うつ病から復職できない社員を退職させざるを得ない場合の「愛」ある対応とは?

書いてあること

  • 主な読者:社員が休職中で、かつ復職が難しい場合の対応を知りたい経営者
  • 課題:社員に退職の話をするのはつらいが、曖昧な対応でトラブルが起きるのも困る
  • 解決策:「社員の健康」を第一に考えつつ本人の心情にも寄り添う。「休職期間満了通知書(兼合意書)」で認識を合わせる

1 休職中の社員がそのまま退職するケースは珍しくない

「休職(私傷病休職)」とは、社員が私傷病(仕事以外の理由によるケガや病気)で働けない場合、労働契約を維持したまま、労働の義務を一定期間免除する制度です。

就業規則で定めた休職期間が満了するまでに、

  • 社員が働ける状態まで回復したら、復職(元の業務か、もっと軽い業務に復帰させる)
  • 回復しなければ、退職(休職期間の満了とともに、労働契約が自動的に終了する)

となるのが一般的です(なお、休職期間の満了による退職は、通常「自然退職」と呼ばれます)。理想は社員が復職することですが、うつ病などの場合、状況によって治療にかかる時間に幅があり、症状が回復せず退職に至るケースも珍しくありません。

経営者や労務担当者にとって、苦しい状況にある社員に退職の話を切り出すのは、とてもつらいことです。かといって、曖昧な対応をすると、休職期間が満了して退職となったときに、社員が「そんな話は聞いていない!」と言い出してトラブルになる恐れがあります。

この記事では、休職中に社員の症状が回復せず、いよいよ退職を考えざるを得なくなった場合の対応のポイントとして、次の2つを紹介します。

  1. 「社員の健康」を第一に考えつつ本人の心情にも寄り添う
  2. 「休職期間満了通知書(兼合意書)」で認識を合わせる

2 「社員の健康」を第一に考えつつ本人の心情にも寄り添う

1)復職させることが、必ずしも社員のためになるとは限らない

休職は法律で定められた制度ではなく、会社がそれぞれの就業規則に基づいて運用しますが、

  1. 社員が休職要件(一定日数の欠勤など)に該当したら、休職命令を出す(休職開始)
  2. 休職期間の満了が近づいてきたら、復職の可否を判断し、社員に伝える
  3. 休職期間の満了とともに(またはその前に)、社員が復職または退職する(休職終了)

という流れは、基本的にどの会社でも同じです。

社員が退職するケースにおいて、2.は経営者や労務担当者にとって特につらいものです。苦しい状況にある社員に退職の話は切り出しにくいですし、経営者や労務担当者にも「社員が復職を望んでいるなら、できる限りその気持ちに応えたい」という思いがあります。

ですが、うつ病などのように完治の判断が難しい病気の場合、

復職を急ぎすぎたせいで、回復しつつあった症状が再び悪化してしまうケース

は珍しくなく、その場合、社員は余計に苦しむことになります。ですから、復職の可否は

会社が第一に守るべきは「社員の健康」である

ということを念頭に置いて、努めて冷静に判断しなければなりません。

2)休職中、社員とじっくり話す機会を設けることが大切

社員の健康を第一に考えると言っても、会社側の主観で「復職できない」と決めつけるのはNGです。社員の体調や治療の状況など必要な情報を集めた上で判断しなければなりません。

また、仮に「復職できない」という判断が妥当だとしても、突然退職を切り出されたら社員は動揺しますし、場合によっては会社に反発してきます。ただでさえ、私傷病でつらい状況にあるわけですから、コミュニケーションには配慮が必要です。

復職の可否を判断するのに必要な情報を集めつつ、社員の心情に寄り添うには、休職中、社員とじっくり話す機会を設けることが大切です。具体的には、

休職開始からある程度時間がたったタイミングで、電話やオンラインでの面談を実施

します。時間とともに社員の状況が変化する可能性があるので、社員の体調にもよりますが、できれば「休職開始から1カ月ごと」など目安を決めて、複数回実施するのが望ましいです。

面談の主な目的は、

  1. 復職の可否を判断するのに必要な情報を集める
  2. 不安を感じたり自分を責めたりしてしまう社員の心情に寄り添う
  3. 休職について、会社と社員との間で認識のギャップがないかを確認する

の3つです。これらの目的を意識し、会社から社員に聞くこと、会社から社員に伝えることを事前に整理した上で面談に臨みましょう。具体例は次の通りです。

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面談の際は、社員の体調に配慮してあらかじめ時間を区切り、時間内に聞けなかったことは、次の機会にヒアリングします。また、うつ病などの場合、社員の話すスピードや会社側が言ったことに対するリアクションが遅くなる場合がありますが、そこは社員のペースに合わせるようにします。なお、面談時の社員の様子も、復職の可否を判断する大切な要素のひとつです。

3)復職の可否は明確に伝える。ただし、社員への感謝も忘れない

休職中の面談で社員の状況を把握したら、休職期間の満了前に社員から主治医の診断書を提出してもらい、復職の可否を判断します。ただし、社員の主治医が仕事内容を詳しく把握していないケースもあるため、場合によっては会社指定の医療機関などに協力を仰ぎます(このあたりは就業規則で明確に定めておく必要があります)。

復職の可否について判断したら、電話やオンラインで結果を社員に通知します。復職できると判断した場合、それを社員に伝えた上で、職場に復帰する時期や復職後の業務、勤務形態などについてすり合わせをしていきます。一方、復職できないと判断した場合、どのように社員に伝えるかが悩ましいですが、曖昧な言い方をするとかえってトラブルになる恐れがあるので、

  • 社員が復職可能な状態まで回復したとは認められないと判断したこと
  • 社員が休職期間の満了とともに退職となること

などを明確に伝えるようにします。

社員によっては会社を辞めたくなくて「私はもう大丈夫です、働けます」と食い下がってくる人もいますが、主治医の診断書なども踏まえた上での判断ですから、

「復職を急いで症状を悪化させたくない、あなたの健康を第一に考えた結果だ」

などと伝え、会社の決定を安易に曲げることはしないようにします。

逆に、退職を受け入れつつ「会社に迷惑ばかりかけてしまい、申し訳ありません」と謝罪してくる人もいますが、社員に落ち度はありませんし、会社にとっても不本意な退職ですから、

「在職中、社員がいてくれてどれだけ助かったか」など、社員への感謝

を精一杯伝え、誠実な態度を示して社員と別れるようにします。

3 「休職期間満了通知書(兼合意書)」で認識を合わせる

1)書面を交わしておくと、「言った」「言わない」のトラブルが起きにくい

社員と慎重に対話すれば、休職に関するトラブルをある程度防ぐことができますが、口頭でのやり取りだけでは、お互いに誤解が生じたり、重要なことを聞き漏らしたりするリスクがあります。よりトラブル防止に重きを置いた対応をするのであれば、

会社と社員との間で「休職期間満了通知書(兼合意書)」を交わすこと

をお勧めします。

休職期間満了通知書(兼合意書)とは、休職期間が満了する前に、社員に対して

  • 社員が復職可能な状態まで回復したとは認められないと判断したこと
  • 社員が休職期間の満了とともに退職となること

などを通知する書面です。復職の可否については前述したように口頭でも社員に通知しますが、併せて書面も交わすことで、「言った」「言わない」のトラブルが起きにくくなります。

また、社員が雇用保険の被保険者の場合、休職期間の満了により退職した際に、その旨を所轄ハローワークに届け出る必要がありますが、この際、退職理由を証明する添付書類として休職期間満了通知書(兼合意書)を活用できます。

2)退職について社員が合意する署名欄を設けておくと安心

休職期間満了通知書の書式は任意ですが、次のように退職について社員が合意する署名欄を設けておくと、トラブル防止に役立ちます。なお、ここでは割愛していますが、実際は「就業規則の休職に関する条文」「休職期間の計算方法」などを別紙として添付するのが望ましいです。

 

〇年〇月〇日

休職期間満了通知書 兼 合意書

〇〇〇〇 様

株式会社〇〇〇〇    

代表取締役 〇〇〇〇 印

 

 

あなたは、病気療養のため、当社就業規則第〇条の規定により、〇年〇月〇日より休職されていますが、〇年〇月〇日をもって本休職期間が満了となります。

当社は、電話および面談(オンライン)でのあなたの様子、医師の診断書などを基に、慎重に復職の可否を検討して参りましたが、最終的に、復職可能な状態まで回復したと認めることはできないと判断しました。

