新型コロナ5類移行にともなう実務上の注意点

令和5年5月8日より、新型コロナウイルス感染症が、感染症法による2類相当から季節性インフルエンザと同様の「5類感染症」に引き下がりました。

厚生労働省が示した「新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付け変更後の療養期間の考え方等について」によると、新型コロナウイルスに感染した場合は、感染症法に基づき、行政が患者に対し、外出自粛を要請することはなくなり、外出を控えるかどうかは、季節性インフルエンザと同様に、個人の判断に委ねられることになりました。

本稿では、新型コロナウイルス感染症の5類引き下げ以降に労働者が感染した場合の就業措置(労働安全衛生法)と感染または濃厚接触者となった場合の傷病手当金(健康保険法)の請求について、実務上の注意点を解説していきます。

1 労働者の就業に当たっての措置

感染症法によると、1類感染症から3類感染症に罹患した場合は、就業制限の措置をとる必要があるとされています。また、労働安全衛生法では、「伝染性の疾病その他の疾病で、厚生労働省令で定めるものに罹った労働者については、その就業を禁止しなければならない。」とあります。

つまり、2類相当に分類されていた新型コロナウイルスは、労働者が感染した場合、就業制限の措置をとる必要がありました。

感染症法上の類型

(「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」「労働安全衛生法」)

新型コロナウイルスの5類引き下げは、就業制限も撤廃されることになります。労働者が新型コロナウイルスに感染した場合でも、会社として、就業を制限する(就業を禁止する)ことはできなくなるため、今後は、コロナ感染を含む体調不良時には、無理に出社をせず、有給休暇を取得するなど、自主的に休暇が取得できるような労働環境を構築する必要があります。

2 傷病手当金について

5類移行後も、業務外の事由で、新型コロナウイルス感染症に罹患し、労務不能となったときには、健康保険の傷病手当金が請求できます。

傷病手当金支給申請書

(「全国健康保険協会」)

新型コロナに係る傷病手当金の注意点として、令和5年5月7日までの支給申請については、臨時的な取扱いとして、療養担当者意見欄(申請書4ページ目)の証明が不要でしたが、5類に移行したことにより、令和5年5月8日以降の支給申請については、他の傷病による支給申請と同様に、傷病手当金支給申請書の療養担当者意見欄に医師の証明が必要となります。

3 さいごに

法律による就業禁止は、いわゆる「使用者の責に帰すべき理由による休業」には該当しないため、会社は休業補償の支払いをする必要はありません。しかし、今後、新型コロナに感染した労働者に、従来の就業制限を継続していると、法律上「休業手当」の支払いが必要となります。

また、傷病手当金は、労働者本人に自覚症状がなく、家族等が感染し濃厚接触者になった場合、労働者自身が労務不能と認められない限り、給付の対象とはなりません。

こうした状況下においても、労働者を無理に出社させることは得策ではなく、今後は、職場での感染拡大を阻止するために、新たなルール作りが求められるでしょう。

※本内容は2023年5月15日時点での内容です

(監修 社会保険労務士法人 中企団総研)

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画像:photo-ac

新型コロナ5類移行にともなう実務上の注意点

令和5年5月8日より、新型コロナウイルス感染症が、感染症法による2類相当から季節性インフルエンザと同様の「5類感染症」に引き下がりました。

厚生労働省が示した「新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付け変更後の療養期間の考え方等について」によると、新型コロナウイルスに感染した場合は、感染症法に基づき、行政が患者に対し、外出自粛を要請することはなくなり、外出を控えるかどうかは、季節性インフルエンザと同様に、個人の判断に委ねられることになりました。

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「人は欲しいが先行きは心配」今、知っておきたい業務委託、在籍出向を使った働き手の確保

書いてあること

  • 主な読者:働き手を確保したいが、新たに社員を雇用するのは不安な経営者
  • 課題:先行きが不透明で、今社員を雇用しても後々人が余ってしまう可能性がある
  • 解決策:「業務委託」や「在籍出向」など、雇用によらない方法で働き手を確保しつつ、「副業の解禁」など、働き方の自由度を上げて今いる働き手を会社に定着させる

1 「人は欲しいが先行きは心配」な社長へのご提案

人手不足と働き方改革が同時に進む日本では、働き手の確保がますます難しくなりました。一方、先行きが不透明な中で新たに社員を雇用すると、後々の負担になってしまうという心配もあります。「人は欲しいが先行きは心配」、そんな社長にご提案したいことが2つあります。

1つは、

「業務委託」や「在籍出向」など、雇用によらない方法で働き手を確保すること

です。業務委託については、仲介業者が数多く存在しており、必要なときだけ随時仕事を依頼したいという会社に向いています。直接雇用ではないので、負担も軽いです。在籍出向は、親会社と子会社などのグループ間で社員を行き来させる制度ですが、こちらも出向期間を決めることで、必要なときだけ働き手を確保できます。

もう1つは、

「副業の解禁」など、働き方の自由度を上げて今いる働き手を会社に定着させること

です。人手不足なのに副業を解禁するというのは矛盾しているように思えますが、働き方改革の視点では、現在雇用している社員が会社から離れていかないための工夫が大切です。それに、御社が副業人材を受け入れることもあるでしょうから、副業について最低限の知識を得ておくことは重要なのです。

いかがでしょうか。ご興味を持っていただけたでしょうか。この記事の内容は、次の図表で紹介しているような業務委託、在籍出向、副業の労務管理についてですので、御社の人事労務担当者とこの記事を共有していただくのもよいと思います。

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2 業務委託

1)概要

業務委託とは、

外部の法人や個人に自社の業務を委託する契約(請負契約や準委任契約)の総称

です。業務委託契約の形態はさまざまですが、ここではその一例として「クラウドソーシング」を紹介します。

クラウドソーシングでは、仕事を受けるフリーランス(個人)と仕事を依頼する会社が、それぞれ仲介業者の運営する人材プラットフォームに登録し、オンライン上で両者がマッチングすることなどにより、業務委託契約が締結されます。契約締結後、フリーランスは会社から依頼された仕事をこなし、会社は仕事に対する報酬をフリーランスに支払います。

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2)業務上の指示

業務委託契約では、会社はフリーランスに対し、稼働する場所や時間、業務の進め方などについて具体的な指示を出すことができません。不用意に指示を出すと、フリーランスが労働基準法上の「労働者」とみなされる恐れがあり、その場合、

