【事業承継】民事信託を活用するメリットと実務

書いてあること

  • 主な読者:事業承継の具体的な効果や手続きを知りたい経営者
  • 課題:事業承継対策として、民事信託を活用することのメリットを知りたい
  • 解決策:民事信託を利用し、経営者の健康状態や後継者の成長度合いに応じて対策を講じる

1 事業承継に民事信託を活用する3つのメリット

民事信託を設定すると、事業承継対策として次の3つのメリットがあります。

  1. 経営者自身に認知症など不測の事態が起きても、滞りなく経営権の移行ができる
  2. 自社株式の譲渡または贈与時に、買い取り費用や贈与税がかからない
  3. 後継者を育成しながら、自社株式を譲り渡す下地ができる

1)経営者自身に認知症など不測の事態が起きても、滞りなく経営権の移行ができる

多くの中小企業では、経営者が自社株式の過半数を保有しています。もし、

認知症などで判断能力が低下し、株主総会で必要な議決権が行使できなかったら、会社の重要な意思決定が難しく

なります。

このような事態を回避するための仕組みが、親族などの後継者に経営者が保有する自社株式を託す「信託」です。信託とは、

自分の財産を信頼できる人に託し、自身が決めた目的に沿って、その財産の管理・運用などをしてもらう仕組み

です。信託は、

  • 自身の財産を託す「委託者」
  • 託された財産を管理・処分を行う「受託者」
  • 財産から生じる利益を受ける「受益者」

の3者で成り立ちます。

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信託には、商事信託と民事信託とがあります。商事信託は、営利目的(信託報酬を得るなど)、かつ反復継続して行われる信託で、国の許認可を受けた信託銀行や信託会社などが受託者となります。

一方、民事信託は、非営利目的、かつ反復継続して行われない信託で、原則、個人・法人を問わず受託者となることができます。民事信託は、

後継者を受託者として設定できたり、経営者自身が受託者にも受益者にもなれたりする

など柔軟なスキームが可能なため、経営者に認知症など不測な事態が起きたときでも、経営権の移行を滞りなく進めることができます。

2)自社株式の譲渡または贈与時に、買い取り費用や贈与税がかからない

自社株式の譲渡または贈与時に、買い取り費用や贈与税がかからないようにするには、経営者を委託者・受益者とし、後継者を受託者とする信託を設定します。

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経営者が元気なうちに、後継者に自社株式を譲渡または贈与したいとしても、買い取り費用や贈与税の負担があるので、すぐに実行できないかもしれません。しかし、

このスキームなら自社株式の買い取り費用は不要で、「委託者」である経営者を「受益者」にもすることで、財産の移転に伴う贈与税も課されない

ことになります。また、議決権の行使についても、

経営者が元気なうちは自身の指図で受託者に議決権を行使させ、認知症などで判断能力が低下したら議決権を後継者に移すように設定する

ことができます。

一方、法令上は受託者には「善管注意義務」という職務執行上の義務に加え、信託財産に関する帳簿などを作成する義務があります。また、もし受託業務から債務が発生した場合、受託者は信託財産の範囲内で責任を負うという限定責任信託にしていなければ、原則として無限責任を負うことになるので注意が必要です。

3)後継者を育成しながら、自社株式を譲り渡す下地ができる

後継者を育成しながら、自社株式を譲り渡す下地を作るためには、経営者が委託者・受託者、後継者が受益者とする民事信託を設定します。なお、委託者と受託者が同じケースを「自己信託」といいます。

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後継者は決まっているものの、まだ実力が伴っていない、または、まだ自身が実質的な経営者でいなければならない状況にあるケースは多くあります。しかし、

このスキームなら信託設定後も経営者が自社株式の名義人なので、引き続き議決権を行使でき、実質的な経営権を維持する

ことになります。また、

後継者に実力が備わったと判断したときや、経営者自身が死亡したときに信託を終了するように設定する

こともできます。

一方、実質、財産は同一人物間(経営者)でやりとりされているだけなのですが、税務面では、委託者(経営者)から受益者(後継者)に贈与があったものとみなされます。そのため、受益者に対して贈与税が課されます。

3 民事信託を設定するための3種類の手続きと留意点

1)民事信託契約を締結する

委託者と受託者間の民事信託契約を締結します。その際、

  • 受益者
  • 信託目的
  • 信託財産の管理・処分方法

を決めます。なお、契約に受益者自身は関与する必要はありません。

2)遺言をする

委託者が自身の死亡後に後継者を受託者とすることを遺言で定めます。決めるべきことは、前述した民事信託契約の場合と同じです。なお、信託の開始は委託者の死亡時となることに注意が必要です。

3)公正証書を作成する等(自己信託の場合)

自己信託では委託者と受託者が同じ人物なので、公証役場で公正証書を作成するなどをしなければなりません。決めるべきことは、前述した民事信託契約の場合と同じです。

また、公正証書を作成しない場合は、信託の効力の発生のためには、確定日付のある書面により、信託内容を受益者に通知する必要があります。

以上(2023年6月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

pj60329
画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】基本に忠実になれば、仕事のレベルは上がる

最近、お客様から求められる仕事のレベルが高くなっています。お客様から期待されているということの表れだと思うと、大変うれしいことです。今後、お客様の期待に応えるためによりレベルの高い仕事をしていくためには、皆さんにはこれまで以上に頑張ってもらわなければなりません。とはいえ、これまで以上にレベルの高い仕事をするということは、仕事の密度が高くなることでもあります。そこで余裕を失い、ミスをしてしまってはむしろお客様の信頼を損ねてしまいます。

そうならないよう、今だからこそ、「仕事の基礎や基本に忠実になる」という点について、考えてみたいと思います。

仕事量が増えて忙しくなってくると、よくないとは思いつつ、忙しさを言い訳にして「決まった手順を省略する」といったよう、つい基礎や基本をおろそかにしてしまいます。

しかし、基礎や基本をおろそかにして仕事をすると、ミスを起こしたり、仕事がはかどらなくなりがちです。仕事に限ったことではありませんが、基礎や基本という土台が弱いと、レベルの高いことや、何か新しいことをやろうとしても、うまくいきません。なぜでしょうか。

例えば、家を建てる場合のことを考えてみましょう。家の土台や基礎がしっかりしていないと、たとえ柱を建てることができても、完成した家は不安定で、いわゆる欠陥住宅になってしまいます。

仕事でも家と同様のことがいえます。基礎や基本という土台をおろそかにしてはしっかりとした仕事はできません。そんな状態でレベルの高い仕事をするなど、到底無理でしょう。

もし、忙しさのあまり、仕事の基礎や基本をおろそかになりそうになったら、「『誰のために』『何のために』『どうして』その仕事をするのか」という点について考えてください。これらは、お客様の立場に立って仕事を考えるということであり、仕事をする上での原点です。お客様のことを常に考え、その上で仕事をすることで、無用なミスを減らし、高いレベルの仕事をするためのモチベーションとすることができると思います。

そして、私は皆さんに、できるだけ強い家、仕事に置き換えるならレベルの高い仕事に挑戦してもらいたいと願っています。そのためには、今まで培ってきた仕事の基礎や基本に忠実であると同時に、日々努力を怠らずに知識を習得して、新しい仕事の基礎や基本を増やしていくように心がけてもらいたいと思います。それは、強い家を支える多くの柱のように、皆さんが今、そしてこれから挑戦することになるレベルの高い仕事を支えるものとなるはずです。

最初にも言いましたが、お客様から求められる仕事のレベルが上がっている今、改めて仕事の基礎や基本の重要性を認識し、土台のしっかりとした、お客様に安心していただける仕事をするために頑張っていきましょう。

以上(2023年6月)

pj16594
画像:Mariko Mitsuda

【事業承継】従業員持株会を活用するメリットと実務

書いてあること

  • 主な読者:事業承継の具体的な効果や手続きを知りたい経営者
  • 課題:事業承継対策として、従業員持株会の作ることのメリットを知りたい
  • 解決策:従業員持株会に社長が保有する自社株式を売り渡せば、事業承継コスト(贈与税)などを減らすことができる

1 事業承継に従業員持株会を活用する4つのメリット

従業員持株会を作ると、事業承継対策として次の4つのメリットがあります。

  1. 事業承継コスト(贈与税など)を減らすことができる
  2. 従業員の愛社精神や業績貢献意欲を向上させられる
  3. 株主権の管理が効率的にできる
  4. 株式の分散防止ができる

