【朝礼】事実を伝え、本心を語ろう

人事や広告に携わったことのある人なら、誰もが知っている求人広告を紹介します。

「求む男子。至難の旅。僅かな報酬。極寒(ごっかん)。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証なし。成功の暁には名誉と賞賛」

これは、南極点を目指した冒険家アーネスト・ヘンリー・シャクルトンが南極探検隊の人材を募集したときの広告といわれています。

実は、この求人広告が本当に掲載されたかは定かではありません。しかし、これまで多くの人に語り継がれ、ビジネス書などにも紹介されたことで、歴史上もっとも有名な求人広告となりました。

「求む男子」や「生還の保証なし」という表現は今の時代では使えませんが、「至難の旅」や「僅かな報酬」など他の言葉は使えるでしょう。浮いた言葉はどこにもありません。成功した場合にも、多額の報酬ではなく、名誉と賞賛を得るだけです。にもかかわらず、多くの人の気持ちを惹(ひ)きつけたのです。要は「面白そうだ」「やってやろう」という気にさせたのです。

相手をその気にさせるには、まず自分が「事実」と「本心」を明らかにしなければなりません。そうしないと、伝えたいことを伝えられないのです。

先ほどの求人広告は、まさに「事実」と「本心」が記されています。だからこそ、これまで語り継がれてきたのだろう、と私は考えています。

コミュニケーションは、伝えたいことを言葉にして「話す」こと、次は「文章に記す」ことです。伝えたいことが相手にうまく伝わらないのは、話し手が格好を付けて話すため、本心が見えないからです。

私の場合、特にその傾向が強いので、困っていました。この求人広告のおかげで、伝えたいことを伝え、皆さんをやる気にさせるには、(経営者である、責任者である)私が皆さんに遠慮しないで、事実を伝え、本心を語る必要があると気づきました。

事実を伝え、本心を語るのはとても勇気のいることです。例えば、私が皆さんの仕事ぶりをしかるときは、これまでとても遠慮していました。私だけでなく、上司や先輩が部下や後輩をしかるときは、私と同じように遠慮していたでしょう。その一方で、部下や後輩は上司や先輩に「言いたくても言えない」ことが数え切れないほどあったでしょう。

でも、言わなければなりません。遠慮する必要はないのです。会社のため、上司のため、部下のため、先輩のため、後輩のため、同僚のため、自分のために、事実を伝え、本心を語ってください。

ただし、そのときに一つだけ留意してほしいことがあります。それは、本心を伝える際の話し方です。相手をほめるときはよいのですが、相手に注意を促すときは、話し方によっては、相手を傷つけたり、怒らせたりするかもしれません。本心を伝えるときには、より丁寧な言葉遣いを心がけてください。

今日から、私は事実と本心を、遠慮なく皆さんに伝えるようにします。皆さんもそうしてください。事実と本心を語りあうことのできる会社(組織)は元気に満ち溢れてくるはずです。

以上(2022年12月)

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画像:Mariko Mitsuda

世界的に有名な物理学者・アインシュタイン。彼の一言から考える、会社の「価値」とは?

成功者になろうとするのではなく、価値のある人間になるよう努めるべきです

ノーベル物理学賞を受賞したアインシュタインは、相対性理論の発表など科学者として高い名声を得ましたが、「科学技術が人々にどのように利用されているのか」についても、強い関心を持っていました。終戦後の1955年に、核兵器廃絶や科学技術の平和利用を各国に訴える「ラッセル・アインシュタイン宣言」を発表したのは、その一例です。

冒頭の言葉は、そんなアインシュタインの姿勢を象徴するものといえます。「人間」だけでなく、これからの会社の方向性を考える上でも、参考になる言葉ではないでしょうか。

今、世の中の価値観が急速に変わる中で、「会社」とは何か、「働く」とはどういうことか、についても見直され、変化しています。

会社は、「社会的な公器」としての責任を求められるようになってきています。また、働く目的は人それぞれで多様化し、「働き方改革」「ワーク・ライフ・バランス」といった言葉が頻繁に用いられるようになりました。会社を経営する上で、社員に何を与えることがよいことなのか、社員にどこまで求めればよいのか、判断が難しくなってきています。

そこで、アインシュタインの言葉を踏まえて考えてみましょう。会社にとって「成功」とは、これまでの価値観であれば、売り上げを増やし、利益を上げ、会社を大きくすることでしょう。東証プライム市場に上場することも含まれるかもしれません。

一方、「価値のある会社」とは、何を指すのでしょうか。一概には言えないかもしれませんが、分かりやすく、「人の役に立っている会社」と考えてみましょう。

例えば、顧客のニーズに応える商品やサービスを提供することも「価値」です。社内制度を変えて社員から「働きやすい」「自分の夢を実現できる」と思ってもらえる会社になることも「価値」です。環境活動に投資して地域を良くすることだって「価値」です。

このように言うと、“何でもあり”のように聞こえるかもしれません。しかし、もしその「価値」が自社だからこそ提供できる、何物にも代え難いものだとしたらどうでしょう。多くの人に「この会社があって助かった」「この会社がないと困る」と思ってもらえます。それは会社の存在意義(パーパス)であり、会社が活動していくための原動力となります。

「成功」を目指すのであれば、自分本位に、自社の目標さえ達成すれば、それで完結です。ですが、「価値のある会社」になるためには、常に世の中の価値観の変化を感じながら、「自社が本当に人の役に立っているのか」をいつも意識しておく必要があるのです。

 

出典:「アインシュタインにきいてみよう:勇気をくれる150の言葉」(アインシュタイン述、弓場隆編訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2006年4月)

以上(2022年12月)

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画像:schapinskaja-Adobe Stock

アイデア続々 トラック移動販売が広さを武器に顧客のもとに快走する!

書いてあること

  • 主な読者:既存事業の販路拡大や新規事業の開拓を考えている経営者
  • 課題:トラック移動販売で事業展開できるかを知りたい
  • 解決策:トラックはアイデア次第でワゴン車よりも多様なサービスが展開できるが、販路の確保が困難。コンセプトを決め、販売場所と顧客を早めに確保する

1 ビジネスの可能性を広げるトラックの移動販売

商品やサービスを顧客に届ける方法はさまざまで、「移動販売」もその1つです。移動販売は古くから行われていて、都心ではワゴン車などの小型車両を使ったキッチンカーをよく見かけます。移動販売の問題の1つはスペースが狭いことですが、この問題を解消しようと、

「トラック」を使って服飾店、カウンター付きバー、学習塾、美容室、整体サービスなどを展開する事例

が続々と登場しています。小型車両、中~大型車両、固定店舗の特徴を比較すると次のようになります。

小型・中~大型車両の移動販売と固定店舗の比較

この記事では、トラックやキャンピングカーを活用した移動販売の事例を紹介します。皆さんのアイデア次第でビジネスの可能性が広がります。

2 参考にしたいトラック移動販売の好事例

1)車内で試着ができ、服の製作者と顧客が直接話せる軽トラック

ユニセックス系のファッションブランドalls(オールズ)代表の清田良氏が、個人で運営する移動店舗「RARELY SEE OWLS」。2019年から毎週金曜日に開いていたアトリエショップを2021年6月に閉店。その後、移動販売へと転換しました。コロナ禍により途絶えた顧客との接点を作るには移動販売が最適だったそうです。

「セレクトショップへの卸しやネット販売では、お客さまとお話しすることができませんが、移動販売では、直接話ができます。服選びやトラック内での試着の合間に、服を作るまでのストーリーや思いなどを話し、納得して購入していただけている実感があります。トラック内での試着は、非日常的で新鮮に感じているお客さまが多いのも、移動店舗ならではですね」(清田氏)

試着室を完備した中古の軽トラックの購入・改造費は、およそ120万円。衣服の製作や仕入れ、什器(じゅうき)などを含め、初期費用は200万円ほどになるそうです。

「RARELY SEE OWLS」の移動店舗。試着の際は扉を閉める(写真提供:alls)

2)昼はカフェ、夜はバーになるトラック

4トントラックに本格的なバーカウンターと客席を備えた移動型バー「TLUX」。昼間は協賛会社の商品を販売するポップアップカフェ、夜はバーとして、渋谷の月決め駐車場で営業しています。

「トラックのカウンターで、静かにお酒を飲む経験が珍しいようで好評です。2020年春、渋谷で通常の店舗として開業しようとした矢先に緊急事態宣言が発出されました。しかし、開業を諦めきれず、どういう形でやるかを検討した結果、トラックバーとなりました。最大14席しかないので、バー以外でも収益を確保する仕組みを考えてからスタートしました」(「TLUX」を運営するBAR TRUCK MEDIA TLUX 代表 篠崎友徳氏)

トラックの改造費など初期費用は非公開ですが、仕入れや人件費、駐車場利用などの固定費を含めた費用は、ポップアップカフェやイベント・パーティーなどの貸し切りレンタル、バーのオリジナル商品のEC販売など、複数の収益によって賄っており、黒字化しているそうです。

カウンターと客席を備えた移動型バー「TLUX」(写真提供:BAR TRUCK MEDIA TLUX)

3)早朝や深夜も学びの場になるキャンピングカー

家庭教師だった藤原篤史氏が個人で運営しているキャンピングカー塾。岡山県内で「近くに塾がない」「送り迎えができない」「家庭教師を通す部屋がない」「深夜に勉強したい」「不登校の生徒がいる」といった家庭向けに、キャンピングカー内で学習指導を行っています。

「キャンピングカーでの授業は家庭教師と違い、家の片付けなどの必要がありません。そのうえ、こちらから訪問するので『送迎の手間がかからない』と喜ばれています。また、家の敷地や近くの空きスペースに停まっていると、早朝(6~8時)や深夜(23~25時)の時間帯でもご迷惑にならないようで、高校生を持つご家庭に好評です」(藤原氏)

