日常点検を行いましょう!(2023/7号)【交通安全ニュース】

活用する機会の例

  • 月次や週次などの定例ミーティング時の事故防止勉強会
  • 毎日の朝礼や点呼の際の安全運転意識向上のためのスピーチ
  • マイカー通勤者、新入社員、事故発生者への安全運転指導 など

自動車の故障は1年の中で7月頃から増える傾向があります。

皆さんは日常点検を適切に実施していますか?

自動車は精密機械です。走行距離や時間の経過に伴って部品の摩耗や劣化が進みます。日常点検を怠っていると、運転中に故障やトラブルが生じ、交通渋滞や交通事故を誘因するおそれがあります。

今月は、自動車の日常点検について再確認してみましょう。

日常点検を行いましょう!

1.故障の発生状況

自動車の故障の発生件数は、6~7月から増え始め、12~1月にピークを迎えます。※

特に、ゴールデンウィークやお盆、年末年始などの連休にはロードサービスの救援要請が増加します。

ロードサービス救援件数

出典:一般社団法人日本自動車連盟(JAF)「ロードサービス救援 データ」から当社作成

※夏季は路面温度が上昇しタイヤに負荷が掛かったり、夏季にバッテリーを酷使して冬季にトラブルが生じたりすることが要因と考えられます。

故障の発生状況

国土交通省「令和4年度路上故障の実態調査結果」から当社作成

国土交通省の統計データで路上故障(一般道路)の故障部位をみると、「タイヤ」と「バッテリー」の割合が高く、この2つで全体の約6割を占めています。

タイヤの故障原因としては、空気圧不足やパンク、バーストなどがあげられ、バッテリーの故障原因としては、ライト類の長時間使用などによる過放電や破損、劣化などがあげられます。

運転中に発生するこれらのトラブルの多くは、日常点検をしっかりと行っていれば回避することが可能です。

故障経験

当社調べ「あなたは過去にお車が故障し自走不能となった経験がありますか?
(事故による故障の場合を除きます)」への回答結果
(2022年5月実績 回答者数:2,421名)

実は、3人に1人が故障を経験しています!

エンジン故障など修理費が高額になることもあります。

自走不能の場合はレッカー費用もかさみます。

2.日常点検のキホン

日常点検整備の実施は、ユーザーの義務として法令(道路運送車両法47条の2)に定められています。自家用乗用自動車の場合は、日頃、自動車を使用している中で、走行距離や運行時の状態などから判断した適切な時期に点検を行う必要があります。

【「日常点検項目チェックシート」の紹介】

自動車に安全に乗るためには欠かせない日常点検ですが、自家用乗用自動車の場合、エンジンルーム5項目、クルマの周り4項目、運転席6項目(全部で15項目)をチェックする必要があります。

「日常点検項目チェックシート」を活用して効率的に日常点検を実施しましょう。

日常点検項目チェックシート

日常点検項目チェックシート(上図参照)

出典:国土交通省「自動車の点検整備」
https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha/tenkenseibi/tenken/t1/t1-2/

※日常点検で、もし少しでも「変だな」と感じたら、整備工場などで点検整備を受けてください。

<タイヤのトラブル回避>

高速で走行中にパンクやバーストが発生すると非常に危険です。また高速道路などの路肩でのタイヤ交換は追突されるなどの危険が伴います。

運転の前には、タイヤの空気圧、亀裂・損傷の有無、溝の深さ(スリップサイン)をしっかりチェックしましょう。

タイヤのトラブル回避

<バッテリーのトラブル回避>

バッテリーがあがる前にはランプ類が暗くなったり、エンジン始動の際のモーターの回転がスムーズでなくなったりします。

バッテリーの寿命を意識して日頃のバッテリー液の点検をしっかり行いましょう。

バッテリーのトラブル回避

3.日常点検の励行

日常点検を励行すれば、不具合を早期に発見・修理することができ、次のメリットが期待できます。

  • 交通事故防止(予期せぬトラブルや不測の事故の発生を未然に防げます)
  • 出費の抑制(長期的にはメンテナンス費用が少なくなり、自動車の寿命も延伸できます)
  • 環境保全(燃費の改善により地球温暖化の原因であるCO2の削減につながります)

※「エコドライブ10のすすめ」の項目(8.タイヤの空気圧から始める点検・整備)になっています。

日常点検をしっかりと行い、安心・安全かつ快適な運転を心がけましょう!

以上(2023年7月)

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画像:amanaimages

【海外展開の手引(6)】お手本にしたい他社の成功事例集

書いてあること

  • 主な読者:販路拡大や生産コスト削減などのために、海外展開を検討している経営者
  • 課題:海外展開を成功させるための秘訣を知りたい
  • 解決策:海外展開に成功した他の中小企業の事例を参考にする

1 他社の成功事例を知ることも大事な情報収集

海外展開を検討する際、現地のリスクの把握や市場調査の他に、収集すべき情報として、

先行した他社の成功事例

があります。理論や数字などから海外展開の成功ポイントを知るだけでなく、実際の成功事例を参考にすることで、検討すべき課題がより明確になるはずです。

この記事では、日本貿易振興機構(以下「ジェトロ」)「ジェトロ活用事例」、新輸出大国コンソーシアム「海外展開成功事例集」、中小企業基盤整備機構(以下「中小機構」)「中小企業の海外展開入門」などの資料や、各社ウェブサイトなどを基に、中小企業の海外展開事例を紹介します。なお、各機関の資料で紹介されている事例については、各資料作成時点のものです。

2 中小企業の海外展開における成功事例

1)オンライン商談を活用して販路開拓した事例:翠華園 谷村弥三郎商店(奈良県)

翠華園 谷村弥三郎商店は、茶せんなどの茶道具を製造販売しています。

同社は2020年に海外への輸出に取り組み始めました。まずは茶道具の海外ユーザーを増やすために、SNSのInstagram(インスタグラム)を活用し、茶道具の魅力や工房の様子などを発信したところ、ダイレクトメッセージで引き合いがくるようになったといいます。

そして、ジェトロが主催するオンラインカタログサイト「JAPAN STREET」に登録したことで、米国のバイヤーとの取引が成約し、ニューヨークのセレクトショップで販売されるようになりました。

取引が成約に至った決め手は、オンライン商談でした。バイヤーが顧客にも茶せんの価値や魅力を伝えられるよう、スマートフォンを使って実物を見てもらいながら、商品の背景にあるストーリーを説明したことが奏功したといいます。

具体的には、原料となる竹を見てもらいながら素材へのこだわりを説明。さらに、実際に工房で職人が手作業で茶せんを作る様子を映しながら製造工程を紹介することで、商品の価値と魅力を伝えることができたそうです。

2)越境ECサイト内のSNSを活用してリピーターを増やした例:Earthink(兵庫県)

Earthinkは、食品や雑貨の企画製造・販売などを行っており、食品の国内外への通販事業にも携わっています。2015年からは、米国のECモールAmazon.comに「Japan Village」を出店し、うなぎのかば焼きなど日本のこだわり食品を販売しています。

ECモール内で自社の販売する商品を見つけてもらうために試行錯誤する中、同社は2021年にジェトロとAmazonが日本の事業者の商品を特集するストア「JAPAN STORE」に参加しました。事業で提供されるウェビナーや講座からSEO対策や広告運用などのノウハウを得て、売り上げの増加につながったといいます。

また、ウェビナーをきっかけに、Amazon内のSNS「POST」への投稿に力を入れるようになりました。POSTではセールス色を抑え、販売している食品の用途やレシピ、商品の魅力や背景にあるストーリーの他、日本の文化など、より日本を身近に感じてもらう投稿を行いました。その結果、フォロワーや購入リピーターが増えたといいます。また、Amazonのイベント前や販促を強化したい商品があるときに集中的に投稿を行うことで、露出がさらに増えたそうです。

3)技能実習生を活用して現地進出を果たした事例:アーキテック(高知県)

アーキテックは建造物の防水加工や内装工事を行っています。同社はミャンマーで建築資材の防水加工を専門に行う企業がないことを知り、ミャンマーへの進出を考えるようになったといいます。

2017年に現地法人を設立後、新輸出大国コンソーシアムの支援を受けて、本格展開の準備を進めました。コンソーシアムの専門家からは、現地の法律や、ASEANでの商習慣などの助言を受けました。コンソーシアムの専門家の助言を受けて日系ゼネコンなどへのPR活動を行った結果、2018年11月から工業団地の工場の外壁工事や、ヤンゴン市内の学校およびホテルの工事の一部を受注できるようになったといいます。

人員体制の整備については、技能実習生として2015年から日本の本社で受け入れていたミャンマー人を活用しました。技能実習生としての勤務経験があるスタッフを雇用し、現地採用の人材の指導に当たってもらうことで、20人規模の運営体制を構築したといいます。元技能実習生を現地で雇用したことは、日本にやって来る技能実習生にとっても、やる気を引き出す効果があったようです。

4)特許戦略で海外展開の足掛かりを築いた例:アイマックエンジニアリング(東京都)

アイマックエンジニアリングは、プラント用機械の設計・製作を行っており、工場内で製作したユニットを現地で据え付けるだけで建設可能な新工法のノウハウを持っていることが強みです。

同社は2019年度に、新工法のノウハウを武器に、国内メーカーだけでなく海外メーカーとの取引も行うことを目指して、知的財産を活用した中小企業の海外展開をサポートする経済産業省の「戦略的知財活用型中小企業海外展開支援事業」に応募し、採択されました。

当初はライセンス供与による海外メーカーとの取引を計画しましたが、中小機構のアドバイザーと検討した結果、周辺特許を多数権利化する必要があることなどが判明し、PCT出願(国際特許出願)を行うことにしました。PCT出願は、特許協力条約(PCT)への加盟国の1カ国に、統一された出願書で特許を出願すると、全ての加盟国に特許出願したことになるものです。

2020年12月に日本での特許の権利化を達成し、2021年度までにアジアや欧米の9カ国で権利化の手続きを開始しました。同社は特許の権利化を足掛かりに、今後は海外展開を進めていく方針といいます。

3 海外展開の成功事例に関する情報源

1)ジェトロ「ジェトロ活用事例」

ジェトロでは、目的、分野、海外展開先などから、海外ビジネスの成功事例を検索できるようにしています。

■ジェトロ「ジェトロ活用事例」■

https://www.jetro.go.jp/case_study/

2)新輸出大国コンソーシアム「海外展開成功事例集」

ジェトロのウェブサイトでは、ジェトロが事務局を務める新輸出大国コンソーシアムによる支援を活用した、58社の事例を紹介しています。

■ジェトロ「新輸出大国コンソーシアム『海外展開支援活用事例集』をウェブサイトで公開」■

https://www.jetro.go.jp/news/releases/2022/0f885ee3faef4a45.html

また、同じく新輸出大国コンソーシアムを活用して海外展開に成功した、100社の事例も紹介しています。

■ジェトロ「新輸出大国コンソーシアム『海外展開成功事例集』をウェブサイトで公開」■

https://www.jetro.go.jp/news/releases/2019/48c3ea6f0bbe6a95.html

3)中小企業基盤整備機構「中小企業の海外展開入門」

中小企業基盤整備機構では、中小企業による「海外進出の取り組み事例一覧」をウェブサイト上で掲載しています。また、「事例集(中小企業庁編)」では、全国の中小企業支援機関による支援を受けて、海外展開を果たした事例を紹介しています。

