【朝礼】上司は「ありがとう」を口癖にしよう

社会人になると、仕事で褒められたり、感謝されたりすることが少なくなります。仕事というのはできて当たり前のことですから、当然と言えば当然です。

このことについて、知人の会社の女性社員から聞いたことを思い出しました。

その女性社員はお客さんが帰られた後の茶器を給湯室で洗っていました。そこには茶器以外にも、何人かが置いていったマグカップがありました。冬場で水しか出ない給湯室の作業はつらいのですが、それらを仕事と割り切り、淡々と洗っていました。

ところが、ふと、さも当然のように置いてあるマグカップを見て、「本当に自分がこの仕事をする必要があるのか」ということが頭の中をよぎったそうです。そして「別に、この仕事は私でなくとも誰でもできることだし、そもそも置いた人が洗えばいい。それならば私がする必要はないし、その間に別の仕事ができる」と考えていると、最終的には、「本当にこの会社で仕事を続けていいのか」と思うようになり、もんもんとしてしまったのだそうです。

この話を聞いたとき、私には思い当たるふしがありました。皆さんが毎日仕事に従事してくれるおかげで、会社は成り立っています。にもかかわらず、皆さんを褒めることもなく、感謝や労いの言葉すらかけていません。

私が「いつもありがとう」という感謝の言葉を口にしないため、皆さんの上司も、そうした言葉を口にしないようです。

先の女性社員の話には続きがあります。その女性社員が茶器などを洗い終わり、食器棚に片付けていると、ある人から「いつもありがとう」と声をかけられたのだそうです。その人は、いつも給湯室の流しにマグカップを置いていく人でした。今までそんなことを言われたことがなかったので、女性社員は驚きで「はい…」と返事をすることしかできませんでした。同時に、地味で目立たないことですが、こんな小さなことでも見てくれている人のいることが分かった上、感謝の言葉をかけられて、とてもうれしかったそうです。そして、「たとえ小さな仕事でも、それまで続けてきた努力はどこかで見てくれている人がいる。手を抜かず、着実に毎日の仕事をやり遂げよう」と思ったそうです。

皆さんも、慣れた仕事を毎日のようにしていると、本当にこの仕事をやっていていいのか、他にもっと面白い仕事があるのではないかと思うことがあるかもしれません。しかし、皆さんが行っている仕事はどんな小さなものでも大切な意味を持っています。どの仕事も一人ひとりが丁寧に着実に進めていくことで、会社が成り立っているのです。

このことは、私も皆さんの上司も分かっています。ただ、分かってはいても、皆さんへ「ありがとう」の感謝の言葉を伝えることができていませんでした。上司の皆さんは、部下の仕事のすべてに目を配り、そして「ありがとう」と言ってください。私も今日から「ありがとう」を口癖にします。

以上(2023年2月)

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画像:Mariko Mitsuda

これでは売れない……社員のプレゼン力に不満を覚えたら

書いてあること

  • 主な読者:社員のプレゼン力や売る力に物足りなさを感じている経営者
  • 課題:資料が美しくないなどの問題もあるが、そもそも「熱量」が感じられない
  • 解決策:経営者が考える良いプレゼンを「要件定義」する。その上で経営者に近い視点を持てる社員を選抜して教育する

1 社員の「プレゼン力」に不満を覚えたら

社員の「プレゼン」が全然ダメ……

この記事は、こんな不満を持つ経営者の参考になるように、

組織のプレゼン力を高める方法

をご提案するものです。ここでいうプレゼン力は、「売る力」や「伝える力」と読み替えていただいても大丈夫です。

プレゼンについて解説した書籍やネット記事は数多く、セミナーも頻繁に開催されています。それに、中小企業では営業同行などで経営者と社員が一緒に行動することが多いので、社員は経営者の振る舞いを見られる機会が多いです。

にもかかわらず、社員のプレゼン力が高まらないのはなぜなのでしょうか?

2 良いプレゼンを「要件定義」する

もっともありがちな問題は、

一般的に社員のプレゼンは合格点なのに、経営者は物足りなさを感じている。ただ、物足りないポイントが曖昧で、何をすれば合格するのか誰も分からない状況

です。

かつて、筆者は知り合いの経営者Aから「社員の資料が分かりにくいので、資料作りの勉強会をしてほしい」と相談されたことがあります。経営者Aは「資料の作り方がバラバラで読む気になれない」ことを強調していました。そこで、「資料の構成、色使い、フォントの種類、文字数の配慮」などのルールを決めて徹底し、一般的に見て分かりやすい資料作りができるようにしました。

その結果、経営者Aも資料が改善されたと感じてくれましたが、不満は解消されませんでした。というのも、問題は資料の見やすさではなく、「社員の伝え方や伝える内容」であったと気付いたからです。そこで、次は「話し方や情報の整理術」についての勉強会もすることになりました。

この事例のようなケースは珍しくありません。ですから、経営者の皆さんは、

合格ラインとなる良いプレゼンの「要件定義」

をして、社員に伝えなければなりません。ゴールが曖昧なままでは、いつまでたっても組織のプレゼン力は向上しません。

3 熱量のある社員を選抜する

早速「要件定義」をしていきたいところですが、ここで課題になるのが「人」です。プレゼンを極端に分けると、

  • 綺麗な資料で、トークもスムーズ。だけど、表面的で冷たいプレゼン
  • 武骨な資料で、トークも“噛(か)み噛み”。だけど、すごい熱量が伝わるプレゼン

といったようになります。ケースバイケースとはいえ、筆者の経験上、

リアルのビジネスで通用するのは後者のプレゼン

です。すごいテクニックがあっても熱意が伝わらなければ、相手の心の琴線に触れることはできないということです。

そして、テクニックについて学ぶ機会はいくらでもありますし、要件定義も簡単です。しかし、プレゼンに熱量を込められるかどうかは社員次第となります。そのため、経営者は、

プレゼンを担当する社員を選抜

しなければなりません。

4 深掘りする力を養う

熱量のある社員を選抜したら、次は物事を深掘りする習慣を身につけましょう。熱量があっても、話していることが独りよがりだったり、視点が低かったりすると、聞いているほうはきついです。聞き手に配慮できない社員はこのようになりがちです。

