外国人雇用の労務リスク~特定技能制度と外国人技能実習制度~

厚生労働省が毎年とりまとめを公表している「外国人雇用状況の届出状況のまとめ」によると、令和3年10月末現在、1,727,221人の外国人が日本で雇用されています。そのうち約2割を占める在留資格「技能実習」、そして平成31年4月に創設された在留資格「特定技能」、この2つの在留資格については、令和4年11月に両制度の見直しに向けた有識者会議が政府内に立ち上がり、今後の行方が注目されているところです。

ただ、この2つの在留資格制度、とりわけ「技能実習制度」には、実務上多くのリスクが存在するため、様々な対応が求められます。ここでは両制度の概要や、様々なリスクについてご説明します。

1 はじめに~「技能実習制度」と「特定技能制度」の概要~

(1)外国人技能実習制度

外国人技能実習制度は、我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力することを目的として創設されました。

技能実習には受け入れ機関別に2つの型があり、実習実施者(受け入れ企業)の外国にある事業所など、一定の事業上の関係を有する機関から技能実習生を受け入れて技能実習を行わせる「企業単独型」と、事業協同組合や商工会などの営利を目的としない監理団体が、外国の送出機関から技能実習生を受け入れたうえで、実習実施者に対して指導監督をしながら技能実習を行わせる「団体監理型」があります。

そして各々の型において、技能、技術等の習得段階によって「技能実習1号」(1年目)、「技能実習2号」(2年目~3年目)、そして「技能実習3号」(4年目~5年目)の区分に分かれて在留資格が存在します。なお、「技能実習3号」は一定の基準を満たす「優良な監理団体」かつ「優良な実習実施者」でのみ実施することができるとされています。

また、技能実習1号から技能実習2号に移行することができる対象職種・作業は86職種・158作業に限定されていますが(令和4年4月25日現在)、制度の見直しも検討されており、今後も業界団体からの要望に応えるべく増加していくと言われています。

(2)特定技能制度

特定技能制度とは、深刻な人手不足に対応するため、一定の専門性・技能を有し、即戦力となる外国人を受け入れる制度です。特に、国内で充分な人材が確保できない12分野を「特定産業分野」と位置づけ、特定産業分野に限って外国人が現場作業等で就労できるようになりました。

この記事の全文は、こちらからお読みいただけます。pdf

sj09061
画像:photo-ac

2023年度税制改正大綱のポイント~変わる相続税対策の常識。NISA拡充・資産移転促進・防衛増税を整理~

(要旨)

  • 2023年度税制改正大綱が与党にて決定。今回改正の目玉はNISA拡充。①毎年の非課税枠の拡充、②非課税期間の無期限化、③制度の恒久化の3点で改正が行われる。NISA制度の魅力を大きく高めるものであり、個人の投資需要の受け皿となることが期待される。施行は2024年から。
  • NISAの陰に隠れているが、相続税・贈与税でも大きな改正が行われる。資産移転時期の中立化のため、既存の相続時精算課税制度にも暦年課税と同様に申告不要の非課税枠を設ける。一方で、暦年課税時の相続時の持ち戻し期間を延長。改正後(2024年~)は相続時精算課税を選んだ方が非課税枠の面では魅力的な状態となるため、精算課税を選択する人が増える可能性が高い。
  • 精算課税選択者は、基本的に生前贈与でも死後の相続でも税負担が変わらない状態になる。暦年課税の場合には高額の生前贈与を行うと相続税よりも高い贈与税が課されるため、これが生前贈与の妨げとなっていた。精算課税の利用が広がれば生前贈与が増え、より若い世代に資産移転が進むことが期待される。
  • 防衛増税は実施時期の記載が見送られたが、大綱で内容に関しては具体的な記載がなされており、増税実施は既定路線と考えられる。大綱方針通り、法人税・所得税の付加税とたばこ税の増税が2024年以降に実施されることになりそうだ。

NISA、相続&贈与税、防衛増税に注目

12月に政府は令和5年度税制改正大綱を閣議決定した。改正の内容は多岐にわたるが、マクロ経済への影響という観点で大きなトピックとして①NISA拡充、②相続&贈与税における資産課税見直し、③防衛増税、の3点について詳説する。NISAの拡充に耳目が集まっているが、資産課税の見直しも従来の相続税対策の常識を変えるインパクトのある改正となっており、改正の目的でもある資産移転(生前贈与)の促進効果も期待できる内容となっている。

NISAは大規模拡充、名実ともにイギリスISAに匹敵する規模に

今回大綱で大きな改正となったのがNISAの改正だ1。岸田首相は「資産所得倍増」を掲げてNISA制度の拡充を進める旨をかねてから示していた。改正の概要を資料1にまとめた。①毎年の非課税で投資できる金額が増える、②NISAを用いて購入した金融資産については非課税期間が無期限になる、③NISA制度自体が恒久制度になる、という3つの面で制度の拡充が行われる。

NISAは英国のISA(Individual Saving Account)を参考に2014年から開始された制度だが、従来のNISAは非課税期間が無期限かつ恒久的な制度であるISAと比べて見劣りする制度ではあった。今回の改正で英国のISAに名実ともに比類するものになる。

