『傾聴』の基本“姿勢”とは/武田斉紀の『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』(4)

書いてあること

  • 主な読者:会社経営者・役員、管理職、一般社員の皆さん
  • 課題:最近話題のZ世代(1990年代後半以降生まれで会社においては20代前半くらいまで)だけでなく、それ以前の平成生まれ(30代前半くらいまで)の世代と、現在経営や管理職を担っている昭和世代との世代間ギャップが注目されています。それは価値観の違いやコミュニケーションの違いとして表れ、変化や多様性が求められる昨今、日本企業において深刻な経営の足かせとなりつつあるようです。
  • 解決策:まず会社においてZ世代を含む平成生まれと昭和生まれの世代背景を整理しながら、ギャップを埋めるための「価値観の変化」を明らかにします。その上で、筆者が多くの講演や企業研修で紹介してきた『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』を実践的に指南します。

1 『傾聴』には“姿勢”と“技術”が必要

今シリーズでは、ここ10年ほどで“真逆”と言えるほどに変化しているビジネス上の価値観を取り上げています。

それは30代後半~50代の昭和生まれ世代の管理職と、現場を任されている平成生まれ、とりわけ「Z世代」とのギャップであり、同時に「世界とのギャップ」として表れています。

シリーズでは、社内で現在リーダーを担っている皆さん、今後担っていくであろう皆さんに、このギャップを埋めていただくために必須のコミュニケーション習慣をご提案しています。

「自分はもうすぐ定年だから今さら変わらなくていい」と考えている中高年の方も、人生100年時代の後半を、若い世代の人とも楽しく生きていただくためにぜひとも身に付けておきたい習慣です。

さて、前回は習慣その1として『傾聴』を取り上げました。私が講演や研修の際に行っているロールプレイング、また夫婦の会話の事例から、「傾聴である」と「傾聴でない」状態を比較して違いをご紹介しています。

『傾聴』は“コーチング(注)”の基本でもあると申し上げました。身近な人との会話からでもよいので、ぜひ一度試してみてください。変化の激しい時代に、会社組織の中の一人ひとりの社員が自律的に判断し行動できるようになるためには、コーチングは有効です。

(注)コーチングとはティーチングのように一方的に教えたり、指示命令したりするのではなく、適切な質問を投げかけることで、次第に本人の中に既にある気付きを浮かび上がらせる手法です。

事例として紹介した夫婦の会話の中では、後者の夫は意識的にか無意識にか、『傾聴』における【承認】や【共感】の手法を使っていました。

『傾聴』には“姿勢”と“技術”が必要です。その手法を知り、意識的に使えるようになれれば、人間関係はとてもスムーズで良好なものに変わります。職場の上司と部下の関係も、人生のパートナーや友人との関係も、良好なものに変えられるのです。

2 『傾聴』はまず、相手の話を真剣に聞こうとする“姿勢”から

『傾聴』のゴールは、相手の話を余すところなく引き出すことです。そのためにまず大切なのが“姿勢”です。

前回ご紹介した「傾聴である」状態と「傾聴でない」状態の比較での、「傾聴でない」状態の“姿勢”を思い出してください。

パソコンなど他の作業をしながら聞く、相手のほうに体を向けない、相手の目を見ないで聞くなどは論外です。その時点で相手はこう思うでしょう。「この人は私の話を真剣に聞くつもりがないらしい。話したい気持ちがすっかりなくなってしまった」と。

『傾聴』の基本“姿勢”は、相手の話を真剣に聞こうとしている姿を見せることです。

姿勢1)相手のほうに体を向け、適度に視線を合わせながら聞く

姿勢2)最後まで聞こうとする(途中で遮る、決めつける、まとめたがる、結論を急がせるなどはNG)

1)の際の理想の姿は、互いに座った状態で、真正面より、机の角を挟んだ隣の関係です。立った状態では落ち着かないですし、真正面は相手と戦う位置関係になりがちです。相撲では向かい合って見合いますし、刑事が被疑者を取り調べるときも真正面です。時には隣同士でもいいですが、互いの表情や反応が見づらい欠点があります。

目線もあまり相手の目を見つめすぎると、相手は戦いを挑まれているような気持ちになるものです。知らない犬など動物の目を見続けると、ほえたり襲ったりしてくるのと同じです。時々目線を外すようにする。また鼻のあたり、あるいは眉や口元のあたりを見ると、相手はこちらを見てくれていると感じるけれど、見続けられているような緊張は感じないようです。

せっかちな人は、2)のカッコ内のNGをやりがちではないですか。逆の立場を想像すれば分かりますが、話を途中で遮られたり、一方的に決めつけられたり、「要するに〇〇ということでいいですか」と先走られたり、「で、で、で、結論は?」と急かされたりすると話しづらいものです。話す相手が上司となればなおさらでしょう。

むしろ相手の話が途切れたら、聞き手のほうから「話したかったことは以上ですか? 全部話せましたか? 続きがあれば聞きますよ」と添えるくらいの配慮が欲しいところです。

3 話の緊急度を確認しながら、じっくり話を聞ける環境を作る

とはいえ、上司の皆さんからはこんな声も聞こえてきそうです。「自分も抱えている仕事がたくさんあって忙しい。いちいちゆっくり話など聞いていられない」「部下の話を聞きたいのはやまやまだが、たくさんいるので一人ひとりの話をゆっくり聞く時間を取れない」

そういう上司の皆さんは、上司=管理職の本来の仕事を忘れてしまっていませんか。

組織とは1人でできないことを、多くの人がそれぞれの強みを活かしながら手分けして、また協力して頑張ることで成し遂げるために存在します。となれば上司にとって優先するべき仕事は、部下の報告・相談・連絡を聞いて、時に励まし、時に助言し、頑張りや良い結果を褒めてさらにやる気を引き出すことではないでしょうか。

シリーズの冒頭で申し上げたように、職場や上司に求められるものはここ10年で大きく変わりました。職場にはより「個性の尊重/助け合い」を、上司にはより「丁寧な指導/褒める/傾聴」を求めているのです。

現実には上司の皆さんも雑多な業務を抱えていて、締め切りに追われているかもしれません。そんな折に突然部下が「すみません、ちょっといいですか。相談があるのですが」とやってきたら、あなたならどうしますか?

例えば、次の2つの対応では、どちらがよいでしょうか。

A.今忙しいので、仕事をしながら聞かせてもらいます。できるだけ簡潔にお願いします(と告げて、仕事の手を動かしながら相手のほうを見ないで聞く)

B.(相手のほうに体を向けて)実は今、〇時締め切りの〇〇の仕事をしているのだけど、まずはポイントだけでも聞かせてくれますか? その上で詳しい話を今聞いたほうがいいか、後で時間を取ってじっくり聞いたほうがいいか、緊急度を相談した上で決めるのでどうでしょう?

部下は、B.のほうが相談しやすいことでしょう。「緊急度を相談した上で」と上司が一方的に決めつけていない点も重要です。

上司から「そんな緊急度の低い話は後にしてくれ」と頭ごなしに言われたら、部下はどう思うでしょうか。「緊急度は自分では判断できないけれど、上司に言えばきっと怒られる。だったらそもそも相談するのを止めよう」となるはずです。

もちろん相談しないで、後で緊急度が高かったと分かれば、「なぜ相談しなかったんだ」と怒られるのでしょう。これでは部下の判断力も鍛えられないばかりか、モチベーションは下がっていくばかりです。

現場のことを一番分かっているのは部下のほうです。緊急度は上司と部下が互いに相談した上で判断するべきです。そうすれば、部下の判断力も育って無駄な急ぎの相談もなくなり、モチベーションも上がっていくことでしょう。

4 一度、相手の話を最後まで100%聞いてみてください

先ほどのB.のように、部下からの相談をまずはポイントだけを聞いた上で、緊急度を相談し、重要だけれど数日中に詳しい相談を聞けばよいと判断したとしましょう。そこで次の2つの対応では、どちらがよいでしょうか。

C.今日なら夕方〇時から30分くらい取れると思うからそこでいいかな。

D.今日なら夕方〇時から30分くらい取れると思うけれど、あなたの予定はどうですか。30分で足りるかな。時間が合わなかったり、時間がもっと必要だったら、明日でも大丈夫かな。私のスケジュールを見て、あなたの可能な時間に入れておいてくれますか。もし関連する資料などあれば、送っておいてください。それまでに見ておきます。

こちらも後者のD.のほうがより適切でしょう。相談内容を知っているのは本人です。相談の習熟度にもよりますが、必要とする時間も本人に判断させてみましょう。早く終われば切り上げればいいだけですし、本人も次は短時間にすればよいと学ぶでしょう。時間が足りない場合は、そのまま延長できなければ改めて予定を組めばいいのです。

今回、『傾聴』の基本“姿勢”を知って、自分はこれまで『傾聴』ができていなかったなと気付いた方は、とにかく一度、相手の話を最後まで100%聞いてみることにトライしてみてください。

