【債権回収(1)】これから倒産企業が増える?万一に備えて知っておくべき債権回収の流れ

書いてあること

  • 主な読者:与信管理から債権回収までの一連の流れを知っておきたい経営者
  • 課題:債権回収はさまざまで特徴も異なるため、適切な方法が分からない
  • 解決策:基本的な流れを把握し、状況に応じて対策を選択する。素早い判断が不可欠

1 「いざ」となってからではもう遅い?

「ない者からは回収できない」というのが債権回収の基本です。「いざ、債権を回収しなければ!」という事態に陥ったとき、相手が債務を履行できるとは限りませんから、そうなる前の与信管理、契約書のチェック、債権管理がとても大切です。

ところで、皆さんは与信管理から債権回収に至るまでの流れを把握しているでしょうか? 債権回収は経験がないとイメージしにくいものですが、そのリスクが顕在化したときの影響は大きく、経営者なら基本を押さえておかなければなりません。

そこで、この記事では債権回収の基本的な流れを紹介します。それぞれの詳細は別の記事で解説していますのでご確認ください。ポイントは、

どのような相手と、どのような条件で契約し、どのような管理をしていたか

ということです。

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2 与信管理

多くのビジネスでは、売掛金などの売上債権が発生します。そこで、万一の場合に備えて取引金額の上限や決済サイトを決めますし、担保の設定をすることもあります。これらの条件は、債権回収ができないリスクと、それによって受ける被害を考慮して決定します。つまり、相手が「信用」できるのかという点に尽きるため、「信用リスク」と呼ばれます。そして、この条件なら“信用”して取引できると判断した場合、信用を相手に与えるのが「与信」です。

与信管理の基本、チェックリスト、リモート時に行う与信管理の基本については、次のコンテンツで紹介しています。

3 契約締結

1)必ず定めるべき3つのこと

「信用できる相手だから」といって、契約書を交わさずに取引していないですか? これはビジネスを進める上でとても危険なことです。口約束しかしていない状態でお金のトラブルになったら、双方が「言った、言わない」を主張してもめてしまいます。裁判に発展した場合も、債権回収の根拠を立証するのが難しく、敗訴してしまうことさえあります。そのため、必ず契約書を交わすことが不可欠で、さらに、

  1. 期限の利益喪失:支払期日前でも債務履行を促せるようにしておく
  2. 約定解除:一定の事態が生じた場合に、契約を解除できるようにしておく
  3. 担保権:回収不能となった売掛債権を担保で回収できるようにしておく

の3つについて定めましょう。この3つを定める理由については、次のコンテンツで紹介しています。

2)公正証書にして強制執行認諾文言を定める

公正証書とは、公証役場で公証人に作成してもらう証書(公文書)です。単なる公正証書では私的な契約書と法的効力は変わらず、訴訟になった場合、証明力が強い程度です。

公正証書に私的な契約書よりも強力な効力を持たせるためには、公正証書に「強制執行認諾文言」を定める必要があります。強制執行認諾文言とは、債務を履行しない場合は、「強制執行」を受けてもやむを得ないという条項です。強制執行とは、判決等によって債務の履行が決まっているのに相手がそれに応じない場合、裁判所に「強制執行の申立て」をして、国家の強制力によって判決等で命じられた内容を実現することです。つまり、強制執行認諾文言があれば、強制的に債権回収ができるのです。公正証書については、次のコンテンツで紹介しています。

4 債権管理

契約を締結した後も安心せず、日ごろから「債権管理」を徹底しましょう。債権管理とは、滞りなく売掛金を回収するための業務全般のことで、具体的には「請求書の発行や入金チェック、未入金の場合は催促」などの一連の流れとなります。債権管理の一般的な内容については、次のコンテンツで紹介しています。

5 債権保全

1)担保の設定

万一、取引先から売掛金が回収できないような場合に備えて「債権保全」を講じます。債権保全とは、債権を確実に回収するための施策であり、基本的な方法が「担保の設定」となります。担保には物的担保や人的担保があります。担保については、次のコンテンツで紹介しています。

2)担保が設定できない場合

取引先に担保を設定する適切な資産がないなどの場合、他の方法で債権保全を講じなければなりません。こうした場合に、具体的にどのような方法で債権保全を図っていくべきなのかを紹介します。いざという時になれば、「仮差押え」という、裁判所が関与して債務者の不動産などを仮に差し押さえるなどの方法もあります。しかし、そこまで状況が悪化していなければ、もう少し穏便に、債権回収のリスクを移転する、つまり取引信用保険を利用するなどの方法があります。担保が設定できない場合の対策については、次のコンテンツで紹介しています。

3)手形に関する注意点

約束手形は2026年をめどに廃止されるといわれますが、足元ではまだまだ使われており、そうした中で不渡りなどの問題も生じています。「危ない手形」の典型は、

「1.借用書代わりの手形」「2.回り手形」「3.融通手形」「4.偽造手形」

であり、適切な債権保全を講じなければなりません。危ない手形の見分け方などについては、次のコンテンツで紹介しています。

6 内容証明郵便

期日が過ぎているのに売掛金を支払ってくれない取引先がある場合、状況にもよりますが、「内容証明郵便」を送り、法的手段を見据えつつプレッシャーをかけることが効果的です。内容証明郵便とは、郵便認証司によって郵便物の内容を証明された郵便物です。内容証明郵便そのものに法的な効力はありませんが、後に裁判になった場合に、いつ、誰に対して、どのような内容の郵便物を送ったか、相手はそれをいつ受け取ったのかなどが明確になり、また、自己が有する債権の内容(契約の名称、契約日、品名、残金、期限など)について具体的に記載をして請求をすれば、法律上、履行の「催告」となり、時効の完成を猶予する方法にもなります。それに、「万一、支払いに応じていただけない場合は、訴訟等の法的措置を検討せざるを得ません」と記載することで、「こちらは訴訟も辞さないですよ!」という強い意志を示すこともできます。内容証明郵便については、次のコンテンツで紹介しています。

7 取引継続などの判断

取引先からの支払いが滞り、こちらの催促にも応じない場合、いよいよ経営が危ないかもしれません。債権保全と回収の方法は幾つかありますが、取引先が法的な破産手続きを取ると、認められなくなるものもあります。また、取引先に債権を持つのは自社だけではないはずですから、債権回収は「早い者勝ち」ともいえます。この段階になったら、「取引を継続するか、仮差押えをするかなどを速やかに判断し、行動に移すこと」が重要です。取引継続などの判断については、次のコンテンツで紹介しています。

8 任意回収

1)訴訟によらない債権回収

債権回収の1つの分かれ目は法的手段を取るか否かですが、この判断をする際は、

スピード回収、コスト、回収可能性

の3つを考慮してください。訴訟には時間とコストがかかりますが、通常、時間がたつほど債権回収は難しくなります。また、取引先に資産がなければ、コストをかけたわりに多くを回収できません。このような場合は、訴訟によらない債権回収を検討することになります。具体的には、担保権の実行、仮差押えや仮処分のような民事保全などとなります。それぞれのメリットとデメリットなどについては、次のコンテンツで紹介しています。

2)経営者個人からの債権回収

取引先に債務不履行があったとき、会社が払えないなら、経営者から回収をしたいと考えてしまいます。特に相手が中小企業だと、経営者と会社が一体と感じられるので、なおさらです。

原則として、会社と経営者は別の法人格であり、会社の債務を経営者個人が負うことはありません。ただし、経営者が連帯保証人になっている、実質的に株式会社と経営者が一体とみなされるなど、4つのケースでは経営者から債権回収ができます。「経営者個人」から債権回収が可能となる4つのケースについては、次のコンテンツで紹介しています。

9 支払督促

内容証明郵便などで催促をしても相手が債務を弁済してくれない場合、「支払督促制度」を利用するのも1つの方法です。支払督促制度とは、簡易裁判所の裁判所書記官から、債務者に金銭等の支払いを命じる督促状(支払督促)を送ってもらう制度です。内容証明郵便とは違って裁判所からの督促となるため、相手に相当のプレッシャーをかけることができます。支払督促制度については、次のコンテンツで紹介しています。

10 民事調停

民事調停とは、簡易裁判所が間に入り、当事者間での話し合いを試みる手続です。相手との関係性を維持しながら、あくまでも話し合いで解決したい場合に有効です。通常、調停は裁判官と一般市民から選ばれた調停委員とともに進められます。調停が成立した場合、調停調書が作成されます。作成された調書は、判決等と同じく、債務名義となります。債務名義とは、「強制執行」をする根拠となる文書であり、「債権債務の存在を公に認めるもの」です。民事調停については、次のコンテンツで紹介しています。

また、債務者しか申立てることができないものに、特定調停があります。特定調停とは、債務の返済ができなくなる恐れのある債務者(以下「特定債務者」)の経済的再生を図るため、特定債務者が負っている金銭債務に係る利害関係の調整を行う手続です。債務者である相手が特定調停を申し立てた場合、それに応じるか否かを判断する知識は必要と思いますので、基本については、次のコンテンツで紹介しています。

11 即決和解

即決和解とは、「裁判上の和解」の一種で、 当事者が民事上の争いについてある程度の合意がある場合に、裁判所へ申立てをして裁判上での和解を行う制度です。訴訟の提起前に行われるので「裁判前の和解」とも呼ばれます。ちなみに、示談など裁判所が関与しないものを「裁判外の和解」といいます。即決和解については、次のコンテンツで紹介しています。

12 少額訴訟

少額の債権をスピーディーに回収したい場合、「少額訴訟手続」を利用するのも1つの方法です。少額訴訟手続とは、簡易裁判所において、60万円以下の金銭債権の支払いを求める訴えについて、原則として1回の審理で争い事を解決する特別な手続です。もともとは市民同士の小規模な争いを迅速に解決するために設けられた制度であり、基本的には、法廷ではなく、ラウンドテーブルで手続が行われることも特徴です。少額訴訟制度については、次のコンテンツで紹介しています。