NISA改正の概要

これにより、①制度の魅力が高まったことで新しくNISAを利用して投資を始める、②既にNISAを利用している人が非課税枠の拡大に合わせて投資額を増やす、という二面で個人の投資を拡大する効果が見込めそうだ。現状、コロナ禍における株価の大幅な変動を経て、個人の投資意欲は高まっている。NISA口座数は足元つみたてNISA口座をけん引役に増加傾向にある(資料2)。また、確定拠出年金の運用商品シェアをみると、外国株式型やバランス型を中心にシェアが上昇しており、リスク性資産へのシフトがみられる(資料3)。NISA制度の大幅拡充は、こうした個人の投資に対する需要を受け止める受け皿としての役割を果たすことが期待される。

NISA総口座数の推移

確定拠出年金(企業型+個人型)における運用商品タイプのシェア


1 なお、2020年度の税制改正大綱において、NISA制度は2024年からつみたてNISA利用者でないと一般NISAを利用できない「2階建て」の制度に移行することが示されていたが、今回の税制改正決定に伴い、これは行われないことになる。

相続時精算課税制度の利用は拡大する可能性が高い、生前贈与拡大にも期待

NISAの陰に隠れているが、今回のもう一つの大きな改正が資産課税(相続税・贈与税)だ。改正目的は資産移転時期の中立化。相続税と贈与税で税負担が異なることなどから、資産移転の時期(生前・死後)によって税負担が変わってしまう状態の是正が、過去の税制改正大綱でも課題として掲げられてきた。改正に当たっては、高齢者への資産偏在や超高齢化に伴う老老相続(高齢者から高齢者への相続)を是正するために生前贈与を促すべき、との方向性が示される一方で、それは格差の継承、固定化を促すものにもなりかねないとの議論が税制調査会等でなされており、長年改正実施まで踏み込まれずにいた。

資産課税の移転時期中立化を図った制度は2003年に創設された「相続時精算課税制度」が既にある。この制度は概して、制度選択後の生前贈与をすべて「相続税」の対象とするものである(通常は贈与税が暦年課税される。暦年課税と相続時精算課税のいずれかを選択する形)。精算課税選択後の生前贈与にかかる贈与税には2,500万円の非課税枠があり、これを超えた部分の税率は一律20%となる。贈与時の贈与税負担を減らす一方で、相続発生時には「制度選択から相続までに生前贈与した資産すべて」を相続資産に加算して計算された相続税を課す。この際、制度選択後に支払った贈与税は控除され、相続税と贈与税の二重課税が回避される。制度選択後の贈与税は相続発生時までの“預け金”のような役割になる2。生前贈与と死後の相続、ともに相続税を課すことで資産移転時期に対して課税が中立化されることになる。

しかし、この相続時精算課税制度は①暦年課税の場合には毎年110万円の贈与税の非課税枠があるにもかかわらず、相続時精算課税を選択すると非課税枠がなくなる、②暦年課税の場合には非課税枠内での贈与は申告不要だが、相続時精算課税を選択すると少額でも申告が必要になる、という節税面、手続き面で明確なデメリットがあった3。このため、2020年に申告のあった人員ベースでみると暦年課税で贈与を受けた人が36.4万人、相続時精算課税で贈与を受けた人が4.0万人と全体の10分の1程度となっている(国税庁「統計年報」)。非課税枠内での申告不要の贈与も含めれば、贈与全体に相続時精算課税が占めるシェアは一層少数といえ、制度の利用は広がっていないのが現状だ。

相続税の負担を抑えるオーソドックスな手段の一つとして、「相続税精算課税は選ばずに、暦年課税の非課税枠110万円の範囲内で家族等に非課税で生前贈与を複数回行って相続資産を減らし、相続税負担を抑える」という方法がある。この方法を採用すると暦年課税を選択することになるので、非課税枠以上の贈与に関しては贈与税負担が生じてしまう。ただ、高額の資産移転を行う場合、控除が多く税率も相対的に低い相続税を支払う(生前贈与せずに亡くなるまで資産を持ち続ける)方が負担の少なくなるケースが主だ4。暦年課税を選択すると、非課税枠以上の生前贈与には踏み込みづらい。

こうした中で、資料4の改正が2024年から行われることとなった。特に①と②が重要な改正であり、相続税対策の“常識”を変えるインパクトがあるものとなっている。①は相続税精算課税を使った場合でも暦年課税と同様に毎年110万円については非課税かつ申告不要とする。上で述べた相続時精算課税の主要なデメリットがなくなることになる。②は暦年課税を選択した場合の相続税の持ち戻し期間を3年から7年に延長するというもの。相続直前の「駆け込み贈与」を防ぐ観点などから、相続から一定期間に法定相続人に生前贈与された資産については、贈与税ではなく相続税を課すこととするルールがある。この一定期間が3年から7年に延長される。

資産移転時期の中立化にかかる改正(2024年~)

これらの改正により、改正前後の生前贈与による贈与税の非課税枠は資料5の通りとなる。改正前は暦年贈与の場合には毎年110万円の非課税枠があるが、相続前3年分の贈与は持ち戻しルールによって相続税が適用される。相続時精算課税を選択すると非課税枠がないのは上で説明した通りである。そして、改正後は暦年課税の場合には相続前7年分まで贈与税の非課税枠がなくなる一方、相続時精算課税の場合には相続年も含めて110万円の非課税枠が得られることになる。

