仕事中の事故で障害が残ってしまったら、保険でどこまで保障される?

書いてあること

  • 主な読者:社員が傷病や障害によって働けなくなった場合の生活保障や、死亡した場合の遺族保障の内容を見直したい経営者、労務担当者
  • 課題:まずは法律で定められた保険給付について知りたいが、制度が複雑で分かりにくい
  • 解決策:どのような場合にどのような給付が受けられるかを、チャート形式で整理する

1 業務中や通勤中の事故などに対応する保険給付は?

会社は日ごろから、社員が労働災害(業務上の事由または通勤により発生した事故など)に遭わないよう、目を光らせています。それでも怪我や病気のリスクをゼロにすることはできませんから、「万が一」に備え、社員が働けなくなった場合の生活保障や、亡くなってしまった場合の遺族に対する保障などについて、しっかり考えておく必要があります。

会社の制度(見舞金や弔慰金)や民間の保険などの「備え」をする会社もありますが、その前に押さえておきたいのが、法律で定められた保険給付(社会・労働保険の給付)です。

この記事では、労働災害(業務上の事由または通勤により発生した事故など)が起きた場合に支給されるものとして、

労災保険と国民年金・厚生年金保険の給付(傷病、障害、死亡に対するもの)

を紹介します。

なお、この記事の社員は、65歳未満で国民年金・厚生年金保険の加入要件を満たしていて(保険料の未納もなし)、労災保険の適用事業の会社に勤務しているものとします。

また、プライベートで起こした事故など(労災認定されなかった業務中や通勤中の事故などを含む)による傷病、障害、死亡に対する給付については、次の記事をご確認ください。

2 傷病に対する主な給付(労働災害編)

1)給付の種類を整理しよう

社員が労働災害により傷病を負った場合、労災保険の給付を受けられます。社員が受けられる主な給付は図表1の通りです。なお、傷病がもとで障害を負った場合の給付については第3章を、死亡した場合の給付については第4章をご参照ください。

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なお、労災保険の給付は、業務災害(業務上の事由によって発生した事故など)の場合と通勤災害(通勤によって発生した事故など)の場合とで名称が変わります。

  • 業務災害:療養補償給付、傷病補償年金、介護補償給付
  • 通勤災害:療養給付、傷病年金、介護給付

また、以降では「治癒」という言葉が頻繁に出てきますが、

「治癒」という言葉には、「傷病が完治した」という意味の他に、「症状が固定された(症状の回復・改善が期待できなくなった)」という意味もあります

ので、ご注意ください。

2)給付の支給要件、支給額、支給期間を知ろう

1.療養(補償)給付

社員が診察、薬剤等の支給、治療などを受けた場合に支給されます。

通常は現物給付なので、支給額という概念はありません。社員は労災病院や労災保険指定医療機関・薬局等(以下「指定医療機関等」)にて、

療養の給付(無料の診察、薬剤等の支給、治療など)

を受けられます。ただし、やむを得ない事情により指定医療機関等以外で療養を受けた場合は、

療養費(療養にかかった費用)

が支給されます。

支給期間という概念はなく、傷病が治癒するまで、診察、薬剤等の支給、治療などを受けるたびに支給されます。

2.休業(補償)給付

社員が療養のために働けず、3日以上(連続しなくても可。公休日等を含む)休んだ場合、4日目以降から支給されます。なお、業務災害の場合、最初の3日間については、会社が補償しなければなりません。

休業(補償)給付をはじめ、労災保険の給付の多くは、支給額の算定に「給付基礎日額」を用います。給付基礎日額は、原則として次のように算定されます(実際は、賃金水準の変動などによって金額が調整されることがあります)。

給付基礎日額=算定事由発生日(注)以前の直近3カ月間の賃金総額(賞与等を除く)÷算定事由発生日以前の直近3カ月間の総日数 ※最低保障額は3970円

(注)算定事由発生日とは、事故が発生した日や診断によって疾病の発生が確定した日のことです。賃金締切日が定められいている場合は、その直前の賃金締切日を起算日とします。

支給額は、休業(補償)給付の場合、次のように算定されます。

支給額(日額)=給付基礎日額×0.6

なお、会社が社員の生活を考え、休業中も賃金の一部を支払う場合などは、賃金が給付基礎日額の60%未満であれば、休業(補償)給付は全額支給されます(60%以上の場合は不支給)。

ただし、社員が所定労働時間の一部の時間だけ働き(午前だけ勤務するなど)、その時間について賃金を支払う場合は、次のように算定されます(賃金が給付基礎日額以上の場合は不支給)。

支給額(日額)=(給付基礎日額-賃金の金額)×0.6

支給期間の制限はありません。傷病が治癒するなど、支給要件を満たさなくなるまで支給されます。ただし、社員が療養を開始してから1年6カ月が経過し、後述の傷病(補償)年金の支給を受けるようになった場合は、休業(補償)給付は支給されなくなります。

3.傷病(補償)年金

社員が療養を開始してから1年6カ月が経過し、傷病が治癒しておらず、障害の程度が労災保険の傷病等級1~3級に該当する場合に支給されます。

支給額(1年当たりの額)は、労災保険の傷病等級に応じて、給付基礎日額を基に、次のように算定されます。

(1級)支給額(年額)=給付基礎日額×313日分
(2級)支給額(年額)=給付基礎日額×277日分
(3級)支給額(年額)=給付基礎日額×245日分

支給期間の制限はありません。支給開始日から傷病が治癒する、あるいは社員の傷病の程度が労災保険の傷病等級3級に満たなくなるなど、支給要件を満たさなくなるまで支給されます。

4.介護(補償)給付

社員が傷病(補償)年金または後述の「障害(補償)年金」の受給権者で、一定程度の障害に該当し、常時または随時介護が必要な場合に支給されます。ただし、病院や障害者支援施設に入院・入所している場合は支給されません。

支給額は、親族等に介護を受けているか、介護サービスを利用しているかなどによって、次のように算定されます。

親族等による介護なし、介護サービスの利用あり
(常時介護が必要)支給額(月額)=介護サービスの費用 ※上限は17万2550円
(随時介護が必要)支給額(月額)=介護サービスの費用 ※上限は8万6280円

親族等による介護あり、介護サービスの利用なし
(常時介護が必要)支給額(月額)=7万7890円
(随時介護が必要)支給額(月額)=3万8900円

親族等による介護あり、介護サービスの利用あり
(常時介護が必要)支給額(月額)=7万7890円(注)
(随時介護が必要)支給額(月額)=3万8900円(注)

(注)介護サービスの費用が7万7890円(3万8900円)を超える場合は、その費用が支給されます。ただし、常時介護を要する場合は17万2550円、随時介護を要する場合は8万6280円が上限です。

支給期間の制限はありません。ただし、社員が傷病(補償)年金または障害(補償)年金の受給権者でなくなった場合や、常時または随時介護が必要な状態でなくなった場合、病院や障害者支援施設に入院・入所した場合は、支給されません。

3 障害に対する主な給付(労働災害編)

1)給付の種類を整理しよう

社員が労働災害により障害を負った場合、労災保険、国民年金・厚生年金保険の給付を受けられます。主な給付は図表2の通りです。

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なお、労災保険の給付は、業務災害の場合と通勤災害の場合とで名称が変わります。

  • 業務災害:障害補償年金、障害補償一時金、介護補償給付
  • 通勤災害:障害年金、障害一時金、介護給付

2)給付の支給要件、支給額、支給期間を知ろう

1.障害(補償)年金

社員の傷病が治癒し、労災保険の障害等級1~7級に該当する場合に支給されます。

支給額は、労災保険の障害等級に応じて、給付基礎日額を基に、次のように算定されます。

(1級)支給額(年額)=給付基礎日額×313日分
(2級)支給額(年額)=給付基礎日額×277日分
(3級)支給額(年額)=給付基礎日額×245日分
(4級)支給額(年額)=給付基礎日額×213日分
(5級)支給額(年額)=給付基礎日額×184日分
(6級)支給額(年額)=給付基礎日額×156日分
(7級)支給額(年額)=給付基礎日額×131日分

ただし、社員が障害(補償)年金の他に、後述の障害厚生年金、障害基礎年金のいずれかまたは両方の支給を受ける場合は、障害(補償)年金の支給額が次のように調整されます。

(障害厚生年金のみ)支給額(年額)=本来の障害(補償)年金の支給額×0.83
(障害基礎年金のみ)支給額(年額)=本来の障害(補償)年金の支給額×0.88
(障害厚生年金と障害基礎年金)支給額(年額)=本来の障害(補償)年金の支給額×0.73

支給期間の制限はありません。ただし、社員が労災保険の障害等級7級に満たなくなった場合は支給が停止されます。

2.障害(補償)一時金

社員の傷病が治癒し、労災保険の障害等級8~14級に該当する場合に支給されます。

支給額は、労災保険の障害等級に応じて、給付基礎日額を基に、次のように算定されます。

(8級)支給額(一時金)=給付基礎日額×503日分
(9級)支給額(一時金)=給付基礎日額×391日分
(10級)支給額(一時金)=給付基礎日額×302日分
(11級)支給額(一時金)=給付基礎日額×223日分
(12級)支給額(一時金)=給付基礎日額×156日分
(13級)支給額(一時金)=給付基礎日額×101日分
(14級)支給額(一時金)=給付基礎日額×56日分

支給期間という概念はなく、1回のみ支給されます。

3.介護(補償)給付

第2章をご参照ください。

4.障害厚生年金

社員が初診日から1年6カ月が経過した日(それまでに傷病が治癒した場合はその日)の時点で、厚生年金保険の障害等級1~3級に該当する場合に支給されます。ただし、初診日の時点で、社員が厚生年金保険に加入していて、保険料納付要件を満たしている必要があります。

