【取締役】 取締役を選任・離任する際のルール

書いてあること

  • 主な読者:取締役や監査役の選任・離任などの予定がある経営者
  • 課題:取締役や監査役の選任・離任などの手続きは複雑でよく分からない
  • 解決策:基本は株主総会や取締役会の決議によって決まる

1 中小企業でも経営陣の見直しが進む?

中小企業で取締役や監査役が変更されるケースは少なく、

  • 事業承継に向けた世代交代
  • コロナ禍で勝ち残るための体制整備

などに限られます。ただ、会社の経営陣の交代は重要なできごとであり、抜け漏れなく手続きを行いたいものです。

この記事で想定するのは、中小企業に多く見られる「非公開会社」で、機関設計は「取締役会・監査役設置会社」です。非公開会社とは、

全ての株式の譲渡について、会社の承認が必要となる旨を定款に定めている会社

のことです。

2 取締役の選任

1)取締役の選任

取締役は、株主総会の普通決議で選任されます。普通決議とは、

議決権を行使できる株主の議決権の過半数を有する株主が出席(定足数)し、出席した株主の議決権の過半数の賛成(決議要件)による決議

です。定足数については、定款に定めることで議決権の1/3以上の割合に変更することができます。決議要件については定款に定めることで過半数を超える割合に変更することができます。

決議の後、

会社が「取締役委任契約」を申込み、選任された者が承諾すれば正式に取締役に就任

となります。

2)取締役の任期

取締役の任期は2年です。より正確には、

選任後2年以内に終了する事業年度のうち、最終のものに関する株主総会の終結のときまで

となります。ただし、定款に定めれば10年まで伸長できます。また、定款または株主総会の普通決議によって短縮することもできます。

3)取締役の登記

取締役が就任を承諾した日から2週間以内に登記する必要があります。登記申請書の書き方や添付する本人確認証明書などは法務省のウェブサイトで確認できます。再任の場合も改めて登記が必要となります。

■法務省「商業・法人登記の申請書様式」■
http://houmukyoku.moj.go.jp/homu/COMMERCE_11-1.html

4)取締役の欠格事由

会社法上の欠格事由は次の通りです。

  • 法人
  • 会社法、一般社団法人法、および会社法331条1項3号が定める金融商品取引法等の各種法令に定める罪を犯し、刑に処せられ、刑の執行を終え、または、刑の執行を受けることがなくなった日から2年を経過しない者
  • 2.に挙げた法律以外の法令に違反し、禁固以上の刑(禁固、懲役、死刑)に処せられ、その執行を終わるまで、または、その執行を受けることがなくなるまでの者(刑の執行猶予中の者は除く)

欠格事由に該当する場合、株主総会の選任決議は無効となります。また、在任中に欠格事由が生じたときは、直ちに取締役の地位を失います。

5)取締役の資格の加重

定款で定めれば、取締役の資格を加重できます。例えば、次のように取締役が株主でなければならない旨を定めることができます。

第●条(取締役の資格)
取締役は、当会社の株主の中から選任する。ただし、必要があるときは、株主以外の者から選任することを妨げない。

資格の加重は、各社の具体的事情に応じ、不合理なものでない限り認められると考えられています。なお、公開会社の場合は取締役が株主でなければならない旨を定款で定めることはできません。

6)取締役の選任権限の特定

「種類株式」を発行している場合、特定の株主だけが取締役の選任決議に出席できるようにすることができます。種類株式とは、権利の内容が異なる2種類の株式のことです。具体的には、

「取締役選任権付種類株式」を種類発行している場合、取締役は、その種類株式を保有する種類株主が出席する種類株主総会の普通決議で選任

されます。つまり、一定の株主だけが取締役の選任に関わることができるということです。

3 取締役の離任

1)会社に承諾のない辞任

会社と取締役とは委任の関係にあり、

取締役は、いつでも委任契約を解除し、辞任する

ことができます。辞任について会社の承諾は不要で、意思表示が会社に到達したときに効力が発生します。

会社としては、承諾していない辞任を防ぎたいので、

他の取締役の合意や事前告知(6カ月前までの意思表示など)など、辞任を制限する旨の合意をさせる

ことがあります。とはいえ、こうした合意の効力については考えが分かれます。実際、「取締役を辞任するには取締役で構成される会の承認が必要」という特約を無効とした事例もあります。

なお、やむを得ない事由がある場合を除き、会社に不利な時期に辞任した取締役は、会社に対して損害賠償義務を負います。

2)取締役の解任

会社は、株主総会の普通決議で、いつでも取締役を解任できます。また、決議要件については、定款に定めて加重できます。例えば次のようにです。

第●条(取締役の解任)
取締役の解任決議は、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、その議決権の3分の2以上をもって行う。

1.解任の訴え

取締役が職務執行に関して、不正行為または法令や定款に違反する重大な事実があるのに、株主総会で取締役解任議案が否決されてしまった場合、解任の訴えができます。具体的には、

総株主の議決権の100分の3以上を6カ月前から引き続き有する株主、または発行済み株式の総数の100分の3以上を6カ月前から引き続き有する株主が、株主総会の日より30日以内に、問題のある取締役の解任を裁判所に請求

します。裁判所が取締役の問題を認定すれば、解任の判決を言い渡します。

2.職務執行停止・職務代行者選任の仮処分

解任の訴えに対する裁判所の判決を待っていては、会社に重大な損害が生ずる恐れがある場合、職務執行停止・職務代行者選任の仮処分ができます。これは、現に会社の経営等に携わっている取締役につき、その職務執行を停止して、職務代行者を選任する仮の処分を申し立てることです。

3)取締役を解任した場合のリスク

正当な理由なく解任された取締役は、会社に損害賠償請求ができます。ここでいう「正当な理由」とは、職務遂行上の法令・定款違反行為、心身の故障、職務の著しい不適任といったものです。

また、取締役が会社に請求する損害賠償の「損害」とは、取締役を解任されなければ任期期間中に得られた利益の額です。分かりやすくいうと、任期満了日までの報酬相当額や役員退職金です。

4)補欠取締役で取締役の欠員に備える

取締役に欠員が生じた場合、会社は新しい取締役を選任しなければなりません。これをしないと、会社の現在の取締役は100万円以下の過料に処せられることがあります。

こうした事態に備える方法に、補欠取締役の選任があります。補欠取締役の選任決議の有効期間は、定款に別段の定めがある場合を除き、その決議の後に最初に開催する株主総会の開始までです。

また、民法の委任終了事由(取締役の死亡、破産手続開始決定、成年後見開始の審判)の発生、欠格事由の発生または解任により欠員が生じた場合、裁判所は、利害関係人の請求により、一時取締役の職務を行う者(「一時取締役」)を選任することができます。任期満了または辞任により退任した取締役に権利義務を認めるのが不適切な場合も同様です。

5)会社や取締役が破産した場合の地位

会社が破産しても取締役の地位は継続します。

一方、取締役が破産した場合、いったん辞任したと解されます。破産手続開始決定は、民法上の委任終了事由に該当するためです。ただし、すぐに株主総会の普通決議で同じ人を取締役として選任することができます。

4 代表取締役の選任・離任

1)代表取締役の選任

代表取締役の選任手続きは、取締役会の設置の有無によって異なります。取締役会設置会社の場合、

取締役会の決議によって1名以上の代表取締役を選定

しなければなりません。この場合、取締役が自らを代表取締役に推すことはできますが、これは問題ないとされています。業務執行決定への参加なので、特別利害関係には当たらないとされているからです。

なお、取締役会非設置会社の場合、別途、代表取締役を定める必要はありません。これは、各取締役が会社を代表するためです。ただ、任意に代表取締役を定めることは可能で、定款の定めに基づく取締役の互選か株主総会の普通決議等で決めることが一般的です。

2)代表取締役の離任

代表取締役の離任には、解任と解職があります。

  • 解任:代表権と取締役の地位を失わせること。会社との委任関係は終了する
  • 解職:代表権のみを失わせ、平取締役とすること。引き続き取締役の権限はある

解任の手続きは、前述した取締役の場合と同じです。

一方、解職の手続きは取締役会が設置されているか否かによって異なります。取締役会設置会社では、取締役会の決議によって解職します。この取締役会では、解職請求されている代表取締役は特別利害関係を有する取締役に該当するので、議長になったり、議決に加わったりすることはできないとされています。前述した選定の場合とは違う考え方です。

なお、取締役会非設置会社は、選任の際と同じ方法によって解職します。

3)代表取締役に欠員が生じた場合

代表取締役に欠員が生じた場合、任期満了または辞任により退任した代表取締役は、新たに選定された代表取締役が就任するまで代表取締役としての権利義務を有します。

また、死亡などにより代表取締役に欠員が生じ、新たに代表取締役を選任する間に仮の代表取締役を置く場合など、裁判所は必要があると認めるときは、利害関係人の申し立てにより、一時代表取締役を選任することができます。

5 監査役の選任・離任

1)監査役の選任

監査役とは、

取締役および会計参与の職務執行を監査する機関

であり、株主総会の普通決議で選任されます。

監査役がいる場合、取締役が株主総会に監査役選任議案を提出するには、監査役の同意が必要です。これは、監査役の地位を強化して、監査の公正を確保する趣旨です。監査役には株主総会における意見陳述権も認められています。

非公開会社は、監査役を株主に限定する旨を定款で定めることができます。監査役の欠格事由は取締役の欠格事由と同じです。注意が必要なのは、

監査役は、その会社や子会社の取締役・支配人その他の使用人、または、その子会社の会計参与・執行役を兼任できない

ことです。

2)監査役の任期

監査役の任期は4年です。より正確には、

選任後4年以内に終了する事業年度のうち、最終のものに関する株主総会の終結の時まで

となります。ただし、定款に定めれば10年まで伸長できます。

なお、監査役を置く旨の定款の定めを廃止するなどといった特定の定款変更がされると、その効力が発生した時点で監査役の任期が満了します。

3)監査役の離任

監査役の離任は取締役と同じですが、解任は株主総会の特別決議によります。特別決議とは、

議決権を行使できる株主の議決権の過半数を有する株主が出席(定足数)し、出席した株主の議決権の3分の2以上の賛成(決議要件)による決議

です。

なお、監査役が正当な理由なく解任された場合の損害賠償請求は、取締役とおおむね同じです。また、監査役はいつでも辞任できますが、後任が決まらないまま欠員が生じた場合、辞任した監査役は、後任者が就任するまで監査役の権利を有し、義務を負います。

以上(2023年4月)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 小出雄輝)

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画像:Artur Szczybylo-shutterstock

【朝礼】最近、名刺は減っていますか

名刺はビジネスパーソンの必須アイテムと言われています。今日はその名刺についてお話ししようと思います。まず私の思い出話から始めますと、社会人になって初めて名刺ができたとき、とてもうれしかったものです。何か急に自分が偉くなったような気がしたからです。まだ学生だった後輩や、他社に就職した友人に自慢気に配ったのを覚えています。

ところで、皆さんの名刺を交換する際のマナーはおざなりになっていませんか。できれば、今日、隣の人を相手に名刺交換のロールプレイングをしてください。そこで、名刺交換のマナーを確認してください。