■中小企業基盤整備機構「中小企業の海外展開入門」■

https://j-net21.smrj.go.jp/special/overseas/

4)国際協力機構「採択事業検索」

国際協力機構(JICA)では、中小企業への海外展開支援事業に関して、対象国、スキーム、公示年度などから過去の案件事例を検索できるようにしています。

■国際協力機構「採択事業検索」■

https://www2.jica.go.jp/ja/priv_sme_partner/index.php

5)日本商工会議所/東京商工会議所「ヒラケ、セカイ2」

日本商工会議所および東京商工会議所では、2018年1月に中小企業の海外展開事例集「ヒラケ、セカイ2」を発行しました。2016年10月に発行した第1弾に続く電子冊子で、16社の事例を紹介しています。

■日本商工会議所/東京商工会議所「ヒラケ、セカイ2」■

http://www.tokyo-cci.or.jp/page.jsp?id=112735

6)工業所有権情報・研修館 知財総合支援窓口「支援事例」

工業所有権情報・研修館では、ウェブサイト「知財総合支援窓口」において、知財面における「支援事例」を紹介したページの中で、代表的な海外展開支援事例を紹介しています。

■工業所有権情報・研修館 知財総合支援窓口「支援事例」■

https://chizai-portal.inpit.go.jp/supportcase/02.html#supportcase04

以上(2023年6月更新)

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画像:unsplash

「室温は18度以上28度以下」など、御社のオフィス環境が法定基準を満たしているかを確認!

書いてあること

  • 主な読者:リモートワークをやめ、オフィス勤務を復活させている経営者など
  • 課題:法改正の関係で、オフィス環境が法定基準を満たさなくなっている恐れがある
  • 解決策:特に2022年に法改正のあった「照明」「トイレ」「洗面設備等」「休養室・休養所」「休憩設備」「救急用具」「室温」「作業環境測定」のルールを確認する

1 リモートワークをやめた会社は2022年の法改正に注意!

コロナ禍で広まったリモートワークですが、最近はオフィス回帰の動きが広まっています。その場合に注意が必要なのは、労働安全衛生法とその関係法令で定められている「オフィス環境の衛生基準(以下「法定基準」)」です。

会社は「照明の明るさ」「トイレの数」などについて、法定基準を守らなければならないのですが、図表1の通り、2022年(4月と12月)にルール変更があった関係で、知らないうちに法令に違反している可能性があるのです(違反は努力義務の場合を除き、6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金)。

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以降で、図表1のそれぞれの項目について法令上のルールを紹介するので、今のオフィス環境に不安がある場合は確認してみてください。

2 照明

照明は、社員の作業内容に応じた「照度(照明の明るさ)」が法定基準を満たすようにしなければなりません(義務)。照度は、光の量を表す「ルクス」という単位で表され、照度計で測定できます。作業場所はルクスが高いほど明るく、低いほど暗くなります。

2022年12月1日からは、社員の作業内容と、作業内容ごとに満たすべき照度の基準が次のように変更されています。

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パソコン操作・計算などの「精密な作業」と電話応対などの「普通の作業」が「一般的な事務作業」に統合され、資料の袋詰めなど文字を読む必要のない「粗な作業」が「付随的な作業」に名称変更されました。作業に必要な照度も引き上げられているので注意が必要です。

オフィスの照明・採光は、図表2の基準の照度を満たした上で、「明暗の対照が著しくなく、かつ、まぶしさを感じさせない方法」とされています。

  • まぶしいと感じる場合は、照明を明るさの調節ができるものに変える、カバーのついた照明に変える、
  • 暗すぎる場合は、テーブルライトを設置する

などの対策が必要です。また、オフィス全体の照度は基準通りでも、パーテーションで作業スペースが暗くなるといったケースでは、基準を満たさなくなる恐れがあるので注意しましょう。

3 トイレ

トイレは、社員の性別や人数に応じて、次のように設置しなければなりません(義務)。

  • 男性用トイレ(大):男性社員60人までにつき1個以上
  • 男性用トイレ(小):男性社員30人までにつき1個以上
  • 女性用トイレ:女性社員20人までにつき1個以上

また、2022年4月1日からは、「独立設置型のトイレ」に関するルールが新設されました。

独立設置型のトイレとは、プライバシーが保護され、社員が性別などに関係なく利用できる、完全個室のトイレのこと

で、具体的には次の基準を満たすものをいいます。

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独立設置型のトイレを設置すると、そのトイレ1個につき、会社の男性社員と女性社員を、実際の人数よりも10人ずつ減らしてカウントすることができます。例えば、男性社員が70人いる場合、独立設置型のトイレを1個設置することで、男性社員は60人(70人−10人)としてカウントされ、会社が設置しなければならない男性用トイレの数が次のように変わります。

  • 通常:男性用トイレ(大)2個以上、男性用トイレ(小)3個以上
  • 独立設置型のトイレを設置:男性用トイレ(大)1個以上、男性用トイレ(小)2個以上

ただ、このルールは、会社が建物の都合上、トイレを男女別に設置できないケースなどに対応するためのものなので、法定基準を満たすからといって、今ある男性用・女性用トイレの数を減らしてスペースを節約するといったことはできません。

また、独立設置型のトイレを設置する場合、トイレは男女共用になり、重い持病や障害がある社員も使うことが想定されますから、次のような事項についても検討する必要があります。

  • 手洗い設備(トイレ内に設けるのが基本)
  • 消臭や清潔を保つマナー
  • サニタリーボックスの管理方法
  • 盗撮や侵入などの犯罪を防ぐ方法(非常用ブザーの設置など)
  • 体調が悪くなったときの措置(マスターキーを使って外部からの解錠を可能にするなど)

4 洗面設備等

会社は社員数に関係なく、社員が顔を洗える洗面設備を設置しなければなりません。加えて、業務上、社員の服が汚れたり、濡れたりすることがある場合は、更衣室やシャワー設備、乾燥機などを設置しなければなりません(義務)。

また、2022年4月1日からは、社員が更衣室やシャワー設備を、性別に関係なく安全に使えるよう、プライバシーに配慮することが会社に求められるようになりました。プライバシー保護の基本的な考え方は、前述した独立設置型のトイレと同じです。

5 休養室・休養所

休養室・休養所とは、体調が悪い社員や生理中の女性社員が横になって休むことのできる場所のことです。部屋の場合は「休養室」、施設の場合は「休養所」といいます。会社は、

社員が50人以上または女性社員が30人以上いる場合、休養室・休養所を「男女別」に設置

しなければなりません(義務)。

また、2022年4月1日からは、オフィスの空いているスペースを臨時の休養室として使う場合などに、社員がすぐに利用できる体制を整えることが求められるようになりました。例えば、

社員が体調不良を訴えたら、すぐに折りたたみ式のベッドを出せるようにする

といった具合です。また、社員が安心して休めるよう、プライバシーと安全に配慮することが求められるようになりました。例えば、

  • 入口や通路から直視されないように目隠しを設ける
  • 関係者以外の出入りを制限する
  • 緊急時に安全に対応できるよう、救急用具を揃えておく

といった具合です。

6 休憩設備

休憩設備とは、社員が食事をしたり、休憩したりするための場所です(設置は努力義務)。設置に関する具体的な基準は特にありません。

ただし、2022年4月1日から「休憩スペースの広さや設備内容については、衛生委員会などで調査審議・検討するのが望ましい」旨が示されたので、衛生委員会がある社員数50人以上の会社などは認識しておいたほうがよいでしょう。例えば、「同じタイミングで休憩する社員が多い場合、今の休憩設備は窮屈でないか」などについて確認してみましょう。

7 救急用具

会社は、負傷した社員の応急手当に必要な救急用具を備えて、清潔に保たなければなりません(義務)。救急用具の品目については、以前は最低でも

  1. 包帯・ピンセット・消毒薬
  2. 火傷薬(業務上、火傷の恐れがある場合)
  3. 止血帯、副木、担架等(業務上、重傷者が出る恐れがある場合)

の3つを用意することが義務付けられていたのですが、2022年4月1日からは具体的な品目が削除され、各社が想定される事故などに応じて必要な品目を準備することになりました。

ホワイトカラーの会社でも、はさみやカッターによるけが、階段での転倒などが起こり得るので、救急用具は必需品です。一概には言えませんが、包帯・ピンセット・消毒薬などの他、感染予防のためのマスク・ビニール手袋・手指洗浄薬などを用意しておく必要があるでしょう。

また、救急用具の保管場所や使用方法、応急手当後の対応ルール(医療機関への搬送など)については、あらかじめ社内で共有しておきましょう。

8 室温

会社には、空調設備(エアコンや加湿器など)がある部屋の室温を、法令で定める基準に設定することが求められています(努力義務)。

2022年4月1日からは、室温に関する努力目標値が次のように変更されています。

  • 法改正前:17度以上28度以下
  • 法改正後:18度以上28度以下

9 作業環境測定

オフィスに中央管理方式の空調設備がある会社は、原則2カ月以内に1回、次の項目に関する作業環境測定をし、その記録を3年間保存しなければなりません(義務)。

  • 一酸化炭素・二酸化炭素の含有率(原則、検知管方式の測定器で測定)
  • 室温・外気温(0.5度目盛の温度計で測定)
  • 相対湿度(0.5度目盛の乾湿球の湿度計で測定)

このうち、一酸化炭素・二酸化炭素の含有率の測定については、検知管方式と同等以上の性能がある場合、他の測定器の使用も認められています。2022年4月1日からは、具体的な測定器の例として次の2つが示されています。

  • 一酸化炭素の場合:定電位電解法を用いる測定器
  • 二酸化炭素の場合:非分散型赤外線吸収法(NDIR)を用いる測定器

なお、作業環境測定に必要な機器は、各都道府県の産業保健総合支援センターなどで貸し出している場合があります。また、自社で行うのが難しい場合は、「作業環境測定士」に依頼することもできます。

以上(2023年6月更新)
(監修 社会保険労務士 志賀碧)

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画像:pexels

【オーナー企業の事業承継(8)】資産管理会社を活用した事業承継対策

書いてあること

  • 主な読者:事業承継を検討している中小企業の経営者
  • 課題:後継者の負担を減らす手法を知りたい
  • 解決策:持株会社または不動産管理会社といった資産管理会社を活用した自社株式の移転方法

1 事業承継に伴う間接的な資産の移転

事業承継に伴う自社株式や不動産などの資産の移転は、相続や贈与により後継者に直接移転する方法の他に、いわゆる「資産管理会社(持株会社または不動産管理会社)」を活用して、間接的に後継者に移転する方法もよく使われます。