支給額は、厚生年金保険の障害等級に応じて、報酬比例部分の年金額と配偶者加給年金額(生計を維持されている65歳未満の配偶者がいる場合に加算)を基に、次のように算定されます。

(1級)支給額(年額)=報酬比例部分の年金額×1.25+配偶者加給年金額(22万8700円)
(2級)支給額(年額)=報酬比例部分の年金額+配偶者加給年金額(22万8700円)
(3級)支給額(年額)=報酬比例部分の年金額 ※最低保障額は59万6300円

支給期間の制限はありません。ただし、社員が死亡した場合や、障害の程度が厚生年金保険の障害等級3級に満たなくなった場合は支給が停止されます。また、障害厚生年金の支給を受ける社員が、「老齢厚生年金」など他の年金の支給を受けられるようになった場合は、社員がどちらの年金を受け取るかを選択しなければならないことがあります。

5.障害基礎年金

社員が初診日から1年6カ月が経過した日(それまでに傷病が治癒した場合はその日)の時点で、国民年金の障害等級1~2級に該当する場合に支給されます。ただし、原則として初診日の時点で、社員が国民年金に加入していて、保険料納付要件を満たしている必要があります。

支給額は、国民年金の障害等級に応じて、子の数を基に、次のように算定されます。ただし、子は、社員に生計を維持されていて、年齢が18歳到達年度の末日(3月31日)を経過していない、または20歳未満で、かつ国民年金の障害等級1~2級に該当している必要があります。

(1級)支給額(年額)=99万3750円+子の加算(注)
(2級)支給額(年額)=79万5000円+子の加算(注)

(注)第2子までは子1人につき22万8700円、第3子以降は子1人につき7万6200円が加算されます。

支給期間の制限はありません。ただし、社員が死亡した場合や、障害の程度が国民年金の障害等級2級に満たなくなった場合は支給が停止されます。また、障害基礎年金の支給を受ける社員が、「老齢基礎年金」など他の年金の支給を受けられるようになった場合は、社員がどちらの年金を受け取るかを選択しなければならないことがあります。

6.障害手当金

社員が初診日から5年以内に傷病が治り、障害手当金の障害の状態になったときに支給されます。障害手当金の障害の状態は「労働が制限を受けるか労働に制限を加えることを必要とする程度」とされています。ただし、初診日の時点で、社員が厚生年金保険に加入していて、保険料納付要件を満たしている必要があります。

障害手当金は、報酬比例部分の年金額を基に、次のように算定されます。

支給額(一時金)=報酬比例部分の年金額×2 ※最低保障額は119万2600円

支給期間という概念はなく、1回のみ支給されます。

4 死亡に対する主な給付(労働災害編)

1)給付の種類を整理しよう

社員が労働災害により死亡した場合、労災保険・国民年金・厚生年金保険の給付を受けられます。社員が受けられる主な給付は図表3の通りです。

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なお、労災保険の給付は、業務災害の場合と通勤災害の場合とで名称が変わります。

  • 業務災害:葬祭料、遺族補償年金、遺族補償一時金
  • 通勤災害:葬祭給付、遺族年金、遺族一時金

2)給付の支給要件、支給額、支給期間を知ろう

1.葬祭料(葬祭給付)

社員が死亡した際、葬儀を執り行う者に支給されます。一般的には、葬儀を執り行う遺族に支給されますが、遺族がなく会社が社葬を行った場合には会社に支給されることもあります。

支給額は、死亡した社員の給付基礎日額を基に、次の2つの方法で算定され、高いほうの額が支給されます。

支給額(一時金)=給付基礎日額×30日分+31万5000円
支給額(一時金)=給付基礎日額×60日分

支給期間という概念はなく、1回のみ支給されます。

2.遺族(補償)年金

社員が死亡した際、社員により生計を維持されていた配偶者・子・父母・孫・祖父母・兄弟姉妹に支給されます。妻以外については、原則として次の要件を満たす必要があります。

  • 子・孫:18歳到達年度の末日(3月31日)を経過していないこと、または一定の障害の状態にあること
  • 夫・父母・祖父母:60歳以上であること、または一定の障害の状態にあること
  • 兄弟姉妹:18歳到達年度の末日(3月31日)を経過していないか、60歳以上であること、または一定の障害の状態にあること

該当する遺族が複数いる場合、受給権者となる順位が決められており、上の要件を満たす遺族同士の場合、妻の優先順位が最も高くなります。

支給額は、支給を受ける遺族と、その遺族と生計を同じくする遺族(上の要件を満たす者)の合計人数に応じて、次のように算定されます。

(1人)支給額(年額)=給付基礎日額×153日分(注)
(2人)支給額(年額)=給付基礎日額×201日分
(3人)支給額(年額)=給付基礎日額×223日分
(4人以上)支給額(年額)=給付基礎日額×245日分

(注)遺族が、55歳以上の妻または一定の障害の状態にある妻の場合は175日分となります。

ただし、遺族が遺族(補償)年金の他に、後述の遺族厚生年金、遺族基礎年金のいずれかまたは両方の支給を受ける場合は、遺族(補償)年金の支給額が次のように調整されます。

(遺族厚生年金のみ)支給額(年額)=本来の遺族(補償)年金の支給額×0.84
(遺族基礎年金のみ)支給額(年額)=本来の遺族(補償)年金の支給額×0.88
(遺族厚生年金と遺族基礎年金)支給額(年額)=本来の遺族(補償)年金の支給額×0.80

支給期間の制限はありません。支給を受ける遺族が死亡した場合や、一定の年齢または一定の障害の状態に該当しなくなった場合など、受給権者に該当しなくなったときは、その者に対する支給はされなくなりますが、次順位の受給資格者が受給権者となります(これを「転給」といいます)。

3.遺族(補償)一時金

社員の死亡当時、遺族(補償)年金を受ける遺族がいない場合、配偶者・子・父母・孫・祖父母・兄弟姉妹に対して支給されます。

該当する遺族が複数いる場合、優先順位が決められており、配偶者の優先順位が最も高くなります。

支給額は、社員の給付基礎日額を基に、次のように算定されます。

支給額(一時金)=給付基礎日額×1000日分

社員の死亡当時、遺族(補償)年金の支給を受ける遺族がいたが、その遺族が遺族(補償)年金の受給権を失い(死亡した場合など)、その後支給を受ける遺族がいなかった場合は、社員の給付基礎日額を基に、次のように算定されます。

支給額(一時金)=給付基礎日額×1000日分-すでに支給された遺族(補償)年金の総額

支給期間という概念はなく、1回のみ支給されます。

4.遺族厚生年金

社員が死亡した際、社員により生計を維持されていた配偶者・子・父母・孫・祖父母に支給されます。妻以外については、原則として次の要件を満たす必要があります。

  • 子・孫:18歳到達年度の末日(3月31日)を経過していないこと、または20歳未満で国民年金の障害等級1~2級に該当すること
  • 夫・父母・祖父母:死亡当時に55歳以上であること

上の要件を満たす遺族同士の場合、配偶者または子の優先順位が最も高くなります。

支給額は、報酬比例部分の年金額を基に、次のように算定されます。

支給額(年額)=報酬比例部分の年金額×3/4

なお、社員の妻に関しては、次の要件を満たす場合、妻が40歳から65歳になるまでの間、年額59万6300円が加算されます。

  • 夫の死亡時、妻が40歳以上65歳未満で、生計を同じくしている子(前述の遺族厚生年金の支給要件を満たす子)がいない場合
  • 遺族厚生年金と遺族基礎年金を受けていた子のある妻が、子が18歳到達年度の末日(3月31日)に達した(障害の状態にある場合は20歳に達した)等のため、遺族基礎年金を受給できなくなった場合(40歳に達した当時、遺族基礎年金を受給していた場合に限る)

支給期間の制限は原則としてありません。ただし、子のない30歳未満の妻は5年間のみの受給です。加えて、夫・父母・祖父母の受給開始は60歳からとなります。ただ、夫の場合については遺族基礎年金を受給できる場合に限り、60歳未満であっても受給することができます。

なお、支給を受ける遺族が死亡した場合は、支給されなくなります。また、遺族厚生年金の支給を受ける社員が、「障害厚生年金」など他の年金の支給を受けられるようになった場合は、社員がどちらの年金を受け取るかを選択しなければならないことがあります。

5.遺族基礎年金

社員が死亡した場合、死亡した社員の収入によって生計を維持していた子のある配偶者・子に支給されます。なお、「子」とは、18歳到達年度の末日(3月31日)を経過していない子、または20歳未満で国民年金の障害等級1~2級に該当する子を指します。

支給額は、子の数を基に、次のように算定されます。

支給額(年額)=79万5000円+子の加算

第1子・第2子は子1人につき22万8700円、第3子以降は子1人につき7万6200円が加算されます。子が支給を受ける場合は、第2子以降の数を基に加算されます。

支給期間の制限は原則としてありません。ただし、遺族基礎年金を受け取る配偶者または子が死亡した場合や、子が18歳になった年度の3月31日に到達した場合や子の障害の程度が国民年金の障害等級2級に満たなくなった場合などは支給が停止されます。

また、遺族基礎年金の支給を受ける社員が、「障害基礎年金」など他の年金の支給を受けられるようになった場合は、社員がどちらの年金を受け取るかを選択しなければならないことがあります。

以上(2023年6月更新)
(監修 シンシア総合労務事務所 特定社会保険労務士 白石和之)