さて、皆さんは、この1カ月間で何人の方と名刺交換をしましたか?私は先月1カ月間で40人と名刺交換しました。知人の中堅企業の経営者は毎月セミナーや勉強会に参加しますし、その他のお付き合いもあるので、1カ月間で100枚の名刺がなくなると言います。営業などに従事する方は社外の方との接触が多いため、名刺の減りは早いでしょう。一方、内勤の方の多くは、名刺はなかなか減らないのが実情でしょう。内勤の方でも、100枚の名刺がなくなるまでに、1年以上かかるようでしたら、名刺交換できるようなシーンに身を置く必要があるでしょう。勉強会に参加する、あるいは、ネットのオフ会に参加するのもよいかもしれません。

一方、たくさん名刺を配っている人は、それだけ多くの名刺を頂いていることになります。頂いた名刺を分類してみると面白いことが分かります。

まずは、業種、役職、年齢で分別してみましょう。これら3つは偏る傾向にあります。わが社の業務に関連した業種や、役職や年齢の近い方の名刺が多くなるでしょう。できれば、セミナー・勉強会・異業種交流会などに参加して、普段ではあまり付き合いがないと思われる業種や、年齢の離れた方と名刺交換し、人脈を広げておくことも大切です。なぜならば自分や、自分の属する業界を客観的に見ることができるからです。

例えば個人情報保護法への対応一つとっても、金融業界と不動産業界、そしてメーカーでは異なるはずです。「自社の常識は他社の非常識」を認識することができるのです。多く名刺を交換する人は週に1度、少ない人は月に1度、名刺を頂いた方一人ひとりについて思い出してみましょう。名刺交換したきり、1度メール交換しただけで終わりになっている人には、電話やメールで改めて連絡しましょう。「人脈は庭の手入れと一緒」と言われます。せっかく、名刺があるのです。こまめに連絡を入れるように心がけましょう。

以上(2023年5月)

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画像:Mariko Mitsuda

“経営的視点”を習慣にするための部下と上司の秘けつ/武田斉紀の『誰もが身に付けておきたい“経営的視点”』(11)

書いてあること

  • 主な読者:会社経営者・役員、管理職、一般社員の皆さん
  • 課題:経営幹部や管理職の方はもちろん、若手社員の方でも「経営的視点で見るように」と社長や上司から求められた経験がないでしょうか。その場でうなずきはするものの、「経営的視点とは何か?」「それは社長以外の社員に必要なのか?」「会社員として働く上で、人生において価値があるのか?」「そもそもどのように身に付けていけばいいのか?」といった疑問をお持ちではないでしょうか
  • 解決策:課題で挙げたさまざまな質問に対して、『“経営的視点”の身に付け方』というテーマで、全国で多くの講演を行っている筆者が明快に回答します。“経営的視点”はこれからの時代において新入社員から求められる視点であって、より早く身に付けられれば、その分、仕事においても人生においてもプラスであると分かるはずです

1 「採用」=エントリーマネジメントの重要性

シリーズ『武田斉紀の「誰もが身に付けておきたい“経営的視点”」』も残すところあと2回となりました。

“経営的視点”をより早く身に付けられれば、誰にとってもその分、仕事においても人生においてもプラスになります。では「どうすれば身に付けられるのか」について、次の3点をご提案してきました。

全社員が持てる“経営的視点”の観点として、ご提示している3点
1)会社の【成長】
2)会社の【組織力】
3)会社の【存在意義】

前回は「3)会社の【存在意義】」について、いかにして企業の【存在意義】を定めて社内で共有浸透していけばいいかについて取り上げました。最初で肝心なのは入り口となる「採用」です。各社で異なる会社の【存在意義】を共有できる人材かどうかを「採用基準」の1つとするべきです。

いくら「実績が高い」人であっても、「【存在意義】に対する共有度が低い」ことで一人会社の目指す目的や価値観と異なる方向に走り出してしまったら、お客様は「この会社は私の期待と違う」と失望するでしょう。周りの従業員にとっても、これまで【存在意義】の実現に向けて取り組んできた努力が水の泡です。

「実績が高い」に越したことはないですが、「実績が低い」人であっても「【存在意義】に対する共有度が高い」ならば、本人はその実現に向けて努力を惜しまないでしょう。姿勢は周りの従業員にも良い形で伝播(でんぱ)しますし、お客様も時に支援者となって一緒に育てていってくれるでしょう。

「【存在意義】に対する共有度が高い」か否かを限られた面接でどうやって見抜けばいいか自信がないという担当者もいらっしゃるでしょうか。採用決定までにできるだけたくさんの場面を用意して会って判断していくことをお薦めしますが、1つヒントを差し上げましょう。

「【存在意義】に対する共有度が高い」か否かを判断するには、本人に直接「この会社は入社後に、あなたに毎日【存在意義】の実現を求め続けるけれど、大丈夫ですか?」と最終確認することです。

まだ言葉が足りないようでしたらこう添えてください。「もしあなたがそれを苦痛に感じそうなら、お互いにとって不幸でしかないから今からでも考え直したほうがいいですよ。でも喜んで取り組めそうなら大歓迎です、ぜひ一緒に頑張りましょう!」

2 “経営的視点”を理解できても、「継続し、習慣化していく」難しさ

「採用」=エントリーマネジメントで成功して、「【存在意義】に対する共有度が高い」人材を迎えられたとしましょう。次は【存在意義】を実際に実現していく段階です。

【存在意義】を共有していれば、日々の仕事を通じて実現していくことはごく自然なことになるはずです。全員で同じ目的や価値観を共有することで、結果的に“経営的視点”が身に付くことになります。それは全従業員にとって、「1)会社の【成長】」や「2)会社の【組織力】」の観点よりもより身近な方法といえるでしょう。

しかしながら3つの観点に共通していえるのが、“経営的視点”を維持し、高めていくことの難しさです。“経営的視点”とは何かが何となくでも分かったとして、それを「継続し、習慣化していく」のは簡単ではないからです。

「継続し、習慣化していく」難しさについては、私の他のシリーズでも何度か説明したことがあります。私が講演で「プライベートでもよいので、毎日あるいは毎週、長く続けていることがありますか?」と質問しても、自信をもって手を挙げる人はほんのひと握りです。

続けている習慣があるという人にコツを聞くと、前提となるポイントが2つあるようです。1つは“楽しいこと”。もう1つはいつまでにこうなりたいといった“明確な目標があること”。例えば「1年後に海外留学できるように語学を習得したい」「来年のゴルフコンペで優勝したい」。それによって何かが得られるというご褒美は、“楽しいこと”でもあるでしょう。

趣味などであれば“楽しいこと”に直結するでしょうし、「継続し、習慣化していく」のもさほど苦痛ではないでしょう。よく言われるように最初から大きな目標を掲げず、小さいことから3日、1週間と始めてみればいいのです。

これが仕事となるとどうでしょう。のっけから“楽しい”イメージはしづらそうですが、「3)会社の【存在意義】」に共感していて、共に実現していきたいと思えていたらどうでしょうか。

「お客様を笑顔で幸せにする」という【存在意義】を共有して入社した会社で、ある日自分の試行錯誤で1人のお客様を笑顔にできた。うれしい、明日はもっと笑顔にしたい、もっと多くの人を笑顔にしたいと思える。

とはいえうまくいかない日もある。なぜだろうと振り返り、明日こそはと自分なりに考えて工夫する。翌日またお客様を笑顔にできた。よしっとガッツポーズをして、明日はもっと工夫してやってみようと心に誓う。

こうした試行錯誤はぜひ職場の仲間とミーティングやコミュニケーションツールを活用して随時共有してください。同じ失敗を全員がする必要もありません。前向きな失敗は宝物、失敗を責め合うより、みんなで共有して、一人ひとりがさらなる高みに進んでいけるように工夫し合えばいいのです。

気が付けば【存在意義】の実現という仕事が、習慣のように変わっているでしょう。

3 “経営的視点”で上司に提案して撥(は)ね返されたら、その上の上司に提案しよう

“経営的視点”を「継続し、習慣化していく」ために、3つの観点に共通して肝要なのは、上司がメンバーの「邪魔をしない」むしろ「応援する」ことです。

「1)会社の【成長】」や「2)会社の【組織力】」の観点においても、一度理解できれば「継続し、習慣化していく」のは可能です。

「1)会社の【成長】」で、「全従業員が1年で1年分成長しなければ、会社組織は衰退するし、給料だって上げられない」とある社員が気付いたとします。彼は自分が1年後にいるべきピラミッドの高い位置から俯瞰(ふかん)して、職場の改善点を上司に提案します。

ところが上司が「余計なことはするな、あなたは与えられた目の前の仕事だけをこなせばいいのだから」と叱ったらどうでしょう。本人は二度と“経営的視点”を持とうと思わないかもしれません。上司に目をつけられたら、今後の会社員人生すらも危ういからです。

これでは、せっかく社員が気付いた“経営的視点”の継続も習慣化も不可能でしょう。

部下が“経営的視点”を持つことを邪魔する上司は、きっと怖いのです。部下が“経営的視点”を持って、いつか自分の地位を脅かすのではないかと。

だとすれば、あなたはどうすればいいでしょうか。

直属の上司を飛ばして、さらに上の上司に提案してみましょう。そして機会があれば、最後は社長に聞いてみてください。社員一人ひとりが“経営的視点”を持つことに反対する経営者はいないはずです。

もしもあなたの会社の経営者が、社員一人ひとりが“経営的視点”を持つことに反対したら、即刻転職することをお薦めします。そんな会社に未来はないからです。

4 上司が“経営的視点”の継続のために、すぐに取り組めること

私がふだん企業理念コンサルタントとして、企業理念やパーパスを共有浸透した後に、継続していくためのマストとしてご提案していることが3つあります。

  1. トップと上司が社員に語り続ける
  2. 理念一貫、個人目標化
  3. 仕組み作り…「理解する」「実践する」「褒める」

2.は少し解説すると、一人ひとりが自分の個人目標から企業理念を見上げたとき、「自分の目標を達成すれば、課の目標に、部の目標に、全社の目標に貢献できて、企業理念の実現に一歩近づける」という実感が持てる目標設定にすることです。

3.も解説すると長くなるので、例だけ挙げておきましょう。「理解する」仕組みはたとえば企業理念やパーパスの中身を最初に理解するための初期研修や、その後現場で実践し応用していくための継続研修です。

「実践する」仕組みは、日々の現場で一人ひとりが企業理念を行動に移して実践し、それを振り返りながら高めていくためのPDSの仕組みです。定期的なミーティングに組み込むことが多いでしょうか。「褒める」仕組みは、理念の実現に貢献した社員の表彰制度の導入や人事評価制度への反映です。

これらの中で、あなたがもし上司の立場ならば、“経営的視点”の継続のためにすぐに取り組んでいただきたいことがあります。1つは「1.トップと上司が社員に語り続ける」こと。“経営的視点”を持つことは本人にとっても会社にとってもメリットが大きいことを、3つの観点を用いながら語り続け、一人でも多くの理解者を増やしていってください。

