【人事はつらいよ】社員の問題行動、さんざん我慢してきたのにいざ懲戒処分にしたら無効?

書いてあること

  • 主な読者:社員の懲戒処分について知りたい経営者
  • 課題:問題行動を繰り返す社員を懲戒処分にしたら、「処分が重すぎる」として無効になる
  • 解決策:軽い懲戒処分を重ね、それでも改善が見られない場合、処分の引き上げを検討する

A社の社長は、社員のBさんのことで悩んでいます。Bさんは、A社の商品の納品担当なのですが、先日、ある取引先から「依頼したものと違う商品が納品された」とクレームが入ったのです。正しい商品を納品し直し、その場は収まりましたが、Bさんはこれまでに何度も同じような納品ミスを繰り返しています。見かねた社長は、ある日、Bさんを呼び出しました。

「Bさん、度重なるクレーム対応や再納品の手配で、会社に損害が出ている。これまでは大目に見てきたが、もう見過ごせない。懲戒処分として、減給にさせてもらうよ」

Bさんは、その場では社長に謝罪し、懲戒処分を受け入れました。しかし、数日後、A社に1本の電話が入りました。電話の主は、Bさんから相談を受けた外部のユニオン(合同労働組合)の担当者で、「今回のBさんの納品ミスに対して、減給という懲戒処分は重すぎる」と、処分の撤回を求めてきたのです。社長は釈然としません。

「Bさんが反省し、変わってくれると信じて我慢してきたのに、いざ懲戒処分にしたら『処分が重すぎる』とはどういうことだ? 納得いかない……裏切られた気分だ」

1 まずは軽い懲戒処分から、改善が見られなければ重い処分へ

懲戒処分とは、問題行動を起こした社員に対して会社が行う制裁のことで、一般的には次の7種類に分けられます。1.が最も軽く、7.が最も重い懲戒処分です。

  • 戒告:厳重注意を言い渡す
  • けん責:始末書を提出させ、将来を戒める
  • 減給:一定期間、賃金額を下げる
  • 降格:役職の罷免・引き下げ、または資格等級の引き下げを行う
  • 出勤停止:数日間、出勤することを禁じ、その間は無給とする
  • 諭旨解雇:退職届の提出を勧告した上で、退職届の提出がなければ解雇とする
  • 懲戒解雇:即時に解雇する

就業規則に「懲戒事由」の定めがあり、社員がその懲戒事由に該当した場合、会社は就業規則にのっとって、社員に懲戒処分を課します。冒頭の事例の場合、A社の就業規則に、

「故意または過失により会社に損害を与えたとき」などの懲戒事由の定め

があれば、「理論上」はBさんに懲戒処分を課すことが可能です。

ただ、難しいのは、労働契約法の中に、

社員の問題行動の内容に照らして、重すぎる懲戒処分は無効になる

というルールがあることです。例えば、「1日無断欠勤した社員を、懲戒解雇する」というのは、明らかに重すぎる懲戒処分で、認められません。

「どの程度の懲戒処分が妥当か」は裁判などで個別の事案ごとに判断されるので、一概には言えませんが、おおまかに目安を示すなら次のようなイメージになります。

懲戒処分に該当する問題行動の例

「降格」や「出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇」といった懲戒処分は、基本的には犯罪行為やハラスメント、会社に重大な損害を与える情報漏洩などに対して適用されます。従って、これらに該当しない業務上のミスなどについては、

まずは「戒告、けん責」などの軽い懲戒処分を実施し、処分の後も社員に改善が見られなければ、「減給」などの重い処分に切り替えていく

というのが、基本的な考え方になります。

また、実際に懲戒処分を検討する際は、次のような要素を考慮する必要があります。

  • なぜ、問題行動が発生したのか
  • 業務にどのような影響があったか(会社に与えた損害の程度、他の社員への影響など)
  • 社員の勤務歴、過去の処分歴、反省の様子はどうか
  • 会社側に落ち度はなかったか など

冒頭の事例の場合、Bさんは度重なる納品ミスによりA社に損害を与えていますが、過去の納品ミスについて会社が戒告やけん責を行っていなければ、裁判などで減給が「有効」と認められるハードルは高くなります。

また、会社に与えた損害が少額で減給が妥当といえない場合や、「Bさんの業務量が他の社員よりも明らかに多く、その業務をこなすためのフォローを受けられていない」など、会社側にも落ち度がある場合、懲戒処分が認められない可能性があります。

この他、懲戒処分自体は妥当であっても、「Bさんに弁明の機会を与えていない」など、手続きに問題がある場合、懲戒処分が無効になることがあるので注意が必要です。

2 減給の場合、控除金額にも注意する

減給の場合、懲戒処分が認められるかという問題の他に、控除金額(賃金額の下げ幅)にも注意しなければなりません。労働基準法の中に、懲戒処分として減給を行う場合、

1回の控除金額が「平均賃金(過去3カ月間の賃金総額を暦日数で除した金額)の1日分の50%以下」、総額が「1回の賃金支払総額の10%以下」になるようにしなければならない

というルールがあるからです。

例えば、月給制(毎月1日から月末までを賃金の支払対象期間とする)の場合、1日から月末までの間に

  • 社員の問題行動が1回しか発生していないなら、「平均賃金の1日分の50%以下」
  • 社員の問題行動が複数回発生しているなら、「1回の賃金支払総額の10%以下」

が、1回の賃金支払いで控除できる額の上限になります。1.の場合、仮に社員の平均賃金が1日1万円(月給30万円のイメージ)だとしたら、5000円までしか控除できません。また、1回の問題行動に対しては1回の減給しか認められないので、例えば、

4月分の賃金について減給を行っても、5月分の賃金からは元に戻さなければならない

という問題が出てきます。経営者によっては、「社員に反省を促すための減給なのに、その程度しか認められないの?」と不満に思うかもしれません。

こうした場合、懲戒処分以外の方法で減給を行うという手もあります。例えば、

  • 懲戒処分としてではなく、能力適性の問題から降格を行い、結果として賃金が下がる
  • 人事考課に基づいて、基本給のうち、能力評価に基づく部分の金額だけを下げる

といったケースは、懲戒処分としての減給には当たらないので、前述した控除金額のルールが適用されません。ただし、就業規則(賃金規程など)の範囲を逸脱して減給を行うと、人事権の濫用とみなされることがあるので、その点は注意が必要です。

懲戒処分は、いつの時代も難しい問題です。経営者はかなり温情をかけているつもりでも、社員のほうは「懲戒処分を受けた」という意識ばかりが先行してしまい、その労使の擦れ違いがトラブルに発展することがあります。万が一トラブルになった場合に備え、法令のルールを正しく押さえておくことは大切です。

このシリーズでは、思わず頭を抱えたくなったり、不満が噴き出したりしてしまうような「世知辛い人事労務のルール」を紹介しています。次回(最終回)のテーマは、「社員が2週間の無断欠勤……音信不通なのに解雇不可ってどういうこと?」です。

以上(2022年11月)
(監修 弁護士 田島直明)

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画像:metamorworks-shutterstock

弱者が強者に勝つ戦術は必ず見つかる/サッカーJ1チームを破った5部チームの戦術兼分析官インタビュー(前)

勝負事は、強者が必ず弱者に勝つわけではありません。こうした例は枚挙にいとまがありませんが、ここで注目したいのがサッカーの関西1部リーグ(J5相当)に所属する「おこしやす京都AC」です。2021年の天皇杯(JFA 全日本サッカー選手権大会)の2回戦で、Jリーグ(日本プロサッカーリーグ)1部(J1)のサンフレッチェ広島を相手に、5対1で勝利したのです。

この「ジャイアント・キリング(大番狂わせ)」の立役者こそ、おこしやす京都ACで戦術兼分析官を務める龍岡歩(たつおかあゆむ)さんです。サッカー未経験にもかかわらず、サッカーの試合の戦術に関する鋭い観戦ブログが評価されて戦術兼分析官にスカウトされた異色の経歴を持つ龍岡さんに、弱者が強者に勝つための戦術をお聞きしました。
大企業を相手に競っている中小企業の経営者の方々にとって参考になるお話を、前編(今回)と
後編の2回にわたってご紹介します。

1 メンバーに「強者が相手でも勝てる」と思わせる

弱者が強者に勝つためにまず必要なことは、選手たちに、相手が強者であっても、「勝てる」と思わせることです。

1)最初の15分の実績で自信を持たせる

2021年の天皇杯でサンフレッチェ広島(以下「サンフレッチェ」)と対戦する際に最も重視したのは、最初の15分間の入り方です。口では「相手も同じ人間、同じ11人だ」と言っても、やはりサンフレッチェのユニフォームを来た選手たちを目の前にすると、やたらと上手に見えてしまうものです。心理的に、サンフレッチェ、J1チームという「名前」に負けてしまっている状態です。
実は2015年にJ3(3部、当時)の藤枝MYFCで分析官を担当していたときに、やはり天皇杯でJ1の清水エスパルスに4対2で勝利したのですが、最初の15分で2失点をした経験がありました。ですので、選手たちが最初の15分間はガチガチになることも想定していました。

龍岡さんの画像です

<>「いかにJ1チームでも、同じ人間だ」と思える状態に立ち返るためには、何といっても結果を出すことです。サッカーでいう結果とは、スコアボードを見ると「ゼロ対ゼロ」になっていることです。たとえ一方的に押される展開で、シュートを雨のように打たれても、得点が入っていなければ、形の上では「互角」の状態です。逆に、最初から1点、2点と失点が続くと、選手たちは自然と「やっぱりJ1は違う」と考えてしまいます。とにかく相手をゼロ点に抑えることで、選手を「やれるんじゃないか」というメンタル状態にすることが大事ではないかということを首脳陣と話し合っていました。

2)起こり得る事態を全て事前に伝えておく

そのために試合前、選手たちには、最初の15分で起こり得る事態を全て伝えておきました。多くの選手は、最初の15分の展開について、ほとんどイメージできていないか、楽観的にイメージしているものです。そして、いざ試合が始まってJ1の選手のスピードや技術を目の当たりにすると、「やっぱり勝てない」となってしまうわけです。
ですから、選手たちには、監督から「君たちがどう思っているか分からないけれども、最初の15分は一方的に押されるし、君たちが思っている以上に自分たちのプレーはできないよ」ということを伝えました。
ただし、マイナス思考にはならない伝え方をすることも重要です。「もともとの実力差を考えれば、最初の15分でゼロ対2で負けていても問題ない。だから、たとえシュートは20本打たれても、サンフレッチェ相手にゼロ対ゼロだったら、うちは勝っているくらいに思えばいい」という思考方法にマインドセットをする必要があります。もちろん、藤枝MYFCがかつて15分で2点取られた後に逆転した際の状況についても監督はじめ首脳陣で共有するようにしました。
さらに、「15分頑張ったら、相手は焦ってくる。ゼロ対ゼロの状況が長くなればなるほど、相手は焦って必ずバランスを崩す。前半の終盤や後半には、必ずうちにチャンスが来るから、15分を耐えたらワンチャンスあるから面白いよ」という想定も監督とは話し合っていました。
このような話は恐らく試合前に監督からも選手に伝わっていたはずです。そのため、実際に最初の15分をゼロ点にしのいだことで、選手も「いける」という気持ちになったのではないでしょうか。

3)勝てる根拠をデータを使って論理的に示す

データ重視の時代性というか、今の20代の若者たちには、根拠のない精神論だけで「大丈夫だ」と言ってもなかなか響きません。普段からどうすれば若い選手たちに刺さるような伝え方ができるのか考えているのですが、「大丈夫だ。なぜならば……」と、データとセットにして論理的に説明すると、納得してもらいやすい傾向があると思います。
サンフレッチェ戦の対策を練る会議の場で、私が「これ、10回のうち3回は勝てるチャンスのある試合だよ」と話をしたとき、最初は監督やコーチも「えー、またまた」みたいな反応をしていました。彼らもようやく30代半ばに差し掛かろうかという若いスタッフでしたから、選手と似たような反応をするんですよね。
ですが、私は事前にサンフレッチェの試合を徹底的に分析して、相手メンバーや試合展開を想定していましたので、具体的に「なぜ勝てるのか」という根拠を、論理的に説明できました。説明をするうちに、監督やコーチも「勝てるかもしれない」という気持ちになってくれたのではないでしょうか。実際には、サンフレッチェのスターティングメンバー11人のうち、9人しか事前想定が当たらず、分析官としてそこまで褒められた精度ではないのですが、彼らの自信にはつながったはずです。

4)どんなチームにも必ず弱点はある!

