤や部下への業務指示などが制限され、現実に事業から離れなければなりません。

こうした「退任の事実」が認められない場合、退職金は「賞与」となります。金額によっては、社長に最高税率の所得税が課税されます。また「賞与」は損金不算入なので、会社も法人税の追徴課税(追加の納税や延滞税・重加算税などの罰金税)を受けます。

3)取締役会と株主総会の決議

社長の退任が決まったら、取締役会が社長の退職金の支給を議案とする株主総会の招集を決定します。

次に、株主総会において社長に対する退職金支給議案が承認可決される必要があります。株主総会の決議では、退職金の具体的金額を決議してもよいですし、退職金規程に従って支給することとし、具体的な手続は取締役会に委任する旨を決議してもよいです。

取締役会や株主総会の議事録に、社長の功労(在任中の売上や利益の推移など)を記載することも考えられます。社長の退職金は高額になることが多いですが、在任中の功労が具体的に記載されていれば、税務調査でも指摘されにくくなります。

なお、株主総会を開催していない中小企業も多いですが、退職金の支給のような重要な手続では必ず株主総会を開催しましょう。株主総会を開催していなかったために、退職金の支給が否認された事例もあります。

4)退職金の支給の実施

株主総会の決議に基づき、後任の代表取締役が退任した社長に退職金を支給します。退職金は所得税及び住民税の源泉徴収が義務付けられているので、源泉徴収税を控除した金額を振り込みます。なお、源泉徴収税は、支給月の翌月10日までに納付しなければなりません。

3 退任のタイミングを慎重に決める

事業承継では、

社長が退任するタイミングをいつにするか

が難しい問題となります。社長の退職金を支給するには「退任の事実」が必要ですが、実際に社長が事業から離れることは容易ではなく、その決断が遅れがちです。

社長が安心して退任して、退職金が受領できるようにするために、種類株式などを使って、法律上の支配権を社長に残す仕組みなどを入れることも検討できます。

以上(2023年6月更新)
(執筆:日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 福崎剛志)

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画像:Mariko Mitsuda

【事業承継】投資育成会社を活用するメリットと実務

書いてあること

  • 主な読者:事業承継の具体的な効果や手続きを知りたい経営者
  • 課題:事業承継対策として、投資育成会社を活用することのメリットを知りたい
  • 解決策:投資育成会社に経営者が保有する自社株式を売り渡せば、事業承継コスト(贈与税)を減らすことができる。ただし、買い戻す時は高額になることもある

1 事業承継に投資育成会社を活用する3つのメリット

投資育成会社(正式には「中小企業投資育成株式会社」)とは、

中小企業投資育成株式会社法に基づき設立された投資会社で、その株式は経済産業省、地方公共団体、銀行などが保有

しています。一般的な株式会社と違う公的な株式会社として位置付けられており、東京・名古屋・大阪の3カ所にあります。

この投資育成会社を活用すると、事業承継対策として次の3つのメリットがあります。

  1. 事業承継コスト(贈与税など)が軽減される
  2. 会社の信用力を向上させる
  3. 経営の安定性を高める効果が期待できる

1)事業承継コスト(贈与税など)が軽減される

例えば、社長が株価1億円の事業会社の株式を100%保有しているとします。その株式を長男に贈与する場合、1億円の財産を贈与したものとして贈与税が課税されます。一方、社長が保有する株式の30%を投資育成会社に売却し、70%しか保有していない状態にすると、7000万円の財産を贈与したものとして贈与税が課税されるので、負担が軽減されます。

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日本の贈与税や相続税は、財産の額が大きくなるほど税率も高くなるので、株式価値を減らせば事業承継コストはそれ以上の割合で軽減されます。しかも、投資育成会社は、事業会社の株式を保有したとしても経営に干渉することはありません。こうしたことから、事業承継対策の1つとして投資育成会社の活用が検討されているのです。ただし、投資育成会社は、事業会社の株式50%超は保有することができないことは把握しておきましょう。

2)会社の信用力を向上させる

投資育成会社が株主になると、会社の信用力向上が期待できます。投資育成会社から出資を受けるためには、出資に関しての事前相談をした上で、正式な出資申込を行い、審査を受けなければなりません。

審査では、

  1. 本社・工場の訪問
  2. 経営方針、事業計画、事業内容、収益見通し等についてのヒアリング
  3. 経営者自身のプレゼンテーション

が求められます。このような審査手続きをパスして、初めて投資を受けられることから、取引先や金融機関からの評価につながります。

投資育成会社の投資先は2022年10月時点で全国に2744社ありますが、その投資先企業は優良な上場会社や中堅企業が多いです。

3)経営の安定性を高める効果が期待できる

投資育成会社が株主となることで、より確実な経営が行えるようになります。例えば、投資育成会社が株主となった場合、毎年の株主総会に投資育成会社が出席します。また、株主総会開催前に決算内容や議案などについて、事前説明を求められることも少なくありません。このように株主に投資育成会社が入ることで、会社法や税法など、これまで以上に法令を遵守した経営を求められるようになり、その結果、経営の安定性が高まるという効果が期待できます。

さらに、投資育成会社は、中小企業の「育成」を使命としているため、各種の経営課題についての相談もすることができます。

2 投資育成会社に株式を保有してもらうための手続き

1)事前相談と出資審査

投資育成会社から投資を受けるためには、東京・名古屋・大阪のいずれかの投資育成会社に投資の相談と申込をします。その上で、投資育成会社の審査を受け、投資決定を受ければ、株式を引き受けてもらえます。

投資育成会社からの出資の流れは次の通りです。

  1. 【ご相談】事業の概況、増資計画等についてのヒアリング(会社パンフレット、最近3期分の決算書、株主名簿の提出)
  2. 【お申込受付】投資決定に必要な資料の提出(事業計画書、事業経歴書、役員等の略歴、製品カタログ等の提出)
  3. 【審査(事業調査)】本社・工場などの訪問。経営方針・事業計画、事業内容、収益見通し等についてのヒアリング。経営者の投資育成会社でのプレゼンテーション
  4. 【投資決定】引き受けの可否および条件を投資育成会社内で機関決定
  5. 【資金払い込み】株式、新株予約権付社債などの発行手続きと資金の払い込み
  6. 【プレスリリース】新聞社などへのプレスリリース

2)株式取得

投資育成会社の投資が決定したら、経営者などが保有する既発行株式を譲渡するか、新株を発行することによって株式を保有させます。

投資育成会社が株式を取得する価格は、投資育成株価算定方式(以下「投資育成算式」)という特有の計算方法で算定されます。投資育成算式とは、1株当たり予想利益を基にした収益還元方式によって算定されますが、その金額は一般的に使われる算式(類似業種比準方式など)に比べ、かなり低額になります。

3)安定配当の継続

投資育成会社は、毎年、投資額の6%を配当として求めてきます。通常配当を実施していない会社が6%の配当を実施するには、種類株式の優先配当株式(普通株式より優先して配当する株式)を設定したり、株式の属人的定め(定款で株主ごとに異なる取り扱いを定めること)を設けたりして、投資育成会社にだけ配当できるような仕組みを導入する必要があります。

なお、投資育成会社は長期的な投資を行っており、一度投資をしたら原則として10年以上は投資を継続します。従って、年6%の配当は10年以上継続されます。ただし、事業の状況が悪いときは配当をする必要はありません。

3 株式を買い戻す際の重要なポイント

投資育成会社は、投資育成算式に従って企業の株式を取得します。投資育成算式は、1株当たりの予想利益を基にした収益還元方式なのですが、その算式によって算定される額は、

企業が成長するにつれ高額になっていく

ことが特徴です。従って、10年間、投資育成会社に株主になってもらい、事業承継も完了したので株式を買い戻したいと考え、改めて投資育成算式で株価を評価すると、何倍にもなっているということが少なくありません。

毎年6%の優先配当をし、最後には買い戻す価格が何倍にもなる可能性があることを理解した上で活用する必要があります。

また、株式を買い戻すとき、

自社の株主の3分の1以上が、従業員持株会、取引先、銀行などの同族株主以外の株主で占められていなければ、投資育成会社は株式の買い戻しには応じない

ことになっています。将来的に従業員持株会などが整備できなければ、買い戻しが困難となることに注意してください。

以上(2023年6月更新)
(執筆 日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 福崎剛志)

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画像:Mariko Mitsuda

経理現場のインボイス対策!「売り手」と「買い手」の立場から必要な実務を最終確認

書いてあること

  • 主な読者:インボイス発行事業者の登録手続きを済ませた会社の経営者、経理担当者
  • 課題:取引先への登録番号などの通知など現場の準備が抜け漏れなく終わっているか不安
  • 解決策:売手(インボイスを発行する側)、買手(インボイスを受け取る側)の立場から現場ですべきことを整理する

1 いよいよインボイス! 対応漏れがあると消費税の負担増?