1)事業承継コスト(贈与税など)を減らすことができる

社長が保有している自社株式を従業員持株会に売り渡せば、事業承継コスト(贈与税など)を減らすことができます。

例えば、株式の相続税評価額が1億円のX社の株式を社長が100%保有しているとします。これを後継者である長男に、相続時精算課税(相続資産から控除できる金額が最大2500万円、かつ税率が一律20%となる相続税の前払いのような制度)を活用して贈与する場合、

1500万円(=(1億円-2500万円)×20%)の贈与税の負担

となります。

これが従業員持株会を活用し、社長の株式を従業員持株会に30%を売り渡すと、社長の保有割合は70%、相続税評価にして7000万円(1億円×70%)となります。従って、相続時精算課税を活用して贈与する場合、

900万円(=(7000万円-2500万円)×20%)の贈与税の負担

となり、

贈与税負担が40%軽減

されます。

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社長が保有する自社株式を従業員持株会へ売り渡す場合、類似業種比準価額などで計算した場合よりも価額が安い、配当還元価額(自社の配当金額と資本金を基に算出する方法)を採用できます。

従って、従業員持株会を利用すると、社長は有利な譲渡対価で保有株式の割合を減らすことができるのです。

2)従業員の愛社精神や業績貢献意欲を向上させる

従業員持株会を通じて自社株式を保有する従業員に、業績に応じた配当を出すことで、愛社精神を高めたり、業績に対する意欲を向上させたりすることができるでしょう。

従業員持株会が保有する株式について、優先配当を行う仕組みを導入することもできます。具体的には、種類株式を設定するか、株式の属人的定めという制度(株主ごとに異なる取り扱いができる株式)を活用します。

3)株主権の管理が効率的にできる

従業員持株会は、従業員持株会規約などで株式の所有権を理事長に信託しているケースがあります。従業員持株会は民法上の組合なので、組合財産である株式は組合員の共有となりますが、株主名簿に組合員全員の名前を記載するのは事務作業的な負担が大きいです。そこで、形式的な所有権は従業員持株会の代表者である理事長にあるとするために、株式を理事長に信託譲渡する仕組みを取ります。

株式の所有権が理事長にある場合、他の組合員は理事長を通じて議決権を行使したり、閲覧権を行使したりすることになるので、不適切な株主権の行使を防げます。

4)株式の分散防止ができる

従業員持株会規約で、

会員(従業員)が会社を退職する際は、出資持分の払い戻しを受けてから退職し、株式を組合外に持ち出すことを禁止する

ことを定めれば、従業員の退職による株式の分散を防止できます。

2 従業員持株会を発足させるための手続き

1)従業員持株会の発足

従業員持株会は民法上の組合契約です。組合契約は、一定の事業を複数の者が共同で行うことを合意することで成立します。従業員持株会は株式を共同保有するものなので、そのルールとして従業員持株会規約を定めます。規約の主な内容は次の通りです。

  1. 出資単位:従業員が持株会に金銭を出資する際の単位で、通常は額面金額とする
  2. 参加資格:勤続5年以上や課長職以上など、各企業の事情に応じて設定する
  3. 組合組織:理事や監事などの役員の選出方法、任期、理事会の運営方法などを定める
  4. 退職時のルール:退社する際は出資持分が払い戻され、株式の持ち出しを禁止する

従業員持株会規約ができたら、このルールに従って株式を共同保有することを合意して従業員持株会が発足します。最初は少人数で合意して従業員持株会を発足させ、その後に参加資格がある従業員に持株会への出資を募集します。

2)奨励金の支給

従業員持株会は社長(会社)にもメリットが大きいため、従業員による出資金の一部を会社が奨励金として支援することがあります。出資金の10~30%程度の奨励金を支給するケースが多いです。

3)株式譲受け

こうして従業員持株会の実体ができると社長から株式の譲渡を受け、以後、共同で株式を保有していきます。

3 作る前に再確認。従業員持株会の3つのポイント

1)経営権の弱体化の懸念

たとえ少数でも、株式を従業員に保有させることは経営権の弱体化につながります。1株でも保有すれば、株主総会議事録、取締役会議事録、株主名簿を見ることができますし、取締役に違法行為があれば、株主代表訴訟(株主が会社に代わって取締役などの責任を追及する訴訟)を提起して、会社の損害を回復するよう求めることができます。また、保有株式が3%を超えると会計帳簿を見ることができますし、取締役の解任訴訟を起こすこともできます。

こうしたデメリットを避けるには、従業員持株会の保有株式を議決権のない株式などに転換することが考えられます。とはいえ、全ての株主に与えられる権利を封じることはできません。

2)形骸化の懸念

従業員持株会を作ったけれども、従業員側のメリットが少なく、参加する従業員が減ってしまい、従業員持株会が形骸化してしまうことがあります。株主名簿上は従業員持株会が株式を保有しているにもかかわらず、従業員持株会の組合員が存在しないケースもあります。

このような状態となると従業員持株会は名義株とみなされ、実体は経営者がそれらの株式を保有しているとみなされる危険性もあります。その場合、メリットを受けることはできないので注意が必要です。

3)M&Aの対価により生まれる従業員間の不満

従業員持株会を作った後にM&Aが行われる場合、株式譲渡対価の何割かを従業員に交付することになります。従業員には雇用契約によって賃金や賞与が支給されていますが、偶然、M&Aが行われると、想定外の株式譲渡対価を得ることがあるのです。従業員持株会は、そもそも配当還元価額という非常に安い値段で株式を取得したにもかかわらず、その何十倍もの株式譲渡代金を受領してしまうと、不公平感を抱く従業員が出ることも懸念されます。

以上(2023年6月更新)
(執筆:日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 福崎剛志)

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画像:Mariko Mitsuda

【事業承継】社長の退職金を活用するメリットと実務

書いてあること

  • 主な読者:事業承継の具体的な効果や手続きを知りたい経営者
  • 課題:社長に退職金を支給することのメリットを知りたい
  • 解決策:受領する社長、支給する会社、株価の3点で税務メリットがある

1 事業承継に社長の退職金を活用する3つのメリット

社長に退職金を支給すると、事業承継で次の3つのメリットがあります。

  1. 社長:有利な所得税率が適用される
  2. 会社:退職金を損金算入できる
  3. 株価:株価が下がり、株式承継の絶好機となる

1)社長:有利な所得税率が適用される

社長は有利な所得税率で退職金を受領できます。なぜなら、

  • 取締役の在任年数に応じて退職所得控除が受けられる
  • 退職所得控除を超える部分は、所得の額を2分の1にした上で所得税・住民税が計算される

からです。

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退職金は、通常の役員報酬に比べて半額以下の税負担で済みます。実際、億単位の退職金でも所得税はプラス20%程度というケース(所得税の最高税率は55%)が少なくありません。

2)会社:退職金を損金算入できる

退職金は損金算入できるので、34%程度の法人税のメリットがあります。社長の所得税はプラス20%程度、損金算入できる法人税はマイナス34%程度であり、両者を比較すれば、

社長の退職金は、支給できる範囲いっぱいに支給した方が有利

ということが分かります。

3)株価:株価が下がり、株式承継の絶好機となる

社長の退職金には株価を押し下げる効果もあります。中小企業の株価算定に使われる主な評価方法である類似業種比準方式で考えてみます。なお、ここでいう中小企業は財産評価基本通達に基づく会社の区分で、

  • 大会社(従業員数70人超などの要件を満たした会社)
  • 中会社(従業員数5~35人超などの要件を満たした会社)
  • 小会社(従業員数5人以下などの要件を満たした会社)

の規模である非上場企業を指しています。

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退職金の支給によって、その事業年度の課税所得と、株価を算定する一株当たりの利益金額をゼロにできる可能性があります。また、事業承継を控えて配当金の支払を抑制している会社も多いですが、その場合、1株当たりの利益金額と配当金額がいずれもゼロとなります。

2 退職金を支給するための手続きと留意点

1)支払原資の確保

先立つものとして、通常の運転資金とは別に退職金の原資を確保しなければなりません。小規模企業共済などの積立制度を利用するとよいでしょう。

2)「退任の事実」をつくる

税務メリットがある退職金の支給は税務調査でも注目されます。税務署に指摘されないように、しっかりと社長の「退任の事実」をつくりましょう。具体的には、出勤や部下への業務指示などが制限され、現実に事業から離れなければなりません。