100%話し終わった後の相手の満足そうな表情を見られ、改めて自分がこれまで十分に『傾聴』ができていなかったことに気付かされます。同時に相手はあなたに話せば最後まで話を聞いてくれるという安心感を覚え、これからも何かあればすぐに相談してくれる関係に変われると思います。

最後まで相手の話を聞くことで、もう1つ気付くことがあります。本人が話している途中で「あっ」という表情になって、途中で自ずと答えが見つかることが少なからずあるのです。

話を聞いてもらっているうちに問題点が整理されて、何が課題で自身が何をするべきかが見えてくるのです。そんな表情になったらこう声をかけてみましょう。「それで、あなたはどうすればいいと思いますか?」

自分で考えて出した答えを元にやるのと、上司からの指示命令通りやるのでは、天と地ほどの差があります。前者は本人の成長につながります。これを繰り返せば社員一人ひとりがそれぞれ自律的に考え、行動できる組織へと変われるのです。

「今回、私に話しているうちに自分なりの答えが見つかったみたいですね。緊急のときはもちろんすぐに相談してほしいですが、余裕があれば私に話すつもりで自分の中で一度整理してみてください。そうすれば相談するまでもなく答えが見つかるかもしれませんよ」

相談ではなく本人が考えて出した答えを宣言してもらう、あるいは任せて行動してみた結果を事後報告してもらう。いずれにしても、部下は育ち、上司であるあなたは他の仕事に集中する時間をもてるようになるでしょう。

上司がただ『傾聴』するだけで、上司と部下の関係が互いにハッピーな状態に変われるかもしれないのです。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。次回は、『傾聴』の“技術”とその上手な使い方について実践的にお話ししていきたいと思います。

<ご質問を承ります>

ご質問や疑問点などあれば以下までメールください。※個別のお問合せもこちらまで

Mail to: brightinfo@brightside.co.jp

以上(2023年10月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
https://www.brightside.co.jp/

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【債権回収(21)】通常訴訟による債権回収

書いてあること

  • 主な読者:訴訟提起による債権回収を検討している経営者
  • 課題:訴訟を起こすことのメリットやデメリットをしっかりと押さえておきたい
  • 解決策:判決で決着がつくが、それまでに時間とコストが掛かる。また、相手に支払う資産があるか、判決に従うかは別の問題となる

1 訴訟による債権回収

相手から任意に支払いを受けることが難しい場合、

裁判所の判決ではっきりした決着をつける(和解もある)のが訴訟

です。訴訟では、裁判所が争点となった債権債務の存在や金額を判決によって判断します。また、他の制度のように金額や債権の種類に制限はありません。そして、判決が出て控訴等がなされず確定すれば、その判決は「債務名義」と呼ばれ、「強制執行」ができます。

ただし、本格的に訴訟を提起する場合、弁護士に依頼して準備する必要があり、コストが掛かります。また、個別の事案によりますが、

訴訟提起から判決に至るまで1年以上掛かる

ことも少なくありません。その間に相手の財産状況が悪化したり、財産を隠匿されたりすると、勝訴したとしても回収できなくなる恐れがあります。そうした事態に備え、訴訟を提起する場合は仮差押えや仮処分なども利用しておくことが考えられます。さらに、裁判所から判決を得る場合は、売掛金などの存在や金額について、契約書、発注書、注文請書、納品書、請求書などによって証明しなければなりません。特に、取引先が作成した書類は重要な証拠になります。

訴訟のメリットとデメリットは次の通りです。これらを考慮して別の手段も検討しつつ、訴訟を提起するかを判断しましょう。

【訴訟提起のメリット】

  • 取引先と争いがある場合、終局的な解決を図ることができる
  • 勝訴判決を得れば、その判決に基づいて「強制執行」ができる

【訴訟提起のデメリット】

  • 訴訟を提起する場合、弁護士費用などの相応のコストが掛かる
  • 勝訴判決を得るためには、十分な立証が必要になる
  • 判決を得るまでに時間がかかる

2 訴訟の流れ(民事訴訟の場合)

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訴訟を提起する場合、まず訴状と証拠書類一式を裁判所に提出します。裁判所は、請求をする当事者(原告)が提出した訴状や証拠書類を審査し、相手方となる取引先(被告)に対し、訴状や期日呼出状を送達し、被告に反論があれば、反論をするように求めます。これに対して、被告は、反論となる答弁書や証拠を裁判所と原告に提出して、期日に出頭します。

期日では、裁判所が原告と被告の双方の主張を聞いて証拠を調べます。さらなる反論や追加の主張がある場合、必要に応じて複数回の期日が開催されます。個別の事案によりますが、このように書面および証拠のやり取りを通じて争点を絞り込んでいくやり取りがおおむね半年から1年程度続きます。

その後、双方の主張や証拠がおおむね出そろったものの、証拠書面だけで判断ができない場合は証人尋問が行われます。証人尋問が終わり、双方の主張や証拠が出尽くしたところで、審理を終結して判決がなされます。ただし、訴訟の進行状況により、裁判所から和解を勧められ、途中で和解が成立して訴訟が終了することもあります。以上のように、訴訟提起から判決までの期間は1年から1年半程度掛かることが通常です。

3 他制度との比較

訴訟に準じる手続として、民事調停、支払督促、少額訴訟などがあります。これらも裁判所を利用しますが、より簡易な手続となっているので検討してみてください。

1)民事調停との違い

裁判所を利用した話し合いの制度として、「民事調停」があります。民事調停は、簡易裁判所の裁判官と民間の有識者(弁護士や不動産鑑定士など)から選任された調停委員が間に入って、話し合いで解決を図る制度です。通常2~3回の期日で解決するものとされているため、訴訟と比較して時間や費用も掛からないというメリットがあります。

しかし、相手が全面的に争う姿勢の場合、話し合いによる解決の余地はなく、調停を申し立てる意味はないといえます。

2)支払督促との違い

形式的な書面審査のみで申し立てることができる制度として、「支払督促」があります。訴訟のように期日が開かれず、債務者から異議が出なければ、申し立てた通りの債務名義が得られるため、簡易迅速な手続きであることがメリットです。裁判所に納める収入印紙も訴訟の半分で済みます。

しかし、相手方に異議があると通常の訴訟に移行するデメリットがあります。そのため、相手が全面的に争う姿勢の場合、余計に時間が掛かることや、相手方住所地を管轄する裁判所での手続になるなどの不利もあり、初めから訴訟を提起することが考えられます。

3)少額訴訟との違い

請求金額が60万円以下の場合には、1回の期日だけで主張と立証を行い、裁判官が判決を出す制度として「少額訴訟」があります。

しかし、相手方が少額訴訟による審理を希望せず、通常訴訟に移行させたいとの申し出をした場合、通常訴訟に移行してしまうデメリットがあります。

以上(2023年9月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 小出雄輝)

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画像:Mariko Mitsuda

【債権回収(20)】少額訴訟手続の利用

書いてあること

  • 主な読者:60万円以下の債権を迅速に回収したい経営者
  • 課題:通常の訴訟のような時間、費用を掛けたくない
  • 解決策:少額の場合に有効だが、判決が不服でも控訴はできない

1 少額訴訟手続を利用する意義

少額の債権をスピーディーに回収したい場合、「少額訴訟手続」を利用するのも1つの方法です。少額訴訟手続とは、

簡易裁判所において、60万円以下の金銭債権の支払いを求める訴えについて、原則として1回の審理で争い事を解決する特別な手続き

です。もともとは市民同士の小規模な争いを迅速に解決するために設けられた制度であり、法廷ではなく、ラウンドテーブルで手続きが行われることも特徴です。また、

少額訴訟手続における「確定判決」や「仮執行宣言を付した少額訴訟判決」は「債務名義」の1つ

です。債務名義とは、「強制執行」をする根拠となる文書であり、「債権債務の存在を公に認めるもの」です。また、強制執行とは、「判決によって債務の履行が決まっているのに相手がそれに応じない場合、国家の強制力によって判決で命じられた内容を実現する」ことです。通常の訴訟では、勝訴して、確定判決を得るまでに時間とコストが掛かりますが、

60万円以下ではあるものの、少額訴訟はスピーディーな債権回収が期待

できます。少額訴訟のメリットとデメリットは次の通りです。

【少額訴訟のメリット】

  • 原則、1日で終了する
  • 勝訴判決には必ず仮執行宣言が付くので、すぐに強制執行が可能
  • 自分で手続きをすれば弁護士費用は掛からない

【少額訴訟のデメリット】

  • 判決に不服でも、その上の裁判所(地方裁判所)に控訴できない(当該判決を下した簡易裁判所への異議申立てはできる)
  • 被告が通常の訴訟に移行することを求めた場合、少額訴訟はできない

