タワマン節税にメス、生前贈与改正。 大きく変わる相続・贈与税対策を解説

書いてあること

  • 主な読者:子供や孫などへの相続対策を行っている、または検討している人
  • 課題:一般的な税金対策に改正が入ったり、入ると見込まれたりしている
  • 解決策:近年の動きとして「暦年贈与・相続時精算課税・マンション節税・一括贈与(教育資金、結婚・子育て資金)」の制度改正を押さえる

1 改正が頻発している相続・贈与税

近年影響の大きい改正が頻発している相続・贈与税。生前贈与の非課税枠が縮小したり、タワマン節税にメスが入ったりと、これまで有効だった税金対策の効果が薄れたり、そもそも実施できなくなったりしています。

具体的に、どのような改正が入っているのか、または入る見込みがあるのか、この記事で分かりやすく紹介します。注目するのは、

暦年贈与・相続時精算課税・マンション節税・一括贈与(教育資金、結婚・子育て資金)

です。

2 暦年贈与

暦年贈与とは、1月1日から12月31日までの1年間(暦年)で、贈与額が110万円以下ならば贈与税がかからないというものです。毎年非課税で110万円を子供や孫などに渡せるので、将来的に発生する相続税の負担が減ります¥。ただし、亡くなる前の一定期間に行った生前贈与については、110万円以下も相続税の課税対象となります。この一定期間を加算期間と呼び、

2024年1月1日以降の贈与については、加算期間が3年から7年に延長

されました。改正後は、亡くなる前1~3年の間に行われた生前贈与は全額、4~7年の間に行われた生前贈与はその期間の贈与総額から100万円を差し引いた金額が相続税の課税対象となります。

暦年贈与は一般的な相続対策ですが、加算期間の延長や後述する相続時精算課税の改正(基礎控除の創設)によって、2024年以降は相続時精算課税制度を選択した場合の方が、より節税効果が高くなるケースが多く発生することが見込まれます。暦年贈与と相続時精算課税どちらを選ぶか、慎重に検討しましょう。

3 相続時精算課税

相続時精算課税とは、60歳以上の父母または祖父母から18歳以上の子・孫への生前贈与について、2500万円までは贈与税がかからず、相続時に生前贈与分もまとめて相続税を計算するものです。生前贈与した金額の累計が2500万円を超えた場合は、超えた部分に対して一律20%の贈与税がかかります(この贈与税は、相続税を計算する際に相殺されます)。

2024年1月1日以降、

相続時精算課税制度で使える「年間110万円の基礎控除」が創設

されます。2024年1月1日以降に相続時精算課税制度を選択して贈与を行った場合、年間110万円以内であれば贈与税はもちろん、相続税もかからなくなります。加えて、贈与税の申告も不要です。従来は、相続時精算課税を選択すれば、少しでも贈与があれば、贈与税の申告が必要だったため、利便性がよくなりました。

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4 マンション節税

マンション節税とは、市場での売却価格と通達に基づく相続税評価額とが大きく乖離(かいり)するというタワーマンションの特徴(一般的に高層階ほど価格は高額になるが、相続税評価額に反映されにくいなど)を生かした相続税のスキームです(2023年10月時点)。

まず相続税の計算をする際は、被相続人(亡くなった人)が所有していた全ての財産に対して、税金がかかる対象となる金額を算出します。相続税が発生する場合、被相続人の財産の価額は、国税庁が定めている評価基準(財産評価基本通達)によって決められます。この評価額が高いほど相続税の税額が高くなり、評価額が低くなるほど、税額は低くなります。そのため、タワーマンションには節税効果があると考えられていきました。

2024年1月1日以降、財産評価基本通達の改正が行われ、相続税評価額の計算方法が変わり、マンションの相続や贈与に影響が生じると考えられています。

今回予定されている改正では、

実勢価格(実際の取引が成立する価格)との乖離が1.67倍以上になる場合においては、「相続税評価額×乖離率×0.6」で評価される

と見込まれています。新たな基準が盛り込まれることによって、相続税評価額は実勢価格の4割から6割になるように検討されています(改正前は2割程度という事例もあった)。相続税評価額が上がると、それに伴い相続税も高くなるため、従来に比べて相続税対策としての効果が少なくなる可能性が高いです。

5 一括贈与(教育資金)

教育資金贈与の非課税制度とは、親から子、祖父母から孫など直系尊属から教育資金の一括贈与を受けた場合、1500万円までは贈与税が非課税になるものです。2023年3月31日が適用期限でしたが、3年延長され2026年3月31日までとなりました。

また、贈与者が死亡した時点で、贈与を受けた教育資金が残っていた場合の残額の取り扱いについて、いままでは受贈者(贈与を受けた孫など)が23歳未満・学生(教育訓練を受けている場合を含む)の場合には相続税の課税対象ではありませんでした。しかし、2023年4月1日以後の一括贈与については、

贈与者の死亡の際の相続税の課税価格の合計額が5億円を超える場合には、受贈者が23歳未満・学生の場合でも、「残額」は相続財産に加算

され、課税対象となります。

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さらに、受贈者が30歳に達した時点で贈与された教育資金が残っている場合は、贈与税が課されます。その際に適用される税率について、これまでは特例税率(低い税率)が適用されていましたが、

2023年4月1日以後の贈与については、一般税率(通常の贈与税率)が適用される

ことになっています。

6 結婚・子育て資金一括贈与非課税措置の見直し

結婚・子育て資金の一括贈与とは、父母などから結婚・子育て資金の贈与をうけたときに1000万円まで贈与税が非課税になる制度です。2023年3月31日が適用期限でしたが、2年延長され2025年3月31日までとなりました。

また、受贈者が50歳に達した時点で贈与された結婚・子育て資金が残っている場合などには、贈与税が課されます。その際に適用される税率について、これまでは特例税率(低い税率)が適用されていましたが、

2023年4月1日以後の贈与については、一般税率(通常の贈与税率)適用される

ことになっています。

以上(2024年1月作成)
(執筆 南青山税理士法人 税理士 窪田博行)

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画像:ronstik-Adobe Stock

“組織”の本質を理解する~企業をより良く変えるための組織論~

書いてあること

  • 主な読者:現状の組織に課題を感じ、再編などを検討している経営者
  • 課題:同調圧力が生じたり、集団思考(グループ・シンク)に陥ったりして、マンネリ化や誤った意思決定が行われるため、組織変革がうまくいかない
  • 解決策:意思決定に携わる参加者を変える、あえて反対意見を出させるなど、組織を硬直化させない工夫が必要

1 組織変革がうまくいかない原因

企業における組織上の問題というと、どのようなものを想像するでしょうか? 例えば、「従業員のモチベーション低下」や「コミュニケーション不足」は組織の規模や形態を問わず取り上げられがちな課題かもしれません。

こうした足元の課題解決も大切ですが、その一方で、より根本的な対策を講じるためには、もう一歩踏み込んで「組織」のあり方を考える必要があります。

この記事では、組織上の問題を検討する上で参考となる経営組織論の視点から、次の問題を取り上げ、解決策の一例を提案します。

  • 誤った意思決定が行われる
  • 組織変革がうまくいかない
  • 働き方が多様化している

2 組織による誤った意思決定が行われる要因は?