このため、少額贈与を繰り返して相続税のかかる資産を減らす、という方法をとる場合、非課税枠の観点から判断すれば、持ち戻しが発生せず、相続直前まで非課税枠が使える相続時精算課税のほうが有利といえそうである(資料5)。個別には資産額などによって暦年課税・相続時精算課税の選択は左右されると考えられるが、今回改正は概して暦年課税から精算課税へのシフトを促すこととなろう。改正後には相続時精算課税を選択する人が増加する可能性が高いと考えられる。

生前贈与時期ごとの非課税枠の有無(改正前後、暦年課税/相続時精算課税選択時の違い)


2 詳細は国税庁HP等。https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4103.htm

3 このほか、相続税の土地評価額を最大8割減額できる「小規模宅地等の特例」が精算課税選択時に使えなくなる、というデメリットもしばしば指摘される。

4 相続税が高率となる富裕層の場合には、非課税枠を超える場合でも相続税より低率の範囲内で生前贈与を繰り返すことで節税になるケースも存在する。

経済活性化につながるか

今回改正の重要な点は、多くの人が税負担を抑える観点で相続時精算課税を選択すれば、非課税枠以上の生前贈与を行うハードルも下がることにある。暦年課税を選択すると、贈与税負担が大きい高額の生前贈与は行いづらかった。相続時精算課税選択者は基本的に「生前贈与でも相続でも最終的には同額の相続税」を支払うことになり、資産移転時期に中立な状態となる5。実際に生前贈与を行うかの選択にあたっては自らの老後の生活なども加味する必要があり、資産移転時期に対して中立であることが生前贈与を行う決定的要因にはならない。しかし、少なくとも税負担を理由に大きな額の生前贈与を避けていた人たちにとっては、生前贈与を行う追い風になるだろう。

高齢者からの資産移転は資産の高齢者偏在が深まる日本経済にとっても重要な論点である。家計金融資産は高齢化の進む中で、6割超を60歳以上世帯が保有していると推計される。高齢者が眠らせていた資産を若年・壮年層へ資産移転させることで、消費や投資の増加を通じて経済の活性化にも資することが期待される。

生前贈与の拡大は今回改正の目玉であるNISA改正、資産所得倍増とも親和的だ。老後資金を「貯める」フェーズから「使う」フェーズに移行している高齢者は、資産保全を重視せざるを得ず、リスク性資産への投資は行いづらく、若い世代に比べて長期投資による恩恵も受けにくい。実際に現状のNISA口座開設者のボリュームゾーンは30代・40代であり、年齢を重ねると口座保有者数も減っていく傾向がみられる(日本証券業協会・2022年6月末時点)。より若い世代への資産移転が促されれば、そのお金のリスク性資産への配分も行いやすい。資産移転が進めば、NISAとの相乗効果も生まれよう。


5 相続時精算課税では贈与時の価額で相続税が計算されるため、贈与時・相続時で資産価格が変わる等で税額が変わるケースはある。

防衛増税:実施は既定路線か

昨今大きな話題となった防衛費増額にあたっての増税についても、今回大綱に盛り込まれた。自民党内でも増税の実施を巡って議論が紛糾し、大綱には施行時期について「令和6年以降の適切な時期」と開始時期を定めない記載となった。増税実施時期の決定を留保した形だ。

一部にはこのまま増税を決定できない状態が続くのでは、との懸念もあるが、大綱を眺めると「令和9年度に向けて複数年かけて段階的に実施」「令和9年度において1兆円強を確保」と具体的な増税内容まで踏み込んだものとなっており、増税はほぼ固まっているように映る。増税開始時期の判断は留保されており、来年度も増税実施を巡って議論が交わされることになろうが、開始時期の前後はあっても増税実施の方向性は変わらなさそうだ。

増税の中心となるのは法人税で、国税の法人税額に4~4.5%を乗じた付加税を課す。震災時の復興特別法人税に倣った形となる。課税標準となる法人税額には500万円の控除を設け、中小法人の負担増に配慮する。このほか所得税額×1%の付加税を課す一方、同等のスキームで徴収されている復興特別所得税の税率を1%引き下げる。復興特別所得税は2037年まで課される予定だが、復興財源に空く穴はこの課税期間を延長することで対応する。岸田首相は10日の会見で「個人の所得税の負担が増加するような措置は行わない」と説明していた。確かに税率が上がるわけではないのだが、増税の期間が延びる。税率引き上げではなく増税の延長、という整理のようである。法人税・所得税にたばこ税の増税を加えた3税で、合計1兆円強を確保する方針だ。

大綱に明記された防衛財源の内訳(【】内は毎年の増税規模)

参考資料.2023年度税制改正大綱:主な改正の概要

2023年度税制改正大綱:主な改正の概要

以上(2022年12月)
(執筆 第一生命経済研究所 経済調査部)

column2301
画像:photo-ac

本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所調査研究本部経済調査部が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

古代ローマの指導者、ユリウス・カエサル。彼の一言に登場する「名誉」と「必要」の言葉の真意とは?