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画像:pixabay

【朝礼】卓球界の世代交代に見る「格好いい背中」

今日は、日本の卓球界を題材に、「世代交代」というテーマで話をしたいと思います。

2023年5月には、卓球界において注目すべきニュースが2つありました。1つは、過去オリンピックに3大会連続で出場し、メダル3つを獲得した石川佳純(いしかわかすみ)さんが、現役引退を表明したこと。もう1つは、世界卓球2023南アフリカ大会の女子シングルスで、早田ひな(はやたひな)さんが、実に58年ぶりに中国人選手に勝利してのメダル獲得を成し遂げたことです。私は卓球に関しては素人ですが、それでもお二人のこれまでの試合や会見の様子を見ていて、「あぁ、なんて格好いい世代交代なんだろう……」という思いに駆られました。

石川さんの引退会見の印象は、一言で言うなら「爽やか」でした。「自分自身、やりきったと思えた」というポジティブな引退理由もそうですし、会見中に彼女が言った「結果が出なかった時、そこからがスタート」というメッセージには、長い現役生活の中で数々の挫折を経験し、それでも前を向いて進み続けた彼女の卓球人生が集約されているようで、胸が熱くなりました。

次は、早田さんです。小学生の頃から石川さんに憧れ、共に団体戦に出場した経験もある早田さんは、石川さんが引退を表明した際、「自分が卓球界を受け継げるようになる」という思いをコメントし、2023南アフリカ大会にて、銅メダル獲得という形でその思いを結実させました。

早田さんが石川さんから受け継いだのは、卓球界をけん引する立場だけではありません。早田さんは準決勝で惜しくも世界ランキング1位の選手に敗れましたが、彼女は試合後、悔し涙を浮かべながら、「努力しか私はできない。努力がいつか報われるように、最後の最後まで努力し続けたい」と語りました。私はこの言葉を聞いて、石川さんの「挫折をバネに再スタートを切る」という思いに重なるものがあるように感じました。きっと、憧れの対象であった石川さんの「格好いい背中」を見てきた早田さんには、石川さんの「イズム」がしっかりと受け継がれているのでしょう。

さて、皆さん。皆さんは「世代交代」という言葉を聞いて何を連想しますか。会社に勤めていると、仕事の引き継ぎなど事務的なものを連想するかもしれませんが、私はそれ以上に引き継ぐべきものがあると思っています。それが、まさに石川さんのような「格好いい背中」です。

先達が長い時間をかけて後進に見せてきた、仕事に取り組む姿。その背中には、先達が大事にしてきたこだわりや信念、つまり「イズム」が表れます。これらは言葉で教えられるものではなく、先達の背中から、後進が感じ取ることでしか継承できません。

今、会社にいる年配の人たちは、若い人たちに誇れる背中がありますか。そして、若い人たちは、彼らのイズムを引き継ぐ準備はできていますか。ぜひ考えてみてください。

以上(2023年6月)

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画像:Mariko Mitsuda

プライベートの事故で入院したら、保険でどこまで保障される?

書いてあること

  • 主な読者:社員が傷病や障害によって働けなくなった場合の生活保障や、死亡した場合の遺族に対する保障の内容を見直したい経営者、労務担当者
  • 課題:まずは法律で定められた保険給付について知りたいが、制度が複雑で分かりにくい
  • 解決策:どのような場合にどのような給付が受けられるかを、チャート形式で整理する

1 プライベートでの事故などに対応する保険給付は?

社員が怪我や病気をすると、医療費や仕事を休んでいる間の生活費など、さまざまな出費がかさみます。怪我や病気が重く障害が残った場合は、一層の生活保障が求められますし、死亡した場合は、社員の遺族に対する保障も必要です。

会社の制度(見舞金や弔慰金)や民間の保険などの「備え」をする会社もありますが、その前に押さえておきたいのが、法律で定められた保険給付(社会・労働保険の給付)です。

この記事では、プライベートでの事故など(労災認定されなかった業務中や通勤中の事故などを含む)が起きた場合に支給されるものとして、

健康保険と国民年金・厚生年金保険の給付(傷病、障害、死亡に対するもの)

を紹介します。「療養が必要か」「休業が必要か」など、給付の特徴に注目したチャート図も載せているので、「保険給付って何だか種類が多くて苦手……」という人もぜひご一読ください。

なお、この記事の社員は、65歳未満で健康保険、国民年金・厚生年金保険の加入要件を満たしています(保険料の未納もなし)。健康保険の保険者は全国健康保険協会(以下「協会けんぽ」)とします。

また、労働災害(業務上の事由または通勤により発生した事故など)による傷病、障害、死亡に対する給付については、こちらをご確認ください。

2 傷病に対する主な給付(プライベート編)

1)給付の種類を整理しよう

社員がプライベートの事故などで傷病を負った場合、健康保険の給付を受けられます。主な給付は図表1の通りです。なお、傷病がもとで障害を負った場合の給付については第3章を、死亡した場合の給付については第4章をご参照ください。

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2)給付の支給要件、支給額、支給期間を知ろう

1.療養の給付

社員が診察、薬剤等の支給、治療などを受けた場合に支給されます。

現物給付なので、本来、支給額という概念はありません。通常、社員は保険医療機関や保険薬局に対し、

一部負担金(原則として療養に要した費用の3割)

を支払います。ただし、やむを得ない事情により自費で受診した場合などは、

療養費(健康保険の基準で計算した金額から一部負担金に当たる額を引いた額)

が支給(申請に基づき後日還付)されます。

支給期間という概念はなく、診察、薬剤等の支給、治療などを受けるたびに支給されます。

2.傷病手当金

社員が療養のために働けず、連続3日(公休日等を含む)以上休んだ場合、4日目以降から支給されます。

支給額は、標準報酬月額(月例賃金などの「報酬月額」を区切りの良い幅で区分したもの)を基に、原則として次のように算定されます。

支給額(日額)=支給開始日以前直近12カ月間の各月の標準報酬月額の平均÷30日×2/3

ただし、会社が社員の生活を考え、休業中も賃金の一部を支払う場合などは、傷病手当金が賃金よりも多ければ、その差額が支給されます(傷病手当金が賃金よりも少ない場合は不支給)。

支給期間は、最大で支給開始日から通算1年6カ月です。「通算」なので、出勤などで傷病手当金が不支給となる期間があっても、その期間を除いて1年6カ月間支給されます。1年6カ月を超えた場合は、支給が停止されます。また、社員が後述の「障害厚生年金」や「障害手当金」の支給を受けるようになったときは、傷病手当金の全部または一部が支給停止となります。

3.入院時食事療養費

社員が保険医療機関に入院した場合、入院中の食費について支給されます。

支給額は、厚生労働大臣の算出基準による食事療養費と、「標準負担額」(原則として1食につき460円)を基に、次の計算式で算定されます。この給付は入院先の保険医療機関に支給されるので、社員は標準負担額のみを入院先に支払います。

支給額(1食につき)=厚生労働大臣の算出基準による食事療養費−標準負担額

支給期間は、入院し食事の提供を受ける期間です。

4.入院時生活療養費

65歳以上の社員が医療療養病床(長期療養が必要な患者のための病床)に入院した場合、入院中の食費、居住費について支給されます。

支給額は、厚生労働大臣の算出基準による生活療養費と、「標準負担額」(原則として食費は1食につき460円、居住費は1日につき370円)を基に、次の計算式で算定されます。この給付は入院先の保険医療機関に支給されるので、社員は標準負担額のみを入院先に支払います。

支給額(1食または1日につき)=厚生労働大臣の算出基準による生活療養費−標準負担額

支給期間は、入院し食事の提供などを受ける期間です。

5.保険外併用療養費

社員が健康保険の対象外となる診療のうち、厚生労働大臣の定める「評価療養」(先進医療など)または「選定療養」(特別の療養環境など)を受けた場合に、「評価療養」または「選定療養」のうち、通常の治療と共通する部分(診察、薬剤等の支給など)の医療費については、一般の保険診療と同様に扱われ、保険給付として支給されます。

支給額は、次のように算定されます。

支給額(1回の支払いにつき)=通常の治療と共通する部分の医療費−通常の治療と共通する部分の医療費の一部負担金(原則として医療費の3割)

評価療養または選定療養のうち、通常の治療と共通しない部分の医療費(先進医療、特別の療養環境など)については給付の対象とならず、全額自己負担となります。

支給期間という概念はなく、評価療養または選定療養を受けるたびに支給されます。

6.高額療養費

社員が同じ月(1日から月末まで)に支払った医療費の自己負担額が、一定の額(自己負担限度額)を超えた場合に支給されます。なお、自己負担額は世帯で合算することができます(70歳未満の場合は2万1000円以上のものに限る)。

支給額は、次のように算定されます。

支給額(月額)=同じ月に支払った医療費の自己負担額−自己負担限度額

自己負担限度額は、年齢(70歳未満か70歳以上75歳未満か)と所得(標準報酬月額または報酬月額がいくらかなど)によって、細かく区分されています。例えば、70歳未満で標準報酬月額が28万〜50万円の場合、自己負担限度額は「総医療費」(保険適用される診察費用の総額)を基に次のように計算されます。

自己負担限度額(月額)=8万100円+(総医療費−26万7000円)×0.01

なお、診療を受けた月以前の1年間に、3カ月以上の高額療養費の支給を受けたことがある場合、「多数該当」といって4カ月目から自己負担限度額が軽減されます。標準報酬月額が28万〜50万円の場合、多数該当の自己負担限度額は「4万4400円」です。

自己負担限度額は年齢、所得に応じて変わりますが、協会けんぽのウェブサイト(下記参照)でその一覧を確認できます。

支給期間という概念はなく、同一月に支払った医療費の自己負担額が自己負担限度額を超えるたびに支給されます。

■協会けんぽ「高額な医療費を支払ったとき」■

https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g3/sb3030/r150/

高額療養費は、医療機関などの窓口で支払った医療費が高額となった場合に、後から申請することで自己負担限度額を超えた額が還付される制度です。例えば、長期入院や手術など、医療費が高額になることが分かっている場合には、事前に申請しておくことで医療機関などでの支払いを自己負担限度額に抑えることができる制度(限度額適用認定)があります。