1)集団における意思決定の落とし穴

一見、組織内での集団による意思決定は、個人による意思決定よりも合理的で、より成果の上がる決定ができると考えられがちです。しかし、常に正しい判断や質の高い意思決定が行われるわけではありません。組織内での集団による意思決定は、個人であれば恐らく行わないような誤った判断をしてしまうときがあります。

2)同調圧力と集団思考

個人の場合における意思決定と組織における意思決定が大きく異なる要因の1つに「同調圧力」があります。同調圧力が組織内に見られる場合、ある参加者が正しい意見を出したとしても、「多数の参加者の意見と異なる」と感じて自己の意見の正当性を否定し、他の参加者の意見に従ってしまうことがあります。

もう1つ、集団での意思決定において注意しなければならないのは「集団思考(グループ・シンク)」です。集団思考とは、集団での意思決定を行う場合、集団としての合意を優先するあまり、「集団構成員への批判抑制」「自集団の過大評価」「外部集団の過小評価」など誤った情報処理をしてしまい、結果として不適切な決定が下されることをいいます。

集団思考が発生する要因はさまざまですが、例えば、

  • 意思決定を行う集団の結び付きが強い場合
  • 外部から隔離されるなどして、情報収集が困難な状況である場合
  • 優秀で強いリーダーシップを発揮するリーダーが存在する場合

に発生しやすいといわれています。こうした集団内では、絶対的なリーダーの意見に従う傾向が強まります。その上、情報収集ができないために、意見の妥当性を慎重に検討することなく意思決定が行われてしまうこととなります。その結果として不適切な意思決定を生んでしまうのです。

3)集団における誤った意思決定を避けるには

1.誰かが集団とは異なる意見を述べる

同調圧力の発生は心理学的観点から見ると、「他の参加者と違う意見を述べることで、集団内での自己の評価が下がるのではないか」という恐怖感が影響しているといわれます。この同調圧力を緩和するには、集団とは異なる意見が言いやすい状況をつくり出すことが最も基本的な対策となります。集団と異なる意見を言う参加者がいれば、他の参加者も「自分だけが違う意見を持っているわけではない」と考え、集団内であっても自分の意見が言いやすくなるからです。

2.意思決定の場の参加者を変える

いつも同じメンバーで意思決定を行っていると、集団の凝集性が高まり、集団思考が発生しやすくなります。組織における集団思考を回避するためには、意思決定を行うメンバーを変えることですが、メンバー全員を毎回変更するのは難しいかもしれません。

そこで、経営者の目から見て、意思決定やアイデアがマンネリ化しているなど集団思考の兆候が見られる場合は、若手従業員などを会議に参加させるなど、経験や役職にとらわれずメンバーを同じ人で固定しないことで、意思決定の過程に多様性を持たせることも重要なポイントです。

3 組織の永遠の課題である組織変革を実現する

1)組織が変わることの難しさ

組織変革は、企業が生きながらえるためには常に直面する課題です。コロナ禍など企業を取り巻く外部環境や企業自身の内部環境の変化、あるいは新規事業進出・既存事業撤退などさまざまな要因により、企業は常に新しい組織像を求められます。

しかし、既存事業を行うために完成された組織を変えることは、非常に困難を伴う取り組みです。これには、「組織には変わることを拒むという性質がある」ためです。組織変革について考える際には、まずこの性質について「組織全体のレベルでの問題」と「個人レベルでの問題」に分けて理解する必要があります。

1.組織全体のレベルでの問題

組織変革を強く意識せずに、特段の取り組みを行わない場合、組織は既存事業の強化など「現在の組織構造を強化する」傾向があります。

例えば、設備投資は、その事業をより効率的に行うことのできる設備などが対象になります。人事面では、その事業に対する高い能力を有する人材を採用したり、そうした能力を少しでも高めることができるように教育・訓練をしたりするはずです。

また、指揮命令系統や部課などの組織構造も、既存の事業などに最適なものに形成されていきます。さらに、従業員の行動様式に影響を与える組織文化も、事業遂行に適したように形成されていきます。

このような「現在の組織構造を強化する」という流れは、今の組織構造を変化させる組織変革にとっての大きな障害となります。

2.個人レベルでの問題

組織全体のレベルとは別に、実際に組織を動かす従業員などの中にも変わることを拒む性質があります。これは、組織にいる従業員の特徴というよりは、むしろ人が本質的に持つ特性といったほうがいいかもしれません。

人が変化を好まない理由の大きな要因に、「先が分からないという不安感」があります。例えば「変革に伴って業務内容が変わるが、私にできるだろうか?」「今までの業務では高い評価を得られたが、新しい業務でも同様に高い評価を得ることができるのか?」「業務量が増えるのではないか?」など、新しいことに対してはさまざまな不安がつきものです。その結果、「先の分からない『変化』よりも、現状のままがいい」という気持ちが強くなってしまうのです。

組織変革の難しさは、組織全体のレベルでの変革と個人レベルでの変革を、バランス良く行わなければならない点にあります。しかし、実際の組織変革への取り組みを見ると、制度面の変更など、比較的容易に取り組むことができる組織全体のレベルでの変革には注意が払われているものの、個人レベルでの変革については、十分な注意が払われていないことが多いようです。

2)個人レベルでの変革を行う際の基本的な考え方

個人レベルでの変革を行う際の基本的なポイントは次の通りです。

  1. 組織変革の必要性(現状のままでいることは許されない理由など)を理解させる
  2. 組織変革を通じて実現する新たな組織像や、そのためにどのように変わる必要があるかという具体的な方向性を示す
  3. 組織変革の成果を実感させる
  4. 1.~3.の取り組みを継続する

1.で「現状のままがいい」という甘えを絶ち、真剣に組織変革に取り組まなければならないという事実をしっかりと認識させます。2.で「先がどうなるか分からない」という不安感を払拭するとともに、自身が組織変革のためにすべきことを具体的に示すことで、組織変革に取り組みやすい状況をつくります。3.で具体的な成果を通じて組織変革の正しさなどを実感させ、組織変革に取り組もうというモチベーションを高揚・維持させます。そして、4.で従業員の心の中に時折頭をもたげてくる「以前の状況に戻りたい」という気持ちを抑え、継続的に組織変革に取り組んでもらうようにします。

個人レベルでの変革において、経営者が注意しなければならないのは、「分かっている『はずだ』」という思い込みです。規模が小さな企業では日常のコミュニケーションを図りやすいこともあり、経営者は「何度も言わなくても、従業員は分かってくれているはずだ」と思いがちです。しかし、これでは個人レベルでの変革は実現できません。「常に、組織変革の必要性や、熱意を持って新たな組織像を語り続ける」といった姿勢が必要なのです。

4 多様化する働き方に対応する組織づくり

1)多様化する働き方

コロナ禍を経て「従前と同じやり方では、業務をスムーズに進められなくなった」など、組織上の問題を感じる経営者は少なくありません。その背景には、リモートワークやオンラインミーティングが普及し、「お互いの顔が見えない離れた場所で働いているため、コミュニケーションが取りにくくなった」といった要因が挙げられます。

こうした環境の変化に対応しながら、組織運営をスムーズに行っていくためには、さまざまな対策を講じることが求められます。ここでは「組織のライフサイクル」という考え方を基に、多様化する従業員に対応するための問題を考えてみます。

2)組織のライフサイクル

組織の変遷は、「誕生・成長・衰退」といったライフサイクルで表すことができます。ライフサイクルの段階区分はさまざまな定義がありますが、ここでは「1.起業段階→2.共同化段階→3.公式化段階→4.精巧化段階」と仮定して話を進めていきます。また、段階ごとに、戦略・マネジメントスタイル・リーダーシップの在り方などさまざまな特徴が見られますが、組織という視点から簡単にその特徴を紹介します。

1.起業段階

組織が誕生したばかりであり、規模が小さいことから組織の柔軟性は高く、組織的な活動というよりは、むしろ個々の従業員、特に経営者(この時点では創業者である場合が多い)の個人的な資質や魅力に強く依存しながら事業が展開されます。また、創業者の理念や夢(それを形にした企業理念など)に対する熱い思いが従業員の間で自然に共有されており、従業員はそうした要因に強く動機付けられながら業務に携わります。

2.共同化段階

組織の規模が大きくなってくるため、次第に経営者の個人的な資質や魅力に依存した組織運営が難しくなっていきます。また、人材も多様化してくるため、創業者の理念や夢を自然と共有することも難しくなってきます。そのため、経営者に求められる能力としては、組織を運営していく上で不可欠なマネジメント能力の重要性が増してきます。