改めて定義すると、プレゼンにおいて深掘りする力とは、

どうすればこちらの意図が相手に伝わりやすいか

を考えることです。未来も見据えて、こちらの形と相手の形を合わせるために、双方の利益を深く考えなければなりません。

深掘りする力を鍛える方法として、

文章の報告書を作る

方法があります。世間的には「効率化」が重視され、必要な情報が箇条書きにされた資料が歓迎されています。しかし、箇条書きだと、なぜ、社員がその項目を選んだのか、社員の思考が明らかになりません。それに、書く側の社員としても、深く考えずに何となくポイントを箇条書きにすることで形にできてしまいます。

これが文章の場合はそうはいかず、自分の書いていることに矛盾がないかを確認したり、本当にそれが伝えたいことなのかを確認したりして、物事を深く考えます。このため、文章の報告書で深掘りする力を鍛えることができ、実際、これを取り入れている会社もあります。

5 実践しながら擦り合わせる

あとはプレゼンを実践しながら、経営者の理想と社員の実態とのギャップを埋めていきましょう。経営者と全く同じ考え方をする必要はありませんが、

経営者と同じ問題に反応できるようになる。つまり、経営者に近い視点の高さと視野の広さを持つための感度を高める

ことが大切です。そのためには、経営者がクライアントなどと食事をする席に参加させ、そのような場でどのような話をしているかを聞かせることも重要です。

また、経営者が何を考えているのかを知ってもらうために、社内SNSに「社長チャンネル」(仮称)を開設し、そこに経営者の考えを投稿するのも一策です。

以上(2023年2月)

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画像:Chaay_Tee-shutterstock

【朝礼】あなたはヤマメか、サクラマスか

今日は皆さんに、問題を出したいと思います。皆さんはヤマメという魚と、サクラマスという魚の違いを知っていますか?

ちょっと意地悪な問題なのですが、正解は、「違わない」のです。生物学的には、両方ともサケ科の同じ種類の魚です。しかし、その生き方は全く異なります。川に一生住み続ける“陸封(りくふう)型”と呼ばれるのがヤマメで、川を下って海で育つのがサクラマスです。

では、ヤマメとサクラマスとの運命の分かれ道はどこにあるのでしょうか? その答えは、両者が生まれて約1年後に激烈を極める、縄張り争いにあります。体の小ぶりなヤマメが争いに敗れ、居場所を失って川を下るそうです。

海に出たヤマメは、川よりも天敵の数も種類も多い海で、危険にさらされながら生きることになります。ですが、海には餌となる小魚が豊富にいます。川に居続けるヤマメの大きさが20~30センチメートルほどなのに対して、海で生き延びたヤマメ、つまりサクラマスは、2倍以上の70センチメートル程度にまで成長します。そして海に出てから約1年後、産卵のために生まれた川に“凱旋”するのです。

ヤマメと比べて体の大きなサクラマスのほうが産み落とす卵の数は多く、子孫を残せる可能性が高くなります。つまり、一度は競争に負けたヤマメが約1年後にサクラマスとなり、川に残っていたヤマメに逆転勝ちするのです。

皆さんはこの話を聞いて、ヤマメとサクラマスのどちらになりたいと思いましたか? 私はかつてサクラマスの生き方に憧れて、積極的に広い世界に出て、学び、成長したいと考えたものです。

しかしながら、今の考えは違います。私が今、なりたいのは、ヤマメでもサクラマスでもありません。ヤマメやサクラマスを育む、川になりたいのです。

この会社にも、さまざまなタイプの人がいます。1つの仕事をコツコツやり遂げるヤマメタイプの人もいますし、社外でいろいろと学んでスキルアップをしたいと考えているサクラマスタイプの人もいます。

どちらの生き方も素晴らしいことですし、私はそれぞれの生き方を応援したいと思っています。今の仕事の専門性を高め、極めたいと考えている人には、それにふさわしい場所を与えられるようにします。外の広い世界で学び、成長したいのであれば、むしろ積極的に後押しして送り出したいと思っています。ヤマメは川で、サクラマスは海で、それぞれ精いっぱい生きているのですから、どちらも胸を張ってよいのではないでしょうか。

私はこの会社を、ヤマメやサクラマスが生き生きと泳げる、川のような会社にしたいと思っています。皆さんは、自分の思うような生き方をしてください。そして、自分と生き方や考え方の違う人とも、認め合える関係を築いていってください。

以上(2023年2月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】時間についても、自分に厳しく、人に優しく

約束した時間を守ることは、ビジネスパーソンとしてとても重要なことです。これはマナーではなくルールであると考えてください。

皆さんの多くは、毎朝、遅刻することなく出社してくれます。また、会議や簡単な打ち合わせさえ遅刻することはありません。私はこのことをとても誇らしく思っています。

しかし、遅刻はしないものの、いつも時間ぎりぎりにならないと現れない人もいます。こうした人はいずれ遅刻するのではないかと心配になってしまいます。

ビジネスパーソンが商談に遅刻するようでは、相手に「時間すら守れないような人は信頼できない。一緒に仕事をすることはできない」と思われても仕方ありません。約束した時間に遅れてしまったことが原因で商談が台なしになってしまうこともあるのです。

約束した時間を守るためには、「10分前行動」を徹底しましょう。例外を作らず、どのようなときも、早めに余裕を持って行動するのです。

例えば、とりわけ遠いところまで商談に行く場合は、早い時間から近くの場所まで行っておくなど、遅れないように準備しましょう。そうすることで道路の渋滞や交通機関の遅延など不測の事態で移動に時間がかかってしまった場合でも、遅れることを防ぐことができます。

仮に、商談の時間に間に合わなそうな場合には、「遅刻すると分かった時点ですぐに連絡する」「誠実に謝罪する」といった対応が大切です。

それでは、相手が商談に遅刻した場合はどのように対応したらよいのかを考えてみましょう。

自分が時間を厳守する人は、相手にもそれを求めがちです。しかし、相手が商談に遅刻してきたからといって、皆さんは厳しく接したり、不機嫌な態度をとったりしてはいけません。相手には「きっとやむを得ない事情があったに違いない」と考えて、笑顔で対応してください。

遅刻してきた相手は、皆さんに対して申し訳ない気持ちでいっぱいのはずです。そのため、その商談は交渉が始まる前から皆さんにとって、つまり我が社にとって有利な状況になっています。これは、皆さんが時間を守り、相手の遅刻を許したからにほかなりません。

昔からよく「自分に厳しく、人に優しく」といわれますが、時間についても同じことがいえます。自分は絶対に遅刻しないように気を付け、そして、相手の遅刻には寛容に接するように心がけましょう。

以上(2023年2月)

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画像:Mariko Mitsuda

いまさら聞けない働き方改革シリーズ2「同一労働同一賃金とは?」

1 同一労働同一賃金とは?