キャンピングカーは家庭用エアコンが搭載されているタイプをおよそ600万円で購入。改造費はかかりませんでしたが、エアコンの電源確保のため、大容量ポータブル電源を2つ買ったそうです。

キャンピングカーが珍しいのか、車体の看板を見て問い合わせをしてくることもあるという(写真提供:キャンピングカー塾)

4)高齢者がオシャレを楽しめる移動美容室

海外を含めて9店の美容室を展開しているデレディール。同社の移動美容室は、高齢者を対象としているため、車椅子専用のリフト付きです。またボディが横に広がり、美容スペースとなる拡幅式の3トントラックを用いています。車内ではパーマ、カラー、シャンプーなどが、全てできるそうです。

「介護を必要とする方々もオシャレをしたい気持ちを持っています。それをかなえるには、美容室に行くというワクワク感覚が大切なので、内装も外装も本格的な美容室を作りました。見て、中に入って、オシャレするワクワク感を味わっていただけるようにしています」(デレディール 広報担当 小西氏)

初期費用は非公開ですが、一般的に理美容設備のある中古の2トントラックの場合は450万円ほど、3トントラックの場合は1000万~1300万円ほどになるといわれています。

車椅子のまま乗り降りができるように改装された移動美容室(写真提供:デレディール)

5)自社の新商品や事業のPRのために移動車両を使う

販売よりも事業やサービスの紹介などの宣伝が目的で、トラック移動販売を利用するケースもあります。

1.自社のサービスをPRし、ECサイトへの誘導を図る

集英社が女性向けに商品やライフスタイルを提案する「HAPPY PLUS STORE」。固定店舗とECサイトを展開していますが、2022年11月7日に車内で試着や骨格診断などができるトラック4台を用意して、初の移動販売を行いました。出店エリアは、子育て世代向けに東京都江東区の高層マンション周辺(11月7~8日)と豊洲公園(11月12~13日)、ビジネスウーマン向けに東京都中央区日本橋にある屋外イベントスペース(11月10~11日)です。

「トラックの中で試着や服選びをする体験はあまりないので、注目されると期待しています。移動販売をしてみて、地域ごとの特性が分かれば、地域の客層に合う商品やカタログを店舗や書店に置けるようになります。それを見てサイトへの誘導率を高めていきたいです」(集英社 デジタルソリューション部 中谷みどり氏。なお、コメントは出店初日のもの)

高層マンションの下で展開する集英社の「HAPPY PLUS STORE」

2.ECサイトだからこそ、顧客のリアルな声を聞くために出店

腸内細菌の研究をベースに腸内ケア商品を開発・販売するAuB(オーブ)。ブランドの認知拡大と自社ECサイト「AuB STORE」への誘導、顧客のリアルな声を聞くことを目的に移動販売を展開しています。そのため、出店費用は広告宣伝費と考えているそうです。

「話を聞くと、『腸内ケアに興味を持っていたけど、何をしたらいいか分からない』『気になっていたが買うまでには至らない』というケースが多いことが分かりました。実際にコミュニケーションをとったお客さまからのリアルな声を、今後のPRのヒントにできそうです」(AuB  PR・メディアリレーション 上田彰氏)

PRとして、行き交う人に声がけをしているAuB

3.自社の出張サービスを知ってもらい、後日の注文につなげる

固定店舗と出張での整体サービスを展開しているスマイルクリエイト。新たな販路を求めてトラックを施術所にし、東京・湾岸エリアの公園や商業施設に出店しています。

「出張サービスをやっているのを知ってもらうと、個人や企業から施術に来てほしいと言われることもあります。移動販売は、利益よりも認知の機会が増えることを重視しています」(スマイルクリエイト 代表取締役社長 伊藤賢治氏)

車内が施術所となっているトラック(写真提供:スマイルクリエイト)

なお、集英社、AuB、スマイルクリエイトの各社は、いずれも後述するShare Tomorrow「&MIKKE!」の移動販売サービスを利用しています。

ここで紹介したもの以外にも、

  • 視力検査・測定機材を搭載した、メガネの移動型店舗
  • 本格的な厨房設備を搭載して、野外でレストランを開くキッチンバス
  • トレーニングマシンを設置し、車内でレッスンができるフィットネストラック

などの移動販売サービスを提供している事例があります。

3 移動販売で大切な「許認可」

1)路上や公園での販売は許可が必要

アイデア次第でさまざまな業種で展開できる移動販売ですが、全ての土地は誰かの所有物です。出店するには土地の所有者に許可を得る必要があります。特に、

路上での販売は、道路交通法により禁止

されていて、無許可で路上販売をすると駐車違反となります。路上販売には、出店したい地域を所管する警察署の「道路使用許可」が必要ですが、道路使用許可が下りるのは基本的にお祭りやイベントなどの場合であり、単独で許可を得るのは難しいと考えたほうがよいでしょう。

公園での販売は都市公園法により、公園管理者から営業許可を得る必要があります。公園管理者は国土交通省や地方自治体、地方公共団体など、公園によって異なります。

また、固定店舗と同じですが、業態によって公的資格や保健所、警察署などへの申請等が必要になります。事業を始めるに当たり、許認可が必要となる主な業種を紹介します。

2)一部の業種は、公的資格や申請等の手続きが必要

公的資格や申請等の手続きが必要なのは、主に次の業種です。

公的資格と行政の許認可などが必要な主な業種

3)公的資格や申請等の手続きが必要のない業種もあるが、要注意

2)に該当しない業種の場合、公的資格や申請等の手続きは原則不要ですが、一部注意が必要なものもあります。例えば、小売業の移動販売の場合、商品によっては、

  • 未開栓の酒類を販売できない
  • たばこは、たばこ小売業の許可を得ていないと、移動販売(出張販売)の申請ができない

といった特有のルールがあります。また、

  • リラクセーション(足つぼ、もみほぐし、ストレッチ、エステサロンなど、治療を目的とせず、身体の疲労回復を目的としたもの)
  • ジム(フィットネス、スポーツなど)

などの業種には、独自の民間資格があります。取得すれば専門知識を得られ、顧客の信用につながります。

4)移動販売で使える保険

移動販売を行う際には、交通事故などへの備えも大事です。必要に応じて、次のような保険への加入を検討するとよいでしょう。

  • 自動車保険:交通事故などで被害者への賠償や車の修理費用などが必要なとき
  • 施設賠償責任保険:施設の欠陥や偶然の事故で被害者や従業員への賠償が必要なとき
  • PL保険(生産物賠償責任保険):製造・販売した商品で顧客に損害を与えたとき

4 トラックで移動販売を始める4つのステップ

移動販売を始めるには、どんな店舗にするのかコンセプトを決め、車両の用意、販売場所や顧客の確保をしていきます。特に車両が大型になると出店できる場所が限られます。コンセプトが決まったら、

車両の用意と販売場所や顧客の確保を同時に進め、車両の完成と営業の開始のタイミングが合うように段取りを組む

ようにしましょう。営業にかかる時間のロスが減ります。

1)非日常感を演出できるコンセプトを決める

ワゴンや軽トラック、中型車両など多くの車両がひしめく場所に出店する場合、個性の強い店づくりが必要になります。移動販売の支援や出店場所とのマッチングサービスを行っているMellowの代表取締役・石澤正芳氏は、

「非日常感を演出することが大切」

と言います。例えば、

  • 名物販売員や商品の製作者を配置する
  • 製作過程を目の前で見られるようにする
  • 外装を商品の雰囲気に合わせて派手にする
  • 天候に合わせて商品構成を変える

などのアイデアです。

2)車両の用意

販売車両は、中古車両を購入して自ら改造する以外にも、移動販売の知識のある専門業者から移動販売に特化した車両を購入したり、レンタルしたりすることもできます。

ダイハツは、2022年9月から、軽トラックと荷台に乗せる取り外し可能な箱をセットにした「Nibako」のレンタルを始めています。レンタル料は1日1万3200円から。月額の場合は6万6000円です。

小物類、食器類の物販、衣料品販売から、生花、野菜、菓子、総菜など、さまざまな業種・業態で対応できるように取り外し可能なレールや棚穴が付いています。

軽トラックの荷台に取り外し可能な箱を搭載したダイハツのNibako(写真提供:ダイハツ)

3)出店場所の確保

出店場所を確保するには、次のような方法があります。

  • 駐車場や商業施設などの空きスペースを利用する
  • マッチング会社の出店サービスを利用する
  • マッチングサイトに登録する

1.駐車場や商業施設などの空きスペースを利用する

・駐車場を利用する
駐車場を確保できれば、長期間の出店が可能です。例えば、第2章で紹介したBAR TRUCK MEDIA TLUXは、渋谷で営業するために、月決めの駐車場を2年間契約したそうです。また、キャンピングカー塾は、生徒を乗せて、駅前の市営有料駐車場などに駐車して学習指導を行うことがあるそうです。

・商業施設やアミューズメントストア、住宅展示場などのスペースを利用する
定期的にイベントを開催する常設の催事場や道の駅、サービスエリアなどは、大型車両が入れるスペースもあります。主催者側が出店募集をしている場合もあり、スペースが空いていれば、利用料を払うことで出店できるかもしれません。

・自ら空きスペースを探し、直接交渉する
>出店したいエリアがある場合、空きスペースを見つけ、地権者と直接交渉するのも1つの方法です。利用料を払い、空いたスペースや時間が有効活用できることを伝え、交渉します。大きな音を出さない、片付けを徹底するなどの取り決めは必要ですが、貸主が見つかれば、そのエリアの顧客を独占できるかもしれません。