3.公式化段階

組織の規模が拡大していくとともに組織内での活動が幅広くなり、経営者がマネジメントできる範囲も限られるようになってきます。組織内において経営者からの権限委譲が進み、それに伴って組織は部門ごとに分割されるなどして、組織区分の明確化や組織の階層化が図られ、官僚的組織が形成されていきます。また、経営者の役割は、マネジメント業務から戦略の策定など、組織活動の方向付けを行う役割が中心になってきます。

4.精巧化段階

官僚的組織が定着するに従って、セクショナリズムや責任回避といった官僚的組織のデメリットが顕在化し、組織の硬直化が進みます。こうした問題を解決するためには、プロジェクトチームやタスクフォースなどの横断的な組織制度を導入するなど、組織の柔軟化・活性化が重要な課題となります。

3)組織のライフサイクルから問題を考える

一般的に、組織の成長は「従業員数の増加」を1つの基準として語られます。しかし、これは単に従業員数の増加という視点だけではなく、それに伴う「従業員の多様化」という問題を考える際にも参考にすることができます。例えば、規模は決して大きくない中小企業においても、従業員の多様化などが原因で組織のライフサイクルと同様の特徴(問題点)が見られるケースは少なくありません。

組織のライフサイクルに準じて考えると、中小企業が特に注意しなければならないのは、起業段階から共同化段階に至る過程かもしれません。中小企業の中には、企業経営の大部分を経営者の個人的な資質や魅力に依存しているといった、起業段階が未成熟な組織のままでとどまってしまっている場合が少なくないからです。

しかし、起業段階の未成熟な組織が成り立つのは、従業員の多くが創業当時のメンバーであり、創業者の理念や夢に対する熱い思いを共有できているといった要素に負うところが大きいのです。創業当時から苦楽を共にしている従業員の間には親密なコミュニケーションが図られています。そのため、例えば「自身の担当業務ではなくとも、他の従業員が困っていたら協力を惜しまない」というように、指示がなくても相互補完的に業務を遂行するなどしているため、未成熟な組織であっても組織として成立し得るのです。創業者の理念や夢を共有できているからこそ、従業員は「それを実現したい」という思いから、未成熟な組織の中でも高い貢献意欲を持って進んで業務に取り組むことができます。

規模自体はそれほど大きくなくとも、従業員や働き方の多様化が進めば、その中で創業者の理念や夢を自然と共有することは難しくなってきます。従って、組織運営をスムーズに行っていくためには、何らかの施策を講じる必要が出てきます。

例えば、「創業時の理念や夢を共有できるように、従業員に熱意を持って説き続ける」といった対策を再強化することも有効かもしれません。その一方で、自社の状況を勘案しながら組織のライフサイクルを参考に、新たな組織づくりに取り組むことも有効な対策の1つとして検討することができるでしょう。

以上(2024年1月更新)

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画像:pexels

【規程・文例集】自社に合った「役員規程」に仕上げるためのポイント

書いてあること

  • 主な読者:役員規程を整備していなかったり、ひな型をそのまま使ったりしている経営者
  • 課題:自社に合った役員規程にするために、どこを見直せばよいのか分からない
  • 解決策:役員の定義、役員規程の適用範囲、辞任、機密保持義務などを見直す

1 大きな権限を持つ役員にルールがないのは不自然です

「就業規則」はあるのに「役員規程」はない、そんな会社が少なくありません。労働基準法で10人以上の社員がいる会社には、就業規則の作成が義務付けられている一方、役員規程には、会社法などによる義務がないというのが背景にあるのでしょう。

しかし、役員は経営の中枢であり、権力や影響力が大きいわけですから、それを規定する役員規程がないのはガバナンスの面でまずいわけです。改めて整理すると、役員規程とは、

役員に共通して適用されるルール(役員の選任・就任、退任、執務条件、責務など)について定めた、いわば役員用の就業規則

です。特に、親族以外の役員がいるオーナー経営者にとって、役員規程は重宝するでしょう。

また、役員規程を作成する際に、インターネットや書籍のひな型をそのまま使うのはお勧めできません。役員構成などは会社によって異なるわけですから、役員規程も自社の実情に合ったものであることが必要なのです。

そこで、この記事では、

役員規程のひな型に通常盛り込まれている条項を「1)条文例」として紹介し、弁護士の視点から条文について「2)追記・修正案」と「3)解説」を記載

していますので、ご確認ください。なお、役員規程の作成・見直しをする際は、それと併せて、

役員と締結する委任契約に、役員規程が適用される旨の条項を盛り込んでおく

ようにしましょう。

2 「役員」の定義:自社の役員構成に合わせて修正する

1)条文例

第●条(役員の定義)

「役員」とは、株主総会で選任された取締役をいう。

2)追記・修正案

第●条(役員の定義)

「役員」とは、株主総会で選任された取締役および監査役をいう。

3)解説

役員構成は、会社によって異なるため、自社の役員がカバーされるように、適宜修正します。

3 役員規程の適用範囲:非常勤役員への準用について明記する

1)条文例

第●条(適用範囲)

本規程は、常勤の役員に適用する。ただし、必要があるときは、本規程の一部を非常勤役員に準用することがある。

2)追記・修正案

第●条(適用範囲)

本規程は、常勤の役員に適用する。ただし、本規程その他の書面で別途の定めがある場合には、本規程の一部を非常勤役員に準用することがある。

3)解説

役員規程の適用範囲については、特に決まったルールはないので、どのように定めても構いません。実務上は、「常勤役員のみ」を適用対象とするのが一般的です。

なお、非常勤役員への準用を定める場合、単に「必要があるとき」などとすると、どのような場合に準用が認められるのか分かりません。そのため、「本規程その他の書面で別途の定めがある場合」などとして、準用に明文の根拠を要求するように修正することが望ましいでしょう。

4 役員の辞任:辞任の事前通知期間を適切に定める

1)条文例

第●条(辞任)

役員が辞任する場合は、原則として2カ月前までに社長に届け出るものとする。

2)追記・修正案

第●条(辞任)

役員が辞任する場合は、原則として3カ月前までに社長に届け出るものとする。

3)解説

役員が辞任する場合、会社の業務運営に支障が出ないように、引き継ぎが確実に行える準備期間が必要です。準備期間としてどの程度の期間を確保すべきかについては、取締役の担当業務の内容や、後任者を確保できる見込みなどによって異なります。そのため、ひな型に記載された準備期間が短いと感じられる場合には、延長しておくとよいでしょう。

なお、会社の裁量により、所定の期間よりも短期間での辞任を認めることはできます。

5 役員の定年:退任時点を明記する

1)条文例

第●条(定年)

役員の定年は、原則として次に定める通りとする。

  1. 社長:70歳
  2. 取締役:65歳
  3. 監査役:65歳

2)追記・修正案

第●条(定年)

1)役員の定年は、原則として次に定める通りとする。

  1. 社長:70歳
  2. 取締役:65歳
  3. 監査役:65歳

2)事業年度の途中で定年に達した場合には、その日以降最初に到来する定時株主総会終了の日をもって退任するものとする。

3)解説

定年となる年齢を記載しているだけでは、いつ退任するのかがはっきりしないため、退任時期を明確にしておくべきです。退任時期については、取締役に欠員が生じないように、定時株主総会のタイミングに退任時期を合わせるとよいでしょう。

6 機密保持義務:別途NDAを締結して定める

1)条文例

第●条(機密保持)

役員は、職務上知り得た会社の機密情報を、正当な理由なく会社の内外に開示または漏洩してはならない。

2)追記・修正案

第●条(機密保持)

役員は、職務上知り得た会社の機密情報を、正当な理由なく会社の内外に開示または漏洩してはならない。また、役員は、会社との間で秘密保持契約書を締結し、その定めに従わなければならない。

3)解説

役員としての機密保持義務については、別途秘密保持契約書(NDA)を締結し、その中で詳細にルールを定めておきます。NDAで定めるべき事項は、次のようなものです。

  1. 機密情報の定義
  2. 例外的に開示を認める場合
  3. 退任後の機密情報の取り扱い
  4. 機密保持義務の存続期間など

以上(2024年2月更新)
(監修 弁護士 坂東利国)

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画像:ESB Professional-shutterstock

【労働条件の変更(4)】「労働契約」による労働条件の不利益変更

書いてあること

  • 主な読者:賃金引き下げなど、いわゆる「労働条件の不利益変更」を検討している経営者
  • 課題:労働契約の変更手続きの流れが分からない
  • 解決策:労働協約や就業規則に定めのない労働条件を変更する場合や、就業規則を下回らない範囲で労働条件を変更する場合、社員の合意を得て労働契約を変更する

1 労働協約や就業規則に定めのない労働条件を変更する方法

会社の経営状況や働き方の変化などを理由に、労働条件を引き下げることを「労働条件の不利益変更」といいます。労働条件を変える場合、労働組合がある会社なら「労働協約」の変更、労働組合がない会社なら「就業規則」の変更で対応するのが通常ですが、

労働協約や就業規則に定めのない労働条件を変更する場合などは、「労働契約の変更」が必要

です。また、変更の際は

  • 個別の社員との交渉・合意などを、正しい手続きで進めること
  • 就業規則の変更と労働契約の変更の使い分けなど、必要なポイントを押さえること

が大切です。以降で詳しく見ていきましょう。

2 労働契約とは?