いよいよ2023年10月1日からインボイス制度が始まります。消費税の申告を行っている会社であれば、インボイス発行事業者(適格請求書発行事業者)の登録は終わっていることでしょうが、対応はこれだけではありません。立場ごとにまとめると次のようになります。

1.売手(インボイスを発行する側)

  • インボイスの発行方法を決める
  • インボイスに必要な項目が記載されているか確認する
  • 簡易インボイス(簡易適格請求書)が発行できる業種かを確認する
  • 発行したインボイス(写し)の保存方法を決める
  • 取引先への登録番号や変更点を通知する

2.買手(インボイスを受け取る側)

  • 受け取ったインボイスの保存方法を決める
  • 会計システムがインボイス制度に対応しているか確認する
  • 経理上の注意点を担当者が認識しているか確認する
  • 免税事業者などへの対応を決める

3.売手・買手共通

  • 社員(特に、経理や営業部署の社員)への研修を実施する

これらに対応していないと、仕入税額控除(消費税額の計算上受けられる控除。以下「控除」)を受けられず、消費税の負担が増える恐れがあります。これでは意味がないですよね。そこで、この記事では、

インボイス発行事業者の登録届出後からインボイス制度開始までにすべきこと

をまとめますので、抜け漏れのチェックにご活用ください。

2 売手(インボイスを発行する側)の立場ですべきこと

1)インボイスの発行方法を決める

必要な項目(詳細は後述)が記載されていれば、請求書、領収書など、どの書類もインボイスになります。そのため、まずはどの書類をインボイスにするかを決め、追加しなければならない項目を確認しましょう。一般的には、現在使用している請求書にインボイスとして必要な項目を追加するケースが多いです。

また、契約書の締結だけで、毎月の請求書などを発行していない取引(オフィス賃貸料や会費など)がある場合は、インボイスとして必要な追加項目を記載した通知書を作成・送付し、契約書とともに保存してもらうようにしましょう。

また、インボイスを紙で発行するのか、電子データ(会計ソフトやPDFで作成したもの)で発行するのかを決め、取引先にも発行様式を伝えるようにしましょう。

2)インボイスに必要な項目は記載されているか確認する

インボイスには、今の請求書の記載項目に加えて、

  1. 適用税率
  2. 税率ごとに区分した消費税額等
  3. 適格請求書発行事業者の登録番号

を記載しなければなりません。記載項目に漏れがあるとインボイスとは認められず、受け取った側は消費税上の控除を受けられなくなるので注意が必要です。

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3)簡易インボイス(適格簡易請求書)が発行できる業種かを確認する

インボイスの記載項目は厳密に決められていますが、一部の業種では記載項目を簡略化したインボイス(簡易インボイス)の発行が認められています。一定の業種とは、不特定多数の客と取引を行う次の業種です。

小売業、飲食店業、旅行業、タクシー業、写真業、駐車場業など

簡易インボイスでは、

相手の名称の記載が不要

です。現在のレシートなどに追加しなければならない項目は、

  1. 適格請求書発行事業者の登録番号
  2. 税率ごとに区分した消費税額等または適用税率

の2点です。従来のレシートにスタンプや手書きで対応することも認められているため、取引規模によっては、レジシステムなどの更新をしなくても問題ないかもしれません。

4)発行したインボイス(写し)の保存方法を決める

発行したインボイス(写し)は、取引日の課税期間の末日の翌日から2カ月を経過した日から7年間保存しなければなりません。3月末決算(2023年度)の会社の場合、2024年6月1日から2031年5月31日までの7年間です。

インボイスは、

  • 電子データで受けったものは電子データで保存(2023年12月末までは紙で保存も可)
  • 紙で受け取ったものは紙またはスキャナして電子データで保存

します。

消費税法上、インボイスの保存方法は紙でも電子データでも問題ありません。しかし、電子帳簿保存法により、2024年1月以降は、電子データで受けたったものは電子データで保存することになっています。これは、法人税と所得税に限った話ですが、実務上、インボイスと請求書が別々に送られてくることはほぼ想定されません。インボイス制度が始まる2023年10月までに電子保存の体制を整えなければならないわけではありませんが、半年後には電子保存の義務化にかかる宥恕規定が無くなるので、インボイスへの対応と同時に電子保存の対応も進めていくのが効率的です。

5)取引先への登録番号や変更点を通知する

こうしてインボイスの体裁や発行方法が決まったら、インボイス制度が始まる前に取引先に通知しましょう。インボイスが発行されるかどうか、税金の計算上で影響を受けるのは買手(受け取る側)です。買手の管理や社内手続きの都合上、インボイス制度が導入される前に、インボイス発行事業者かどうかを把握しなければならないと考えている会社もあります。

準備が整っているならば、2023年10月を待たず、通知も兼ねて前もってインボイスを発行しておくと、スムーズに対応できるでしょう。

3 買手(インボイスを受け取る側)の立場ですべきこと

1)受け取ったインボイスの保存方法を決める

受け取ったインボイスの保存方法は、前述した売り手側の「4)発行したインボイス(写し)の保存方法を決める」と同じです。

2)会計システムがインボイス制度に対応しているか確認する

インボイス制度が始まると、会計システムに入力する取引項目に「インボイスの有無」を追加しなければなりません。これに対応していない会計システムだと、消費税の納税額計算時に取引すべてについて、インボイスの確認作業が必要になります。会計システムについては、請求書の発行部分だけでなく、日々の取引を入力する部分についても、インボイス制度に対応しているか確認しましょう。

3)経理上の注意点を担当者が認識しているか確認する

インボイス制度が始まっているのに従来の請求書のままだったり、必要な記載項目が抜けていたりする場合、こちらは仕入税額控除(消費税額の計算上受けられる控除)を受けられず、消費税の負担が増えます。また、フリーランスや小規模事業者への影響の大きさから、経過措置(詳細は後述)という特別な取り扱いがあります。

これらを踏まえ、経理担当者は、

  • インボイスに必要な記載項目のチェック
  • 仕入先がインボイス発行事業者か、そうでないかの把握
  • 仕入先が免税事業者かどうかの把握
  • インボイスの保存が不要な取引かチェック

という、あらたな確認作業が必要になります。

なお、経過措置とは、免税事業者などインボイス発行事業者でない業者からの仕入れであっても、一定の要件を満たした帳簿を保存していれば、制度開始後6年間は一部控除が受けられるというものです。

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また、自動販売機や公共交通機関など、不特定多数の利用者がいるような取引(かつ少額な取引)については、インボイスが不要です。主な取引に、

  • 3万円未満(税込)の公共交通機関の乗車券
  • 3万円未満(税込)の自動販売機や自動サービス機からの商品購入
  • 郵便切手の購入

などがあります。

4)免税事業者などへの対応を決める

経過措置で軽減されているとはいえ、インボイス制度が始まれば、インボイス発行事業者でない免税事業者などへの支払いについては、消費税の負担が増します。金額の大小や取引の重要性などを考慮して対応を決めなければなりません。考えられる対応には、

  • 消費税の負担増を受け入れ、これまでどおりの取引を行う
  • 消費税の負担増を考慮し、値下げ交渉を行う
  • インボイス発行事業者への移行をお願いする

などがあります。

自社で消費税の負担増を受け入れる場合は、事前に資金繰りへの影響をシミュレーションしておくことが大切です。また、値下げ交渉やインボイス発行事業者への移行のお願いについては、独占禁止法や下請法に違反しないよう注意が必要です。消費税の負担を超える値下げやインボイス発行事業者への移行について、強制的なやり方をした場合は違反となります。対等な立場で交渉するようにしましょう。

4 売手・買手共通ですべきこと

特に、経理や営業部署の社員への研修を実施しましょう。経理部に対して営業部や取引先からインボイスに関する問い合わせを受けるケースが増えてくるでしょう。まずは、

  • 自社のインボイス発行が始まる時期
  • 従来からの変更点(記載項目)

は押さえるようにしましょう。また、制度が始まる2023年10月以降は、新規取引先がインボイス発行事業者かどうか、免税事業者かどうかの確認も行わなければなりません。社内でインボイスに関する問い合わせの専任担当者を決めておくなど社内体制を整えておくと、スムーズな対応が可能になります。

以上(2023年7月作成)
(監修 税理士法人アイ・タックス 税理士 山田誠一朗)

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画像:haruiro-Adobe Stock

【海外展開の手引(4)】無料の基礎データによる市場調査/ASEAN・中国・台湾・香港編

書いてあること

  • 主な読者:販路の拡大や生産コスト削減などのために、ASEAN諸国・中国・台湾・香港への海外展開を検討している経営者
  • 課題:現地の市場調査を本格的に始める前に、基礎的なデータを集めて検討したい
  • 解決策:まずは各国・地域の基礎的なデータを無料で入手できるウェブサイトを活用する

1 海外展開先の検討は、まず東南アジアや東アジアから

日本の企業が海外展開を検討する上で最初に対象となるのは、距離的に近く、国内産業との補完性が高い東南アジア・東アジア諸国でしょう。東南アジア諸国および中国との貿易額は、日本の貿易総額の4割程度に上り、経済的に密接な関係にあります。

また、人口規模や経済が拡大している国・地域が多く、販路開拓先としても労働力の供給元としても魅力的な市場といえます。

この記事では、ASEAN諸国・中国・台湾・香港(以下「対象国・地域」)への海外展開を検討する際に、各国・地域の基礎的なデータを無料で収集できる情報ソースを紹介します。