2.マッチング会社の出店サービスを利用する

移動販売について、出店場所の提供、出店申請、販売ノウハウの紹介、車両のレンタルなどをサポートするサービスが登場しています。

・Mellow「SHOP STOP」:空きスペースと移動販売車をマッチング
出店者一人ひとりに専属アドバイザーがついて、店舗に見合った出店場所を紹介してくれます。また、登録ユーザーの位置情報と連動して出店情報を教えてくれる「SHOP STOPアプリ」による販促や、移動販売全般のサポートを行っています。出店費用は売上の15%です。リース車両の提供もしていて、車両代、車両保険、施設賠償、生産物賠償責任保険、同社の売上データを活用したアドバイスも含めて月額8万5000円から利用できます。

■SHOP STOP■
https://www.mellow.jp/shopstop/kitchencar-navi

・Share Tomorrow「&MIKKE!」:販売車両から場所の提供までフルパッケージで支援
出店者の商品やサービスに合った「出店場所」と「移動販売車両」「レジ・什器などの備品」をフルパッケージで提供しています。出店料は1日2万円程度で、さらに出店前の安全運転講習や、営業開始後のサポートもサービスに含まれているため、車両やノウハウがなくても、移動販売を素早くスタートできます。

■&MIKKE!■ 
https://www.mikke-spot.com/opening

3.マッチングサイトに登録する

出店スペースと出店者をマッチングさせるサイトを使って、出店場所を探す方法もあります。車両サイズにより出店できない場合もあるので、事前に確認が必要です。

・自由市場
無料で会員登録でき、出店費用はスペース料金のみです。地図や期間から全国の出店場所を検索できる他、人気スペースのキャンセル待ちなども可能です。

■自由市場■
https://www.jiyu18.jp/

・軒先ビジネス
無料で会員登録でき、出店費用はスペース料金のみです。悪天候の場合、出店時間前までの連絡でキャンセルできます。

■軒先ビジネス■
https://business.nokisaki.com/

・出店情報ナビ
無料で会員登録でき、出店費用はイベントごとに異なります。イベントの出店募集や商業施設、オフィス街での出店など、移動販売の募集情報が掲載されています。

■出店情報ナビ■
http://www.omatsuri.info/

4)顧客の確保

最後に、顧客を確保するための参考事例を紹介します。

1.口コミを活用する

キャンピングカー塾は、車体の看板を見た人から、停車中に声をかけられることがよくあるそうです。また、生徒の保護者の間で成績向上の噂が口コミで広がる効果もあり、初めて連絡してきた家庭には、初回のみ学習指導を無料体験できるサービスを行っているそうです(ほぼ100%の確率で有料サービスの利用につながるとのこと)。

2.これまでの付き合いを活用する

デレディールは、1995年に開業して以来、地域の顧客と長年付き合ってきました。顧客の中には、介護施設や老人ホームなどへ入所する人もいます。そこで入所施設へ出向く目的で、移動美容院をスタートさせました。このため、顧客は全て紹介を通じて獲得しているそうです。

3.事前に顧客を確保してから開業

高齢の買い物難民を対象に、自宅まで訪問する移動スーパーとくし丸は、連携する販売パートナーとスーパーに対し、開業の際、顧客の需要調査を依頼しています。

「開業前に1~2カ月かけて需要調査を行ってもらい、買い物に困るお客さまを120人以上見つけてもらうようにしています」(とくし丸 広報担当 小川奈緒美氏)

とくし丸の販売パートナーが顧客開拓で家を回る軒数は、1~2カ月で数千軒に上ることもあるそうです。実際の対面販売を始めてからは、信頼を得るために、約束した商品は次の移動販売のときに持ってくる「御用聞き」、消費しきれない量の買い物をしていたら売るのをやめさせる「売りやめ」、顧客の様子を見て、時に通院などを促す「見守り」などをしているそうです。おかげで、訪問時の顧客の購入率は「ほぼ100%」だそうです。

事前に120人以上の顧客を見つけてから移動販売をスタート(写真提供:とくし丸)

以上(2022年12月)

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【朝礼】今年もあと1週間、最後の苦労をしてみよう

今年も残すところあと1週間です。この1年間、皆さん、ありがとうございました。今年は、我が社にとってとても厳しい1年であり、皆さんには大変ご苦労をおかけしました。忘れてしまいたいことが数多くあった年でもあります。

昨今の厳しい環境の中、我が社が多くのお客様から支持されているのは、皆さんの日々の努力があればこそです。皆さん一人ひとりが持てる力を発揮していただいたおかげで、今年を乗り越えることができました。心から感謝しています。

今日は、我が社の忘年会です(先週、我が社の忘年会は終わりました)。忘年会の忘年は「その年の苦労を忘れる」という意味だそうです。この1年、全く苦労を感じなかったという人は1人もいないでしょう。「仕事を進めるについて思い通りいかなかった」「人間関係に苦慮した」「上司に叱(しか)られてばかりだった」など、さまざまな苦労があったと思います。中には苦労ばっかりだったという人もいるかもしれません。

苦労とは「心身を苦しめる」または「物事がうまくいくように、あれこれと気や体を使うこと」で、決して楽なことではありません。

しかし、この苦労が皆さんを成長させているのです。皆さんの中には、年々、苦労が多くなっていると感じている人もいるでしょう。けれども、苦労が多いということは、多くの人の役に立ち、周りの人を楽にしているのだと考えてください。会社の中では、上司が頑張った人に「ご苦労様」と声をかけます。ご苦労様が一番多かった人が、会社に最も貢献しているのです。

特に、今年我が社に入社された方は慣れない環境でたくさんの苦労を経験されたでしょう。その苦労は来年も続くと思います。また、ベテランと言われる方も、業務の高度化や多様化に対応するために、来年は今年より苦労が多くなるでしょう。

そうした苦労が、私たちや会社を成長させてくれるのですから、苦労を歓迎しようじゃありませんか。

先に、忘年は「その年の苦労を忘れる」という意味だと言いましたが、我が社の忘年は、「その年の苦労を忘れるのではなく、その年の苦労を労(ねぎら)い、来年くる苦労を歓迎する」ことにしましょう。

そして、これから仕事納めまでの1週間を、1年の苦労の総決算の週にしてほしいのです。皆さんに最後にしていただきたい苦労は、大それたものではありません。皆さんが、今年中にやろうと思ってできなかったことを、この1週間だけでもやってもらいたいのです。

例えば、「毎日ぎりぎりに出社している人は、明日から10分前に出社する」「机の周りが整理整頓できていない人は、今日から机を整理して帰る」「業務が遅れがちな人は、少しでも早く業務を進める」「部下や後輩を持つ人は積極的に彼らに声をかける」「タバコを吸う人は、業務時間中の喫煙本数を減らしてみる」などです。

今年は残りたった1週間です。きっとできるはずです。

以上(2022年12月)

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画像:Mariko Mitsuda

経営者が知っておきたい従業員退職金制度の基礎の基礎

慢性的に人材不足に悩む中小企業にとっては、まだまだ退職金制度は従業員にとって魅力的と感じて勤務し続ける動機になっている有効な面もあります。今一度この制度の基本から確認していただき、よりよい制度の構築へのきっかけにしていただければ幸いです。

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「観光鉄道の百貨店」で地域全体として利益を出す~えちごトキめき鉄道/社長が語る地域鉄道“再生”の道(前)

書いてあること

  • 主な読者:自社の立て直しに苦戦中の経営者、地域と自社を一体的に活性化させたい経営者
  • 課題:自社の立て直しや、地域と自社を一体的に活性させるための方法を知りたい
  • 解決策:“地域の足”として欠かせない存在にもかかわらず、維持費が高額で採算の取りにくい地域鉄道の経営者の取り組みを参考にする

1 95社のうち93社が赤字! “地域の足”の厳しい現実

コロナ禍や物価高で苦戦する会社は多いですが、特に地域鉄道(ローカル鉄道)会社は厳しい状況に置かれています。国土交通省の調査では、2020年度の、第三セクターを含む地域鉄道会社による鉄軌道事業の経常収支は、

95社のうち93社が赤字

でした。地域鉄道の利用者数は、クルマ社会へのシフトと少子高齢化によって減少傾向が続いています。追い打ちをかけるように、2020年度はコロナ禍によって前年度対比で約28%減少しました(国土交通省調べ)。その一方で、1メートル修理するのに10万円かかるとされる線路や、数年に1度の点検に1両当たり1000万円近くかかるという車両など、安全のためのコストは削減できません。さらに、トンネルや橋梁の老朽化対策という課題もあります。

こうした構造的な問題を抱えながら、“地域の足”として地元にとって不可欠な地域鉄道会社を守るために、さまざまなアイデアを具体化し、立て直しに取り組んでいる経営者がいます。

この記事では、地域鉄道会社の立て直しに奮闘する経営者の中でも、特に「異色」の経歴を持つ2人の社長へのインタビューを、2回にわたって紹介します。

前編となる今回は、えちごトキめき鉄道(新潟県上越市、以下「トキ鉄」)の鳥塚亮社長です。鳥塚さんは、幼少時からの「鉄道マニア」で、約30年前から副業として鉄道の車窓の風景を映したビデオ・DVDの制作販売会社を運営しています。2009年6月に、廃線が検討されていたいすみ鉄道(千葉県大多喜町)の社長に公募して外資系航空会社から転職すると、世代を超えて人気の「ムーミン」のキャラクターをあしらった列車の運行などの集客策や、運転士になるための訓練費用を応募者が自ら負担するという条件での採用募集などに取り組み、路線存続の道筋をつけたことでも知られています。2018年6月にいすみ鉄道社長を退任し、2019年9月に再び公募によりトキ鉄の社長に就任しました。次章からインタビューを紹介します。