「資産管理会社(持株会社または不動産管理会社)」を活用して資産の移転をする場合の効果や留意点を認識し、自社に合った対策案として検討してみてください。

2 持株会社を活用した事業承継対策

1)持株会社とは

持株会社とは、

他の株式会社を支配する目的を持って、その被支配会社の株式を保有する会社

をいいます。なお、支配を本業とする持株会社を「純粋持株会社」といい、別途、本業を持ちながら他の会社を支配する持株会社を「事業持株会社」といいます。

2)持株会社活用の流れ

持株会社活用の流れは次の通りです。

  1. 後継者の出資により持株会社を設立する
  2. 持株会社が金融機関などから資金調達する
  3. 株式を持株会社に譲渡する

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なお、持株会社移行後の全体像は次の通りです。

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3)持株会社へ移行する際のポイント

1.自社株式の買取価額

持株会社が自社株式を買い取る価額は「時価」となります。利益が相反する純然たる第三者との間の取引では、お互いの合意価額が「時価」になりますが、同族関係者間の取引の場合には、自分たちに都合の良い取引価額を決められる可能性があるため、原則として純資産価額を基に「時価」を算出します。なお、純資産価額の計算式は次の通りです。

純資産価額=会社の資産(時価評価額)-負債(時価評価額)

2.オーナーは確定申告が必要

非上場会社の株式を譲渡したオーナーは、「株式譲渡益」に対して譲渡所得税等(20.315%)を負担する必要があるため、譲渡した年の翌年3月15日までに確定申告をする必要があります。なお、株式譲渡益の計算式は次の通りです。

株式譲渡益=譲渡代金-取得費用(出資金額など)

4)持株会社活用のメリット

1.非上場株式が現金化できる

オーナーにとっては売却が難しく、換金性の乏しい自社株式を現金化することができます。併せて換金した現金を活用して、将来の相続税の納税資金に充てることで、納税問題も解決することもできるため、自社株式の時価評価額が高い場合や、社長の保有する財産の中での自社株式の占める比率が高い場合には効果があります。

2.いわゆる「争続」問題を回避できる

後継者がオーナーの子どもなどの相続人である場合、相続を待つことなく、事前にオーナーの意向に沿ったかたちで、後継者に法的な経営権を譲ることができます。

後継者にとっては、将来的な自社株式に関わる相続税の負担や遺産分割問題の心配がなくなり、経営に専念することができます。もし、後継者が自社株式を相続で引き継ぐことを前提に経営を引き継いだ場合には、「相続税負担を抑えたい」という思いと、「業績の向上による自社株の時価評価額の上昇(相続税負担の増加)」という矛盾を抱えて経営することになりかねませんが、こうした問題も解決できます。

また、オーナーの相続財産から自社株式を分離することで、結果的に相続人間の争い(争続)を回避することもできるため、収益力が高く、今後も自社株式の評価額が上昇していく見込みのある法人や、オーナーの相続人が複数存在する法人には効果的です。

3.後継者の保有株式の評価額の上昇を抑制できる

持株会社の純資産価額は計算上、保有資産の時価が取得時の価額(帳簿価額)を上回る場合、いわゆる「含み益」のある保有資産の評価は、法人税相当額37%を控除することが認められています。

含み益のある保有資産の計算式およびイメージは次の通りです。

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従って、社長と後継者間で直接自社株式を売買して後継者が直接保有する場合に比べて、資産管理会社を通じて自社株を保有するほうが、その純資産価額の評価は低くなり、後継者が将来的に直面する自身の相続財産の評価額の上昇を抑制することができます。そのため、収益力が高く、今後も自社株式の時価評価額が上昇していく見込みの法人には効果があります。

ここで、事例を使って自社株式を個人保有した場合と持株会社を活用した場合の自社株式の評価額を比較してみます。個人保有した場合と持株会社を活用した場合の比較例および比較表は次の通りです。

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5)持株会社へ移行する際の留意点

1.持株会社設立、運営のコスト

持株会社を新会社として設立する場合は、登録免許税などの登記費用が必要となります。また、毎期、法人税等の確定申告が必要となるなどの管理コストに加えて、所得が発生する場合は、法人税等の納税に係る負担が発生します。仮に所得が発生しない場合でも、資本金等の額に応じた法人住民税均等割額の負担が発生します。

2.資金調達、返済の検討

持株会社は、自社株式を購入するための資金を準備する必要があります。また、銀行などの金融機関から資金を調達する場合は、その返済方法(返済資源)を検討しなければなりません。

事業会社の配当金を返済資源にする場合は、「受取配当等の益金不算入」規定などの適用を受け持株会社の法人税負担を抑制したり、あるいは持株会社に収益不動産を保有させたりして収益力を確保する必要があります。

3.自社株式の譲渡に関わる税負担

前述のように、自社株式を譲渡したオーナーは、譲渡代金から取得費用を差し引いて譲渡益が生じた場合は、その譲渡益に対して譲渡所得税等(20.315%)を申告、納税する必要があります。

また、時価以外での譲渡が行われた場合は、譲渡価額と時価との差額について、追加的な税負担が発生するケースもあるので注意が必要です。

3 不動産管理会社を活用した事業承継対策

1)不動産管理会社とは

不動産管理会社とは、

オーナーが所有している賃貸不動産などを購入し、その賃貸不動産などの管理や保有を主な事業とする会社

をいいます。

オーナー自身で経営する事業会社に事業用の不動産を貸し付けている場合は、承継後の経営をスムーズに行えるようにするため、原則、その事業会社が使用している資産を自社株式と同様に、後継者に承継する必要があります。

2)不動産管理会社活用の流れ

不動産管理会社活用の流れは次の通りです。

  1. 後継者の出資により不動産管理会社を設立する
  2. 不動産管理会社が金融機関などから資金調達する
  3. 賃貸用不動産を不動産管理会社に売却する

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なお、不動産管理会社への売却後の全体像は次の通りです。

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3)不動産管理会社へ売却する際のポイント

1.不動産の売買価額

オーナーが賃貸用不動産を売却する価額は「時価」となります。この場合の時価には実務上、市場の実勢を反映した専門家による評価額として、「不動産鑑定士による鑑定評価額」を利用するケースが多くあります。

2.オーナーは確定申告が必要

賃貸用不動産を譲渡したオーナーは、「譲渡益」に対して譲渡所得税等を負担する必要がありますので、譲渡した年の翌年3月15日までに確定申告をする必要があります。

3.含み損のある不動産の売却

不動産の取得時の価額よりも時価の低い(含み損のある)不動産を売却した場合は、不動産売却損が計上されます。そのため不動産売却損が計上された年に、別の不動産の売却による不動産売却益がある場合は、売却損を売却益から控除することができます。

4)不動産管理会社活用のメリット

1.不動産を現金化することができる

オーナーは換金の難しい不動産を現金化することができます。また、相続人が相続するのは換金された現金(預金)となるため、遺産分割も容易で、相続人は相続した現金(預金)の一部を相続税の納税資金に充当することができます。

2.いわゆる「争続」問題を回避できる

相続資産の中で比較的ウエートの高い不動産を、オーナーの生前に、その意向に沿うかたちで承継させることができるため、複数の賃貸不動産を保有している場合は、物件ごとに承継者を決めるなどの対策で「争続」問題を回避することが可能です。

また、賃貸不動産売却後の賃貸料収入は不動産管理会社の収入となるため、収益の分散効果で、特に収益性の高い物件の売却によりオーナーの相続財産の抑制を図ることができます。

3.将来の相続登記の必要がなくなる

個人所有の不動産については、相続のたびに名義変更の登記が必要となりますが、法人所有にすることにより、登記に係る負担が不要になります。

5)不動産管理会社へ売却する際の留意点

1.不動産管理会社設立、運営のコスト

不動産管理会社を新会社として設立する場合は、持株会社のときと同様、登記費用の負担や、毎期の確定申告などの管理コスト、法人税等の負担が発生します。

2.資金調達、返済の検討

不動産管理会社で賃貸用不動産を購入するための資金を準備する必要があります。検討に当たっては、賃料収入から固定資産税などのランニングコストや大規模修繕のための積立金などを差し引いたフリーキャッシュフローについて、事前にシミュレーションを実施し、無理のない返済計画を策定することがポイントになります。また、空室の多い物件については、併せて空室率の改善計画なども立てる必要があります。

3.譲渡に伴う税負担の発生

不動産を購入した不動産管理会社は不動産の所有権移転に伴い、登録免許税(固定資産課税台帳の価格×原則2%)・不動産取得税(同×原則4%:特例による軽減あり)を負担する必要があります。

また、不動産を譲渡したオーナーは土地・建物の譲渡に係る譲渡所得税等を負担する必要があります。特に一族で代々所有してきた不動産については、取得費の不明なものもあり、長期譲渡所得といえども相当の負担となる場合がありますので、注意が必要です。

4.相続予定財産の一時的増大

時価による不動産譲渡の取引価格は、一般的にその不動産の相続税評価額より高額となるケースが多いため、譲渡代金を得たオーナーの相続予定財産は一時的に増大します。

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ただし、前述の通り、賃貸不動産の家賃収入は譲渡によりオーナーから不動産管理会社に移転するため、個人所得が減少し、中長期的には不動産管理会社を活用しない場合に比べて、相続予定財産の抑制につながります。

例えば、賃貸による家賃収入が年間1000万円あった場合には、10年後の相続予定財産はおおよそ家賃収入分(1億円)増加します。しかし、不動産管理会社を活用し、家賃収入を不動産管理会社に移転した場合には、その家賃収入分、オーナーの相続予定財産を抑制することができます。

5.建物のみを譲渡した場合の借地権相当額の取り扱い

コスト圧縮のため建物のみを不動産管理会社に譲渡するケースもありますが、この場合、通常では当該土地に借地権設定がなされるため、借地権相当額の収受がオーナーと不動産管理会社間で行われないときは、不動産管理会社に対して借地権相当分の受贈益が発生し、法人税等が課税されるケースがあります。

このため、実務上は不動産管理会社からオーナーに対して相当の地代を支払うか、税務署に無償返還の届け出をすることによって、受贈益課税を回避することが一般的です。

4 (参考)土地・建物の譲渡に係る譲渡所得税

土地や建物の譲渡所得に対する税金(譲渡所得税)は、他の所得と区分して計算し、適用される税率は、譲渡した土地や建物の所有期間が、譲渡した年の1月1日現在で5年を超えるかどうかによって異なります。

譲渡所得税額の計算式は、次のようになります。

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以上(2023年6月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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画像:soo hee kim-shutterstock

“経営的視点”を身に付けて、会社も人も成長しよう/武田斉紀の『誰もが身に付けておきたい“経営的視点”(12)