今回のテーマは、「同一労働同一賃金」についてです。

これは、前回のテーマ「2024年問題」と同様に2017年3月に策定された「働き方改革実行計画」で挙げられた日本の労働制度の3つの課題のうちの「正規非正規の不合理な処遇格差」の解消を目的として法律改正がされたものです。

これまでは、有期雇用労働者(非正規)については労働契約法第20条で、短時間労働者(パートタイム)については短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律第8条、第9条で、派遣労働者については労働者派遣法第30条で、待遇の相違は不合理と認められるものであってはならないと規定されていました。2021年4月に有期雇用労働者と短時間労働者については、短時間・有期雇用労働法に統一され、派遣労働者は労働者派遣法の改正によって不合理な待遇相違、差別的な取り扱いの禁止を定めています。

2 法律改正の背景

2016年8月、安倍首相(当時)の記者会見で「同一労働同一賃金」について言及したのが始まりで「同一労働同一賃金」という言葉は注目されるようになりました。2018年6月には働き方改革関連法案が成立し、上述のとおり同一労働同一賃金を定める各種法律が改正され、2020年4月から大企業、2021年4月から中小企業も同一労働同一賃金に関する法律が順次適用されています。

では、なぜ当時の安倍政権が「働き方改革法」において「同一労働同一賃金」を掲げたのでしょうか?これまでも正規非正規の賃金格差が社会問題になってはいましたが、実は単純にその賃金格差を解消するためだけではなかったのです。

その理由は大きく2つです。

1つ目は、日本が抱える最大の問題である人口減少に伴う「生産年齢人口(15歳から64歳)」の減少です。政府としては、性別や年齢に関係なく働き手を確保したいのです。短時間であっても働きたい人や副業を持ちたい人は多くいますが、短時間だからという理由だけで正社員と同じ仕事をしているのにも関わらず時給換算をしたら大きな賃金格差が生じれば働く意欲は低減します。労働者の働き方も変化しつつありますので、より柔軟な雇用形態を提供することで一人でも多くの労働人口を確保しようというのが政府の考えです。

2つ目は「ジョブ型」の雇用システムへのシフトです。厚生労働省が平成30年版「労働経済の分析」を発行していまして、その内容をみると日本はG7の国々と比較して労働生産性が最下位という結果でした。なぜ日本の労働生産性が低いのでしょうか?その原因を「メンバーシップ型」と呼ばれる日本独特の雇用システムであることを挙げています。「メンバーシップ型」とは、新卒の社員を一斉に採用して、それぞれの能力とはかけ離れた業務であっても、長期間にわたって働いてキャリアを積めば年功序列で賃金が増えていくという日本独特の雇用形態です。ジョブローテションという名のもとに社員の能力とまったく関係ない業務を強制させることが労働生産性の低下という結果を露呈させてしまいました。「メンバーシップ型」はいわゆる「就社」であって「就職」ではないといわれます。仕事や業務内容に人をあてはめる「ジョブ型」という雇用システムへのシフトが同一労働同一賃金のもう1つの目的です。

労働生産性(実質・名目)のG7各国比較

出典:厚生労働省 平成30年版 労働経済の分析 -働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について-

3 法律改正の3つのポイント

同一労働同一賃金に関する法律改正のポイントは3つです。

まずは、均待遇、均待遇、まさに同一労働同一賃金の内容です。次に、労働者への説明義務です。企業が社員やパートアルバイトを採用する際には、その労働条件についてきちんと説明すること、さらに既存の社員が労働条件について説明を求めた場合も企業はその社員へ説明する義務があるという内容です。最後に、同一労働同一賃金に関して企業と労働者との間でトラブルになった場合に迅速な解決に向けたADR制度(裁判以外の紛争解決手段で無料且つ非公開)が用意されたということです。

待遇というのは、例えば、正社員と契約社員、正社員とパートタイマーと比較して、業務の内容と責任の程度、配置変更の範囲について、まったく同じ場合には「差別的取扱いをしてはならない」と禁止しています。ただ、実際には正社員と契約社員、正社員とパートタイマーとの間で、業務の内容や責任の程度、配置変更の範囲が全く同じということはほとんどありません。その場合には、「その他の事情」を考慮して労働条件に差をつけても問題はありませんが、その差が「不合理と認められる相違は設けてはならない」ということを求めたのが均待遇ということになります。

4 5つの最高裁判決

すでにご存じの方も多いと思いますが、同一労働同一賃金に関する最高裁の判決を整理してみます。この判決は「働き方改革関連法」改正前の労働契約法第20条を前提にした裁判ではありますが、今後の判決にも影響を及ぼすと思われますので紹介します。

2018年(平成30年)6月1日判決の長澤運輸とハマキョウレックスの事例と、2020年(令和2年)10月13日判決の大阪医科薬科大学、メトロコマース、同年10月15日判決の日本郵便の事例です。これらの最高裁判決で不合理認定として違法だと判断されたのは一部の「手当」と「休暇」にとどまっています。「基本給」「賞与」「退職金」については違法ではないという判断です。「手当」や「休暇」は支給する趣旨目的が特定しやすく、事業主側が待遇差の理由を明確に説明ができなければ不合理(違法)であると判断されやすいということです。その一方、「基本給」「賞与」「退職金」については、事業主側の裁量が大きく認められる傾向にあります。しかし、判決文には「個別事情に基づく判断をします」とあるので、直ちに「処遇に差があっても違法じゃない」という最高裁判決がどこでも通用するような一般化されたものではありませんのでご注意ください。

その個別事情とは何であったかを最高裁判決文から読み解いていくと、正社員の「基本給」を非正規社員と格差をつけることや、正社員に「賞与」「退職金」を支給する趣旨目的は、事業主側が「正社員としての人材を確保したい」「その定着を図りたい」ということにある「有為人材確保論」「正社員人材確保論」ということに該当するといわれています。メトロコマースも大阪医科薬科大学でも「正社員への登用制度が存在していた」ということが判決の決め手にもなっています。

5 企業の対応方法

すでにほとんどの企業で正規非正規社員が同じ職場で働いています。それでは、企業としてどのような対応をすればいいのでしょうか?