名誉な事柄は最も強いものに譲るべきであるが必要な事柄は最も弱いものに譲るべきだ

ユリウス・カエサルは、古代ローマの共和政末期に政治家・軍人として指導的な役割を果たし、暗殺される前は終身独裁官として絶大な権力を得た人物です。「ガリア戦記」などの著作や、「賽(さい)は投げられた」「来た、見た、勝った」などのさまざまな名言を残した人でもあります。英語読みの「ジュリアス・シーザー」の名前で記憶している人もいるでしょう。

カエサルはあるとき、供の人たちと移動している途中で、嵐に遭いました。カエサル一行がようやく1人しか入れない狭い小屋を見つけたときに発したのが、冒頭の言葉です。カエサルは同行していた体の弱い部下に小屋を譲り、自らは軒下で他の部下たちと一緒に眠ったといいます。

カエサルは、休む場所が最も「必要」なのは体の弱い部下であり、自分が一晩、寝床を我慢しなければならないとしても、部下のためになるのであれば、それは「名誉」な行いであると考えたのでしょう。そして、小屋を譲ってもらった部下は、その後もカエサルの右腕として活躍し、カエサルの死後も後継者であるオクタビアヌス(後の初代ローマ皇帝)を支えました。

カエサルが率いる軍隊は、どんな窮地に陥っても規律を守り、勇敢に戦って勝利をつかみ、カエサルを権力者にまで押し上げました。部下の一人ひとりが人間としてのカエサルを敬愛していたからでしょう。数えきれないほどの「名誉」な行いを積み重ねることによって、カエサルは「最も強いもの」になれたということです。

カエサルの姿勢は、企業経営にも通じるところがあります。どの企業にも、事業を通して社会のために目指す夢・ビジョンがありますが、それを実現するには、企業が営利を追求し、存続しなければなりません。そして、普段は夢・ビジョンの実現と営利追求の両方を考えて事業を行いますが、経営が苦しいときなどは、往々にして足元の営利追求にばかり目が行きがちです。

大切なのは、そうした苦しいときに「必要」な事柄を最も弱いものに譲る「名誉」ある選択をできるかです。例えば、今、企業が「必要」としているのが営利であっても、それを追求するために従業員が体調を崩してしまっては意味がありません。状況を見て彼らに休息を与えることも「必要」です。また、企業の所属する地域で、何か課題があった際、助けを「必要」としている人のために、営利とは別の観点から地域社会に協力すべきときもあるでしょう。

そして、こうした誰かのための「名誉」ある行いを積み重ねていけば、さまざまなステークホルダーから敬愛される企業になり、協力してくれる人たちが増えます。それは「強さ」となり、企業の目指す夢・ビジョンの実現につながります。自分たち以外の人たちが何を必要としているのか、どうすれば彼らの力になれるのか、新年の初めに改めて考えてみてはいかがでしょうか。

出典:「プルターク英雄伝(九)」(プルターク著、河野与一訳、岩波書店、1956年5月)

以上(2023年1月)

pj17604
画像:Rawpixel.com-Adobe Stock

全社員が持てる“経営的視点”(3)~組織力アップのコツ~/武田斉紀の『誰もが身に付けておきたい“経営的視点”』(7)

書いてあること

  • 主な読者:会社経営者・役員、管理職、一般社員の皆さん
  • 課題:経営幹部や管理職の方はもちろん、若手社員の方でも「経営的視点で見るように」と社長や上司から求められた経験があるのではないでしょうか。その場でうなずきはするものの、「経営的視点とは何か?」「それは社長以外の社員に必要なのか?」「会社員として働く上で、人生において価値があるのか?」「そもそもどのように身に付けていけばいいのか?」といった疑問があるのではないでしょうか
  • 解決策:課題で挙げたさまざまな質問に対して、『“経営的視点”の身に付け方』というテーマで、全国で多くの講演を行っている筆者が明快に回答します。“経営的視点”はこれからの時代において新入社員から求められる視点であって、より早く身に付けられれば、その分、仕事においても人生においてもプラスであると分かるはずです

1 一人ひとりが会社の【組織力】

シリーズ『武田斉紀の「誰もが身に付けておきたい“経営的視点”」』の第7回です。

“経営的視点”は、これからの経営においてはもちろん、一般社員にも求められる視点であり、より早く身に付けられればその分、仕事においても人生においてもプラスになります。その身に付け方のノウハウと、経営における効用、働く側のメリットなどを事例も交えながらご紹介していきます。

私からご提案する誰もが持てる、全社員が持てる“経営的視点”の観点は次の3つです。
1)会社の【成長】
2)会社の【組織力】
3)会社の【存在意義】

前回は2)会社の【組織力】について、途中までお話ししました。

■多くの会社組織はピラミッド型になっているがそれには意味があり、1人の人間の力には限界があるが、役割を分けて組織を形成し一体となれれば、人数以上の力を発揮できる

チームスポーツを例に、「組織は一人ひとりが有機的につながってこそ強くなる」訳を説明しました。大事なのは、1人の秀でた人がいるよりも、組織の一人ひとりが自分の役割分担をしっかりとこなせて、前の人と後ろの人とが連携できることです。

今回は引き続き “経営的視点”の身に付け方の「2)会社の【組織力】」について、会社が組織として強くなるための連携の仕方についてお話しします。

2 おのおのの組織の役割を、「目的」に照らして「流れ」で捉える

会社が組織として強くなるための連携のコツを2つ紹介します。1つ目は事業の「目的」を常に意識する、です。

いずれ、“経営的視点”の観点の3)会社の【存在意義】で詳しくお話ししますが、会社組織には会社全体として、あるいは事業ごとに目指す「目的」があるはずです。最近は英語で「パーパス」と呼ばれることも増えました。「存在意義」と意訳されてもいます。