この制度を利用すれば窓口での支払い額を抑えることができ、後から高額療養費の申請をする必要もなくなります。

3 障害に対する主な給付(プライベート編)

1)給付の種類を整理しよう

社員がプライベートで起こした事故などにより障害を負った場合、国民年金・厚生年金保険の給付を受けられます。主な給付は図表2の通りです。

画像2

なお、以降では「治癒」という言葉が頻繁に出てきますが、

「治癒」という言葉には、「傷病が完治した」という意味の他に、「症状が固定された(症状の回復・改善が期待できなくなった)」という意味もあります

ので、ご注意ください。

2)給付の支給要件、支給額、支給期間を知ろう

1.障害厚生年金

社員が初診日から1年6カ月が経過した日(それまでに傷病が治癒した場合はその日)の時点で、厚生年金保険の障害等級1〜3級に該当する場合に支給されます。ただし、初診日の時点で、社員が厚生年金保険に加入していて、保険料納付要件を満たしている必要があります。

支給額は、厚生年金保険の障害等級に応じて、報酬比例部分の年金額と配偶者加給年金額(生計を維持されている65歳未満の配偶者がいる場合に加算)を基に、次のように算定されます。


(1級)支給額(年額)=報酬比例部分の年金額×1.25+配偶者加給年金額(22万8700円)
(2級)支給額(年額)=報酬比例部分の年金額+配偶者加給年金額(22万8700円)
(3級)支給額(年額)=報酬比例部分の年金額 ※最低保障額は59万6300円

支給期間の制限はありません。ただし、社員が死亡した場合や、障害の程度が厚生年金保険の障害等級3級に満たなくなった場合は支給が停止されます。また、障害厚生年金の支給を受ける社員が、「老齢厚生年金」など他の年金の支給を受けられるようになった場合は、社員がどちらの年金を受け取るかを選択しなければならないことがあります。

2.障害基礎年金

社員が初診日から1年6カ月が経過した日(それまでに傷病が治癒した場合はその日)の時点で、国民年金の障害等級1〜2級に該当する場合に支給されます。ただし、原則として初診日の時点で、社員が国民年金に加入していて、保険料納付要件を満たしている必要があります。

支給額は、国民年金の障害等級に応じて、子の数を基に、次のように算定されます。ただし、子は、社員に生計を維持されていて、年齢が18歳到達年度の末日(3月31日)を経過していない、または20歳未満で、かつ国民年金の障害等級1〜2級に該当している必要があります。


(1級)支給額(年額)=99万3750円+子の加算(注)
(2級)支給額(年額)=79万5000円+子の加算(注)

(注)第2子までは子1人につき22万8700円、第3子以降は子1人につき7万6200円が加算されます。

支給期間の制限はありません。ただし、社員が死亡した場合や、障害の程度が国民年金の障害等級2級に満たなくなった場合は支給が停止されます。また、障害基礎年金の支給を受ける社員が、「老齢基礎年金」など他の年金の支給を受けられるようになった場合は、社員がどちらの年金を受け取るかを選択しなければならないことがあります。

3.障害手当金

社員が初診日から5年以内に傷病が治癒し、障害手当金の障害の状態になったときに支給されます。障害手当金の障害の状態は「労働が制限を受けるか労働に制限を加えることを必要とする程度」とされています。ただし、初診日の時点で、社員が厚生年金保険に加入していて、保険料納付要件を満たしている必要があります。

障害手当金は、報酬比例部分の年金額を基に、次のように算定されます。

支給額(一時金)=報酬比例部分の年金額×2 ※最低保障額は119万2600円

支給期間という概念はなく、1回のみ支給されます。

4 死亡に対する主な給付(プライベート編)

1)給付の種類を整理しよう

社員がプライベートで起こした事故などにより死亡した場合、健康保険、国民年金・厚生年金保険の給付を受けられます。主な給付は図表3の通りです。

画像3

2)給付の支給要件、支給額、支給期間を知ろう

1.埋葬料

社員が死亡した際、社員により生計を維持されていた者(親族関係になくても可)で埋葬を行う者に支給されます。埋葬料の支給を受ける者がなく、会社などが埋葬を行った場合には、埋葬を行った者に「埋葬費」が支給されます。

埋葬料は5万円、埋葬費は埋葬に要した費用(上限5万円)が支給されます。

2.遺族厚生年金

社員が死亡した際、社員により生計を維持されていた配偶者・子・父母・孫・祖父母に支給されます。妻以外については、原則として次の要件を満たす必要があります。

  • 子・孫:18歳到達年度の末日(3月31日)を経過していないこと、または20歳未満で国民年金の障害等級1〜2級に該当すること
  • 夫・父母・祖父母:死亡当時に55歳以上であること

上の要件を満たす遺族同士の場合、配偶者または子の優先順位が最も高くなります。

支給額は、報酬比例部分の年金額を基に、次のように算定されます。

支給額(年額)=報酬比例部分の年金額×3/4

なお、社員の妻に関しては、次の要件を満たす場合、妻が40歳から65歳になるまでの間、年額59万6300円が加算されます。

  • 夫の死亡時、妻が40歳以上65歳未満で、生計を同じくしている子(前述の遺族厚生年金の支給要件を満たす子)がいない場合
  • 遺族厚生年金と遺族基礎年金を受けていた子のある妻が、子が18歳到達年度の末日(3月31日)に達した(障害の状態にあゴ合は20歳に達した)等のため、遺族基礎年金を受給できなくなった場合(40歳に達した当時、遺族基礎年金を受給していた場合に限る)

支給期間の制限は原則としてありません。ただし、子のない30歳未満の妻は5年間のみの受給です。加えて、夫・父母・祖父母の受給開始は60歳からとなります。ただ、夫の場合については遺族基礎年金を受給できる場合に限り、60歳未満であっても受給することができます。

なお、支給を受ける遺族が死亡した場合は、支給されなくなります。また、遺族厚生年金の支給を受ける社員が、「障害厚生年金」など他の年金の支給を受けられるようになった場合は、社員がどちらの年金を受け取るかを選択しなければならないことがあります。

3.遺族基礎年金

社員が死亡した場合、死亡した社員の収入によって生計を維持していた子のある配偶者・子に支給されます。なお、「子」とは、18歳到達年度の末日(3月31日)を経過していない子、または20歳未満で国民年金の障害等級1〜2級に該当する子を指します。

支給額は、子の数を基に、次のように算定されます。

支給額(年額)=79万5000円+子の加算

第1子・第2子は子1人につき22万8700円、第3子以降は子1人につき7万6200円が加算されます。子が支給を受ける場合は、第2子以降の数を基に加算されます。

支給期間の制限は原則としてありません。ただし、遺族基礎年金を受け取る配偶者または子が死亡した場合や、子が18歳になった年度の3月31日に到達した場合や子の障害の程度が国民年金の障害等級2級に満たなくなった場合などは支給が停止されます。

また、遺族基礎年金の支給を受ける社員が、「障害基礎年金」など他の年金の支給を受けられるようになった場合は、社員がどちらの年金を受け取るかを選択しなければならないことがあります。

以上(2023年6月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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画像:pixabay

Z世代に買ってもらうには“共感”と “寄り添う姿勢“が重要! 若い世代を顧客にするための ブランド・マーケティングのポイント

書いてあること

  • 主な読者:若い世代の顧客を獲得して商品・サービスの寿命を延ばしたい事業者
  • 課題:Z世代の人たちを顧客に取り込む方法が分からない
  • 解決策:Z世代との接点としてSNSは不可欠。自社の商品・サービスが、誰の、生活上のどんな問題を解決し続けるのかという存在意義を問い直し、裏側の情報も含めて伝えることで透明性を高めることが、Z世代からの共感を得ることにつながり、継続的な利用や購入につながる

1 Z世代を顧客にすることで、商品やサービスの“高齢化問題”を打開する

どのような商品・サービスにも寿命はあるものですが、ニーズはあるはずなのに、

客層を若い世代に広げられず、既存の顧客の高齢化とともに寿命を迎えつつある

としたら、それは由々しき事態です。

同じような危機感を抱いている企業が今、ターゲットにしているのが、「Z世代」と呼ばれる10代から25歳くらいまでの若者たちの取り込みです。Z世代は、

これから長期的に消費し、消費額が増えていくことも期待できる世代

であることに加えて、可処分所得が少ない半面、SNSを通じた情報収集力が高いため、

全世代の中で、消費者として最も厳しい目を持っている世代

とみられています。ですから、Z世代に商品・サービスが受け入れられれば、全世代から支持を得られる可能性が高いともいえます。

そこでこの記事では、Z世代を取り込むためのマーケティングのポイントについて、Z世代専門のリサーチ機関「Z世代インサイト研究所」所長で同志社大学商学部教授の髙橋広行さんへのインタビューを紹介します。同研究所を運営するエンリッション(京都府京都市)は、大学生向けキャリア支援カフェ「知るカフェ」「BiZCAFE」21店舗を通じ、月間約3万人のZ世代とのコネクションを持っています。Z世代を取り込むための最大のポイントは、

商品・サービスの存在価値が認められ、共感されること

です。そのための手順を髙橋さんにお聞きしていますので、御社の商品・サービスの顧客層の若返りの参考にしてください。次章から髙橋さんのインタビューを紹介します。

2 まずはZ世代の価値観と消費傾向を押さえよう

1)Z世代にとってはSNSも「リアル」な世界

物心ついたときからスマートフォンが普及していたZ世代は、常にSNSで人とつながっている環境で育ってきました。ですから、彼らにとっては、

SNSも対面と同じような「リアル」な世界

なのです。彼らにとって、SNSはあらゆるコミュニケーションの場であり、自己表現・自己PRから趣味が共通する友だち探し、商品・サービスを含めた情報の入手など、生活上のさまざまな接点になっています。