13 通常訴訟

相手から任意に支払いを受けることが難しい場合、裁判所の判決ではっきりした決着をつける(和解もある)のが訴訟です。訴訟であれば、裁判所が争点となった債権債務の存在や金額を判決によって判断します。

ただし、本格的に訴訟を提起する場合、弁護士に依頼して準備する必要があり、コストがかかります。また、個別の事案にもよりますが、訴訟提起から判決に至るまで1年以上かかることもあります。その間に相手の財産状況が悪化したり、財産を隠匿されたりすると、勝訴したとしても回収できなくなる恐れがあります。そうした事態に備え、訴訟を提起する場合は、仮差押えや仮処分なども利用しておくことが考えられます。訴訟のメリットやデメリット、基本的な流れについては、次のコンテンツで紹介しています。

14 強制執行

裁判で勝訴をしても、相手が判決に従って弁済するとは限りません。そのような場合、「強制執行」手続きを経る必要があります。強制執行とは、判決によって債務の履行が決まっているのに相手がそれに応じない場合、改めて裁判所に「強制執行の申立て」をして、国家の強制力によって判決で命じられた内容を実現することです。強制執行は、民事執行法で定められた「民事執行」の1つで、

  • 金銭執行:金銭の支払いを目的とする
  • 非金銭執行:物の引渡しを目的とする等、金銭の支払い以外を目的とする

に分類され、対象となる財産や目的などによって細分化されます。強制執行については、次のコンテンツで紹介しています。

15 倒産手続

会社が債務超過に至った場合、その手続は、

  • 私的整理:裁判所を利用しない
  • 法的整理:裁判所を利用する

に大別されます。法的整理はさらに、

  • 清算型:会社の清算を目的とする
  • 再建型:会社の再建を目的とする

に大別されます。私的整理は当事者の話し合いです。一方、法的整理はそれが清算型であれ、再建型であれ、取引先がこれを申立てれば、自社の債権は大きな影響を受けます。そのため、それぞれの倒産手続の基本を押さえておく必要があります。倒産手続については、次のコンテンツで紹介しています。

以上(2023年9月更新)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:Mariko Mitsuda

【カンタン経済講座】「良い円安」「悪い円安」って何が違うの?/為替レートのメカニズム

書いてあること

  • 主な読者:海外企業と直接取引しておらず、為替レートの仕組みについて詳しくない経営者
  • 課題:円安で困っているのに、最近は「悪い円安」と言われなくなってきた
  • 解決策:円安が良いか悪いかの評価は、為替以外の経済環境の状況や、受け止める人次第。円安の本質的な意味と、為替レートを決める6つの主な要因を知っておけばよい

1 円安が「良い」か「悪い」かは、受け止める人次第

ひところは急速な円安の進行で「悪い円安」と言われていましたが、足元では円安「悪玉論」のトーンが下がっているように感じませんか? でも、円安で原材料や燃料の価格が上がって困っている方にとって、状況は何も変わっていません。

本来、円相場は株価のように「高いほどよい」というものではありません。

円安は為替レートの動きの結果で、「良い」も「悪い」もない

のです。このことをご理解いただくために、この記事では、為替レートのメカニズムをカンタンに解説します。

2 円安とは、日本円の価値が下がるということ

1)円安は、外貨を基準にした日本円の価格が下がるということ

円安は、日本円と外貨との外国為替レート(交換比率)の変化に伴う現象です。為替レートの本質を分かりやすくいうと、

外貨を基準にした、その国の通貨の価格

と置き換えることができます。つまり円安とは、

為替レートの変動に伴って日本円の価格が下がり、外貨と交換する際に、より多額の日本円が必要になること

をいいます。逆に、より少額の日本円で外貨と交換できるようになるのが「円高」です。

2)円安になると、日本円の購買力が弱くなる

日本で最も重要な為替レートは、基軸通貨である米国ドル(以下「米ドル」)と日本円との為替レートです。例えば、「1米ドル=140円」であれば、1米ドルを140円と交換できる(100円当たりであれば約0.71米ドル)ことを意味します。1米ドル相当の商品を日本円で買うためには、140円が必要だということです。

為替レートが「1米ドル=140円50銭」へ「50銭分の円安が進んだ」場合、1米ドル相当の商品を買うには140円50銭が必要となります。逆に「1米ドル=139円50銭」へ「50銭分の円高が進んだ」場合、1米ドル相当の商品を買うのは139円50銭で済みます。つまり、

円安の進行は、相対的に日本円による購買力が弱い状態になる

ことを意味します。逆に円高の進行は、相対的に日本円による購買力が強い状態になることを意味します。

3)日本円の購買力は1971年の水準に

通貨の実力(購買力)を測る指標に、実質実効為替レートがあります。国際決済銀行(BIS)が発表した日本円の実質実効為替レートの指数(2020年の月平均を100とする)は、円安が進行した2022年10月に、73.70まで低下しました。つまり、2020年に1万円で100個購入できた海外の商品が、今では74個も購入できないということです。直近の2023年5月は76.20でした。

日本銀行の推計値によると、この指数が75を割り込んだのは1971年3月の74.65以来で、50年以上ぶりの低水準です。

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4)為替レートは外国為替市場で決まる

為替レートは刻々と変化しますし、相対取引も多く行われていますので、正確なレートを算出することはできませんが、日本銀行や金融情報サービス機関(ロイター、ブルームバーグなど)が公表するレートが目安とされ、ニュースでも報じられています。

為替レートに関するニュースでは、「東京(ロンドン、ニューヨーク)市場の17時時点での為替レートは……」といったフレーズがよく使われます。この「市場」は、東京証券取引所のような取引所ではなく、銀行間市場(インターバンク市場)と呼ばれる市場です。「銀行間」といっても、実際には金融機関間で直接取引することは少なく、金融機関が外国為替ブローカーや外国為替の取引システムに対して取引の条件を提示し、条件に見合った取引相手を仲介してもらうのが一般的です。

3 為替レートを決める6つの要因

為替レートも一般的な物品の価格と同様に、需要があるものは高く(日本円であれば円高)、需要がないものは安くなる(日本円であれば円安)のが基本です。また、価値がある(と多くの人が思う)ものが高く、価値がない(と多くの人が思う)ものは安くなります。

需要と価値という側面から見た、為替レートが変動する主な要因は、次の6つが挙げられます。

1)経常収支の変動

経常収支とは、輸出入、サービス、投資収益などによって「国外で稼ぐ力」を表した数値です。分かりやすくいうと、赤字であれば国外に自国の貨幣が流出しており、逆に黒字であれば外貨を稼いでいることになります。

一般的に、経常収支が赤字の国の通貨は安く、経常収支が黒字の国の通貨は高くなる傾向があります。まず、経常収支が赤字の国は、自国で賄えない物品やサービスを外国から買って賄う必要がある状態(貿易赤字)や、海外からの投融資を多く受けていて、その利払いや配当が多い状態(第一次所得収支の赤字)となっています。このため、自国の通貨を売って外貨を買うニーズが強く、外貨の需要が自国の通貨を上回る状態、つまり通貨安となります。

逆に、経常収支が黒字の国は、必要に応じて外国で稼いだ外貨を自国に持ち帰るため、外貨を売って自国の通貨を買うニーズが強く、自国の通貨が外貨の需要を上回る状態、つまり通貨高となります。日本の場合、経常収支は黒字基調にあります(貿易赤字の年はあっても、それ以上に第一次所得収支の黒字幅が大きい)ので、円高への圧力がかかっているといえます。

2)物価の変動

物価が上昇している状態(インフレーション)は通貨の価値が下がるため、通貨安の原因となります。逆に物価が下落している状態(デフレーション)は通貨の価値が上がるため、通貨高の原因となります。

日本では久しく「デフレ状態」にあったので、円高への圧力がかかっていたといえます。現在は物価高の状態にありますが、海外の物価上昇率と比べると相対的な上昇率は低いとみられますので、今でも円高への圧力がかかっているといえそうです。

また、自国内市場で出回る通貨の量(マネーストック)を増やす金融緩和政策が行われた場合、基本的にはその国の通貨が通貨安となります。これは、金融緩和によって市場に資金が供給されることで物価が押し上げられ、通貨の価値が下落するためです。日本でも2013年に日本銀行が「量的・質的金融緩和(異次元緩和)」政策を打ち出してマネーストックを増やす政策にかじを切ったことで、一気に円安に向かいました。

3)金利の変動

為替レートの変動は、通貨間の金利差によっても生じます。金利が安い国の通貨は、金利が高い他の国の通貨に乗り換えようと売却する投資家が多くなるため、通貨安になります。逆に、金利が高い国の通貨は多額の利子が見込めることから、購入する投資家が多くなるので通貨高となります。

現在の円安の最大の要因は、金融政策の違いによる、日米の金利差の拡大といわれています。日本が金融緩和を継続して低金利政策を維持する一方で、米国では物価上昇への対策として政策金利を引き上げているため、日米の金利差が拡大し続けています。

日米の金利差が広がることによって、日本円を低金利で借り、高金利の米ドルに交換して投資を行う「円キャリー取引」も活発になると言われています。円キャリー取引が活発になれば、さらなる円安を招くことになります。

なお、投資家が金利という視点で為替レートの高低を判断する場合に見る通貨間の金利差は、表面的な名目金利の差ではなく、物価の変動を加味した実質金利の差となります。そのため、金利で得られる収益以上に物価の上昇によって価値が下落する場合、「金利が高い=通貨の価値が上がり通貨高になる」という構図が成り立たなくなります。

4)国の信用力

通貨の価値は、国の保証に裏付けされた信用力によるものです。そのため、政情不安や経済の混乱によって国の信用力が低下した場合、通貨の価値も下落し、通貨安の原因となります。逆に、政情や経済が安定しているなど信用力が高い国は、通貨の価値が安定しているため、購入されやすい傾向があります。「有事の(米)ドル買い」「有事の円買い」といった言葉は、世界的な経済リスクが懸念されたときに、信用力の高い国の通貨を購入して資産を守ろうとする傾向があることを示しています。