事前の分析でサンフレッチェに勝てると思った根拠は、サンフレッチェは、守りの要であるセンターバック(CB)というポジションに穴があったことです。サンフレッチェは中2日というタイトなスケジュールで試合に臨むため、ベストメンバーをそろえられないことが想定され、特にCBの駒が足りていないことも分かりました。守りの要であるポジションに、試合勘のない選手か、ディフェンスが本職ではない選手を配置するしかないわけです。
そもそも、「本当にスキがない」と思うチームは、世界を見渡しても本当にトップの5%程度しかないと思います。今まで対戦してきた相手で、10回戦っても1回も勝てないと思ったチームは1つもありません。もちろん、例えばJ1のリーグ戦のように、J1のチームが最も高い重要度で試合に臨んでくれば厳しいでしょうが、賞杯をかけたトーナメント戦などの試合で実力差のあるチームと戦う場合、J1のチームがリーグ戦と同じ重要度で戦うことはまずありません。そうしたギャップがある限り、J1チームであっても勝てるチャンスがあると思います。
分析官として当然のことですが、試合する相手に勝つための方法は、探せば必ず見つかると思って分析しています。もちろん強者に勝つ方法を見つけるのは簡単ではありませんが、実力差があると、「ここを突くしかない」という部分が限られるので、分析しやすいという側面もあります。逆に自分たちと同程度か実力の劣るチームが相手だと、「これもいけそうだし、これもいけそうだ」となって、戦い方がぼやけてしまうことがあります。

天皇杯の画像です

5)局地戦に持ち込めば弱者にも勝機あり

弱者が強者と戦うときに総力戦をしてしまうと、総合力がものを言ってしまうので、勝ち目はありません。いかに局地戦に持ち込むかが重要になります。
サッカーの場合、ボールは1個ですので、基本は局地戦の積み重ねともいえます。それぞれの局面で、ボールを持っている選手と守る選手との1対1ないし1対2の戦いになります。盤面上に相手チームと自分のチームの選手のポジションを落とし込んでいけば、両チームのどの選手がマッチアップするのか想定できます。そのマッチアップを並び替えていき、相手チームの一番弱いところに自分のチームのエースを配置することで、局地戦で勝てる要素が生まれます。
相手の弱いところに自分のチームのエースを配置するということは、自分たちの本来のスタイルとは異なる戦術を取ることでもあります。一見、不利なように思えますが、総力戦では勝ち目がないので、勝つ可能性を考えれば、相手に合わせてスタイルを変えざるを得ません。それに、局地戦に勝てる場所にエースを配置することで、チーム内に、「そこから勝負するんだ」という意識を明確に植え付けることができます。サンフレッチェ戦では、CBに照準を絞り、焦って前掛かりになった相手ディフェンスに対して、その裏のスペースを突いてカウンター攻撃をするという戦術が奏功して、5点も取ることができました。

6)チャレンジャーでいることの心理的な優位性を活かす

そもそも、弱者と強者が戦うときに心理的に有利なのは、チャレンジャーである弱者の側だと思います。失うものは何もありません。しかも、J1チームのようなネームバリューのあるチームとの対戦となれば、普段の試合では監督やコーチが頑張ってもなかなかモチベーションが上がらないような選手でも、「J1チームに一泡吹かせてやろう」と、勝手に盛り上がってくれます。
これに対して、挑まれる側の強者は、J1チームであればJ1のリーグで優勝することが目標であって、J1に所属しない弱者と戦うことへのモチベーションはありません。J1のリーグ戦を照準にしてスケジュールを組んでいますし、選手も監督もサポーターの方々も、勝って当たり前という見方をしています。それは選手にとって、プレッシャーになるか「おごり」になるかのどちらかにつながるわけですが、いずれにしても勝負にとってプラスにならない作用が働きます。
サンフレッチェ戦では、最初の15分で得点を入れられなかったことで、相手に「勝って当たり前」というプレッシャーがのしかかったことが有利に働きました。特にサッカーというスポーツは得点が入りにくいので、90分の一発勝負で実力差が反映されにくく、何が起こるか分からないという特徴があります。中でも天皇杯は、かみ合わないほどレベルが違うチームが対戦することもある、特殊な舞台だと思います。

2 強者の弱点の見つけ方

どんな強いチームにも、必ず弱点はあるものです。実は、強者の強みを分析することが、弱点を見つける際のヒントになることがあります。なぜなら、強みと弱点というのは、表裏一体の関係にあるといえるからです。

1)“世界最強”FCバルセロナの意外な弱点

2008年から2012年にかけて、ペップ・グラディオラ監督が率いたスペインのFCバルセロナ(バルサ)は、リオネル・メッシ選手を中心とした、“世界の1強”とも言われるほど圧倒的な強さを誇るチームでした。
メッシ選手は、2009年から2012年の4年連続を含む7回のバロンドール(年間最優秀選手)を受賞している、名実共に世界一の選手ですが、唯一といってもよい弱点は、身長が高くないということです。ここに目を付けたのが、アトレチコ・マドリードのディエゴ・シメオネ監督でした。アトレチコ・マドリードは、ゴールの両サイドの守りを捨てて、ゴール前だけを固める戦術を取りました。サイドから高いボールでゴール前にパスを蹴り込まれても、ヘディングで得点を許す可能性は低いと考えたのです。むしろ、バルサが得意としないサイドからの攻撃を繰り返させる“わな”に導き、相手の得点力を削ぐことに成功しました。
アトレチコの戦術は、メッシ選手だけでなく、バルサというチームを徹底的に分析したことによって導き出された戦術です。そもそもバルサというチームは、華麗なパス回しと個人の高いテクニックによってボールを支配し続けて、相手を圧倒するスタイルで知られています。そのため、スピードとテクニックの点で優れた選手を集め、育成しており、「一点突破型戦術」を強みとしています。強い側面だけを見ると確かに強いのですが、その裏側には、弱点があるものです。
当時のバルサは、海外から背の高いフォワード(得点を取る役割)の選手を獲得したこともあるのですが、チーム内でうまくかみ合わずに、結果的に1年で放出したケースもありました。シメオネ監督は、そうしたバルサの「同質性」を逆手に取ったのです。

2)日本の強豪チームに多い「同質性」

バルサを例に出しましたが、チーム内に同じようなタイプの選手が集まる現象は、特に日本のチームに多く見られる特徴のように思います。しかも、強豪チームと呼ばれるチームほど、「同質性」に固まる傾向がみられます。現在のJ1リーグのチームも、強みのあるチームほど、穴も見つけやすいといえます。
結果を出しているチームほど、「今のスタイルが正しい」ことが実証されているため、少しタイプの違う「異分子」がチームに入ってきても評価されず、排除されやすくなってしまうのです。

3)勝ちパターンへの固執が戦術の幅を狭める

サッカー界の究極の命題として、自分たちのスタイルのサッカーをするのか、相手チームに合わせて、相手が嫌がるサッカーをするのか、というものがあります。どのチームも、完全に自分たちのスタイルでやることも、完全に相手に合わせることもなく、どの程度の比重にするのかを選択しています。
おこしやす京都ACのような実績のないチームであれば、メンバーも自分たちのスタイルへのこだわりがそれほど強くありませんので、対戦する相手次第で柔軟に戦術を変えることに抵抗がありません。ですが、結果を出しているチームのメンバーは、「どうしていつもと違うことをやるの? これまで勝ってきたのに」と考え、自分たちのスタイルに固執してしまいがちです。
自分たちのスタイルに固執することは、結果的に、戦術の幅を狭めることにつながります。勝負の世界では、プラスには働かない要素だといえます。ですから、目の前で勝利のサイクルが回っている裏で、衰退の要因も溜まってきているという見方もできます。
強者のスタイルは、その時代のサッカースタイルのトレンドになり、弱者もそのトレンドを追いかけてしまいがちです。ですが、弱者が強者と同じスタイルを追随したところで、資金力があって優秀な選手を獲得できる強者にはかないません。強者のスタイルに対して、「今ある戦力で、どのようなやり方をすれば勝てるのか」を追求することで、弱者に勝機が生まれます。その時代のサッカースタイルを打破する新たなスタイルは、必ず弱者の側から生まれるものです。

4)強者のスキになる「美学」

私は「戦略スポーツ」である将棋の観戦も好きなのですが、近年はAIがプロ棋士よりも強くなってしまいました。人間であるプロ棋士とAIの違いとして、プロ棋士が無意識に避けている戦術を、AIは躊躇(ちゅうちょ)なく取っていることがあります。人間には「美学」があって、「そんな勝ち方をしても」という無意識の思いが、戦術の幅を狭めてしまっている部分があるのです。
これはサッカーにも当てはまります。強いチームに所属する選手やスタッフは、戦術の幅があるだけに、無意識のうちに「美しく勝つ」ことを選んでいます。極端な例ですが、仮にスペインの強豪チームであるレアル・マドリードが、目先の勝利のために全員で時間稼ぎをしたら、サポーターからブーイングが起こるでしょうし、強豪チームに所属する一流の選手であれば、そんなことはやりたくないと思うはずです。
ビッグなチームになればなるほど、「外からどう見られているか」を気にするものです。戦術的に見ると、これは幅を狭めていることになります。人間に感情がある以上、必ず生まれるスキともいえ、弱者が突ける点です。
強者を相手にした弱者は、「泥臭くても勝てばいい」と考えますし、サポーターも「勝ちさえすればいい」と思って応援してくれます。美学を守って勝つのではなく、「勝つこと自体が美しい」と考えられるのが、弱者の強みです。ですから、実は弱者の戦術の中には、「あ、それやっちゃうの?」みたいなところから生まれるものもあります。

前編はここまでです。後編では、弱者には欠かせない、今いる人材を最大限に活かすチームづくりの方法についてお聞きしています。

【参考文献】
「サッカー店長の戦術入門「ポジショナル」VS.「ストーミング」の未来」(龍岡歩、光文社、2022年2月)