2 対象国・地域の統計機関ウェブサイト

ターゲットとする市場に関する詳細な情報を入手する先として、各国・地域の統計機関のウェブサイトが挙げられます。

総務省「外国政府の統計機関」などによると、対象国・地域の統計機関ウェブサイトは次の通りです。

■インドネシア:Badan Pusat Statistik(BPS)(インドネシア中央統計庁)■

https://www.bps.go.id/

■カンボジア:National Institute of Statistics(NIS)(カンボジア統計局)■

http://www.nis.gov.kh/index.php/en/

■シンガポール:Singapore Department of Statistics(DOS)(シンガポール統計局)■

https://www.singstat.gov.sg/

■タイ:National Statistical Office(NSO)(タイ王国統計局)■

http://www.nso.go.th/sites/2014en

■台湾:National Statistics Republic of China(Taiwan)(中華民国行政院主計総処)■

https://eng.stat.gov.tw/

■中国:National Bureau of Statistics of China(中国国家統計局)■

http://www.stats.gov.cn/english/

■フィリピン:Philippine Statistics Authority(PSA)(フィリピン統計機構)■

https://psa.gov.ph/

■ベトナム:General Statistics Office of Vietnam(ベトナム統計総局)■

https://www.gso.gov.vn/en/homepage/

■香港:Census and Statistics Department(香港特別行政区政府 政府統計処)■

https://www.censtatd.gov.hk/en/

■マレーシア:Department of Statistics Malaysia(マレーシア統計庁)■

https://www.dosm.gov.my/portal-main/home

■ミャンマー:Central Statistical Organization(CSO)(ミャンマー中央統計局)■

https://www.csostat.gov.mm/

■ラオス:Lao Statistics Bureau(ラオス統計局)■

https://www.lsb.gov.la/en/home/

3 対象国・地域の情報収集に活用できる主な専門機関(日本語)

1)ASEAN諸国に関する専門機関:日本アセアンセンター

日本アセアンセンター(正式名称:東南アジア諸国連合貿易投資観光促進センター)は、日本とASEAN諸国との貿易、投資、観光、交流の促進を目的としています。具体的な活動内容としては、各種セミナーやワークショップの開催、人的交流プログラム、各種情報提供などの事業を行っています。

同センターのウェブサイトでは、ASEAN各国の基本データや日本とASEAN諸国との関係、セミナーなどの各種イベント情報などを公開しています。

■日本アセアンセンター■

https://www.asean.or.jp/ja/

2)中国に関する専門機関:日中投資促進機構、日本国際貿易促進協会

日中投資促進機構は、日本企業の対中投資の拡大を通じて日中両国の健全かつ安定的な経済関係の発展に寄与することを目的としています。具体的な活動内容としては、中国への投資環境改善の要望、中国政府による外資政策や中国ビジネス実務などに関するセミナー活動、会員からの相談の受け付けなど、対中投資に関わる実務サービスを提供しています。

同機構では、会員向けに中国投資関連の法令の日本語訳なども提供しています。

■日中投資促進機構■

http://jcipo.org/

この他、日本国際貿易促進協会は、日中国交正常化前の1954年に創立された機関で、対中貿易や経済交流の促進を目的としています。具体的な活動内容としては、経済政策や日中の経済交流などに関して中国政府と意見交換を行ったり、中国での投資環境の視察を行ったりしています。

また、輸出入貿易などに関する相談に応じたり、中国の知的財産権などに関する情報収集およびアドバイスを行ったりしています。

■日本国際貿易促進協会■

https://japit.or.jp/

3)台湾に関する専門機関:日本台湾交流協会

日本台湾交流協会は、日本と台湾の間の交流関係の維持を目的としています。具体的な活動内容としては、日台間の外交面での実務に関わる業務や、貿易・経済・技術交流を支援する事業などを行っています。

同協会のウェブサイトでは、台湾の経済や日台関係などの情報を公開しています。

■日本台湾交流協会■

https://www.koryu.or.jp/

4)香港に関する専門機関:香港経済貿易代表部

香港経済貿易代表部(香港特別行政区政府 駐東京経済貿易代表部)は、香港の駐日代表機関として、主として日本と香港の経済・貿易関係や相互理解、文化・観光面での交流を深めることを目的としています。具体的な活動内容としては、日本における香港のPRおよび文化活動、要人の訪問支援、香港の投資環境に関する情報提供などを行っています。

2022年12月には「企業・人材誘致専門チーム」が設置され、ターゲットとなる企業や人材の香港への進出を促進するとともに、世界のトップ100大学と連絡を取って香港への人材受け入れ制度をPRしています。

同代表部のウェブサイトでは、香港の基本情報の他、香港での経済動向などに関するニュースレター「香港ライナー」などを公開しています。

■香港経済貿易代表部■

https://www.hketotyo.gov.hk/japan/jp/

以上(2023年6月更新)

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画像:unsplash

【海外展開の手引(3)】無料の基礎データによる市場調査/世界編

書いてあること

  • 主な読者:販路の拡大や生産コスト削減などのために、海外展開を検討している経営者
  • 課題:現地の市場調査を本格的に始める前に、基礎的なデータを集めて検討したい
  • 解決策:まずは各国・地域の基礎的なデータを無料で入手できるウェブサイトを活用する

1 海外の市場調査は、無料の基礎データの活用から

海外展開を行うには、国内では想定できないようなリスクもあります。ですから、検討するに当たって、想定する国・地域に関する市場規模、参入企業の動向、法規制などの基礎情報の他、言語や慣習など、さまざまな観点から情報を収集することが欠かせません。

本格的な検討段階になれば、外部コンサルタントなどの起用も視野に入れる必要がありますが、初期の検討段階であれば、

無料で収集できる基礎データを活用する

だけでも、一定の情報を集めることができます。

この記事では、世界各国・地域の海外市場に関する基礎的な情報を無料で収集するための情報ソースを紹介します。

2 世界各国・地域の市場に関する情報ソース(日本語)

1)外務省「国・地域」

外務省「国・地域」では、各国・地域の面積、人口、民族、言語、宗教などの一般情報の他、主要産業、GDP、物価上昇率などの経済に関する基礎データを公表しています。

■外務省「国・地域」■

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/

2)総務省「世界の統計」

総務省「世界の統計」では、各国・地域の人口、経済、社会、環境などのデータを抽出してまとめた統計を公表しています。

なお、国際連合(UN)や国際通貨基金(IMF)などの国際機関が公表しているデータ(詳細は後述)は、多くが英語で作成されており、検索方法やデータの見方が分かりにくい場合があります。「世界の統計」では、こうしたデータの日本語訳が集約されています。

■総務省「世界の統計」■

https://www.stat.go.jp/data/sekai/

3)国際協力銀行「投資環境資料のご案内」

国際協力銀行(JBIC)「投資環境資料のご案内」では、日本企業の関心が高い国の投資環境を紹介するレポートを公表しています。国土、民族、社会、歴史などの概観をはじめ、経済概況や直接投資受け入れ動向、外資導入政策と管轄官庁、主要関連法規、許認可・進出手続き、税制、貿易管理・為替管理、労働事情、物流・インフラなどさまざまな角度から投資環境を紹介しています。

また、地域ごとの特徴や、付録として進出企業へのアドバイスや国内外での相談窓口なども紹介しています。作成年が古いものがあったり、紹介している国が限定されていたりしますが、関心のある国のレポートが見つかれば、有益な情報ソースとなるでしょう。

■国際協力銀行「投資環境資料のご案内」■

https://www.jbic.go.jp/ja/information/investment.html

4)日本貿易振興機構「国・地域別に見る」

日本貿易振興機構(ジェトロ)「国・地域別に見る」では、ジェトロが海外事務所などのネットワークを駆使して入手した各国・地域の経済、産業、統計、貿易・投資実務などに関する情報を、国・地域別、目的別、産業別に整理して公表しています。

また、特定の国・地域に関する資料・情報源や、ビジネスに関わるニュースなども見ることができます。

■日本貿易振興機構「国・地域別に見る」■

https://www.jetro.go.jp/world/

5)中小企業基盤整備機構「海外ビジネスナビ」

中小企業基盤整備機構「海外ビジネスナビ」では、海外展開に関する実務情報や取り組み事例を紹介しています。

また、海外ビジネス情報として、各地の現地レポートや調査レポートも掲載しています。

■中小企業基盤整備機構「海外ビジネスナビ」■

https://biznavi.smrj.go.jp/

6)海外投融資情報財団「海外投融資」

海外投融資情報財団(JOI)「海外投融資」では、主に会員向けに、隔月発行しているビジネス情報誌「海外投融資」の内容を、バックナンバーも含めて紹介しています。基本は会員限定ですが、一部のレポートが一般公開されています。

■海外投融資情報財団「海外投融資」■

https://www.joi.or.jp/magazine/

3 世界各国・地域の主な指標データに関する情報ソース(英語)

1)男女別・年齢階級別などの人口の推移

国際連合(UN)「Demographic Yearbook」では、各国・地域が国際連合に報告したデータに基づいた1948年以降の人口を公表しています。男女別・年齢階級別人口や主要都市別人口、人口動態(出生率、死亡率など)などを調べることができます。