5)政策的な意向、為替介入などによる誘導、政策への市場の思惑

為替レートは上記のように需要や価値を基に市場で決まるものですが、時として、急激な信用不安が起こるなどの理由で、投機的な動きを見せることがあります。また、政府や中央銀行(日本の場合は日本銀行)などの金融当局が好ましいと思う為替レートと、市場の想定レートにずれが生じている場合があります。

こうした事態が生じた場合、金融当局は、自国通貨の売買による為替市場への介入(為替介入)を行ったり、金利の誘導目標を上下させたりすることで、為替レートを好ましい水準に誘導することがあります。これにより、投機的な動きのけん制、輸出産業の価格競争力維持(通貨安に誘導)、インフレーションの抑制(通貨高に誘導)を図ることがあります。実際に為替介入をしなくても、為替介入の権限を持っている要人(日本の場合は財務大臣)の発言に市場が反応し、思惑によってレートが動くこともあります。

日本の場合、急激な変動を抑えることを目的とした為替介入に限って行っており、自国のみの利益を誘導することを目的とした為替介入は行わないようにしています。急激な円安を受けて、政府と日本銀行は2022年9月と10月に、1998年6月以来の約24年ぶりとなる円買い・ドル売り介入を行いました。ただ、日本だけの「単独介入」とみられ、円買いを行うためのドル資金にも限りがあることや、円安の原因となっている日米の金利差は変わっていないことから、為替介入の効果は限定的となりました。

為替介入に関しては、米国の財務省が半期に1回、貿易額の多い国の為替政策を評価した「為替政策報告書」を議会に提出しています。報告書では各国の為替政策を分析し、「為替操作国・地域」や「為替操作監視対象」を指定しています。日本は2016年に指定が始まって以降、「為替操作監視対象」に指定されていましたが、2023年6月に提出された報告書で初めて対象から外れました。「為替操作国・地域」に指定されている国はありませんが、米国議会が認定した場合、通貨の切り上げや制裁を科されることがあります。

6)侮れない個人投資家の動向

近年の傾向として見落とせないのは、FX(外国為替証拠金取引)を行う個人投資家の存在です。為替レートの値動きに合わせて日本円と外貨の取引を行い、為替差益の獲得を狙うFX投資家の動きによって、為替レートが変動する場合もあります。

円安の動きがあり、FX投資家の多くが「これからも円安が続く」と考えた場合、円を売って米ドルなどの外貨を買う投資行動を取ります。円安が進行した時点で売却すれば、為替差益が得られるからです。このため、いったん円安のトレンドが生じると、円を売る動きが顕著になり、円安に一層の拍車が掛かることになります。

4 円安を「良い」と受け止める人、「悪い」と受け止める人

為替レートの変動は、その国の価格競争力や物価など、経済の幅広い分野に影響を与えます。ここでは、最近の傾向である円安のケースから影響を見ていきます。なお、円高となった場合は、円安の逆の事態が生じます。

円安が進行した場合に生じる影響として、急激な為替レートの変動は混乱を来す要因となりますが、影響を受ける立場によってマイナスとプラスの両方のものがあります。円安でマイナスの影響を受けているのであれば、プラスの影響を受けられるようにビジネスモデルの転換を考えることも検討に値するでしょう。

1)円安が「良い」人:輸出型産業や観光産業

円安は悪いことばかりではありません。円安が進行した場合、その国で生産された製品や、提供されるサービスの価格は、他国から見て相対的に下がります。一般的に、輸出型産業や、海外に進出しているなどで、海外での売上高比率の高い企業、インバウンドを想定した観光産業にとってはプラスとなります。

例えば、1米ドル当たりの為替レートが140円から145円に下落(円安)となったケースを想定してみましょう。日本円換算にすると1万円で売ろうとしている商品を、その時々の為替レートで価格調整して米国で販売するケースでは、商品価格が約71米ドルから約69米ドルに下落し、価格競争力が上昇します。一方、別の商品を100米ドルで販売し続けた場合、円ベースで得られる収入は1万4000円から1万4500円に増加し、500円の為替差益が生じます。

また、海外からの集客を行う観光産業にとっても、円安によって他国に比べて割安感が生じて魅力が向上したり、外国人観光客の使えるお金が増えて経済効果が上がったりするといった影響があります。

この他にも、外貨対比で割安となった企業の株式や不動産などを購入するための外国資本が流入しやすくなる他、円高の際に海外に転出した生産拠点の国内回帰の動きが広がれば、国内経済の活性化に寄与する可能性があります。

2)円安が「悪い」人:輸入型産業や輸入依存度が高い企業

円安が進行した場合、他の国の製品やサービスの価格は相対的に上昇することから、輸入価格は上がり、さらには物価の上昇圧力となることがあります。一般的に、輸入型産業や、原材料や燃料などの輸入依存度が高い企業にとってはマイナスとなります。

例えば、1米ドル当たりの為替レートが140円から145円に下落(円安)となったケースを想定してみましょう。米国から輸入する製品の仕入れ価格が100米ドルの場合、円建てで見た仕入れ価格は1万4000円から1万4500円に上昇し、仕入れた業者の利益は円安によって500円減少します。円安による仕入れ価格の上昇分を自社では吸収できなくなると、小売価格に反映するのであれば、例えば1万6000円のものを1万6500円にする値上げを余儀なくされます。

海外の企業や不動産などへの投資や、海外企業の買収などを検討している企業にとっては、円ベースでの支払額が増えることになります。ただし、投資先から外貨での利益を得るようになれば、円安は円ベースで換算した利益の増加につながります。

以上(2023年9月更新)

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画像:pixabay

災害に備える法務 事業用資産の被害にどう対応すべきか

書いてあること

  • 主な読者:災害に備え、事業用資産の取り扱いなどを法的な観点から整理したい経営者
  • 課題:自社ビルや店舗の倒壊など事業用資産の被害にどう対応してよいか分からない
  • 解決策:民法などの基本ルールを押さえつつ、必要に応じて個別の契約を見直す

1 企業にとって重要な事業用資産等の被害への対応

日本では、地震や水害など、さまざまな自然災害が発生しています。企業は、社員の安全を守ると同時に、建物など事業用資産の被害にも対応しなければなりません。とはいえ、災害時の対応と言われても、具体的な対応方法が分からない人は多いでしょう。実際、自然災害等が生じた後に、法律事務所には、

  • 契約関係はどうなるのか?
  • 誰が賠償義務を負うのか?

といった数多くのご相談が寄せられています。

そこでこの記事では、災害後に問題となりやすい、

自社ビルなどの事業用資産の損害や第三者などへの賠償

に注目し、法律問題を中心に解説します。実際は、関係者の話し合いで最善策を検討することになるでしょうが、話し合いの出発点として民法などの法的ルールを知っておくことは大切です。また、重要なポイントですが、2020年4月1日に契約などに関する民法改正法が施行されたことにより、

  • 施行日前に締結された契約には、原則として従前の民法の規定(旧法)が適用
  • 施行日後に締結された契約には、改正法が適用

となっています。不動産に関する契約は10年以上前に締結されたものが継続していることも少なくないなど、しばらくの間は、旧法が適用になる契約と、改正法が適用になる契約が存在するので要注意です。また、事業用資産の被害をテーマとしているため割愛しますが、改正前後で取引の類型ごとに契約書の規定を見直す必要もあります。

2 社屋の被害:自社ビルが倒壊してしまったら

大規模地震で借地上の自社ビルが被害を受け、もはやオフィスとしての使用に耐えられないほどの状態になったとします。このとき、自社ビルが全壊してしまっても、借地権は存続するのでしょうか。また、自社ビルが一部損壊したという場合、どのような点に注意すべきでしょうか。

まず、

借地上の建物が全壊しても、土地が消えたわけではないので借地権は消滅しない

という点に注意が必要です。つまり、借地人は同じ土地の上にオフィスビルを再築することができます。なお、法律上は、原則として土地オーナーの承諾も必要ありませんが、紛争を予防するためには、再築する建物が借地契約に違反すると主張されることがないように、あらかじめ土地オーナーの理解を得ておくことが重要になるでしょう。

では、建物が一部損壊したにとどまり、修繕すれば使用できる、という場合はどうでしょうか。この場合でも、自社ビルであるため、土地オーナーの承諾なしに、建物を取り壊して再築できます。また、建物を取り壊さず、修繕して使用することもできます。ただし、借地契約で「一定の修繕には土地オーナーの承諾が必要である」と定めている場合もあるので、個別の契約を確認しましょう。

3 店舗の被害:営業再開のために長期修繕が必要になったら

大型ショッピングモールに入居するスーパーマーケットが被災し、大規模な修繕をしなければ営業を再開できない状態になったとします。このような場合でもスーパーマーケットの運営会社は、ショッピングモールのオーナーにテナント料を支払い続けなければならないのでしょうか。

この例のように建物が損壊した場合は、

賃貸人(ショッピングモールのオーナー)が修繕義務を負うのが民法上のルール

です。また、修繕している間、スーパーマーケットとして物件を使うことができないのであれば、

賃借人(テナント)は、その間テナント料を支払う義務はない

ということになります。

賃貸人が修繕要請に応じない場合は、テナント側で修繕を行い、要した費用を賃貸人に請求することも可能です。改正法ではこの点が明確になりました。

テナントが賃貸人に修繕が必要であることを通知するか、賃貸人が気付いているにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないときや、急迫の事情があるときには、テナント側で修繕を行うことができる

という旨が明記されました。また、賃貸人が修繕を行わない場合には、賃貸人が義務を果たしていない(債務不履行)として契約を解除し、店舗を移転させるという判断もあり得ます。

注意が必要なのは、修繕義務の一部が契約の規定で賃借人の負担とされている場合があることです。このような契約上の定めも、基本的には有効とされているので、賃貸人と賃借人のどちらがどの範囲で修繕義務を負うのか、個別の契約書の規定を確認して対応していかなければなりません。契約締結時点で、修繕義務の範囲を明確化しておくことも重要です。