企業としての対応方法については、厚生労働者が「パートタイム・有期雇用労働法 対応のための取組手順書」というパンフレットを作成していますのでこれを参考にすることをお勧めします。このパンフレットでは、労働者の雇用形態から、待遇の状況確認、待遇に違いがある場合にはその理由はなにか?を手中通りに進めていけば整理することができます。また違いを設けている理由の事例も紹介されているので、是非活用することをお勧めします。また社員向けに説明するモデル様式も掲載されています。さらに厚生労働省では「同一労働同一賃金ガイドライン」「不合理な待遇差解消のための 点検・検討マニュアル」を公表しています。各種資料は充実してはいますが、自社ですべての資料を読み込んで、現状把握から解決策を構築するのには限界がありますので、専門家による指導アドバイスが必要になるでしょう。

2021年にパートタイマーを雇用している事業所のうち、直近5年間に正社員とパートタイマーとの間の不合理な待遇差をなくすための取組を「実施した」かどうかを東京都が調査しました。「実施した」という事業所は約30%。しかし、一方、パートタイマーの人たちにもアンケートを実施していて、正社員との間に何らかの不合理な待遇差があるか?と質問したところ、「改善した」と回答したパートタイマーはわずか8%、「改善していない」という回答が31%です。

不合理な待遇差をなくすための取組の実施状況

パートタイマーの処遇改善に関する実感

出典:東京都 令和3年度 中小企業労働条件等実態調査「パートタイマーに関する実態調査」結果について

今後も同一労働同一賃金に関する判決の動向は注視していく必要はありますが、企業にとっては正規非正規、パートタイマー、さらには外国人労働者の雇用において、各種手当の設定については慎重に対応していくことが求められます。すでに厚生労働省は、非正規労働者の待遇改善に向けて、全国の労働基準監督官の増員を進めています。各都道府県労働局への相談内容を踏まえて、企業への報告徴収(実態把握)も実施しています。2021年(令和3年度)は、全国6,377社を対象に報告徴収を実施して、違反が確認をされた4,470社70.1%)に対して、1万738件の是正を行ったとあります。そのため、就業規則の整備、賃金体系の確認は専門家に相談をして企業の実態に応じて修正していくことをお勧めします。

以上(2023年2月)
日本社会保険労務士法人(SATOグループ) 特定社会保険労務士 山口 友佳
SOMPOビジネスソリューションズ株式会社 社会保険労務士 西田 明弘


【著者紹介】
山口 友佳(やまぐち ゆか)

日本社会保険労務士法人(SATOグループ) 特定社会保険労務士
慶応義塾大学卒業。地方紙記者を経て2008年、社会保険労務士試験合格。
2009年、日本社会保険労務士法人設立とともに入所。2010年、社員(役員)に就任。2021年、特定付記。
労務相談部門責任者として中小企業、大企業に対する労務コンサルを担当。
就業規則諸規程のコンサル、判例に基づいた実務的なアドバイスなど経験多数。

西田 明弘(にしだ あきひろ)
SOMPOビジネスソリューションズ株式会社 社会保険労務士
明治大学商学部卒業
1995年安田火災海上保険株式会社(現 損害保険ジャパン株式会社)入社
自動車メーカーや大手電機メーカーの営業部隊で各企業の海外現地法人を包含した保険プログラム構築を担当。
また約10年間の海外勤務では海外現地法人の経営にも携わる。現在、保険代理店を対象にした研修講師を担当。
2021年社会保険労務士試験合格 2022年社会保険労務士事務所を開設し、社会保険労務士としての業務も同時に行う。

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画像:illust-ac

職場でマルチ商法や宗教勧誘はやめて! 根拠は就業規則の「服務規律」です

書いてあること

  • 主な読者:社員にマルチ商法や宗教勧誘をやめさせたい経営者
  • 課題:プライベートにどこまで関与できるか分からない。特に宗教は信教の自由がある
  • 解決策:プライベートでも「企業秩序」を乱す活動には毅然と対応する。就業規則に「社員としての地位」を利用して行われる活動を規制する規定を設ける

1 就業規則に定めて迷惑な勧誘をストップする!

社員が仕事以外のことも気軽に話せるのは良いですが、もし、マルチ商法や宗教勧誘をしている社員がいたらどうでしょうか。誘われた社員は、上司や同僚との関係性を考え、不本意ながら誘いに応じてしまうかもしれません。

会社としての建前は「プライベートは本人の自由」ということになるでしょうが、マルチ商法や宗教の問題が後を絶たないのは事実ですから、静観するだけというわけにもいきません。では、会社は社員によるマルチ商法や宗教勧誘をやめさせられるのでしょうか。

大切なのは、就業規則でルールを定めることです。具体的には、

「企業秩序」を乱すようなマルチ商法や宗教勧誘を禁止

します。なお、企業秩序とは、会社が存立し、事業を円滑に運営し続けるために守るべき秩序のことをいいます。

企業秩序は漠然とした概念ではありますが、就業規則で明確にルールを定め、マルチ商法や宗教勧誘が企業秩序にどのような影響をもたらすのかを整理していけば、会社としての対応方針はおのずと定まります。以降で詳しく紹介していきます。

2 大切なのは就業規則の「服務規律」

1)企業秩序を乱してはならないことを「服務規律」で定める

通常、企業秩序のルールは

就業規則の「服務規律(社員が守るべき基本的な行動規範)」

で定めます。社員は会社と労働契約を結んだ(雇用された)時点で、服務規律などで定めた企業秩序のルールを遵守する義務を負い、社員がこれに違反した場合、会社は就業規則の規定により懲戒処分を科すことができると解されています(最高裁第三小昭和54年10月30日判決など)。

プライベートに就業時間の服務規律が適用されるのかが気になりますが、過去に最高裁が

職場外での職務遂行に関係がない行為であっても、企業秩序に直接の関連を有するものもあり、それが規制の対象となることも許される

と判断した例があります(最高裁第一小昭和49年2月28日判決など)。つまり、プライベートでのやり取りでも、企業秩序を乱すものについては、服務規律を適用できるのです。