■国際連合「Demographic Yearbook」■

https://unstats.un.org/unsd/demographic/products/dyb/

2)推計人口の推移および将来推計人口

国際連合(UN)「World Population Prospects 2022」では、1950年以降の推計人口の推移、2100年までの将来推計人口を公表しています。

■国際連合「World Population Prospects 2022」■

https://population.un.org/wpp/

3)国内総生産・消費者物価指数などの経済指標

国際通貨基金(IMF)「World Economic Outlook Database April 2023」では、国内総生産・消費者物価指数などの経済指標を公表しています。

■国際通貨基金「World Economic Outlook Database」■

https://www.imf.org/en/Publications/WEO/weo-database/2023/April

4)農作物、畜産物、水産物、林産物ごとの各国・地域の生産量などのデータ

国際連合食糧農業機関(FAO)「FAOSTAT」では、農作物、畜産物、水産物、林産物ごとの各国・地域の生産量などのデータを公表しています。

■国際連合食糧農業機関「FAOSTAT」■

https://www.fao.org/faostat/en/#home

5)労働力に関する情報(経済活動人口、就業者、失業者などのデータ)

国際労働機関(ILO)「ILOSTAT」では、労働力人口、就業者、失業者、賃金、労働時間、労働災害、社会保障などのデータを公表しています。

■国際労働機関「ILOSTAT」■

https://ilostat.ilo.org/

6)衛生状態や感染症に対する予防状況

世界保健機関(WHO)「THE GLOBAL HEALTH OBSERVATORY」では、各国・地域の基本的な衛生サービスを受けられている人の割合や、ヒブ、豚サーコウイルス3型といった感染症に対するワクチン接種率などを公表しています。

■世界保健機関「THE GLOBAL HEALTH OBSERVATORY」■

https://www.who.int/data/gho/data/countries

7)新型コロナウイルス感染症に関する情報

世界保健機関(WHO)「WHO Coronavirus(COVID-19)Dashboard」では、新型コロナウイルス感染症による各国・地域の感染者数および死者数に関する累計や週ごとの推移を公表しています。また、各国・地域の感染症対策やワクチン接種率も公表しています。

■世界保健機関「WHO Coronavirus(COVID-19)Dashboard」■

https://covid19.who.int/

以上(2023年6月更新)

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画像:pixabay

【海外展開の手引(2)】リスクの把握と市場調査で「想定外の出来事」を回避する

書いてあること

  • 主な読者:販路拡大や生産コスト削減などのために、海外展開を検討している経営者
  • 課題:海外展開に当たって「想定外の出来事」で失敗したくない
  • 解決策:想定されるさまざまなリスクを把握して対策を講じるとともに、さまざまな角度から現地調査を行った上で海外展開を検討する

1 情報さえあれば「想定外の出来事」は回避できる

相応のコストや労力を費やして実現した海外展開が、「想定外の出来事」によって損失を被り、撤退を余儀なくされることもあります。こうした事態を避けるには、海外展開を検討する段階で「想定の範囲」を広げておくことが大切です。そのために必要なのは、なるべく多くの情報を集めておくことです。特に重要なのは、

現地のリスクの把握と市場調査

です。

リスクを把握しておけば、事前にリスクを回避したり、損失を最小限に抑えたりするための対策を講じておくことができます。また、市場調査をしっかりと行うことによって、構想段階の見通しに近い成果を得られる可能性が高まります。

この記事では、海外展開を検討する際に想定すべきリスクおよびその対策と、市場調査を行う上でのポイントを紹介します。

2 海外展開を検討する際に想定すべきリスク

1)情報の不足そのものがリスク

土地勘がなく、対面でのコミュニケーションが難しい外国企業との取引は、日本国内で取引をする場合に比べ、情報が不足しがちです。

情報の不足は、契約不履行(商品の相違、送金遅れなど)、詐欺、取引相手の倒産、現地政府の政策による活動制限、その他商習慣の違いなどに起因するトラブルの発生につながりかねません。自社での情報収集を強化するだけでなく、現地事情に精通した、信頼できる専門家や専門機関を活用し、確かな情報を得られるようにしておきましょう。不足しがちな情報としては、取引相手(外国企業)の信用情報、カントリーリスク、商習慣や文化の違いなどがあります。

なお、帝国データバンクや東京商工リサーチでは、提携先の現地調査機関から取得した外国企業の信用情報を提供しています。

■帝国データバンク「海外企業信用調査」■

https://www.tdb.co.jp/lineup/overseas/index.html

■東京商工リサーチ「海外企業調査レポート(ダンレポート)」■

http://www.tsr-net.co.jp/service/detail/dun-report.html

2)カントリーリスク

海外展開を行う場合、現地の「カントリーリスク」を踏まえる必要があります。これは、個別の取引相手が持つ商業リスク(契約不履行、詐欺、倒産など)とは別に、取引相手国の政治・経済・社会環境に起因する損害発生のリスクのことです。

具体的なカントリーリスクとしては、次のようなものが挙げられます。

  • 著作権や商標権など、知的財産権の侵害が頻発している
  • 行政手続きが不透明なことによる輸入手続きの遅延や、法的根拠が不明な流通の差し止めが生じる
  • 政府が民間企業の経営や案件に介入することがある
  • 政権交代が経済の混乱につながりやすい
  • 民族や宗教の対立が根深く、紛争が起こりやすい
  • 衛生環境への取り組みや感染症対策が不十分で、感染症の影響を受けるリスクが高い

なお、日本貿易保険(NEXI)や日本商工会議所では、輸出に伴うカントリーリスクなどに対応した保険制度も運用しています。取引相手を取り巻く環境などを踏まえ、こうした保険制度の活用を検討してもよいでしょう。

■日本貿易保険(NEXI)「貿易保険」■

https://www.nexi.go.jp/service/

■日本商工会議所「輸出取引信用保険制度」■

https://www.ishigakiservice.jp/export-transaction

3)商習慣や文化の違い

海外企業との取引に当たっては、商習慣や文化の違いによるトラブルが生じる可能性があります。

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ベースとなる考え方が違う以上、「常識的に考えれば○○してくれるであろう」という、以心伝心のコミュニケーションは海外企業との間では成立しません。

商習慣や文化の違いによるトラブルのリスクを低減するために、取引相手に求める詳細な事項を契約書に盛り込んで遵守させることが大切です。

4)手続きが煩雑

海外企業との取引においては、商品が輸出企業から輸入企業の手に渡るまでに多くの企業・機関が関与するため、手続きも煩雑になりがちです。しかし、手続きが滞ってしまうと、何らかの処罰の対象になったり、遵法意識が低いなどとして自社の信用低下につながったりするリスクがあります。

手続きに漏れがないよう、社内でのチェック体制を整える他、貿易取引の支援機関に照会するなどして、トラブルが発生しないようにしましょう。

5)輸出入の規制

貿易取引では、国内に持ち込まれると問題となる商品(病害虫が付いた農作物、偽ブランド商品、コメなど国の政策で保護されている農作物・工業製品)や、国外に持ち出すのが好ましくない商品(希少動植物など)については、輸出入が規制されています。

家庭用ゲーム機器など、通常の企業活動では取引の規制が想定しにくい商品でも、性能の高さや使われているソフトウエアなどを理由に、規制対象となっている場合もあります。もし輸出しようとした商品が規制の対象となっている場合、取引そのものが不履行となって損害が生じたり、十分な数量の輸出ができなくなったりします。

日本からの輸出が規制されている品目については、税関(財務省関税局)のウェブサイト「輸出入禁止・規制品目」で確認できます。また、輸出先で輸入が規制されている品目については、日本貿易振興機構(以下「ジェトロ」)がウェブサイト上で公開している「国・地域別に見る」で確認できます。

■税関(財務省関税局)「輸出入禁止・規制品目」■

https://www.customs.go.jp/mizugiwa/kinshi.htm

■ジェトロ「国・地域別に見る」■

https://www.jetro.go.jp/world/

6)為替レートの変動

海外企業との取引は、基本的に外貨によって行われます。当事者企業双方の利便性の観点から、米ドルやユーロなど基軸通貨(またはそれに準ずる通貨)を利用するのが一般的ですが、これらの通貨の為替レートは時として大きく変動します。

為替レートの変動への対応策としては、「円建てで取引する」「為替予約(一定時期後の外貨と円の交換を、事前にレートを決めて予約する金融取引のこと)をして事前に交換レートを確定させる」などが挙げられます。金融機関では為替レート変動対策の金融商品を提供している場合があるので、渉外担当者に確認してもよいでしょう。

7)感染症の影響を受けるリスク

展開する国や地域によっては、衛生環境への取り組みや感染症対策が不十分なため、マラリアやデング熱などの感染症にかかるリスクがあります。感染症対策に伴って、商取引に影響が出る可能性がある他、国内での行動が制限されたり、国外との行き来が困難となったりすることも考えられます。