こうした「退任の事実」が認められない場合、退職金は「賞与」となります。金額によっては、社長に最高税率の所得税が課税されます。また「賞与」は損金不算入なので、会社も法人税の追徴課税(追加の納税や延滞税・重加算税などの罰金税)を受けます。

3)取締役会と株主総会の決議

社長の退任が決まったら、取締役会が社長の退職金の支給を議案とする株主総会の招集を決定します。

次に、株主総会において社長に対する退職金支給議案が承認可決される必要があります。株主総会の決議では、退職金の具体的金額を決議してもよいですし、退職金規程に従って支給することとし、具体的な手続は取締役会に委任する旨を決議してもよいです。

取締役会や株主総会の議事録に、社長の功労(在任中の売上や利益の推移など)を記載することも考えられます。社長の退職金は高額になることが多いですが、在任中の功労が具体的に記載されていれば、税務調査でも指摘されにくくなります。

なお、株主総会を開催していない中小企業も多いですが、退職金の支給のような重要な手続では必ず株主総会を開催しましょう。株主総会を開催していなかったために、退職金の支給が否認された事例もあります。

4)退職金の支給の実施

株主総会の決議に基づき、後任の代表取締役が退任した社長に退職金を支給します。退職金は所得税及び住民税の源泉徴収が義務付けられているので、源泉徴収税を控除した金額を振り込みます。なお、源泉徴収税は、支給月の翌月10日までに納付しなければなりません。

3 退任のタイミングを慎重に決める

事業承継では、

社長が退任するタイミングをいつにするか

が難しい問題となります。社長の退職金を支給するには「退任の事実」が必要ですが、実際に社長が事業から離れることは容易ではなく、その決断が遅れがちです。

社長が安心して退任して、退職金が受領できるようにするために、種類株式などを使って、法律上の支配権を社長に残す仕組みなどを入れることも検討できます。

以上(2023年6月更新)
(執筆:日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 福崎剛志)

pj30200
画像:Mariko Mitsuda

【事業承継】投資育成会社を活用するメリットと実務

書いてあること

  • 主な読者:事業承継の具体的な効果や手続きを知りたい経営者
  • 課題:事業承継対策として、投資育成会社を活用することのメリットを知りたい
  • 解決策:投資育成会社に経営者が保有する自社株式を売り渡せば、事業承継コスト(贈与税)を減らすことができる。ただし、買い戻す時は高額になることもある

1 事業承継に投資育成会社を活用する3つのメリット

投資育成会社(正式には「中小企業投資育成株式会社」)とは、

中小企業投資育成株式会社法に基づき設立された投資会社で、その株式は経済産業省、地方公共団体、銀行などが保有

しています。一般的な株式会社と違う公的な株式会社として位置付けられており、東京・名古屋・大阪の3カ所にあります。

この投資育成会社を活用すると、事業承継対策として次の3つのメリットがあります。

  1. 事業承継コスト(贈与税など)が軽減される
  2. 会社の信用力を向上させる
  3. 経営の安定性を高める効果が期待できる

1)事業承継コスト(贈与税など)が軽減される

例えば、社長が株価1億円の事業会社の株式を100%保有しているとします。その株式を長男に贈与する場合、1億円の財産を贈与したものとして贈与税が課税されます。一方、社長が保有する株式の30%を投資育成会社に売却し、70%しか保有していない状態にすると、7000万円の財産を贈与したものとして贈与税が課税されるので、負担が軽減されます。

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日本の贈与税や相続税は、財産の額が大きくなるほど税率も高くなるので、株式価値を減らせば事業承継コストはそれ以上の割合で軽減されます。しかも、投資育成会社は、事業会社の株式を保有したとしても経営に干渉することはありません。こうしたことから、事業承継対策の1つとして投資育成会社の活用が検討されているのです。ただし、投資育成会社は、事業会社の株式50%超は保有することができないことは把握しておきましょう。

2)会社の信用力を向上させる

投資育成会社が株主になると、会社の信用力向上が期待できます。投資育成会社から出資を受けるためには、出資に関しての事前相談をした上で、正式な出資申込を行い、審査を受けなければなりません。

審査では、

  1. 本社・工場の訪問
  2. 経営方針、事業計画、事業内容、収益見通し等についてのヒアリング
  3. 経営者自身のプレゼンテーション

が求められます。このような審査手続きをパスして、初めて投資を受けられることから、取引先や金融機関からの評価につながります。

投資育成会社の投資先は2022年10月時点で全国に2744社ありますが、その投資先企業は優良な上場会社や中堅企業が多いです。

3)経営の安定性を高める効果が期待できる

投資育成会社が株主となることで、より確実な経営が行えるようになります。例えば、投資育成会社が株主となった場合、毎年の株主総会に投資育成会社が出席します。また、株主総会開催前に決算内容や議案などについて、事前説明を求められることも少なくありません。このように株主に投資育成会社が入ることで、会社法や税法など、これまで以上に法令を遵守した経営を求められるようになり、その結果、経営の安定性が高まるという効果が期待できます。

さらに、投資育成会社は、中小企業の「育成」を使命としているため、各種の経営課題についての相談もすることができます。

2 投資育成会社に株式を保有してもらうための手続き

1)事前相談と出資審査

投資育成会社から投資を受けるためには、東京・名古屋・大阪のいずれかの投資育成会社に投資の相談と申込をします。その上で、投資育成会社の審査を受け、投資決定を受ければ、株式を引き受けてもらえます。

投資育成会社からの出資の流れは次の通りです。

  1. 【ご相談】事業の概況、増資計画等についてのヒアリング(会社パンフレット、最近3期分の決算書、株主名簿の提出)
  2. 【お申込受付】投資決定に必要な資料の提出(事業計画書、事業経歴書、役員等の略歴、製品カタログ等の提出)
  3. 【審査(事業調査)】本社・工場などの訪問。経営方針・事業計画、事業内容、収益見通し等についてのヒアリング。経営者の投資育成会社でのプレゼンテーション
  4. 【投資決定】引き受けの可否および条件を投資育成会社内で機関決定
  5. 【資金払い込み】株式、新株予約権付社債などの発行手続きと資金の払い込み
  6. 【プレスリリース】新聞社などへのプレスリリース

2)株式取得

投資育成会社の投資が決定したら、経営者などが保有する既発行株式を譲渡するか、新株を発行することによって株式を保有させます。

投資育成会社が株式を取得する価格は、投資育成株価算定方式(以下「投資育成算式」)という特有の計算方法で算定されます。投資育成算式とは、1株当たり予想利益を基にした収益還元方式によって算定されますが、その金額は一般的に使われる算式(類似業種比準方式など)に比べ、かなり低額になります。

3)安定配当の継続

投資育成会社は、毎年、投資額の6%を配当として求めてきます。通常配当を実施していない会社が6%の配当を実施するには、種類株式の優先配当株式(普通株式より優先して配当する株式)を設定したり、株式の属人的定め(定款で株主ごとに異なる取り扱いを定めること)を設けたりして、投資育成会社にだけ配当できるような仕組みを導入する必要があります。

なお、投資育成会社は長期的な投資を行っており、一度投資をしたら原則として10年以上は投資を継続します。従って、年6%の配当は10年以上継続されます。ただし、事業の状況が悪いときは配当をする必要はありません。

3 株式を買い戻す際の重要なポイント

投資育成会社は、投資育成算式に従って企業の株式を取得します。投資育成算式は、1株当たりの予想利益を基にした収益還元方式なのですが、その算式によって算定される額は、

企業が成長するにつれ高額になっていく

ことが特徴です。従って、10年間、投資育成会社に株主になってもらい、事業承継も完了したので株式を買い戻したいと考え、改めて投資育成算式で株価を評価すると、何倍にもなっているということが少なくありません。

毎年6%の優先配当をし、最後には買い戻す価格が何倍にもなる可能性があることを理解した上で活用する必要があります。

また、株式を買い戻すとき、

自社の株主の3分の1以上が、従業員持株会、取引先、銀行などの同族株主以外の株主で占められていなければ、投資育成会社は株式の買い戻しには応じない

ことになっています。将来的に従業員持株会などが整備できなければ、買い戻しが困難となることに注意してください。

以上(2023年6月更新)
(執筆 日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 福崎剛志)

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画像:Mariko Mitsuda

経理現場のインボイス対策!「売り手」と「買い手」の立場から必要な実務を最終確認

書いてあること

  • 主な読者:インボイス発行事業者の登録手続きを済ませた会社の経営者、経理担当者
  • 課題:取引先への登録番号などの通知など現場の準備が抜け漏れなく終わっているか不安
  • 解決策:売手(インボイスを発行する側)、買手(インボイスを受け取る側)の立場から現場ですべきことを整理する

1 いよいよインボイス! 対応漏れがあると消費税の負担増?