4 什器の被害:リース物件が故障してしまったら

大型台風による豪雨でオフィスが浸水し、リースを受けているパソコンが故障してしまった場合、企業(ユーザー)は、リース会社に対して、代替機の提供やリース契約の解約を求めることができるのでしょうか。

民法上、リース物件が自然災害などの不可抗力で使用できなくなった場合、そのリスク(危険)は、リース会社が負うものとされていました。これを「危険負担」と呼びます。つまり、

リース会社がユーザーに対して、リース料の支払いを求めることができなくなる

ということです。この点については、改正法でも変更ありません。ところが、このルール通りにリース契約が結ばれていることは少なく、実際は、

自然災害などによってリース物件が壊れてしまった場合、ユーザーは契約を解約することができず、契約で決められた損害金(規定損害金)を支払う義務を負う

とされているのが一般的です。この場合、パソコンが故障しても、ユーザーは代替機の提供を受けることはできず、規定損害金を支払わなくてはなりません。リース会社が動産総合保険に加入していて、保険金の支払いを受けた場合は、その分が規定損害金から減額されます。

リース会社に有利とも思える規定が置かれるのは、リース契約が、ユーザーにファイナンス機能を提供しているという特性を有するからです。ファイナンスリースの場合、リース会社がユーザーの代わりにパソコンを買い上げ、ユーザーは分割して使用料を支払います。これにより、ユーザーは一括での高額支出を免れることができます。だからこそ、途中でリース物件が壊れてしまったとしても、代金相当額をユーザーが負担するという趣旨で、規定損害金の支払いには合理性があると考えられています。

リース契約には、このような特性があるため、個別の交渉で、自然災害などの場合に、リース会社に責任を負わせる契約にするのは容易ではありません。リース契約の特性を踏まえて、オフィス什器(じゅうき)をリースで賄うか、購入するかといった方針を、事前に検討しましょう。

5 第三者への被害:第三者にけがをさせてしまったら

 地震で店舗の看板が落下し、近くを通った人(第三者)がけがをしてしまったという場合、店舗の運営会社が責任を負うのでしょうか。

建物などの設置または保存が適切でなかった場合、

店舗の運営会社が損害賠償義務を負う

ことがあります。これは「工作物責任」と呼ばれ、

建物が通常備えておくべき安全性を欠いていたから損害が生じた、という因果関係がある場合に発生

します。それほど強くない地震でも、老朽化で看板が外れそうな状態を放置して落下した場合は、運営会社に工作物責任が生じ、けがを負ってしまった第三者に損害賠償義務を負う可能性が高くなります。

逆にいうと、店舗の看板が適切に設置され亀裂や緩みなども生じておらず、店舗が通常備えているべき安全性を欠いていなかったにもかかわらず、その地域でこれまで発生したことのなかったような大地震で看板が落下した場合、運営会社の責任は否定されます。

大規模地震の発生はコントロールできませんが、店舗の安全性確保に努めることはできます。災害発生時の法的リスクを低減させるためにも、日ごろから施設を適切に維持管理しましょう。

6 保管品の被害:顧客の製品が損傷してしまったら

倉庫会社が出荷前の製品を顧客から預かっていたところ、地震で製品が損傷してしまった場合、倉庫会社は損害を賠償しなければならないでしょうか。

民法上、倉庫会社は預かった製品を適切に管理する「善管注意義務」を負っているため、これに反したのであれば損害を賠償する必要があります。この点について改正法には、

顧客が、損害賠償を請求するには、物の返還を受けてから1年以内に行わなければならないという比較的短い期間制限があるので、迅速な対応が必要

となります。

しかし、そもそも、個別の契約書や約款では、地震などの自然災害による損害について、倉庫会社の責任を免除する規定が置かれていることも少なくありません。その場合、顧客の製品に被害が生じても、倉庫会社は損害を賠償する義務を負いません。

災害発生後に、責任の所在をめぐるトラブルが発生することのないよう、契約を結ぶ時点で、責任の範囲について相互に十分理解しておくことが肝要です。

以上(2023年9月)
(執筆 三浦法律事務所パートナー弁護士 緑川芳江)

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関東大震災から100年の節目に考える 現代の地震リスクの特徴と対策について【PR】

1 関東大震災と現代の地震の想定について

10万人を超える死者が出た関東大震災から9月1日で100年になります。この震災は火災による焼死が犠牲者の9割を占めたことで知られますが、大きな余震の連続による建物の倒壊や津波、土砂災害による死者も多数に及んだ記録もあり、地震が様々な災害に波及したことが分かります。今後、高い確率で起こる可能性がある大地震としては、「南海トラフ地震」、「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震」、「首都直下地震」、「中部圏・近畿圏直下地震」の4つと言われていますが、首都直下地震は南関東で30年以内にM7クラスの地震が発生する確率が70パーセントと予想されており、地震が発生した場合、首都中枢機能の被災が懸念されます。2022年に都が公表した首都直下地震の被害想定では、都心南部を震源に起きると死者最大約6200人のうち、焼死が約2500人を占めると予測しており、延焼の原因になる木造住宅密集地の解消や、漏電火災を防ぐ「感震ブレーカー」の普及など、火災対策を減災の柱に掲げています。しかし、複数回の地震動を考慮していない現在の建物や構造物の耐震基準の問題や、地震時に崖崩れや地滑りの恐れがある多数の土砂災害警戒区域の問題、地盤の液状化が懸念される河川や沼を埋め立てた数多くの「大規模盛土造成地」の問題等への対応も求められます。

関東大震災、阪神・淡路大震災、東日本大震災の比較

出典:内閣府ホームページ「関東大震災100年」 特設ページ
https://www.bousai.go.jp/kantou100/

2 地震リスクの特徴について

日本は世界の0.25%の国土面積でありながら、世界で発生するマグニチュード6以上の地震の約20%が発生しており、全国どこでも地震発生の可能性があると言えます。地震がいつ・どこで起こるかを正確に予測することはできませんが、ある一定期間内に、強い揺れに見舞われる可能性を示した地図(確率論的地震動予測地図)により、地震の発生確率を確認することが可能です。なお、地震の発生確率と、自然災害や事故などの発生確率とを比較してみると、日本の太平洋側の地域は26%以上の確率となっていますが、これは交通事故で負傷する確率(24%)を上回っています。0.1%未満~3%といった確率の低い地域もありますが、それでも火災や大雨で被災する確率に近い値であるため、地震は避けられない自然災害であり、身近なリスクと捉える姿勢が必要です。

今後30年以内にあう自然災害や事故などの発生確率との比較

【確率論的地震動予測地図】
今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率の分布図

出典:内閣府「広報ぼうさい51号」

また、地震による影響も企業の規模特性に応じて様々であり、建物の倒壊や焼失、土砂災害や液状化等による財産損失や事業中断に加えて、大切なデータや従業員等を失う可能性も考えられます。また、従業員や第三者の死傷に伴って、施設賠償責任や安全配慮義務違反による使用者責任を問われる可能性もありますし、取引先の倒産や事業中断による貸倒れや取引中断の影響を受けることも想定されます。実際に、東京商工リサーチによる2023年のデータでも震災関連倒産2019件のうち、東京の企業が587件と約1/3を占め、2021年のデータでは直接的に被害を受けていない企業の倒産が90%を占める結果が出ており、サプライチェーンの分断による影響の大きさが伺えます。

「東日本大震災」関連 企業倒産(2023年2月28日現在)

出典:株式会社東京商工リサーチ「「東日本大震災」関連倒産」より

3 平時のリスクコントロール対策について

リスク対策は想定する地震発生の場所・時間・規模や、企業の規模特性によって異なりますが、平時においては、キャビネットやパソコンの固定、データのバックアップ等の対策を行うと共に、有事に備えてハザードマップを見て避難場所や避難経路を確認し、安否確認の連絡方法や緊急時の主要連絡先一覧、消化設備や防護安全設備、非常用物品の備蓄や持ち出し品リスト等を作成しておく事が重要です。また、防災訓練を普段から実施して消化設備の使用方法や応急処置方法等を自社内で共有すると共に、地震は広範囲に被害が広がる可能性があるため、日頃から地域の防災訓練にも参加するなど、自社だけではなく、周辺企業や地域住民と協力する共助の体制構築が重要です。それらの有事に備えた全社的な活動は危機管理規程やBCPに落とし込み、教育・訓練を通して現場に周知することが重要であり、中小企業の場合は事業継続力強化計画(ジギョケイ)の認定を受ける事で、リスク対策を目的とした設備投資に対する低利融資や税務面での優遇措置、保険の割引等が適用される可能性があるため、積極的な利用が求められます。

4 有事のリスクコントロール対策

有事に損失を最小化するには、予め有事の対応方針を明確化し、必要な準備を行うと共に、BCPや危機管理規程等に基づいた適切かつ迅速な対応が求められます。基本的に最優先されるのは安全であり、業務中の場合は、自分の身の安全を確保した上で、自衛消防対応として初期消火・ケガ人の救助・被害の拡大防止や避難誘導を行う必要があります。自衛消防対応後は、役割を分担して初動対応を行います。初動対応は、安否確認、被災状況確認、事業所状況確認等の「状況把握」、職員等の支援、設備の復旧手配、地域周辺対応等の「安全確保」、お客様への報告、業務関連情報の収集、災害広報、復旧対応等の「特別対応」の3つに分けられます。初動対応後は日常業務への復旧が必要ですが、ヒト・モノ・システムなどの経営資源が満足に揃わない可能性があるため、業務に優先順位をつけて優先度の高い業務に経営資源を集中する対応が求められます。

事業継続力強化計画×保険パンフレット

※事業継続力強化計画×保険パンフレット https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/antei/bousai/download/pamflet/hoken.pdf
(出典:中小企業庁ウェブサイトより https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/antei/bousai/keizokuryoku.htm