つきましては、当社就業規則第◯条の規定により、あなたは本休職期間が満了する〇年〇月〇日をもって退職となりますので、本書をもって通知します。

あなたの一日も早いご回復を心よりお祈り申し上げます。

以上

———————————————————————————————————–

株式会社〇〇〇〇    

代表取締役 〇〇〇〇 殿

 

上記の内容について承知しました。〇年〇月〇日をもって退職となることに合意します。

〇年〇月〇日

氏名 〇〇〇〇 印

4 その他、休職期間の満了に当たって押さえるべきこと

1)傷病手当金や基本手当の手続きは迅速に行う

社員が休職期間の満了とともに退職する場合、私傷病の状況によっては、退職後もしばらく働けない可能性があります。仮に社員が健康保険や雇用保険の給付の受給資格を持っているのであれば、支給が滞らないよう、給付に関する会社側の手続きを迅速に行うことが大切です。

例えば、退職時に健康保険の被保険者だった社員が一定の要件を満たす場合、

退職後も健康保険から傷病手当金が支給

されます。支給額はおおむね在職中の賃金の3分の2で、支給期間は同じ傷病について最初に傷病手当金を受けた日から通算1年6カ月間です。会社は所定の申請書について、勤務状況や賃金の支払い状況などの証明をし、その他必要な事項(振込先や療養担当者の意見)を社員やその主治医に記入してもらった上で、保険者(全国健康保険協会など)に送付する必要があります。

また、退職時に雇用保険の被保険者だった社員が一定の要件を満たす場合、

退職後、就職活動をしている間、雇用保険から基本手当が支給

されます。支給額はおおむね在職中の賃金の45~80%で、支給期間は退職日の翌日から原則1年間です(正確には、そのうち失業中で就職活動をしている期間)。ただし、私傷病などですぐに働けない場合、最大3年間の延長が可能です。会社は所定の離職証明書を、所轄ハローワークに提出して離職票の交付を受け、社員に送付する必要があります。

2)場合によってはフリーランスとして働いてもらうことを検討する

ここまで、社員に配慮しつつトラブルなく別れることを前提に話をしてきましたが、経営者や労務担当者の中には「このまま別れるのはつらい、何とか一緒に働く道を残したい」と考える人もいるはずです。こうした場合、社員が退職した後に、

業務委託契約を結んでフリーランスとして働いてもらう

という手があります。もちろん、症状が回復してからという前提ですが、決められた就業時間の中で働く社員と違い、フリーランスは自分で働く時間をコントロールできますし、会社も必要なときだけ仕事を依頼できるので、お互いに無理をせず仕事ができる可能性があります。

一方、自由な働き方である分、自分で自分を管理できない人はフリーランスに向きません。

  • 会社から逐一指示を受けなくても、自分で仕事の筋道を立てられるか?
  • 仕事のスケジュールやお金の管理などにルーズでないか?
  • 発破をかけられなくても、自分で努力し、成長していく意欲があるか?

などを検討した上で、フリーランスとしての働き方を打診するかを決めましょう。

ただし、社員の症状が回復していない状況でいきなりフリーランスの話を持ちかけると、かえってプレッシャーを与えてしまう恐れがあります。まずは退職後の連絡方法だけ確保しておき、退職からある程度時間がたってから連絡を取るなどの配慮が必要です。

以上(2024年4月更新)
(監修 みらい総合法律事務所 弁護士 田畠宏一)

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画像:shironagasukujira-Adobe Stock

現タカラトミーの創業者・富山栄市郎氏。逆境のおもちゃ会社が100年企業となった理由が分かる一言とは?

市場は変わるぞ。次の一手が大事だぞ。ヒットのあとには必ず停滞がやってくる。気を引き締めろ

富山栄市郎(とみやまえいいちろう)氏は、今から100年前の1924年に、21歳の若さで富山玩具製作所(現タカラトミー)を創業し、おもちゃ業界全体の発展に貢献した人物です。少年時代からおもちゃを作る玩具製作所で働いていた富山氏は、そこでモノ作りの楽しさを知り、いつか自分の手でおもちゃを作りたいと考えるようになります。そうして立ち上げたのが富山玩具製作所です。富山氏は斬新なおもちゃを次々に生み出し、おもちゃ業界をけん引していきますが、事業を支えたのはその発想力だけではありませんでした。

冒頭の言葉は、戦後に富山玩具製作所が富山商事と名を改め、「スカイピンポン」というおもちゃを売り出した頃、富山氏が社員たちに言い聞かせた言葉です。スカイピンポンは、ラケットの中にあるバネを使ってピンポン球のキャッチボールを楽しめるプラスチック製のおもちゃです。ブリキ人形などの金属製のおもちゃが主流だった時代に、プラスチック製のおもちゃを作るという発想は斬新で、スカイピンポンはたちまち人気になります。しかし、富山氏はその人気に甘んじることを良しとしませんでした。彼はそれまでの経験から、1つの成功が長くは続かないことを知っていたからです。

富山玩具製作所を立ち上げて間もない頃、富山氏は外国の飛行機をモデルにおもちゃを作り注目を集めますが、やがて昭和恐慌、さらには第二次世界対戦が始まり、おもちゃ作り自体を続けることが難しくなります。戦後、やっとの思いで事業を再開した際も、戦闘機のおもちゃで子どもたちの心をつかみ会社を立て直しますが、工場の火災や戦闘機ブームの停滞などで再び窮地に立たされます。何度も辛酸をなめ、時には人員整理という苦渋の決断を迫られてきた富山氏は、もう同じことを繰り返すまいと心に誓っていたのです。

富山氏は、スカイピンポンと並行して、目玉商品となる別のおもちゃ作りに取り組みます。それは、家の中でプラスチック製のレールをつなぎ合わせ、電車を走らせて遊ぶ「プラレール」。現代でもなお、子どもたちから愛されているおもちゃです。スカイピンポンでプラスチック製のおもちゃの存在を世に知らしめて市場を変え、そこに別のおもちゃを投入する。このように、成功を収めても油断せず「次の一手」を打ち続けることで、富山氏は会社を大きくしていったのです。

会社経営は、よくマラソンに例えられます。事業目標は、マラソンの途中にある道標(みちしるべ)であり、何か大きな成功を収めて目標を達成すれば、「道標を通過した」ということができます。ただ、それはゴールではありません。経営者が夢を見続ける限り、マラソンは続きます。一時の成功を喜ぶのはいいですが、そこに満足して足を止めてしまったら、それ以上先には行けません。大切なのは、足を動かし続けること。それが成功の後に繰り出す「次の一手」なのです。

出典:「社史『軌跡~夢をカタチに~』」(タカラトミーウェブサイト)

以上(2024年3月作成)

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【社長のモノサシ】 退職したい社員を引き止める? 引き止めない?

書いてあること

  • 主な読者:退職を申し出た社員を引き止める社長、引き止めない社長
  • 課題:自分なりの引き止め策は講じているけれど、別の考え方もあれば聞いてみたい
  • 解決策:他の社長の考え方も参考にしつつ、自身の取り組みもバージョンアップする

1 【提案】社長のモノサシをバージョンアップしよう!

会社にはさまざまなルールがありますが、ある意味それらのルールの在り方を決定づけているのが「社長のモノサシ」です。社長のモノサシとは、

会社経営における社長の価値観や行動基準

であり、日々の判断はこのモノサシを基準に行われます。

さて、社員から退職の申し出があったら、皆さんはこれを引き止めるでしょうか? ケースバイケースといえばそれまでですが、根本には「縁があるのだから引き止める」「去る者は追わない」など、社長の考え方があるはずです。そして、これこそが社長のモノサシです。

社長である筆者も、「社長、ちょっといいですか?」と社員から退職の申し出を受けたことが何度もあります。引き止めるか否かは相手次第でしたが、実際に次のような経験をしました。

  • 頼りにしていた幹部から退職の申し出があったときは、本気で引き止めをはかり、1年間かけて話し合ったが、結局、辞めてしまった
  • かねてから問題を感じていた社員から退職の申し出があったときは、正直ほっとして、すぐに退職の手続きに入った

人手不足で売り手市場の昨今、社員の退職がますます増えていくことは覚悟しなければなりません。そうした事態に備えるためにも、他の社長が社員の退職をどのように考えているか気になりませんか?