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2022年11月24日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

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弱者に不可欠な現有戦力のフル活用/サッカーJ1チームを破った5部チームの戦術兼分析官インタビュー(後)

この記事は、関西1部リーグ(J5相当)に所属する「おこしやす京都AC」で戦術兼分析官を務める龍岡歩(たつおかあゆむ)さんへのインタビューの後編です。龍岡さんは、2021年の天皇杯(JFA 全日本サッカー選手権大会)の2回戦で、おこしやす京都ACがJリーグ(日本プロサッカーリーグ)1部(J1)のサンフレッチェ広島を相手に5対1で勝利する「ジャイアント・キリング(大番狂わせ)」を演じた際の立役者です。
前編では、弱者が強者に勝つための戦術を立てる際の方法と、強者の弱点を見つけるための視点についてお聞きしました。

後編は、弱者には欠かせない、今いる人材の能力を最大限に活かすチームづくりの方法についてお聞きしています。大企業を相手に競っている中小企業の経営者の方々の参考になるお話をご紹介しています。

1 監督は「自分の理想」を抑えて現実に対応している

弱小チームには強者のような実績もネームバリューも資金力もありませんので、欲しい選手を集められるわけではありません。数多くの制約がある中で、ベストなメンバーの配置と戦術を選択する必要があります。
これはサッカー界の究極の命題なのですが、自分たちのやりたい戦術に合った選手を集めてチームをつくるのか、今いる選手たちに合わせた戦術を選ぶべきか、というものがあります。監督のタイプによって分かれるのですが、前者の場合は、欲しい選手を集めるだけの資金力が必要になります。
ですから、世界のプロチームの8割から9割は、現実的な選択として、市場から買える範囲の選手たちでパフォーマンスを最大化させる戦術は何かを模索するところから始めることになります。本当は、どのチームの監督も全員、自分がやりたいサッカーのスタイルを持っているものです。その一方で、今受け持っているチームの資金力にアジャストしなくてはいけないという現実もありますので、理想と現実の間で日々葛藤しているのだと思います。

2 ベストな戦術は適切な能力評価から導く

1)メンバーの強みと弱みを補完する組み合わせを考える

今いる選手たちのパフォーマンスを最大化させるには、まずは選手たちの能力を正しく評価することが大事です。そして、パズルのピースをはめるように、各選手が互いに強みを出して弱点を補完できる組み合わせをしていくことが求められます。
弱点のある選手でも、組み合わせ方次第では凸と凹がかみ合い、トータルで見ると完璧なユニットになることがあります。ただし、選手も人間なので、理想の組み合わせだと思っていても、実際にグラウンドに立つと、選手同士の人間関係がネックになってうまく機能しないこともあります。
このパズルが組み合わさり、11人のユニットができたら、自然と「このチームは、何ができて何ができないのか」が見えてきます。チームの戦術はそこから選択することになります。
面白いもので、どのチームでもある話なのですが、対戦したチームの「とてもうまくて、対戦するのが嫌な選手だ」と思っていた選手を獲得してみると、「あれ? この程度の選手だったっけ?」となることがあります。それで、しばらくしてからその選手を放出するのですが、また対戦したときに、「やっぱりこの選手はうまい」と感じてしまうことがあります。
対戦する相手として見ているときは、選手の怖い部分に注目するものですし、対戦チームも選手の弱点を隠しながら戦うので、上手に見えてしまうものです。ところが、自分のチームに加入すると自然と弱点が分かってしまいますので、評価を下げることになるのです。
ですから、選手の強みと弱みを踏まえた上で、その選手のパフォーマンスを最大に発揮できる場所をつくってあげることが大事です。「エース」と呼ばれる選手は、選手の能力もありますが、その選手の弱みをうまく補って、チームにうまくハマっている状態の選手がエースに見えるという見方もできます。
チームにうまくハマる選手を1人でも多く増やすのが、監督やスタッフの腕の見せ所といえます。

2)地味な働きでチームに貢献する人への正しい評価を

先ほどもお話ししましたが、多くのチームに「エース」がいるものです。中でも、特別なプレーができる選手は「ファンタジスタ」と呼ばれ、その選手のプレーを見るために試合会場に訪れるファンもいます。元フランス代表のジネディーヌ・ジダン選手もファンタジスタの1人で、イタリアのユヴェントスやスペインのレアル・マドリードで、チームの花形として活躍した選手でした。当時の監督は、ジダン選手が心地よくプレーできる環境である「ジダンシステム」とも呼ばれる選手の配置と戦術を採用しました。
ただし、「ジダンシステム」という呼び方は、ファン目線での評価にすぎません。ジダン選手は、華麗なパスやシュートを放てるという分かりやすい強みがある半面、守備などの弱みもありました。ジダン選手の華麗なプレーだけでなく、彼のできないことを肩代わりしてくれる他の選手がいなければチームは勝利できません。チームとしては、ファンの評価とは切り離し、勝利に貢献するための価値として、ジダン選手の華麗なプレーと他の選手の地味な泥臭いプレーを等しく評価していました。
サッカーは点を取る選手だけでなく、その前にアシストする選手も、さらにその前に相手ボールを奪う選手も欠かせません。監督がチームづくりや戦術を練る際は、派手な活躍をしているかどうかではなく、勝利への貢献度を公平な目で評価しなければ、チームは機能しなくなってしまいます。
ですから、監督によっては、チーム内のミーティングでは、「縁の下の力持ち」のような選手を、演技も含めて過剰に褒める人もいます。ファンタジスタなどはファンやメディアが褒めてくれるのでモチベーションは自然と上がりますが、地味な働きをする選手も、監督に評価されているということが分かれば、うれしいですし、少しは満足するものではないでしょうか。

3 トップのマネジメント力が現有戦力を強化する

1)チームにとって絶大な監督の影響力

監督による選手への評価という点に関して、チームのスタッフとなって感じたのは、監督のチームに対する影響力は、思った以上に大きいということです。
そもそも、サッカー選手にとっての最優先事項は、おカネを稼ぐことや試合に勝ちたいというものもあるのですが、一番は試合に出ることです。自分が試合に出られなければ、おカネも稼げませんし、試合に勝っても心の底から喜ぶことはできません。
カテゴリにもよりますが、プロを含めた大人のサッカーチームの選手はだいたい20人から25人、多いと30人になりますが、最初から試合に出られるのは11人だけです。その11人を決める権限を持つ監督の影響力は、選手にとって絶大です。選手たちは、私が思っていた以上に、「この監督だと、どうすれば試合に出られるか」について敏感です。監督が変わればチームの法律が変わるほどの重みがあり、チーム内のルールやモラル、価値判断基準などが全て変わりますし、それこそ選手が朝起きる時間まで変わることもあります。

2)持っている戦力をフル活用するためのマネジメント

これまでお話ししたように、選手の配置と戦術の決定は監督の大きな仕事ですが、それ以外にとてもウエートの大きな仕事が、レギュラーになれない控え選手にモチベーションを与え続けることです。私は、最後に勝ち切るチームとそうでないチームの違いは、ここにあるのではないかと思っています。
お話ししたように、選手にとって最優先事項は試合に出ることですので、基本的にどんな監督に対しても、レギュラーに選ばれている11人の選手たちは「良い監督だ」と評価するものです。逆に、レギュラーに選ばれていない控え選手は、チーム内で不満分子になりがちです。そうなると、チームが取れる戦術の幅が狭くなってしまいます。
1年間という長丁場のリーグ戦で最終的に勝つチームというのは、途中交代した選手が土壇場ですごい活躍をするなど、必ず控え選手の中から“日替わりヒーロー”が出てくるものです。ですが、控え選手のモチベーションが下がっていては、力を発揮してもらうことができません。シーズンを通じて控えの選手を腐らせず、「出番が来たら絶対にやってやる」というモチベーションを保ち続けさせるのは、監督のマネジメント力にかかっています。

龍岡さんの画像です

3)パフォーマンスに対する評価を言語化して説明する

控え選手へのマネジメントで必要なのは、「働き掛け」です。控え選手が知りたいことは、「どうして自分が試合に出られないのか」「どうすれば試合に出られるのか」に尽きます。その問いに対して、監督が「自分で気付けよ」という感じで突き放すのか、基準を明確に示すかで、控え選手のモチベーションは大きく変わります。基準を明確に示さないと、控え選手は「えこひいきで選んでいるだけじゃないか」と思ってしまいかねません。
例えば、「90分の試合中に、15キロメートル以上走らない人はレギュラーにしない。君は前回の試合で12.5キロメートルしか走っていなかった」と伝えれば、その控え選手は次の1週間で、居残りのランニングを始めるかもしれません。
ただし、レギュラーに選ぶ基準の中で数値化できるのは、全体の2割程度しかありません。残りの8割をいかに言語化して控え選手に納得させられるかが、監督の腕の見せ所だといえます。最も理想的なのは、試合の映像を使って、「この瞬間にこのプレーをする選手は、レギュラーでは使えない。レギュラーの選手は同じようなシーンでは全力で走って、この位置まで行ってるよね」と伝えれば、控え選手はぐうの音も出ません。また、「自分のことをちゃんと見てくれた上で評価(判断)されている」ことが分かれば、「自分のことをろくに見もしないのにベンチに落としている」と感じているときとは、モチベーションが大きく変わってくるものです。
監督が、「自分が監督でいる以上、この瞬間にこのプレーをしない選手は使わないよ」と言えば、その瞬間にそれがチームの法律になります。選手たちはグラウンド外の時間も含めて、その法律に沿って、レギュラーになるための努力をするはずです。そうなると、正しいポジティブなレギュラー争いが起こります。そして、控えの選手も含めたレベルが上がれば、レギュラーになるための基準も引き上げられるという、良いサイクルが働くようになります。と、机上の空論としては言えるのですが、実際のとことは監督を経験していないので何とも言えません。

4 中途人材は実績と現在活躍できていない理由を重視

現在、私は選手の獲得についても担当させていただいています。次のシーズンに向けて、チームのスタイルにかみ合う選手の獲得を進めていきます。
実績、知名度、潤沢な資金のある強者であれば簡単に「誰でも取れます」となりますが、おこしやす京都ACでは、そうはいきません。誰が見ても良い選手はどのチームでも欲しいですから、獲得するには高額になってしまいます。そこで、現在の評価は低いけれども隠れた能力のある選手を探すようにしています。そうした「掘り出し物」は所属チームに支払う移籍金がかかりませんので、資金が少なくても獲得することができます。
まず、現シーズンでレギュラーとしてバリバリ活躍している選手は、獲得リストから外します。その選手が所属するチームも手放したくないはずなので、獲得できる可能性は低いと考えるべきです。
このため、現シーズンでは試合にあまり出られていない選手が獲得の対象になるのですが、そうした選手の中にも、3年、5年単位で遡ってみると、レギュラーだった時期のあった選手と、ずっとレギュラーになれていない選手に分かれます。前者の中で、ある時期はシーズンを通してレギュラーだった選手が急に試合の出場機会がなくなるパターンがあるのですが、このような選手が狙い目になります。
このような選手をリストアップして、なぜ試合の出場機会がなくなってしまったのかを分析していきます。狭い世界ですので、他チームの選手の情報を集めることは難しくありませんし、過去の試合の映像をたどって見ていくだけで分かることもあります。理由の中には、選手が大けがをしてしまったケースや、不祥事を起こしたり、監督などとの人間関係上のトラブルが発生したりした場合など、幾つかのケースに分けられます。その中で最も狙い目なのは、監督が交代したことによってチームのスタイルが変わり、新しいスタイルにかみ合わなくなってしまった選手です。選手の能力自体は落ちていないのですが、選手自身が試合に出してもらえない理由も分からずにくすぶっていることがあります。
不祥事を起こした選手や、人間関係上のトラブルがあったような選手のような、「問題児」や「異分子」も、同情できる背景があったり、更生させられる懐の深いチームであったりすれば、獲得するという選択肢もあると思います。強豪チームは外からの目も気にしますし、選手1人を特別扱いできないでしょうが、小さなチームであれば、時間や手間をかけて選手をチームに溶け込ませる余地があるかもしれません。