5 地震リスクのファイナンス対策について

地震は多くの企業に致命的なダメージをもたらすリスクであり、財務対策としての保険の必要性は非常に高いと考えられます。しかし、地震に伴う財産損失や賠償責任、事業中断に関わるリスク等を全て保険に移転するのは難しい場合があります。理由としては、そもそも保険会社の引き受けの制限や、引き受けても保険料が非常に高額になることが想定されるからです。そのため、まずは積極的なリスクコントロールで損失を最小化し、出来る限り財務力を高めて保険の効率化を図ることが重要ですが、必要に応じて、保険以外の資金調達方法も検討することが求められます。具体的には、有事の際の融資予約や有事の際に返済が免除される金融商品の活用、実損額を支払う保険ではなく、一定の地域で一定の震度の地震が発生した場合に、予め設定した金額を支払うデリバティブ商品の活用等が考えられます。何れにしても、地震大国である日本では、企業は地震による巨額の損失に備えた何らかの財務対策が求められるでしょう。

【損保ジャパン BCP地震補償保険】

https://www.sompo-japan.co.jp/hinsurance/risk/benefit/speq/

被災時における損害保険・火災共済の貢献度

出典:中小企業庁 2019年版「中小企業白書」

以上(2023年9月)

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提供:ARICEホールディングスグループ( HP:https://www.ariceservice.co.jp/
ARICEホールディングス株式会社(グループ会社の管理・マーケティング・戦略立案等)
株式会社A.I.P(損保13社、生保15社、少額短期3社を扱う全国展開型乗合代理店)
株式会社日本リスク総研(リスクマネジメントコンサルティング、教育・研修等)
トラスト社会保険労務士法人(社会保険労務士業、人事労務リスクマネジメント等)
株式会社アリスヘルプライン(内部通報制度構築支援・ガバナンス態勢の構築支援等)

日本の植物分類学の父・牧野富太郎。植物愛に満ちた彼の、対人間関係にも通じる一言とは?

世の中に”雑草”という草は無い

牧野富太郎氏は「日本の植物分類学の父」ともいわれる、世界的な植物学者です。自らを「草木の精かも知れん」と言うほど、子供の頃から植物が好きで、一生を植物の採集・分類・図鑑作成に費やしました。1862年から1957年までの94年の生涯で、牧野氏が命名した新種や新品種などの植物は、1500種以上とも、2500種以上ともいわれています。NHKの連続テレビ小説「らんまん」(2023年度前期放送)の主人公のモデルとしても有名です。

冒頭の言葉は、「樅ノ木は残った」や「赤ひげ診療譚」などの著作で知られる小説家の山本周五郎氏が雑誌の編集記者だった時代に、対談した牧野氏から言われたとされています。まだ20代の山本氏が対談中に「雑草」という言葉を口走ると、牧野氏はなじるように冒頭の言葉を述べ、「どんな草にだって、ちゃんと名前がついている」と指摘。さらに、「世の中の多くのひとびとが“雑草”だの“雑木林”だのと無神経な呼び方をする。もしきみが、“雑兵”と呼ばれたら、いい気がするか」ととがめられ、山本氏は「これにはおれも、一発ガクンとやられたような気がした」と振り返ったエピソードが残っています。

牧野氏が山本氏をとがめた理由は、自分が愛する植物に対する無神経さに憤っただけではないはずです。なぜなら、牧野氏は講演などで、しばしば「草木でさえ思いやるようにすれば、人間同士は必然的になおさら深く思いやり厚く同情する」と語り、人間愛、博愛心を養うために、草木に対して愛情を持つことを勧めていたからです。

そもそも、“雑草”という言葉は、「人為的ではなく自然に生えた草」「名前が分からない雑多な草」「目的の栽培植物以外に生える草」などを指しますが、どれも自分にとって有用かどうか、邪魔かどうかといった“人間都合の目線”を含んでいます。人間が大切に栽培している農作物と同様か、それ以上に必死に生きている草の立場は、全く考慮されていません。また、薬草などのように、“雑草”扱いしていたものが、後になって人間にとって有用だと分かることもあるものです。

人間にとって有用かどうか、という観点は、結果が求められるビジネスの世界においては、ごく当たり前の評価軸です。社員が会社に対する貢献度で評価されるのも当然のことです。ですが、現時点で社員としての評価が低いからといって、その人を“雑兵”のように見なし、態度や扱いにも露骨に表すことは、それとは全く別の次元の話です。むしろ、同じ組織の仲間である以上、上役は評価の低い社員ほど愛情を注いで、会社に貢献できるように導いていくべきではないでしょうか。

草木は水やりをすれば大きく育ちます。人が世話をしない“雑草”だって必死に伸びようとします。会社に貢献できない社員に対して、イライラするときこそ、社員の未来に思いをはせ、愛情をもって接してみてはいかがでしょうか。

出典:「周五郎に生き方を学ぶ」(木村久邇典、実業之日本社、1995年11月)、
「牧野富太郎自叙伝」(牧野富太郎、講談社、2004年4月)

以上(2023年8月作成)

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賃金未払企業への国の対応

厚生労働省は、令和4年(令和4年1月から令和4年12月まで)に賃金不払が疑われる事業場に対して労働基準監督署が実施した監督指導の結果を取りまとめました。

この公表は、従来、支払額が1企業当たり100万円以上の割増賃金不払事案のみを集計していましたが、今回から、それ以外の事案を含め賃金不払事案全体を集計しています。

本稿では、厚生労働省が公表した結果をご紹介するとともに、「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化の取組について」に基づき、労働基準監督機関が賃金未払企業に対して徹底するとしている主な取組などをご紹介して参ります。

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賃金未払企業への国の対応

厚生労働省は、令和4年(令和4年1月から令和4年12月まで)に賃金不払が疑われる事業場に対して労働基準監督署が実施した監督指導の結果を取りまとめました。

この公表は、従来、支払額が1企業当たり100万円以上の割増賃金不払事案のみを集計していましたが、今回から、それ以外の事案を含め賃金不払事案全体を集計しています。

本稿では、厚生労働省が公表した結果をご紹介するとともに、「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化の取組について」に基づき、労働基準監督機関が賃金未払企業に対して徹底するとしている主な取組などをご紹介して参ります。

1 労働基準監督署の指導結果

①令和4年に全国の労働基準監督署で取り扱った賃金不払事案の件数、対象労働者数及び金額は次のとおりです。

令和4年の賃金不払事案

②労働基準監督署が取り扱った賃金不払事案(上表)のうち、令和4年中に、労働基準監督署の指導により使用者が賃金を支払い、解決されたものの状況は次のとおりです。

令和4年の賃金不払事案のうち解決されたもの

※令和4年中に解決せず、事案が翌年に繰り越しになったものも含まれます。
※倒産、事業主の行方不明により賃金が支払われなかったものも含まれます。
※不払賃金額の一部のみを支払ったものも含まれます。

(厚生労働省「賃金不払が疑われる事業場に対する監督指導結果(令和4年)」)

2 労働基準監督機関における対応

厚生労働省では、「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化の取組について」(令和3年12月27日閣議了解)などに基づき労働基準監督機関による次のような取組を徹底するとしています。また、倒産、事業主の行方不明により解決が困難な事案については、「賃金の支払の確保等に関する法律」(昭和51年法律第34号)に基づく未払賃金立替払制度の迅速かつ適正な運営に努めていくとしています。

  1. 最低賃金違反や賃金・残業代の不払が疑われる事業場に対して、監督指導を実施し、是正を図る
  2. 毎年1月から3月までの「集中取組期間」において、最低賃金の遵守徹底を図り、賃金の引上げについて検討がなされるよう、賃金引上げや転嫁対策関連の施策の紹介を行う。
  3. 賃金不払をはじめとした基本的な労働条件の履行確保を図るため、定期監督(年間10万事業場以上実施)において、賃金引上げの意向や労働条件の改善状況を確認する。
  4. 労使において賃金の引上げを行うとの取決めを行ったにもかかわらず、賃金支払が履行されず、労働基準監督機関による度重なる指導でも是正しない事業場や、定期賃金や割増賃金を適切に支払わず、同様の法違反が繰り返される事業場については、司法処分を含め厳正に対応する。

3 さいごに

2020年の改正民法施行に伴う労働基準法改正により、賃金の消滅時効期間が原則5年(旧法では2年)、当分の間は経過措置として3年に変更されました。既に改正法施行から3年が経過し、2023年度以降は丸々3年分の未払賃金請求が生じ得ることとなります。

つまり、残業手当などの未払いが生じ、請求が行われた場合は、請求対象期間が1年分増えることになります。

また、2023年4月1日からは、中小企業でも月60時間超の時間外労働に係る割増賃金率が50%以上へと引き上げられており、未払賃金の請求金額が多額になる恐れもあります。会社としては、これまで以上に未払賃金対策に取り組み、リスク回避を図っていく必要があります。

※本内容は2023年8月10日時点での内容です

(監修 社会保険労務士法人 中企団総研)

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職場で盗難事件が発生したら、すぐ警察に通報すべきですか?

書いてあること

  • 主な読者:職場で盗難が起きた場合の対応を知っておきたい経営者、労務担当者
  • 課題:盗難は許せないし、被害者には真摯に向き合いたい。でも、大ごとにはしたくない
  • 解決策:被害者と足並みをそろえ、情報が拡散しないようにする。警察への届け出などについては、被害者の意向を尊重して決める

1 職場で盗難! しかも、犯人は社員……!