いよいよ2023年10月1日からインボイス制度が始まります。消費税の申告を行っている会社であれば、インボイス発行事業者(適格請求書発行事業者)の登録は終わっていることでしょうが、対応はこれだけではありません。立場ごとにまとめると次のようになります。

1.売手(インボイスを発行する側)

  • インボイスの発行方法を決める
  • インボイスに必要な項目が記載されているか確認する
  • 簡易インボイス(簡易適格請求書)が発行できる業種かを確認する
  • 発行したインボイス(写し)の保存方法を決める
  • 取引先への登録番号や変更点を通知する

2.買手(インボイスを受け取る側)

  • 受け取ったインボイスの保存方法を決める
  • 会計システムがインボイス制度に対応しているか確認する
  • 経理上の注意点を担当者が認識しているか確認する
  • 免税事業者などへの対応を決める

3.売手・買手共通

  • 社員(特に、経理や営業部署の社員)への研修を実施する

これらに対応していないと、仕入税額控除(消費税額の計算上受けられる控除。以下「控除」)を受けられず、消費税の負担が増える恐れがあります。これでは意味がないですよね。そこで、この記事では、

インボイス発行事業者の登録届出後からインボイス制度開始までにすべきこと

をまとめますので、抜け漏れのチェックにご活用ください。

2 売手(インボイスを発行する側)の立場ですべきこと

1)インボイスの発行方法を決める

必要な項目(詳細は後述)が記載されていれば、請求書、領収書など、どの書類もインボイスになります。そのため、まずはどの書類をインボイスにするかを決め、追加しなければならない項目を確認しましょう。一般的には、現在使用している請求書にインボイスとして必要な項目を追加するケースが多いです。

また、契約書の締結だけで、毎月の請求書などを発行していない取引(オフィス賃貸料や会費など)がある場合は、インボイスとして必要な追加項目を記載した通知書を作成・送付し、契約書とともに保存してもらうようにしましょう。

また、インボイスを紙で発行するのか、電子データ(会計ソフトやPDFで作成したもの)で発行するのかを決め、取引先にも発行様式を伝えるようにしましょう。

2)インボイスに必要な項目は記載されているか確認する

インボイスには、今の請求書の記載項目に加えて、

  1. 適用税率
  2. 税率ごとに区分した消費税額等
  3. 適格請求書発行事業者の登録番号

を記載しなければなりません。記載項目に漏れがあるとインボイスとは認められず、受け取った側は消費税上の控除を受けられなくなるので注意が必要です。

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3)簡易インボイス(適格簡易請求書)が発行できる業種かを確認する

インボイスの記載項目は厳密に決められていますが、一部の業種では記載項目を簡略化したインボイス(簡易インボイス)の発行が認められています。一定の業種とは、不特定多数の客と取引を行う次の業種です。

小売業、飲食店業、旅行業、タクシー業、写真業、駐車場業など

簡易インボイスでは、

相手の名称の記載が不要

です。現在のレシートなどに追加しなければならない項目は、

  1. 適格請求書発行事業者の登録番号
  2. 税率ごとに区分した消費税額等または適用税率

の2点です。従来のレシートにスタンプや手書きで対応することも認められているため、取引規模によっては、レジシステムなどの更新をしなくても問題ないかもしれません。

4)発行したインボイス(写し)の保存方法を決める

発行したインボイス(写し)は、取引日の課税期間の末日の翌日から2カ月を経過した日から7年間保存しなければなりません。3月末決算(2023年度)の会社の場合、2024年6月1日から2031年5月31日までの7年間です。

インボイスは、

  • 電子データで受けったものは電子データで保存(2023年12月末までは紙で保存も可)
  • 紙で受け取ったものは紙またはスキャナして電子データで保存

します。

消費税法上、インボイスの保存方法は紙でも電子データでも問題ありません。しかし、電子帳簿保存法により、2024年1月以降は、電子データで受けたったものは電子データで保存することになっています。これは、法人税と所得税に限った話ですが、実務上、インボイスと請求書が別々に送られてくることはほぼ想定されません。インボイス制度が始まる2023年10月までに電子保存の体制を整えなければならないわけではありませんが、半年後には電子保存の義務化にかかる宥恕規定が無くなるので、インボイスへの対応と同時に電子保存の対応も進めていくのが効率的です。

5)取引先への登録番号や変更点を通知する

こうしてインボイスの体裁や発行方法が決まったら、インボイス制度が始まる前に取引先に通知しましょう。インボイスが発行されるかどうか、税金の計算上で影響を受けるのは買手(受け取る側)です。買手の管理や社内手続きの都合上、インボイス制度が導入される前に、インボイス発行事業者かどうかを把握しなければならないと考えている会社もあります。

準備が整っているならば、2023年10月を待たず、通知も兼ねて前もってインボイスを発行しておくと、スムーズに対応できるでしょう。

3 買手(インボイスを受け取る側)の立場ですべきこと

1)受け取ったインボイスの保存方法を決める

受け取ったインボイスの保存方法は、前述した売り手側の「4)発行したインボイス(写し)の保存方法を決める」と同じです。

2)会計システムがインボイス制度に対応しているか確認する

インボイス制度が始まると、会計システムに入力する取引項目に「インボイスの有無」を追加しなければなりません。これに対応していない会計システムだと、消費税の納税額計算時に取引すべてについて、インボイスの確認作業が必要になります。会計システムについては、請求書の発行部分だけでなく、日々の取引を入力する部分についても、インボイス制度に対応しているか確認しましょう。

3)経理上の注意点を担当者が認識しているか確認する

インボイス制度が始まっているのに従来の請求書のままだったり、必要な記載項目が抜けていたりする場合、こちらは仕入税額控除(消費税額の計算上受けられる控除)を受けられず、消費税の負担が増えます。また、フリーランスや小規模事業者への影響の大きさから、経過措置(詳細は後述)という特別な取り扱いがあります。

これらを踏まえ、経理担当者は、

  • インボイスに必要な記載項目のチェック
  • 仕入先がインボイス発行事業者か、そうでないかの把握
  • 仕入先が免税事業者かどうかの把握
  • インボイスの保存が不要な取引かチェック

という、あらたな確認作業が必要になります。

なお、経過措置とは、免税事業者などインボイス発行事業者でない業者からの仕入れであっても、一定の要件を満たした帳簿を保存していれば、制度開始後6年間は一部控除が受けられるというものです。

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また、自動販売機や公共交通機関など、不特定多数の利用者がいるような取引(かつ少額な取引)については、インボイスが不要です。主な取引に、

  • 3万円未満(税込)の公共交通機関の乗車券
  • 3万円未満(税込)の自動販売機や自動サービス機からの商品購入
  • 郵便切手の購入

などがあります。

4)免税事業者などへの対応を決める

経過措置で軽減されているとはいえ、インボイス制度が始まれば、インボイス発行事業者でない免税事業者などへの支払いについては、消費税の負担が増します。金額の大小や取引の重要性などを考慮して対応を決めなければなりません。考えられる対応には、

  • 消費税の負担増を受け入れ、これまでどおりの取引を行う
  • 消費税の負担増を考慮し、値下げ交渉を行う
  • インボイス発行事業者への移行をお願いする

などがあります。

自社で消費税の負担増を受け入れる場合は、事前に資金繰りへの影響をシミュレーションしておくことが大切です。また、値下げ交渉やインボイス発行事業者への移行のお願いについては、独占禁止法や下請法に違反しないよう注意が必要です。消費税の負担を超える値下げやインボイス発行事業者への移行について、強制的なやり方をした場合は違反となります。対等な立場で交渉するようにしましょう。