【参考文献】
「サッカー店長の戦術入門「ポジショナル」VS.「ストーミング」の未来」(龍岡歩、光文社、2022年2月)

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2022年11月24日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

【財務会計】すぐに分かる! キャッシュ・フロー計算書のポイント解説

書いてあること

  • 主な読者:キャッシュ・フロー計算書を作成していない、あるいは確認していない経営者
  • 課題:損益計算書の損益と現金の動きには乖離(かいり)があり、資金繰りに問題が生じることがある
  • 解決策:営業活動、投資活動、財務活動で現金の動きを確認する。特に、営業活動と投資活動で得られた「フリー・キャッシュ・フロー」は大事

1 キャッシュ・フロー計算書が大切な理由

キャッシュ・フロー計算書(以下「C/F」)とは、

会社の現金の流入(収入)と流出(支出)を示す財務諸表

です。企業会計では「発生主義の原則(現金の流入出に関係なく、経済的に費用や収益が発生したときに決算書に計上するという考え)」による損益計算が行われるので、

  • 現金の流入を伴わない未収収益、現金の流出を伴わない未払費用が計上される
  • 土地・建物などを取得する際の現金支出は、費用ではなく資産として計上される

こととなり、「勘定合って銭足らず」の状況が起こり得ます。そこでC/Fを確認すれば、実際の現金の動きが分かるので、見た目だけの損益に惑わされることはなくなります。

この記事では、C/F概要と改善ポイントを説明します。中小企業にC/Fの作成義務はありませんが、資金繰りを強化するために作成を検討してみてください。

2 C/F(間接法)のイメージ

詳細は後述しますが、C/Fではキャッシュ・フローを次の3つに分けます。

  • 営業活動によるキャッシュ・フロー(以下「営業CF」)
  • 投資活動によるキャッシュ・フロー(以下「投資CF」)
  • 財務活動によるキャッシュ・フロー(以下「財務CF」)

また、C/Fの様式には直接法と間接法とがあります。

  • 直接法:営業活動によるキャッシュの収入(商品の販売など)や支出(仕入れ、経費、給料の支払い)などを、総額で表示する方法
  • 間接法:損益計算書をもとに、税引前当期純利益(法人税等控除前の当期純利益)から一定の調整項目を加減して表示する方法

ここでは実務で使われることが多い間接法で説明をします。そのイメージは次の通りです。

C/F(間接法)のイメージ

3 営業CFの概要と改善ポイント

1)営業CFとは

営業CFは、営業活動を通じて得られる資金です。次のようなものが該当します。

  • 商品販売および役務の提供による収入
  • 商品および役務の購入による支出
  • 従業員および役員に対する給与および報酬の支出
  • 利息の受け取りによる収入
  • 税金の支払いによる支出 

本業が健全であれば営業CFはプラスに、苦戦すればマイナスになります。基本的に、営業CFは税引前当期純利益や運転資金に直接影響する増減項目を調整して計算します。従って、営業CFの改善策を検討する際は、利益項目と運転資金項目に分けて考えます。

2)営業CFの改善:利益項目

営業CFの最大の源泉である利益を向上させるには、売上高の増加を図るか、コストを削減するかとなります。理想は従来の利益率を維持しながら売上高を伸ばすことですが、規模が拡大しているのにコストを変えないことは現実的ではないので、売上の増加率よりもコストの増加率を抑えることを検討します。

なお、過去の投資資金の回収である減価償却費は実際に流出するわけではないため、C/Fでは加算項目となります。

3)営業CFの改善:運転資金項目

運転資金の増減も営業CFに影響を与えます。具体的には売上債権、在庫、仕入債務であり、これらにメスを入れることで営業CFが改善します。

1.売掛金の回収サイトを短く

売上高が増加すれば売掛金も増加します。そこで、売掛金の管理を徹底して回収サイトの短縮に努めます。「売掛金は得意先への資金貸し付けと同じ」というくらいの意識を持つことです。

2.買掛金の支払サイトを長く

売掛金と反対の考え方です。買掛金の支払サイトと売掛金の回収サイトが同程度ならよいですが、買掛金の支払サイトのほうが短いと、売れれば売れるほど資金繰りが厳しくなり、営業CFが不足します。

3.在庫をできる限り減らす

在庫は、売らなければ現金化することはなく、資金が寝ている状態といわれます。また、在庫としての期間が長引けば、その分倉庫などでの保管費用がかさみ、さらに陳腐化による損失の可能性も高まります。そのため、在庫管理を徹底して、資金が寝てしまうことやコスト増などを防ぎます。在庫は自社の経営努力によって、適正在庫量を見直すことができます。

4 投資CFの概要と改善ポイント

1)投資CFとは

投資CFは、固定資産の取引、現金同等物に含まれない短期投資の取引、すなわち「土地・建物の取得・売却」「投資有価証券の取得・売却」「貸付金の実行・回収」などから得られる資金です。次のようなものが該当します。

  • 有形固定資産の取得による支出
  • 有形固定資産の売却による収入
  • 投資有価証券の取得による支出
  • 投資有価証券の売却による収入
  • 貸付金による支出
  • 貸付金の回収による収入

投資CFはマイナスになるケースが多いです。それは、企業が将来の利益拡大のために設備投資を行うからです。

2)投資CFの改善

将来の営業CFを獲得するために、いかに効率良く投資を行うかがポイントです。投資を判断する際に、「将来、その投資がどれだけ営業CFを生み出すか」という視点を持たないといけません。もちろん、企業の体力に見合った投資を行うことが鉄則です。

5 財務CFの概要と改善ポイント

1)財務CFとは

財務CFは、資金の調達および返済のように企業の財務活動に関わるもの、すなわち「借入金による調達・返済」「社債の発行・償還」「増資・有償減資」などから得られる資金です。次のようなものが該当します。

  • 借入による収入
  • 借入金の返済による支出
  • 株式の発行による収入
  • 自己株式の取得による支出
  • 配当金の支払いによる支出
  • 社債の発行による収入
  • 社債の償還による支出

財務CFは、営業CFと投資CFとの関連で発生するといえます。例えば、

営業CFと投資CFの合計である「フリー・キャッシュ・フロー」で、それを借入金返済に充てれば財務CFはマイナス

となります。

2)財務CFの改善

財務CFを改善するには、営業活動および投資活動を維持するために、どの程度の資金を条件良く調達したかに注目します。企業の財政状態をより健全にするためには、設備資金をこれまでより長期の資金で調達する必要があります。また、資金調達方法は多岐にわたるので、補助金やクラウドファンディングなども検討してみましょう。

以上(2022年11月)
(監修 税理士 石田和也)

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画像:pixabay

【朝礼】亀との競走に負けたうさぎは、いかに名誉を挽回したか

来年のえとは「卯(う)」、つまりうさぎです。そこで、今日はうさぎにまつわる話を紹介します。

皆さんは子どもの頃、イソップ物語の「うさぎとかめ」を読んだことがあると思います。亀と競走をすることになったうさぎが、自分の足の速さにうぬぼれて途中で居眠りをし、その間に亀に追い抜かれて負けてしまうストーリーです。今さら説明する必要もないぐらい有名な話ですが、実はこの物語に続きがあるのをご存じでしょうか。1971年に作家の斎藤隆介(さいとうりゅうすけ)氏が書いた「まけうさぎ」という童話です。

ストーリーはこうです。亀との競走に負けたうさぎは、仲間のうさぎたちからバカにされ、故郷を追い出されてしまいます。しかし、ひょんなことから、おおかみが故郷の子うさぎを狙っていると知ったうさぎは、これを名誉挽回のチャンスと考え、仲間たちに「自分がおおかみを倒す」と宣言します。1匹でおおかみの元に向かったうさぎは、おおかみに「子うさぎを連れてくるが、あなたの顔を見ると怖がるだろうから後ろを向いていてほしい」と頼み、おおかみが背中を向けている間に崖から突き落とすことに成功します。おおかみを倒したうさぎは、故郷に戻ることができ、仲間たちから英雄としてたたえられたそうです。

「うさぎとかめ」とは全くテイストの違う話で少し戸惑いますが、2つの作品を読んでみると、うさぎが戦う姿勢の違いが分かります。

うさぎは亀との競走では油断をして負けましたが、おおかみに挑む際は慎重に作戦を立てて、目的を達成しました。うさぎがおおかみに対して油断しなかった理由は単純で、相手が一歩間違えば自分を食べてしまう恐れのある強敵だからです。そして、おおかみを倒したうさぎは、亀との競走では見せず、恐らく仲間のうさぎたちも知らなかったであろう、度胸と知恵を証明しました。

ここから、私たちの仕事に置き換えて考えてみます。皆さんは、それぞれ仕事において自分の得意分野を持っていると思います。頼もしいことですが、長い間同じ仕事を続けていると、どこかで油断が生まれてくるものです。もちろん、「うさぎとかめ」の話を教訓として、得意な仕事でも油断せずに進めてほしいのですが、単に自分に言い聞かせるだけでは、なかなか効果が出ないという人もいるでしょう。

そんなときは、自分から環境を変えてみてください。あえて難しい仕事にチャレンジし、全力を尽くして成功を目指すのです。自分の実力を大きく飛躍させる機会になりますし、良い緊張感が生まれ、普段の仕事に対する姿勢も変わるでしょう。「もし、チャレンジが失敗したら」などと考える必要はありません。皆さんが諦めない限り、たとえ失敗したとしても「まけうさぎ」の話のように名誉挽回のチャンスはやってきます。今年はうさぎのように大きく跳ねる、躍動の年にしてください。皆さんのチャレンジに期待しています。

以上(2022年11月)

pj17129
画像:Mariko Mitsuda

そろそろ本気で勉強したい「脱炭素」

書いてあること

  • 主な読者:脱炭素に関心はあるけれど、具体的な内容は詳しく知らない経営者
  • 課題:脱炭素に向けた世界や日本の動きなど、基本的な知識を得たい
  • 解決策:脱炭素に向けた動きを知ることで、会社や個人として、脱炭素とどのように関わっていくべきかを考えるきっかけにする