この記事では、当社が292人の社長に行ったアンケート結果を紹介していきますので、参考にしてください。ちなみに、

社員の退職をうまく思いとどまらせた経験のある社長は40.1%

です。また、こちらに悪気がなくても、社員への引き止めが「ハラスメント」と言われてしまうこともあります。昔のような考えで引き止めるのでは通用しないケースもあり、社長のモノサシのバージョンアップが必要な時代になったようです。

2 社員が退職の申し出をしてきたら引き止めるか?

まずは、社員が退職の申し出をしてきたときに引き止めるか否かですが、社長の回答は次の通りでした。

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注目したいポイントは、引き止めるか否かが明確に決まっているのは54.2%で、状況によるという回答が45.9%もあることです(四捨五入などの関係で、合計で100.1%となります)。日々が決断の連続である社長を対象にしたアンケートの割に、明確な回答が少ない印象です。裏を返せば、それだけ社員の退職に関する問題は難しいものなのでしょう。

3 社員の退職を引き止める理由は?

社員の退職を「引き止める」と回答した社長に、その理由を聞いてみたところ、次のような結果になりました。

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こちらは、「大切な自社の社員だから(縁ができたから)」という回答が75.6%と最も多く、次いで「人材不足だから」の57.0%が続きます。小さな会社の場合は特に社長と社員の距離感が近いため「縁」を感じやすく、こうした結果になっているのでしょう。

ただし、「5 どのような社員なら引き止める?」の章で紹介しますが、いかに「縁」があるとはいえ、全ての社員が引き止める対象になるわけではありません。

4 社員の退職を引き止めない理由は?

逆に社員の退職を「引き止めない」と回答した社長に、その理由を聞いてみたところ、次のような結果になりました。

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こちらは上位が拮抗していて、「去る者は追わない主義だから」の58.3%が最も多く、「社員の意思を尊重したいから」の56.9%が続きます。筆者のまわりにも、「一切、引き止めない」という社長は少なくなく、社長の価値観が顕著に表れるところです。

5 どのような社員なら引き止める?

次に、どのような社員なら引き止めるのかについて聞いてみました。この結果はほぼ皆さんの予想通りの結果になっているのではないでしょうか。

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最も多い回答は「社員の能力が高ければ引き止める」の76.1%で、「社員の人柄が良ければ引き止める」の53.7%、「社員の仕事が専門的ならば引き止める」の50.7%が続きます。いかに「縁」があったとはいえ、どのような社員でも引き止めるわけではなく、このあたりはシビアに状況を判断していることが分かります。

転職支援を生業とする会社のウェブサイトには、「(転職者に対して)ほぼ間違いなく退職を止められるので注意」などと書かれていることがありますが、これは極端すぎる意見で、実際は相手(社員)次第です。

また、そうしたウェブサイトには「会社から退職を引き止められたときの対処法(断り方)」として、「とにかく退職届を出すこと」「とにかく退職の強い意思を伝える」などと紹介されています。こうした情報を参考にしている社員は、態度がかたくななのですぐに分かります。こちらは対話をしたいだけで他意がなくても、そうした社員を引き止めると、「辞めさせてくれない」とトラブルになる恐れがあるので注意しましょう。

6 社員の引き止めは成功した?

最後に、社員の引き止めが成功したかを聞いてみました。その結果は次の通りです。

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引き止めに成功した社長は40.1%と半数以下となっています。一度退職を決めた社員を引き止めることは簡単ではないことが分かります。筆者の経験からもハッキリと言えるのは、退職の申し出を受けた時点で未来はほぼ決まっていて、それを覆すことは相当に難しいということです。

7 他の社長はどうやって引き止めている?

アンケートでは、どのようにして社員の引き止めに成功したかについても聞いてみました。すると、

賃金など条件面の改善

を行ったケースが最も多く、次いで多かったのが、

該当社員とのコミュニケーションを密にする

というものでした。意外とドライだなと感じますが、社員に退職を思いとどまらせるには、条件面の改善など分かりやすい形が必要なようです。一方、社員の引き止めに失敗した理由には、

夢を語り過ぎた

というものもありました。年功序列や終身雇用が維持されていた頃と比較して、日本企業の労使関係は大きく変わっています。「縁」や「情」だけでは解決できない問題も多く、ここは社長のモノサシのバージョンアップも必要なのでしょう。

以上(2024年5月作成)

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画像:健二 中村-Adobe Stock

【社員が求める福利厚生】「人間ドック」で健康な会社に! 経費で処理すれば負担も軽減

書いてあること

  • 主な読者:社員に健康で長く働いてもらいたい経営者
  • 課題:社員の高齢化が進むと生活習慣病などのリスクが高まってくる
  • 解決策:福利厚生として会社の負担を抑えつつ、社員に人間ドックの受診を励行して健康経営を進める。SDGsにもつながる

1 実はニーズが高い「人間ドック受診の補助」

社員の高齢化が進むと、加齢によって

生活習慣病(脂質異常症(高脂血症)、高血圧症、糖尿病など)予備軍も増加

します。生活習慣病を放っておくとさまざまな問題が起こるため、会社としても放っておけません。そこで提案するのが「人間ドック」の受診です。人間ドックには、

  • 定期健康診断などよりも検査項目が多く、自覚症状のない病気なども早期発見できる可能性がある
  • 脳疾患や心臓疾患、性別に特有のがん、など分野を絞って受診することもできる

といった特徴があります。

実は、社員の人間ドック受診へのニーズは高く、過去に労働政策研究・研修機構が、会社員8298人の「自分にとって特に必要性が高い福利厚生」を調査した際も、「人間ドック受診の補助」が第1位(21.8%)になっています(労働政策研究・研修機構「企業における福利厚生施策の実態に関する調査(2020年7月)」)。

ただ、人間ドックは高額で、日帰りで3万円から7万円程度、1泊2日で4万円から10万円程度となります(地域や医療機関によって異なります)。また、原則として医療費控除の対象にもなりません。だからこそ、人間ドックの受診費用を会社が補助してあげれば、社員の健康維持、モチベーションアップを同時に実現することができるのです。

この記事では、社員に健康で長く働いてもらいたいと考える経営者向けに、法定外の福利厚生制度として「人間ドック受診の補助」を行う際のポイントを解説します。

2 人間ドックの受診費用を経費で処理するためには

人間ドック受診の補助に関して、一定の要件を満たす場合には、福利厚生費(経費)として処理して差し支えないものと考えられます。ただし、税務署から指摘された場合には、会社は損金にできませんし、社員も給与等として所得税が課税されますので、実際に行う場合は、税理士などの専門家へよくご相談されてください。

なお、一定の要件を満たした上で、きちんと取り組みがされていることを証明するために、人間ドックの受診について就業規則に定め、また実際に人間ドックの受診をする際は社員が希望するか否かを聞いて、その結果も残しておくことをお薦めします。

1)全社員に受診機会があること

全社員が受診できるようにしておく必要があります。よく役員だけが人間ドックを受診しているケースがありますが、これだと福利厚生費とはなりません。

一方、健康管理の必要性から「一定年齢以上の希望者」を対象とすることはできます。例えば、全社員に健康診断を実施した上で、生活習慣病予防のため、年齢35歳以上の希望者全員の2日間の人間ドックによる受診費用の一部を負担するといった具合です。

2)人間ドックの費用は、実費費用の範囲内で会社が負担すること

人間ドックの受診費用は、実費費用の範囲内で会社が負担する必要があります。なお、社員の請求に基づいて会社が社員に受診費用を支払う場合でも、会社が当該受診費用を負担したことに変わりはないものと考えられます。その場合は、領収書を保管し、実費費用の範囲内であることが確認できるようにしておきましょう。実際の受診費用を超えて補助を行うと、福利厚生費として認められませんので注意が必要です。

3)常識範囲内の金額であること

社員が受ける経済的利益が著しく多額である場合は、原則として、福利厚生費として認められません。なお、国税庁の質疑応答事例にある「一般的に実施されている人間ドック程度の健康診断の実施が義務付けられている」との記載から、前述した人間ドック1泊2日の場合の費用(4万円から10万円)程度であれば、許容範囲であると考えられます。