彼らはそれぞれの目的に応じて、SNSの媒体ごとの特徴に合わせた使い方と、複数のアカウントを駆使しており、SNSだけでコミュニケーションを完結させることもできます。この傾向は、コロナ禍によって対面で会えない状態が続いたことで加速したようにみえます。

ですから、Z世代との接点を構築する上で、SNSを外すわけにはいきません。SNSの使い方を理解することは不可欠です。特にZ世代が最初の接点にする媒体として使われることが多いInstagram(インスタグラム)のアカウントを、開設することをお勧めします。

2)Z世代の価値観と消費傾向

Z世代の価値観と消費傾向は、背景にある次の2つの要素から説明することができます。

  1. SNSを通じた情報収集力が高く、さまざまなインフルエンサーの影響を強く受けている
  2. 子供のときからリーマンショック、東日本大震災、コロナ禍などを経験しており、世の中をシビアに捉えて、リスク回避をする傾向がある

「学生が授業に出ない」というのは昔の話で、Z世代は真面目な学生が多く、7割ほどの学生はきちんと授業に出てくるなど、成長意欲が非常に強いのが特徴です。成長意欲の対象は、自分の将来のキャリアもありますが、自分の見た目やファッションといったものも該当します。

Z世代の強い成長意欲は、インフルエンサーの影響を受けているものだと思われます。自分の世界観をSNSで表現しながら、常に自分探しをしているのも、さまざまなインフルエンサーの影響でしょう。さらに、自分の成長過程では回り道やムダなことをしたくないという思いが強く、コスパ(費用対効果)やタイパ(時間対効果)を重視しています。

Z世代がお金を掛けて購入するのは、自分の世界観に合ったモノです。彼らが購入するための基準は、企業の考え方や過去の行為、製造過程など、商品・サービスの「ストーリー」にとどまらない、世界観と自分の価値観との一致に基づいています。

ただし、Z世代は可処分所得が少ないということもあって、買った後に後悔するのを嫌がり、買うまでの比較検討時間が長いのも特徴です。ネットで調べてリアルな店頭で見て、さらにネットで確認してから買うといった行動をしています。ネットでの購入に不安を感じ、リアルの店舗で購入することも少なくありません。そして、1回買ったものは、愛着を持って使い続けます。「大事に使い続けるもの」と「必要なときに使うだけのもの」を使い分け、二極化させる傾向があります。

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3 「共感」がZ世代の“購入スイッチ”

1)Z世代へのアプローチの条件は中小企業も大企業も同じ

ブランドにこだわらず、SNSが接点として有効なZ世代の特徴を踏まえると、大企業だけでなく中小企業も、Z世代を顧客に取り込むことに注力すべきともいえます。

なぜなら、Z世代にアプローチするには、テレビCMなどの既存メディアに多額の宣伝費を掛ける方法以外にも、自分たちでSNSなどのメディアを作って地道に訴えていけばいい関係が構築されていくからです。しかもZ世代は企業や商品・サービスの知名度だけを重視しませんので、戦う条件は中小企業も大企業も対等だといえます。さらに、後ほど詳しくお話しますが、一度、Z世代に受け入れられると、長く愛用してもらえるだけでなく、SNSを活用した共有(シェア)やオススメによって、「宣伝」もしてくれる可能性がありますので、接点を持つべき顧客であるといえます。

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2)認知度アップに即効性の高い「刺さる」メッセージ

他の世代へのマーケティングと同様に、Z世代に購入してもらうためには、商品・サービスを認知してもらうことから始まります。Z世代の心に「刺さる」メッセージを伝え、共感してもらえると、即効性のある認知度の向上が期待できます。

Z世代に刺さったマーケティングの事例として一つ紹介するのが、出会い系アプリの「Tinder(ティンダー)」です。決して出会い系アプリをお勧めしているわけではなく、あくまでも刺さるマーケティングの事例として参考にしてください。

Tinderが活用したのは、実はSNSではなく、リアルな屋外広告でした。2021年9月、渋谷というまさに「若者の街」のいたるところに、ピンク地に白文字でさまざまな「刺さる」メッセージ広告を掲載し、Z世代の心を射止めたのです。メッセージの内容は、

  • 自然な出会いって、今ムリじゃない? こちらは、週150万件のデートが成立。
  • 人を肩書で判断しちゃいけないって、おばあちゃんが言ってました。スペックよりも直感で、人とマッチするアプリ。
  • どこかにいい人いないかなーって、一生言ってな。

といった、少しドキッとするようなものが多くありました。こうした、Z世代の気持ちに寄り添ったストレートなメッセージが、彼らの心に刺さったのでしょう。とはいえ、「こうすれば、必ず刺さる」という法則があるわけでなく、過激ならいいわけでもありません。

一つ言えるのは、文字によるメッセージも含めて、ビジュアル(見た目のインパクト)がとても大事だということです。Z世代は、目に入ったものに対して、その瞬間ごとに「ある(自分の世界観に合う)」「ない(自分の世界観に合わない)」を判断しています。SNS上であってもリアルであっても、文字を文章としてではなく、写真や映像として伝えるようなイメージを持つとよいと思います。

3)Z世代は「いいこと」だけより、正直な「裏側」まで知りたい

企業が直接メッセージを伝えるのでなく、インフルエンサーを活用することでZ世代に「刺さる」ケースも多くあります。Z世代より前の世代は、有名人に憧れる傾向が強かったように思いますが、Z世代は有名であることよりも、もっと身近に感じる存在で、その人の世界観に共感できる人をフォローする傾向があります。彼らは、「誰が言うか」ではなく、「どのように言うか」「なぜ、そう言うのか」を重視しているのだといえます。

ただし、企業が商品・サービスの購入を促すためにインフルエンサーを活用する場合、人選と活用方法を誤ると、逆に反発され、ネット上で「叩かれる」こともあるので注意が必要です。インフルエンサーの発する言葉に、企業側からの「言わされている感」を感じると、押し付けを嫌うZ世代はそっぽを向いてしまいます。彼らは企業にも倫理観や社会性を求める傾向にあり、うそやステルスマーケティングに対して嫌悪感を抱くことが多いですし、SNSになじんでいるのでそれらを見分けることにも長じています。

Z世代が購入を決める基準となる世界観のことをお話ししましたが、商品・サービスの世界観は、30秒程度のテレビのCMでは伝えられません。Z世代は、CMは「いいこと」しか言わないことを分かっており、CMだけを見て信用して購入することはありません。

むしろ、「いいこと」だけを伝えようとするのではなく、正直に「裏側」まで全部さらけだすほうが、Z世代に信用され、「刺さる」可能性が高くなるといえます。例えば、製造過程の映像をYouTubeなどの動画サイト(SNS)で流して、Z世代に刺さった事例もあります。Z世代はリンクさえ貼っていれば、どこにでも見に来てくれますので、まずはInstagramで接点を持ち、「裏側」まで紹介した自社のウェブサイトに誘導するのもよいでしょう。

4)「生活スタイルの中での存在価値」を示せない企業は生き残れない

購入してもらうための入り口として「刺さる」ことは重要ですが、本当に大切なのは、刺さった後です。一時的に注目されたとしても、ただ「バズった」(SNSで注目され拡散した)だけで終わってしまったなら、継続的な販売と企業の持続的な成長には結びつきません。

これはマーケティングの真髄でもあるのですが、大切なことは、商品・サービスが、

Z世代の生活スタイルの中での存在価値が認められる

ことです。自分の世界観を持っているZ世代は、「自分が中心」という意識を強く持っています。ですから、商品・サービスに対しても、

自分の生活にどう寄り添って、どんな問題を解決し続けてくれるのか

を重視しています。

大企業の事例になってしまいますが、中小企業にも参考になる事例として、大塚製薬の栄養補助食品「カロリーメイト」の宣伝動画「『狭い広い世界で』篇 120秒」があります。YouTubeでアップしていた動画で、5カ月で161万回視聴されました(2023年4月時点、公式チャンネルでの配信は終了)。

受験を控えた高校生の生活を、スマートフォンの裏側から映した動画で、スマートフォンで合否の結果をチェックするまでの日常シーンを走馬灯のように流しています。このCMで伝わるのは、商品の機能、商品を経験する機会(利用シーン)に加えて、

購入者の生活を支えていくという、商品の存在価値

です。受験生活を支える存在として、商品をさりげなく動画に取り込むことで、カロリーメイトが単なる栄養補助食品ではなく、受験生の生活に寄り添っている存在であることを上手に伝えています。動画を視聴したZ世代に存在価値を共感してもらえば、「カロリーメイトは困ったときに自分を助けてくれる栄養補助食品だ」というポジションで居続けることができます。

これは、Z世代に限った話ではありません。商品も含めて「モノのサービス化」が進んだ現代は、自社の商品・サービスを売れば終わり、ではありません。Z世代の取り込みを目指す機会に、「どうしたら売れるのか」という考え方から、

自社の商品・サービスは、誰のために、何のために存在するのか

を見つめ直してみることをお勧めします。これからは、そのことをきちんと考えている企業しか生き残れないと思います。

4 フレームワークと比較データからZ世代の消費傾向を解説

1)共感を得る=コミュニケーションのループに乗る

ここからは、今までご説明した話を、理論的に解説していきます。少しアカデミックな話になりますので、関心のある方だけお聞き(お読み)ください。

Z世代の消費傾向を最も分かりやすく分析できるのが、「Dual AISAS Model」(注)というフレームワークです。

(注)アタラ合同会社の有園雄一氏により考案され、電通プロモーション・デザイン局で有園氏とともに検討・改良を加えたもの

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これまでの消費行動のモデルとされていたAISAS(Attention=注意、Interest=興味、Search=検索、Action=行動、Share=共有)をという消費行動だけでなく、Z世代にはAttentionを取り囲むコミュニケーションのループであるA+ISAS(Activate=起動・活性化、Interest=興味、Share=共有・発信、Accept=受容・共鳴、Spread=拡散)があります。