2)「社員としての地位を利用」がキーワード

社内とプライベートの両面で企業秩序を乱す活動を規制したい場合、就業規則に次のような規定を設けることが考えられます。

【規定例】

第○条(服務規律)
社員は、次の各号に掲げる事項を守り、服務に精励しなければならない(下記以外の号は省略)。

  • 会社の許可なく、会社構内および施設において、政治活動、宗教活動、社会活動、物品の販売、勧誘活動、集会、演説、貼紙、放送、募金、署名、文書配布その他業務に関係のない活動を行わないこと(就業時間外および事業場外においても、社員としての地位を利用して、他の社員または取引先等に対して同様の活動を行わないこと)

黒字部分は、マルチ商法や宗教勧誘のうち、「就業時間中、社内(事業場内)での活動」を規制するもの、赤字部分は、「プライベート、社外(事業場外)での活動」を規制するものです。ポイントは赤字の「社員としての地位を利用して」という文言です。これは、

会社に雇用されることで生じる人間関係(上司、同僚、部下など)を利用する

という意味です。前述した通り、

社員から社員に対して行われるマルチ商法や宗教勧誘は、社内の人間からの誘いだからこそ断りにくい

という面を持っています。一部の社員がそうした断りにくさに付け込むことを防ぐというのが、この文言の趣旨です。

また、規定例では社内の人間だけでなく、社外の取引先等を相手とする活動も規制の対象としているので、例えば、外回りの社員などが自分の取引先や顧客に迷惑行為を働くような事態も防ぐことができます。

3)企業秩序を乱した場合、懲戒処分の対象とすることは可

服務規律に違反して企業秩序を乱した社員については、就業規則の懲戒事由に該当すれば、懲戒処分の対象とすることができます。

一般的な懲戒処分の内容は、次の通りです。

  • 懲戒解雇:即時に解雇する。懲戒処分の中では最も重い処分となる
  • 諭旨解雇:退職願の提出を勧告した上で、解雇とする
  • 出勤停止:数日間、出勤することを禁じ、その間は無給とする
  • 降格:役職の罷免・引き下げ、または資格等級の引き下げを行う
  • 減給:一定期間、賃金支給額を減額する
  • けん責:始末書を提出させ、将来を戒める

ただし、社員の違反内容に照らして重すぎる懲戒処分は認められません。例えば、マルチ商法や宗教勧誘によって社内から苦情が出たとしても、それを理由に直ちに「懲戒解雇」や「諭旨解雇」などを科すことは「重すぎる」という判断になります。

ケース・バイ・ケースですが、基本的には

1回目の違反については、原則として単なる「注意」または「けん責」処分とし、以降も改善が見られなければ、その内容に応じて処分を引き上げる

という対応になるでしょう。なお、処分を引き上げる場合は、

社員の活動内容が「法律に違反しているか否か」

が1つの判断基準になります。次章で、マルチ商法、宗教勧誘、投票依頼を例に、法律のルールと会社としての対応を紹介するので、確認していきましょう。

3 法律のルールと会社としての対応

1)マルチ商法(連鎖販売取引)

マルチ商法とは、特定商取引法で規制されている「連鎖販売取引」の通称で、

個人を販売員として勧誘し、さらにその個人に次の販売員の勧誘をさせるという形で、物品の販売などを連鎖的に拡大していく取引のこと

をいいます。「他の人を入会させるだけで紹介料がもらえるから短期間で稼げる」などと言って個人を勧誘し、一方でその個人に取引を行うための条件として金銭を負担させるといった特徴があります。

特定商取引法では、

  • 勧誘の際は、「自分や事業者の名前」「勧誘を目的としていること」「商品等の種類」を相手に明示しなければならないこと
  • 「商品内容、取引の利益・負担、契約解除の方法などについて嘘をつく(または隠す)」「相手を威嚇する」「公衆の出入りしない場所で勧誘や契約締結を行う」といった行為をしてはならないこと

などが定められていて、これらに違反するマルチ商法は違法になります。逆に言うと、これらに違反しなければ一応合法ですが、このあたりはマルチ商法を行う事業者が合法に運営するための体制を整えていても、販売員の熟練度などによってはトラブルが起きることもあります。

会社としては、

  • 法律違反となるマルチ商法だけでなく、それに類似する取引についても、「不安に思う社員がいるかもしれないから」という理由で許可しない
  • 無許可で活動を行った社員については、注意またはけん責処分にし、以降も同様の活動を繰り返すようであれば、その内容に合わせて処分を引き上げる

といった対応が考えられます。

2)宗教勧誘

宗教勧誘とは一般的に、

特定の宗教に入信している人が、無宗教の人などを入信させる目的で勧誘すること

をいいます。

日本国憲法では「信教の自由」として、個人が自分の支持する宗教を信仰する自由や、宗教活動を行う自由が保障されています。宗教勧誘も宗教活動の一環であり、それ自体は禁止されていません。一方で、宗教勧誘を受ける側の人間にも信教の自由があるため、これを抑圧して入信させることは認められません。

「入信しないことを伝えているのに、宗教勧誘をやめない」など、宗教に関する嫌がらせを「レリジャスハラスメント(レリハラ)」と呼ぶことがあります。レリハラは、法律で定義されたハラスメントではありませんが、このように他人の信教の自由を抑圧することは、

民法の不法行為(故意・過失によって他人の権利や法律上の利益を侵害する行為)

に該当する可能性があります。

会社としては、

  • 就業時間中は、社員は職務に専念する義務があるので、就業時間中や事業場内における宗教勧誘は全面的に禁止する
  • プライベートでの宗教勧誘は禁止しないが、社内に迷惑行為を受けた社員のための相談窓口を設置し、レリハラなどの相談があった場合は宗教勧誘をやめるように指示する
  • 1.で就業時間中や事業場内において宗教勧誘を行った社員、2.で会社の指示を受けたにもかかわらず宗教勧誘をやめない社員については、注意またはけん責処分にし、以降も同様の活動を繰り返すようであれば、その内容に合わせて処分を引き上げる

といった対応が考えられます。

3)投票依頼

投票依頼とは一般的に、

選挙のタイミングで、知人などに対し特定の党、政治家への投票を依頼すること

をいいます。

投票依頼については、公職選挙法により、

  • ウェブサイト上での依頼文の掲示、SNSのメッセージ機能などによる依頼は可
  • 電子メール(携帯電話のショートメッセージを含む)による依頼は不可(候補者や政党からのメールを転送することも不可)

とされています。

なお、日本国憲法では「思想および良心の自由」が定められていて、誰に投票するかは本来自由であり、投票依頼に応じない相手に対してしつこく投票を迫ることなどは、場合によっては民法の不法行為(前述)に該当する可能性があります。