■国税庁 質疑応答事例「人間ドックの費用負担」■

https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/gensen/03/03.htm

3 人間ドックでの検査の特徴―時短・お手軽な検査も登場

1)自覚症状のない病気なども早期発見できる可能性がある

労働安全衛生法により実施が義務付けられている健康診断(定期健康診断)では、社員が受診すべき法定項目が決められています。人間ドックの検査項目は定期健康診断などの法定項目よりも多く、自覚症状のない病気なども早期発見できる可能性があります。

日本人間ドック学会が公表している「人間ドック(1日)の基本検査項目」と「定期健康診断の法定項目」を比較すると次のようになります。

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2)分野を絞って受診することもできる

脳疾患や心臓疾患、性別に特有のがん(子宮がんなど)など、分野を絞って集中的に検査できる医療機関もあります。例えば、社員に健康上の不安に関するアンケートなどを実施し、特に不安の多い疾病などがあれば、人間ドックで集中的に検査するという運用が考えられます。

その他にも、

  • 遺伝子検査を取り入れた「遺伝子検査付き人間ドック」
  • X線画像をAIが解析し、疾病リスクを予想する「疾病リスク予測AI」

などの最新の検査手法もオプションとして取り入れる診療機関が増えてきました。

「遺伝子検査」は、将来発症する可能性のある病気を見つけるDNA検査と体内にがん細胞があるかどうかを検出することのできるRNA検査があります。検査により、各種がんの発症や細胞の老化度などが分かります。

「疾病リスク予測AI」は、1年分の健康診断データを基に、「〇年後の△疾病リスクが□%」という数値を予測します。予測できる疾病は、利用する医療機関によって異なりますが、各種がんや糖尿病、心臓疾患、認知症などです。

3)時短・お手軽な検査も登場

従来の人間ドックは、短いものでも検査に数時間を要することが多かったですが、最近は、

  • 約30分で脳ドックの受診が終わる「スマート脳ドック」
  • 血液・尿を郵送してがんや生活習慣病の検査をする「オンライン人間ドック」

など、あまり時間のかからない検査も登場しています。

「スマート脳ドック」は、Webでの予約と問診票を事前に送付し、検査後の受診結果をパソコンやスマートフォンから確認できるようにして、滞在時間を短縮した脳ドックです。検査内容は通常の脳ドックと同じで、頭部MRIやMRA(脳血管の立体画像検査)、頸部MRAなどを実施します。

「オンライン人間ドック」は、自分で採取した数滴の血液と尿を郵送すると、検査機関が検査し、2~3週間後に、検査結果を自宅に届けるものです。検査結果を見て電話やチャットで相談できるサービスもあります。

4 人間ドックの受診が求められる背景

1)約6割が40歳以上―日本の労働市場

現在の日本の労働市場では、40歳以上の人が労働力の多数派で約6割をしめています。

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2)定期健康診断受診者の約6割が「異常あり」

厚生労働省の「定期健康診断実施結果報告」によると有所見率(健康診断を受けた人のうち、「異常なし」以外の人の割合)は、2008年に50%を超え、2022年は58.3%となっています。

年齢や性別は調査対象外のため傾向は分かりませんが、約6割の人が何らか「異常あり」。そして、再検査や治療を受けるように促されても、忙しいからなどといって後回しにしがちです。

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3)健康経営への関心の高まり

経済産業省は、特に優良な健康経営を行っている会社を認定する「健康経営優良法人認定制度」を行っており、申請・認定件数は年々増加しています。

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補足:SDGsにも資する

2030年に17のゴールを目指しているSDGsでは、その3に「すべての人に健康と福祉を」、8に「働きがいも経済成長も」というゴールを設定しています。

福利厚生の充実をはじめとした健康経営は、

  • 3 すべての人に健康と福祉を
  • 8 働きがいも経済成長も

の達成に資することになります。社員の健康を支援することは、社員がいきいきと長期的に働くこと、ひいては労働生産性の向上と社会の持続的な成長へとつながるのです。

以上(2024年4月更新)
(監修 株式会社フェアワーク 吉田健一)

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【収支シミュレーション】特別養護老人ホームの開業収支モデル

書いてあること

  • 主な読者:特別養護老人ホームの開設を検討している人
  • 課題:自社の所有地に特別養護老人ホームを新築する
  • 解決策:開業、運営に掛かる費用の目安を押さえ、収支計画をシミュレーションしてみる

1 特別養護老人ホームとは

特別養護老人ホームとは、

65歳以上で常時介護を必要とし、在宅での生活が困難な高齢者(原則要介護3以上)に対して、生活全般の介護を提供する施設

です。

特別養護老人ホームでは、入浴、排泄、食事などの介護をはじめ、日常生活、機能訓練、健康管理及び療養上の世話を行います。

特別養護老人ホームを開設するには、

  • 社会福祉法人を設立する
  • 厚生労働省令で定められた事項を都道府県知事に届け出る
  • 厚生労働省が定める「特別養護老人ホームの設備及び運営に関する基準」の人員配置基準、設備基準、運営基準を満たす
  • 施設の所在地の都道府県知事(指定都市・中核市は各市長)から老人福祉法における「特別養護老人ホーム」の指定を受ける
  • 入所定員が30人以上の施設は、施設の所在地の都道府県知事(指定都市・中核市は各市長)から介護保険法における「介護老人福祉施設」の指定を受ける
  • 入所定員が29人以下の施設は、施設の所在地の区市町村から介護保険法における「地域密着型介護老人福祉施設」の指定を受ける

必要があります。

なお、市区町村によって基準が異なる場合や、設置を計画していた施設の数を満たしているといった理由で申請を受け付けていない場合があるため、事前に市区町村の担当部署に確認しましょう。

また、市区町村によって施設整備費や設備整備費などに補助金を出していることもあるので、併せて確認するとよいでしょう。

2 開業収支を考える

1)前提条件

1.売上高

売上高は、施設定員80人(10人×8ユニット)として年間3億5129万円とします。算出式は次の通りです。

(介護サービス費30万4700円×12カ月+ホテルコスト(1970円+1380円)×365日)×定員80人×稼働率90%≒3億5129万円

特別養護老人ホームの売上高は、介護サービス費とホテルコストから成ります。

厚生労働省「介護給付費実態統計月報(2023年11月審査分)第5表、介護サービス受給者1人当たり費用額、要介護状態区分・サービス種類別」によると、介護福祉施設サービスの介護サービス受給者1人当たり費用の平均月額は30万4700円となっています。

また、ここでは日常生活費を1日当たり1970円、食費を1日当たり1380円とします。

2.原価率

原価率は、後掲の図表4(介護老人福祉施設の1施設1カ月当たり収支)の介護事業費用のうち(4)その他を参考に29.4%とします。

3.人件費

また、人件費は同じく後掲の図表4(介護老人福祉施設の1施設1カ月当たり収支)の介護事業費用のうち(1)給与費65.2%を参考に2億2904万円(3億5129万円×65.2%)とします。

4.施設整備費

建物(延床面積4000平方メートル。1平方メートル当たり工事単価33万円)は13億2000万円。建物附属設備(電気・給排水・消火設備など)は1億8000万円とします。

その他の諸条件は図表1の通りです。

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2)収支シミュレーション

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3 介護老人福祉施設の1施設1カ月当たり収支

厚生労働省「令和5年度介護事業経営実態調査」によると、介護老人福祉施設の1施設1カ月当たり収支は次の通りです。

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以上(2024年3月更新)

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2024年度、就業規則はどう直す? 「労働条件の明示ルール」「時間外労働の上限規制」がポイント

書いてあること

  • 主な読者:自社の就業規則を見直したい経営者、人事労務担当者
  • 課題:直近の法改正の内容を就業規則に反映したいが、どこを見直せばよいか分からない
  • 解決策:2024年度は「労働条件の明示」「時間外労働の上限規制」に関する規定を見直す

1 2024年度は、人事労務関連の大きな法改正が4つある

近年は働き方改革などで人事労務関連の法改正が相次いでいて、就業規則の見直しも大変です。2024年度、特に注目したいのは4つです。

  1. 就業場所・業務内容に関する明示ルールの改正(2024年4月1日から、義務)
  2. 有期労働契約の更新に関する明示ルールの改正(2024年4月1日から、義務)
  3. 無期転換に関する明示ルールの見直し(2024年4月1日から、義務)
  4. 建設業等への時間外労働の上限規制適用(2024年4月1日から、義務)