2 赤字はやむなし、地域に存在意義を理解してもらうのが重要

1)「並行在来線」という厳しい経営環境

トキ鉄は、市振(いちぶり、糸魚川市)⇔直江津(上越市)間の「日本海ひすいライン」と、直江津⇔妙高高原(妙高市)間の「妙高はねうまライン」の、総延長98.3キロメートルを運営しています。

2015年3月に北陸新幹線の長野⇔金沢間が開通(高崎⇔長野間は1997年10月に開通)したことを受けて、新幹線とほぼ並行して走る在来線(JR西日本の北陸本線とJR東日本の信越本線の一部)を、新潟県や沿線市などが出資して設立したトキ鉄が引き受ける形で開業しました。

整備新幹線と並行して走る在来線を「並行在来線」といいますが、そもそも並行在来線をJRが経営分離するのは、JRの過度の負担を軽減するための措置です。新幹線の開通によって、在来線は特急の乗客が激減してしまいます。特急は東京⇔金沢、東京⇔富山など安定した都市間需要があり、地域内を通過するだけで特急料金まで払ってもらえる「おいしい」電車です。

ところが、並行在来線であるトキ鉄には、都市間需要が見込めません。代わりに地域内の需要を開拓するのが理想なのですが、クルマ社会で人口も減少していますので、伸びしろはありません。加えて、変電所の老朽化などが進んでいることから、今後、大規模な設備更新のための支出が見込まれています。

ただでさえ鉄道事業はコストがかかるので、線路の維持管理は国や地元の自治体が行い、列車を走らせる部分だけ鉄道会社が行う「上下分離方式」を導入する地域もあります。上下分離方式にしたとしても、なんとか収支トントンでいけるかどうか、というところでしょう。

2度目となる地域鉄道の立て直しに取り組む鳥塚さん(トキ鉄提供)

2)多角化には第三セクターの壁がある

しかも、トキ鉄は第三セクターですので、多角化も容易ではありません。民間の鉄道会社であれば、鉄道事業だけでなく、沿線の宅地開発や百貨店・ホテル・遊園地などの運営、バスやタクシーなどの交通事業など、総合事業としてトータルで稼ぐことができます。

ですが、これから不動産業や小売業に参入しようとしても、地元の事業者とバッティングしてしまいます。新潟県などの地方自治体が98%以上出資する第三セクターとしては、利益が見込めても、地元の事業者の経営を圧迫するような事業には簡単に手を出せないのが現実です。

3)それでも“地元の足”をなくすわけにはいかない

このように、トキ鉄の経営環境は厳しいのですが、地域鉄道は地域にとって欠かせない存在です。上越市内には高校が11校あるのですが、鉄道なしには通学できません。バスで代替するには何十台ものバスとその運転手を確保する必要がありますが、利用客は通学時間しかいませんので、経営として成り立たないでしょう。特に優秀な人材が集まる高校には広域から生徒が通学しますが、鉄道がなくなれば生徒は集まりません。優秀な人材が輩出できなくなれば、将来的に地域の衰退につながります。本来は、地域にとっての鉄道の意義について、目先の赤字の問題だけでなく、10年先、30年先まで考えるべきだと感じています。

とはいえ、現在のトキ鉄は赤字が続いていますから、まずは税金を投入するだけの価値があるのだと、市民の皆さんに思ってもらわなければ存続できません。ところが、主に税金を払っている年齢層の人たちには、クルマという“足”があります。トキ鉄がなくて困るのは、高校までの学生と、運転免許証を返納した高齢者です。利用しない人に「必要性を理解してくれ」というのは、難しい話です。そのため、私としては、少しでも赤字額を減らす経営努力をし、メディアに登場するなどして、市民の皆さんに「トキ鉄は頑張っているんですね」と思っていただく必要があると思っています。

4)会社単独ではなく地域全体で利益を出す

鉄道事業はインフラ事業ですから、赤字というのは必ずしも「悪」ではないと思っています。ただし、赤字はできるだけ少ないほうがいいですから、減らすための努力は必要です。さらに、鉄道事業は赤字であっても、トキ鉄があることによって地域全体として利益になれば、税金を投入する価値が生まれるはずです。

例えば、上越地方は豪雪地帯ですので、冬の間は街中にほとんど観光客が訪れません。ですが、そうしたオフシーズンにトキ鉄ファンを呼び込むことができれば、彼らが来店した食堂やホテルの運営者の方々は、「トキ鉄のお客さんがうちに来てくれた」と、トキ鉄への見方が変わります。こうしたことの積み重ねが大切だと考えています。

また、収益性だけでなく、利便性も加味した評価が必要です。黒字にするために減便して、無人駅ばかりにしてしまっては、決算書は帳尻が合っても地域の方々の利便性が悪くなり、存在意義がなくなってしまいます。例えば2020年4月に、直江津駅のホームに、学生向けの自習室を開設しました。冷暖房完備で、卓上コンセントや荷物置き場も用意しており、学生は無料で利用できます。利便性を高めることも、トキ鉄の存在意義を理解していくのに必要なことです。

5)地域鉄道は大都市に向けた広告塔やゲートウェイになる

地域鉄道は、大都市の人たちに向けたブランド化や誘客を行う上で、とても便利なツールになります。たとえ温泉や神社仏閣といった観光資源があっても、大都市の人たちにはなかなか注目されません。ですが、その地域に鉄道が走っていれば、テレビの旅番組で放送されますし、雑誌でも取り上げられます。大都市の人たちに地域のことを知ってもらい、来てもらうのに、「こんな電車が走っています」といえば簡単に理解してもらえます。地域鉄道は、大都市に向けた広告塔であり、ゲートウェイ(玄関)になるのです。

3 目指すは「観光鉄道の百貨店」

1)「外貨」を稼ぐためにあらゆる客層を取り込む

地域内での需要の増加が望めないのであれば、地域外の大都市などから需要を呼び込むしかありません。最も手っ取り早いのが観光事業です。いわゆる「外貨」を稼ぐことによって、トキ鉄そのものを維持管理して地域の足を守るとともに、地域におカネを落としてもらう仕組みづくりにつなげることが重要です。

トキ鉄が目指しているのは、「観光鉄道の百貨店」です。例えば、「雪月花」というリゾート列車は、食事付きの通常プランで2万5000円ほどする豪華プランです。2022年10月にサービスを刷新し、料理やデザートを充実させるとともに、地域の特産品の土産が自宅に届く「特別地域貢献プラン」を追加するなど、地元の飲食店との連携を広げています。2021年度の売り上げはコロナ前の水準に戻り、2022年度はさらなる上積みを目指しています。

豪華プランを提供するリゾート列車「雪月花」(トキ鉄提供)

そこまでの予算ではない観光客向けには、2021年7月から、旧国鉄時代の古い車両に乗って昭和の鉄道旅を味わっていただく「国鉄形観光急行」の運行を開始しました。急行券は500円で、昭和時代を知らない若い方にも人気です。また、2021年4月には直江津駅に隣接した場所に、三世代の家族連れや鉄道ファンなどを想定した「直江津D51レールパーク」を開園しました。SL「デゴイチ」の乗車体験などができる施設で、開業1年目は目標の1万人を約2700人上回る盛況でした。

鉄道マニア、いわゆる「鉄オタ」は経営の安定に欠かせないお客さまです。2020年7月から、鉄道版の御朱印に当たる「鉄印」の記帳を始めました。地域鉄道40社の鉄印を全て集めると、旅行読売出版社が制作する「鉄印帳マイスターカード」を購入できるのですが、トキ鉄ではそのマイスターに対して、私が表彰したり、マイスターだけのイベントを開催したりしています。

その他にも、アイドル好きの方などに向けて、2022年9月に地元のアイドルグループの2人にトキ鉄のスペシャルアンバサダーに就任してもらい、イベントを開催しました。2022年5月からは、私が沿線をご案内する「トキ鉄・ぶらり途中下車の旅」を実施するなど、さまざまな「イベント列車」を開催しています。

開業1年目は目標を上回る来場者で賑わった「直江津D51レールパーク」(トキ鉄提供)

2)地域鉄道の経営は、地域プロデュース

観光事業を成功させるには、鉄道や地域の魅力を発掘し、発信するという、プロデュース力が問われます。まずは、地域内にどれだけのリソースがあるかを見つけ出す力が求められます。これは観光資源だけでなく、社内外の人的リソースも含みます。例えばイベントを開催する場合、社員は鉄道事業を運営するギリギリの人員しかいませんので、社外の協力者を得るための調整力が必要です。

観光資源を見つけ出す場合、通り一遍のものでは大都市の人に響きませんし、新規の顧客を開拓するためには、既存の資源以外のものを発掘する必要があります。大都市の人のハートをグサッとわしづかみし、行ってみたいと思わせるコンテンツづくりをしなければなりません。

そのためには、まず顧客心理を知る必要があります。私はいすみ鉄道時代に、「ここには、『なにもない』があります。」というキャッチコピーで、大都市からの集客に成功しました。大都市の人は、何でもある生活をしていますから、「なにもない」ことが刺さると考えたのです。

これは、地元に住んでいる人にはできない発想かもしれません。自分の住んでいる地域が「なにもない」「古い」のは、恥ずかしいし、言いたくないと思ってしまうからです。ですが、大都市の人からすると、逆にそこに魅力を感じます。これは日本全国共通のギャップだと思います。

そもそも地方は大都市に比べて成功体験が少なく、多くの人が地方から大都市に出ていってしまっているので、自分たちの持っているリソースに自信を持てていません。ですが、観光事業が盛り上がると、大都市の人たちが「ここはいいところですね」「きれいな景色ですね」と褒めてくれるわけです。これは、地方の人にとっては大きな成功体験になりますし、地域の皆さんに喜んでいただけますので、地域鉄道の存在意義にも結び付きます。