  • 稼働時間に応じて、時間外労働や休日労働の割増賃金を支払わなければならなくなる
  • 業務委託契約を解消した場合、フリーランスから不当解雇を主張される

などのリスクが生じます。

会社は、業務の進め方について注文があれば、必ずフリーランスと協議し合意を得るようにします。ただし、会社の注文を受けるか否かはフリーランスに決める権利があるので、会社が一方的に命令することはできません。トラブルを防ぎたいのであれば、業務委託契約を結ぶ時点で、業務の内容をできるだけ明確にしておく必要があります。

3)報酬の支払い

会社は、仕事の完成などを確認したら、業務委託契約に基づいてフリーランスに報酬を支払います。クラウドソーシングのように仲介業者を挟む場合、例えば

  1. 会社が仲介業者に対し、フリーランスに支払う分の報酬を預ける
  2. 仕事の完成などの後、会社から預かった報酬を、仲介業者がフリーランスに支払う

といった流れで支払いが行われます。なお、仲介業者は、会社から預かった報酬から、人材プラットフォームの利用料などを差し引いてフリーランスに支払う場合があります。

4)労働時間管理

フリーランスは労働者ではないため、労働時間管理という概念はありません。

そのため、会社はフリーランスに「何時から何時まで働くように」と指示することはできません。万が一こうした指示を出すと、前述したようにフリーランスが労働者に該当する恐れがあり、「稼働時間に応じて割増賃金を支払わなければならなくなる」などのリスクが出てきます。

5)社会労働保険の適用

社会保険(健康保険・厚生年金保険)と労働保険(雇用保険・労災保険)は、労働者でないフリーランスには原則として適用されません。ただし、フリーランスが個人で国民健康保険に加入したり、エンジニアなど特定の職種に該当する場合に、労災保険に特別加入(会社ではなく特別加入団体の労災保険に加入)したりすることは可能です。

そのため、会社では社会労働保険の実務は基本的に発生しません。ただし、労働災害に関しては、自社の労災保険には加入しなくても、フリーランスの安全や健康が損なわれないよう業務委託契約の内容に配慮したり、自社の社内で作業をする場合に事故などが起きないよう配慮したりする必要があります。

3 在籍出向

1)概要

在籍出向とは、

社員が出向元(社員を送る側の会社)との労働契約を維持したまま、出向先(社員を受け入れる側の会社)とも労働契約を締結して働くこと

です。基本的には、親会社と子会社などのグループ間で活用される制度です。

在籍出向では、出向元から出向を命じられた社員は、出向先の指揮命令を受けて働きます。出向社員への賃金を出向元が支払う場合、出向先は出向元に出向負担金を支払うのが一般的です。

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2)業務上の指示

社員に業務上の指示を出せるのは、原則として出向先です。

自社が出向元の場合、社員の業務については、原則として口を出さないようにします。ただし、出向先が出向契約にない業務を命じている場合などは必要に応じて改善を求めます。

自社が出向先の場合、出向契約にない業務を社員に命じる必要があれば、その都度出向元と相談します。

3)賃金の支払い

出向契約により異なりますが、賃金は、出向元が支払うことが多いです。

自社が出向元の場合、出向元が賃金を全額負担するのであれば、賃金支払いの実務は基本的に従前通りです。なお、通常は出向負担金を賃金に補填します。

自社が出向先の場合、出向元が賃金を全額負担するのであれば、特に注意点はありません。

4)労働時間管理

出向契約により異なりますが、労働時間は出向先が管理します。時間外労働や休日労働については、出向先の36協定(労働基準法第36条に基づく労使協定)が適用されます。なお、出向元が賃金を全額負担するのであれば、出向元も社員の始業・終業時刻や時間外労働や休日労働の時間を把握する必要があります。

自社が出向元の場合、出向先または社員から、毎月末日など給与計算の締日に勤怠実績(勤怠管理表など)を提出してもらい、それに基づいて賃金を支払います。

自社が出向先の場合、出向中の始業・終業時刻を管理し、社員が自社の36協定に違反しないよう注意します。

5)社会労働保険の適用

社会保険と雇用保険は、出向元が賃金を全額負担するのであれば、出向元で加入します。労災保険は、出向先の労災保険が適用されるのが一般的です。

自社が出向元の場合、社会労働保険の実務は基本的に従前通りです。

自社が出向先の場合、社員が自社で負傷などをしたときは、労災保険関連の手続きを速やかに行います。また、出向元が賃金を支払っている場合でも、労災保険に係る保険料は出向先が納付します。

4 副業

1)概要

副業とは、

社員が本業先(先に社員と労働契約を締結した会社)と副業先(後から社員と労働契約を締結した会社)の両方で仕事をすること

です。副業中は、社員は副業先の指揮命令を受けて働きます。なお、本業先と副業先の間に金銭のやり取りは発生しません。

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2)業務上の指示

社員の業務の内容は、副業先と社員の労働契約で定めます。副業中における業務上の指示も、副業先が出します。

自社が本業先の場合、副業中の社員の業務については、口を出さないようにします。本業先の経営者が副業先の経営者に対し、「ウチの社員の成長のために、〇〇の方法で業務をやらせてみてくれないか?」といった相談をするような場合も、決定権限はあくまで副業先にあることを忘れてはいけません。

自社が副業先の場合、自社の労働契約や就業規則に基づいて、通常の社員と同じように業務を行わせればいいので、特に注意点はありません。

3)賃金の支払い

賃金は、副業先での労働については副業先が支払います。

自社が本業先の場合、副業先での労働について賃金を支払うことはありません。ただし、社員が本業先と副業先の両方で働く場合、後述の時間外労働のルールを理解して割増賃金を支払う必要があります。

自社が副業先の場合、同じく割増賃金の問題を除けば、特に注意点はありません。

4)労働時間管理

労働時間は、本業先と副業先がそれぞれの就業先での労働時間を管理します。

時間外労働については、社員が1日の間に本業先と副業先の両方で働く場合、両社の労働時間を通算し、法定労働時間(原則として1日8時間、1週40時間)と照らし合わせて判断します。例えば、1日の中で本業先で5時間、副業先で4時間働いた場合

  • 1日の労働時間は通算9時間
  • 時間外労働は1時間(9時間-8時間)

となります。なお、この場合、時間外労働は原則として労働契約の締結時期が遅い会社で発生したものとされます(例外あり)。一般的には、副業先で1時間の時間外労働が発生することになるでしょう。