部下との関係性が良好なのであれば、こう発破をかけてみてもいいでしょう。

「早く“経営的視点”を磨いて成長して、私のポジションを奪ってみせてよ。でないと私もいつまでたっても上に行けないじゃないの」

上司がすぐに取り組めることのもう1つは、先ほど触れたように部下が“経営的視点”に目覚めて、何かを提案してきたら「邪魔をしない」むしろ「応援する」ことです。その一歩はマストの「3.仕組み作り」にある「褒める」です。仕組み作りには時間もかかりますが、上司がその場で「褒める」だけでも部下のモチベーションはぐっと上がります。

若手や新人が“経営的視点”を持って、会社の課題を全体最適で見つけて取り組んだり提案したりしている会社なんて、最強じゃないですか。上司はただそれを「応援する」「褒める」だけでいいのです。

全社員が“経営的視点”を持って取り組んでいる会社は、世の中の変化にも機敏に対応しながら自ずと成長していくに違いありません。

第11回も最後までお読みいただきありがとうございました。次回最終回は、シリーズをまとめた上で、さらなる実践方法について触れたいと思います。

<ご質問を承ります>

ご質問や疑問点などあれば以下までメールください。※個別のお問合せもこちらまで

Mail to: brightinfo@brightside.co.jp

以上(2023年5月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
https://www.brightside.co.jp/

pj90240
画像:NicoElNino-shutterstock

【セキュリティ】 それって本当に社長の指示? ビジネスメール詐欺を見破る方法

書いてあること

  • 主な読者:ビジネスメール詐欺に引っ掛からないようにしたい経営者
  • 課題:「信頼する社長からの指示」という隙を巧妙に突いてくるのでたちが悪い
  • 解決策:むやみに添付ファイルを開いたり、リンクをクリックしたりしない

1 STOP詐欺被害。ビジネスメール詐欺に注意!

ビジネスメール詐欺(Business E-mail Compromise:BEC)の手口は、

社内の経営陣・上司や取引先などになりすまして特定の企業や個人にメールを送り、情報や金銭をだまし取る

というものです。

例えば、攻撃者が社長になりすまして、

極秘の買収案件で資金が至急必要になったので、緊急かつ内密に送金してほしい

などと言って、社員に入金を指示するケースがあります。あるいは、取引先になりすまして、

  • 税務調査が入っており、従来の口座が使用できない
  • 従来の口座が不正取引に使用されたため凍結されてしまった
  • 技術的な問題が発生しており、従来の口座が使用できない

などと言って、振込先口座の変更を依頼してくるケースもあります。

IPA(情報処理推進機構)は、ビジネスメール詐欺(BEC)対策特設ページを開設し、こうした具体事例や、対策のポイントを紹介しています。是非、一度確認してみましょう。

■IPA「ビジネスメール詐欺(BEC)対策特設ページ」■
https://www.ipa.go.jp/security/bec/about.html

ビジネスメール詐欺は、人の心理的な隙を突くもので、ウイルス対策ソフトを導入しても直接的な対策とはならない場合があります。大切なのは、

怪しいメールを見破る方法を知り、「おかしいな?」と気付けるようにする

ことです。

2 怪しいメールを見破る方法

1)類似するドメインが使用されていないか確認

ビジネスメール詐欺では、

正規のドメインに類似するドメインが送信元メールアドレスとして使われる

ことが多くあります。例えば、ドメイン名を1文字入れ替える、追加する、削除する、ドメイン名に使われている「m(エム)」を「rn(アールエヌ)」にすり替えるなどがあります。

2)メールのヘッダ情報を確認

メールのヘッダ情報とは、

受信したメールがどこから、どのような経路で送られてきたのかを記録したもの

です。具体的には次のような内容が記録されています。注目していただきたいのは、FromとReturn-Pathです。通常、これらは同じになりますが、Fromが正規のドメインを偽装したものである場合、Return-Pathが本当の送信元である可能性があります。

  • 送信元:From
  • 送信先:To
  • メールが送信された時刻:Date
  • メールが配送されたルート:Received
  • メールの返信先:Reply-To
  • メール配信エラーの際の差し戻し先:Return-Path
  • メールの識別番号:Message-ID
  • 送信元の使用メールソフト:X-Mailer

ヘッダ情報の確認方法については、日本データ通信協会の次のウェブサイトを参照ください。

■日本データ通信協会「Eメールヘッダ情報の確認方法」■
https://www.dekyo.or.jp/soudan/contents/ihan/header.html

また、マイクロソフトが提供する「Message Header Analyzer」では、コピーしたヘッダ情報を貼り付けて、1クリックするだけで解析結果を表形式で確認することができます。

■マイクロソフト「Message Header Analyzer」■
https://mha.azurewebsites.net/

3 「おかしいな?」と気付いて手を止めるためには

まず、不審なメールの添付ファイルを開かない、メール本文中に記されたURLをクリックしないことを徹底しましょう。また、メールで緊急の送金依頼や振込先口座の変更依頼を受け取った場合、

必ず送信元に電話などで内容を確認する

ことを徹底します。その際、メールに記載された電話番号などは偽装されている恐れがあるので、名刺や自分のアドレス帳の連絡先に連絡します。

加えて、送金に係る経理担当者に対して、定期的にビジネスメール詐欺に関する注意喚起やセキュリティ教育を行うことが大切です。

4 マルウェア「Emotet(エモテット)」にも要注意!

ビジネスメール詐欺とは異なりますが、実在のメールアカウント情報が利用される点で、マルウェア「Emotet」への感染にも要注意です。

IPAによると、2023年3月に入って、Emotetの感染に至るメールの配布が確認されています。

「Emotet」に感染してしまうと、端末に保存されていたメールの情報やアドレス帳に登録されていた担当者名などの情報が窃取されてしまいます。さらに、実在の相手の氏名、メールアドレス、メールの内容等の一部が、攻撃メールに流用されます。攻撃メールは「正規のメールへの返信を装う」内容となっている場合や、「請求書の件」などと、業務上開封してしまいそうな巧妙な文面となっている場合があり、注意が必要です。

■IPA「Emotet(エモテット)と呼ばれるウイルスへの感染を狙うメールについて」■
https://www.ipa.go.jp/security/security-alert/2022/1202.html

以上(2023年5月)

pj60095
画像:pixabay

【取締役】取締役会の機能と付議事項

書いてあること

  • 主な読者:取締役会を円滑に進めたい経営者
  • 課題:取締役会の機能と、取締役会における主な決議事項などについて確認したい
  • 解決策:取締役会規程および付議事項を一覧にし、取締役会運営時の参考にする

1 取締役会の職務

1)取締役会の概要

取締役会は全ての取締役で組織され、次の職務を行います。

  • 取締役会設置会社の業務執行の決定
  • 取締役の職務の執行の監督
  • 代表取締役の選定及び解職

株式会社(以下「会社」)の最高意思決定機関は株主総会ですが、

取締役会設置会社の場合、株主総会は会社法に規定する事項と定款で定めた事項しか決められない

ことになっています。つまり、

取締役会設置会社では、株主総会で決定すべき基本的事項を除き、取締役会が会社の業務執行に関することを決める

体制になっています。そして、代表取締役や取締役会で業務を執行する取締役として選定された「選定業務執行取締役」が、会社の業務執行機関として定められています(指名委員会等設置会社の執行役を除く)。

なお、多くの会社では、取締役会とは別に「経営会議」などで重要事項を議論しますが、

これは会社法上の機関ではないので、当然ながら、会社法で定められている重要事項は決められない

というのが実情です。

2)会社法における重要事項

次に掲げる事項、その他の重要な業務執行の決定は、会社法の定めによって、取締役会の委任があっても、取締役で決定できないものと規定されています。なお、経営会議での決定に委ねることもできません。

  • 重要な財産の処分及び譲受け
  • 多額の借財
  • 支配人その他の重要な使用人の選任及び解任
  • 支店その他の重要な組織の設置、変更及び廃止
  • 募集社債の総額、その他の社債を引き受ける者の募集に関する重要な事項として法務省令で定める事項
  • 取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備
  • 定款の定めに基づく、役員等が任務を怠ったときの損害賠償責任の免除の決定

2 付議事項の基本的な考え方

取締役会規程に定める付議事項は、原則として、次の3つに整理されます。

  • 法令などに定めのある事項
  • 定款に定めのある事項
  • 業務執行に関する重要事項

法令などに定めのある事項とは、法令や最高裁判所判例で取締役会が当該事項の決議・決定機関とすることが指定または許されている事項です。

また、定款に取締役会決議が必要であると定めた事項についても、取締役会における決議が必要となります。ちなみに、定款の記載事項は、次の3つに大別できます。

  • 絶対的記載事項:必ず記載が必要で、記載を欠くと定款全体が無効となる事項
  • 相対的記載事項:必要に応じて記載が必要で、記載を欠くとその部分が無効となる事項
  • 任意的記載事項:絶対的記載事項と相対的記載事項ではない会社が任意に記載する事項

定款の記載事項のうち、相対的記載事項および任意的記載事項は、定款の定めの有無および記載されている内容が会社ごとに違うので、付議事項との整合性に注意する必要があります。

これらに加えて、業務執行における重要事項であり、取締役会の決議が必要な事項を付議事項として定めます。内容は会社ごとに異なりますが、一般的には、「事業計画や予算計画の承認」、取締役会規程をはじめとした「重要規則(規程)の改廃」などとなります。

3 取締役会規程および付議事項の例

1)取締役会規程の例

取締役会で決議する事項を明確にするために、付議事項を書面で明示するのが好ましいです。その際、予期せぬ重要事項の発生を想定し、付議事項には「その他法令・定款などに定めのある事項、並びに業務執行に関する重要事項」といった条項を設けるのが一般的です。

これを踏まえた取締役会規程(付議事項に関する定め)の例は次の通りです。

【取締役会規程(付議事項に関する定め)の例】
第○条(決議事項)
1)取締役会は、「別紙:付議事項」に定める事項について決議する。
2)第○条第1項にかかわらず、取締役会が必要と認める事項については、取締役会への付議、および取締役会における決議をしなければならない。
3)代表取締役は、急を要する事項などやむを得ない事情がある場合には、法令および定款に反しない限り、取締役会の決議を経ないで第○条第1項に定める事項に関する業務を執行することができる。ただし、代表取締役は、直後の取締役会においてその承認を得なければならない。

2)付議事項の例

付議事項の例は次の通りです。また、取締役会への報告事項も参考として紹介します。

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以上(2023年4月)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 栗原功佑)

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画像:pexels

企業の課題を徹底的に考え抜くアツい2日間「共創BOOT CAMP」/イベントレポート

書いてあること

  • 主な読者:地域企業の経営者、経営幹部。地方創生に取り組む地域の金融機関、自治体
  • 課題:若手などメンバーがイキイキと働く環境をつくり、組織を成長させていきたい
  • 解決策:本気で課題と解決策を議論し、アウトプットする機会をつくる

1 参加者の90%以上が「良かった」と感じるブートキャンプ

2023年2月の某金曜・土曜の2日間。

「こんなに熱量高い共創ブートキャンプ、多様な参加者の本気度合いがすごすぎる……」

曇天で、チラホラと雪が舞う北陸の地。外の寒さとは対照的に、室内では激アツな2日間のブートキャンプ、議論が繰り広げられていました。

この「共創BOOT CAMP」とは、地域企業の課題解決のために、地域企業と地域経営支援機関、そして都市部など「外」の人材が1泊2日の合宿集中形式でひたすら議論を重ね、地域企業の課題の明確化と、「明日から取り組める」解決プランを作成していくプログラムです。