2 少額訴訟手続の流れ

少額訴訟手続の流れは次の通りです。

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1)訴状、証拠書類の提出

債権者は、簡易裁判所に訴状と証拠書類を提出することで、60万円以下の金銭債権について、簡易裁判所に少額訴訟を求めることができます。ただし、1人が1年間で同一の簡易裁判所に少額訴訟を申し出ることができる回数は10回までです。

少額訴訟は原則として1回の期日で審理を完了するため、期日までに自身の主張を基礎付ける証拠をすべて提出する必要があります。

2)審理と和解

相手が少額訴訟に応じる場合や、答弁書を提出せず期日に裁判所へ出頭しないなど、期間内に通常の訴訟手続に移行する申述がない場合は、少額訴訟の審理が行われます。

前述した通り、少額訴訟の審理では、最初の期日までに、債権者と債務者の言い分と証拠を提出します。証拠は最初の期日に調べられるものに制限されます。従って、「争いの内容が複雑」「調べる証人が多い」など1回の審理で終わらないと予想される場合、裁判所の判断で通常の訴訟手続に移行される場合もあります。

なお、少額訴訟あるいは異議後の通常の訴訟においても、話し合いにより、途中で和解することができます。和解が成立すると、裁判所書記官がその内容を記載した和解調書を作ります。和解調書の効力は確定した判決と同じなので、相手が和解で約束した行為をしない場合、もう一方は、裁判所に対して強制執行の申立てができます。

3)判決

判決の言い渡しは、相当でないと認められる場合を除き、口頭弁論の終結後、直ちに行われます。確定すると、判決の内容を争うことができなくなります。また、債権者の言い分が認められた判決には、「この判決は、仮に執行することができる」という仮執行宣言が付されます。

なお、少額訴訟の判決では、通常の民事裁判のように原告の言い分を認めるかどうかを判断するだけでなく、一定の条件の下に分割払い、支払猶予、訴え提起後の遅延損害金の支払免除等を定めることができます。

4)控訴の禁止と異議

少額訴訟の判決に対しては、同じ簡易裁判所に異議の申立てができるだけで、地方裁判所に控訴することはできません。

異議の申立ては、判決書または調書の送達を受けた日から2週間以内に行います。適法な異議があったときは、少額訴訟の判決をした裁判所と同一の簡易裁判所において、通常の手続きにより審理および裁判をします。異議後の訴訟においても反訴を提起できない、異議後の訴訟の判決に対しては控訴できない等の制限があります。

5)費用

裁判所に納める費用(申立ての手数料)は、訴訟の目的の価額が100万円までの部分は、10万円ごとに1000円です。従って、目的の金額が60万円の場合は6000円です。また、これに加えて郵便切手代が必要となります。

以上(2023年9月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 渡邉和也)

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画像:Mariko Mitsuda

カスハラは立派な労災です!増大するカスタマーハラスメントと企業が果たすべき責任と対策について

1 増大するカスタマーハラスメント

職場におけるハラスメントのうち、①セクシャルハラスメント、②マタニティハラスメント(妊娠・出産・育児休業)、③ケアハラスメント(介護休業)、④パワーハラスメントの4つについては、法律で防止・対応の措置が義務付けられています。しかし、カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」)防止の措置義務はなく、厚生労働省が2020年1月に示したパワハラ指針で、「顧客等からの著しい迷惑行為により就業環境が害されることが無いよう配慮する」事が求められ、望ましい取組の例として、①相談体制の整備、②メンタルヘルス相談などの被害者対応、③マニュアル作成などの被害防止の取組を示すことに留まっています。しかし、近年のカスハラを巡る問題の広がりから、厚生労働省は、精神障害の労災を認める基準にカスハラを加える方針を決定し、カスハラの労災件数も24年度から集計し、カスハラ対策を推進する予定です。尚、厚労省の2020年の調査では、過去3年間に勤務先でカスハラを一度以上経験した人の割合は15%とセクハラ(10.2%)を上回り、パワハラ(31.3%)に次ぐ水準となり、受けた行為は「長時間の拘束や同じ内容を繰り返すクレーム(過度なもの)」(52.0%)が最も多く、次が「名誉毀損・侮辱・ひどい暴言」(46.9%)となっています。尚、カスハラが増加した背景には、SNSを通じて顧客が企業を容易に批評できるようになったため、顧客側の発言力が増したことがあると考えられます。また、近年においては、加害者の勤務先企業にも使用者責任を認める裁判所の判決も出ており、カスハラへの対応の必要性が高まっています。

過去3年間にハラスメントを受けた経験

顧客等からの著しい迷惑行為の内容

(出典:厚生労働省 カスタマーハラスメント対策企業マニュアル)

2 カスハラの判断基準

カスハラは、「顧客からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」と定義されており、具体的には時間拘束や対応者の揚げ足取り、脅迫や暴言、リピート型や権威型のクレーム、SNSへの投稿や正当な理由のない過度な要求等が挙げられます。当然、顧客や取引先等からのクレームの全てを指すものではなく、商品やサービス等への改善を求めた正当なクレームには真摯に向き合い、改善に努めることが重要です。基本的にカスハラの判断基準は、業種や業態、企業文化などで異なるため、予め社内で統一しておく必要がありますが、一般的には2つの尺度が用いられます。一つ目は、「顧客等の要求内容に妥当性はあるか」であり、顧客等の主張に関して事実関係、因果関係を確認し、自社の過失の有無や根拠ある要求かを確認して判断します。もう一つは、「要求を実現する為の手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲か」であり、具体的には業務に支障が生じるような長時間に及ぶクレームや、言動が暴力的・威圧的・継続的・拘束的・差別的、性的である場合は社会通念上不相当と判断すべきでしょう。

妥当性を欠く要求、社会通念上不相当な言動

(出典:厚生労働省 カスタマーハラスメント対策リーフレット)

3 カスハラ対策の必要性

カスハラによる企業への影響としては、クレーム対応による時間の浪費や業務上の支障、従業員の健康不良によるパフォーマンスの低下や休職・退職等による人材不足、代替品の提供等による金銭的損失やブランドイメージの低下等があります。またそれ以外にも、来店する他の顧客の利用環境・雰囲気の悪化や業務遅滞による他の顧客へのサービスの低下、風評による売上減少など多岐にわたります。今後は、カスハラによる精神疾患等の労災認定が増加すると、カスハラ対策を怠ったことが労働契約法に基づく安全配慮義務違反として従業員から損害賠償を請求される可能性も高まることも想定されます。更に、カスハラ行為者は、暴行罪や名誉棄損罪、脅迫罪や威力業務妨害罪等で逮捕されたり、相手や相手が勤める企業に損害を与えたり、名誉を毀損した場合は、民事上の損害賠償責任も負うことになりますが、カスハラ行為者が勤める企業も、民法715条の使用者責任の規定を根拠に、法人としての賠償責任を追及され、責任を負う可能性があります。加えて、実質的に優位な立場にある企業が過大な要求を行うと、独占禁止法の優越的地位の乱用や下請法上の不当な経済上の利益の提供要請に該当し、刑事罰や行政処分を受ける可能性があるため、被害者側・加害者側共に対策が必要と考えられます。

4 リスクコントロール対策

カスハラ対策は、平時の事前準備と、有事の適切な対応に分けられますが、事前準備としては、まず企業の基本方針・基本姿勢を明確化し、従業員に周知・啓発することが重要です。次に、従業員のための相談窓口を設けて相談対応者を任命すると共に、カスハラへの対応や手順を時間拘束型やリピート型、暴言型や暴力型等の類型ごとに予め決定し、対応ルールを教育・研修を通して従業員に浸透させることが求められます。その上で、有事の適切な対応として、先ずは事実関係の正確な確認を行い、クレームが正当な主張なのか、悪質なクレームなのかを証拠・証言に基づいて判断し、カスハラとの判断に至った場合には予め策定した手順・基準に沿って対応します。次に、顧客等を従業員から引き離すなど、従業員の現場での安全確保や精神面への配慮を行い、最後に再発防止の取組として、トラブル事例を社内関係者で共有し、従業員の顧客対応への理解を深める事が求められます。しかし、カスハラの特徴は社内だけの問題ではなく、取引先が絡む可能性があることであり、カスハラによって取引先との関係が悪化し、取引停止にならないためにも、取引先企業にもカスハラ対策等の協力依頼を行い、協力関係を構築することで、再発防止に取り組むことが求められます。

カスタマーハラスメントに関わる内部手続の流れの例

(出典:厚生労働省 カスタマーハラスメント対策企業マニュアル)

5 リスクファイナンシング対策

カスハラから生じる全ての損失を保険でカバーすることは困難であるため、保険が活用できない損失については別の対策を検討する必要があります。基本的に、カスハラによる労災の場合には、政府労災や上乗せ労災保険や使用者賠償責任保険、その他の福利厚生を踏まえた保険での対応が可能と考えられます。また、カスハラを解決するための弁護士費用等についても保険での対応が可能と考えられますし、クレーム対応等に関する相談サービスが付帯された保険もあるため、リスクコントロール対策にも役立ちます。しかし、顧客等からのSNSへの書き込みによるブランド下落や取引先との関係悪化による売上減少、従業員の退職による人材不足など、影響の大きいリスクへの対応は、保険では難しいケースも考えられるため、極力リスクコントロールを行うと共に、財務力を高めておく必要があるでしょう。

以上(2023年10月)

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画像:photo-ac


提供:ARICEホールディングスグループ( HP:https://www.ariceservice.co.jp/
ARICEホールディングス株式会社(グループ会社の管理・マーケティング・戦略立案等)
株式会社A.I.P(損保13社、生保15社、少額短期3社を扱う全国展開型乗合代理店)
株式会社日本リスク総研(リスクマネジメントコンサルティング、教育・研修等)
トラスト社会保険労務士法人(社会保険労務士業、人事労務リスクマネジメント等)
株式会社アリスヘルプライン(内部通報制度構築支援・ガバナンス態勢の構築支援等)

申告期限は相続発生からたったの10カ月。生前にすべき相続対応とは?