コミュニケーションのループの主軸は、InstagramやTwitterなどのSNSです。そのコミュニケーションのループに乗ることができた商品・サービスは、Z世代が必要になったときに、スムーズに購入されます。このループに乗っていくために最も効果的なのが「刺さる」ことであり、ループに乗り続けるために必要なことが、Z世代の世界観に共感され、商品・サービスの存在価値が認められ続けることなのです。このループに乗りさえすれば、Z世代自身の力で自然と拡散していくことが可能になります。

2)Z世代とその他の世代の比較データ

最後に、Z世代の価値観の特徴や消費に関する傾向をデータでお示しします。Z世代インサイト研究所所長の髙橋さんがCCCMKホールディングス株式会社と2022年11月に、Tカードを利用している会員に対して、インターネットを用いた量的調査の結果をご紹介します。有効回答数は2794サンプルです。

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Z世代は多様性を認め合う一方で、自らが発信する意見を全ての人に許容してもらおうとしていないことが、複数のアカウントを使い分けるという行動となって表れているのではないかと推察されます。

また、Z世代はモノに対する愛着が他の世代と同じように強い半面、自分にとって必要なものは手に入れつつ、所有することにこだわらない消費志向も明らかになりました。

髙橋広行

髙橋広行(たかはし ひろゆき)

エンリッションが運営するZ世代インサイト研究所所長。
同志社大学商学部教授、同大学院博士課程前期課程教授(兼任)博士(商学)、1級販売士/専門社会調査士、専門は「マーケティング」(特に、消費者行動やブランド論)。
主な著書:『持たない時代のマーケティング:サブスクとシェアリング・サービス』(同文舘出版、2022年)。『消費者視点の小売イノベーション:オムニ・チャネル時代の食品スーパー』(有斐閣、2018年)。『カテゴリーの役割と構造:ブランドとライフスタイルをつなぐもの』(関西学院大学出版会、2011年、日本商業学会および日本広告学会学会賞)。2021年度、日本マーケティング学会にてベストオーラルペーパー賞、2014年度、日本マーケティング学会にてヤングスカラー賞なども受賞。企業との共同研究だけにとどまらず、企業の顧問や専門家アドバイザー、京都市のさまざまな委員としても活動することで、現場や地域に役立つ研究を目指す。

以上(2023年6月作成)

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画像:FAMILY STOCK-Adobe Stock

【中堅社員のスピーチ例】坂本龍一氏に学ぶ「楽しさ」の原点

おはようございます。突然ですが、皆さんは子どもの頃、何か習い事をやっていましたか? 私は、小学1年生から高校2年生までピアノを習っていました。私は今、10年以上もやめていたピアノを、再び習い始めようと思っています

私がそう思うようになったきっかけは、今年の3月に亡くなられた坂本龍一氏の存在です。ピアノを習っていたとき、バッハやベートーベンなどの有名なピアノ曲以外にもいろいろな曲を教わりましたが、特に印象に残っているのが、坂本龍一氏の「Energy Flow(エナジーフロー)」でした

ピアノの旋律が美しく、癒やされつつもどこか物悲しさもあるメロディーが大好きでした。1999年に医薬品のCMで使われ、当時この曲を収録したCDが音楽チャートの週間1位を記録したことでも注目を集めました。坂本氏はこの曲をわずか5分で作曲したという話ですから驚きです。

そんな天才的な音楽家だった坂本氏ですが、意外にも演奏については練習嫌いだったそうです。坂本氏が幼少期にピアノを教わっていた先生がとても厳しい人で、そのため練習が嫌で仕方がなかったそうです。ところが、私は最近、坂本氏が生前、次のように語っていたことを知りました。

「とにかく好きな音楽を弾くのが一番。好きな音楽だったら、うまくなりたいと一生懸命練習するでしょう。それをきちんと弾けるまで練習を積み重ねる。結果が出ないと、おもしろさや楽しさが味わえないので。」(*)

音楽は漢字で「音を楽しむ」と書きますが、坂本氏の場合、「嫌いな練習をしてでも、好きな曲を弾けるようになる」という結果を出すことが、「楽しさ」の原点だったのでしょう。

坂本氏のこの言葉を知ったとき、私はふと「自分は今の仕事やプライベートを楽しめているだろうか」と不安になりました。仕事については、入社からある程度の年月が経ち、ある程度の業務は問題なくこなせるようになりましたが、「会社にこれだけの貢献をした」と言えるだけの結果はまだ出せていません。プライベートでも別に不満はないのですが、「私はこれができる」と言い切れるものはありません。仕事やプライベートでたまに抱く「何かつまらない」という感情は、もしかすると、楽しさを味わうことができるほどの結果を出せていないからなのかもしれないと思ったのです。

話は戻りますが、私が再開したいと思っているのは、ピアノだけではありません。仕事でも坂本氏が味わったような「楽しさ」を感じるために、自分が取得できずにいる資格の勉強に、もう一度トライしてみようと思います。時間をつくるのは簡単ではないかもしれませんが、挑戦して結果が出た先には、きっとこれまでとは違う世界が広がっているはずです。皆さんも結果が出ず諦めていたことに、もう一度挑戦してみませんか?

【参考文献】(*)ヤマハウェブサイト「坂本 龍一へ “5”つの質問」

以上(2023年6月)

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画像:Mariko Mitsuda

個人情報保護法とサイバーリスクについて【PR】

1 近年の情報漏洩事故について

東京商工リサーチ*によると、2022年に上場企業とその子会社で、個人情報の漏えい・紛失事故を公表したのは150社(前年比25%増)、事故件数は165件(同20.4%増)となり、2012年の調査開始から2年連続で最多を更新しました。中でも、深刻化する不正アクセスやウイルス感染などのサイバー攻撃は165件のうち91件(約55%)と半数以上を占めて全体の件数を押し上げました。そのような状況下において、有価証券報告書にサイバーリスクを開示している企業も93%となっていますが、サイバーリスクへの備えは不十分な企業が多いという実態があります。

個人情報漏洩やサイバーリスクが増加している背景には、ロシアのウクライナ侵攻によってサイバー攻撃が激化している現状と共に、コロナ禍におけるテレワークの浸透等も考えられますが、今後はチャットGPTのような新しい情報技術の活用による情報漏洩も増える事が想定されます。また、改正個人情報保護法による企業責任の増加やサプライチェーンを巻き込んだサイバーテロ等によって、被害を受けた企業の損失額も大きくなっています。今回は、深刻化する情報セキュリティの中でも、サイバーテロによる個人情報漏洩に焦点を当てて解説をさせて頂きます。

*【出典】株式会社東京商工リサーチ「個人情報漏えい・紛失事故 2年連続最多を更新 件数は165件、流出・紛失情報は592万人分 ~ 2022年「上場企業の個人情報漏えい・紛失事故」調査 ~」より

2 個人情報保護法の改定について

2022年4月1日に改正個人情報保護法が施行され、本人の権利保護が強化され、事業者の責務が追加されると共に、法令違反に対するペナルティが強化されることになりました。追加された事業者の責務の一つに情報漏えい時の報告義務があり、漏洩等が発生し、個人の権利利益を害する恐れがある場合に、個人情報保護委員会への報告と本人への通知が義務化されました。報告の対象事案としては、要配慮個人情報が含まれる事態、財産的被害が生じるおそれがある事態、不正の目的をもって行われた漏えい等が発生した事態、1,000人を超える漏えい等が発生した事態の4つのケースとなります。また、法令違反に対するペナルティが強化され、個人情報保護委員会からの命令に対する違反や個人情報データベース等の不正提供等の場合は法人に対して最大で1億円の罰金が科せられることになりました。この個人情報保護法の改正により、企業が個人情報を漏洩した場合のリスクが大きくなったことは間違いありません。

3 情報セキュリティについて

情報セキュリティマネジメントシステムに関する国際規格(ISO/IEC27000)では、情報セキュリティは「情報の機密性、完全性、及び可用性を維持すること」と定義されており、情報セキュリティリスクはその特性が阻害される可能性とされています。機密性とは、認可されたものだけが情報にアクセスできる状態を指します。次に完全性とは、情報が改ざん、破壊されることなく、正確・完全である状態を保持する事を示す特性です。最後の可用性とは、正当な権利・権限を持った者が、必要な時に情報にアクセスできる事とされています。個人情報の漏洩は正に機密性が確保されなかった状態という事になりますが、最近のサイバーテロは、パソコンをロックして可用性を阻害した上で身代金を要求し、支払わない場合は情報を拡散したり、認可されてないものが情報にアクセスできる状態にして機密性を損なわせたり、データを破壊して完全性を失わせるなど、全ての特性に影響を与える可能性があります。

情報セキュリティの定義|機密性・完全性・可用性

4 様々なサイバーリスクについて

サイバーリスクとは、コンピューターシステムやネットワークに悪意を持った攻撃者が不正に侵入し、データの搾取・破壊や不正プログラムの実行を行うことですが、2023年度の情報セキュリティの10大脅威では、1位がランサムウェアと言われる被害者のファイルを暗号化し、復旧するために身代金の支払いを要求する身代金要求型のサイバーテロでした。2位はサプライチェーンの弱点を悪用した攻撃であり、近年では自社がサイバー攻撃を受けて被害にあうだけではなく、脆弱性の高い取引先が攻撃を受けて、サプライチェーン全体に被害が及ぶケースが出てきているため、注意が必要です。3位は対象組織から情報を盗む事等を目的として、ウィルスを電子メールで送りつける標的型攻撃による機密情報の窃取であり、4位が内部不正による情報漏洩、5位がテレワーク等のニューノーマルな働き方を狙った攻撃となっています。