4 人を呼ぶ商品づくりは仮説と実証の繰り返し

1)どんどんやらないと道は拓けない

私が指針にしている言葉は、「どんどんやらないと道は拓けない」です。特に鉄道会社は、黙っていてはお客さまに来ていただけません。どうすればお客さまにいらしていただき、ご満足いただけるかを一生懸命考えて、やってみることが大切です。

これはスーパーマーケットの店長でも、八百屋でも、皆が考えてやっていることです。例えば八百屋では、明日は寒くなりそうだったら、当たり前のように白菜を多めに仕入れます。少し気の利く八百屋なら、白菜の脇に豆腐を置いて、お客さまに鍋をお勧めするでしょう。それが本来の商売ですよね。ですが、こういう企業努力を鉄道会社はせず、お客さまのせいにしています。「売り上げが増えないのは、お客さまが利用しないからですよ。だから減便します」という言い分です。それではジリ貧になっていくだけです。

2)不要なものほど売りやすい

商品やサービスを開発するときは、基本的に「自分がお客になったときに買うかどうか」を考えています。価格設定も、「自分ならいくらだったら買うか」を基準にします。原価に何%かの利益を上乗せるやり方で定価を設定しても、売れる商品はできません。逆に、他では得られない貴重な商品や体験であれば、たとえ原価は500円であっても1万円で売れたりします。

観光は生活必需品ではないので、観光事業は基本的には不要なものを売っています。実は、生活必需品は「買い手市場」で、不要なものは「売り手市場」だと考えるべきです。お客さまは、必要なものに対しては、1円でも5円でも安い店があれば離れていってしまいます。ですが、不要なものに対しては、そうではありません。例えば、好きなアニメのキャラクターのためなら、5000円でも1万円でも払う人がいます。しかも、わざわざ秋葉原まで出向いて、食事は牛丼で済ませてでも購入します。ですから本来は、不要なものを売る商売のほうが、やりやすいのです。ただし、お客さまがお金を使いたくなるような仕組みをつくることが大切です。

例えば、先ほどもお話しした昭和の鉄道旅を再現した「国鉄形観光急行」では、急行券を持っていない乗客向けに、電車内で車掌が「車内補充券」の復刻版を販売しています。ですが、そもそも乗客は急行券を買ってから電車に乗っていますので、車内補充券は不要なものです。そこをあえて、車掌がさりげなく車内補充券を手にして「急行券を拝見します」と検札に回るのです。すると、すでに急行券を持っているお客さまも興味を持っていただき、さらに500円を払って購入してくださるのです。不要なものの商売とは、このようなものだと思います。

3)鉄道会社は“乗り鉄”より“撮り鉄”を大切にすべき

鉄道オタクの中には、電車に乗るのが好きな“乗り鉄”と、電車を撮影するのが好きな“撮り鉄”がいます。鉄道会社にとってありがたいのは、実は“撮り鉄”なのです。

“乗り鉄”は、電車に乗って楽しんでくれるのはいいのですが、彼らの目標は「全国制覇」です。ということは、1度乗ったら、もう二度と来ていただけません。

それに対して“撮り鉄”は、四季折々の風景が変わるたびに来ていただけます。確かに撮影場所などのトラブルはあります。ですが、地域への集客を担っている地域鉄道会社として、地域のためにどちらがありがたいかといえば、間違いなく“撮り鉄”なのです。

先ほどもお話ししましたが、上越地方は豪雪地帯ですので、冬の間は街中には観光客はなかなか訪れません。そこで着目したのが、ヘッドマークです。ヘッドマークとは、電車の前方に取り付けている、電車の愛称を文字やイラストで示したマークです。電車は1種類しかなくても、ヘッドマークを付け替えれば、“撮り鉄”にとっては撮影しがいのある別の電車になります。

冬の間だけ、「国鉄形観光急行」の車両のヘッドマークを珍しいタイプに付け替え、1カ月単位で種類を変えるようにしました。しかも、土曜日と日曜日はそれぞれ別のヘッドマークにして、両日分を撮影するために地元に1泊してもらえるように促すことで、地元にもお金が落ちる仕組みをつくりました。

実はこのアイデアは、いすみ鉄道時代に、雨の日の集客策として取り入れたものでした。いすみ鉄道は首都圏からの日帰り観光に多く利用されており、その日が雨だと分かると旅行を取りやめる人が多いのです。そこで、雨の日だけ特別なヘッドマークを付けて走らせることにして、インターネットでその情報を発信するようにしました。スーパーマーケットの「雨の日スタンプ2倍サービス」や、居酒屋の「雨の日ビール半額サービス」を参考に考案したのですが、これによって雨の日に鉄道マニアがどっと訪れるようになりました。

国鉄時代の急行列車名のヘッドマークを付けて走る冬の観光急行(トキ鉄提供)

この他にも、朝8時台の直江津から二本木(上越市)までの電車を、土曜日と日曜日だけ「国鉄形観光急行」にして二本木の先の妙高高原まで走らせ、10時半過ぎに直江津に戻ってくる運行ダイヤにしました。妙高高原駅は妙高山を背景に写真が撮れる絶景スポットなのですが、午前中が順光で、午後には逆光になるからです。つまり、土日は“撮り鉄”に乗っていただくための電車なのです。朝8時台の電車に乗るためには、前の日に来て地元で1泊する必要があります。これも、この時間帯に電車を1本走らせることで、地域にお金が落ちる仕組みです。

イベントに頼るだけの観光事業は、イベントのない日は観光客を呼べなくなってしまいます。お客さまのニーズをしっかりと見極め、サービスを提供することが必要だと思っています。

4)仮説と実証の繰り返し

お客さまのニーズを見極めるために、私はいすみ鉄道の時代から、仮説を立てて実証することを繰り返してきました。例えば、車両についてです。日本の地域鉄道会社は、車両を新しくしては乗客を減らしてきました。古い車両が走っていたときは遠方からも観光客が来てくれていたのに、新しい車両にした途端に来なくなるのです。SLも、地元の人たちが真っ黒い煙を嫌がって電車などに切り替えた結果、観光客が来なくなってしまいました。

そこで私は、「古い車両を走らせたら、乗客が来てくれるのではないか」との仮説を立て、いすみ鉄道に廃車となっていた車両を導入した結果、集客に成功しました。トキ鉄で開始した「国鉄形観光急行」は、「いすみ鉄道で成功したことは、トキ鉄でも成功するだろう」という仮説を実証したものです。

仮説に基づく実証の取り組みは、野球の強打者ではありませんが、10回試みて4回当たれば十分だと思います。ですから、なるべく小さなところから始めて、ちょっとやってみてダメならやめるようにします。大きな設備投資をしていなければ、すぐに次の取り組みに移ることができます。また、なるべく失敗したときの対策も考えてから取り組むようにしています。

5 社員の「なんだ、それでいいのか」を引き出す

トキ鉄の社員は、20代から30代の新たに採用した社員と、50代後半から60代のJRからの出向者に二極化していますが、皆が非常に優秀で、私が余計なことを言わなくても、高いモチベーションを持ってくれています。前者は、地域のために役に立ちたいという地元の出身者や、鉄道会社で働きたくて入社した人ばかりです。後者についても前任の社長の教えが素晴らしかったようで、「ここは余生を送る場所ではなく、JRの時代にはやりたくてもできなかったことをやる場所なんだ」という考え方が徹底しています。

彼らは電車のプロですから、やっていいことといけないことはよく分かっていて、私が教えてもらうくらいです。景色の良いところで徐行運転してもらうなど、いろいろ協力してくれます。私がトキ鉄で主に社員に教えているのは、商売のやり方です。商売のやり方をやって見せて、実践してもらいながら、小さな成功体験を積み重ねていってもらっています。

妙高山をバックに走る雪月花(トキ鉄提供)

1)成功体験の積み重ねで商売を覚えていく

私がトキ鉄に入社して間もなく、記念切符を作って販売することを提案したのですが、社員たちは不安そうな反応をしました。なぜなら、その4年前のトキ鉄開業時に発売した記念切符の売れ残りが、当時も倉庫内に山ほど積まれていたからでした。

売れ残った記念切符を見てみると、私からすると売れないのは当然というデザインでした。私自身が鉄道好きですし、いすみ鉄道時代から仮説と実証を繰り返してきたので、私には、「記念切符はこのようなデザインで、価格はいくらに設定すると、何枚程度売れる」というノウハウがあります。

そこで、「記念切符はこうやって作るんだ」と教えながら販売したところ、即完売しました。しかも、私が考える第三セクターの販売する記念切符のマーケット規模は500枚程度なのですが、1枚当たりの作製費用を下げるために1000枚作り、すぐに完売させることができたのです。

社員には、「ほら、売れたでしょ。じゃあ次は君が同じように作ってみなさい」とやらせてみると、やはり売れました。こうした成功体験を重ねていくことで、社員たちは商売の面白さを感じていきます。たまに売れないデザインの記念切符を販売して失敗してしまったときには、反省会を開き、次に活かしてもらうようにしています。レトルトカレーなどの物販企画に関しても、同じような方法で商売のやり方を覚えてもらっています。

2)どんなものでも売ろうと思ったら売れる

社員たちには、記念切符や土産物だけでなく、どんなものでも売ろうと思ったら売れるということを示してきました。例えば、線路の石(玉砂利)を入れた缶詰や、12月31日の年越し夜行列車のチケットなどを販売して、完売・満席になりました。