4 売手・買手共通ですべきこと

特に、経理や営業部署の社員への研修を実施しましょう。経理部に対して営業部や取引先からインボイスに関する問い合わせを受けるケースが増えてくるでしょう。まずは、

  • 自社のインボイス発行が始まる時期
  • 従来からの変更点(記載項目)

は押さえるようにしましょう。また、制度が始まる2023年10月以降は、新規取引先がインボイス発行事業者かどうか、免税事業者かどうかの確認も行わなければなりません。社内でインボイスに関する問い合わせの専任担当者を決めておくなど社内体制を整えておくと、スムーズな対応が可能になります。

以上(2023年7月作成)
(監修 税理士法人アイ・タックス 税理士 山田誠一朗)

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【海外展開の手引(4)】無料の基礎データによる市場調査/ASEAN・中国・台湾・香港編

書いてあること

  • 主な読者:販路の拡大や生産コスト削減などのために、ASEAN諸国・中国・台湾・香港への海外展開を検討している経営者
  • 課題:現地の市場調査を本格的に始める前に、基礎的なデータを集めて検討したい
  • 解決策:まずは各国・地域の基礎的なデータを無料で入手できるウェブサイトを活用する

1 海外展開先の検討は、まず東南アジアや東アジアから

日本の企業が海外展開を検討する上で最初に対象となるのは、距離的に近く、国内産業との補完性が高い東南アジア・東アジア諸国でしょう。東南アジア諸国および中国との貿易額は、日本の貿易総額の4割程度に上り、経済的に密接な関係にあります。

また、人口規模や経済が拡大している国・地域が多く、販路開拓先としても労働力の供給元としても魅力的な市場といえます。

この記事では、ASEAN諸国・中国・台湾・香港(以下「対象国・地域」)への海外展開を検討する際に、各国・地域の基礎的なデータを無料で収集できる情報ソースを紹介します。

2 対象国・地域の統計機関ウェブサイト

ターゲットとする市場に関する詳細な情報を入手する先として、各国・地域の統計機関のウェブサイトが挙げられます。

総務省「外国政府の統計機関」などによると、対象国・地域の統計機関ウェブサイトは次の通りです。

■インドネシア:Badan Pusat Statistik(BPS)(インドネシア中央統計庁)■

https://www.bps.go.id/

■カンボジア:National Institute of Statistics(NIS)(カンボジア統計局)■

http://www.nis.gov.kh/index.php/en/

■シンガポール:Singapore Department of Statistics(DOS)(シンガポール統計局)■

https://www.singstat.gov.sg/

■タイ:National Statistical Office(NSO)(タイ王国統計局)■

http://www.nso.go.th/sites/2014en

■台湾:National Statistics Republic of China(Taiwan)(中華民国行政院主計総処)■

https://eng.stat.gov.tw/

■中国:National Bureau of Statistics of China(中国国家統計局)■

http://www.stats.gov.cn/english/

■フィリピン:Philippine Statistics Authority(PSA)(フィリピン統計機構)■

https://psa.gov.ph/

■ベトナム:General Statistics Office of Vietnam(ベトナム統計総局)■

https://www.gso.gov.vn/en/homepage/

■香港:Census and Statistics Department(香港特別行政区政府 政府統計処)■

https://www.censtatd.gov.hk/en/

■マレーシア:Department of Statistics Malaysia(マレーシア統計庁)■

https://www.dosm.gov.my/portal-main/home

■ミャンマー:Central Statistical Organization(CSO)(ミャンマー中央統計局)■

https://www.csostat.gov.mm/

■ラオス:Lao Statistics Bureau(ラオス統計局)■

https://www.lsb.gov.la/en/home/

3 対象国・地域の情報収集に活用できる主な専門機関(日本語)

1)ASEAN諸国に関する専門機関:日本アセアンセンター

日本アセアンセンター(正式名称:東南アジア諸国連合貿易投資観光促進センター)は、日本とASEAN諸国との貿易、投資、観光、交流の促進を目的としています。具体的な活動内容としては、各種セミナーやワークショップの開催、人的交流プログラム、各種情報提供などの事業を行っています。

同センターのウェブサイトでは、ASEAN各国の基本データや日本とASEAN諸国との関係、セミナーなどの各種イベント情報などを公開しています。

■日本アセアンセンター■

https://www.asean.or.jp/ja/

2)中国に関する専門機関:日中投資促進機構、日本国際貿易促進協会

日中投資促進機構は、日本企業の対中投資の拡大を通じて日中両国の健全かつ安定的な経済関係の発展に寄与することを目的としています。具体的な活動内容としては、中国への投資環境改善の要望、中国政府による外資政策や中国ビジネス実務などに関するセミナー活動、会員からの相談の受け付けなど、対中投資に関わる実務サービスを提供しています。

同機構では、会員向けに中国投資関連の法令の日本語訳なども提供しています。

■日中投資促進機構■

http://jcipo.org/

この他、日本国際貿易促進協会は、日中国交正常化前の1954年に創立された機関で、対中貿易や経済交流の促進を目的としています。具体的な活動内容としては、経済政策や日中の経済交流などに関して中国政府と意見交換を行ったり、中国での投資環境の視察を行ったりしています。

また、輸出入貿易などに関する相談に応じたり、中国の知的財産権などに関する情報収集およびアドバイスを行ったりしています。

■日本国際貿易促進協会■

https://japit.or.jp/

3)台湾に関する専門機関:日本台湾交流協会

日本台湾交流協会は、日本と台湾の間の交流関係の維持を目的としています。具体的な活動内容としては、日台間の外交面での実務に関わる業務や、貿易・経済・技術交流を支援する事業などを行っています。

同協会のウェブサイトでは、台湾の経済や日台関係などの情報を公開しています。

■日本台湾交流協会■

https://www.koryu.or.jp/

4)香港に関する専門機関:香港経済貿易代表部

香港経済貿易代表部(香港特別行政区政府 駐東京経済貿易代表部)は、香港の駐日代表機関として、主として日本と香港の経済・貿易関係や相互理解、文化・観光面での交流を深めることを目的としています。具体的な活動内容としては、日本における香港のPRおよび文化活動、要人の訪問支援、香港の投資環境に関する情報提供などを行っています。

2022年12月には「企業・人材誘致専門チーム」が設置され、ターゲットとなる企業や人材の香港への進出を促進するとともに、世界のトップ100大学と連絡を取って香港への人材受け入れ制度をPRしています。

同代表部のウェブサイトでは、香港の基本情報の他、香港での経済動向などに関するニュースレター「香港ライナー」などを公開しています。

■香港経済貿易代表部■

https://www.hketotyo.gov.hk/japan/jp/

以上(2023年6月更新)

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【海外展開の手引(3)】無料の基礎データによる市場調査/世界編

書いてあること

  • 主な読者:販路の拡大や生産コスト削減などのために、海外展開を検討している経営者
  • 課題:現地の市場調査を本格的に始める前に、基礎的なデータを集めて検討したい
  • 解決策:まずは各国・地域の基礎的なデータを無料で入手できるウェブサイトを活用する

1 海外の市場調査は、無料の基礎データの活用から

海外展開を行うには、国内では想定できないようなリスクもあります。ですから、検討するに当たって、想定する国・地域に関する市場規模、参入企業の動向、法規制などの基礎情報の他、言語や慣習など、さまざまな観点から情報を収集することが欠かせません。

本格的な検討段階になれば、外部コンサルタントなどの起用も視野に入れる必要がありますが、初期の検討段階であれば、

無料で収集できる基礎データを活用する

だけでも、一定の情報を集めることができます。

この記事では、世界各国・地域の海外市場に関する基礎的な情報を無料で収集するための情報ソースを紹介します。

2 世界各国・地域の市場に関する情報ソース(日本語)

1)外務省「国・地域」

外務省「国・地域」では、各国・地域の面積、人口、民族、言語、宗教などの一般情報の他、主要産業、GDP、物価上昇率などの経済に関する基礎データを公表しています。

■外務省「国・地域」■

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/

2)総務省「世界の統計」

総務省「世界の統計」では、各国・地域の人口、経済、社会、環境などのデータを抽出してまとめた統計を公表しています。

なお、国際連合(UN)や国際通貨基金(IMF)などの国際機関が公表しているデータ(詳細は後述)は、多くが英語で作成されており、検索方法やデータの見方が分かりにくい場合があります。「世界の統計」では、こうしたデータの日本語訳が集約されています。