書いてあること

  • 主な読者:自身や親族の相続の話が出始めている人
  • 課題:相続はいつ発生するか分からない。相続税の申告・納税だけでなく、財産の名義変更や各種サービスの停止手続きなど多くの作業が必要になる
  • 解決策:財産一覧表を作成する、正確な家系図を作成する、遺言書を残しておく

1 慣れない作業が次から次へ。生前にできる相続準備とは

あなたが亡くなったら……。相続人となる遺族は、葬儀だけでなく、相続人の確認と遺産の洗い出し、遺産分割協議、遺産の名義変更、税務申告・納税などの慣れない作業をしなければなりません。しかも、

相続税の申告・納税は原則として10カ月以内

です。遺族にとって、10カ月はあっという間に過ぎていきます。四十九日の法要を目安に遺産の話し合いを切り出すことも多いですし、年金や社会保険の手続き、各種サービスの利用停止・解約の手続き、遺産の名義変更の手続きなど必要書類を集めるだけでもひと苦労だからです。

また、2024年4月1日からは、不動産を相続で取得したことを知った日(遺産分割協議が成立した日)から3年以内に相続登記申請することが義務化されるため、遺産に不動産がある場合は、相続登記申請のための話し合いも必要になります。

こうした相続に関する負担を軽減するため、生前に相続対応の工夫をしておくのが理想的です。また、本人の意向を明確にしておくことで、遺産をめぐる相続人間の対立を回避できる場合があります。

そこで、この記事では、生前にできる相続対応としてどのようなことがあるのか、項目を列挙して、ポイントを解説します。

2 生前にできる相続手続きの準備とポイント解説

1)財産を確認する(財産一覧表の作成)

相続対策は、ご自身の財産を把握すること(財産の洗い出し)から始まります。一般的に、

  1. 相続財産
  2. 生命保険等(みなし相続財産)
  3. 祭祀(さいし)財産

の3種類の財産について遺族に分かるようにしておきましょう。

1.相続財産

相続の対象となる財産(相続財産)には、不動産や預貯金などの「プラスの財産」だけでなく、住宅ローンや借入金などの「マイナスの財産」も含まれます。

相続財産について、それぞれ、本人名義となっているかを確認して、

「財産一覧表」などの形にまとめる

ことをお勧めします。

相続手続きで相続人が困るのは、届出や名義変更をどこにすればよいのか、どのような書類が必要なのかということですから、財産一覧表には、財産を特定できる情報(所在地、口座番号、登録番号など)だけでなく、届出等の請求先や、請求に際して必要な書類を記載しておくとよいでしょう。契約書類や証書類があれば、その写しも揃えておくと、相続人の負担が軽減されます。

この記事の末尾に財産一覧表の例を掲載しておりますので、ご参考ください。

2.生命保険など(みなし相続財産)

生命保険金や死亡退職金などは、亡くなってはじめて受取人が取得する財産なので、受取人が相続人であっても、原則として、相続人固有の財産となります。そのため、相続財産には含まれず、遺産分割協議の対象から除外されます。

ただし、不動産を相続する相続人を生命保険金の受取人に指定して、代償金(不動産を特定の相続人が相続する代わりに、他の相続人に法定相続分に相当する額として支払う金銭)の資金にすることで、遺産分割の話し合いがまとまりやすくなる場合があります。

ですので、生命保険などの受取人について確認・再検討するとともに、保険契約などに関する情報(契約者番号など)や死亡した際の連絡先などの情報を財産一覧表や生命保険一覧表に記載しておくとよいでしょう。

なお、生命保険などは、相続税の計算上「みなし相続財産」として課税対象になっていますが、非課税枠が設けられています。「相続税」対策を考える場合には、金融機関や専門家に相談するようにしましょう。

3.祭祀財産

家系図や仏壇・位牌、墓地・墓石などの先祖を祀り、供養するための財産は、不動産や預貯金などの財産とは区別した「祭祀財産」として、「祭祀主宰者」が管理・承継することになります。

祭祀主宰者は被相続人(死亡した方)が指定できるので、例えば、遺言で他の相続人より多くの財産を相続する者を祭祀主宰者に指定することがあります。また、墓地の管理者の連絡先などの情報があれば、財産一覧表などに記載しておくと、相続人は助かるでしょう。

2)相続人となる者を確認する

遺産分割協議は法定相続人間で行うので、死亡により相続が発生した場合は、遺族は法定相続人を確認・確定しなければなりません。また、各種の届出をする際に、被相続人や法定相続人が確認できる戸籍謄本等(またはそのコピー)の書類の提出を求められることもあります。

このため、遺族は、被相続人から法定相続人まで確認できる戸籍謄本(戸籍全部事項証明書)や除籍謄本(死亡などの場合に作成される戸籍の写し)を取得することになります。これらの書類は膨大な量になることもあり、親族が多かったり、転籍を繰り返したりしている人がいる場合には収集に数カ月かかることもあり、負担の大きい作業です。

戸籍謄本などは本籍地で発行されるため、被相続人の本籍地を知っておかなければなりません。本籍地がわからない場合は、本籍地が記載されている住民票(またはその除票)を取得して、確認する手間がかかります。ご自身の正確な本籍地が遺族に伝わるようにしておいたほうが、遺族の負担が軽減されます。

正確な家系図を作成しておくと遺族(またはその依頼を受けた税理士や弁護士など)が法定相続人を把握しやすくなり、非常に助かります。可能であれば、今のうちに戸籍謄本を取得しておいて、それぞれの親族の生年月日と本籍地、連絡先を記載した家系図にしておきたいところです。

3)遺言書の作成

相続人間でもめてしまう原因として、遺産の処分についての被相続人の意向がはっきりしないことが挙げられる場合が多くあります。

「長女である私がお母さんの面倒をみてきたし、お母さんは家を私に残したいと言っていた」「いや、お母さんはあなたの介護に不満を言っていた」といった主張が衝突し、「あいつは財産を多く取ろうとしている」などと疑心暗鬼になってしまったりして、遺族間の関係が壊れてしまうこともあります。

このような不幸なトラブルの可能性を小さくするために、生前、相続に関する自身の意向を紙に記載して残しておくことは重要です。内容は、

自分が死んだ後のことだけでなく、自分が重い病気になったり認知症になったりした場合や終末期医療などについての意向

も記載しておくとよいでしょう。

また、自分が死んだ後のことについても、相続財産のことだけでなく、

葬儀の方法や、誰を葬儀に呼ぶか、お墓をどうするかなどについての希望

があれば、具体的に(遺族が判断に困らないように)記載しておくと、遺族が助かる場合が多いと思います。

特に死後の財産の処分についての意向を有効にするためには、

「遺言書」の形で残しておく

必要があります。遺言書はただ自分の書きたいことを書けばよいわけではなく、民法が定める要件を満たさなければなりません。なお、遺言書の種類については、遺言者自らが手書きで書く「自筆証書遺言」と公証人が遺言者から聞いた内容を文章にまとめて公正証書とする「公正証書遺言」などがあります。

遺言書の書き方などの詳細については、下記のリポートをご参照ください。

60223 【相続】弁護士が解説する「遺言書」の種類と書き方

財産の処分に不安がある場合、遺言書の有無が相続手続きを滞りなく進めるための重要なポイントとなります。遺言書を作成すべき主なケースと作成時の留意点を次章以降で解説します。

3 遺言書を作成すべき主なケース

1)法定相続分よりも多い・少ない財産を相続させたい相続人がいる

法定相続分通りに相続してもらえばよいと考えている場合は、遺言書を作成する必要性はそれほど高くありません。しかし、

  • 老後の面倒をみてくれた長女に多くの財産を相続させたい
  • 夫婦の間に子がいないため法定相続では親または兄弟姉妹に一部の遺産が相続されてしまうので、長年連れ添った配偶者に財産を全て相続させたい