外務省のウェブサイトの他、対象となる国や地域の保健衛生を管轄する部署などを通じて、事前の情報収集に努めましょう。

■外務省 海外安全ホームページ「医療・健康関連情報」■

https://www.anzen.mofa.go.jp/kaian_search/

3 市場調査を行う上でのポイント

1)仮説を立てる

海外展開を検討する際に、市場調査は不可欠です。とはいえ、全部の国・地域を対象に調査をするのは時間的にも資金的にも無理があります。そのため、「文化が近いから自社製品が受け入れられそう」「『現地で自社製品に近いものが好評を博している』と聞いたので、市場として有望」「1人当たりの実質GDPが高水準なので、購入してもらえそう」といった仮説を立て、調査対象国・地域や調査すべきテーマを絞るようにします。

2)実際に調査してみる

仮説を立てたら、それに基づいて海外展開を想定する国・地域についての市場調査を行います。国内での情報収集ルートは、統計データの確認、書籍や雑誌などの文献調査、インターネットでの検索、関係者へのヒアリング、支援機関などが開催するセミナーへの参加などがあります。市場調査の項目例として、次のようなものが挙げられます。

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なお、市場調査の基本となる各国・地域の基礎データを無料で収集するための方法を、次のコンテンツで紹介しています。

国内での一定程度の調査を終え、海外展開の見通しが立つようであれば、現地に直接足を運び、生の情報を仕入れることも必要です。現地を直接見ることで事情を把握し、事前に調査した情報が正確なのか確認することができます。さまざまな国で開催されるメッセ(見本市)などに足を運ぶのもよいでしょう。

以上(2023年6月更新)

pj80099
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現場の業務をDXで効率化!「ブルーカラー」の働き方改革を促す現場改善テック

書いてあること

  • 主な読者:現業職が多い職場(製造業の工場、小売業の実店舗など)の管理者
  • 課題:紙ベースでのやり取りが当たり前。業務が属人化しており、DXが進まない
  • 解決策:外部ツールの使用に限らず、自社開発も視野に入れてDXを進めていく

1 「現場」にこそDXによる業務効率化が必要

突然ですが、御社の現場では次のような課題はないでしょうか?

  • 紙によるアナログな管理で、情報の閲覧や検索が困難になっている
  • 社員各々の経験に業務を頼っていて、ノウハウが共有されていない
  • 社員が現場に1人で出ており、情報共有や社員間の連携がうまくいかない

こうした課題を解決できるのが、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」です。例えば、紙による資料管理をデジタル化するだけでも記録ミスの削減や社員の作業負担が軽減され、残業時間の削減が期待できます。ただ、DXを進めるために市販の外部システムを使おうとすると、中小企業の規模では必要のない機能が含まれていたり、コスト面の負担が大きかったりして、一歩を踏み出せないケースもあります。

そこで、この記事では、システムを自社開発することでDXを実現した企業の事例を中心に、具体的にDXを進めていく際の参考事例を紹介します。

2 自社開発による「現場改善テック」事例

1)作業日報をアプリで見える化:サンコー技研(大阪府東大阪市)

1.取り組み内容

プリント基板や光学部品、フィルム部材製作などを手掛ける同社では、日報・生産管理アプリの「スマファク!」を自社開発し、販売もしています。利用者は、個人別に作成されたQRコードをスマートフォンのアプリで撮影することで、その日の作業記録を入力できるだけでなく、1日の時間や案件ごとにグラフ形式で作業時間を確認できます。

2.取り組みのきっかけ

これまで同社では、生産実績やトラブルなどの記録を手書きの日報で作成しており、その作業自体に負担がかかることや、過去の情報を見直しづらいことが課題でした。そのため、作業日報のデジタル化を検討したものの、既存のシステムでは必要のない機能も含まれている上、ライセンスコストの負担が大きかったことから自社開発に至ったといいます。開発に当たっては、大阪府IoT推進ラボが運営する「IoTマッチング」を使ってサン・エンジニアリング(大阪府大阪市)と協働し、アプリ開発に取り組みました。

3.取り組みの成果など

日報が手書きからモバイル端末での入力に変わったことで、記録業務の手間や記録ミスの削減、工程ごとの正確な時間管理ができるようになったといいます。

また、2020年4月から「スマファク!」の外販を始め、中小規模の町工場に限らず、大手企業からの引き合いもあるといいます。

2)納期管理や進捗管理を見える化:日本ツクリダス(大阪府堺市)

1.取り組み内容

金属加工、システム開発・販売などを手掛ける同社では、納期管理・進捗管理システムの「エムネットくらうど」を自社開発し、販売もしています。仕事の優先順位や進み具合を知るための納期管理・進捗管理を重視したシステムで、紙の図面の情報をシステムに入力し、発行したバーコードを図面に貼り付け管理する仕組みとなっています。

2.取り組みのきっかけ

町工場での納期管理・進捗管理はホワイトボードや経営者の頭の中だけで把握していることが多く、情報共有が難しいという課題がありました。

また、既存の製造業向けの生産管理システムは、町工場で使うには複雑で必要のない機能も入っており、導入コストも高いことから、必要な機能だけをそろえたシステムを自社開発することに至ったといいます。

3.取り組みの成果など

工程の進捗状況が誰でも見られるようになったことで、クライアントからの進捗確認の問い合わせに対して、作業現場まで聞きに行かずとも素早く回答できるようになり、クライアントからの信頼度が向上したそうです。また、作業効率が上がったことで完全週休2日制も実現できたといいます。

なお、外販した「エムネットくらうど」は現在100社以上の導入実績があり、導入企業の約8割が従業員30人以下の町工場としています。

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3) 顧客管理ツール開発でDX化を実現:三和鍍金(群馬県高崎市)

1.取り組み内容

メッキ、塗装、研磨などの金属表面処理を手掛ける同社では、顧客管理ツールの「見積り案件管理表」を自社開発し、運用しています。

2.取り組みのきっかけ

紙ベースでの管理方法では、必要なデータをすぐに引き出せない、資料を保管するスペースが圧迫される、火災などが起きたときに紛失する危険があるなどの課題がありました。

一度は有料の販売管理システムを導入したものの、社員数などの会社全体の規模感が見合わなかったり、管理項目が難解だったりすることを理由に数カ月で利用を取りやめ、自社開発に至ったといいます。

3.取り組みの成果など

身の丈に合った丁度いいシステムになっているので、何よりも継続的に使用するにあたってストレスが限りなくゼロに近いというメリットがあります。これは自社開発だからこそ実現できたと考えています。

システムを導入することによって、月あたりおよそ40~50件の新規お問い合わせに対して営業2人で管理ができる体制が構築されました。案件の共有も即座にでき、また過去データ(図面・処理内容・見積り単価等)を確認することも容易であるため、営業と事務間のコミュニケーションが円滑化され、生産管理の効率が飛躍的に上昇したといいます。

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4)顧客管理などの業務プロセスをデジタル化:サーフエンジニアリング(神奈川県綾瀬市)

1.取り組み内容

旋盤による機械加工、ガス事業者向け特殊機械製造などを手掛ける同社では、町工場でも使える案件管理アプリを開発、導入したことで、見積もり作成、顧客管理、納期管理、図面管理などの業務プロセスのデジタル化を実現しています。

2.取り組みのきっかけ

同社では、これまで図面をアナログ管理しており、顧客から問い合わせが入ると、過去の類似案件を探したり、熟練者の記憶に頼ったりして見積もりを作成していたこと、納期も受注メールを遡って確認するといった手間が課題になっていました。

また、市販の業務管理ソフトを試したものの、自社のニーズと合わず、価格も高額になることから、同社のウェブサイトを作成したジェイネクスト(神奈川県横浜市)と共同での開発に至ったといいます。

3.取り組みの成果など

アプリの導入前と比較して、見積もり作成時間が45%、顧客への納期回答時間が90%短くなったほか、納期遅れが95%削減できたとしています。

5)社内向けポータルサイトでDXを実現:NISSYO(東京都羽村市)

1.取り組み内容

業務用トランス・リアクトル・制御盤の設計・製造などを手掛ける同社では、自社制作したクラウド型のポータルサイトの「アスヨクDX」を用いたデータドリブン経営(データを活用してビジネス上の意思決定を行う経営手法)に取り組んでいます。全社員にiPadを配布し、残業時間の確認、社内規定、Q&Aなどのデータを集め、Looker Studio(GoogleのBIサービス)でデータの見える化を図っています。

2.取り組みのきっかけ

2017年に発表した経営計画の社長コメントで、バックヤードをデジタル化で簡素化していくことを宣言したこと、売り上げの増加に伴い、業務量が増えたことで慢性的な人材不足になっていたことをきっかけに、iPadを正社員全員に配布し、ペーパーレス化やクラウド上に社内のデータを集める取り組みを始めました。

3.取り組みの成果など

クラウド上に図面データをアップロードし、各自が持っているiPadで見るという取り組みによって、年間約60万枚のペーパーレスを実現しているといいます。

また、同社はDX推進の準備が整っていることを国が認定する「DX認定事業者」に認定されている他、日本の中小企業の規範となるDX推進態勢を構築したとして、2022年のITコーディネータ協会表彰で優秀賞(独立行政法人情報処理推進機構理事長賞)を受賞した実績があります。

3 外部サービスの導入による「現場改善テック」事例

1)音声認識で安全な接客サービスの提供を実現:BONX(東京都渋谷区)