書いてあること

  • 主な読者:会社経営者・役員、管理職、一般社員の皆さん
  • 課題:経営幹部や管理職の方はもちろん、若手社員の方でも「経営的視点で見るように」と社長や上司から求められた経験がないでしょうか。その場でうなずきはするものの、「経営的視点とは何か?」「それは社長以外の社員に必要なのか?」「会社員として働く上で、人生において価値があるのか?」「そもそもどのように身に付けていけばいいのか?」といった疑問をお持ちではないでしょうか
  • 解決策:課題で挙げたさまざまな質問に対して、『“経営的視点”の身に付け方』というテーマで、全国で多くの講演を行っている筆者が明快に回答します。“経営的視点”はこれからの時代において新入社員から求められる視点であって、より早く身に付けられれば、その分、仕事においても人生においてもプラスであると分かるはずです

1 [おさらい]全社員が持てる“経営的視点”の3つの観点

シリーズ『武田斉紀の「誰もが身に付けておきたい“経営的視点”」』も最終回となりました。

これまで“経営的視点”をより早く身に付けられれば、誰にとってもその分、仕事においても人生においてもプラスになるということを前提に、「どうすれば身に付けられるのか」についてお話ししてきました。おさらいしてみましょう。

以下の穴あき部分を思い出してみてください(答えはすぐ後に書いてあります)。

全社員が“経営的視点”を持てるようになるために3つの観点のご提案をしました。
1)会社の【□□】
2)会社の【□□□】
3)会社の【□□□□】 の観点を全員が持つこと。

ポイントをまとめておきます。

1)会社の【成長】

組織はベテランが引退し、新人が入ってきて1年で1歳年を取る。一人ひとりの成長がないと1年後の組織の力はむしろ落ちていて、給料など上げられない。

毎年給料を上げたいのであれば、全員が、自分が1年後にいるべきピラミッドの高い位置から常に物事を見て仕事に取り組み、1年でそれ以上に成長していかなければならない。

2)会社の【組織力】

会社は組織でできている(多くの場合ピラミッド型)がそれには意味がある。1人の人間の力には限界があるが、役割を分けて組織を形成し一体となれれば、人数以上の力を発揮できる。

ピラミッドのタテの関係では上下との連携が重要。役員・部長は社長や課長と、課長は役員・部長や一般社員と、一般社員も課長や自分のメンバーと連携してこそ組織力が発揮できる。そのためにも自分が経験した下の立場と共に、上の立場の視点にも立たなければいけない。

ヨコの関係も自分の部署さえうまく回っていればよしではなく、事業の「目的」に沿って1つ上の視点で俯瞰(ふかん)して、組織の壁にとらわれず役割を「流れ」で捉えることで、タテヨコともに全体最適を目指せる。

3)会社の【存在意義】…社内に共有浸透させる。

(1)社員一人ひとりが実行した存在意義に共感するお客様は利用し続けてくださり、社会にも認められて、会社は永続し、発展していく。

(2)逆に社員の一人でも存在意義を見失った行動を取ってしまうと、お客様や社会から必要とされなくなる。

3)については、第10回ではいかにして企業の【存在意義】を定めて社内で共有浸透していけばいいかについてご紹介しました。第11回では、さらに「継続し、習慣化していく」をテーマに取り上げました。

2 全社員が“経営的視点”を持つことの会社および本人のメリット

これまで「全社員が持てる“経営的視点”の3つの観点」を説明する中で、今より高い“経営的視点”を持つことのA.会社側およびB.働く(本人)側のメリットについても随時触れてきましたが、それぞれをまとめてみましょう。

[A.会社側のメリット]

ア)社員の当事者意識や責任感が高まり、自律的に判断・行動するようになる
イ)その結果、環境や顧客ニーズへの変化対応力や経営のスピード・精度が上がる
ウ)会社の成長なくして給料も上げられない、新たな投資もできないと分かり、全員が数字に敏感になり業績が上がる

[B.働く(本人)側のメリット]

ア)いずれ必要とされるものは早く身に付けたほうがトク
イ)上から怒られなくなる、むしろ褒められる
ウ)自分も会社も成長し、よりよい生活ができるようになる

働く側については、少し補足説明をしておきます。

ア)会社組織で決して上を目指さない人はさておき、多くの人は現状より高いポジションのよい待遇を望むでしょう。それはより経営に近いポジションということです。否が応でも“経営的視点”が求められます。いずれ必要とされるなら、資格などと同様、早く身に付けたほうがおトクです。視点があれば、あとは実力や経験が伴い次第高いポジションに移れます。

イ)今より高い“経営的視点”を持てるということは、上司と同じ視点でものを見られるということです。上司からすればいちいち説明しなくても話が速いし、課題を共有し共に解決できる仲間が増えるというもの。部下に同じ視点を持たれたら地位を脅かされそうで不安だという偏狭な上司以外は、頼もしく思ってくれるはずです。

ウ)上記ア)イ)で触れたように個人が成長できるのはもちろん、会社側のメリットのウ)にあるように社員が“経営的視点”を持つと、結果として業績が上がるため、社員の待遇向上にもつながります。

働く側にとっては、最優先は目の前の役割を全うすることで、それだけでも大変なのに今より高い“経営的視点”を持つことを考える余裕なんてないという声もあるでしょう。

けれどもご紹介してきた3つの観点=会社の【成長】【組織力】【存在意義】を一部でも理解できたなら、1つ上のポジションまで行ってみるまでもなく、少し想像力を働かせるだけでイメージできるようになります。

一般社員の人であれば、「今起こっていることは課長の立場ならどう見えるだろう。新人の立場ならどう見えるだろう」と想像してみる。慣れてくれば「部長の立場なら」「社長の立場なら」と想像力が柔軟に働くようになってきます。

3 あなたの部下が“経営的視点”を持てるようになる“3つの環境づくり”

あなたが管理職で部下を育てる立場にある、あるいは今後そうなった場合に向けて、部下が“経営的視点”を持てるようになる“3つの環境づくり”についてご紹介しましょう。

[部下が“経営的視点”を持てるようになる“3つの環境づくり”]
1)情報公開
2)権限委譲
3)新たなコミュニケーション習慣

1)情報公開

部署の情報をできる限り全て公開することです。年間目標・月間目標と部署全体、チーム単位、個人の現状と達成率など、全ての数字をリアルタイムで見える化します。

費消率(全行程に対してどれくらい時間を消化している状況か)も必要でしょう。

それらの数字を部署で常に共有することで、部署の全員が、何が今の課題で何をしなければいけないかを知ることができます。課題を共有した以上、他人事にはできません。経験の浅い新人であっても自分にできることは何だろうと考えられます。

部署の予算がいくらあるかも分かれば、それで何ができるか。足りないなら他部署や外部から調達するなり、工夫をしなければいけないと分かります。そして全員でアイデアを出して計画を立て、次の行動に移していくのです。

部署内だけでなく、1つ上、課であれば部の情報も必要でしょう。できれば会社全体の情報も全員で共有したいところです。

私が新卒で入った会社では、新入社員はもちろん、アルバイトの人にさえも会社の売上と現状が週次や月次で報告されていました。P/L(損益計算書)の見方も併せて教わり、毎週繰り返すうちに当たり前に使えるようになりました。

これらを毎週、毎月繰り返すことで、課や部や会社の現状を常に数字でつかむことが当たり前の習慣になりました。同時に自分の果たすべき役割が明確にわかり、強い当事者意識も生まれたのです。

2)権限委譲

情報公開によって部下が“経営的視点”で思いついたアイデアを、そのままにしたなら二度と考えなくなるでしょう。せっかく芽生え始めた“経営的視点”が潰れてしまいます。

上司はぜひ「じゃあそれでやってみて」と一度任せてみてください。絶対に失敗できない仕事などごくごく一部ですから。

任せてやらせてみて、プロセスや結果を報告させる。失敗してもまた考えさせてやり直せばいいのです。同じ失敗さえしなければいずれ成功します。そのプロセスで部下は成長し、“経営的視点”もさらに磨かれます。

3)新たなコミュニケーション習慣

ある調査によればここ10年で若い世代が職場や上司に求める要素は、大きく変化しているそうです。

一言でいえば「管理・指導型」から「自律・支援型」へ。ビジネス環境も「競争」から「共創」へ、「経験・改善」から「イノベーション」へと潮流が変わっています。

それらに伴って職場で求められるコミュニケーションのあり方も変える必要がありそうです。キーワードは【傾聴】【褒める】【前向き】なコミュニケーションです。

詳しくは別の機会に譲りますが、メンバーの自律や支援を進めるには相手がどう考えどうしたいかをじっくり聞く必要があります【傾聴】。その上で任せて(権限委譲)、プロセスや結果を共有しながら【褒める】ことでやる気を引き出す。失敗も付き物ですから、最後は【前向き】な言葉で次への背中を押してあげることが上司にとって肝要です。

4 全社員が“経営的視点”を持てれば、AIの時代にも会社と人は成長できる

後で振り返れば2023年という年は、本格的なAI元年と位置付けられることでしょう。生成AIの精度はまだ十分でないという声もありますが、彼らはわれわれが眠ったり遊んだりしている間も24時間365日、超高速で学び続けて進化していきます。

突然一般社会に現れた生成AIとその進化スピードにおののきつつも、片やAIにも限界があることも分かってきています。

1つにはAIは過去や大量の情報から学んで整理し、たくさんの選択肢を提示できますが、その中から何が正しくて何を選択すべきか最終判断できないという点です。最後は人間が決めるしかありません。

先程上司に求められる要素が「管理・指導型」から「自律・支援型」へ変わってきたといいましたが、AIの進化がそれを一気に後押ししそうです。

管理・指導型で一方的に指示命令できる仕事なら、上司は部下ではなく、自らAIに投げたほうが生産性は上がるでしょう。部下も上司も、人間に求められる仕事は、AIが導き出したベースを元に考えたり判断したりする仕事“だけ”に変わるからです。

全社員が“経営的視点”を持って、一人ひとりが会社を代表するつもりで考え、行動できるようになれれば、AIの時代にも会社と人は成長できるといえるのではないでしょうか。

今シリーズに最後までお付き合いいただきありがとうございました。

<ご質問を承ります>
最後まで読んでいただきありがとうございます。ご質問や疑問点などあれば以下までメールください。※個別のお問合せもこちらまで

Mail to: brightinfo@brightside.co.jp

以上(2023年6月)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
https://www.brightside.co.jp/

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画像:NicoElNino-shutterstock

【オーナー企業の事業承継(7)】財産権と経営権の移転に関する対応策

書いてあること

  • 主な読者:事業承継を検討している経営者
  • 課題:経営権と財産権の移転のため、最適な自社株式の承継方法を知りたい
  • 解決策:株主の権利を制限したり、強化したりすることができる種類株式を活用する

1 自社株式の承継に含まれる2つの側面

オーナーにとって、自社株式の承継は会社を経営する権利(経営権)と自身の築き上げてきた財産(財産権)という2つの側面があります。このため、事業承継を検討する上では、経営権の承継に加えて、オーナーの財産の相続についても考慮しなくてはなりません。