というような場合は、遺言書を作成すべきです。

2)事業承継が絡んでいる

会社を経営している場合には、相続人間で行われる遺産分割協議に任せると、事業に必要な資金や設備、株式などの財産を会社の後継者が承継できない可能性があります。事業に必要な財産を後継者に引き継がせるためには、遺言書を作成すべきです。

3)法定相続人以外の人に相続させたい

内縁の妻や、長男の妻、再婚相手の連れ子(養子縁組していない)などの法定相続人でない人に財産を相続させるためには、遺言書を作成しなければなりません。

4)遺産分割協議が難航する可能性がある

遺言がないと、相続人全員で遺産分割協議を行う必要があります。相続人が不仲であったり、相続人が多数であったりする場合は、遺産分割協議に時間と手間がかかる可能性があります。遺言書があれば、相続人は、遺産分割協議によらずに遺言書に従って各種の手続きができます。

4 遺言書を作成する際の留意点

1)財産と相続人を明確にしておく

遺言書は、財産の確認(財産一覧表の作成)と相続人となる者の確認をして、その時点において、できるだけ漏れのない内容にしておくべきです。

財産の記載に漏れがあると、その財産については、遺言書の効力が及ばない場合がありますし、相続人間で争いになってしまう可能性があります。

2)遺留分に配慮する

遺留分は兄弟姉妹以外の法定相続人に認められる、遺言によって奪うことができない遺産の一定割合の留保分です。例えば、先妻の子(法定相続人)がいる場合に、後妻に財産を全て相続させる遺言書を作成しても、先妻の子は、遺産の4分の1(法定相続分の2分の1)に相当する額を遺留分として後妻に請求することができます。このため、遺言書を作成しても、後妻と先妻の子の間で遺留分侵害額請求の調停や訴訟になってしまう場合があります。

したがって、遺言書で一定の相続人に偏って財産を相続させる場合は、遺留分に配慮した内容にしたり、遺留分侵害額請求に対応して支払いができるように生命保険金が払われるように手当てしておいたりする必要があります。

3)特別受益に気をつける

特別受益とは、相続人の中に、被相続人から遺贈や多額の生前贈与を受けた人がいた場合に、その相続人が受けた利益をいいます。特定の相続人に特別受益がある場合には、他の相続人との間に不公平が生じるため、生前贈与分などを遺産に持ち戻して、各相続人への相続財産額を決めることになっています。

特別受益にあたるような多額の生前贈与をしている場合も、特別受益を考慮した遺言書の内容とするか、生命保険金での手当てを考慮する必要があります。

4)マイナスの財産に気をつける

債務などのマイナスの財産も相続の対象となるので、遺言書を作成する場合には、プラスの財産だけに目を奪われずにマイナスの財産についても内容を確認する必要があります。

5)理由を記載する

遺言書を作成する場合は、どうしてそのような内容の遺言にしたのかについての本人の考えを記載しておくと、相続人間のトラブルを防げる場合があります。

例えば、一部の相続人に多く相続させる内容にした理由は、○○で世話になったからであり、このような自分の気持ちを尊重してほしいというように記載しておくのです。このような記載に法的な拘束力はありませんが、一般的には、故人の意思に反することをしにくいため、理由が合理的であれば、争うことを諦める方は多いと思います。

6)作成した遺言書の所在を伝えておく

1.公正証書遺言の場合

相続人等の利害関係人であれば、被相続人の死亡後に公証役場で遺言検索を利用できるので、家族や信頼できる人に公正証書遺言をしていることや検索できることを伝えておくとよいでしょう。

2.自筆証書遺言の場合

自筆証書遺言は、法務局に遺言書の保管の申請をして預けることができます。その際に保管証を受け取ることができ、保管証に記載してある情報から、相続開始後に遺言書情報証明書の交付を受けられます。そこで、家族や信頼できる人に、遺言書の保管を利用していることを伝え、保管証のコピーを家族に渡しておくとよいでしょう。

5 相続開始から申告・納付までの一般的な流れ

被相続人が亡くなった場合に遺族が行うことになる主な手続きは、次の通りです。

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6 財産一覧表(例)

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以上(2023年10月作成)
(執筆 東京エクセル法律事務所 弁護士 坂東利国)

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画像:TarikVision-Adobe Stock

リゾート施設の開業ラッシュで賑わう淡路島 地元の「食」のPRで企業を呼び込む

書いてあること

  • 主な読者:飲食・宿泊業など観光事業者、地域の集客力を高めて利益につなげたい事業者
  • 課題:地域内に集客できるような資源が見当たらない
  • 解決策:地元の食材の魅力を発掘・PRし続けることで、観光客だけでなく島外の企業にも評価され、一大リゾート地へと急変貌を遂げている淡路島の事例を参考にする

1 過疎化の進む「普通の島」、一大リゾート地に急変貌中!

コロナ禍が一服して旅行熱が高まっている中で、ひときわ注目を集めているのが、兵庫県の淡路島です。東京23区とほぼ同じ広さに約12万5000人(2022年)が住む島が、

ここ数年、島北部の西海岸を中心に、レストランやホテル、体験型施設などのオープンが相次ぎ、一大リゾート地へと急変貌を遂げている

のです。

さらに、人材派遣サービスのパソナグループ(以下「パソナ」)が

2024年5月末まで段階的に本社機能を一部移転し、約1200人の社員が移り住む

ことを公表しています。2025年に開催を控えた大阪・関西万博での波及効果も期待されており、リゾート地・淡路島は当面、追い風が続くとみられます。

にわかに活気づいている淡路島ですが、人口の推移で見ると、多くの地方圏と同様に過疎化が進む「普通の島」といえます。2020年までの10年間で、総人口の1割以上に当たる約1万6000人が減少しており、2035年には約9万7000人、2065年には約4万8000人まで減少すると推計されています(兵庫県が2019年に公表した将来人口推計)。

この記事では、淡路島が人口減少という地方圏に共通した問題を抱えながら、一大リゾート地へと変貌を遂げつつあり、大手企業に本社機能を移転させたいと思わせる魅力的な島になった経緯について、淡路島観光協会へのヒアリングを交えて紹介します。観光事業者の方だけでなく、地域の集客力を高めて自社の利益につなげたいと考えている事業者の方は、参考にしてください。

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2 ご当地B級グルメで淡路島の豊富な食材を個人客にPR

1)阪神地区からの好アクセスと豊富な農水産物が特徴の「最初」の島

淡路島は、兵庫県淡路市、洲本市、南あわじ市の3市で構成される、約596平方キロメートルの瀬戸内海最大の島です。神戸市と明石海峡大橋で、徳島県鳴門市と大鳴門橋でそれぞれ結ばれており、阪神地区からの日帰り旅行も可能な距離に立地しています。

日本の歴史書「古事記」や「日本書紀」の冒頭にある「国生み神話」には、イザナギとイザナミの夫婦神によって日本が創られた際の最初の島と記されています。また、海産物などの農水産物が豊富に取れることから、古来より朝廷や天皇家に食物を献じる「御食国(みけつくに)」とされていました。

2)時代の変化に合わせた、団体客から個人客への転換

淡路島は観光業への依存度が高く、兵庫県によると、2019年度の観光GDPは約696億円で、島全体のGDP(約4471億円)の15.6%を占めています。

戦後から2000年ごろまでの淡路島は、洲本の温泉や、会席料理などに提供されるハモやサワラといった高級魚など一級品の食材を売りに、京阪神地区などからの「社員旅行」の団体客が中心に訪れていました。ところが1990年代をピークに、社員旅行は減少していきます。地域によっては、社員旅行の減少とともに衰退していった観光地もありますが、淡路島はいち早く家族連れなど個人客の取り込みに軸足を移します。

大きな要因は、1998年4月に明石海峡大橋が開通し、阪神地区からの自動車によるアクセスが容易になったことでした。とはいえ、個人客は、島の魅力がうまく伝わり、共感されなければ関心を持ってくれませんし、足を運んでくれません。淡路島観光協会(以下「観光協会」)などによるPR活動なしには、個人客の取り込みには結びつかなかったといえるでしょう。

3)30代女性をターゲットにする

淡路島が個人客の取り込みを加速させるきっかけになったのは、15年ほど前に行ったアンケート調査だったといいます。観光協会事務局長の福浦泰穂さんは、「意外なことに、淡路島に最も関心が高かったのは、30代女性だということが分かりました。今でこそ、観光地のマーケティング戦略として女性をターゲットにするのは当たり前になっていますが、アンケートを行った当時、そのような発想はありませんでした。アンケートの結果を受けて、女性の取り込みを考えるようになった」そうです。

観光協会はまず、観光PR用のパンフレットやウェブサイトを、30代女性を意識したデザインや内容に変更しました。「制作当初は、『軽すぎる』『変わっている』といった評価もありましたが、次第に観光客の客層にマッチしていった」(福浦さん)といいます。