社員が1日ごとに就業場所を変えている場合は、通常の労働時間管理と同じです。例えば、月曜日に本業先で10時間、火曜日に副業先で9時間働いた場合、

  • 月曜日については本業先で2時間(10時間-8時間)の時間外労働
  • 火曜日については副業先で1時間(9時間-8時間)の時間外労働

が発生します。

自社が本業先の場合も副業先の場合も、こうした時間外労働のルールに注意して労働時間管理を行いましょう。なお、自社は自社以外の就業場所での労働時間を、社員からの自己申告などによって把握する必要があります。ただ、この点については、労働基準法の遵守などに支障がなければ、「一定の日数分の労働時間をまとめて申告させる」などの対応でも問題ないとされています(厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」)。

5)社会労働保険の適用

社会保険の適用要件は、本業先と副業先それぞれにおいて判断されます。社員が本業先と副業先の両方で被保険者要件を満たす場合、いずれかを「主たる事業所」として選択し、報酬月額を合算して社会保険料を算定します。そして、社会保険料は、本業先と副業先の報酬月額に応じて案分されます。

雇用保険は、それぞれの会社において被保険者要件を満たす場合、賃金額が多いほうの会社で加入します。ただし、65歳以上で一定の条件を満たす社員に限り、本業先と副業先それぞれで被保険者要件を満たさない場合であっても、本業先と副業先の労働時間を合算して、雇用保険に加入することがあります。労災保険は、副業中は副業先の労災保険が適用されますが、労災保険給付の支給額については、本業先と副業先の賃金額の合計を基に算定されます。

自社が本業先の場合も副業先の場合も、社員が社会保険の被保険者要件を満たすか、自社以外で雇用保険に加入していないかを確認しましょう。

また、自社が本業先の場合も副業先の場合も、社員が自社で負傷などをしたときは、労災保険関連の手続きを速やかに行います。自社で起きた労働災害でない場合も、社員から事業主の証明を求められる場合がありますので、その際は適切に対応します。

以上(2023年5月更新)
(監修 社会保険労務士 志賀碧)

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【2023年6月施行】改正電気通信事業法で新設される「クッキー規制」を押さえよう

書いてあること

  • 主な読者:ウェブサイトの運営やアプリの提供をしている会社の経営者、法務担当者
  • 課題:2023年6月施行の電気通信事業法改正で新設される「外部送信規律」について、自社が適用対象かどうか分からない。どう対応すればよいのか知りたい
  • 解決策:法令やガイドラインなどを確認し対応を進める。適用対象外だとしても、自社のウェブサイトを見ていると、どこに情報が飛ぶのか、何のために使われているのか、利用者が見ようと思ったら見える場所に載せておくことを検討する

1 電気通信事業法改正で「クッキー規制」が本格化

2023年6月16日に改正電気通信事業法が施行され、いわゆる「クッキー規制」が始まります。クッキー規制は、正確には「外部送信規律」と定義されるもので、

オンラインサービスの利用者に関する情報が外部の第三者に送信される場合、利用者がそのことを確認できるようにしなければならないというルール

を指します。対象となるのはウェブサイトの運営やアプリの提供をしている事業者で、「利用者に関する情報の内容」「送信先の名称」「利用目的」などの通知や公表が義務付けられます。

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電気通信事業法の対象は大手通信会社というイメージがありますが、外部送信規律については幅広い事業者が対象となります。「ウチには関係ない」と、何も対応をしないでいると法令違反になってしまい、思わぬトラブルを招く恐れがあります。第2章で、

外部送信規律の対象となる事業者、事業者がやらなければならないこと

を紹介しているので、自社の事業などと照らし合わせながら確認しておきましょう。

なお、外部送信規律のことを、日本版の「クッキー規制」と呼ぶことがありますが、これは俗称です。実際にはクッキーを使っていなくても外部送信規律に引っかかることがあるので、注意してください。「そもそもクッキーって何?」という人は、第3章をご確認ください。

2 外部送信規律のポイントを整理

1)対象となる事業者は?

外部送信規律の対象となるのは、電気通信事業または第三号事業を営み、「利用者の利益に及ぼす影響が少なくない電気通信役務」を提供している事業者です。

簡単に言うと、

  • 電気通信事業:他人の通信を媒介する事業(特定の利用者同士が使う電話、SNSなど)
  • 第三号事業:他人の通信を媒介しない事業(不特定多数の利用者が使う掲示板など)
  • 電気通信役務:電気通信によって映像や音声、文字等を伝えるサービス

という意味です。

なお、「利用者の利益に及ぼす影響が少なくない電気通信役務」か否かは、サービスの性質で判断されるので、利用者が多いか少ないかは関係ありません。

具体的には次のようなサービスを提供している事業者が外部送信規律の対象です。

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会社概要や自社の商品・サービスについて周知・宣伝するためだけにウェブサイトを運営している場合は、「電気通信事業」に該当せず、外部送信規律も適用されません。

自社運営で自社商品を扱うECサイトも対象外です。例えば、小売業者がウェブサイトを開設して商品販売を行う場合は、本来業務である小売業の遂行の手段として電気通信を用いているにすぎないからです。実店舗における商品販売を行っていない場合であっても、本来業務である小売業の遂行の手段として電気通信を用いているにすぎないことには変わりはないため、外部送信規律は適用されません。

一方、本来業務の遂行手段としての範囲を超えて、独立した事業としてオンラインサービスを提供している場合、外部送信規律の対象となり得るため留意が必要です。

自社が外部送信規律の対象事業者かどうか判断がつかない場合、弁護士などの専門家に相談しましょう。

2)対象事業者がやらなければいけないこと

外部送信規律の対象事業者は、原則として、次の1~3の事項を通知または公表(容易に知り得る状態に置く)しなければなりません。

  • 送信されることとなる当該利用者に関する情報の内容(どのような情報を)
  • 当該利用者の情報を取り扱うこととなる者の氏名または名称(誰に対して)
  • 当該利用者の情報の利用目的(何の目的で送信し、送信先で何に使われるか)

通知する場合、

  • 1~3の事項を容易に確認できるようにする
  • 1~3の事項または1~3の事項を記載した画面のリンクをポップアップなどにより表示する

必要があります。

容易に知り得る状態に置く場合、

  • 外部送信のプログラムを送るページまたはそのページから容易に到達できるページなどにおいて1の事項を表示する(ウェブサイトの場合)
  • 最初に表示される画面、そこから容易に到達できる画面などにおいて1の事項を表示する(アプリの場合)