また、自社株式の移転に伴う税負担を移転コストと考えれば、自社株式の評価が低いタイミングで株式の移転(承継)を行うのが基本です。しかし、そのタイミングで後継者が経営を引き継げる力量を備えているかどうかという問題が生じる可能性もあります。

そこで活用したいのが種類株式や信託です。それぞれの効果や留意点を認識し、自社に合った対策案として検討してみてください。

2 種類株式の活用した事業承継対策

1)種類株式とは

株主には剰余金の配当や残余財産の分配など、会社から直接に経済的利益を受ける権利や、株主総会の議決権など経営に参加する権利などが与えられています。

現行の会社法ではこういった

株主の権利を制限したり強化したりする、内容の異なる2種類以上の株式を発行すること

が認められています。こうした内容の異なる株式を発行した場合における株式を、種類株式といいます。

現在、発行が認められている種類株式の概要は次の通りです。

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2)種類株式の活用例

1.配当優先無議決権株式の発行

配当優先無議決権株式とは、普通株に対して剰余金の配当について優先権を持つ一方、株主総会の決議については全く議決権を持たない種類株式です。

配当優先無議決権株式の活用の流れは次の通りです。

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配当優先無議決権株式を活用することにより、財産権としての株式(配当を得る権利など)は兄弟間での調整が可能となる一方、議決権は後継者である長男に集中させることができるので、経営権を安定させられます。

なお、配当優先無議決権株式の保有株主に対する支払い配当の負担が増加する可能性がある点には注意が必要です。

2.黄金株の発行

拒否権付株式(以下「黄金株」)とは、株主総会や取締役会での決議事項について、普通株式保有株主による決議とは別に、黄金株保有株主による決議が必要となる株式、つまり拒否権を持った種類株式です。

黄金株の活用の流れは次の通りです。

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黄金株を活用することで、自社株式の評価が下がった時点などに大半の自社株式を後継者に承継しつつ、現オーナーの経営への影響力を残せるので、後継者の独断的な経営を阻止することができます。なお、次の点には注意が必要です。

  • 過度に拒否権を行使すると、後継者の経営意欲が低下したり、逆に前オーナーへの依存心が生じたりしてしまう可能性がある
  • 黄金株はその効力が強大であるがために、万一、後継者以外の第三者に譲渡されたり相続されたりすると、会社経営に重大な支障を来す恐れがあるため、後継者以外の者に承継されないような対応が必要となる

そのため、次のような対策を取る必要があります。

  • 黄金株を譲渡制限株式として発行する
  • 黄金株を相続の発生を条件とする取得条項付株式として発行する
  • 黄金株の発行と同時に公正証書遺言を作成しておく

3 信託を活用した事業承継対策

1)信託とは

信託とは、「委託者」が自ら所有する財産を、信頼できる「受託者」に託し、その財産から生じる成果を「受益者」に給付するものです。ここでは自己信託(委託者と受託者が同一人物)の活用例を解説します。なお、自己信託は公証人役場に自ら出向くか、行政書士や弁護士に依頼して公正証書を作成し設定を行います。

2)自己信託の活用例

自己信託の活用例は次の通りです。

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自己信託の仕組みを活用し、オーナーが委託者として自社株式を信託して自らがその受託者となり議決権を行使します。自社株式の名義人はオーナーのまま、後継者を受益者とすることにより、実質的な財産の帰属を後継者とすることができます。ただし、この段階で後継者には贈与税が課されます。

なお、自己信託の設定時において、信託契約はオーナー死亡時に終了させ、後継者が自社株式の名義人となるよう取り決めておきます。これによりオーナーが死亡した段階で後継者が自社株式の名義人となりますが、自己信託を設定したときに贈与税は課税済みであるため、上記の信託設定が相続開始前3年以内の贈与または相続時精算課税に該当しない限り、相続税は生じないこととなります。自己信託の活用のメリットには以下があります。

  • 財産の経済的な所有者は受益者である後継者となるため、税金面では生前贈与と同様の効果がある
  • 通常の信託では、財産の名義は委託者から受託者に移転し、財産の管理は財産の名義人である受託者が行うことになるが、自己信託の活用により委託者と受託者は同一人物となるため、オーナー自らが引き続き財産の管理(議決権の行使)を行うことができる
  • 贈与においては受贈者(贈与を受ける者)の受諾が必要だが、信託では必ずしも受益者への通知は必要とされていない

なお、信託の設定により財産の名義は「受託者(オーナー)」となりますが、税務上は実質課税の原則(実際にその資産を有しているとみなされる人に対する課税)により、委託者から受益者に贈与があったものとして、受益者に対して贈与税が課されるため、自社株式の評価額などに十分注意して信託を設定する必要があります。

4 少数株主への対応について

1)少数株主の存在

事業承継の検討に当たり、オーナーとしてスムーズな会社経営を行うためには株式(議決権)の過半数(できれば3分の2以上)を確保すべきであるといわれます。確かに会社としての意思決定をするにはそれでよいのですが、一方で「少数株主」の存在にも気を付けなければなりません。

2)「少数株主」の権利と潜在リスクへの対応

会社を経営していく上で、少数株主の意見を反映せざるを得ないというケースはまれですが、会社法では次の「少数株主」に対して、経営者としては無視できないそれぞれの権利を認めています。

  • 1単元以上の株式を有する株主
    株主代表訴訟(株主が会社に代わって取締役や役員などの責任を追及し、損害賠償を求める訴訟)を提起する権利
  • 総株主の議決権の3%以上、または発行済株式数の3%以上の株式を有する株主
    会計帳簿などの閲覧・謄写を請求する権利

また、株主に相続が生じた場合に、その相続人から「株式を(高値で)買い取ってほしい」と要求されることもよくあります。その背景には「少数株主」が存在する経緯と、少数株主の代替わりなどがあります。「少数株主」が存在する経緯としては、次のようなケースが多く見られます。

  • 1990年の商法改正前までは会社設立時には7名の発起人が必要だったため、会社設立時に発起人として名義を借りた
  • 相続税対策として、オーナーの持株比率を抑えるために、従業員・取引先などに自社株式を保有してもらい、将来、何か問題が生じたときは払込金額で買い取る口約束をしていた

しかし、時間の経過とともにオーナーや株主が代替わりしていくと、当初の経緯がうまく引き継がれず、株式保有の目的が分からなくなってしまうことがあります。また、株主が生前に何らかの恩恵をオーナーや会社から受けていたとしても、その株主の相続人までが会社に対して好意的とは限りません。そのため、上記の「少数株主」に認められている権利が敵対的に行使されるリスクが生じます。

従って、特に創業オーナーら、過去の経緯を熟知している世代から次の世代への事業承継に当たっては、問題を先送りすることなく当代のオーナーが責任を持って「少数株主」と交渉し、何らかの対応をしておくことが望まれます。

具体的な対応方法としては次のようなものが考えられます。ただし、会社ごとにその対策の有効性が異なるため、詳しくは税理士や公認会計士などの専門家に相談するようにしましょう。

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3)個人の「少数株主」からの買取価額について

オーナーが個人の「少数株主」から自社株式を買い取る場合、原則的評価方式による評価額よりも安い価格で買い取りをすると、個人の「少数株主」から贈与を受けたとして、買取価額と原則的評価方式による評価額の差額に対してオーナー側に贈与税が課されます。

この点について、オーナーの皆さんの中には「もともと旧商法下での額面株式のように安い金額で払い込まれたものであるにもかかわらず、贈与税を回避するために原則的評価方式による評価額で買い取らなければならない」と誤解している人が多くいます。

しかし、贈与税を課されたとしても、例えば、例外的評価方式である「配当還元方式」による評価額で買い取り、あえて贈与税を支払ったほうがキャッシュアウトの総額は少なくなる場合もあります。次の事例で見てみましょう。

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原則的評価方式による評価額(1000万円)で買い取れば、キャッシュアウトの総額は1000万円となりますが、例外的評価方式(配当還元方式)による評価額(100万円)で買い取って贈与税を支払う場合のキャッシュアウトの総額は291万円で済みます。

さらに、12月と1月のように年をまたいで2年に分けて買い取りを行うと、贈与税の基礎控除(110万円)が2回使える上、課税価格が下がるのに伴い贈与税率が低くなります。そのため、キャッシュアウトの総額は186万円にとどめることができます。

なお、例外的評価方式(配当還元方式)による評価額は、自社の配当額により異なるため、具体的に比較する場合には、税理士や公認会計士などの専門家に相談するようにしましょう。

以上(2023年6月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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画像:soo hee kim-shutterstock

【オーナー企業の事業承継(6)】納税資金の確保

書いてあること

  • 主な読者:事業承継を検討している中小企業の経営者
  • 課題:非上場企業の株式は、換金性に乏しいことから、納税資金の確保が大きな課題となる
  • 解決策:「金庫株」と「生命保険」を活用して納税資金を確保する

1 納税資金の確保に関する事業承継対策

非上場株式は、上場企業の株式のように売買できる市場がなく換金性に乏しいことから、事業承継に伴い発生する納税資金を確保することが大切なポイントとなります。業歴が長く内部留保の多い会社ほど株価も高く購入資金が多額になりやすいため、対策をいち早く取る必要があります。主だった対策に金庫株や生命保険を活用した対策があります。それぞれの効果や留意点を認識し、自社に合った対策案として検討してみてください。

2 金庫株を活用した事業承継対策

1)金庫株とは

「金庫株」とは、会社が保有する自社の株式をいい、「自社株式」と同じ意味です。この金庫株の活用方法としては、

  • 相続発生時の納税資金の確保
  • 相続による好ましくない株主への株式の移転の阻止

があります。

なお、金庫株の買取総額はその会社の分配可能額(おおよそ利益剰余金と資本剰余金の合計額、計算の詳細は省略します)を超えることができない点には注意が必要です。

2)納税資金の確保のイメージと金庫株を取得する際の手続き

換金性に乏しい非上場株式を、金庫株として活用することによりお金に換え、納税資金に充当します。

金庫株を活用した納税資金の確保のイメージは次の通りです。

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金庫株を取得するための手続きは次の1.~3.の手順で行います。

1.株主総会の決議により次の事項を決定し、取締役(取締役会設置会社にあっては取締役会、以下「取締役等」)に金庫株取得に関する権利が与えられます。

  • 取得する株式の種類および数
  • 交付する金銭等の内容およびその総額
  • 取得期間(1年以内)

2.上記1.の決議後、取締役等は取得の都度、次の事項を株主全員に対して通知、または公告をします。

  • 取得する株式の種類および数
  • 1株当たりに交付する金銭等の内容および数もしくは額またはこれらの算定方法
  • 当該取得対価の総額
  • 申込期日

3.通知を受けた株主が、その有する株式を譲渡しようとする場合は、申込期日までにその譲渡を申し込む株式の種類および数を会社に通知することで、会社は申込期日において譲渡の申し込みがなされた株式の譲り受けを承諾したものと見なされ譲渡契約が成立します。