会社としての対応は、宗教勧誘の場合と基本的に同じです。

以上(2023年2月)
(監修 弁護士 田島直明)

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【朝礼】声の出し方、拾い方

今日は、皆さんにお願いがあります。どうか、日ごろから、「声」を出してください。これは、情報を周りに発信して共有してください、という意味です。

皆さんは、日ごろ、とても一生懸命仕事をしてくれています。しかし、残念ながら「声を出すこと」が十分ではありません。例えば、困っていることを一人で抱え込んで仕事を滞らせてしまう人がいます。それぞれの仕事の進捗状況が分からずに、複数の人が同じ仕事を無駄にやっていたり、逆に抜け漏れが出ていたりすることもあります。これは大いに問題です。

そこで今日から、皆さんは、「声の出し方」について、2つのことを心掛けてください。とても重要なことなので、必ず実践していきましょう。

1つ目は、「悪いことほど声を出す」ということです。社内外で起きたトラブル、またはトラブルになりそうだと懸念していること、起きてしまったミスなどは、すぐにその場で皆に伝えなければなりません。そのことを知っているのと知らないでいるのとでは、仕事の進め方や社内外の人との接し方が違ってきます。同じようなトラブルやミスを防ぐことにもつながるでしょう。

2つ目は、「忙しいときほど声を出す」ということです。仕事を幾つも一人で抱え込み、滞らせたりせず、「私は今、この件とこの件で忙しいのでサポートが必要です」と声を出し、早く周りに助けを求めてください。

「周りも忙しそうだから助けを求めにくい」と思っている人がいるかもしれませんが、それは大きな間違いです。早く声を出さずに、後で切羽詰まってから、「やはりできない」という状況になるほうが、周りは困ってしまいます。

また、声を出してくれる人に対する「声の拾い方」もとても重要です。皆さん、まずは、周りで起きていることに関心を持ってください。誰がどのような声を出しているのか、どのような状況にあるのか。関心を持たなければ、声をしっかりと拾うことはできません。

それから、声を出している人のほうに顔を向け、しっかり返事をしてください。背中を向けたままパソコンをカタカタ打っていたり、うんともすんとも言わなかったりしていては、発信側は声を拾ってくれているのかどうか分かりません。声を拾う側は、顔を向け、返事をして、「話を聞いています」という情報を発信することが大切です。

今、私が言った「声の出し方」と「声の拾い方」はとても基本的なことですが、皆さんは果たして実践できているでしょうか。そうではない人も多いはずです。特に管理職は、率先して部下の手本になるよう声を出し、拾ってください。そして、部下にもしっかり実践させましょう。

仕事は、皆で協力して進めることが必要です。そして、それは「声を出すこと」「しっかり拾うこと」から始まります。皆さん、今日からこのことを、肝に銘じてください。

以上(2023年2月)

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【経営者保証】のはずし方〜相談すれば45%がはずれる?

書いてあること

  • 主な読者:経営者保証の付いた融資を受けている会社の経営者
  • 課題:既に付いている経営者保証を解除したい、経営者保証のない融資を受けたいが、金融機関とどう交渉していいか分からない
  • 解決策:まずは金融機関に相談する。解除の可能性を高めるため、「経営者保証ガイドライン」の3要件を満たすように自社の経営改善を図る

1 「経営者保証」は解除できる?

会社の融資の際に付けられている経営者の個人保証(経営者保証)。日本政策金融公庫の調査(2022年10月)によると、

金融機関に相談したうちの約45.4%が解除

されています。経営者保証の解除は、経営者保証ガイドライン研究会(共同事務局:一般社団法人全国銀行協会、日本商工会議所)が作成した「経営者保証に関するガイドライン(以下「ガイドライン」)」が、2014年2月に適用されてから推奨されるようになりました。しかし、周知が十分ではなく、日本政策金融公庫の調査では81.5%の経営者が「相談したことがない」と回答しています。

そのため、まずは解除できることを知り、

金融機関に相談してみることが大切

です。ただし、半数以上のケースは解除を断られていますので、解除に向けた準備をしておくべきでしょう。大前提として、いきなり解除の相談をするより、

金融機関と日頃からコミュニケーションを取り、信頼関係を築いておくことが大切

ですし、この他にも、経営者保証を解除できる可能性を高めるためのポイントがあります。そこで、この記事では、経営者保証を解除したいと考えている経営者の方に、

  • 経営者保証が解除できた例、できなかった例
  • どうしたら経営者保証を解除できる?
  • 解除のための3要件を満たしているかチェックしよう

について解説します。

2 経営者保証が解除できた例、できなかった例

繰り返しますが、経営者保証を解除するためには、

まず金融機関に相談すること

です。実際に、相談してみるとあっさり解除できたケースもあるようです。経営者保証が解除できた例、できなかった例として、次のようなものがあります。

経営者保証が解除できた例、できなかった例

■金融庁「『経営者保証に関するガイドライン』の活用に係る参考事例集」(PDF形式)■
https://www.fsa.go.jp/status/hoshou_jirei.pdf
■中小企業庁「事例でみる経営者保証の解除~課題解決のポイントとその効果」(PDF形式)■
https://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/keieihosyou/download/jirei.pdf

3 どうしたら経営者保証を解除できる?

1)「ガイドライン」の3要件を満たしているか?

経営者保証は「ガイドライン」が定めた次の3要件の全て、または一部を満たせば、既に付いている経営者保証を解除できたり、経営者保証の付かない融資を受けられたりする可能性があります。3要件とは、

  • 個人・法人の分離(資産の所有やお金のやり取りに関して、経営者と法人との関係が明確に区分されていること)
  • 経営基盤の強化(財務基盤が強化されており、法人のみの資産や収益力で借入金の返済が可能であること)
  • 経営の透明性の確保(金融機関に対し、適時適切に財務情報が開示されていること)

です。金融機関に相談する前に「ガイドライン」を確認し、後述するチェックシートを利用して、自社が3要件をどれだけ満たしているかを把握していくことが大切です。

なお、中小企業庁の「事例でみる経営者保証の解除~課題解決のポイントとその効果(2022年9月20日)」では、3要件を改善して解除となった事例を多く紹介しているので、抜粋して紹介します。