音声コミュニケーションプラットフォーム・ヒアラブルデバイスの企画開発などを手掛ける同社では、音声通信・音声認識ツールの「BONX WORK」を提供しています。スマートフォンアプリと専用のワイヤレスイヤホンを使うことで通信距離の制限や混線の心配がなく、ハンズフリーでの会話が可能です。

また、会話内容の文字起こしや、音声を認識し、データ化する機能もあります。導入事例として、松屋銀座では「音声採寸ソリューション」として、紳士服の採寸で「肩幅43センチ」などと声に出すと、そのまま顧客データベースに入力されるシステムが採用されています。

このシステムの導入によって、今まで2人1組でやっていた採寸を1人でできるようになり、フロア内の密を防いだり、スタッフの人数を減らしたりしつつも安全な接客サービスの提供につながったといいます。

このサービスは、接客・作業中でもハンズフリーで会話ができることや、事務所からフロアまで足を運ばずに情報共有ができることから、介護業、飲食業、宿泊業の現場でも導入実績があります。

2)デスクレスワーカーの情報共有を効率化:サイエンスアーツ(東京都新宿区)

同社では、ライブコミュニケーションプラットフォーム「Buddycom」を提供しています。スマートフォン、タブレット用のアプリと専用のイヤホン、ヘッドセットを使うことで、現場の状況をLIVE動画で共有しながらのグループ通話、通話内容の音声テキスト化などの機能を利用することができます。

導入事例として、GENDA GiGO Entertainment(東京都港区)が運営するゲームセンターでは、ワスド(東京都中野区)が提供するスタッフ呼び出しサービスの「デジちゃいむ」と機能を連携させ、接客業務の効率化を図っています。このシステムは、問い合わせをしたい利用客がゲームの筐体に設置された二次元コードをスマートフォンで読み取り、問い合わせ内容を送ると、問い合わせ内容がスタッフ全員に音声形式で通知され、そのままBuddycomを使ってスタッフ同士で会話をして、素早く対応方法を決められるという仕組みです。

この結果、利用客を待たせる時間が問い合わせ1件当たり10秒程度削減されたといいます。

3)社内文書をクラウド上で作成:クイックス(愛知県刈谷市)

マニュアル制作、システム・プログラム開発などを手掛ける同社では、業務手順書、社内規程書、業務マニュアルなどの社内文書作成を効率化できるツールの「i-ShareRDX」を提供しています。

社内文書の作成に必要なフォーマットがそろっており、クラウド上で文書が作成できます。そのため、人によって文書のレイアウトやデザインにバラツキが出ない、文章を見ているユーザーが文書の作成者や管理者にコメントを残してフィードバックできる、文書を管理する際のバージョンや改訂履歴が残るといった特徴があります。

また、パソコン、タブレット、スマートフォンから場所を選ばず社内文書を閲覧できるだけでなく、紙での出力も可能となっています。

4 参考:DX導入に役立つ情報

1)独立行政法人情報処理推進機構(IPA):DX SQUARE

DXに関する情報を発信するウェブサイトです。DXの基礎知識や用語集をはじめ、自社のDXレベルを測るための指標、業種ごとのDX推進事例などを紹介しています。

■DX SQUARE■

https://dx.ipa.go.jp/

2)IPA:マナビDX

デジタルスキルに関する学習コンテンツを紹介するウェブサイトです。DXの基礎的な講座をはじめ、社員のキャリアアップや企業研修に活用できる講座の情報をまとめています。

■マナビDX■

https://manabi-dx.ipa.go.jp/

3)中小企業基盤整備機構:ここからアプリ

中小企業がDX推進に関して、導入しやすい業務用アプリを紹介するウェブサイトです。アプリの概要だけでなく、実際の企業による導入事例なども紹介しています。

■ここからアプリ■

https://ittools.smrj.go.jp/

4)経済産業省:DXセレクション

中堅・中小企業などのモデルケースとなるような優良事例を「DXセレクション」として紹介する取り組みです。優良事例を選定・公表することで、地域内や業種内での横展開をはじめ、中堅・中小企業などにおけるDXの推進や取り組みの活性化につなげていくことを目的としています。

■DXセレクション■

https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dx-selection/dx-selection.html

以上(2023年6月作成)

pj40069
画像:metamor works-Adobe Stock

【オーナー企業の事業承継(2)】経営権の承継とオーナー個人の相続

書いてあること

  • 主な読者:事業承継を検討している中小企業の経営者
  • 課題:事業承継には、「経営権の承継問題」と「オーナー個人の相続問題」の2つの異なる問題がある
  • 解決策:株式(議決権)の一定数以上を後継者に引き継ぎ、かつ個人の相続では非後継者に対する遺留分侵害に留意しなければならない

1 オーナーか個人か。立場で異なる2つの事業承継問題

事業承継では代表の座を移すことに加えて、経営権(オーナーが所有する自社株式など)を円滑に承継させなければなりません。これはオーナーにとって、

  • オーナー経営者の立場では、経営権の承継の問題
  • 個人としては、オーナー個人の相続問題

といった違いがあります。従って、自社株式の円滑な承継のためには、オーナーの相続についてもスムーズに行われるよう事前の対策が必要なのです。

2 経営権の承継の問題とは

株式会社の場合、会社法上、定款の変更や役員の選任といった経営に関する重要な事項の決定には、株主総会で承認されなければなりません。承認に必要な議決権の割合は、決定事項に応じて会社法に定められています。もし、オーナーや意思を同じくするオーナー以外の株主(家族や役員など)だけで、承認に必要な議決権の割合を確保できていないと、

オーナーや取締役会で重要事項を決定しても、株主総会で承認が得られない可能性

が出てきます。

従って、事業承継対策の1つとして自社株式が分散するのを避けることが大切です。後継者が会社の重要事項を決定できるように、後継者と意思を同じくする後継者以外の株主(家族や役員など)に、持株比率(議決権)を集約しておく必要があります。これが経営権の承継の問題です。

なお、承認に必要な議決権の割合ごとの決議内容等は次の通りです。

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経営の安定化のためには、最低でも議決権の2分の1超、理想は議決権の3分の2以上の確保が必要です。また、社外株主(オーナーと意見を異にする可能性のある株主)に議決権の3分の1超を保有させないことです。

また、オーナーの個人所有の土地や建物などを会社が賃借して事業に使用している場合や、経営上重要なオーナー所有の財産(自社株式以外)がある場合には、これらの資産も後継者に承継しておいたほうが経営の安定化につながります。

3 経営権の承継の問題対策:株式の集約・分散防止

1)譲渡制限株式

株主が自身の所有する自社株式を譲渡しようとする場合には、会社の承認を必要とする旨を定款に定めることができます。この株式を譲渡制限株式といいます。この場合の会社の承認とは取締役会設置会社においては取締役会、未設置会社においては原則株主総会の承認となります。

譲渡制限株式を譲渡する場合の手続きは次の通りです。

  1. 譲渡制限株式の株主が株式を他人に譲渡しようとするときは、会社に対し、その株数、譲受人の氏名・名称等を明示して、これを承認するか否かの決定を請求します(会社法第136条、第138条第1号)。
  2. 会社は、譲渡承認の請求を受けたときは、2週間以内に株主総会または取締役会においてこれを承認するか否かを決議し(会社法第145条第1号)、その結果を承認請求者に通知します(会社法第139条)。
  3. 会社が譲渡を承認しない旨を決定したときは、会社がこの株式を買い取るか、または買取人を指定します(会社法第140条)。なお、会社が株式を買い取るとき、会社は40日以内に、また、買取人を指定したときは指定買取人は10日以内に、買い取る旨およびその株式数を承認請求者に通知しなければなりません(会社法第145条第2号)。

2)株式の売渡請求権

譲渡制限は相続や合併などの一般承継による取得には適用されません。このため相続や合併などにより、譲渡制限株式を相続した株主に対して会社がその株式を売り渡すよう請求できる旨を定款に定めることができます(会社法第174条)。なお、この売渡請求は相続などがあったことを知った日から1年以内に、株主総会の特別決議を経て請求する必要があります(会社法第176条第1項)。

4 経営権の承継の問題対策:種類株式の活用

会社法では定款に定めることにより、権利の内容が異なる複数の株式を発行することを認めています。前述の譲渡制限株式もそのうちの1つですが、この他、議決権制限株式や拒否権付株式(黄金株)、取得条項付株式などを活用すると後継者に議決権を集中させたり、逆に未熟な後継者の議決権行使を抑制したりすることができます。

なお、種類株式の活用に関する詳細については、以下のコンテンツをご参照ください。

80070 【オーナー企業の事業承継(7)】財産権と経営権の移転に関する対応策

5 オーナー個人の相続問題とは

通常、相続が発生すると

  1. 相続人全員で遺産分割協議を行う
  2. 分割の内容を記した遺産分割協議書に署名なつ印をする
  3. 相続した財産の名義変更を行う

ことになります。この分割協議は相続税の申告期限(相続発生後10カ月)以内をめどに行われますが、相続人全員の合意を必要とするため、しばしば協議が難航することがあります。いわゆる「争続」の発生です。特にオーナーの相続財産は自社株式や会社で使用する資産の占める割合が高いことが多いので、これを後継者に集約しようとすると、他の相続人の相続する資産とのバランスが崩れ、合意を形成するのに難航しがちです。