最近では、四方を海に囲まれた島という立地を活かして、「SNS映え」スポットとして、夕日や朝日が見えるロケーションの魅力もアピールしているそうです。

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4)ご当地B級グルメの考案で淡路島の豊富な「食」をPR

観光協会が個人客を呼び込むために目を付けたのが、当時、町おこしのために活用され始めていた「ご当地B級グルメ」でした。体験型旅行の中でも比較的、手軽かつ安価に楽しめる「食」を切り口にして、日帰り客の取り込みを狙ったものです。元々、淡路島には海産物の他にも玉ねぎ、牛乳、果物など多彩な農畜産物が生産されており、観光資源としての「潜在能力」があったことに加えて、古来より「御食国」だったというストーリー性をPRに活かせるメリットもありました。

ご当地B級グルメとして2008年に初めて考案したのが、「淡路島牛丼」でした。淡路島の統一ブランドではありますが、レシピは各飲食店の裁量に任せ、さまざまなバリエーションの商品で観光客の食べ歩きを促すことにしました。その一方で、ブランドの使用には、食材に淡路島産の牛肉、玉ねぎ、コメを使うことを条件としました。「淡路島牛丼のPRに加えて、淡路島が年間を通じて地元の食が楽しめることをPRすることも目的だった」(福浦さん)ためです。

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淡路島牛丼は成功を収めましたが、観光協会は一過性のブームで終わらせませんでした。「淡路島の名産品として認知度の高い食材の裾野を広げる」(福浦さん)ために、「淡路島の生シラス丼」「淡路島の生サワラ丼」「淡路島ぬーどる」「島スイーツ」「淡路島バーガー」「島サラダ」など、次々にご当地B級グルメを考案、PRしていったのです。

一方、高級魚についても、夏が旬であるハモだけでなく、春のサクラマス、冬の「3年トラフグ」などもPRして、淡路島には年間を通じて旬の食材があることを発信していきました。

こうしたPR戦略が奏功し、コロナ禍前まで、淡路島の観光客数は上昇傾向を続けました。

5)京阪神地区からの日帰り客が観光消費を支える

福浦さんによると、現在の淡路島の観光客は、日帰り客が9割で、8割ほどが京阪神地区からという特徴があります。首都圏からは1割に満たず、海外からの観光客は3%程度しかいません。日帰り客のほとんどがマイカーやレンタカーなどで来ており、密になりにくいということで、コロナ禍の影響は比較的軽微で済み、コロナ禍からの回復も順調に進んでいます。

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3 豊富な食材のPRは、島外の企業にも効果を発揮

1)島外から高まる注目度

地元で取れる農水産物の食材の豊かさをPRする観光協会の戦略は、観光客だけでなく、ビジネスチャンスを窺っていた島外の企業にも効果を発揮しました。

人材派遣サービスを行うパソナグループは、2008年9月に淡路島で農業ベンチャー支援制度「チャレンジファーム」を開始したのをきっかけに、2017年から商業施設やアトラクション施設を相次ぎオープンさせています。同社はリゾート地としての開発にとどまらず、淡路島を「美食の島」「文化芸術の島」「健康の島」として「世界で最も先進的で豊かな生き方・働き方ができる場所にする」ことを目指し、2020年9月には本社機能を一部移転させる計画を公表しました。さらに同社は、建設費約130億円をかけて2025年5月にリゾートホテルを開業することを公表しています。

また、飲食店の開発運営などを行うバルニバービは、「食から始まる日本創再生」という成長戦略の中で、淡路島の潜在的な魅力に着目し、「Frogs FARM ATMOSPHERE」と名付けたエリア開発プロジェクトを進めています。

両社とも、淡路島の「食」の魅力を評価したことで、施設の開業を続けているといえます。

2)「観光で淡路島を支える」ための新たな「国生み」の始まり

リゾート地として発展を続ける淡路島ですが、観光協会の福浦さんは、「人口減の中で、観光で淡路島を支えていくためには、もっと観光客の単価を上げ、観光客数を増やす必要がある」と話します。そのために、観光資源の高付加価値化と、外国人観光客や首都圏からの観光客を呼び込むことを課題に挙げます。

その上で福浦さんは、「淡路島の人たちはこれまでも、島外のものを迎え入れるために1つになってきており、伝統を守りながらも新しいものを受け入れる寛容性がある。国創りの精神で、淡路島の人たちと、これからの島の将来を切り開いていきたい」と話しています。

以上(2023年10月作成)

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画像:淡路島観光協会

【朝礼】桃栗3年柿8年。社員の成長50年

おはようございます。今朝は管理職の皆さんに、「じっくりと腰を据えた人材育成」についてお話しします。

まず、四国のお遍路めぐりをしている際に訪ねたお寺で見つけた言葉を紹介します。

早く歩くか ゆっくり歩くか

なん日で廻(まわ)るか なん回廻るか

そんな事よりしっかり歩け

そして

何かをのこせ

いかがですか。何か感じることはないでしょうか?

スピードが重視される昨今、当社も業務効率化を経営目標に掲げ、とにかく早く仕事を終わらせることや、手数を減らすことに注力しています。しかり、そればかりにとらわれてしまうと、肝心な人材育成が疎かになります。

今から10年前、新入社員には「3カ月で仕事に慣れ、半年で一人前になるように」と叱咤(しった)したものでした。ただし、これは本音ではありません。実際は1年かけてでも3年かけてでもじっくりと教育していく覚悟を決めていたものです。その間、上司と部下は文字通りの師弟関係となり、次々と課題に直面しては、泥臭く解決していきました。遠回りすることも度々ですが、そうした中で、部下は「働く喜びや意義」「当社が目指す理想の姿」「お客様と真摯に向き合う大切さ」を学びます。

そして、社内外の先輩の姿を見ながら、「自分はどんな風に成長したいのか」「何を成し遂げたいのか」をじっくりと考え、温め、実行していったのです。この、いわば「熟成期間」を若手のうちに、どれだけ早く、深く経験できるかが、その後の成長に大きく関係すると私は考えます。

最近は便利なツールが数多く登場し、これまで10の手順が必要だった仕事は、5の手順で終わるようになりました。それを使いこなす若手を見ると、「仕事が早い!」ということになるのですが、これが仕事の全てではないのです。

私は、「昔は良かった」と懐かしんでいるわけではありません。新しいものは積極的に取り入れますし、教育方法も時代に合わせて見直します。ただし、社員の成長はこれだけで測れるものではありません。すぐに実を結ぶものではありませんが、「働く喜びや意義」などをじっくりと考える時間を持たせることが、長期的には大切になるのです。

「桃栗3年柿8年」ということわざがありますが、私はここに一節を付け加えます。

桃栗3年柿8年。社員の成長50年

今は70歳まで働く時代です。20歳で働き始めてから70歳になるまでの50年間、日々、成長し続けなければなりません。これだけ長い時間をやり抜くには、土台の部分がしっかりしていないといけません。その土台を、じっくりと育てていくことが今どきの管理職の仕事です。

以上(2023年10月)

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画像:Mariko Mitsuda

現役の経営者が最も尊敬する“伝説の経営者”たちが残した名言集~経営者190人アンケート

書いてあること

  • 主な読者:ビジネスで判断の難しい問題などに直面している経営者
  • 課題:自分の判断を信じたいが、いまひとつ自信が持てない。誰かに背中を押してほしい
  • 解決策:現役の経営者たちから尊敬を集めている“伝説の経営者”の名言に触れる

1 経営者の心に響く “伝説の経営者”の名言

経営者はビジネスのあらゆる局面で、難しい判断を迫られます。判断の責任を一身に背負わなければならず、常に孤独。そんな経営者を支えてくれるのは、同じ苦しみを知っている経営者の言葉です。例えば、パナソニックホールディングス(旧松下電器産業)創業者の松下幸之助氏、本田技研工業創業者の本田宗一郎氏など、もはや“伝説”ともいうべき経営者の名言は、困ったり悩んだりしている今の経営者に勇気を与えてくれます。

実際、190人の経営者に対し「尊敬する経営者の名言」に関するアンケートを実施したところ、

121人に尊敬する経営者がいて、59人にその経営者の名言で印象に残っているものがある

ことが分かりました(アンケートは2023年7月実施)。

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さらに、このアンケートでは、印象に残っている名言が「ある」と回答した59人の経営者に、具体的にどのような名言が印象に残っているのかを質問しました(自由回答)。その結果、名言のタイプは大きく次のように分けられることが分かりました。以降で詳しく見ていきましょう。

  • 失敗に対して前向きになれる名言
  • ストイックになれる名言
  • 決断を後押ししてくれる名言

2 失敗に対して前向きになれる名言:松下幸之助氏など

経営に失敗はつきものであり、それをどう受け止めるかが大切です。数々の失敗を糧に成功をおさめ、“伝説の経営者”となった松下氏や本田氏が、失敗に関する数多くの名言を残しています。「前向きになれる名言なので心に残っている」と回答する経営者もいました。