1 脱炭素は自分事? 何から知っていけばいいだろう

なにかと話題になっている「脱炭素」。大企業や国が取り組む問題だと、少し人ごとになっていませんか?
脱炭素とは、

二酸化炭素(CO2)をはじめとする温室効果ガスの排出量を削減し、植物の光合成による吸収量などを差し引きして実質ゼロにする

という考え方、取り組みです。同じような意味で「カーボンニュートラル」とも呼ばれます。

地球温暖化による気候変動の影響で、異常気象に伴う自然災害が頻発する中、脱炭素の実現に向け、世界中でさまざまな取り組みが行われています。

この記事では、今、押さえておくべき脱炭素の世界的な動向、脱炭素に向けて発表されているさまざまな目標設定について理解するために、

  • 脱炭素の世界的な動向が俯瞰(ふかん)できる、温室効果ガス実質ゼロへの道のり
  • 世界や欧州、日本の削減目標はどう決められていったのか
  • 脱炭素をめぐるさまざまな団体、指標、政策などの用語

について紹介します。

2 脱炭素の世界的な動向を俯瞰してみよう

1)世界の取り組み

世界が脱炭素に大きくかじを切ったきっかけは、2015年のパリ協定です。そこに至るまでにさまざまな枠組みを決める国際会議がありました。パリ協定は京都議定書の後継という位置付けですし、SDGsは2000年に開催された国連ミレニアム・サミットで採択された、ミレニアム開発目標(MDGs)の後継です。また、脱炭素に向けて多くの機関が設立され、排出量の規制や経済・投資活動のルール作りが行われました。それぞれのつながりを年表で見ていきましょう。

脱炭素をめぐる世界の取り組み(1997年以降)

2)EUの取り組み

EUはサステナブル・ファイナンス(持続可能な社会に向けて、環境問題や社会課題の解決を金融面から支援する活動)の枠組みを設け、域内での運用を行っています。特に、パリ協定以降、活発にルール作りが進められました。EUは脱炭素に向けたルール作りを主導するキープレーヤーの一角といえますので、パリ協定以降のEUの脱炭素の取り組みを年表で紹介します。

EUの脱炭素の取り組み

3)日本の取り組み

1997年に締結された京都議定書は2005年に効力が発生し、批准した先進国30カ国に温暖化ガス排出削減の義務などが生じました。日本は1998年に地球温暖化対策推進法を成立させて各種の法整備を進め、2012年までに1990年比で温室効果ガス6%削減という努力義務に対して、8.4%削減を達成しました。パリ協定以降は、2020年の菅義偉前総理大臣の所信表明演説から脱炭素に向けた取り組みが本格化しました。

日本の脱炭素の取り組み

3 脱炭素をめぐる用語集

1)国際会議での枠組み作り

1.IPCC(気候変動に関する政府間パネル)

各国の気候変動に関する政策に、最新の科学的知見を提供する政府間組織です。京都議定書やパリ協定などの条約採択、国際交渉の議論のベースとして重視されています。UNFCCC(国連気候変動枠組条約)は、IPCCの報告を受けて採択されました。

2.UNFCCC(国連気候変動枠組条約)

地球温暖化対策に世界全体で取り組むことを定めた、国際的な条約(締約国数:197カ国・機関)です。国連の下、大気中の温室効果ガスの排出量と森林などによる吸収量を安定化させることを目標としています。

3.COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)

国連気候変動枠組条約の最高意思決定機関で、UNFCCCの締約国が地球温暖化に対して話し合います(年1回開催)。第1回(COP1)はベルリンでの開催で、2000年以降の排出量について目標を立てていくと合意されました。第3回(COP3)で京都議定書、第21回(COP21)でパリ協定が採択されました。

4.京都会議(COP3)

先進国全体で、2020年までの温室効果ガスの削減を定めた「京都議定書」が採択されました。第一期(2008~2012年)と第二期(2013~2020年)に分かれ、先進国全体で少なくとも5%削減(1990年比)させることが目標となりました。

5.パリ会議(COP21)

「京都議定書」の後継となる新たな法的枠組み「パリ協定」が採択されました。「パリ協定」は、先進国だけでなく、加盟国全てが共通目標を掲げて取り組むことが採択された画期的なものでした。共通目標は以下の通りです。

  • 世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より低く保ち、1.5℃に抑える努力をする
  • そのため、できるかぎり早く世界の温室効果ガス排出量をピークアウトし、21世紀後半には、温室効果ガス排出量と(森林などによる)吸収量のバランスをとる

6.1.5℃特別報告書(IPCC)

2050年までに気温上昇を1.5℃に抑えるためには、2030年までに2010年比で45%の排出削減、2050年には実質ゼロにする必要があることを科学的知見としてまとめた、IPCCによる報告書です。

その過程でSDGsを達成することは、脱炭素社会のより良い実現につながる

としています。

7.グリーンリカバリー

コロナ禍からの復興にあたって、経済最優先ではなく、パリ協定やSDGsに沿ったものでなければならないとする考えです。2020年に複数の国際会議、機関投資家グループ、都市・地方政府が、提言やスローガンを出すなどしています。

8.グラスゴー会議(COP26)

世界の平均気温上昇を、産業革命以前に比べて1.5℃に抑えることが事実上の目標となりました(パリ協定では努力目標)。CO2排出量は、世界全体で2030年に45%削減(2010年比)、今世紀半ばには実質ゼロにする必要があること、石炭火力発電の段階的な削減などが確認されました。他にも排出量取引の実施ルールも合意されました。

2)非政府組織による枠組み作り

1.GHG(温室効果ガス)プロトコル

温室効果ガス排出量の算定と報告の国際基準の開発・利用を目的に、WBCSD(世界環境経済人会議)とWRI(世界資源研究所)によって設立されました。2001年に初版が発行され、2011年には「Scope3基準」を正式発表。企業の排出量算定の国際スタンダードとなっています。

2.ESG投資

環境(Environment)・社会(Social)・企業統治(Governance)要素を考慮した投資を指します。国連で各国の金融業界や機関投資家に対して、ESGの視点を組み入れる「責任投資原則」が提唱されたことで、広く認知されました。

3.WMB(We Mean Business)

企業や投資家の温暖化対策を推進している国際機関やシンクタンク、NGOなどが構成機関となって運営している非営利同盟。カーボンプライシングや再エネ、省エネに関する国際的なイニシアチブと企業・投資家を結ぶ役割を果たしています。「We mean business」とは、「私たちはビジネスを通じて気候変動に本気で取り組む」という意味。

4.RE100(Renewable Energy 100%)

WMBの取り組みのひとつ。事業活動で消費するエネルギーを、100%再生可能エネルギー(以下「再エネ」)に切り替えていくことを目標とする企業連合として設立されました。参加要件には、遅くとも2050年までに100%再エネ化を達成する目標を立てることが求められます。

5.SBT(Science Based Targets)

WMBの取り組みのひとつ。企業が、パリ協定が求める目標に整合するように、「科学的根拠に基づいた削減目標」を定めているか認定をします。SBT認定を受けると、パリ協定に整合している企業であるとアピールできます。

6.TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures=気候関連財務情報開示タスクフォース)

持続可能性に配慮した企業を投資先に選定する判断材料として、どのような情報を、どのような形で開示させたいかをまとめるために設立されました。2017年に報告書が提出され、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」に沿って情報開示することが推奨されました。

7.EP100(Energy Productivity 100%)

WMBの取り組みのひとつ。エネルギー効率の高い技術や取り組みを導入し、省エネ効率を50%改善させるなど、事業のエネルギー効率を2倍にすることを目標に掲げる企業が参加しています。

8.EV100(Electric Vehicle 100%)

WMBの取り組みのひとつ。2030年までに電気自動車への移行、またはインフラ整備などの普及に積極的に取り組む企業を増やそうというものです。

9.CA100+(Climate Action 100+)

温室効果ガスの排出量の多い投資先企業や加盟企業、グループ企業、取引先に対し、対話を通じて、2050年までに脱炭素の実現を要求する投資家グループとして発足しました。

10.ネットゼロAOA(Net-Zero Asset Owner Alliance)

2050年に温室効果ガスをネットゼロ(排出量と吸収量が同量でバランスがとれていること)にすることを目指し、国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP-FI)と国連責任投資原則(PRI)の主導により設立。

11.TSVCM(Taskforce on Scaling Voluntary Carbon Markets=自主的炭素市場の拡大に関するタスクフォース)

ボランタリークレジット(NGOや民間が主導する炭素クレジット)市場の拡大を目的として設立。2050年のネットゼロ社会実現のために、現在の炭素クレジット市場を15倍以上にする必要性を提言しました。

12.GFANZ(Glasgow Financial Alliance for Net Zero=ネットゼロのためのグラスゴー金融同盟)

ネットゼロを目指す金融機関の連合体。2022年には投融資先企業に排出削減を働きかけたり、企業の排出削減に向けた取り組みを支援したりすることで、脱炭素に向け100兆ドル(約1京3300兆円)の資金を拠出できると公表しました。

13.ISSB(International Sustainability Standards Board=国際サステナビリティ基準審議会)

IFRS(国際会計基準財団)の下部組織として発足し、ESGなどを含む非財務情報の開示を行う際の、統一された国際基準の策定を行っています。

3)SDGsの取り組み

1.国連ミレニアム・サミット

国際社会共通の目標としてミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)が採択されました。極度の貧困と飢餓の撲滅など、2015年までに達成すべき8つの目標を掲げました。

2.国連持続可能な開発サミット

MDGsの後継である「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されました。これに記載されたのが、2030年をゴールとしたSDGs (Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)です。17のゴールと169のターゲットから構成され、地球上の「誰一人取り残さない」ことを誓っています。SDGsとパリ協定という2つの世界共通の指針が示されたことで、各国が脱炭素に向けて動きだしました。

4)押さえておきたい脱炭素用語

1.カーボンプライシング

炭素に価格をつけて排出抑制を図るものです。CO2の排出量に比例して課税を行う炭素税、排出量の上限に規制をかける排出量取引制度、削減することに価値をつけ証券化し、市場で取引するクレジット取引、企業が独自に自社のCO2排出量に対し、価格をつけるインターナル・カーボンプライシングなどがあります。

2.サプライチェーン排出量

原料調達から製造、物流、販売、廃棄などの事業活動における一連の流れで発生する、温室効果ガス排出量のことです。「Scope1(燃料の燃焼など自社の直接排出)」「Scope2(電気、ガスなど供給された間接排出)」「Scope3(事業者の活動に関係する他社の排出量)」の3つの総和で排出量が算出されます。Scope3はGHGプロトコルが2011年に初版を発行し、格付け機関の調査項目に入れられるなどしています。

以上(2022年11月)

pj10069
画像:takasu-Adobe Stock

【規程・文例集】「マイナンバー(特定個人情報)取扱規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:マイナンバーやマイナンバーを含む個人情報(特定個人情報等)の適正な取り扱いを徹底させるに当たって「取扱規程」のひな型が欲しい経営者
  • 課題:具体的に何を定めればよいかが分からない
  • 解決策:特定個人情報等の取得、利用、保存、提供、削除・廃棄への対応などについて定める

1 マイナンバー制度への対応

「給与所得に係る源泉徴収票作成事務」「雇用保険関係届出事務」「健康保険・厚生年金保険関係届出事務」など、企業がマイナンバーを取り扱うこととなるケースは多岐にわたります。