職場のロッカーに入れていた財布が社員の誰かに盗まれた……。こうした職場の盗難は本来あってはならないことですが、万が一のときに素早く、冷静に対応できますか? 対応が遅れると、被害者が「財布を盗まれた!」と大声で騒ぎ立てて社内が混乱し、SNSに「ウチの職場で盗難が起きた」と書き込む社員も出てくるかもしれません。

「盗難は許せないし、被害者には真摯に向き合いたい。でも、大ごとにはしたくない」というのが経営者や労務担当者の本音ではないでしょうか。この記事では、職場で盗難が起きた場合の基本的な対応を紹介していますので、万一の備えとしてご活用ください。

  • 盗難が起きにくい状況を作る
  • 相談窓口を事前に決めて情報を一元管理する
  • 被害者などへの聞き取り調査は焦らずに行う
  • 警察への届け出は被害者の意向を尊重して決める
  • 捜査には協力するが、他の社員への配慮も忘れない
  • 処分後の情報開示は最低限にし、再発防止に努める

2 盗難が起きにくい状況を作る

職場で財布などの盗難が起きやすい場所はロッカールーム(更衣室)です。作業服や制服に着替える必要があって、なおかつロッカールームを使用する時間が社員によってバラバラだと、盗難は起きやすくなります。

ロッカールームでの盗難防止策として有効なのが「防犯カメラ」の設置です。ロッカールームにカメラを設置するのは、プライバシーの問題もあってハードルが高いですが、入口付近に設置するだけでも、「誰が、いつ出入りしたのか」が証拠として残ります。カメラの設置が難しければ、最低でもロッカーを鍵付きにしましょう。

また、この他にも、例えば、ジャケットを脱いで椅子にかけたまま離席し、ジャケットのポケットに入れていた財布を盗まれるといったケースがあります。貴重品は常に身に着けておくことを社員に周知徹底しましょう。

3 相談窓口を事前に決めて情報を一元管理する

万が一盗難が起きた場合、大切なのは「盗難に関する情報がむやみに拡散されないようにする」ことです。盗難に関する情報がむやみに拡散されてしまうと、被害者のプライバシーを害するだけでなく、犯行発覚を恐れた加害者が証拠隠滅を図ったり、被害者を脅迫したりするリスクが生じるためです。

そのために、盗難が起きた際に被害者が最初に連絡する相談窓口を決めておきます。例えば、

社内の不正行為全般に関する相談を受け付ける「内部通報窓口」

などがその役割を果たします。内部通報窓口は、公益通報者保護法で社員数301人以上の会社に設置が義務付けられている窓口ですが、設置義務のない中小企業でも、いわゆる「ハラスメント相談窓口」の対応範囲を拡大して、幅広い相談を受け付けるようにしているケースがあります。

なお、窓口の存在を社員が知らなければ意味がないので、就業規則等で窓口について定めた上で、担当者の連絡先や連絡方法を社内ポスターで掲示するなどしましょう。

また、いざ盗難が起きると、気が動転した被害者が、相談窓口を介さず自分の上司や同僚などに直接相談するケースもありますが、こうした場合は同僚などから相談窓口に報告させるなどして、情報を一元管理できるようにします。

4 被害者などへの聞き取り調査は焦らずに行う

盗難の相談があったら、まず相談してきた被害者に聞き取り調査をします。具体的には、

  • いつ、何を、どういう状況で盗まれたのか(できるだけ具体的に)
  • 加害者の心当たりはあるか(ある場合、その根拠は何か)
  • 盗難に関することを誰かに相談したか(相談した場合は誰にしたか)

などを確認します。同時に、被害者には「会社が対応するので、許可があるまで盗難に関する情報を周囲に漏らさないように」と伝えます。すでに事情を知っている社員がいる場合はその人についても同じことを伝えます。

加害者について根拠となる証拠(防犯カメラの映像や、目撃者の証言など)があるならば、加害者と思われる社員に事情を聞きます。ただし、最初から加害者扱いしたり、語気を荒らげたりせず、相手にも弁明の機会を与えながら話を聞きます。特に、弁明の機会を与える手続きをおろそかにすると、後述する懲戒処分などが無効になる恐れがあります。

5 警察への届け出は被害者の意向を尊重して決める

社員への聞き取り調査によって加害者が分かっていても、そうでなくても、盗難の疑いがあれば警察に被害届や告訴状を出すことができます。単に被害を受けたことを届け出るのが「被害届」、犯行者の刑事処罰まで前提として届け出るのが「告訴状」です。

警察に届け出るか否か、被害届と告訴状のどちらを選択するのかは、

  1. 被害者の意向
  2. 盗難の悪質性

を基に判断します。

優先すべきは「1.被害者の意向」です。仮に被害者が「大ごとにしたくないから、警察に届け出ないでほしい」と言ってきたら、その意向を尊重するのが基本です。逆の場合もしかりです。ただし、「2.盗難の悪質性」によっては、被害者の意向に反してでも、届け出るべきケースがあります。具体的には、「被害者が過去にも職場で盗難の被害に遭っている」「他にも被害に遭っている社員が複数いる」など、放置すれば企業秩序を危うくするケースがそうです。

こうした場合、

「窃盗」ではなく、「建造物侵入」として警察に届け出る

という方法があります。「建造物侵入」とは正当な理由なく建造物に侵入することで、社員が会社の建造物内で盗みを働くことも、「正当な理由のない建造物への侵入」とみなされます。建造物侵入の場合、被害者は会社になるので、警察に届け出るか否かは会社が決められます。

なお、警察に届け出ない選択をした場合も、加害者が分かっているならば、その者には毅然とした態度で臨みます。具体的には、

「今回は被害者の意思を尊重するが、次に同じ犯行をした場合は警察に届け出るし、会社としても重い処分を下す用意がある」

といった旨を伝えます。

6 捜査には協力するが、他の社員への配慮も忘れない

警察への届け出が受理された場合、

  • その時点で加害者が分かっていれば、加害者は警察に出頭して取り調べを受ける
  • その時点で加害者が分かっていなければ、警察が会社を訪問して現場検証を行う

ことになります。後者の場合、当事者以外の盗難の事情を知らない社員に、必要以上に不安を与えないように配慮します。

具体的には、警察が届け出を受理して、現場検証を行う前に、社員に一定の説明を行って協力を要請します。現時点で会社として把握していることを伝えますが、開示する情報は「社内で盗難が発生したこと」など必要最小限にとどめましょう。「誰が被害者か」「盗難物が何か」などの情報が拡散してしまうと、被害者のプライバシーに関わりますし、「犯行者しか知り得ぬ情報」が漏れると捜査に支障を来す恐れもあります。警察が捜査を開始した後は、事件への対応は基本的に警察の手に委ねる形になります。

7 処分後の情報開示は最低限にし、再発防止に努める

警察の捜査が終わったら、会社側でも加害者に対する懲戒処分を検討します。警察への届け出と同様、「1.被害者の意向」「2.犯罪の悪質性」が検討のポイントになります。被害者が処分を望んでいない場合、その意向を尊重して厳重注意だけで済ませることもできますが、悪質性の高いものについてはこの限りではない、という意味です。

ただし、懲戒処分を与えるにしても、犯行の内容に対して重すぎる処分は無効になるので、「盗んだ額はどの程度か」「反省は見られるか」などを考慮して慎重に処分内容を検討する必要があります。なお、就業規則等に懲戒事由に関する規定があることが大前提です。

処分に関する手続きが終わったら、最後に、二度と同じような事案が起きないよう再発防止に努める必要があります。基本は、

  1. 発生した盗難事件に関する情報開示
  2. 会社として「盗難を許さない」旨の再周知

です。

1.については、犯行者が特定され、犯行者に対する処分が確定した後に行います。ただし、社員に開示する情報は「社内で盗難が発生したこと」など必要最小限にとどめましょう。「加害者や被害者の氏名」「盗難物の具体的な内容」「加害者の処分内容」などはプライバシーに関わるので、基本的に開示は避けるべきです。

2.については、会社の就業規則等の懲戒事由について改めて全社員に説明し、犯罪行為をした場合、ことと次第によっては「懲戒解雇」のような重い処分を下す可能性があることを周知します。

以上(2023年9月作成)
(監修 弁護士 八幡優里)

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上司の皆さん、「Z世代」と話せると楽しいですよ/武田斉紀の『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』(2)

書いてあること

  • 主な読者:会社経営者・役員、管理職、一般社員の皆さん
  • 課題:最近話題のZ世代(1990年代後半以降生まれで会社においては20代前半くらいまで)だけでなく、それ以前の平成生まれ(30代前半くらいまで)の世代と、現在経営や管理職を担っている昭和世代との世代間ギャップが注目されています。それは価値観の違いやコミュニケーションの違いとして表れ、変化や多様性が求められる昨今、日本企業において深刻な経営の足かせとなりつつあるようです。
  • 解決策:まず会社においてZ世代を含む平成生まれと昭和生まれの世代背景を整理しながら、ギャップを埋めるための「価値観の変化」を明らかにします。その上で、筆者が多くの講演や企業研修で紹介してきた『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』を実践的に指南します。

1 なぜ「Z世代」が注目されるのか

「Z世代」という言葉をよく耳にするようになりました。1990年代後半以降生まれで、20代前半から中盤くらいまでを指しています。皆さんの会社の新入社員から20代後半くらいまでの世代です。

ではなぜ彼らが注目されているのでしょうか。理由は3つあると考えます。1つ目は若い消費世代であるということ。一般消費財を扱う多くの会社にとっては「主要購買層の1つ」です。

民放テレビ番組を見ていればわかりますが、ドラマもバラエティーも「Z世代」を意識したものが多く、お年寄り相手の番組はNHK以外ではほんの一握りしかありません。可処分所得も資産においても高齢者のほうが明らかに持っているじゃないかと言いたいところですが、末永い顧客という意味では明らかに若い人に分があります。

実際は若者のテレビ離れは言われて久しく、彼らにテレビを見てもらうために各局は日々頭を悩ませています。人生100年時代がもう少し現実になってくれば、年配者向けの番組も今より増えてくるのかもしれませんが。それでも若い層がもたらす生涯価値(ライフ・タイム・バリュー)は、他の世代への波及効果も含めて甚大と言えるのです。