共創BOOT CAMPの運営は商工中金・アイコック(協同組合全国企業振興センター)・合同会社RBXが運営しており、今回は金沢(石川県)で開催されました。目指すのは、地域企業の課題と解決策の明確化、ひいては地域の活性化、地域を超えた雇用の創出です。

ブートキャンプのプレイヤーは主に3者。課題を抱える地元金沢の企業(参加企業)、課題と解決策を一緒に考える都市部などからの人材(外部人材)、そして商工中金の若手営業担当者です。この3者が1泊2日、カンヅメ状態で課題解決のために議論します。

じっくり現場で2日間、張り付いて見学させていただいて、まさに、

参加企業よし、外部人材よし、商工中金よしの「三方よし」な取り組み

と感じました。そして、聞いているだけで脳みそにも汗をかきそうな圧倒的な熱量の議論。

参加者アンケートでは、なんと全体の93%が「非常に良かった」あるいは「良かった」と回答したとのこと。現場で見た参加者の目の輝き具合からすると、皆が良かったと感じているのは本当だろうと分かります。

この記事では、知恵熱が出そうなこのブートキャンプの内容をお伝えしたいと思います。地域企業がこれから成長するヒント、若手が意欲的に仕事に取り組むヒント、そして人生において「夢中になれるもの」を見つけるヒントなどに、少しでもお役立ていただければ幸いです。

なお、ブートキャンプでは参加企業の「本当の課題」についての議論でしたので、企業名などは伏せ、課題もぼやかしています。ご了承ください。

1日目。はじめに全体オリエンテーションをしている様子(写真提供:アイコック(協同組合全国企業振興センター))

1日目。はじめに全体オリエンテーションをしている様子(写真提供:アイコック(協同組合全国企業振興センター))

2 三者三様の参加する意義

見学していて、熱量と本気度合いに驚き、感動しまくった2日間。なぜここまでの熱量だったのかを改めて振り返ってみました。

ブートキャンプでは、プレイヤー3者が、参加企業の掲げる課題をより明らかにした上で、具体的な解決策を考えるべく議論していきます。ここでまず注目したいのは、ただ議論して終わりではなく、

アウトプットの形と、ブートキャンプにおける明確なゴールが設定されている点

です。

アウトプットの形としてあるのが「100日プラン」です。これは、課題解決のために「明日から100日間で何をやるか」の具体的な計画です。100日間の計画! 解像度高く考えようとするとかなり大変です。そしてブートキャンプにおける明確なゴールとして、「明確化した課題と、解決するための100日プランを、ブートキャンプの集大成として経営者(あるいはメンバー)にプレゼンする」ことになっています。100日プランを実行するには、プレゼンでOKをもらわないといけない、ということになります。

これを2日間、もっと言えば1日目の午後と2日目の午前なので実質14〜15時間でやらなければなりません。参加者は必死です。しかも、企業として直面している実際の課題なので、本気も本気、超真剣です。参加企業のメンバーのお一人も、「日ごろは目の前の仕事に必死で、こんなに頭を使って議論する機会がない。必死になって考え、話した。こういう経験はしたことがない。とても勉強になった」という趣旨の感想を言っていました。

プレイヤー三者三様の視点でこのブートキャンプの意義・意味を考えると、次のように整理できます。こうしてみると、なるほど熱量が高くなるはず、と思います。

・参加企業(参加している企業のメンバー)
取り組むのは、緊急度は高くないが重要度が高い、「企業のこれからの成長」に必要な実際の課題。課題に対して100日プランを考え、ブートキャンプ最後に経営者(あるいはメンバー)にプレゼンして了解を得て、100日プランを実行していかなければならない

・外部人材(東京など他地域から参戦してきた専門的知識や経験のある人材)
初めて関わる地域、参加企業の課題を「本当にその課題認識で良いのか?」からスタートして具体的な100日プランの組み立てまで持っていくため、手腕、実力がかなり問われる。ブートキャンプ後も、実際にその参加企業と一緒に仕事をするチャンスもある

・商工中金の若手営業担当者
参加企業は若手営業担当者にとって担当の取引先なので、これまでも関わっているものの、企業のメンバーと実際に話したり、具体的な課題を一緒に考えたりするのはほぼ初。実際の企業のビジネス課題を目の当たりにし、初めて腹に落ち、実感できる

3 参加者一人ひとりが持ち帰る色々なもの、今後への可能性

今回、ブートキャンプの参加企業は3社。業種、規模、課題もそれぞれまったく違います。この3社に、外部人材が1人ずつと、商工中金の若手営業担当者が加わって、一つのチームになります。今回は3チームとなり、チームごとに部屋を分かれて2日間、議論しまくりました。

参加企業に声をかけて集めたのは商工中金・金沢支店です。このブートキャンプ発起人のお一人でもある金沢支店長にお聞きしたところ、もともと商工中金・金沢支店と積極的にコミュニケーションを取っており、課題感も割と明確な取引先企業に声をかけ、その企業を日ごろ担当している若手営業担当者がブートキャンプに参加するという形をとっているそうです。中にはまだ20代前半、営業担当になって2年目という若手の方もいました。

この2日間で、商工中金の若手営業担当者が、自分が担当している参加企業のメンバーとたくさん議論し、信頼関係を強めていく様子が印象的でした。参加企業からしてみれば2日間、商工中金が、というより、「その人(担当の若手営業担当者)」が必死で自分たちの課題の解決だけを考えてくれるわけです。

  

一方、商工中金の若手営業担当者から見れば、普段は知る由もない企業メンバーが何をどう考えて仕事をしているかが分かるので、「血の通ったビジネスの話」が初めてできる感じです。実際に、参加した商工中金の若手営業担当者は次のようにコメントし、目を輝かせていました。

今までは、経営者や財務担当者しか話をしたことがなかったが、今回、メンバーの方とたくさん議論して「こんなに会社のことを思って働いている人がいる会社なんだ」「こういうことに課題感を感じているのか」などが初めて分かって、本当に良かった。

こうした「担当している地域企業の課題に、若手が入り込んでいく」取り組みは、他の地域金融機関にも参考になるかもしれないと思います。そしてこれは、金融機関だけの話ではありません。地域企業にとっても同じです。若手や中堅どころのメンバーが日ごろ感じている課題感を明らかにしたり、その解決策を皆で議論したりすることで、思わぬ発見・成長の可能性も。

実際、以前、金沢で実施したこのブートキャンプの参加企業では、参加した企業のメンバーが普段と違って課題や解決策をバリバリ議論してくれ、経営者側にとってはうれしい驚きがあったそうです。

いずれにしても、必死で14〜15時間議論するので、誰もが取り繕ったり格好つけたりしている時間も余裕もない。一人ひとり、全人格とこれまでの経験・知識を総動員してぶつかり合う。これが、圧倒的な熱量を生む理由の一つかもしれません。大げさでなく、こういうものに参加することが、人生を変える機会や出会いの一つになるかもしれないと思いました。アツい!

アンケートから抜粋した参加企業のコメントを一部ご紹介します。参加企業から見ると、他地域の外部人材や商工中金の若手営業担当者などは、普段語り合うことのない「外の人」なので、その視点が入るのは新鮮で、かつ大いなる気づきがあったのではないでしょうか。

【参加企業からのコメント】

・プログラム名(ブートキャンプ)の通り、 2日間で火付けを考えることができ、とても良い勉強になった。

・自社の見たくない現実を見るという観点で成長につながった。

・会社の利益貢献をしていく上で、現在の課題を客観的に見つめ直す良いきっかけとなった。

・普段の業務では社外の方と課題について話し合う機会がないため、銀行の視点、コンサルの視点(異業種の方の視点)を併せて考えることができ勉強になった。

・今まで経営について考えることがなかったため、数字(経営)の考え方も学ぶことができ大変勉強になった。

実際に、多種多様な人が集まって議論するので、さまざまな化学反応も起きていました。例えば、「売上を上げたい」という課題(ぼやかしています)を掲げた参加企業に対して、外部人材から「誰からの売上を上げる? そもそも対象としている顧客は誰か?」といった問いが発せられ、改めて「自社にとっての顧客」を考えてみた。すると参加企業のメンバーだけでは出て来なかった新しい課題が浮き彫りに。「根本的な課題はそこか!」となったりもしていました。

4 2日間の最後はプレゼン。ここからがスタート!

このブートキャンプを通じてずっと感じていた圧倒的な熱量ですが、それには事務局として全体のファシリテーター役のRBXの皆さん、そしてアイコックの皆さんの本気度のすごさも大いに関係している気がします。3チーム、それぞれ部屋も分かれて2日間議論、プレゼンするのですが、RBXの皆さんは、3つの部屋を行ったり来たりしながら、議論が停滞・拡散しすぎたりすると、軌道修正を図ったり質問を投げかけたりします。

当日2日間だけでなく、前準備も後工程も含め、事務局側も本気、必死です。「地域企業や地域金融機関、ひいては地域を活性化させよう」「地域で働く外部人材を発掘しよう」という思いがなければ続けられることではないな……とすごさを感じます。事務局では、金沢の次回や、他地域でのブートキャンプなども企画しているそうです。こうした取り組みが、ぜひ全国に広がってほしいと思います!

さて、2日目の午後。ブートキャンプの集大成、プレゼンが行われました。プレゼン対象である参加企業の経営者・経営者層が土曜日の午後にこのプレゼンのためだけに時間をつくる、会場にやってくる。このことも参加企業の本気度が伺えます。そして商工中金は、本社人事部がオンラインで参加。確かに若手の育成にとってはとても良い経験かもしれません。

「育成」というより、イキイキと意欲的に自分ごととして意見を言ったり必死で議論にくらいついていったりすることが、参加した本人の大きな宝物になっているのは間違いないでしょう。

「よくここまで100日プランをつくれたな。すごい」

これがプレゼンを聞かせていただいた率直な感想です。2日間の議論を見学している中で、「あれ、本当に課題はこれだっけ?」と、そもそも論まで出てきて課題感が変わってきたり。

参加企業のビジネスモデルを外部人材が理解して目線を合わせるのに思った以上に時間がかかったり。

そういう場面もあったようにも見えましたが、見事に100日プランを仕上げてプレゼンまで持っていったのは、これは外部人材の力もさすがだなと思わさせられました。

特に2日目の朝は、それぞれのチームの外部人材が、議論をゴールに持っていくようにギアを一段上げた感。この手腕は、見ていてとても勉強になりました。参加企業のメンバーや商工中金の若手営業担当者も、外部人材の仕事のやり方、考え方、知識、ファシリテーターとしての進め方などにかなり関心を持ち、非常に勉強になった様子。「外の世界を知る」ことの大切さを改めて感じます。ここにも人や企業が成長するためのヒントがあるような気がします。

今回のブートキャンプは終わりましたが、参加した方々にとって、これは新たなスタートです。「ブートキャンプ」の名の通り、「課題解決に取り組むための火を付けた」ので、大事なのはここから先です。100日プランの成果に期待!