3要件を改善して解除となった事例

金融機関に相談する際の留意点として、日本商工会議所・中小企業振興部長の加藤正敏さんは、事前知識なしに相談するのではなく、自分でも調べて、解除される可能性があるから相談したと示せるほうが、好印象となると言います。

「金融機関は、経営者保証が付いているから、自分事として本気で経営に取り組んでいる経営者が多いと見ています。経営者保証を解除する際に求められるのは、解除しても本気で経営に取り組み、償還原資を確保できることです。ですから、3要件を満たすように取り組み、資料を開示し、収益力を改善すれば、本気で経営に取り組んでいると思ってもらえて、解除の可能性が高まります」(加藤さん)

2)解除のために条件が付けられることも

金融機関に相談した結果、経営改善が不十分だとして、条件付きの解除になったり、解除に応じてくれなかったりすることがあります。条件付きの解除とは、

  • 金利の引き上げや融資額の減額
  • 在庫(原材料・商品)や機械設備、売掛債権などの資産を担保とする動産担保融資(ABL=Asset Based Lending)
  • 停止条件や解除条件を付けた保証契約
  • 預金(流動預金や固定預金)の積み増し

などがあるようです。経営者にとっては、金利負担が重くなるなら、経営者保証は付けたままで構わないという判断も出てくるでしょう。そのため、条件を付けられた場合、条件をはずすために必要な改善点を聞き、改善後に交渉を再開することも一策です。

3)金融機関の経営方針も要チェック

金融機関の経営者保証についての考え方は、

「各行の経営方針によって異なる」(前出・加藤さん)

そうです。積極的に解除しようという金融機関は、新規融資には経営者保証を付けない方針を掲げたり、経営者保証を付けるかどうかを決めるためのチェックシートなど独自に作ったりしています。一方で、解除に慎重な金融機関もあります。

金融庁の「経営者保証に依存しない融資に関する取組状況」によると、経営者保証を付けない融資件数の割合(2021年度下期実績)は、地域銀行では最高が88.8%、最低が11.9%と、大きな差が生じています。メイン金融機関の態度が解除に後ろ向きであれば、

「『経営者保証に依存しない融資』の取り組み実績の高い金融機関に、融資を申し込むという方法もあります。また、解除に向けて動くこと、動いていることをメイン金融機関に伝えれば、経営者の経営者保証解除に向けた本気度が伝わると思います」(前出・加藤さん)

と言います。

■金融庁「経営者保証に依存しない融資に関する取組状況」(PDF形式)■
https://www.fsa.go.jp/news/r4/ginkou/20221004/01.pdf

4 解除のための3要件を満たしているかチェックしよう

まずは、経営者保証を解除するための3要件を満たした経営ができているか、自社の状況をチェックしてみましょう。また、金融機関以外で経営者保証の解除についての相談を受け付けている団体も紹介します。

1)チェックシートを活用し、自社の状況を確認する

経営者保証の解除には、収益力改善に向けた取り組みや経営体制の整備が求められます。3要件の充足を確認するには、中小企業庁が作成した「経営者保証の解除に向けた経営者と支援機関の目線合わせチェックシート」が役に立ちます。これは同庁が2022年12月に発表した「収益力改善支援に関する実務指針」の別表にあります。チェックシートを活用して自社の状況を把握し、金融機関がどこをチェックするのか知っておくといいでしょう。

■中小企業庁「収益力改善支援に関する実務指針」(PDF形式)■
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/kenkyukai/shuuekiryokukaizen/shishin.pdf

経営者のための経営状況自己チェックリスト

支援者による経営状況チェックリスト

ガバナンス体制の整備に関するチェックシート

2)経営者保証を解除する際の相談先

経営者保証の解除は、金融機関以外にも相談することができます。相談先は「借り入れや借り換えをするとき」「事業を引き継ぐとき」「保証債務の整理を行うとき(廃業するときなど)」のタイミングによって異なります。

経営者保証を解除する際の相談先

なお、国が認定した専門家の支援を受け、経営改善計画を策定する場合、必要となる費用の3分の2を国が補助する「経営改善計画策定支援事業」や「早期経営改善計画策定支援事業」があります。補助の対象には、経営者保証の解除を目指した金融機関との交渉費用を含むものもあります。

■経営改善計画策定支援事業■
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/saisei/05.html
■早期経営改善計画策定支援事業■
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/saisei/04.html

5 参考:経営者保証の提供についての相談結果

日本政策金融公庫「第214回 信用保証利用企業動向調査(2022年10月)」では、経営者保証についての調査も行っており、冒頭で紹介した経営者保証の解除率(45.4%)などは、この資料を根拠としています。

メインバンクへの経営者保証の提供に関する相談結果

以上(2023年2月)

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【朝礼】安(あん)に居(い)て危(あや)うきを思う

日々仕事をしていると、急ぎの仕事を抱えて目まぐるしく動かなければならないときと、比較的落ち着いているときがあると思います。忙しいときには、まず目の前の仕事を片付けることに全力を尽くさなければならないことは言うまでもありません。さて、今日は、「忙中閑あり」といったときの心構えについてお話ししたいと思います。

中国の「春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)」という書物に「安(あん)に居(い)て危(あや)うきを思う」という言葉があります。

中国の戦国時代に「晋(しん)」という国がありました。晋の王・悼公(とうこう)には配下に魏絳(ぎこう)という有能な武将がいました。あるとき、王が、この武将に他国との戦後講和を取りまとめた労をねぎらって、褒美として楽器を受け取らせようとしました。ところが、武将はこれを辞退します。その際に、武将が王に言ったことが、この「安(あん)に居(い)て危(あや)うきを思う」という言葉です。王は、戦争も終わって平和な時期に「宴を催して楽しんでほしい」という気持ちで楽器を贈ろうとしたのでしょう。しかし、武将は「平和な時期にこそ、将来の危機に備えて対策を講ずるべきである」と、王に意見を申し述べたのです。王は武将の姿勢に大いに感嘆し、さらに彼への信頼を深めました。