必要があります。

1~3の事項を通知または公表する際は、次のルールを守らなければなりません。

  • 日本語で記載する
  • 専門用語は使わない
  • 平易な表現を使う
  • 拡大/縮小の操作をしなくても文字が適切な大きさで表示されるようにする

なお、「利用者が同意をしている情報」「事業者がオプトアウト措置(利用者が求めた場合に利用を停止する)を講じている場合で、利用者が措置の適用を求めていない情報」は、例外的に通知または公表の必要はありません。とはいえ、この「同意」や「オプトアウト」を行う場合も、1~3の事項を分かるようにしておく必要はあることに留意が必要です。

3 そもそも「クッキーって何?」という方へ

クッキー(cookie)とは、

ウェブサイトを開いたときにブラウザに保存される小さなファイル

のことです。あるウェブサイトを開くと、そのサイトのウェブサーバーがクッキーを発行し、利用者のブラウザに一定期間、クッキーが保存されます。次回以降、同じウェブサイトを開くと、ブラウザからウェブサーバーにクッキーが送信され、保存されていた情報が表示されます。

こうした仕組みは、普段、利用者にはほとんど意識されることはありませんが、例えば、ネットショッピングで商品を買い物かごに入れたままブラウザを閉じ、しばらくしてから再びそのサイトを開いたとき、買い物かごに商品が入ったままなのはクッキーが残っていたからです。

クッキーは、利用者の行動を追跡しデータを収集するためにも利用されています。ウェブサイトを開くと、自分の好みに合いそうな商品を勧められたり、検索したことと関連する広告が表示されたりするのもクッキーのせいです。

こうしたクッキーを利用した「ターゲティング広告」などについては、便利な半面、得体の知れない気持ち悪さを感じる人が多いのも事実です。クッキーによるデータ収集が個人のプライバシーの侵害につながる懸念が高まり、無秩序なクッキーの利用を規制する動きが広がりつつあります。

日本では、2022年4月に個人情報保護法が改正され、クッキーで得た個人関連情報を第三者に提供し、個人を識別する情報とひもづける際は利用者本人の同意が必要になりました。
そして、2023年6月に電気通信事業法が改正され、「外部送信規律」が設けられました。

4 もっと詳しく知りたい方へ

1)参考URL

■総務省「外部送信規律」■
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/d_syohi/gaibusoushin_kiritsu.html
■総務省「外部送信規律FAQ」■
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/d_syohi/gaibusoushin_kiritsu_00002.html
■総務省「電気通信事業参入マニュアル(追補版)」■
https://www.soumu.go.jp/main_content/000477428.pdf
■総務省「電気通信事業参入マニュアル(追補版)ガイドブック」■
https://www.soumu.go.jp/main_content/000799137.pdf
■総務省「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン」■
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/d_syohi/telecom_perinfo_guideline_intro.html

2)同意管理プラットフォーム(例)

同意管理プラットフォーム(Consent Management Platform:CMP)とは、ウェブサイトの運営者が、利用者のクッキーを取得する際に同意を得るためのツールです。拒否された場合はクッキー取得を制御します。次のようなツールが挙げられます。

■onetrust■
https://www.onetrust.com/
■Sourcepoint■
https://sourcepoint.com/
■Priv Tech「Trust360」■
https://privtech.co.jp/service/trust360/
■DataSign「webtru」■
https://webtru.io/
■クラウドサーカス「Cloud CIRCUS CMP」■
https://cloudcircus.jp/products/cmp/

以上(2023年6月)
(監修 みらい総合法律事務所 弁護士 田畠宏一)

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画像:Svetlana-Adobe Stock

日本の歴史人物(斎藤道三)

1 親子二代にわたる下克上 戦国時代の申し子「斎藤道三」

 「権謀術数(他人を巧みに欺く策略)」に長け、仕えた主君を次々に倒してのし上がったといわれる斎藤道三。かつては、油売りから大名へと、道三が一代で上り詰めたと考えられていましたが、近年の研究では父・長井新左衛門尉と親子二代をかけて国盗りを成し遂げたことが分かってきました。

 道三は、したたかに相手の懐に入り込み、自身の才能と非道な謀略でのし上がりました。しかし、道三は自分の息子によって殺されるという非業な最期を遂げました。

斎藤道三(および父・長井新左衛門尉)の生涯

2 道三の有名エピソード

 道三にまつわるエピソードには諸説ありますが、この記事では代表的なものを紹介します。

1)油売りとして情報を集め、人心を掴む

 道三の父・新左衛門尉は、幼い頃に京都の妙覚寺に預けられましたが、成長すると還俗し、油売りの家に入り婿として入りました。

 当時の油売りは、諸国を自由に往来できるため情報収集がしやすく、野心的で優秀な人が集ったそうです。中でも新左衛門尉は、高くかざした柄杓から一文銭の穴を通して油を注ぐなど、大道芸じみたパフォーマンスで人気を得たといわれています。

 その後、新左衛門尉は、美濃守護家土岐氏の家老・長井長弘と知り合い、その長弘を通じて土岐頼芸に引き合わせられました。そして、頼芸に気に入られた新左衛門尉は、長井家の家老に引き立てられていきます。

 新左衛門尉が長弘と出会った経緯は分かっていませんが、恐らく偶然もあったでしょう。運を引き込み、チャンスをものにするには、日ごろからチャンスを狙い、人の心をつかみ続ける才覚が必要です。さまざまな情報を集め、人の懐に入り込む新左衛門尉のしたたかさは、油売り時代の経験によって鍛えられたのではないでしょうか。

2)「美濃のマムシ」の実力

 新左衛門尉と道三の親子が「美濃のマムシ」と呼ばれるようになったのは、主君を押しのけ、その地位を略奪する冷徹さがゆえんです。新左衛門尉は、自分と頼芸を引き合わせた長弘が謀反を企てていると頼芸に讒言(ざんげん)し、長弘を妻と一緒に殺害しました。

 しかし、同年新左衛門尉は亡くなってしまいます。跡を継いだ道三は、頼芸の兄・政頼を追放して頼芸を守護大名の地位に就けますが、結局は頼芸も美濃から追放してしまいます。

 すると、政頼が頼った越前の朝倉氏、頼芸が頼った尾張の織田氏(信長の父)らが2度にわたって美濃を進攻しました。家督争いで弱体化した美濃なら倒せると思ったのかもしれませんが、道三は難攻不落の稲葉山城でもって、これを退けます。

 その後、道三は娘・帰蝶(濃姫)を信長に嫁がせ、同盟を結んで美濃の支配を安定させます。それをきっかけに信長に出会った道三は、当時「うつけ者」といわれていた信長の類いまれな才能を見抜いたといわれています。