会社組織が目指す「目的・使命」について分かりやすい例を挙げれば、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドは「あなたと社会に、もっとハピネスを。」、ネット通販のアマゾンは「地球上で最もお客様を大切にする企業になること」、ユニクロのファーストリテイリングは「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」など。

常にこれらの「目的」を意識して、達成や解決しようとしている課題に対して、自部署や自身が取り組んでいる活動が、それに沿っているかどうかをチェックするのです。取り組んでいる活動は、あなた(お客様=ゲスト、従業員=キャスト)や社会にとってハピネスにつながるのか。今よりもっとハピネスになるようにできないか、と。

その上で2つ目のコツ、組織の役割を「流れ」で捉える、を意識します。

「組織や制度は作った瞬間から古くなる」とはよくいわれることですが、たとえある時点で正しく最適な組織を作れたとしても、市場や顧客のニーズは変化し続けていきます。それぞれの組織が当時の役割意識のままでは、変化に対応できずに顧客満足度は上がらず、競合とも戦えないのです。

お客様が、例えば「今の世の中を思えば、DX化すればもっとスムーズで楽しくサービスを受けられて、ハピネスが得られるはずなのに」と不満に思う前に、ニーズを先取りしなければいけません。

そのためにはおのおのの組織と所属する一人ひとりが、課題に対して「これはうちの仕事かどうか」と切り分けるのではなく、目指す「目的」に照らして、もっとハピネスを実現するための「流れ」をイメージしてみます。

「この課題解決は、もっとハピネスを実現するためには必要な仕事だ。従来のうちの仕事の範囲ではないけれど、実現方法を流れで捉えてみた場合、他に該当しそうな部署もない。うちが主体となって〇〇部署と協力すればできるんじゃないか。会社に提案してみよう。将来的には〇〇部署も関わったほうがよさそうだから声をかけておこう」と。

「流れ」で捉えた場合、自部署は、自分は、当初の役割のままでいいのだろうかと自問自答してみる。「現在あるべき姿」や「将来あるべき姿」をイメージして見直していくこと。それが「作った瞬間から古くなる」組織が本来目指すべき姿なのです。

3 「ジョブ型」雇用と「メンバーシップ型」雇用の限界

この事は新しいサービスの導入に限りません。既存のサービスでも、もっとハピネスを届けられる方法があるかもしれません。いえ、きっとあるはずなのです。

先ほどと同じように、おのおのの組織と所属する一人ひとりが、課題に対して「これはうちの仕事かどうか」と発想せず、目指す「目的」に照らして、仕事の「流れ」を見直してみたらどうだろうと常に目を凝らします。

部署内での改善活動については、トヨタ自動車のカイゼン活動に代表されるように、得意だという日本企業も少なくないでしょう。でも会社全体ではどうでしょうか。

「それは全体が見られる経営陣の仕事だ」。確かにそうです。が、顧客や社会のニーズをキャッチするのは直に接する現場のほうが早いのではないでしょうか。一人ひとりと各部署のアンテナ次第ですが。全社で取り組めば改善できるかもしれないという提案は、現場 の声を聞けばたくさん見つかるはずなのです。

アンテナでキャッチしていても、いざ会社へ提案するとなると日常業務もある中で、現場は腰が重くなるものです。「課題に気付いたけれど、知らなかったことにしよう」と。

「2)会社の【組織力】」アップの邪魔をするのが、「個人の役割の壁」と「組織の役割の壁」です。前者はあらかじめ仕事の要件を明確にしておいて、それができる人を専門家として採用する「ジョブ型」雇用で、後者は機能別に分けた部署内でムラ社会が生まれがちな「メンバーシップ型」雇用で起こりがちです。

「ジョブ型」雇用は、グローバルスタンダードとして日本にも導入されようとしていますが、「個人の役割」の壁が邪魔をして、壁を越えた仕事や発想をしないことが欧米ではすでに問題になっています。「個人の役割」を固定化しすぎず、部署を超えたプロジェクトや、全社の目指す「目的=パーパス」実現への貢献を評価しようとする取り組みが始まっています。

日本ならではの「メンバーシップ型」雇用においても、部署ごとに結果が出ていれば良しとする縦割りの“部分最適”ではなく、全社としての「目的」実現に向かえているのか否かを重視する、“全体最適”の視点が注目されるようになっています。

4 トップが旗を振り、人事で評価する

口で言うのは簡単ですが、「個人の役割」と「組織の役割」の壁を壊すことは、会社組織にとって容易ではありません。個人の役割を分けて組織を作ることのメリットの裏返しのデメリットといえるでしょう。

組織の一員としては、まず与えられた役割をこなすことが求められます。「2)会社の【組織力】」アップのためのブレイクスルーは、通常業務の上で余裕があればと考えるもの。便利になると分かっていても、これまで親しんできたやり方を見直すことは正直面倒ですし、ストレスや負担も小さくありません。促進する方法はないものでしょうか。

日々の仕事に取り組みながら、「組織としてこうすればもっと良くなるのに」と思ってきたこと、ずっとおかしいと思ってきたことを提案させる。積年といわず、取り組み始めたそばから感じた身近な改善も挙げてもらえる仕組みを作る。