1.失敗を恐れて毎回「前例踏襲」に陥ってしまう人へ

「とにかく考えてみること、くふうしてみること、そしてやってみること。失敗すればやりなおせばいい」(松下幸之助*1)

松下氏は、「同じことを同じままに繰り返すだけでは、何の進歩もない」として、上の名言を残しています。「自分もものづくりに携わってきたから(この名言が印象に残っている)」と回答した経営者(60代男性)もいました。

2.一度失敗するとそこで立ち止まってしまう人へ

「成功するまで続けたならば失敗というものはない。成功あるのみである」(松下幸之助*2)

松下氏は「失敗したところでやめてしまうから失敗になる」として、上の名言を残しています。松下氏の失敗に関する名言は他にもあり、「自分の現状と重なって、これから頑張るモチベーションになった」と回答した経営者(40代男性)もいました。

3.部下の失敗につい声を荒げてしまう人へ

「成功は九九パーセントの失敗に支えられた一パーセントである」(本田宗一郎*3)

国内自動車メーカーとして後発だったホンダを先行企業と肩を並べるブランドに成長させた本田氏の名言です。「実際に本人から聞いたから(印象に残っている)」と回答した経営者(70代男性)もいました。

なお、本田氏は上の名言を述べる際、「現役時代、部下の失敗に腹が立ち、本気で怒鳴りつけるなどして、後で自己嫌悪に陥っていた時期もあった」と述懐しています。この名言には、本田氏が「失敗を受け止められる人間になれ」と自分自身に言い聞かせる意味もあったのかもしれません。

4.失敗続きで「もう成功しないんじゃないか」と思っている人へ

「色々の失敗が、将来のびる為めには良い体験であった」(豊田喜一郎*4)

国内自動車メーカーの先行企業として、国産自動車の開発に腐心したトヨタ自動車創業者の豊田氏の名言です。この他にも失敗に関する名言を残していて、「失敗が多いが、創意工夫によって成功すると信じているから(印象に残っている)」と回答した経営者(50代男性)もいました。

5.失敗続きの自分を責めてしまう人へ

「最初にあったのは夢と根拠のない自信だけ」(孫正義*5)

ソフトバンクグループを一代で築いた孫氏は、10代後半のころを振り返って、上の言葉を残しています。「開業にあたり、(心に)響いた」と回答した経営者(50代男性)もいました。

3 ストイックになれる名言:稲盛和夫氏

京セラ(旧京都セラミック)やKDDI(旧第二電電)を創業し、日本航空の再建にも尽力した稲盛和夫氏。ストイックな名言が多く、「生き方の指針となる」と回答した経営者も少なくありませんでした。

1.結果が出ないなどで、努力する意味が分からなくなっている人へ

「人生における労苦とは、己の人間性を鍛えるための絶好のチャンスなのです」(稲盛和夫*6)

稲盛氏は、「生きていくということは、苦しいことのほうが多い。それでも日々成長しようとたゆまず努力することに人間の生きる目的や価値がある」として、上の名言を残しています。「労苦があるということは、自分が前に進んでいると捉えている」と回答した経営者(60代男性)もいました。

2.仕事が嫌になり、投げ出したいと思っている人へ

「与えられた仕事を天職と思い、それに全身全霊を傾けることです」(稲盛和夫*7)

稲盛氏は、「1つのことを究めることによって初めて真理やものごとの本質を体得することができる」として、上の名言を残しています。「一生懸命に取り組むことに共感を得ました」と回答した経営者(60代男性)もいました。

3.努力を惜しんで、つい近道をしたがってしまう人へ

「人生や仕事の結果は、考え方と熱意と能力の3つの要素の掛け算で決まります」(稲盛和夫*8)

稲盛氏は、「能力を鼻にかけ努力を怠った人よりは、自分には普通の能力しかないと思って誰よりも努力した人の方が、はるかにすばらしい結果を残すことができる」として、上の名言を残しています。「うまくいってないときに、何が足りなかったかを考えるきっかけになる」と回答した経営者(70代男性)もいました。

4 決断を後押ししてくれる名言:スティーブ・ジョブズ氏

Appleの共同創業者で、Pixar Animation Studiosの創業者でもあるスティーブ・ジョブズ氏は、創業したAppleの仲間たちから一度は追放されながらも、傾きかけた同社に復帰。強力なリーダーシップを発揮して立て直しに成功し、世界的な企業に成長させました。

1.今、考えていることを実行すべきか否か迷っている人へ

「If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?(もし今日が人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていることをやりたいと思うだろうか?)」(スティーブ・ジョブズ*9)

ジョブズ氏が米スタンフォード大学の卒業式で、卒業生たちに送ったメッセージです。「分かりやすく、実践しやすいと思った(から印象に残っている)」と回答した経営者(50代男性)もいました。

2.「自分の決断は間違っているんじゃないか?」と足を止めてしまう人へ

「Stay Hungry. Stay Foolish.(ハングリーであれ、愚か者であれ)」(スティーブ・ジョブズ*10)

同じく、米スタンフォード大学の卒業式でのスピーチで、ジョブズ氏が残した名言です。「常識にとらわれず、前進し続ける感じがジョブズ氏の生き方を表現していると思う」と回答した経営者(40代男性)や、「説得力があります」と回答した経営者(60代男性)もいました。

5 他にこんな名言も:盛田昭夫氏など

この他、現役の経営者の印象に残っている名言には、次のようなものがありました。

1.チャレンジする会社をつくりたい人へ

「出るクイを求む」(盛田昭夫*11)

井深大氏と共にソニーの共同創業者として、「ウォークマン」などを世に送り出した盛田氏の名言として有名です。盛田氏は、社員がおとなしいだけのイエスマンにならず、自分で活躍できる場所を見つけ出すことを重視しており、他にもこうした趣旨の名言を残しています。「個性の重視、オリジナリティーの確立(が重要と感じているので印象に残っている)」と回答した経営者(70代男性)もいました。

2.一つ一つの仕事を丁寧にやる会社をつくりたい人へ

「凡事徹底」(樋口武男*12)

約20年間にわたって大和ハウス工業のトップを務め、同社の「中興の祖」とも呼ばれた樋口武男氏の名言です。樋口氏は現役時代、赤字のある支店を立て直すに当たり、「電話のベルは1コールで取り、元気な声で挨拶して担当者に回す」ということを社員に徹底させました。基本的なこと(凡事)ですが、これが社外の評判を上げることにつながったそうです。「いつも継続して仕事をこなすことによって成果が上がる(ことを示すので印象に残っている)」という経営者(70代男性)もいました。

【参考文献】
(*1)「道をひらく」(松下幸之助、PHP研究所、1968年5月)
(*2)「松下幸之助日々のことば : 生きる知恵・仕事のヒント」(松下幸之助、PHP研究所、1988年6月)
(*3)「やりたいことをやれ」(本田宗一郎、PHP研究所、2005年9月)
(*4)「豊田喜一郎文書集成」(和田一夫編、名古屋大学出版会、1999年4月)
(*5)「孫正義語録 孫氏の兵法」(孫氏の兵法製作委員会、ぴあ、2007年2月)
(*6)「『成功』と『失敗』の法則」(稲盛和夫、致知出版社、2008年9月)
(*7)京セラ「稲盛和夫 OFFICIAL SITE ものごとの本質を究める」
(*8)京セラ「稲盛和夫OFFICIAL SITE 人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」
(*9)Stanford University「Stanford News, JUNE 12, 2005」
(*10)Stanford University「Stanford News, JUNE 12, 2005」
(*11)「盛田昭夫語録」(盛田昭夫研究会編、小学館、1999年3月)
(*12)「凡事を極める」(樋口武男、日本経済新聞出版社、2013年3月)

以上(2023年10月)

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【経理人材の育成(6)】メンバーのモチベーションを上げ、成果を出すための業務分担と評価

書いてあること

  • 主な読者:経理人材の育成や、経理部全体の効率化に悩む中小企業のマネジメント職
  • 課題:業務分担とその評価は、メンバーのモチベーションに直結する。うまく分担できていない場合には、最悪退職してしまうケースもある
  • 解決策:数多くの勘定科目の経験を早回しで経験してもらうよう業務分担を行い、目標設定の段階で期待値を伝えるなどコミュニケーションを密にとった上で評価を伝える

1 モチベーションや成果に影響を与える業務分担と評価

今回は、

業務分担の決め方や評価の方法

についてお話しします。管理職の皆さんから、「業務分担は一度決めてしまうと、なかなか変えるのが難しい」という声をお聞きします。しかし、担当している本人にとっては、何年も同じ業務を続けていると飽きてしまいます。最悪、成長機会の少ないことを理由に転職してしまうケースも見られます。

評価についても、評価の仕方や、伝え方に苦労している方もいるのではないでしょうか。私自身も経験がありますが、評価結果が本人の期待よりも悪い場合には、なかなか納得してもらうのは難しいものです。