労働契約とは、社員が会社から与えられた仕事をする代わりに、会社が社員に賃金を支払う契約です。労働契約を締結するに当たり、会社は次の事項を労働条件通知書などで社員に明示しなければなりません。なお、2024年4月1日以降は、図表1の赤字の内容を新たに明示する必要があります。

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労働契約の効力が及ぶのは、

労働契約の当事者である社員のみ

です。そのため、特定の社員の労働契約を変更しても、他の社員の労働条件は変更されません。労働契約の変更によって不利益変更を行う場合、変更する労働条件が、労働協約や就業規則に定めがある内容か否かで対応が変わります。まず、

労働協約や就業規則に定めのない労働条件を変える場合、労働契約を変更する必要

があります(契約期間、契約の更新基準(有期の場合)、就業場所など)。

次に、労働協約や就業規則に定めのある労働条件を変える場合です。労働協約、就業規則、労働契約の力関係は、

「労働協約>就業規則>労働契約」という力関係

があります。労働協約や就業規則よりも不利な労働条件を定めた労働契約は無効ですので、原則として労働協約か就業規則を変更しない限り、不利益変更はできません。ただし、法令上、「労働契約の労働条件が就業規則を上回る場合のみ、労働契約は就業規則に優先する」というルールがあるので、

就業規則を上回る部分の労働条件を変える場合は、労働契約を変更する必要

があります。なお、労働協約との関係では、たとえ労働契約の労働条件が労働協約を上回っていても労働協約が優先するという考え方が有力です。その場合は労働協約を変更しない限り、社員の労働条件は変えられません(社員が労働協約の対象とならない非組合員である場合を除く)。

3 労働契約による不利益変更の流れ

1)労働条件の不利益変更を行うことについて社員と交渉する

労働契約は会社が一方的に変更できないので、会社と社員の合意によって変更します。そのため、労働条件の不利益変更を行うには社員との交渉が必須です。

交渉の進め方などは当事者の自由ですが、通常は会社が労働条件の新旧対照表を作成し、変更が必要な理由を社員に説明します。例えば、賃金を引き下げる場合は賃金額の新旧対照表を作成し、変更が必要な理由(勤務成績が目標の○%に満たず、指導を継続しても改善が見られないなど)を説明するといった具合です。

2)労働条件の不利益変更を行うことについて社員の合意を得る

会社と社員が合意すれば、新しい労働条件が適用されます。「言った、言わない」のトラブルを防ぐため、「合意書」(任意の書式)を取得するのが無難です。合意書には、社員自身が署名する欄を設け、さらに、

社員が労働条件の変更について理解した上で合意する

などの文言を入れておくとよいでしょう。社員から「内容をよく理解せずに合意した」「会社の説明が不十分で、内容を誤解した状態で合意した」などと言われないようにするためです。

4 労働契約による不利益変更のポイント

1)社員の言い分も聴きながら交渉する

労働条件の不利益変更について社員と交渉する場合、会社と社員の立場の違いに注意しましょう。例えば、

「不利益変更を拒否したら、会社に居づらくなるのではないか」という不安から、本当は不利益変更に応じたくないのに、無理をして同意するケース

があります。その場の交渉は無事に終わっても、後に不満を募らせた社員がユニオンなどに駆け込み、「会社から不当な労働条件を強いられた」などと主張することがあります。

ですから、交渉の際は、必ず社員の言い分も聴くようにしましょう。例えば、「勤務成績が目標の○%に満たず、指導を継続しても改善が見られないため、月給を○円引き下げる」といった場合であれば、目標を達成できない理由などについて社員の言い分を聴きます。場合によっては引き下げ額の見直しや引き下げの撤回などを検討するようにします。

2)ケースに応じて、就業規則の変更と労働契約の変更を使い分ける

前述した通り、就業規則と労働契約の間には、

  • 原則:就業規則が労働契約に優先する
  • 例外:労働契約の労働条件が就業規則を上回る場合、労働契約が就業規則に優先する

というルールがあります。

例えば、就業規則で月給を25万円と定めている会社が、特定の社員と月給を30万円とする労働契約を締結することは問題ありません。また、月給が就業規則の25万円を下回らなければ、就業規則を変更せず、労働契約の変更によってその社員の月給を引き下げることも可能です。

同じ「賃金引き下げ」という不利益変更であっても、就業規則の変更で対応するか、労働契約の変更によって対応するかはケースによって使い分けるとよいでしょう。基本的なイメージは、

  • 賃金を一律的に引き下げるなら、就業規則を変更する(会社の業績が悪化した場合など)
  • 特定の社員の賃金だけを引き下げるなら、労働契約を変更する(社員の成果が著しく低い場合など)

です。

以上(2024年2月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 小出雄輝)

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【労働条件の変更(3)】「就業規則」による労働条件の不利益変更

書いてあること

  • 主な読者:賃金引き下げなど、社員の「労働条件の不利益変更」を検討している経営者
  • 課題:就業規則の変更手続きの流れが分からない
  • 解決策:労働組合が組織されていない(労働協約を交わしていない)場合は、就業規則の変更によって労働条件を変更する

1 労働組合がない会社が、社員の労働条件を変更するには?

会社の経営状況や働き方の変化などを理由に、労働条件を引き下げることを「労働条件の不利益変更」といいます。労働条件を変える場合、労働組合のある会社であれば「労働協約」の変更で対応するのが通常ですが、

御社に労働組合がない場合、社員の労働条件を変えるには、原則として「就業規則」の変更が必要

になります。また、変更の際は

  • 過半数労働組合や過半数代表者からの意見聴取などを、正しい手続きで進めること
  • 就業規則の変更の合理性など、必要なポイントを押さえること

が大切です。以降で確認していきましょう。

2 就業規則とは?