事業承継では、オーナーに万一のことがあった場合に、こうした「争続」を避け円滑に経営を後継者に承継するため、遺言を残しておくことも一法です。

6 オーナー個人の相続問題対策:遺言の作成

1)公正証書遺言

公正証書遺言とは、遺言者が証人2人以上の立ち会いの下、公証人の面前で、遺言の内容を伝え、それに基づいて、公証人が遺言者の意向を文章にまとめて作成するものです。公証人は裁判官、検察官などの法律実務に携わってきた法律の専門家で、法律的に見てきちんと整理した内容の遺言を作成します。そのため、要件の不備で遺言が無効になるのを避けることができるため、3種類のうちで最もお勧めの遺言書です。また、原本が公証役場に保管されるため、遺言書の破棄や、隠匿や改ざんの心配もありません。なお、公正証書遺言の作成に当たっては手数料が必要になります。

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2)自筆証書遺言

自筆証書遺言とは、遺言者が自筆で遺言内容の全てを書くものです。もし、要件に不備があれば遺言全体が無効になる場合があるので、慎重に作成しましょう。

作成に当たっての注意点は次の通りです。

  • 図表などを含む全文を自筆する
  • 年月日の日付を自筆する
  • 氏名を自筆する
  • 押印は認印・母印でも有効だが、実印が望ましい
  • 加除訂正箇所は、その箇所に押印の上署名が必要
  • 封印をするのが望ましい

なお、民法改正により、財産目録については自筆ではなく、パソコンでも作成できます。また、法務局に遺言書を保管でき、その遺言書については、家庭裁判所の検認も不要となります。

3)秘密証書遺言

遺言者が、遺言の内容を記載した書面に署名押印をした上で、これを封じ、遺言書に押印した印章と同じもので封印し、公証人および証人2人の前にその封書を提出し、自己の遺言であることを証明してもらう方法です。

遺言の内容を誰にも明らかにせず秘密にすることができますが、公証人がその内容を確認できないため、自筆証書遺言と同様に要件に不備があれば遺言全体が無効になりますし、家庭裁判所の検認も必要です。

7 オーナー個人の相続問題対策:遺留分への対応と民法の特例

1)遺留分と遺留分侵害額請求権

民法では遺言の内容にかかわらず、相続人の最低限の相続分を保障するために「遺留分」が定められています(民法第5編第8章)。

遺留分は、相続人のうち、配偶者、子、直系尊属(被相続人の父母)にだけ認められており(兄弟姉妹は対象外)、その割合は法定相続割合の2分の1(直系尊属のみが法定相続人のときは3分の1)です。なお、遺留分算定の基礎となる財産は、

(相続開始時点で被相続人が有していた財産の価額)+(生前贈与した財産のうち、相続開始前1年以内に贈与した一定の財産の価額)-(債務の価額)

となります。なお、相続人に対する生前贈与については、特段の事情がない限り、相続開始前10年以内(2019年6月30日以前に発生した相続にしては無期限)の贈与について、遺留分算定の対象となります。

オーナーが遺言を作成し、後継者に対して自社株式や事業用資産を集中して相続させたり(遺贈)、生前に贈与したりすると、他の相続人の「遺留分」を侵害する場合があります。

遺留分を侵害された相続人は、遺贈や生前贈与を受けた後継者に請求して遺留分を取り戻す権利が認められています。これを「遺留分侵害額請求権」といいます。

遺留分侵害額請求権を行使された後継者は、遺留分に相当する金銭を支払わなければならないため、多額の資金調達を強いられたりすることがあります。

このような事態を避けるため遺言の作成に当たっては、専門家とも相談の上、他の相続人の遺留分に十分配慮しなければなりません。

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2)遺留分に関する民法の特例

民法では、被相続人の生前に、遺留分を有する相続人が自分の遺留分を放棄することが認められています。ただし、そのためには、それぞれの相続人が自分で家庭裁判所に申し立てをして許可を受けなければなりません。これらの作業負担が大きいことや、家庭裁判所による許可・不許可の判断が相続人ごとにバラバラになる可能性があることなどから、自社株式の分散防止対策としては利用しにくいものとなっています。

そこで、「中小企業の経営の承継の円滑化に関する法律(経営承継円滑化法)」では、一定の要件を満たす中小企業の後継者が、オーナーの遺留分を持つ権利者全員が合意し、所要の手続きを経ることで、遺留分に関する民法の特例の適用を受けることができるよう定められています。

この特例を受けるための一定の要件と所要の手続きは次の通りです。これらを満たすことにより、「除外合意」と「固定合意」の適用を受けることができます。

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1.除外合意

除外合意とは、

後継者が旧オーナーからの贈与により取得した自社株式の全部または一部について、その価額を遺留分を算定するための価額に算入しない旨を合意すること

をいいます。

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2.固定合意

固定合意とは、

後継者が旧オーナーからの贈与により取得した自社株式の全部または一部について、遺留分を算定するための財産の価額に算入すべき価額を、当該合意時における価額とする旨を合意すること

をいいます。

固定合意により、将来の遺留分侵害額請求権に対応した価額を合意時点の価額に固定することができ、将来の相続発生に備えての資金対策などが立てやすくなります。

原則として、遺留分の価額の算定時期は相続開始時点です。しかし、この場合、後継者がオーナーの生前に自社株式の贈与を受けて事業を引き継ぎ、会社の業績を向上させ、株価が上昇すると、相続時にその株価の増加分が遺留分算定財産に加算されてしまいます。すなわち、後継者が経営努力をすればするほど遺留分侵害額請求の対象財産が増加してしまうという矛盾した結果となってしまいます。

そこで、譲渡を受けた株式の価額を後継者とその他の推定相続人との間で合意した価額で固定し、経営努力による価額の上昇分を後継者に取得させることとしたのがこの固定合意です。

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以上(2023年6月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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画像:soo hee kim-shutterstock

【経理人材の育成(2)】経理の「実務3種の神器」を活用して、効率的に改善を行う

書いてあること

  • 主な読者:経理人材の育成や、経理部全体の効率化に悩む中小企業のマネジメント職
  • 課題:「属人化の排除」や「作業の標準化」といった本来は改善活動の手段(通過点)にすぎないことが、目的にすり替わってしまうケースがよく見られる
  • 解決策:経理の「実務3種の神器」であるフォーマット、分担表、スケジュール表を改善し、活用することで効率的な改善活動を行うことができる

1 改善のための「手段」が「目的」になっていないか

業務改善と人材育成を両立させることが経理管理職にとって大変重要です。具体的には、実務で使うことが多いフォーマットやスケジュール表などを用いて、どのように業務改善しながら、人材育成につなげるのかが肝になってきます。まず業務改善に取り組む際は、

手段と目的を取り違えない

ことです。

よく、「属人化の排除」とか「作業の標準化」といったキーワードが、経理部内で業務改善に取り組む際に聞かれます。しかし、これらはあくまでも、通過点にすぎないということを常に覚えておいてください。これらを通じて本来達成したいことは、

効率化や正確性の向上

ではないでしょうか。手段であるはずの「属人化の排除」や「作業の標準化」が目的にすり替わってしまったケースを実際に見かけます。例えば、年に1回しか発生しない年度決算の作業について、完璧なマニュアルを1週間かけて作成したメンバーに皆さんはなんと声を掛けますか?

このような事態に気がつき止めることができるのは、管理職の皆さんだけです。自分のチームが、効率化のために「非効率」な改善活動を行うことがないよう、豊富な経験と部全体を見渡せる広い視野を使って、正しい方向に導いていきましょう。

2 経理部門の「実務3種の神器」とは

それでは、効率的な改善活動とは、どんなことを行えばよいのでしょうか。

おすすめは、経理の「実務3種の神器」と私が呼んでいる3種類の資料を中心に、見直すことです。その3つとは、

  1. フォーマット(経理作業の過程や結果を記録したエクセルなどのワークシート)
  2. 業務分担表
  3. スケジュール表

です。フォーマットはもちろん、残り2つも皆さんの会社でも使われているのではないでしょうか。

改善に失敗しないポイントはここにあります。

新しいものを作らず、「ありもの」を手直し

します。多忙な中で業務改善を進めるには、ハードルを下げすぎるくらいに下げたほうがよいのです。そうでないと途中で挫折してしまいます。まじめな方ほど、「せっかくの機会だから、今使っているスケジュール表をゼロから見直したい」と思うかもしれません。その気持ちはよく分かります。しかし、私たちには十分な時間はないのです。そのために改善に取り組んでいるのですから。特に管理職の皆さんは、そのことを常に頭に入れて、自分もチームも「完璧主義」を目指さずに、代わりに「効率化」や「正確性向上」という本来の目的からブレないよう取り組んでいきましょう。

3つの資料のうち、とくにフォーマットはメンバーの業務の内容や方法を改善するのに直接効果があります。具体的には、

作業時間の短縮やミスの再発防止

につながります。なぜなら、フォーマットは、何を(WHAT)どう(HOW)やるかが記録された資料だからです。

一方、業務分担表とスケジュール表は、皆さん管理職にとって非常に役立つ資料です。これらを使えば、

チーム全体について客観的かつ網羅的に把握する

ことができます。

業務分担表は誰が(WHO)やるかを示し、スケジュール表はいつ(WHEN)やるか、を表します。このように、人手と時間という私たちに圧倒的に足りない2大資源を活用するには、まずは現状を捉えることが必要です。そのためにはこの2つが羅針盤として役立つことは想像できると思います。