「Z世代」が注目される2つ目の理由は、会社内において「中心的な働き手」として次代を背負っていく存在だからです。この点を否定する人はいないでしょう。

会社は1年で1歳年を取ります。定年制が延びたとしても、いずれ上の世代は会社を去り、下の世代が主役となって受け継ぐことになります。

つまり、彼らを活かして伸ばせるか否かが、今後の会社の成長力を決定付けると言えるでしょう。

ただここまでは「Z世代」という呼び名を除けば、以前から若手社員に期待されていたことと同じです。

「Z世代」より上の世代の方たちも、かつてはこの2つの意味では注目されてきたはずです。誰もが通ってきた道です。

2 昭和世代と明らかに異なる「Z世代」

さて問題は最後の1つです。それは、彼らが「昭和世代とはかなり異なる価値観を持っている」という点です。時代が移ろえば価値観も移ろうのは世の常ですが、ここ10年ほどで“真逆”と言えるほどに変化しているのです。

その点については第1回でも触れました。おさらいしておきましょう。

30代後半~50代が占める管理職のほとんどは昭和生まれ(1988年まで、大体35歳代後半以上)でしょう。現場を任されている平成生まれ(大体35歳前半まで)、とりわけ20代前半から中盤くらいまでの「Z世代」とは、幼少期から過ごしてきた環境や教育が全くと言っていいほど異なっています。

例えば新入社員が理想とする職場像、上司像はこの10年で大きく変化しています。

昭和世代の上司が育ってきた時の「情熱/引っ張る/厳しい」「活気/鍛え合う/目標の共有」といった価値観は「Z世代」の新入社員にはあまり支持されていません。彼らは「丁寧な指導/褒める/傾聴」「個性の尊重/助け合い」を求めているのです。

3 従来の価値観による指導では、若手社員は育てられない

私は「Z世代」という言葉が出てくる少し前から、変化に気付いていました。ある時、取引先の上司の立場にある方からこんな話を聞きました。

ある日のこと。上司が重要な取引先の社長との打ち合わせに、ベテラン社員を同行させる予定が急遽その社員が行けなくなり、代わりに若手社員を連れて行くことにしたそうです。上司は彼に言いました。「こんなに早くあの社長に会えるなんてラッキーだよ。途中であなたにも話を振るから2~3質問してみなさい。またとないチャンスだよ、よかったね!」と。

すると若手社員は困ったようにこう返しました。「突然そんなことを言わないでください。だったら前日からその会社のことを調べて十分な準備もしたのに。もし失敗したら恥ずかしいし、会社にとっても損失じゃないですか」と。まさかの反応に上司はあっけにとられ、こう告げたそうです。

「チャンスなんて突然来るものだよ。そこで取りに行かない人に二度とチャンスは来ないから!」

上司の言い分はある意味正論です。チャンスは突然訪れることが多いものです。ですが、今の若手社員は褒められて育ち、失敗することに慣れていません。むしろ十分な準備をして備えることを期待されて育っているのです。それを思えば、若手社員の反論も理解できます。

因みに仕事に一生懸命に向き合っていた彼は、前日に言われていれば寝ないでも準備するつもりだったそうです。最後の上司の突き放した言葉は相当ショックだったようで、やる気も上司との信頼関係も失くしてしまいました。

その上司はどのように若手社員を指導すればよかったのでしょう。例えば「あなたの育成のために突然重要な取引先に連れて行って、社長への質問を求めることもあるかもしれないから日頃から準備をしておいてください」「一度私が社長役をやって練習してみましょうか」

そこまでしなければいけないのかと思われるかもしれません。けれども次世代を担う人材に上司たちの時代の価値観を押し付けても育たないのであれば、彼らの価値観である「丁寧な指導/褒める/傾聴」に少しでも寄り添うべきではないでしょうか。

4 なぜ上司が、わざわざ「Z世代」を理解しないといけないのか

会社内において「Z世代」は「中心的な働き手」として次代を背負っていく存在である以上、上司は育成するために彼らが育ってきた時代の価値観を理解する必要があります。

とはいえ50代後半以降の方の中には、「自分はあと数年で定年だし、年長のこちらから寄り添う必要などない。目をつぶってやり過ごせばいい」と考えている方もいるでしょうか。

定年後を「昭和世代」だけで固まって過ごすつもりなら、それで回避できるかもしれません。が、あなたが動けなくなった途端、面倒を主に見てくれるのは「Z世代」以降の人でしょう。

頑固で話の通じない老人として内心嫌われながら最期を遂げるのか。あるいは若い世代の介護士さんや、お孫さんたちに愛されながら穏やかな最後を過ごすのか。

後者でありたいのであれば、やはり若い世代、「Z世代」以降の価値観を理解する必要がありそうです。

5 若い世代、「Z世代」と話せるとシンプルに楽しい

それに、私の体験談から申し上げれば、「Z世代」と話ができると実に楽しいですよ。

私には娘が2人いるのですが、たまたまどちらも「Z世代」です。私は、彼らが「丁寧な指導/褒める/傾聴」「個性の尊重/助け合い」といった、昭和世代の私とはほぼ真逆の価値観の中で育っているのだと、ある時に気が付きました。

以来、個性を認めて伸ばすことを意識し、それぞれの話に真剣に耳を傾けるように心掛けました。親として一方的に説教をするのではなく、多少はらはらしても本人自身が気付くまで我慢して待つ。失敗は本人が一番分かっているので責めたりせず、前向きな言葉を掛け、できるだけ褒めて接してきたつもりです。

結果として2人とも、私とは全く異なる、それぞれが見つけた好きな世界を仕事に選び、社会に出て独立しています。自分が知らない世界にいるからということもありますが、彼らの話を聞いているだけで楽しいし、とても刺激的です。

娘にとって父親は、母親に比べれば思春期以降は遠く疎ましい存在でしょう。けれど私に話せば頭ごなしに否定することも説教することもなく、最後まで話を聞いてくれると分かっているからでしょう。「話したいことがあったらいつでも聞くよ」と言って後は放任していますが、よく日頃の職場の悩みを打ち明けてきます。「聴いて」「教えて」「どう思う」「相談に乗って」と。

もちろん母親に相談することと、父親の自分に相談することは異なるでしょう。でも、そういうものだし、本人がよければそれでいいのです。職場でも同じ。

信頼できる上司がいたとしても、上司に相談したいことと個々の先輩に相談したいことは違います。それでいいのです。そのために先輩たちもいるのですから。

先輩が解決できるなら、わざわざ上司が出しゃばる必要はありません。必要と思えば先輩が本人の許可を得て上司に報告してくれるでしょう。上司は先輩が担ってくれたその分の時間を、上司にしかできない他の業務に向ければいいのです。

若手社員とまだ十分な関係が築けていないという方は、彼らの話をひたすら聞いてあげる「傾聴」から始めてみてください。社会人としての経験の差はあっても、生きてきた世界や趣味、日頃の生活を含めれば一人ひとりが自分とは異なる世界を持っています。そのことを認めて話を聞いてみるだけでも楽しいものですよ。

「Z世代」をはじめとする若い世代は、昭和世代と違い、小さい頃から携帯電話やパソコンといったデジタルに触れ、分厚いトリセツ(取扱説明書)などなくても触っているうちに使いこなせる世代です。SDGsやESG、DEIといった価値観もすんなりと受け入れており、あなたと「世界とのギャップ」も埋めてくれます。

彼らはデジタルネイティブとして、世界の価値観を先んじて吸収する存在として、上司の仕事を助け、チームに刺激をもたらしてくれることでしょう。

上司の皆さんは、彼らの価値観に寄り添って話しかけていったほうが、仕事の上でも人生の上でも、豊かに暮らせそうです。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。次回からは、具体的な『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』についてお話ししていきたいと思います。

<ご質問を承ります>

ご質問や疑問点などあれば以下までメールください。※個別のお問合せもこちらまで

Mail to: brightinfo@brightside.co.jp

以上(2023年8月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
https://www.brightside.co.jp/

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【SDGs】脱炭素だけじゃない。「生物多様性」で中小企業が取り組める活動事例

書いてあること

  • 主な読者:生物多様性の保全、脱炭素化の次のステップに関心のある経営者
  • 課題:自社の活動と生物多様性の保全の関係が見えないため、どのようなことに取り組めば良いのかが分からない
  • 解決策:部門ごとなどの活動に落とし込んで、生物多様性の保全に貢献できそうなものを見つけて取り組んでいく

1 脱炭素の次は「生物多様性の保全」が目標です

環境に配慮した取り組みとして、脱炭素はある程度できたので、次に注目されるテーマにも目を向けたい……

そんな先進的な中小企業に対して、次のステップとしてご提案するのが、

生物多様性の保全

です。気候変動対策と生物多様性の保全は密接に結びついていて、気候変動対策を進めていく上でも、生物多様性の保全・回復が大きな支えになります。

国内でも、一部の自治体では、独自の認証制度や助成金を設けて生物多様性の保全に取り組む企業を評価する動きもあります。そのため、先んじて対応できれば、他社との差異化を図ることができます。

この記事では、生物多様性の保全が必要な背景を踏まえて、具体的な取り組み事例や国が発行しているガイドライン、自治体による制度の紹介など、企業がこれから生物多様性の保全に取り組む際のヒントを紹介します。

2 なぜ、「生物多様性の保全」が注目されるのか?