個人情報保護委員会「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)」により、社員数が100人超の企業は、マイナンバーやマイナンバーを含む個人情報(特定個人情報等)の具体的な取り扱いを定めた規程を作成することが義務付けられています。

社員数が100人以下の企業は、取扱規程の策定は義務ではありませんが、「特定個人情報等の取扱い等を明確化する」こととされています。結局のところ、

特定個人情報等の取得、利用、保存、提供、削除・廃棄への対応などについて具体的に定めた「取扱規程」を整備しておく

に越したことはありません。

なお、マイナンバー制度に関する解説などは、個人情報保護委員会の以下のページが参考になります。

■「マイナンバーガイドライン入門(事業者編)」「はじめてのマイナンバーガイドライン(事業者編)」■
https://www.ppc.go.jp/legal/policy/document/
■特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)■
https://www.ppc.go.jp/legal/policy/my_number_guideline_jigyosha/
■「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)」及び「(別冊)金融業務における特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン」 に関するQ&A■
https://www.ppc.go.jp/legal/policy/faq/

2 マイナンバー(特定個人情報)取扱規程のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【マイナンバー(特定個人情報)取扱規程のひな型】

第1章 総則

第1条(目的)
本規程は、当社における個人番号および特定個人情報(以下「特定個人情報等」という)の取り扱いについて、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(以下「番号利用法」という)、「個人情報の保護に関する法律」および個人情報保護委員会が定める「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)」(以下「マイナンバーガイドライン」という)を遵守し、適正に取り扱うための基本事項を定める。

第2条(用語の定義)
本規程において各用語の定義は、次に定めるところによる。なお、本規程における用語は、他に特段の定めのない限り、番号利用法その他関連法令の定めに従う。
  1.個人番号
   番号利用法の規定により、住民票コードを変換して得られる番号であって、当該住民票コードが記載された住民票に係る者を識別するために指定されるものをいう。
  2.特定個人情報
   個人番号をその内容に含む個人情報をいう。
  3.特定個人情報等
   個人番号および特定個人情報をいう。
  4.個人情報ファイル
   個人情報データベース等、ある特定の個人情報について容易に検索することができるように体系的に構成した情報の集合物をいう。
  5.特定個人情報ファイル
   個人番号をその内容に含む個人情報ファイルをいう。
  6.本人
   個人番号によって識別される特定の個人をいう。
  7.従業員等
   当社の役員、正社員、嘱託社員、契約社員、パート社員、アルバイト社員および派遣社員をいう。

第3条(適用範囲)
1)本規程は、当社の全ての従業員等に適用する。
2)本規程は、当社で取り扱う全ての特定個人情報等を対象とする。

第4条(個人番号を取り扱う事務の範囲)
1)当社が個人番号を取り扱う事務の範囲は次の通りとする。
  1.雇用保険関係届出事務
  2.健康保険・厚生年金保険関係届出事務
  3.給与所得・退職所得に係る源泉徴収票作成事務
  4.報酬、料金、契約金および賞金の支払調書作成事務
  5.配当、剰余金の分配および基金利息の支払調書作成事務
  6.不動産の使用料等の支払調書作成事務

2)番号利用法に規定される利用範囲において、第1項各号に定める事務の範囲を超えて個人番号を取り扱う場合、あらかじめ利用目的を明らかにし、本人に通知しなければならない。

第5条(特定個人情報等の範囲)
第4条において当社が個人番号を取り扱う事務において使用される特定個人情報等の範囲は、個人番号、および個人番号とともに管理される氏名、生年月日、性別、住所、電話番号、電子メールアドレスとする。

第2章 特定個人情報等の取り扱い

第6条(特定個人情報等の取り扱いに関する基本方針)
1)当社における特定個人情報等の取り扱いに関する基本方針は次の通りとする。
  1.特定個人情報等の取り扱いについて、番号利用法、関連法令およびマイナンバーガイドライン等、国が定める指針その他の規範を遵守し、本規程に従って運用する。
  2.特定個人情報等を取り扱う事務の処理に携わる従業員等を明確にする。これに含まれない従業員等は本人もしくはその扶養親族以外の特定個人情報等を取り扱わないものとする。
  3.特定個人情報等の漏洩、滅失または毀損(以下「情報漏洩等事案」)を防止するために必要な安全管理措置を講じる。
  4.特定個人情報等の取り扱いを外部に委託する際には、別途定める「外部委託管理規程」(省略)に従って、委託先の選定、契約、監督を行う。委託を受けた者が再委託する場合にも当社が同様の監督を行う。
  5.特定個人情報等の取り扱いに関する質問・苦情等を受け付ける窓口を設置し、対応に当たる。
2)上記基本方針は、社内に掲示する、もしくはイントラネットに掲載することによって従業員等に周知する。

第7条(個人番号の提供の求め)
1)当社は、第4条に定める個人番号を取り扱う事務を処理するために必要があるときに限り、本人に対し、本人およびその扶養親族の個人番号の提供を求めることができる。
2)第1項にかかわらず、当社は、本人との法律関係等に基づき、第4条に定める個人番号を取り扱う事務の発生が予想される場合には、その時点で個人番号の提供を求めることができるものとする。
3)本人が、個人番号の提供要求または第8条に基づく本人確認を拒む場合には、法令で定められた義務であることを周知し、提供および本人確認に応じるよう促すものとする。

第8条(本人確認)
1)本人から個人番号の提供を受ける場合、別途定める個人番号確認手順および個人番号届出書(省略)に従って、当該本人の個人番号の確認および身元確認を行うものとする。
2)本人の代理人から個人番号の提供を受ける場合、別途定める個人番号確認手順および個人番号届出書(省略)に従って、当該代理人の代理権の確認および身元確認を行い、本人の個人番号の確認を行うものとする。
3)個人番号届出書には、番号利用法の規定により提示を受けることとされている書類またはその写しを添付するものとする。
4)個人番号が変更された場合、本人は速やかに第10条第2項に定める事務取扱責任者に申告するものとする。
5)当社が一定の期間ごとに個人番号の変更の有無を確認する際、本人はその確認に協力するものとする。

第9条(目的外利用の禁止)
当社は、第4条に定める個人番号を取り扱う事務を処理するため以外に、特定個人情報等の取り扱いは一切行わない。ただし、番号利用法に特別の規定がある場合を除く。

第3章 組織的安全管理措置・人的安全管理措置

第10条(組織体制)
1)人事部を特定個人情報等を管理する責任部署とする。
2)人事部長を事務取扱責任者とする。
3)人事部長以外の人事部の従業員等および各部署において個人番号が記載された書類等を受領する担当者を事務取扱担当者とする。
4)法務部長を特定個人情報監査責任者とする。

第11条(事務取扱責任者の責務)
事務取扱責任者は、次の業務を所管する。
  1.特定個人情報等の安全管理に関する教育・研修の企画および実施
  2.事務取扱担当者の監督
  3.特定個人情報等の取り扱い状況の把握
  4.特定個人情報等の利用申請の承認および記録等の管理
  5.特定個人情報等の取り扱いを外部に委託する場合の、委託先の選定
  6.特定個人情報等の取り扱いを外部に委託する場合の、委託先における特定個人情報等の取り扱い状況等の監督(実地調査を含む)

第12条(事務取扱担当者の責務)
1)事務取扱担当者は、本規程およびその他の社内規程並びに事務取扱責任者の指示した事項に従い、十分な注意を払って特定個人情報等を取り扱うものとする。
2)事務取扱担当者は、情報漏洩等事案の発生またはその兆候を把握した場合、速やかに事務取扱責任者に報告するものとする。
3)各部署において個人番号が記載された書類等を受領する事務取扱担当者は、個人番号の確認等の必要な事務を行った後、速やかにその書類等を第10条第1項に定める責任部署に受け渡すこととし、自分の手元に個人番号を残してはならない。

第13条(運用状況の記録)
1)事務取扱担当者は、本規程に基づく運用状況を確認するため、次の事項を記録するものとする。
  1.特定個人情報等の取得および特定個人情報ファイルへの入力
  2.特定個人情報ファイルの利用・出力
  3.特定個人情報等が記録された電子媒体または書類等の持ち出し
  4.特定個人情報ファイルの削除・廃棄
  5.特定個人情報ファイルの削除・廃棄を委託した場合、委託先から受領した証明書等
2)特定個人情報ファイルを情報システムで取り扱う場合、事務取扱担当者の情報システムの利用状況(ログイン実績、アクセスログ等)を記録するものとする。

第14条(取り扱い状況の確認手段)
1)責任部署の事務取扱担当者は、特定個人情報ファイルの取り扱い状況を確認するための手段として、特定個人情報管理台帳に次の事項を記録するものとする。
  1.特定個人情報ファイルの種類、名称
  2.責任者、取り扱い部署
  3.利用目的
  4.削除・廃棄の状況
  5.アクセス権限を有する者
2)特定個人情報管理台帳には、特定個人情報等を記載してはならない。

第15条(情報漏洩等事案への対応)
1)事務取扱責任者は、情報漏洩等事案が発生したことを知った場合、またはその可能性が高いと判断した場合、適切かつ迅速に対応しなければならない。
2)事務取扱責任者は、情報漏洩等事案が発生したと判断した場合は、その旨を速やかに代表取締役に報告し、事実関係の調査および原因の究明に努めるものとする。
3)事務取扱責任者は、情報漏洩等事案によって影響を受ける可能性のある本人に対し、事実関係の通知、原因関係の説明等を速やかに行うものとする。
4)事務取扱責任者は、情報漏洩等事案が発生した場合、個人情報保護委員会および主務大臣等に対して必要な報告を速やかに行うものとする。
5)事務取扱責任者は、情報漏洩等事案が発生した原因を分析し、再発防止に向けた対策を講じるものとする。
6)二次被害の防止、類似事案の発生防止等の観点から、必要に応じて、事実関係および再発防止策等を公表する。

第16条(教育・研修)
1)事務取扱責任者は、特定個人情報等の安全管理に関する教育・研修を実施し、事務取扱担当者および従業員等に本規程を遵守させるものとする。研修の内容および実施時期は、毎年、事務取扱責任者が定める。
2)事務取扱担当者は、事務取扱責任者が実施する特定個人情報等の安全管理に関する教育・研修を受けなければならない。

第17条(監査)
1)特定個人情報監査責任者は、特定個人情報等を管理する責任部署その他各部署における特定個人情報等の取り扱いが、番号利用法、関連法令、マイナンバーガイドライン等国が定める指針その他の規範および本規程と合致していることを定期的に監査する。
2)特定個人情報監査責任者は、事務取扱責任者および事務取扱担当者以外の者から監査員を指名し、監査を指揮することができる。
3)特定個人情報監査責任者は、特定個人情報等の取り扱いに関する監査結果を代表取締役に報告するものとする。

第18条(取扱状況の確認並びに安全管理措置の見直し)
代表取締役は、監査結果に照らし、必要に応じて特定個人情報等の取り扱いに関する安全対策、諸施策を見直し、改善しなければならない。