そして、このブートキャンプがもっと多くの地域に広がり、地域企業の成長、地域の活性化に大いにつながってほしい! そうした未来をぜひつくっていきたいと感じた怒涛の2日間でした。ブートキャンプ事務局の方々をはじめ、関係者の皆さま、お世話になり本当にありがとうございました!

今回のブートキャンプの概要は次のURLからもご確認いただけます。

「共創BOOT CAMP」プログラム@金沢のご案内
https://regionallearning.jp/kanazawabootcamp202302/

2日目。最終プレゼン後、全体で共有している様子(写真提供:アイコック(協同組合全国企業振興センター))

2日目。最終プレゼン後、全体で共有している様子(写真提供:アイコック(協同組合全国企業振興センター))

以上(2023年4月)

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画像:VectorMine-Adobe Stock

江戸時代の管理職 悩める“名家老”が残した金言 ~恩田木工、栗山大膳、田中玄宰

書いてあること

  • 主な読者:組織を良くするために手腕を発揮したい、企業のナンバー2や幹部を含む管理職
  • 課題:上司や部下の意向にも配慮しなければならず、手腕を発揮しづらい
  • 解決策:主君や藩士、領民との間で悩みながらも藩のために手腕を発揮した、江戸時代の名家老のエピソードと、それにまつわる金言を参考にする

1 江戸時代の家老もマネジメントに苦心していた!

管理職の方は、上司にも部下の意向にも配慮しながら結果を出すことが求められ、何かと気苦労が絶えないものです。マネジメントの難しさは、現代に限ったことではなく、時代を超えた普遍的なテーマといえるでしょう。江戸時代、ナンバー2や幹部に相当した家老も、マネジメントの難しさに悩んでいたのです。

そこでこの記事では、江戸時代に、藩内のマネジメントに悩みながらも手腕を発揮した3人の名家老のエピソードと、それにまつわる金言を紹介します。管理職の方にとって、マネジメントを行う際のヒントになれば幸いです。

2 恩田木工「楽しみもすべし、精も出すべし」

1)2度の財政再建失敗の後に起用される

恩田民親(おんだ たみちか、通称「木工(もく)」)は、江戸中期の松代藩(長野県)の家老で、藩の財政再建に取り組んだ人物です。松代藩は1742年(寛保2年)の千曲川の水害で農地の約3分の1が壊滅状態になり、財政は逼迫(ひっぱく)していました。木工が家老に就任したのは、水害の4年後。父親や祖父も家老を務めていたこともあり、30歳の若さでの末席家老への昇進でした。

木工が藩主の真田幸弘から財政再建を託されたのは、家老になった9年後の1757年(宝暦7年)とされています。実は松代藩では水害の前後、2度にわたって財政再建に取り組んだものの、いずれも失敗しており、木工もその経緯を目の当たりにしていました。

木工が家老になる10年ほど前、幸弘の前の藩主・信安が家老に抜擢した藩士は、支出削減に取り組みました。藩士たちの給料の半額を「借り上げ」という名目で実質未払いにしましたが、困窮した足軽たちがストライキを起こしたため罷免されました。これに続いて、信安は財政再建のコンサルタント的な業務をしていた藩外の浪人を招聘しました。この浪人は収入増を図り、増税を行いますが、今度は大規模な農民一揆を招き、1年もたたずに松代から逃亡したのです。

2)財政再建のポイントは、全ての関係者とのコミットメント

「3度目の正直」として財政再建を託された木工は、まず幸弘に対し、自分に全権を与え、上席の家老まで木工のやり方に従わせることを約束してもらいました。次に木工は、家族や親類一同を集め、絶縁するように相談しました。その理由は、

  • 自分は今後、一切嘘をつかない決心をした。しかし家族や親類が嘘をついては、自分は信頼されず、任務が遂行できない
  • 自分は今後、ご飯と汁物以外を食べず、新たな服は木綿しか着ない生活をする。そのような質素な生活には耐えられないだろう

ということでした。木工は家人にも同じ理由で暇を与えようとしますが、家族も親類も家人も皆、木工と同じ生活をすることを誓いました。ただし木工は、親類には質素な生活は求めず、家族にも神事や来客の際にはご馳走を認めました。

次に木工は、藩士たちに対して、今後は給料の未払いをしないことを約束する一方で、業務を疎かにした場合は糾問することを申し伝えました。そして、業務をしっかり行った上で余裕があるならば、相応の楽しみを味わうことを奨励しました。

仕上げは、藩内の主だった農民を招いた対話集会の開催でした。そこで木工は、次のような提案を行いました。

  • 自分は今後、いったん口に出したことは絶対に守る
  • 何事も安心して自分に相談してほしい。ただし、賄賂は一切受け付けない
  • 財政再建は5年で行い、その間は賦役を免除する
  • これまで行われてきた年貢の先払いや、臨時の金の徴収は行わない。ただし、これまで先払いしてもらった年貢は、なかったものとしてほしい
  • これまでの未納の年貢は徴収を放棄するが、その代わり、今後は必ず年貢を納めること
  • 年貢の取り立てを目的とした足軽の派遣を廃止する。それにより、足軽の宿泊や賄いなどのために負担していた農民の軽減額は、年貢の7割相当に当たると試算。その代わり、今後の年貢の支払いは年払いでなく月払いとする

これらを喜んで了承した農民たちに対して、木工は藩士に対して語ったのと同じく、家業に精を出した上で余裕があるなら、相応の楽しみを味わうことを奨励しました。木工は、農民たちに、

人は分相応の楽しみなければ、又精も出しがたし。これに依って、楽しみもすべし、精も出すべし

と語りかけます。2度の財政再建の失敗を見ていた木工は、藩士や農民たちに対して、自分や身内を厳しく律する姿を見せることで本気度を示した上で、無理のない、現実的な協力を求めることによって、コミットメントの実行性を高めたといえるでしょう。

3)協力者を増やしていった名家老の手腕

木工は、財政再建のための協力者を生み出すことにも優れた手腕を発揮しました。

木工は農民たちから、これまでに藩士が行った不正を記した上申書を受け取ると、藩主の幸弘に対して、名前の挙がっていた藩士たちを、あえて木工を手助けする役目に付けるように願い出たのです。処分を覚悟していた藩士たちは木工に感謝するとともに心を入れ替え、以後は木工の心強い協力者になったといいます。

また、江戸の藩士から、幕府の用命で2000両が必要との求めがあったときのことです。松代にいた2人の藩士は木工に対し、「その用命であれば1200~1300両で済ませられるのでは」と意見しました。これに対して木工は、2人に2000両を運ばせ、江戸の藩士には「2人と相談しながら、首尾よく用命を果たすよう」に命じました。その結果、出費は1300両で収まり、2人は松代に700両を持ち帰りました。これを受けて木工は幸弘に対して、2人の手柄を報告するとともに、2人と江戸の役人にそれぞれ100両を賜るように願い出ました。100両を受け取った3人は、その後ますます忠勤に励むようになったといいます。

木工は、財政再建を託された5年後に、46歳で病死しました。木工の財政再建が短期間で成功したかどうかの評価は、今も定まっていないようです。ただ、木工の業績を記した「日暮硯」は、廃村の復興で有名な二宮尊徳も座右の書にしたといわれています。木工の財政再建の取り組みは、後世にも影響を残したといえるでしょう。

【参考文献】

「新訂日暮硯」(恩田木工、笠谷和比古校注、岩波書店、1988年4月)

「日暮硯:信州松代藩奇跡の財政再建」(奈良本辰也、講談社、1987年2月)

「真田松代藩の財政改革:『日暮硯』と恩田杢」(笠谷和比古、吉川弘文館、2017年10月)

3 栗山大膳「小さきことに迷ひては大志は成就せぬなり」

1)2代目トップの暴走で藩が存続の危機に

栗山利章(くりやま としあきら、通称「大膳(だいぜん)」)は、江戸時代前期の福岡藩(福岡県)の筆頭家老で、1632年(寛永9年)から翌年にかけての「黒田騒動(栗山大膳事件)」を引き起こした人物です。黒田騒動は、大膳が幕府に対し、藩主である黒田忠之が「幕府に謀反の意図あり」と訴えた事件です。

事件の火種は、忠之が藩祖で父の黒田長政から藩主の座を引き継いだときから生まれていました。長政はわがままに育った忠之を憂い、臨終に際して大膳に遺書を渡し、「よくよく忠之を頼む。あの性状では将来いかなる状況が起こるやもしれぬ」と伝えたとされます。

長政の大膳への厚い信頼は、互いの父親の代から培われたものでした。大膳の父である利安は、長政の父親である黒田孝高(官兵衛、如水)に小姓(身の回りの世話をする若者)として仕え、有岡城(兵庫県伊丹市)に幽閉された孝高の救出も行った元勲でした。大膳も長政のいとこを妻に持ち、長政の補佐役として、幕府の要人からも知られた存在となりました。

藩主になった忠之は、長政が憂いた通り、大膳など古参の重臣の存在を疎んじ、暴走を始めます。幕府が禁じていた軍船の建造や新たな足軽200人を編成した他、倉八宗重というお気に入りの家臣を家老に抜擢して新兵を配下に付けるなどの「特別待遇」を与えたのです。

折しも、福島家(福島正則)や加藤家(加藤清正の息子の忠広)といった豊臣秀吉恩顧の大名が相次ぎ幕府から取り潰し処分を受ける中で、同じく秀吉恩顧の大名である黒田家を支えてきた大膳は、取り潰しの口実を作らぬことの重要性を感じていました。このため、忠之に暴走をやめるよう何度も諫言しますが聞き入れられず、藩主の顔色をうかがう他の重臣たちとの間で、孤立無援状態となっていきました。

2)乾坤一擲(けんこんいってき)の大勝負に打って出た名家老

そこで大膳はまず、病気と称して自宅に引きこもる「サボタージュ」作戦に出ます。ですが、出仕を促す忠之との関係は冷却していくばかり。ついに大膳の耳に、忠之が大膳を処分しようとしているとの情報が入るようになりました。

進退窮まった大膳は、幕府に対して忠之の叛意を訴えるという、下手をすれば逆に取り潰しになりかねない大勝負に打って出たのです。

大膳からの訴状を受けて幕府は、忠之や大膳ら福岡藩の幹部を呼び出して詮議を行います。とはいえ、実際には忠之に叛意はなく、幕府は「忠之に謀反の意図はない」と判定します。それを聞いた大膳は、偽りの訴えを起こしたのは、「忠之が暴走しているのに他の家老は諫言しない。自分が忠之に処分されて死ぬことは恐れないが、騒動が幕府の耳に入れば藩が取り潰しになりかねないので、黒田家と福岡藩を守るために行った」と告白。「この上は自分だけ御成敗を仰せ付けられれば本望」と申し出ました。

3)勝算を持ちつつ、小さな問題にはためらわず「見切り」を行う

大膳の申し出は、将軍の徳川家光や幕府の要人たちの心を動かしました。幕府の忠之への処分は、「治世不行き届きのため、領地を召し上げる。ただし、長政の忠勤戦功に対して、新たに同じ領地を与える」というものでした。その後、忠之は宗重を放逐し、藩政は落ち着きました。