情報セキュリティ10大脅威 2023

【引用】情報処理推進機構(IPA)の「情報セキュリティ10大脅威 2023」

URL:https://www.ipa.go.jp/security/10threats/10threats2023.html

サプライチェーン攻撃とは

5 サイバーリスクの影響と対応について

サイバーリスクの影響としては、システム障害による復旧費用や停止時の機会損失、データ漏洩による顧客等への賠償金や法令違反があった場合の罰金等が考えられます。また、風評被害による株価の下落や顧客・取引先の減少、ハッカーからの身代金の要求や被害の調査費用、システムの刷新費や対外的な広報活動等も必要になるため、非常に大きな損失となります。サイバーリスクの事前対策としては、先ずはOSやソフトウェアを常に最新の状態にし、ウイルス対策ソフトを導入して組織内に入れないようにすると共に、入った場合もウイルスを活動させないことが重要です。また、情報管理の強化を行い、教育・訓練を通して脅威や攻撃の手口について社内で共有することも重要です。事後対策としては、サイバー攻撃を受けた場合の緊急時対応の手順書の作成や手順書に基づいた役職員への教育・訓練の実施が必要ですが、近年ではサイバー犯罪の知見が乏しい被害企業に代わり、時間の引き延ばしや要求額の引き下げを試みる「交渉人」を活用するケースもあるようです。しかし、サイバー攻撃は日々進化しており、コントロールに限界があることを考えると、最後の手段として、巨額の損失に備えたサイバー保険への加入が必要不可欠と考えられます。


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以上(2023年6月)

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哲学対話をやってみよう(実践編)

1 哲学対話をやってみよう

 哲学対話をやってみたいなら、まずは参加者として近隣の哲学カフェで体験してみるのがよいでしょう。哲学カフェは全国各地で行われており、全国の哲学カフェを紹介したサイト「哲学カフェ・哲学対話ガイド」などで調べることができます(最近はオンラインで開催しているところもあるようです)。

 また、哲学対話を広める「カフェフィロ」や「こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ」などの、全国規模の団体もあります。そこでは哲学対話のファシリテーター(進行役)の派遣などの活動を行っているので、ある程度の規模のイベントや継続的なイベントを開催したい人は、問い合わせてみてもよいでしょう。

■哲学カフェ・哲学対話ガイド■
https://www.135.jp/
■カフェフィロ■
https://cafephilo.jp/
■こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ■
https://ardacoda.com/

2 哲学カフェのやり方

 以降では、哲学カフェのやり方を紹介します。哲学対話は特別な道具や技術は必要ないので、仲間たちで遊び感覚で企画するなら専門家を呼ぶ必要はありません。ただ、事前にどのようなものかを知っておいたほうが、安心して参加することができるでしょう。

1)概要

 哲学カフェは、専門家が集まって議論する堅苦しい場ではなく、コーヒーを片手に対話できる、自由で開かれた場です。

 町中のカフェや喫茶店などで開催することが多いため、哲学カフェと呼ばれています。

2)実施頻度、参加者

 開催頻度は多くて週に1回、少なくて年に数回程度です。定期的に開いている場合は月に1回程度が多いようです。

 参加者は幅広く、子どもから大人まで参加します。性別の偏りはなく、職業もバラバラですが、自由な発言を促すため、あえてこうした属性を明らかにせずに話すことが多いです。

 参加人数は、6人から15人程度がやりやすいでしょう。多過ぎると発言の機会が少なくなり、少な過ぎると多様な意見が集まらないためです。

3)進行役

 ファシリテーター(進行役)がいて、対話の交通整理などをしながら進めるのが通常です。ただし、ファシリテーターの役割はあまり決まっておらず、進行役に徹するケースもあれば、いったん対話が始まると参加者のように議論に加わるケースもあります。

 対話の時間は通常1時間から2時間、長くても3時間くらいで、1回の対話の中で1つのテーマや問いを掘り下げていきます。

 対話の進め方もさまざまで、最初から最後までファシリテーターが問いを投げかけるパターンや最初にテーマに関する講義を聞いてそれについてみんなで対話するパターン、小グループに分かれて議論した後に全体で議論するようなパターンなどがあります。

4)ルール

 決まったルールはありませんが、他者の発言をきちんと聞くための工夫が必要です。

 例えば、同時に複数の人が話すような状態は避け、人の話をさえぎらないようにするといった具合です。

 哲学カフェは自分の意見を主張するための場ではなく、人の話をよく聞いて、その上で自分も考える場であることを周知します。

 また、難しい言葉(専門的な哲学用語)などを使わない、人の発言を全否定しないというルールを設けているところもあります。

 難しい言葉を使うと、話についていけない人が出てきて、みんなで考える意味がなくなってしまいます。また、「全く違う」「あなたは何も分かっていない」などの発言は、対話をする雰囲気を壊してしまいます。

5)テーマ

 哲学対話はどんなテーマでも話題にすることができます。身近な物事をめぐって生じた問いや人生を送るうえで切実に感じられる問いでもよいでしょう。

 ただし、扱うのが難しいテーマもあります。あまりにも抽象度の高いテーマ(愛とは何か、死とは何か、など)は議論がまとまりにくくなります。また、政治に関するテーマはいきなり扱うと意見が割れがちになるようです。

3 子どもの哲学

1)概要

 子どもの哲学は、小学校・中学校・高校の児童・生徒が参加者となります。学校の教室で授業の一環として行われることが多いですが、親子でやることもあれば、地域のコミュニティーセンターなどで実施することもあります。

2)実施頻度、参加者

 実施頻度はまちまちです。学校の場合、授業の一環として実施することもあれば、独自カリキュラム、部活動として実施することもあります。地域のコミュニティーセンターなどの公共施設で開催する場合は、多くて週に1回、少なくて年に数回程度です。

 子どもの哲学は参加者の年齢によって集中できる時間の目安が異なります。語彙や知識の範囲も違うので、参加者の年齢をある程度区切る必要があります。

 参加人数は、5人から10人くらいがちょうどよいようです。1クラス(40人程度)で実施することもできますが、それには慣れが必要です。

 初めて参加する子どもたちは、意見を出しやすくするため5人程度の小グループに分けるとよいでしょう。

3)進行

 ここでは、学校ではなく希望者を集めて行う場合を紹介します。

 ファシリテーター以外にサポート役がいたほうがよいでしょう。受付などの手伝いだけではなく、子どもたちが飽きたり行き詰まったりしたときに、助け舟を出してもらうことができます。

 お互いの顔が見えるよう、初めに輪をつくって座ることが多いようです。未就学児や小学校低学年の子どもは走り回って遊びだすことがありますが、叱らず飽きて対話に戻ってくるのを待つか、アイスブレイク(緊張をほぐすためのワークショップ)をして輪になるように促しましょう。

 時間は、30分から2時間が目安です。未就学児は30分もすれば飽きてしまいますが、小学生(高学年)になればやり方次第で2時間続けられるでしょう。子どもは大人よりも緊張したり、恥ずかしがったりしがちです。集中力が切れることも考慮に入れ、議論の途中でも臨機応変にアイスブレイクや休憩時間を入れるようにします。

4)ルール

 子どもの哲学も大人の哲学対話と同じように、他者の発言をきちんと聞く、難しい言葉は使わないなどのルールが必要です。

 また、子どもの哲学は大人の場合よりもさらに雰囲気づくりが大切です。子どもが大人の顔色をうかがって自由な意見を言わないことや、参加者同士の意見が食い違って気まずい雰囲気になることは少なくありません。話の流れを追い切れず、置いてきぼりにされてしまう子どももいます。

 そうしたときはファシリテーターが、子どもたちが安心して話せる雰囲気をつくっていきます。意識してゆっくり話し、理論が飛躍したときは質問して、子どもたちが自分で気付くよう促します。また、自分(大人)でも分からない(正解のない)問題があると正直に伝えてみることも効果的です。

5)テーマ

 子どもの哲学では、問い(テーマ)は、基本的には子どもたちが決めるようにします。興味を持っている問いのほうが議論は活発になりやすいからです。

 ただし、一から十まで全て子どもたちで決める必要はありません。参加する子どもから意見を聞き多数決などで決める方法もありますが、大きなテーマを事前に決めてその範囲内で選ぶ方法、いくつか候補を出しておいてそこから選んでもらう方法もあります。

 また、大人にとっては「議論するまでもないだろう」というような問いが出ることもあります。それでも、子どもがその問いを出した理由も含め、対話を通して明らかにしていきます。「なぜ宿題をしなければならないのか」という問いも、話してみるといろいろな発見があるはずです。

 なお、子どもの哲学では、答えを絶対に出さなければならないわけではありません。子どもたちが議論に参加し、自分で考え、他の人の話を聞いて自分の意見を見直すことで、自然と思考力やお互いの考えを理解する力が身に付いていきます。

以上(2023年6月更新)

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哲学対話をやってみよう(歴史編)

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哲学といえば、多くの人は難解な言葉で書かれた哲学書を読み解くことだと思っているかもしれません。しかし、哲学が始まったとされる古代ギリシャでは、哲学と対話は深く結び付き、対話の文化といえるものが花開いていました。

哲学対話は、そうした古代ギリシャの文化から受け継がれた、歴史の長い営みです。この記事では哲学対話の歴史と、そこで形成された議論のルールについて紹介します。

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1 対話形式だったソクラテスの哲学

ソクラテスとプラトン

 「哲学の祖」といわれるソクラテス(紀元前470/469年~前399年)はアテネの街で年齢や地位に関係なく、さまざまな人々と自由闊達な対話を繰り広げていました。

 ソクラテス自身は著書を残さず、その様子は、ソクラテスの弟子であるプラトン(紀元前427年~前347年)が対話篇(対話形式を用いた哲学的著述)として書き記し、当時の対話の生き生きとした様子を今に伝えています(注)。