なお、譲渡しようとする株主からの株式の申込総数が、上記2.で定めた総数を超える場合には、会社は各株主の申込数を按分した株式の譲り受けを承諾したものとみなします。承諾したものとみなされる株式数の計算式は次の通りです。

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3)金庫株活用の留意点

原則として、所有する自社株式を会社に譲渡した株主に対しては「みなし配当課税」が適用されるため、一般的な譲渡と比較して高い税率が課される可能性があります。みなし配当課税とは、金庫株により株式を譲渡した株主に対して、資本金等の金額を超える部分の対価については、譲渡ではなく、配当したとみなされて課税されることをいいます。

個人株主の場合には、

株式の譲渡によって生じた所得は分離課税(他の所得とは分けて課税計算をするもので、税率は20.315%)

となる一方で、

配当による所得は総合課税(給与など他の所得と合算して計算するもので、最高税率は49.44%)

となります。

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ただし、相続により取得した自社株式に限り、相続税の納税がある株主が相続開始のあった日の翌日から相続税の申告期限の翌日より3年を経過する日までに、金庫株として会社に譲渡した場合には、みなし配当課税は適用されず、株式譲渡益課税が適用されます(原則、申告分離課税)。さらに、この場合の譲渡所得の計算上、相続税額のうち一定の計算により算出した税額相当額を取得費に加算することができます。

また、金庫株による株式の取得は、原則として株主総会の決議が必要となるため、他の株主に買い取りの内容を知られてしまう可能性があります。その上、金庫株の買い取りは株主全員を対象として通知されることから、想定している株主以外からの買い取りを要求される可能性があるため、事前に他の株主に金庫株の買い取りに至った事情をよく説明し理解を求めておきましょう。なお、特定の株主からの取得の場合には、前述の手続きに加えて一定の要件・手続きが必要となります。

3 生命保険を活用した事業承継対策

1)納税資金の確保

被保険者、保険料負担者をオーナーとして保険金受取人を後継者とする生命保険契約により、後継者の相続税の納税資金を確保します。

なお、相続人が相続により保険金を取得した場合には、「500万円×法定相続人の数」までの金額の非課税枠があります。

生命保険を活用した納税資金の確保のイメージは次の通りです。

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2)遺留分対策としての代償分割資金の確保

自社株式は経営権確保のため後継者に集中して承継させるのが鉄則です。しかし、オーナーの所有財産の中で自社株式の占める割合が大きい場合、自社株式を後継者に集中して承継させると非後継者に残す財産が著しく少なくなることから、「遺留分」をめぐるトラブルの原因となります。

「遺留分」とは相続人に最低限認められている財産を相続する権利で、原則、法定相続分の2分の1となります。また、「遺留分」の基となる財産は相続財産だけでなく、過去(原則として相続開始前の1年間)にそれぞれの相続人が受けた贈与財産も合算して計算します。なお、被相続人の兄弟姉妹には「遺留分」はありません。

遺留分の侵害が生じる事例は次の通りです。

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このような場合の相続人間のバランスを取る方法として、財産を取得した相続人が他の相続人に現預金で清算する「代償分割」があります。

例えば、上記の事例で自社株式を長男が相続する代わりに、長男から次男、長女にそれぞれ約10百万円の現金を支払い分割するという方法です。

オーナーを被保険者、後継者(事例では長男)を保険金受取人とする生命保険を活用して、オーナーの死亡時には保険金が後継者の手元に入り、代償分割資金として活用することができます。

生命保険を活用した代償分割のイメージは次の通りです。

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相続人が受け取る保険金は、相続税の計算上は相続財産とみなされて、相続税が課されますが、民法上は相続人固有の財産とされ、原則、遺留分の計算には含めません。

従って、非後継者を保険金受取人とする生命保険契約では、受け取った保険金は遺留分の計算の対象外となり遺留分の解決にはなりません。

上記のように、保険金は直接非後継者に渡すことができず、後継者を経由することから、本対策には後継者の理解と、オーナーの後継者への信頼が前提となります。

また、被保険者をオーナー、保険料負担者および保険金受取人を後継者とする生命保険契約によって、オーナーに代わって、後継者自らが遺留分対策を行うことも可能です。この場合の保険金には、後継者に所得税が課されることになります。

なお、「遺留分」に関する詳細については、以下のコンテンツをご参照ください。

30043 【オーナー企業の事業承継(2)】経営権の承継とオーナー個人の相続

3)将来のオーナーへの役員退職金支払資金の確保

将来のオーナーへの役員退職金支払いのための財源を確保するため、被保険者をオーナーとし、保険料負担者および保険金受取人を会社とする生命保険契約を活用し、役員退職金という多額の支出に対して着実に準備することができます。また、オーナーが突然亡くなった場合には、会社を立て直すための資金として活用することができます。

生命保険を活用した役員退職金の資金確保のイメージは次の通りです。

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なお、一般的には役員退職金の支給により株価の引き下げ効果が期待されますが、役員退職金の原資とするための生命保険に加入していると、保険金などが収益として計上されるため、その効果を得るためには、退職金の支給額や支給時期などを慎重に検討するようにしましょう。

以上(2023年6月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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税務のグレーゾーン 経営者が押さえておくべき勘所

書いてあること

  • 主な読者:税務処理を選択する際、課税リスクを押さえた判断をしたい経営者
  • 課題:課税リスクの判断基準や、すべてが明確に決まっているわけではない
  • 解決策:税務調査で指摘を受けやすい「不相当に高額」「通常要する費用」「専ら」と基準が曖昧な項目の考え方を押さえる

1 グレーゾーンを把握して、税務の勘所を高めよう

経営をしていると、税務処理を選択しなければならない機会が結構あります。問題は白黒がはっきりしていない、つまり場合によっては課税リスクが高まるかもしれないケースがあることです。税務処理の選択による課税リスクは、「白・黒・グレー」の3色で表現され、それぞれ次のような意味合いで使われます。

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経営者が税務の勘所を高めるために重要なのは、グレーゾーンの考え方を知ることです。グレーゾーンは解釈次第で税務署側の取り扱いが変わることがあるためです。グレーゾーンは「〇〇円未満なら白で、それ以上は黒」といったように、文字通り、金額で白黒はっきりするようなものではなく、法令でも、

「不相当に高額」「通常要する費用」「専ら」

などという言葉で表現されます。これらが具体的にどのようなことを示しているのでしょうか。税務調査で指摘を受けやすいグレーゾーンとして、

  • 「不相当に高額」な役員報酬
  • 「不相当に高額」な役員退職金
  • 「通常要する費用」としての交際費
  • 「専ら」従業員のために行われる福利厚生費

について解説していきます。

2 「不相当に高額」な役員報酬

1)「不相当に高額」と判断される一般的な基準(考え方)とは

役員報酬については、定期同額(毎月一定の額など)で支給されているなどの条件を満たしていれば基本的に損金(税務上の費用)とすることができます。しかし、その支給金額が「不相当に高額」な場合、その高額と判断された部分については損金と認められません。

役員報酬について「不相当に高額かどうか」を判断する基準には、

  1. 形式基準
  2. 実質基準

の2つがあります。

形式基準とは、

定款や株主総会の決議で決めた役員報酬の限度額と照らし合わせて判断するもの

です。つまり、あらかじめ決定した限度額を超えて支給した場合は、超過額部分については損金とされないことになります。

実質基準とは、

役員の職務の内容や会社の収益状況、従業員に対する給与の支給状況、あるいは、同業他社との比較などで「不相当に高額かどうか」を判断するもの

です。そのため、

  • 実質的に何もしていない役員(名前だけの役員)に役員報酬を支給している場合
  • 売上・利益が減少していて、従業員のボーナスなどもカットしているのに、役員報酬だけ増加傾向にある場合

には、税務調査で指摘されることが多いです。

2)現場レベルで注意すべき点は

形式基準は、定款や株主総会の議事録などで確認できます。もし実際の支給額と限度額の金額が近い場合には、次の株主総会で限度額の増額を決定しておくようにしましょう。

また、役員報酬を決定するときには、会社の利益の状況などを踏まえた上で決定することとし、「なぜその金額に決定したの?」という調査官からの問いかけに対して、合理的に説明できる資料を書面で準備しておくことが重要です。特に役員報酬を増額する際にはその理由を明確にしておきましょう。

3 「不相当に高額」な役員退職金

1)「不相当に高額」と判断される一般的な基準(考え方)とは

役員退職金は基本的に損金とすることができるのですが、その支給金額が「不相当に高額」な場合、その高額と判断された部分については損金と認められません。

役員退職金は、職務に従事していた期間や退職の事情や、同業他社の支給状況などを総合的に勘案して判断されます。よく利用される基準に「功績倍率法」というものがあります。これは、次の算式に当てはめて役員退職金の額を決定する方法です。

退職直前の役員報酬の月額 × 勤続期間 × 職責に応じた倍率

必ずしも功績倍率法で計算すれば税務上認められるわけではありませんが、支給額を決定する際の参考にするとよいでしょう。

なお、

  • 実質的に何もしていない役員(名前だけの役員)に退職金を支給した場合
  • 退職直前に極端に役員報酬を増額し、功績倍率法の計算結果を意図的に増やした場合

には、税務調査で指摘されることが多いので注意しましょう。

3)現場レベルで注意すべき点は

役員報酬と同じで、支給した役員退職金について「なぜその金額に決定したの?」という調査官からの問いかけに対して合理的に説明できる資料を書面で準備しておくことが重要です。

また、功績倍率法を使用する場合は役員退職金規程を整備するとともに、役員報酬については会社の利益の状況などを鑑みつつ、計画的に増額するようにするとよいでしょう。

4 「通常要する費用」としての交際費

1)「通常要する費用」と判断される一般的な基準(考え方)とは

中小企業の場合、損金として認められる交際費は「年間800万円まで」と決まっています。そのため、飲食費だからといってなんでも交際費にしてしまうと、損金として認められない交際費が出てくる可能性があります。

一般的に交際費となりそうな費用であっても、「通常要する費用」の範囲内であれば交際費としなくてもよいケースがあります。

一般的に多く見られる事例としては、

会議に関連して、茶菓、弁当等の飲食物を供与するために通常要する費用

があります。つまり、会議で提供された飲食関連の費用であっても「通常要する費用」の範囲内であれば交際費とせず、会議費(金額基準に関係なく損金とすることができる)として処理することができます。

通常要する費用とは、

  • 必要があって支出したもので、
  • 一般的・常識的な範囲内であるもの

ということになります。そのため、会議時に提供されたお弁当の金額が1000円から3000円くらいの範囲内であればさほど問題になるケースは多くないものと考えられますが、フレンチのフルコースなど、会議というより接待が主になると思われるようなものは交際費とされる可能性が高くなります。

また、月に数回程度の会議であれば問題ありませんが、ほぼ毎日会議を行い、お弁当を食べている場合には「必要外のもの」と判断されて交際費とされることもあります。いずれにしても「常識の範囲内」というのが判断基準になります。