一方の大膳に対する幕府の処分は、南部藩(岩手県など)に預けるというものでした。生活のための手当ても与えられ、一定範囲内の外出も自由という寛大な処分です。大膳は、その後の約20年を、南部藩で平穏に過ごしました。大膳の晩年、忠之は大膳の息子を召し抱える意向を伝えましたが、大膳は「栗山の姓が福岡藩に戻れば、世間の人々が藩主に過ちがあったことを知り、誹謗することになる」ことを憂いて辞退するとともに、子供たちには栗山の姓を名乗らないように戒めたといいます。

南部藩に移った大膳は、近くに住む幕府の代官が訪れ、武士の心掛けについて問われると、

小さきことに迷ひては大志は成就せぬなり

と答えました。大膳はこれを「見切りの才知」と表現し、

少しの踏違ひはくるしからずと見切り強く之(これ)有(あり)候へば、其事(そのこと)成就(する)

と説明しました。黒田家や福岡藩を守るという「大志」の成就のために、大膳は自らの生命や家老という立場は「小さきこと」と考え、「見切り」を行ったのでしょう。ただし、大膳は「見切り」を行うに当たり、勝算も持っていたようです。大膳は臨終前の長政から、徳川家康が関ヶ原の戦いでの長政の活躍を称え、「子孫の代まで粗略に扱わない」ことを約束した「感状」を預かっていました。大膳は万が一の際の切り札として、信頼できる藩士に、「取り潰しになりそうな情勢になったら、幕府の要人に感状を提出するように」と伝えていたのです。

【参考文献】

「列侯深秘録」(国書刊行会編、国書刊行会、1914年5月)

「栗山大膳:黒田騒動その後」(小野重喜、花乱社、2014年12月)

福岡県朝倉市ウェブサイト「ふるさと人物誌18 黒田52万石を救った 「栗山 大膳」(くりやま だいぜん)」

4 田中玄宰「ならぬことはならぬものです」

1)藩政改革を志すも一度は挫折

田中玄宰(たなか はるなか)は、江戸時代後期の会津藩(福島県)の家老で、多額の累積債務と天明の大飢饉による人口減少という藩の危機を、藩政改革によって乗り切った人物です。

玄宰の生まれた田中家は、5代前の正玄(まさはる)が初代会津藩主の保科正之に仕えて以来、家老に登用されることが多い家柄でした。玄宰も13歳で家督を継いでから順調に昇進を重ね、1781年(天明元年)に34歳で家老に就任します。

家老に就任した玄宰は、多額の累積債務の解消に向け、藩主の松平容頌(かたのぶ)に対して藩政改革を行うことを願い出ますが、許されませんでした。折しも家老に就任して2年後に、天明の大飢饉が発生。飢饉が続く中、失意の玄宰は病気を理由にわずか3年弱で家老を辞職します。

2)同僚たちに根回ししての再提案

家老を辞職した玄宰ですが、藩政改革の志を捨てたわけではありませんでした。病気を理由に閑居している間に、藩内の兵学者や知識人たちと交流するなど、藩政改革の実現のための下地をつくっていたようです。

そして家老を辞職して1年4カ月が経過した1785年(天明5年)、玄宰は再び家老職に復帰します。玄宰は、熊本藩の藩政改革を参考にして建議書を作成しますが、これを藩主の容頌に見せるのではなく、まずは同僚である3人の家老に相談します。建議書に盛り込んだ藩政改革案は、

  • 4人の家老の担当を分け、それぞれが各分野に責任を持って任務に当たる
  • 実戦に即した軍制改革を行う
  • 人材登用は能力主義とする
  • 法令は簡素化する
  • 農民や商人に対し、5家で1組の「五人組」による互助組織を強化する
  • 学校を建設して教育を充実させる

といったものでした。

玄宰の藩政改革案に対して、3人の家老のうち2人は同調したものの、1人は反対します。これを受けて玄宰は、1人の家老は「別意」があることを付言した上で、容頌の判断を仰ぐことにしました。玄宰は、藩政改革を行うしかない状況であること、自分を含む3人の家老が合意していることを伝えて藩政改革案を提案すると、容頌は玄宰を支持。反対した家老は辞職し、1787年(天明7年)から玄宰による藩政改革が始まったのです。

3)藩外の知見を活用する柔軟さと、藩政改革をやり抜く強い意志を兼ね備えた名家老

3人の家老の役割分担のうち、玄宰は藩政改革の「本丸」ともいえる農林商工、財政、教育といった分野を担当しました。特に産業の振興に関しては、藩外から有能な技術者を招き、漆・漆器、酒造、養蚕・機織り・染色、陶磁器などの特産品の品質向上に成果を上げました。また、食用の鯉の養殖や、藩外への輸出用の朝鮮人参の栽培も導入しました。

そして、藩政改革の仕上げとも言えるのが、藩校「日新館」の拡充を始めとする教育改革でした。玄宰の教育改革により、日新館は、10歳以上の藩士の子弟全員が通う教育施設となりました。また、6歳以上10歳未満の子弟にも「什(じゅう)」というグループを作り、毎日集まって守るべき「什の掟」を復唱することを命じました。什の掟は、「年長者のいうことに背いてはなりませぬ」「虚言(うそ)をいうてはなりません」といった基本的なしつけに関する7箇条からなり、最後に

ならぬことはならぬものです

と結んでいます。一度は挫折しても、藩政改革をやり抜くという、玄宰の強い意志が表れた言葉ともいえるでしょう。

玄宰の下で藩政改革を進めた会津藩は幕末に、幕府を支える雄藩となります。倒幕軍に対して徹底抗戦した会津藩士の強い意志は、幼少時代からの教育によって培われたものだといえるかもしれません。

【参考文献】

会津若松市ウェブサイト「八重と会津博 八重とコラム 会津藩士・基礎の心得「什の掟」」

福島県ウェブサイト「八重のふるさと福島県 田中玄宰(はるなか)」

「なぜ会津は稀代の雄藩になったか:名家老・田中玄宰の挑戦」(中村彰彦、PHP研究所、2016年8月)

「武士道の教科書:現代語新訳日新館童子訓」(松平容頌、中村彰彦訳・解説、PHP研究所、2006年12月)

以上(2023年5月)

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令和4年の交通事故 死者数等の特徴と対策(2023/5号)【交通安全ニュース】

活用する機会の例

  • 月次や週次などの定例ミーティング時の事故防止勉強会
  • 毎日の朝礼や点呼の際の安全運転意識向上のためのスピーチ
  • マイカー通勤者、新入社員、事故発生者への安全運転指導 など

警察庁から公表されている「令和4年における交通事故の発生状況について」によると、全体の死者数は減少傾向にありますが、歩行中の死者数は増加しています。

令和4年の交通事故のポイントをお伝えしますので、交通安全の取り組みを推進し、交通事故の発生を防止しましょう。

1.交通事故死者数の推移と歩行者の事故状況

死者数の推移

交通事故死者数は、2,610人で昨年より26人減少し、警察庁が発表を始めた昭和23年以降の統計で最少人数となりました。

65歳以上の高齢者の死者数も、1,471人で昨年より49人減少しています。しかし、死者数における高齢者の割合は56.4%と依然として高い状況です。

出典:警察庁「令和4年における交通事故の発生状況について」(2023.4.6.閲覧)
https://www.npa.go.jp/publications/statistics/koutsuu/jiko/R04bunseki.pdf

交通事故の状態別死者数(図1)をみると、歩行中955人(36.6%)で昨年より14人増加し、最多となっています。

状態別死者数(図1)

状態別死者数

小学校低学年の児童や高齢者は歩行中に交通事故に遭うことが多く、次の特徴が示されています。

  • 歩行中児童(小学生)の通行目的別死者・重傷者数(図2)では、登下校中129人(39.1%)を占めています。
  • 高齢者の歩行者死者数(図3)では、横断歩道以外横断中329人(48.5%)で最多になっています。
  • 一方で高齢者の横断中事故の法令違反別死者数(図4) では、横断歩道横断中など歩行者に違反なしのケースが増加しています。

歩行中児童(小学生)の通行目的別死者・重傷者数(図2)

歩行中児童(小学生)の通行目的別死者・重傷者数

高齢者の歩行者死者数(図3)
※列車事故を除く

高齢者の歩行者死者数

高齢者の横断中事故の法令違反別死者数(図4)
※前年比較

高齢者の横断中事故の法令違反別死者数

出典: 警察庁「令和4年における交通事故の発生状況について」から当社作成

2.歩行者との交通事故の防止

歩行者との交通事故を防ぐには、子供や高齢者の行動特性を踏まえ、安全運転を徹底することが大切です。

◆子供

体が小さく物陰に隠れてしまい運転者から気が付きにくいことがあります。また子供は興味を引くものを見つけると、周囲の交通状況を確認せずに道路へ飛び出してくることがあります。

子供

◆高齢者

加齢に伴う身体機能や判断力の低下により、道路の横断に時間がかかる、車の接近に気が付かない、周囲の安全確認をせずに車の直前直後を無理に横断することがあります。

高齢者

≪安全運転の徹底≫

学校付近や通学路などでは、子供が飛び出す危険を想定して、スピードを落とし慎重に運転しましょう。高齢者の側方などを通過するときは、安全な間隔をあけ、減速や一時停止をするなど、思いやりのある運転を心がけましょう。

3.電動キックボードに関する事故状況

今回、電動キックボードに関する交通事故の発生状況が示されています。

令和2年から令和4年までの事故件数は年々増加しており、合計74件の事故が発生しました。今後、電動キックボードの利用者が増えれば、事故の増加が懸念されます。

電動キックボードに関連する交通事故件数・死傷者数

交通事故件数・死傷者数

※ 電動キックボードが第1当事者または第2当事者となった人身事故で、警察庁に報告のあった件数を集計

交通事故の相手当事者別では、車(四輪)が42%で最多となっており、運転者はより一層の安全運転が求められます。

相手当事者別(令和2年~令和4年)

相手当事者別

出典:警察庁「令和4年における交通事故の発生状況について」から当社作成

以上(2023年5月)

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2023年5月からコロナが5類に。 感染者の自宅待機やマスク着用のルールはどうなる?

書いてあること

  • 主な読者:2023年5月以降のコロナ対策について知りたい経営者、労務担当者
  • 課題:就業制限などが緩和されるらしいが、あまり社員に自由に行動されるのも不安
  • 解決策:感染リスクはなくならないので、会社が自宅待機やマスク着用のルールを決める

1 制限が緩和されるからこそ明確なルールが必要

感染症法という法律では、新型コロナウイルス感染症(以下「コロナ」)などの感染症を、脅威のレベルなどに応じて8つの感染症類型に分け、類型ごとに感染症をまん延させないためのルールを定めています。

コロナについては、2023年5月8日から感染症類型が「新型インフルエンザ等感染症(2類相当)」から「5類」に引き下げられ、就業制限などのルールが次のように緩和されます。

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ただ、感染症類型が引き下げられても、コロナに感染するリスク自体がなくなるわけではないですし、社員としてもいきなり「会社を休むかなどはあなたの自由です。自分で判断してください」と言われても困ってしまいます。そうした意味では、会社が自宅待機やマスク着用のルールを決めてあげたほうが安心です。以降で、5類移行後の労務管理のポイントを紹介します。

なお、この記事で紹介する情報は、2023年4月14日時点の内容に基づいています。

2 社員への自宅待機の命令は有効?