当たり前の話ですが、私たちの仕事も、いつも「平常時」であることはあり得ません。

たとえ、今日がいつもと比べて余裕のある日であっても、忙しい時期も必ずきますし、何かトラブルがあれば対応に追われることになります。

そのような「危うき」ときをうまく乗り切ることができるかどうかの鍵は、まさに「安に居る」ときにあるのです。

ここで、皆さんに質問があります。皆さんは「危うき」ときへの対策は万全でしょうか。仕事をするうえで「危うき」場面はいくつも考えられます。

例えば、「誰かがインフルエンザなど急な病気などで離脱した場合のバックアップ体制はできていますか」「パソコンが起動しない場合の対応は万全ですか」「現場で事故や災害が起こった場合の対応方法を講じていますか」「取引先の経営状態が悪化したことが分かっても急に困ることのないよう、普段から与信管理をきっちり行っていますか」「地震などの大規模災害への備えは大丈夫ですか」。

そういった「危うき」ときのための対策は、社員全員で共有されていなければなりません。

また、本当に「危うき」事態になってからでは、対策を考えている余裕はありません。平常時にこそ、いざというときの対策を考えておかなければなりません。

全社的な「危うき」への備えは、BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)という言葉で称されるようですが、これは私の責任で対応します。皆さんには、自分自身の足元の「危うき」への備えをお願いします。

以上(2023年2月)

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中小企業の残業代が2023年4月からアップ! 回避策は「代替休暇」

書いてあること

  • 主な読者:2023年4月から中小企業でも残業代が上昇することに対応したい経営者
  • 課題:残業代が上昇するのは月60時間超の残業だが、完全になくすことはできない
  • 解決策:労使協定を締結して「代替休暇」を社員に付与することで割増賃金が一部免除

1 2023年4月から割増賃金率の猶予措置が廃止

原則として、労働基準法(以下「労基法」)の労働時間の上限は「法定労働時間」までです。ただし、会社が36協定(労基法第36条に基づく労使協定)の締結・届け出を行うと、一定の範囲内で社員に「時間外労働」、つまり残業を命じることができます。

  • 法定労働時間:本来の労働時間の上限で、原則1日8時間、1週40時間(休憩時間を除く)
  • 時間外労働:法定労働時間を超える労働(いわゆる残業)

問題は、社員に支払う残業代(通常の賃金+割増賃金)です。会社には、

時間外労働をする社員に対し、25%以上の割増賃金を支払う義務

があるのですが、常に人手不足の中小企業では、慢性的な長時間労働で残業代がかさみ、人件費を圧迫しているケースが少なくありません。

そして、この状況にさらに追い打ちを掛けるのが、改正労基法の施行です。

2023年4月1日から、時間外労働が月60時間超の社員に対し、50%以上の割増賃金を支払うことが、中小企業にも義務付けられるようになる

のです。改正前は大企業だけの義務で、中小企業は支払いが猶予されていた(時間外労働が月60時間超の場合も、25%以上の割増賃金を支払えばよかった)のですが、その猶予措置が廃止されるわけです。ただ、実はこの月60時間超の時間外労働については、

「代替休暇」という休暇を社員に付与することで、割増賃金の支払いが一部免除される

というルールがあります。以降で代替休暇の概要や導入に必要な手続きを紹介しますので、少しでも残業代の負担を軽くしたいという人はご確認ください。

2 時間外労働が月60時間超の場合に使える「代替休暇」

1)代替休暇とは

代替休暇とは、

月60時間超の時間外労働を行った社員の健康を確保するため、引き上げ分の割増賃金の代わりに付与する有給の休暇

のことです。代替休暇を与えるには労使協定の締結が必要です(届け出は不要)。例えば、

  • 月60時間以内の時間外労働に対する割増賃金率を25%
  • 月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率を50%

とした場合、25%(50%-25%)については、割増賃金の代わりに代替休暇を付与できます。

時間外労働・割増賃金率・代替休暇の関係

なお、25%(50%-25%)の部分について、

割増賃金で受け取るか、代替休暇を取得するかは個々の社員が自分で決定

します。会社が代替休暇を取得するよう社員に強制することはできないので、注意が必要です。

2)労使協定で定める4つの内容

時間外労働が月60時間超の社員に代替休暇を与える場合、次の内容を労使協定で定めます。

1.代替休暇として付与する時間数の算定方法

代替休暇として付与する時間数は、

1カ月当たり60時間を超える時間外労働の時間数×(代替休暇を取得しなかった場合に支払う割増賃金率(50%以上)-代替休暇を取得した場合に支払う割増賃金率(25%以上))

で計算します。例えば、

  • 時間外労働の実績を1カ月当たり76時間
  • 時間外労働が1カ月当たり60時間までの割増賃金率を25%
  • 時間外労働が1カ月当たり60時間を超えた分の割増賃金率を50%

とした場合、4時間(16時間(76時間-60時間)×25%(50%-25%))を代替休暇として付与できます。仮に社員の賃金を時給2000円とした場合、「翌月に4時間の代替休暇を付与する代わりに、今月は残業代を8000円(2000円×4時間)削減する」といった対応が可能です。

2.代替休暇の単位

代替休暇の単位は1日または半日です。例えば、1日の所定労働時間が8時間(休憩時間を除く)の場合、代替休暇の単位は1日単位では8時間、半日単位では4時間です。

代替休暇として付与する時間数について、代替休暇の単位に足りない端数の時間がある場合、原則として、端数分については50%以上の割増賃金を支払う必要があります。仮に

  • 代替休暇として付与する時間数を6時間
  • 代替休暇の単位を4時間

とした場合、2時間(6時間-4時間)については、50%以上の割増賃金を支払います。ただし、

労使協定で、端数分の時間数に他の有給休暇を合わせて取得することを認めていた場合、代替休暇と他の有給休暇を合わせて1日または半日単位で付与できる

というルールがあります。上の例の場合、2時間の代替休暇に2時間の他の有給休暇を合わせ、半日の休暇として付与するといった対応が可能です。

3.代替休暇を与えることができる期間

労使協定で、代替休暇を与えられる期間を定めます。この期間は、1カ月当たりの時間外労働が60時間を超えた月の翌々月の末日までと定められています。例えば、4月の時間外労働が60時間を超えた場合、その分の代替休暇は6月末日までに与えなければなりません。

4.代替休暇の取得日の決定方法、割増賃金の支払日

代替休暇を取得するかどうかの意向確認、代替休暇を取得した場合や取得できなかった場合の割増賃金の支払いについて定めます。例えば、代替休暇を取得する意向を示したものの実際には休暇を取得できなかった場合、いつ残りの割増賃金を支払うのかなど具体的な手順を明確にします。

以上(2023年2月)
(監修 みらい総合法律事務所 弁護士 田畠宏一)

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