この記事では、各法改正の概要とそれに合わせた就業規則の規定例を紹介します。ただし、就業規則の内容は会社ごとに異なるので、変更の際は必要に応じて専門家に相談してください。

2 就業場所・業務内容に関する明示ルールの改正

1)法改正の概要

改正労働基準法施行規則により、

2024年4月1日から、労働契約の締結時・更新時に「就業場所・業務内容」を明示する際、その「変更の範囲」を、労働条件通知書などの書面で明示すること(対象は全社員)

が義務付けられます。

改正前は、雇入時や契約更新時の就業場所・業務内容を明示すれば足りましたが、改正後は、労働契約期間中の変更の範囲も労働条件通知書に記載しなければならなくなります。ただし、

想定される就業場所・業務内容を1つずつ記載する必要はなく、「会社の定める場所」「会社の指示する業務」と記載した上で、就業場所や部署の一覧を別紙で交付する

といった対応も認められています。

2)就業規則の規定例(赤字は法改正に関連する部分)

第◯条(労働条件の明示)

会社は、従業員との雇用契約の締結に際し、雇用契約書を取り交わすとともに、労働条件通知書と本就業規則(付属する諸規程等を含む)を交付し、就業場所、従事すべき業務、労働時間、賃金、退職、その他の労働条件を明示する。なお、明示する事項のうち、就業場所および従事すべき業務については、その変更の範囲を含むものとする。

3 有期労働契約の更新に関する明示ルールの改正

1)法改正の概要

改正労働基準法施行規則により、

2024年4月1日から、有期労働契約の締結・更新時に「更新上限の有無と内容」を明示すること(対象は有期契約の社員)

が義務付けられます。「更新上限」とは、通算契約期間または更新回数の上限のことです。

改正前は、「契約更新の基準」として「更新の有無」「更新の判断基準」「その他留意すべき事項」を明示すれば足りましたが、改正後はこれらに加え、

  • 更新上限があるか否か
  • 更新上限がある場合はその内容(契約期間は通算〇年まで、契約更新は〇回までなど)

を労働条件通知書に記載しなければならなくなります。

2)就業規則の規定例(赤字は法改正に関連する部分)

第◯条(有期労働契約の期間等)

1)会社は、労働契約の締結に当たって期間の定めをする場合には、原則として1年以内の範囲で、契約時に本人の希望を考慮の上各人別に決定し、労働条件通知書で示す。

2)前項の労働契約は、更新する場合がある。ただし、最初の契約締結時から通算して○年を更新上限とする。なお、更新上限は、契約の締結・更新の都度、労働条件通知書により通知する。

3)契約を更新する場合、または更新しない場合の判断の基準は、次の通りとする(あらかじめ当該契約を更新しない旨が明示されている場合を除く)。

  1. 契約期間満了時の業務量
  2. 勤務成績、態度
  3. 従業員の能力および従事している業務の進捗状況
  4. 従業員の健康状態
  5. 会社の経営状況

4 無期転換に関する明示ルールの見直し

1)法改正の概要

改正労働基準法施行規則により、

無期転換を申し込む権利が発生する有期労働契約の更新時に、「無期転換申込機会」「無期転換後の労働条件」を明示(対象は有期契約の社員)

することが義務付けられます。「無期転換」とは、有期労働契約が通算5年を超えて更新された場合、その社員が会社に申し込めば無期労働契約に転換されるというルールのことです。

改正前は、無期転換について特に明示する義務はありませんでしたが、改正後は、有期労働契約が通算5年を超えたら(無期転換を申し込む権利が発生したら)、更新の都度、

  • 無期転換申込機会:無期転換の申し込みができること
  • 無期転換後の労働条件:労働条件の変更の有無、変更がある場合はその内容

を明示しなければならなくなります。

2)就業規則の規定例(赤字は法改正に関連する部分)

第○条(有期労働契約更新時の転換条件の明示)

会社は、有期労働契約の期間が通算5年を超え、無期労働契約への転換(以下「無期転換」)を申し込む権利が発生する従業員に対し、契約更新の都度、次の事項を明示する。

  1. 無期転換を申し込むことができること
  2. 無期転換後の労働条件

5 建設業等への時間外労働の上限規制適用

1)法改正の概要

改正労働基準法により、

2024年4月1日から、建設業、自動車運転業務、医師、砂糖製造業(鹿児島県・沖縄県)にも「時間外労働の上限規制」が適用

されます。「時間外労働の上限規制」とは、36協定に定められる時間数について、「時間外労働は、原則として1カ月45時間、1年360時間までとする」などの上限を設けるものです。

改正前は、建設業や自動車運転業務などについては、業務の特性や取引慣行の問題などから適用が猶予されていましたが、改正後は、図表の内容を遵守しなければならなくなります。

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2)就業規則の規定例

1)業務上必要がある場合は、所定労働時間を超えて労働を命じることがある。

2)法定労働時間を超える時間外労働は、従業員の過半数を代表する者との労使協定の範囲とする。

3)第2項に定める時間外労働は、労働基準法およびその他の関係法令における時間外労働の上限を超えることはない。

4)満18歳未満の従業員に対しては、原則として時間外労働を命じることはない。

以上(2024年4月更新)
(監修 ひらの社会保険労務士事務所)

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ドラゴンボールはなぜ愛され続けるのか、原作者・鳥山明氏のポリシーが垣間見える一言とは?

だからやっていくうちにキャラクターが勝手に動き出したらしめたもので、意外とこのキャラで行けるかなって

鳥山明(とりやまあきら)氏は、集英社の週刊少年ジャンプ(以下「ジャンプ」)で、「Dr.スランプ」「ドラゴンボール」などの作品を手掛けた漫画家です。どの作品も愛されていますが、特にドラゴンボールは、主人公の孫悟空(そんごくう)が、地球、宇宙、時には死後の世界を舞台に、さまざまな敵と戦う壮大なアクション漫画で、ジャンプでの連載終了から約30年たった今でも、絶大な人気を誇ります。鳥山氏が2024年3月1日に68年の生涯を終えられた際は、日本だけでなく世界中のファンがその早過ぎる死を悼みました。

冒頭の言葉は、鳥山氏がジャンプに連載していた頃の編集担当だった鳥嶋和彦(とりしまかずひこ)氏と対談した際、ドラゴンボールの連載当時を振り返って述べたものです。「ドラゴンボールは先の話を考えず、自分でもワクワクしながら描いているっておっしゃっていましたよね?」と尋ねられた鳥山氏は、「そうだけど、本当はただ先のことを考えるのが面倒臭いだけで……」とおどけながら、冒頭の言葉を言いました。

ドラゴンボールには、主人公である悟空を強さで上回る強敵が度々登場しますが、悟空はそんな強敵と出会うと、むしろワクワクするというキャラクターです。そして、鳥山氏も悟空が最終的にどう強敵に勝利するのか細かく筋道を立てず、自分も同じ敵と戦っているつもりで、その時その時の展開を考えていたようです。一見「行き当たりばったり」のようにも思えますが、それ故多くの読者が予想のつかない展開に魅せられました。

もう1つ、鳥山氏が心掛けていたのが「スピード感」です。ジャンプは週刊連載なので、物語の展開が遅いと読者が飽きてしまいます。複雑な背景などは描写に時間がかかるため、鳥山氏は敵に建物を破壊させて更地にするなどして背景を描く時間を節約し、その分、読者が好きな戦いのシーンに力を注いだそうです。また、悟空は物語の途中で「超(スーパー)サイヤ人」という金髪の戦士にパワーアップしますが、これも白黒漫画の場合、金髪は髪を黒く塗る「ベタ塗り」の作業を省略できるという理由から生まれた発想でした。

鳥山氏のすごいところは、うがった見方をすれば「手抜き」と思われそうなことまでも武器に変え、読者を自分の世界に引き込み続けた点です。ビジネスで競争に勝つためには、いかに自分たちの短所を改善するかが重要ですが、短所がそのまま長所に塗り替わればこれほど心強いことはありません。そして、鳥山氏がこれを成し遂げられた理由は、強敵との出会いにワクワクする悟空と、週刊連載というハードな仕事にワクワクする自分とがうまくマッチしたからでしょう。最近は、頑張ることや無理をすることが敬遠されがちな風潮がありますが、ハードな環境に身を置いてこそ初めて味わえる楽しみもあり、事実、鳥山氏がそれを続けてきたからこそ、ドラゴンボールは今なお世界中から愛されているのです。