 こうした古代ギリシャの対話、つまり論証し合いながら共通点や一般法則を見つける議論の特徴について、西研『哲学は対話する プラトン、フッサールの<共通了解をつくる方法>』(筑摩書房、2019年10月)にはこう書かれています。

  • 何かの問いをめぐって議論する。そのさいに各自はそれぞれの根拠を挙げることで、他の人たちが(可能ならばすべての人が)納得できるように努力する。そのうえで、どの考えがもっとも説得力があるかを、皆で吟味する。
  • 根拠をあげるさいに、権威や伝承にたよらない。また発言者の地位や年齢は無関係であり、どんな人も議論に参加するうえでは対等とみなされる。
  • どこから・どうやって考えれば「なるべく根本から」考えたことになるか、をつねに問題にする。
  • 以上のようにして、「だれもが納得できる一般性(共通了解性)と原理性」を備えた考えを育てようとするのが、この議論の目的である。

 要するに、当時から哲学対話は、テーマや問いに対して、合理的な(根拠を挙げて妥当性を吟味でき、権威など合理性に関係しない点を極力排除する)考えを追求するものとして発展したといえるでしょう。

(注)プラトンの著作に描かれるソクラテスの姿には、プラトンによる創作も含まれます。

2 ルネサンス時代にヨーロッパへ

 ソクラテスを通して描かれた古代ギリシャの対話の文化は、ルネサンス時代にフィチーノ(1433年~1499年)がプラトン全集をラテン語に訳したことによってヨーロッパに知られていきます。フィチーノはメディチ家の保護下にあったため、その周りにいた大商人や知識人たちによってさかんに対話が行われるようになり、近代の哲学者・思想家にもさまざまな影響を与えました。

3 近現代の哲学対話

 日本で哲学対話という言葉が広まったきっかけは、ドイツの哲学研究者であるゲルト・アーヘンバハが1980年代に始めた哲学プラクティスと国際哲学プラクティス協会の設立にあります。哲学プラクティスとは「哲学相談所」「哲学カウンセリング」というような意味です。

 ただ、日本では哲学プラクティスより哲学カフェという言葉のほうがなじみ深いかもしれません。哲学カフェは、アーヘンバハに示唆を受けたフランスの哲学研究者マルク・ソーテが、1990年代に始めたものです。哲学カフェは、街角のカフェなどで哲学研究の専門家でない一般の人々が哲学的な対話を楽しむ場として世界中に広がりました。

 日本でも哲学カフェは定着しつつあり、2005年には哲学カフェをはじめとする街角の哲学の実践やサポートを行う「カフェフィロ」という団体が設立されました。

 また、1970年代に米国で始まった子どもの哲学も、哲学プラクティスとともに広がりを見せています。

 子どもの哲学は、哲学教授マシュー・リップマンが大学生よりも早い時期から哲学的な思考を学ぶ必要があると感じ、始めたものです。

 子どもの哲学は日本の教育現場でも少しずつ広まり、今後は道徳の授業などでも取り入れられていくかもしれません。

 これ以外にも、哲学的な手法を使った対話の方法はいくつもあります。例えば、哲学の一分野である現象学的な手法を用いた本質観取(かんしゅ)や、20世紀前半の哲学者レオナルド・ネルゾンが実践していた哲学教育の手法を基にした、ソクラティク・ダイアローグなどがあります。

【参考文献】
筑摩書房『哲学は対話する プラトン、フッサールの<共通了解をつくる方法>』(西研、2019年10月)
ひつじ書房『ゼロからはじめる哲学対話 Philosophical Dialogue for Beginners:哲学プラクティス・ハンドブック』(河野哲也、2020年10月)

以上(2023年6月更新)

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哲学対話をやってみよう(基礎知識編)

1 多様性と付き合う

 働き方の多様性、価値観の多様性、多様性が求められる社会など、さまざまな場面で「多様性」という言葉を耳にするようになりました。これまで「当たり前」と考えられてきた生き方や価値観が通用しなくなり、一人ひとりに自分で生き方を決める判断力が求められています。

 全ての人が自分なりの価値観に従って生きるようになれば、「常識」や「当たり前」に合わせる能力よりも、異なる意見や価値観を尊重し、お互いに違いを受け入れる力のほうが重要になってきます。全ての人が自分の要求を無制約に主張し、他人に強制していては、多様性は成り立ちません。異なる価値観や文化の人々と共生するためには、お互いの考えを理解し合う努力が不可欠なのです。

2 すれ違いを埋めていくための対話

多様性と対話

 価値観や文化の違いは、たくさんの擦れ違いを生じます。好きな相手同士が結婚しても、長年共に暮らしていれば意見の対立やいざこざが起きるのは普通のことです。職場の人間関係でも、トラブルまではいかなくても、不満や違和感を感じることは日常茶飯事でしょう。

 対話は、そうした擦れ違いや違和感を埋め、相互理解を試みるための手段です。参加者が対等な立場で、テーマや問いに対するお互いの考えや問題意識を話し合うことで、問題への理解がお互いに深まり、一応の解決策を見いだすことにつながります。また、対話を通して参加者同士に信頼が生まれることも、哲学対話の効果です。

 この記事では、対話の方法のなかでも、教育現場や市民活動などで広く取り入れられている「哲学対話」について紹介します。

3 哲学対話とは

 哲学対話は、「哲学カフェ」や「子どもの哲学」などの形で行われる対話の総称です。明確な定義はありませんが、テーマや問いがあり、それについて話し合うのが一般的です。参加者は職業や地位、履歴、人柄、名前などを教え合う必要はありません。呼んでほしい名前を自由に設定できる場合が多いようです。

 哲学対話はどんなテーマや問いでも扱うことができますが、一般的には、「当たり前」のこと、つまり簡単には答えが出ない問題を扱うケースが多いです。専門家に聞いたり調べたりすれば簡単に答えが分かるような問いはあまり対象にしません。

 そうした問いを通し、自分自身、また他の人と共に考えることで、哲学対話を始める前より後のほうが、テーマや問いに対する考えが深まっている状態を目指します。

4 哲学対話に欠かせない「安全と安心」

 一般的に、哲学対話には司会のような役割をするファシリテーターがいます。また、テーマに詳しい専門家が参加することもありますが、その人たちを含めて参加者の立場は対等です。「あなたは何も分かっていない」と相手を全否定する発言や差別的な発言、相手を傷つける発言は、対等な議論を難しくするため禁止されます。

 しかし、そうは言っても議論がヒートアップすると、参加者からそうした発言が出てしまうことや、発言者に相手を傷つける意図がなくても受け手が侮辱と解釈すること(意見に対する疑問や否定を、人格の否定だと感じることなど)はあり得ます。

 哲学対話は、異なる立場、価値観の人が対等な関係を築くための練習の場としても使われます。健全な対話をするのにふさわしい態度を多くの人が身に付けなければ、多様性を受け入れる社会の実現は不可能です。

 一人ひとりが対等な立場で話し合う「安全と安心」な場のつくり方を訓練できる点は、テーマや問いに対する思考を深めることとともに、哲学対話の大きなメリットといえるでしょう。

以上(2023年6月更新)

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【朝礼】教学相長(きょうがくあいちょう)ず

皆さんが担当している仕事は順調に進んでいますか。中には、仕事が順調に進んでいない人もいるでしょう。そうした人は、単に効率的な方法を知らないだけかもしれません。上司や先輩、あるいは同僚から「こうした方がいいよ」とヒントをもらい、これを実践することで、飛躍的に良い仕事ができるようになることがあるものです。

今日は皆さんに、「教学相長(きょうがくあいちょう)ず」という言葉についてお話しします。これは中国の四書五経の一つである「礼記(らいき)」にある言葉で、「お互いに教えあい、学びあって共に成長してゆく」という意味です。

教学相長ずの一節は「学びて然(しか)る後に足らざるを知り、教えて然(しか)る後に困(くる)しむを知る。足らざるを知りて、然(しか)る後によく自ら反(かえ)りみるなり。困(くる)しむを知りて、然(しか)る後によく自ら強むる也。故にいわく、教学相長ずるなり」とあります。

この言葉をもう少し分かりやすく解説すると、「学ぶことにより自分の知識の少なさに気づき、人に教えることにより物事の難しさに気づかされる。自分の知識の少なさを知ることにより、自分自身を省みることができる。人に教えることの難しさを知ることにより、自ら勉強することができる。であるから、教えることと学ぶことは互いに作用しあう」ということです。

人に教えるためには、まず自分が学ばなければなりません。自分の知っていることを分かりやすく人に教えるためには、教えること以上に多くのことを知っておかなければなりません。

また、人から物事を教えてもらうことによって、さらに学ばなければならないという意識を持つでしょう。人から教えてもらったことを学ぶ過程において、新たなことを発見するかもしれません。そして、その新たな発見は、もしかしたら教えてくれた人が知らないことかもしれません。学んだ側が今度は教える側となり、新たに発見したことを教えるのです。お互いに教えあうことによって、相手も自分も学習を重ね、結果として双方が新たな知識や思考を身につけることができるのです。

「教(きょう)」つまり教えることと、「学(がく)」つまり学ぶことには相乗効果があります。お互いに教えあい、学びあうことによってさらなる成長を図りたいものです。

この考えは、ビジネスだけでなく、人生においても役立ちます。上司、同僚、部下、友人・知人、親兄弟に聞きたいことがあれば、臆することなく聞いてみましょう。思いがけず良いことを学ぶことができるかもしれません。また、同様に、皆さんが周りの人に良いことを教えることができるでしょう。このように「教学相長ず」は、人間関係をより深めることにもつながるのです。

以上(2023年6月)

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