■総務省「世界の統計」■

https://www.stat.go.jp/data/sekai/

3)国際協力銀行「投資環境資料のご案内」

国際協力銀行(JBIC)「投資環境資料のご案内」では、日本企業の関心が高い国の投資環境を紹介するレポートを公表しています。国土、民族、社会、歴史などの概観をはじめ、経済概況や直接投資受け入れ動向、外資導入政策と管轄官庁、主要関連法規、許認可・進出手続き、税制、貿易管理・為替管理、労働事情、物流・インフラなどさまざまな角度から投資環境を紹介しています。

また、地域ごとの特徴や、付録として進出企業へのアドバイスや国内外での相談窓口なども紹介しています。作成年が古いものがあったり、紹介している国が限定されていたりしますが、関心のある国のレポートが見つかれば、有益な情報ソースとなるでしょう。

■国際協力銀行「投資環境資料のご案内」■

https://www.jbic.go.jp/ja/information/investment.html

4)日本貿易振興機構「国・地域別に見る」

日本貿易振興機構(ジェトロ)「国・地域別に見る」では、ジェトロが海外事務所などのネットワークを駆使して入手した各国・地域の経済、産業、統計、貿易・投資実務などに関する情報を、国・地域別、目的別、産業別に整理して公表しています。

また、特定の国・地域に関する資料・情報源や、ビジネスに関わるニュースなども見ることができます。

■日本貿易振興機構「国・地域別に見る」■

https://www.jetro.go.jp/world/

5)中小企業基盤整備機構「海外ビジネスナビ」

中小企業基盤整備機構「海外ビジネスナビ」では、海外展開に関する実務情報や取り組み事例を紹介しています。

また、海外ビジネス情報として、各地の現地レポートや調査レポートも掲載しています。

■中小企業基盤整備機構「海外ビジネスナビ」■

https://biznavi.smrj.go.jp/

6)海外投融資情報財団「海外投融資」

海外投融資情報財団(JOI)「海外投融資」では、主に会員向けに、隔月発行しているビジネス情報誌「海外投融資」の内容を、バックナンバーも含めて紹介しています。基本は会員限定ですが、一部のレポートが一般公開されています。

■海外投融資情報財団「海外投融資」■

https://www.joi.or.jp/magazine/

3 世界各国・地域の主な指標データに関する情報ソース(英語)

1)男女別・年齢階級別などの人口の推移

国際連合(UN)「Demographic Yearbook」では、各国・地域が国際連合に報告したデータに基づいた1948年以降の人口を公表しています。男女別・年齢階級別人口や主要都市別人口、人口動態(出生率、死亡率など)などを調べることができます。

■国際連合「Demographic Yearbook」■

https://unstats.un.org/unsd/demographic/products/dyb/

2)推計人口の推移および将来推計人口

国際連合(UN)「World Population Prospects 2022」では、1950年以降の推計人口の推移、2100年までの将来推計人口を公表しています。

■国際連合「World Population Prospects 2022」■

https://population.un.org/wpp/

3)国内総生産・消費者物価指数などの経済指標

国際通貨基金(IMF)「World Economic Outlook Database April 2023」では、国内総生産・消費者物価指数などの経済指標を公表しています。

■国際通貨基金「World Economic Outlook Database」■

https://www.imf.org/en/Publications/WEO/weo-database/2023/April

4)農作物、畜産物、水産物、林産物ごとの各国・地域の生産量などのデータ

国際連合食糧農業機関(FAO)「FAOSTAT」では、農作物、畜産物、水産物、林産物ごとの各国・地域の生産量などのデータを公表しています。

■国際連合食糧農業機関「FAOSTAT」■

https://www.fao.org/faostat/en/#home

5)労働力に関する情報(経済活動人口、就業者、失業者などのデータ)

国際労働機関(ILO)「ILOSTAT」では、労働力人口、就業者、失業者、賃金、労働時間、労働災害、社会保障などのデータを公表しています。

■国際労働機関「ILOSTAT」■

https://ilostat.ilo.org/

6)衛生状態や感染症に対する予防状況

世界保健機関(WHO)「THE GLOBAL HEALTH OBSERVATORY」では、各国・地域の基本的な衛生サービスを受けられている人の割合や、ヒブ、豚サーコウイルス3型といった感染症に対するワクチン接種率などを公表しています。

■世界保健機関「THE GLOBAL HEALTH OBSERVATORY」■

https://www.who.int/data/gho/data/countries

7)新型コロナウイルス感染症に関する情報

世界保健機関(WHO)「WHO Coronavirus(COVID-19)Dashboard」では、新型コロナウイルス感染症による各国・地域の感染者数および死者数に関する累計や週ごとの推移を公表しています。また、各国・地域の感染症対策やワクチン接種率も公表しています。

■世界保健機関「WHO Coronavirus(COVID-19)Dashboard」■

https://covid19.who.int/

以上(2023年6月更新)

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【海外展開の手引(2)】リスクの把握と市場調査で「想定外の出来事」を回避する

書いてあること

  • 主な読者:販路拡大や生産コスト削減などのために、海外展開を検討している経営者
  • 課題:海外展開に当たって「想定外の出来事」で失敗したくない
  • 解決策:想定されるさまざまなリスクを把握して対策を講じるとともに、さまざまな角度から現地調査を行った上で海外展開を検討する

1 情報さえあれば「想定外の出来事」は回避できる

相応のコストや労力を費やして実現した海外展開が、「想定外の出来事」によって損失を被り、撤退を余儀なくされることもあります。こうした事態を避けるには、海外展開を検討する段階で「想定の範囲」を広げておくことが大切です。そのために必要なのは、なるべく多くの情報を集めておくことです。特に重要なのは、

現地のリスクの把握と市場調査

です。

リスクを把握しておけば、事前にリスクを回避したり、損失を最小限に抑えたりするための対策を講じておくことができます。また、市場調査をしっかりと行うことによって、構想段階の見通しに近い成果を得られる可能性が高まります。

この記事では、海外展開を検討する際に想定すべきリスクおよびその対策と、市場調査を行う上でのポイントを紹介します。

2 海外展開を検討する際に想定すべきリスク

1)情報の不足そのものがリスク

土地勘がなく、対面でのコミュニケーションが難しい外国企業との取引は、日本国内で取引をする場合に比べ、情報が不足しがちです。

情報の不足は、契約不履行(商品の相違、送金遅れなど)、詐欺、取引相手の倒産、現地政府の政策による活動制限、その他商習慣の違いなどに起因するトラブルの発生につながりかねません。自社での情報収集を強化するだけでなく、現地事情に精通した、信頼できる専門家や専門機関を活用し、確かな情報を得られるようにしておきましょう。不足しがちな情報としては、取引相手(外国企業)の信用情報、カントリーリスク、商習慣や文化の違いなどがあります。

なお、帝国データバンクや東京商工リサーチでは、提携先の現地調査機関から取得した外国企業の信用情報を提供しています。

■帝国データバンク「海外企業信用調査」■

https://www.tdb.co.jp/lineup/overseas/index.html

■東京商工リサーチ「海外企業調査レポート(ダンレポート)」■

http://www.tsr-net.co.jp/service/detail/dun-report.html

2)カントリーリスク

海外展開を行う場合、現地の「カントリーリスク」を踏まえる必要があります。これは、個別の取引相手が持つ商業リスク(契約不履行、詐欺、倒産など)とは別に、取引相手国の政治・経済・社会環境に起因する損害発生のリスクのことです。

具体的なカントリーリスクとしては、次のようなものが挙げられます。

  • 著作権や商標権など、知的財産権の侵害が頻発している
  • 行政手続きが不透明なことによる輸入手続きの遅延や、法的根拠が不明な流通の差し止めが生じる
  • 政府が民間企業の経営や案件に介入することがある
  • 政権交代が経済の混乱につながりやすい
  • 民族や宗教の対立が根深く、紛争が起こりやすい
  • 衛生環境への取り組みや感染症対策が不十分で、感染症の影響を受けるリスクが高い

なお、日本貿易保険(NEXI)や日本商工会議所では、輸出に伴うカントリーリスクなどに対応した保険制度も運用しています。取引相手を取り巻く環境などを踏まえ、こうした保険制度の活用を検討してもよいでしょう。