斎藤道三

3)最期は息子に殺される

 戦国時代は目上の者を引きずり降ろしたり、親子や兄弟で争ったりすることありましたが、それでも周囲の反感を買うことは避けられません。道三はそうした中でも実力で敵を退け、上り詰めていきました。

 しかし、そんな道三も、最終的には自分の息子に殺されることになります。道三は嫡男・義龍を冷遇していました。義龍の母はもともとは頼芸の妾であり、義龍の本当の父親は頼芸であるという噂があったことが、確執の原因ともいわれます。

 そうした確執を収拾するため、道三は一旦隠退することにします。しかし、家督を義龍に譲った後も、道三は義龍を排除して、別の息子に跡を継がせようと画策しました。そうした道三の動きを察知した義龍は、2人の弟を殺害し、最終的には長良川の戦いで道三をも討ちました。周囲からの恨みを買っていた道三に味方するものは少なく、この戦いの義龍の戦力は道三の7倍近かったといわれます(明智光秀は道三側として戦ったといわれています)。

 敵から領土と家臣を守り、大名家を存続させるためには、身内同士の結束は不可欠です。自分の主君を裏切って成り上がった道三には、息子たちに結束を固めるよう促すのは難しかったのかもしれません。

【参考】
山川出版社「戦国大名 歴史文化遺産」(五味文彦監修)
成美堂出版「戦国の合戦と武将の絵事典」(高橋伸幸(著)、小和田哲男(監修))

以上(2023年5月更新)

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画像:いらすとや

日本の歴史人物(明智光秀)

1 「謀反の逆臣」はつくられたイメージ? 謎が多い「明智光秀」

光秀といえば、自分を重臣に取り立ててくれた織田信長を本能寺で自害させた「裏切り者」として有名です。さらに、その本能寺の変からたった11日後の山崎合戦で豊臣秀吉に敗れた「三日天下」でも知られています。

こうしたマイナスイメージの多い光秀ですが、実は光秀の人生は謎が多く、生誕年や父親の名前、そして信長を裏切った動機などはほとんど分かっていません。近年研究が進められており、後世にできた創作と実在した光秀とは違う一面が少なくないようです。

明智光秀の生涯

2 光秀の有名エピソード

光秀にまつわるエピソードには諸説ありますが、この記事では代表的なものを紹介します。

1)光秀の誕生年は、江戸時代の物語が出所?

光秀の歴史的な資料は、その多くが本能寺の変や山崎合戦に関するもので、1568年に足利義昭(室町幕府・最後の将軍)に臣従した以前のことはほとんど分かっていません。

1528年生まれといわれていますが、これも光秀が亡くなってから100年以上後に書かれた伝記「明智軍記」が基になっています。「明智軍記」は歴史書というよりは物語であり、信ぴょう性が疑問視されていますが、他に信頼できる資料がないことなどから、現在でも通説として定着しています。

これに対し、最近は光秀の誕生年は1516年だとする、新たな説が出てきています。ただし、細川忠興に嫁いだ娘の玉(ガラシャ)が1563年生まれと、47歳のときの子どもとなることや、信長よりも20歳も年上になることなどから、現在も1528年生まれ説が有力のようです。

2)非情? 良識人? 比叡山焼き討ちの功労者の見えない素顔

信長の苛烈さを象徴して語られることの多い「比叡山焼き討ち」。司馬遼太郎「国盗り物語」などの影響で、光秀は比叡山焼き討ちに反対したイメージが強いかもしれませんが、実際は光秀が中心となって攻め落としたようです。その功績を認めて、信長は光秀に比叡山延暦寺の遺領を与え、自分の城を築くことも許可しています。この時期の光秀は、共に信長に仕えた秀吉よりも信長の信頼を得ていたともいわれています。

では、光秀は「裏切り者」のイメージ通り、非情な人物だったのかというと、一概にそうともいえません。領内となった比叡山延暦寺に対し、穏便な対応をしたという伝承や、光秀が治めた京都・福知山の地では善政を敷いた領主として慕われていたという伝承が現代にも残っています。

3)最大の謎「なぜ本能寺の変を起こしたのか」

光秀のイメージを決定付けている「本能寺の変」にも謎が残されています。信長を討った理由が分かっていないのです。

信長のパワハラに対する「怨恨説」、下克上をして天下統一を企てた「天下取り野望説」、朝廷の高官に唆された「朝廷黒幕説」など、さまざまな説がありますが、極秘で進められた計画のためか、資料がほとんど残っていません。

これらの中で、近年有力になりつつあるのは「長宗我部元親関与説」です。これは、光秀の重臣・斎藤利三の妹が嫁いだ長宗我部元親の四国全土の所領を信長が認めると約束したものの心変わりをしたため、元親が光秀に信長を討たせたという説です。

歴史の真実を知るのは難しいことですが、光秀は秀吉とライバル関係にあったこともあり、「勝者の歴史」から切り落とされた部分もあるかもしれません。光秀がどういう思いで主人である信長を討ったのか、手掛かりになる資料が発見されることが望まれます。

明智光秀

【参考】

  • 吉川弘文館『明智光秀 (人物叢書)』(高柳光寿)
  • 河出書房新社『光秀からの遺言 本能寺の変436年後の発見』(明智憲三郎)
  • NHK出版『麒麟がくる 明智光秀とその時代』(NHKシリーズ NHK大河ドラマ歴史ハンドブック、2020年1月)

以上(2023年5月)

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画像:Hick-Adobe Stock
画像:いらすとや

【朝礼】家に諌(いさ)むる子あればその家必ず正し

皆さん、日々の仕事は順調ですか。仕事を順調に進めるためには、上司や同僚・部下との協力が必要不可欠です。もし、何かうまくいかないことがあれば、そういう人たちからアドバイスを受けることです。具体的な解決策を教えてくれるかもしれませんし、叱咤(しった)激励されるかもしれません。

本日は皆さんに、「家に諌(いさ)むる子あればその家必ず正し」という言葉を紹介します。

これは、中国の思想家・孔子(こうし)の教えに基づいた「孝経(こうきょう)」という書物にある故事成語です。読んで字のごとく、家に過ちを指摘する子供がいればその家は正しい方向に向かう、という意味です。

ここで、「家」を「会社」、「子」を「社員」と読み替えてみましょう。「会社に諌(いさ)むる社員あればその会社必ず正し」となります。この言葉はビジネスの場においても、大きな意味を持っています。