では、どのようにメンバーのモチベーションや成果に良い影響を与えられる業務分担と評価をしていけばいいのか見ていきましょう。

2 分担は勘定科目と業務量をベースに考える

経理業務の分担を決める際にまず注目すべきは、

その業務に関連する勘定科目

です。経理業務の最終成果物は決算書なので、ほぼすべての業務は、決算書の中のいずれかの勘定科目にひも付きます。メンバーが業務で成果をあげられるよう、なるべく幅広い経験を積んでもらうためには、色々な勘定科目に関連する業務を経験させることが必要です。とくに、ITツールの導入により手作業が減ってきている中で、従来のように「売掛金一筋ウン十年」といったキャリアは現実的ではありません。これまで以上に経理パーソンは決算書全体を理解する必要が高まっているのです。そのためにも、メンバー自身にとって、数多くの勘定科目の経験を早回しで経験することが重要です。

勘定科目によって業務の難しさは異なります。

  • 現金預金や固定資産などの勘定科目は、実際にかたちがあるものは確認しやすく、比較的経験が浅いメンバーでも習得しやすいでしょう
  • 売上・売掛金や仕入・買掛金など営業周りの勘定科目は、会計システムの使い方など一通りの経理の流れを理解した経理メンバーにおすすめです。営業部門など他部門とのやり取りが頻発しますし、自社事業の知識も必要になるためです
  • 税金や引当金といった高度な会計知識を必要とする勘定科目は、税法や会計基準をしっかり理解する必要があるため、経理経験をある程度積んでから担うのがいいでしょう

なお、インボイス制度の導入や収益認識会計基準など時事的に必要になる取り組みも、経理経験の高い人が担当することが多いようです。このように、

勘定科目の固有の性質に加え、各社のシステムや関係者などの状況を踏まえ、総合的な難易度を、業務ごとに一度整理しておく

といいでしょう。体系化された自社オリジナルの「業務分担表」は、「メンバー育成計画表」としても活用でき、効果的です。

このように、勘定科目の難易度や経験の有無をもとに分担を決めるのは、理想的な決め方です。しかし、現実には、業務量への配慮も不可欠です。例えば、売上・売掛金や仕入・買掛金、経費・未払金などは、件数も多く、業務量が多くなりがちです。実際にどのくらいの頻度・業務量があるのかを踏まえて、最終的な分担を決めることが必要です。ただし、これらの業務は色々なITツールの進化がもっとも多い分野でもありますので、

従来のやり方を前提にした業務量にとらわれない

ようにしましょう。「業務量が多すぎて分担の見直しが難しい」と感じた場合には、それは、業務の進め方自体を見直す必要があるシグナルかもしれません。

分担を変えるのは、個人のモチベーションのためだけではありません。担当者の不在や退職が急遽発生したとしても、経理業務を止めないためには、どの業務も2人以上が実施できる必要があります。会社のリスクマネジメントの観点からも、管理職は分担を見直し、ジョブローテーションを行う必要があるのです。

3 分担した業務の意義や成果は、何度でも口に出して伝える

決めた分担について伝える場合には、その伝え方も重要です。

例えば、売掛金の回収確認や督促は、煩雑かつ精神的な負担もあり、メンバーにとってはあまり気が進まない業務です。しかし、その重要性について疑問をはさむ人はいないでしょう。

では、その重要性について担当者に直接口頭で伝えていますか。煩雑な業務や気が重い業務ほど、会社にとっての重要性を、担当することになったときはもちろん、その後も継続的に伝えていくべきです。そうすることで、本人も業務の位置づけをより理解し、多少なりともモチベーションを上げることができます。また、業務への取組みの結果、〇〇円回収が進んだといった成果を定量的に示すのも成果が感じやすく、おすすめです。

皆さんが思っている以上に、管理職は、業務の重要性や結果を口に出して伝えることが大事です。本人にとっては日常のルーティンになってしまいがちですし、視座の高さの違いから意味を本当に理解してもらうことは難しいように感じます。

4 モチベーションを上げる業務分担の決め方

会社側から見た好ましい業務分担の決め方は、メンバー目線で分担を見ることです。

「キャリアの3要素」という考え方があります。

  1. 本人の得意分野や経験(Can)
  2. 本人の希望(Will)
  3. 会社としての必要性(Must)

この3つがかなう業務を経験することがキャリアにとってもっとも望ましいといわれています。つまり、先ほど紹介した考え方は、会社のMustの話でしたが、個人のCanやWillも合わせて考慮して決めるのがキャリア上望ましいのです。

もちろん、会社の事情もありますから、すべての特性や希望をかなえることはできません。例えば、いくら本人がある業務を希望したとしても、他にも希望している人がいたり、本人の能力に対して難易度が高かったりする場合もあるでしょう。

そこで、まずはなるべく本人の希望や特性を幅広く把握することが大事です。その上で、本人の希望の3割は1年以内の期間で叶えることを目指します。そして、別の3割については2~3年以内に叶えられるように、スキル習得とジョブローテーションの予定をたてます。

つまり、すべてをすぐに対応するのではなく、短期と中期に分けて、できることからかなえられるようにしましょう。自分の考えや希望がかなうことで、本人のモチベーションが上がり、成果も出やすくなります。

5 評価の成否は、事前の目標設定で決まる

業務分担の内容に基づいて、年度末に各人の評価を行う会社も多いでしょう。この際に、気を付けていただきたいのは、

  1. 目標はあらかじめ決まっているか
  2. 本人はきちんと理解しているのか

の2点です。

分担を決めただけでは、この業務をどのように頑張ったらいいのかが不明確です。分担というのは、何をやるか(What)という話にすぎず、それだけではまだ良し悪しの評価をすることはできません。目標として、どのくらいの時間数をかけるのか、あるいはいつまでにやるかの期限、ミスをどのくらい減らすかという正確さなど、どのくらいやるか(How Much)というモノサシを明確にしてはじめて、良し悪しが判定できるのです。

このように、分担を決めることと、目標を決めることは別ですので、評価が必要な場合には、必ず目標を決めるようにしてください。もし皆さんの部門全体の目標がある場合には、それを細分化して設定するのがベストです。このように部門全体と個人の目標を整合させることで、個人の目標が達成されれば、結果として組織目標も達成する仕組みができあがります。

6 評価面談の場ではじめて評価を伝えるのはNG

評価面談の場でメンバーともめるケースがしばしば見かけられます。もめずに評価を伝えるための最大のポイントは、「No Surprise」=びっくりさせないことです。なぜもめるかといえば、本人の予想と評価が異なることがほとんどです。もちろん、ときに評価の内容が良くないことが原因になることもありますが、それでも事前に把握できていれば、納得するかどうかは別ですが、大きくもめることは少ないはずです。

びっくりさせないためには、

まず目標設定の段階で期待値を正しく伝えておくこと

が必要です。先ほどの目標の話でもお伝えしたとおり、何をどの程度期待しているかを、具体的に事前に伝えておきましょう。

また、達成状況について途中経過を共有することも大事です。もし月次で面談などを行っているのであれば、その場を活用してもいいでしょう。多くの会社では、年度の真ん中で半期の評価面談を行うようです。これも、年度末での食い違いを防ぎ、達成に向けて調整するための取り組みといえます。このような場を使って、少なくとも1回、できたら軽く触れる程度でもいいので年に2~3回、途中経過としての皆さんの見解を伝えておくといいでしょう。

そして、3つ目は、途中経過や最終評価の面談の場で、本人のコメントに十分に耳を傾けることです。メンバー本人にも、設定された目標に対して思うところなどがあるはずです。まずはそれをきちんと聞いた上で、管理職の皆さんの見解を伝えるようにします。このとき、皆さんが評価の拠り所とした事実やエピソードも用意しておくと説得力が増します。

つまり、評価面談の場ではじめて、一方的に評価を伝えるのはNGということです。管理職をやっていると、分担や評価は気が重いイベントかもしれません。しかしながら、どちらも会社にとって重要で成果に大きく影響するものであり、かつメンバー個人のキャリアにとってもあたえる影響は大きいものです。ぜひ今後分担や評価を行う際の参考になれば幸いです。

以上(2023年10月作成)

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画像:Kittiphan-Adobe Stock

ビジネスケアラーに対する支援

高齢化や生産年齢人口(15歳~64歳)の減少が続く中で、ビジネスケアラー(仕事をしながら家族等の介護に従事する者)の数は増加傾向にあり、介護に起因した労働総量や生産性の減少が懸念されております。

介護と仕事の両立実現に向けては、職場・上司の理解が不足していることや、両立体制構築に当たっての初動支援が手薄いこと、介護保険サービス単体ではカバー範囲が限定的であること等が課題として挙がり、従業員個人のみでは十分な対応が困難な状況です。

本稿では、日本でのビジネスケアラーの人数推移を解説するとともに、企業が行える仕事と介護の両立支援について、ご紹介してまいります。

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