■日本貿易保険(NEXI)「貿易保険」■

https://www.nexi.go.jp/service/

■日本商工会議所「輸出取引信用保険制度」■

https://www.ishigakiservice.jp/export-transaction

3)商習慣や文化の違い

海外企業との取引に当たっては、商習慣や文化の違いによるトラブルが生じる可能性があります。

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ベースとなる考え方が違う以上、「常識的に考えれば○○してくれるであろう」という、以心伝心のコミュニケーションは海外企業との間では成立しません。

商習慣や文化の違いによるトラブルのリスクを低減するために、取引相手に求める詳細な事項を契約書に盛り込んで遵守させることが大切です。

4)手続きが煩雑

海外企業との取引においては、商品が輸出企業から輸入企業の手に渡るまでに多くの企業・機関が関与するため、手続きも煩雑になりがちです。しかし、手続きが滞ってしまうと、何らかの処罰の対象になったり、遵法意識が低いなどとして自社の信用低下につながったりするリスクがあります。

手続きに漏れがないよう、社内でのチェック体制を整える他、貿易取引の支援機関に照会するなどして、トラブルが発生しないようにしましょう。

5)輸出入の規制

貿易取引では、国内に持ち込まれると問題となる商品(病害虫が付いた農作物、偽ブランド商品、コメなど国の政策で保護されている農作物・工業製品)や、国外に持ち出すのが好ましくない商品(希少動植物など)については、輸出入が規制されています。

家庭用ゲーム機器など、通常の企業活動では取引の規制が想定しにくい商品でも、性能の高さや使われているソフトウエアなどを理由に、規制対象となっている場合もあります。もし輸出しようとした商品が規制の対象となっている場合、取引そのものが不履行となって損害が生じたり、十分な数量の輸出ができなくなったりします。

日本からの輸出が規制されている品目については、税関(財務省関税局)のウェブサイト「輸出入禁止・規制品目」で確認できます。また、輸出先で輸入が規制されている品目については、日本貿易振興機構(以下「ジェトロ」)がウェブサイト上で公開している「国・地域別に見る」で確認できます。

■税関(財務省関税局)「輸出入禁止・規制品目」■

https://www.customs.go.jp/mizugiwa/kinshi.htm

■ジェトロ「国・地域別に見る」■

https://www.jetro.go.jp/world/

6)為替レートの変動

海外企業との取引は、基本的に外貨によって行われます。当事者企業双方の利便性の観点から、米ドルやユーロなど基軸通貨(またはそれに準ずる通貨)を利用するのが一般的ですが、これらの通貨の為替レートは時として大きく変動します。

為替レートの変動への対応策としては、「円建てで取引する」「為替予約(一定時期後の外貨と円の交換を、事前にレートを決めて予約する金融取引のこと)をして事前に交換レートを確定させる」などが挙げられます。金融機関では為替レート変動対策の金融商品を提供している場合があるので、渉外担当者に確認してもよいでしょう。

7)感染症の影響を受けるリスク

展開する国や地域によっては、衛生環境への取り組みや感染症対策が不十分なため、マラリアやデング熱などの感染症にかかるリスクがあります。感染症対策に伴って、商取引に影響が出る可能性がある他、国内での行動が制限されたり、国外との行き来が困難となったりすることも考えられます。

外務省のウェブサイトの他、対象となる国や地域の保健衛生を管轄する部署などを通じて、事前の情報収集に努めましょう。

■外務省 海外安全ホームページ「医療・健康関連情報」■

https://www.anzen.mofa.go.jp/kaian_search/

3 市場調査を行う上でのポイント

1)仮説を立てる

海外展開を検討する際に、市場調査は不可欠です。とはいえ、全部の国・地域を対象に調査をするのは時間的にも資金的にも無理があります。そのため、「文化が近いから自社製品が受け入れられそう」「『現地で自社製品に近いものが好評を博している』と聞いたので、市場として有望」「1人当たりの実質GDPが高水準なので、購入してもらえそう」といった仮説を立て、調査対象国・地域や調査すべきテーマを絞るようにします。

2)実際に調査してみる

仮説を立てたら、それに基づいて海外展開を想定する国・地域についての市場調査を行います。国内での情報収集ルートは、統計データの確認、書籍や雑誌などの文献調査、インターネットでの検索、関係者へのヒアリング、支援機関などが開催するセミナーへの参加などがあります。市場調査の項目例として、次のようなものが挙げられます。

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なお、市場調査の基本となる各国・地域の基礎データを無料で収集するための方法を、次のコンテンツで紹介しています。

国内での一定程度の調査を終え、海外展開の見通しが立つようであれば、現地に直接足を運び、生の情報を仕入れることも必要です。現地を直接見ることで事情を把握し、事前に調査した情報が正確なのか確認することができます。さまざまな国で開催されるメッセ(見本市)などに足を運ぶのもよいでしょう。

以上(2023年6月更新)

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現場の業務をDXで効率化!「ブルーカラー」の働き方改革を促す現場改善テック

書いてあること

  • 主な読者:現業職が多い職場(製造業の工場、小売業の実店舗など)の管理者
  • 課題:紙ベースでのやり取りが当たり前。業務が属人化しており、DXが進まない
  • 解決策:外部ツールの使用に限らず、自社開発も視野に入れてDXを進めていく

1 「現場」にこそDXによる業務効率化が必要

突然ですが、御社の現場では次のような課題はないでしょうか?

  • 紙によるアナログな管理で、情報の閲覧や検索が困難になっている
  • 社員各々の経験に業務を頼っていて、ノウハウが共有されていない
  • 社員が現場に1人で出ており、情報共有や社員間の連携がうまくいかない

こうした課題を解決できるのが、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」です。例えば、紙による資料管理をデジタル化するだけでも記録ミスの削減や社員の作業負担が軽減され、残業時間の削減が期待できます。ただ、DXを進めるために市販の外部システムを使おうとすると、中小企業の規模では必要のない機能が含まれていたり、コスト面の負担が大きかったりして、一歩を踏み出せないケースもあります。

そこで、この記事では、システムを自社開発することでDXを実現した企業の事例を中心に、具体的にDXを進めていく際の参考事例を紹介します。

2 自社開発による「現場改善テック」事例

1)作業日報をアプリで見える化:サンコー技研(大阪府東大阪市)

1.取り組み内容

プリント基板や光学部品、フィルム部材製作などを手掛ける同社では、日報・生産管理アプリの「スマファク!」を自社開発し、販売もしています。利用者は、個人別に作成されたQRコードをスマートフォンのアプリで撮影することで、その日の作業記録を入力できるだけでなく、1日の時間や案件ごとにグラフ形式で作業時間を確認できます。

2.取り組みのきっかけ

これまで同社では、生産実績やトラブルなどの記録を手書きの日報で作成しており、その作業自体に負担がかかることや、過去の情報を見直しづらいことが課題でした。そのため、作業日報のデジタル化を検討したものの、既存のシステムでは必要のない機能も含まれている上、ライセンスコストの負担が大きかったことから自社開発に至ったといいます。開発に当たっては、大阪府IoT推進ラボが運営する「IoTマッチング」を使ってサン・エンジニアリング(大阪府大阪市)と協働し、アプリ開発に取り組みました。

3.取り組みの成果など

日報が手書きからモバイル端末での入力に変わったことで、記録業務の手間や記録ミスの削減、工程ごとの正確な時間管理ができるようになったといいます。

また、2020年4月から「スマファク!」の外販を始め、中小規模の町工場に限らず、大手企業からの引き合いもあるといいます。

2)納期管理や進捗管理を見える化:日本ツクリダス(大阪府堺市)

1.取り組み内容

金属加工、システム開発・販売などを手掛ける同社では、納期管理・進捗管理システムの「エムネットくらうど」を自社開発し、販売もしています。仕事の優先順位や進み具合を知るための納期管理・進捗管理を重視したシステムで、紙の図面の情報をシステムに入力し、発行したバーコードを図面に貼り付け管理する仕組みとなっています。

2.取り組みのきっかけ

町工場での納期管理・進捗管理はホワイトボードや経営者の頭の中だけで把握していることが多く、情報共有が難しいという課題がありました。

また、既存の製造業向けの生産管理システムは、町工場で使うには複雑で必要のない機能も入っており、導入コストも高いことから、必要な機能だけをそろえたシステムを自社開発することに至ったといいます。