就業規則とは、賃金や労働時間など一定の労働条件をまとめた職場のルールブックです。社員数が常時10人以上の会社(実際は本店・支店などの事業場単位)の場合、作成は義務です。

就業規則に記載する事項は次の3つに分かれています。なお、「就業規則(本則)」とは別に、「賃金規程」などを別規程で作成する会社は多いですが、法令上は、本則も賃金規程なども全て就業規則に当たります。

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就業規則の効力が及ぶ範囲は、

就業規則の中で適用対象として定めた全ての社員

です。例えば、就業規則の中に「本規程は正社員に適用する」という定めがある場合、正社員にのみ効力が及びます。なお、正社員と異なる労働条件が適用される社員については、そうした社員を適用対象とする「パートタイマー用就業規則」などを別に作成すれば問題ありません。

労働組合がない会社の場合、社員の労働条件は、就業規則か労働契約によって決まりますが、

この両者の間には「就業規則>労働契約」という力関係

があるため、労働契約を変更しても、社員には就業規則の労働条件が引き続き適用されます。つまり、

就業規則のある会社が社員の労働条件を変える場合、まず就業規則を変更する必要

があるわけです。ただし、例外として、

労働契約の労働条件が就業規則を上回る場合のみ、労働契約は就業規則に優先

するというルールがあり、この場合は労働契約の変更で対応することになります。

3 就業規則による不利益変更の流れ

1)新しい就業規則を作成する

本来、会社は社員と合意せずに、就業規則の変更による不利益変更を行うことはできません。しかし、社員の不利益や労働条件を変える必要性など、いくつかの要素に照らして就業規則の変更が合理的といえる場合、社員と合意しなくても不利益変更が可能です。

合理性の判断のポイントは、第4章で事例を交えて紹介しますが、まずは経営者や人事労務担当者が、合理的かどうかを自己判断しながら新しい就業規則を作成することになります。

2)過半数労働組合や過半数代表者から意見を聴取する

就業規則を変更する場合、過半数労働組合(社員の過半数で組織される労働組合)から意見を聴取しなければなりません。過半数労働組合がない場合は過半数代表者(社員の過半数を代表する者)から意見を聴取します。なお、過半数代表者は、次の要件を満たす必要があります。

  • 管理監督者(労働基準法の「監督もしくは管理の地位にある者」、労務管理について一定の責任・権限を与えられている管理職など)でないこと
  • 就業規則に関する意見聴取のために選出されることを明らかにした上で、投票や挙手などによって選ばれた者であること

意見を聴取する際は、意見を聴取される者の氏名、意見の内容、聴取した日付などを書き込める「意見書」(任意の書式)を作成します。

なお、会社と意見を聴取される者が、変更内容について合意することまでは求められていません。つまり、

反対意見が出たからといって、就業規則の変更が無効になるわけではない

ということです。

3)変更した就業規則を所轄労働基準監督署に届け出て、社員に周知する

変更した就業規則は、過半数労働組合または過半数代表者の意見書を添えて、所轄労働基準監督署に届け出ます。書面で直接提出するか、「電子政府の総合窓口(e-Gov)」を使用できる環境にあればデータで送付します。

届け出が完了したら、変更した就業規則を社員に周知します。

就業規則を社員に周知しないと、新しい労働条件が社員に適用されない

ので、注意が必要です。例えば、オフィス内に就業規則を掲示しても、ほとんどの社員がリモートワークをしていて内容が確認できない場合などは、周知したことになりません。社内のイントラネットなど、社員が閲覧しやすい場所・方法で、就業規則のデータを掲示する必要があります。

■電子政府の総合窓口(e-Gov)■

https://www.e-gov.go.jp/

4 就業規則による不利益変更のポイント

1)「就業規則の変更が合理的か」が重要

前述した通り、会社が社員と合意せずに、就業規則の変更による不利益変更を行う場合、その変更が合理的である必要があります。具体的には、次の要素に照らして合理性を判断します。

  • 社員の不利益が大き過ぎないか
  • 労働条件を変える必要があるか(経営上の理由など)
  • 内容は適切か(変更の方向性、不利益の緩和措置、一般的な同業他社の状況など)
  • 労働組合等との交渉を行っているか
  • その他、就業規則の変更に当たって考慮すべき事情を見落としていないか

例えば、「仕事内容を基準にしたジョブ型の人事制度にしたいので、成果や仕事内容との関係性が薄い住宅手当を廃止する」という不利益変更の場合、次のような対応をしていれば合理的といえるかもしれません。

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図表2の場合、「住宅手当を廃止することによる社員の不利益が大きい」のがネックですが、会社としては競争力を上げるためにジョブ型の人事制度への切り替えが不可欠と考えているのが難しいところです。そのため、

住宅手当を廃止する代わりに、調整給を一定期間支給するという落とし所によって、社員の不利益を緩和し、合理性を担保する

という対応になっています。

就業規則を変更する場合、変更に当たって会社が考慮した要素を、図表2のような形であらかじめまとめておくと、過半数労働組合や過半数代表者も、意見を述べやすいかもしれません。

2)必要であれば個々の社員の合意を得る

第3章で紹介した手続きを踏めば、会社と社員が合意しなくても就業規則を変更できますが、変更の内容によっては反感を覚える社員もいるでしょう。社員とのトラブルを回避したいのであれば、

個々の社員の合意を得た上で就業規則を変更し、あくまで反対する社員については個別の労働契約によって就業規則と異なる労働条件を定める

というのも1つの方法です。

以上(2024年2月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 栗原功佑)

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画像:garagestock-shutterstock

既存の壁を突破せよ! 新規事業に必要な「異端の革新力」

書いてあること

  • 主な読者:一緒に新規事業を担う社員を育てたい経営者
  • 課題:多くの社員は変化を拒む。新規事業を考える「脳みそ」を持っていない
  • 解決策:経営者自身が「よそ者・ばか者・若者」+αの視点で人選する

1 アンゾフのマトリクスを参考とした展開

多くの企業は単一の事業で収益を上げています。限られたリソースを一点に集中し、改善を繰り返している経験は強みとなります。しかし、その事業が苦戦すると他にカバーする事業がないため、一気に業績が悪化します。

ですから、社長は常に新しい事業展開を検討し、試していかなければなりません。まずは「アンゾフのマトリクス」で事業展開の類型を確認しましょう。このマトリクスでは、市場浸透(既存市場×既存製品)、新製品開発(既存市場×新製品)、新市場開拓(新市場×既存製品)、多角化(新市場×新製品)の4つの象限で考えます。

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既存市場と既存製品の組み合わせは、いわゆる「金のなる木」(成長性は低いが、安定した収益を上げる事業)です。ここを確保している企業は0(ゼロ)から起業する場合と違い、安定した基盤の上に新規事業を立ち上げられるメリットがあります。ただし、既存事業を守ろうとするあまり、新規事業を攻めきれないという問題もあります。

一方、既存事業を縮小・廃止しつつ、新市場で新製品・サービスを展開する「多角化や事業転換」といった戦略もあります。新規事業に向けたより抜本的な取り組みです。

多角化や事業転換に成功すれば収益拡大の余地は広がりますが、未知の分野への進出となります。そのため、新製品開発や新市場開拓を経由して多角化に進み、事業化のめどが立ったら事業転換戦略に進むのが定石です。

2 人選は「よそ者・ばか者・若者」+α

いずれにしても、新規事業を推進すると、変化を嫌う社員はストレスと恐怖を覚えます。こうした社員も巻き込みながら新規事業を推進していくためのポイントは、「新規事業の担当者にこれまでとは違うタイプの社員を配置する」ことです。

具体的には「よそ者・ばか者・若者」です。さらに、それぞれの社員に+αの力が備わっていると理想的です。

  • よそ者×配慮:自社の常識に縛られないが、周囲の人に配慮できる
  • ばか者×知識:信じた道を突き進むが、直感だけではなく経験や知識の裏付けがある
  • 若者×したたかさ:あり余るエネルギーがあり、それを集中すべきところを感じ取る

よく「創業者と2代目とでは、求められる資質が違う」といわれますが、これは新規事業の場合でも同じです。市場浸透・新製品開発・新市場開拓をうまく進められるのは、その事業をよく知っている社員です。

一方、多角化・事業転換では、既存事業を否定することもあるため、従来とは異なる目線を持った社員でなければ、うまく進めることは難しいかもしれません。そのため、「よそ者・ばか者・若者」が必要です。

3 外部との出会いを後押しし、予算配分は機動的に

新規事業を成功させるために重要なのは外部のパートナーであり、その出会いを増やさなければなりません。事業展開の担当者がセミナーや会合などに自由に参加できるようにします(有料であってもその予算は確保する)。

また、予算はあらかじめ枠を設定しておくものの、それありきで運用しないようにします。状況の変化によって予算が余ったり、不足したりすることは頻繁です。必要な予算か否かは社長も参加して厳しく選別するものの、機動的な動きも必要です。

4 事業展開が進むか否かは経営者次第

既存事業を損なわないように、事業展開をしていくことは簡単ではありません。事業展開には社長も絡みますが、既存事業の兼ね合いで100%注力するのは難しいため、起業家マインドを備えた社員が必要です。