2)現場レベルで注意すべき点は

会議費などで飲食を伴った場合には、まず「金額が大きくなりすぎていないか」について敏感になる必要があります。この金額についての判断が現場担当者の間で曖昧になるようであれば、社内規程などを設け、会議飲食費としての金額範囲などを決めてしまうのも一方法です。また、会議を行った場合は、

「本当に会議が存在したこと」を証明するため、議事録などは必ず作成する

ようにしておきましょう。

5 「専ら」従業員のために行われる福利厚生費

1)「専ら」と判断される一般的な基準(考え方)とは

「専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用」については交際費とせず、福利厚生費(金額基準に関係なく損金とすることができる)として費用処理することができます。

「専ら」とは、

必ずしも100%である必要はないものの、80%から90%は該当するような状態

と言われています。例えば忘年会などの催し事の場合、全従業員を対象として開催しつつも、最終的に80%から90%の人が参加すれば福利厚生費として処理されます。そのため、

  • 特定の役職者のみを対象とした飲み会
  • 役員のみを対象とした慰安旅行

については、税務調査で交際費に該当すると指摘されたり、給与として源泉徴収すべきと指摘されたりするので注意しましょう。

2)現場レベルで注意すべき点は

福利厚生費として処理すべき年間行事はさほど頻繁に行われるものではありませんので、行事の内容や参加者(人数)、費用の総額などを一覧にし、税務調査で指摘された際には明確な説明できるような書類を準備するようにしておきましょう。

以上(2023年6月作成)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)

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【オーナー企業の事業承継(5)】承継のタイミングと承継対策

書いてあること

  • 主な読者:事業承継を検討している中小企業の経営者
  • 課題:事業承継に係るコストをできるだけ低く抑えたい
  • 解決策:事業承継に係るコストは自社株式の評価額によって左右されるため、評価額が下がるタイミングを逃さずに、自社株式を承継(移転)することが重要

1 自社株式を承継するタイミング

自社株式の後継者への承継(移転)において、移転の際に課される税金は、承継に係るコストになります。このコスト(税額)は自社株式の評価額によって左右されるため、

評価額が下がるタイミングを逃さずに自社株式を承継(移転)すること

が、効率的な事業承継を実現するための大切なポイントになります。

なお、自社株式の評価の算定式については、次の記事をご参照ください。

30046【オーナー企業の事業承継(3)】自社株式の評価と相続税額の把握

2 自社株式の評価が下がるタイミングとは

自社株式の評価の算定式から見ると、評価が下がるのは、次のタイミングとなります。

  1. 純資産価額が減る
  2. 類似業種の株価が下がる
  3. 配当が下がる
  4. 利益が減る
  5. 会社の規模が大きくなる:類似業種比準価額<純資産価額の場合
  6. 会社規模が小さくなる:類似業種比準価額>純資産価額の場合

また、会社の業績面・保有資産面から見た株価評価が下がるタイミングは次の通りです。

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つまり、

  • 会社の業績:業績が悪くなると評価は下がる
  • 会社の保有資産:不動産投資をすると時価(投資額)に比べて相続税評価額の評価が大きく下がることがある

とまとめることができます。特に賃貸用建物は建築価額に対して相続税評価額は半分以下になることもあります。

3 自社株式の相続税評価額が、どのくらい下がるのか?

1)ケースごとの相続税評価額の計算例

ここでは、次の前提条件を基に、「利益が50%減少し、同額の純資産が減少したケース」と「前提条件と利益その他の条件は変わらないが、従業員数の増加により企業規模が『中会社の大』から『大会社』となったケース」で、相続税評価額にどのような違いが生じるのかを紹介します。まずは、次の前提条件下で相続税評価額がいくらになるのかを計算します。

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前提条件下における自社株式の相続税評価額は次の通りです。

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2)利益が50%減少し、同額の純資産が減少したケース

利益が50%減少し、同額の純資産が減少したケースにおける自社株式の相続税評価額は次の通りです。

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3)前提条件と利益その他の条件は変わらないが、従業員数の増加により企業規模が「中会社の大」から「大会社」となったケース

利益その他は変わらないが、従業員数の増加により企業規模が「中会社の大」から「大会社」となったケースにおける自社株式の相続税評価額は次の通りです。

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4 中小企業投資育成株式会社を活用した事業承継対策

1)投資育成会社を活用した事業承継対策の仕組み

投資育成会社(正式には「中小企業投資育成株式会社」)とは、「中小企業投資育成株式会社法」に基づき設立された、中小企業の自己資本の充実と健全な経済成長支援を目的として活動する公的な投資機関です。

投資育成会社を活用した事業承継対策の流れは次の通りです。

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2)投資育成会社を活用した事業承継のメリット

投資育成会社を活用した事業承継のメリットは次の通りです。

  1. 投資育成会社が新株を引き受ける場合は、次の算式で表される独自の評価方法によって計算した価額で第三者割当増資が行われ、税務上も適正な価額として取り扱われる。
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  3. 新株引受価額が従来の相続税評価額よりも低い場合は、増資後の株価が引き下げられ、株式移転に係る税負担が軽減される。
  4. 公的機関が株主になるため、対外的な信用力が高まる。
  5. 投資育成会社は原則として当該会社の経営陣の判断を尊重するため、経営自体に対する影響が少ない。

3)投資育成会社を活用した事業承継のデメリット

投資育成会社を活用した事業承継のデメリットは次の通りです。

  1. 投資育成会社の出資は、原則として新株発行によるため、オーナー所有の株式を直接、譲渡することができない(ただし、自己株式として保有している自社株式の引き受けは可能)。
  2. 増資に伴う資本金、資本金等の額の増加により、法人税等の税負担が増加する可能性がある。
  3. 投資育成会社の出資に当たっては、当該会社の業績や株式の種類(普通株式もしくは配当優先株式)などによって異なるものの、継続的に安定的な配当を期待されるため、配当方針には配慮が必要となる。
  4. 投資育成会社に対しては、定時株主総会の開催前に決算内容の開示と説明が必要となるため、事務負担が増える可能性がある。
  5. 投資育成会社が投資した株式を買い取る場合には、原則、出資時と同じ方法により算出された買い取り時点での価額での取引となるため、業績の動向によっては出資時よりも高額の評価額となり、買い取り資金が負担となるケースもある。

5 役員退職金を活用した事業承継対策

1)役員退職金を活用した事業承継対策の仕組み

オーナーが退任し、代表取締役の地位を後継者に譲り役員退職金の支給を受けます。一般的には、この役員退職金の支給は多額の現金支出を伴うため、

内部留保の取り崩しにより純資産が減少し、自社株式の純資産価額が引き下げ

られます。また、併せて多額の損失が計上されるため、

利益の圧縮により類似業種比準価額も引き下げ

ることができます。この自社株式の評価額が下がったタイミングで、贈与や譲渡などにより後継者に自社株式を移動することにより、後継者への円滑な自社株式の承継が可能となります。役員退職金を活用した事業承継対策の流れは次の通りです。

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2)役員退職金を活用した事業承継対策のメリット

役員退職金を活用した事業承継対策のメリットは次の通りです。

  1. オーナーの退任と役員退職金の支給により後継者へのバトンタッチを明確にし、後継者に経営者としての自覚を促すことができる。
  2. オーナーの退任と株式の移動をセットで行うため、対外的にも説明がつきやすい。
  3. 役員退職金は受け取るオーナーの税負担が少ないため、オーナーの手元に多額の現金が残り、その資金を相続税の納税資金や遺留分対策に活用することができる。なお、退職所得に係る税額は次の通り。

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3)役員退職金を活用した事業承継対策のデメリット

役員退職金を活用した事業承継対策のデメリットは次の通りです。

  1. 役員退職金を支給するための多額の資金を調達する必要がある。
  2. 役員退職金を受け取ったオーナーは経営の第一線から退く必要がある。
  3. 役員退職金の支給による株価の引き下げ効果が最もあるのは役員退職金を支給した次の決算期中の1年間だけであり、この期間を過ぎると効果は半分以下に減ってしまう可能性がある。
  4. 著しく高額な役員退職金の場合は、過大役員退職金として、法人税の損金に算入できない恐れがあるので、役員退職金規程の整備や株主総会での決議などの手続きを確実に行っておく必要がある。なお、一般的な役員退職金の算定方法は次の通り。
     a.功績倍率法:最終報酬月額×在任年数×功績倍率(+功労加算)
     b.1年当たり平均額法:比較法人の1年当たり平均役員退職金額×在任年数
     c.役位別定額法:役位別定額×役位在任年数

実務上はaの功績倍率法を採用する企業が多いようですが、最終的に適正な役員退職金の水準は、支給金額ともろもろの事情(法人の業務に従事した期間、退職の事情、その法人と同種の事業を営む法人で、その事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況など)を加味した実態で判断することとなり、この水準を著しく上回る場合には、過大役員退職金と判定されることがあります。なお、役員退職金に係る課税イメージは次の通りです。

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4)役員退職金活用による事業承継対策の盲点

役員退職金の支払いによって株価が下がったタイミングで自社株式を後継者に承継するという方法は、よく実施される事業承継対策の基本パターンともいえる手法です。ここでは役員退職金の支払いに係る実務上の盲点について紹介します。

オーナーとしては「自分が心血を注いでここまで会社を大きくしてきたのに、思ったほど役員退職金をもらうことができない」と感じてしまうケースも少なくありません。

このような場合、

往々にしてオーナー自身(あるいは顧問税理士)が「役員退職金の支払限度額=法人税の損金算入限度額」という考えにとらわれていること

があります。これが役員退職金の支払いに係る実務上の盲点なのです。

会社の資金繰りに問題がある場合は別として、もう少し柔軟に役員退職金の限度額について考えたほうがよいかもしれません。つまり、役員退職金の額はオーナーの会社経営に関する通信簿なので、

「法人税法に過度にとらわれることなく、有税扱いされる部分が生じても構わない」

という考え方です。

まさにオーナーが心血を注いで育て上げた高収益事業と、その財産に対する功績が認められるのであれば、事業の存続・承継に無理のない範囲内で、いわゆる「過大役員退職金」に伴う法人税を納めることをよしとする考え方があってもおかしくはないのです。

役員退職金は「次にやりたい事業に投資する」「第二の人生を謳歌する」「社会貢献」「個人の資産形成」「相続税の納税準備」など、受け取るオーナーのライフステージに応じて、その使途はさまざまです。

このようにオーナーの退職後の人生設計について、法人税の観点からだけでその思いに壁を作ることなく、今までの会社への貢献を考慮した上で、自信を持って役員退職金額を決めることも大切になります。

以上(2023年6月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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【海外展開の手引(5)】パートナー選び、資金手当て、法対応などの戦略と実務