当初は、私が「これをやろう」と言うと、社員たちは、「そんなもの売れるんですか?」「誰が乗るんですか、寝台車じゃなく座席でしょ?」と怪訝(けげん)な顔をしました。ですが、「大丈夫だよ、売れるからやってみよう」と言って、段取りの付け方から宣伝の方法、売り方までやって見せ、実際に完売すると、社員たちは「なんだ、それでいいのか」と言って納得してくれます。そして、それからは面白がって、「だったら、こういうのもできませんかね?」と提案してくれるようになりました。自分たちで仮説を立てて実証するサイクルを始めたのです。

ちなみに、2021年の年末に初開催した年越し夜行列車は、直江津から妙高高原まで行く予定でしたが、雪で電車が進まなくなくなってしまい、途中で引き返して直江津駅のホームで新年のカウントダウンを行いました。そんなトラブルがあっても、お客さまにはとても喜んでいただけたと思っています。もともと観光客は、自分たちで望んで来ていただいている方ですから、非常に好意的です。日常の鉄道事業は、どちらかといえばお客さまからのクレームが多く、ともすれば「赤字続きで、税金を使っているくせに」といった批判を受けることもあります。それでは社員が萎縮していってしまいます。ですが、観光事業で好意的なお客さまに接して、自分たちの仕掛けによって売り上げをつくる体験を積んでいくと、社内の雰囲気はどんどん変わっていき、社員は伸びていくものです。

トキ鉄では、若い社員が伸びていく姿を何度も見ています。自分たちで作った商品が売れて、その喜びを社員たちで共有し、さらに地域と共有していく。それが私の一番のモチベーションかもしれません。

6 やり方次第で、地域鉄道の売り上げはまだ伸ばせる

1)観光事業はコロナ前の水準まで回復

2022年3月に策定した2025年度までの中期経営計画の達成に向けて、コロナの影響はあるものの、現在のところは観光事業を中心に順調に進んでいると思います。雪月花など観光事業による売り上げは、コロナ前の水準に戻りました。ただ、直江津などへ新幹線から乗り継いで利用される乗客は、コロナ前の半分程度までしか戻っていません。

トキ鉄の2025年度までの経営目標

経費削減に関しては、地域鉄道はギリギリの中で運営しているので、これ以上の削減は乾いた雑巾を絞るようなものだと思います。支出全体の約4分の1を占める人件費は、2016年度の約14億4000万円から、2020年度には約10億3000万円まで4億円以上削減しています。2022年7月には経営企画部と総務部を統合し、取締役を3人から2人に減らしました。今後は経費削減よりも、お客さまを呼び込んで、売り上げを増やすことを重視したいと思っています。

中期経営計画はコロナによって策定が1年遅れ、どん底のときに公表したものです。売り上げは計画以上に伸ばしたいと考えています。例えば、雪月花をもう1台増やすこということも考えられます。もちろん新潟県や沿線市には頼めませんが、これまでの雪月花の収支状況からすると、投資したいという会社が現れるかもしれないと思っています。やり方次第で観光事業の売り上げはもっと伸ばせるでしょうし、地域内の需要についても、レールパークのような体験型の需要を掘り起こせると思います。いずれにしても、臨機応変に、今までとは違うことをしていかないと厳しいと考えています。

2)減便・運賃値上げの予告で「地域とともに地域の未来を創る」意識付け

2023年3月に15%程度の減便、2025年4月からの20%程度の値上げを予告しています。ただし、運賃の値上げについては、期末資金残高が5億円程度まで減少した場合(2022年度末は約18億7000万円)としています。

「地域の皆さんがもっとご利用していただければ、値上げしなくて済みます」と、他人のせいにするようなことを申し上げたのですが、私の真意としては、当社の経営理念でもある「地域に愛され 地域とともに 地域の未来を創ります」の通り、皆さんと一緒に未来を創っていきましょうという思いを込めた部分があり、本当は値上げをしなくてもいい状態にしたいと考えていました。

ただ、当時はここまで物価が上昇することを見込んでいませんでしたので、足元のような物価の状況で、電気代なども上昇していますので、2~3割の値上げはあまり抵抗なく行えるのではないかと思っています。

3)他の地域鉄道との連携も重視

これまでも取り組んできましたが、隣接する「あいの風とやま鉄道」(富山県富山市)や「しなの鉄道」(長野県上田市)とは、観光列車の相互乗り入れなどの連携をさらに深めていきたいと思っています。

そもそも、並行在来線を県境ごとに区切って会社を作っているのは、地元の自治体が株主となる構造としてはよいのですが、オペレーション的には非効率的だと思います。何よりお客さまにとって、県境に来るたびに電車が折り返してしまうのは不便です。ですから、並行在来線を抱える地域鉄道がつながっていくような取り組みを進めていくべきです。これは、国に対して意見が通りやすくなるという点でも意義があると思います。

現在はほとんど関与できていませんが、私がいすみ鉄道の社長時代に設立したNPO法人「おいしいローカル線をつくる会」は、私がいすみ鉄道でやってきた成功事例と失敗事例を横展開したら、他の地域鉄道会社にも新しい世界が見えてくるのではないかと考えて立ち上げたものです。特に第三セクターの地域鉄道会社は、お客さま目線に立った集客・宣伝・企画の3つの力が不足しています。それぞれのノウハウを共有する仕組みがあるといいと思います。

トキ鉄は2021年に銚子電気鉄道(千葉県銚子市)、長良川鉄道(岐阜県関市)と3姉妹鉄道提携を結びました。今後も自治体間の災害時の相互応援協定のパイプを活用するなどして、地域鉄道との連携を拡大できたらいいと思っています。

鳥塚さんへのインタビューは以上です。後編は、銚子電気鉄道の顧問税理士から社長になり、電車の運転士の資格も取得した竹本勝紀社長のインタビューを紹介します。

鳥塚亮(とりづか あきら)

えちごトキめき鉄道社長。NPO法人おいしいローカル線をつくる会顧問。
1960年、東京都生まれ。幼少時よりの鉄道マニアで、明治大学商学部卒業後、旧国鉄への就職を希望するも新卒採用募集がなく断念。学習塾職員などを経て1987年、大韓航空に入社。1990年、英国航空に転職し旅客運航部長などを歴任。1992年、副業として鉄道の車窓の風景のビデオ・DVD制作販売会社を設立。2009年6月、公募でいすみ鉄道社長に就任し、2018年6月に退任。2019年9月から現職。

以上(2022年12月)

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画像:えちごトキめき鉄道提供

【朝礼】1日は6時間あまり。あなたはどう使いますか?

けさは、「時間の使い方」をテーマに話をします。早速ですが、皆さんに3つの質問をします。

1つ目の質問は、お金についてです。「いきなり時間と関係ないじゃないか」と思うかもしれませんが、まずは聞いてください。皆さんは、給料で得た手取り収入のうち、何%を貯蓄や投資に回していますか。総務省の調査によると、日本人は平均で可処分所得の20~30%程度を貯蓄に回しているようです。皆さんの中にも、将来のことなどを考えて、「できるだけ貯蓄や投資にお金を回したい」と思っている人がいるでしょう。

では、2つ目の質問です。皆さんは自分の将来のために、どれだけ時間を使っていますか。自分の人生への投資のため、今やっている仕事のスキルを伸ばしたり、新たな資格を取得したりするための勉強に、どのくらい時間を費やしているかという意味です。ちなみに、総務省の調査によると、日本人が1日の生活時間の中で学業以外の自己啓発に費やす時間は平均で13分程度だそうです。

最後に、3つ目の質問です。皆さんにとって、1日は何時間あると思いますか? 24時間という答えは、正解であって、不正解でもあります。物理的には1日は24時間なのですが、24時間のうちの大部分は睡眠時間など必要不可欠な時間であり、自分の好きなことに使える「可処分時間」は、その一部です。総務省の調査によると、1週間平均の可処分時間は、1日のうちで6時間あまりだそうです。

質問は以上です。では、改めて今回のテーマである「時間の使い方」について考えてみましょう。まず断っておきますが、私は皆さんのプライベートの過ごし方について、あれこれ指図するつもりはありません。趣味や友人たちとの付き合いなど、自分の好きなことに時間を使うことも、人生を豊かにするには間違いなく必要ですし、私も休日などには、映画を見たり、野球やサッカーなどのスポーツの試合を観戦したりして過ごしています。

ただ、意識してほしいのは、皆さんが使っている時間は、「24時間のうちの何分」ではなく、可処分時間である「6時間あまりのうちの何分」なのだということです。例えば、1本の映画、1試合のスポーツを観るのに2時間かかるとしたら、1日の可処分時間の3分の1程度を消費していることになります。

大切なのは、時間の価値を知ることです。「時は金なり」といいますが、時間もお金と同じで使ってしまえば戻ってはきません。もし、「少しも貯蓄や投資に回していないけど、このままで大丈夫かな……」と不安に思うのなら、平均13分程度とされている自己啓発の時間を、少し増やしてみるのも悪くないでしょう。逆に、「それでも、私は今日の2時間を映画やスポーツに使いたいんだ」というのであれば、それもまた価値のある時間です。時間の価値を分かった上で過ごすのと、ただ漠然と過ごすのとでは、過ごす時間の密度も、得られるものも、全く違うはずです。

以上(2022年12月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】コミュニケーションで最も大切なことを思い出せ

ビジネスにおいてコミュニケーションがとても重要なスキルであることに、皆さん異論はないでしょう。ビジネスの現場では常に多くの関係者とのコミュニケーションが求められるためです。

コミュニケーションの第一歩は伝えたいことを言葉にして「話す」ことです。言うなれば、この朝礼もコミュニケーションの一つです。とはいえ、私が伝えたいことを話したからといって、そのことを皆さんに受け取ってもらえるとは限りません。1対1の会話でも伝えたいことが伝えられないことは少なくありません。まして、大人数相手に伝えたいことを正確に伝えるのは、思った以上に難しいのです。