第4章 物理的安全管理措置

第19条(特定個人情報等を取り扱う区域の管理)
特定個人情報ファイルを取り扱う情報システムを管理する区域(以下「管理区域」)および特定個人情報等を取り扱う事務を実施する区域(以下「取扱区域」)を明確にし、それぞれの区域に対し、次の措置を講じる。
  1.管理区域
   ICカード、ナンバーキー等による入退室管理システムの設置等により入退室管理を行うものとする。また、管理区域に持ち込む機器および電子媒体等の制限を行うものとする。
  2.取扱区域
   事務取扱担当者以外の者の往来が少ない場所や、取り扱いを後ろからのぞき見される可能性が低い場所への座席配置等、情報漏洩等事案を防止するための工夫を施すものとする。また、必要に応じて壁または間仕切り等を設置するものとする。

第20条(機器および電子媒体等の盗難等の防止)
管理区域および取扱区域における特定個人情報等を取り扱う機器、電子媒体および書類等の盗難または紛失等を防止するために、次の措置を講じる。
  1.特定個人情報等を取り扱う機器、電子媒体、書類等は、施錠できるキャビネット・書庫等に保管する。
  2.特定個人情報ファイルを取り扱う情報システムが機器のみで運用されている場合は、セキュリティーワイヤ等により固定する。

第21条(電子媒体等を持ち出す場合の漏洩等の防止)
1)特定個人情報等が記録された電子媒体または書類等の持ち出しは、次に掲げる場合を除き禁止する。なお、「持ち出し」とは特定個人情報等を、管理区域または取扱区域の外へ移動させることをいい、事業所内での移動等であっても持ち出しに該当するものとする。
  1.第4条に定める個人番号を取り扱う事務に関して、行政機関等に対しデータまたは書類等を提出する場合
  2.第4条に定める個人番号を取り扱う事務を委託する場合であって、事務を実施する上で必要と認められる範囲内で委託先に対しデータを提供する場合
2)第1項により、特定個人情報等が記録された電子媒体または書類等の持ち出しを行うときには、次の安全策を講じるものとする。ただし、提出方法に関して行政機関等による指定がある場合は、それに従う。
  1.特定個人情報等が記録された電子媒体の持ち出しを行う場合
   ・持ち出しデータの暗号化、パスワードによる保護
   ・施錠できる搬送容器の使用
  2.特定個人情報等が記録された書類等の持ち出しを行う場合
   ・封かん、目隠しシールの貼付
3)第1項による持ち出しを行う場合には、移送する特定個人情報等の特性に応じて、追跡可能な移送手段を利用する等、適切な方法を選択することとする。

第22条(個人番号の削除、機器および電子媒体等の廃棄)
1)第4条に定める個人番号を取り扱う事務を行う必要がなくなった場合で、所管法令等の法定保存期間を経過したときは、事務取扱担当者は速やかに次のいずれかの方法で個人番号を復元できないように削除または廃棄する。
  1.特定個人情報等が記載された書類等を廃棄する場合
   ・復元不可能な程度に細断可能なシュレッダーの利用
   ・焼却または溶解
  2.特定個人情報等が記録された機器および電子媒体を廃棄する場合
   ・専用のデータ削除ソフトウエアの利用
   ・物理的な破壊
2)事務取扱担当者は、特定個人情報ファイル中の個人番号または一部の特定個人情報等を削除する場合、容易に復元できない手段を用いるものとする。
3)特定個人情報等を取り扱う情報システムにおいては、関連する法定調書の法定保存期間経過後に個人番号を削除することを前提として、情報システムを構築するものとする。
4)個人番号が記載された書類等については、関連する法定調書の法定保存期間経過後に廃棄するものとする。
5)事務取扱担当者は、個人番号もしくは特定個人情報ファイルを削除した場合、または電子媒体等を廃棄した場合には、削除あるいは廃棄した記録を保存するものとする。また、これらの作業を委託する場合には、委託先が確実に削除または廃棄したことについて証明書等により確認するものとする。

第5章 技術的安全管理措置

第23条(アクセス制御)
特定個人情報等へのアクセスについて、次の通り制御する。
  1.個人番号とひも付けてアクセスできる情報の範囲を、アクセス制御により限定する。
  2.特定個人情報ファイルを取り扱う情報システムを、アクセス制御により限定する。
  3.ユーザーIDに付与するアクセス権限により、特定個人情報ファイルを取り扱う情報システムを使用できる者を、事務取扱責任者および事務取扱担当者に限定する。 

第24条(アクセス者の識別と認証)
特定個人情報等を取り扱う情報システムは、ユーザーID・パスワード等により、事務取扱責任者、事務取扱担当者が正当なアクセス権限を有するものであることを識別した結果に基づき、認証するものとする。

第25条(外部からの不正アクセス等の防止)
情報システムを外部からの不正アクセスまたは不正ソフトウエアから保護するため、次の対策を講じ、適切に運用する。
  1.情報システムと外部ネットワークとの接続箇所にファイアウオールを設置し、不正アクセスを遮断する。
  2.情報システムおよび機器にセキュリティー対策ソフトウエア(ウイルス対策ソフトウエア等)を導入する。
  3.導入したセキュリティー対策ソフトウエア等により、入出力データにおける不正ソフトウエアの有無を確認する。
  4.機器やソフトウエア等に標準で備わっている自動更新機能等を活用し、ソフトウエア等を最新の状態にする。
  5.ログ等の分析を定期的に行い、不正アクセス等を検知する。

第26条(情報漏洩等の防止)
特定個人情報等をインターネット等により外部に送信する場合、通信経路における情報漏洩等および情報システム内に保存されている特定個人情報等の情報漏洩等を防止するため、次の措置を講じる。
  1.通信経路における情報漏洩等の防止
   ・通信経路の暗号化
  2.情報システム内に保存されている特定個人情報等の情報漏洩等の防止
   ・データの暗号化またはパスワードによる保護

第6章 その他

第27条(罰則)
従業員等が故意または重大な過失により、本規程に違反した場合、就業規則または契約および法令に照らして処分を決定する。

第28条(改廃)
本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則
本規程は、○年○月○日より施行する。

以上(2022年11月)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 小出雄輝)

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【朝礼】その情報は真実か。そして、いま必要か

皆さん、今朝は新聞を読んできましたか。テレビやインターネットでニュースを見ましたか。あるいは出社して、ほかの人と会話をしましたか。新聞、テレビ、インターネット、口コミなど、私たちは膨大な情報に囲まれています。こうした多くの情報の中から、必要な情報を正確に見極めることは、とても大切です。

皆さんは、「死せる孔明(こうめい)、生ける仲達(ちゅうたつ)を走らす」ということわざを聞いたことがあるでしょう。これは三国志に出てくる蜀(しょく)という国の軍師・諸葛孔明(しょかつこうめい)が残した逸話からくる有名な故事です。

三国時代、蜀と魏(ぎ)の両軍が五丈原で対陣中、孔明は病死しました。孔明の部下の将である楊儀(ようぎ)は軍をまとめて退却を始めました。司馬(しば)仲達は孔明の死を知り、追撃を始めましたが、蜀軍が反撃のようすを見せたので「孔明が死んだというのは謀略ではないか」と恐れ、追撃をやめて退却したという話です。実は孔明は死ぬ間際、自らが死んだことが敵国である魏の軍師・仲達に悟られれば、必ず攻撃されると考えました。そこで、孔明は自分と瓜二つの木像を作っておきました。孔明が生前に想定した通り、孔明の死後、仲達は蜀軍を攻撃してきました。そのとき、死んだとされる孔明が蜀軍を指揮して反撃してきたため、魏軍は逃げ出しました。もちろん、魏軍が見た孔明は木像です。死んだ後も、孔明は情報を巧みに操作し、蜀軍の危機を救ったのです。

「死せる孔明、生ける仲達を走らす」は「すぐれた人物は死後も生きているものを恐れさせる。または、生前と同じように大きな影響力を及ぼす」ということの例えとされます。

私は他の教訓も含んでいると考えています。例えば、孔明の立場では、情報を効果的に発信することで、自らの立場を有利に持っていけることです。一方、仲達の立場では、誤った情報を根拠に判断を下すと、千載一遇の好機を逸する場合があることです。いずれも、私たちが仕事をする上で、特に情報に接する際のヒントとなりますが、私は皆さんには仲達を反面教師として情報に接してほしいのです。

現代は三国志の時代よりもはるかに情報メディアが発達しています。新聞、テレビ、インターネット、口コミとさまざまなメディアがあります。だからこそ、私たちは、玉石混合の情報から必要な情報を正確に取捨選択しなければなりません。その基準は、「まず、その情報は真実か否か、次に、いま本当に必要か、あるいは将来必要なときがくるか」としてください。

取引先や上司・同僚から必要とされるビジネスパーソンとなるためには、相手が求める情報を、正確に、素早く、適正な水準で提供することが不可欠です。要は「情報力を身に付ける」ということになります。とは言っても、あまりにも漠然としすぎていて、何から手を付けてよいか分からない人は多いでしょう。身に付けるべき情報は、取引先・上司・同僚がいま求めるもの、これから求めるであろうものを優先してください。身に付けるための具体的な方法は、新聞を読む、書籍を読む、セミナーに参加する、上司・同僚に質問する、人脈を広げるなどです。

情報力は武器となり、業務に大いに役立つだけでなく、皆さんのビジネスパーソンとしての価値を高めます。情報力を身に付けてください。

以上(2022年11月)

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知っていますか? 社会保険の未加入などを指摘する年金事務所の「社会保険調査」

書いてあること

  • 主な読者:年金事務所の「社会保険調査」なるものがあることを知った経営者や人事担当者
  • 課題:なじみがなく、何をチェックされるのか、どのような対策が必要なのかが分からない
  • 解決策:資格得喪関係、報酬関係の手続きがチェックされる。法令のルールを再確認する

1 パート等が多い会社は要注意? 社会保険調査が入るかも

年金事務所の「社会保険調査」なるものをご存じでしょうか? これは、

年金事務所が、会社の社会保険(健康保険・厚生年金保険)の手続きに不正がないかをチェックする調査

で、主に次の2点を確認されます(社会保険に加入している場合)。

  • 資格得喪関係(社会保険に加入すべき社員を、適正に加入させているか)
  • 報酬関係(賃金や賞与に係る社会保険料を、適正に算定・納付しているか)

パート等(短時間労働者)を多く雇用する会社などが対象になりやすいのが特徴で、罰則もあります。2022年10月からの「社会保険の適用拡大」で被保険者になるパート等が増えたことで、資格得喪関係の調査対象も広がる可能性があり、御社にも通知がくるかもしれません。

この記事では、社会保険調査の対象になる会社やチェックされる書類などを紹介するので、事前準備にお役立てください。

なお、社会保険調査には、

  • 総合調査(年金事務所が都度、時期を決め、資格得喪関係、報酬関係を総合的に調査)
  • 定時決定時調査(定時決定の手続きを行う6~7月ごろに、算定基礎届を中心に調査)

などがありますが、現在実施されているものは、基本的に全て「総合調査」です。次章以降に出てくる「社会保険調査」というワードも、特に断りがなければ総合調査のことを指します。

2 社会保険調査の流れは?