そうした仕組み作りや提案する文化を育てることも重要なのですが、それだけでは起爆剤にはなりません。

「個人の役割」と「組織の役割」の壁を壊し、「2)会社の【組織力】」をアップするのに最も効果的な施策は、「トップが旗を振り、人事で評価する」ことです。

簡単に言えば、「2)会社の【組織力】」アップへの取り組みを“褒める”ことなのですが、それをトップである社長が自ら旗を振って本気を見せ、人事で評価することで実益を示すのです。その上で、先ほど挙げた仕組み作りや文化の育成も進めていけばよいでしょう。
ただでさえ部署間の壁は想像以上に高く、勝手に他部署に口を出すと、刑事ドラマで管轄外を指摘し合うかの如く「うちの庭で勝手に何をやってんだ」と関係がこじれがちです。自部署の仕事が脅かされるのではないか、勝手に面倒なことに巻き込まれるのではないかという猜疑心が過るのです。

そこは社長もしくは、より上位の立場のリーダーが出しゃばって裁定するしかありません。「それぞれの言い分は分かるが、全社にとって(お客様にとって・社会にとって・株主にとって)良いことなのだから進めよう。評価もちゃんとするから」と。

「メンバーシップ型」雇用であれば、比較的容易な人材の異動を定期的に進めたり、部署間の人材交流を意図的に行ったりすることも、全体最適の取り組みには有効でしょう。

5 今の大企業も最初は中小企業だった

「大手企業とは資金力も人材も違う。どう頑張ったところで勝てっこない」。中小企業からよく聞かれる不満やため息の一つです。

確かに中小企業の現実は厳しいのですが、「今の大企業も最初は中小企業だった」のも事実です。彼らが、当時の大手企業と戦ってきた武器の一つが、「2)会社の【組織力】」ではなかったでしょうか。

前回例に挙げた組織的なチームスポーツを思い出してください。チームにものすごくうまい選手がいなかったとしても、一人ひとりが自分の役割分担をしっかりとこなして組織として連携できれば勝てることがある。

今の大企業の多くも、そうして一歩一歩トーナメントの階段を上って力をつけてきたのではないでしょうか。

「2)会社の【組織力】」を高めるための取り組みによって、“経営的視点”が磨かれると同時に、企業としても個人としても成長できる。また、個人の待遇も改善されていくことになるのです。

第7回も最後までお読みいただきありがとうございました。次回からは、「3)会社の【存在意義】」についてお話しします。

<ご質問を承ります>
最後まで読んでいただきありがとうございます。ご質問や疑問点などあれば以下までメールください。※個別のお問合せもこちらまで

Mail to: brightinfo@brightside.co.jp

以上(2023年1月)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
https://www.brightside.co.jp/

pj90236
画像:NicoElNino-shutterstock

従業員の退職金で中小企業が押さえておくべき基本事項

規模の大小にかかわらず、多くの企業が退職金制度に関心を寄せています。厚生労働省の中小企業向け助成金でも、退職金の導入を条件にしているものがあり、政府としても、退職金制度の普及に力を入れています。
そこで、今回のレポートでは、従業員向けの退職金について、全体像や種類、導入のメリット、デメリットについて解説します。

この記事は、こちらからお読みいただけます。pdf

外国人雇用の労務リスク~特定技能制度と外国人技能実習制度~

外国人技能実習生や特定技能外国人も含め、外国人労働者を雇用するということは、文化や習慣、そして考え方が全く異なる人を雇うことであり、様々なリスクが生じる恐れがあります。安易に考えていると、思わぬトラブルにつながる場合もあります。
リスクを認識し、十分に対策したうえで雇用することが極めて重要であると言えるでしょう。

この記事は、こちらからお読みいただけます。pdf

【朝礼】ビジネスは顔から始まります。みんな「いい顔」になろう

おはようございます。皆さん、今、自分がどんな顔をしていると思いますか。少し眠たそうな顔の人や元気なさそうな顔の人がいます。はつらつとした顔や笑顔の人もいます。できれば、全員がはつらつとした顔であってほしいと思います。

皆さんは、「最近、元気そうだね」「いつも笑顔だね」と言われたことはありますか。今日は、「いい顔」についてお話ししたいと思います。

先日、知人の若手経営者と再会しました。私が初めて出会ったとき、彼は事業を始めたばかりの時期で、身なりはきちんとしているものの、どことなく頼りなさそうな印象でした。しかし、先日に再会したときは全く違い、非常にたくましく心強い印象を受けました。

そこで、私は彼の何が昔と違うのか、彼の何が変わったのかをじっと観察したところ、はっきりとそれを見つけました。それが「顔」でした。とにかく「いい顔」をしていたのです。顔立ちはなんとなく大仏様のようで、世間でいう「かっこいい」顔ではありません。しかし、「いい顔」になっていたのです。

顔はその人の暮らしぶりや性格、現在の生活を映し出す鏡です。例えば、日々何かに追われて苦労を重ね、何事も後ろ向きに考えるようになってしまった人からは笑顔が消え、一見して元気のなさそうな顔になります。

一方で、日々を元気に前向きに生きる人は、苦難に出あっても笑顔を絶やさず、何とかして乗り越えようとしています。

そのような人は、たとえ大変な時期であっても顔は明るく、たくましい印象を与えます。それが周囲には「いい顔」と感じられるのでしょう。

私は「いい顔」になるためには、前向きであること、誠実であること、健康であること、良い仕事をすること、良い人と触れ合うこと、そして少しばかりの自信をもつことが必要だと考えています。