人と人のコミュニケーションが大切なのは、家庭においても同じです。先日、同窓会に参加したのですが、ついつい帰宅が遅くなってしまい、妻に怒られてしまいました。理由は、私の帰りが遅いことに妻が腹を立てたのです。私としてみれば「同窓会なのだから、帰りが遅くなるのは分かっているだろう」と思っていたのですが、妻にしてみれば「遅くなるのだったら、事前に電話してくれればよいのに」と思っており、連絡がなかったのが不満だったようです。10年以上も一緒に住んでいる夫婦ですら、このようなささいなことで思い違いがあるのですから、会社において、社員間で思い違いが起こるのは当たり前なのです。

思い違いが起こったとき、私たちは往々にして、相手を責め自分の行動を省みることはありません。例えば、「これくらいのことは察してくれればよいのに」と思い、相手に対する説明が十分でなかったことはあまり反省しないのです。実は、私もその一人です。そもそも、一人ひとり物事に対する考え方が異なり、置かれている立場も違う以上、相手が自分と全く同じ考えであるわけがありません。むしろ、全く別の考えであるほうが自然かもしれません。

こうした思い違いを回避するためには、日ごろから十分に話をし、コミュニケーションをとることです。「何を当たり前の話を」と思われるかもしれませんが、私を含めて、ほとんどの人ができていないように思います。

それは、コミュニケーションで最も大切なことが意識から抜け落ちているからです。子供としっかりコミュニケーションをとるには何が大切かを考えれば分かります。コミュニケーションで最も大切なのは、話す「量」なのです。会話時間と言い換えてもよいでしょう。

話の内容は何でもよいのです。相手が子供であれば、遊びのこと、友達のこと、学校のこと、好きなアニメやゲームのことになるでしょう。

相手が部下や同僚の場合、仕事のことでも、プライベートのことでも構いません。いろいろな話をたくさんすることです。そうすれば、その人の考え方が分かってきます。相手も自分のことを少し理解してくれるようになります。

夫婦の会話が増えれば、夫婦円満になるように、職場での会話が増えれば、社員が互いに分かり合え、職場は明るくなります。

さあ、今日、話す相手を決めてください。私と話したい人はいますか。

以上(2022年12月)

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画像:Mariko Mitsuda

いまさら聞けない働き方改革シリーズ1「2024年問題って知っていますか?」

1 残業時間の上限規制

さて、皆さんは「2024年問題」ついてご存じでしょうか?

2018年7月に労働基準法が改正されまして、大企業は2019年4月から、中小企業は2020年4月から適用となった「残業時間の上限規制」に関する問題です。実は、残業時間に関わる労働基準法の改正は1947年以来71年ぶりの大改革なのですが、「建設事業」(以下建設業)「自動車運転の業務」(以下運送業)「医師」等は5年間の猶予期間が設けられています。2024年4月以降はこれらの業種にもこの法律が適用されることになります。それが「2024年問題」と言われているものです。では、なぜ「問題」になるのでしょうか?すこし遡ってこの法律が改正された背景から説明いたします。

2 働き方改革

この労働基準法の改正は「働き方改革」に伴うものですが、「働き方改革」というのは、当時の安倍政権が「一億総活躍社会の実現」という旗印のもと、働き方改革大臣まで設置して推進しようとしていた政策です。2016年9月に「働き方改革実現会議」が安倍総理大臣を議長として設置され、2017年3月に「働き方改革実行計画」が策定されました。2018年7月に「働き方改革関連法」が成立されました。この法律は一つの法律ではなく、労働基準法、労働契約法、労働安全衛生法や労働者派遣法等を含む36の法律が同時に改正されて、その総称が「働き方改革関連法」と呼ばれています。

当時の「働き方改革実行計画」に何が書いてあるかというと、冒頭に、日本の労働制度の課題として3つ挙げられています。「正規非正規の不合理な処遇格差」「長時間労働」「労働力の固定化」の3つです。「残業時間の上限規制」は、この「長時間労働」の課題を解決するための法律改正です。「長時間労働」の結果、心身の健康を害する、家庭生活がないがしろにされる、女性の社会進出が進まない、少子化による人口減少、等の問題に発展していったのです。この法律改正は、人口減少に伴う労働者不足を補うために女性でも高齢者でも働きやすい労働環境を提供することを企業側に求めており、当然ながら個々の労働者の過労死防止対策としての効果も期待されています。

3 労働基準法改正の概略

そもそも法定労働時間は1日8時間、1週間40時間ですが、それを超えて仕事をすると時間外労働、つまり残業になります。労働基準法第32条では使用者は法定労働時間を超えて労働をさせてはいけない、同第35条では「毎週少くとも一回の休日を与えなければならない」とされていますので、その休日に仕事をさせることは原則できません。

ただ、同第36条で「書面による協定(労使協定)を締結して、・・・行政官庁(所轄労働基準監督署長)に届け出た場合において・・・労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる」とあります。これが、いわゆる「36協定」というものです。時間外労働時間の上限は1か月45時間、1年間360時間までと規定されていますが、「特別条項付きの36協定」という制度があって、特別条項を付帯して労使協定を締結すると、実質無制限に労働をさせることができていました。

例えば、経理部の社員は決算月前後が極めて忙しくなる時期ですし、お正月のおせち料理用食材を製造する食料品製造業であれば、9月ごろから徐々に仕込みが忙しくなって、11~12月は来年年始のおせち料理のために夜中まで作業をすることが毎年の恒例行事になっています。そういう場合には、「特別条項付きの36協定」を締結して所轄労働基準監督署長に届け出をすると、1か月45時間、1年間360時間という上限を超えても残業させることができます。

さらに「36協定」に定めた時間外労働を超えて残業させた、もしくは休日労働をさせたとしても、単なる行政指導に過ぎず罰則規定もなかったことから、実質、野放しの状態だったということになります。今回の「働き方改革法」によって、たとえ「特別条項付きの36協定」であったとしても、休日労働も含めて1か月単月で100時間未満、2か月間から6か月間のどこの平均をとっても80時間以内、1か月45時間を超えて労働させることができるのは1年のうち6か月だけ、さらに1年間で720時間(運送業は1年間960時間の上限規制のみ)を超えてはならないという上限規制を設けました。その上限を違反して労働させた場合には罰則もあり、6か月以下の懲役もしくは30万円以下の罰金が科せられる場合があります。企業にとって罰則があるのが怖いのではなく、違反を犯した企業は厚生労働省や各都道府県労働局HPに「労働基準関係法令違反に係る公表事案」として公表されてしまいます。まさにブラック企業のレッテルを張られてしまうのです。このようなレッテルを張られては、昨今の人手不足の雇用環境下では企業経営が困難に陥るのは明らかです。では、建設業と運送業の業界の動向について見ていきましょう。

時間外労働の上限規制

出典:厚生労働省 時間外労働の上限規制 わかりやすい解説

4 建設業

国土交通省としては、まずは公共工事を優先して週休2日制「4週8休」をベースとした工期を設定すること企業側に求めています。工期を短縮するために、国土交通省は公共工事でのICT(情報通信技術)の導入義務化を順次進めています。ICTとは、測量から設計、施工、検査までの一元管理や必要な帳票の自動的作成、3次元の立体設計図により修正箇所が瞬時に反映する等、工期短縮に寄与する情報システムのことです。国土交通省は中小企業へのICT導入に向けて各種教育支援や補助金の設置も進めています。

大手ゼネコンやスーパーゼネコンが会員企業となっている日本建設業連合会は2024年までに残業時間720時間になるように取り組んでいます。しかし、週休2日制になるように現場を閉めることができたのは、土木で40.3%(前年34.0%)、建築で26.5%(前年19.3%)という調査結果があります。週休2日制が徹底できているのは、主に公共工事である土木で1/3、民間工事が多い建築の現場で1/4という状況です。

週休2日実現行動計画 土木

週休2日実現行動計画 建築

出典:一般社団法人日本建設業連合会
週休二日実現行動計画 2020年度通期 フォローアップ報告

専門工事業者の団体をまとめる立場の建設産業専門団体連合会でも毎年「働き方改革における週休二日制」に関する調査を実施していますが、就業規則などで週休2日制、4週8休以上としている企業が約22%ですが、実際には約10%しか週休2日制「4週8休」となっていないという調査結果を公表しています。

専門工事業

出典:一般社団法人 建設産業専門団体連合会
令和3年度 働き方改革における週休二日制、専門工事業の適正な評価に関する調査結果

5 運送業

全日本トラック協会としては、業界全体で時間外労働年960時間超のトラック運転者が発生する事業者の割合を段階的に減少させようと必死に取り組んでいます。2021年度に25%、2022年度に20%、2023年度に10%、2024年度には0%という目標を設定し、荷主と協力して荷役作業のパレット化、トラックの予約受付システムの導入といったIT化で、荷待ち時間の減少を目指しています。

同協会が、トラック運送事業者の働き方改革の進捗に関するモニタリング調査の結果を2022年5月30日に公表しています。それによると、時間外労働時間(法定休日労働を含まず)が960時間を超えるドライバーがいる事業者の割合が27.1%となっています。

時間外労働が960時間超となるドライバーの有無

出典:公益社団法人全日本トラック協会
第4回 働き方改革モニタリング調査について

また、同協会では全国でトラック運転者の健康管理に積極的に取り組んでいる運送事業者の優良事例を紹介する小冊子の発行や、国の労災での「二次健康診断」の受診を推奨するチラシを作成するなどの啓蒙活動にも取り組んでいます。