従前は、社員がコロナに感染した場合は原則7日間、濃厚接触者になった場合は原則5日間の自宅待機が必要でしたが、5類移行後はこの自宅待機期間のルールが適用されなくなります(濃厚接触者については、一般に保健所から「濃厚接触者」として特定されることもなくなります)。

とはいえ、労働契約法上、会社には社員の安全を守る「安全配慮義務」があるので、健康保持や感染防止のために社員に自宅待機を命じても、違法にはなりません。

社員が感染者になった場合、自宅でリモートワークができる状況であれば、

  • 感染者(有症状)の場合、原則就業を禁止する(休ませる)
  • 感染者(無症状)の場合、リモートワークで就業させる

を基本として、一定期間自宅待機させるという対応が考えられます。

問題は自宅待機の期間をどのぐらいの長さに設定するかですが、これについては厚生労働省から5類変更後の対応についての情報が随時発表されていますので、参考にするとよいでしょう。厚生労働省「感染症法上の位置づけ変更後の療養について(2023年4月14日)」では、

「発症日を0日目として5日間、かつ症状が軽快してから24時間程度を経過するまで」を外出を控えることが推奨される期間

としていますので、これに倣い「発症後5日間経過し、かつ症状が軽快してから1日経過するまで」を自宅待機期間とするといった具合です。感染者(無症状)の場合は、「症状が軽快してから……」の部分は考慮せず、「検体採取日から5日」を自宅待機期間とするなどします。

3 社員を休ませる場合、欠勤扱い(無給)は適法?

社員がコロナで発熱したり、無症状だけど業務上リモートワークが難しかったりする場合、その社員は休んでもらうことになります。

一般的には就業できない日数分、労働基準法の年次有給休暇や会社独自の有給休暇などを取得するよう促すことになります。注意しなければいけないのが、

有給休暇が取得できない社員(新入社員など)や、有給休暇の取得を望まない社員が出勤を希望する場合

です。会社が社員に対して自宅待機を命じることは可能ですが、労働基準法に、

会社側の事情で社員を休ませる場合、社員に平均賃金の60%以上の休業手当を支払わなければならない

というルールがあるからです。

従前は、感染症法により感染者の就業制限が求められていたため、これらに該当する社員を休ませても「会社側の事情」とはみなされなかったのですが、5類移行後のコロナは、こうした措置の対象外になるため、休業手当の支払いが必要になります。

4 社員へのマスク着用の命令は有効?

マスク着用については、2023年3月13日より「屋内・屋外を問わず、着用の判断を原則個人に委ねること」とされています。一方で、

感染対策上や事業上必要な理由等がある場合、会社が社員にマスクの着用を求めることは許される

とされています。

社員にマスクの着用を求める必要があるケースとしては、

  • 不特定多数の人間と接する受付業務など、マスクを着用しないことが顧客や他の社員に不安感を与える恐れがある
  • すでに感染者が出ていて、感染拡大の可能性がある
  • 体調が優れず、咳などの症状が見られる社員がいる
  • 高齢者など感染による重症化リスクの高い人と多く接する業務に従事する

などが考えられます。

逆にマスク着用を求める必要がないケースとしては、

  • 他者と十分な距離を取ることができる状態で仕事をする
  • 他者と十分な距離を取れない状態で仕事をするが、会話はほとんどしない

などが考えられます。

なお、マスク着用を拒む社員に対しては、まずは着用の必要性を理解してもらえるよう丁寧に説明することが望ましいでしょう。仮にマスク着用の命令に従わない社員などがいたとしても、懲戒処分などの対応は慎重に判断する必要があります。

以上(2023年4月)
(監修 社会保険労務士 志賀碧)

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自動運転バスが交通インフラを支える!/2023年4月の道交法改正で加速する自動運転の最前線(後)

書いてあること

  • 主な読者:過疎地などの交通インフラの動向に影響を受ける運輸業者
  • 課題:自動運転バスの導入を検討するために、実用化に向けた動きを知りたい
  • 解決策:自動運転バスの実用化に向けた最新の動きと、2023年4月の道路交通法改正の内容を把握し、実用化に備えておく

1 自動運転バスが過疎地などの交通インフラの救世主に!?

2023年4月の改正道路交通法(以下「道交法」)の施行で、

  • 遠隔監視の自動配送ロボット
  • 過疎地などでの自動運転バス(カートも含む)

が公道で走行すること、つまり「自動運転レベル4」が認められました。

このシリーズでは、実用化へ大きく前進した自動運転について、道交法改正の内容と、実用化に向けた取り組みの最新事情を、2回にわたって紹介します。前編の第1回では、物流のラストワンマイルの担い手として期待される、遠隔監視の自動配送ロボットについて紹介しました。

後編となる今回は、採算割れや人手不足で交通インフラ崩壊の危機にある過疎地などでの活用が期待されている、自動運転バス(カートを含む)を紹介します。紹介するのは、次の3つの取り組みです。

  • 国内初の実用化でモデルケースに(福井県永平寺町)
  • 2025年大阪・関西万博で世界にお披露目を(Osaka Metro)
  • コミュニティバスへの導入で持続的な社会へ(愛知県日進市)

政府は2022年12月の閣議決定で、

自動運転移動サービスを2025年度めどに50カ所程度、2027年度に100カ所以上実現させる

ことを掲げ、「自動運転レベル4等先進モビリティサービス研究開発・社会実装プロジェクト(RoAD to the L4)」などを通じて、地方自治体や民間会社の取り組みを後押ししています。

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2 地元の許可があれば自動運転バスが営業可能に

2023年4月に施行された改正道交法および関係法令で、自動運転レベル4(場所や時間など特定条件の下での完全自動運転)に相当する、運転者がいない状態での自動運転(特定自動運行)が許可制になりました。許可に関しては次のような項目が定められており、今回の改正は、主に過疎地などで特定ルートを自動運転バスが運行するサービスが想定されています。

  • 速度、走行ルート、走行時間、走行できる天候など、走行環境や使用条件を限定する
  • 許可をするのは都道府県公安委員会で、許可をしようとする際は、当該の市町村長などの意見を聞く
  • 許可を受けた事業者は、申請時に届け出た「特定自動運行計画」に基づいて運行する
  • 許可を受けた事業者は、遠隔監視もしくは車内に乗った「特定自動運行主任者」を配置する

また、運行する車両は、道路運送車両法に基づき、国土交通省から認可を受けたものに限られます。国土交通省は、自動運転車の車体後部に、ステッカーを貼付することをメーカーに要請しています。

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それでは、実用化に向けて進んでいる実証実験などの取り組みについて、実際に携わった担当者の話を紹介します。

3 国内初の実用化でモデルケースに(福井県永平寺町)

自動運転の実用化で先行しているのが、福井県永平寺町です。2023年3月に国土交通省から車両が認可されたことを受けて、2023年4月にも福井県公安委員会に許可申請を行う方針です。

1)自動運転カートの概要

事業主体:福井県永平寺町、まちづくり株式会社ZENコネクト
開発者:国立研究開発法人産業技術総合研究所、ソリトンシステムズ、三菱電機、ヤマハ発動機
運行予定:自動運転レベル3を2021年3月から継続中
     自動運転レベル4の許可申請を行う予定
運行場所:京福電気鉄道永平寺線の廃線跡地(永平寺町)の町道「永平寺参(まい)ろーど」の一部(約2キロメートルの自転車歩行者専用道路)
運行の概要:道路に敷設した電磁誘導線上を、時速12キロメートルを上限に走行。遠隔監視は1人で3台を監視
使用する自動運転車両:ヤマハ発動機の電動カート(乗客7人までの自家用有償旅客運送)

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2)担当者の話(国立研究開発法人産業技術総合研究所)

1.技術面の状況

自動運転レベル3で運行していた際もレベル4に相当する技術で運行していたので、問題なく運行できると思っています。

レベル4でもレベル3のときと同様に、大雨や濃霧など、レーザーセンサー機能が働かなくなった場合は運行しない条件を付けています。ただし、レベル4で運行する場合のセンサーは、レベル3のときより高性能の「ミリ波レーダー」を使う予定ですので、大雨や濃霧などには強くなります。永平寺町の場合、大雨や降雪などのときの交通需要が少ないので、これ以上はセンサー機能を高めて運行条件を広げる必要はないと考えています。

レベル4では、落ち葉や木の揺れなどにセンサーが反応してしまう「過検知」など、運用上のエラーが起きた場合、車内に対応できる人がいませんので、対応に時間がかかることが想定されます。このため、こうしたエラーを極力減らしていくための技術的な調整を続けていくことになります。安全のために、止まるべきときに止まれない「未検知」を避けるために、ある程度「過検知」が起きるのは仕方ないのですが、あまり頻度が高いと運行上の問題になります。運行する方たちが受容できる程度にまで減らせるかどうかがポイントになると思っています。

2.遠隔監視とコスト面の状況

レベル4でも1人で3台の車両を遠隔監視することに問題はないと思っています。レベル3で運行していたときよりもシステムを強化しており、遠隔監視する地元の担当の方には、サービスが提供できるようにトレーニングしてもらっています。

今後、運行のために必要な人員が減り、遠隔監視の業務負担も軽減できるようになっていけば、人件費のコストは削減できると思います。遠隔監視の業務負担の軽減が進めば、遠隔監視をしながら他の業務もできるようになったり、一定のトレーニングを受けさえすれば遠隔監視ができるようになったりしていくでしょう。

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コスト削減に関して、今回のレベル4の車両の開発メーカーには、量産化・市販化を目指してもらっています。自家用車の運転支援に用いられているセンサーやECU(エレクトロニックコントロールユニット)などを、走行環境に合わせて上手く活用できれば車両の価格を抑えることができると思います。また、自家用車などにも自動運転が広がっていけば、センサーや制御に関する技術を流用することで、さらにコストが下がると期待しています。

3.利用者などの反応

レベル3での運行を2年ほどやっていますので、乗客の方には利用方法を理解していただいています。乗員がいなくても遠隔監視員と音声でやり取りができますので、乗客の方のトラブルにも一定の対応が可能です。

4.他地域への技術の転用や普及に関して

他地域で自動運転バスを運行させるには、それぞれの地域の要求に応じた技術を適用する、「ローカリゼーション」が必要になります。レベル4の走行環境のうち、路面が凍結した際などの対応は難しいですが、その他の条件に関しては、技術的な対応策を準備しています。

例えば夜間も運行するのであれば、通常のカメラではなく、赤外線カメラを搭載してAIにより人を認識する機能などを使って、センサー機能を高めることができます。大雨や降雪の場合でも、ミリ波レーダーを導入すれば対応できます。ただし、その分の費用は掛かりますので、導入するかどうかはコストとの兼ね合いになると思います。

永平寺町では、自転車歩行者専用道路を使い、ゴルフのカートなどで長年の使用実績のある電磁誘導線を道路に敷設して走行するという、最も確実性の高い運行方法を採用しています。技術的には一般道路でも対応可能ですが、実用化するには安全面や受容面での実証を行っていく必要があるでしょう。