出典:「Dr.マシリト 最強漫画術」(鳥嶋和彦 (著)、集英社、2023年7月)

以上(2024年3月作成)

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治療と仕事を両立させるカギは「会社」「社員」「主治医」「産業医等」の4者連携

書いてあること

  • 主な読者:病気になってしまった社員の、治療と仕事の両立支援について知りたい経営者
  • 課題:「会社」は治療のことが、「社員の主治医」は仕事のことがよく分からない
  • 解決策:「会社」「社員」「主治医」「産業医等」の4者が密に連携する

1 治療と仕事の両立で大切な関係者の連携

医療技術が進歩した現代、大抵の病気であれば社員は一定期間の休職を経た後、通院しながら働き続けることができます。ただ、実際に治療と仕事を両立させること(以下「両立支援」)は大変です。なぜなら、

  • 仕事のことは分かるが、治療のことはよく分からない「会社」
  • 治療のことは分かるが、仕事のことはよく分からない「社員の主治医」

の間で、両立支援の方針(休職の要否、復職の可否、就業上必要な措置など)が食い違うことがあるからです。最悪の場合、社員に適切な支援が行えないまま、退職に至ってしまうケースだってあります。

これを防ぐために重要なのは、

「会社」「社員」「主治医」「産業医等」の4者が連携すること

です。「産業医等」とは、産業医または社員数が50人未満の会社で社員の健康管理を行う医師のことです。なお、両立支援については、厚生労働省が運営する情報ポータルサイト「治療と仕事の両立支援ナビ」に参考情報が多く掲載されていますので、こちらも参考にしてください。

■治療と仕事の両立支援ナビ■

https://chiryoutoshigoto.mhlw.go.jp/

2 両立支援を実現する「4者連携」

両立支援のための4者連携は、次の流れで行います。

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1)両立支援の検討に必要な情報の収集

体調が優れなかったり、健康診断の結果に異常があったりした場合、その社員はできるだけ早く医師の診察を受けます。主治医から両立支援が必要と判断されたら、主治医から治療と仕事を両立させる上で必要なことを教えてもらいます。具体的には次の4つですが、主治医がこれらを書き込める書式を用意するのが望ましいです。

  1. 症状、治療の状況(現在の症状、入院や通院治療の要否・期間、治療の内容・スケジュール、通勤や業務に影響し得る症状や副作用の有無・内容)
  2. 退院後または通院治療中の就業継続の可否に関する意見
  3. 望ましい就業上の措置に関する意見(避けるべき作業、時間外労働や出張の可否等)
  4. その他配慮が必要な事項に関する意見(通院時間や休憩場所の確保等)

2)両立支援の申し出、情報の提供

両立支援が必要と判断された社員は、その旨を会社に申し出て、1)で主治医に教えてもらった情報を会社に提供します。ただ、「周囲に心配を掛けたくない」という理由で、両立支援の申し出をしない社員もいるので注意が必要です。

3)治療の状況等に関する情報の収集(産業医等を経由)

社員が主治医に教えてもらった情報だけでは、両立支援を行うのに不十分な場合があります。

主治医の意見書に「一定の配慮の下、就業が可能」という記載があるものの、会社からすると、具体的にどんな配慮が必要なのか分からないケースなど

がそうです。こうした場合、会社は社員本人の同意を得た上で、治療の状況などの情報を主治医から収集します。医学の専門的な知識が必要となるケースも多いので、産業医等が主治医の話を聞くとよいでしょう。

4)就業継続の可否、就業上の措置、治療への配慮に関する意見聴取

会社は、就業継続ができるか、どのような就業上の措置や治療への配慮が必要かなどを産業医等に聴きます。産業医等は、社員の仕事に関する事情に精通しており、労働安全衛生法でも産業医等の健康管理に関する勧告は尊重しなければならないとされています。ですから、

主治医と産業医等の意見が異なる場合、基本的には産業医等の意見を尊重

します。ただし、病気の内容が産業医等の専門外である場合などは慎重な判断が必要です。

5)休業措置、就業上の措置、治療への配慮の検討と実施

会社は、就業を継続させるか否かを決めます。就業を継続させる場合、具体的な就業上の措置、治療への配慮の内容、実施時期などについて検討します。その際、

社員本人からも就業の継続や就業上の措置、治療への配慮などについて要望を聴取

します。一方、就業を継続するのが難しく、休業措置を講じる(休職させる)場合、

休職期間の上限や休職中の賃金などの扱い、職場復帰の手順等について情報を提供

した上で、休職に入ってもらいます。休職に関する基本的な対応(休職発令や職場復帰の可否の判断など)については、次の記事をご確認ください。

以上(2024年4月更新)

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経済評論家、徒然なるままに語る 「2024年度の経済展望はどうなる?」

書いてあること

  • 主な読者:会社の今後を見据えるにあたり、2024年度の経済展望について知りたい経営者
  • 課題:専門的なことを勉強するのも大事だが、まずは大まかに全体的な情報が知りたい
  • 解決策:景気は緩やかに回復しつつ、物価と賃金の好循環が見られると予想される。その他、金融政策や株、ドルの動きなどについてざっくりとイメージをつかむ

1 2024年度の経済展望を“ざっくり”知りたい方へ

春闘で注目される物価高と賃金の動向、それらを踏まえた今後の日銀の金融施策など、2024年度の経済展望が気になっている経営者の方も多いと思います。

政府、日銀、経済研究機関、金融機関など、経済動向に関する情報を届けてくれる先は色々ありますが、多忙な経営者の中には、「数字や専門用語が多い。データが大事なのは分かるが、もう少し端的にイメージがつかめるものはないだろうか」と思っているかもしれません。

そこで、この記事では「経済評論家、徒然なるままに語る」と題して、2024年度の経済展望について“ざっくり”としたイメージがつかめるよう、経済評論家の塚崎公義氏が分かりやすくお伝えします。

2 景気は緩やかに回復

景気は、概ね横ばいながら、方向としては緩やかに回復しつつある、といったところでしょう。日本国内には、景気に影響しそうな要因が見当たりません。財政政策は見込まれませんし、金融政策変更の影響も小さそうです(後述)。

米国経済は、金利高にもかかわらず比較的好調で、「ソフトランディング」しそうですから、日本経済への影響は小さいでしょう。

問題は中国経済です。中国経済は不動産バブル崩壊で相当大きく落ち込んでいるようですが、それ以上に筆者が気になっているのは中国政府が経済よりも政治の安定を志向して企業への統制を強めていることです。そうした中国政府の姿勢を嫌い、海外からの投資が激減するかもしれません。中国人経営者も萎縮して投資を減らすかもしれません。

それにより、中国経済の落ち込みは一層大きくなるでしょうから、中国向けの輸出が減ったり中国進出企業が困ったりしかねません。もっとも、日本にとっては「中国に投資するより日本に投資しよう」という動きがプラスに働く可能性もあります。最大の資源消費国である中国の不況は、世界の資源価格を下落させ、日本経済への恩恵となることも期待されます。

日本の景気に関しては、「少子高齢化で景気の波が小さくなる」ということも重要です。高齢者の消費は安定しているので、高齢者向けの仕事をしている現役の所得も消費も安定しているのです。極端な話、現役全員が介護をしている国では景気変動は無いはずですから。

3 物価と賃金の好循環

少子高齢化は労働力希少を加速します。ちなみに労働力不足という言葉は否定的な語感があるので、この記事では「労働力希少」という表現を用います。労働力希少は経営者にとっては困ったことでも、労働者にとっては良いことですし、省力化投資を促して日本経済を効率化させるという点でも良いことなので。

労働力希少になると、正社員の給料が上がりますが、それ以上に非正規労働者の賃金が上がります。非正規労働者は賃金を上げないと逃げてしまうからです。

これまでは、「値上げをすると客が逃げるから値上げできない。だから賃上げもできない。だから働き手が集まらない」という企業が多かったようですが、どこの企業も同じ悩みを持っているのであれば、皆で値上げをすれば良いのです。