仕事をする上で、怠慢による失敗、社会的な倫理規範に反する行為、明らかな不正な行為があれば、会社の信用は失墜し、お客様、お取引先、また、ほかの社員に大きな迷惑を掛けてしまいます。また、皆さんが、自らが意図的に行わなくても、知らず知らずのうちに、不正や過ちを犯してしまうことがあるかもしれません。不正や過ちではなくても、仕事を進める上での手順や方法が明らかに間違っていることもあるでしょう。

このような場合、間違いに気付かないままでいると、業務に混乱が生じ、ひいては大きな損失につながる恐れがあります。

同僚や部下からの諌言(かんげん)は耳が痛いかもしれません。しかし、一人で「自己流」のやり方だけで仕事をしていると、どこかで知らず知らずのうちに過ちを犯してしまう可能性があります。

もう一つ、忘れないでもらいたいことがあります。ここで言う諌(いさ)むる社員は皆さん全員ですし、その対象となる社員も皆さん全員です。

皆さんは同僚や部下に対して諫言(かんげん)をすることは容易にできるでしょう。しかし、上司に対して諌言(かんげん)するのはとても勇気がいることですが、それでもお願いします。

ただし、部下の皆さんが上司に諌言(かんげん)するときは、言い方に注意を払い丁寧な言葉で意見を述べてください。そうしないと、上司が機嫌を損ねて、部下の皆さんの意見を聞く耳すら持たなくなるかもしれません。こうなると、部下の皆さんの勇気が無駄になります。

私としては、上司の皆さんには大きな度量で、諌言(かんげん)してくれる部下の心情と意見をしっかりと受け止めてほしいと思っています。それが会社のためになるのです。

互いに諌(いさ)め合い、そして人の諌言(かんげん)には真摯に耳を傾ける姿勢を持ちましょう。私にも諌言(かんげん)でかまいませんので、遠慮なく意見してください。

以上(2023年5月)

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画像:Mariko Mitsuda

【経理人材の育成(1)】経理管理職の最優先課題。経理負債の解消を考える

書いてあること

  • 主な読者:経理人材の育成や、経理部全体の効率化に悩む中小企業のマネジメント職
  • 課題:時間がない、具体的な改善策が思いつかないことを理由に、現状維持になってしまう。その結果、ミスの繰り返しや、現場のモチベーション低下が生じ、経理負債が蓄積される
  • 解決策:コト(経理業務自体)とヒト(一緒に働くメンバー)の両面から課題を捉える

1 経理負債の解消こそが、経理管理職の最優先課題

経理に課題を抱える会社には共通点があります。それは、「経理負債」を抱えていることです。「経理負債」とは、

経理部門が通常通り業務を行うことを妨害する蓄積された課題

のことです。例えば、月次決算で手間がかかると思いながらも、毎月、同じやり方で作業を続けていませんか。変えなければと頭では分かっていても、時間がない、または具体的な方法が思いつかないなどの理由から足踏みし続けてしまう。その結果、複雑な手順から生じるミスが減らず、経理負債が蓄積されていくのです。

経理負債は、以前話題になった「睡眠負債」によく似ています。毎日の不足分が少しずつたまった結果、健康を害するほどの影響が出てしまう。私たちの健康も、会社の経理業務も、ため込まないことが重要です。

では、いったんたまってしまった経理負債をどうしたらいいのでしょうか。解決に必要なのは、気合と根性ではありません。

時間と方法の具体的なアイデアこそが必要

です。日ごろ、会社の経理の人と接していると、「非効率なやり方をしているので、時間がない」とよく言われます。しかし、私は逆だと考えています。多くの場合、時間がないから非効率なままなのです。もちろん、大きく変えるための取り組みにはたくさんの時間が必要なため、始めは小さな改善しかできないものです。それでも、とにかく小さな改善を積み重ねて時間を捻出し続けることで、大きな改善に取り組めるようになるのです。

経理管理職にとっての最優先課題は経理負債の解消だと私は強く感じます。

2 コトとヒトの2面から課題を捉えよう

経理負債があると、ミスしたり時間がかかったりという経理にとってはよくない事態を招きます。これでは、「決算の早期化」や「正確性の向上」といった経理部門でよく挙げられる目標を達成することはできません。

さらに、長時間労働になりがちで、体調不良になったり、成長実感が得られない作業に追い立てられてモチベーションが下がったりするメンバーも出てきます。

経理業務自体に関する前者は「コト」のはなしであり、一緒に働くメンバーに関する後者は「ヒト」のはなしです。経理負債は、このように、「コト」と「ヒト」の両面に悪影響を及ぼす、諸悪の根源といえるでしょう。

従来、経理の課題は、「コト」に関する問題が注目されてきました。しかし、最近では、在宅勤務など新しい働き方の普及や、人的資本に関する情報開示の広がりから大手企業を中心に人材育成に熱心に取り組むようになっています。もちろん、この話は経理に限ることではありません。

ましてや人手不足が深刻化する中、従業員が会社を選べる時代に変わったことを心に留めておく必要があります。特に経理職は、他の職種に比べて、ポータブルスキル(会社を問わず活用できるスキルのこと)の色合いが濃いため、今いるメンバーが来年も一緒に働いてくれる保証はどこにもありません。

3 ヒトを重視した管理職の取り組み例

脅かすような話をしてしまいましたが、ヒトの側面での取り組みを少しだけ紹介しておきます。私の印象では、経理人材は「職人気質」の人が多く、これまであまり人材育成に注力する人が多くなかったように思います。まずは気負わず簡単なことから始めましょう。

例えば、経理管理職は、経営者や役員に呼ばれて、緊急の打ち合わせが入り、当初予定していたメンバーとの打ち合わせに出られなくなった場合どうしますか。

このようなときは、役員との打ち合わせが終わったらすぐにメンバーとの打ち合わせを再設定するようにしてください。近年流行りの1 on 1など、少人数で行う個人的な内容の場合には特にです。このようなメンバーとのやり取りは、緊急ではないものの、現場レベルでの重要な事案が多く、後から気付いたときには手遅れになりかねません。また、小さな行動でも、「大事にされている」という印象を確実に与えることができます。

また、メンバーからは、管理職の皆さんに質問や相談したいのに、「話しかけづらい」という声をよく聞きます。これは私が管理職だった頃もそうで、メンバーから言われて反省したこともありました。言い訳ではありませんが、経理部門は自分でも会計処理を検討するようなプレイングマネージャーが多く、デスクに居るときは作業に時間がとられがちです。また、在宅勤務の場合は、相手の状況が分かりづらいことも拍車を掛けているのかもしれません。そこで、デスクにいる際はなるべく暇な雰囲気を出したり、自分の作業はメンバーが出社する前の朝の時間帯に行ったりすることも手です。さらに、共有カレンダーに作業予定も入れている場合には、作業とイベント(会議)を区分して表示し、メンバーには作業の時間帯はいつでも話しかけていいなど、ルールを明確にして伝えておくのも役に立ちます。