「二次健康診断」というのは国の労災の制度ですが、年1回の定期健康診断で、脳心臓疾患(脳卒中、心筋梗塞等)の発症原因ともされている指標として、血圧、血糖値、血中脂質(LDLコレステロール)、BMI(肥満度)の4項目すべてで「異常の所見」があるという診断結果が出た場合、無料で「二次健康診断」を受診できるという制度です。同協会で「二次健康診断」の受診を推奨する理由があります。実は、運送業は、厚生労働省が毎年6月に公表している「過労死等の労災補償状況」の脳心臓疾患に伴う労災請求件数と支給決定件数が業種別ランクで、2009年度以降13年連続トップという不名誉な記録を継続しているからです。

6 労災認定基準の改定

2021年9月に「脳・心臓疾患の労災認定基準」の改定がありました。これまでの認定基準を維持して、新な認定基準が追加されています。これまでは、発症前1か月におおむね100 時間または発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月あたり80時間を超える時間外労働が認められる場合については、業務と発症との関係が強いと評価できることを示していました。今回の改定において、この基準となる時間に至らなかった場合でも、これに「近い」時間外労働を行った場合には「労働時間以外の負荷要因」の状況も十分に考慮し、業務と発症との関係が強いと評価できるとしています。労働時間以外の項目というのは、「拘束時間の長い勤務」「休日のない連続勤務」「勤務間インターバルが短い勤務」「不規則な勤務」「出張の多い業務」等も考慮して労災認定しますので、基準は緩和されたということになります。

脳・心臓疾患の労災認定基準の改正概要

出典:厚生労働省 脳・心臓疾患の労災認定基準の改正概要

7 最後に

今回は、「残業時間の上限規制」をテーマとして建設業と運送業における各業界での実態調査の結果や働き方改革に向けた取り組みを紹介させていただきました。2024年3月末で「5年間の猶予期間」が終了します。それまでに1社でも多くの企業が「残業時間の上限規制」に抵触しないような労働環境に改善できていることを期待したいですが、そもそもこの法律改正自体がすべての企業経営者に伝わっているとはいえません。さらに労働時間を短縮させることは容易なことではありませんので、企業経営者にとってはますます厳しい経営環境になることは間違いありません。

次回は、「同一労働同一賃金」をテーマにする予定です。

以上(2022年12月)
日本社会保険労務士法人(SATOグループ) 特定社会保険労務士 山口 友佳
SOMPOビジネスソリューションズ株式会社 社会保険労務士 西田 明弘


【著者紹介】
山口 友佳(やまぐち ゆか)

日本社会保険労務士法人(SATOグループ) 特定社会保険労務士
慶応義塾大学卒業。地方紙記者を経て2008年、社会保険労務士試験合格。
2009年、日本社会保険労務士法人設立とともに入所。2010年、社員(役員)に就任。2021年、特定付記。
労務相談部門責任者として中小企業、大企業に対する労務コンサルを担当。
就業規則諸規程のコンサル、判例に基づいた実務的なアドバイスなど経験多数。

西田 明弘(にしだ あきひろ)
SOMPOビジネスソリューションズ株式会社 社会保険労務士
明治大学商学部卒業
1995年安田火災海上保険株式会社(現 損害保険ジャパン株式会社)入社
自動車メーカーや大手電機メーカーの営業部隊で各企業の海外現地法人を包含した保険プログラム構築を担当。
また約10年間の海外勤務では海外現地法人の経営にも携わる。現在、保険代理店を対象にした研修講師を担当。
2021年社会保険労務士試験合格 2022年社会保険労務士事務所を開設し、社会保険労務士としての業務も同時に行う。

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画像:photo-ac

【解決編】円満退職したはずの社員と裁判で争うことになるなんて……

書いてあること

  • 主な読者:退職した社員から未払賃金の支払いを求められている経営者
  • 課題:退職者から未払賃金の支払いを請求された場合の交渉の流れを知りたい
  • 解決策:まずは任意交渉で解決を図る。それで解決しなければ訴訟となる。訴訟では、和解の選択肢も忘れない

このコンテンツは後編です。前編は次の記事をご確認ください。

1 主張が相いれない場合の解決方法

シーン:退職者側の弁護士との任意交渉、そして訴訟へ

会社の顧問弁護士であるC弁護士が、Xの代理人であるB弁護士と面談したところ、Xの言い分は「タイムカードの打刻後もサービス残業をしていて、未払賃金が発生している」というものでした。また、未払賃金の計算は、Xが自ら記録していた手帳・日記の記載に基づくということでした。

A社長は、在職時のXの上司に聞き取り調査を行いました。しかし、Xのサービス残業があったことは確認できず、証拠に客観性が乏しい状況です。そこで、A社長はC弁護士に対し、

直ちにXが主張する未払賃金を支払うのではなく、未払賃金の額を争う方針での任意交渉

を依頼しました。

こうして弁護士間での任意交渉が始まりました。

  • C弁護士:手帳・日記はXが作成したものであり、根拠としては不十分である
  • B弁護士:他にも客観的資料を確認している

双方の主張は平行線となりました。C弁護士は、客観的な証拠があれば和解も検討するつもりでしたが、最終的にB弁護士から資料の開示について難色を示されたため、任意交渉は決裂しました。その後、Xから会社に対しての訴訟が提起されました。

Q1:紛争を解決する方法にはどのようなものがある?

紛争を解決する方法としては、主に次の3つがあります。

1.任意交渉

法的手続によらず話し合いによって解決を図ります。裁判や労働審判などの法的手続の場合、解決までに時間がかかります。この点、任意交渉がスムーズに進めば、早期に紛争を解決することができます。

2.訴訟

この記事の事案では、未払賃金の支払いを求める訴訟を指します。事案や争点にもよりますが、多くの訴訟では、第一審の判決までに1年から1年半ほどの時間がかかります。

3.労働審判

訴訟と同じく裁判所による法的手続です。「原則3回以内」という短い期日で集中的に審理を行うため、訴訟よりも迅速に手続が進みます。ただし、「事実関係が複雑」「法的な判断が難しい(退職者の管理監督者性など)」など、審理に時間がかかる複雑な事案の解決には不向きです。労働審判手続を行うことが適当でない場合、訴訟手続に移行することがあります。

Q2:解決方法を選択するポイントは?

一般的には、

まずは任意交渉によって解決を試み、任意交渉では双方の折り合いがつかない場合、訴訟や労働審判による解決を考える

ことになります。具体的には、

  • 未払賃金の算定根拠が乏しく、会社として支払いに妥協できない場合
  • 法的な判断が求められる上に、他の社員にも影響する内容(労働時間管理の方法、退職者の管理監督者性など)について、会社側と退職者側双方の主張が対立している場合

などに、裁判所の判断を仰ぐことを検討します。

2 退職者側との交渉の落としどころは?

シーン:訴訟から1年が経過、そして和解へ

訴訟では、Xの主張する残業時間について争われましたが、両者の主張は平行線のまま、約1年間が経過しました。証人尋問が終わった後、裁判長は会社側に対し、和解による解決の可能性がないかを尋ねました。これを受けて、C弁護士はA社長に今後の方向性を相談しました。

C弁護士:A社長、Xさんの手帳・日記の他に、ビルの入退館記録やPASMOの記録が証拠として提出されています。これらの証拠を見て、裁判所はXさんの主張には一定の理由があると考えているようです。

A社長:Xの主張する額が全額認められるわけではないですよね? だったら、引き続き裁判で争い、判決を待つという対応でもいいんじゃないですか?

C弁護士:判決となった場合、未払賃金に加えて、遅延損害金や付加金を支払わなければならない恐れがあります。それに、Xさんと同じ労働条件で働いている他の社員から同様の請求を受けてしまうかもしれません。

A社長:うーん、そういう事態は避けたいなぁ……。

C弁護士:和解であれば、遅延損害金や付加金の支払免除を求めることができるかもしれません。それにXさん側の条件を聞くことで、御社の労働時間管理を見直す良い機会にもなるのではないですか?

A社長はこの考えに同意し、C弁護士に和解による解決を依頼しました。そして、最終的にXの主張する未払賃金の一部を支払うことで和解が成立しました。

Q3:交渉の決着方法にはどのようなものがある?

訴訟になったからといって、必ずしも判決による解決がなされるわけではなく、裁判所の関与の下、和解による解決がなされることも多くあります。

1.判決

裁判所が会社側と退職者側双方の主張を基に事実を認定し、未払賃金の額を判断します。

  • 会社側の主張が合理的で、退職者側の立証が不十分であると判断された場合、退職者側の請求を棄却する判決
  • 退職者側の主張の一部または全部が正しいと認められる場合、会社側に未払賃金(裁判所が事実認定によって判断した額)の支払いを求める判決

がなされます。

2.和解

裁判所の関与の下、会社側と退職者側双方の要望を盛り込んだ和解条項を作成します。和解条項には、

遅延損害金や付加金の支払免除、退職者の守秘義務(トラブルの存在や和解内容を他言しない旨)など

を盛り込みます。

Q4:どのような場合に和解を選択する?

和解を検討するのは、

敗訴する可能性が高い場合や、可能性が低くても敗訴したときの影響が大きい場合など

です。

判決での解決になると遅延損害金が発生する上に、事案によっては裁判所から付加金の支払いを命じられることもあります。そのため、裁判所が会社にとって不利な心証を抱いていると考えられる場合(退職者側が提出した証拠が合理的な場合など)には、遅延損害金などの負担を避けるため、和解を選択することが考えられます。

さらに、会社としては、他の社員との関係にも注意する必要があります。万が一、判決によって会社側が敗訴すると、退職者と同じような労働条件にあった他の社員からも、同様の請求を受けてしまう恐れがあります。こうした場合の対策として、

和解条項に守秘義務を設けることで、他の社員からの請求を回避する

ことも考えられます。

以上(2022年12月)
(執筆 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)

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