書いてあること

  • 主な読者:販路拡大や生産コスト削減などのために、海外展開を検討している経営者
  • 課題:海外展開を成功させるために準備すべきことを知りたい
  • 解決策:現地拠点の形態やパートナー選びなどの戦略を立てる。資金手当て、人材確保・育成、法規制への対応といった実務面での対策も講じておく

1 海外展開の成否を左右する「戦略」と「実務」対応

海外展開のための構想を練って現地調査が完了したら、いよいよ実現に向けて具体的に動き出す段階です。ここで必要な手順は、次の2つです。

  1. 構想段階で立てた目的を実現するための戦略を立てる(現地拠点の形態、パートナー選びなど)
  2. 現地調査の結果を踏まえた実務面での対策を講じる(資金手当て、人材確保・育成、法規制など)

2 目的に適した現地拠点の形態を決める

海外展開の戦略を立てる上で欠かせないものの一つが、現地拠点の形態をどうするかです。

一般的に、現地拠点の形態は次のようなものが挙げられます。

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国や地域、業種によっては、外資規制のため単独出資で現地法人を設立できないこともあります。基本的には、拠点の規模が大きく、自社の出資比率が高いほど、ハイリスク・ハイリターンになります。

3 現地のパートナー候補を見つける

海外で事業を行うためのリソースやノウハウを持っている現地企業とパートナーシップを築くことは、海外展開の成否に大きく影響します。

1)アピールや商談に結び付く情報を集約しておく

現地での取引相手となるパートナーを探す際は、自社が求める具体的な希望条件と、自社のアピールポイントをまとめておくことが必要です。

例えば自社商品の販売先を探すのであれば、具体的な希望条件として金額、数量、納期、輸送方法などを決めておきます。自社のアピールポイントとしては、製品の強み(品質、販売実績、報道・表彰歴など)をまとめ、バイヤー(購買担当者)に示すことで、実際の商談に結び付けられるようにします。

2)マッチングサービスを活用する

海外展開を支援する機関の中には、専用のウェブサイトを設けるなどして、海外展開のためのマッチングサービスを提供している場合があります。

例えば、日本貿易振興機構(以下「ジェトロ」)が運営する国際ビジネスマッチングサイト「e-Venue」は、100カ国以上のビジネスパーソンが利用しており、ビジネス案件の登録や、ビジネス案件の検索・閲覧・問い合せ(引き合い)などを行うことができます。海外のビジネス案件は日本語でも閲覧でき、コンタクト先とチャットでやり取りすることも可能です。e-Venueの登録や利用は無料です。

■ジェトロ国際ビジネスマッチングサイト「e-Venue」■

https://e-venue.jetro.go.jp/bizportal/s/?language=ja

民間企業でも国際ビジネスマッチングのサービスを提供している企業があります。例えば、世界的な電子商取引仲介業であるアリババグループは、190以上の国と地域のバイヤーが参加しているというマッチングサイト「Alibaba.com」を展開しています。

3)国際的な展示会・展覧会・商談会に出展する

国内外で開催される国際的な展示会・展覧会・商談会に出展することで、国外のバイヤーと接触でき、具体的な取引へつなげることが可能になります。

自社で負担できる費用と、開拓したい市場(国・地域、販売チャネルなど)を勘案し、適切な展示会・展覧会・商談会に出展するようにしましょう。

ジェトロでは、ウェブサイト上で国際的な展示会・展覧会・商談会に関する情報を発信するとともに、要件を満たした事業者に対して出展に関する各種支援を行っています。また、国内外の展示会・商談会で、ジェトロが主催・参加するジャパンブースへの、個別企業・団体などの参加を支援します。一部の展示会の出展については、ジェトロから、出展にかかる各種手続きの支援と出展費用の一部補助を受けることができます。

■ジェトロ「展示会・商談会への出展支援」■

https://www.jetro.go.jp/services/tradefair/

この他、中小企業基盤整備機構では、海外の展示会に出展することをテーマに、必要な知識を集めた冊子「海外出展 海外展示会ハンドブック」を公開しています。

■中小企業基盤整備機構 海外ビジネスナビ「海外出展 海外展示会ハンドブック」■

https://biznavi.smrj.go.jp/handbook-overseas-exhibitions/

4)パートナー候補の信用情報もチェックをする

せっかく選んだ現地パートナーの経営が傾いてしまっては、元も子もありません。パートナー候補の信用情報は、ある程度のお金を掛けてでも押さえておきたい情報です。

海外企業の信用情報を入手するに当たっては、国内信用情報会社の海外企業調査サービスを活用する方法があります。例えば、東京商工リサーチでは、米国の企業情報サービス会社Dun&Bradstreet(D&B)社と提携し、同社がカバーする240カ国超、5億件超の「ダンレポート」を有料で提供しています。

■東京商工リサーチ「海外企業調査レポート(ダンレポート)」■

http://www.tsr-net.co.jp/service/detail/dun-report.html

4 資金の手当てに万全を期す

現地法人を設立するなどの大規模な海外展開を行う場合、相応の資金を要します。また、海外展開は思わぬ出費が嵩む場合もあります。資金の手当ては万全にしておきましょう。

1)日本政策金融公庫「海外展開・事業再編資金」

中小企業が海外の地域で事業開始・拡大・再編する際に必要な資金(海外企業に対する転貸資金を含む)の融資を受けられます。詳細は日本政策金融公庫の支店窓口で確認してください。

■日本政策金融公庫「海外展開・事業再編資金」■

https://www.jfc.go.jp/n/finance/search/kaigaitenkai.html

2)国際協力銀行(JBIC)「中堅・中小企業分野」

中堅・中小企業の海外投資や製品輸出などに必要な長期資金を、民間金融機関との協調融資などで支援しています。また、対外借り入れ規制や諸手続きなどへの助言も行っています。

■国際協力銀行「中堅・中小企業分野」■

https://www.jbic.go.jp/ja/business-areas/sectors/smes.html

3)信用保証協会「海外投資関係保証制度」「特定信用状関連保証制度」

都道府県の信用保証協会は、中小企業が海外展開に要する資金を金融機関から借り入れる際の債務の保証を行います。「海外投資関係保証制度」は、国内の金融機関から海外直接投資事業資金の融資を受ける際に利用できます。「特定信用状関連保証制度」は、海外子会社が現地金融機関から融資を受ける際に利用できます。

■全国信用保証協会連合会「海外展開をお考えの方」■

https://www.zenshinhoren.or.jp/model-case/kaigaitenkai/

4)商工組合中央金庫(商工中金)「海外進出サポート」

商工中金は国内外全店舗に「中小企業海外展開サポートデスク」を設置し、海外進出に必要な海外投融資から貿易金融まで、個別相談によるサポートを行っています。

■商工中金「海外進出サポート」■

https://www.shokochukin.co.jp/corporation/service/support/

5 海外で渡り合える「グローバル人材」の確保・育成

初めて海外展開を行う企業にとって障害となりかねない問題として、「ヒト」の問題が挙げられます。海外で存分に力を発揮できる人材の確保や育成は、実務面での大きな課題です。

単に語学力があるだけでは、海外展開の重責を担う資質として不十分です。現地の文化や習慣に敬意を払って順応し、多様性や現地の事情を認めながらも、大事なところでは折れずに自社の立場を主張できる「グローバル人材」の育成が求められます。

1)東京都中小企業振興公社−海外展開支援−「海外人材育成支援」

国際ビジネスに対応できる人材育成を総合的にサポートしており、貿易実務者養成講習会やグローバル人材育成講座などを開催しています。

■東京都中小企業振興公社−海外展開支援−■

https://www.tokyo-kosha.or.jp/TTC/

2)日本生産性本部「コンサルティング・人材育成支援(海外進出企業支援)」

海外での経営の効率化や、現地スタッフおよび現地駐在日本人の育成を支援しています。具体的には、現地スタッフのマネジメント力向上などの課題の解決を支援しており、現地社員の意識調査や、マネージャー育成プラグラムなどを行います。

■日本生産性本部「コンサルティング・人材育成支援(海外進出企業支援)■

https://www.jpc-net.jp/consulting/mc/global/vietnam.html

3)海外産業人材育成協会(AOTS)「技術協力活用型・新興国市場開拓事業」

海外事業を展開する上で必要となる人材の育成を支援しています。対象となる国・地域は経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会が定めるODA対象国・地域です。一般研修と管理研修の2つのコースがあります。

■海外産業人材育成協会(AOTS)「技術協力活用型・新興国市場開拓事業」■

https://www.aots.jp/hrd/technology-transfer/receiving/oda/

4)外部人材の招請

社内でグローバル人材を育成するのは容易ではありませんし、時間もかかります。社内で人材が育つまで、外部から経験者を中途採用するというのも現実的な方法です。

最近では海外に居住している日本人も多いので、現地の事情に精通している日本人の現地採用を検討してもよいでしょう。

6 現地の法規制への対応は専門家のアドバイスが必須

海外展開を行うには、現地の法規制にしっかりと対応する必要があります。法規制への対応といっても、出資や土地取得などに関する法規制、知的財産権に関わる法規制、税制や会計制度など多岐にわたります。

それぞれ現地の事情に詳しい専門家のアドバイスを受けることが不可欠ですが、公的機関などが海外展開時の法規制への対応に関して、一部サービスを提供しています。

1)日本弁護士連合会「中小企業の国際業務支援事業(弁護士紹介)」

日本弁護士連合会では、ジェトロ、東京商工会議所、日本政策金融公庫、国際協力銀行、国際協力機構などを通じて依頼があった際に限り、弁護士の紹介サービスを行っています。

海外展開において、相手国側の企業・団体との契約書のチェックなどで法的知見を必要とする場合や、トラブルが発生した際のアドバイスをしてくれます。初回の相談は30分無料です。

■日本弁護士連合会「中小企業の国際業務支援事業(弁護士紹介)」■

https://www.nichibenren.or.jp/activity/resolution/support.html

2)法務省「日本企業及び邦人を法的側面から支援する方策等を検討するための調査研究」

日本企業の海外展開を法的な側面から支援するための調査研究の結果を掲載しています。調査対象の国は限られていますが、海外展開を検討している国であれば参考になります。

■法務省「日本企業及び邦人を法的側面から支援する方策等を検討するための調査研究」■

https://www.moj.go.jp/housei/shihouseido/housei10_00135.html

3)工業所有権情報・研修館「海外展開知財支援窓口」

海外駐在経験などを持つ知財のスペシャリスト「海外知的財産プロデューサー」が、海外ビジネスにおける知的財産のリスク管理に関してアドバイスします。また、ビジネス展開に応じた知的財産の権利化や、取得した権利を利益に結びつけるための活用方法を提案します。相談は無料で、全国どこにでも訪問します。

また、海外での知財リスクに対応するために、新興国などの知財実務情報を「新興国等知財情報データバンク」で提供しています。

■工業所有権情報・研修館「海外展開知財支援窓口」■

https://faq.inpit.go.jp/gippd/service/

■工業所有権情報・研修館「新興国等知財情報データバンク」■

https://www.globalipdb.inpit.go.jp/

以上(2023年6月更新)

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