一般道路を走行するには、他の交通参加者がどのような振る舞いをするのかを予測することの難しさがあります。例えば、駐車車両を避ける場合、車両の駐車の仕方によって避け方を変える必要があります。その他にも、追い越し車両が急に自動運転車両の前に入ってきたり、交通ルールを守らずに交差点に進入したりするなど、交通ルールを守らないような車両に対して、どの程度まで対応できるようにするのかなどの難しい課題を決めていく必要があると感じています。

政府の2025年度に50カ所、2027年度に100カ所というレベル4の普及目標に向けては、自動運転移動サービスのベースになる電動化を含めた車両の国内開発などの課題があります。永平寺町での運行によって、目標達成に少しでも寄与できるようなモデルケースを示し、他地域での事業化を加速させるのが私たちの使命だと思っています。

4 2025年大阪・関西万博で世界にお披露目を(Osaka Metro)

大阪市などが出資する大阪市高速電気軌道(以下「Osaka Metro」)は、2025年に大阪市で開催される2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)の来場者の輸送サービスに、レベル4の自動運転バスの導入を目指し、実証実験を進めています。

1)自動運転バスの概要

1.事業の概要

事業主体:Osaka Metro
運行予定:2025年4月~10月(万博開催期間)
運行場所:万博会場内の外周道路と、周辺拠点から万博会場間(大阪府大阪市)
運行の概要:GPSやセンサーなどを組み合わせ、公道は法定速度を上限に走行する想定
使用する自動運転バス:会場内は小型バス、周辺拠点から会場までは大型バスを想定

2.実証実験の概要(直近の第2回実証実験)

実験日:2022年12月~2023年1月
実験の協力企業:あいおいニッセイ同和損害保険、NTTコミュニケーションズ、凸版印刷、日本信号、パナソニック コネクト、BOLDLY
実験場所:舞洲実証実験会場内テストコース(400メートル)と周辺公道
実験の概要:テストコースは自動運転レベル4、公道は自動運転レベル2での走行。GPSと一部の道路上に塗った特殊塗料(自動運転車両に搭載しているセンサーが認識できる塗料)を使い、信号機からのデータ受信に対応する「信号協調」も実験
使用した自動運転バス:フランスのNAVYA(ナビヤ)社のARMA(アルマ、11人乗り)と小型バス(ポンチョ)

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2)担当者の話(Osaka Metro)

1.技術面の状況

現時点では幾つか課題がありますが、今後も実証実験を行っていき、2025年の実用化に向けて課題をクリアできると思っています。自動運転バスの技術を高めていくことに加えて、道路インフラにもセンサーやカメラを付けての走行支援が必要になると考えています。

運行ルートや、万博の開催時の交通の流れにもよりますが、交差点での安全な運行や、路上駐車への対応が課題だと感じています。交差点での具体的な課題は、歩行者が横断歩道を渡るのか渡らないのかの見極め、対向車の速度を踏まえた安全な右折などがあります。

今回の実証実験では、時速50キロメートルでの小型バスの走行ができているため、法定速度での運行を目指しています。貨物車両がスピードを出して前方に割り込んでくるケースもありましたが、人が運転するときと同様に、自動ブレーキで対応できています。

2022年3月から4月に行った前回の実証実験と今回の2回の実証実験で、どの技術を主軸にして位置情報を把握するのか試しました。今後も可能な限り多くの方法を試して、想定される環境の中で一番確実な方法を組み合わせたいと考えています。トンネル内の走行によって夜間の運行はGPSとレーザーセンサーで対応可能であることが実証できましたが、雨粒はレーザーセンサーが障害物と判定してしまいますので、これを補う技術の導入も必要になります。

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2.遠隔監視とコスト面の状況

実証実験では、1人で2車種・3台を遠隔監視しました。実用化したときの運行ダイヤにもよりますが、レベル4で公道走行実験を行う際は、まず1人で1台を遠隔監視することから始めて、どこまで増やせるのかを警察などと協議することになると思います。

コスト面を踏まえると、将来的には1人で複数台は監視できるようにしたいです。エラーが同時に発生することがあると1人が監視できる台数が制限されるので、並行してエラーが出る確率を下げていかないといけないと思っています。

まだ実証実験の段階ではありますが、世界の方々が集まる万博で自動運転バスをご披露する意義も含めて考えており、将来的には、運転士がいない利点を活かし、採算も取れるようにしていきたいと思っています。

当社が都市型Maas構想「e Metro」で目指す、「大阪に住む人、訪れる人に移動の自由を提供し続ける」という使命のためには、運転士不足や運転士の労働時間に縛られないモビリティの実現が必要だと考えています。万博というイベントで自動運転バスを運行することは、当社グループが将来的に自動運転の社会実装の実現を目指していることのアピールにつながると思います。

3.利用者などの反応

実証実験に参加していただいたモニターの方からは、「乗ってみたら安心できた」などの声が聞かれ、マイナスの意見は少なかったです。

4.他地域への技術の転用や普及に関して

また、当社だけにとどまらず、世間に注目される万博での自動運転バスの運行が、国内のさまざまな地域で自動運転に向けた取り組みが広がる契機になればいいと思っています。

当社は将来的に、市街地での自動運転バスの導入も目指していますが、実用化するには、さらに二段、三段のクリアすべき課題があると思います。コスト面はもちろんですが、歩行者や自転車が多い状態での安全性の確保、さまざまな気候や天候を想定した対応など、万博会場での運行よりも運行条件は厳しくなるでしょう。

交通ルールを守らない人や車両への対応は、警察など関係各所の協力を仰がないといけないと思っています。レベル4を広げていくには、事業者は行政や警察、事業開発側などと連携体制を作っていく必要があると思います。

5 コミュニティバスへの導入で持続的な社会へ(愛知県日進市)

愛知県日進市は、2024年にコミュニティバスへのレベル4の自動運転の導入を目指しています。名古屋市と豊田市に挟まれた同市は、人口増を続けているものの、市内に中心核のない分散型ベッドタウンとなっています。このため、「既存公共交通網と自動運転バスのベストミックスによる新たな公共交通システム」によって、住民が世代や居住地を問わず自由に移動でき、将来にわたり安心して住み続けられる街の実現を目指しています。

1)自動運転バスの概要

1.事業の概要

事業主体:愛知県日進市
運行予定:2024年からの運行開始を目指す
運行場所:日進市内
運行の概要:コミュニティバスの路線のダイヤに自動運転バスを導入する
使用する自動運転バス:フランスのNAVYA(ナビヤ)社のARMA(アルマ、乗客10人まで)

2.実走実験の概要

実験日:2023年1月~3月
実験の参加者:BOLDLY、名鉄バス、セネック、マクニカ、名城大学
実験場所:日進市役所から名古屋鉄道日進駅(日進市)の往復(約5.7キロメートル)
実験の概要:自動運転レベル2での走行。GPSとレーザーセンサーを使って時速20キロメートルを上限に走行
使用した自動運転バス:フランスのNAVYA(ナビヤ)社のARMA(アルマ、乗客10人まで)

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2)担当者の話(運行管理プラットフォームを提供しているBOLDLY)

1.技術面の状況

実走実験では、走行した道路が歩道と車道の分離がされており、路上駐車がほとんどなかったことから、高い自動運転率を実現できました。

バスの乗員が手動介入をした主な要因は交差点でした。信号機との連携ができていないため、信号判断の部分で手動操作が行われました。2023年度以降は、信号機から得たデータで対応する「信号協調」を検証する予定で、信号機との連携が実現すれば、レベル4に近づくと考えています。

駐車車両や歩行者などの認識については問題がありませんでしたが、まだ車両や人の行動予測まで行った制御にはなっていません。歩行者が道路上で立ち止まり続けるなど、周りの交通参加者が通常と異なる意思を持って行動してくる場合には、バスの車内のオペレーターが適宜対応している状況です。

レベル4を始めるために、まずは敷地内でのプロジェクトとして実施することを目指しています。実用化する際は、レベル4での自動運転区間を限定的に始めて、課題やリスクを確認しながら徐々に拡大していきたいと考えています。

2.遠隔監視とコスト面の状況

現時点ではバスの車内に対応者がいるレベル2の運行であるため、まだ遠隔監視によるコストメリットは生まれていません。

自動運転バスが浸透する過渡期においては、バスの車内に対応者が存在することによる安心感が大きいです。このため、仮にレベル4が技術的に可能となったとしても、自動運転バスが一般に受け入れられるまでは、対応者が車内にいる状況が望ましいと考えています。

1人で何台まで遠隔監視が可能になるかは、車両の性能にもよるので一概には言えません。現状では、3~4台程度までは可能になるのではないかとの感覚を持っています。

3.利用者などの反応

時速20キロメートルを上限に走行しましたが、「乗車してみると思ったより速い」という声が多く聞かれました。後続車などからは、「渋滞の原因となるかもしれない」などの声は聞かれましたが、直接の苦情という形では届いていません。渋滞を減らすために側道のルートを走行できるように設定するなど、交通の流れへの影響には配慮しています。

4.他地域への技術の転用や普及に関して

当社は、レベル4の実現には2つのマイルストーンがあると理解しています。

  • 車両が技術的にレベル4で走行できるタイミング
  • 利用者が無人で走ってくる自動運転車を躊躇(ちゅうちょ)なく利用できるようになるタイミング

仮にレベル4が実現しても、当面は1.が実現されただけであり、利用者が無人で走行してくる自動運転車を利用するのは、心理的な抵抗が大きく、安心して使えないことを想定しています。この過渡期においては、無人で走行させるのではなく、車内に対応者を配置して走行させることが望ましいと思っています。

よってレベル4が実現したとしても、コストメリットが得られるのは、2.のタイミングであり、将来的に実現すると理解しています。

レベル4での走行の可否は、車両の性能と走行環境の組み合わせによって決まるため、どのような場所であれば走行できるのかは、一概には言えません。ただ、定性的には、

  • 道路の幅員が広い
  • 他の交通や路上駐車が少ない
  • 他車の走行速度が遅い

場合は、レベル4が実現しやすい環境だと考えています。

速度に関しては、NAVYA社のARMAは道路運送車両法の保安基準を満たしておらず、国土交通省から基準緩和認定を受けてナンバーを取得した車両であるため、時速20キロメートルが上限になります。ただし、保安基準を満たしている路線バスなどが自動運転化される場合には速度制限がないので、レベル4でも時速20キロメートルが上限にはならないと認識しています。

3)担当者の話(日進市役所)

採算面に関しては、公共交通において、運行費用を独立採算で考えるというのは限界が来ていると思っています。自動運転バスであってもコストはゼロになりませんので、コストが削減されたとしても、公共交通の収入からコストに見合うものを回収するのは現実的に困難であると言わざるを得ません。

海外でも、フランスのように公共交通を公費で大部分を負担している国もあります。日本においても、独立採算を継続するのであれば、必然的に路線バスの廃止・減便となることは明白であり、生き残る路線は大都市の一部路線だけになってしまいます。

今後も日本の国全体での成長を期待し、地方における生活の足を確保したいのであれば、公共交通の費用負担について考え直すべき時期が来ていると考えています。

以上(2023年5月)

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