最近になって値上げをする企業が増え、消費者が「値上げ慣れ」し、「値上げしても客が逃げない」と考えた企業が値上げと賃上げに踏み切る例が増えてきました。そうなると、値上げして客に逃げられる企業、賃上げできない企業から賃上げできる企業に労働者が移っていくことになるでしょう。企業経営者にとっては辛いかもしれませんが、日本経済にとっては良いことだと思います。

4 金融政策の影響は小

値上げと賃上げの好循環が定着すると、日銀は金融政策を変更するでしょう。マイナス金利の廃止、長期金利抑え込みの終了、短期金利のプラス化といった順で金融政策が「危機時の緊急避難的政策」から正常化していくのです。

もっとも、その影響は小さいと思われます。景気への影響が小さい理由は、(1)小幅な金利上昇があったとしても、それを理由に設備投資をあきらめる企業は少ないから、(2)景気への悪影響が大きそうなら日銀は金融政策の正常化を急がないはずだから、といったところです。

金融政策の影響は小さいですが、視点を変えて、日銀が金融政策を変更できる程度にまで経済が健全化した、ということは素直に喜んでよいと思います。長い間デフレに苦しんできた日本経済がインフレの時代を迎えたのですから。

一般論としては、金融政策変更は景気より株価や為替レートに大きく影響するのですが、今回は植田日銀総裁が慎重に時間をかけて市場関係者に利上げを織り込ませてきましたから、実際の利上げの時に株価や為替レートが大きく動くという可能性は大きくないでしょう。

5 株高はバブルにあらず

日経平均株価がバブル期の最高値を抜いたことが話題となっていますが、これは現在の株価がバブルであるということではありません。長い時間をかけて日本企業は稼ぐ力を付けてきましたから、企業の利益と株価を比較した「PER」という指標を見ると、当時とは全く異なっていて正常な値になっているのです。

利益の増加に加えて、日本企業の姿勢の変化も株高の要因となっているようです。東証が企業に対して「株価が安すぎる企業は、もっと株主のことを考えて努力してほしい」という趣旨の依頼をしたのを契機として、「企業が株価引き上げ策を講じるだろう」との期待が膨らみ、日本株への投資が活発になっているのです。

もっとも、「だから株価は下がらない」などと言うつもりは毛頭ありません。現在の株価は株価上昇を予想して買い注文を出しているプロと株価下落を予想して売り注文を出しているプロが同数いるから成立しているわけで、筆者ごときが予想できるものではありませんから。

6 ドル高は続くかも

株価は概ね適正なレベルですが、ドルは適正とは言い難いレベルにあります。適正な為替レートというのは、両国の物価水準を概ね等しくするようなレベルのことですが、現在は米国の方が日本よりはるかに物価が高いからです。

本来であれば、日本の輸出企業が大いに輸出を増やして大いに儲ける一方、彼らが持ち帰ったドルを売るのでドルの値段が下がるはずなのですが、最近の日本の輸出企業は「輸出せずに売れる所で作る」ことに熱心なのです。

「今の為替レートが永続すると分かっているなら、日本に工場を建てて大いに輸出するだろう。しかし、仮に数年後に円高になって輸出が困難になったら建てた工場が無駄になってしまう。そんなリスクを冒すくらいなら、売れる場所に工場を建てた方が安心だ」ということのようです。

そこで、近年の貿易サービス収支の基調は概ねゼロ(原油価格次第で黒字になったり赤字になったりする)となっています。貿易等によるドル買いとドル売りが概ね同額なのです。そうなると、「ドルの値段が高すぎるから下がるだろう」と考えるわけには行きません。

経常収支は黒字ですが、その主因は利子配当の受け取りです。受け取った利子配当は現地で再投資される場合も多いので、ドルを安くする要因とは考えない方が良さそうです。

株と同様、プロ同士が売り買いして成立している現在の為替レートですから、筆者ごときが予想をするのは僭越だ、ということで、ドル高は続くかもしれないし続かないかもしれない、とだけ記しておきましょう。

7 倒産は増加するかも

倒産件数は、増加しています。ゼロゼロ融資が返済できない、という例も多いようですが、これは「本来ならばコロナ禍の最中に倒産しているはずだった企業が生き延びていた」というケースも多いでしょうから、均してみる必要があるでしょう。

注目すべきは、賃上げできずに労働者が引き抜かれて倒産する、という事例が増えていきそうなことです。日本経済全体としては、高い賃金を払える効率的な企業に労働者が移るのは良いこととも言えますし、企業に省力化投資を促す要因となれば喜ばしいことなのですが、企業経営者にとっては困難な時期を迎えるということなのでしょう。

読者の中には経営者も多いと思われます。経営努力で労働力を引き抜かれる方ではなく引き抜く方になれば、ライバルが倒産して客が流れてくることも期待できるわけですので、頑張っていただきたいと思います。

以上(2024年3月作成)
(執筆 前久留米大学商学部教授、経済評論家 塚崎公義)

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繁忙期にアイドルの握手会に行く部下の年休取得は認めるべき?

書いてあること

  • 主な読者:“労務の勘所”が分からず、判断に迷うことが多い新任管理職
  • 課題:労務管理は幅広く、1つ1つを学んでいる時間はない
  • 解決策:トラブルになりがちな「残業」「年次有給休暇」「労働災害」「ハラスメント」の4つの基本を押さえる

1 申請がなくても残業になる

1)Aさんの場合

Aさんが勤める会社の就業時間は9時~18時です。ある日、Aさんは私用で定時退社するため、朝礼で「今日、残業する人は17時までに申請するように」と部下に伝えました。17時になっても残業申請はなく、Aさんは定時で退社しました。

翌日Aさんが出社すると、顔をしかめた社長がAさんに話し掛けてきました。

社長:昨夜、Aさんの部下が遅くまで残って仕事をしていたぞ。君が残業を命じたの?

Aさん:いいえ、私は命じていませんし、部下からの申請も受けていません。部下が勝手に残業したのですね。困ったものだ……。

社長:確かに困った部下だ。しかし、君も「困ったものだ」で済ませてはダメだよ。残業申請がなくても労働時間に当たるケースがあるのだから。

2)業務量が多過ぎる場合や残業を黙認している場合は、労働時間に当たる恐れがある

「残業」とは、一般的に、

労働基準法(以下「労基法」)の法定労働時間を超える労働のことで、「時間外労働」と定義されているもの

です。法定労働時間とは、労基法で定められている労働時間の上限のことで、原則として1日8時間、週40時間(休憩時間を除く)です。

会社は本来、この法定労働時間を超えて社員を働かせることはできないのですが、

通称「36(さぶろく)協定」と呼ばれる労使協定の締結・届け出をすることで、36協定に定めた時間数の範囲内で、社員に残業を命じられる

ようになります。実際は、社員が手書きの申請書や勤怠管理システムで残業申請を行い、管理職が内容を確認して残業を命じる(承認する)のが一般的です。

ここまでを聞いて、「社員から残業申請がなく、管理職も残業を命じていなければ残業(労働時間)にならないのでは?」と思った人がいるかもしれませんが、それは誤りです。実は、

残業しないと終わらない量の業務を与えたり、社員が残業をしていることを知りながら放置したりすると、明確に残業を命じていなくても、命じたものとみなされる

というルールがあるのです。これを「黙示の指示」といいます。

3)未申請の残業がまかり通らないよう、管理職から社員に働き掛ける

社員が管理職に黙って残業をするようでは、過重労働を助長しかねません。特にリモートワークでは、社員の状況が分かりにくくなります。もし「残業申請が形骸化し、未申請の残業がまかり通っている」のであれば、いま一度、残業申請を徹底しなければなりません。

また、「自分の業務が滞っていることを管理職に知られたくない」ので残業申請をしない社員もいます。こうした社員には、管理職が定期的に業務の進捗を確認し、「今日は◯時間残業してくれ」「今日は定時で上がってくれ」などと指示をするとよいでしょう。

2 年次有給休暇は社員が求める時季に与えるのが基本

1)Bさんの場合

Bさんの部下が、「今週の金曜日に年休を取得したい」と言ってきました。推しのアイドルの握手会に行くようです。Bさんが「この忙しいときに、そんな理由は認められない!」と叱ると、部下は落ち込みながら席に戻りました。

その日の昼、Bさんが休憩を取っていると社長が話し掛けてきました。

社長:アイドルの握手会に行くために年休を申請した部下を叱ったそうだね。なぜかな?