最近は「第一印象は顔がすべて」「顔は履歴書」というような内容の書籍が出版されているようですが、「いい顔」をしている人の第一印象が良くなるのは当然でしょう。

「いい顔」は幸運や幸福を呼び寄せます。自分の周囲にも良い影響を与えることもできます。ですから、困ったときこそ「自分は今、『いい顔』をしているだろうか」と考えてみましょう。

誰でも、いつでも、その気になれば、表情だけでも「いい顔」を作ることはできます。まずは形から入りましょう。いい顔の基本は何より笑顔です。朝家を出る前、会社に着いたとき、人に会う前に、鏡をみながら、歯を出して「ニィーッ」と言いながら、笑顔を作ってください。毎日繰り返せば、私も皆さんも必ず「いい顔」になります。

私は、私自身が、そして皆さんが今日も一日「いい顔」でいられることを望んでいます。

以上(2023年1月)

op16503
画像:Mariko Mitsuda

デジタル化時代のリスキリング

昨今、様々な産業の分野でデジタル化が進む中、その変化にスムーズに対応し、事業やサービスを構築していくことは多くの企業にとって急務であると言えます。
そのためにも時代の流れを見据えて、今後必要とされるスキルや知識を新たに習得する「リスキリング」の取り組みにより、従業員の能力を高度化していくことが求められています。
本稿では、リスキリングが必要な背景、および取り組みを促進していくための進め方についてご紹介して参ります。

この記事は、こちらからお読みいただけます。pdf

デジタル化時代のリスキリング

昨今、様々な産業の分野でデジタル化が進む中、その変化にスムーズに対応し、事業やサービスを構築していくことは多くの企業にとって急務であると言えます。
そのためにも時代の流れを見据えて、今後必要とされるスキルや知識を新たに習得する「リスキリング」の取り組みにより、従業員の能力を高度化していくことが求められています。
本稿では、リスキリングが必要な背景、および取り組みを促進していくための進め方についてご紹介して参ります。

1 デジタル化の急速な進展

デジタル技術による業務の自動化は、専門・技術職等の高スキル職や、医療・対個人サービス職等の低スキル職で就業者が増加する一方、製造職や事務職等の中スキル職が減少する「労働市場の両極化」の傾向となっています。

日本における職業別就業者シェアの変化

(経済産業省「未来人材ビジョン」)

このような時代の流れの中、企業が発展していくためには、リスキリングによる従業員のスキルチェンジの実施が重要になります。

2 リスキリングの進め方について

厚生労働省では、職場における学び・学び直しを促進するためにガイドラインを作成しています。それに記載されている労使が取り組むべき事項について、以下にご紹介します。

●学び・学び直しに関する基本認識の共有

①経営者による経営戦略・ビジョンと人材開発の方向性の提示、共有

●能力・スキル等の明確化、学び・学び直しの方向性・目標の共有

②役割の明確化と合わせた職務に必要な能力・スキル等の明確化
③学ぶ意欲の向上に向けた節目ごとのキャリアの棚卸し
④学び・学び直しの方向性・目標の擦り合わせ、共有

●労働者の自律的・主体的な学び・学び直しの機会の確保

⑤学び・学び直しの教育訓練プログラムや教育訓練機会の確保
⑥労働者が相互に学び合う環境の整備

●労働者の自律的・主体的な学び・学び直しを促進するための支援

⑦学び・学び直しのための時間の確保
⑧学び・学び直しのための費用の支援
⑨学びが継続できるような伴走支援

●持続的なキャリア形成につながる学びの実践、評価

⑩身に付けた能力・スキルを発揮することができる実践の場の提供
⑪身に付けた能力・スキルについての適切な評価

●現場のリーダーの役割、企業によるリーダーへの支援

⑫学び・学び直しの場面における、現場のリーダーの役割と取組
⑬現場のリーダーのマネジメント能力の向上・企業による支援

3 さいごに

リスキリングを促進していくためのポイントは、その成果を従業員の「仕事のやりがい」や「給与アップ」「昇進」に結び付けることでしょう。企業は単に学習教材をそろえるだけではなく、「従業員が学んだことを実際にどこで役立てることができるのか」「それがどのように評価されるのか」を明示して、従業員が納得して前向きに取り組めるような環境をつくることが重要です。

※本内容は2022年12月12日時点での内容です

(監修 社会保険労務士法人 中企団総研)

sj09060
画像:photo-ac

実は正しく理解できていない「源泉徴収」の基本と実務のポイント

書いてあること

  • 主な読者:給与・報酬などに係る源泉所得税の基本を知りたい経営者、経理担当者
  • 課題:徴収から納付までの間に様々な取り決めがあるため、ミスが生じやすい
  • 解決策:源泉徴収の流れとミスが生じがちなポイントを押さえる

1 ビジネスの常識である「源泉徴収」とは

会社は社員に給料を支払ったり、フリーランスに報酬を支払ったりします。源泉徴収とは、

給料や報酬から所得税(復興特別所得税を含む。以下「源泉所得税」)を控除し、会社が社員やフリーランスに代わって納付すること

です。意識しなくても、日々の活動で実施されている源泉徴収は、ビジネスの常識として押さえておくべきことです。源泉徴収の対象となる支払いは次の通りです。

源泉徴収の対象となる支払い

原則として、源泉所得税は給与・報酬の支払月の翌月10日までに納付しなければならず、納付遅れや徴収漏れがあった場合、延滞税や不納付加算税が別途課されることがあります。