1)世界的な動き

生物多様性の保全に向けて、2021年6月に開催されたG7サミットでは「30by30(サーティ・バイ・サーティ)」という目標が約束されました。この目標は、生物多様性の損失を食い止め、回復させるために、2030年までに各国で陸と海の30%以上を自然環境エリアとして保全しようとするものです。

また、世界経済フォーラムでは2020年に、世界のGDP(国内総生産)の50%以上(44兆米ドル)は、全ての自然環境、そして生物多様性に高く依存していると報告されています。

2022年12月には、52カ国330以上の企業と金融機関(総収入で1.5兆米ドル以上)が各国の政治リーダーに対し、全ての大企業および金融機関は2030年までに生物多様性への影響と依存度を評価し、開示することを義務付けるよう要請しました。

前述の通り、気候変動対策と生物多様性の保全は密接に結びついており、生物多様性の損失は気候変動に次ぐ深刻な危機であると受け止められています。世界経済フォーラム「グローバルリスクレポート 2023」によると、今後10年間でリスクと考えられる上位10位の項目の中で、生物多様性の損失や生態系の崩壊が4位、天然資源危機が6位に位置づけられています。

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2)日本国内での動き

環境省では、前述の「30by30」達成に向けて、企業、民間団体・個人、地方公共団体などの取り組みで生物多様性の保全が図られている地域を国が認定する制度の「自然共生サイト」を立ち上げました。

認定区は、OECM(国立公園以外などの保護地域以外で生物多様性の保全が図られている地域)として、国際データベースに登録される計画です。

認定そのものは企業の利益には直接影響しないとされていますが、企業が行う生物多様性の保全への貢献などは投資家の判断材料にもなりつつあります。また、自社では土地を持っていなくても、他の地域の自然共生サイトの保全活動に協力する企業・団体などには国が「貢献証書」の発行を検討するとしています。

■環境省「自然共生サイト」■

https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/kyousei/

現状は生物多様性の保全に取り組まないからといって何かしらの罰則があるわけではありませんが、将来的に、生物多様性の保全に取り組まない企業は市場から取り残されるリスクもあり得ます。

では、具体的にどのような取り組みで生物多様性の保全に貢献できるのかを、次章で紹介していきます。

3 生物多様性の保全の取り組み例

1)製品の購入で生物多様性の保全に貢献:木になる紙ネットワーク

環境に配慮した製品を使うことは、業種や業態を問わず、生物多様性の保全に貢献する分かりやすい取り組みです。例えば、一般社団法人の木になる紙ネットワーク(東京都文京区)では、紙製品に関わる調査、認証などを手掛けており、同法人が認証した「木になる紙」シリーズの製品の利用促進を後押ししています。「木になる紙」製品は間伐材が原料となっておりコピー用紙をはじめ、名刺用の台紙やファイル、封筒などがあります。

製品の売上高の一部が原料となった森林の所有者に還元され、森林整備を支援できる仕組みです。例えば、A4サイズのコピー用紙を一箱購入した場合で、約52円が森林所有者に還元され、約20平方メートルの間伐や約9キロの二酸化炭素の吸収に貢献できるとしています。

この製品は中小企業に限らず、官公庁や小中学校にも購入されており、森林所有者への累計還元金額は2億円に上るそうです。

紙製品はどの企業にとっても身近ですし、生き物や自然資源と直接関わりがない企業でも比較的取り組みやすい事例と言えるでしょう。

2)ミツバチ専用の水飲み場で生物多様性の保全に貢献:一言主神社

海外の都市では、建物の外壁に鳥の巣箱や、ハチが住むための穴を作り、生き物が住みやすい環境づくりを進めているところがあるといいます。

国内での類似した事例として、例えば、一言主神社(茨城県常総市)では、ミツバチ専用の水飲み場を設置することで、ミツバチとの共存に取り組んでいます。

参拝客から「ハチが多くて怖い」などの相談を受けたことをきっかけに、ミツバチ用の水飲み場を設置したことで、参拝客とハチの共存を実現しています。水飲み場は長さ30センチほどの竹の空洞にこけと小石を敷き詰め、こけが湿る程度の水を細い竹を使って引き込む仕組みとなっています。

植物の受粉を担い、生態系の維持に貢献するミツバチをこのような形で保護することは生物多様性を守る1つの取り組みと言えるでしょう。

3)取引先の選定で生物多様性の保全に貢献:ボンタイン珈琲

生物多様性の保全は、自社だけの問題に限らず、原材料の調達先といった取引先がどのような活動をしているか把握することも大切です。

例えば、ボンタイン珈琲(愛知県名古屋市)では、持続可能な栽培に配慮した(サステナブル)コーヒーの提供に注力しています。

コーヒー農園と取引する際のポリシーにトレーサビリティー(食品の生産・加工・流通販売までの過程を記録し、製品からさかのぼって確認できるようにすること)だけでなく、その農園が自然環境の維持・保全に配慮しているかどうかを基準にしているといいます。

また、栽培地の自然環境保全について説明するなどの環境教育をブラジルの子ども向けに行い、現地の自然環境を守ることにつなげているそうです。

4)原材料の還元で生物多様性の保全に貢献:ニッシンイクス

植樹などの緑化活動も、生物多様性の保全に関わる大切な取り組みです。

例えば、ニッシンイクス(山口県周南市)では、「森からいただいた広葉樹を、いただいた量だけ森にお返しする」ことを掲げて、広葉樹の持続可能な活用を行う「ikumoriプロジェクト」に取り組んでいます。

このプロジェクトは、北海道産の広葉樹をできるだけ無駄なく効率よく使用したフローリングや壁材を製造販売し、使用した資源量に見合う苗木を北海道の地に再び植樹するものです。

第1期となる2021年12月から2022年6月までの期間では、製品に使用した量に見合う170本分を植樹したとしています。

このプロジェクト以外でも、同社では国産材の活用に取り組んでおり、国産材を有効利用することは健全な森林整備だけでなく、土砂災害の防止や生物多様性の保全など、森林が持つ多面的機能の維持にも貢献できるとしています。

5)地産地消で生物多様性の保全に貢献:日本料理小伴天

地元の食材をその地元で消費する地産地消も、地域の食材を守るという意味合いで生物多様性の保全に貢献できる取り組みです。

例えば、日本料理店の小伴天(愛知県碧南市)では、食材の地産地消にこだわった料理づくりに取り組んでいます。

創業当時と比べて輸送手段が発達したことで、いっときは全国から食材を取り寄せていましたが、顧客からの声をきっかけに、改めて地産地消にこだわった料理づくりを再開したといいます。

地産地消は、消費者にとっては身近な場所から新鮮な食材を得ることができる、生産者にとっては耕作放棄などを防いで地域の食材を継承できるメリットがあります。また、生産地から消費地までの輸送距離が短いため、輸送に伴い発生する温室効果ガスの排出量が削減できるため、環境への負荷を軽減できることも大きなメリットです。

6)中小企業の連携で生物多様性の保全に貢献:湖南 企業いきもの応援団

中小企業が単体で生物多様性の保全に取り組むとなるとハードルが高くなりがちです。そのようなときは、地域の中小企業同士で連携することも一策です。

例えば、湖南 企業いきもの応援団(滋賀県草津市)では、滋賀県湖南地方の中小企業が行政や研究機関と連携し、地元河川である狼川の水質や生物の調査に取り組んでいます。

この調査によって、在来種や外来種の動向を取りまとめて報告することで、県の自然保護施策への貢献や、社員の環境教育につなげているといいます。

地域の中小企業同士で行政や研究機関と連携する形であれば、コストやマンパワーなどの取り組みのハードルを下げ、異業種、同業他社との交流も図れるため、より大きな活動を展開できる事例と言えるでしょう。

4 生物多様性の保全に関する認証制度・助成金

国や自治体の中には、企業のイメージアップにつながる認証制度や助成金など、生物多様性の保全を推進するための支援策を設けているところがあります。皆さんの地域にも支援策があるかもしれませんので、自治体や金融機関に相談してみるとよいでしょう。

1)愛知県「あいち生物多様性企業認証制度」

愛知県内に本社または事業所を置いており、生物多様性に関して優れた取り組みを実践している企業を県が認証する制度です。

生物多様性の保全に貢献する取り組みを行っている企業への認証と、地域への広がりや継続性があるなど、特に優れた取り組みを行っている企業への優良認証の2つの認証区分があります。

認証を受けることで、認証企業マークを自社のPRに利用できたり、企業名が愛知県自然環境課のウェブサイトで公表されたりするといったメリットがあります。

■あいち生物多様性企業認証制度■

https://www.pref.aichi.jp/soshiki/shizen/biodiversity-certification.html

2)滋賀県「しが生物多様性取組認証制度」

生物多様性の保全と自然資源の持続的な利活用に取り組む企業を認証することで、企業の取り組みを見える化し、生物多様性の保全の普及啓発を図るための制度です。認証を受けた企業は認証マークを利用できるだけでなく、企業名が認証事業者として滋賀県のウェブサイトや自然環境に関するイベントなどで紹介されることで、企業のPRやイメージアップにつながるとしています。認証事業者数は、2018年度から2022年度までの期間で企業やNPO法人などの団体を合わせて75者となっています。

■しが生物多様性取組認証制度■

https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/kankyoshizen/shizen/14003.html

3)長崎県「緑といきもの賑わい事業」

希少野生動植物の保護増殖や生物の生息・生育空間の創出といった生物多様性の保全に関係する事業に対して、工事請負費や資材購入費などの経費を補助するものです。中小企業の場合は、上限が30万円、下限が10万円の補助金額となっています。

■長崎県「緑といきもの賑わい事業」■

https://www.pref.nagasaki.jp/bunrui/kurashi-kankyo/shizenkankyo-doshokubutsu/midoriikimono/

5 生物多様性の保全に関する参考資料・関連団体

1)環境省「生物多様性民間参画ガイドライン(第3版)」

企業の活動と生物多様性の保全がどのように関わるかを業種や部門ごとに示した上で、企業が生物多様性の保全に取り組む際の手順や、実務担当者向けのQ&A集(例:生物多様性の保全に取り組まないとどのようなリスクがあるのか)などが掲載されています。

■環境省「生物多様性民間参画ガイドライン(第3版)」■

https://www.env.go.jp/press/press_01452.html

2)JBIB(企業と生物多様性イニシアティブ)

味の素(東京都中央区)や花王(東京都中央区)、鹿島建設(東京都港区)などの大手企業40社が中心となって構成されている団体です。企業と生物多様性に関する研究・実践、生物多様性保全の取り組みを促進するための提言・啓発などに取り組んでいます。

ウェブサイトでは、会員企業による生物多様性の保全に関する取り組み例の紹介をはじめ、企業がこれから生物多様性の保全に取り組もうとする際のヒント集や、「生物多様性に配慮した企業の水管理ガイド」などを掲載しています。

■JBIB■

https://jbib.org/

以上(2023年8月作成)

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