これらは近年話題の「心理的安全性」、つまり従業員が自分は受け入れられていると感じ、安心して発言したり業務を行えたりする状態を生み出すことにもつながります。実際に私が見聞きする中では、残念ながらこの程度のことができていない経理部が大半の印象です。忙しいから仕方がない側面もありますが、前述のとおりメンバーが辞めてしまい生産性が下がっては、経理負債が解消されるどころか、さらに積み上がってしまいます。悪循環に陥らないためには、負担が少ない方法で、ヒトの側面をカバーすることが必須なのです。

4 管理職だからこそ経理部を変えられる

このような理由から、本連載では、コトとヒトの両面を扱います。これまで、ヒトの側面というのは、経理の分野ではあまり注目されなかったため、違和感を覚える人もいるかもしれません。

でも、考えてみてください。もし皆さんが、メンバーのひとりから明日突然辞めると言われたら、業務への影響を真っ先に心配するのではないでしょうか。いくらAI時代の到来といっても、コトとヒトは切っても切り離せないのです。

ここまでの話で、管理職の仕事がとても広範囲であることを改めて実感したと思います。しかし、経理管理職にはおおきなやりがいがあります。実際に、私は管理職になったときに、スタッフ時代と比べて色々なことが容易に進むようになり、感動したことを覚えています。

例えば、業務の削減や改善を行うことは、管理職であれば難しくありません。やり方を変えた場合のリスクがとれるのは管理職だからこそですし、そもそも経験と立場があるからこそ事前に十分な検討ができます。また、他部門の調整も管理職の力が生かしやすい場面です。肩書などの属性によって対応を変えるタイプの人もいます。そういう相手と対峙するときに、管理職という肩書は、経理部を代表して他部門を動かすことができる力の源泉にもなるのです。

これらの力があるからこそ、管理職は、経理負債の解消の主役として機能でき、ひいては経理部を変えることができるのです。「経理の仕事はAIにとって変わられる」といわれて久しいですが、主にスタッフクラスが行っている業務の話です。日々高度な判断やコミュニケーション、人材育成を担っている経理管理職ご自身については、直接の脅威ではないはずです。

本連載が、やりがいあるこの経理管理職という仕事を体系立てて整理したり、実務に生かせるヒントを得たりする機会になれば幸いです。

以上(2023年5月)
(執筆 管理会計ラボ株式会社 代表取締役・公認会計士 梅澤真由美)

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画像:Kittiphan-shutterstock

【交渉術】主張が入り乱れる「製販調整会議」から学ぶ交渉に強い組織

書いてあること

  • 主な読者:同じ会社なのに製造部と販売部など、部門間が協力せずに困っている経営者
  • 課題:部門の力関係や妥協によって方針が決められていて、建設的な議論にならない
  • 解決策:相手が本当に望んでくることを把握して交渉し、最善策を検討するようにする

1 なれ合いでもけんかでもない。交渉術を身に付ける

ビジネスは利害の異なる人が意見調整しながら進めるものですが、これは社外に限ったことではありません。例えば、製造業が生産/販売計画のズレを補正する「製販調整会議」(以下「会議」)では、社内の関係者の利害が次のように衝突します。

  • 生産部門:増産よりも製造ラインの安定稼働
  • 販売部門:製造ラインの安定稼働よりも増産による収益の確保

このようなとき、単純なパワーバランスで決まったり、なれ合い(交互に主張を通す)で決まったりするようでは駄目でしょう。かといって、調整が子供のけんかのように対決になるのも論外です。経営者は、

社員がきちんと交渉術を身に付け、会社にとって好ましいと信じる方向に進むために議論してほしい

と考えるでしょう。

そこでこの記事では、鉄鋼メーカーA社の会議を例に、交渉術を使って組織を同じ方向に導く方法を紹介します。社員教育の一環としてご活用ください。

2 鉄鋼メーカーA社の会議

鉄鋼メーカーA社は、国内外に鋼材を販売しています。国内向けが中心ですが、ここ数年は低迷しており、海外市場のさらなる開拓が必須となっています。ただし、海外市場は大量受注が見込めるものの単価は安く、生産ラインの安定稼働によるコストコントロールが課題です。

そのような折、販売部門が海外の顧客から新規受注を獲得しようとしています。なにやら、「海外のコンテナメーカーが、ステンレス製コンテナの製造工場を新設するため、ステンレスの取引量をこれまでの2万トンから3万トンに引き上げたい」というのです。

今回、販売部門が持ち込んだのは計画外の1万トンです。販売部門にとっては大手柄になる可能性があるビッグディール。一方、生産部門は計画外の生産によるリスクを何とか回避しようとします。すると、次のように両部門の主張は衝突します。

  • 販売部門長:「3カ月後の納品予定で、ステンレスを1万トン増産してほしい。国内市場が低迷する昨今、海外市場の開拓は経営目標でもある。これは千載一遇のチャンスなのだ!」
  • 生産部門長:「おいおい、いきなり1万トンの増産はむちゃだ。そんなことしたら他のラインに影響が出かねない。それに、そもそも採算は合うのか。海外向けは利益率が低いから無理する必要はない」
  • 販売部門長:「“いつもの”慎重すぎて『石橋をたたいて渡らない』って考えか。多くのコンテナはさびやすい鉄製だが、ステンレスならさびにくい。このビジネスで成功すれば海外展開の可能性が広がると思わないのか?」
  • 生産部門長:「生産体制を見直すのはリスクだと言っている。既存顧客に悪影響が及べば本末転倒だ! それに、今後の需要は“いつもの”『捕らぬ狸(たぬき)の皮算用』ってやつか? 需要予測はデータで示してほしい」

3 心理的バイアスの軽減

同じ事象に遭遇しても、個人の心理的な状態によって捉え方は異なります。例えば、次のようなシーンの場合、瞬時にどのような印象を抱きますか?