事業展開を担当する社員は、少なくとも社内では優秀です。事業展開を担当することになれば、既存事業で手薄なところも出てきますが、そこをカバーする組織づくりも並行して進めていく必要があります。こうして何らかの事業展開を進め、それが成功しても失敗しても、その結果を示すことで、一部の社員に「与えられた仕事をするだけではない」という感覚が芽生えていくでしょう。

社長は、事業環境の変化がますます急速になっていることを実感しているはずです。そうした中で生き残るためには、自由な発想で事業展開を考える社員が必要です。そして、そのような社員を育てられるか否かは、経営者のマネジメントにかかっています。

以上(2024年1月更新)

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画像:Vera NewSib-shutterstock

【労働条件の変更(2)】「労働協約」による労働条件の不利益変更

書いてあること

  • 主な読者:賃金引き下げなど、いわゆる「労働条件の不利益変更」を検討している経営者
  • 課題:労働協約の変更手続きの流れが分からない
  • 解決策:労働組合が組織され、労働協約を交わしている場合は、労働協約の変更によって労働条件を変更する。非組合員の労働条件を変更するには就業規則の変更も必要

1 労働組合がある会社が労働条件を変更する方法

会社の経営状況や働き方の変化などを理由に、労働条件を引き下げることを「労働条件の不利益変更」といいます。労働条件を変える場合、

労働組合がある会社なら、原則として「労働協約」の変更が必要

です。また、変更の際は

  • 労働組合との団体交渉などを、正しい手続きで進めること
  • 労働組合との交渉に失敗した場合の対応など、必要なポイントを押さえること

が大切です。以降で確認していきましょう。

2 労働協約とは?

労働協約とは、会社と労働組合が交わす書面の協定で、作成は任意です。労働協約に記載する事項は、労働条件(賃金、労働時間など)、組合活動(組合専従者、組合費の給与天引きなど)、団体交渉(交渉担当者、交渉手続きなど)などです。

労働協約の効力が及ぶ範囲は、

  • 原則:組合員のみ
  • 例外:労働組合が事業場(本社、支店など)の4分の3以上の社員で組織されている場合、組合員と非組合員

です。

労働条件は、労働協約、就業規則、労働契約のいずれかによって決まりますが、これらには、

「労働協約>就業規則>労働契約」という力関係

があります。そのため、就業規則や労働契約を変更しても、組合員には労働協約の労働条件が引き続き適用されます。つまり、

労働協約のある会社が組合員の労働条件を変える場合、まず労働協約を変更する必要

があるわけです。

なお、労働組合の組織率は減少傾向にあります。会社に労働組合がないようであれば、就業規則や労働契約の変更によって労働条件の不利益変更を行います。

3 労働協約による不利益変更の流れ

1)労働組合に対し、団体交渉を申し入れる

労働協約は、会社と労働組合の約束事なので、両者が合意しないと内容を変更できません。合意するには、労働組合と「団体交渉」をする必要があるので、まずは会社がその申し入れをします。申し入れの方法は労働協約などで定めます。例えば、「所定の書面を開催要望日時の○労働日前までに提出する」といった具合です。

申し入れの際は、労働条件の不利益変更を行う理由を明確にします。賃金引き下げを行う場合であれば、「業績が悪化している中で、全社員の雇用を維持するため」などが考えられます。

2)労働条件の不利益変更を行うことについて、会社と労働組合が合意する

労働組合との団体交渉を通して、労働条件の不利益変更を行うことについての合意を得ます。例えば、賃金引き下げを行う場合、団体交渉では次のような点がポイントになります。

  • 賃金引き下げの必要性を裏付ける資料があるか(会社の収益・支出、人件費の推移など)
  • 賃金引き下げの方向性は明確か(基本給を引き下げるのか手当の一部を廃止するのか、具体的にいくら引き下げるのかなど)
  • 賃金引き下げの内容は合理的か(例えば、社員の基本給は引き下げるが、経営者や役員の役員報酬は引き下げないというのは合理的と言いにくい)

団体交渉は1回で決着がつくとは限りません。例えば、賃金を引き下げることについては合意できても、その方法や引き下げ金額について反対意見が出ることなどがあります。そうした場合、ある程度労働組合の意見を尊重するなどして、妥協点を見つけていくことも必要です。

なお、団体交渉を繰り返しても、会社と労働組合が合意できない場合の対応については、第4章をご参照ください。

3)新しい労働協約を作成・締結し、組合員の労働条件を変更する

会社と労働組合が合意した場合、変更箇所や有効期間を確認しながら新しい労働協約を作成します。会社と労働組合それぞれの署名または記名押印があれば有効で、就業規則と違い、所轄労働基準監督署への届け出は不要です。なお、労働協約に決まった書式はありません。

4)就業規則または労働契約を変更し、非組合員の労働条件を変更する

労働協約を変更しても、基本的に非組合員には効力が及びません(事業場の4分の3以上の社員で組織されている労働組合を除く)。そのため、非組合員については、

  • 原則:就業規則を変更
  • 例外:就業規則と異なる労働条件で労働契約を交わしている場合、労働契約を変更

することによって、労働条件の不利益変更を行います。また、

労働協約や就業規則に定めのない労働条件を変える場合については、労働契約を変更

する必要があります(契約期間、契約の更新基準(有期の場合)、就業場所など)。

4 労働協約による不利益変更のポイント

1)労働組合との交渉に失敗した場合は、労働協約の解約を検討する

団体交渉を繰り返しても会社と労働組合が合意できない場合、労働協約の解約を検討するのも1つの方法です。具体的には、

  • 労働協約に有効期間(最長3年)の定めがある場合、期間満了の際に解約
  • 有効期間の定めがない場合、90日以上前に予告した上で解約(予告は、署名または記名押印した文書で行う)

します。

労働協約を解約した場合、労働条件の不利益変更は、就業規則または労働契約を変更して行います。

2)労働協約解約後の規律

労働協約が失効した後の措置について別段の合意がない場合、協約の効力は消滅しますが、新たな労働契約が成立したり、就業規則の合理的改訂がなされたりすれば、これらによって規律されることになります。

以上(2024年2月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 渡邉和也)

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画像:tashatuvango-Adobe Stock

【朝礼】草履と下駄を履いて「ChatGPT」を始めよう

皆さん、おはようございます。今朝は、「不完全でも走り出す勇気」についてお話しします。

最近のイベントや展示会に行くと、「ChatGPT」など生成AIに関する出展が目白押しです。今、最も注目されている技術だと実感しますが、残念なことに、出展されているサービスはどれも今ひとつで、今後に期待といった感じです。

ここからが話の本題です。今の私の話を聞いてみて、皆さんはどう感じましたか? イベントに出展する会社は、貴重なリソースを割いて研究を重ね、必死でパートナーを探しています。すぐに結果が出るほど簡単ではないでしょうが、今後、課題を突破して素晴らしいサービスをローンチする可能性を秘めています。にもかかわらず、「なんだ、今ひとつなのか。だったら、まだいいや」と思った人がいたら残念です。

「草履片々、木履片々」(ぞうりかたがた ぼくりかたがた)という言葉があります。これは戦国武将である黒田官兵衛が、「毛利攻め」の最中に本能寺の変の知らせを受けて動揺した豊臣秀吉に伝えた言葉だとされます。その意味は、「片方に草履、もう片方に下駄を履いた不完全な状態でも、全力で走らなければならないときがある」というものです。この言葉があったからこそ、秀吉は世に伝わる「大返し」をして明智光秀を討てたのかもしれません。

ChatGPTに話を戻しましょう。これだけ注目されているのに、未だにChatGPTを触ったことがない人が多いようです。そうした人は、ごく限られた情報で知った気になり、「セキュリティや結果の精度の問題があるから、まだ触らない」と、もっともらしいことを言います。しかし、実際に触ってもみないで何が分かるのでしょうか? 今の課題は解決され、また新しい課題が出てくるというサイクルが急速に回っているというのに。

だからこそ、私たちは片方に草履、もう片方に下駄という不完全な状態でも走り出さなければなりません。しかも、スタートは早いほど好ましい。周囲はとっくに走り始めているのです。

それに、ChatGPTに限ったことではありませんが、どんなに待っても、物事が完璧になることはありません。「完璧だ!」と感じるのは、その時に皆さんが考える完璧になっただけであり、他人から見れば不完全です。それに次の瞬間に技術はさらに進み、完璧の定義も変わります。

とにかく、やってみる。そんなマインドが求められています。まずは、「失敗」を口癖にして、自分や周囲を否定することをやめましょう。新しい物事を進めるのは難しくて当たり前。皆さんが「失敗」と言っていることは、次につなげるための貴重な経験です。それは他人がお金を払ってでも体験したいことであり、皆さんは先んじて経験できているのです。

いかがですか。現状にとどまる危機感を覚え、前に進む勇気が湧いてきましたか? さぁ、一緒に進みましょう!