例外は給与の支給人数が常時10人未満の会社です。この規模の会社は、税務署に申請書を提出し、承認を受けることで「納期特例」の適用が受けられます。適用を受けると、

給与や一部の報酬に係る源泉所得税を半年分まとめて納付(1~6月分は7月10日まで、7~12月分は翌年1月20日まで)

できます。納税の実務負担は軽くなりますが、1回当たりの納付額は高くなるので注意が必要です。また、納期特例の対象は、

  • 給与、賞与、退職金(以下「給与等」)に係る源泉所得税
  • 弁護士、公認会計士、税理士・司法書士等の特定の資格を持つ人などに支払う報酬・料金に係る源泉所得税

です。逆に、これに該当しないものは納期特例の対象になりません。具体的には、原稿料やモデル代の報酬であり、原則通り、報酬を支払った月の翌月10日までに納付します。

2 源泉徴収税の計算

1)給与、賞与の源泉所得税

社員の給与等に係る源泉所得税を計算するときは、甲欄、乙欄、丙欄という区分に注意しましょう(退職金を除く)。区分によって、源泉所得税額が違います。

1.甲欄

甲欄の税額を使うのは、

給与所得者の扶養控除等申告書(以下「扶養控除等申告書」)を提出している職場から支給される給与の源泉所得税額

です。勤め先が自社のみで副業などをしていない社員は、基本的にこのケースに該当します。逆に、2カ所以上の職場から給与収入がある社員の場合、扶養控除等申告書を提出している職場から支給される給与は甲欄の税額、提出していない職場からの給与は乙欄の税額を使います。

甲欄は扶養親族の人数も考慮に入れて源泉所得税を計算するので、一般的には乙欄よりも源泉所得税額が安くなる傾向にあります。

2.乙欄

前述した通り、乙欄の税額を使うのは、

扶養控除等申告書を提出していない職場から支給される給与の源泉所得税額

です。乙欄は扶養親族の人数に関係なく一律です。

3.丙欄

丙欄の税額を使うのは、

日雇い労働者で、同じ職場に2カ月以上継続雇用されていない社員に支給される給与の源泉所得税額

です。

以上が甲欄、乙欄、丙欄の説明ですが、実務上、国税庁のウェブサイトに公開されている源泉徴収税額表を基に、それぞれの区分に記載されている金額をもって源泉所得税額とします。

■国税庁「令和4年分 源泉徴収税額表」■
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/gensen/zeigakuhyo2021/02.htm

2)報酬に係る源泉所得税

主な報酬に係る源泉所得税の算式は次の通りです。

主な報酬に係る源泉所得税の算式

3 申告・納付時の実務解説と留意点

1)窓口納付とダイレクト納付など

税務署・金融機関の窓口で納付します。この場合、申告も同時に終了したことになります。窓口に行くのが面倒であれば、e-Taxなどの電子申告ソフトを使うと、「ダイレクト納付」などができます。

ダイレクト納付とは、

インターネット上で納付手続きをして、金融機関の口座から引き落とす

ことです。e-Taxの場合、源泉所得税の納付書のデータを税務署に申告して、申告額(納税額)の引落日を指定します。

2)納付が遅れた場合の附帯税

源泉所得税の納付が遅れると、

附帯税という罰金のような税金を払う

ことになります。そして、源泉所得税の納付が遅れたときの附帯税には、延滞税と不納付加算税の2種類があります。

1.延滞税

延滞税とは、

納付が遅れた日数に応じて課される附帯税

です。利息と同じ方法で計算されます。延滞税率は年度によって違いますが、ここ数年は3%ほどで推移しています。

延滞税が1000円未満の場合は納付が必要ありません。そのため、納付が遅れた税額が少額の場合や、期限後すぐに納付すれば、延滞税がかからないことがあります。

2.不納付加算税

不納付加算税とは、

期限内に納付ができなかったことに対して課される附帯税

です。延滞税のように日割り計算ではなく、税率は10%です。ただし、源泉所得税を納付していないことに気付き、税務署から告知される前に自主的に納付した場合、税率は5%で計算します。

不納付加算税が5000円未満の場合は納付が必要ありません。そのため、納付していない税額が5万円未満の場合、不納付加算税はかからないことになります。ちなみに、税務署からの告知を受ける前なら税率は5%なので、納付していない税額は10万円未満となります。

3)納税額がない場合

納税額がない場合、給与等に係る源泉所得税については「源泉所得税額が0円である旨」を税務署に申告する必要があります。年末調整により源泉所得税のマイナス調整が多額に生じた場合、源泉所得税の納税額が0円になることがあります。申告方法は、源泉所得税の納付書の税額の欄に「0」と記載して税務署に郵送します。カーボン複写の納税者控えを返送してもらう必要があるので、郵送の際は返送用封筒を忘れないようにします。

電子申告の場合は、e-Taxソフト等で納税額0円の納付書データを作成し、電子申告をします。

以上(2023年1月)
(監修 南青山税理士法人 税理士 窪田博行)

pj30031
画像:unsplash