3.取り組みの成果など

工程の進捗状況が誰でも見られるようになったことで、クライアントからの進捗確認の問い合わせに対して、作業現場まで聞きに行かずとも素早く回答できるようになり、クライアントからの信頼度が向上したそうです。また、作業効率が上がったことで完全週休2日制も実現できたといいます。

なお、外販した「エムネットくらうど」は現在100社以上の導入実績があり、導入企業の約8割が従業員30人以下の町工場としています。

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3) 顧客管理ツール開発でDX化を実現:三和鍍金(群馬県高崎市)

1.取り組み内容

メッキ、塗装、研磨などの金属表面処理を手掛ける同社では、顧客管理ツールの「見積り案件管理表」を自社開発し、運用しています。

2.取り組みのきっかけ

紙ベースでの管理方法では、必要なデータをすぐに引き出せない、資料を保管するスペースが圧迫される、火災などが起きたときに紛失する危険があるなどの課題がありました。

一度は有料の販売管理システムを導入したものの、社員数などの会社全体の規模感が見合わなかったり、管理項目が難解だったりすることを理由に数カ月で利用を取りやめ、自社開発に至ったといいます。

3.取り組みの成果など

身の丈に合った丁度いいシステムになっているので、何よりも継続的に使用するにあたってストレスが限りなくゼロに近いというメリットがあります。これは自社開発だからこそ実現できたと考えています。

システムを導入することによって、月あたりおよそ40~50件の新規お問い合わせに対して営業2人で管理ができる体制が構築されました。案件の共有も即座にでき、また過去データ(図面・処理内容・見積り単価等)を確認することも容易であるため、営業と事務間のコミュニケーションが円滑化され、生産管理の効率が飛躍的に上昇したといいます。

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4)顧客管理などの業務プロセスをデジタル化:サーフエンジニアリング(神奈川県綾瀬市)

1.取り組み内容

旋盤による機械加工、ガス事業者向け特殊機械製造などを手掛ける同社では、町工場でも使える案件管理アプリを開発、導入したことで、見積もり作成、顧客管理、納期管理、図面管理などの業務プロセスのデジタル化を実現しています。

2.取り組みのきっかけ

同社では、これまで図面をアナログ管理しており、顧客から問い合わせが入ると、過去の類似案件を探したり、熟練者の記憶に頼ったりして見積もりを作成していたこと、納期も受注メールを遡って確認するといった手間が課題になっていました。

また、市販の業務管理ソフトを試したものの、自社のニーズと合わず、価格も高額になることから、同社のウェブサイトを作成したジェイネクスト(神奈川県横浜市)と共同での開発に至ったといいます。

3.取り組みの成果など

アプリの導入前と比較して、見積もり作成時間が45%、顧客への納期回答時間が90%短くなったほか、納期遅れが95%削減できたとしています。

5)社内向けポータルサイトでDXを実現:NISSYO(東京都羽村市)

1.取り組み内容

業務用トランス・リアクトル・制御盤の設計・製造などを手掛ける同社では、自社制作したクラウド型のポータルサイトの「アスヨクDX」を用いたデータドリブン経営(データを活用してビジネス上の意思決定を行う経営手法)に取り組んでいます。全社員にiPadを配布し、残業時間の確認、社内規定、Q&Aなどのデータを集め、Looker Studio(GoogleのBIサービス)でデータの見える化を図っています。

2.取り組みのきっかけ

2017年に発表した経営計画の社長コメントで、バックヤードをデジタル化で簡素化していくことを宣言したこと、売り上げの増加に伴い、業務量が増えたことで慢性的な人材不足になっていたことをきっかけに、iPadを正社員全員に配布し、ペーパーレス化やクラウド上に社内のデータを集める取り組みを始めました。

3.取り組みの成果など

クラウド上に図面データをアップロードし、各自が持っているiPadで見るという取り組みによって、年間約60万枚のペーパーレスを実現しているといいます。

また、同社はDX推進の準備が整っていることを国が認定する「DX認定事業者」に認定されている他、日本の中小企業の規範となるDX推進態勢を構築したとして、2022年のITコーディネータ協会表彰で優秀賞(独立行政法人情報処理推進機構理事長賞)を受賞した実績があります。

3 外部サービスの導入による「現場改善テック」事例

1)音声認識で安全な接客サービスの提供を実現:BONX(東京都渋谷区)

音声コミュニケーションプラットフォーム・ヒアラブルデバイスの企画開発などを手掛ける同社では、音声通信・音声認識ツールの「BONX WORK」を提供しています。スマートフォンアプリと専用のワイヤレスイヤホンを使うことで通信距離の制限や混線の心配がなく、ハンズフリーでの会話が可能です。

また、会話内容の文字起こしや、音声を認識し、データ化する機能もあります。導入事例として、松屋銀座では「音声採寸ソリューション」として、紳士服の採寸で「肩幅43センチ」などと声に出すと、そのまま顧客データベースに入力されるシステムが採用されています。

このシステムの導入によって、今まで2人1組でやっていた採寸を1人でできるようになり、フロア内の密を防いだり、スタッフの人数を減らしたりしつつも安全な接客サービスの提供につながったといいます。

このサービスは、接客・作業中でもハンズフリーで会話ができることや、事務所からフロアまで足を運ばずに情報共有ができることから、介護業、飲食業、宿泊業の現場でも導入実績があります。

2)デスクレスワーカーの情報共有を効率化:サイエンスアーツ(東京都新宿区)

同社では、ライブコミュニケーションプラットフォーム「Buddycom」を提供しています。スマートフォン、タブレット用のアプリと専用のイヤホン、ヘッドセットを使うことで、現場の状況をLIVE動画で共有しながらのグループ通話、通話内容の音声テキスト化などの機能を利用することができます。

導入事例として、GENDA GiGO Entertainment(東京都港区)が運営するゲームセンターでは、ワスド(東京都中野区)が提供するスタッフ呼び出しサービスの「デジちゃいむ」と機能を連携させ、接客業務の効率化を図っています。このシステムは、問い合わせをしたい利用客がゲームの筐体に設置された二次元コードをスマートフォンで読み取り、問い合わせ内容を送ると、問い合わせ内容がスタッフ全員に音声形式で通知され、そのままBuddycomを使ってスタッフ同士で会話をして、素早く対応方法を決められるという仕組みです。

この結果、利用客を待たせる時間が問い合わせ1件当たり10秒程度削減されたといいます。

3)社内文書をクラウド上で作成:クイックス(愛知県刈谷市)

マニュアル制作、システム・プログラム開発などを手掛ける同社では、業務手順書、社内規程書、業務マニュアルなどの社内文書作成を効率化できるツールの「i-ShareRDX」を提供しています。

社内文書の作成に必要なフォーマットがそろっており、クラウド上で文書が作成できます。そのため、人によって文書のレイアウトやデザインにバラツキが出ない、文章を見ているユーザーが文書の作成者や管理者にコメントを残してフィードバックできる、文書を管理する際のバージョンや改訂履歴が残るといった特徴があります。

また、パソコン、タブレット、スマートフォンから場所を選ばず社内文書を閲覧できるだけでなく、紙での出力も可能となっています。

4 参考:DX導入に役立つ情報

1)独立行政法人情報処理推進機構(IPA):DX SQUARE

DXに関する情報を発信するウェブサイトです。DXの基礎知識や用語集をはじめ、自社のDXレベルを測るための指標、業種ごとのDX推進事例などを紹介しています。

■DX SQUARE■

https://dx.ipa.go.jp/

2)IPA:マナビDX

デジタルスキルに関する学習コンテンツを紹介するウェブサイトです。DXの基礎的な講座をはじめ、社員のキャリアアップや企業研修に活用できる講座の情報をまとめています。

■マナビDX■

https://manabi-dx.ipa.go.jp/

3)中小企業基盤整備機構:ここからアプリ

中小企業がDX推進に関して、導入しやすい業務用アプリを紹介するウェブサイトです。アプリの概要だけでなく、実際の企業による導入事例なども紹介しています。

■ここからアプリ■

https://ittools.smrj.go.jp/

4)経済産業省:DXセレクション

中堅・中小企業などのモデルケースとなるような優良事例を「DXセレクション」として紹介する取り組みです。優良事例を選定・公表することで、地域内や業種内での横展開をはじめ、中堅・中小企業などにおけるDXの推進や取り組みの活性化につなげていくことを目的としています。

■DXセレクション■

https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dx-selection/dx-selection.html

以上(2023年6月作成)

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