以上(2024年1月)

pj17168
画像:Mariko Mitsuda

部下が生意気で悩む教育担当者のやる気を取り戻すアプローチとは?

書いてあること

  • 主な読者:新人や若手の教育に悩んでいる教育担当者を奮起させたい経営者
  • 課題:教育担当者にやる気を取り戻してもらうためにどうすればいいのか迷う
  • 解決策:「部下が生意気」「部下が自分を慕ってくれない」「自分には教える能力がない」など、教育担当者の悩みに応じてアプローチの方法が異なる。まずは、教育担当者の気持ちに寄り添い、何に悩んでいるのかをよく聞くこと

1 教育担当者の負担はますます重くなる

御社の教育担当者は、新人や若手の指導で壁にぶつかっていませんか?

今、会社にとって教育担当者は、これまで以上に大切な存在です。リモートワークなど新しい働き方が浸透している上に仕事の内容も高度化・複雑化し、社員の考え方や能力のバラツキが大きくなっているからです。

また、オンラインで教育する機会が増えると、熱量や温度感などを共有するのが難しい場面も出てきます。教育担当者の中には、伝えたいことがなかなか伝わらず悩む人もいるでしょう。こうしたことが色々と重なると、教育担当者は疲弊し、やる気を失っていくかもしれません。

そんなときこそ、教育担当者に対する社長のフォローが必要です。やる気というのは、闇雲に応援されたり、一方的にアドバイスを与えられたりしても湧いてきません。社長がまず心掛けるべきは、

教育担当者の気持ちに寄り添い、何に悩んでいるのかをよく聞くこと

です。

その上で、教育担当者の悩みに応じて、具体的なアプローチの仕方を考えます。以降では、3つのパターンを例に社長が教育担当者に働き掛ける例を紹介します。

2 部下が生意気?

1)社長と呆田(あきれた)さんの会話

やる気を失っている様子の教育担当者、呆田さんに、社長が話し掛けました。話をしているうちに、どうやら呆田さんは、「仕事ができないのに生意気な部下にあきれてしまい、お手上げの状態になっている」ことが分かりました。

社長:呆田君、いつもご苦労様。

   部下の教育は大変だね。

   呆田君の部下は、特に難しいと人事部も言っているからね。

呆田:本当ですよ。社長、なぜ、あのような社員を採用したのですか?

   何度言っても仕事を覚えないのに、自分の意見ばかり主張してきます。

   しかも、その主張が的外れなのですから、もうお手上げです……。

社長:まぁまぁ。気持ちは分かるが、まだ君の部下になって1カ月だ。根気強く頼むよ。

   今は色々な社員がいるから、社員の良い面を引き出す教育投資は欠かせないよ。

呆田:それは分かりますが、あまりにもレベルが低いですよ。

   もう私にできることは全部やりました。

   私以外に、もっと教育担当として適任の社員がいるのでは?

社長:……。

2)呆田さんへのアプローチ

今どき、呆田さんのような教育担当者は少なくないでしょう。簡単な仕事でさえ満足にできないのに自己主張が激しく、場合によっては上司の教え方が悪いと不満を漏らす部下がいます。教育担当者が「お手上げ」になってしまうのも分かります。

このケースでは、部下に問題があるのは明らかです。しかし、呆田さんも、部下の仕事のできなさ加減や生意気な物言いばかりに気を取られていて、視野が狭いようにも見受けられます。

人材不足の折、「ピカピカの新人」は期待しにくいです。となると、今どきの人材育成は、教育担当者が視野を広く持ち、それなりの時間をかけて部下の良いところを見つけ、伸ばしていかなければなりません。

呆田さんに対して、社長はどのようにアプローチするべきでしょうか。効果的なのは、

小さくてもよいので社長と一緒にできる仕事を与えること

です。社長の考えに触れることで、呆田さんの視野は広がるでしょう。

社長との仕事で、呆田さんはミスをするはずです。その際、頭ごなしに叱らず、呆田さんの話を聞き、ミスを取り返す方法を一緒に教え、ある程度任せます。これは、日ごろ呆田さんが行っている指導と同じはずなので、呆田さんは自分の教え方を再確認できます。

教育担当者としての経験が浅いと、短期的な成果、つまり部下の“成長の証し”をすぐに求めてしまいがちですが、人はゆっくりとしか育ちません。そのことを呆田さん自身が体験できる環境を社長がつくることが大切です。

3 部下が自分についてこない?

1)社長と寂椎(さみしい)さんの会話

やる気を失っている様子の教育担当者、寂椎さんに、社長が話し掛けました。話をしているうちに、どうやら寂椎さんは、「一生懸命に部下を指導しているのに、部下が自分を慕ってくれなくてさびしがっている」ことが分かりました。

社長:寂椎君、いつもご苦労様。

   部下の教育は大変だね。

   君、ちょっと元気がないんじゃないか?

寂椎:いや、なんというか……。

   私、部下に好かれる上司になろうと頑張ってるんですけど……。

   部下が私でなく、私の同僚の○○さんにばかり話を聞くらしくて、さびしくて……。

社長:なるほど、その気持ちは分からなくもないが、部下は寂椎君を慕っているはずだよ。

   寂椎君のように一生懸命な教育担当者はそうそういない。自信を持って!

寂椎:はぁ~。それなら、もう少し態度で示してくれてもいいと思います。

   最近はオンラインも多く、部下がさらによそよそしい気もします……。

   私ではなく、私の同僚のほうが教育担当として適任なのでは?

社長:……。

2)寂椎さんへのアプローチ

真面目な教育担当者ほど、寂椎さんのような感情になりがちです。寂椎さんには、自分の頑張りを部下に押し付けるつもりはありません。しかし、頑張った分だけ感謝してもらいたいのが人間というものです。

一方、このケースでは部下にも特に悪気はないのでしょう。部下としても、日ごろ、自分の面倒を見てくれる教育担当者に感謝をしているはずです。ただ、他の人の意見も聞いてみたいという思いがあるのも当然です。

一生懸命に教えているからこそ、教育担当者にはある意味、“自分色に染めたい”という感情があります。しかし、部下の成長を願うなら、さまざまな人の意見を聞いたほうがよいのは明らかで、ここに教育担当者のジレンマがあります。

寂椎さんに対して、社長はどのようにアプローチするべきでしょうか。まず行いたいのは、

社長が寂椎さんとその部下をオンラインの異業種交流会などに招待すること

です。

教育担当者と部下がセットで参加している状況であれば、社員教育などをテーマに部下に話を振ってみることで、寂椎さんが知りたがっている「自分の指導に対する部下の考え」を聞き出せるかもしれません。そこに日ごろの指導への感謝などがあれば、寂椎さんも自分の教え方を肯定できます。同時に、社長はこうした場で、寂椎さん自身がさまざまな人から意見を聞けるよう配慮します。そして、寂椎さんは教育担当者として優れているが、寂椎さん自身がもっと成長するためには、さまざまな人の話を聞くことが大切だということを理解させるのです。

教育担当者である自分の言うことを聞いてほしいのは当然です。しかし、どんなに一生懸命で、優れた教育担当者であっても、やはり考え方には偏りがあります。それを埋めるべく、たくさんの人と話をする大切さを体験させることが必要です。

4 自分は人に教えられる器ではない?