Bさん:私の部署は今が一番忙しくて、1人でも欠けると業務に支障が出ます。それなのに、アイドルだなんて……。

社長:気持ちは分かるが、年休は取得理由に関係なく与えるものだ。業務に支障が出るのなら、部下には違う対応をすべきだったね。

2)業務に支障が出る場合は、その旨を部下に伝えて年休の取得時季を変更する

年休は、入社後6カ月以上勤務し、なおかつ全労働日の8割以上出勤した社員に与えられます。

正社員の場合、年休の付与日数は次の通りです。

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注意しなければならないのは、年休をどのように利用するかは社員の自由であり、

原則として取得理由によって年休取得の可否を決めることはできない

ということです。休暇申請書に休暇の取得理由を記入する欄を設けているケースでも、年休の場合は取得理由の記載は任意であり「私用のため」といった程度で有効です。なお、「私用のため」などの抽象的な理由が記載されていた場合に、上司が部下に有給取得の具体的な理由を口頭で尋ねることは、場合によってはハラスメントに該当し得るので注意が必要です。

また、原則として、社員は申請した時季に年休を取得できます。ただし、例外として、

社員が申請した時季に年休を与えると会社の事業運営に支障が出る場合に限り、年休の取得時季を変更することができる

というルールがあります。これを「時季変更権の行使」といいます。

3)時季変更権の行使は慎重に判断し、確実に年休を取得させる

過去の裁判では、「1人の欠務者も許容できないほど員数の余裕がなかったわけではない」ことなどから、時季変更権の行使が無効となった例もあるため注意が必要です(横手郵便局事件 秋田地裁昭和61年1月31日判決)。

また、会社は

年10日以上の年休が付与される社員(正社員など)について、年5日の年休を時季を指定して取得させる義務

があります。会社の方針などを確認しながら、「1日単位の年休に比べて取得がしやすい半日単位の年休の取得を勧める」「年度初めなどに各社員に年休を取得する日を決めさせる」など、年休の取得が滞らないよう注意しましょう。

3 通勤途中のけがでも労災になるとは限らない

1)Cさんの場合

Cさんの部下が顔に絆創膏(ばんそうこう)を貼っていました。理由を聞くと、昨日、会社から帰宅する途中に転倒したとのこと。「労災になりますよね?」と部下に聞かれましたが、Cさんは確信が持てません。

周囲に労務に詳しい人がいないため、Cさんは思い切って社長に尋ねました。

Cさん:社長、私の部下が会社からの帰宅途中に軽いけがをしました。これは労災ですか?

社長:その部下がけがをした状況によるな。寄り道をせず直接自宅に帰ったのかな?

Cさん:いえ。映画館に立ち寄り、劇場内でステップにつまずいて転倒したそうです。映画館は通勤経路の途中にあるのですが……。

2)「合理的な経路の逸脱」「移動の中断」があると、労災に当たらない可能性が高い

「労災」(労働災害)とは、「業務上の事由または通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等」のことです。労災のうち、

  • 業務上の事由による労災を「業務災害」
  • 通勤による労災を「通勤災害」

といいます。

社員が労災に遭った場合、所定の手続きを行うと、労災保険の給付を受けられます。例えば、「療養(補償)給付たる療養の給付請求書(下記URLからダウンロード可能)」を、労災保険の治療に対応した「労災指定医療機関経由」で所轄労働基準監督署に提出すると、無料で治療や薬剤の支給を受けられます(通勤災害の場合は、一部負担金として原則200円が徴収されます)。

■厚生労働省「労災保険給付関係請求書等ダウンロード」■

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/rousaihoken.html

さて、帰宅途中に被災したCさんの部下の事案が、通勤災害に当たるか否かを見ていきます。まず、通勤災害が成立するのは、

「1.自宅と就業場所との間」「2.就業場所と他の就業場所との間」「3.帰省先と単身赴任先との間」のいずれかを、合理的な経路・方法で移動していて被災した場合

です。ただし、

  • 合理的な経路を逸脱する(通勤上、不要な遠回りなどをする)
  • 移動を中断する(通勤と関係ない行為をする)

といった場合、逸脱・中断の間とその後の移動は、原則として通勤とはみなされず、その間に被災しても通勤災害には当たりません。映画館が通勤経路上にあったとしても、映画を観るために通勤を中断しているため、労災認定されない可能性が高いです。

3)逸脱・中断があっても労災として認められる例外がある

逸脱・中断の間とその後の移動は、原則として通勤とみなされません。ただし、次のいずれかに該当する場合は、逸脱・中断の後の移動については通勤とみなされます。

  • 日用品の購入等(惣菜等の購入、クリーニング店への立ち寄りなど)
  • 公共職業能力開発施設での職業訓練等
  • 選挙権の行使等
  • 病院・診療所での診察・治療等要介護状態にある配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹、配偶者の父母の介護(継続的にまたは反復して行われるものに限る)

労災に当たるか否かの判断は複雑な面があるため、自身の判断に不安がある場合は、所轄労働基準監督署に確認するようにしたほうがよいでしょう。

4 パワハラの境界線として「業務上適正な範囲」を知る

1)Dさんの場合

Dさんとその部下は商品パンフレットの制作担当です。部下は誤字・脱字などのミスが多く、配属から1年たっても改善しません。耐えかねたDさんが「同じミスを繰り返すな!」と叱ると、部下は「一方的に怒るのはパワハラだ!」と、出ていってしまいました。

Dさんは、思い切ってこのことを社長に相談してみました。

Dさん:社長、部下の仕事ぶりを注意したら、パワハラと言われてしまいました……。

社長:業務上適正な範囲なら、本人が不満に感じてもパワハラにはならないよ。君はその部下を他の社員の前で、長時間叱ったかい?

Dさん:いえ、私の部署は私と部下の2人だけです。それに一言注意しただけです。

2)業務上必要な指導であれば、パワハラにはなりにくい

「パワハラ」(パワーハラスメント)とは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる行為です。厚生労働省では、パワハラの類型として次の「パワハラの6類型」を示しています。

  1. 精神的な攻撃:侮辱、暴言など精神的な攻撃を加える
  2. 過大な要求:遂行不可能な業務を押し付ける
  3. 人間関係からの切り離し:仲間外れや無視など個人を疎外する
  4. 個の侵害:個人のプライバシーを侵害する
  5. 過小な要求:本来の仕事を取り上げる
  6. 身体的な攻撃:蹴ったり、殴ったり、体に危害を加える

「業務の適正な範囲」とは、管理職などが、職位・職能に応じて、業務上必要な指揮監督や教育指導を行うことです。会社の商品パンフレットの品質を損なわないための指導は、管理職がその職責を果たすための行為といえます。

ただし、そのやり方(言動)には注意が必要です。例えば、

部下を指導する過程で管理職の感情がヒートアップして、「こんな仕事なら新入社員でもできる」と暴言を浴びせてしまう

といったケースです。こうした場合、管理職に悪意がなくても、その言動は「精神的な攻撃」などに該当し、パワハラとなる恐れがあります。

3)部下が萎縮し過ぎないよう、コミュニケーションにも配慮する

管理職が特に注意すべきなのは、

部下からパワハラと言われることを恐れて、本来すべき指導ができなくなってしまうこと

です。そのため、日頃から部下に対して「業務上必要があれば指導を行う」という姿勢を徹底することが大切です。

一方、管理職の「自分の指導は正しい」という思いが強過ぎると、部下は萎縮して本音を話しにくくなってしまいます。厚生労働省ウェブサイトでは、上司が部下との相互尊重を実践するためのスキルとして、

  1. 事実ベースで100%褒めて、一緒に喜ぶ(できたことはできたと褒める)
  2. 事実で叱り、解決策は情報共有(何が問題かを事実で指摘し、解決策を社内共有する)
  3. メンツを気にせず部下に謝る(上司がミスをした場合は、取り繕わずに謝る)
  4. 権限委譲する(一度部下に仕事を任せたら、途中で口出ししない)
  5. 逆「ホウレンソウ」する(上司が部下に対して報告や相談をする)

の5つを紹介しているので、コミュニケーションの参考にするとよいでしょう。

■厚生労働省あかるい職場応援団「言い方ひとつで変わる会話術(第5回)」■

https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/manager/conversation-technique/c5

以上(2024年4月更新)
(監修 弁護士 田島直明)

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