  • アラスカの住民に冷蔵庫を営業する → 売れる/売れない
  • コップに水が半分入っている → まだ半分もある/もう半分しかない
  • 計画外でステンレスを1万トン生産する → チャンス/リスク

例えば、「アラスカの住民に冷蔵庫が売れるわけがない」と瞬時に判断することを、心理学では「フレーミング」(枠付け)と呼びます。フレーミングには、所属する組織の文化や個人の経験が強く影響しており、これを完全に排除することはできません。先の鉄鋼メーカーA社の会議で、販売部門長と生産部門長が双方とも「いつもの」という言葉を使っていたことに気付きましたでしょうか。これが典型的なフレーミングで、お互いが相手に対して固定化されたイメージを持っている証拠です。

フレーミングは誰にでもあります。相手が「こちらの考えを理解しない」と腹を立てるのではなく、少しでも多く売りたい販売部門と、常に生産ラインを安定稼働させたい生産部門とでは、常識が違うことを認識する努力が必要です。

その上で、フレーミングから抜け出す「リフレーミング」(再枠付け)を試みます。その方法には「人や場所を変える」「第三者に同席してもらう」などがあります。「相手が知らない情報を提供し、気付きを与える」こともビジネスでは有効です。

先のアラスカの例では、「アラスカの住民は、食品を解凍する時間と手間を嫌っている。冷凍のニーズはないが、『食品を適温に保つ箱』のニーズは高い」といった情報を提供し、冷蔵庫の売り方の気付きを与えるのです。

フレーミングの他にも心理的バイアスは数多くあるので、一覧にまとめます。フレーミングと同様にこれらを完全に排除することはできませんが、少なくとも「双方に心理的なバイアスがある」ことを知るだけでも効果があります。

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4 論点の整理

交渉を「駆け引き」だと思っている人がいます。駆け引きとは、もともと「戦争における兵隊の押し引き」という意味ですから、交渉は相手との勝負ということになります。しかし、これでは片方が得をすると、もう一方は損をすることになります。例えば、販売部門が担当役員などを巻き込んで、無理やり1万トンの増産を生産部門に受けさせれば、生産ラインは混乱しますし、遺恨となります。

そうならないように心理的バイアスを軽減し、人と問題を切り離した上で状況を整理します。そうすると、表面的な主張は激しく対立しても、根本的なところで大切にしていることは一致しているケースがよくあります。例えば、次のようにです。

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上図のような整理ができると、交渉の突破口が見えてきます。販売部門は「海外市場の開拓」、生産部門は「生産ラインの安定」を重視しており、このポイントを満たす合意案を考えることが、「Win-Win(ウィンウィン)」の関係構築です。

相手が本当に望んでいることは、相手が譲れないことともいえます。これを知らないままでWin-Winを目指せば、表面的な妥協を繰り返すことになりかねません。この辺りの違いを次章で確認していきましょう。

5 交渉で必ず押さえたい3つのこと

1)留保価値

交渉は駆け引きではありませんが、良い人同士の譲り合いでもありません。合意のために自分の要求レベルを下げ続ける人もいますが、これでは交渉をする意味がありません。そこで登場するのが、交渉で必ず押さえることの1つ目、「留保価値」です。

留保価値とは、

「それ以下の条件では合意しない」という交渉の最低ライン

です。例えば、販売部門が1万トンにこだわれば、1万トンが留保価値となります。一方、生産部門はどんなに頑張っても7000トンしか増産できなければ、これが留保価値となります。

2)ZOPA

交渉で必ず押さえることの2つ目が、「ZOPA(ゾーパ:Zone of Possible Agreement)」です。

ZOPAとは、

双方の留保価値の間、つまり交渉余地

です。「交渉の余地はあるのか?」とのフレーズをよく聞きますが、これは「双方の留保価値はクロスしているのか」と同義です。

先の例で言えば、販売部門の留保価値が1万トン、生産部門の留保価値が7000トンの場合、次のような関係になります。「絶対に1万トンが必要だ」と販売部門が主張したとしても、「ない袖は振れない」と生産部門が主張する状態では、ZOPAがつくれません。

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これが、相手が本当に望んでいることを知らずに、表面的な妥協を繰り返すというありがちなパターンです。しかし、双方が本当に望んでいることは、販売部門は「海外市場の開拓」、生産部門は「生産ラインの安定」です。これを図にすると次のようになります。

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販売部門が持ち込んだ案件で、顧客が「3カ月後に3万トン(もともとの2万トンと新たな1万トン)を納品できないなら他社に切り替える」と要求してきているとしたら、何とか1万トンを確保しないと「海外市場の開拓」が達成できません。

一方、生産部門は7000トンならば確保できると言っているので、残りの3000トンをどのように調達するのかを双方で検討することになります。その際に大切なことは、生産ラインの安定を損ねないことです。

3)BATNA

交渉で必ず押さえることの3つ目が、「BATNA(バトナ:Best Alternative to Negotiated Agreement)」です。

BATNAとは、

足元の交渉が決裂した場合、次に取るべき最も好ましい代替案

です。

当初、販売部門が想定していたのは1万トンの「増産」です。しかし、生産部門が増産できるのは7000トンまでなので、増産以外の方法で3000トンを確保するBATNA(最善の代替案)を検討する必要があります。

どのような代替案が考えられるでしょうか。例えば、顧客にお願いして納期を延ばしてもらう、協力会社の生産ラインを借りる、別の既存顧客にお願いして納期を遅らせ、その分の生産能力を割り当てるなどの方法が考えられます。これらの中で最善のもの、つまりBATNAを決定します。対外的な交渉だと当事者がそれぞれのBATNAを持ちますが、社内の会議では、双方が本当に望んでいることの共有を前提に、協力して1つのBATNAを決められる強みがあります。

仮に、別の既存顧客にお願いして納期を遅らせ、その分の生産能力を割り当てる方法を選択した場合のイメージは次の通りです。表面的に妥協しただけではほぼ導き出せないZOPAがつくられたことが分かります。

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BATNAについて1つ補足をします。BATNAとは、事前に具体的に想定するものです。「A社が駄目なら“別の会社”に売る」の別の会社は、BATNAではありません。「A社が駄目なら“B社”に売る。ニーズもリサーチ済み」といったレベルのB社がBATNAです。

6 社内交渉で強い企業になる

なぜ、社内では事業部門や役職者同士の意地の張り合いのような衝突が起きるのか。その理由の1つは、当事者が表面的なやり取りに終始してしまうからです。改善するには、本当に望んでいることを知るための訓練をしなければなりません。

会議は、そうした訓練をするための貴重な場です。会議では必要な資料が全てそろい、双方の本音も知ることができます。対外的な交渉ではあり得ません。そこで「衝突、確認、合意」のプロセスを繰り返すことで、社員の交渉力は確実に高まるでしょう。

以上(2023年5月)

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画像:pexels