1)社長と能不(のうぶ)さんの会話

やる気を失っている様子の教育担当者、能不さんに、社長が話し掛けました。話をしているうちに、どうやら能不さんは、「自分には能力が不足していて、部下を育てることには向いていないと思い自信を失っている」ことが分かりました。

社長:能不君、いつもご苦労様。

   部下の教育は大変だね。

   ん、どうした? 少し顔色が良くないよ。

能不:いえ、大丈夫です。

   ただ、実は私も社長に相談しようと思っていたことがあります。

   言いにくいのですが、私を教育担当から外してください。

社長:なぜ、そういうことになるんだい?

   能不君は一生懸命に頑張っているじゃないか。私も認めている。

   それなのに、一体、どうしたんだ?

能不:私には、うまく教えることができません。

   他の教育担当者に指導されている新人や若手はどんどん成長しています。

   このままでは部下に申し訳なくて……。

社長:……。

2)能不さんへのアプローチ

責任感の強い教育担当者ほど、能不さんのような感情になりがちです。責任感が強い分、部下に高いハードルを課し、また他の教育担当者やその部下と自分たちを比べてしまいます。

自分の部下に一番になってほしい気持ちはどの教育担当者にもあるでしょう。しかし、無理をし過ぎると部下への態度が厳しくなったり、自分自身が自信を失ったりしてしまいます。場合によっては、「自分は役立たずだ」とふさぎ込んでしまうかもしれません。

能不さんに対して、社長はどのようにアプローチするべきでしょうか。

まず、社長が、引き続き能不さんに教育担当を任せるか否かを判断

しなければなりません。能不さんの思いがエスカレートすると、自分の能力不足に悩み、離職を考えかねないからです。

引き続き能不さんに教育担当を任せる場合、

「教育担当者の能力の高さだけで、部下を成長させることはできない」ことを伝えます。同時に、「自分の能力の高低よりも、部下の性格とそれに合わせた教え方」を考えるほうが大事だと伝えます。

自分自身の教育担当者としての資質を疑うのは当然です。しかし、それは自分側の分析にすぎません。教育担当者と部下は、人間同士のぶつかり合いです。教育担当者は、自分のことよりも、部下のことを少しでも多く考えることが大切なのです。

以上(2024年2月更新)

pj00115
画像:fotofabrika-Adobe Stock

【労働条件の変更(1)】就業規則など労働条件を決める4つのルールと変更の考え方

書いてあること

  • 主な読者:賃金引き下げなど、いわゆる「労働条件の不利益変更」を検討している経営者
  • 課題:労働条件をどのように引き下げていいのか分からない
  • 解決策:「労働法規>労働協約>就業規則>労働契約」という力関係を理解し、適切な方法で労働条件の引き下げを進める

1 「労働条件の不利益変更」にはルールがある

会社の経営状況、働き方の変化などを理由に、

労働条件を引き下げることを「労働条件の不利益変更」

といいます。例えば、「業績が悪化したので、基本給を引き下げる」「仕事内容を基準にしたジョブ型の人事制度にしたいので、成果や仕事内容との関係性が薄い手当(住宅手当など)を廃止する」などがそうです。

ただし、労働条件を変えるには一定のルールがあり、会社が好き勝手に変更することできません。細かいルールは色々ありますが、まずは、

  • 労働条件は、4つの要素(労働法規、労働協約、就業規則、労働契約)で決定される
  • 4つの要素には、「労働法規>労働協約>就業規則>労働契約」という力関係がある

ということを知ってください。この記事では、この4つの要素の関係を図解していきます。

2 労働法規、労働協約、就業規則、労働契約の概要

1)労働法規

労働法規とは、労働に関する法令(労働基準法、労働組合法など)の総称です。会社と社員は労働法規の内容を守ることを前提に、労働条件を決定しなければなりません。

例えば、労働基準法に違反する労働条件を定めた労働契約は、会社と社員の合意があっても無効で、無効となった部分については労働基準法で定める基準が適用されます。

2)労働協約

労働協約とは、会社と労働組合が交わす書面の協定です。決まった書式はなく、会社と労働組合それぞれの署名または記名押印があれば有効です(届け出は不要)。

労働協約の効力は、基本的に組合員にしか及びません。ただし、労働組合が事業場(本社、支店など)の4分の3以上の社員で組織されている場合、その労働組合が会社と交わした労働協約の効力は、非組合員にも及びます。

3)就業規則

就業規則とは、賃金や労働時間など一定の労働条件をまとめた職場のルールブックです。社員数が常時10人以上の会社(実際は事業場単位)の場合、作成は義務です。

就業規則を作成・変更するには、社員の過半数で組織する労働組合(ない場合は社員の過半数を代表する者)の意見を聴いた上で(合意までは不要)、所轄労働基準監督署に届け出なければなりません。

4)労働契約

労働契約とは、会社と個々の社員が交わす契約であり、その基本原則は労働契約法、契約内容(労働条件)は労働基準法などで定められています。

3 効力の強いところからアプローチするのが基本

以上で紹介した4つの要素は「労働法規>労働協約>就業規則>労働契約」という力関係にあります。これを図で表すと次のようになります。

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社員の労働条件は、労働協約、就業規則、労働契約のいずれかによって決まりますが、

どの場合も、労働法規に違反する労働条件は無効(労働法規が最優先)

です。

次に、「労働協約>就業規則>労働契約」という力関係があるので、労働条件を変える場合、

  • 労働協約がある会社は、労働協約を変更(効力が及ぶのは労働組合の組合員)
  • 就業規則がある会社は、就業規則を変更(社員数が常時10人以上の場合、作成は義務)

するというのが、基本的なアプローチになります。なお、このルールに照らすと、労働契約は最も効力が小さいことになりますが、例外として、

労働契約の労働条件が就業規則を上回る場合のみ、労働契約は就業規則に優先

します。ただし、労働協約との関係では、たとえ労働契約の労働条件が労働協約を上回っていても、労働協約が優先するので注意が必要です。

4 労働条件の不利益変更における力関係

簡単な例を挙げてみます。仮に労働協約、就業規則、労働契約の全てで、月給を30万円と定めていたとします。これを25万円に変更する場合、労働条件の不利益変更における力関係は次のようになります。

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1)労働協約の変更

労働協約を変更すると、組合員の月給は25万円になります。ただし、非組合員の月給は30万円のままです。労働協約の効力は、基本的に組合員にしか及ばないからです(図表2「1.労働協約の変更」の「就業規則との関係」を参照)。ただし、例外として、労働組合が事業場(本社、支店など)の4分の3以上の社員で組織されている場合、その労働組合が会社と交わした労働協約の効力は、非組合員にも及びます。

2)就業規則の変更

就業規則を変更すると、非組合員の月給は25万円になります。ただし、組合員の月給は30万円のままです。組合員の労働条件については、労働協約が就業規則に優先するからです(図表2「2.就業規則の変更」の「労働協約との関係」を参照)。組合員の月給を引き下げるには、労働協約を変更しなければなりません。

3)労働契約の変更

労働契約を変更しても、組合員も非組合員も月給は30万円のままです。組合員の労働条件については、労働協約が労働契約に優先し、非組合員の労働条件については、就業規則が労働契約に優先するからです(図表2「3.労働契約の変更」の「労働協約との関係」「就業規則との関係」を参照)。組合員と非組合員の月給を引き下げるには、労働協約と就業規則の両方を変更しなければなりません。

労働協約、就業規則、労働契約のそれぞれの変更手続きについては、次の記事をご参照ください。

00414 「労働協約」による労働条件の不利益変更

00415 「就業規則」による労働条件の不利益変更

00416 「労働契約」による労働条件の不利益変更

以上(2024年2月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)

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画像:Mathias Rosenthal-shutterstock