社会保険調査の流れは次の通りです。

社会保険調査の流れ

まず、年金事務所から「社会保険調査のご案内」などの名目で通知(書面)が届きます。通知が届くのは、年金事務所が「調査が必要」と判断したタイミングで、具体的には次のようなケースがあります。

  • 年金事務所が社員(被保険者)から通報を受けたとき
  • 社会保険関連の法改正があるとき
  • 前回の社会保険調査から一定の期間が経過したとき(数年に一度など)

通知が届いたら、会社は通知に記載された書類を、郵送または対面で年金事務所に提出します。年金事務所が提出書類をチェックし、問題がない場合は調査終了、問題がある場合は年金事務所の指示に従い、問題点を是正すれば終了となります。

社会保険調査の通知を無視したり、是正の指示に従わなかったりすることは許されず、

悪質な場合、罰則(6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金)を受ける

こともあります。

3 社会保険調査の最近の動向は?

年金事務所を統括する日本年金機構によると、2021年度に社会保険調査が実施されたのは、24万2793事業所です。また、過去の調査事業所数の推移を見ると、2016年度からの3年間は、パート等への「社会保険の適用拡大」がスタート(2016年10月)したことなどもあって、特に多くの事業所で調査が実施されています。

社会保険調査の調査事業所数の推移

なお、2021年度に社会保険調査が実施された24万2793事業所のうち、資格得喪関係、報酬関係の指摘を受けたのは、9万5922事業所(全体の39.51%)です。

指摘を受けた事業所(2021年度)

4 社会保険調査が入りやすい会社は?

日本年金機構は、2021年度に社会保険調査が実施された24万2793事業所のうち、調査の優先度が高かった事業所として、次の18万872事業所を挙げています。

社会保険調査の優先度が高かった事業所(2021年度)

図表4の赤囲みの4項目だけで全体の86.64%を占めます。「パート等を多く雇用している」「定時決定に必要な算定基礎届を提出していない」「雇用保険には加入しているが、社会保険には加入していない社員がいる」といった場合、社会保険調査が入りやすく、さらに、そこで指摘を受けると、以降も社会保険調査の対象になる可能性が高まります。

5 どのような書類をチェックされるのか?

社会保険調査で年金事務所から提出を求められるのは、次のような書類です。

  • 原則として必ず提出する書類(注):賃金台帳、出勤簿、源泉所得税領収書
  • 必要に応じて提出する書類:就業規則、雇用契約書

(注)年金事務所によって異なりますが、過去2年分程度の提出を求められるケースが多いです。

例えば、賃金台帳には、社員の「賃金計算期間」「労働日数」「労働時間数」「賃金額」「支給項目」「控除項目」などが記載されています。仮に、

  • 社員が被保険者要件を満たすのに、社会保険に加入していない
  • 社会保険には加入しているが、社会保険料の計算が間違っている

といった問題が見つかると、年金事務所から是正を指示されます。例えば、社員が被保険者要件を満たすのに、社会保険に加入していなかった場合、

  • 速やかに資格取得手続きを行う(被保険者資格取得届の提出)
  • 社員が被保険者要件を満たすようになった時期まで遡って、未払いの社会保険料を納付する(最大で過去2年分)
  • 未払いの社会保険料のうち、社員負担分を社員から徴収する(賃金から控除する場合、原則として社員の同意が必要)

などの手続きをします。

是正が完了しても、その旨を年金事務所に報告する必要はありません。社員の資格得喪や、社会保険料の納付が適正に行われれば、年金事務所内で把握できるからです。また、資格得喪の手続き漏れや社会保険料の未払いには、本来「6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金」という罰則がありますが、実際は、

年金事務所の指示通りに速やかに手続きを行えば、罰則を受けずに済むケースが多い

ようです。

6 これで安心。事前に確認したい10項目

最後に、社会保険調査に備えて事前に確認したい10項目を紹介します。特に5.と10.は要注意です。

事前に確認したい10項目

5.については、御社が2022年10月からの「社会保険の適用拡大」の対象、つまり厚生年金保険の被保険者数が常時100人超の状態であれば、被保険者要件を満たすパート等がいないか確認しましょう。そして、該当者がいる場合は速やかに資格取得手続きを行います。

パート等の被保険者要件

10.は、本来、賞与として支給すべき金銭が、「○○手当」などとして月例賃金に組み込まれているケースの指摘です。法令上、

労働の対償として支給する金銭のうち、支給期間が3カ月を超えるものは全て「賞与」

に当たり、該当する場合、

「賞与」以外の名目で支給していたとしても、「賞与支払届」を年金事務所に提出して、社会保険料(賞与保険料)を納付

しなければなりません。自社の就業規則(賃金規程など)をいま一度見直して、該当するものがないかチェックしておきましょう。

5.と10.以外は、資格得喪や定時決定などの決まった手続きを適正に行っていれば、基本的に問題ありません。手続きに不安がある場合は、日本年金機構のウェブサイトなどで確認しておきましょう。また、社会保険のうち健康保険の保険料率は定期的に改定されるので、こちらも保険者(全国健康保険協会など)のウェブサイトなどで確認するとよいでしょう。

■日本年金機構「健康保険・厚生年金保険の保険料関係」■
https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/hokenryo/index.html
■全国健康保険協会「保険料率」■
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g7/cat330/

以上(2022年11月)
(監修 シンシア総合労務事務所 特定社会保険労務士 白石和之)

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【規程・文例集】「退職一時金規程」のポイント

書いてあること

  • 主な読者:「退職一時金規程」の見直しを検討している経営者
  • 課題:退職金制度の内容が会社ごとに異なり、具体的に何を定めればよいのかが分からない
  • 解決策:「1.退職金を支給する社員の範囲」「2.退職金の決定、計算、支給の方法」「3.退職金の支給時期」は、労働基準法で義務付けられているので必ず定める

1 退職一時金規程に定めるべき3つの項目

退職金とは、社員が退職するときに会社が支給する金銭の総称で、支給形態によって

  • 退職一時金:退職金を一括で支給
  • 退職年金:退職金を年金として支給(企業年金とも呼ばれます)

に大別できます。退職金制度がある中小企業のうち、95.1%は退職一時金で対応しています(東京都労働相談情報センター「中小企業の賃金・退職金事情(令和2年版)」)。

退職金は、就業規則の「相対的必要記載事項(制度がある場合、必ず記載しなければならない事項)」で、退職金制度がある会社は、労働基準法により、次の3つについて定めることが義務付けられています。

  • 退職金を支給する社員の範囲
  • 退職金の決定、計算、支給の方法
  • 退職金の支給時期

以降で、1.から3.を「退職一時金規程」に落とし込む際のポイントを紹介していきます。

2 退職金を支給する社員の範囲

会社は正社員やパート等(パート社員や契約社員)など、さまざまな条件で社員を雇用しており、適用される労働条件が異なります。

多くの場合、退職金制度の対象となるのは正社員なので、その旨を明確に定める

ようにします。

ただし、同一労働同一賃金の観点から、職務内容などによっては、パート等に退職金を支給しないことが不合理とされることがあるので、

会社と社員の間に個別の合意がある場合、退職金を支給することがある

などの文言を加えておくのが無難です。個別の合意は、労働条件通知書や雇用契約書などで交わすことになります。なお、退職金制度の対象とならないパート等の場合、労働条件通知書などに「退職金の支給はない」旨を明記しておくと、トラブルを予防できます。

3 退職金の決定、計算、支給の方法

退職金の決定、計算、支給の方法では、文字通り、退職金制度の基本的なルールを定めます。主な内容は次の通りです。

1)退職事由

退職金を支給する場合、退職事由によって支給率などに差を設けることがあります。一般的な退職事由は次の通りです。

  • 役員に就任した場合
  • 会社の都合により退職した場合
  • 自己の都合により退職した場合
  • 定年に達したため退職した場合
  • 在職中に死亡した場合
  • 業務上負傷しまたは疾病にかかり、その職に堪えないため退職した場合

2)退職金の計算方法

退職金の計算方法とは、どのように支給額を計算するのかのルールです。退職一時金の場合、一般的に次の2種類の計算方法があります。

  • 基本給連動型:退職時の基本給などを基準に支給額を計算する
  • 基本給非連動型:基本給とは別の指標を用いる(ポイント制など)

中小企業の場合、基本給連動型が一般的です。支給額の計算はさまざまですが、例えば、

支給額=算定基礎額(退職時の基本給など)×支給率(退職事由や勤続年数に応じた係数)+加算額(役職加算など)

といった具合に計算します。

1.算定基礎額

算定基礎額とは、退職金支給額を計算する際の基礎となる金額で、多くの会社では退職時の基本給を算定基礎額としています。しかし、属人給(年齢給や勤続給など)を中心とした賃金体系の場合、社員の基本給は年功序列で大きくなり、会社の退職金負担も重くなります。このような理由から、基本給とは別に、退職金を算出するための算定基礎額のテーブルを設ける会社もあります。これを「別テーブル方式」と呼びます。

2.支給率

支給率とは退職事由や勤続年数に応じた係数であり、通常は「自己都合退職よりも会社都合退職のほうが支給率が高い」「勤続年数が長いほど支給率が高い」といったように設計します。特に、入社3年未満の社員が自己都合で退職した場合は、支給率を「0」とし、退職金を支給しない会社も少なくありません。

この他、業務災害や私傷病による休業期間、育児・介護のための休業期間などを退職金算定の期間に加えるか否かなどについても明確に定めます。

3.加算額

加算額とは特定の事由に該当する社員の退職金に加算されるものであり、「役職加算:一定の役職の社員が退職する場合」「功労加算:一定の功績があると会社が認めた社員が退職する場合」などがあります。

3)退職金の支給方法

退職金の支給方法では、どのように退職金を支給するのかについて定めます。退職一時金の場合は、社員があらかじめ指定した金融機関に一括で振り込むのが通常です。

4 退職金の支給時期

就業規則(退職一時金規程など)に基づいて支給する退職金は、労働基準法の賃金とほぼ同様の取り扱いになります。ただ、毎月1回以上定期に支給する賃金と違い、

退職金については、あらかじめ退職一時金規程などで定めた時期に支給すればよい

とされています。

会社によって異なるものの、多くの場合は社員の退職後1~3カ月以内に設定されています。

5 その他の記載内容

1)懲戒解雇された社員の取り扱い

懲戒解雇とは会社が社員に与える最も重い制裁であり、懲戒解雇された社員には退職金を支給しないか、一部支給とすることが通常です。この点を退職一時金規程に明確に定める必要があります。ただし、裁判所の判断などによっては、退職一時金規程に不支給の定めがあっても退職金の支給が必要となるケースがあります。また、退職後に懲戒解雇事由が判明した場合に退職金の返還を求める旨の規定を置くことも考えられます。

2)社員が死亡した場合の退職金の支給

社員が死亡した場合、退職金は遺族等に支給することになります。就業規則に「誰に支給するか」の定めがなければ、民法の相続順位に従って支給します。就業規則でこれと異なる規定をすることも可能で、多くの会社は、労働基準法施行規則の遺族補償を受ける遺族の範囲と順位に従って退職金を支給しています。具体的には次の通りです。

  • 配偶者
  • 社員の収入によって生計を維持または生計を一にしていた1)子、2)父母(実父母より養父母を優先)、3)孫、4)祖父母
  • 前項に該当しない1)子、2)父母、3)孫、4)祖父母
  • 兄弟姉妹(社員の収入によって生計を維持していた者または生計を一にしていた者を優先)

以上(2022年11月)
(監修 社会保険労務士 志賀碧)

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