3 神器その1:フォーマット

フォーマットは、経理作業の過程や結果を記録した資料です。会社ごと、ときには個人ごとに異なるものをお持ちだと思います。そこで、フォーマットについて、シンプルで実践しやすい改善ポイントをお伝えします。皆さん自身がフォーマットを作成するときはもちろん、メンバーにOJT(On the Job Trainingの略で、実際の仕事を通じて、業務上の知識やスキルなどを身に付けさせる育成方法)で指導するときの参考にしてください。

まず、

フォーマットの上で、出力箇所と入力箇所をはっきり分かる見た目に整えること

です。例えば、エクセルシートでどのセルが最終結果なのか、そしてそのためにデータを入力したのはどのセルか、一目で分かるよう、セルの色を使って色分けするのもいいでしょう。

この方法は、セルだけでなく、シートに対しても使えます。経理が作成するフォーマットは複数枚のシートにわたることも多いため、シートタブの色分けをすることで、シート間の流れが分かりやすくなります。

まさに、作業の流れが分かるようにすることが目的なのです。その結果、管理職である皆さんがフォーマットの中身を確認しやすくなり、ミスの発見につながります。さらに、担当を変更する際の引き継ぎもスムーズになりますので、属人性をなくす効果もあります。

フォーマットについては、「マニュアルを作った方がいいか」という質問もよくいただきます。わたしは、必ずしも必須ではないと考えています。確かに属人性をなくす効果は高いのですが、作成にかかる工数が多いため、前述の「非効率な効率化」になりがちだからです。

立派なマニュアルを作る代わりに、フォーマットに直接書き込むこと

をおすすめします。例えば、入力箇所のそばのセルに直接書き込んだり、メモ機能を使ったりするのもよいでしょう。このとき、必ず書いてほしいのは、

「どの資料から」「どの数字を」持ってくるか

の2点です。わたしたちの仕事は数字を扱うため、どこかから数字を入手して、それを加工する作業が非常に多いのです。

完璧を目指さずに、メリハリつけてこれらの点を押さえるだけでも、6~7割程度の課題は改善されると私の経験上感じます。つまり、フォーマット次第で、業務の正確さと効率は大きく変わるのです。皆さんも、口頭だけでは引き継ぎを受けた内容を記憶して実践するのは難しいという経験をお持ちではないでしょうか。「目に見える」フォーマットというのは、後から誰が見ても、理解し実践することができるのです。

目に見えるものが残り、引き継がれていく。

業務の属人性や正確さを改善したい管理職の方は、この大原則をぜひ覚えておいてください。

4 神器その2:分担表

分担表は、誰がどのような業務を担当しているかを一覧にした資料です。なかには作っていないというケースもあるかもしれません。その場合には、とりあえず6割のものを作ることから始めてみてください。気付いたときに内容を更新して、精度を上げていけば十分です。

分担表の目的は、

業務の全体を俯瞰(ふかん)すること

にあります。例えば、特定のAさんに作業の遅れが目立つ場合、分担表でAさんの業務を確認することで、業務の量や質がすぐに分かります。管理職であれば、誰がどのような業務をしているかは、頭の中に入っているという方もいるでしょう。しかし、私自身の管理職経験を考えても、目立つ業務は覚えているものの、すべての業務を把握するのは難しいと感じます。何か問題が生じたときには、もれなく状況を把握する必要がありますので、自分の勘や記憶に頼るべきではありません。

さらに、私自身が役に立ったと感じたのは、実は業務量が少ないメンバーを見つけることができた点です。日頃とても忙しそうにしていたので当初は気が付かなかったのですが、分担表を改めて確認したところ実はそれほど業務が割り当てられていなかったという経験があります。業務負荷が大きい場合には減らし、逆に小さい場合には能力なども見つつ増やすという、まさにチーム運営のツールに使えます。

また、ある人が同じ業務を長い期間やっていることに気が付く場合もあるでしょう。その場合には分担を替えるなど、人材育成の観点でも活用できます。特に若い方はキャリアアップに熱心ですので、上司として、各人の成長をサポートする方法を考える必要性を強く感じます。キャリアの話から入るのはハードルが高いと思いますので、ぜひ馴染みのある分担表をきっかけに会話を重ねてみてはいかがでしょうか。

5 神器その3:スケジュール表

スケジュール表は、いつどの業務が予定されているかが一覧できる資料です。会社によっては、分担表とまとめて1枚のこともあります。

スケジュール表の目的は、

作業間の関連を明確にしたり、ボトルネックを特定したりすること

です。経理の仕事は、期限が決まっていることが多いため、もし特定の作業が遅れた場合にどのような影響があるのかを把握し、対処するのに役立ちます。

同時に、メンバーのマネジメントの観点からも意味が大きいものです。業務量が多くなる時期がいつなのかがあらかじめ分かれば、メンバーに労働時間を増やしてもらったり、可能であれば臨時の人手を入れたりすることもできるかもしれません。メンバーにとって不満要因になりやすいのは、想定外に負荷がかかることです。あらかじめ時期や忙しさが見通せて、実際にその範囲でおおむね収まれば、繁忙期であっても意外に不平不満にはつながらないと、経験から感じます。そこで、計画としてスケジュール表を作るのも大事ですが、実績を記録して、計画との違いを把握し、対処をすることで改善しましょう。決算数値に対して行う予算実績比較と同じです。

管理職の皆さんにとって分担表とスケジュール表は、業務の改善と人材育成の両面から、大きな武器になります。とくに、分担表はメンバーの満足度を上げるために、スケジュール表は不満要因を減らすのにつながります。現状に何か課題を感じている場合には、これらのありもののツールをまずは眺めてみるところから、ぜひ始めてみてください。

以上(2023年6月作成)
(執筆 管理会計ラボ株式会社 代表取締役・公認会計士 梅澤真由美)

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画像:Kittiphan-shutterstock

戦後日本を代表する作家・司馬遼太郎。彼が次世代に託した一言、そして彼の言う「根っこの感情」とは?

例えば、友達がころぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、そのつど自分の中でつくりあげていきさえすればよい

司馬遼太郎氏は、戦後を代表する日本の作家で、「竜馬がゆく」「国盗り物語」「坂の上の雲」など、歴史を舞台にした小説やエッセイなど数多くの作品を残しています。1923年の生まれで、2023年に生誕100周年を迎えても今なお、司馬作品は多くのファンから愛され続けています。

司馬作品の根幹には、司馬氏が第二次世界大戦の際に従軍した経験から、戦争に対するアンチテーゼがあるといわれています。登場人物のいきいきとした描写や、文章の読みやすさはもちろんですが、根幹にある司馬氏の思いの「深さ」が、作品をより魅力的にしているのかもしれません。

冒頭の言葉は、1989年に司馬氏が小学校6年生の教科書のために書いたエッセイに記されている言葉です。司馬氏は、歴史上の数多くの人物を描いてきた経験などから、人間とは何かを突き詰め、未来を担う子供たちに、幾つかのメッセージを伝えました。そのメッセージの1つが、人間は助け合って生きているものだということです。そして、助け合いの基となる「根っこの感情」こそ、他人の痛みを感じることであり、子供たちがその訓練をするよう、冒頭の言葉を記したのです。

また、司馬氏は冒頭の言葉に続けて、「根っこの感情」がしっかりと根づいていけば、「多民族へのいたわりという気持ちもわき出てくる」「二十一世紀は人類が仲よしで暮らせる時代になるのにちがいない」と記しています。さて、21世紀に入って20年以上がたちましたが、私たちは司馬氏の言葉をどれだけ実践できているでしょうか。

1989年に司馬氏の言葉を教科書で読んだ小学6年生は、もう40代後半になっています。会社の中核を担う立派なビジネスパーソンに成長した人も多いでしょう。ですが、司馬氏の言う「根っこの感情」を、今もなお大事にしている人がどれだけいるかというと、残念ながら全員ではないでしょう。私たちは、自分がどれだけ他人を思って行動できているのか、もう一度問い直してみる必要があります。

転んだ友人の痛みを分かってあげられていると思えるのであれば、同じ会社の社員が困っているときに手を差し伸べられているでしょうか。自社の利益を重視するのはもちろんですが、自社の製品・サービスは本当にお客さまを幸せにしているのか、常に気にしているでしょうか。取引先とWIN-WINな関係が続けられるように、最善を尽くしているでしょうか。街で見かけた、困っていそうな人に声を掛けられているでしょうか。地域や社会のために、何か貢献できているでしょうか。世界各地の不幸なニュースに無関心になっていないでしょうか。後世の人たちが私たち以上の暮らしができるよう、「負の遺産」を残さないように心掛けているでしょうか。

もう一度原点に立ち返って、司馬氏の言う「根っこの感情」が根づくように、訓練し直してみませんか。

出典:「二十一世紀に生きる君たちへ」(司馬遼太郎、世界文化社、2001年2月)

以上(2023年6月)

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